第弐拾参話 涙
「し、シンジ君なの………?」
初号機のプラグから出てきたシンジを見て、ミサトの口から出てきたのはそんな言葉だった。
陳腐なセリフだ、とミサトは内心で思う。
だが、そんな言葉しか思いつかないのだ。
「ええ、僕ですよ。葛城さん。」
右手に眠っている姫を抱えてニッコリと笑いながらシンジは答えた。
その途端ケージに歓声が沸きあがる。
その時その場にいた全ての職員達が一斉にシンジへと駆け寄った。
ミサトはすでにシンジに抱きついて号泣しており、シンジの方は急に抱きつかれてアスカを落としそうになり慌ててバランスを取るも笑顔を浮かべている。
マヤに至ってもすでに涙腺は大崩壊し、自身のハンカチだけでは足りないほどになってマコトやシゲルからハンカチを差し出されている。
リツコはその輪から少し離れたところで様子を見守っていたが、やがてくるりと踵を返すとどこかへ消えていった。
シンジは嬉しかった。皆がこんなにも自分の事を想っていてくれた事に。
リツコが離れていったのに気付いていたが今はこの気持ちを噛みしめたかった。
例えその想いの元になっているものが自分に対するものでは無かったとしても。
「碇君……。」
「綾波………」
名前を呼ばれて振り返るとそこには零号機から降りてきたばかりで、蒼銀の髪からLCLを滴らせながらシンジを見つめるレイがいた。
瞳には今にもこぼれださんばかりの雫が溜まっている。
「ただいま……」
優しいまなざしで見つめて、シンジは静かにそう告げた。
その途端紅い瞳からは大粒の涙が止め処なく零れ落ち、ミサトを押しのける形でシンジに抱きついた。
先ほどまでの喧騒が静まり返った。
普段聞くことが無いレイの嗚咽が静かになったケージに響き渡る。
その様子に騒いでいた職員達もその様にもらい泣きする者も多数いた。
シンジは黙って胸を貸していたが、そっと左腕を動かした。
レイの頭を撫でるように腕を動かしていく。
そしてその腕はレイの心をそっと暖めていった。
胸のうちに広がるぬくもりにレイはハッと頭をあげる。
見つめた先には先ほどよりも一層深い笑みを浮かべるシンジがいた。
レイは静かに微笑み、また顔をシンジの胸の中へと埋めていった。
失われた左腕。
現実に存在しないそれに頭を撫でることなど出来はしない。
だが無いはずのそれは確実にレイを愛撫していた。
「スミマセンが、アスカを医務室へ運んでいただけますか?」
申し訳無さそうにシンジが言うと、周りは皆ハッとしたように慌てだした。
死んだはずの人間が生きていた、ということで舞い上がり、危険な状態だったアスカをすっかり忘れてしまっていたのだ。
「そ、そうだったわ!誰か急いでアスカを!」
「そんなに慌てないでも大丈夫ですよ。今は眠ってるだけですから。」
大慌てで叫ぶミサトを見てクスリ、とシンジは笑った。
しかし、目は決して笑ってはいなかった。
(アスカの状態はどう?)
(大丈夫。最悪な状況には至ってないよ。)
本部内の廊下を歩きながらシンジとミナモは久しぶりにゆっくりと会話していた。
大丈夫、とは言うものの、シンジの心は重かった。
(………あんまり自分を責めちゃダメよ……)
(でも…もう少し早く着いてたらアスカを苦しめることは無かったのに……)
(割り切りなさい、シンジ。已むを得なかったことよ。)
(分かってる。ただ反省はしないといけないさ。まさかゼーレが日本の大都市に直接攻撃してくるとは思わなかったよ。今の状況を考えたら可能性が高い、とは言わないけど、考慮しておくべきだった。)
(それだけ向こうも切羽詰まってるってことだけど。)
(それさえなかったら、と思うと自分が腹立たしいよ。)
分かってるとは言ってもやはり感情は納得できないのだろう。
笑顔を浮かべている顔とは裏腹に、右手はギュッと握り締められ、わずかに血が滲んでいる。
「碇君…」
「何、綾波?」
声を掛けられて笑顔のまま振り返る。
右手の傷はすでに消えていた。
「ホントに……碇君?」
先ほどまで胸の中で泣いていたというのにまだ信じられないのか、不安そうにレイは問いかけた。
「うん。誰がなんと言おうが正真正銘綾波の知ってる碇シンジだよ。」
ニッコリと優しい笑顔を浮かべるシンジだが、レイはまだどこか不安げだ。
不安、というよりもどこかよそよそしさを感じる。
いつもなら真っ直ぐに話す時は相手の瞳を見つめるのだが、シンジに対しては目を合わせようとしない。
だが、シンジは敢えてそれをこの場で追求しなかった。
無言のまま足音だけが無人の廊下に響く。
やがてドアの前でシンジは立ち止まった。
少し離れてレイも同様に立ち止まった。
ドアに備え付けのチャイムを押し、中からの応答を待つ。
「いいわよ、入って。」
マイクからリツコの声が聞こえてきてシンジはレイを先に入れた。
「そろそろやってくると思っていたわ。」
タバコを片手に椅子を回転させてリツコは振り返った。
火はつけられておらず、くるくると回して弄んでいた。
「一応聞くけど、貴方シンジ君よね?」
「皆さん同じ事を聞きますね。」
ここまで来るとシンジも苦笑せざるを得ない。
「仕方ないことだわ。誰も貴方が生きていたなんて思わなかったもの。
それに私の場合、貴方の組織のことも知っているんだもの。ここみたいに貴方のクローンを作ることだって可能なはずよ。」
「リツコさん。」
シンジの顔が笑顔から厳しいものへと変わる。
リツコの方もシンジの意図することが分かり、バツの悪い顔をする。
「そうね。レイ、ごめんなさいね。この話はあまり貴女もしたくないわよね。」
「いえ、気にしてません。」
若干不快ではあったが、それよりもレイはリツコの変化に驚いていた。
ずっと気付かなかったがリツコの纏う雰囲気が以前より柔らかいものに変わっているのだ。
前はどこかレイを見る視線に敵意に近いものがあった。
レイはその時は気付かなかったが、今思えば二人きりのときはかなり明確な敵意であったと思う。
何故かは今でも分からないが。
それも今ではすっかり鳴りを潜めている。
「まあ、それを言われると証明の仕様が無いんですけど、信じてもらうしかないですね。」
シンジは力を抜き、再び笑顔が戻る。
「それで、どうやって生き延びたのかしら?」
「僕は覚えてないんですけどね。何とか近くにいた仲間が助け出してくれたみたいです。」
「やっぱり組織の者が市内にいるのね。」
「ええ。大分危なかったらしいんですけど、何とか一命をとめました。
で、その後ずっと治療してたんで遅くなってしまったんですが、油断してしまいましたね。」
笑いながら左腕を見遣る。
ひじから下を失ったその姿は痛々しくもあるのだが、シンジはそれを感じさせない。
「その髪は?染めたの?」
「僕はあまり染めるのは好きじゃありませんので。あ、別に他人をどうこう言うつもりはありませんので。」
「分かってるわ。それで?」
「う〜ん、なんでしょう。よくショックがあると真っ白になるって聞くじゃないですか。たぶんそんな感じじゃないですかね?」
「気が付いたらそんな風になってた、ということかしら?」
「そうですね。結構黒髪気に入ってたんですけどね。」
自分のすっかり変わってしまった髪を触りながら笑うシンジ。
それをミナモが茶化す。
(すっかり嘘がうまくなっちゃって……昔の純情なシンちゃんはどこ行っちゃったのかしら?)
ヨヨヨ……と泣きまねをするミナモ。実体が無いのでイメージを送ってくるのだが相変わらず器用だ。
(それ前も聞いた気が……。それに人聞きの悪い。僕は嘘は言ってないよ。真実も言ってないけど。)
やはり純情なシンジはどこかに行ってしまったらしい………
シンジの言葉通り、嘘は言っていないが正確な事実も言っていない。
ミサイルを打ち込まれた後、シンジは肉体のほとんどを失った。
シンジは急には強固なA.Tフィールドの展開は出来ない。
展開するためには最低でも数分を要する。
そのためミサイルを防ぐことは出来なかった。
だが、弱いフィールドをかろうじて展開したおかげか、胸から上はかろうじて原型をとどめていた。
しかし下半身は完全に消失し、普通なら死んで当然の状態、むしろ何故生きているのかと言わざるを得ない状態だった。
慌ててミナモが実体化し、エネルギーを大量に消費しながらも空間に穴を開け、そこにシンジを抱えて逃げ込んだ。
S2機関も持たないミナモに取ってそれは自殺行為にも近かった。
最近はシンジから供給を受けていたので、何とか可能だったが、それでもミナモのエネルギーは空っぽに近い状態だった。
それでもここで力尽きるわけにはいかない。
シンジはわずかに使徒化していたおかげで生きてはいるがいつ活動を停止するかも分からない。
已む無くミナモはシンジにかけていたプロテクトを一部解除することにし、それに使っていたエネルギーをシンジの治療に回すことにした。
そして、しばらくの間ずっとエネルギーを供給し続けていた。
シンジには眠っているS2機関が存在する。
問題はそれをシンジが使いきれていないことにあった。
A.Tフィールドなどを使うときにはミナモからエネルギーを受け取っているか、少し時間をかけてわずかに稼動させている。
そのため、シンジには自力で修復するだけの力は残っていなかった。
ミナモも不完全なS2機関しか持っていないため、シンジの回復に時間をかけねばならなかった。
肉体の修復も遅々として進まなかったが、そこにゼルエルが来襲する。
前史の記憶はミナモも持っている。
ましてやシンジがいない以上、恐らくはレイやアスカでは最強ともいえるゼルエル相手ではきついだろうと思った。
果たしてミナモの予想通りになった。
ここで彼女は賭けに出た。
今彼女が与えられるエネルギーはほんの微々たる物である。
故にS2機関の取得に出たのである。
だが今シンジを放置するのはあまりにも危険すぎた。
それ故ミナモは中々決断できず、ネルフが破壊されるぎりぎりでの初号機登場、となったのである。
ゼルエルを捕食したミナモは体の奥底から湧き出てくる力に喜びを隠せなかった。
決してシンジの中にいる生活に特別不満があるわけでは無かったが、それでも自分の力を満足に使えないことにはフラストレーションが溜まっていた。
しばしの間その余韻に浸っていたが、やがて我に返ると慌ててシンジの元へと戻っていった。
それからのシンジの回復は早かった。
しかし、今度は別の問題が生じてしまった。
手に入れたS2機関のおかげで肉体の修復が大部分で終了し、まだ意識は戻らないもののシンジの状態は安定していた。
肉体の損傷がきっかけか、それともミナモからのエネルギー供給が原因か、はたまたその両方が重なり合ってかは不明だが、シンジのS2が稼動してし始めた。
通常稼動なら全く問題は無かった。それどころか喜ばしいことである。
だが、ミナモは異常に気付いた。
見た目は何の変哲も無い。だが感じるのだ。
―――いけない!
暴走を始めたS2機関。
それを押えるために今度は全力でそれにあたらなければならなかった。
やがて状態が落ち着き、シンジの意識が戻ったときにはすでに前史で加持が殺害される直前だった。
ぎりぎりのところで加持を助け、今は加持は第三新東京市内の部屋に隠れている。
隠れている、とは言っても加持は状況はつかめていないが。
とにかくしばらく隠れてくれ、とだけミナモが伝え、それに従っている状態になっている。
シンジの方は加持を助けたのはいいが、まだS2機関をうまく扱えていなかった。
そのためその後もしばらく別空間で制御に時間を費やさなければならなかった。
故にアラエルに間に合わず、またしてもぎりぎりでのアスカ救出、となったのである。
「白くなるのは聞いたことがあるけど、白銀、ていうのは聞かないわね。」
「そう言われても人体に詳しくない僕は答えようが無いですけどね。」
「それもそうね。それで、ここへ来たのはどうしてかしら?」
ちらりとレイの方を見遣る。
レイの方も何故自分が連れてこられたのか分からない。
不安げにシンジへとレイは視線を移した。
「リツコさんは今ゲンドウが行っていることを知ってますか?」
レイの肩がビクッ、と震える。
無意識にか、視線をシンジから外した。
「いえ、何かをやってるのは知ってるけど。」
「そうですか………。」
シンジはリツコにそれだけ答えると、後ろで小さくなっているレイを見た。
「……レイ、ドグマに行こう……」
レイの体に衝撃が走る。
やはり気付かれていたのね……
―――僕は君達を裏切らない。僕を裏切らない限り。
かつてのシンジが言ってくれた言葉が頭に蘇る。
やってしまった。
シンジを裏切ってしまった。
もう…守ってもらえない……
シンジが死んだと聞かされたときと同様、目の前から光が急速に失われていく。
血の気が引き、体温が奪われていくような錯覚にレイは陥った。
寒さに体が震える。
バランスが保てない。
だが、それもほんのわずかなことで、肩越しにぬくもりが伝わってきた。
―――碇君………
しかし、顔を上げるとそこにいたのはシンジでは無かった。
「シンジ君、どういうことかしら?」
レイの肩を支えながら、椅子に座るシンジに尋ねた。
そこにはやや厳しい表情を浮かべるリツコの姿があった。
「どうも僕が死んだことをダシにして綾波を利用していたらしくて。」
リツコはそのセリフにわずかに違和感を覚えたものの、とりあえずこの場はそれを無視して話を進める。
「………またレイの素体を作っていたのね?」
「そういうことです。恐らくは精神的に不安定になった綾波につけこんだんでしょう。今の綾波が進んで加わることは無いでしょうから。」
「そうね。」
「まあ、その後何を考えていたのかは大体想像がつきますけどね。」
そう言うとシンジは席を立った。
「じゃあ善は急げ、ということで行きましょうか。」
「今見てもあまり気持ちのいいものじゃないわね……」
ドグマに降りてのリツコの第一声はそれであった。
一面に広がる同じ顔を持つ物が漂っていれば気持ちの良いと感じる人はそういないだろう。
ましてやそれが人間となればなおさらである。
「綾波。」
静かに呼びかける。
レイはうつむいたまま答えない。
だがそれを無視するようにシンジは続けた。
レイにとって非常に残酷な言葉を。
「……君自身がこれを壊すんだ。」
「シンジ君!?」
リツコが声を荒げるがシンジは右手を差し出して静止する。
その真剣なまなざしにリツコは何も言えなかった。
「さあ、綾波………」
シンジはレイの手を取ってバルブに持ってこさせる。
「これをひねればこの子達は全て無に帰る事ができる。そしてこの子達はここに居るべきではない。」
淡々と感情を交えずシンジは話し続ける。
そのシンジをまたいつもの様にミナモがそっと魂を包み込む。
「僕は今は君が彼女達を破壊すべきだと思う。」
レイは震える手でバルブを掴んだ。
だがどうしても力を込めることが出来ない。
顔面は蒼白で蝋人形のように生命を感じさせることは無い。
先ほどからの震えは止まらず、それどころかますます激しくなっている。
傍から見ればかなり危険な状態であるが、シンジは何も言わず黙って見つめている。
レイの意識が遠のきかけた時、手にそっと暖かいものが重ねられた。
「レイ……一人が怖いのなら……一緒にやりましょう…?」
「赤木博士……」
「貴女一人が業を背負うことは無いわ。前のものは他の人に壊されたけど……今度は私も背負わなければならないわ。」
リツコの目にはわずかに涙が浮かんでいた。
レイも涙でなれた顔をあげ、じっと見つめている。
やがて、
「……お願いします。」
短くそう言うとリツコに添えられた手にそっと力を込めた。
ゴポッという音と供に気泡が水槽にあふれていく。
紅、というより黄色に近かったLCLは徐々にその身を真紅へと変えていく。
―――ふふふ………あはははは………
感情の無い笑いが静かな地下に響く。
身をボロボロと崩れさせながら魂の無い彼女達は無へと還って行った。
その様をレイとリツコは瞬きするのも忘れて見つめていた。
自らの罪を瞳に焼き付けるかのように。
リツコは毅然としてその後もずっと見続けていた。
だがレイの方は瞳からポロポロと雫がこぼれ始め、それは号泣に変わっていった。
それは魂が無いとは言え、人の形をしたものを「殺した」ことに対する罪の意識からか、それとも自らの手で罪を清算できたことに対する歓喜か。
レイの叫びはほのかな光が差し込む部屋に吸い込まれていった。
Death And Rebirth
「それで、何か掴めた?」
橋の上でミサトとマコトが情報を交換する。
作戦部長という肩書きと加持と懇意であったためミサトは表立って動くことが出来ない。
そのためマコトが主にミサトに情報を提供する形となっている。
「はい、これを見てください。」
そう言ってマコトは一枚の紙を差し出す。
それを見てミサトは目を見開いた。
「エヴァ拾参号機までの建造を開始!?世界七箇所で!?」
「上海経由の情報です。ソースに信頼は置けます。これも驚きなんですが……」
「まだ他にあるのね。」
ミサトにマコトは耳打ちする。
「何ですって!!??」
「マヤちゃんがMAGIのチェックをしてるときに偶然見つけたらしいんですけどね。
恐らく赤木博士も知らないだろうって言ってました。」
「初号機のシンクロ率の改竄か……
リツコを出し抜くなんて何者かしら………?」
(やはり加持のやつは司令が初号機を何かに利用するつもりだといってた。
どうも初号機が鍵みたいね……)
その時ミサトの携帯が鳴った。
ミサトは携帯を取るとふと視線を上げた。
上空に浮かぶモノを見て表情が厳しくなる。
「ええ、こちらでも肉眼で確認したわ。」
そこには一本の光る紐のようなものが輪を作り浮かんでいた。
ミサトが発令所に息を切らせながら走りこんできた。
「何をしていたの?」
「言い訳はしないわ!状況は!?」
遅れてきたミサトにリツコは冷たく言い放つが、ミサトは軽く流すとすぐさま状況の確認に入る。
「現在初号機が発進準備完了しています。零号機も後90秒で完了します。アスカは病室で確認済みです。」
「目標はどう?」
「目標は現在大涌谷上空で停止。定点回転を続けています。」
「目標のA.Tフィールド依然展開中。パターン青からオレンジへ周期的に変化しています。」
「どういうこと?」
スムーズに確認されていくが、一足先に戻ったマコトからの報告に眉をひそめる。
「MAGIは回答不能を提示しています。」
「答えを導くにはデータ不足ですね。」
「ただあの形が固定形態ではないでしょうね。」
その答えにミサトは考え込む仕草をする。
だがすぐに判断を下す。
「初号機、零号機を目標を中心とした直径上に配置。目標の攻撃方法が不明なため距離を置いて射出。ライフル、パレットガンを装備後パイロットは十分注意を払いつつ待機。」
「了解。」
「了解しました。」
シンジとレイからすぐさま返事が返ってくる。
レイとリツコが素体を破壊してから数日が経過し、レイはまだ精神的に不安定なところがあるものの、リツコのケアによって大分落ち着いてきた。
準備が完了した零号機と供に初号機が射出される。
アルミサエルを中心とした両極に供に安全と思われる距離を取って武器を装備する。
アルミサエルの方は二機が姿を現してもその場で回転を続け、変化の様子を見せない。
「先制攻撃だけは避けられたか……。
レイ、シンジ君、しばらく様子を見るわよ。」
ミサトがラミエル戦の様なことにならず、ほっと息を吐く。
しかし、声を掛けられた二人は気を抜く様子が無い。
ずっと使徒の方を見つめ、警戒をしている。
やがて二人から同時に声が洩れた。
「「……来る!」」
その声と同時に回転していたアルミサエルがその動きを止め、一本の紐状に変わった。
それと同時に周期的に変化していたパターンが青に固定される。
「識別パターン青、使徒と確定されました!!」
「何ですって!?」
リツコが叫ぶが早いか、アルミサエルは急激にスピードを上げ、零号機へと向かっていった。
レイはA.Tフィールドを展開するも、アルミサエルはあたかも紙の様にそれを破って零号機の腹部へと突き刺さる。
「レイ!!」
ミサトが思わず叫び声を上げる。
レイは腹部に激痛を感じながらも何とかライフルを使徒に押し付けて連射する。
カインッ、という軽い音がして、次々と薬莢が落ちていくが、アルミサエルの方にダメージを受けた様子は見受けられない。
徐々にめり込んでいくアルミサエル。
零号機の全身に血管のようなものが浮かび上がり、同じようにレイのプラグスーツにもそれが浮かび上がった。
「クッ…ア……」
苦悶の表情を浮かべ、うめき声が小さな口から洩れ出る。
激痛が全身を覆いつくす。
ところが、痛みしか感じなかったはずの体が次第に快感を感じ始めた。
レイの頬はほんのりと紅潮し、溜息が洩れ始める。
痛みと快感。
相反するはずのそれが交互にレイに襲い始め、徐々に意識が遠のき始めた。
ここは………どこ……?
言葉にしたはずは無いのだが、どこからか返事が返ってきた。
ここは貴女のココロの中。
何もいなかったはずなのに、いつの間にかレイの目の前に白いプラグスーツを着た自分自身が立っていた。
下半身をLCLに浸け、蒼銀の髪で顔を隠したそれは薄ら笑いを浮かべている。
怖いんでしょ……あの人に嫌われるのが…
怖い…?どうして…?
ふふふ………
小さく笑い声を上げてそれはレイの問いかけに答えない。
レイは馬鹿にされたように感じ、眉を寄せてキッと睨みつけた。
分からないの……?自分の事なのに…?
その途端レイの全身にあっという間に先ほどの血管のようなものが広がった。
………分からないわ。
そう。教えてあげるわ……。貴女嫌われることをしたんでしょ?
してないわ。
嘘ね。
短く断言するとそれはゆっくりと顔を上げた。
その顔を見た瞬間レイは背筋に電気が流れるのを感じた。
顔のつくりは全く自身と一緒だった。だがそこに貼り付けられた表情は嘲笑であった。
レイの顔でニヤニヤと笑うそれは気持ち悪くさえあった。
だって貴女のココロが言ってるもの。彼を裏切ってしまったって。
違うわ!そんなつもりは無い!!
なら何故貴女のココロは震えているの?どうして悲しんでるの?
それは………
答えが見つからない。
気味悪く笑うそれに言い返すことが出来ない。
そう、私は………
涙がこぼれた。
おしゃべりはそこまでだよ、アルミサエル。
突如その空間に響いた声。
するとレイの視界が真白に染まった。
ハッとして我に返るとそこは見慣れたエントリープラグの中だった。
自身の白いプラグスーツの太ももには涙が溜まりを作っていた。
さっきのは夢だったのかしら…?
しばしの間―――それでも実際はほんの数秒だが―――現実がつかめず呆然としていたが、そこに発令所からの通信が入った。
「レイ!!大丈夫!?」
ミサトの声に気付き、現実にレイは復帰した。
「はい…大丈夫です。」
何とか返事を返すものの、未だに腹部には痛みが残る。
ふと正面を見上げると初号機がアルミサエルを掴んでいた。
「碇君!!」
レイの目には、掴んだところから自身と同じように何かが浮き出ている初号機の姿が入ってきた。
掌に当たる部分にはレイの顔らしきものが浮かんできている。
それは生理的な嫌悪すら起こさせた。
だが初号機はそれを気にすること無くアルミサエルを零号機から引きづり出そうと手繰り寄せる。
「クッ……ダメ!!」
レイは叫ぶもののシンジは止めようとしない。
アルミサエルはほとんど引き出され、零号機、そしてレイの体から浮き出た血管が消え去った。
苦痛から解放されるレイ。
急速に引き退いていくそれと、快感の余韻にどこか冷たさを感じた。
そこに通信が入る。
「綾波、機体を捨てて脱出するんだ。」
「シンジ君の言う通りよ。レイ機体を捨てていいから逃げて!!」
シンジの進言にミサトも同意し、レイに促す。
だがレイはそれを拒否した。
「ダメ……私がいなくなったらA.Tフィールドが消えてしまう………」
そう言うとシートの後ろにあるレバーに手を掛ける。
だが、その様は発令所には伝わらなかった。
突如として零号機と発令所を繋ぐモニターにノイズが走り、映像はおろか、音声さえも遮断されていた。
それに気付かず、レバーを引こうと手に力をレイは込めた。
レイは自分に失望していた。
散々シンジに迷惑を掛け、裏切り、それなのになおもシンジを求めてやまない自分に。
これ以上はもう………
しかし、レバーが引かれることは無かった。
急に力を失いシートに倒れ掛かるレイ。
それを抱きとめる影があった。
「……ふう……全く無茶するんだからこの子は………」
自身のオリジナルとも分身とも言えるレイを相手にしてはあんまりなセリフだが、長い時を過ごしてきたミナモにとってはレイはまだまだ未熟であった。
(シンジ、こっちはOKよ。)
(了解。プラグを射出して脱出して。)
(分かったわ。)
爆音が響き、零号機の頸部に煙が立ち込めて、そこからプラグが射出される。
発令所から安堵の声が洩れた。
シンジの右手にはびっしりと筋が浮かんでいるが、レイがいなくなったことにより一時浮かんでいたレイの顔らしきものはすでに消えていた。
「葛城さん。」
とりあえずレイのことは何とかなったものの、未だ打開策が見つからず思考に没頭していたミサトはシンジに声を掛けられて顔をモニターへ向けた。
「どうしたの?」
「零号機を爆破しますが、いいですか?」
ミサトとしても最後の手段として考えていたため、その提言に驚きはしなかったものの、戦力を失うことに抵抗を覚える。
しかし、代案を思いつかず、リツコの方を見ると、リツコも無言で頷いた。
已む無く了承の意を伝えようとした時、ミサトの後部から先に声が響いた。
「ダメだ。」
「碇!!」
冬月が叱責するもゲンドウはそもそもそんなものを聞く人間では無い。
冬月を無視して言葉を続ける。
「今零号機を失うわけにはいかん。」
「しかし、司令!」
ミサトがゲンドウに異議を申し立てようとするが、先にシンジが静かに問う。
「なら代わりの案は?」
「………弐号機を射出する。」
「……一応聞いておくけど、パイロットは?」
「弐号機のみを射出する。」
「シンジ君、君の考えは恐らく零号機にその使徒を押し込めてもろとも吹き飛ばすつもりだろう?その代わりに弐号機を使おうと碇は言っているんだよ。」
やはり長くゲンドウと付き合って慣れているのか、冬月がゲンドウの考えを素早く補足する。
「それを待つよりは今零号機でしてしまった方が早いですが?こうしてこいつを抑えてるのも結構つらいんですよ?」
「我慢しろ。」
あまりにも一方的な言い方にミサトも改めて異を唱える。
「司令。こうして言い合いをしている状況ではありません。私もシンジ君の案に賛成です。」
「ダメだ。」
頑として譲らないゲンドウだが、これには訳があった。
ゲンドウは今シンジを最大の障害と認識していた。
自分達が事を起こそうとするとき、真っ先に妨害をしてくるだろう、と。
そのため、自身側につくであろう戦力を残しておきたかったのだ。
レイの心はすでにゲンドウには無い。
だが、現在のレイを殺して三人目に移行することも辞さないつもりだ。
そうすれば補完計画を発動しやすくなり、また状況によってはレイを零号機に乗せて時間を稼ぐことが出来るだろう。
その為にもゲンドウとしては何としても零号機を破壊されるわけにはいかなかった。
しかし、シンジはゲンドウを一蹴した。
「話にならないね。」
「何だと?」
「では僕の判断で勝手に零号機を破棄させていただきます。悪しからず。」
「待て!!」
ゲンドウが大声を上げるが、シンジは無視して力を込める。
発令所は滅多に見れないゲンドウの慌てように驚きながらもシンジの動向に注目していた。
エントリープラグはすでに射出されて中から操作することは出来ない。
発令所からも爆破させることは出来ない。
如何様にしてシンジは爆破させるのかと。
シンジが発令所とのモニター通信を切ると瞳が紅く変化する。
そして力を込め、アルミサエルを零号機のコアへと押し込み始めた。
アルミサエルは始めは嫌がるかのようにその身を激しくくねらせていたが、やがて大人しくコアへ沈みだす。
全体が押し込まれると初号機は右手をコアへかざす。
発令所では興味津々と言った様子で見守っている。
その時、突然警告音が鳴り響いた。
「どうしたの?」
「きょ、強力なA.Tフィールドを零号機付近で感知!」
「コアが潰れていきます!!」
「どういうこと!?」
「まさか、コアを圧壊させようというの!?」
モニターには見る見る間にコアが潰れていく様子が映し出されていた。
初号機の手の先には太陽からの光に照らされた八角形の壁があった。
「臨界突破します!!」
誰もが爆発するかと思ったが、音も、光も何も発令所には届いてこなかった。
いや、音も光も確かにした。
だがそれがあまりにも予想したより弱かったため、爆発したとは誰も思わなかった。
モニターに映るのは今までどおりの第三新東京市の街並み。
そこには何の変化は無かった。
唯一つの変化といえば、市の外れにある山のふもとで何かが爆発した後だけであった。
「……何が起きたの?」
ミサトの呟きに答えられる者は発令所にいない。
訳もわからずモニターを眺めるだけである。
「リツコ、アンタわかる?」
ミサトの問いかけに現実に返るとリツコは推測を口にした。
「……恐らくは零号機の周りをあの強力なA.Tフィールドで囲んだんじゃないかしら。」
「正解です、リツコさん。」
モニターが開き、シンジの姿が映し出された。
瞳はすでに元の鳶色に戻っている。
「第三新東京市に被害を及ぼすのもどうかと思ったんで。」
「相変わらずすごいわねぇ………」
ミサトが感嘆の溜息を洩らす。
「でもさっきの使徒をそれで潰したりは出来なかったの?」
「今のはエネルギーを全部上に逃がしたんですよ。潰したりは出来ませんよ。」
「なるほどね。」
今度はリツコが感嘆の声を上げるが、その後ろでは二人の男達が今後について頭を悩ませていた。
「う………ん………」
眩い光を感じてレイは目を覚ました。
白い壁、白い天井。
そして白いシーツ。
むっくりと身を起こし、辺りを見回した。
どうしてここに……?
先ほどまでプラグの中にいて使徒と戦っていたはずだ。
使徒はどうなったのだろうか………?
まだ戦っているのだろうか?
未だぼんやりする頭で目の前の白い壁を眺めていると記憶が少しずつ戻っていった。
使徒に侵食され、自身の心と向き合った。
そして………
そこまで思い出したところでレイの顔が青ざめた。
何故今生きている?
死ぬはずだったのに。
どうして生きていける?
碇君に迷惑を掛けて、嫌われて………
「目、覚めたようね?」
先ほど病室を見回したときには誰もいなかったはずだ。
だがその凛とした声ははっきりとレイの耳に入った。
驚いて声の方を振り向くレイ。
そこには自分がいた。
どうして!?
自分の素体は全て壊したはずなのに!?
それも自分の手で!!
司令がすでに取り出していた!?
でも自分が生きている限り魂は移ったりはしないはず。
レイには理解できなかった。
だが、落ち着いて考えればレイは気付いたはずだ。
確かに声は似ている。
白磁のようなきれいな肌。
そして顔のつくりはレイと双子のようにそっくりだ。
しかし、レイは蒼銀の髪なのに対し、目の前の少女―――と呼んで良いのか微妙だが―――はきれいな黒髪だった。
窓から入り込む光に照らされるそれはきらきらと輝き、わずかに紫がかっているようにも見える。
「気にしないで、って言ってもたぶん無理よね。
でもこれだけは信じてね。私は怪しいものではないわ。」
シンジ張りの笑顔でミナモは怪しい人が吐く様なセリフを口にするが、大抵の人と同じように、レイは逆に警戒を強くした。
ミナモはそのレイの態度にどうしたものかと頭をひねる。
「う〜ん、信じてくれないかぁ……
シンジの名前を出してもダメよねぇ……」
「証拠が無いわ。」
「そうなのよねぇ………」
やや短めの前髪を掻きあげ、溜息をつくと、ミナモは目を閉じた。
ミナモが何を始めたのかわからず、レイはどうしてよいか思案する。
誰かを呼ぼうとナースコールを手に取ったとき、ミナモが目を開いた。
「ちょっと待ってて。」
レイにそう告げるとそばにあったパイプ椅子に腰掛け、鼻唄を歌いだした。
何気なく始めたそれだが、それは鼻唄というには勿体無いほどのものだった。
美しい調べに、いつしかレイは先ほどまでの恐怖も、戸惑いも、警戒心も忘れていた。
心地よさがレイの心を支配する。
シンジとは違った暖かさがそこにはあった。
やがてその調べは終わりを迎える。
「やっと来たようね。」
相変わらずレイにとって意味不明な呟きだったが、その答えはすぐに分かった。
プシュ、という音と供に病室の扉が開く。
「お待たせ。」
「遅いわよ。」
「はは、ゴメンゴメン。」
屈託の無い笑顔で談笑するシンジ。
もはやレイの頭はクエスチョンマークでいっぱいである。
「い、碇君、その人は…?」
「ああ、レイは会うのは初めてだったね。
彼女はミナモ。まあ、僕の昔からの仲間、かな?」
「私の紹介はいいから。早いとこ片をつけなさいよ。
言葉にしないと伝わらないこともあるのよ。特にこの子には。」
「そうだね。
綾波。」
急に真面目な顔に変わり、シンジはレイに向き直った。
「僕は綾波が僕を裏切ったりしてないと思ってるし、例えそうだったとしても見捨てたりはしないよ。僕も大分綾波に助けられたしね。
でも命を捨てるのは止めてね。綾波の代わりなんてどこにもいないんだから。」
レイは許しを欲していたのかも知れない。
ぽろぽろと涙が零れ落ち、やがて嗚咽が病室にあふれ、いつしかそれは大きな泣き声へと変わっていった。
泣き続けるレイをミナモがそっと抱きしめる。
シンジはそれを優しく見守っていたが、そっとその場を後にした。
shin:というわけで、今回は久々に二人には活躍してもらった。
シンジ:ありがとう。そしてミナモ、おめでとう。
shin:おめでとう。
ミナモ:何か引っかかる言い方ね……。
シンジ:まあまあ。素直に喜びなよ。
ミナモ:はぁ………。まあ、いいわ。
それより今回はタイトルが原作と同じなのね。
shin:そう。読んで気付いたと思うけど、泣くシーンが多かった。だからTVと同じになるけど「涙」にさせてもらった。
シンジ:何だか僕が綾波にそんなに優しくない気がするんだけど?
shin:表面上はね。何でそうするかは最終話あたりにでも分かるかと。
ミナモ:あ、そういえばレイちゃんと会うのは初めてだったわね。
シンジ:そういえば。こっちで結構会ってるからそんな感じしなかったけどね。
shin:ミナモが会ったことあるのは……これで二人目かな?
ミナモ:そうね。
shin:そうそう簡単に姿を現すものじゃないし。
シンジ:今日は珍しく後書きっぽいね。
shin:たまにはちゃんとやらなイカンだろ……
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