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社説

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沖縄密約判決―背信繰り返させぬために

 沖縄現代史の研究者や毎日新聞の元記者らが沖縄密約をめぐる文書の公開を求めた裁判で、東京地裁は全面開示を命じる判決を言い渡した。

 国は「文書を保有していないので公開できない」と主張した。これに対して判決は「文書があるかどうか十分に探したとは評価できない」と述べ、国の態度を「知る権利をないがしろにし不誠実」と強い言葉で非難した。

 「文書がない」として公開に応じないケースは少なからずあるが、判決は、一定の条件がある場合は「ないことの証明」を行政側がしなければならないと指摘した。今後の情報公開の武器ともなる貴重な判断だ。

 政権交代後、政府は広範な調査をしたが、問題の文書は見つからなかった。裁判の進行の都合でその事実は判決に反映されていない。

 判決は文書について「第一級の歴史的価値があり、領土問題を抱える日本の外交交渉にいかすことができる」などと評価した。外交機密を盾に真実を隠し続けてきた歴代政府の行為が、国民と歴史に対する背信以外の何物でもないことを改めて銘記したい。

 あるはずの文書がない。適切に管理されていない。年金記録の紛失や肝炎患者リストの放置など、幾度も繰り返された問題だ。役所の立場を守るために廃棄した疑いのある例すらある。そんな政府をだれが信用するだろう。

 その反省のうえに昨年6月、公文書管理法が成立した。作成・保存・移管・利用それぞれの局面で共通ルールを定め、順守状況を定期的にチェックし改善する仕組みを導入した。歴史的に重要な文書はすべて国立公文書館などに移すことも盛り込まれた。

 ただ肝心なのはそれを使う人間の姿勢だ。文書の量は膨大で、チェックにも限界がある。公務に携わる一人ひとりが「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」との認識と緊張感をもつ必要がある。

 意識改革が求められるのは政治家も同様である。民主党はかつて文書管理の重要性を指摘していた。だが政権の座についた後は、政務三役会議の議事録をはじめ、政権の意思決定の過程を検証できる記録の作成や公開に後ろ向き、あるいは無頓着だ。

 国会で追及を受け、ようやく枝野幸男行政刷新相が対応し始めたが、「政治主導」の看板が泣くというものだ。

 情報公開と文書管理は民主主義を支える車の両輪である。「地域に権限を」と唱える地方自治体も、文書管理の面で中央に負けぬ責任を全うしなければならない。

 その責任を負う相手は、いま目の前にいる納税者や有権者だけではない。記録を残すことは、将来の国民に対する説明責任を果たすことでもあると、自覚して取り組んでほしい。

高松塚報告―薄命「美人」からの教訓

 歴史が消えていく。本当は打つ手があったと知ればなおさら無念である。

 いまから38年前、奈良県明日香村にある高松塚古墳で極彩色の壁画が発見された。描かれてから1300年もたったとは思えない色鮮やかな筆致。女子群像図は「飛鳥美人」と呼ばれ、空前の考古学ブームを巻き起こした。

 飛鳥を舞台にはっきりとした国家ができた時期に、中国や朝鮮半島から伝わった技法を土台に日本独自の画面を作り上げていたという事実。人々は驚き、悠久の歴史にも思いをはせた。

 そんなかけがえのない文化遺産が、取り返しのつかないほどに傷つけられてしまった。古墳はついに石室解体という事態にまで追い込まれ、描線がにじみ、黒ずんだ壁画はいま別の場所で修理を受けている。

 カビなどの劣化原因について、文化庁の調査検討会が報告書をまとめた。

 原因は複合的と分析された。過去の地震でできた地割れや亀裂から水や虫が入っていた▽修理に使った樹脂や薬剤がかえってカビ発生の温床になった▽多数の人が石室内に出入りして温度が上昇し、被害を広げた。

 背景には人災ともいえる失態があった。防護服を着ずに作業をして石室内にカビの大量発生を招く。カビの除去中に壁画を損傷する。保存・管理にあたる文化庁がこうした事実を迅速に公表してこなかった。一連の問題が表面化し、4年前に文化庁の別の委員会が報告書を発表している。

 それによると、墳丘と壁画は文化庁の別々の課が担当し、カビ問題を共有していなかった。また、工事中だけでなく最後の確認検査にも職員は立ち会っていなかった。無責任体制が明らかになり、文化庁の「縦割りとセクショナリズム」「情報公開と説明責任に対する認識の甘さ」が批判された。

 こうした指摘も踏まえ、調査検討会は今回、地元の自治体や研究者、住民との連携、恒久的なチェック体制の構築などを提案している。

 高松塚の管理については、研究者をはじめ明日香村などの地元は蚊帳の外に置かれてきた。カビ退治では外部の専門家の力を借りようとせずに失敗を重ねた。そんな経緯を考えると、もっともな提案である。

 地元の協力を得られる体制を早急につくり上げてほしい。何かことが起きれば、すぐに事実を公にし、衆知を集め、対策を練る。そんな当たり前のことをやるしかない。後手の対応から先手の対応に改めることが大切だ。

 そのためにも、文化庁は保存科学の進展や技術の開発にもっと力を入れてほしい。得られた成果は高松塚だけでなく、国内のほかの古墳壁画や文化財全般の保存にも生かせるだろう。

 そうでないと、無残になってしまった国宝の壁画も浮かばれまい。

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