Secondary  4_Saturn-1

 

 

 

 

 

空。
雲の切れ間から、光が差してる。
雨が、上がってる。
「生きてる…。」
生きていた。
意識が途切れる寸前、死んだと思った。
終わった、と思った。
でも、生きてた。
「シンジ…?」
指を絡めて繋いだ手を辿る。
シンジは、目を閉じていた。
「すぅ…すぅ…」
寝てるだけか…。
「よかった…。シンジも生きてる…。」
アタシも、シンジも、まだ生きてる。
頬を抓ってみた。
「いひゃい…。何…?アスカ…?」
「うん。夢じゃあないみたいね…。」
 

 

 

「な、何よ…、これ…?」
視線を外に向けてみると、すぐ足元まで迫っていた泥の海がすっかり消え失せ、
代わりに、緑が世界を包んでいた。
大洪水の通り過ぎた街だけではなく、遠くの山々まで、見渡す限り広大な森が世界を覆い尽くしていた。
「凄い…、一体、どうなってんの…?」
シンジが、目の前に広がる光景を見渡しながら言う。
「わかんないわよ。でも…」
思い出したのは、意識が途切れる寸前に見た、
赤い雨と、水色の髪の少女と銀色の髪の少年。
綾波レイと、おそらくもう一人が渚カヲル。
使徒という、神様に近い存在の二人。
「もしかしたら、あの二人が何とかしてくれたのかも…。」
「あの二人って…アスカも、綾波とカヲル君を見たの?」
「うん。シンジも?」
「うん。…やっぱりさ、綾波とカヲル君が僕達の事を助けてくれたのかな?」
「流石にこれは、そうなんでしょうね…。でも、植物を戻してくれただけじゃなくて、
 あんな大量の水まで消しちゃうなんてね…。」
「うん…。
 僕達さ、多分一日ぐらいしか眠ってなかったよね?
 その間にあれだけの水を消しちゃうなんてさ…、
 あの二人は元々使徒だったけど、こんな奇跡みたいな事ができるなんて、
 何か、使徒以上の、ホントの、神様みたいだ…。」
「そうね。ホントに、神様なのかもしれないわね…。
 まあ、それはともかく、こうやって水が引いて、植物が戻ってきたって事は、
 アタシ達…」
「うん、僕達…」


「「生き残れたんだっ!!!」」


「アスカっ!!!!!!」
「シンジっ!!!!!!」
アタシ達は、ひっしと抱きしめあった。
「よかった…ホントっ…アスカも、僕も、生き残れて、よかった…。」
「うん…もう、ダメかと思ったのに…二人とも生きてて、よかった…。」
アタシも、シンジも、声が震えて、涙声になった。
「アスカぁ…っ…」
「シンジぃ…っ…」
二人して声をあげて泣きそうになったその時。

ぐうっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!

「……。」
「……。」
どちらとも無く、大きなお腹の虫が鳴った。
「…せっかくの感動が、台無しね…。」
「…うん。…とりあえずさ、下に何か食べられる物を探しにいこうよ。アスカ。」
「うん。」

 

荷物は置いたままにして、アタシとシンジはビルを下った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マンションを下り、外に出る。
すぐ目の前に森があった。
「凄いね…。」
「うん、何か「濃い」って感じがするわね。この森。」
「うん、ホントにそんな感じ…。」
目の前の森は、植生、生えている植物こそ見覚えのあるものばかりだったけれど、
サードインパクト前に見た森とは明らかに違う、まさしく「濃い」という感じの、
一本の草、一枚の葉に至るまで生命力ともいうべき力が迸っているのがわかるような、異様な迫力があった。
その迫力のせいもあって、僕もアスカも、立ち竦んでしばらく一歩を踏み出せずにいた。
「行こう、アスカ。」
意を決して、僕は一歩踏み出す。
「うん。」
アスカが、僕に続く。
僕達は、森の中に足を踏み入れた。

 

 

森を歩いていると足元で何かが動いた。
ムカデのような足の沢山在る長い虫だった。
「うわっ!!」
「きゃあ!!!」
僕とアスカは慌てて飛び退った。
二人ともしばらく怖気で動けずに固まっていると、足元を這っていた虫は静かに木々の中に消えていった。
「いやぁ…植物だけじゃなくて虫まで戻ってきてるぅ〜…。」
「だね…。」
虫なんて見るのホントに久しぶりだから酷くびっくりした。
「気持ち悪いんだから虫なんて戻ってこなくっていいのに、何で戻ってくるのよぉ…」
「…まあ、虫は森を維持するのに必要な存在だからね。だからなのかはわからないけど…。
 とりあえずさ、気を取り直して早く食べ物探しに行こうよ、アスカ。」
「うぅ〜〜〜〜。わかったわよ…。」
再び僕達は、さっきよりもおっかなびっくりしながらも森を進む。

 

 

 

 

 

「この草は、確か食べられるやつだったはず。」
瓦礫の隙間から生えている草を、僕はまじまじと観察する。
うん、間違いない、アク抜きすれば食べられる草だ。
「ねえシンジ、この実は?」
アスカが、近くに茂っていた低木になっている実を持ってきて僕に訊いた。
「それは…、ダメだね、毒があるやつだよ。」
「そうなんだ…。シンジに訊いてよかったわ…。
 危うく空腹に負けて食べそうになったもの…。」
血の気が引いた。
「え…?やめてよアスカ、アスカが今持ってる分だけでもそれ食べたら死んじゃうんだよ…?」
「え…?」
アスカの顔からも、血の気が引いていく。
「…それマジ?」
「マジ。」
「ひいっ!」
アスカが一瞬白目をむいて、手に持っていた実を投げ捨てた。
「シ、シンジ!!!あの実って触っても大丈夫なの?!!」
アスカが慌てて僕に訊く。
「口に入れさえしきゃ大丈夫だよ。」
「そっか…よかった、せっかく生き残ったのに、危うくこんなつまんない事で命を落とすところだったわ…。
 ありがと、シンジ…」
「はは…、まあ、ホント何事も無くてよかったよ…。」

 

 

 

 

 

 

 

「シンジ、あれ…」
森の中の開けた場所、小さな草原のようになっている場所で、
アスカが空を見上げながら、僕をよんだ。
「どうしたの?アスカ。」
僕はアスカの隣まで駆け、アスカと同じように、空を見上げた。
森に入った時はまだ薄い雲に覆われていた空は、森の中にいる間にいつの間にか雲ひとつ無い、抜けるような青空に変わっていた。
雨上がりの、どこまでも澄んだ蒼い空には、太陽が白く輝いていて、
遠くの空には、山々よりも遥かに大きな虹が架かっていた。
今まで見たことも無いような、とてもとても大きな虹。
「すごい…。
 こんな大きな虹、見たこと無いや…。
 それに、主虹だけじゃなくて、その外側の普通は薄くて見えない副虹まではっきり見える。」
虹の上、色の並びが逆の、もう一つ大きな虹が架かっていた。
二つの虹。
それに、
「ねぇアスカ、虹の色って、あんなに多かったっけ…?」
「増えてる、わよね…。明らかに…」
確か七色だった虹の色が、十色、いや、十一色になっているように見えた。
十一色の虹。
主虹、副虹合わせると、二二の色の帯が、地から立ち上って天に橋の様に架かっていた。
「……。」
「……。」
澄み切った、底なしの深さを持つ紺碧の空に、十一色の巨大な二つの虹。
その幻想的な光景に、僕達は言葉を無くした。
言葉を無くしたまま、空腹も忘れ、夢中で空をみつめた。
 

 

不意に、アスカの腕が僕の腕と触れた。
「「ぁ……。」」
突然の感触に、僕達は思わず顔を見合わせる。
「……。」
「……。」
何故か、照れくさかった。
幻想的な光景に心を奪われて、心が無防備になっていたせいなんだろうか?
アスカも、頬を淡く染めていた。
「……。」
「……。」
気恥ずかしくって、僕とアスカは同じタイミングで俯いた。
それから、照れを誤魔化すように、僕達はまた空を見上げた。
 

 

 

虹にしばらく見蕩れた後、再び僕達は食べ物を探しにでた。
幾つか食べられる草や木の実を見つけ、それを集めて僕達は元いたマンションに戻った。

 

 

 

「うぇ〜〜〜、苦〜〜」
アスカが、持ってきた木の実を食べながら言った。
禄に調理する手段もなかったから、殆ど生で食べるしかなかった。
そのせいか、酷く苦い。
「確かに、これはちょっと苦すぎるね…。」
空腹な状態でもこれだけ苦く感じるんだから、果たして平常な時ならどれだけ苦いんだろう。
というか、下手したらこれを食べ続けなきゃいけないのか…。
「シンジ、これってホントに食べられる実なんでしょうね?」
涙目でアスカが僕に訊いた。
「確かに食べられる実だと思ったけど…。」
「ちょっとぉ?!思ったって何よ〜?!今更実は食べられない実だったなんて言わないでしょうね?!」
「い、いや、思ったじゃなくて…うん。ちゃんと食べられる実だよ、これは…。」
「…ホントに〜?」
アスカが怪訝な目で僕を見る。
「う…、うん、これはちょっと苦すぎるけど…ちゃんと調理してないと野草って大体きっとこんな味だと思うし、
 それにほら、良薬口に苦しって言うしさ。」
「ふ〜ん。…ま、もうここまでたべちゃったし今更心配したって仕方ないわね、
 とりあえずシンジの言葉を信じることにするわ…。」
「うん…。」
若干、毒草の項目に載っていたんじゃないかって気がし始めつつ、
僕達は苦味を我慢して持ってきた実や草を平らげた。

 

 

「はぁ、何とか全部食べたけど、
 これから毎日こんな苦い思いしなきゃいけないなんて思うと憂鬱だわ…。」
「うん…。何とかもっと美味しものを見つけてこなきゃね…。」
「ほんっとそう。一日でも早くマシなものを見つけなきゃ生死に関わるわね、これは…。」
「そこまで大げさじゃ…。
 …そういやさ、アスカ。
 あの虹ってさ、一体なんだったんだろうね…?
 あんな変な虹、今まで見たことなかった…。
 あれも、あの洪水や綾波達と関係あるのかな?」
「あんたバカァ?
 アタシに訊いたってそんなのわっかるわけないじゃん。」
「む…、わかってるよ、そんな事。
 ただ、アスカはどう思ってるのかなぁって思って…。」
「う〜ん、そうねぇ。
 …もしかしたら、使徒とか?」
「使徒?…確かに、ありえるかもしれない。
 あの虹を使徒だとすると、あの洪水も、それが消えたのもあの虹が…」
「でしょ?…でも。何かしっくりこないわね?」
「しっくりこない?」
「うん。腑に落ちないって言うかさ。
 特に理由があるわけじゃないけど。」
「うん…。」
「もしかしたら、あの虹は普通の虹で、アタシ達の方が虹があんな風に見えるように変わっちゃった、
 なんて事もあったりしてね。」
「それは…」
ありえるかもしれない。
何故か僕も、あの虹自体がおかしいと考えるより、僕達が変わってしまったと考えた方がしっくり来た。
それが何故だかは、わからないけれど。
「なんてね。アタシ達の身体が変わったって言われたって、病気になるわ飢え死にしそうになるわ、
 ましてATフィールドを張れる様になったわけでも無し、
 虹の色が増えて見える以外他になんら以前と変わった所なんて無いんだし、
 だからあくまでもしかしたらって話。
 それに、こんな事アタシ達がいくら考えたって答えが出るわけじゃないんだし、
 あんまり拘ると、ま〜た変な事になっちゃうわよ?シンジ。」
「うん…、そうだね。アスカの言うとおりだ。また不安になったらいけないし、この事はもう考えない事にするよ。」
「この事、だけじゃなくて、他の事も全部アンタは考えすぎなのよ。足りない頭でそんなに悩んで何処へ行く、
 アンタって基本的にバカなんだから、むしろ何も考えない方がちょうどいいのよ、バカシンジ。」
「ひどいやアスカ…。」
そりゃ確かに、僕は一人で空回ってばかりだったけれど…。
「何よぉ、違うとでも言うの?
 勝手に一人で悩んで空回った挙句にアタシの事を振ったのは何処のどなたでしたっけー?」
アスカがジト目で僕を見た。
僕は少したじろいだ。
「う…、御説ごもっともです…。」
っていうか、アスカはやっぱりまだ怒ってるんだな…。
「ふむっ!わかればよろしい。
 さ、他にやること無いんだし、明日も食べ物探しにいかなきゃいけないし、明日に備えてもう寝ましょシンジ。」
「うん。」

 

 

 

 

 

 

暗闇。
「……。」
「すぅー、すぅー」
アスカは、気持ち良さそうに眠っている。
僕もなんとも無いし、どうやらあの木の実は毒じゃなかったみたいだ。
僕は荷物に手を伸ばし、日記を取り出した。
何とか雨で濡れるのを免れて、僕の日記もアスカの日記も無事だった。
取り出した日記を開く。
最後のページ。その端に、
月明かりに照らされ、うっすらと文字が見えた。
「正」の文字が八つ、そこで一旦×がついて、更にその後にまた「正」の文字が八つと「一」が一つ。
八十一日。
それが僕達があの雨と洪水によって、このビルに閉じ込められていた日数。
×は、食糧が一旦ビスケット一箱だけになった時につけたものだ。
だから、×の後の四十一日は、僕達が持って来た食糧と、元々ビルにあった食糧が殆ど尽きた後、
僕達が閉じ込められていた日数を表している。
「やっぱり、あの洪水は綾波とカヲル君がどうにかしてくれたのかな…?」
あの大量の水がどうにかなった原因は、やっぱり他に考え付かない。
「もしそうだとしたら、感謝しても仕切れないな…。」
病気にかかった時も、おそらく間接的にとはいえ助けてもらった。
アスカは僕達の身体は変化してないって言ってたけど、
臥せっていた僕があんなに急に動けるようになったのも、
餓えて弱っていた僕達があの雨を耐え抜けたのも、
僕達の身体が変わってしまったからだと、僕は思っている。
「考えないようにするって、確か言ったばかりだったな…。」
隣で眠るアスカを見た。
大切な、愛しい人。
触れようと、手を伸ばした。

もしさ、もし、この状況から生き残れたらさ、
子供…、つくろう。

「――――――ッ」
アスカに掛けた言葉を不意に思い出し、
思わず声をあげそうになった。
そっか…。
そうだった…。
僕は、アスカにそんな事を言ったんだった…。
伸ばした手を引っ込めて、僕はアスカに背を向けた。
 


でも、そうしたのはもう、怖いからなんかじゃなかった。

 

 

 

 

 

 

次の日、屋上から辺り一帯の様子を眺めると、どうして昨日は気づかなかったんだってぐらい大きな湖がある事に気づいた。
おそらく諏訪湖だ。
ただ、湖の色は、赤からうっすらとした碧へと変わり、
水の透明度は、エヴァに乗る前、第三新東京市に行く途中で見た時とは比較にならないぐらい、
それこそまるで水晶のように澄んでいた。
おそらくもう、あの湖には何の生き物も融けてはいないんだろう。

 

湖を見つけて以来、僕とアスカは諏訪湖から水を確保するようになった。
湖にはたまに魚の影が見えて、どうやら魚達も戻ってきているみたいだった。
ただ、警戒心が異様に強いのか、それとも数が単純に少ないのか、めったに魚は姿を現さず、
僕達は魚を捕まえる事が出来ずにいる。
また、喜ばしい事に諏訪湖の沿岸の一部が湿地帯になっていて、
そこに、セカンドインパクト以前この辺りで栽培されていた作物種の稲が自生していた。
僕達は、ビルの中にあった鎌を使ってそこから米を収穫した。
脱穀機は勿論、最初の頃は千歯扱きも造って無かったから、脱穀するのにも一苦労で、
籾も臼を造るまでは石で摺り合わせて取っていたので、食べられるようにするまで非常に手間がかかった。
流石に手間と栄養の関係で精白まではしなかった。
だから後に火が使えるようになって鍋で御飯を炊けるようになっても、最初の頃は炊いてもあまり美味しくなかった。
だけど、後で木や石で道具を作ってからは収穫や脱穀、籾取りの手間はかなり省けるようになったし、
料理についても、僕とアスカは玄米でも美味しく炊けるよう試行錯誤し、
炊いた米はだんだんと白米のような食感に近づいていった。
 

 

それからしばらくして、森の中にサツマイモが自生しているのを僕達は見つけた。
また、この頃になると大洪水から時間が経った事もあり、落ち葉や折れた木の枝などの薪が乾燥してきて、
十分な火が使えるようになった。
火種は、最初の内は懐中電灯の反射鏡を使ってレンズの様に光を集めて、それから段々と火打ち石を使って起こすようになっていった。
石と瓦礫で作った竈に入れた枝や葉に火種を入れ、
竈の上に、同じくビルの中からみつけてきた鍋を、中に水を入れて載せ、
野草のアク抜きや米の炊きだし、サツマイモの煮物や木の実のジャムを作ったりと、僕達は簡単な料理を作れるまでになった。
それからも森の中で色々な野菜や果実が自生しているのを見つけ、
食べ物に関しては、餓える心配どころか、逆にどんどん充実していった。

 

食べ物以外の物に関しては、洪水で流されたか、土の中に埋まってしまったかしたんだろう、
殆ど何も無くなってしまっていた。
かろうじて僕達が持ってきた物と、僕達がいたマンションに幾つかの日用品や服や靴などがあったくらいで、
後はたまに瓦礫の中や地面から、土に埋まっていた物が出てくるぐらいだった。
僕が集めていた銃などの武器も何処かに消えていた。
かろうじて持ってきた拳銃も、中に入っていた弾薬がいつの間にか浸水していて、使い物にならなかった。
もしかしたら、カヲル君と綾波が、僕にこんな物を使わせないようにしたのかもしれない。
ただ、弾が無くても威嚇に使えると思ったから、拳銃自体は持っておくことにした。

 

 

 

 

 

 

「ん…。」
御飯を炊いている匂いがして、目を覚ました。
外を見ると、いつも起きている時間よりも太陽がずいぶん高い位置にあった。
アスカが居ない。
どうやら一人で朝食の準備をしてくれてるみたいだ。
起き上がる。
そのまま外に出て、ドアを閉めた。
ネームプレートに書かれた、市杵島という名字が目に入る。
この部屋は洪水の後一番被害の少なかった部屋で、僕達はずっとここで暮らしてる。
ドアノブから手を離し、振り向いて僕は階段を下りた。
 

 

下に着くと、アスカがテーブルにお箸を並べてくれていた。
「おはようアスカ。」
「おはよシンジ。何だ、起きちゃったのね。御飯炊けたからこれから起こしに行こうと思ってたのに。」
「ありがとうアスカ。悪いね。一人で朝食の準備させちゃて。」
「気にしなくていいわよ。
 この生活にも慣れてきたし、そろそろシンジに頼らないで、また一人で料理作りたかったからちょうどよかったわよ。
 ほら、もう持ってくるからそこで座っててよね。」
「うん。ありがとアスカ。」
アスカに促されるままに、僕は椅子に座った。
すぐにアスカが外の竈から御飯の炊けた鍋を持ってきて、テーブルに置いた。
それから、炊き立ての御飯を茶碗によそってくれた。
「はい、シンジ。」
アスカが僕に茶碗を手渡してくれた。
「うん。」
渡された茶碗を掴もうとして、茶碗を持つアスカの手ごと僕は掴んだ。
僕とアスカは思わず見詰め合う。
そのまま、時が止まった。
「……。」
「……。」
「……ご、ごめん、アタシがいつまでも持ってたら、シンジ、お茶碗取れないわよね…。」
「え?…う、うん。」
慌てて、僕とアスカは手をほどいた。
「……。」
「……。」
お互いに無言になる。
照れて、何も言えない。
気まずい。

 

あの洪水を生き残ってから、アスカとはずっとこんな調子だった。

 

もしさ、もし、この状況から生き残れたらさ、
子供…、つくろう。

アスカと少しいい雰囲気になる度に、この言葉を思い出して、僕は照れてしまった。
それはどうやらアスカも同じみたいで、だから僕達はあれ以来、お互いに照れて何も出来ず、
セックスはおろかキスすらしていない。
子供が生まれる事に対して、不安がなくなったって訳じゃないけど、
それ以上に、恥ずかしいというのが僕達が今こうなっている理由だった。

 

 

 

「ねぇ、シンジ。どうかな…?」
御飯を食べていると、アスカが僕を伺いながら訊いてきた。
その表情が可愛くて、僕は戸惑う。
「う…、うん。すごくおいしいよアスカ。パサパサしてないし、うまく炊けてると思う。」
「ホントに?!よかった〜!」
僕の言葉を受けて、アスカがホントに嬉しそうに、ぱあっと笑った。
「……、ごくっ……。」
嬉しそうに笑うアスカがあまりに可愛くて、僕は思わず箸を止めてアスカをみつめてしまった。
「……っ。」
僕にみつめられている事に気づいたアスカが、顔を赤くして俯く。
「うん…。」
僕も慌ててアスカからテーブルに視線を落とした。
「……。」
「……。」
それからまた、無言で僕達は食事を続けたけど、
視線を上げてアスカの様子を伺うと、とても嬉しそうな顔で御飯を食べていた。
それを見て、僕は胸が暖かくなってくるのを感じた。

 

 

 

 朝ごはんを食べた後、いつものように僕達は森の探索に向かった。

 

「ねーシンジー!!!ちょっとこっち来てー!!!」
遠くからアスカが僕を呼んだ。
「どうしたのアスカー?!!すぐ行くー!!!」
慌てて僕はアスカの方に駆けた。
「あれ見て!!!シンジ!!!」
アスカが若干興奮気味に僕にそう言って、何処かを指差した。
指差した方向、そこには、何十本もの満開の桜が咲いていた。
「わぁ〜〜〜〜〜…、すごい…」
その光景に思わず僕は感嘆の声をもらした。
「ね?すごいでしょシンジ?これって確か桜っていう花よね?セカンドインパクトの後、日本にも殆ど無くなったって言う…。」
「うん。僕も今まで一回しか見たこと無いよ…。
 しかも、こんなに沢山咲いてるのなんて、初めてだ…。」
「やっぱりそうなんだ!ママからすっごく綺麗だって聞いてたから、一回見てみたかったのよね〜。」
「そうなんだ。」
「うん。ホントに、聞いてた通り、すっごく綺麗ね…」
「うん。ホントに、綺麗だ…。」
桜の花びらがひらひらと、風に乗って舞っている。
僕もアスカも、それにただ見蕩れるばかりだった。
不意に、強い風が吹いた。
「うわっ!」
「きゃあ!」
僕とアスカは思わず身構える。
風が吹き抜けた後、桜の花びらが僕達の上にひらひらと舞い落ちてきて、
「……。」
「……。」
いつの間にか、僕とアスカはお互いにみつめあっていた。
桜の花びらがゆっくりと舞い落ちる中、
アスカが、僕に優しく微笑んだ。
「……。」
ああ…。
ここで、この場面で、そんな顔をするなんて反則だ。
どうしようもないほど綺麗で、愛しくて、
「…ぁ。」
僕は、思わずアスカを抱きしめた。
そのまま、勢い余って僕達は草むらに倒れこんだ。
「……。」
「……。」
僕は、上からアスカの瞳を覗き込む。
アスカは、潤んだ瞳で僕をみつめ続けている。
「アスカ…。」
「うん…。」
「あ、あのさ…、あの約束、憶えてるかな?…その、こ、子供、つくろうって…。」
そう、僕がアスカに言うと、
「っ!!!」
アスカは顔を真っ赤にして顔を逸らした。
「……。」
恥ずかしくて仕方が無い。
心臓がバクバクと鳴って、
僕も、顔がどんどん赤くなっていってるのが自分でわかった。
「……。」
アスカは真っ赤な顔で、僕から顔を逸らして黙ったままだった。
まさか、やっぱり嫌だって言うんじゃ…。
長い沈黙に、不安が湧いてくる…。
緊張で、胸が張り裂けそうだ。
「シンジ…。」
アスカが、顔を逸らしたままだけどようやく返事をしてくれた。
「うん…。」
「つくろう…。」
「……。」
「シンジのあかちゃん、欲しい…。」
そう言ってアスカは赤い顔を更に赤くして、恥ずかしくて堪らないのか、
顔を逸らしたまま目を硬く瞑った。
「……。」
ああ…。
反則だ。
反則だよそんなの。
可愛すぎだ。
「あ……アスカぁ!!!」
頭に血が昇り切って、僕はアスカの身体にむしゃぶりついた。
「きゃあ!!ちょっ、ちょっとシンジっ…そんないきなり強く…んっ…」
アスカが、驚きと抗議の声を上げたけど、聞く余裕なんて僕には無い。
甘い香りが、
あったかくて柔らかい身体が、
アスカのすべてが愛しくて、
欲しくて、
僕は夢中でアスカを抱いた。

 

 

 

「バカバカバカバカバカバカ!!久しぶりなんだからあんなに強くしたら痛いわよこのバカ!!!」
終わった後、涙目になりながらアスカは僕を何度も軽く殴った。
「ごめん…。」
「ごめんじゃないわよこのバカーーーーーーーーっ!!!」
「じゃあさ…」
僕を殴るアスカの腕を掴む。
「次は、もっと優しくしてあげるから…。」
「へ…?んっ、やだっ、そんな触り方…んんっ!…ああっ、あぁぁぁっぁぁあぁんっ!!!」
僕は持てる力の全てを使って、アスカに優しくした。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…あっ…はぁ………ふぅ…」
アスカが、息を切らしてぐったりしている。
ちょっと頑張り過ぎたか。
「どう?…アスカ?…」
あえてアスカの目をみつめて、訊いた。
「……しんない、ばか…。」
アスカが、恥ずかしそうにそっぽを向いた。
ああ、可愛いなぁ。
もっと、可愛がってあげたくなった。
「そっか…、じゃあ、アスカにはもっと優しくしてあげなきゃね…。」
そう言って、僕は再びアスカの身体を優しく撫で始める。
「あんっ…ねぇ、シンジ…」
「うん。」
「ちょっとだけなら…痛くしても、いいよ…」
恥ずかしそうにそう言ってから、アスカは更に僕から顔を背けた。
思わず手が止まった。
「……。」
「……。」
「…ア、アスカ?」
「…な、何でもないわよばかっ!!忘れなさいっ!」
アスカが顔を真っ赤にさせながら捲くし立てる。
いじらしいというか、何というか…。
「やっぱり可愛いな、アスカは…。」
「な?!…んんっ…やっ…あああっ…」
若干、アスカを変な風に目覚めさせてしまったんじゃないかと心配になりつつも、
僕はアスカの言葉に甘えて、少しだけ強く、アスカを抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

帰り道。
「やーん、もうっ、泥だらけー。
 まったく、いくら何でもあんな所であんなに盛らないでよね!もうっ!」
アスカが服についた汚れを確認した後、僕に向かって文句を言ってきた。
「自分だってノリノリだったくせに…。」
「あーんですってぇ?!」
「うわっ!ちょっとアスカ。」
いきなり、アスカが僕の背中に飛び乗ってきた。
僕は少しよろける。
「きゃあ!ちょっとぉ、怖いんだからフラつかないでよね!」
「あ、あんないきなり飛び乗られたら誰だってフラつくよ!」
そう言いながら僕はバランスを取り戻し、アスカが落ちないようにお尻を手で支えた。
「ふんっだっ!シンジのせいで疲れたんだから、このままアタシを家まで運びなさいよね。」
「なんだよそれ…。理不尽だな…。」
少し頭にきて、僕は膨れっ面を作った。
「そんな顔して、ちゃっかりアタシが落ちないように手で支えちゃってるじゃない。
 まぁったく、素直じゃないんだから、バカシンジ。」
アスカが僕の頬をつつきながら言った。
「う、うるさいなぁ、そんなの、お互い様だろ。」
「何よー、アタシの何処が素直じゃないってのよー。」
そういいながらアスカが僕の頭を乱暴にわしゃわしゃと撫でる。
「もうっ…こうゆう所がだよ。おんぶして欲しかったんなら最初からそう言えばいいじゃないか。」
僕の頭を撫でていたアスカの手が止まった。
「……だって、恥ずかしいんだもん。」
そう囁いて、アスカは僕に頭までぴったりと引っ付いた。
急にしおらしくなったアスカが可愛くて、僕は照れて何も言えなくなった。
「……。」
「んふふ〜♪照れてやんの。」
そう囁いて、アスカが僕の頬を再びつついた。
騙された。
少し、拗ねたくなった。
「…そりゃ、照れるよ。そんなの。」
拗ねた口調で僕が言う。
「もうっ、相変わらず可愛いんだから…。」
アスカが、僕の頬をつつくのを止めて、両手で僕を抱きしめた。
「からかわないでよ、アスカ…。」
「やーよ、ばかシンジ。」

 

 

 

「ねぇ、シンジ。よく、赤ちゃん欲しいって思ってくれたよね…。
 アタシてっきり、あの時シンジが赤ちゃん欲しいって言ってくれたの、
 アタシを励ます為だけに言ったんだって思ってた。」
「ん…、
 アスカとの赤ちゃんが欲しいとはさ、きっとずっと、僕は頭の何処かで思ってたんだと思う。
 でも、人が帰って来た後の世界を思うと、例え子供が出来なくても、未来が無いとしても、
 他に誰もいない、アスカと僕だけの世界でいいって、僕はずっと思ってた。
 微生物が帰ってきて、人がいずれ帰って来る事が現実的になってからは、
 僕なんかが父親になれば、生まれてくる赤ちゃんも、
 アスカさえも人の社会に受け入れられずに不幸になるって思うようになったから、
 赤ちゃんが出来るのが、怖かったんだ。
 でもさ、どうしてかな?今はそんな不安も、どこかに吹っ飛んじゃった。
 人が帰ってきても、僕も、アスカも、生まれてくる赤ちゃんも、不幸にはならないって気がしてる。
 きっと死に掛けた事で、僕の中の何かがふっきれちゃったのかもしれない。
 だから今は、素直にアスカとの子供が欲しいって、僕は思ってる。
 無責任、なのかもしれないけど…。」
「ううん。無責任なんかじゃ無いわよ。
 アタシも、人が帰ってきても、きっと、何とかなるって思ってるもの。
 シンジも、アタシも、生まれてくる赤ちゃんも、不幸になったりなんかしないわよ。」
「うん。」
「ありがとねシンジ、アタシとの赤ちゃん欲しいって思ってくれて。」
「僕の方こそ、僕との赤ちゃんを欲しいって思ってくれてありがとう。アスカ。」
「うん。」

 

 

「ねぇシンジ。」
背中にぴったりくっついて、アスカが僕に呼びかけた。
「うん。」
「赤ちゃんさ、早く出来たらいいよね。」
「うん。」
「さっきね、シンジとえっちしたとき、すっごく気持ち良かった。
 今までで一番ってぐらい、すっごく。」
「っ!!?」
い、いきなり何言い出すんだよ。
僕は戸惑って、思わず唾を飲み込んだ。
耳まで赤く染まっていくのが自分でわかった。
「〜〜〜〜〜っ」
「シンジが赤ちゃんつくろうって、言ってくれたからなのかな…?」
「そ、そうなの、かな…?」
恥ずかしくって頭が上手く回らず、とっさに気の利いた返事を返せなかった。
「……。」
アスカは黙ってる。
きゅっと、アスカが強く僕に掴まった気がした。
不安にさせたかな?
ゆっくりと、僕はちゃんとした答えを返す。
「…ぼ、僕も、今までアスカとえっちしてきた中で、一番気持ち良かった。
 だから、あんなに夢中になったんだし…。」
事実だった。
「うん。」
「きっとさ、アスカと一緒で、アスカが僕の赤ちゃん欲しいって言ってくれたからなのかもしれない。」
「うん。」
「もちろん、中に思いっきり出せたって言うのもあるんだろうけど…。」
僕は何を言っているんだろう?
「…えっち。」
「う…」
「じゃあ、シンジはアタシと、もっとえっちしたい?」
「う、うん…。」
「赤ちゃん、欲しい?」
「うん。」
「じゃあさ、これからね、いっぱいいっぱい、えっちしようね。シンジ。」
そう言って、アスカが更にぎゅっと、僕に掴まった。
「…うん。」
嬉しいけど、すごく恥ずかしい。
背中越しに、アスカの身体が熱くなっていくのがわかって、
それを感じて、僕の身体もどんどん熱くなっていく。
嬉しさと恥ずかしさでのぼせそうになりながら、僕達は家路を辿った。
 

 

帰って来ると僕達は、
狭いドラム缶風呂に一緒に入って、いちゃいちゃしながら身体を洗いあった。
それから御飯を作って食べて、久しぶりに抱き合って眠った。
 

 

それから、毎日毎日、僕達は子作りに励む様になって、二ヶ月も経てばアスカはつわりを起こした。
そして、その二ヵ月後には、アスカのお腹が大きくなり始めた。

 

 

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自分で書いといてなんですが、

ここを書いている時、ニヤニヤしながら書いており、

今見てもやはりニヤニヤします。

 

この作品、頭だけで構想を練っていた頃は、実はあんまり書く気が無く、

半ば妄想で終わらせるつもりでしたが、

はっきり書こうと思ったのは、

今回のようなシチュエーションで、アスカにシンジの赤ちゃんがほしいと言わせたかったからだったりします。 

ふふふ…。

書けて満足じゃ…。

いや、はたから見てたらもの凄くキモイでしょうが…。

 

やはり火の起こし方や米の研ぎ方などの食料や二人の生活の描写に関して詳しい方から見たら突っ込みどころ満載でしょうが、ご容赦ください。

 

たう