突然店に現れたその青年は、ひょろっと背が高く、まだ少年の面影の残る人懐っこい笑顔で、少し遠慮がちに微笑みかけてきた。いかにも「ボク、ロックが好きです」という感じの茶髪とTシャツながら、素朴で純粋な真面目さを感じる好青年だ。が、よく見れば黒いTシャツの上に黒いはっぴを羽織っている。はっぴには「青森のリンゴ」…。 「こんにちは、あの、今僕こういう物を売って歩いてるんですけど…」 あきらかに訛りのある口調。手には2.3枚のリンゴジュースのチラシ。 でたっ!『青森のリンゴジュース売り』だっ!! 昨年秋頃からお客さんからちょくちょく噂に聞いていたあの『青森のリンゴジュース売り』が、ついにうちにもやってきたのだっっっっ!!!! 『青森のリンゴジュース売り』はいわゆる訪問販売なんだけど、これが昔ながらのお情け商法で、買わされた人も、なんだか憎めない様子で微笑みながらその時の話をしてくれる。被害者が心の被害者にならないなんて、すばらしいテクニックの持ち主ではないか。いつかうちにも来てくれないかなあ…とずっと思っていたのだ。 心の中では「ワクワク」しながら、表面では少し不審そうな顔をして「いえ、うちはイイです」とスカしてみる。 彼はなかなか腕の良い販売員で、こういう場合無理に押すのはかえって逆効果だとわかっているのだ。お店をぐるりと見回して、「可愛いお店ですね」「お一人でされているのですか?」とリンゴジュースとは関係ない話をしきりに話しかけて来る。その口調がかなり訛っているので、たいがいの人は「どちらの出身?」と聞いてしまうのだが、実はこれが彼の作戦で、出身は青森という話から、気が付けば「夏の台風でリンゴがたくさん落ちて農家はたいへん苦しい生活をしていて、落ちたリンゴは売り物にならないのでしかたなくジュースにして、でも、なかなか売れなくて…冬は農家は仕事がないから、同じ村のリンゴ農家の親戚のおじさんとトラックにジュースを積んで売りにきているのです…」というしんみりする話になだれ込むのだ。 手口がわかっているので、わざと意地悪をして訛りに触れずに適当に返答をしていると、いっしょうけんめい訛り全開で次々話しかけて来るのがいじらしい。しばらく意地悪して、やっと出身話しに触れてあげると、ほっとしたように「実は、青森から親戚のおじさんとトラックできたのです…」とくる。キタキタ…。(ワクワク) 内容はだいたい話に聞いていた通りだ。「青森から大阪くんだりまでトラックでジュースを売りにくるなんて、えらい効率の悪い商売の仕方やね」といいたいのをがまんして「ジュースを積んだトラックは近くに停めてるの?」と聞くと、「トラックに残った分は市内の小さな店に期間限定で置いてもらえる事が決まって、期間が終了すると返品になっちゃうんですけど…」と、つまりはこのチラシの通販で注文してくれということなのだ。これが高い。むっちゃ高い。しかも果汁100%のがむっちゃ高いので安めのにしようとすると(それでも高い)果汁30%って、誰が買うか。 買ったお客さんいわく、味も特にどってことなく、というかバヤリースの方が美味しいやん。ということらしいので、さんざん話しを聞いたクセに「ごめん。実は私、リンゴアレルギーなの」とおおウソをかます。敵もなかなかに出来た売り子なので「あ…それは大変ですね。ところでお子さまはいらっしゃるのですか?」とくる。「ううん。子供もいないし、旦那とは今離婚調停中で家の中はむちゃくちゃで借金もあってそれどころではないっていうのもあるし…」と大ウソお情け話しで返すと「…あ、それは…すみませんでした。」とやっとひきさがるのだった。 『青森のリンゴジュース売り』に勝ったぞ。 最後に「来週にはもう青森に帰ってしまうので、日曜にでもまたお店を見せてもらいに来ますね。1週間の大阪滞在だったけど、まだお土産買えてないし…」 うまいなあ、その間にもう一度考えとけよ、店の物なにか買ってあげるから、そこんとこわかってるよね…ということなのだな(腹黒く勘ぐってしまうエンドウ)。っていうか、秋頃からこの近所で同じような事してるくせに、「1週間の大阪滞在」ってよく言うよ…。すばらしい、あっぱれだ! |