第九話   シンジ




朝、シンジは目を閉じて呼吸を整えながら深い瞑想にふける。

心を落ち着け、自分の中にもぐっていく。

と、その時シンジの眉がわずかに上がる。

そして徐々にシンジの瞳が―――目を閉じているので外からは分からないが―――真紅に変わり、次いで髪が普段の黒髪から銀色に変わる。

銀、というよりはむしろ金に近いかもしれない。ゆっくりと目を開けてその状態を維持する。

その姿はどこか神々しさを見るものに感じさせる。あるいは畏怖か。

しばらくそのままでいたが、突然またいつもの姿に戻る。


「・・っ、はっ、はあ、はあ・・・」


呼吸が荒くなり、全身が汗でぐっしょりとなっている。


「・・・ふう・・・」


呼吸を整え、掻いた汗を流すためにシャワーへと向かう。


「まだこんなものか・・・」


そう残念そうに呟きながら服を脱ぐ。

引越し、学校に大分慣れてきたシンジはここ最近朝、自らの力を制御することに時間を費やしていた。

先日の太平洋での一件のようにA.Tフィールドの展開についてはかなり自由が利くようになって来た。

だが、本来の力を出そうとするにはまだまだ時間が必要な様である。


(大分進歩したじゃない。)

(いや、まだまだ、だよ。)


ミナモの言葉にもシンジは否定的な返事を返す。


(今現在でも使徒相手には何とかなるかもしれない。だけど歴史を、ゼーレをどうにかするには僕一人では力は足りないよ。)

(ま、焦ることないわよ。まだ時間はあるんだし。)

(そうだね。まだやることもたくさんあるし。)


ミナモが優しい笑顔を浮かべながら言う。

その言葉にシンジは今日初めて笑顔を浮かべながら答えた。

ちなみに先ほどの出来事はネルフには当然ながら届いていない。

ネルフに流れている映像はシンジが何年も掛けて作った膨大な映像がランダムで流れている。

MAGIが誤魔化されている、などとはリツコでさえも気付かないだろう。

元々シンジは頭がよかった。それこそ天才と称されてもおかしくないくらいに。

しかし環境が、性格がそんなシンジの才能を奪っていた。そんなシンジが世界中のありとあらゆる知識を吸収し、あの紅い世界での長い時間の間に自分の物としたのだ。



汗を簡単に流した後、朝食を取り家を出る。

そしていつものようにレイの家へと向かった。







朝はずっとレイと一緒に登校していた。

基本的にレイはほとんどしゃべらない。

シンジもニコニコ笑いながら無言のまま一緒に歩くだけである。

たまに一言二言レイと会話をするだけである。

周りから見ればどこか疑問を感じる二人だが、それがレイとシンジの関係であった。

学校に着くとシンジはあまりレイには近づかない。

決してレイを避けているのではなく、自分以外の人間ともっと接触を持ってもらおうとの思いからである。

また、先日の事以来クラスメート達も積極的に話しかけている。

レイは最初どう答えてよいか分からず、おろおろしていたが―――シンジにだけ分かる程度だが―――最近はわずかながら答えを返すことができるようになってきたようだ。

そして今日もいつもと同じように学校まで二人で歩いていく。

だが今日はいつもと少し違った。


「Guten Morgen、シンジ。」

「ああ、Guten Morgen、惣流さん。」


レイに向けるのとはわずかに違う笑顔で挨拶を返すシンジ。

その違いに気付いているのは今のところレイだけである。


「ちょっと、待った。いい加減そう呼ぶのはやめなさい。苗字のほうで呼ばれるのあんまり慣れてないのよ。」


アスカはネルフに到着して、正式に本部に着任してから「シンジ」と呼ぶようになった。

シンジに対してあまりいい印象は持っていなかったが、それはそれ、とファーストネームで呼ぶようになっている。

シンジはと言うと正直、あまり「アスカ」と呼びたくはなかった。まだ、完全に自分の中の気持ちに整理が付いていない。

だがアスカに対してそう言うわけにもいかない以上、やむを得なかった。


「わかったよ、Guten Morgen、アスカ。これでいいかい?」

「ん、上等。」


そう言ってアスカは満足そうにうなずいた。


「で、そっちがファースト?アタシは惣流・アスカ・ラングレー。仲良くしましょう。」


アスカはレイの方を向いて腰に手を当ててレイに話しかけた。

だが、レイはわずかに顔をしかめると口を開いた。


「どうして?」

「そっちの方が都合がいいからよ。」

「そう・・・。」


それだけ言うと前を向いてしまった。

レイはここのところ「ファースト」と記号で呼ばれることにわずかながら嫌悪感を抱いてきている。

その上、アスカはどうも「綾波レイ」と仲良くしたいわけでは無さそう、ということが伝わってくる。

はっきりとそう感じたわけではないが、どこかシンジやクラスメート達とは違う感じがする。

レイの中にはわずかに不快感というものが残った。


「なによ!せっかく人が仲良くしようって言ってるのに!」

「惣流さん。」


シンジが敢えて「惣流さん」と呼びかけた。


「アンタ、また・・・」


アスカはシンジが「惣流」と呼んだことに食って掛かろうとしたが、シンジの顔を見て止まった。

シンジは笑っていなかったからである。

いや、正確には笑顔ではあったが、普段の笑顔でもどこか笑う、と分かるところがあったのだが、今の笑顔にはそれがどこにもなかった。

どこか気押されるアスカ。


「惣流さんは本当に仲良くしたいと思ってるの?」

「お、思ってるわよ。」

「じゃあ、それは仲良くしたい態度じゃないよね?」

「う・・・・・・」


自分の態度を言われて振り返ってみると確かにそうかもしれない。

いつもならそう言われてもどこ吹く風、といったように態度は変えなかった。

だが、シンジに言われるとなぜか、すごく罰が悪くなってしまう。


「それに、人を記号で呼ぶっていうのはすごく失礼なことじゃない?」

「何よ?」

「綾波は『綾波レイ』であって、『ファースト』という名前じゃないんだよ。」

「いいじゃない。エヴァのパイロット。胸を張って自慢できることじゃない。」

「それは惣流さんの考えでしょ?みんながみんな名誉に思ってるわけじゃないよ。」


そのシンジの言葉にアスカは自分でも頭に血が上っていくのが分かった。

エヴァのパイロットの自分を否定された気がした。


「じゃ、なによ!あんたはエヴァのパイロットであることが嫌なの!?」

「少なくとも僕はエヴァのパイロットであることを誇りに思ったことは無いし、言ってしまえば今の立場は大っ嫌いだね。」


パシーン!


乾いた音が通勤通学中の人で込み合う道に響いた。

憤怒の表情で走り去っていくアスカ。

それをシンジはただ見つめていた。


(シンジ・・・。)

「碇君・・・。」


二人の心配そうな声がシンジに届く。


「大丈夫だよ・・・。」


その答えはどちらに向けたものだったのか・・・。







カタカタカタカタ・・・

静かな部屋にキーボードを叩く音が響く。その音の速さを聞くだけでその者の実力が分かる。

それほどまでに早いタイピングであった。

一心不乱にキーボードを叩くリツコの後ろから突然男の腕が伸びてくる。

目の前の作業に集中していて気付かなかったリツコは一瞬体を強張らせるが、それがよく知った男のものだと分かると緊張を解いた。


「少し、やせたかな?」

「そう?」


加持は腕をリツコの首に絡ませながら囁く。


「悲しい恋をしているからだ。」

「どうして分かるのかしら。」

「それは涙の通り道にほくろのある人は、一生泣き続ける運命になっているからさ。」


リツコの目元のほくろをなでながらリツコに囁き続ける。


「ふふ、口説くつもり?」


加持の腕にそっと触れながら警告の言葉を発する。


「でも、やめといた方がいいわよ。そこでこわ〜いお姉さんがこっちを見てるから。」


そう言って二人が視線を向けた先にはガラスに張り付くミサトの姿があった。

鼻息荒く中の様子を見つめるミサト。透明なガラスに定期的に白い曇りが出来る。

・・・ちょっと怖い。

そばにいた職員などもミサトの姿を見つけると静かに離れていった。

カツ、カツと足音を立てながら部屋に入ってくるミサト。


「やっ、りっちゃん。しばらく。」

「相変わらずね、加持君。」

「こいつの馬鹿は昔からなのよ!!」

「おやおや、ひどいなぁ。」

「アンタ、もう弐号機の引渡しは終わったんだから、さっさとドイツに戻りなさいよ!」

「いや、それがな、今朝辞令が届いてね。本部勤務になったんだよ。」

「なっ・・・!」

「また昔みたいに三人でつるめるな。」

「誰がアンタなんかと・・・」


加持の言葉に怒りの鉄拳を食らわせようとミサトが足を踏み出した時、非常警報が鳴り響いた。


「!・・・まさか、使徒!?」







第三新東京市から離れた伊豆半島の海岸。

使徒発見の報告を受けたミサトはまだ第三新東京市が先の戦闘から復旧が済んでいないので水際で使徒を叩くことにした。


「いい、シンジくん、アスカ。まだ第三新東京市はまだ十分な支援ができないわ。

よって今回は水際で一気に使徒を叩きます。」


移動指揮車からシンジたちに呼びかける。

空輸されたエヴァが着地し、すぐさま電源供給車と接続をする。


「あ〜あ、折角のデビュー戦だっていうのにどうしてアタシ一人に任せてくれないのよ。」


プラグの中でアスカが愚痴る。


「私達に手段を選んでいるような余裕は無いのよ。」


小さなウインドウが開き、アスカをたしなめるようにミサトが話しかける。

その間シンジはこの戦いをどう乗り切るか考えていた。


(今の力じゃ僕一人じゃ勝てない・・・。やっぱりユニゾンになるのか・・・。)

(たぶんそうなるでしょうね。)

(はぁ〜・・・、気が重いなぁ・・・。)

(いい機会と思いなさいよ。アスカとの関係をどうするか、よく考えるのね。)

(・・・)


その時、静寂を保っていた海から大きな水柱が上がった。


「!・・・来た!!」


水柱の背後からやじろべえのような形をした使徒―――音楽を司るイスラフェルが姿を現した。

体の真ん中付近に縦に二つコアらしきものが並んでいる。

「アタシが先に行くわ。アンタは援護をお願いね。」

「え?」

「レディーファーストよ!」


そう言うとアスカは一人で使徒に突っ込んでいった。


「分かったよ。気を抜くなよ。」

「アンタに言われなくても分かってるわよ!」


(あんな奴に活躍の場なんて絶対やらないわ!)


どこか思いつめたような表情で使徒に接近していくアスカ。ややシンジの口調が変わっているのも気付かないようだ。

シンジはパレットガンで弾幕を張り、アスカの接近を援護する。

アスカは巧みに足場を利用して確実に使徒に近づいていく。


「てやあああぁぁぁーーー!!!」


後一歩、というところまで近づくとアスカは大きくジャンプし、気合を込めてソニックグレイブを振り下ろした。

唐竹割のごとくきれいに真っ二つにされるイスラフェル。


「ナイス、アスカ!」


アスカの見事な攻撃にその場にいた誰もが感嘆し、殲滅を確信した。シンジを除いて。

オペレーターたちも緊張を解いている。

パターン青の消滅を確認もせずに。


「どう、シンジ!戦いは常に無駄なく美しくよ!」


使徒に背を向け、自慢するようにシンジに言い放つ。


「馬鹿!!気を抜くなって言っただろ!!」


しかし、シンジから返ってきたのは激しい叱責の言葉だった。


「なんですってぇ!馬鹿とは何よ!!」


シンジはパレットガンを捨て、アスカの弐号機を無視して使徒に飛び掛る。

シンジに蹴り飛ばされたイスラフェルが沖のほうへと飛んでいく。


「なっ、いったい何を・・・」


誰もがシンジの突然の行動に疑問を持った。

だが、すぐに疑問は消え、代わりに驚愕がみなの感情を支配する。

飛ばされた半分になった使徒がそのまま空中で独立した二体の使徒に別れたのである。

アスカも目を丸くしてその異様な光景を見ていた。


「ぬわぁんていんちき!!」


ミサトがそんな声を上げる。


(未確認生命の使徒にいんちきもくそもないだろ!!)


シンジは内心でミサトに毒づきながらも戦闘体勢をとる。

アスカは未だに現実復帰できていない。


「アスカ!!」


シンジの叱責で我に返るアスカ。

もう目の前まで使徒は迫ってきている。

左右を挟まれる形になる初号機と弐号機。

次々と繰り出されるイスラフェルの攻撃を初号機はすんなりと、だが弐号機の方は徐々に追い詰められていく。

どうやらイスラフェルは目標を弐号機一体に絞ったようである。

シンジは何とかコア二つを同時に破壊しようとするが、手の届く範囲に二体が来ないためなかなかうまくいかない。

一方にナイフを刺してももう一方を攻撃する前に回復してしまう。

アスカには今助けを頼める状況では無い。

疲労がアスカの集中力を奪っていく。

その時弐号機の体勢が乱れた。

その隙に二体とも弐号機を攻撃する。

一体はシンジが足止めしていたが、弐号機の方を向くとビームを放った。


「きゃああああ!!」


それを食らい、大きく体勢を崩す弐号機。

そこをもう一体が襲い掛かる。


ゆっくり流れる映像をアスカは呆然と見つめていた。


(そんな・・・、もう終わりなの・・・?)

(一番じゃなきゃ・・・、アタシは一番じゃなきゃ・・・、こんなところで負けてしまうなんて・・・。)


目を閉じて最期の時を覚悟する。


「グゥ・・・!」


だが、衝撃は来ず、代わりに何かに耐えるようなくぐもった声が聞こえてきた。

恐る恐る目を開けると目の前に初号機がいた。

左腕を無くした状態で。



「グゥ・・・!」

(シンジ!)

(大丈夫・・・。それよりMAGIの方を頼む。)

(・・・分かったわ。)


ミナモに処理を頼むとシンジは指揮車のミサトに叫んだ。


「葛城さん、N2をお願いします!」

「!分かったわ。しばらく足止めしておいて。」


片手ながらも全く動きに衰えを見せない初号機。

弐号機も何とか攻撃をかわし続ける。

そうしていると、N2を積んだ国連機が到着した。


「まもなくN2が投下されるわ!二人とも足止めしつつ撤退準備!」

「なっ・・・!アタシはまだやれるわ!」


ミサトの言葉にアスカが噛み付くがシンジによって止められる。


「アスカ!一旦ここは退くんだ!」

「嫌よ!絶対に嫌!!」

「ちっ・・・」


シンジは短く舌打ちすると、イスラフェルを蹴り飛ばし、弐号機を肩に担いで走り出した。

弐号機は初号機の上でバタバタと暴れる。


「降ろしなさいよ!アタシはまだ戦うわ!」


だがシンジは無言のまま走り続ける。

そして、辺りをまばゆい光が包んだ。











If you hate me, I keep guarding you









「使徒甲の攻撃を受けた初号機は左腕を損傷。」


薄暗いブリーフィングルームで先の戦闘の様子が流れている。

モニターに初号機と弐号機の戦闘の様子が映し出され、マヤが説明を加える。

アスカはうつむいて震えている。

シンジはというと左腕を押さえながら黙ってモニターを見つめている。


「全く・・・!恥をかかせおって!」


冬月が怒りを露にしてシンジとアスカを見る。

モニターが変わってマヤの声が流れる。


「その後国連軍が開発した新型N2爆雷により目標の組織の28%の焼却に成功。」


続いて伊豆半島辺りの地図がモニターに映し出される。


「また地図を描き直さなければならんな・・・。」


冬月が今後の自分の仕事が増えたことをぼやく。

と、ここでずっと黙っていたゲンドウが口を開いた。


「パイロット両名。」

「は、はい!」


アスカがびくびくしながら返事をする。

やはりシンジや冬月以外はゲンドウの放つ空気には耐え難いものがあるのだろう。


「君達の仕事はなんだ。」

「え、エヴァの操縦です。」

「違う、し「世界の終わりを防ぐことだよ。少なくとも僕はね。」」


ゲンドウの台詞を遮ってシンジが口を挟む。


「・・・そうだ。」

「言っとくけど、僕らは自分達の全力を尽くしたよ。さっきの戦闘は僕らに全く非がないとは言わないけど、きちんとした作戦を分裂した後立てられなかったそちらにも非はあるんじゃないの?

小言を言うくらいなら誰だって出来るんだよ。面子ばかりにこだわってないで、そういうことは自分達の仕事をきちんとしてから言ってくれない?」


ゲンドウや冬月にひるむことなく、逆に責めるシンジ。

その目は普段のものでは無く、冷ややかにゲンドウを見つめていた。

しばらくの間沈黙が部屋を支配する。

部屋にいたオペレーターやアスカでさえもその雰囲気に飲まれ、冷や汗が背中を伝う。

やがてゲンドウが口を開いた。


「シンジ・・・。」

「何?」

「・・・いや、いい。至急対策を考えさせる。今度は失敗は許さん。」

「了解。」


ゲンドウの言葉に事務的に答えるシンジ。

ゲンドウは無言で部屋を後にした。

途端に空気が緩んだ。







ミサトの執務室では、ミサトが書類の束に埋もれていた。

そしてさらにリツコが新たに書類をカートで運んでくる。


「戦自、自治体、及び関係各省からの抗議文はそれでおしまいよ。」


涼しい顔をしてミサトの机の上に新しい山を築き上げていく。


「分かってるわよ。喧嘩するならここでやれって言うんでしょ?」

「ご名答。」

「分かってる、使徒は必ず私が倒すわ。」

(それが私のレゾンデートル・・・。)


リツコはミサトが何を考えているのか分かっていたが、敢えて何も言わなかった。


「で、何かいい作戦は思いついたのかしら?作戦部長さん?」

「それがまだなのよねぇ〜・・・。」

「今度失敗したら間違いなくクビか左遷ね。」

「そうなのよ〜。」


沈んだかと思うと急に明るい顔になってリツコに尋ねる。


「で、もって来てくれたんでしょ?私の首がつながる物を。」


するとリツコは白衣のポケットから一枚のフロッピーを取り出した。

それをひったくる様にリツコの手から奪う。


「さっすがリツコ!やっぱ持つべきものは友よね〜。」


嬉しそうな表情でフロッピーを見つめるミサト。

そして、何気なく裏面を見ようとひっくり返すと


「残念ながら旧友のピンチを救うのは私じゃないわ。」




「加持君よ。」



       マイハニーへ(ハート)










aveshin:今回はやたら長くなったので二つに分けてみました。


シンジ:後編もお楽しみください。











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