「ほら、アスカちゃん。ちゃんと好き嫌いしないで食べなさい。じゃないとあそこにいるお姉さんに笑われちゃいますよ。」
クスクスとベッドの上で自分の娘に話しかける。
しかし女性が話しかけていたのは人では無かった。
『一番じゃ無くても僕は君を見捨てたりしない。君が僕を憎くても、僕は君を守り続ける。僕は君達を裏切らない。僕を裏切らない限り。』
高熱のマグマの中、沈み行く弐号機を掴む初号機。
いつもニコニコと笑って何気無い日常を過ごすシンジの姿。
「………シンジ……」
淀んだ瞳が捉えていたのは真っ暗な暗闇だけであった。
第弐拾弐話 ぬくもりは何処に
「最近のアスカのシンクロ率、下がる一方ですね……」
シュミレーションプラグから送られてくるデータがモニターに映し出され、その横のモニターにはテストに臨んでいるアスカの顔があった。
シンクロ率はマヤの言葉通りここ数日下落の一方を辿っていた。
原因はここにいる職員全員が知っている。
エースとも言えるサードチルドレンの死亡。
アスカがシンジに特別な感情を抱いている。
それが恋心なのかははっきり分からないが、その対象を失った少女に対し、誰もが同情を禁じえなかった。
だが、死亡したシンジに対する感情ははっきり言って無関心。
元々職員はシンジに対してよい感情は持っていなかった。
年に見合わないどこか大人びた態度が生意気な印象を与え、作戦部長の指示を度々無視する。
使徒戦においては多大な戦果を残し、もはやネルフに無くてはならない存在となったが、個人としてはあまり付き合いたいと思わない。
シンジはネルフ内ではアスカやレイの前で見せるような表情を見せてはいない。
アスカに自らの思いをさらけ出し、感情に変化が出始めていたが、それは職員の間では認知されていなかった。
それに加えて先日本部内病院での事件である。
事実は隠蔽され、病院に職員に成りすまして入り込んだ変質者の犯行ということになったが、人の口に戸は建てられない。
どこかからか洩れた情報は少しずつ本部内に広まっていった。
子供が暗殺者、と言うのは比較的平和だった日本では一笑に付される話だが、使徒戦のシンジの動きを見ている職員は簡単に笑い飛ばすことが出来なかった。
だが、あっさりと話を信じることも出来ず、触らぬ神にたたりなし、といった感じで接触をこれまで以上に控え始めた。
さらに目の前には悲しみにくれているかわいい女の子がいるのである。
対使徒戦において多大な不安を残すものの、シンジよりもアスカに関心が行くのは無理なからぬ話しである。
「そうね………」
リツコは手元の端末を叩きながら興味無さそうにマヤに返事を返した。
ゲンドウから離れつつあるリツコの最大の関心はシンジそのものにあった。
ネルフにおいて、リツコは最もシンジの秘密に近かった人間だろう。
だが情報量は他の職員とほとんど変わらない。
そして最後まで謎を残したままシンジはあっさりと退場してしまった。
今こうして仕事に励んでいるが、どこかやる気の無さが感じられた。
しかし、マヤはそうしたリツコの内面には気付かない。
元気が無いとは思っているがそれも今後の不安からだと思っている。
マヤから見ればリツコはいつもクールで、切り替えが早く、どこか近づき難い人物でもあった。
最後の部分だけは違うが。
つまり、他の職員の印象とそう変わりないのである。
故にマヤも他の職員もすぐにいつものリツコに戻るだろうと考えていた。
「それにしても、まだここには慣れませんね。」
「そうね。」
気分を変えようとマヤは話題を変えた。
今使用しているのは予備の第二発令所。
ゼルエルとの一戦で第一発令所は完全に破壊され、使用不可能になった。
それでもまだ使徒はやってくる―――とは言っても正確にそれを知っているのはほんの一握りの人間だけだが。
初号機が覚醒した―――他の職員から見れば暴走―――翌日から早速作業が始まり、つい先日やっとMAGIの移植作業が完全に終了した。
その間に使徒が襲来しなかったのは幸運であったといえるであろう。
―――MAGIの破棄は本部のそれと同義―――
いつぞやリツコが言ったセリフだが正確にそれはネルフを言い表していた。
ケージに一人の男がたたずんでいる。
足元に広がるのは全ての源たる水に酷似した液体で、その中には紫だった鬼が眠っていた。
上半身を包帯のようなもので包まれ、ケージに貼り付けられている。
動きはしないものの、目を大きく見開いたまま眠るそれは見るものに根源的な恐怖を思い起こさせ、今にも動き出しそうな印象さえ与える。
「ユイ………」
ゲンドウは自らの全てを捨ててまで追い求めた女性の名を呟いた。
「ユイ、もうすぐだ。もうすぐ願いが成就する。お前もそれを願っている。だから今こうしているのだろう?」
サングラス越しに目の前の巨人を見つめる。
だが、悲しいかな、サングラス越しだったのだ。
そのゲンドウを見つめる影があった。
ミサトは何気なくケージへと足を向けていた。
ミサトの頭には使徒を食らう初号機の姿が焼きついていた。
今でも目を閉じれば明確にその映像が再生される。
他の一般職員と同じように、ミサトにとって初号機は謎の塊なのである。
技術的な物ではなく、存在そのものが謎で占められている。
その中でもあの光景を目の当たりにしたミサトは疑問に埋没していた。
様々な疑惑が頭をよぎるが、それらは全て一点に集約される。
すなわち、エヴァとは何なのか?
解けない謎に気が付けば初号機のケージへとたどり着いていた。
そこで見たのは装甲を失った初号機に何かを語りかけている総司令の姿だった。
誰もいない―――というより寄り付かないのだが―――ケージに最高権力者。
ネルフの実情を表しているような光景だが、ミサトにはゲンドウがいつも見せているのとは違う風に見えた。
距離があったため表情などははっきりとは分からない。
だが、その纏っている空気が普段とは違ってミサトは感じられた。
普段の人を寄せ付けないものでは無く、優しい風。
それはミサトを驚かせるには十分なものだった。
それ程のインパクトがあったのだ。
だからかもしれない。ゲンドウが放つ雰囲気に狂気が混じり始めたのに気付かなかったのは。
「シンクログラフ、マイナス12.8。起動指数ギリギリです。」
さらに数週間が経過してのシンクロテスト。
アスカのシンクロ率は下げ止まることを知らないかのように下落を続けていた。
一時期には80%近い数字があったが、今では10%台。
起動ですら、という状況であった。
レイの方もあまり芳しい状況では無い。
元々シンジやアスカに比べ、シンクロ率は高い方では無かった。
アスカが急激に下落しているので目立たないが、レイのシンクログラフも緩やかな下降線を辿っていた。
「レイちゃんも少しずつ下がってます。……やっぱりレイちゃんもショックだったんでしょうね。」
プリントアウトされた二つのシンクロ率が記されている紙をミサトに渡しながらマヤが呟いた。
ミサトは渡された用紙を眺めてはいるが、どこか心ここにあらず、といった感じだ。
原因は前日にあった留守番電話に残されたメッセージにあった。
『もし、もう一度会えることがあったら8年前に言えなかった言葉を言うよ』
受話器越しに伝えられたその言葉を聞き、ミサトはその場に泣き崩れた。
悟ったのだ。彼が恐らくはもう生きてはいないだろう事を。
そして自分がいかに彼を愛していたかという事を。
リツコは当然そんなミサトの原因を知っている。
伊達に本部の中枢にいる訳ではない。ゲンドウから離れているとは言え、立場を失った訳ではない。
心境の変化はゲンドウに悟られているかもしれない。
恐らくはそれを知った上で自分にまだ利用価値があると判断しているのだろう。
いつ自らに牙を向くか分からないのに。
(でももう貴方のシナリオは瓦解してるのよ。)
心の内でゲンドウを嘲ったリツコだが、ここであることに気が付いた。
シンジが死んだのにどうして背後が動かない?
シンジがどこかの組織に属していたのは間違いない。本人の口からもそれは自分がはっきりと聞いている。
ミナモさんの紹介の仕方から人をかなり自由に使えるようで、組織の中でも上位の方に位置しているのだろう。
そんな人間が死んで何故何の動きも見せないのか?
実はそれ程組織にとってシンジ君は重要では無かった?
それともこちらが探知できていないだけで水面下では動き始めている?
それとも………実はシンジは生き延びている?
いくつかの可能性がリツコの頭に浮かび上がったが、最後のは頭を振って掻き消した。
あり得ない。爆破の直後すぐに職員、警察が駆けつけたのだ。
それら全てを欺いて秘密裏に救出することなど不可能だ。
それに、あの腕は確かにシンジ君のものだった。
となると、やはり可能性が高いのは二番目………
そこまで考えてリツコは突如自嘲的な笑みを浮かべた。
もしそうだとして何が出来る?
いや、何をする
例え向こうがその気でやってきて殺されたとしてもそれもいいわね……
レイはゆっくりと目を開けた。
足元からの光で照らされた自身の周りには黄色いとも、紅いとも言える世界があった。
もう嗅ぎなれた血の臭い。
すでに慣れきったつもりだったが、最近はどうも嫌悪感しかかきたてない。
部屋の中央に位置する円筒型の水槽から暗い部屋を見渡すと、自分を取り囲むように同じようにLCLで満たされた水槽が見える。
そして自分と同じ容姿を持つ人形の姿も。
それがさらにレイの嫌悪を増幅させる。
意思も無く、ただ原始の海と同じ成分の液体の中を漂っているだけ。
全てが破壊され、かつては何も存在しなかったはずの水槽だが、今は以前と同じほど、とまではいかないがかなりの数の素体が浮かんでいる。
見つめるレイに気付いたかのように一斉にそれらがレイへと振り返る。
それが動くものに対する反射であることは知っている。
自身もかつてはそれらの一つであったとは言え、多くの目に見られることは気持ちいいことではない。
ビクッ、と体を震わせるレイだったが、すぐに落ち着きを取り戻した。
その時、革靴の音が静寂の空間を侵す。
「レイ。」
「はい………」
今のレイにとって最も嫌悪感を引き起こす男。
ゲンドウは無表情のままレイに話しかける。
「気分はどうだ?」
「………問題ありません。」
「そうか。」
問題無くは無いのだが、それを表に出すことは出来ない。
ゲンドウの後ろからは冬月が様子を伺っている。
今、レイに関するあらゆる作業は主に冬月が行っている。
リツコの変化に気付いたゲンドウは、伝えていた計画の変更を告げると、変更した部分にリツコを関わらせないようにした。
リツコは今、こうやってレイの素体を作っていることを知らないだろう。
自らの願いを叶えるため、目的を同じとする冬月にしか今後の行動を伝えていない。
冬月は二人の様子を黙ってじっと眺めていた。
かつて毎日のように羽織っていた白衣を再び纏って。
ゲンドウの背後に位置していたのだが、彼がニヤリと笑ったのは何となく分かった。
再び自らの歯車が動き出したのがよほど嬉しいのだろう。
感情をわずかとは言え、表に出すこと自体が珍しいのだ。
(もう私も後戻りは出来ん。だがな、碇、分かっているのか。我々が今も危うい橋の上に立っていることに………)
内心の危惧に気付かないゲンドウは笑みをさらに深める。
流石にレイはその顔に嫌悪を隠すことは出来なかった。
十数日振りの我が家。
ここ最近は2,3日開けてはちょっと戻り、また2,3日地下にこもる、といった日々ばかりだった。
これだけ間を開けるというのは昔でさえも滅多に無かったが、今日ようやく施設のメンテのおかげでゆっくり家へ帰ることが出来た。
ドアを開けるとそこには見慣れた空間が広がっているはずだった。
確かにドアを開けて目に入ってきた光景は見慣れたものそのものだった。
家具の配置、部屋の間取り………
何一つ違うことは無い。
だがレイの胸には違和感が残った。
最初は分からなかったが靴を脱いで一歩目を踏み出したときその正体が明らかになった。
不快な感覚を足の裏に覚え、見てみるとすでに真っ白な靴下は黒く変化していた。
驚いて周囲に目を移せば、大量の埃が溜まっていた。
顔をしかめながら爪先立ちで奥へと進めば、あるものが無いことにレイは気が付いた。
家具や小物の位置は十数日前見たときのままだった。その言葉通り。
生活感が、人が生きているという息吹が感じられないのだ。
ただキッチンだけは鍋やドンブリが汚れたまま放置されていた。
すぐにレイは台所を後にした。
扉の前に来ると一度深呼吸をし、意を決してノックする。
「…アスカ、入るわ。」
スッ、と小さな音を立ててドアを滑らせた。
その瞬間、レイは身を強張らせた。
最近レイは感情がかなり豊かになってきており、それに伴って表情もずっと表に現れるようになった。
それでも変化は大きいものでは無い。
よくよく見ているとわずかに変わる程度なのだ。
だが、今の彼女の顔は驚きと悲しみに満ちていた。
レイの目の前の少女はベッドの上に座っていた。
膝を抱えて。
顔を自身の膝へと埋め、レイが入ってきたことにも気付かないのか、全く動く様子が無い。
「ア、アスカ……」
恐る恐るレイが声を掛けると、ようやく気が付いたのか、ゆっくりとアスカは顔を膝から離した。
「レイ……お帰り………」
アスカの顔を見てレイの表情が悲しみに歪む。
髪はボサボサであちこちに枝毛が出来ている。
顔も痩せこけ、病人のように青白くなっている。
何より瞳には全くといっていいほど光が無かった。
生ける屍。
その表現がぴったりと当てはまるほどにアスカは変わってしまっていた。
かつての自分を甲斐甲斐しく世話をしていた、色々と自分に教えてくれた頼りになる輝いていた姉の姿は無かった。
「……大丈夫…?」
レイは内心の動揺を抑え、何とかアスカに問いかけた。
―――大丈夫よ―――
無理やりでも笑ってそう答える。
レイはそれを期待していたが、返ってきた答えは今まで聞いたことのない弱気な答えだった。
「………ダメみたい……」
再びアスカは膝に顔を埋め、ポツリとそう漏らした。
「会いたい、会いたいよぉ…シンジ……
エヴァに拘っちゃダメだってシンジは言ってたけど、アタシにはもうエヴァしか残ってないのに、それにすらもう乗れない…」
「アスカ………」
「アタシどうすればいいの…?ねえ…教えてよ、レイ…どうすればいいのよ、レイ……」
「アスカ!」
レイは愕然とした。自分をずっと支えてきてくれたこの少女はこんなにも脆い存在だったことに。
シンジの死をゲンドウから知らされたとき、自らの世界が崩れていくような錯覚をレイは覚えた。
世界が急激に色あせていくようだった。
この世界で自分が最も不幸だとも思い、これ以上の悲しみは無かった。
だが、そこに希望が灯された。灯してくれた相手が相手ではあったが。
しかし、今泣きじゃくっている少女には自分と同じような、或いはそれ以上の悲しみを感じ、誰も乗り越えられるような手を差し伸べてくれはしなかった。
思わずレイはアスカを抱きしめ涙を流した。
アスカにレイからほのかなぬくもりが伝わっていく。
レイの紅い瞳からこぼれた涙は頬を伝い、アスカの腕を濡らした。
「レイ……」
うつむいていたアスカだが、その感触に顔を上げて、くしゃくしゃになったレイを見た。
さらにギュッとレイはアスカを抱くうでに力を込める。
「う……ぐっ…ひっく……うう…うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
声をあげ泣き叫びながらアスカはレイにしがみついた。
教えてあげたい。
シンジに会える事を。
だけど教えるわけにはいかない。
ジレンマを押さえつけるようにただひたすらに泣き続けるアスカをレイは抱きしめ続けた。
全ての母たるリリス。
その母性が現れたかのように、泣きじゃくる小さな少女を抱きしめ続けた。
Coming Back To His Field
「総員第一種戦闘配置!総員第一種戦闘配置!!対空迎撃戦用意!!」
すでに見慣れてしまった光景。
サキエルから数えて13体目となる使徒を衛星軌道上に見つけ、慣れた手つきでオペレーターたちは素早く情報の処理をしていく。
「使徒を映像で確認!最大望遠です。」
シゲルは手元を操作して主モニターに光輝く使徒の姿を映し出した。
全身から淡く光を発するアラエルはこれまでの使徒とは違ってどこか神話の天使を思い起こさせる姿をしていた。
「衛星軌道から動きませんね……」
「ここからは一定距離を保っています。」
「ってことは、降下・接近の機会を伺っているのか、それともその必要も無いのか……
どの道こちらの射程に入ってくれなきゃ動きようが無いわね。」
もたらされる情報を分析し、ミサトはいくつか攻撃のパターンを考える。
リツコとは違った思考が素早く回転する。
ややうつむいて考えるミサト。
だが、いくら優秀でもない袖は振れない。
使徒を引きずり下ろす、またはすぐに射程を延ばす方法など無いのだ。
打つ手の無さに歯噛みしながらも、今できることを進めていった。
「エヴァは?」
「惣流、綾波両パイロットともに控え室で待機中です。」
「了解。すぐにエヴァの発進準備を。超長距離射撃の準備をして。」
緊張感漂う発令所に凛とした声が響く。
そこには凛々しい作戦指揮官の姿があった。
「惣流・綾波両パイロットはケージに集合。速やかに発進準備を行ってください。繰り返します………」
パイロット達の控え室に放送が鳴り響く。
レイはアスカの体からそっと離れた。
「……来たわ……。大丈夫……?」
心配気な顔でアスカの顔を覗きこむ。
「うん……大丈夫…。ありがと、レイ……」
か細い声で何とか、と言った感じでアスカは礼を言う。
しかし顔色は幾分良くはなったものの、とても健康的とは言えず、青白さが残っている。
抱かれていたときには消えていた震えも離れた途端に再び震えだし、アスカはそれを何とか押えようと自らの体を抱きしめた。
レイにはその行為はとても痛々しいものに見えた。
「アスカ……」
「何………?」
「今は貴女一人ではないわ。私はずっとアスカを見てる……。弐号機も貴女を見てるわ…。だから心を開いて。そうすればシンクロ率も上昇するはずよ………。」
事実を知る者ならば冷や汗モノの発言だが、アスカは不幸にも真実は知らない。
レイの発言を単なるアドバイスだと思ったアスカはわずかに微笑むと再びお礼の言葉を口にした。
「ありがとう、レイ……。さあ行きましょ…?」
その言葉にうなづくとレイはアスカの手を引いてケージへと向かった。
「エントリープラグ注入、及び注水します。」
流れるように二機のエヴァの発進準備が整っていく。
エントリープラグがエヴァに差し込まれてシンクロ率が表示されたとき、マヤはその数字を歓喜と供にミサト達に伝えた。
「シンクロ率…出ました!零号機58%、弐号機34%!弐号機のシンクロ率が大幅に回復しています!」
「アスカ……」
ミサトはモニターに映る少女を見遣った。
優れない顔色ながらも回復の兆しを見せた彼女にミサトは内心で感嘆の声を上げた。
発令所での様子はエントリープラグ内のアスカにも届いていた。
「…あがったの……?ふふっ……レイ、ホントにありがと……」
アスカは今暖かさに包まれていた。
シンジの死が伝えられて心は冷え切っており、その上、今まで感じられていたわずかなぬくもりがエヴァからも感じられなくなっていた。
わずかながらも弐号機からぬくもりを感じられ、心からアスカはレイに感謝した。
雨の第三新東京市。
どんよりとした黒い雲が上空を覆い、天から降り注ぐ涙は神の使いと敵対する二機の巨人を濡らし続けていた。
弐号機はポジトロンライフルを、零号機はポジトロンスナイパーライフルをそれぞれ装備し、未だ衛星軌道上から動く気配を見せないアラエルを待ち続ける。
何のアクションも起こせないまま、ただ時間だけが過ぎていく。
ネルフ側としては全く動くことが出来ず、発令所にもイライラが募っていく。
「……早く降りてきなさいよ…!」
ミサトの呟きが聞こえたのかは不明だが、その直後、天からまばゆいばかりの光が降り注いだ。
光は弐号機へ当たり、発令所に警報が響き渡る。
「敵の指向性兵器!?」
「いえ、違います!熱エネルギー反応無し。」
「心理グラフが乱れています!!」
モニターに映し出される心理グラフを見てマヤが悲痛な叫び声をあげる。
真っ直ぐだったグラフは突如として激しく乱れ、大きく左右している。
「精神汚染が始まります!!」
「使徒が心理攻撃………!まさか使徒に人の心が理解できるの!?」
プラグ内のモニターはそのほとんどが紅く光り、警告を発している。
「キャ……ああぁ………!!ぐ………は……あぁ!!」
アスカは叫び声をあげ、苦痛から逃れようと頭を押えて必死でもがく。
アスカの動きに合わせるように弐号機もその身を大きく反らし、くねらせ、アスカの苦しみを全身で表す。
「あ…あ…あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
目を見開き、一際大きく叫ぶと、手にしたポジトロンライフルを発射した。
初弾はアラエルの方へと向かっていくものの、元々射程外であり、アラエルのかなり手前で陽電子は地表へと落下していった。
その後もアスカは叫びながら乱射するが、上空へ撃たれる事はなく、第三新東京市を次々と破壊していった。
カチッ、カチッ
全弾を発射し、多くのビルを破壊しながらもなおもアスカは引鉄を引き続けるも、残弾ゼロを示す音が虚しく響く。
「光線の分析は!?」
「可視波長のエネルギー波です!A.Tフィールドに近いものですが、詳細は不明です。」
ミサトがマコトに詰め寄るが、色よい情報は得られず状況は変わらない。
「アスカは!?」
「危険です!!精神汚染Yに突入!!!」
「アスカ!!!」
たまらずレイがアスカの名を叫ぶ。
目に涙を溜め、スナイパーライフルを構えて今か今かとチャージが終了するのを待っている。
レイが叫んだ直後、発令所に別のアラームが鳴り響いた。
「どうしたの!?」
ミサトの問いに、マコトが信じられないものを見るように身をわずかに震わせながら口を開いた。
「しょ、初号機が……初号機が動き出しました!!」
「何ですって!!??」
モニターには拘束具を外そうともがく初号機の姿が。
「エントリープラグは!?」
「ありません!何も挿入されていません!!!」
「ありえないわ……」
発令所に動揺が広がり、使徒、弐号機、そして本部内とあまりに多すぎる情報を処理できず完全に飽和状態に陥った。
ずっと黙っていたゲンドウがついに口を開く。
「……初号機をすぐに射出しろ。」
「はっ!?しかし、パイロットがいませんが………」
「ここを破壊されるよりはいい!」
珍しく声を荒げるゲンドウに一瞬発令所が静まり返るも、すぐに指示を行動に移す。
拘束具が取り払われると初号機は大人しくなったが、その様子にミサトは不信感を覚えた。
(急に大人しくなった?
司令の様子といい、初号機に一体何があるの……)
「老人達に気付かれるぞ。」
「エントリープラグすら挿入されていないのだ。我々にも、老人達にも原因は不明だよ、冬月。」
レイの耳に発令所の様子は入っていたが、それはどうでも良かった。
アスカを早く助けたい。それだけしか頭には無い。
ライフルのチャージが終わり、目の前のカーソルが重なる。
「くっ!!」
引鉄を引き絞り、轟音と供に陽電子が砲身から吐き出される。
あっという間にポジトロンが成層圏を突破し、アラエルまであと少しまで迫る。
先ほどの様に届く前に消滅する、ということは無かったが、A.Tフィールドを貫くには至らなかった。
フィールドに阻まれた陽電子はアラエルの手前で拡散し、アスカの放ったものと同じように消えていく。
「ダメです!!この距離から敵のA.Tフィールドを貫くにはエネルギーがまるで足りません!!」
「しかし、エネルギーは最大です。これ以上は砲身が持ちません。」
悔しさにミサトは下唇を噛みしめた。
無力。
発令所には何も出来ることが無い。
―――考えろ、考えろ!!
ミサトは必死で打開策を探るが、頭の中には何も浮かんでこない。
こうしている間もアスカの精神はドンドン侵されていった。
アスカは完全にプラグ内でうずくまっていた。
レイに抱きしめられてわずかに戻った瞳の光も再び失われようとしていた。
一筋の光が差し込む。
暖かいはずのその光は、冷徹さを伴って自らの中に入り込んできた。
「うわああぁぁん、ああああぁぁん………」
あれ、何で泣いてるんだろう……もう泣かないって決めたのに
足元にはサルの人形が綿を引き出されて転がっている。
「どうしたんだい、アスカ?新しいママのくれたお人形、気に入らなかったのかい?」
「いいの。」
優しく語りかけようとする男に幼いアスカはきっぱりと答えた。
「私は子供じゃないの。一人で生きるの。
アタシは子供じゃないわ!一人でも生きていけるのよ!」
二つの声が重なる。
そうだ……アタシはもう泣かない、誰にも頼らないって決めたんだっけ……?
そう、なのに………どうしてアンタは泣いてんのよ…?
どうして………に頼ってるの?
?何に頼ってるって言うのよ!?
「エヴァにこだわってることだよ。」
「一番じゃ無くても僕は君を見捨てたりしない。」
エヴァ?
シンジ?
そう、お姉ちゃんはエヴァに、シンジにすがってるの。
Nein!!!
いや!!そんなこと無い!!
アタシは一人で生きてきて、これからも誰にも頼らずに生きていくの!!
Nein!!!
「ママ!私エヴァのパイロットに選ばれたの!!」
幼い少女が草原を走り抜ける。
「世界を守るエリートなの!!」
「だから!!」
音を立ててドアが開かれる
「アタシを見て!!!!!」
冷徹なまなざしで見つめるシンジ
嘲笑を浮かべるシンジ
涙を浮かべ、自らの思いを吐露するシンジ
自分を抱きとめるシンジ
真剣な顔のシンジ
つらそうに顔を伏せるシンジ
自分とレイのやり取りを見て微笑むシンジ
優しい、澄んだ瞳で自分を見つめるシンジ
血を流して横たわるシンジ
「いやあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
「心理グラフ限界です!!」
「シンクロ率低下!このままでは生命維持に問題が!」
「初号機は!?」
「発進準備完了!射出します!」
レイは今にも飛び出さんばかりだった。
すでにアスカは限界を超えている。
普段でさえ精神的に非常に不安定な状態が続いていたのだ。
精神攻撃に耐えられるとは到底思えない。
自分が飛び込めばレイ自身も精神汚染を受けるだろう。
それでアスカの状態が良くなるとは限らない。
それでももう戸惑ってはいられない。
レイは覚悟を決めた。
機体を走らせようとしたとき、すぐ横から警報音が鳴り始めた。
射出口が開き、中から出てきた機体を見たとき、レイは驚きに声を失った。
(碇君!?)
碇シンジ以外に初号機を動かせる人間などいない。
なのに何故今初号機がここにある?
(まさか碇君が生きていた!?)
そのとき戸惑っているレイに気が付いたのか、ミサトが通信をつないできた。
「レイ、その初号機は無人よ。」
レイには訳が分からなかった。
何故無人の初号機を出す必要がある?
続いてミサトが訳を説明しだした。
「突然ケージで動き出したのよ。エントリープラグも挿入していないのに。」
その間に初号機のロックが外される。
そして、その瞬間に初号機は一目散に走り出した。
目的地は唯一つ。
天から降り注ぐ光の下へ。
その動きは誰かが乗って動かしているとしか思えなかった。
心にヒビが刻まれていく。
もはや足掻く気力すら無くなったアスカはただぼんやりと何も映らない瞳で何も映らないモニターを見つめていた。
あるはずの無い映像が頭の中で再生されている。
横たわるシンジを見て叫び声をあげたアスカはその場から逃げ出した。
走る
走る
ただ走る
ひたすら走り続けたアスカだが何かにぶつかって止まった。
尻餅をついて見上げるとそこにぶら下がるのは人形を手に持った女性。
――――アスカちゃん――――
天井から吊るされ、声は出ていないにも関わらずアスカの耳に確実にそれは届いた。
「いやっ!いやっ!いやっ!いやっ!
もういや…もういやぁ………」
泣き叫ぶアスカだが、不意に光が差し込んだ。
だがそれは不躾なものではなく、先ほどまでには無い暖かさを含んでいた。
そこから手が差し伸べられる。
「暖かい………シンジ………」
発令所の皆は呆然としていた。
外に出された初号機は一直線に弐号機の元へと駆け寄り、まるで庇うかのように弐号機に覆いかぶさったのだ。
そして初号機は強力なA.Tフィールドを展開し、それは光を完全に遮断する。
誰もが二機が映し出されるモニターを眺めていたとき、ゲンドウが口を開いた。
「……レイ、ドグマに降りて槍を使え。」
突然のゲンドウのセリフにミサトは勢いよくゲンドウへと向き直る。
冬月も慌ててゲンドウに警告する。
「ロンギヌスの槍をか!?碇、それは………」
「A.Tフィールドの届かぬ衛星軌道の目標に対する有効手段はそれしかない。急げ!」
「しかし、アダムとエヴァの接触はサードインパクトを引き起こす可能性が!あまりに危険です!碇司令、止めてください!!」
言ってしまってからミサトは後悔した。
本来ならドグマに何があるかなど、ミサトは知らないのだ。
加持の手引きで張り付けにされた白い巨人を見たためそれを知っているが、それは知っていてはいけないことなのである。
だが、ゲンドウはそんなミサトを一瞥すると、興味無さそうにモニターに視線を移した。
(何も言わないなんて、別に構わないってこと……?それとも気付かれていた!?その上で見逃すということは重要では無い…?
レイに取りに行かせるてことはエヴァとアダムの接触では何も起きない………。欺瞞ね……)
「老人達が黙っていないぞ。」
階下の職員に聞こえないよう、耳元で冬月がゲンドウを咎める。
「ゼーレが動く前に全てを済まさねばならん。シンジがいない以上、弐号機を失うわけにはいかん。老人達は何も言えんよ。」
そう告げるとそのままモニターを見続けた。
ドグマに降りた零号機はLCLの海を掻き分けて白い巨人の下へたどり着いた。
胸に刺さった血色の槍。
レイは引き抜く腕に力を込める。
レイにとってもこの場所は不快が募る。
だが今はそうも言っていられず、ただ一刻も早くアスカを助けたい。
それだけでレイは神殺しの槍を手に取った。
街中に警報が鳴り、槍を持った零号機が姿を現す。
槍を構え、投擲の体勢へと移行する。
マコトのカウントが発令所に響く。
槍を見たことが無い者はその禍々しい形・色に魅入られたように一心に見つめていた。
誰もが固唾を呑んで状況を見守る。
カウントがゼロになる直前、槍の形状が変わり、それまで二股だった槍先が一本へと変わる。
「3,2,1,0!!」
渾身の力を込めて零号機の腕から槍が放たれた。
音速をゆうに超える速度で大気圏を突破した槍は寸分の狂いも無く、意志を持ったように真っ直ぐにアラエルへと向かっていった。
雲をなぎ払い、空気を切り裂きながら進んでいく。
大気との摩擦熱からか、身を真っ赤に染めている。
アラエルはフィールドを展開し、槍を止めようとするが、槍はまるで絶対領域をカミのように切り裂いた。
「目標消滅!」
「引き続き警戒態勢に移行します。」
「槍は!?」
ゲンドウに宥められてもやはり落ち着かないのか、冬月は真っ先に槍の動向を気にしている。
「現在第一宇宙速度を突破。月軌道へと移行しています。」
「回収は不可能か……」
「はい。あれだけの質量を持ち帰る手段は今のところありません。」
落ち着いているゲンドウをよそに、老人達への言い訳をどうしようかと頭を悩ませる冬月であった。
「弐号機を回収……えっ!?」
状況が落ち着き、動かなくなった弐号機の回収を指示しようとしたマヤだが、突然叫び声を上げた。
「どうしたの、マヤ?」
「え、あ、はい。プラグが排出されています!」
「何ですって!?」
今度はリツコが素っ頓狂な声を上げる。
続けざまに報告が寄せられる。
「は、ハッチが開けられました!」
「何ですって!?急いで救護班と一緒に保安部も行かせて!!」
ミサトは大慌てで指示を出すが、それを冷静な声が遮る。
「その必要はありませんよ。」
少年の声だったが、声変わりが起こってないのか、やや甲高い声。
プラグの通信から聞こえてきたのは、聞きなれた声だった。
その声に、そして繋がった映像に誰もが目を疑った。
ゲンドウでさえも椅子を勢いよく蹴飛ばしながら立ち上がり、まさに凝視という言葉がぴったり来るほどモニターに張り付いていた。
右手で穏やかな顔で眠るアスカを抱き上げた白銀の髪を持つ少年。
耳元でそっと囁いた。―――遅くなってゴメン―――と。
空は晴れ渡り、日に照らされた髪や肌の色は違えど、その声、その雰囲気は紛れも無く死んだはずの碇シンジだった。
shin:ふぃ〜、やっと終わった。
シンジ:やっと僕が出てきたね。
ミナモ:………代わりに私が全く出てないんだけど(怒)
シンジ:怒らない怒らない
ミナモ:そんなこと言ってもず〜〜〜〜〜〜っと出番が少ないまんまここまで来てるのよ!文句の一つも言いたくなるわよ!
shin:いっつも言ってるくせに
ミナモ:何か言った!!??
shin:い、いえ、何も言っておりませんでございます、ハイ(汗)
ミナモ:こんなだから馬鹿にされんのよ!!大体私がヒロインじゃないの!?
shin:?誰がそんなこと言った?
シンジ:へっ?
ミナモ:へっ?
shin:まだはっきりと決めてないし。
ミナモ:ふふふ…
シンジ:あ…やばい…
shin:逃げよ……
ミナモ:最後には報われると信じて少ない出番にも耐えてきたというのに………
許さないわ!!待ちなさい!!
