第七話  変化



ネルフ本部 司令室


天井にはセフィロトが描かれ、執務室にしてはやたらと広い部屋で部屋の主、碇ゲンドウが受話器を片手に手元の資料を眺めている。

広い部屋の奥にぽつん、と机が置かれている。

逆光でゲンドウの表情は窺えない。


「また君に借りが出来たな」

『返すつもりもないんでしょ。で、どうです?例のものは。こっちで手、打ちましょうか?』

「いや。君の資料を見る限り、問題はなかろう」

『では、シナリオ通りに』

「気をつけたまえ」

『あなたこそ、気をつけた方がよろしいのでは?最近はまた、うるさい方もいらっしゃるようで』

「フッ・・・問題ない」

『そうですか・・・では』


総司令であるゲンドウ相手に人をくったような態度だが、ゲンドウはそれを気にする様子も無く電話を終えた。

ゲンドウの机の上には日本重化学工業製作のロボットの資料が置かれていた。






先日のラミエル戦から数日。

レイは加粒子砲を受け、命に別状は無かったものの、衰弱が激しかったため入院していた。

昨日退院し、今日から学校へ行くことになっていた。

いつもの様に着替え、玄関のドアを開けるとシンジが立っていた。


「おはよう。」


相変わらず笑顔を貼り付けていたが、以前のようなレイに対する視線ではなくなっていた。


「・・・何故?」


何故貴方がここにいるのか?という質問だろうが、普通の人なら何のことか分からないだろう。

最もシンジはレイの事をよく分かっているので問題は無いが。


「ああ、僕の家もこの近くなんでね。今日から綾波が学校に復帰するからついでだし寄ってみた。」


シンジも家を第三新東京市の郊外にしている。

第三新東京市では戦闘の余波がどう来るか分からないので、影響の無い地域に住居を決めていた。


「それよりも」


言葉を一回切って


「僕はおはよう、と言ったんだよ。」


だが、レイは何のことか分からない。

不思議そうな顔をしてシンジの顔を眺めている。


「人から挨拶をされたらちゃんと挨拶を返さなきゃ。君は僕と、不本意だけど、ゲンドウとの絆だけでいいの?」


レイはシンジとの絆は出来たが、それでゲンドウとの絆を切ったわけでは無い。

シンジとしてはすぐにでもゲンドウとレイの絆―――とレイは思っている―――を粉々にしてやりたかったが、それだとレイが不安定になるだろうと思い、思いとどまったのだった。

まずは少しでもいろんな人と関わりを持たせて、ゆっくりレイの内面を成長させる。

そうすればゲンドウとの絆の本質も見えてくるだろうと考えていた。


「今まで君に挨拶をしてきた人がいっぱいいただろ?みんな君と絆、と言うには大げさだけど、それに似たようなものを作ろうとしてたんだよ。だけど君はそれをずっと自分から断ってきたんだ。」


そこまで言うと、レイの顔が普段から白いものの、それを通り越してやや青くなりだした。

自分が求めてやまなかったものを自分の手で断ち切っていたといわれたのだから当然だろう。


「・・・」


レイは無言のままうつむいている。

そんなレイにシンジは優しく語り掛ける。


「でもそれは君のせいだけじゃない。誰も教えなかったんだからね。教わってないことは誰も出来ないよ。それにあの男のことだから『余計なことは考えるな』とか言われてたんだろう?」


そう言ってレイを上向かせる。

わずかに潤んだ瞳に映ったのはあの夜と同じ慈しみに満ちた表情のシンジだった。


「大丈夫だよ。これからまた作っていけばいい。僕が色々と教えてあげるから。今度は綾波の方から作っていけばいいんだ。」


指先をレイの目元にもっていき、そっと涙をぬぐう。


「そうだ、この後学校に着いたら僕の真似をしてごらん。それから少し微笑んでみるといい。綾波はかわいいからきっとすぐに絆が出来るよ。」


レイを見つめるシンジ。

傍から見てれば結構いい雰囲気になっている。

そんな空気をぶち壊したのは




(くっさ〜!よく面と向かってそんなことできるわね〜。見てるこっちが恥ずかしいわ。)




ミナモだった・・・








(シンジってさ、かなり性格変わったよね〜。)

(・・・)

(昔はあ〜んなにかわいかったのにさ、ずいぶんと女の子の扱いがうまくなっちゃって。)

(・・・)

(やっぱ天性のものが開花したのかしらね〜。)


シンジはひたすら耐えていた。

学校へ行く間ずーっとミナモはこの調子である。

正直なところ、シンジはあの時ミナモの事をすっかり忘れてしまっていた。

朝、家を出るときは大体ミナモは寝ている。

朝ご飯のときは自分が食べるわけでもないのに起きるが、その後再び夢の世界へと旅立っていくのが日常だった。

精神体で寝る、と言うのも変だが。

当然今日も家を出るときには寝ていた。

だから、レイと話すときも全く気にしていなかった。

今振り返ると、普段ならあんなこと言えない。

だが、レイに本当の人との接し方を教えるには仕方が無かったとシンジは思っている。

間違った認識を改めるには、一度完全にその認識を壊してしまう方がよい。

そして、どこが間違っていたのか、どうすればよいか教えるのがいい、と言うのがシンジの結論だった。

しかし、その後のフォローがまずかった。

レイにとってはよかっただろう。しかし、どう考えても恥ずかしい。

誰にも聞かれてないと思っていたが、一番身近な人物を失念していた。

実は、なにげにミナモはこういった話が好きだったりする。

普段学校でシンジに話しかけてくる女の子達の会話をひたすら聞いているのだ。

当然、こういった類の話も出てきて、その相手を冷やかしたりする人もいる。

その影響をもろに受けているのかもしれない。

だが、シンジもだんだん痺れを切らしてきた。

結局レイともほとんど話をしていない。もっともレイはそんなことは気にしないが。

ミナモのからかいが終わりそうに無いので、シンジはカードを一枚切ることにした。


(やっぱシンジは人気があるからね〜、いっつも女の子と話してるし・・・)

(ミナモ。)

(ん〜、何かな、シンちゃん?)

(そういうことしてると葛城さんみたいだよ。)




完全にミナモはフリーズした。

口を開けたまま石と化し、風が吹いて砂になっていく。そんなイメージをシンジに送ってきた。


(器用な奴。)


そのまま放置し、足早に学校へと向かった。










シンジはいつも早めに登校するが、それでも学校付近になると他の生徒達も増えてくる。

今日はレイが一緒にいるため、みんな口々に何か言いながら通り過ぎていく。

以前のシンジなら周囲の視線に顔を赤らめたりするのだろうが、現在はそんなものどこ吹く風、と言った感じに教室へ向かう。

レイの方は全く気付いていないらしく、いつもどおり無表情でシンジの後を付いていく。




教室の前まで来ると、シンジはややレイが落ち着きを失くしているのに気が付いた。


(それも当たり前か・・・)


だが、シンジは構わず教室の扉を開ける。


「おはよ〜。」


いつものニコニコ顔で教室にいるクラスメートに挨拶をする。


「あ、シンジくん。おはよう。」

「碇君おはよう。」

「おう、碇。おはよう。」


口々に挨拶を返すクラスメート達。

それとともに殺気をこめた視線を送ってくる者もいるが。

いつも通りの朝の教室。だがすぐ後ろからレイが教室に入ってくるのを見ていつもの空気が若干変化する。

挨拶を返した生徒たちも、どう見ても一緒に来たような二人の様子に、妙な視線を向ける。

殺気をこめて返した生徒にいたってはいつもの10倍もの殺気をこめてシンジを睨みつけている。


(ま、まさかね。シンジくんに限ってそんなことは無いわよね・・・?)

(碇、まさかお前綾波さんと・・・?)

(くそっ、どうして碇ばっか!)

(ふん、どうせすぐそこで偶然一緒になっただけさ。)


シンジはクラスメート達の勝手な妄想に気付いていたがそのまま無視して、隣にいるレイに目を遣る。

するとレイにしては珍しく、その場で固まったままだった。

どうすればいいか分からず、戸惑っているようだ。

そんなレイにシンジはそっとレイの肩に手を遣る。


「ほら、綾波。」


レイはシンジの方を見つめていたが、やがて


「・・・お、おはよう・・・。」


蚊の鳴くような、小さな声だったが、それでもはっきりとレイは生まれて初めての挨拶を返した。



教室が静まり返る。

シンジたちそっちのけで友達と会話していた生徒達もボーっとして口をだらしなくポカーンと開けている。

何の反応も無いクラスメートの様子にレイも不安げな目でシンジを見る。


「ほら、みんな。挨拶をされたらどうするの?」


シンジのその言葉で再起動する。


「あ、ああ。お、おはよう。」

「あ、うん・・・。綾波さんおはよう。」


妙にぎこちない返事だったが、確かに返事は返ってきた。

シンジはレイの方を見やると、クラスの雰囲気がまだ若干おかしなせいか、どことなく不安そうな様子だ。

シンジはにっこりと笑って、


「綾波が挨拶してくれたからみんな驚いてるんだよ。

ね、こうやって挨拶をするとちゃんと返ってくるでしょ?こういう風にして人との絆が始まっていくんだよ。」


クラスの様子に間違っていたのか不安だったレイだが、シンジの言葉に安心したのか、わずかに表情が緩む。

コクン、とうなづく。

そのレイの様子に満足そうに微笑むと、クラスメートの方に向き直った。


「と言うわけで、みんなこれからも綾波をよろしく頼むよ。」

「それはそうなんだけどさ・・・」


一人の生徒が前に出てくる。


「今まで最初はみんな綾波さんに話しかけてたけどよ、みんな無視されたから特に俺らも話しかけなかったんだ。碇がそう言うなら俺は別に構わないけどさ。」


そう言ってクラスを見渡す。

その言葉にレイはうつむいて黙り込んでしまった。

気まずい空気が流れる中、シンジだけはいつもの様子を崩さずフォローする。


「ああ、それにはちょっと事情があってね。」

「どんなだよ?」

「んーと、あんまり大きな声で言えないんだけどね。

綾波の一応保護者である奴がとんでもない奴でさ、綾波に今まで人との関わり方を一切教えなかったんだ。それどころか人との接触も極端に制限された環境で育てていたんだ。」

「なんだって!?そんな育てられ方してたのか?」

「うん。だから綾波は無視してたんじゃなくて、そういう時の反応の仕方を知らなかったんだ。挨拶されたら挨拶を返す、といった基本的なことすらね。

そういうわけで、これからみんな綾波に色々と教えてあげて欲しいんだ。」

「わかった。そういうことならこれまでの事は水に流すよ。みんな、いいよな?」


前に来ていた生徒が皆に確認を取る。

「いいぜ。」

「わかったわ。」


口々に同意の言葉を口にする。

「洞木さんもよろしく頼むよ。」

「え、ええ。分かったわ。」


急に話を振られて少しどもるも、ヒカリも了承した。

そしてレイの前に来て


「綾波さん、改めてよろしくね。」


手を差し出した。

だが、レイはどうしたらよいものか再び不安げにシンジを見る。


「こういう時は綾波も手を出して相手の手を握り返せばいいんだよ。」


シンジに言われてヒカリの手を握り返す。


(あたたかい・・・)


レイの心にほんのりと暖かさが広がっていく。


(これが絆を作るということなのね・・・。)


レイも前史とは確実に違う道へ一歩を踏み出した。




「しかしとんでもない奴もいるもんだな。」

「ん?」

「綾波さんを育てた奴だよ。何考えてたんだよ?」


先ほど前に出てきた生徒―――蓮川カズヒトがシンジの話を聞いて憤慨していた。

普段はあまり話さないが、ああいう場では率先して会話に参加するタイプである。

トウジほどでは無いが、それなりに正義感は強いらしい。


「さあね、頭がおかしくなってる奴の考えなんて分かりたくも無いね。」

「それもそうだな・・・。ところで」

「何?」

「お前と綾波さんってどういう関係だ?少なくとも俺らよりは親しそうだが。」


再び教室の空気が一変した。

見た目は普段の様子に戻っていたが、皆耳をシンジの方へと傾けている。

レイの周りには人だかりが出来ていたが、皆シンジの方に期待と不安のこもった視線を送っている。


「んーと、そうだな・・・。一応綾波とは遺伝子上は親戚になるのかな。それと綾波もエヴァのパイロットだし。」




「「「ええぇぇぇーーーーー!!??」」」


2−A発の大音量が狭い教室いっぱいに広がった。

・・・もしかしたら学校中に響き渡ったかもしれない。

間近でその大音量を食らったレイは目を回して机に突っ伏している。


「そ、そうなのか?」

「うん、まあ。」

「ほんとだな!?」

「ほんと。」


教室中に安堵のため息が流れる。


(?なんでみんな安心してるんだ?)

(・・・やっぱシンジね。)


ミナモはクラスとは違ったため息を吐いていた・・・・。





その後授業が始まったため、元の平静を取り戻したが休み時間の度にレイの回りには人だかりが出来ていた。

その様子を見て優しい目をレイにシンジは向けていた。


「あ、あの、碇君。」

話しかけられて振り向くと、ヒカリが立っていた。


「何?どうしたの?」

「えっと、鈴原と相田のこと知らない?ずっと学校来てないんだけど・・・」

「どうして僕に?」

「みんなにはもう聞いたんだけど、誰も知らなかったから・・・。」

「そう。ま、知ってるけどね。」


その言葉にヒカリの目が大きく開く。


「ど、どこに!?」

「その前に。洞木さんが気にしてるのは鈴原君でしょ?」


その瞬間ヒカリの顔が真っ赤に染まる。


「ど、どうして!?」

「ずっと彼のこと見てたしね。たぶん気付いてないのは本人だけだよ。」


ヒカリの顔がさらに真っ赤になる。


「ま、二人とも今は病院に入院してるけどね。」

「!!」


一気にヒカリの顔が青くなる。


(信号機みたいだな。)


震える声でシンジに尋ねる。


「な、なんで・・・?何があったの?」

「二人ともこの前の戦闘中にシェルターから抜け出してきてね。潰してしまうわけにもいかなかったからコクピットみたいなところに入れたんだ。」

(まあ、僕としては潰してしまってもよかったんだけどね。)

「だけどそのコクピットみたいなところが特殊でね。ある液体を肺に取り込まなきゃいけないんだけど、二人とも汚れてたからね。感染症にかかってしまったんだよ。」


実は先日シンジを殴ったことに腹を立てたミナモが循環システムを弄ってトウジたちの周りに汚れたLCLを回していたのである。


「そんな・・・。」

「洞木さんには悪いけど、自業自得だね。僕も死にかけたし。」


ヒカリは震えながら聞いている。


「でもお見舞いに行ってあげたらいいんじゃない?ネルフの病院にいるから。ま、退院しても戦場を混乱させたって事でどうなるか分からないけど。」


そう言っていつもとは違う嗤いをヒカリに向けたところでチャイムが鳴った。









Her Changing Mind








バラバラバラバラ・・・


ヘリコプターの音がやかましく鳴り響き、眼下には水没した旧東京の荒れ果てた街並みが広がっていた。

かつての華やかな様相はもはや見る影も無い。


「これがあの花の都と言われた大都会ねぇ・・・」


ミサトがその様子を眺めながらぽつん、と呟く。

現在ヘリに乗っているのはパイロットのほか三名。

作戦課長のミサトに技術部長のリツコ、そしてシンジ。

日本重化学工業共同体が作成した新型使徒迎撃用ロボットの完成披露会にネルフにも招待の声がかかった。

現在使徒迎撃の一切を受け持っているネルフに招待状が届くのは至極当然なのだが、向こうの意図は見え見えである。

皆ネルフが情報を公開しないのを快く思っていない上に、ネルフの他の組織に対する態度は傲慢そのものである。

そんな組織に一泡吹かせてやりたいと考えるのは当たり前であろう。


(まあどうせ役に立たないんだけどね。)


前回どのようなことが起きたかは当然シンジは知っている。


(よくあんなので対抗できると思ったよね。)


ミナモがあいずちを打つ。


(核リアクターを載せるなんて馬鹿以外何者でもないよ。)

(役に立たない上に放射能まみれ・・・。よく国もGOサイン出したわよね。)

(要するにみんな面子が大事なだけの無能の集まりなんだよ。日本は有能な人間ほど疎まれて出世できないからね。)


窓の外をぼんやりと眺めているシンジ。

そんなシンジをミサトが形の整った眉を寄せて見ている。


「ちょっとリツコ、何でシンジくんがここにいるのよ?」


シンジに聞こえないよう小声でリツコに聞く。


「昨日突然本人が言い出したのよ。」





前日、レイが新たな一歩を踏み出した日、第壱中学校の2年では生徒達の進路相談が行われた。

レイの保護者はゲンドウだが当然行くわけにも行かないし、本人も行く気もない。

だが、やはり誰かが行かなければまずいので代理としてリツコが行くことになったのである。

リツコも渋ったが、ゲンドウの命令なので行かないわけにはいかない。

リツコにしてみれば仕事が山積みで、とてもそんなものに割くような時間は無いのだが、内心愚痴をこぼしながらマヤにある程度仕事を任せて面談に来ていた。

面談ぎりぎりの時間に何とか到着し、レイと一緒に相談室に向かった。

レイが嬉しそうに時々、わずかだが、顔をほころばせていたのが気になったが、忙しいのでさっさと終わらせて帰ろうと無視していた。

嬉しそうとはいっても周りから見ればいつもと同じ無表情で、気付くのはシンジと一緒にいることの多いリツコくらいである。



レイの面談は数分で終わった。

成績的には問題が無いため当然だが。

わずか数分で終わる面談のために慌しく仕事を片づけたのかと考えると馬鹿馬鹿しくもあったが、ともかく早く本部へ戻ろうとレイに声をかけた。


「じゃあレイ、私は仕事があるから戻るわね。今夜のシンクロテスト遅れないように。」

「はい。」

無表情で答えるレイ。

そのままきびすを返し、本部へ戻ろうと歩き出したとき


「あの、赤木博士。」

「ん?なにかしら?」

「・・・今日はありがとうございました。」


一瞬ぼーっとしてしまうリツコ。

だがすぐに我に返る。


「え、ええ。構わないわ。それじゃ急ぐから。」


内心動揺しながらも、表面上を取り繕って足早にその場を去っていった。


(レイがお礼を言うなんて・・・。何があったのかしら。)


レイの変化をいぶかしむも、原因は分からない。


(司令に報告をしておいた方が良いみたいね。)


「リツコさん。」


突然呼ばれて振り向くと、ニコニコしながらシンジが立っていた。


「あら、シンジくん。面談の方は?」

「この後です。」

「急がなくていいのかしら?」

「大丈夫です。ちょっとお話できますか?すぐ終わりますから。」


リツコは早いところシンジの前を立ち去りたかった。と同時にシンジから話しかけてきたことに少しだけ興味を覚えた。


「そうね。少しくらいなら構わないわ。それで、話と言うのは何かしら?」

「明日J.Aの式典に招待されてますよね?僕も連れて行って欲しいんですが。」

「どこからその話を聞いたのかしら?機密、と言うほどのことでもないけれど貴方には話してないはずだけど?」

「それは秘密、というやつですよ。それで、どうでしょうか?」


ふむ、とリツコは考え込んだ。

別に連れて行っても問題は無い。だが、必要も無いのだ。それにシンジから提案してきたこともどこか怪しい。

ゲンドウあたりなら、中学生何ができる、と一笑にふして許可を出すだろう。

しかし、リツコにはどうもシンジがただの中学生とは思えなかった。

いつもニコニコしていて人当たりのよさそうな少年に見えるが、果たしてそうだろうか?


「理由くらい聞いてもいいかしら?」

「別に、ただ学校にいても暇だからですよ。」


怪しい。

リツコの勘がそう告げていたが、いくら考えても分からなかった。

結局その場はゲンドウに尋ねてみる、ということで別れたが、やはりゲンドウはあっさりと許可を出した。





「ふーん、そう。何考えてんのかしらね。ま、あたしは邪魔しなければ構わないけど。」


そう言ってミサトは窓の外に目をやる。


「ところで、この計画に戦自は絡んでんの?」

「戦略自衛隊?いいえ、介入は認められず、よ。」

「そう、それで好き勝手やってるわけね。」








「本日は日本重化学工業共同体のジェット・アローンの完成披露会にお越しいただき、まことにありがとうございます。」


会場の舞台の上には時田、という男がこの会の挨拶を行っている。

会場にはネルフのほか、J.Aの開発に参加したと思われるたくさんの企業からの参加者がいた。

どこのテーブルにも豪華な料理が所狭しと並べられ、歓迎の様子が窺えるもネルフのテーブルには中央に瓶ビールとコップがぽつんと置かれているだけであった。

しかし、ミサトたちもこうなることが分かっていたのか、特に気にすることも無く椅子に座って時田の挨拶を聞いている。

ミサトは聞いているか怪しいところだが。


「では、これで簡単ながら説明を終えさせていただきます。

後ほど歩行試験の様子を見学していただきますが、質問のある方はこの場でどうぞ。」


するとリツコが手を上げた。


「はい。」

「これはこれは、ご高名な赤木博士。このような場に来ていただけて光栄です。」

「質問よろしいでしょうか?」

「どうぞどうぞ。」

「内燃機関に核リアクターを内蔵、とありますが?」

「はい、本機の大きな特徴の一つでして、連続150日間の作戦行動が可能です。」

「格闘戦を前提とした機体に内燃機関を内蔵するのはリスクが大きすぎるのではないのですか。」

「五分も動かない決戦兵器よりはましだと思いますが?」


小馬鹿にした口調でリツコの質問を返す時田。

リツコの顔色が少し変わる。


「遠隔操作では緊急対処に問題を起こします。」

「パイロットに負担をかけ、精神汚染を引き起こすよりはより人道的だと。」


時田はにやにや嗤いながらリツコを見る。

会場にいる人間も嘲笑の様子で二人のやり取りを見ている。


「人的制御の問題もあります。」

「暴走する機体をあなた方は制御できてるとでもおっしゃるのですか?」


そう言って手元にある資料を掲げる。


「暴走するような機体なんてヒステリーを起こした女性と一緒で手に負えませんよ。

先日の戦闘被害で某国は二万人を超える餓死者を出そうとしてるんですよ。

よかったですね、ネルフが超法規的に保護されていて。あなた方はその責任を取らなくてすむのですから。」


会場のあちこちから失笑が漏れる。

リツコは肩を震わせてうつむいている。ミサトはそ知らぬ顔で違う方向を見つめていた。

そんな中シンジが手を上げた。


「おや、君は?」

「どうも、初めまして。あなた方のおっしゃるヒステリーを起こす機体に乗ってる者ですよ。」

「何、君がかね?」

「ええ、急に呼び出されて半ば無理やり乗せられましてね。全くこの人たちも何を考えているのやら。」


再び会場に笑い声がもれる。


「はははっ、それは君も災難だったね。同情するよ。」

「ま、僕ももう慣れましたし、そのことは気にしては無いんですけどね。」

「それで何か質問でもあるのかい?」

「ええ、まあ。他にもいくつか言いたいことが。」


そう言うとそれまでのにこにこ顔をいっそう深めた。どこか嘲りの色が混じっている。


「まず、僕たちのテーブルにだけ食べ物が無いのはどういうことでしょう?ビールだけ置かれていても喜ぶのは葛城さんくらいですよ?」


シンジの言葉に壇上の時田とミサトの表情が変わる。


「それは申し訳ない。こちらに手違いがあったようだ。すぐに準備させよう。」

「後、一応僕は自分の機体を気に入っているんでね。先ほどの発言を撤回していただけると嬉しいのですが。」


ミナモもうんうん、とうなづいている。


「ま、それは置いておいて、質問いいでしょうか?」

「あ、ああ。どうぞ。」

「では、先ほど150日の連続行動が可能とおっしゃってましたが、その意味はどこにあるのですか?」

「は?」


時田は口をぽかんと開け、間抜けな声を上げた。


「ですから、それほどの長時間動けるようにするメリットがどこにあるのか聞いているのですが。」

「ち、長期間動けるようにした方が良いに決まっているではないですか。」

「使徒との戦闘は基本的には一日もあれば終了しますよ。長くても数日です。人との戦争ではないですが。」


そう言うとシンジはニヤッ、と笑った。

会場では動揺している者が何人かいる。

時田も動揺を隠せない。


「それに使徒の攻撃に遠隔操作で対処できますかね?先日来た使徒は音速を超える鞭を振り回すような奴でしたが。」

「し、しかし人道的に問題があるだろう?」

「それはありますね、確かに。でも、そんなものにこだわって人類が滅亡したら元も子もないですが?」


時田は反論できず黙ってしまった。


「まあ、個人的な感想を言わせていただければ核を搭載というのが一番いただけませんがね。

使徒の攻撃を受けてあえなく爆発。付近は放射線まみれ。いや、もしそうなったら面白いですね。面白すぎて涙が出てしまいそうですよ。とてもこちらの機体以外攻撃を防御できるとは思えませんし。」


嫌味を思いっきり混ぜて時田をシンジは口撃する。


「え、A.Tフィールドの解明ももはや時間の問題だ!」


半ば叫び声になりながら時田が反論する。

それを聞き、シンジはやれやれ、といった様子で肩をすくめた。


「貴方何を自分で言っているのか分かっていますか?その言葉はご自分でまだ解明できていない、と言っているのと同じですよ。貴方方に解明できるとは思えませんし。まあ、何故貴方がA.Tフィールドの事を知っているのかも気になりますがね。」

(A.Tフィールドに解明の必要なんていらないしね。)

もはや時田は何も言い返すことは出来なかった。


「で、ではこれで質問を終了させていただきましてJ.Aの歩行テストに移らさせていただきます!」


すでに最初の時田の姿は無く、ただヒステリックに叫ぶ愚か者の情けない姿だけがそこにあった。






ネルフに与えられた控え室。

シンジたちは歩行テストが行われるまでの時間を潰していた。


「シンジくんすごいわね。聞いててこっちがすっきりしたわ。」


ミサトが先ほどのやり取りに感嘆の声を上げる。


「たいしたこと無いですよ。いつものリツコさんでもあれくらいの反論は出来たと思いますよ。」


そう言ってリツコのほうに目をやる。


「そうね。恥ずかしいけれどちょっと頭に血が上ってたみたいね。ミサトじゃあるまいし、ほんと恥ずかしいわ。」

「ちょっと、リツコ。それどういうことよ?」

「あら、貴方のいつもの姿に怒ってわめきまわってる様子がすぐ浮かぶのだけれど?それにすぐ食いついてくるって事は貴方にも自覚があるではなくって?」

「ぐっ・・・」


ミサト撃沈。


「ところでシンジくん。」

「なんでしょう?」

「貴方最後にA.Tフィールドの解明は出来ないって言ってたけど、あれはどういう意味かしら?」

「別にたいした意味はありませんよ。ネルフで出来ないものがあちらに出来るはずがない、と思っただけですよ。」

「そう・・・。」


その時、歩行テスト開始のアナウンスが流れた。






制御室からは大きなロボット、J.Aの姿が見える。

お世辞にもきれい、とはいえない不格好な姿でゆっくりと移動を始める。

その途端、制御室からは感嘆のため息が漏れた。


「ふーん、自慢してただけのことはあるわね。」

「ま、どうせ使えないでしょうけどね。」

「中の電源だけは別ね。あれはこちらとしても欲しいところだわ。」


会場の周りの人間に聞こえるように口々にけなす三人。

それを時田は苦虫を噛み潰したような顔で睨み付けていた。

しばらく順調に歩行していたが、突然制御室にアラームが鳴り響く。


「どうした。」


時田が近くのオペレーターに尋ねる。


「リアクター内、圧力上昇!」

「制御棒作動。」

「制御棒作動しません。」


そうこうしている内にJ.Aはどんどんその姿を大きくしていっている。


「いかん、緊急停止。」

「だめです!信号届きません!」

「なんだと!?」

「完全に制御不能です!」


オペレーターの一人がそう叫んだ瞬間、J.Aはトーチカを踏み抜いていった。



瓦礫の中からミサトたちが起き上がる。


「作った人と同じで礼儀知らずなロボットね。自動停止の確率は?」

「0.0002%。まさに奇跡です。」

「葛城さん、何をするつもりですか?」


管制官とのやり取りを聞いていたシンジがミサトに尋ねる。


「どうって、直接中に入って止めるに決まって・・・」


するとシンジが耳元に口を近づけた。


「リツコさんを見てください。平然としてるでしょう?」


言われてミサトはリツコのほうを見る。

そこには埃で汚れているものの、非常事態にも関わらずいつもと変わらぬリツコがいた。

それを見てミサトは合点がいった。


「ということです。」

「なるほどね。確かに使徒に対抗出来ないにしても目障りだものね、ネルフにしてみれば。」

「じゃ、ここは安心して顛末を眺めていても大丈夫ね。」

「ええ、僕が保障しますよ。」


アンタに保障されても、とミサトは思ったが口には出さなかった。


(さて、この後リツコさんはどんな反応をみせてくれるかな?)

(意外と気付かなかったりして。)

(それはないよ。何が起きたか理解できない人じゃないし。なにせ自分でプログラム組んだんだし、ミスのチェックも十分してるだろうしね。)




「内部圧力、温度、臨界を突破します!」

「だめか・・・」


その後皆が諦めたとき、突然J.Aが動きを止め、完全に停止した。

皆歓声を上げる。

ミサトは内心不安だったのかその様子を見てほっとため息をついた。

リツコは特に表情を変えることなく外の様子を見つめていた。

その時管制官の一人が叫んだ。


「!!J.A再起動!」

「何!」

「再びリアクター内圧力、温度ともに上昇!」

「ダメです!爆発します。」


喜びもつかの間で、管制室には再び悲鳴が木霊する。

ミサトは驚いてリツコのほうを見た。

リツコは信じられない、といった様で、呆然としてJ.Aを見つめている。

先ほどまでの毅然とした様子はどこには無く、予定外の事態にただ固まっているだけだった。

そんなリツコを見てミサトはこれが予定外のことだと悟ると慌ててシンジのほうを見やった。

だが、シンジの姿はどこにも無かった。


「シンジくん?どこ行ったのよ!?」


まさか自分一人だけ逃げた、と思ったがどうせ逃げられないと気付き、気持ちを切り替えて今を乗り切る方法を考える。

一方リツコは呆然として事態を見送っていた。

どういうこと?プログラムミス?考えられない。何度も確認した。

思考に埋没していると


「大丈夫ですよ。」


不意に背後から声を掛けられ、振り向くとどこか幼さの残る女性がそこにいた。

大人に見えなくも無いが、中高生あたりに見えなくも無い。


「あなたは・・・?」

「その質問には答えられませんが、大丈夫です。あなたのミスではありませんよ。」

「どういうことかしら?」


リツコの表情が険しくなる。


「なに、簡単なことですよ。ネルフ以外にもあのロボットが邪魔だと思っている者がいるということです。」


その言葉にリツコは目を見開く。


「それでは今日は失礼いたします。」


そういうと、リツコに近づき目を覆った。その動きにリツコは全く反応できなかった。

視界に光が戻ったとき、先ほどの女性の姿はどこにも無かった。

それと同時にJ.Aは停止した。


「葛城さん、リツコさんどうしたんですか?」


突然シンジに声を掛けられて二人同時に振り向いた。


「シ、シンジくん!どこ行ってたのよ!?」

「どこって、もう終わったから帰ろうと思ってヘリのところに行ってたんですよ。でもお二人が来ないんで呼びに来たんです。

何かあったんですか?」


二人は顔を見合わせると顔を横に振った。


「いいえ、何も。ちょっちね、やることが残ってたから。」

「そうですか。じゃあ、帰りますか。」







本部司令室


リツコと諜報部らしき人間が今日の出来事の報告をゲンドウに行っていた。


「特にこれといってシナリオと違うことは起こりませんでした。予定通りです。」

「そうか。」

「ですが、他の組織の人間と思われる者に接触しました。」

「何?」


それまでこれといって表情を変えることの無かったゲンドウだったが、ここで初めて視線が揺らいだ。


「その組織も今回の騒動に関わっていたようです。またサードチルドレンもその組織と関係があるかもしれません。」

「そうか・・・。わかった。」


「それでは失礼します。」


リツコは司令室を後にした。







翌日、レイが玄関を出ると、シンジが立っていた。


「おはよう、綾波。」


にっこりとして挨拶をするシンジ。


「碇君、昨日は・・・」

「待った。」


話しかけたレイを遮ってシンジはレイに声を掛ける。


「聞きたいのは分かるけどね、まずはなんだったけ?」


シンジの言葉にしばし考えて、再び口を開いた。


「・・・おはよう。」

「うん、おはよう。」


嬉しそうに笑うシンジ。

その笑顔を見てレイも自然と顔がほころぶ。


二人並んでゆっくりと歩き出す。

レイにとってすでに昨日のことはどうでもよかった。

ゆっくり、ゆっくりと時間が過ぎていった。

学校までの短い時間をシンジとともに歩いていった。









キャラコメ



shin:いやー、長かった


シンジ:そうだね。


ミナモ:こんなに長くする必要あったの?


shin:いや、本当はもっとさっくり書きたかったんだけど、いつの間にか・・・


レイ:計画性ゼロね


shin:あぐっ!


ミナモ:無様ね


シンジ:そんなことでこれから書いていけるの?最近時間無い、しか言ってないけど。


shin:そうなんよね。調子乗って授業いっぱい入れちゃったから時間が・・・


レイ:よく大学生は暇だって聞くわ・・・


shin:確かに2年の前期は結構時間はあったんやけどね。専門課程に入ったら忙しくて・・・。

 私立文系はそうでもないかも知れんけど理系はね。私立文系の友達があんまりいないから詳しいことはよくわかんないけど。


ミナモ:愚痴ってないでさっさと書きなさいよ。もうすぐ二万ヒットじゃない。


shin:・・・頑張ります。









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