Secondary  3_Mars-7

 

 

 

 

 

シンジと別れて、半年が過ぎた。
その間も、シンジはアタシの料理を食べてくれるけど、
それ以上は何も進まない。進めない。
これ以上進めば、シンジが最後に言った言葉に触れてしまう。
そこに踏み込めば、きっとシンジはアタシをまた突き放そうとする。
決して変えてはいけないもの。
現状維持しかできない。
やっぱり、アタシはダメね…。
でも、シンジが料理を食べてくれる事で、アタシは何とかめげずに生きている。
食べてくれる事は、アタシの支えになってはいる。
だけど、やっぱりシンジが傍にいないこの日常は、何処か色褪せた、つまらないものだった。
 

 

ふと、昔の日記を読んでみた。
シンジと別れてから読み返すのは、初めてだ。
思い出すと、やっぱり辛くなるから。
それでも今読んでしまうのは、やっぱり寂しいからなんだろな…。

 

 

 

日記を読んでいく。

「懐かしいなぁ、シンジがアタシにすっごくコクのある九州ラーメンを、
 高級豚肉ふんだんに使ってのチャーシュー特盛りで作ってくれたのよね〜。
 美味しかった。
 この頃はまだお肉が食べれたのよね。
 でも今じゃもうレトルトじゃないチャーシューも、ハンバーグも食べられなくなっちゃったわね。
 ま、でも、あの後、お肉を食べ過ぎたせいで胸焼けが酷かったし、それにちょっと太っちゃったし、
 今の食生活にも慣れちゃったせいか、そんなに恋しいとは思わないわね…。」

日記を読んでいく。

「確かこの時はシンジに罰ゲームか何かで変なラップを歌わせたのよね。
 あのバカ、冗談だったのに本気で歌っちゃって、べんべー☆とか言ってやんの!
 あははっ!今思い出しても笑えてくる!!」

日記を読んでいく。

「ああ〜〜〜!なっつかし〜!
 アイツに女装させたときだわこれ!
 ちゃんとお化粧して、カツラまで用意してかぶせたんだっけ〜。
 確か最初はバカにしてやろうと思ってたのに、予想外に可愛くなって変な気分になったのよね…。
 アイツも調子に乗って、女声でしゃべりやがるし、しかもそれがやたらと上手いし。
 最後はフリフリのドレスまで着こなしだして、
 どこぞの姫かっつーの。
 男の癖に…。
 いや〜それにしてもこの頃はシンジも若かったわねぇ…。
 背も低かったし、筋肉も全然無かったし。ホント、写真に残しときたかったな〜。
 今女装させたら…いや、案外イケるかも…?」
またいつか、させたいな…。

日記を読んでいく。

「これは初めてお互いに髪を切った時ね。
 この時アタシが最初にシンジの髪を切って、色々髪型をいじくって遊んでいるうちにいつの間にか、
 シンジが坊主になってたのよね。
 それで怒ったシンジが仕返しにアタシの髪を逆立てた状態で固めて、歌舞伎みたいな髪型にされたのよね。
 うん。今思い出してもムカつく。
 あの後シンジの事を殴ったけど、
 いつか、この仕返しはもう一度しよう。」
それが、いつになるのかはわからないけど…。

日記を読んでいく。

「この時は、シンジがアタシの為にチェロを弾いてくれたのよね。
 そういえば、最近シンジ、チェロ弾いてないなあ…。」
またいつか、アタシの為に、弾いてくれるのかな…。

日記を読んでいく。

「…結婚式の時の日記だ。」

日記を読んでいく。

「懐かしいわね。
 小さな教会で、二人だけの結婚式をあげたんだっけ。
 アタシがウエディングドレスを着て、シンジが白いタキシードを着て、
 神父さんがいないから、二人でお互いに代役して、
 それで…」

日記を、読む。

「それでっ、シンジのやつ、憶えたてのドイツ語で、
 …アタシにっ、アタシにプロポーズしてくれたんだっけ…っ…。」
声が、震える。

読む。

「それが嬉しくてっ…アタシもっ…ドイツ語で、応えたんだっけっ…。
 それでっ、アタシは惣流・アスカ・ラングレーから、
 碇・アスカ・ラングレーにっ…なったんだっ…。」
 
読む。
視界が、滲む。

「名前が変わったからっ…もういちどアタシ達っ
 ママにっ…お別れしたときみたいにっ…」

滲んで、もう読めない。

「あの時っ…みたいにっ…っ…」

日記に、ぽたりと涙が落ちた。
悲しい気持ちが、溢れてくる。

「うううっ…くううっ……」

あの時、アタシ達はまた愛を誓い合った。
ずっとお互いに尽くしあうって、赤い海でママにお別れを言ったあの時みたいに。

「うええええええええええええええっ、ぐすっ、…っ…うえええええええええええんっ」

どうして、こうなちゃったんだろ?
あんなに愛してたのに、あんなに愛し合ってたのに。

「シンジいいいいいいいいいいいっ、うええええええええんっ」

もう、我慢できなかった。
悲しくて、辛くて、寂しくて、
シンジに会いたくて、
シンジと喋りたくて、
シンジが恋しくて。
アタシは、みじめったらしく泣き叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぅぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
泣き声。
アスカの部屋の方からだ。
僕は部屋を出て、すぐにアスカの部屋の前まで行く。
「シンジいいいいいいいいいいいっ、うええええええええんっ」
アスカが僕の名前を呼んでいる。
何かあったんだ!
そう思って扉を開けてはいろうとした。
「さみじいのよおおおおおおおっ、もう、こんなのいやなのよおおおおおおお」
ドアを開けようとした手を止める。
なんだ、寂しがってるだけか…。
また、フラッシュバックを起こしたんだと思った。
安堵する一方、そこまで寂しがらせてしまっている事に胸が痛んだ。
出来るなら今すぐに、アスカを抱きしめてあげたかった。
でも、だめだ。
そんな理由でアスカに会っちゃいけない。
僕は、アスカの部屋の前から立ち去った。

 

 

泣き声は聞こえなくなったけれど、
僕はずっと悩んでいた。
気丈なアスカが、あそこまで形振り構わず泣き喚くなんて…。
それほどまでアスカに無理をさせていた事が、不甲斐なくて仕方なかった。
どうにかして、寂しさを紛らわせてあげたいと思った。
そもそもこの半年間、アスカは僕の為に毎日黙って御飯を作ってくれているのに、
僕はアスカの為には何もしてこなかった。
僕も、アスカの為に何かしてあげるべきなんじゃないのか?
「って言ったって、何をすればいいんんだ?」
アスカが喜ぶ事をしてあげるのは簡単だけど、
アスカの為にやったんじゃ無いってアスカに思わせながら、アスカを喜ばせなきゃいけない。
でも、そんなのどうやって…。
「あ……。」
あった。

 

 

 

翌日の朝。
食堂に行っても朝御飯はまだ用意されてなかった。
普段ならこの時間なら作ってくれてるはずなのに。
多分、まだ部屋で臥せってるんだろうな。
僕はテーブルから一つ椅子を持ってきて、
そこに腰掛けた。
持ってきたチェロを、構えていつでも弾けるようする。
チェロを弾くなんてホントに久しぶりだ。
アスカに聞こえると思って調弦もちゃんとできなかったし、果たして上手く弾けるかどうか…。
若干の緊張を感じつつ、僕はチェロを弾き始める。
 

 

 

 

 

 

 

朝。
起きてすぐ、シンジの分の料理を作らなきゃって思ったけど、
立ち上がる気力が湧かなかった。

 

 

もう、シンジも起きてるはず、
いつも用意されている朝御飯がなかったら、シンジ困るかな?
ごめんシンジ。
今頃シンジ、アタシに何かあったんじゃないかって、アタシのこと、心配してるかもしれない。
…ううん。
そんなことないか。
昨日、あんなにみっともなくシンジの名前を呼んでも、シンジは来てくれなかったもの。
きっとシンジは、アタシのことなんて…。
 

 

 

 

微かに、音が鳴っているのが聴こえた。
耳をすまして聞いてみると、はっきりと、チェロの音色が聴こえた。
シンジだ。
アタシが、昨日泣いてたから。
きっと、シンジがアタシを慰めようとしてくれてるんだ。
しかも、この曲は…。
「っ……。」
嬉しくて、涙が出てきた。
静かに嬉し涙を流しながら、シンジの弾くチェロの音色に、心を寄せた。

 

 

シンジが弾いているのはバッハの「無伴奏チェロ組曲第1番プレリュード」
アタシ達がファーストキスを交わす前、
アタシが、初めてシンジの演奏を聞いた時、シンジが弾いていた曲だった。

 

 演奏はやがて、同じ「無伴奏チェロ組曲第1番」のアルマンドへ移り、
クーラント、サラバンド、メヌエットと続いていく。
メヌエットが終わり、最後のジーグが始まった時、
アタシはシンジの所へ向かった。
 

 

 

 

 

 

 

久しぶりの演奏で、曲を覚えているかどうかがまず心配だったけれど、
しばらく弾いている内に、そんな不安は消えていった。
ずっと弾いてこなかっただけあって、随分下手くそになってしまったけど、
そんなことは気にせずに、ただアスカが元気になってくれる事だけを願って演奏を続けた。

 

 

 

パチパチパチ…。

演奏を終えると、拍手が聞こえてきた。
拍手が聞こえた方を見ると、いつかみたいにアスカが微笑みながら僕に拍手を送ってくれていた。
「あ……。」
ありがとう、と言いかけて、慌てて僕は口を噤む。
アスカが、また笑ってくれた。
それが堪らなく嬉しくて、でもそれを表には出せなくて、
僕はアスカから顔を逸らし、誤魔化すように、「無伴奏チェロ組曲第2番」を演奏し始めた。
アスカはテーブルに座り、何も言わずに僕の演奏を聴き続けてくれた。
 

 

演奏の後、僕はチェロを片付けて、アスカが作ってくれた朝食を食べてから、
いつもの様に外に出た。

 

 

 

 「偶々演奏したくなったから演奏しただけ、って体を装ったけど、
 アスカの為に演奏したなんてこと、バレバレだよな…。」
アスカを突き放そうと無視してたのに、これじゃもう意味無いよな…。
でも、まあ、いっか。
アスカを泣かせ続けるよりは、きっとマシだろうし。
「それに、アスカがまた、笑ってくれた…。」
また、あんな笑顔をするように、なってくれたんだから。

 

 

 

 

時間が、いろいろなものをうやむやにしていく。
アスカと離れ続ける決意が鈍り始めている。
もしかしたら、僕はもうすぐアスカとまた一緒になってしまうのかもしれない。
でも、もしまた僕がアスカを傷つけるような事をしてしまったら。
そう思うと、怖かった。

 

 

前へ      表題へ       トップへ       次へ

 


 

 

 

 

 

 

ショートエピソード。

前の話、次の話をそれぞれ独立させて載せたかったので、今回だけ異様に短くなりました。

小休止ということで。

 

アスカが日記を読むところは、書いている時にひどくデジャブを感じて、

書き終わった後よくよく考てみるとラーメンズのコントに似たようなくだりがあった事を思い出しました。

 

すっごくコクのある九州ラーメンとは、「アニメイトボイスカセット 新世紀エヴァンゲリオン 惣流・アスカ・ラングレー編」においてアスカの好物として出てきたもので、

実は多くのLAS小説や2ちゃんエヴァ板内のLASスレ内においてアスカの好物とされているハンバーグよりもずっと公式に近いアスカの好物です。

このボイスカセットではアスカの血液型はO型になってますが、これはアスカの血液型の公式設定がまだO型からA型に変わる前の物だからだそうです。

このLASSS内のアスカの血液型も現在の公式設定と同じA型です。

(ただし、今後また公式設定が変わる可能性があるので、もし変わった場合はアスカの血液型は変更後の血液型となります。)

ちなみに、この「アニメイトボイスカセット 新世紀エヴァンゲリオン」は、その名の通りカセット媒体であり、A面がシンジ編、B面がアスカ編となっています。

A面B面共に、延々とアスカとシンジのやりとりが続くのですが、

このやりとりは作者が公式、準公式でのシンジとアスカのやりとりの中で最も気に入っております。

もし機会がありましたら、LAS人にとって一聴の価値あるものだと思うので、是非一度聴いてみる事をお勧め致します。

 

 

アスカの日記内でのエピソードについて。

以前書く時間と余裕が無かったと書いた、甲府でのエピソードです。

結婚式の話は、シンジがドイツ語でアスカにプロポーズしたと書いている通り、

実は結構考えていて、実際に書こうとしていたのですが、

その話を書く寸前に、シンジがドイツ語でアスカにプロポーズするというLAS小説を読んでしまい、書く気力が削がれました…。

それもあって、こうやって日記ネタで出すくらいで、ストーリーの大筋とは殆ど関係ないですし、

時間も余裕も無い上にネタ被りな上にドイツ語もよくわからないので、思い切って書かないことに決めました。

結婚式ネタという事で、アスカの声優の宮村優子さんが出ていたアニメであるウェディングピーチの小ネタも挟もうとしていたんですがね…。お色直しとか。

まあ、私が書かなくても他の多くの方々のLASFF、LASSSでアスカとシンジの結婚式は描かれてもおりますし、

それでどうか各自補完して頂きたい。

 或いは、誰か私の代わりに書いてくれ。

 

 以上。

2009年12月8日 たう