第二新東京市での暮らしは、サードインパクト以前よりは質素だけど、
洞窟での暮らしや、それ以前の僕達だけの世界での暮らしよりも、ずっと便利で快適だった。
そこに暮らす人々も、僕達を快く受け入れてくれた。
今までの人生では味わった事の無い、人々の温かみのある暮らしが、僕達を待っていた。
第二新東京市で暮らしはじめて、三ヶ月ほど経ったある日、
ミサトさんから、トウジ達があの海から帰って来たこと、そして、僕達に会いたがっている事を聞かされた。
僕達はすぐに会う事を了承し、後日、第二新東京市内にある龍宮公園という場所で会う事になった。
当日。
「「「こ、子供ぉおおおおおおおおおおおっ?!!!!」」」
僕とアスカ、そしてミライの姿を見て、
トウジとケンスケ、委員長まで同時にそう叫んで、いつか僕とアスカのペアルック姿を見たときみたいなポーズで固まった。
「ちょっとシンジ、アンタ、連絡した時にミライができた事言ってなかったの?」
アスカが、肘で僕を小突きながら僕に訊いた。
「ごめん、すっかり言うの忘れてた。」
「もうっ。」
「話には聞いとったけど、ホンマに大人になっとったとはの〜。
今落ち着いて見たら確かにセンセと惣流って感じやけど、最初見たときはホンマにこの人達誰や?って思ったわ。」
「うんうん。シンジはカッコ良く、惣流は綺麗になってて、二人とも随分見違えたしね。
おまけに、結婚して子供までできてるってんだから、ホントびっくりだよ。
思わず「イヤ〜ンな感じ」って言うのも忘れちゃってたし。」
トウジとケンスケが、僕達に向かって言った。
「あはは…。」
「しっかしセンセも角に置けんの〜。色恋沙汰にはてんで興味無いみたいな顔しとったのに、ちゃっかり惣流とや…あいたッ!!」
トウジの頭を、委員長が叩いた。
「こら鈴原っ!!!再会して早々何碇君の事からかおうとしてんのよ!!!…ごめんね、碇君。」
「な、なんやねんいいんちょ!!!ワイはただ再会したばっかのこのぎこちなさを取ったろうとしただけやっちゅーのに…」
「言うにしても、もうちょっと品のあるマシな事言いなさいよっ!!!ほんっと下品なんだから、バカトウジッ!!!」
「何やとっ!!!」
それから、トウジと委員長は僕達そっちのけで口喧嘩を始めた。
「あ〜あ、また始まっちゃったよ。さっきここに来る前にも口喧嘩したばっかだってのに。
折角の再会なのにごめんな二人とも。」
「ううん、いいよ。
…何かさ、トウジもケンスケも委員長も、思ってたより変わってないって感じがして安心した。」
「…そっか。」
少しだけ笑って、ケンスケが僕に言った。
「それにしても、何だかんだヒカリも鈴原と上手くいってるみたいで良かったわ。」
口喧嘩する二人を見ながら、アスカが呟いた。
口喧嘩、というより、もう殆ど委員長が一方的にトウジをなじっているだけになってるけど…。
そういや、委員長ってトウジの事が好きだったんだよな。
しかし、果たしてあれは上手くいってると言えるのだろうか?
まあ、喧嘩する程仲が良いとは言うけど…。
「でも、間違いなくトウジは委員長の尻に敷かれる事になるんだろうな…。」
僕がそう呟くと、
「アンタみたいにね。」
と、アスカが返した。
「何だよアスカ。僕がいつアスカの尻に敷かれたんだよ?」
「あ〜ら、いっつもじゃな〜い。」
「いつもっていつだよ。大体アスカって…」
「なっ、何ですってぇバカシンジ!!!アンタだって…」
そして、僕とアスカも口喧嘩を始めた。
「……。」
トウジと委員長、僕とアスカが口喧嘩をしている中、ケンスケは一人で黙って空を見上げた。
蒼空の中を、トンビがピーヒョロロ〜と鳴きながら飛んでいる。
「いや〜、平和だね〜…。」
円を描くように飛び回るトンビを眺めながら、ケンスケがそう呟いた。
「ミライちゃん♪」
トウジとケンスケ、委員長がミライをあやしている。
「あぅ…。」
「可愛ええなぁ〜♪
なあ惣りゅ…やなくてアスカ、ミライちゃん抱っこしてみてえ〜か?」
トウジが、アスカに向かって言った。
「え〜〜、
何か鈴原に抱かせるとミライにまでバカが移りそうでヤなんだけど〜。」
「移るかいそんなもんっ!!
…何や変わったんは見た目だけで中身は全く変わってないみたいやの。
なあセンセ、ようこんなドギツイのと一緒になろう思おたの?」
「はい?誰がドギツイですって?誰が?」
アスカが、トウジに凄みながら言った。
顔は笑っているけど、怖い。
「ひいっ?!!や、やからそういう所がドギツイって…」
「ああんっ?!!
それ以上言うとアンタの舌根元から全部引っこ抜くわよ!!!
シンジも黙ってないで何か言ってやってよっ!!!」
「もうっ、やめなよ二人とも…。
…そういやさ、こうやってせっかく会ったんだから、みんなで記念写真とか撮りたいよね。
ケンスケ、カメラとか持ってきてないの?」
僕がそう切り出すと、
「……。」
「……。」
ケンスケとトウジが、何故か気まずそうに黙って俯いた。
「……。」
そして、委員長が何故かそんな二人を睨みつけていた。
「どうしたの、ヒカリ?」
「アスカ、あのね…」
委員長が何やらアスカに耳打ちする。
「ええぇ〜〜〜?!!!ホントなの、ヒカリ…?」
「うん…。」
アスカがこっちに振り向いて、怒りの形相を浮かべてトウジとケンスケを睨みつけた。
何やら本気で怒っているみたいだ。
「「ひっ!」」
アスカに睨まれると、トウジとケンスケは同時に悲鳴を上げて、僕の後ろに隠れた。
アスカが肩をいからせながら僕の方へ向かって来る。
「どきなさいシンジッ!!!そいつらの前歯全部折ってやるっ!!!!」
「「ひいいいいっ?!!!!」」
「ちょっと落ち着いてよアスカ!一体何をそんなに怒ってるのさ?」
「落ち着いてなんていられるもんですかっ!!!
そいつら昔、アタシの事盗撮して勝手にその写真を学校の男どもに売り捌いてたのよ!!!!
あまつさえ着替え中のアタシの下着姿までっ!!!!
これが怒らずにいられる訳ないじゃないっ!!!!!」
「…何してんの?二人とも。」
僕は、後ろで震える二人に振り向いて言った。
「「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」」
まるで念仏でも唱えるように、ケンスケとトウジは必死にごめんなさいを連呼している。
「これでわかったでしょシンジッ!!!!!さあ早くそこをどいてその二人を引き渡しなさいっ!!!!!!」
アスカが鬼のような形相で言った。
まずい。
今この二人をアスカに引き渡すと、ホントに前歯を全部折られかねない。
「ちょ、ちょっと待ってアスカッ!!!」
「何よシンジッ?!!アンタまさかその二人を庇う気なの?!!!」
「い、いやそういう訳じゃないけど、とにかくっ、今のアスカは頭に血が昇りすぎて何するかわからないから、
気持ちはわかるけど、もうちょっと落ち着きなよ。
二人だって、こんなに怯えてるんだしさ。」
「「……。」」
二人が、泣きそうな顔でコクコクと肯く。
「ほら二人とも、肯くだけじゃなくてちゃんとアスカに謝って。」
「ごめんなさいアスカ様!!!あんな事もう二度としないと誓います!!!!」
「すんませんでしたアスカさん!!!あんな事もう二度とせえへんと誓います!!!!」
トウジとケンスケが、アスカに頭を下げて謝った。
「ほらアスカ、二人とも反省してるみたいだしさ。」
「…わ、わかったわよ。確かに反省してるみたいだし、シンジに免じて、今回だけは許してあげるわよ…。」
そう言って、アスカは渋々ながら引き下がってくれた。
「「「ほっ……。」」」
僕達は、揃って胸を撫で下ろした。
「おおきにセンセ。ホンマに助かったわ…。」
「ありがとうシンジ。本当に前歯全部折られるかと思ったよ…。」
「うん…。
でも、ホントに二人とももうそんな事しないでよね。」
「うん。わかってるよ…。あの世界でも散々責められたしね…。」
ケンスケが、自嘲気味に言った。
きっと、あんなに過剰に怯えていたのはあの海で責められるなり、他人の「クオリア」を味わったなりしたせいなんだろうな。
さっきも委員長に睨まれてたし…。
まあ、それはともかく、
「ところでさ、トウジ、ケンスケ…」
僕は、上から被さるように二人と肩を組んだ。
「その時のアスカの写真って、残ってない?」
「「の、残って(と)るわけないだ(や)ろっ!!!!」」
トウジとケンスケが、声を揃えて言った。
「はっ!」
不意に、後ろに殺気を感じた。
恐る恐る振り返ると、
「シ〜ン〜ジ〜〜〜?」
まるで般若のような、底冷えする笑みを浮かべて、アスカが立っていた。
ああ、角と牙が見える。
「「ひいいっ!!!!!」」
「い、いや、これは違うんだ、アス…」
「問答無用っ!!!!こぉんのおっ!!!!三バカトリオがっ!!!!!」
銃声のような大きな音が三発、蒼空の中に轟いた。
アスカと委員長が、ミライを挟んで何やら楽しげに談笑している。
そんな三人の様子を、僕とトウジとケンスケは少し遠巻きに見ていた。
「堪忍してくれやセンセ。」
「うんうん。」
「ごめん。」
アスカに叩かれたせいで、僕達三人の左頬は大きく腫れ上がってしまっている。
「まあでも、元はと言えば自業自得の事やし、前歯全部折られるかよりはマシやけどな。」
「そうだね。それに後ろめたかったから、こうやって叩かれた方が気持ちがスッキリしてむしろ良かったかもね。」
「あはは…。」
「しっかし、変わってないどころか前よりも更に凶暴さが増しとるとはのう…。
なあセンセ、まさかアスカのやつに弱み握られとるとかないよな?」
「なんで?」
「なんでって、そりゃあシンジがアスカから逃げないようにする為だよ。」
「だから何でっ?!」
「あ〜なるほどな〜。センセみたいな大人しいんが何であんなおっとろしー女と付きあっとんのか今わかったわ。
二人っきりだけなんを良い事に、アスカがセンセを無理矢理襲ったんや。」
「なるほど〜。
哀れシンジはアスカに汚され、以来、既成事実をいい事に子供までつくってしまう事になってしまった、と。」
「センセ。」
「シンジ。」
「「ご愁傷様です。」」
トウジとケンスケが、僕に向けて手を合わせ拝んだ。
「何勝手な事言ってるんだよ二人とも!全然違うよっ!!
僕はアスカの事が好きだから一緒にいるだけで、別に襲われたわけでも弱みを握られたわけでも…」
そこまで言って僕は、僕を見ている二人の顔がニヤついているのに気づいた。
「う…。」
「聞きはりましたかケンスケはん。」
「ええ、しっかり聞きましたよトウジさん。」
「好きだから一緒にいる、なんて事言いはりましたよこの人。ラブラブでんなぁ。お熱い事でんなぁ。」
「ええ、しかも襲われたわけじゃないって言ってましたね。
あのアスカがシンジを襲わなかったとなると、これはもしかしてシンジの方からアスカを襲ったって事になるんじゃないんですか?」
「なんでそうなるんだよ…。」
「不潔や!不潔やでセンセ!あの純情やったセンセは何処行ってもうたんや〜。」
「イヤ〜ンな感じ〜。」
「はぁ…。あのさ、誤解が無いように言っとくけど、別に僕もアスカを襲ったわけじゃないから。
僕達はちゃんと…」
「何の話してんのよ?」
いきなり、アスカが僕の後ろから声を掛けてきた。
いつの間にか、アスカとミライと委員長が僕達の傍に来ていた。
「「「ひいいっ!!!」」」
僕達は驚いて一緒に声をあげた。
「何揃ってうろたえてんのよ?
ど〜せ、また何かしょうも無いことでも言ってたんでしょ?」
「「「い、いえ、めっそーも無い!!!」」」
「ふ〜ん?まあいいわ。
それより、そろそろ御飯食べましょうよ。お腹空いたしさ。」
「あ、うん…。そうだね。」
そうして、僕達は公園の中の原っぱにシートを広げ、アスカと委員長が作ってくれたお弁当を食べた。
その後、鬼ごっこやかくれんぼ等の子供の頃にやったきりだった遊びをしたり、
公園の中を散歩したり街の方を巡ったりしている内に、いつの間にか夕方になっていた。
「もう夕方か〜。早いもんね〜。」
「うん。もうそろそろ帰らなきゃね。」
「そうやな。」
「じゃあ、そろそろ解散か〜。」
みんなが帰る雰囲気になっている中、
「あのさ、帰る前にちょっとだけ、みんなに聞いて欲しい事があるんだけどいいかな?」
僕は、そう切り出した。
「うん。」
「おう。どしたセンセ?」
帰りかけたみんなが立ち止まって、僕の方を見る。
注目の中、僕はトウジとケンスケ、委員長に向かって話し始めた。
「ごめん。最後にみんなに謝らせて欲しい。」
「なんやセンセ、いきなり…」
「ごめん。どうしても言わせて欲しいんだ。」
「……。」
「トウジ、君に、僕は酷い事をしてしまった。
僕のせいで片足を一度失くしてしまったって聞いた。
本当に、ごめん。
ケンスケ、その後僕を気遣って何度も電話をかけてきてくれたのに、無視し続けてごめん。
それに、僕がサードインパクトを起こしたせいで、みんなにとても想像する事も出来ない様な苦しい思いをさせてしまった。
トウジ、ケンスケ、委員長、本当に、ごめんなさい。
もしも僕を殴りたいのなら、幾らでも僕を殴ってくれて良い。」
僕は、トウジ達に向かって深く頭を下げた。
「何やそのことかいな。もうワイも他の誰もセンセのことを恨んでなんかないで。
ワイの足も、妹の怪我も、サードインパクトが起こったおかげで綺麗に治ってもうたしな。
だからセンセの事をしばいたりなんかせえへんよ。」
「うん。碇君が気にする事じゃないわよ。トウジの怪我もサードインパクトも、殆どどうする事も出来なかった、
しょうがない事だったんだもの。」
「そうそう。なんだかんだ戻ってこれたんだし、過ぎた事をいつまでも気にしてたって始まらないしね。
それに、サードインパクトのおかげで間接的とはいえ、エヴァの操縦がどんなものなのか味わえたしさ。」
「…ありがとう、みんな。
みんなはきっと、気にして無いって言ってくれると思ってたけど、どうしても謝っておきたかった。
本当に、ごめん。ありがとう。」
「水臭いなぁ。
ま、それでセンセの気が済むんやったら、いくらでも謝られたるけどな。」
「うん。
…トウジ、ケンスケ、委員長、今日はありがとう。
すごく、楽しかった。」
「なんのなんの。」
「おう。こっちも楽しかったで。」
「うん。こっちこそ今日はありがとね。」
「じゃあまた今度!」
「ほなまたな!」
「じゃあね〜アスカ〜、連絡待ってるわよ〜!ミライちゃん、碇君もまた今度〜!」
トウジとケンスケ、委員長が僕達に手を振りながら別れを告げた。
「うん!トウジ、ケンスケ、委員長、また今度!」
「じゃあね〜ヒカリ〜、今日の夜帰ったらすぐ連絡するわね〜!
あとついでに二バカの二人もまた今度〜!」
僕とアスカもトウジ達に手を振って別れを告げた。
「すぅ、すぅ。」
僕の腕に抱かれているミライが、僕にもたれ掛りながら眠っている。
「トウジ達、変わってなかったね。」
「そ〜ね。ヒカリはともかく、あのニバカにはもうちょっと変わってて欲しかったけどね。」
「あはは…。
でも、良かった。
先に大人になってしまった僕達が、トウジ達とまた昔みたいに笑えるなんて思ってもみなかった。
会っても、きっとどこかに微妙なぎこちなさが残ってしまうって思ってた。」
「ほんっと、臆病なんだからシンジって。
そんな事考えてたってあのニバカに言ってたら、きっと本当に殴られてたわよ。」
「うん。きっと、そうだね…。
ねぇアスカ。
僕はずっと、悲観しすぎて、色んな人の優しさや暖かさに、気づけなかっただけだったんだね。」
「やっと気づいたの?バカシンジ。
この世界は、アンタが思ってるよりもずっと素晴らしいものだし、
アンタもアタシもまだ知らないような面白い事がまだまだ満ち充ちているのよ。
だから、もうちょっとアンタは明るくなって人生楽しみなさいよね。」
「うん。…ねぇアスカ。手、繋ごう。」
「ん。」
茜色に燃える空の下、
僕とアスカは手を繋いで、帰り道を辿った。