LAI−LA
第4話
病院から帰ったアスカはヒカリの家にいた。二人で夕食の準備をしている。
アスカは、シンジがいないのとミサトも不在がちのため、ヒカリの家にお世話になっていた。
ヒカリを手伝う事によって、アスカも料理を手がけるようになったらしい。
「ヒカリ、いつもごめんね。夕御飯をごちそうになって」「ううん。気にしないで。うちも賑やかな方が良いから。でも、ミサトさん大丈夫かしら」
「あ〜、ミサトは平気、平気。だいたい、酒のつまみを作ってくれるシンジがいないもんだから家に全然帰って来ないのよ。
ど〜せ、加持さんとよろしくやっているに違いないわ」「くすっ、そうよね。で、アスカ、今日も泊まっていくよね」
「いいの?」
「大丈夫って。うちは大歓迎よ。遠慮はいらないわ」
「ありがとう。ヒカリ」
「クェッ」
アスカと同じくお世話になっているペンペンが近づいてきた。
ヒカリが手を休めてしばらくペンペンの相手をしてやる。
アスカの包丁さばきを見ていたヒカリが、突然いたずらっぽい顔をしてアスカに言う。
「アスカは料理を覚えて、退院した碇君にごちそうをつくってあげたいのでしょう?」
「なっ、突然何いうのよ。バカシンジにこの私の手料理を食べさせるなんて100億光年早いわよ」
「ふ〜ん。そうなんだ。熱心に料理の勉強をしているからそう思ったんだけど」
「アタシは人様の家にお世話になっている以上、きちんとすることはするわよ」
「でも、碇君に料理とか掃除とかすべて任せていたんでしょ?」
「うっ、それは…シンジがやると言うし、アタシが日本に来た時は既にそうなっていたから…」
「今は碇君、利き腕を怪我しているから料理すらできないわよ。退院してきたらどうするの」
「フン、自業自得でしょ。まぁ、シンジが頼んできたらアタシも一肌脱ぐのにはやぶさかではないけど」
「脱ぐって…」
顔を赤らめてヒカリが言う。
「いきなり何想像しているのよ。料理ぐらいは作ってあげると言っているの」
「そ、そうなの。そうよね」
「それよりヒカリ。鈴原と何かあったんじゃないの?病院での態度、なぁ〜んか怪しいわよねぇ」
「え?(汗)」
このあとアスカはヒカリから何か聞き出したらしいが、それは『女同士の秘密』になったらしい。
そうこうしているうちに楽しい時間が過ぎていった。
その日の夜遅く、ヒカリとアスカは同じ部屋で布団に入っていた。
「アスカ、もう寝た?」
「ううん」
「ひとつ聞いて良い?」
「…いいわ」
「碇君の事、どう思っているの」
「どう思うって、シンジはただの同居人よ」
「本当? 私にはそう見えないわ」
「どういう意味?」
「それはアスカがよく知っているでしょ?」
「……」
「もっと自分に正直になったら」
「……わからないわ」
「えっ?」
「シンジの事は気になるわ。それは確かにそう」
自分に言い聞かせるようにアスカが話す。ヒカリは黙って聞いている。
「それが、『スキ』っていうことなのか、どうなのかよくわからないの。アタシはいままでそういう気持ちになったことないから…。
加持さんへの気持ちも今思えば大人への憧れ…背伸びをしていたようなものだったと思う。
それともファザコンだったかもしれない。
でも、シンジへの気持ちは違うの。いままで経験したことがなかったもの。
シンジを見ているとイライラする。でも、いないともっとイライラするの。
ヒカリはどう思う? 鈴原を見ていてやっぱりこんな気持ちになるの?」「そうね…。アスカ、答えなくても良いけど…碇君の事故の時、どう思った」
「……嫌。思い出すのも嫌」
ヒカリは起き上がり、布団の上に座った。アスカも身を起こす。
「私、トウジが怪我したと聞いた時、状況は頭で理解しているけど、身体が受け付けないっていうか、信じられなかった。
嘘だと思った。
でも、怪我したのが本当だと知った時、怖かったわ。
トウジがいなくなるのが考えられなかった」「………」
「そして、碇君を恨んだわ」
「シンジは悪くないわ」
「うん。知っているわ。アスカのしようとしたことも…」
「…………」
「私も…逆の立場だったら…。それに碇君はトウジのためにあの後、無理をしたって…。
この事はトウジともよく話したの。むしろ、今は碇君に感謝しているのよ。信じて」「……アタシこそ…ゴメンね」
「うん。碇君の事故の時、アスカも同じ気持ちだったと思うの。その気持ちは…かけがえのないものを失う怖さ」
「…かけがえのないもの…」
「そう、かけがえのないもの。私の言うことわかるかしら?」
「うん」
「碇君を大切に思う?」
「そう…思う」
「そう。アスカ、それならばもっと自分に正直にしていいと思うの。碇君に気持ちを伝えることも大事だわ。
伝えないとわからない事もあるのよ」「…でも、シンジにはレイが…」
「碇君に聞いたの?」
「……」
「綾波さんと碇君の間に何かがあるのは私も感じる。でも、それは恋愛感情じゃない。何か別のもの…
そう、兄と妹みたいな、母と子みたいな、お互い見守るような家族のような感じ。
うまく言えないけどそういう感じがする。アスカはそう思わない?」「ヒカリがそう言うならそうかも。でも…」
「でも?」
「レイもシンジもそう思っているにしても、いまはそうじゃなくても、いつかお互い好きになる。
だって、シンジ、いつもレイのことを意識しているんだもの。レイもそう…」「ふぅ」
ヒカリがやれやれと言った感じでため息をつき、言葉を継ぐ。
「碇君はアスカのことも十分意識しているわよ。一緒に生活していてそう思わない?
アスカのことをとてもとても大切にしているように見えるけど。
碇君は優しいわ。
でも、誰にでもって言う訳じゃない。
学校で見る限り、アスカほど大切にされている人はいないわ」「でも、シンジとアタシはエヴァというつながりで一緒に暮らしている仮の家族。
シンジはミサトに対しても同じくらい優しい。たぶん家族だから…
…シンジのアタシに対する本当の気持ちはどうなのかな…。
家族、パイロット仲間、同級生、それとも……
ねえ、ヒカリ、シンジはどう思っているのかしら」「碇君のことはわからない。トウジも『よく分からん』って言っているし…。
でも、アスカは碇君が気付いてくれるのを待つつもり?」
「………」
「受け身では何も進まないわ。
できれば、碇君が気付いてくれればそれに越したことはないけど。
でもこのままでは、アスカが踏み出さないと
もしかしたらアスカのその気持ちはそのままになっちゃうかもよ。」
「…………でも…アタシこれ以上傷つきたくないっ。
今は一緒に楽しく暮らしているけど、アタシの気持ちを言ってしまって、
嫌だと言われたら・・・、
…シンジだから嫌とは言わないだろうけど、でも、でも、受け入れてもらえるか
わからない。
もし、受け入れられなかったら……アタシどこにも居場所が無くなっちゃう。そんなの嫌っ。」
「アスカ…」
アスカはうつむいて泣いていた。
そっとヒカリが背中に手を回し、子供をなだめるように抱きしめる。
「大丈夫よ。碇君はきっとアスカの事が好きだわ。
もし、ダメだったとしても…アスカ、
あなたそのまま引き下がるの?
アスカにとって碇君はそんな存在なの?」
月明かりが静寂を照らす。
しばらくしてアスカが顔を上げた。
「…違う。…うん、ヒカリ、ありがとう。そうね、アタシらしくないわ」
「そうよ。アスカに弱気は似合わないわ」
「そうよね」
元気を取り戻したアスカを見て、ヒカリは安心する。
「アスカだったらどんな男の子でもつきあいたがるわ」
「うん、だいたい、この頭脳明晰容姿端麗辛口な世紀の美少女惣流アスカラングレー様に好きと言われて
ひれ伏さない男はいないわよね」「ひれ伏すって…アスカ……、ぷぷっ、あはははははは」
「ふふっ、あはははははは」
顔を見合わせて笑う二人。
ひとしきり笑ったあと、アスカは穏やかな顔でヒカリに言った。
「ヒカリ。ほんとうにありがとう。
アタシの気持ち、たぶん、すぐには言えないけど、大切に育ててシンジに届ける。
もし、ダメでもあきらめない。がんばる」「それでいいと思うわ。がんばってね」
「うん。でもね、…本当はね、シンジの方から言って欲しいな」
顔を真っ赤にしてアスカが言う。
「そうね。でも…碇君って、アレだから」
「アレ?」
「そう、アレ」
ニヤリとして二人が一緒に言った。
「にぶちん」 「お子様」
「ぷぷっ、あはははははは」
「ぷっ、はははははは」
また、二人は楽しげに笑った。
2003.3.8 ほんの少し改訂