大統領府関係者は「7日と10日に分ける必要はない。歴史が政治に利用されてしまった」と不満を述べていた。
日程を分けたことが、今回の悲劇の遠因になっているともいえる。だが、政治的な駆け引きの間で、事件の遺族たちは、今も多くがベールに包まれたカチンの真相を求め続けてきた。
ポーランド全土に29ある遺族団体をまとめているスコンプスキ会長(72)は7日の式典に参加した後、10日も専用機に乗っていた。妻はニュースを知って号泣した。スコンプスキさんは以前、朝日新聞の取材に「我々も年だ。カチンの森に行くのは最後かも知れない」と語っていた。ロシアとポーランドの首相が臨席した7日の式典について「私は歴史の証人になる」と笑顔で語っていた。