Secondary  2_Jupiter-13

 

 

 

 

 

 

「凄い雨ね。」
「うん。」
夜の闇の中を、轟々と音を立てて雨と風が吹き荒れている。
僕達は今、普段暮らしてる旅館を離れて、盆地の中でもまだ海抜の高い場所にあるホテルにいる。
理由は、洪水を警戒してのものだ。
僕らが暮らしている旅館のあるあの地域一帯は、昔から何度も洪水被害の出ている場所だった。
加えて、サードインパクトで森が無くなった事で、土砂崩れや土石流、
そしてにそれに伴う地形変化が起こりやすくなっている。
河の堤防は、いつ決壊してもおかしくはない。
それどころか、河の流れる場所が変化して、今まで河が無かった場所にいきなり河が出来る、なんて事も起こりえる。
だから僕達は、必要な物を持って此処に避難して来た。
今までも何度か、今日みたいに雨が強い日は此処で過ごしてきたけど、幸いそんな事はまだ起こっていない。
だから、一応此処に避難してはいるものの僕達にはあまり危機感は無かった。
「あ〜あ、外なんて見てたって気が滅入るだけね〜。」
「そうだね。アスカ、何かゲームでもする?」
「そ〜いう気分でも無いのよね。…んしょっと。」
アスカが僕に抱きついてきた。
「ん?」
「うん。やっぱ、落ち着く。」
「ん。」

 

 

 

 

 

「まさに泥の海ね…。」
翌日、いつもの旅館に帰ってくると、ついに洪水が起こってしまったらしく、
旅館の中が滅茶苦茶になってた。
水は既に引いてるけど、入り込んだ土砂のせいで床は泥濘になってる。
「いつかはこんな日が来るとは思ってたけど…。」
昨日まで危機感なんて持って無かったせいか、ひどく唐突に起こった事のような印象だった。
「もう、ここじゃ暮らせないわね…。」
「そうだね…。」
まだ河がどうなってるか見ていないけど、きっと堤防が決壊してるはずだ。
なら、例えまた此処を掃除したとしても、昨日みたいな雨が降る度に、ここは水に浸かることになる。
ずっとアスカと一緒に暮らしていたこの旅館を離れるのは名残惜しいけど、
他の場所に移るのが得策だろうな。
「いつでも温泉に入れたし、快適だったんだけどな〜。」
「しょうがないよ。それに、住める場所はまだ他にもあるんだしさ。」
「でも、もう温泉には入れないのよね…。」
ここの露天風呂も、泥の中に埋もれてしまっていた。
「まあ…、でも、温泉に入れなくなっても、まだドラム缶風呂とかあるしさ。」
「えぇ〜ドラム缶風呂ぉ?!ずうっと前に入ったけど、めちゃくちゃ狭かったじゃない!
 たまになら兎も角、あんな窮屈なのに毎日入るのなんて嫌よ!!」
「しょうがないだろ。ここはもう使えないんだし。他の温泉は元々、全部駄目になってたんだし…。」
「むぅ〜〜〜。」
アスカがむくれた。
「……。」
「……そうだ。また探せばいいのよ。」
「探すって、また此処みたいな場所を探すの?」
「そうよ。でも、甲府盆地にはもうこんな所はないから、今度は諏訪湖の方まで探すの。
 あそこも確か温泉ってあったでしょ?」
「結構面倒だよ?荷物も運ばなきゃいけないし。」
「面倒でも探すのよ!ど〜せ大してやる事もないんだし。
 それに一旦此処の生活に慣れてしまった以上、いつでも温泉に入れない生活なんて我慢できないわ。」
「まぁ、確かに僕もここでの生活に慣れちゃったし、いつでも温泉に入れないのは嫌かな。」
「でしょ?だったら…」
「うん、探そっか、温泉。それに、ずっと此処で暮らしてたから違う場所にも行ってみたいしね。」
「さっすがシンジ!そうこなくっちゃ!
 やっぱ人生は攻めあるのみ!妥協なんかしちゃいけないわね!
 ぬるま湯に浸かってやり過ごすだけの人生なんて死んだも同然よ!」
「まあ、ぬるま湯に浸かる為に探しにいくんだけどね。」
「くだらないちゃちゃ入れてんじゃないわよ!そうと決まったら早速準備するわよ!」
「うん!」

 

 

 

 

 

諏訪湖のある諏訪盆地は甲府盆地と繋がっている。
だから僕とアスカは山を越える必要が無かった。
それでも土砂崩れや洪水が原因で道や橋が何箇所か分断されていたけど、道を変えながらも何とか進み、辿りつく事が出来た。
諏訪盆地まではサードインパクトの爆風もそれほど届かなかったみたいで、倒壊したり崩れている建物は山沿いの建物だけだった。
ただ、四方が山に囲まれているせいで山から吹き降ろす風に乗ってきた砂塵が街に降ってきてるんだろう、
街全体が砂や土で汚れていた。
でも、今日みたいに風の弱い日には砂塵は降ってきてないし、風の強い日は建物の中で砂塵をやりすごせば、問題は無さそうだ。
この辺りの温泉施設は諏訪湖近辺に集中していたので、僕達はまず諏訪湖に向かった。

 

 

 

諏訪湖湖岸。
「水の色、あんまり赤く無いわね。」
湖の色は海よりもずっと薄い赤だった。
元々どれくらいの赤さだったのかは知らないけど、
水の循環が進んで、LCLが薄くなったっていうのはあるんだろう。
「きっと後数年もしたら完全に元の湖の色に戻るんだろうね。」
「そっちの方がいいわね。やっぱ赤い水なんて気持ち悪いもん。」
「人が溶けてるってのもあるしね。」
だから、例え水に困ったとしてもこの湖の水を飲む事なんて出来そうに無い。
「そろそろ行きましょシンジ。この近くにあるんでしょ?」
「うん。」

 

 

 

 

湖畔近くにある温泉は、全部湖の中に沈んでいた。
山からの砂塵や土砂で湖底が高くなってしまったからなんだろうか、
湖の水位はサードインパクト以前よりかなり高くなっているみたいだった。
探し回った末、湖から離れた所にまだ水の浸食を受けていない温泉旅館があった。
温泉もまだ入れる。
僕達はそこで暮らすことに決めた。

 

 

しばらくそこでの暮らしを続けていたある日。

 

「ねぇシンジ、ここからもっと進んだらシンジが昔住んでた第二新東京市があるのよね?」
「そうだけど…。行くつもりなのアスカ?」
「シンジが昔住んでたとこ、ちょっと見てみたいなって。」
「そっか。確かに僕もどうなってるか気になるかな。」
「じゃあ、明日から行く?」
「うん。行こう、アスカ。」

 

 

 

 

 

松本−諏訪間大地下経路。
第二新東京市のある松本盆地と諏訪盆地を繋ぐこの大規模な地下道は、
第二次遷都計画に併せて第二−第三新東京間を繋ぐ大動脈となる大規模な道路建設計画の一環として計画され、建設されたものだそうだ。
セカンドインパクトによる地震被害において、地上に比べて地下、
それもより深度の高い地下の構造物ほど被害が小さかったというデータから、
セカンドインパクト等の大規模震災対策として長野自動車道の塩嶺トンネルよりも遥か地下、深度120の地点に建設され、
一般車道、鉄道、各種運搬搬送用特殊経路、更に、
セカンドインパクト級の超大規模災害発生時の緊急避難経路としての役割を持たせた小経路と、
小経路に繋がる五十七箇所もの地上への出入り口が存在している。

 

サードインパクトによって森が無くなった影響で、山を越えて地上から第二新東京市に向かう道は全て崩れるなどして途切れていた。
この大地下経路もメインの地下鉄道、地下車道への入り口は土砂の崩落で塞がっていたけれど、
山から離れた位置にある緊急避難用経路への入り口は無事で、ここから入る事が出来るようだった。

 

「酸素スプレーちゃんと持ってる?」
「はいはい、ちゃんと持って来てるわよ。
 まったく、空気の循環が止まってるかも知れないからってこんなものまで準備して、
 ほんっと心配性なんだから。」
「む…。危ないかもしれないんだから、備えるのは当然の事だろ?」
「まあね。
 しっかし、言い出しといてなんだけど、ちゃんと外にはでられるのかしらね?」
「大丈夫だよ、向こうの方が出入り口はいっぱいあるし、内部構造だって、もう地図無しでも把握できてるしね。
 一応地図も持ってきたけど。」
「……。
 何というか、
 アタシから言い出したのに、いつの間にかシンジの方が乗り気になっちゃてるわね。」
「だってさアスカ、何か冒険みたいでドキドキしない?」
「そりゃ、ちょっとはするけど…。
 ってーか、昔の反動かなのかも知らないけど、シンジもずいぶん子供っぽくなったわよね。」
「う…、うるさいなぁ。
 僕は昔からこんなんだったよ。ただ、表にださなかっただけで…。」
「シンジの場合、表どころか自分の心にも出してなかったけどね〜。」
「ぬ…、とにかくさ、早く入ろうよ。」
「はいはい。わかったわよ。」
 

 

中は完全に何も見えない程真っ暗だった。
単に時間が経ちすぎたせいなのか、それともEMPのせいなのか、
非常用電灯さえついていない。
僕は懐中電灯片手に、アスカの手を引いて進む。

 

「シンジ、ぜぅえったいに、アタシの手を離さないでよねっ!」
「わかってるよアスカ…。それにしても、ネルフが停電したときだって全然怖がってなかったのに、どうしちゃったのさ?」
「あの時はまだ薄っすらと周りの様子がわかるくらいには見えてたじゃない。
 こんな、自分の足元さえ見えないほど真っ暗じゃ流石のアタシだって怖いわよ…。」
「まあ、確かに…。」
僕も少し怖かった。
「でも、ネルフよりは広くも無いし、構造も単純だから、きっと迷ってもすぐに出られるよ。」
「そうだけど〜。」
「……。」
何ていうか、ここまで怖がるアスカなんて珍しいな。
悪戯心が少し芽生えた。
繋いでいる手を、離してみた。
「ひっ?!!」
アスカが驚く。
期待通りのリアクションだ。
でも、暗くてアスカが今どんな顔してるのかわからないのが残念だな。
アスカが慌てて僕の手を再び強く握ってきた。
「ちょっと!!!言ってる傍から何手ぇ離してんのよバカッ!!!」
「あははっ、ごめんごめん。アスカがあんまり怖がるもんだからさ。
 びっくりするかなって思って…。」
「っ!!!バカ!!!ほんっとさいってえっ!!!信じらんないわよこのバカッ!!!」
ちょっと予想外の剣幕だった。
怒り方自体はまだマシだけど、言葉の中に含まれる怒気は、相当本気で怒っている事を示していた。
「ごめん、こんなにアスカが怖がるとは思ってなくて…。もうしないよ。」
「当ったり前よバカ!!!次やったらもう二度と口きいてやんないんだから!!!」
「う…。ごめん、ホントにもうしないから…。」
「ふんっだ!」
「……。」
失敗だったな…。
険悪な空気になってしまった。
当然か。
「…シンジ、ちょっと止まって。」
「どうしたのアスカ?」
立ち止まると、アスカが手を離して腕を絡ませてきた。
「これでもうさっきみたいな事は出来ないわね。最初っからこうすればよかったわ。」
「……。」
何となく、懐中電灯をアスカと組んでいる方の手に持ち替えて、
アスカの頭を撫でた。
「…アンタちゃんと反省してるの?」
「うん。」
「……もういいわよ。まったく…。」

 

小経路はやがて大きな経路に出た。
かすかに焦げ臭いがした。
煤のついた柵の下に懐中電灯を照らすと、燃えた後のような車が何台もあった。
どうやら一般車道と繋がったみたいだ。
「事故で火災、いや、爆発でも起こったのかしらね…。てか、よくここの空気保ってるわね?」
「多分、爆発や火災の後もしばらくの間は非常用の空気を循環させる装置が動いてたんだろうね。
 もしかしたら今も動いてるのかもしれないけど。」
「それが動いてなかったらアタシ達今頃倒れててもおかしくなかったわけか。
 そう考えると結構危ない橋渡ってたわね…。」
「まあね…。もし空気の循環が出来てなかったら、酸素スプレーぐらいじゃどうにもなんなかったかもしれない。」
「…ま、アタシ達はこうやってここで無事に呼吸できてるんだし、
 もしもの話をして今更不安がったって仕方ないし、ちゃっちゃと先行きましょシンジ。」
「そうだね、アスカ。」

 

しばらく大きな経路を進むと光が見えた。
向こう側の一般車道の入り口は塞がっていないみたいだった。
空気の大半も、殆どはここから入れ替わっていたのだろう。
僕達はトンネルを抜け、そのまま車道に沿って第二新東京市に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二新東京市も、やはり土と砂で汚れていた。
とは言え、そこを除けば以前見た街並みと変わっていなかった。
とりあえず近くにあった適当な建物で、僕達は一泊した。

 

 

 

 

 

翌日。
第三中学校。
僕が第三新東京市に来る前に通っていた学校。
「へぇ〜ここがシンジが通ってた中学校なのね〜。」
アスカが僕の周りをうろうろしながら、興味深そうに校内を見回す。
「懐かしいな。ここを離れてまだ三年ぐらいしか経ってないはずなのに、
 ここに通ってたのが何だかもうずっと昔の事みたいに感じる。」
「この三年間いろいろあったからね〜。アタシもドイツにいた頃の事が遠い昔の出来事みたいだもん。」
「僕の場合、きっとここでの印象深い思い出が殆ど無いってのもあると思うけどね。」
「殆どって事はちょっとはあるんだ?」
「チェロが出来たから管弦楽部に入ってたんだ。だからそれでちょっとだけ…。」
「なるほどね〜。それでその中にシンジが密かに思いを寄せていた子がいたと。」
「いないよそんな子。なんでそうなるんだよ。」
「ちぇ、つまんないの〜。」
「いたらいたでやきもち妬く癖に。」
「ば〜か、そんな事くらいでやきもちなんか妬きませんよ〜だ。」
そう言ってアスカは僕にあっかんべーと舌を出した。
 


講堂。
「ここでよくチェロの練習をしてたんだ。」
「へぇ〜。」
「そういえばさ、同じ管弦楽部に入ってる子でバイオリンを引いてた子がいたけど、
 その子がアスカにちょっと似てたかな。」
「で、その子のことが好きだったと。」
「もう、誰もそんな事言ってないだろ。そんな風に意識したことも無かったよ。」
「ふ〜ん。友達だったの?」
「友達っていうか、同じ部活の仲間って感じかな。ちょっと話したりするぐらいだったし。」
「そっか。」
「安心した?」
「ば〜か。そんなんじゃ無いわよ。」
「はいはい。」
「……部活ってさ、楽しかった?」
「どうかな。
 今思えば楽しかったって気もしないでもないけど、
 ここにいた当時は、ただ部活に入ってるからやってるってだけで、それほど楽しいなんて感じてなかったかな。
 友達ってはっきり言えるほど親しい人がいたわけでも、チェロが好きだったわけでもなかったしね。」
「さみしい青春〜。」
「まあね。でも、その分今が楽しいから。」

 

 

「シンジ、ちょっと外に出てて。」
アスカと一緒に校内を回って、職員室に入っているときにアスカが言った。
「何で?」
「いいから。」
言われるままに外に出る。
「ぜぇえったいに、見ないでよ!」
そう言ってアスカは教室のドアを閉めた。

 

 

「お待たせ〜♪」
ドアを開けてそう言ったアスカの姿は制服姿だった。
「わあ〜、どっから制服持ってきたの?」
「そこのロッカーに入ってたのよ。ビニールが被せてあって誰も着てなかったみたいだし、
 サイズもほぼぴったりだったから着てみちゃった。胸がちょっときついけどね。」
確かに、胸の辺りでシャツがぱっつんぱっつんになってる。
アスカも大きくなったからなあ。
「それにしても、ここの制服って一中の物とデザイン変わらないのね。」
「そういやそうだね。制服のデザインってどの中学も一緒だったのかも。」
「ふ〜ん。ま、そのおかげでシンジはまたアタシの制服姿を拝めるようになったわけよ。
 どう?嬉しいシンジ?」
正直、とても嬉しいです。
「はい!とても嬉しいです、ありがとうございます!」
「うむ、大変正直でよろしい。じゃあ次はシンジの番ね。」
「へ?」
「そこに男子の制服も入ってるのよ。
 サイズは結構そろってるみたいだから今のシンジが着れるものもあるんじゃないかしら。
 だからシンジも着てきて。」
 

 

「う〜ん。何か変な感じね〜。」
制服を着てアスカに見せるとそう言われた。
「そんなに変かな?」
「変っていうか、違和感ね。
 今みたいに学ランまで着てる姿を見たこと無かったってのもあるけど、
 それよりなにより、アタシの中の制服姿のシンジの姿って、もっと小さかったもん。
 だから今のおっきくなったシンジが制服着てるのって、すっごく変。」
「まあ、だいぶ身長が伸びたからね。」
アスカは僕をしばらくじろじろ眺めた。
「まあ、かっこいいからいいんだけどね。」
「…ありがと、アスカ。」
少し照れた。

 

 「こうやって二人で並んで歩いてると、何だかあの時に戻ったみたいね〜。
 …そうだ!」
アスカはそう言うと、僕から少し離れて立ち止まり、振り返った。
何故かうつむいて、もじもじと指を胸の前で交差させながら、上目遣いでちらちらと僕を見る。
ちょっとの間そうした後、アスカは意を決したように、
「は、はじめまして!あ、あの、アタシ昨日この学校に転校してきた惣流アスカっていいます!
 まだこの学校の事よくわからなくって、いきなり勝手なんですけど、その、よかったら案内してほしいです!」
と言ってまた恥らう様にうつむいた。
また唐突に小芝居がはじまったな。
いつもの事だけど。
乗ってあげるか。
「こちらこそはじめまして。僕は碇シンジっていいます。僕なんかでよければ喜んで案内しますよ。惣流さん。」
「あ、ありがとうございます、碇先輩!あの、アタシの事は、アスカでいいです。」
何故に後輩設定?
「いきなり呼び捨てにするのはどうかと思うから、アスカさんって呼ぶことにするね。」
「はい!あの、あつかましいかもしれませんけど、アタシも先輩の事、シンジ先輩って呼んでもいいですか?」
「うん、いいよ。じゃあいこっか、アスカさん。」
「はい!シンジ先輩!」

 

「ここが保健室。
 怪我したり気分が悪くなったらここに来ればいいよ。ベッドで寝れるしね。」
「はい!…あの、保健室の中もちゃんと見てみたいんですけど、入ってみてもいいですか?」
「どうぞ。」
保健室のドアを開けた。
「わあ〜。」
アスカが保健室の中に入り、続いて僕も入る。
「奥にベッドがありますね…。ああっ!気分が!」
そう言ってアスカは眩暈を覚えた振りして、ふらつきながら奥まで進んでベッドに倒れこんだ。
埃が舞った。
「げほっ!!!ごほっ!!!ごほっ!!!」
「何やってんの?アスカ。」
「も〜、何でこんなにベッドが埃だらけなのよっ!!!」
ベッドから起きて身体についた埃を払いながらアスカが言う。
「そりゃ、長い間放置されてたからね。っていうか気づこうよ。」
「うっさいわね!!うっかりしてたのよ!!」
アスカがベッドの掛け布団をめくった。
「中はあんまり汚れてないみたいね。」
布団とシーツをベッドからどけて、アスカが寝転がる。
「休憩するの?」
「はい。ちょっと気分が悪くて…。」
「まだ続いてたんだね…。」
「続いてたって何の事ですか?シンジ先輩?」
「何でもないよアスカさん。横になってちょっとは楽になった?」
「はい。せっかく案内してもらってたのにすみません。」
「気にしなくていいよ。落ち着くまでここでゆっくり休んだらいいさ。」
「でも、アタシだけ寝てて何か悪いです。…シンジ先輩もアタシの隣で一緒にどうですか?」
「お言葉は嬉しいけど、アスカさんと一緒に寝るなんて事したら僕どうなっちゃうかわかんないよ?」
「いいんです。シンジ先輩になら、アタシ…。」
「アスカさん…。」
アスカの上にまたがった。
胸が…。
「いいんだね?アスカさん。」
おっぱい!おっぱい!
「はい。シンジ先輩、あっ、あの…やさしく、してください…。」
アスカが、恥じらう振りをしながら言った。
これはっ!!
演技だとわかっててもくるっ!!!
「で、出来るかあああ!!!ぬがああああああああああ!!!!」
「ああんっ!!だめぇ、いけませんわ、いきなりそんなディープなとこぉ、ああっ、ああっ、ああ〜〜〜んっ」
 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ〜〜〜〜〜っ、結局ここで一晩明かしちゃったわね〜。」
「うん…。」
なんだろう、この妙な罪悪感は。
「ここでこんな事する事になるなんて…。」
「あら、思い出が一つ増えてよかったじゃない。」
実も蓋も無い事をアスカが言った。
「と言うか、思い出を汚してしまったような…。」
「何よ〜。シンジだってノリノリだった癖に〜。」
「まあ…。」
「まったく、相変わらず潔癖症ね〜シンジって。いいじゃん、別に大した思い出も無かったんでしょ?」
「そういう問題じゃないよ。…別に、そんなに気にしてなんか無いけどさ。」
立ち上がる。
「さ、今日は僕が暮らしてた家を見るんでしょ?早く行こうよ。」
「うん。」

 

 

 

 

先生の家。
やはり汚れてる以外、何も変わってない。
家の前で、僕達は立ち止まる。
「……。」
「どうしたのシンジ?」
「え?うん。何でもないよ。入ろっか。」
「うん。」
 

 

 

「ここがシンジの部屋?」
「うん。」
「入ってもいい?」
「うん。」
アスカが扉を開けた。
「…何にも無いわね。」
部屋にはベッドと学習机しかない。
「ミサトさんのマンションに引っ越したときに、荷物は殆ど向こうに運んじゃったからね。」
「そっか…、ちぇ、つまんないの。」

 

 

「ここが、先生って人の部屋?」
「うん。」
「入るの、やめる?」
「…いや、入るよ。」
ドアノブに手を掛け、開けた。
部屋は、埃が積もっている事以外は以前入ったときと何も変わってなかった。
ただ一点を除いて。
「……。」
「シンジ、これって…。」
床に、服が落ちていた。
見覚えのある服。
カーキ色のポロシャツに、スラックスに、靴下。
すぐ横には、動かない腕時計が転がってる。
先生のつけていた腕時計。
「先生、ここにいたんだ…。」
何かが、歪んだ気がした。

 

 

 

懐かしい天井。
かつての僕の部屋。
その狭いベッドに僕とアスカは一緒に眠っている。
「シンジ、大丈夫?」
「うん。」
「ホントに?」
「うん。」
「そっか。」
そう言うとアスカは、僕の頭を胸に抱き寄せた。
「……。」
「…アタシが、こうしたいだけだから。」
「……。」
「…ここに来ようって、言い出しちゃってごめん。」
「別に、アスカは悪くないよ。
 僕だって、来たかったんだから。」
「……。」
「……。」
「……ねぇ、シンジ。もしね、ホントは辛いんだったらさ、アタシに甘えてよ。
 アタシも、昔の事想い出して辛いときに、シンジにいっぱい甘えてきたもん。
 だからシンジも、たまにはアタシに甘えてよ。」
「…ありがとうアスカ。
 でもホントに、辛いって訳でも苦しいって訳でもないんだ。
 先生とはずっと一緒にいたけど、ほとんど構ってもらったことなんてなかったし、
 僕も先生のことは、どうでもいいって思ってた。
 だから、今更あんなのを見たって、気になんかならないし、してない。
 ただ、何かもやもやして少し気持ち悪いってだけで…。」
「……。」
「ホントに、それだけだから。」
「うん…。」
「……。」
アスカは、ずっと僕を抱きしめていてくれた。
僕は、どうしたいのかよくわからないまま、アスカの胸に顔をうずめた。

 

 

次の日に僕達は第二新東京市を離れた。
元居た旅館に戻っても、僕の胸の中にはもやもやとしたものが残り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

変わらない、幸せな日々が続く。
だけど、僕の心は何処か空虚だった。
 

 

 

 

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 前回書いた通り、今回の話は前回から二年ほど経過しています。

 

松本−諏訪間大地下経路は、第二新東京市でのエピソードを書きたいが為だけにつくり出した架空の施設です。

 

第三中学校、及びそこでのエピソードについては、

旧劇場版『DEATH & REBIRTH シト新生』のDEATH編を参考にしています。

 

2009年12月5日 たう