<大項目> 放射線影響と放射線防護
<中項目> 原子力施設による健康影響
<小項目> 放射線事故
<タイトル>
放射線利用における放射線被ばく事故 (09-03-02-15)

<概要>
 放射線は、時代の要請と技術の進歩により、その性質を活かして医療、工業、農業など広い分野において利用されている。それらの中には、煙感知器や蛍光灯の点灯管など日常生活にとって身近なものもある。しかし、放射線利用が適切に行われなかった場合、たとえば、法で定める基準が充たされていないとか、放射性物質を取扱う際に単純な過ちを犯すとか、その管理に不備があったり、法に反する行為が関わったりすると、放射線被ばく事故の発生に至ることがある。ここでは、原子力施設での事例を除き放射線利用において発生した被ばく事故例を記す。世界における被ばく事故は国際原子力機関(IAEA)が収録した主要事故の例であり、そのなかにはわが国での事故(1件)も含まれている。世界的には、2002年以降もヒューマンエラーによる過剰被ばく・密封線源の紛失等が後を絶たない。
<更新年月>
2007年10月   (このデータは今後更新致しません。)

<本文>
 1895年にレントゲン(W.C.Roentgen)によってX線が発見され、翌年1896年に放射能を有する物質(放射性物質)がベクレル(H.Becquerel)によって発見されて以来、放射線・放射能(以下単に放射線という)の特徴を活かした放射線利用が急速に普及し始めた。
 放射線の危険性が十分に認識されていなかった時代には、認識不足による放射線被ばくが多発した。しかし、1928年に組織された勧告機関、国際放射線防護委員会(ICRP:International Commission on Radiological Protection)の活動と、それを支援する世界各国での医学・生物学の研究、また、特に保健物理(Health Physicsの名称は米国のマンハッタンプロジェクトに由来)の研究が推進されて、放射線の危険性が定量的に認識できるようになった。これらの放射線安全に関する知識を各国それぞれが結集して整備された放射線障害の防止を図る法律などにより、放射線を取扱う現場には放射線被ばくに対する予防措置も施され、放射性物質の取扱い設備・機器の不良による事故は激減した。
 放射線利用では、密封線源による被ばく例が極めて多い。放射能の安全性の面から見ると、これが、遮へいのない状態に置かれると、放射線による外部被ばくの危険性が極めて大きい。また、仮に遮へいがあっても長期間放置されると、過大な被ばくの原因になる恐れもある。さらに、水溶性あるいは揮発性など環境へ移行し易い性質を持った物質、たとえばセシウム137のような線源が非密封の状態になると、被ばく区域の拡大が懸念され、外部被ばくのほかに内部被ばくを伴う恐れがある。いずれの場合も、放射能強度が大きいと危険性が高まるのはいうまでもない。
 放射線事故は、原子炉等の臨界事故、放射線装置(加速器・X線装置、密封線源)による事故、放射性アイソトープによる事故に分けられるが、放射線装置による事故が最も多く事故全体の7割以上を占め、その中でも密封線源による被ばくが突出している。主な放射線事故の年代別件数を図1に、主な放射線事故の概要を表1−1および表1−2に示す。
 ここでは、原子力施設の臨界事故を除いた、放射線利用において発生した放射線被ばく例について、わが国の状況と世界の状況を概説する。わが国の被ばく例は、法に基づいて届出された事例のすべてであり、世界の被ばく例は国際原子力機関(IAEA)が収録した主要事故例で、わが国での事故1件も含まれている。
1.わが国における放射線利用と放射線被ばく事故の状況
 わが国において、2005年(平成17年)3月末現在、放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律に基づき、放射性同位元素または放射線発生装置を利用している事業所数は表2のように4,583事業所ある。また、密封放射性同位元素の使用事業所数は3,670である。コバルト60は医療用具の滅菌等の照射装置やレベル計に、ニッケル63はガスクロマトグラフ装置に、クリプトン85は厚さ計に、ストロンチウム90はたばこ量目制御装置に、セシウム137はレベル計、密度計等に、イリジウム192は非破壊検査装置に、アメリシウム241は厚さ計、密度計などに主に使用されている。医療機関においては、ヨウ素125、イリジウム192、金198などが密封小線源として利用されているほか、コバルト60およびセシウム137が遠隔照射治療装置およびガンマナイフ装置の線源として利用されている。放射線障害防止法に定める放射線発生装置は、2005年3月末現在、1,304台に達している。放射線発生装置の71.1%は医療機関に設置され、がん治療などに利用されている。また、25.6%が教育機関、研究機関、民間企業などに設置され、様々な研究開発に利用されている。なお、放射線障害防止法の規制対象とならない低エネルギー電子加速器、イオン注入装置等も民間企業などに多数設置され、幅広く利用されている。
 昭和33年度(1958)から平成13年度(2001)までの44年間に発生した、わが国での放射性物質および放射線が関係する被ばく例は29件、うち放射線により身体に確定的影響を生じるほど過大に被ばくした事例は12件で、5年度毎の発生件数を表3に示す。しかし、放射線利用の被ばく事故で死亡した例はない。非破壊検査が普及した昭和46年(1971)以降の数年間に非破壊検査用線源利用において、法の基準を越えた過大な被ばくが数件集中して発生したが、規制面での対応と使用上の改善、教育訓練の励行などが行われた結果、その後、20年以上にわたり同様な事故はなかった。しかし、近年、再び非破壊検査用線源取扱いの過誤による被ばく事故が発生し、平成13(2001)年12月には医療用直線加速装置の据え付け作業中に、試験的に発生させた放射線による被ばくがあった。
 このほか、放射性物質を紛失したり、盗難にあったりした事例が63件ある。それらにはガスクロマトグラフ検出器用のニッケル63線源などの密封線源の例が多い。しかし、イリジウム線源を除けば、被ばく事故は発生していない。
 1971年に千葉県で発生したイリジウム192(Ir−192)密封線源による放射線被ばく事故は造船所において作業員が線源を拾い、不用意にポケットに入れ、自宅に持ち帰ったために発生したものである。家人や来訪者が被ばくし、線源に直接触れた者が放射線による火傷を発症した<原子力百科事典:09−03−02−11>(表1−2参照)。
2.放射線利用における世界の放射線被ばく事故
 放射線利用における世界の放射線被ばく事故については、国際原子力機関(IAEA)の報告とこれに関する文献から集計すると、1945年から2001年までに発生した主な放射線被ばく(被ばく線量が全身で0.25Svを超えるか、または局所で6Gyを超えるもの)事故は表4のようであった。主要な放射線被ばく事故の発生数は140件、被ばく者数607名、死亡者数は81名であった。
 放射線利用における重大な放射線被ばく事故に至った原因は、施設や設備・機器によるよりも線源に係る単純な過誤や安全の軽視といった、いわゆるヒューマンエラーによるものがそのほとんどといって良い。法律に基づく管理義務を怠るとか、盗難のような犯罪行為がかかわると、ついには身元不明になり(このような状態に陥った放射性物質は、“Orphan Sources あるいは身元不明線源(*)”と呼ばれている)。それが一般区域に移行した場合には、放射線測定が行われなければ、その検出はほとんど不可能である。これが一般の人々と環境に重大な悪影響を及ぼす原因となる。ヒューマンエラーで頻度が多いのは、計算違い、思い違い、軽率な行動といった、いわゆる単純ミスである。
2.1 放射線照射施設などによる被ばく事故
 放射線治療における被ばくは、患者が計画外の放射線によって誤照射または過剰照射を受けた場合である。
 1996年8月に、コスタリカの首都サンホセにある病院で放射線被ばく事故が発生した。これは、遠隔放射線治療器のコバルト60線源更新時に、新線源の校正が行われたが、その際、線量計算に単純ミスがあったためである。線源更新後1か月以上経過した同年9月末に、このミスに気づき治療が停止された。しかし、その間に、放射線照射治療を受けた患者115名が推測値と比べて50〜60%ほど過剰の放射線を被ばくした。1997年7月までに42名の患者が死亡、その後、なお継続的な治療が行われている。
 その他、医療用での単純ミスには、線源の体内への置き忘れ、光子と電子線の取り違え、放射性同位元素の体内への過剰投与などがある。
 放射線照射施設では線源の放射能が強い場合が多いため、短時間に高線量を被ばくする。このさい、安全が軽視されると重大な結果を招きかねない。被ばくの直接原因は、線源の露出中は入室できないようにするインターロックの不備、線源の不適切な使用、出入り扉の故障などである。
 1989年2月に、中米、エルサルバドルの首都サンサルバドル近郊にある工業用照射施設において、コバルト60線源による放射線被ばく事故が発生した<原子力百科事典:09−03−02−03>。その原因は、照射中に線源ラックに不具合が発生、遠隔システム操作員(以下単に操作員と記す)と作業員(2名)が安全システムを解除して、手作業で不具合を修理したために、高線量を被ばくした。発症した3名のうち2名は、下腿部の切断治療が行われ、最も大量に被ばくした1名は被ばく後1か月で死亡した。
 1991年10月、ベラルーシのネスヴィシェのコバルト60照射施設(Co−60:30PBq)でも類似の事由で、約1分間被ばくした操作員が、被ばく後113日で死亡している<原子力百科事典:09−03−02−12>。
 1990年6月、イスラエルのソレクにおけるCo−60線源(1.26TBq)照射施設の被ばく事故では、線源ラックの不具合による警報を操作員が思い違いし、作業員を露出した線源付近に接近させたため、1か月後に死亡するほど過大に被ばくした<原子力百科事典:09−03−02−01>(表1−2参照)。
 1992年11月にベトナムのハノイで発生した電子加速器での被ばく事故では、操作員としての知識のない人間が不用意に両手をX線ビームに曝し、障害がひどく片手の切断治療を受けた。
2.2 放射性物質の紛失・盗難などによる被ばく事故
 放射性物質の取扱い施設、同設備・機器類が、使用停止あるいは使用されなくなった後の管理に手落ちがあると重大事故発生の原因になることがある。放射線治療や非破壊検査に使われる線源が紛失・盗難などによって、管理されない身元不明の状態になると、一般公衆にも被害が及ぶ重大な被ばく事故を起こすことが多い。
 1987年9月には、ブラジルのゴイアニアで非密封放射性物質による放射線被ばく事故が発生した<原子力百科事典:09−03−02−04>。遠隔治療用の密封線源(約100gの粉末状セシウム(Cs−137:50.9TBq)を、金属製カプセルに封入したもの)を装着した機器が空き地に約2年間放置され、これが放射線に対する知識のない者の手で解体され、さらに密封カプセルまでが破壊された。そのため、Cs−137の粉末が露出し、これに直接触れた人々、解体に関係した複数の人々、さらに居住者を含む周辺の人々(11万人以上の市民の汚染検査が行われ、約250人の汚染が明らかとなった)と周辺環境が非密封放射性物質によって汚染された。急性放射線障害を発症した被ばく者が公的機関に上記の粉末などを持ち込んだことから事故が発覚、解体から約半月後に放射能汚染事故と認定された。約6か月を要した汚染除去・復旧まで多くの人々が放射線により外部および内部被ばくをした。解体後1か月で4名が死亡し、重症者を含め300人近い人々が被ばくした(表1−2参照)。
 2000年2月、タイのサムートプラカーン地方での、コバルト60線源(15.7TBq)による放射線被ばく事故<原子力百科事典:09−03−02−17>も、上記事故に類似の原因で発生した事故である。使用停止後、管理が不備のまま放置されていた遠隔治療器の解体で、遮へい体のないコバルト60線源により10名が重度に外部被ばくし、3名が被ばく後、2か月以内に死亡した。
 身元不明になった放射線源は、放射線は強くても見えないため、存在が知られないまま金属スクラップ等に混入してリサイクルされてしまうと、製品の鋼材が放射能汚染されることになる。いわゆる身元不明線源による放射線被ばく事故には、1983年におけるメキシコ/米国におけるコバルト60(16.7TBq)で汚染された製品による市民の被ばく<原子力百科事典:09−03−02−10>がある。発生元をたどると、放射線利用機器の使用後の不始末が、その原因と判明した。1992年に中国で発生した放射線被ばくによる3名の死亡事故も、施設解体後に廃棄されたCo−60線源(0.4TBq)を、危険性を知らずに自宅に持ち帰ったために発生した身元不明線源がもたらした事故であった。病院に遮へい体のない線源が持ち込まれ、それが事故発覚の契機となったが、そのために被ばく者数が約100名に拡大した<原子力百科事典:09−03−02−13参照>。
3.2002年以降の放射線利用による被ばく事故
 2002年以降の放射線利用による被ばく事故を表5−1および表5−2に示す。いずれも国際評価尺度(INES)レベル2以上の事故であり、過剰被ばくや密封線源の紛失・盗難などが後を絶たない。一方、わが国の状況を表6に示す。大半は、長年の放射線利用に伴う密封線源管理の不備であり、徹底した管理が不可欠である。
[用語解説]
(*)身元不明線源:英語では「Orphan Sources」といい、日本語訳は日本保健物理学会が当てたものである。その意味は、(1)規則による管理を過去にも受けたことがない線源、(2)過去には規制による管理を受けていたが、遺棄、紛失、あるいは誤配置された線源、(3)盗難あるいは、正当な手続きなく処分された線源、である。
(前回更新:2003年2月)
<図/表>
表1−1 主な放射線事故の概要(1945年〜1962年)
表1−2 主な放射線事故の概要(1971年〜1999年)
表2 わが国における放射線利用事業所数
表3 わが国の放射線利用における放射線被ばく発生件数
表4 1945年から2001年(昭和20年〜平成14年)までに、世界各国において、放射線利用で発生した主な放射線被ばく事故(わが国での事故1件を含む)
表5−1 主な放射線事故の概要(2002年〜2004年)
表5−2 主な放射線事故の概要(2005年〜2007年)
表6 放射線障害防止法に基づく法令報告事象(2002年度以降)
図1 主な放射線事故の年代別件数

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<関連タイトル>
イスラエル国ソレク原子力研究センターにおける医療用殺菌装置による被ばく事故 (09-03-02-01)
エルサルバドル国サン・サルバドルコバルト60照射施設の放射線被曝事故 (09-03-02-03)
ブラジル国ゴイアニア放射線治療研究所からのセシウム137盗難による放射線被ばく事故 (09-03-02-04)
メキシコ/米国におけるコバルト60で汚染された製品による市民の被ばく (09-03-02-10)
千葉市におけるイリジウムによる放射線被ばく事故 (09-03-02-11)
ベラルーシ共和国のネスヴィシェで起きた放射線被ばく事故 (09-03-02-12)
中国上海市の殺菌装置で起きた放射線被ばく事故 (09-03-02-13)
タイ王国におけるコバルト60による放射線被ばく事故 (09-03-02-17)

<参考文献>
(1)IAEA:IAEA Safety Report Series No.4,Planning the response to radiological accidents(1996)
(2)Gonzalez,A.J.:IAEA BULLETIN,41(3)1999
(3)日本アイソトープ協会:放射線利用統計2002(平成14年12月)
(4)明石真言:中国で起きた放射線被ばく事故、放射線科学、42、282(1999)
(5)中尾:中国における最近の放射線事故と緊急被曝医療研究、放射線科学、44、362(2001)
(6)文部科学省 原子力安全課:緊急被ばく医療「地域フォーラム」テキスト、第4章 放射線事故の歴史、http://www.remnet.jp/lecture/forum/04.html
(7)原子力安全委員会放射線障害防止基本専門部会:放射性物質及び放射線の関係する事故・トラブルについて(平成14年7月)、http://www.nsc.go.jp/housya/housya20020718.pdf
(8)原子力委員会(編):平成17年版 原子力白書(平成18年3月)、http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/hakusho/hakusho2005/
(9)原子力安全委員会(編):原子力安全白書 平成14年版(平成15年9月)、http://www.nsc.go.jp/hakusyo/hakusyo14/3−2.pdf、平成15年版(平成16年4月)、http://www.nsc.go.jp/hakusyo/hakusyo15/pdf/02hen_syou3.pdf、平成16年版(平成17年5月)、http://www.nsc.go.jp/hakusyo/hakusyo16/pdf/02hen_syou2.pdf、平成17年版(平成18年4月)、http://www.nsc.go.jp/hakusyo/hakusyo17/pdf/02hen_syou2.pdf
(10)JNESホームページ:各国の主なトラブルの解説[H19.01.30更新]、http://www2.jnes.go.jp/atom−db/jp/trouble/kaigai.html#db
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