反射鏡

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反射鏡:コップの水はまだ半分もある=専門編集委員・倉重篤郎

 「政権交代していいことありましたか?」とあちこち聞いて回るのだが、芳しい返事が返ってこない。多くの方がまゆ根にシワ寄せて、暗い表情をする。

 確かに、政治とカネの不始末、ドン詰まりの普天間問題、この財政状況、日本の全般的なステータスの低下……などをもって「鳩山政権には愛想が尽きた」「この間に進んだ日本の劣化はひどすぎる」などと言う。

 だが、本当にそうなのか。へそ曲がりの身上として早速、永田町に乗り込み、政治の本丸がどうなっているのか、見てきた。9日午前の国会周辺である。

 まずは、首相官邸裏のビル街を歩く。自民党有力政治家や関連利権団体が事務所を連ねていた一角だ。表に出せない政治資金や陳情の巣になっていた。政治記者には重要な取材ポイントだったが、今や見る影もなく閑散としている。権力の切れ目がカネの切れ目となった典型だ。

 それに比べてほぼ建設の終了した12階建て新議員会館3棟(衆院2、参院1)の立派なこと。隣の7階建て旧会館が物置然と見える。議員1人当たりのスペースは40平方メートルから100平方メートルへ広がる。6月から引っ越しが始まるというが、選良としての仕事の質、量も2・5倍にしてほしい。これで政治が裏通りから表通りに戻ってくるとすれば、建設費千数百億円の税金投入も仕方がないだろう。

 国会内に入る。売店の国会お土産コーナー。時の政情をもじったお菓子が売れ筋だ。新党ブームに早速「日本の力 かりん党」が山積みに。ただ、自民党政権時代に比べると売れ行きがいまいち、という。政権交代で陳情窓口を一本化、いたずらに多かった地方陳情団や、有権者サービスの国会見学ツアーが減ったことと関係あるようだ。

 さて、肝心の審議状況はどうか。開会中の五つの常任委員会を傍聴した。ナルホド役人がいない。あらゆる質問に閣僚、副大臣、政務官という政務三役が受け答えしている。各省の局長クラスが答弁に立っていた時代とはえらい違いである。

 永田町の風景は明らかに変わった。権力の所在が公式化した。陳情政治が減った。政治主導が定着しつつある。

 変化したのは形だけではない。国家運営の要である外交安保政策の中身に大きな変化が起きようとしている。戦後の日本政治を根元から規定してきた日米安保体制に転機が訪れている。米国の戦略的ロードマップに従って外務官僚が独占的に采配(さいはい)してきた日米関係の過去が洗われ、政権交代しなければとても明らかにならなかった密約の数々がオープンにされた。

 普天間移設問題に関連し、政権の中枢にいた安保担当の元高官が、海兵隊が沖縄に駐留することが果たして抑止力として意味あることなのか、と根源的疑問を呈した(本紙4月3日付朝刊「ニュース争論」参照)。安保改定から半世紀後に、今後の日米同盟について再考するための材料が続々集まっている。

 日本がアジアの中でどう生きていくのか。米国や国連との関係をどう上手にコントロールしていくのか。日本の国益に基づいた将来戦略を自分の頭で考え、自らリスクを取りながら試行錯誤していくまたとないチャンスを迎えている。

 今のところ鳩山政権がこの好機をうまく活用しているとは思えない。だが、こういう見方はできないか。政策決定過程をぶざまにまでさらけ出すことによって、国民がそれぞれに問題の所在に気付き、自ら解決策を論じ、政治との距離を結果的に縮めている。政治の無能をけなせばけなすほど、選んだ側の責任もまた自覚せざるを得ない。それが政治家と選挙民の緊張関係を高めることになる。

 ここまで書くと、お前はどうしようもない甘ちゃんだ、と言われそうだが、まさにそれで結構。楽観主義こそ政治を救うものだと思っている。コップの中に半分水がある。半分しかないのか半分もあるのか。どちらにウエートを置くかが考え方の分かれ目である。もちろん半分しかないことも怜悧(れいり)に観察した上での話である。もう1点、国民の覚悟に触れたい。民主主義のルールとして政権を一回選んだからには4年ぐらいはじっくり任せるぐらいの覚悟が欲しい。政治家に覚悟を求めるのは言うまでもない。政治にはどうしても時間がかかるのだ。

 要は、政治にしかできないものがあり、それは国民が政治家を使ってさせるしかない。そのためには何が必要か、という設問への愚答である。乱反射しないことを祈りたい。

毎日新聞 2010年4月11日 東京朝刊

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