「ふぇ…。」
ミライの身体を拭いてあげている時に、それまで開いても薄くしか開かなかったミライの目が、
パッチリと開いた。
「ちょっと来てシンジっ!!ミライが目を開けたわよ!!」
「おおっ!!どれどれ…」
シンジが、アタシ達の元に駆け寄って、ミライの瞳を覗き込んだ。
ミライは、好奇心一杯な感じで、アタシ達を見ている。
「瞳の色、茶色だね。」
「うん。綺麗なブラウンの瞳ね。」
ミライは、栗色の髪と、綺麗なブラウンの瞳を持った女の子だった。
「やっぱり、アスカみたいな碧眼じゃないね。」
「まあ、金髪も碧眼も劣性遺伝だしね。」
アタシはドイツ人の血が四分の三を占めているクオーターだからこうだけど、
普通は例えハーフでも金髪碧眼になることは滅多に無い。
「まあ、容姿の事は置いといて…。
はじめまちて、ミライ。僕がパパでちゅよ〜♪」
シンジが、ミライに笑顔で語りかけた。
しまった!
「あっ!!こらっ!!先にするなんてずるいわよ!!
はじめまちてミライ、アタシがママでちゅよ〜♪」
アタシも笑ってミライに語りかけた。
「ぁう……。」
ミライは、まじまじとシンジとアタシを見比べている。
「…だぁ…。」
ミライがアタシ達に呼びかけるように言った。
「やんっ♪可愛い〜♪」
「うん!可愛いな〜♪ハフ〜ンって感じだね!」
ハフ〜ン?
「な…、なにそれ…、何語?」
どうしよう、シンジが何を言ってるのかわからないわ。
「いや、何語って言われても…。でも、なんかそんな感じしない?」
「感じねぇ…。言われてみればわからなくは無いけど…。
まあ、それはともかくとして、
偉いわミライ!もうアタシ達の事がわかるのね!」
「だぁ。」
ミライが、ホントにわかっているみたいに返事をした。
三ヶ月も経つと、ミライはすくすく育って生まれた時の二倍ぐらい重くなった。
アタシやシンジの声にもちゃんと反応するようになって、
好奇心が出てきたのか、いろいろな物を目で追うようになった。
アタシの身体も、出産後から続いていた悪露が止まって、順調に調子が戻ってきていた。
シンジと一緒にミライを抱いて散歩していると、
いろいろな種類の菊の花が集まって咲いているのを見つけた。
「きれいね〜。」
「うん。ほらっミライ、お花が咲いてるよ。」
「あぅ…」
ミライが、興味深げに菊の花を見ながら、唸った。
そのまま、咲いている菊をまじまじとみつめている。
「ミライ、興味深げだね。ちょっと採ってくるよ。」
そう言ってシンジは咲いている菊の花を一本採ってきて、
「ほら、ミライ。お花だよ〜。」
と、ミライの前に持ってきた。
「たいっ。」
ミライが、返事をするように言った。
ミライの手に菊の茎が乗ると、ミライはそれを掴んだ。
「これは菊って言うお花でちゅよ〜。」
シンジが、ミライの頭を撫でながら言った。
「よかったでちゅね〜ミライ、菊でちゅって。」
「たいっ。」
ミライは興味深げに、握った菊を振ったりみつめたりしている。
「ふふっ、ミライ、喜んでるみたいね。」
「うん、気に入ってくれたみたいで良かった。」
微笑ましくって、思わずアタシ達はミライに微笑んだ。
「きゃい。」
ミライが、アタシ達に微笑んでくれた。
「ミ、ミライが…」
「笑った…。」
「「ハ…」」
「「ハフ〜〜〜〜〜〜ンっ。」」
そのあまりの可愛さに、
シンジと一緒に、蕩ろけながら吐き出すようにその言葉を洩らした。
あれ以来、何かツボにでもはまったのか、シンジは事あるごとにこの言葉を使うようになり、
それがいつの間にかアタシにも伝染っていた。
何というか、ヲタクくさくてあまり使いたくない言葉だけど、無意識に出てしまう。
そして悔しいけれど、確かに使い易かった。
「やーん♪かわい〜♪」
「ああぁ、かぅわいいよ〜ミライぃ♪」
アタシ達は両側からそれぞれミライにほお擦りした。
「ふ、ふぇ…、ふええっ…」
アタシ達にもみくちゃにされていたミライが泣き出しそうになった。
アタシ達は慌ててミライにほお擦りするのをやめた。
「ごめんよ、ミライ。」
「ゴメンねミライ〜。
よしよし、大丈夫でちゅからね〜。」
アタシはミライが泣き出さないように、ミライをあやした。
「ふえっ…ふえっ…」
「ふぅ…、何とか泣き止んでくれそうね…。
ちょっとシンジ!いくら可愛いからってミライが泣くまでほお擦りしないでよ!」
「な?何だよ!アスカだってそれは同じだろ!」
「びええええええええええええええええええええええええんっ!!!」
泣きやみかけていたミライが、大声で泣き出した。
「あ…。」
「もうっ!何やってんのよバカシンジ!
よしよし、大丈夫だからね〜、お願いだから泣かないで〜。」
アタシはミライを必死にあやした。
「ほらミライ!パパの方見て!変な顔だよ〜!べろべろばぁーーーーーーーーー!」
いきなりシンジがそんな事を言ってミライをあやしだした。
「ほら、ミライ、パパが変な顔でス…ぶっ!!!!」
シンジは、ホントに変な顔をしていた。
未だかつてこんな顔をするシンジなんて見た事が無かった。
おかげで、ミライをあやしているのに思わず噴出してしまった。
「あははははははははははははははははははははははははっ」
「ちょ、ちょっとアスカ!何でアスカが笑うんだよ?!」
「だって、あはははははっ、はっ、ひっひ…、その顔っ、あっははははははははははははっ」
「もうっ!せっかくミライをあやしてるのに…。」
「いいじゃないの、はははっ、だって…」
「あぅー…。」
ミライが、いつの間にか泣き止んで、興味深そうにシンジをまじまじと見ていた。
「ほらっ、ミライだって泣き止んじゃったし…」
「……。」
シンジは、いかにも複雑な心持ちというような顔をした。
「ねっ!ほらシンジ、ミライが見たがってるし、アタシも見たいから、
もう一回……ぶふっ!…ふ…も、もう一回あの顔やってくんない?」
アタシは噴出しそうになりながら、半笑いになってシンジに言った。
「…ヤダ。」
シンジがヘソを曲げ始めた。
「そんな事言わないでぇ〜ん♪お願いよ♪ね?ア・ナ・タ♪」
「ぜえったいに、い…」
「はぅー…。」
ミライが、まるでおねだりするようにシンジの裾を掴んでいた。
か、可愛いぃ〜♪…じゃなくて、
せ、生後三ヶ月にしておねだりするなんて…。
ミライ、恐ろしい子!
……まあ、それはともかく、
「う…。」
シンジの気持ちが揺らいでる。
チャ〜〜〜ンス!
ここで押さない手は無いわ!
「…ほらっ、ミライもオネダリしてるでしょ?だから、ね?シンジぃ、一回だけだからぁん♪」
「う……くっ…も、もうっ!後一回だけだからね!!」
そう言って、シンジはもう一回さっきの顔をした。
「ぷっ!!あはははははははははははははははははっ」
アタシは心の底から盛大に笑った。
「おぉ…。」
大笑いするアタシとは対照的に、ミライは、まるで網膜に焼き付けようとするかのように、
シンジの顔をじっとみつめた。
「……ぷいっ。」
顔を元に戻すと、シンジはアタシ達にそっぽを向いた。
「ふ〜ん♪ふ〜ん♪ふふ♪ふふふふふ♪」
ミライにおっぱいをあげながら、鼻歌を歌っていると、
「たっだいま〜〜〜っ!!アスカッ!!!ミライッ!!!」
外に行っていたシンジが帰ってきた。
「おかえりなさいシンジ。…きゃあ!!」
「ほえぇ…。」
「ん〜〜〜、ぶちゅぶちゅ…」
帰ってきて早々、シンジはアタシとミライに抱きついてきて、キスの雨を降らせた。
「ちょっ、ちょっとぉ、何なのよ帰ってきて早々…。」
「たぁい…。」
アタシとミライが抗議の声を挙げる。
抗議の声を受けてシンジがアタシ達にキスするのをやめると、
「ミライにお土産持ってきたんだ♪」
と、にぱっと笑った。
「お土産?」
「たぁい?」
とアタシとミライは一緒に疑問の声を挙げる。
「うん!ほらっ、あれっ!!」
シンジが部屋の入り口の方を指差した。
風呂敷に包まれて中に何かが詰まっている。
「何あれ?」
「ぬいぐるみっ!!」
シンジがまるで子供みたいに元気よく答えた。
「ぬ、ぬいぐるみ?あんなに沢山何処で見つけてきたのよ?」
「九鬼コンツェルンビルっていう廃ビルの瓦礫の下を掘ってたらUFOキャッチャーが出てきてさ、
それに沢山詰まってたんだ!」
「…な、何か突っ込みどころがいっぱいだけど、まあいいわ。
どんなぬいぐるみがあるの?ちょっと見せてよ。」
「うん!」
シンジが風呂敷の中からぬいぐるみを一つ取り出した。
「ほらっ!こんなのっ!」
そう言ってシンジが見せてきたぬいぐるみは、
お腹に大きく「Z」と書かれた、ピンク色をした何かよくわからない動物のぬいぐるみだった。
「な、何かあんまり可愛くないわね…。」
というより、むしろムカつく顔してるわね、このぬいぐるみ。
小賢しそうと言うか…。
「うぐぅ…」
ミライも、あまりお気に召していないようだ。
「これはあんまりか…、じゃあこんなのは?」
そう言ってシンジが次に取り出したのは、馬の出来損ないのようなぬいぐるみだった。
「何よこの練成に失敗した馬のようなのは?ゾンビ馬?」
「汁婆って言うんだ。」
「シルバー?」
「ううん、汁婆。汁吐きかける婆さんって意味らしい。」
「何て名前よ…。それに結局可愛くないし…。他のは?」
「これは?」
そう言ってシンジが次に取り出したのは、団子のような身体に、
やけにリアルな美女の顔がついたぬいぐるみだった。
「これは、何…?」
「うん、べる玉って言うらしい。」
そう言ってシンジがべる玉をアタシに手渡してきた。
後ろを見ると尻が割れていた。
「……パス。」
投げた。
「はうっ!」
当たった。
「もうっ!さっきから出来損ないのキメラみたいなのばっかりじゃない!もちっとまともなの出しなさいよ!」
「う、わかったよ…、じゃあこれは?」
そう言ってシンジが取り出したのは、
まるでガ○ンタンクとモ○ゲラを合わせたような身体に、
黒髪おかっぱのサングラスをしたおばさんの頭がついた人形だった。
こいつ…。
「シ、シンジ?一応聞いてあげるけど、これは何?」
「うん、戦闘妖精シャザーンっていうん…はべらっ!」
殴った。
「おどりゃあさっきから訳わからんもんばかり出しよってええ加減にせーよワレぇ!!」
シンジの胸倉を掴んで捲くし立てた。
怒りのあまり思わず言葉遣いが番長みたくなる。いやん。
「ちゃうねん。」
「じゃーかーしーわー!!なーにがちゃうっちゅーねん!!」
「ちゃうねん。じつはあれは戦闘妖精シャザーンやなくて中山さ…」
「どっちでもおんなじじゃい!!この…」
「きゃきゃっ♪」
ミライが、いつの間にか戦闘妖精シャザーンの人形を持って笑っていた。
「ミライ、気に入ってくれたみたいだね。」
「ミライ……何て物を……」
気に入るにしても、せめてジャスタウェイぐらいにして欲しかった…。
「よーしミライ!じゃあミライが中山さんで僕が戦闘妖精シャザーンだね!」
と言って、シンジはもう一個似たような物を取り出した。
どうやらあれが本当の戦闘妖精シャザーンらしい。
「きゃいきゃい♪」
「いっくよーミライッ!!当店では治療の前にまず改造…」
「……。」
という感じで、ミライとシンジは遊び出した。
何というか、ミライが産まれた時から薄々シンジのキャラが壊れ始めてるって感じてたけど、
シンジに変な顔をさせた後から、吹っ切れでもしたのか加速度的にキャラの形象崩壊が進んでるわね…。
最近ずっとこんなだし。
育児でノイローゼになる事があるってよく聞くけど、
アタシはシンジでノイローゼになりそうだわ…。
アタシ、果たしてこれからやっていけるのかしら?
それから後、アタシの心配どおり、やっぱりシンジのキャラはどんどん壊れていった。
いや、壊れていったと言うより、童心にかえったというか、子供っぽくなっていったって言うのが妥当ね…。
もしかしたら、鬱屈した子供時代の反動なのかもしれない。
アタシは半ばノイローゼ気味になりながらも、次第に何とか上手くシンジを扱えるようになってきた。
そして、ミライがハイハイを出来るようになってすぐのある日。
「おっはー!!!アスカおっはー!!!!」
「んんっ…」
微かに蝉の声が聞こえる中、目を開けるとシンジの満面の笑みがあった。
うざい…。
普段でもこのテンションはうざいのに、寝起きだと三倍増しだわ…。
それでもいちいち相手をしてると、いつの間にかプロレス技の掛け合いになったりしてキリがないので、
アタシは怒りを押し殺して起き上がった。
「何よシンジ…、まだそんなに明るくないじゃない…。」
まだ朝日が昇って少ししか経ってないんだろう。
外は少し薄暗かった。
シンジを見ると、麦わら帽子、またどこで見つけてきたのか「童心」と書かれたタンクトップに短パン、
虫取り籠に虫取り網という、まんま虫取り少年という出で立ちだった。
「クワガタ採りに行って来るからミライをよろしく!!」
そう言って、シンジは外へ駆ける様に出て行った。
「何なの…?」
そう呟いた後、
「ふぁあ……、寝よ。」
アタシは二度寝した。
夕方ごろ。
「空っぽの♪なっべを〜♪かきまぜて〜♪」
シンジが、曲調は大海原に飛び出しそうな程明るいのに、歌詞が何処か陰鬱な替え歌を歌いながら帰ってきた。
「ただいまアスカ!!!ミライ何処〜?!!」
「おかえりシンジ。ミライなら…って、な、な、何よそれ〜〜?!!!」
シンジの持つ虫取り籠には、びっしりと虫が詰まっていた。
「……。」
ぞわわっ…と、全身にさぶいぼが立った。
キモッ!
いくらこの生活の中で虫に慣れたからって、こんなに密集しているのはやっぱり気持ち悪い。
「ミライは〜?」
シンジは、ミライのいる部屋に入ろうとしている。
まずい。
「ちょっと待てい!!!」
部屋に入ろうとするシンジを慌てて引き止めた。
「どうしたのアスカ?」
「その虫、どうする気よ?」
「どうするって、見せるんだよミライに。」
「そんなもの見たらいくらミライだって怯えるわよ!!」
「ぷぅ、そんなのわからないだろ。」
シンジが、頬を膨らました。
ぶ、ぶん殴りたい!!!
いや、我慢よ我慢。
そんな事したら、今のシンジなら意地になってここであの虫籠の中の虫を開放するなんて事もやりかねない。
ここは我慢よ、アスカ。
「ねぇ、シンジ?確かにミライは興味を持つかもしれないし、喜んだりするかも知れないわ。
でも、それでもしミライがこの籠に手を伸ばしたりして、クワガタに挟まれたりしたら危ないでしょ?」
アタシは、諭すように出来るだけ優しい口調で述べた。
「はっはっはっはっ、相変わらずのバカオロカめ!!!」
一笑された。
「なっ!?」
シンジが、このアタシをバカにした?!!
しかも、バカだけじゃなくてオロカまで付けて…。
こいつ…。
いや、我慢我慢…。
「僕がそんな事させる訳ないだろ?!!大丈夫だから安心したまえ!!!そもそも…」
シンジは籠の中からカブトムシのオスを取り出して、掲げた。
「ミライと僕はこのカブトムシで遊ぶんだから、クワガタに挟まれたりなんかしないよ!」
シンジが、目をキラキラさせて言い切った。
「あ…遊ぶって、一体何するつもりよ?」
「闘わせるんだっ!」
「闘わせるって、虫相撲とか?」
シンジはカブトムシを掲げてない方の手で指を立て、チッチッチっと横に振った。
うぜえ。
「虫相撲と似てるけど、ちょっと違う。まず…」
シンジは、チャージ三回やらフリーエントリーやら、
その虫相撲もどきの細かなルールをくどくどと、何故か得意げに説明し始めた。
「…って訳だよ。わかった?アスカ?」
「はぁ…。」
さっぱりわからない。
っていうか、シンジのこの情熱は一体何なのかしら…?
「じゃ、そゆことで。」
シンジが入ろうとした。
「ってこらっ!!!勝手に行こうとするな!!!そんなんじゃ全然納得なんて出来ないわよ!!!」
アタシはシンジの前に立ちはだかる。
「もう、いいかげんにしてよねアスカ。
いい?まず…」
シンジが、さっきの説明をもう一度始めようとした。
「それはもういいわよっ!!!ってか、そんな説明じゃ全然納得なんて出来ないし、
何言われたって此処を通すつもりなんか無いわ!!!」
「そっか…、あんまり手荒な事はしたくなかったけど、しょうがないね…。
…ほいっ!」
シンジが、手に持ったままだったカブトムシをアタシに近づけた。
「はんっ!残念だったわね。今更カブトムシぐらい怖くもなんとも無いわよ!!」
自然と触れ合わなきゃやっていけないこの生活で鍛えられたおかげで、
もうアタシの中で虫は脅威では無くなっていた。
「ふっふっふ、そう言うと思ってたよアスカ。なら…これならどうだ!!!」
シンジが籠の中から新たな虫を取り出した。
平べったくて黒光りして、触覚が長くてカサカサと動く虫。
そう、ゴキブリだった。
「ひいいっ!!!」
思わず後づさった。
ゲジゲジやムカデやミミズや蜘蛛や蛾、カマドウマにいたるまでもう平気になったけど、
ゴキブリだけはどうしてもアタシは慣れる事が出来なかった。
「さあっ、早くどかないとゴキブリに触れる事になっちゃうよ!アスカ!!」
シンジが、ゴキブリを持ったままどんどん迫ってくる。
「ああっ、いやあ…」
「ふっふっふ…」
「悪魔!アンタなんて悪魔よっ!」
「何とでも言いたまえ。」
そう言って、シンジは部屋のドアを開けようとした。
ああっ、この先にはミライが眠ってる。
ごめんミライ、ママはアナタを守る事が出来なかった。
シンジが、部屋のドアを開けた。
ああ、もうすぐ、あのゴキブリが、ミライに…。
ミライに?
ちょ、ちょま、ちょっと待って。
駄目。
そんなの駄目よ。
それだけは。
それだけは…。
「だめえええええええええええええええええええええええ!!!!!!」
部屋に入ろうとしたシンジを、渾身の力で突き飛ばした。
「ぎゃぼーーーーーーーーーーっ!!!!!」
シンジは、壁に強く頭をぶつけて、そのまま床に倒れた。
シンジの手からゴキブリが離れ、籠の中の虫がザワザワと騒ぎ出す。
「どおりゃああああああああああっ!!!!!!」
アタシはゴキブリをむんずと捕まえると、虫の詰まった籠と一緒に窓から投げ捨てた。
蓋が開いていたのか、ゴキブリだけじゃなくて落ちていく籠からも虫が飛び出して行くのが見えた。
「はあっ…はあっ…人間、必死になれば何でも出来る物なのね…。」
ううっ…、手にまだゴキブリの感触が…。
「はっ!そういえば思わず突き飛ばしちゃったけどシンジ大丈夫かしら?」
アタシは急いでシンジに駆け寄った。
シンジは、口から泡を吹いて倒れていた。
「シンジ!シンジ!」
意識の無いシンジを気つかせようと揺さぶった。
「……。」
シンジは、くたっとしたまま動かない。
まさか、死…。
「そ、そんな…。」
そんな、そんなの嘘よ。
シンジが死んだなんて、しかもアタシが殺したなんて、そんなの嘘よーーーーーっ!
「そう…、嘘よ。そうよ!!これは嘘!!全部嘘!!全部嘘なんだわ!!!」
そうよ!
そうなんだわ!
これは全部嘘なんだわ!
全部夢なんだわ!
シンジを揺さぶり始めて以来、何回と自問自答してきたアタシがついに悟った!
これは
単なる
夢だ
あめでとう!
おめでとう!
おめでとう!
おめでとう!
おめでとう!
おめでとう!
めでたいなぁ!
おめでとさん!
くっくえ〜!
おめでとう!
おめでとう!
おめでとう!
おめでとう!
おめでとう!
おめでとう!
おめでとうアスカちゃん!
たいっ!
夢だと悟った瞬間、何処からとも無くあのBGMが聞こえてきてみんながアタシを祝福した。
みんな…。
ありがとう…。
ミライに、ありがとう。
シンジに、さようなら。
そして、アタシに、
おめでとう。
「って、現実逃避してる場合じゃないわよ!!!シンジっ!!!」
「コーホー…コーホー…」
よかった、呼吸が変だけど何とか生きてる。
引き続き、シンジを揺さぶる。
「シンジッ!シンジっ!」
「う…ううっ…うううっ…うううう、うらっ…うららっ…ら…」
「シンジ…?」
「ら…らら…ラ…ラララララララ、天使天使、天使は歌うよ…ラララララ…」
シンジが、危い表情で歌い始めた。
「な…?」
これはまさか…。
「ラララララ、天使を逃がすな、ラララララ…」
「何処とつながっとんじゃい!!!!」
アタシは渾身の力で、鉄槌の如くシンジを殴った。
「あぼんっ!!!」
そう言って、シンジは再び昏倒した。
「あ、あやうく変なものを呼び出される所だったわ…」
巨大な赤ちゃんとか。
「う…ううっ……」
「シンジ!!」
今度は大丈夫よね?
「おれは…」
「俺…?」
「おれは、悪魔人間だっ!!!」
また変な所に!
「そぉい!!!」
殴った。
「あべしっ!!!」
シンジは再び昏倒した。
「な、何でそんなダークな所にばっかり…。」
「うっ…うううっ…うぐっ…」
「シンジ!」
今度こそ。
「うぐ…ぐ、グリフィーーーーーーーーースッ!!!」
「あたぁ!!!」
「ひでぶ!!」
シンジは再び(略)
「だから、なんでそんなダークな所にばっかり繋がるのよ!!?」
でも、まだ前の二つに比べれば心なし希望のある世界になった気がする。
この調子で殴っていけば、いつか元の世界に繋がるかも!
「うう…う…わ、わかっているはずだ…イデのみちび…」
「ほあたっ!!!」
「ひげぶっ!!」
シンジは(ry
この後、何十回と殴ってようやくシンジは帰ってきた。
ついでに、憑き物でも落ちたのかあの妙なハイテンションも治っていた。
シンジが元に戻って、生活に落ちつきが戻ってきてしばらく経ったある日。
「もうすぐミライも一歳か〜。早いもんね〜。」
育児日記をパラパラと見ながら、アタシは呟いた。
日付自体はわからないけれど、ミライが生まれてきてからずっと日記を付けてきたから、
ミライが生まれてから何日経っているかだけはわかっていた。
「だね〜。ほんと早いよね〜。
聞きまちたかミライ?もうすぐ君も一歳なんでちゅって〜。」
そう言ってシンジは、抱いているミライをあやした。
「あぅ…。」
ミライが呟いた。
「そろそろミライも何かしゃべり始めてもおかしくない頃ね。」
「うん。
だってミライ。パパですよ〜、パパ、パ〜パ。」
シンジがパパと言わせようとミライに何度もパパと呼びかけた。
「だぅ…。」
ミライは、関心が無いみたいで、シンジの呼びかけにも応じずにシンジとはまったく違う方向を向いている。
「お〜ほっほっほ、無様ね〜シンジ。ミライにまったく相手にされてないんでやんの。」
「う、うるさいなぁ、じゃあアスカもミライに呼びかけてみてよ。」
「ふふんっ♪見てなさいシンジ。
ミライ〜、ママよ〜。ママと一緒に言ってみましょうね〜、ママ、マ〜マ。」
ミライが、アタシの呼びかけに応じてアタシの方を見た。
アタシがま〜まと言っているのを、興味深げに見つめて、口を一緒に動かし始めた。
これは、いけるわね。
「ま…」
おっ!
「る…。」
何よそれ…。
「何だよ、アスカだってミライに喋らせる事出来なかったじゃないか。」
「はんっ!まったく相手にされてないアンタと一緒にしないでくれる?バカシンジ!」
「ばか…」
「「え…?」」
「ばか…ちんじ…」
ミライが、はっきりとそう口にした。
「今、ミライ、バカシンジって…」
「うん。確かに今、ミライが…」
「「喋った!」」
アタシ達は、口を揃えてそう言った。
「もう一回、もう一回言ってみてミライ。」
「ばか、ちんじ。」
「うん、はっきりバカシンジって言ってるわね。えらいわミライ!」
ミライの頭をなでなでしてあげた。
「うん。えらいよミライ。…でも、最初に言った言葉がバカシンジって…。」
「あーら良かったじゃない。栄えあるミライの最初の言葉に選ばれて。」
「いや、確かにちょっと嬉しいけど…。
娘に最初に言われたのがバカシンジだなんて、父親としての威厳も何もないような…。」
「なに言ってんのよ?シンジに威厳なんて最初から無かったでしょ?」
「ひどいよアスカ…。
っていうか、アスカがすぐに僕の事バカシンジ呼ばわりするからミライが覚えちゃったんじゃないか。」
シンジが、キッとアタシの事を睨みつけた。
「う…。わ、悪かったわね…。
でもっ!数週間前までのシンジ見てたらミライだって父親の威厳なんて感じるわけないし、
そりゃあバカシンジって言いたくもなるわよ!」
「う…。それは確かに…。」
「だからこうなったのは半分はシンジの自業自得!わかった?バカシンジ!」
「ばかちんじ。」
「ミ、ミライまで……とほほ…。」
「ミライ、寝ちゃったね…。」
「うん。」
結局ミライはバカシンジ以外の言葉は喋らず、シンジに抱っこされたまま眠ってしまった。
「ねぇアスカ。僕達ってさ、ミライにとって良い親なのかな?」
「今日の事で心配になっちゃった?」
「ちょっとだけ。」
「きっと大丈夫よ。
ミライ、ずっと楽しそうだったじゃない。
アタシ達みたいに寂しい思いをさせてない分だけ、アタシ達、ちゃんと親をやれてるわよ。
ちょっと甘すぎるのかも知れないけどね。」
「そうなのかな…。」
「もうっ、元気出してよね?シンジが弱気だと、アタシまで自信なくなっちゃうんだから。」
「ごめん。」
「でもね。
シンジがアタシに弱音を吐いてくれて、ホントは今、ちょっと嬉しかったりする。」
それに、しょげてるシンジは、ちょっと可愛いしね。
「アスカ…。」
「ねぇシンジ、…久しぶりにさ、思いっきりアタシに甘えてみる?今日は何でも、シンジの望む事してあげるから。」
「うん。」
それから、ミライをそっと寝かせ、
眠るミライを起こさぬように声を押し殺して、アタシとシンジは愛を紡いだ。
それから、ミライがパパとママと言えるようになり、
一人で立ってあんよができるようになった頃、
アタシ達は再び、青い髪の少女と銀色の髪の少年の姿を見た。
色々、やりすぎちまった感が…。
「ハフ〜ン」は、庵野監督の奥さんである安野モヨコさんの漫画、「監督不行届」から、
アスカがゴキブリだけ苦手というのは、アスカの名前の元ネタである和田慎二さんの漫画「超少女明日香」の主人公の砂姫明日香の苦手なものから、
アスカの番長?口調はドラマCD「終局の続き」などが元ネタになっております。
シンジのキャラの形象崩壊については、シンジ役の声優の緒方恵美さんが演じておられた他のアニメのキャラを参考にしてたりもしますが、
基本的に作者が好き勝手書いております。
いや、ハイテンションなシンジというものを書いてみたかったので…。
たう