Secondary  3_Mars-3

 

 

 

 

ある民家に、足を踏み入れた。
片手には、50口径のオートマチックの拳銃。
家の中である物を見つけて、僕はそれに狙いをつけた。
写真立ての中に納まった、この家の家族の写真。
赤ん坊を抱いて、幸せそうに笑う夫婦の写真だった。

 

あれ以来、昏い熱が常に身体に付き纏っていて、僕を突き動かそうとし続けている。
僕は銃を撃ち続けた。
撃たなければ気が済まなかった。
でなければあの悪夢が脳裏をよぎり、気が狂いそうになった。
腕の感覚がなくなるまで撃ち続けてようやく、少しの間だけ身体から熱が引いていった。

 

一日中銃を撃ち続けていると、当然の事ながら弾薬が凄い勢いで減っていった。
だから他の警察署や交番、銃砲店からも弾や銃を掻き集めた。
軍施設に入ってもっと強力な銃火器なんかの武器を持って来ようとしたけれど、
戦自の茅野基地がある茅野方面へは、山崩れによって入れなくなってしまっていた。
ここ諏訪湖周辺には軍施設は無い。
第二新東京市や甲府方面にもネルフや戦自の軍施設がまだ残っているけど、
到底日帰りでは帰れずアスカを心配させてしまうから、
軍施設から武器を持ってくることを僕は諦めた。
と言っても、警察署や銃砲店に手榴弾やアサルトライフル、RPGなんかがあったから、
元々それ程執着してもいなかった。
これだけあれば、身を守る武器としては十分だろうし。

 種類によるけれど銃の扱いにも大分慣れてきた。
拳銃に関しては構えて狙い撃つまでの時間も格段に速くなった。
命中率も高くなってきている。
体力も、曖昧な目的で何となく鍛えていた以前と違って、
強くなる事を目的に吐く程身体を動かす様になったから、気づけば以前よりも相当上がっていた。
技術的、体力的にも僕は充足し始めていた。
同時に、まだ決定的に足りないものが僕にはある事も自覚し始めた。

 

 

照星には、写真が重なっている。
「はぁー…っ…はぁー…っ…はぁー…」
息を強く吸い、長く吐く事で、乱れそうになる呼吸を整える。
僕は、トリガーに指を掛けた。

 

人が帰ってきた時、僕達に襲いかかって来るのは決して夢の中に出てきた下種共のような人間ばかりとは限らない。
例えば、人が帰ってきた直後の無法状態の中で、レイプされてしまった女の人たち。
例えば、帰ってきたときに赤ん坊と離れ離れだった為に、赤ん坊を亡くしてしまった夫婦。
例えば、暴動や略奪で、大切な人を殺されてしまった人たち。
もし、そんな人たちがあの心の混じりあった世界で、僕がサードインパクトを起こした事を知ったら、
果たして僕の事を許してくれるだろうか?
大切なものを奪われた自分達と同じように、僕からも大切なものを奪おうとするんじゃないだろうか?
そう、アスカを。

 

撃った。
写真は、写真立てごと吹き飛んだ。
写真立ての破片が後ろの壁にぶつかり、落ちた。
「……。」
銃が、手から滑り落ちた。
手が震えてる。
罪悪感が溢れてくる。
「……っ!」
僕は、奥歯を強く噛み締めた。
「これで、いいんだ…。」
そう、これでいい。
そういう人たちに、僕はきっと憎しみを向けられない。
だから、この感覚に、今の内から慣れなきゃいけない。
この感覚の中でも、その人たちを、殺せるように。
だからこれで、いいんだ。

 

吹き飛んで宙を舞っていた写真が僕の足元に滑るように落ちた。
写真の中の赤ん坊の頭が、打ち抜かれて無くなっていた。
「………くっ!!!」
僕は写真を拾い上げると、元が何の写真かわからないほど細かくバラバラに千切った。
そして窓から、風に乗せるように棄てた。

僕には、戦う資格なんて無いんだ。

風の中に、そんな声を聞いた気がした。

 

今、気づいた。
どうして人が帰って来る事が、あんなに不安だったのか、
その本当の理由を。
サードインパクトを起こしてしまったという、罪。
誰かが苦しむ姿や悲しむ姿を見たわけじゃないから、実感なんて沸かなかった。
でも、人が帰ってきたら、
僕は、自分がしてしまった事の意味を目の当たりにして、
自分の罪に、向き合わなければならなくなる。
今まで目を逸らしていられた罪から、もう、目を逸らせなくなってしまう。
それが、怖かったんだ。

 

 

 

 

旅館に付くとアスカが出迎えてくれた。
「おっかえり〜!シンジッ!」
アスカが僕に抱きついた。
「ただいま、アスカ。」
「疲れたでしょシンジ?御飯にする?お風呂にする?
 …それともぉ、ア・タ・シ?きゃあ〜〜〜〜♪」
「往年のお約束だね…。」
僕は苦笑した。
「もぉ〜〜ノリわる〜い。くら〜い。ヤナ感じ〜〜。
 …で、ホントにどうするのシンジ?」
「ん…、そだね。お腹も空いたし、汗も流したいけど、
 それより…。」
「んっ…。」
僕はアスカを抱きしめながら耳に口付け、そのまま、
「はぁ、あっ…やんっ…」
唇を首筋に落とし、アスカの服に手を掛けた。
そのまま、玄関先で僕はアスカを押し倒した。

 

そうする事で、昏い気持ちを忘れようとした。

 

 

 

 

 

「もぉ〜〜、せっかくさっきお風呂入ったのにまた汚れちゃったじゃない。」
事が終わってアスカが言った。
「アスカ、自分から誘ってきたんじゃないか。」
「むぅ〜〜〜、ふんっだ!シンジのバカ。エッチチカンヘンタイ。
 …いいもんっ、もっかいお風呂入ってくるし。」
アスカが立ち上がる。
「あ、待って、僕も行く。」
僕も立ち上がる。
「えぇ〜〜〜?シンジもぉ?」
アスカが嫌そうな顔で言った。
「な、何だよアスカ、僕だけ待ってろって言うの?」
「うん。」
「ひどっ!っていうか、一緒に入るのが嫌なら別々のお風呂に入ればいいだろ?」
「はんっ!そんな事言って、どうせ一緒のお風呂に入ってきてエッチな事しようとする癖に。」
「しないよ!」
「え〜〜?しないの…?」
アスカが上目づかいで僕を見上げて、首を傾げて訊いてきた。
う、かわい…じゃなかった。
明らかに僕をおちょくっている。
「もうっ、からかわないでよアスカ。もう面倒だから先いくよ。」
僕は風呂場に向かって歩き出した。
「あ〜〜ん♪待ってよシンジ〜〜♪」
アスカが僕の後について来て、腕を絡めた。

 

アスカが銃を撃つ事を止めてから、アスカは以前のように元気になっていった。
アスカと僕の間からも、ギクシャクした気まずい雰囲気は消えていった。
銃を撃っている所をアスカに見られた時、またアスカが自分で自分を追い詰めたり、
アスカとの間がギクシャクし始めるか心配だったけれど、そんな事も無く、
アスカは元気に笑い、僕達の関係は良好なままだった。
どうして、僕がまた銃を撃ち始めたのか。
その事について僕は、アスカに何も言わなかった。
アスカも、僕に何も訊かなかった。
僕もアスカも、その事を話し合うことを避けた。
お互いに、問題なんて無いように振舞った。
だからこそ今、僕達は上手く行っているんだろう。
欺瞞。
今の僕達の関係は、そう言えるものなのかも知れない。
でも、これでいいと僕は思う。
アスカが、幸せそうだから。

 

そして何事もなく、変わらない日常が流れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもの様に銃を撃つ。
いつもの様に走る。
いつもの様にサンドバックを殴る。

 

更に半年も経つと、僕を突き動かそうとするあの昏い熱も引いていき、
僕は習慣としてただ機械的に鍛えるようになっていた。
あの悪夢は、平穏な日常の中で記憶から次第に薄れていき、
それに従って、僕は自分を鍛える情熱を失っていった。
代わりに大きくなっていくのは、空回っている、という空しい感覚。
それと、心と身体に粘りつくような重たさ。

 

その重たさは、時が経つにつれて次第に増していった。
幸せな日々が、その重さを増幅させていた。

僕に、幸せになる資格なんて無いんだ。

そんな声が、頭の何処かからずっと聞こえるようだった。
僕を責める、僕の声。
僕が立ち上がろうとするのを妨げ、僕を塞ごうとする声。
皮肉な事だけれど、引いていったあの昏い熱の変わりに、
今の僕を突き動かしているのは、この重たさとその声に対する反発だった。
 

 

カヲル君を殺してしまった後、僕はこの重たさや声に屈した。

何故、殺した。

僕は、その声や重たさから逃れる事ばかりを考えて、エヴァに乗ろうとしなかった。
だけどそのせいで、ミサトさんが、アスカが死に、僕は成す術も無くサードインパクトを引き起こした。
そしてアスカに、今も残る深い心の傷を残してしまった。

 

だから、僕はもうこの声と重たさに屈しない。
もう、アスカにあんな辛くて苦しい思いをさせはしない。
例え、僕が壊れたとしても。

 

 

 

 

 

写真。
服。
帽子。
人形。
それらが主な、人に見立てた「的」だった。
僕はそれらに頭の中で人を重ねて、撃ち殺す為の訓練を続けた。
だけど、成果は芳しくない。
撃つまでは人をイメージ出来ているのに、トリガーを引く瞬間は、どうしてもそのイメージが消えてしまう。
つまり、撃つ瞬間は、僕は的を「人」ではなく、そのまま的だと思って撃ってしまっている。
逆に、人のイメージが消えないようにすると、いつまでもトリガーを引けなかった。
いくら練習しても僕のこの癖は直らなかった。
でも、これはこれでいいのだろう。
ある兵士の心理について書かれた本によると、
兵士は銃を撃つときは相手を人間とは認識せずに撃つ、のだそうだ。
原則として人間は相手を自分と同じ人間と認識してしまうと殺せなくなるから、
撃たなければならない時は、相手は人間では無いと認識せざるを得ない、でなければ大概の兵士は撃てないのだそうだ。
ただ、中には楽しんで人を撃てるような兵士もいるけど、これは興奮などで一時的、
あるいはサイコパスのように精神疾患によって慢性的に、
相手が何であるか、自分の行為が何であるかの意味、認識を喪失している状態、
或いは、相手と自分の間には狩る側と狩られる側という立場的な絶対的境界線があって、
相手が自分とは全く異質の下等な存在にしか見えなくなっている状態によるもの、
つまり、これらの場合もあくまで相手を人間とは認識していない状態と同一線上の心理状態でしかないそうだ。
なら、僕がトリガーを引く瞬間にだけ人間というイメージを的から外してしまうのは、
人間として当然で、合理的な反応といえるんだろう。
人のイメージを撃つ直前まで重ねておくというのも、最初から的を「的」として撃つよりは、
実際に人間を相手にしたとき、相手から「人のイメージ」を頭の中で消す感覚を掴むのに有効だと言えるかもしれない。
とは言え、本物の人間を相手に試した訳じゃないから、実戦でこの訓練の成果が出るかどうかはわからない。
確実に撃てる自信があるのは、あの悪夢を思い出した時の様に、憎しみに捉われた時だけだった。

 

 

 

 

撃ち終わると、粘りつくような疲労感がいつも襲ってくる。
帰る前に、鈍って重い頭でぼんやりと、少し休む。
 

僕には、幸せに生きる資格なんて無いんだ。

「……。」
まるで本当に耳元で囁かれたみたいに、やけにはっきりと聞こえた。
こんなにはっきり聞こえたのは、初めてかもしれない。
アスカも、こんな感じだったんだろうか?

僕には、生きていく資格なんて無いんだ。

またか。
資格が無い?
だからなんだよ?

人殺しの癖に。
これから先も、殺して行く癖に。
そんな人間に幸せに生きる資格なんて無いよ。

関係ないよ。
元々、人殺しどころか、サードインパクトを起こして全生命を殺したっていう、
償う事の出来ないほど大きな罪を僕は犯したんだ。
今更なんだよ。
自分は人殺しだ何だと悩む事なんて。
どの道、償い切れない罪なんだから今更罪が増えた所で何だって言うんだ?
それに、殺さなければ僕もアスカも幸せになるどころか生きてすら行けない。

生きて、どうするんだよ?

どうもしない。
ただ生きるだけだ。
アスカを守り抜く、ただそれだけだ。
それに、アスカが幸せなら、アスカが生きてくれるなら、僕は死んでも構わない。

じゃあ死ね。

死ぬさ。
死んだらね。

………「みんな」が、認めてくれると思うなよ。

…くだらない。

休むのを止めた。

 

 

 

 

民家の中。
何か人に見立てられそうな物を探す。
人に見立てた物を撃つのは、今日はもう止めようと思っていたけど、、
どうにもイライラしてもう一度撃ちたくなった。
踏みにじるように、家の中を荒らしていく。

みんなが認めてくれると思うなだって?
今更そんな事、思うもんか。

じゃあ、どうやって生きていくんだよ?
僕達だけで生きていくつもりか?

そうだよ。

はっ、
何処かの山奥や、無人島で自給自足でもするとでも?
まあ、出来無くは無いだろうね。
でも、「みんな」が僕達を放っておいてくれるかな?

殺すだけだ。

誰かがいなくなれば、その誰かを「誰か」が探しに来るだろ?
悪循環でしかないさ。
それに、人殺しをする僕を、アスカが認めてくれるかな?

……。

大丈夫。
認めてはくれるさ。
またトラウマに苦しみながら、
無理をして、自分で自分を追い詰めて、
不幸になりながら、
アスカは僕の傍に居てくれるさ。

うるさい…。

アスカも僕と離れるよりは僕と一緒に居る方が幸せだろうし、
僕もアスカも幸せで、よかったじゃないか。

うるさい。

アスカの為だって?
僕が、後悔したくないだけだろ?
これの何処が、アスカの為なんだよ?

「うるさいっていってるだろっ!!!!!!!!!」

目の前が真っ赤になった。
すぐ前にあった壁を殴りつけると穴が開いた。
椅子を蹴り飛ばし、机を持ち上げて投げ飛ばした。
家の中の物を、手当たりしだいに壊し回る。
 

 

 

 

 

 


 「はぁっ…はっ…はっ…はっ…」
我に返ると、いつの間にか僕は民家の庭先に出ていた。
虚しくて、胸にぽっかり穴が開いたようだった。
「……。」
銃は何処かに落としたようだ。
でも、探す気力はない。
僕は、真っ直ぐ住処へ帰った。

 

 

 

 

 

 

 

「おっかえり〜!シンジッ!
 …あら、ずいぶんお疲れみたいね?」
「ただいま。」
「シンジ、今日はどうする?」
「ごめん。今日はとりあえずもう、眠りたい…。」
「そっか…、じゃあお布団敷くわね。」
アスカがとてとてと僕達の寝室に向かう。
僕もその後にゆっくりと向かう。
部屋に着くと敷布団が既に敷かれていた。
「ちょっと待っててシンジ。今シーツ…ちょっと!」
アスカが敷布団にシーツを被せる前に、僕は布団に倒れこんだ。
「もうっ…。」
そう言って、アスカが部屋を出て行った。
「……。」

どうして、何も訊いてくれないんだ…。

そんな、勝手な事を思いながら、僕はまどろみの中に沈んでいった。

 

 

 

次の日、久しぶりに銃を撃つ事も、鍛える事も、家事さえもしなかった。
アスカは、そんな僕に何も訊かず、僕に笑いかけてくれた。
それは、優しさからのものなのだろうけれど。
欺瞞。
その言葉が、常に僕の頭の中にはあった。

 

落とした銃を探しに、民家に戻ってきた。
身体を鍛える気力はまだ、戻っていない。
しばらく探すと、倒れた箪笥の下に銃を見つけた。
 

銃を持っても、撃つ気になれなかった。
何もしないまま、背もたれの壊れた椅子に腰掛けて、ぼんやりと空を眺めていた。
 

 

もし、人が帰ってきて混乱期を乗り越え新しい社会秩序が戻った時、
人の社会は、僕達を認めてくれるだろうか?
僕は、きっと駄目だろう。
サードインパクトを引き起こした僕の罪は、決して許されるようなものじゃない。
でも、アスカは?
まともな秩序を社会が取り戻したなら、アスカは助かるんじゃないのか?

 

「……。」
そうだ…。
そうだよ!
アスカは最後まで戦った。
僕と違ってサードインパクトを防ぐ為に、逃げずに、苦しめられて殺されるまで戦ったんだ。
アスカ自身の意識がどうだろうと、その事実は変わらない。
なら、むしろ、アスカは人類の為に最後まで戦った英雄として扱われるかもしれない。
それなら、人の社会でもアスカは生きていける!
幸せになれる!

 

気持ちが一気に晴れた。
天啓を得た気分だった。
嬉しくなって僕は立ち上がり、的を用意して銃を撃ち始めた。
 

そうだ!
アスカは幸せになれるんだ!
でもその為には、アスカはなるべく汚れちゃいけない。
僕だけだ。
僕だけで殺すんだ。
混乱期を乗り越えるまで、人の社会が秩序を取り戻すまで、
僕がアスカを守る。
それが僕の、生きる意味だ!

 

憎しみでも、意地でもない、新しい意味が僕の中に今生まれた。
人を殺す、新しい意味が。

 

 

 

 

 

「おっかえり〜!シン…」
「ただいまっ!!!アスカ!!!」
アスカが出迎えてくれるなり、僕はアスカに抱きついた。
そしてそのまま、困惑するアスカの額に、頬に、耳にキスの嵐を降らせた。
「ちょっ、ちょっとシンジ、いきなりどうしちゃったのよ?
 昨日はあんなに元気なかったのに。」
「ん?ちょっとね。」
そう言って僕はニカッと笑った。
アスカが少し怪訝な顔で僕を見た。
「ふ〜ん?まあ、いいけど…。
 ねぇシンジ今日は…きゃあ!…やあんっ…ちょっとぉ…」
アスカの首筋に吸い付き、身体をまさぐった。
嬉しくて、今すぐアスカを抱きたかった。
「ふっ…んっ…」
「もうっ…」

 

 

 

 

 

「すぅ…すぅ…」
隣で、アスカが眠っている。
疲れたんだろう。
こんなにしたのは、久しぶりだし。
「……。」
もし、人の社会が秩序を取り戻したら、僕が裁かれる事は免れ得ないだろう。
それがどんな形であれ。
僕は、アスカから離れなければいけない。
でなければ、アスカを不幸にしてしまう。
僕の不幸に、アスカまで巻き込んでしまう。
「……。」
アスカの頬を撫でた。
このやすらかな時間も、いつかは終わる。
そう思うと、悲しくなってしまう。
だから、せめてそれまで、アスカを独り占めしよう。
それまでは、僕だけのもの。
僕だけの、アスカだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いってきます!!!」
「いってらっしゃい。シンジ。」
シンジが出掛けていった。
多分、今日も銃を撃つのだろう。

 

最近、シンジが元気だ。
以前あったような暗い雰囲気が、今は何処にも無い。
銃を撃ちに行くのも、以前は思い詰めた様な顔をして行ってたのに、
今は、まるで楽しみで仕方ないみたいな顔で行くようになった。

 

「喜ばしい事、なのかしらね…。」
人を殺しに行く練習を嬉々としてするというのは、どうかと思うけど、
その是非はどうあれ、シンジが元気であること自体は、喜ばしいことよね。
「……。」
喜ばしい、はずだけど、
面白くない。
そう思っている、アタシがいる。

 

 

「ただっいま〜!アスカ!」
「おかえり、シンジ。」
帰ってきて早々、シンジがアタシに抱きついて、キスの嵐を降らせる。
その手が、アタシの身体をまさぐる。
「も〜、また今日もぉ?」
「だって、したいんだもん。」
そう言ってシンジが、またアタシの身体を愛撫する。
「しょうがないわねっ……あんっ…」
アタシは快感に身を委ね、シンジのなすがままにされる。
「あっ…はあっ…ぁ…」
気持ちいい。
そのままいつものように、夢中になっていく。
だけど、
「んっ…あっ…や、あっ…」
頭の何処かで夢中になりきれず、冷めているアタシがいた。
 

 

 

 

 

「ねぇアスカ、最近なんか元気ないよね?」
ある日、シンジがアタシに訊いた。
「え………、
 そんな事ないわよ?単なるシンジの気のせいじゃない?」
アタシが、笑って返した。
「そーかな?なんかアスカ、あんま喋んなくなったような。
 出迎えのときも、抱きついてくれなくなったし…。」
シンジが、心配そうな目でアタシを見つめた。
「そんな事……、
 そ、そうよ。
 最近シンジ、やたらと元気だから、それに付き合うアタシもちょっと疲れちゃって、
 それで…。」
「そっか…、ごめんアスカ。確かに最近の僕はちょっとうざかったよね…。」
「別に、うざいってわけじゃ…、ただ、ちょっとしんどいだけで…。」
「わかった、これからはちょっと控えるようにするよ。」
「うん。そうしてくれると、助かる…。」
 

 

女湯。
温泉に一人でアタシは浸かっている。
あの後すぐ、シンジから逃げるようにお風呂に向かった。
いつもはシンジも一緒に入るけど、あんな話の後じゃ流石に気を遣ってシンジはついて来なかった。
「うざがってるって、思われちゃったな…。」
まんざら嘘でもないけど、それは大きな理由じゃない。
「シンジ、アタシの事を心配してくれた…。」
アタシを心配して、アタシに訊いてくれた。
アタシは、シンジに何も訊けなかったのに。
訊けない事さえ、恥じようともしなかったのに。
「アタシ…。」
開き直って、シンジの事なんて何も考えないで、のうのうとシンジの傍で甘えてた。
なんて、勝手な女。
「……。」
ずっと忘れていた自己嫌悪の感覚を、久しく思い出した。

 

お風呂上り。
シンジは部屋に一人で座っていた。
背中が、何処かしょんぼりしているように見えた。
シンジの傍に行った。
アタシに気づいてシンジが振り向く。
「アスカ。お風呂上がったんだ。」
「うん。」
アタシは、シンジに抱きついた。
「アスカ?」
「さっきは、ごめんね。」
「気にしてないから謝んなくったっていいよ。」
シンジが、苦笑した。
「…ねぇ、シンジ。
 したい?」
「え…。疲れたんじゃ無かったの?」
「もうっバカ!察しなさいよね。
 せっかく、このアタシからわざわざ誘ってあげてんだから。
 …で、どうなの?」
「う…、まあ、少し…。」
「そ…。」
アタシは、シンジの正面に回り、腰に跨る。
シンジに口付けた。
「ふっ…んっ……」
「んっ…んんっ…」
舌を長く伸ばし、シンジの口の奥まで舐る。
シンジの舌が、アタシの舌に応える。
シンジの口の中で、アタシの舌とシンジの舌が深く絡まる。
「ぷはっ…。」
一頻り、頬張ると、アタシはシンジから口を離した。
「ねぇシンジ…さっきのお詫びにさ、久しぶりに今日…アタシからシンジを責めてあげる。」
そう言ってアタシは身体をずらし、シンジのシャツを捲り上げて、乳首に舌を這わせた。
「はぁあ!…あ…アスカぁ…」
シンジが、切なそうな目でアタシを見ている。
ぞくぞくする。
アタシの中の嗜虐心に火がついた。
「んっ…ん、今日はたっぷりサービスしてあげるからね♪シンジ♪」
そしてアタシは、また行為に没頭した。
「はぁ…あっ…アスカっ!…あ、おああっ!…」
シンジの喘ぎ声が、部屋に木霊する。

 

 

 

 

「はっ、はあっ、はっ、んっ、んんっ…」
寝そべるシンジの上に跨って、アタシは腰を上下に振る。
アタシの中で、アタシ達を繋げるシンジのものが行ったり来たりする。
「はあっ…どうっ?…シンジッ?…あんっ…」
「はあっ…いいよアスカっ…もうっ…僕っ…」
シンジが、限界みたいだ。
「はぁ…あっ…いいわよシンジ、このままっ…出して…」
「はあっ…アスカッ!…」
シンジが、騎乗位で動くアタシの腰を掴んだ。
「え…?」
シンジにいきなり腰を掴まれ、アタシは困惑した。
「はっ、はぁ、あああっ、はぁあああ!」
今まで下で動かなかったシンジが、いきなり凄い勢いで突き上げだした。
「ちょっ、シン…やだっ!そんないきな…んああっ!ああっ!!あっ!!ああああっ!!!」
訳もわからない内に突然激しく動かれて、昇ってくる快感の波に抗えなかった。
「はっ!はっ!はあっ!はあっ!」
「ああっ!!!!だめっ!!!!ああああああっ!!!!!!!」
「アスカ!!!アスカッあああああああ!!!!!」
「シンジっ!!!もうっ!!!あああああああああっ!!!!!!いっちゃう!!!あああああああああああ!!!!!」
頭の中が真っ白になった。
「くうっ!!!!」
下から突き上げるシンジの動きが止まり、身体が一瞬硬直した。
お腹の中に、熱いものが溢れた。
アタシの中に入っていたシンジの硬いものが、しぼんでいく。
シンジの身体から、力が抜けていく。
シンジと繋がった部分から中に出された白い液が溢れた。
アタシも力が抜けて、身体を支えていられなくなり、シンジの上に倒れこんだ。
「はぁ…はぁ…もうっ、アタシがっ…気持ちよくしてあげるってっ…言ってんのに…。」
「はぁ…、ごめん。ついさ…。」
「まあ…気持ちよかったから…いいけどね…」
「うんっ…僕も…」
シンジが、アタシの頭を撫でた。
「ん…。」
その心地よさに、アタシは目を瞑る。
 

ずっと、こうしていて欲しい。
ずっと、アタシだけを見ていて欲しい。
アタシだけを。

 

どうして、今日はこんなに気持ちよかったんだろう?
ここの所、セックスしていても何処かにあった冷めた気持ちをさっきは感じなかった。
いつもと違うのは、アタシから、お詫びのつもりでシンジの為に始めたって事。
そっか…。
きっと、単なる自己満足にしか過ぎないとしても、アタシからシンジの為にしてあげたからだ。
アタシの中にある、シンジの為に何かしてあげたいという気持ち。
ずっと目を逸らしていたこの気持ちに、アタシがほんの少しだけだけれど、応えたからなんだ。
シンジと一緒にいる資格がアタシにはあるって、少しだけだけど、思えたからなんだ。

 

眩しかった。
楽しそうにしている最近のシンジが。
自分の思いに目を背けず、潰されずにいるシンジの姿が。
逃げたアタシには、そんなシンジの姿が眩しかった。
弱いアタシには、シンジと一緒にいる資格なんて無いと、心の何処かで思っていた。
だから、面白くなかった。
だから、心の何処かが、いつも冷めていた。
そう思うのも仕方ないと自分で自分を納得させていた。
 

 

でも、やっぱりそんなのは駄目ね。
アタシも、シンジに胸を張って生きれるようにならなきゃね。
シンジを守る事はできなくても、シンジの心に怖くて触れられなくても、
弱いアタシにはアタシなりに、シンジの為に出来る事があるって、気づいたんだから。

 

 

「ところでアスカ。ホントに今日、中に出しちゃって大丈夫だったの?」
「何よ〜シンジ、今更びびっちゃってんの?男の癖になっさけないわね。」
「う、うるさいなぁ。ちょっと訊いてみただけだよ。念の為に。」
「ふ〜ん…。
 ま、そ〜ね、前の生理から一ヶ月近く経ってるし多分排卵日は過ぎてるから、心配しなくったって大丈夫、
 正真正銘、今日は安全日よ。」
「そっか…。」
「ほっとした?」
「まあね…。流石にまだ、子供をつくる気にはなれないしね。」
「ま〜ね。それに赤ちゃん出来ちゃうと、自由にこんな事も出来なくなって、お楽しみも減っちゃうしね。
 子供をつくるにしても、もうちょっと二人だけの時間を楽しんで、かつ、餓えないように植物が帰ってきてから。それからよね。」
「…うん。そうだね、アスカ。」
 

 

 

 

 

 

おかしい。
いつもならそろそろ来てる筈なのに、生理が来ない。
まさか…。
まさかね…。

 

最後の生理が来て既に二ヶ月ほど、
未だ、生理来ず。

 

「シンジ、それ取って。」
「はい。アスカ。」
シンジから渡された醤油を、フリーズドライから戻されたほうれん草の御浸しにかけた。
「……。」
ほうれん草の御浸しを頬張りながら、シンジの方を見る。
もし、赤ちゃんが出来たかもしれないって言ったら、シンジどう思うかな?
そう考えると不安だけど、とりあえず言っといた方がいいわよね…。
「…ねぇシンジ。」
「ん。」
シンジがまた醤油を渡してきた。
思わず受け取る。
「ありがと…って、ちがうわよ!醤油はもういいのっ!
 そうじゃなくて、その…もし、もしね、赤ちゃんできちゃったって言ったら、シンジ、どうする?」
「え……?」
シンジの表情が固まった。
「…ホントなの?アスカ?」
「い、いやまだそうと決まった訳じゃないのよ?
 ただ、この前シンジが中に出しちゃってから、まだ生理が来てなくて…。」
「……。」
シンジが呆然としている。
「でも、単なる生理不順ってだけなのかもしれないし、
 つわりみたいなのも全然出てないし、まだ検査薬で調べたわけでもないし、だからあくまで、もしかしたらって話で…。」
「…そっか。」
「うん…。」
「…ま、まあ、でも、ホントに出来ちゃってるんなら、それはしょうがないよね。
 もし赤ちゃんが出来てたらさ、自信ないけど僕も精一杯助けるよ。アスカの事。
 だから心配しないで、アスカ。」
「あ…うん。ありがと、シンジ。」
「ほらっ!そんな不安そうな顔しないでよ。
 アスカらしくないし、それに、胎教にもよくないしさ!」
そう言って、シンジが笑った。
アタシは、その笑顔に安心する。
「ばかっ!まだ出来てるか決まってないんだし気が早いわよ!」
「あははっ!そうだったねっ!」
「もうっ…。」

 

子供が出来ても、シンジが助けてくれるって言ってくれて、嬉しかった。
でも、その反面、
「もっと、喜んでくれると思ったのにな…。」
そう思っている、アタシがいた。
 

 

翌日、早速妊娠検査薬で調べた。
結果は、シロだった。

 

その二日後に、いつもどおりに生理が来た。
結局、単なる生理不順でしかなかったみたいだ。
その事をシンジに伝えると、
「そっか…。」と気の抜けたように呟いて、それから、アタシに慰めの言葉をかけてくれた。

 

昔、シンジが赤ちゃんが欲しいって言ってくれたとき、アタシも欲しいと思った。
でもそれは、シンジがアタシの事をそこまで思ってくれていた事が嬉しいかったから、アタシも欲しいような気になっただけで、
あの後、二人だけの生活を続けている内に、シンジさえいてくれるなら、別に子供なんて欲しく無いとアタシは思い直していた。
いつかつくるにしても、今、この時期に赤ちゃんが出来るのはアタシも望んでいなかったし、
赤ちゃんが出来ていなかった事に、むしろアタシは安心している。
なのに、
出来ていなかった事を聞いた時の、シンジの何処かホッとしたような表情と、
アタシを慰めるシンジの言葉に、傷ついているアタシがいた。
 

「子供なんて、いらないって思ってたのに…。」
一人の時、そっとアタシは呟いた。
 

 

 

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