冬月さんと会ってから数日後のある日。
蓬莱公園という大きな公園の中にある会場。
「えーっと、六六六番っと、…あった、この席か。」
「じゃあ、アタシとミライの席はここね。ほらミライ、ここに座って。」
「うんっ!」
僕達は、指定された席に座る。
「楽しみね〜♪」
「ね〜♪」
アスカとミライが、楽しそうに言い合った。
二人とも、もうすぐヒーローショーが始まるステージを待ち遠しそうに眺めている。
結構大きい会場は、殆どが親子連れ、ちらほらと大きめの人達で満杯だった。
ステージの上に目を向けると、でかでかと掲げられている今日のヒーローショーのタイトルが目に入った。
「「三大ヒーロー・ヒロイン夢の競演!!燃え尽きろ!!乱戦!合戦!超決戦!!!」かぁ、
名前からして凄そうだね〜。」
「何たって、「不死鳥戦隊ホウオウジャー」と「マスクライダー雷王XR」と「フラッシュ!魔女キュア!どっか〜ん!!」
っていう朝の三大子供番組のヒーローとヒロインが同じ舞台で戦うんだもの。
そりゃあ、凄くもなるわよ。」
「だね。…あっ!誰か出てきた。もうすぐ始まるみたいだよ。」
ステージの裾から、司会進行役らしき女の人が出てきた。
「みなさ〜んっ!!!大変長らくお待たせしました〜!!!ただいまからヒーローショー、
「三大ヒーロー・ヒロイン夢の競演!!燃え尽きろ!!乱戦!合戦!超決戦!!!」をはじめたいと思いま〜す!!!
ですからみなさん、今からは、おしゃべりを止めてくださいね〜!!!」
司会のお姉さんが、マイクを使って会場全体に呼びかけた。
「「「「は〜〜〜〜〜〜いっ!!!!!!」」」」
会場全体から、一部野太い声が混ざっているけど、子供達が元気良く答える声が沸いた。
「「「は〜〜〜〜〜〜いっ!!!」」」
僕とアスカとミライも、それに合わせて元気良く返事をした。
ヒーローショーが終わると、僕達は公園内に出ている屋台をブラブラと回った。
雨が降り始めたので、雨宿りと昼食を兼ねて、公園を出て近くにある「デューベイ」という喫茶店に入った。
店内には、「fly me to the moon」がBGMとして流れている。
「それにしても、さっきは凄かったわね〜。
子供向けヒーローショーとは思えないほど迫力のある立ち回りだったわ。」
「うん。迫力がありすぎて前の方の子供が泣いてたもんね。
それにまさか最後の最後に「ウルトラメンメンフィス」まで出てくるなんてね。
しかも等身大。」
「そ〜ね〜、あれにはびっくりしたわ。一体どうなってるのかしら?」
僕とアスカがさっきのヒーローショーの話に華を咲かせていると、
「十八番テーブルでお待ちのお客さま〜、
お待たせしました。ご注文のアイスコーヒーがお二つとオレンジジュースでございます。」
ウェイトレスさんが、注文しておいた飲み物を持ってテーブルに置いた。
「ありがとうございます。」
「ありがと。」
「ありがとっ!」
僕とアスカとミライは、それぞれにウェイトレスさんにお礼を言う。
「はい。すぐに残りもお持ちしますね。」
ウェイトレスさんはそう言って、厨房へと戻っていった。
僕はコーヒーにシロップを入れてかき混ぜ、グラスを持ち上げて口をつけた。
「あら、コースターのデザイン、可愛いわね。」
アスカにそう言われて、コースターを見ると、
帽子らしきものを被って手?を横に出している笑っているニコニコマークのようなキャラクターが描いてあった。
「ホントだ、確かに可愛いね。ここのマスコットキャラか何かなのかな?」
コースターを手にとってみると、丸い縁に小さく文字が書かれていた。
「I thought what I'd do was, I'd pretend I was one of…」
僕がコースターに書かれた小さな文字を読んでいると、
「こらミライ!もっと行儀良く飲みなさい!」
アスカが、ミライを叱り付けた。
ミライを見ると、口からボタボタとオレンジジュースを零している。
「だって〜…」
ミライが口を子供用のコップから離して言った。
「だって〜、じゃないでしょ!せっかくさっきパパに取って貰ったデンスケのぬいぐるみまでボタボタじゃない!」
デンスケというのは、さっき屋台を回っている時に的当てで取った犬のぬいぐるみの名前らしい。
ミライが抱いているせいで、オレンジジュースが零れて染み込んでしまっている。
「うう〜…」
「うう〜、じゃない!さっきだって…」
「まあまあアスカ。
ねぇミライ、急いで飲もうとして、コップ、傾け過ぎちゃったんだよね?」
僕はアスカをなだめて、ミライに優しく問いかけた。
「うん…」
そう言ってミライがコクッと頷いた。
「じゃあ、今度は零れないようにちょっとずつ傾けて飲もうね。」
「うん!」
元気良く返事して、ミライが再びコップに口をつけて飲み始める。
今度はもう零さずにちゃんと飲めていた。
「すいませ〜ん!!零しちゃったんで何か拭くものくれませんか〜!!」
近くにいたウェイトレスさんに僕は声をかけた。
「は〜い!!ただいまお持ちしますね〜!!」
そう返事して、ウェイトレスさんは厨房にいき、すぐに布巾を持って来てくれた。
「ありがとうございます。」
「いえいえ、それではごゆっくり。」
そう言ってウェイトレスさんは戻った。
アスカが、持ってきて貰った布巾でオレンジジュースの零れたテーブルの上やデンスケのぬいぐるみを拭く。
「…それにしても、シンジ、相変わらずミライに教えるのが上手いわね…。」
「アスカはすぐにカッカし過ぎなんだよ。
さっきミライがわたあめを落とした時だって、
ただ怒って、もったいないって事や、わたあめを落としたら地面が汚れて、
色んな人やその場所に住む生き物に迷惑がかかるからいけないんだっていう事を言うだけじゃなくて、
ちゃんと、落とさないように食べるにはどうすればいいのか、っていう事を教えてあげなきゃ。
ミライはまだまだ子供なんだからさ。」
「う……、ご説、ごもっともだわ…。」
痛いところを突かれたからか、アスカがしょんぼりとした。
最初にアスカと会った時と比べると、アスカのこんな姿なんて考えられなかったな…。
僕がそんな事に思いを馳せていると、
「お待たせいたしました。ご注文の…」
ウェイトレスさんが、注文した料理を持ってきてくれた。
店内のBGMは、バッハの「主よ、人の望みの喜びよ」から、「Over the Rainbow」、邦題「虹の彼方に」へと変わる。
「Some where Over the Rainbow way up high 〜♪か、
この曲って確か「Over the Rainbow」って曲よね?」
アスカが軽く口ずさんだ後、僕に訊いた。
「うん。「オズの魔法使い」っていう80年以上前の映画の主題歌だね。
映画の公開の後も、世界中で色んな人達にカバーされたりして愛され続けた名曲だよ。」
「へぇ〜。確かに良い曲ね。」
そう答えて、アスカはBGMに合わせて再び歌を軽く口ずさむ。
「「Some where Over the Rainbow blue birds fly〜♪」」
そんなアスカの様子を見て、ミライも途中からアスカと一緒に歌を口ずさんだ。
しばらくすると雨が上がり、アタシ達は喫茶店を出た。
再び蓬莱公園に入り、公園内の松林を抜けると、海を一望できる広場に着いた。
潮風と、そして微かにLCLの匂いがする。
広場から眺めた景色は、神々しいとさえ言えるほど幻想的なものだった。
空はまだ厚い雲に覆われているけれど、雲の切れ間から差す幾つもの光芒が、
曇った空と紫に輝く海を繋ぐ幾つもの光の柱となって降り注いでいた。
そして、海の彼方、幾つもの光の柱のさらに向こうには、虹が出ていた。
いつか見たような、十一色の色を持つ、とてもとても大きな二つの虹が。
「「虹の彼方に」ならぬ、「彼方にある虹」か…。
ねぇシンジ。
さっき喫茶店で「Over the Rainbow」が流れてたけど、
そういえば、アタシとシンジが初めて出会った戦艦の名前も、「オーバー・ザ・レインボー」だったわよね。」
「懐かしいな。そういえばそうだったね。」
「「Over the Rainbow」の歌詞って、虹を越えて、
「虹の彼方」にあるどんな夢も叶う世界へ鳥達のように飛んでいけたら、って願った詩よね。
ねぇ、シンジ。
アタシ達さ、もしかしたら今、「Over the Rainbow」の詩の中の「虹の彼方」にいるのかなって、
ちょっとだけ、そんな事を思ったの。
あの虹の方から見たら、アタシ達は「虹の彼方」にいる事になるしね。」
「そうなのかもね。
…「虹の彼方」へ行く事を願った歌、それと同じ名前を持つ場所で出会った僕達が、
今、こうやって「虹の彼方」にいる、か。
ねぇアスカ。
僕達が出会ったのは、やっぱり運命だったんだって、僕は思うよ。」
シンジが、優しいまなざしでアタシをみつめて言った。
「うん。アタシも、そう思う。」
シンジをみつめながら、アタシはそう肯いた。
しばらく歩きながら、アタシ達はその光景を眺めた。
空は次第に晴れていき、いつの間にか海上には、
「ヱクセリヲン」と「ヱルトリウム」と「ノーチラス」という3隻の船舶が航行している。
晴れた空を飛行機が飛んで行き、飛行機雲を残した。
虹は、消える事無く彼方に在り続けた。
ミライは、砂浜で山を作っている。
アタシとシンジは、そんなミライをよそに、海の彼方の消えない虹をみつめていた。
「ねぇアスカ。
虹ってさ、神様が下界に降りたり、死んだ生命の魂が空に昇ったりする為の橋だったり、
神様が「契約の印」として大地に立てたものだったりって、
世界中の神話や伝説で神聖なものとして語られている事も多いけど、
同時に、大地を支配する蛇なんかとして疫病を撒き散らしたり、
災害を巻き起こす恐ろしいものだって伝えられている事も多いんだ。」
「うん…。」
「そういう「虹の蛇」の伝承の中には、「鳥」が「虹の蛇」と戦ってその身体をついばんで食べ、
「虹の身体」を手に入れて、「虹の蛇」が支配していた「古い秩序と調和の世界」から、
さらなる高みにある「新しい秩序と調和の世界」へと飛び立つ、
って言うものもあるんだ。」
「……。」
アタシは、「鳥」が「虹の蛇」をついばんで食べるというシンジのその話を聞いて、
アタシの心を暴いた「鳥」のような使徒や、弐号機を貪った「鳥」のように飛ぶエヴァシリーズを連想した。
「何か、残酷であんまり良い気分になれない話ね。
アタシがその話の「虹の蛇」と同じような目に遭ったからかもだけど…。」
「ごめん。
まあ、ここでいう「虹の蛇」ってさ、生き物とかじゃなくて、自然や大地への畏れなんかの象徴としての存在だから…。
だから「鳥」っていうのも本物の鳥じゃなくて、「自由への意志」の象徴としての「鳥」で、
「鳥」が「虹の蛇」と戦ってその身体を食べて飛び立ったっていうのは、
自分達を生かしてくれているけど、同時に縛り付けて閉じ込めてもいる自然や大地、
いや、もっと広い意味での「古い秩序と調和に支配された世界」と向き合って、そこにある問題を克服し、
もう縛り付けられたり閉じ込められたりする事の無い、
以前よりもずっと自由な「新しい秩序と調和の世界」へと辿りついたって意味なんだよ。」
「なんだか、さっきの「Over the Rainbow」の話みたいね…。」
「うん。
…ねぇ、アスカ。
日本語では「アスカ」ってさ、漢字で書くと「明日の香り」で「明日香」になるけど、
もう一つ、「飛ぶ鳥」と書いて「飛鳥」にもなるんだ。」
「……。」
「アスカ、君こそが本当の「鳥」なんだよ。」
シンジは、真っ直ぐにアタシをみつめて、そんな事を言ってくれた。
心を射抜くような、真っ直ぐに澄んだ瞳で。
「シンジ…。」
胸が、ときめく。
心臓が早鐘のように鳴って、熱く、愛しい気持ちが溢れてくる。
ああ、いつまで経っても、
いえ、時が経つほど、一緒に過ごすほどに、シンジへのときめきや愛しさは、強くなってる。
これからも、きっと…。
「ねぇ、シンジ。
「虹」って、神様が「契約の印」として立てたものとも言われてるのよね?」
「うん…。」
「じゃあさ、あの虹に向かって、もう一度誓わない?
アタシ達が交わした、あの日、あの海での「誓い」を。」
「うん!誓おう、アスカ。」
「僕は、碇シンジは、身も心も、命も全て、碇・アスカ・ラングレーの為に捧げ、
死が訪れる最期の時まで、碇・アスカ・ラングレーに尽くし続けることを、今此処で、あの虹に懸けて誓う。」
「アタシは、碇・アスカ・ラングレーは、身も心も、命も全て、碇シンジの為に捧げ、
死が訪れる最期の時まで、碇シンジに尽くし続けることを、今此処で、あの虹に懸けて誓うわ。」
そう二人で誓い合った後、アタシとシンジはキスを交わした。
多くの苦しみや困難を越えて、アタシ達は再び、お互いに愛を誓い合った。
初めて誓い合ったあの時よりも、ずっと、ずっと、強い想いを抱いて。
ねぇ、シンジ。
きっとこれからも、何があっても、アタシ達は、この誓いを守っていけるよね。
愛し合っていけるよね。
今までだってずっと、この誓いを守りあって、愛し合って、いろんな事を二人で乗り越えて来たんだし、
それに、なんたって此処は、どんな夢だって叶う「虹の彼方」なんだしね。
だからきっと、これからもずっと、アタシ達は大丈夫。
アタシは、そう信じてる。
虹の立つ海から離れた後、僕達は帰る為に公園を出て、
桜の舞う並木通りを通り、住吉という駅から電車に乗った。
電車内は空いていて、僕とアスカとミライは、
僕とアスカがミライを挟む形で三人並んで、手を繋いで一緒の席に座った。
電車の窓から、すっかり晴れた空に薄く消えていく飛行機雲が見えた。
「次は〜、宗像〜、宗像〜。」
電車が動き出してからしばらくして、次の駅を知らせる車内アナウンスが流れた。
「小岩井さんと綾瀬さんに頼まれたお土産もあるし、納豆巻きもちゃんとある、と、
よしっ!完璧ね!」
アスカが、荷物を確認して言った。
「今頃確認したって遅いような…。」
当然ながら、電車は既に動き出している。
「うるさいわねぇ。相変わらず男の癖に細かいのよ、ばかシンジ。」
アスカが、そんな僕をなじった。
反論しようと思ったけど、言い返されたら面倒だと思ってしまい、
一旦そう思うともう、大抵は言い返せない。
「う…、む…。」
僕は結局言葉を飲み込んで、曖昧に呻いた。
電車はまるで、消える飛行機雲を追いかけるように走る。
陸の景色は、青々と豊かに若稲が育つ田畑が、延々と続く。
「次は〜、天火明饒速日〜、天火明饒速日〜。」
車内アナウンスが、次の駅を示す。
「ねぇ、アスカ。
そういえばさ、僕達って、ちゃんとした結婚式って挙げてなかったよね。」
「そうね。二人っきりの世界で、ままごとみたいな結婚式しか、アタシ達ってしてなかったわね。」
「うん。
…アスカ。いつか、近い内にみんなを集めて、ドイツからアスカのお母さんも呼んで、
ちゃんとした、僕達の結婚式を挙げてみないか?」
僕は、アスカの方を振り向いて、目をみつめてそうアスカに訊いた。
「……。」
アスカは、頬を淡く桃色に染め、その青く澄んだ瞳を潤ませた。
そして、
「うん。」
微笑みながら、僕に肯いてくれた。
ガタンゴトンと電車は走る。
飛行機雲は、空に融けて完全に消えた。
代わりに入道雲が、野山から立ち上るように現れた。
「次は〜、天道瀬織津〜、天道瀬織津〜。」
車内アナウンスが、次の駅を示す。
「すぅ、すぅ」
いつの間にかミライが、僕達の間で眠っていた。
「ミライ、いつの間にか寝ちゃってたね。」
「うん。
……ねぇ、シンジ。」
「うん?」
アスカが、僕の肩に頭をあずけて持たれかかった。
「ふぁぁ、アタシも眠たいから寝るわね。おやすみ〜。」
そう言って、アスカは目を瞑った。
「ちょ、ちょっとアスカ…」
「すぅ、すぅ」
目を瞑るとすぐに、アスカは寝息をたてはじめていた。
「…もうっ。」
仕方なく僕は、アスカとミライを起こさない様、ミライの手をそっととき、
この前アスカにプレゼントとして貰ったS-DATを取り出した。
イヤホンを耳につけ、曲をかけると、再び、ミライの小さな手をそっと握った。
ガタンゴトンと、心地良く揺れながら電車は走る。
イヤホンからは、日本人の鷺巣シロウという人の曲が流れている。
心地良い揺れの中、
僕は、肩にもたれて寝息を立てているアスカの顔をみつめた。
時を経るほどに、どんどんアスカは綺麗になっていく。
胸がときめいて、同時に、愛しい気持ちが溢れてきて、
その白く整った顔を、僕はそっと撫でた。
いつか、アスカが僕にしてくれたように。
赤い海のほとり、アスカは僕を撫でてくれた。
あの時から、アスカを愛しく思うこの気持ちは続いて、
時が経つほどに、一緒に過ごすほどに、アスカへのときめきや愛しさは、どんどん強くなっている。
きっと、これからもずっと…。
ねぇアスカ。
きっと僕達の事だから、この先も平穏平和なままでなんていられないんだろうね。
でも、アスカとのこの幸せな夫婦生活は、きっといつまで続く。
そんな気がするんだ。
それに僕は、そう信じてる。
電車は、海沿いを走り始めた。
紫色に輝く海が、僕の眼前に開ける。
紫色の海。
LCLが薄まって、LCLの赤と、本来の海の青が混じり合った色。
人が帰って来た時には、既に海の色は赤から紫になっていたらしい。
LCLが混ざり、それにより海の環境が大きく変わってしまったにも関わらず、
魚達をはじめ、海に住む生き物達は、サードインパクト以前と同じようにあの海に生きている。
どうやら彼らは帰って来たとき、変わったしまった環境に適応できる身体を手に入れたらしい。
海の生き物達だけじゃなくて、おそらくこの地球上の全ての生命が、
サードインパクト以前とは身体のつくりが大きく変わっている。
リツコさんが言うには、サードインパクトの時、父さんの手によってアダムとリリスの遺伝子が融合した事が原因なのだそうだ。
アダムとリリスの遺伝子の融合という、「肉体の補完」による「完全な肉体」の獲得。
そして、「アバドンの毒」による「魂」の「浄化と洗練」。
それこそがきっと、「人類補完計画」の「真の目的」だったのだろう。
リツコさん曰く、あの海に残っている魂は、全て人のものだという。
そして、未だあの海には、「全ての」人類の魂の大半が残っているのだそうだ。
帰ってこれない魂。
彼らの大半は、「アバドンの毒」がこれ以上流れ込まないよう「自分の理想の世界」に引き篭もっている。
でも、その「理想の世界」は決して、自分にとって都合の良い、「幸福な世界」とは限らないのだそうだ。
人は、必ず心の裡に「良心」を持っている。
それは例えどんなに冷酷で残忍な悪人でもそうで、彼らはただ単に「良心」が埋もれているだけだった。
「アバドンの毒」は、彼らの埋もれていた「良心」を心の奥から無理矢理引き出し、彼らに自らの罪を見せ付けた。
引き出された「良心」は、「罪悪感」となって彼らを責め苛み続け、
その結果、「延々と罰を受け苦しみ続ける」という人から見れば地獄のような「理想の世界」を彼らは自ら造り上げているのだそうだ。
そして、「地獄のような世界」に住む彼らが帰って来る事は、おそらく永遠に無い。
おそらく「ルシフェル」を使ってこちらから呼びかけても、彼らは「苦しみや悲しみに満ちた世界」こそが、
「本物の世界」、「真実の世界」だと「思い込み」、
こちらからの呼びかけという「救い」を、「救われる世界」、「喜びに満ちた世界」を、
「偽りの世界」だと「思い込み」、「苦しみや悲しみ」こそが「世界の本質」だと「思い込んで」突き放してしまうそうだからだ。
その「思い込み」は、「自分はもっと苦しむべきで、悲しむべきだ」という意識から来ており、
そしてそれも、全ては自らの罪が招いた「罪悪感」から来ているものだった。
「良心」から来る「罪悪感」が彼らを縛り、彼らを「自らの地獄」に閉じ込めている。
リツコさんが言ったように、最後に自分を裁いたのは、自分自身だった。
でも、「苦しみや悲しみ」の中に居続けては、人は自分を維持し続ける事は出来無い。
「苦しみや悲しみに満ちた世界」という自らを損ない、欠損し続ける世界で、彼らは自分を失い続け、
やがていつか、「魂」になる以前の「何か」に還ってしまうのだそうだ。
勿論、あの海に残っている人がみんな、そんな地獄のような「理想の世界」にいる訳じゃ無い。
大半の人達は、自分にとって都合の良い「幸福な世界」に、その幸福が偽りのものだと感じながら、
自分が次第にわからなくなりながら、引き篭もっている。
そしてほんの僅かながら、未だ苦しみの中でも憎しみを捨てきれずに「アバドンの尾」で他人の「理想の世界」を壊す人もいる。
そんな人達はまだ、自分を認め、他人や他の生命の為に苦しみや痛みを乗り越える覚悟を持ち、憎しみを捨てる事が出来れば、
海から帰って来れるそうで、事実、海からは今でも少しずつ、人々が帰ってきている。
電車は、紫色に輝く海沿いを走り続ける。
心地良い電車の振動に揺られているうちに、僕も眠たくなってきた。
何気無く時計を見ると、三時五分を指している。
うつらうつらとまどろみながら、僕はゆっくりと目を閉じた。
夢を見た。
孤独な、二人の神様の夢。
二人の神様は、旅をしていました。
永い、どれくらい経ったのかもわからない程永い時間、何も無い宇宙を、たった二人で旅をしていました。
やがて二人の神様は、旅の果てに、ある一つの星に辿り着きます。
神様たちはその星に根を生やし、とても大きな樹になりました。
生命の樹。
その樹になっている実の一つが落ちて、とても小さな、見えない程小さな生き物になりました。
それからも実は、次々と地に落ちて、それぞれが、藻や草や木、魚やサンショウウオ、トカゲや鳥、ネズミなどに変わっていき、
その星は大いににぎわっていき、神様は大喜びしました。
そして、ついに実は、神様と同じ姿をした人間に変わりました。
ところが、人間たちは他の生き物たちをいたずらにころし、さらには自分達でもころし合いを始めました。
そして、人間たちのせいですべての生き物がほろびそうになったとき、神様は、人間たちを改心させる為に、
すべてを一度もとに戻すことにしました。
藻も草も木も、魚もサンショウウオも、トカゲも鳥もネズミも、もちろん人間も、ぜんぶ生命の樹に戻りました。
その時、人間たちの中できれいな「魂」を持っている夫婦や恋人たちが選ばれ、
きれいな「魂」を持つ夫婦や恋人たちは、十字架の方舟に乗って、二人っきりで宇宙へと旅立っていきました。
十字架の方舟は、星を越え、銀河を越え、さらに、超銀河団やボイド、大規模構造体を越え、
時には時空や次元の壁すら越えて、
永い、永い時間旅をして、その果てに、それぞれが、それぞれの星に辿り着きました。
そして、神様とおなじように、夫婦や恋人たちはその星の神様になって、生命を育んでいきました。
やがて、いつかその星からも…。
いつから始まり、いつ終わるのかもわからない、
始まりも終わりも無い、
永遠に続く、
無限の夢。
「……。」
目が覚めた。
窓の外、直視した太陽の光が一瞬、六芒星の形に見えた。
「起きても憶えてる夢なんて、久しぶりだな…。」
時計を見ると、三時六分を指している。
僅か一分足らずの夢だった。
窓の外の景色はいつの間にか変わり、たくさんの蓮の花が咲いているのが見えた。
「すぅ、すぅ」
「すぅ、すぅ」
アスカもミライも、まだ気持ち良さそうに眠っている。
僕にもたれかかるアスカの金色の髪が、太陽の光を浴びてオレンジ色に輝いている。
柔らかな香りのするその髪を、僕はやさしく撫でた。
父さんは、僕をエヴァに乗せて、僕に辛い思いをさせた。
でも、それだけが父さんにとっては唯一の、母さんと再び会い、母さんを取り戻す為の手段だった。
もし、アスカが母さんのようにエヴァに取り込まれ、
ミライに僕のような苦しみを課さなければ、アスカと再び会えないとしたら、
ミライに辛い思いをさせて、世界を滅ぼす事が、唯一僕に残された、アスカを取り戻す為の「たった一つの冴えたやり方」だとしたら、
それがどんなに心を痛める事であっても、全てが終わった後、地獄に落ちるような事になっても、
きっと、僕は父さんと同じようにしてしまうんだろう。
父さん。
今なら、ほんの少しだけ、父さんの気持ち、わかる気がするよ…。
僕は、眠るアスカとミライをみつめた。
「父さんと母さんに、アスカとミライの姿、見せてあげたかったな…。」
あの夢では、神様がすべての生き物を生命の樹に戻した後、
その星に住む人々や生き物たちがどうなったのか、わからなかった。
僕達の未来と同様に。
でも、きっと明るい未来が待っていると、僕は思う。
アスカやミライが、他の誰もが悲しい想いをしないような、いや、例え悲しみが訪れたって、誰もがそれを乗り越えられるような、
そんな明るい未来が。
例え待っていなくたって、そんな未来を、僕は創ってみせる。
僕は、ミライの小さな手を、ほんの少しだけ強く握った。
それからしばらく電車は走り続け、僕達は乗り換えの為に伊都能売という駅で降りた。
その駅の、二三番ホーム。
乗り換えの電車を待っていると、
透けるように何処までも高い青空を背景に、「彼ら」が現れた。
銀色の髪に、赤い瞳。
あの時と変わらない制服姿で、
水色の髪に、赤い瞳。
いつかと同じ制服姿で、
カヲル君と綾波が、僕達の前に現れた。
「カヲル君…」
「レイ…」
僕とアスカは、それぞれ呟くように、そう声に出した。
そんな僕達をやさしくみつめながら、
「シンジ君。」
「アスカ、ミライちゃん。」
「「おめでとう!」」
二人が、そう言ってニッコリと笑った。
「「ありがとう。」」
僕とアスカは、声を揃えて一緒にお礼を言い、彼らに笑い返した。
「ありがとっ!」
少し遅れて、ミライも、彼らにお礼を言って笑った。
その後すぐに、カヲル君と綾波の姿は消えて、
電車が、僕達の待つホームに入ってきた。
電車に乗り込む直前、僕は立ち止まり、カヲル君と綾波のいた場所を見た。
頭に浮かんだ言葉。
それを言いかけて、僕は飲み込んだ。
悲しい事は、言いたくないから。
それに、いつかきっと…。
「パパ〜!」
「もうっ、何してんのよ!早くしないと電車出ちゃうわよ、ばかシンジ!」
先に電車に乗ったアスカとミライが、立ち止まっている僕に向かって言った。
「ごめんアスカ!ミライ!すぐ行くよ!」
僕は、急いで電車に駆け込んだ。
そうだ。
信じていれば、
きっとまた、いつか
ドアが閉まり、僕とアスカとミライを乗せて、電車が走り始めた。
after Episode hidden lecrifür(TRUE)
『Für die Children』 終劇
しかし、彼と彼女と彼らの子供、そして全ての「子供達」の物語は、つづく
あとがき
作者のたうでございます。
本作「hidden lecrifür」改め「Für die Children」を最後まで読んで頂き、有難う御座います。
このLASSSは、最後に出てきた「シンジの見た夢」の元となるアイデアが私に浮かんだ事をきっかけに、
旧作のシンジとアスカをEOEのラストシーンから、多くのサイトや2ちゃんエヴァ板内のLASスレなどで、
他の偉大なる先人のLAS作家の皆様方が書かれた幸せな二人の結婚生活を描いたLAS作品へと「繋げる」為に書いた作品です。
故にこの物語の後の二人の生活は、それらの幸せな夫婦LAS作品で描かれているようなものとなって行きます。
シンジとアスカの子供の名前を「ミライ」にしたのも、この名前が上記のLASスレやLAS作品においてシンジとアスカの子供の名前とされる事が多い為、
なるべく多くの作品に繋ぐ為に、本作品でも彼らの子供をミライと名づける事にしました。
ちなみに、「ミライ」の名前の由来は私が考えたのではなく、先人のLAS作家の方々が考えついたものである事を、ここでも述べさせて頂きます。
サブタイトルなど、本編中では明かされていない部分がまだ残っているのですが、
それについては解説が長くなるので、此処とは別の、このページの最後からリンクを張った解説用のページで行いたいと思います。
この作品は、作っている内に私の中でどんどん大きくなっていき、書けて嬉しく楽しかった反面、
私より文章の上手い人ならこの作品をもっと良いものに出来たのでは?という思いも常に付きまとい、
どうして俺なんかがこんな話を思いついてしまったんだと勿体無く思った程でした。
正直、エヴァが新劇として新たに生まれ変わったように、誰かもっと上手い人に作り直して欲しいとさえ思っております。
「新世紀エヴァンゲリオン」という作品、それを創りあげた庵野監督をはじめとしたエヴァの製作スタッフの皆様、
及び、シンジ役の緒方恵美さんやアスカ役の宮村優子さんをはじめとしたキャストの皆様、
先人の多くのLAS作家の方々やエヴァ板のLASスレの住人の方々、
及びエヴァの設定について参考にさせていただいた幾つかのサイトの作成者の皆様、
その他エヴァに関わる多くの方々、
この作品を私が創る事が出来たのは、ひとえにあなた方の作品や努力があってのものでした。
この作品は、実は単にシンジとアスカを幸せにする為に書いただけにしか過ぎない、
シンジとアスカを幸せにするという目的だけで書かれた、本当はテーマ性なんてものは存在しない単なるエロLAS小説です。
そんな作品ですが、私の中ではとても重要で、とても大切な作品です。
おそらく多くの方は此処を見られる事は無いでしょうが、此処で心より感謝を述べさせて頂きます。
有難う御座いました。
また、この作品を読んでいただいた読者の皆様、このような拙い作品を最後まで読んで頂いた事を改めて感謝致します。
そして、この作品を私に与えてくれ、私を導いてくれてた神々様へ、
この作品を無事完成させ、こうやって公表できた事をお礼申し上げます。
皆様、誠に有難う御座いました。
2009年12月 10日から11日にかけて たう