外務省は「歴史の破壊者」:上杉 隆(ジャーナリスト)
西山事件の真相
1971年、毎日新聞記者の西山太吉氏は、のちに日本の歴史と自らの運命を激変させる1本の記事を世に出した。
沖縄返還と引き換えに、密かに日本が肩代わりすると決めた地権者への土地原状回復費用400万ドルの日米密約をスクープしたのだ。
当時、西山氏は40歳。東京に自宅を新築し、二人の子供はまだ小学校に上がる前のころであった。
当時の日本政府が沖縄返還をカネで買った事実と、のちの「思いやり予算」(1978年)や現在の米軍施設移転費用の肩代わりにつながる日米の裏面史を、当時の西山氏は外交機密文書のコピーとともに暴いたのだ。それは将来の日米関係を決定づけるものであったが、時代はそうしたジャーナリズムの仕事を許さなかった。
当初、政府のウソに対して沸騰していた世論の怒りは、ある言葉をきっかけに変化を始める。
この一大スクープは、一人の検事の編み出したある言葉によって、あっという間に世論の流れを変えたのだ。
「情を通じて――」
佐藤道夫検事(当時。のちに参議院議員)が考え出した言葉によって、この問題は、国家のウソから、一人の新聞記者と女性外務事務官の「情通問題」、つまり個人の不倫問題にすり替わってしまったのだ。
当初、政府への批判を強めていた多くの国民は、「密約」に不満を募らせていたわけではなく、その事実を隠蔽していたことに怒りを爆発させていた。
ところが現在と同じように、当時の記者クラブメディアも、まんまと政府と検察のスピンに乗っかってしまう。検察からの情報を多く扱うことで、密約問題は消え、代わりに男女のスキャンダル報道が紙面とテレビ画面を占拠するようになったのだ。
そして、このスキャンダルキャンペーンによって、女性事務官と西山氏は国家公務員法違反(機密漏洩教唆の罪)で逮捕、有罪となった。
公文書の大量廃棄という「犯罪」
筆者は、外交機密自体を問題視したことはただの一度もない。そもそも機密なくして外交など成り立たない。それは古今東西、世界中の外交史においても自明の理である。
問題は「密約」が存在しているにもかかわらず、それらを「不存在」だと嘘をつきつづけ、国民を欺いてきた政府・外務省の姿勢にある。とくに一方の当事国である米国が、公文書の機密解除により「密約」の存在を認めた1999年以降の日本政府・外務省の罪は重い。
さらにそのなかでも、琉球大学の我部政明教授が米公文書館において「密約」を発見した2000年5月から、情報公開法が施行された2001年4月にかけて、政府・外務省は「犯罪」ともいうべき行為を繰り返している。
外務省は、「密約」の存在を隠すためだろうか、「国民共有の知的資産」である公文書を大量に廃棄したのだ。
たしかに公文書の破棄は例年行なわれている。だが、その年に限って例年の約30倍、1200トン以上の公文書が廃棄処分になっているのは、確率統計的にもあまりに不自然な数字だといわざるをえない。
仮に外交文書の意図的な毀損があったとしたら、それは日本の歴史に対する裏切りだというしかない。100年、200年先の日本人は、その間の昭和史を米国という他国の文書を通じてしか知りえることはできなくなるのだ。それは、自国である日本の歴史を他の国の証言を基につくる以外にないということにほかならない。まさしく売国的行為ではないか。
政権発足直後から、この問題に果敢に取り組んできたのが岡田克也外務大臣だ。岡田大臣は半年かけて「密約」問題への調査報告書をまとめるよう指示を出している。その発表の記者会見の席上、筆者は岡田大臣に対して次のように問い質した。
「この密約に関してなのですが、国民共有の知的財産、この文書にも書いていますが、まさにその通りだと思うのですが、そうした公式文書の破棄に関わった者というのは、ある意味、日本の歴史の破壊者とも言えなくもないかと思うのですが、不正ともいえる大量破棄に関わった職員の処分というのは、今後、考えていらっしゃるのでしょうか」(外務省HPより転載)。
岡田大臣は就任以来、歴代の政府が事実を認めない姿勢を痛烈に批判してきた。この日も同様だった。だが、岡田氏は、衆議院外務委員会の参考人招致を受けて、廃棄にかかわった外務省職員を国会に呼ぶことについては積極的とは言い難い。
少なくとも、当時の首相、官房長官、外務大臣、外務省官房長、条約局長、北米局長は廃棄の事実を知っているはずだ。「歴史の破壊者」はそれが誰であろうと、国民の前で真実を語るべきではないか。
1971年、毎日新聞記者の西山太吉氏は、のちに日本の歴史と自らの運命を激変させる1本の記事を世に出した。
沖縄返還と引き換えに、密かに日本が肩代わりすると決めた地権者への土地原状回復費用400万ドルの日米密約をスクープしたのだ。
当時、西山氏は40歳。東京に自宅を新築し、二人の子供はまだ小学校に上がる前のころであった。
当時の日本政府が沖縄返還をカネで買った事実と、のちの「思いやり予算」(1978年)や現在の米軍施設移転費用の肩代わりにつながる日米の裏面史を、当時の西山氏は外交機密文書のコピーとともに暴いたのだ。それは将来の日米関係を決定づけるものであったが、時代はそうしたジャーナリズムの仕事を許さなかった。
当初、政府のウソに対して沸騰していた世論の怒りは、ある言葉をきっかけに変化を始める。
この一大スクープは、一人の検事の編み出したある言葉によって、あっという間に世論の流れを変えたのだ。
「情を通じて――」
佐藤道夫検事(当時。のちに参議院議員)が考え出した言葉によって、この問題は、国家のウソから、一人の新聞記者と女性外務事務官の「情通問題」、つまり個人の不倫問題にすり替わってしまったのだ。
当初、政府への批判を強めていた多くの国民は、「密約」に不満を募らせていたわけではなく、その事実を隠蔽していたことに怒りを爆発させていた。
ところが現在と同じように、当時の記者クラブメディアも、まんまと政府と検察のスピンに乗っかってしまう。検察からの情報を多く扱うことで、密約問題は消え、代わりに男女のスキャンダル報道が紙面とテレビ画面を占拠するようになったのだ。
そして、このスキャンダルキャンペーンによって、女性事務官と西山氏は国家公務員法違反(機密漏洩教唆の罪)で逮捕、有罪となった。
公文書の大量廃棄という「犯罪」
筆者は、外交機密自体を問題視したことはただの一度もない。そもそも機密なくして外交など成り立たない。それは古今東西、世界中の外交史においても自明の理である。
問題は「密約」が存在しているにもかかわらず、それらを「不存在」だと嘘をつきつづけ、国民を欺いてきた政府・外務省の姿勢にある。とくに一方の当事国である米国が、公文書の機密解除により「密約」の存在を認めた1999年以降の日本政府・外務省の罪は重い。
さらにそのなかでも、琉球大学の我部政明教授が米公文書館において「密約」を発見した2000年5月から、情報公開法が施行された2001年4月にかけて、政府・外務省は「犯罪」ともいうべき行為を繰り返している。
外務省は、「密約」の存在を隠すためだろうか、「国民共有の知的資産」である公文書を大量に廃棄したのだ。
たしかに公文書の破棄は例年行なわれている。だが、その年に限って例年の約30倍、1200トン以上の公文書が廃棄処分になっているのは、確率統計的にもあまりに不自然な数字だといわざるをえない。
仮に外交文書の意図的な毀損があったとしたら、それは日本の歴史に対する裏切りだというしかない。100年、200年先の日本人は、その間の昭和史を米国という他国の文書を通じてしか知りえることはできなくなるのだ。それは、自国である日本の歴史を他の国の証言を基につくる以外にないということにほかならない。まさしく売国的行為ではないか。
政権発足直後から、この問題に果敢に取り組んできたのが岡田克也外務大臣だ。岡田大臣は半年かけて「密約」問題への調査報告書をまとめるよう指示を出している。その発表の記者会見の席上、筆者は岡田大臣に対して次のように問い質した。
「この密約に関してなのですが、国民共有の知的財産、この文書にも書いていますが、まさにその通りだと思うのですが、そうした公式文書の破棄に関わった者というのは、ある意味、日本の歴史の破壊者とも言えなくもないかと思うのですが、不正ともいえる大量破棄に関わった職員の処分というのは、今後、考えていらっしゃるのでしょうか」(外務省HPより転載)。
岡田大臣は就任以来、歴代の政府が事実を認めない姿勢を痛烈に批判してきた。この日も同様だった。だが、岡田氏は、衆議院外務委員会の参考人招致を受けて、廃棄にかかわった外務省職員を国会に呼ぶことについては積極的とは言い難い。
少なくとも、当時の首相、官房長官、外務大臣、外務省官房長、条約局長、北米局長は廃棄の事実を知っているはずだ。「歴史の破壊者」はそれが誰であろうと、国民の前で真実を語るべきではないか。
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2010年5月号のポイント
国内政治は混迷を極め、日米関係も冷え切った。5月号の総力特集では、衰弱する日本をどう立て直すか、作家の塩野七生氏、中西輝政氏、西尾幹二氏、牛尾治朗氏ら10人の論客が“歴史の教訓”から復活への道筋を描き出す重量感溢れる提言が満載。
第二特集「苛立つアメリカはどう動く?」ではダグラス・フェイス氏(元 米国防次官)ら、状況に精通する7人のレポートをお届けします。
詳細は、下記のリンクから「特設サイト『Voice+』へ
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