「わかりました、じゃあどなたかシンジ君と手合わせしてもらえるかしら?」
「はい!よっし、皿田!お前からだ!」
「はいっ!」
(お前で終わらせろよ)と耳元でささやく。
「おおっす」
「面白くなってきたわね・・・」
いい肴になるのに、惜しいわ。ビールがないのが。
シンジのススメ
第拾弐話
柔道かな?
そう思いつつ相手の接近を待つ。
「りゃあ!」
右手で襟を取りに来るのに合わせ右足を下げ、襟を取った瞬間、左肩を入れ相手の肘に曲がらざる方向へと力をかける。
と同時に左足を相手の膝裏に差し入れ左腕を内側から相手の胸元に叩きつける。
この間1秒にも満たない。
後方へもんどりうって吹っ飛ぶのを見て、
「一本!それまで!」
とミサトが告げる。
驚きの表情でそれを見る、森岡二尉他の面々。
「も、もう1丁!」
言いつつ立ちあがる皿田に
「下がってろ。」
お前では勝てん、と心で告げ、
「次だ!大場!お前が行け」
「了解です」
大場ケイスケ 身長190cmを越えるネルフ保安部一の偉丈夫である。
無手の戦いならば右に出るものは入ないであろう。
シンジの速さを警戒してか軽いフットワークを駆使し牽制する。
瞬間
体を極端に低くしシンジの腰めがけてタックルをかけてくる。
が、シンジの掌がその両肩に触れるやその前進が止まる。
「良いタックルですけど、急所を敵にさらすことになりますから、あんまり使わない方が良いですよ?」
軽く言って離れる。
大場がミサトの顔を見る。
軽く頷き、続けて、と言う。
そんな馬鹿な。俺はこれでも必死で稽古を積んできたはずだ。
さっきのは何かの間違いだ。
そう思いつつ、自分が嘘をついているのもわかる。
負ける気もしないが勝てる気もしない。
相手の強さがわからない。
不思議な感触だ。
いつもの手合わせでは相手と自分、どちらが強いかなんとなくわかる。
だが目の前の少年にはそれを感じさせない。
力量がわからない。
どう手を出して良いのかわからなくなってしまった。
「大場!なにしてる!突っ立っててもなんにもならんぞ!」
好きかって言いやがる。自分がやってみろってんだ。
焦る。
えーいどうにでもなれ!とばかりに自分の出せる最大の威力を誇る蹴り技を出す。
日本拳法突き蹴り。
直線の軌道で蹴るそれは足で出すストレートと言っても過言ではない。
通常足は手の三倍の力があるとされている。それが当ればこの上ない武器となる。
当れば、だが。
伸びてきた足を威力はそのままに手を添えて上に送り出す。
そのまま足を肩に乗せて相手を叩きつける様に倒す。
・・・
「い、一本!それまで!」
むぅ、と難しい表情でミサトに近寄る森岡。
「葛城一尉。どうやらわしらが彼に教えることは無さそうだ」
「・・・そのようね」
「で、だ。逆に彼の技をわしらに教えてもらえるように頼めんかね?」
結果、シンジは保安部の面々に週一でコーチすることになってしまった。
リツコ邸に帰る途中のルノーA310
「よろしいんですか?」
「ん?なにが?」
「ああいった方々はメンツがどうのって、よくあるじゃないですか」
「子供に物を教わるのが、ってことなら心配ないわ。良くも悪くも実力主義だから。認めちゃえば後はわだかまりなんて無いわ」
脳みそまで筋肉だからねぇと笑う。
「ところでシンジ君」
なんでしょう、と聞き返すまもなく
「あなたの技、あれは?」
「えーと最初に使ったのは、大纒崩捶。八極拳ですね。もう一方は特に名前はありませんが通背拳の動きを真似てみました」
真似、ね
「マネッコの技に倒されるうちの保安部も情けないわねぇ」
「ですが、投げ以外だと、自分の教わった技はちょっと対人に使えないんですよ」
「・・・そうなの?」
いっぺん瓦の試し割りでもしてくれる?と冗談半分に言う
と、
「瓦よりも、あそこのあれで」
「・・・あれ?」
まじで?
取り壊し中の団地、その現場内部にある足場が組まれ掛けている団地の一棟。
壁の前に立ち拳を振るう。
ズドン!
壁に大穴が開く。
蹴る
ドガン!
太い柱がなぎ倒される。
「・・・・まじ?」
「これでも他の兄弟子に比べれば威力は半分以下です」
「半分って・・・」
「上の兄弟子、散(はらら)先輩なんかは掌打一発でナガスクジラを仕留めますから」
・・・(汗)
「あ、あ、ほ、他に習ったのって、なにがあるの?」
「零式を習う前に、身体を造るために通背門に師事しました」
あとは、と
「かじった程度なんですけど、九頭竜って言うのも少し」
「屑流?なんか頼りない流派ねぇ」
「そうですか?・・・これ習ったのは零式の修練に移行してまもなくでした」
通背門での修行は辛かった。毎日毎日同じ動作の繰り返し。
低く腰を落として両手を前後に振ったり前のほうに差し出して伸ばしたりするだけ。伸肩法とか言う鍛錬らしい。
何の技も教えてもらえなかった。
何故技を教えてくれないのか、と尋ねたこともあった。師父は笑って
「まだ立てもしない赤ん坊に走り方を教える親が居るかね?」
と言った。
拳法の動き方が出来る身体にまだなっていない、と。そう言うことであった。
だから師父から技の修行をはじめると言われたときは嬉しかった。
修行もいくらでも頑張れた。それなりに自信もついた。
零式の修行を開始するために葉隠の家に行った時、最初の日の修行について行けなかった。
あんなに頑張ったのにヤッパリ僕は駄目なんだと。そう思って逃げ出した。
以前居た養護施設に帰り、もう一度頑張ろうか、と思いやっぱり駄目だろうなとも思い、心が沈みかけた頃。
「やあシンジ君。ひさしぶり、帰って来ちゃったの?」
ここを卒園していった先輩だった。
しゅうじお兄ちゃん。
やさしい人だった。むかし大怪我をして、身体の半分が動かなくなったんだけど、頑張って回復したんだって言ってた。
「死んだほうがマシだって思えるくらいだったよ」
そうにこやかに笑う。
貰ってくれた家の人が教えてくれる拳法の修行をするのが引き取る時の条件だったから、と逃げ帰ったことを告げた。
「そっか、でも頑張って頑張って、それでも駄目なら頑張った自分を誇りにして次の目標に進めるじゃない?」
・・・逃げて帰れるだけの余力があるのにね。最後まで、ぶっ倒れるまで頑張らなかったんだよね。
「僕も変った拳法知ってるんだ。ちょっと手合わせしてみようか」
勝てなかった。
「ね、まだまだ僕よりも強い人は大勢居るんだ。シンジ君だってまだまだ頑張れるって自分でもわかってるんだろ?」
うん。自分で自分にもういいじゃないかっていつも言っちゃうんだ
「だからさ、その修行が辛くなったらこう思うんだ。あと1日だけ頑張ろうって。あと1日頑張って結果が出なければもうやめようって」
僕は毎日の様に思ってたけどねと綺麗な笑顔で笑う。
「しゅうじ兄ちゃんの拳法も教えてください」
「・・・いいのかい?今教わってる奴、それ大変なんだろう?」
「大変です。でも、しゅうじ兄ちゃんと一緒に居るんだって思えればきっと頑張れるから」
「わかった。じゃ、基本の練習を一通りね、これを毎日やるんだ」
今度会うときまで続けてね、と言い残し、待たせていた二人の女性と(お兄ちゃんと同い年くらいの人と、中学生くらいの人だった)帰っていった。
「僕の居た養護施設に寄付をしに来ていて、たまたま会ったんですよ」
それから何度か会って、いろいろ教えてもらいました。
「会うたびに1つずつ技を教えてもらったりして。修行の合間の時間を縫って、それこそ寝る時間を削って修行しました」
その1つがこれです、といいつつ転がった大きなコンクリートの塊を打つ。
「九頭竜 右竜徹陣」
コンクリートの塊が重さを感じさせない勢いで飛び、残っていた壁を突き破り向こう側へ消える。
「・・・シンジ君・・・」
「なんですか?」
後からぎゅっと抱きしめられる。
「な、ななな」
「ずっと頑張ってきたのね」
「・・・」
「あなたの力、不思議なくらい強い力。ちゃんと面倒見るからね!投げ出したりしないから!」
だから
「なんでも一人で背負わないでね」
「ちゃーっす、シンジ君お届けにあがりましたぁ〜〜!」
やけに元気がいいミサト。
「もうちょっと静かに入ってきてくれないかしら?うちの猫は臆病なんだから」
猫を基準にするあたり、リツコらしい。
「わぁかったわよ。もうちょい静かにはいりゃ良いんでしょ」
と真っ直ぐ酒蔵に向かう。
「また只呑み?ビールくらいかまわないけど奥のは駄目よ?」
「はいはい分かってますって」
ほんとにわかってるのか怪しい所だが。
「ただいま、リツコさん」
「おかえりなさい、シンジ君」
柔らかな挨拶が心地良くシンジの心に触れる。
「あれ、綾波は?」
「レイは病院。今日ギプスが外れるの」
ああ、と声に出し
「じゃあ一緒に帰ってくれば良かったですね」
「そのまま検査入院だから、帰りは明日ね。心配要らないわ」
「で、今日のシンジ君、カッコ良かったわヨぉ」
ご相伴に預かりながら、勝手に選んできた酒を開ける。
「なんたってあの保安部の大場を簡単に引っくり返すんだから!」
目を疑ったわよ!と
「・・・たしか武道場、カメラ付いてるわよね」
あとでMAGIに拾い出させましょ。
「で、ミサト?仕事は終らせてきたの?」
「私の分は夕べから徹夜で終わらせたわよン」
モグモグと口に入ったまま喋るミサト。
「あんたこそこんな時間に家に居てェ。マヤに押し付けてるんじゃないでしょうねぇ?」
あなたじゃあるまいし、と反論するリツコ
「私はきちんと各部署に指示と作業報告の徹底とその他の連絡もきちんと済ませて帰ってきてるの。残務処理はMAGIにさせてるけどね。後の仕事はそこの端末でも出来る程度のものよ」
マイリマシタ。ごめんなさい
「じゃあ、弐号機の再出発、号令かけてもいいかしら」
思い出した様に聞くが
「そうね、今回初号機の修理は実質手の平と頭部の装甲版くらいだから、明後日くらいに発つように言ってくれればこっちは大丈夫よ。上の施設部はまだまだ終らないでしょうけどね?」
「ああ確かにねぇ。あんだけビルがぶっ倒れてりゃあねぇ」
あの、とシンジが口を挟む。
「提案ですが、初号機で大きな構造物を持って手伝うのは駄目なんですか?」
・・・・
「盲点だったわね」
「初号機が土木作業ねぇ似合うかな?」
あっはっはと笑う。
かなり酔ってきたようだ。
「ま、弐号機の配備の件が済めば次は零号機の起動実験、それから、初号機ね」
「そうですね」
酔って潰れたミサトを尻目にリツコとシンジは話を続けて居る。
「弐号機のパイロット、かなりお転婆よ?シンジ君気に入るかしら」
「な、何を言ってるんですか」
僕はまだそんな女性になんて・・・真っ赤になって俯く。多少呑まされているせいか表情が柔らかい。
「冗談よ、すぐ引っかかるんだから」
レイが居なくても最近シンジの顔が柔らかくなってきている。
気の置けない相手だって思ってくれてるのよね、とちょっと嬉しく思う
「ま、いいわ。ミサトに引きまわされて疲れたでしょ?お風呂に入ってゆっくりなさいな」
「あ、はい。じゃあお先に」
「ミサト?起きてるんでしょ?」
「あ、ばれてた?」
むくりと起きあがるミサト。
「当たり前でしょ?何年付き合ってるとおもってるのよ」
あの位の量であなたが寝入っちゃうはず無いじゃない。
「ま、ねぇ」
「で、なにか話たいことがあるんでしょ?聞いて上げる」
ん、とビールをコップに注ぐ。
グいっと開けつつ
「シンジ君・・・凄いコね。あんなの見たこと無いわ」
そうでしょうね、とリツコ
「私もいろいろ調べたわ。ろくに資料がなかったけどね」
まとめたらあなたにも見せてあげる。
「それで、ドウだったの?手合わせ」
そうそうそうなのよぉ、とミサトが声を弾ませる。
リツコ邸の夜は長い・・・
真っ白な部屋
誰の感じもしない空気
でも
「もう嫌じゃない」
帰る場所があるから。
だから
きっと頑張れる
あの怖い零号機の中だって
きっと我慢できる
「碇君・・・」
第拾弐話 了