Secondary  2_Jupiter-12

 

 

 

 

 

 


「は〜〜〜〜〜極楽♪極楽♪」
他に誰もいない露天風呂で、湯船に浸かりながら呟いた。
「やっぱ苦労して探した甲斐あったな〜。」
ここ、甲府盆地にはいくつか天然温泉の施設がある。
僕とアスカは温泉に入る為に三日間盆地内の温泉施設を巡り回った。
給湯設備が壊れてたり、浴槽が割れてお湯が溜らなくなった施設ばかりだったけど、
ようやく昨日、荏乃花湯という名の、この露天風呂のある旅館にたどり着いた。
「朝からこうやって温泉に浸かるってのもいいよな〜。」
昨日、僕とアスカはそのままこの旅館に泊まった。
アスカはまだ寝てたので、僕は一人で温泉に浸かりに来た。
「いっそここで暮らすってのもありだな〜。」
広いし、お湯使い放題だし、あのホテルよりこっちの方がいろいろ便利だ。
そうだよ。こっちの方がいいじゃないか。
「よし決めた!ここで暮らそう。」
後で、アスカにも言ってみよう。
きっと賛成してくれるはずだ。
考えてると、浴場の扉がガラガラと開く音がした。
「くぅぉらああっ!!!バカシンジッ!!!」
「あ、おはよう。アスカ。どうしたの?」
「あ、おはよう。アスカ。どうしたの?…じゃないわよバカ!!何勝手に一人で入ってるのよ!!」
「あ…。」
しまった。
昨日の約束か。
「どういう事よシンジ?!ちゃんと納得できるようアタシに説明してよね?」
「ごめん、朝ちょっと走って汗かいちゃったからそれで…。」
ここ最近、朝に走るようになった。
これから先、生命、特に森が消えた事の影響が出てくることは確実だった。
ただ、何かが起こるだろうという漠然とした不安はあるものの、
具体的に何が起こるのか、また、何をすればいいのかわからず、
その癖、しなきゃいけない事が家事ぐらいしか無かったので、とりあえず身体を鍛えることにした。
何もしないよりはマシだろうし。
「アンタねぇ、昨日寝る前に、今日また一緒にお風呂に入ろうね、って約束したの忘れたの?!!」
「べ、別に忘れてたわけじゃないよ!でも、帰ってきてもアスカまだ寝てたし、起こしちゃ悪いかなって思って。」
「それで約束破って一人で勝手に入ってたんだ?」
「今入ったからアスカとは入らないなんて言ってないだろ!夜もあるんだし。」
「はんっ!そんな事言って、アタシと入ってる時にのぼせても知らないわよ?」
「う、別に、大丈夫だよ…。」
「ほ〜〜、言ったわね。じゃあ試してやるからちょっと待ってなさい。」
そう言ってアスカは浴場を出て扉を閉めた。

 

 

 

しばらく間をおいて、また扉が開く。
「お待たせ〜シンジ。」
アスカが入ってきた。
当然裸だ。
う〜ん、何度見てもいいなぁ。
「じろじろ見んじゃないわよスケベ。」
「べ、別にいいだろ今更。」
「よかないわよエロガッパ。目つきがやらしいのよ。」
「う…。」
そんないやらしい目つきをしてたのか、僕…。
何かショックだ。
でもエロガッパて。
「ふ〜ふんっ♪ふふんっふふ♪ふふ〜ふ♪ふふ〜ふ♪ふふふ〜ふふ♪」
アスカは椅子の上に腰掛けて、
何処かで聞いた憶えのある鼻歌を歌いながら髪を洗いだした。
その様子を見てるとまた何か言われそうなので、僕は顔を逸らした。

 

 

 

「シンジ。アンタさっき、のぼせないって言ったわよね?」
身体を洗い終えたアスカが、湯船に入る前に言った。
「い、言ったけど何さ。」
嫌な予感がする。
「もしのぼせたら、罰ゲームね。」
やっぱり。
「ちょっ、ちょっと待ってよアスカ!そんないきなり…」
「あら、シンジが大丈夫って言ったんじゃない。だったら問題なんてないでしょ?」
「う、…でもさ、僕ずっとアスカを待ってて入りっぱなしで…」
「元はと言えばアンタが勝手に一人で入ってたのが悪いんじゃないのよ。」
「う…。」
かくなる上は…。
「先に言っとくけど、ちょっとアタシと一緒に入っただけで出るってのも無しね。
 ちゃんとアタシが満足するまで一緒に入ってもらうわよ。」
ばれてた。
「ば、罰ゲームって、何?」
軽いのがいいなぁ、デコピンとかしっぺとか。
「そうねぇ…。そうだ!粉バナナを十袋食べるってのはどう?」
そう呼ばれてるお菓子です。
「げ、十袋?一袋でも飽きるのに、十はちょっと…」
「アンタに決定権はないわ。」
「そんな一方的な…」
「あら、ようはアタシが満足するまで一緒に入ればいいだけじゃない。平気なんでしょ?
 それとも何?勝手に一人で入ってた事を今から泣いて謝る?だったら許してあげなくも無いかな〜。」
カチンと来た。
「は、はんっ!誰がアスカなんかに謝るもんか。いいよ。受けて立つよ。
 その代わりアスカが先に出たら、アスカが粉バナナ十袋食べてよね。」
「はぁ?!何勝手なこと言ってんのよ?!」
「怖いの?負けるのが?」
「ぐ…、い、いいじゃない。受けて立つわよ!どうなったって知らないわよ!!」
「望むところさ!!」

 

 

 

 

 

 

 

あれ?
何で寝てるんだ僕?
それに、なんでこんな息苦しいんだろ。
というか、ここ何処だ?
何か頭に柔らかい感触が。
瞼を開いた。
「あ、やっと起きたのねこのばか。」
「アスカ…。」
目の前に、僕を見下ろすアスカの顔。
ん?このシチュエーションって、膝枕だよな?
何でアスカが膝枕してくれてるんだ?
「ここまで運ぶの大変だったんだからね。」
運ぶ?
あ、そうか。
「そういえば、さっき僕お風呂で…」
「鼻血を出して倒れたのよ。まったく、どこまで意地張ってんのよばか。」
そうだったのか。
確かに鼻の穴にティッシュらしきものが詰まってる感触がある。
途中で意識が途切れたから倒れたときの事憶えてないや。
「ごめん。迷惑かけて。」
「ごめんじゃないわよばか。アタシがどれだけ焦ったと思ってんのよ。」
ちょっとアスカの瞳が潤んでる。
「ホントにごめん。」
アスカの頬に手を伸ばして、撫でた。
「もう、いいわよ。アタシもアンタのこと挑発したりして悪かったし。」
「僕も大人気なかった。介抱してくれてありがとうアスカ。」
「ばか。」
アスカはちょっと安心したのか、口の端が緩んだ。
それを見て、僕も安心する。
「ねぇアスカ。脚、痺れてない?」
「ちょっと痺れてるけど、まだ大丈夫よ。もうちょっと寝てなさいよ。」
「そっか、じゃあお言葉に甘えることにしようかな。」

 

 

何気なく顔の向きを変えた。
アスカの太腿から上が見えた。
浴衣の股のところに、三角の窪み。
浴衣は太腿の上の方から少しはだけてて、アスカの白い肌が覗いてる。
ムラムラした。
めくった。
白と水色のストライプの三角が見えた。
「こらっ。」
「いてっ。」
コツンと頭を軽くげんこつで殴られた。
「おとなしく寝ときなさいよばか。」
「だって…。」
「だってじゃ…んっ…もうっ…」
はだけた浴衣の隙間から手を入れて、内腿を撫でた。
「お風呂じゃ出来なかったしさ。」
「ばかっ…」
縞々模様の三角を、指で撫でた。
「あっ…」
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、食べなきゃダメですか…。」
「あったり前じゃない!ケジメよケジメ。」
目の前に、粉バナナ十袋。
「ううっ…」
恨めしげな目でアスカを見た。
「そんな目で見てもダメよ。」
「ううっ…」
悲しげな目で見た。
「そんな目で見たってダメ!アタシだってホントは心苦しいのよ?
 でも、ケジメはきちっとつけなきゃダメじゃない?だってケジメだもの。」
「よくわからないよアスカ。」
「とにかくっ!ちゃっちゃと食べる!」
「…は〜い。」
一袋目を開けた。

 

 

「もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ」
現在五袋目。
黙々と食べ続ける。
「以外と平気そうねアンタ…。」
アスカが半ば呆れ気味に言った。
「ひぇっひょういひぇるひゃもひれにゃい。」
「何言ってんのかわかんないわよ。」
結構いけるかもしれない。

 

 

九袋目。
「……もぐ………もぐ………もぐ……」
キツイ。
「流石に堪えてきたみたいね〜。」
そう言ったアスカの顔は少しニヤけてる。
嬉しそうだな。
「…もぐ……むぐ……もぐ……もぐ……」
「どお?シンジ?新世界の味は?」
新世界の味というキャッチフレーズのお菓子です。
「…ぐ、んっ……すごく、粉っぽいです…。」
甘ったるくて飽きやすい味よりも、まずこの粉っぽさをどうにかして欲しい。
これが売りなんだろうけど。
「そりゃあ名前に粉ってつくぐらいだからね〜。ほら、後一袋よ。頑張って!」
ちなみにこのお菓子の正式名称はタカタン・ボボーンといいます。
「う、んっ…」
九袋目を終わって十袋目に手を伸ばす。
正直、吐きそう。
「……もぐ………もぐ…………もぐ……………もぐ……」
ニヤニヤしながらアスカが僕を見てる。
忌々しい。
ああ忌々しい。
忌々しい。
「……もぐ……………もぐ………………もぐ…………………………もぐ……」
「ペース落ちてっわよ!もっとキリキリ食べなさいよ!」
うるさいなぁ。
「あと五秒で食べなきゃもう一袋追加ね。」
無茶言うな!
「むひゃひゅ…こほっ!こほっ!こほっ!」
食べながら叫ぼうとしたせいで粉が気管に入った。
咳のたびに口から粉が出る。
「もぉ〜食べながら喋るからじゃない。バカね〜。」
「こほっ、みずっ…」
「はいっ。」
アスカが僕にペットボトルを手渡す。
蓋を開ける。
飲んだ。
噴いた。
「げえええっ!!!苦っ!!!何これ?!!」
パッケージを見ると、ゴーヤ濃厚、の文字が。
どっからこんなの持ってきやがった!
「あはははははははははははっ!!!!あはっ!!!!!あははっ!!!!!あははははははははは」
いつの間にかアスカは僕の噴いたものが、かからないように避難していたらしく、少し離れたところでばか笑いしてる。
「……。」
だめだコイツ、何とかしないと。
持っているペットボトルを持ち上げて口を付ける。
中にあるゴーヤ汁を口に含む。
ほんの少量でいい。
それで、十分殺せる。
「ねぇ、アスカ…。少し、頭冷やそうか…」
口にゴーヤ汁を含んでる事を悟られないようにアスカに近づいて語りかけた。
「ははははっ、あはっ、はっ…んっ?!!」
アスカがこちらに振り向く。
抱きついて無理やり口付けた。
注入。
「んんっ?!!んんんんんんんんっ!!!!」
アスカが口付けから逃れようと必死でじたばたしてるけど、
こっちも本気で頭を抑えてるから逃げられない。
離すもんか、もう二度と離すもんか。
絶対に、絶対に離さないよアスカ。
「plもkみjぬhbygvytfc!!!!!」
どうやら苦味が効いてきたみたいだ。
離してやるか。
「はあっ…うぷっ…はっ、……ふぅ…」
こっちまで少し飲んじゃったけど、
アスカに対しそれなりの成果を挙げることが出来たからよしとする。
何かを達成したような、妙に清々しい気分だ。
「おええっ!!!おえっ!!!うぷっ…」
アスカは気持ち悪そうに口を押さえて吐くのを堪えた後、僕を睨んだ。
みるみる涙ぐんできて、泣きそうな顔になっていく。
あっ、ヤバッ。
「ご、ごめんアスカッ!!!ちょっとやりす…」
「Scheiße!!!!!」
アスカの平手打ちが閃いた。

 

 

 

理不尽だ。
もともとアスカが悪乗りしたのがいけないのに、何で僕が殴られなきゃいけないんだ。
「……。」
アスカを見るとぶすっと膨れてる。
目が合った。
「ふんっ!」
そっぽ向かれた。
ムカッ。
「こっちこそふんだっ!」
絶対にこっちから謝ってやるもんか。
 

 

 

 

「そういや、アスカにここで暮らそうと思ってること話してないや…。」
何の会話もないまま時間が過ぎた。
アスカはきっと謝る気なんて無いんだろうし、このまま意地を張り合ってても同じだよな。
しょうがない、僕から謝るか。
読んでいた本を閉じる。
「シンジ。」
話しかけようとした矢先に、アスカが話しかけてきた。
「……。」
「その、…ごめん。アタシが、悪かったわよ。調子に乗りすぎだったと思う。」
驚いた。
まさかアスカの方から謝ってくれるなんて。
一旦意地になると絶対自分からは折れなかったのに。
「…別にいいよ。こっちの方こそ、ごめん。」
「うん。ごめんねシンジ。」
「うん。でも、アスカから謝ってくれるなんて意外だったな。」
「悪かったわね。アタシだって自分が悪いって思ったらちゃんと謝るわよ。」
それはどうだろう、と言いかけたけどやめた。
「ごめんごめん。とりあえずさ、これで仲直りだね。」
「うん。…ねぇ、キスしよ。仲直りのキス。」
「うん。おいでよアスカ。」
「ん。」

 

 

 

「ねぇアスカ。」
「ん。」
「あっちのホテルじゃなくてこっちで暮らしていこうと思ってるんだけど、アスカはどっちがいい?」
「アタシ、こっちがいいな。いつでも温泉に入れるもん。」
「じゃあ決まりだね。今日はもう遅いから、明日さ、向こうの荷物をこっちに運んでこようよ。」
「うん。」

 

 

 

「ねぇシンジ。」
「ん。」
「今からさ、お風呂入ろ。朝、シンジとちゃんと入れなかったしさ。」
「確かにそうだね。うん、入ろっかアスカ。」
僕がそう言うとアスカは鞄をごそごそと漁り出した。
懐中電灯で照らされた。
「もお、眩しいからこっち向けないでよアスカ。」
「へへ〜ん♪」
いたずらっ子の顔でアスカが笑う。
構わずアスカは僕を照らし続ける。
「せっかくまだ使える懐中電灯を見つけたのに、こんな事に使わないでよ。」
EMPっていうやつの影響で電気機器類は使えなくなったけど、
ごく僅かに運良く影響を受けずに済んで、まだ使える物が残っていた。
「これぐらいいいでしょ。それよりほら、シンジも早く準備してよ。」
「あ、うん。」

 

 

「星、綺麗ね。」
「うん。今日は空が澄んでるから、いつもより星がよく見える。」
湯船にアスカと寄り添って浸かりながら、星空を見た。
「シンジは今、幸せ?」
「うん。アスカは?」
「アタシも、幸せ。」
「そっか。」
そう言って、アスカの肩を抱き寄せた。
アスカは無言で僕の肩に頭を置く。
しばらくそのまま二人で星空を眺めた。
 

 

アスカとの同棲生活を続けて、はや三ヶ月。
エヴァに乗っていた時も、その前も含めて、僕の今までの人生の中では考えられないくらい幸せな日々だ。
僕は正直もう、ずっとこんな日々が続くんなら誰も帰ってこなくてもいいと思ってしまっている。
アスカさえいてくれれば、他に誰も。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇアスカ。ドイツ語教えて欲しいんだけど、いいかな?」
畳の上でごろごろしていると、シンジが話しかけてきた。
ドイツ語の入門書と独和辞典を持って。
「別にいいけど。」
「やった!ありがとうアスカ。」
「一体どういう風の吹き回しよ?ドイツ語なんて憶えたってこの状況じゃ何の役にも立たないのに。」
シンジは最近、役に立つ事が載ってないかと雑学の本ばかり読み漁っている。
「あ、うん。何となく勉強してみたくなってさ。」
「ふ〜ん?何となくね〜。
 ……もしかしてさ、シンジ、アタシにもっと近づこうとしてくれてる?」
「う…、うん、まあね。アスカは僕の恋人なんだしさ。そりゃ、アスカにもっと近づきたいとも思うよ…。」
シンジが少し照れながら答えた。
「やーん!嬉しい!なんていじらしいのシンジ!愛してるわ!」
起き上がって、シンジに抱きついて頭をナデナデした。
「もうっ、恥ずかしいからやめてよアスカ。」
シンジが嫌がったのでやめてあげた。
「ちぇ…。でも、教えてあげるには一つ条件があるわ。」
「条件?」
「シンジも、アタシに漢字を教えて。」
「うん。いいよそれぐらい。」
「ありがとシンジ。このままじゃ本もろくに読めなかったから困ってたのよね。
 シンジが本を読んでる間、アタシは家事ぐらいしかやる事なくて暇だもの。」
「ごめん。でも、言ってくれたらいつでも教えてあげてたのに。」
「だって、シンジの邪魔したくなかったしさ…。」
ミサトのとこにいる時は、シンジが自分から何かをしようとするなんてことはなかった。
だからシンジがちょっと成長したみたいで嬉しくて、邪魔したくなかったのだった。
「気にしなくていいのに、本を読むことなんていつでも出来るんだしさ。」
シンジが苦笑した。
このばか。
「む…、まあいいわ。そうと決まったらちゃっちゃと始めましょ。」
「う、うん。じゃあさ…」
シンジが入門書のページを開こうとした。
取り上げた。
「要らないわよこんなの。」
「え?でも…」
「習うより慣れろ、最初から書いたり読んだりして憶えるより、先に実際に喋って憶える方が早いし効率がいいのよ。
 アタシだって漢字が読めないけど、何の問題もなく日本語を話せてるでしょ?」
「うん。」
「だからシンジも、まず最初は簡単な単語と日常会話から憶えていって、
 後は会話しながら文法とか何となく理解していきゃいいのよ。」
「何となくってそんな適当な。」
「あら、何となくってのは結構重要なのよ。
 言葉なんてのは意味さえ伝わればいいわけなんだし、
 要はニュアンスよニュアンス。
 シンジだって喋るときにいちいち文法なんて気にしてないでしょ。」
「まあ、確かに。」
「そういう事。んじゃまずシンジの知ってる限りのドイツ語を言ってみて。」
「え、何で?」
「いいから。シンジに何から教えていけばいいかの参考になるのよ。」
「そういう事なら、ええっと…バームクーヘン。」
「お約束ね。次。」
「えっと、グーテンモーゲン、が確かおはようだよね?」
「うん。合ってるわよ。」
「じゃあ次、ダンケ、が…」

 

そうして、アタシはシンジにドイツ語を教え始めた。

 

 

 

 

「Kannst du das noch einmal sagen?」
「い、Ich liebe Asuka wirklich.」
シンジが顔を赤くしながら言った。
「そろそろお腹も空いてきたし、ここまでにしよっか。」
「は〜〜〜、喋りながら憶えろって言ったって、とても憶えきれないよ。男性名詞とか女性名詞とかいちいちややこしいしさ。」
「最初の内はそんなもんよ。って言うかシンジ飲み込み早いじゃないの。ちょっと驚いたわよ。」
「え、そうなの?」
「うん。だってシンジ、一回か二回言われただけですぐ理解してたじゃない。
 憶えるだけなら殆ど一回聞いただけで憶えてたし。」
「ん、そういやそうだね。」
「そういやそうだね。じゃないわよ。
 まったく、そこまでいい頭持っといてなんであんなに学校の成績悪かったのよ?」
「何でって、…やる気が無かったからかな?今は結構やる気があるしね。楽しいしさ。」
「まあ、好きこそものの上手なれ、道は好むところによって安しって言うけど、それにしたって…」
いや、確かにシンジは、成績は兎も角として、頭自体は悪くは無かったし、
それによくよく考えてみれば、シンジのお父さんはネルフのトップであるあの碇司令で、
お母さんは確かエヴァの開発に携わった程優秀な科学者だったのよね。
その二人の息子のシンジって、いわゆるサラブレッドじゃない。
本来これぐらい出来ても何の不思議も無い訳か。
「何か、勿体無いわね。」
「何が?」
「アンタの事。シンジも小さい頃に学問の探求の楽しさに目覚めてたら、
 アタシ程じゃなくても、天才って言われるぐらいにはなってたのかも知れないのにね。」
「それは流石にないと思うけど…。」
「あるわよ。
 今のシンジでもそれだけ理解したり憶えたりするのが早いんだから、もっと小さい頃から色々学んでれば、
 アンタ、かなりのものになってたわよ。」
「そう、かな…?」
「そうよ。
 アタシだって小さい頃に学ぶ事の楽しさを覚えて、自分から色々学んでたから、この年で大学を卒業出来る程になったのよ。
 もちろん一人で生きていく為や他の誰かに認められる為に頑張ったっていうのもあるけど、そんなのは後付け、
 あくまで後天的な理由でしかないわ。
 基本的に学ぶ事自体が楽しかったからそこまでやれたの。
 だからシンジだってアタシと同じ道筋を辿ってれば、そうなってたっておかしくはなかったわよ。」
「何か、そう言われると僕って人生損したような気分になってくるよ…。」
「ま、そもそもアタシが何で学ぶ事が楽しかったのかっていうと、ママが勉強を教えてくれて、
 頑張ったらママが褒めてくれて嬉しかったっていう記憶が大きく関ってるんだと思うし、
 シンジの場合、そんな風に勉強を教えてくれたり、褒めてくれる人が周りにいなかったんだから、
 アタシみたいになれなくても無理ないって言えば無理ないんだけどね。」
今思えば、大学を卒業出来る程アタシが勉強したのは、
ママが褒めてくれた時のあの嬉しさを、心の何処かで求めていたからなのかもしれない。
「与えられた環境の差っていうやつか…。」
「そういう事。
 ま、過ぎた事を言ってもしょうがないし、
 今となっちゃ、今まで学んできた事なんてほとんど役に立たないし、天才だからって何の意味もないんだけどさ。」
「はあ…。あ、そうだ言い忘れてた。教えてくれてありがとうアスカ。」
「いいわよ、こっちだってシンジに教えるの楽しかったし。…さ、そろそろ夕食の準備しなきゃね。」
「今日は僕が作るよ。ここ最近任せっぱなしだったし。それにアスカ、ずっと僕に教えてくれてたから疲れてるでしょ?」
「大丈夫。料理の練習もしたいからアタシに作らせて。それに食べ終わったら今度はシンジがアタシに漢字を教える番だしね。」
「え、食べ終わった後にするの?いくら明かりがあるっていっても、暗いから目を悪くするよ。」
「ちょっとぐらいなら大丈夫でしょ。今日はそんなに教えてもらうつもりないし。」
「う〜ん。まあ、ちょっとなら…。」
「決まりね!じゃあ、ちゃっちゃと作ってくるわね。シンジ、何かリクエストとかある?」
「えっとね…」

 

 

 

シンジと二人で布団に寝っころがって、ランプの明かりの前でアタシは本を読んでいる。
「シンジ〜これなんて読むの?」 
読み方がわかってもわからなくても、漢字がある度にこうやってシンジに聞いている。
まるで、小さい頃にママにベッドで絵本を読んでもらった時みたい。
「「きょだいか」だよ、アスカ。」
「やん!じゃあ、これは?」
「「がったい」だよ、アスカ。」
「やんやん!じゃあ、これ?」
「「はっしゃ」だよ、アスカ。」
「やんやんやん!じゃあここは、「巨大化したパプテマスゆうせいじんに、合体ロボ・ダイガランはマイクロウェイブ・ライダーシェルを発射した。」ね。」
アタシが今読んでるのは、子供向けの戦隊ヒーローものの本である。
見つけたとき、何か心引かれるものがあったから…。
「アスカって、結構子供っぽいよね。」
シンジが苦笑しながら言った。
「悪かったわね〜子供っぽくて!…いいじゃん別に、好きなんだから。」
「い、いや、悪いって言うわけじゃ…」
「ふ〜んだっ!」
「…ほ、ほらアスカ、今いいとこなんだし、続き読もうよ。あとちょっとでこの本終わるしさ。
 えっと、「パプテマスゆうせいじんはクロムウェルを開放して群体パプテマスを作り出し、いっせいにディオガ・ギガドリル・ドラゴ・ザムディン・パロ・ウル・ジガ…」」
「ちょっと!勝手に読まないでよバカ。アタシが読むの。どれどれ…」

 

 

「漢字の勉強って、あれだけでよかったの?」
「そうよ、十分勉強になったわ。」
「遊んでただけなのに?」
「遊んでただけだからよ。
 いいことシンジ?何事も上達のコツは楽しむ事と適度にやることよ。
 天才であるこのアタシには、だからこれで十分なの。それに、元々こんなの単なる暇つぶしでやってるだけなんだしさ。」 
「まあ、アスカがそういうなら、僕はそれでいいけど。」
「ありがとシンジ。何だかママに絵本を読んでもらった時の事を想い出して懐かしかったわ。
 また一緒に読んで欲しいな。」
「もちろん。僕も教えてて楽しかったし。それに、アスカが何かちっちゃい子供みたいで可愛かったしさ。」
「う、うっさいわね…。」
シンジから顔を逸らした。
「もしかしてアスカ、照れちゃった?」
「知んない、ばか。」
拗ねた振りしてそっぽを向いたアタシの頭を、シンジが優しく撫でた。
「可愛い、アスカ。」
「むぅ…。」
甘えたくなってきた。
シンジに抱きついて、少しだけ逞しくなった気がするその胸に、顔を埋めた。
「ど〜せアタシは子供っぽいわよばか。だから、もっとナデナデして。」
「はいはい。」

 

 

ランプの明かりだけが照らす暗い部屋で、眠るシンジを尻目に、アタシは一人ノートをとっている。
「ん…、アスカ、起きてたんだ。」
「あ、起こしちゃった?ごめんね、シンジ。」
「いいけど…何書いてるのアスカ?」
シンジがアタシの書いてるノートを覗き込もうとした。
「もうっ、見ないでよばかっ!」
ノートの中身がシンジに見えないように慌てて隠した。
と言っても、ドイツ語で書いてあるから見られてもシンジには読めないはずだけど。
「あ、ごめんつい…。でも、それ何?」
「日記よ日記、今日あったことをね、書いてたとこ。」
「へぇ〜、アスカ、日記なんてつけてたんだ。」
「まあね。あ〜あ、せっかく今まで隠れてつけてたのに、ばれちゃったわね。」
「何で僕に隠してたのさ。」
「だって見られたくないんだもん。」
「失礼だなぁ。人の日記なんて勝手に見ないよ。」
「それがさっき人のノート覗き込もうとした奴の台詞?」
「う…。でも、日記だってわかってたら見ようとしなかったよ。」
「ふぅん。ま、大体みんなそういうけど、見れるチャンスがあるなら、
 こういうものはこっそり見ようとするものなのよ、人間って。」
「まあ…。でも、僕は見ないよ、約束する。」
「ど〜だか。」
「もお。…そうだ。僕も日記を書くから、
 もし僕がアスカの日記を見たら、僕の日記を見ていいよ。」
「ば〜か。アタシの日記とシンジの日記なんかで釣り合いなんて取れる訳ないでしょ。
 もうやめ。ばれちゃったから日記つけるのやめる。」
「え?それは何か勿体無い気がするよ。」
「勿体無くなんか無いわよ。大体、いつ読まれるかわかったもんじゃないからおちおち秘密も書けないじゃない。」
「アスカ、秘密なんてあるの?」
「沢山あるわよそりゃ、女の秘密がね。」
「女の秘密?」
「そ、女の秘密、もしシンジが知ったらショックで卒倒しちゃうわよ、きっと。」
そしてもしシンジに知られたらアタシも卒倒する。恥ずかしくて。
「へぇ〜、アスカにそんな秘密が。」
「そ、だからアタシはもう書かないわ。その方がお互いの為だもの。
 それに、秘密があったほうが恋愛は永続きするって言うしね。」
「そっか、何か残念だね。でもアスカが書かなくても、僕は日記書いてみようかな。」
「ふ〜ん。まあ好きにしたら。」
「勝手に見ないでよ。」
「見ないわよ。」
ま、ホントはアタシも日記を書くのをやめる気なんてさらさら無いけどね。
シンジには秘密にしとこっと。

 

 

「ランプの火、消すよ。」
「うん。」
「おやすみ、アスカ。」
「おやすみ、シンジ。」
そう言って、おやすみのキスをしてからアタシ達は眠りに就いた。

 

 

 

なんて、幸せな毎日なんだろ。
例えアタシがエヴァで勝ち続けてたって、それでみんなに認められてたって、こんな幸せは手に入らなかった。
ずっと、こんな日々が続いて欲しい。
シンジがそばにいてくれる、こんな日々が。

 

 

 

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色々とすいません…。

実はPrimary編にもパロディが幾つか含まれていましたが、今回から露骨に色々な作品のパロディが出てきています。

今後もちょくちょく出てきます。

 

アスカが特撮(の絵本)に惹かれたと言うのは、エヴァのラジオドラマ『終局の続き』、もとい、アスカというキャラクターを生み出した庵野監督の特撮好きと、

アスカ役の声優の宮村優子さんの特撮好き(宮村さんって確か特撮物好きでしたよね?すいませんいいかげんで…)から来ています。

 

後、作者はドイツ語は殆どわかりません。

大学時代第二外国語として選択しましたが、その時学んだ記憶は何処か遠い彼方へと行ってしまわれました。

 

次の話はこれから二年ほど時間が飛びます。

その間の二人の生活については、書く時間と気力が無かった事、

また、それを書くとサブタイトルその2である「2_Jupiter」の章があまりに長くなってしまう為に書きませんでした。

ですので、 その間の二人の生活については、やはり申し訳ございませんが読者の皆様の想像に委ねたいと思います。

 

一応、アスカさんの誕生日記念と言う事で、

2009年12月4日   たう