第拾五話 秘密
ネルフ本部の廊下を一人の少年が歩いている。
ちょうど職員の休憩時間と重なったのか、歩く廊下には職員の姿があちこちに見られる。
普通の少年がここを歩いていれば―――そもそも入ることすら不可能ではあるが―――引き止められるだろうが、少年を引き止める者はいなかった。
それどころか少年に挨拶をしていく職員がほとんどである。
すれ違う職員全てが好意的な態度で挨拶をし、一部の女性職員は少年の姿を見て顔を赤らめて声を掛けていた。
対する少年の方も挨拶をしてくる職員全てににっこり笑って頭を下げる。
使徒迎撃組織、ネルフ。
そんな組織に不釣合いな年齢の少年は全職員の間で人気者である。
対使徒戦において素晴らしい戦績を残し、今や組織内において絶対的な信頼を得ている。
碇シンジ
サードチルドレン就任直後は葛城ミサトとたびたびトラブルを起こし、彼を遠巻きに見ていたものも多かったが、ここ最近はそういったことも無く、年齢相応の姿を見せることも多くなったため、好意的に接触するようになった職員も多い。
ニコニコ笑って頭を下げながら廊下を歩いていたが徐々に人通りも少なくなり、最後には廊下を歩いている職員の姿はほとんど無くなった。
それでも笑顔を浮かべながら廊下を歩いていたシンジだが、やがてその足が止まった。
目の前には重厚な扉が圧倒的な存在感を示している。
普通ならそれだけで気後れしてしまいそうなものだが、シンジは気にすることも無く備え付けられていたチャイムを押す。
無機質なブザー音がした後、マイクから声が聞こえてくる。
「シンジくんか。なんの用だね。」
冬月の人のよさそうな声が聞こえてくる。
だが声とは裏腹に冬月はシンジを警戒していた。
ゲンドウは未だシンジを軽視している部分があるが、冬月は自分達の計画に対する最大の障害に成り得ると考えていた。
未だ謎の多いサードチルドレン。
いくらゲンドウの息子とは言え、その父親たる人物はほとんど関わっていない。
監視を付けてたとは言え、その監視をかいくぐられて行方不明になっていたのだ。
その間に他の組織と接触があった可能性は多大にある。
ましてゼーレでさえ存在をつかめない組織の影がここ最近は見え隠れしている。
もしかしたらその組織とシンジが何らかの関わりを持っているかも知れない。
もともと石橋を叩いて渡る性格の冬月である。
シンジに対して警戒心を緩めることは出来なかった。
「冬月さんですか。こんにちは。」
「ああ、こんにちは。」
元々人の良い冬月は挨拶をしてきたシンジに思わず挨拶を返してしまい、苦笑いを浮かべた。
(信用は置けないと分かっているのに…)
人を騙す仕事には本当にゲンドウのようには出来ないな、と苦笑しつつ気を取り直して再度シンジに問いかけた。
「それで、どうしたのかね?」
「いえ、ちょっと父さんにお話したいことがありまして。」
「そうか…。」
にっこりという形容詞が似合う笑顔を絶やすことなく扉の上部に位置するカメラに向かって話しかけるシンジ。
対して冬月は内心の警戒を再度強め、思考する。
これまで時間を取ってシンジと話をする時間は無かった。
第3使徒が襲来したあの日、ケイジで異様なシンジの様子を目の当たりにして以来、ずっと疑念が付きまとっていた。
もしシンジが冬月の考えている通りどこかの組織に通じているのなら下手に接するのは危険である。
そう考え、ゲンドウもシンジの過去を決定的に洗い始めた。
だがいくら調べても何も出てこない。
断じておかしなところが無い訳ではない。
何も無い、のである。
最初はゼーレが送り込んだ人物かとも考えた。
だが先日の会議の様子を見る限り、ゼーレにとっても予定外であるかの様な印象を受ける。
現在は八方塞りとなっている。
(直接話をしてみるか…)
確かに危険だが、価値はあるかもしれない。
冬月はシンジを部屋に入れる決意をした。
「いいんですか?」
シンジの方もまさかすんなり入れてもらえるとは思っていなかったのだろう。顔は笑顔のままだがわずかに驚きの色が見て取れる。
「ああ、構わんよ。碇と話したいのだろう。」
「ええ。それじゃ遠慮なく入らせていただきます。」
シンジがそう言うと、目の前の扉がゆっくり開いていく。
扉の速度にあわせるかのようにシンジもゆっくりと歩みを進めていく。
この扉から司令室までは少しばかり距離がある。
普通に考えれば長すぎるともいえる通路の途中には冬月の執務室がある。
冬月の執務室はこことは別に一般の職員も入れる位置にもう一つある。
普段はそこにいるのだが、邪魔されたくない仕事をしているときや見られてはまずい仕事は司令室前の部屋で行っている。
シンジはちらりとそちらに視線を移したが、すぐに前に戻した。
先ほどよりさらに重厚な扉が目の前に鎮座している。
シンジがその扉の前につくやいなや扉が独りでに開きだした。
扉が開いて出来た隙間から重苦しい空気が流れ出してくる。
開いた扉の奥にはただっ広い部屋が広がり、その一番奥にはポツン、と机が一つだけ置かれていた。
「やあ、父さん。仕事が忙しいところ悪いね。」
部屋は机の方から光が差し込み、重苦しい空気とともにこの部屋に入るものを圧倒する。
演出かも知れない。だが、この部屋の主が演出を真なるものにしていた。
その人物―――碇ゲンドウにシンジは明るく声を掛ける。
シンジにとってそんな空気など意味を成さないらしい。
「…何の用だ…?」
そんなシンジとは対照的にゲンドウは不機嫌そうに返事を返す。
もしかしたらこの態度が普通なのかもしれないが。
「そんなにぶっきらぼうに返さなくてもいいじゃないか。人間愛想も大事だよ?」
そう言うとシンジはくくっ、と短い笑い声を上げた。
その笑いはどこか嘲りも含んでいるように取れ、冬月はわずかに顔をしかめた。
ゲンドウは特に表情を変えることなく再び尋ねた。
「もう一度聞く。何の用だ?用が無いのならここから出て行け。」
「まあそう焦んないでよ。」
「……」
「ちょっと聞きたいことがあるだけだよ。
単刀直入に聞くよ?綾波をいつまであそこに住まわせるつもり?」
ピクッ、とわずかにゲンドウの肩が揺れた。
冬月の方も無表情を装っているが、シンジは動揺が読み取ることができた。
「…お前には関係の無いことだ…」
「そう?そうでもないと思うけど?」
シンジは相変わらず笑顔を崩さない。
ゲンドウの方もいつもと同じくひじを机について、口元を掌で覆っている。
「…この前の暴走の原因は分かったの…?」
「………」
「綾波は完全に感情を覚えてるよ…。彼女は今他人を求めてる。」
「待ってくれ、シンジ君。君は先の暴走の原因はレイ君の感情の揺らぎだというのかね?」
「そうです。」
はっきりと断言したシンジを見て冬月は眉を寄せた。
(まずいな…。)
最近レイが徐々に明るくなってきているのは知っていた。
それにシンジが一枚噛んでいる事も。
しかし、シンジの背後を探るのに力を注いでおり、放置していたのである。
まさかここまでレイの中で感情が育っているとも思っていなかった。
先の暴走の原因はレイの無意識の欲求が引き起こしたものだった。
以前は感情を知らなかった。いや正確にはゲンドウ以外に感情を表すことは無かった。それも限られた感情しか。
無条件でゲンドウの言葉に従うだけだった。
だがシンジによって多くのことを知るようになり、感情も少しずつではあるが豊かになっていった。
しかし、皮肉なことに人を疑うことを覚えてしまった。
それと同時に寂しさも。
シンジの言葉を疑い始め、またそれによって急激に孤独がレイを襲った。
結果暴走ということに至ったのである。
初号機にはミナモがいるが、彼女は元々シンジに引っ付いている。
その為初号機のほうは魂が希薄な状態になっていたのである。
感情の暴走したレイは魂の希薄な初号機を強制的に奪ってしまった。
ミナモも慌てて初号機の方に戻ったが、未だ完調ではない為、暴走を食い止めることが出来ず、シンジと連絡を取ることも出来なかったのである。
「…問題ない。」
冬月の心中を知ってか知らずか、静かにゲンドウが口を開いた。
冬月が驚きの表情を浮かべたままゲンドウの方へ振り返る。
「碇!」
「用はそれだけか?なら出て行け。」
冬月の静止も無視して一方的に話を終わらせるゲンドウ。
「分かったよ。邪魔したね。」
シンジの方も意に介した様子も無くクル、と踵を返して部屋を出て行く。
バタン、という音とともに静寂が訪れる。
「碇、本当にいいのか?」
「大丈夫だよ、冬月。手はすでに打ってある。」
「…本当だろうな。」
無言のままうなずくゲンドウ。
この男がこのような態度をとる時は本当になんらかしらの対応を取っていることを長年一緒にいる冬月は分かっていた。
またこちらが何か言ったとしても聞くような人間でもないのだが。
とりあえずこの場は冬月は引くことにした。
「お話のところ申し訳ありませんが、再開していいですかね?」
部屋の隅から飄々とした感じの声が聞こえてきた。
先ほどまで微塵も存在を感じさせずにひっそりと潜んでいたが、その能力には一流のものを感じさせる。
「ああ、加持君、すまなかったね。」
「いえ、構いませんよ。」
笑みを浮かべながら返事を返す加持。
そんな加持の仕草はどこかシンジと同じものを感じさせる。いや、シンジが同じ雰囲気を持っているのか。
実は冬月も加持が部屋にいるとは知らなかった。
自室にいたせいもあるのだが、司令室に入って初めて加持がいることを知ったのである。
いつ入ったのか、また何を話していたのかは分からないがここにシンジが来るのはまずいと感じた冬月は慌てた。
だが、そんな冬月の様子を見て加持は慌てることなく部屋の隅に寄ると、ふっと気配を消した。
その様子に冬月は別の意味で驚いたがすぐにシンジが来たため、そちらに意識を向けていた。
話は逸れるが、加持は一流の諜報員であり、工作員でもある。
戦闘能力こそ一流半ではあるが、それでもネルフの諜報員では足元に及ばないほどの実力の持ち主である。
流石にMAGIクラスのコンピュータから情報を盗むのは難しいが、コンピュータの扱いに関しても十分な能力を持っている。
「それで、何の話をしていたのかね?」
「ええ、シンジ君についてです。」
加持の言葉に冬月は目を大きくする。
「何!?シンジ君について何か分かったのかね!?」
「はい、いやあ、苦労しましたよ。」
先ほどシンジを招き入れるかどうか悩んだのはなんだったんだろうか?
シンジについての情報が入ったのは嬉しいことだが、冬月は足から力が抜けていくのを感じていた。
何とか気を取り直して加持に問いかける。
「それで、どんなことが分かったのかね?」
「初めて会ったときにどこか見覚えがある気がしましてね。確証は無かったんですが、ここ数ヶ月気になりまして色々調べてみました。」
本人はそう言っているが、実はゼーレから指令が来ていた。
加持自身も気になっていたことだったのでこれは幸いだと思い、調査を行っていたのである。
「それでシンジ君についてなんですが、実は………」
司令室を出たシンジはその足で本部直轄の病院へと向かっていた。
先の暴走でレイがしばらくの間(といっても数日だが)入院していた。
そして今日無事退院、ということで、本部に来たついでに迎えにいこうと考えたのである。
ついで、というとなんだか冷たい感じを受けるが、事実、シンジはあまりレイやアスカと積極的に接してはいない。
決して避けている、というわけではない。が、どこか遠くから見守っている印象である。
理由は分からない。
何がシンジにそのような行動を取らせるのか、それは本人にしか知りえないことである。
病院に着くと真っ直ぐにレイの病室へと向かう。
窓からは光が差し込んでいるが、ただでさえ白い病院の壁をさらに白く照らし、どこか病的なイメージさえ感じさせる。
色彩の乏しい現実。
その中をシンジは歩を進めていった。
病室の前に来たとき、なにやら話し声が中から聞こえてきた。
ドア越しなのでよく聞こえないが、わずかながらも洩れ聞こえてきていることからどうも叫んでいるようである。
シンジがそばにあるボタンを押すとプシュ、という音とともにドアが開いた。
「だから、一体どうしたってこっちは聞いてんの!!」
部屋に入ったシンジを出迎えたのはアスカの叫び声だった。
最近アスカは以前のように大声を出すことは少なくなっている。
精神的に落ち着いてきた証なのか、ヒステリーを起こすことなどほとんど無い。
だが、久しぶりにヒステリックな声を上げるアスカを見てシンジは懐かしさを感じていた。
(前のアスカはいつも僕に突っかかってきてたな…)
いきなりの出迎えにいくばくかの眩暈と懐かしさを抱えながらとりあえず病室へ入っていくシンジ。
「どうしたの、アスカ?そんな大声出して。」
「あっ、シンジ。シンジからも言ってやって。」
「いや、言うも何も、状況が分からないんだけど。」
シンジにそう言われて自分がまだ何も説明してないことに気が付いたアスカは、気持ちを落ち着けるように一度大きく深呼吸をした。
「レイが退院するからさ、ま、手伝いってほどでもないんだけど、何かやれること無いかなぁ、と思って来た訳。」
「それで?」
「で、来たけど、なんかレイの様子がいつもと違うのよ。」
「いつもと変わらないわ。」
アスカの言葉にレイが静かに反論する。
それだけを見ると確かにいつもとそう変わらないように見える。
「いつもと変わらないと思うけど?」
「ぱっと見はいつもと変わらないとアタシも思うのよ。
ただ、なんとなくだけど…
あぁ〜〜!!とにかく!なんか違うのよ!!」
そう言いながらアスカは自分の頭をガシガシとかきむしった。
「それで、なんかあったの?ってレイに聞いたんだけど、なんかそっけないのよ。」
そう言ってレイの方に向き直った。
シンジは気付いていた。レイがいつもと違うことを。
アスカがそのレイの違いに気が付いたのはいかに普段アスカがレイを見ているか、というのを示している。
普段、二人は姉妹のように見える。
一時期、レイに付きっ切りで色々なことをアスカは教えていた。
最近はレイも常識的なことを大分覚えてきたが、それでも二人は仲がよい。
現時点でレイの異変に気付けるのは、シンジとアスカだけであろう。
そんなアスカをシンジは嬉しく思うが、状況はそう喜んでばかりもいられない。
大体の原因に見星はついている。
「綾波…あの男に何か言われたね?」
静かにシンジが綾波に話しかけると一瞬レイの肩が揺れた。
「……いいえ。」
元々表情の変化の乏しいレイである。
淡々とした様子で否定すると自分の考えが間違いであるかと思ってしまう。
だが、シンジは自らに確信を持っているのか、話を続けようとした。が、
「ちょっと、レイ!本当なの!?シンジ!一体誰がレイに何を言ったっていうのよ!?どこのどいつよ!?アタシが行ってとっちめてやるわ!!」
猛烈な勢いでアスカが介入してきて、いささか腰を折られた格好になったが、シンジは落ち着いたままアスカに返事を返した。
「止めといた方がいいと思うよ?きっとアスカじゃ太刀打ちできないよ。」
「そんな訳無いでしょ!?相手が誰であろうと構わないわ!!」
「父さんでも?」
その言葉にアスカの表情が固まる。
ギギギ…という音が聞こえてきそうな動きでシンジに向き直る。
「い…かり…司令?」
「うん。だから止めといた方がいいと思うけど?多分行っても無駄だと思うし。」
そう言うとシンジは再び体をレイに向ける。
「綾波……いつまでも逃げても……どこまで逃げても、苦しみから逃げることは出来ないよ…。
全てを受け入れろとは言わない…。ただ、認めることは必要だと僕は思う。
逃げてばかりだと、ろくな結果を生まないよ……。」
顔をややうつむかせてレイに語りかけるシンジ。二人の位置からははっきりとシンジの表情をうかがい知ることは出来ない。
沈黙の時間が流れる。
重苦しい空気が場を支配する。
顔を伏せていたシンジだが、顔を上げるとある提案をした。
「ねえ、綾波。アスカは…アスカには教えてもいいんじゃない?」
その言葉にレイは目を見開き、驚きの表情を浮かべるが、やがて顔を伏せた。
「大丈夫だよ…例え、世界中の皆が拒んでも。前にも言ったよね?僕は君から離れることは無いから…。
僕を信頼できないのならそれでも構わない。ただ、苦しみは一人よりも二人で抱えた方が楽になると思う。ならもっと多くの人に支えてもらえば?そうすればそれはすでに重りにはならないよ。」
それだけ言うと、今度はアスカの方へとシンジは顔を向けた。
「アスカ。」
「…何よ?」
「アスカは綾波のことが好き?」
「な、と、突然何を言い出すのよアンタは!!」
「別に変な意味じゃないよ。ただ、綾波自身を好きか、てことだよ。」
「そ、そういうことね…。ええ、うまくは言えないけど、世話のかかる妹みたいな感じね。まだ変なところもあるけど、好きよ。」
「そう……。じゃあ、綾波の問題を支えてあげることは出来る?」
「………どういう問題か分からないから断言できないわ。」
「大丈夫だよ。普段から特別何かをやれ、て言うわけじゃないから。ただ、綾波が苦しんでいるときにずっと離れないでいて欲しいんだ。」
「……それなら多分大丈夫よ。レイに過失が無い限りね。」
無言でシンジはうなずくと、再びレイの方へ視線を移した。
「というわけで、アスカの方は大丈夫らしいよ?」
急に明るい調子で話しかけるシンジ。
あえて明るく振舞うことでレイが話しやすいようにしているつもりだろうか。
レイはそのまましばらく悩んでいたが、やがて決心したのか、ゆっくり顔を上げる。
「私は……ヒトじゃないわ………」
Secret
「え………?」
レイの口から放たれた簡潔な一言にアスカの思考は止まった。
いまいちその意味するところが分からない。
ヒトじゃ…無い…?
じゃあ……目の前にいるレイは…何……?
徐々にその意味するところを理解できてくる。
だがまだ頭の中がぐるぐると回り続けていた。
頭が真っ白に染まっていく。
その時
「ほら、綾波。それだけじゃアスカがちゃんと分からないでしょ?」
シンジの声でアスカは我に返る。
白かった景色にわずかに色がついていく。
「でも、綾波。よく言えたね。」
そう言って肩を震わせるレイを後ろからそっと抱きしめる。かつてシンジがそうされたように。
「後は僕が話すよ。いい?」
シンジが確認をとると、レイは小さくうなづいた。
「んっと…確かに綾波は生物学的には人間じゃないかもしれない。」
わずかにレイの肩が揺れる。
シンジも少しだけ抱きしめる腕に力を入れる。
アスカはシンジの口からはっきりと聞かされた事実に驚きで声も出ない。
「じ……じゃあ、レイは…何なの…?」
それだけを搾り出すように吐き出すとレイの方へ視線を移した。
「その前に、アスカ。綾波は人間以外に何に見える?」
「えっ……?」
「僕には人間以外に見えないんだけど、アスカはどう?」
シンジの言葉にレイをまじまじと見つめる。
「アタシにも人間にしか見えないわ。」
「だよね。正確に言うと、綾波はヒトとリリス……第二使徒の両方の因子を持つんだ。」
「じゃあ、レイは何?使徒だってこと?」
「ん〜、それはそうなんだけど…。」
考え込むシンジ。
(ミナモ、どうしようか?)
(別に言っちゃってもいいんじゃない?ここまで教えたんだから。)
今更でしょ?といった様子のミナモ。
それもそうか、と納得したシンジは話を再開させた。
「まあ、言ってしまえば、アスカ達人類も使徒なんだけどね?」
「はい?」
「だから、人間も第18使徒なんだよね。」
シンジから放りこまれた爆弾に再びアスカが固まる。
どちらかと言うと、レイのことよりこちらの方が衝撃的だったらしい。
その為、シンジが「アスカ達」と言った事に気付いていない。
(まあ当然だよね)
抱きかかえているレイの方を見ると、レイも驚きの表情を浮かべていた。
どうやらそこまでは知らされていなかったらしい。
「ま、とりあえず今日はここまでだね。」
「ま、まだ他にもあるの?」
「うん。でもアスカも大分混乱してるでしょ?だから続きはまた今度話すよ。」
「このことは他の人は知ってるの?」
「いや、僕とアスカだけだね。」
「じゃあ、やばいんじゃない!?ここにもカメラとかそういうもんが付いてんでしょ!?」
「ああ、それなら大丈夫。耳と目は潰しといたから。」
じゃないと話さないよ。そう言うとレイの荷物を持って部屋を出て行こうとする。
アスカとレイは呆然としていたが、部屋を出て行くシンジを見て慌てて後を追いかける。
「それでアスカ。話を聞いてどう思った?」
振り返らず後ろを付いていくアスカにシンジは話しかけた。
「……正直、びっくりすることばっかりでまだ自分の中で消化出来てないんだけど……でもレイはレイよね?」
そう言いながらさらに後ろを歩いているレイにアスカは笑いかけた。
まだ悩みが見え隠れする笑みだったが、それでも壁を越えたせいか、レイの顔にも笑顔が浮かんだ。
「ねえ、綾波。もうあの場所から引っ越さない?」
いささか唐突な話題変換だが、シンジがレイの病室を訪れたのはこの話をするためでもあった。
「そういえば、レイってどこに住んでるの?」
「…一度行って見るといいよ。あそこはもう綾波は住んじゃいけないと思う。
どうする?」
シンジの問いかけに逡巡するレイ。
「……でも勝手に引っ越すことは出来ないわ。」
「大丈夫。僕が父さんに話をつけるから。
ただ、どこに住むかが問題なんだけど…」
そこまで話して病院の受付前に来たところで黒服達がシンジたちを取り囲んだ。
気が付けばロビーには他に誰もいない。
「サードチルドレン、君を拘束する。」
「な!何よ、アンタた……」
諜報部の突然の宣告にアスカが食って掛かろうとするが、それをシンジが静止する。
一歩前に出ると、おどけた様子で黒服達のリーダーらしき人物に話しかける。
「ここは病院ですよ?静かになさったほうがいいのでは?」
「君のその心配は無用だ。すでにここには君達以外いない。」
「アスカ!レイ!離れなさい!!」
黒服の後ろからミサトが叫んだ。
話を聞いて飛んできたのだろう。額に汗を掻き、息を切らせている。
「ちょっと、ミサト!!どういうことよ!?ちゃんと説明してよ!!」
「……そこにいるサードチルドレン、碇シンジにはスパイ容疑が掛けられています。」
「何よ、それ!!どうしてシンジがスパイなのよ!?根拠は何よ!?」
「私も詳しいことは知らないわ。さっき司令から直接聞いたばかりだから。」
「じゃあ、そこのアンタ!!説明しなさい!」
ミサトが詳しいことを知らないと分かると、今度はアスカは取り囲んでいる黒服に説明を求めた。
「セカンドチルドレン。君が理由を知る必要は無い。」
「!こいつ……!!」
冷たく返事を返す黒服の男を睨みつけ、今にも飛び掛らんばかりのアスカだが、再びシンジに止められる。
「落ち着いて、アスカ。」
「なんでアンタはそんなに冷静なのよ!?まさか本当にスパイだって言うんじゃないでしょうね!?」
「Vanishing Hunter。」
突如聞こえてきた声に、全員が声の方に振り返る。
「それがシンジ君のもう一つの名前だよ。」
「加持!!」
「加持さん!?」
ミサトとアスカがほぼ同時に加持の名前を叫んだ。
「加持一尉………」
「別に構わないだろ。これ位は教えないとアスカが納得しないさ。」
諌めようとする黒服のリーダーだが、加持の言葉に黙り込む。
「……ホントなの、シンジ…?」
アスカが不安そうな表情でシンジに問いかける。
言葉にはしないが、レイも似たような表情を浮かべている。
「…本当だよ。それにしてもよく加持さん知ってましたね。」
「俺も実際に君に会ったことがあるわけじゃないさ。ただ名前くらいは職業柄、耳にしたことがあってね。断片的な情報しか無かったが、それらを組み合わせて判断しただけだよ。」
「それでたどり着くなんて、やっぱり貴方は大した人物だ。」
四面楚歌ともいえる状況だが、シンジは不敵にも笑みを浮かべ、ククッ、とくぐもった笑い声を上げる。
そんなシンジを見て、アスカの顔が不安から怯えへと変わっていった。
周りを見渡してみると、ミサトも似たような表情を浮かべている。
しかしシンジは気にすることなく話を続ける。
「それで、僕がスパイだという証拠は?」
「ここにあるさ。」
そう言って加持はポケットから一枚のディスクを取り出した。
「それが本物だという証拠は無いでしょう?」
「ま、残念ながらそこら辺は信じてもらうしかないな。」
「貴方くらいの腕前なら偽造くらいはお手の物でしょう。ましてやここには赤木博士やMAGIもある。加えて貴方達が口裏を合わせれば全ては問題なし、ですね。」
陥れられようとしているにも関わらず、まるで他人事のように淡々と語るシンジ。
表情にも焦りなどの色は見られない。
「でも残念ながら僕は謂れの無い無実の罪を黙って着せられるほどお人よしではありませんので。」
覚悟はよろしいですか?
そう聞くとシンジの顔に浮かんでいた笑みが一層深いものになる。
その場にいる全員に戦慄が走る。
後ろにいたアスカとレイだけは別であったが。
「では力づく、ということになるがいいな?」
このままでは埒があかない、と思ったのか、諜報部の一人が前に出た。
もしかしたら侮っていたのかも知れない。たかが子供だと。あるいは自らの実力に自信があったのか。
いずれにしてもどうでもいいことである。
すでに確認は取れないのだから。
生半可な攻撃なら抵抗されると考えたのか、その男は全力で飛び掛って行った。
男のパンチがシンジに飛んでいく。
だがシンジは避けなかった。
あるいは避けられなかったのか。
倒れることは無かったが、数歩踏鞴を踏んだ。
シンジの口元から紅い鮮血が流れる。
殴った男もあっけなく攻撃があたったことに拍子抜けしているようである。
Vanishing Hunterの名前はこんなものか、と。
諜報部はそれぞれがある程度は手練の者である。
セカンドインパクト後各地で発生した紛争に傭兵のような形で参加したものも中にはいる。
故にシンジの二つ名は大半の者が知っている。
またその戦歴も。
故に拍子抜けしたのである。
シンジは手の甲で口元をぬぐうとニヤリと笑った。
「これで反撃しても大丈夫ですね。僕は無実ですから何をしても正当防衛になる。」
瞬間、殴った男が突然崩れ落ちた。
もはやピクリともしない。
気が付けばシンジの足元には血だまりが出来ていた。
「ひっ!!」
それを見てアスカが短い悲鳴を上げる。
その声にシンジは一瞬顔を曇らせたが、すぐに笑顔に戻る。
「……殺ったのかい?」
「ええ。恐らく苦しまずにすんだでしょうね。」
笑いながら加持の問いかけに答えるシンジ。右手は紅く染まっていた。
「もうお終いですか?」
シンジの声に呆気に取られていた諜報部達が我に帰る。
「やはり二つ名は伊達じゃないということか……」
「さあ?ご自分で確認なさったらどうですか?」
挑発するかのようにリーダーの男に言う。
「ここで引いてくれるなら僕も大人しくするんですけどね。
そうだ。父さんのところへ連れてってくれません?ちょっと父さんに用事が出来まして。」
男は迷った。
拘束するようゲンドウに命令を受けたが、このままではこちらが痛い目を見るのは火を見るより明らかである。
出来れば穏便に済ませたい。それがこの男の本心からの願いであった。
「その際、君の自由は制限されることとなるが、それでも構わないか?」
「ん〜、それは困りますね。そもそもそうされる理由がありませんから。」
「今の君は大変危険だ。司令の安全の為にもそうせざるを得ないのだが。」
「そうですか…残念です。
なら、
自分で行きますよ
。」
決して大きな声ではないのだが、最後の一言に大粒の汗が背中を流れ落ちた。
―――これ以上はやばい
そう感じた男は携帯を取り出し、どこかに連絡を取る。
「もしもし?サードチルドレンが司令との面会を希望しておりますが。
ハ?しかし、このままでは我々が……!え?……分かりました。失礼致します。」
ピッ、という電子音がして懐に携帯をしまう。
「残念だが、やはり君の申し出は受けられない。」
「まあ、そんな気はしてましたけどね。」
「出来れば大人しくしていて欲しい。今、司令から君がもし抵抗するようなら、射殺も已むを得ないとの指令が下った。」
その言葉にこれまで一言も発することなく呆然としていたミサトが食って掛かった。
「ちょっと!!いくらなんでもそれはやりすぎじゃないの!!??」
「射殺とはこれは穏やかじゃないな。」
加持もミサトに続いて抗議の声を上げる。
アスカとレイはともにシンジの顔を見遣る。
だが、シンジはそう告げられても怯えた様子は無い。
それどころか先ほどより嬉しそうな感さえある。
「やれやれ……。アスカ、綾波、下がっていて。」
「ちょ…アンタ本気!?あっちは銃を使ってもいいのよ!?本気で殺されるわよ!」
アスカの猛抗議に返事をせず一歩、また一歩と前へ進んでいくシンジ。
諜報部達も一斉に銃を構える。
黒服達の中に一人の男がいた。
彼はまだ若く、また経験が浅く、実力としてはそこそこあるものの、まだ人の生死に関わる現場に立ち会わせたことはなかった。
故に今この場を楽しんでいた。早く人を撃ちたくてたまらなかった。
すでに撃鉄は下ろしている。後は少し人差し指に力を込めるだけ。
男に甘い誘惑が囁かれる。
そして………
彼は自らの欲求に素直に従った。
それがきっかけとなった。
放たれた銃弾は真っ直ぐにシンジへと向かっていったが、当たることは無かった。
その場にいた誰もがシンジの姿を見失った。
消えたように見えただろう。
「ぎゃああああ!!!!!」
突如として上がる悲鳴。
声の方を振り向いたが、それが過ちである。
戦場から離れて平和ボケしてしまったのか?
戦闘の最中に注意を逸らすなど、死を確定されたようなものだ。
次々と血しぶきを上げながら倒れていく男達。
ある者は腕を切り落とされ、ある者は首を刺され、またある者は激しく蹴り飛ばされ血反吐を吐き出しながら横たえた。
およそ半数ほどが地に伏したとき、シンジの右手には通常よりやや大きめのナイフが一本握られていただけである。
その間、わずか数十秒の出来事だった。
シンジの動きが止まったのを見計らって幸運にもまだ立っている者達から慌てて銃弾が放たれる。
常人では完璧に狙いを定められた銃弾を発砲後に避けるのは不可能である。
だが、シンジはちらりと銃弾の方を見ると、最小限の動きでかわしていく。
男達からさらに数発ずつ鉛の塊が放たれるが、その悉くをあっさりとかわしていく。
いくら撃っても当たらない。
その様に誰もが驚愕の表情を浮かべ、男達には恐怖の色が濃くなっていく。
自らの鍛錬と肉体の使徒化における身体能力の異常なまでの向上。
厳しい環境に身を置く事で極限まで鍛え上げた見た目からは分からないほどの作られた身体。
加えて徐々にではあるが変化していった肉体。
本人もミナモに言われるまではっきりと認識することは無かったが、それが無ければシンジは裏の世界で生き残ることは出来なかったかもしれない。
その鍛え上げられた身体が作り出す、異常なまでの破壊力と瞬発力。
捕らえた対象は100%の確率で命を落とし、やや離れた位置から見ていたものでさえシンジの動きを捉えることは出来ない。
故に
Vanishing Hunter
消える狩人
気が付けば、立っている者は数人のみになっていた。
白く清潔な―――どこか病的な白さだったが―――病院の壁や床はもはや紅のみで構成されるセカイと成り果てていた。
「……君は本当に人間かい…?」
「さあ……?どうでしょうね…。」
震える体を必死で押えながら加持が尋ねる。
ミサトももはや直視できる状態ではない現状に放心状態である。
アスカは腰を抜かして、へたり込んでいる。
白いゲルマンの血を引く彼女の顔にはまるで怪しげな彩を加えるかのように所々に紅い化粧が施されている。
レイだけはいつもの様に表情を変えることなく、じっとシンジの姿を見つめていた。
「加持さん……。」
「なんだ…?」
「すみませんが、アスカとレイ、そして後始末をお願いします。」
「分かった。君を陥れようとした代償としては随分と安いもんだ。」
シンジは加持に向かって頭を下げると、アスカ達には目もくれずその場を後にした。
「何!?全滅だと!!??」
司令室で滅多に聞くことが出来ない冬月の叫び声が響く。
加持から司令室へと連絡が行き、ことの顛末を知った。
「それで……なんだと!!??」
受話器を持ったままゲンドウの方に振り返る冬月。
「碇、シンジ君がこちらへ向かったそうだ。」
「………」
「どうするんだ!?このままでは我々も殺されるぞ!」
明らかに動揺している冬月とは反対に微動だにしないゲンドウ。
ドゴォ!!
冬月がさらにゲンドウに詰め寄ろうとしたとき、ものすごい音とともに司令室の扉が吹き飛ばされる。
ゆっくりと中へ入っていくシンジ。
「し、シンジ君……」
恐怖で声が震え、冬月ははっきりしゃべることが出来ない。
シンジは冬月には目もくれずゲンドウの前へと立った。
「こんにちは父さん。今日二回目だけど。」
笑顔を浮かべたまましゃべるシンジだが、両手は真紅に染まり、服にはあちこちに紅い染みが出来ていて事態を知っている冬月は恐怖で言葉も出ない。
「大丈夫だよ。別に殺しはしないし、危害を加える気もないから。
ただ伝達事項とお願いが一つずつ。」
「……なんだ……?」
「まずは伝達事項。綾波は引越しさせるね?」
「ま、待ってくれ、シンジ君!」
震える体を何とか止め、口を挟む冬月。
だが、シンジから睨みつけられ、腰を抜かしてしまった。
「異議は受け付けないよ。言ったでしょ?これは伝達事項だって。確定事項だから。」
そう言ってシンジはニコリ、とゲンドウに微笑みかけた。
「……もう一つはなんだ…。」
「それは引越しの件は同意と見なしていいって事だよね?まあ同意はなくても構わないけどさ。
まあいいや。お願いのほうは病院の出来事のもみ消し。それだけだよ。簡単でしょ?」
「ほ、本当にそれだけでいいのかね?」
「ええ。だから安心していいですよ。」
シンジのその言葉にホッと冬月は胸を撫で下ろした。
「じゃ、用はそれだけだから。」
そう言って部屋を出て行くシンジ。
だが出口のところで立ち止まると顔だけを冬月に向けて
「もう二度とこんなことしないでくださいね。父さんも。じゃないと次はなんらかしらの代償を頂きますから。
お願いしますね、冬月先生?」
見た者はゾクッとするような笑みを残してシンジは司令室を後にした。
shin:………
ミナモ:(怒)
shin:すみませんm(_ _)m
ミナモ:随分と間が空いたわね
shin:いや、本当にスミマセン
シンジ:過去最長じゃない?
shin:バイトが忙しくてな…ほぼ毎日バイトに行ってて、がっこの課題+体調を壊したりして…
アスカ:ハン!自己管理がなってないわね!
shin:おっしゃる通りです。
ミナモ:私の出番ほとんどないし
shin:それは今は関係ないんじゃ…
(ギロリ)
shin:…なんでもないです…
レイ:内容の話は…?
シンジ:そうだね。いつまでも
ダメ
作者を責めててもしょうがないし。
アスカ:内容的には…なんと言うか…
ミナモ:思いっきり作者の趣味が出てるわね。
レイ:基本的にダークが好きなのね。
アスカ:でもここである程度話が動いたわ。
ミナモ:レイの秘密をアスカに話すとはね…
レイ:やっと話が面白くなって……きた…?
シンジ:そうだといいけどね
ミナモ:まあ、こいつのやる気しだいかしら?
shin:頑張ります。
テスト期間中だけど頑張ります。
アスカ:当然でしょ!?
レイ:…今日はこの辺で…
シンジ:中途半端な締めくくりだね…
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