Primary  2_Jupiter-10

 

 

 

 

心地良い気だるさの中で目覚めた。
アスカはまだ僕の腕の中で眠ってる。
あどけない寝顔。
可愛いな。
起こしちゃ可哀想だし、もう少しこのままでいとこうかな。

 

 

「ん…。」
アスカが起きたみたいだ。
「おはよう、アスカ。」
「……。」
アスカは僕を見るとすぐに、顔を真っ赤にさせてうつむいた。
「…おはよ、シンジ。」
「うん…。」
「……。」
「どしたの?アスカ。」
「たってる…。」
「朝だからね…。」
「…したい?」
「…ちょっとだけ。」
そのまま唇を重ねて、僕達はまた始めた。
 

 

 終わってからも、アスカと一緒にシャワーを浴びる事になって、
気づけば、そこでも始めてた。
その後も僕達は何度かセックスして、いつの間にか一日が終わってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨日は、何かゴメン。」
起きた途端に何故かシンジに謝られた。
おーかた、自分だけ楽しんで申し訳ないとでも思ったんでしょうね。
そんな事無いのに。
「すけべ。」
「う…。」
「けだもの。」
「うう…。」
「エッチ、チカン、バカ、ヘンタイ、信じらん〜い!」
「ごめんなさい。自重します…。」
「あ〜あ、シンジは結局アタシの身体目当ての浅はかな男に過ぎなかったのね〜。」
「身体目当てなんてそんな事っ…」
「それなのにすっかり騙されてあんな事やこんな事されちゃって、ああなんて儚げなアタシ…。」
「あの…?」
「でもっ!しょうがないの!全てはこのアタシの美貌が悪いの!男を惑わす魅惑のナイスバディがいけないのっ!!」
「アスカ…?」
「だから特別にシンジのこと責めないであげる!感謝しなさいよねっ!」
「う、うん?」
「よしっ!じゃあ早速感謝を形で示して貰うわねっ!」
「…え?」

 

 

「と、言う訳で着いたわね。」
廃墟ビル郡の一角にある高級ブランド店。
「一緒に来て欲しかったんなら最初からそう言えばいいのに…。」
「何か言った?」
シンジの頬を引っ張った。
「ひえ、ひっへまへぇん。」
「うん。よろしい。」
 

 

「じゃーん!!見て見てシンジ!!どう?このドレス。」
店の中にあったドレスを着て、カーテンを開けてシンジの前に出てポーズをとった。
「う、うん。すごく似合ってるよ。アスカ。」
シンジは照れたようになりながら答えた。
やっぱり見せびらかす相手がいると楽しいわね。
「もぉ〜、もうちょっと何か無いわけ?」
「ん…なんて言うか、その、映えるっていうかさ、すごく、綺麗だ。」
もうちょっと具体的に言って欲しかったけど、嬉しいからいっか。
「ふっふ〜〜んっ♪ありがとシンジ。アタシも結構気にいっちゃった。
 このドレスはシンジが選んでくれた物だったわね。シンジにしてはいいの選んでくれたじゃない。」
「一目見た時にアスカに似合うんじゃないかって思ってさ。アスカに気に入ってもらえたんなら、よかった。」
「アンタも結構見る目あるじゃない。
 ま、これくらい派手なものも着こなせるアタシの美貌あってのものだけどね。」
「うん。アスカは何着ても似合う気がするな。」
「まーねー。シンジ、アンタはこのアタシの美しい姿を独占できるっていう幸運をもっと噛み締めなさいよ!」
「う、うん。」

 

こんな感じで、シンジ相手に一人ファッションショーが続いた。

 

 

 

「んーーーーっ、楽しかった!!こんなに楽しかったのほんっとに久々だわ!!ありがとシンジ!!」
大きく伸びをしてからシンジに言った。
「う、ん。アスカに喜んでもらって僕も、嬉しいよ。」
シンジが少し眠そうな顔で答えた。
「…シンジ、もしかして退屈だった?」
「ん、退屈って訳じゃなかったんだけど、多分こっちは着付けの手伝いぐらいでほとんど見てるだけだったからかな。ごめん…。」
「アンタが謝ること無いわよ。アタシの我侭で付き合って貰ったんだし。」
「う…。でもさ、見てるだけでも楽しかったよ、アスカすごく綺麗だったし、もっと、見ていたいと思ったし。
 でも何か、眠くなってきちゃって。ごめん、あんまり説得力無いよね。」
「気にしないでいいっての!アンタの気持ちはちゃんとわかってるわよ。
 アタシが着替えててアンタを待たせてる時間だって長かったんだし。」
「アスカがそう言ってくれるんならいいんだけどさ。でも次からは眠くならないようになるべく頑張ってみるよ。」
「次からって…、次も付き合ってくれるんだ!ありがとシンジ!」
「う…うん。」
「何よ〜その、余計なこと言っちゃったって思ってるのが丸出しの微妙な間は。」
「き、気のせいだよアスカ。いやぁ次がタノシミダナー。」
「ふ〜ん?何かさっきの楽しかったって発言も怪しく思えてきたわね。」
「だから気のせいだって。ほら早く帰らなきゃ日が暮れちゃうよ。」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよシンジ!」

 

帰り道、街は橙色の光に包まれ、ビルが長い影を作っている。
「せっかくアタシ達二人しかいないんだから、この状況を楽しまなきゃやっぱ損よね〜。」
「今日みたいに高そうな物も勝手に取り放題だしね。泥棒みたいでちょっと気が引けるけど。」
「何よ〜今更〜。」
シンジはさっき選んだ服なんかを入れたアタッシュケースを引いてくれている。
何度も段差や瓦礫に引っかかって運びにくそうだ。
「ねぇ、アタシは今日楽しんだけど、シンジは何かしたい事とかないの?」
「う〜ん、…そんないきなり言われてもすぐには出てこないよ。」
「駄目ね〜、そんな事だとこの世界じゃすぐに退屈で死んじゃうわよ。」
「死んじゃうって、そんな大げさな。」
「バーカ、最後に人間を殺すのは退屈だってよく言うでしょ。
 人間って何かをしてなきゃ生きてられない生き物なんだし。」
「うーん、…でもそれじゃあ僕は今のままでも大丈夫かな。」
「何でよ?」
「アスカがいるから。」
「……。」
よ、よくそんなこっぱずかしい事、平然と言えるわね。
なぜかちょっとムカついたからデコピンした。
「って…なんだよアスカ。」
シンジがムッとした。
「キザッたらしいのよ。バカシンジの癖に。」
「ちぇ、結構本気で言ってるんだけどな。」
「はいはい、十年早いのよバカシンジ。
 せめて加持さんぐらいかっこよくなってからからそういう事は言いなさいよね。」
「ふん!どうせ僕は加持さんみたいにかっこよくないですよ〜だ!」
お?
「何よ〜シンジ、もしかして妬いちゃった?」
ニヤニヤ。
「べ、別に妬いてなんか無いよ。」
「またまた〜ホントは妬いてんでしょ?シンジにもかわいいとこあるじゃない。」
「うるさいなぁ。…アスカ、加持さんにベタベタだったし、そりゃ僕だってちょっとぐらい嫉妬するよ。」
結構あっさり認めたわね。
「何よ〜あっさり認めちゃって面白くないわね〜。
 でもま、安心してシンジ。今思えば加持さんへの思いは単なる憧れ。
 本気で好きになったのはシンジだけよ。…それにしてもあのシンジがね〜。」
顔がにやけてしまう。
「はぁ〜、ホントにアスカといると退屈しないで済みそうだよ。」
「ねぇねぇシンジ。」
「何、アス…うわっ!ちょっと何…?」
シンジに腕を絡めて、胸を押し付けた。
「何って、ベタベタして欲しいって言うからベタベタしてやってるんじゃない。」
「…そんな事言ってないだろ。このままじゃ運びにくいから離れてよ。」
ちっ、平静を装ってやがる。
面白くないわね。
「そんな事言って、ホントはもっとアタシにベタベタしてほしい癖に〜。
 胸だってもっと押し付けちゃうわよ。うりうり。」
「別に、アスカに胸を押し付けられたぐらいじゃ何とも思わないよ。……ミサトさんの方がおっきかったし。」
「なぁ!?ぬぅあんですってぇええええええええ!!!!!!」

 

 

「ねぇアスカ。」
シンジが言った。
左頬には赤赤とした紅葉がついてる。
「……。」
「まだ怒ってんの?」
「別に怒ってないわよ。」
嘘だけど。
「じゃあこっち向いてよ。」
「イ・ヤ。」
「やっぱり怒ってるじゃないか。もお、いいかげん機嫌直してよ。」
「ふん!どうせアタシはミサトほどおっぱいおっきくないですよ〜だ!」
「だから、別にミサトさんの胸の方がよかったなんて言ってないだろ。
 押し付けられたのも不可抗力っていうか、別にわざとじゃなかったんだし、何とも思ってないよ。」
「ミサトの事、ちょっと好きだった癖に。」
「う、そりゃちょっとはね。ミサトさん綺麗だったし。
 でも、それはアスカが加持さんに抱いてた思いみたいに憧れみたいなもんだよ。
 こんな気持ちに、本気で好きになったのは、アスカだけだし。」
今の言葉、すっごく嬉しかったけどそういう問題じゃないのよね。
女のプライドに関わるというか。
「……。」
「もう…。」

 

 

 太陽はさらに傾き、沈む寸前の残光が景色を染める。
橙の光と、黒い影以外は消え去った黄昏の世界。
「ねぇアスカ。」
「何よバカ。」
「ありがとう。」
ずっこけかけた。
「何よ〜アンタ、バカって言われて御礼言うような趣味の人だったの?気持ち悪〜。近寄らないでよね。」
「ち、違うよ!そうじゃなくて、…アスカさ、さっき人間を最後に殺すのは退屈だ、って言ったよね。
 きっと、アスカがいなかったら僕は退屈で死んでたんだって思ってさ。」
「……。」
何よバカ。
ただでさえこの景色のせいで何か切ないのに、そんな事言わないでよ。 
「…アスカと大喧嘩した後さ、アスカと離れて一人で生きて行こうって思ってたんだ。」
ドクン、と心臓が跳ねた。
立ち止まり、慌ててシンジに振り返る。
「ア、アンタまさか今更アタシと離れるなんて言わないでしょうね!!!」
橙の光の中、シンジの姿はほとんど黒い影にしか見えなかったけど、それでも微かに表情を読み取れた。
シンジの形をした影は、しばらくきょとんとした後、
「ふふっ。」
と小さく笑った。
「心配しないでよアスカ。僕はもうアスカから離れない。退屈で、死にたくなんかないしね。」
「……。」
ホッとしたけど、代わりに何かがこみあげてきてアタシはうつむいた。
立ち止まってるアタシの傍にシンジが近づいてきて、
アタシの頭をポンポンと叩く。
「さ、行こうよアスカ、早くしないと夜になっちゃうしさ。」
「…うん。」
子ども扱いされたみたいなのに、不思議と腹は立たなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アタシ達は、ベッドでお互いを暖めあった。
暗い部屋を蝋燭の火だけが照らしてる。
交じり合った濃密な時間が終わって、二人をまた心の壁が分かつ。
その隙間に、寂しさと不安が忍び込む。
だからなんだろうか、シンジに話したくなった。
ママの事を。
アタシの事を。

 

「ねぇシンジ。」
「何?アスカ。」
「…ママの事をね、話してもいい?」
少しだけ不安で、指を絡めて繋いでる手を握った。
「うん。聞かせてよ、アスカ。」
シンジが握り返してくれた。

 

それから、アタシはママとの事をシンジに話した。

 

小さい頃にママに可愛がってもらった思い出。
エヴァとの接触実験で、ママがアタシの事をわからなくなるぐらい狂ってしまった事。
それでもアタシはママに認められたくて必死だった事。
ママに殺されかけた事。
ママが自殺した事。
一人で生きていこうと決めた事。
最後の闘いで、弐号機の中でママの魂に会えた事。
ずっと、ママがアタシの事を見守っていてくれたのがわかって、嬉しかった事。
ママが、アタシと一緒に弐号機ごとバラバラに喰い殺されて、悔しかった事。
そして、ママに何もしてあげられなかった事を、後悔してる事。

 

「アタシ、ママに求めてばかりだった。
 ママに甘えてただけだった。
 だから、ママがアタシを見てくれないから、ママを忘れて一人で生きようとしたのよ。
 ママはずっと、弐号機の中でアタシのことを守ってくれてたのにね。」
「しょうがないよ。アスカはずっとお母さんにはもう会えないって思ってたんだから。
 忘れなきゃ、そんなの辛くてとても生きていけないじゃないか。」
シンジがフォローしてくれてる。
でも、嬉しくない。
心の中に、自己嫌悪が染みのように広がっていく。
「それでもママはこんなアタシをずっと守ってくれた。
 なのに、アタシはママに何もしてあげられなかった。何も、返してあげられなかった。」
「……。」
「アタシ、ママさえ逃げ場所ぐらいにしか思ってなかったのよ。」
「そんな事無いよ。だったら今こうやって後悔なんてしてないよ。」
優しい言葉。
でも、不安になる。
自己嫌悪の染みは、更に広がっていく。
「優しいね、シンジ。
 …アタシ、最低だよね。シンジにあんな事言ったのに、シンジに慰めてもらってる。
 何が「自分しかいない」よ。アタシにそんな事言う権利なんて無かったのよ。
 シンジの事、責める権利なんてアタシには無かったのよ。」
「僕は、優しくなんて無い。こんなの、優しい振りをしてるだけなんだ。
 だから僕の事なんて気にしないでよ。自分を責める事なんてやめてよ、アスカ。」
シンジの言葉に、胸が痛くなる。
どうして、自分を卑下してまでアタシなんかを庇うのよ?
どうして…。
「だったら、優しい振りなんてやめてよ!
 アタシなんかに気を遣わないで!!
 言いたいことを言って!!
 アタシが傷つく事なんて、気にしないで!!!」
自分が許せなくて、
優しい言葉の影に、シンジの心が見えなくなるのが怖くて、
シンジに言葉を突きつけた。
「アスカ…。」
「…アタシ、殺したのよ。
 弐号機で、沢山人を殺したのよ。それも、愉しんで殺したの。
 人殺しなのよ、アタシ。シンジの事、人殺しなんて言った癖に。
 だから、アタシに価値なんて無いのよ!アタシなんか、傷ついたっていいのよ!」
「やめなよ…。」
「シンジだって、ホントは許してないんでしょ?
 ホントは、アタシの事まだ怒ってるんでしょ?
 だったら、アタシを傷つけて愉しんでよ!
 だって、アタシは愉しかったもの!!!
 シンジを傷つけて、シンジに人殺しって言って、愉しかったもの!!!
 だからっ、んっ…んっ…」
アタシの言葉は、シンジのキスで止められた。
一頻り唇を貪られた後、シンジは唇を離した。
シンジは、アタシを睨んでいた。
蝋燭の火が、シンジの黒い瞳に写ってゆらゆら揺れている。
「…逃げてるだけじゃないか。」
「……。」
「アスカ、逃げてるだけじゃないか!!
 自分が許せないから、そうやって自分で自分を責めて、僕にまでアスカを責めさせて、
 自分の罪から逃げようとしてるだけじゃないか!!!」 
シンジの声に含まれる怒気が、アタシを睨みつける瞳が怖くて、顔を背けた。
でも、言葉はしっかりと、アタシの心を深く抉った。
「……っ…」
「もうどうしようもない事だろ!!!自分を責めて傷つけたって、やってしまった事が無かった事になるわけ無いだろ!!!
 それで何になるっていうんだよ!!!」
「そんなのっ、わかってるわよっ…」
「わかってるって、……わけわかんないよ、アスカ。」
「…っ…くぅ…っ……うっ…」
繋いだ手を離して、シンジに背を向けた。

 

 

 

「ねぇシンジ。」
「…何?」
無愛想にシンジが答えた。
シンジも、アタシに背を向けて寝てる。
やっぱり、怒ってるわよね。
「ごめんね。」
「……。」
「アタシ、どうしようも無いよね。
 自分が辛いから、シンジに嫌な思いさせてまで楽になろうとしてさ。」
「…どうしようも無いのは、僕の方だ。逃げてばっかりの僕に、アスカのことを怒る資格なんて無かった。
 嫌だったんだ、アスカが僕みたいになる気がして。…勝手だよね。」
「ううん、いいの。
 だって、嬉しかったもん。シンジがアタシを叱ってくれて。
 アタシに、本音をぶつけてくれて。
 優しいばっかりじゃ、シンジの心がわからなくて、不安だったもん。」
「……ねぇ、アスカ。」
「うん。」
「…カヲル君の事、僕が殺した友達の事、話してもいいかな?」
「…うん。」

 

 

「アスカがいなくなって、友達も、皆いなくなって、綾波やミサトさんには話しかけられなくて、
 僕は、一人だった。そんな時に、カヲル君に出会ったんだ。」
「うん。」
「カヲル君は、アスカの代わりに弐号機のパイロットとしてネルフに来たんだ。
 一人になって寂しかった僕に、カヲル君は話しかけてくれた。
 僕の話を、聞いてくれた。
 僕の事を、好きって言ってくれたんだ。」
「…うん。」
「初めて、人に好きって言われたんだ。初めて、僕の事をわかってくれる人に出会ったんだ。
 嬉しかった。
 だから、僕も好きだったんだ、カヲル君のことが。
 でも、カヲル君は使徒だった。僕の敵だった。僕を騙していたんだ。
 嘘だと思った。裏切られた事が許せなくて、認めたくなかった。
 どうして僕の事を裏切ったのか、どうして、僕の事を好きって言ってくれたのか聞きたかった。
 僕は、エヴァでカヲル君を追いかけて、捕まえた。
 カヲル君は、使命だって言ったんだ。
 人を滅ぼして生きていく事が、カヲル君に課せられた使命だって言ったんだ。
 どうして、カヲル君がその使命に従わなければいけなかったのかは、僕にはわからない。
 もしかしたら、そうしなければカヲル君は自分が生きている意味を見出せなかったのかもしれない。
 でも、カヲル君は死を望んだ。
 僕に殺してくれって頼んだんだ。
 僕は、カヲル君の身体を握り潰した。」
「……。」
「今でも、後悔してるんだ。
 今でも、考えてしまうんだ。
 どうして、僕はカヲル君を殺してしまったんだろうって。
 使徒だったから?
 敵だったから?
 殺さなきゃ僕達人間が滅びてしまうから?
 それとも…、
 ただ、みんなに責められるのが怖かったから?
 裏切られた事が、許せなかったから?」
「っ……。」
胸に、突き刺さるような痛みを感じた。
アタシがシンジに突きつけた言葉を、思い出したから。
「どれが正解なのか、それとも全部正解なのか、
 もしかしたらもっと別の理由があるのか。僕にもよくわからないんだ。
 変だよね?自分のことなのに。
 でも、どれが正解でも、僕がカヲル君を殺した事には変わりないんだ。
 僕が人殺しである事には、変わりないんだ。」
「………」
「僕は、僕の事を好きだと言ってくれた人を殺してしまった。
 僕は、好きな人を殺してしまった。
 わからなくなったんだ。
 自分が何の為にエヴァに乗っているのか。
 自分がエヴァに乗って戦ってきた事は正しかったのか。
 僕は、生きていてもいいのか。」
「…ぅ……」
「動きたくなかった。
 何もしたくなかった。
 死にたかった。
 誰かに殺して欲しかった。
 そう思いながら、僕は塞ぎ込んだ。
 でも、僕がそうしていたせいでミサトさんは死に、
 アスカも、酷い目に遭って殺された。」
「…っ……ぅ…」
「その挙句に、僕はサードインパクトを起こしてしまった。
 アスカは、弐号機で沢山人を殺したって言ってたけど、そんなの僕に比べれば全然マシだ。
 だって、僕は全ての人間を殺したようなものだから。
 人間だけじゃない、全ての生命を、殺したようなものだから。
 それなのに、こうやってのうのうと生きてる。僕は、最低で最悪な人間なんだ。」
「…ぅ…ぅぅ…」
「アスカが殺した人達も、例えアスカが殺さなくたって、
 僕がサードインパクトを起こしてたから、どっちみちあの赤い海に溶ける運命だったんだ。
 それに、アスカは僕と違って世界を守るために戦った。
 アスカは、僕なんかより全然マシなんだよ。
 だから、
 …泣くのなんてやめてよ、アスカ。」
「…ぅ…ううっ…ううっ…」
「……。」

 

 

 

もし、好きな人を殺してしまったら、それはどんな気持ちなんだろう?
もし、自分のせいで人類が滅んでしまったら、それはどんな気持ちなんだろう?
アタシには、わからない。

人殺し。

アタシは、なんて言葉をシンジに突きつけてしまったんだろう。
シンジのことを何も知らなかった癖に。
シンジの苦しみを、わからない癖に。
それなのに、アタシはただ自分勝手な言葉ばかりシンジに突きつけてしまった。
アタシは、なんて愚かだったんだろう。
 

 

 

 

 

「アスカ、まだ起きてる?」
「……。」
ホントは、起きてる。
けど、答えなかった。
心が押し潰されそうで、シンジと話す勇気が無かった。
アタシは、寝た振りを続けた。
「……。」
「……。」
「…起きてたら、ごめん。
 きっと今から言う事を聞いたら、アスカは傷つくと思うから。
 でも、聞いて欲しい。」
「……。」
「僕は、どうしようもない奴なんだ。
 他人が怖くて、拒絶されるのが怖くて、傷つけられるのが怖くて、
 だから、人の顔色をいつも窺って、優しい振りをして、興味の無い振りをして、誰にも傷つけられないようにした。
 そうやって、他人を遠ざけてた。
 でも、自分がただの臆病者だってわかっていたから、僕は僕が嫌いだった。
 自分で自分を認められなかった。」
アタシの嫌いなシンジの姿だ。
「……。」
「でも、エヴァに乗って戦っているうちに、
 ミサトさんやトウジやケンスケ、綾波やアスカ、それに、ほんの少しだけど父さんとも話せるようになった。
 みんなに、僕を認めてもらえたような気がした。
 それでも僕は僕の事が嫌いだったけど、みんなの為にエヴァで戦ってるって思えたから、
 僕は少しずつ、僕のことを好きになっていった。
 僕は、自分を認めてもいいんじゃないかって思い始めたんだ。
 だから、僕はエヴァに乗り続けた。」
それは、アタシも同じだった。
アタシも、他人に認められたいから、自分を認めたいからエヴァに乗った。
「……。」
「でも、そうやってエヴァに乗っているうちにトウジを傷つけてしまって、
 トウジやケンスケ、委員長に合わせる顔が無くなった。
 父さんの事も、信じられなくなった。
 僕は、僕を認めてくれる人達を自分で遠ざけた。
 僕の傍から、僕を認めてくれる人達がいなくなっていった。」
「……。」
「それでも僕は、自分を認めたくてエヴァに乗って戦った。
 エヴァに乗る事しか、僕の存在理由は無かった。
 そして、カヲル君を殺した。
 僕は、自分を認める事が出来なくなった。
 ただ認められたいだけの、自分を認めたいだけの僕は、それでエヴァに乗る理由を見失った。
 エヴァに乗ることを、拒絶した。」
「……。」
「だけど、その結果僕は取り返しのつかない事をしてしまった。
 決して償い切る事なんて出来ない罪を、犯してしまった。」
「……。」
「せめてアスカにだけは償おうと思ってたのに、僕はまたアスカの事を殺そうとしてしまった。
 僕はやっぱりただ認められたいだけの、自分を認めたいだけの、どうしようもない奴だった。」
そんなの、しょうがないじゃない。
アタシはシンジの気持ちなんて何も考えないであんな事を言ったのよ。
殺されてたってしかたなかったわよ。
それに、アタシだって認められたいだけよ。
自分で自分を認めたいだけよ。
アタシだけじゃない、誰だって、どんな人間だってそうよ。
だから自分をどうしようもないなんて思わないでよ。
自分を嫌いにならないでよ。
「……。」
シンジに、言ってあげたかった。
なのに、アタシは口を開くことが出来なかった。
「…僕は、アスカのことが好きだ。アスカの為に何かしたい。アスカを守りたい。アスカを傷つけたくない。
 でも、きっとこの気持ちも、アスカに認めてもらいたいだけの身勝手なものにしか過ぎないんだ。」
「っ……。」
「僕には自分しかいない。僕の優しさや労わりはアスカの為なんかじゃない。
 アスカに認めてもらう為、僕はアスカの傍にいてもいいって自分で認める為にやっている事にしか過ぎないんだ。
 全部アスカの為なんかじゃなくて、自分の為でしかないんだ。
 僕は結局、どこまでいっても自分勝手な人間でしかないんだ。
 だから、いつかアスカのことを裏切って、傷つけてしまうかもしれないんだ。」
苦しい。
悲しい。
「ぅ……。」
「だからアスカ、僕を利用してよ。
 アスカの都合のいいように、僕を使ってよ。
 僕が要らなくなったんなら、僕を見捨ててよ。
 僕に傷つけられたんなら、僕を傷つけてよ。
 僕に殺されそうになったんなら、僕を殺してよ。
 例え僕が嫌がって、情けなく泣き喚いたとしても。」
やめてよ…。
そんな事、言わないでよ…。
「…ぅぅ…ぅ…」
「…ごめん。
 アスカにあんな偉そうな事言ったのに、僕がこんな事言っちゃだめだよね。
 安心してよアスカ。
 別にヤケになってる訳じゃないんだ。
 自分が許せないって訳でもない。
 ただ僕は、自分勝手で、
 決意がすぐに揺らいでしまうような意思の弱い人間っていうだけなんだ。
 僕がそれに気づいただけなんだ。
 だって僕は、アスカに償いたいって思ったのにアスカのことを殺そうとしてしまった。
 だったらこれから先、アスカのことを殺そうとしないで生きていけるかなんてわからないじゃないか。
 今度こそ、アスカのことを殺してしまうかもしれないじゃないか。」
「…ううっ…うっ…」
「それでも、僕はアスカと一緒にいたい。
 アスカのことが好きなんだ。
 アスカの為に生きたいんだ。
 この感情が、すぐに揺らいで消えてしまうような、儚いものでしか無かったとしても、
 今、僕の中に確かにあるんだ。
 僕は、この気持ちを失くしたくない。
 この気持ちを失くすぐらいなら、失くしてアスカを傷つけるぐらいなら、僕は死んでしまったほうがいい。」
「くぅ…ううっ…うううっ…」
「…勝手なことばっかり言ってごめん。
 僕の話を聞いてくれて、泣いてくれて、ありがとう、アスカ。嬉しかった。
 好きだ、本当に、大好きだ。」
「うううっ、ううっ、ううっ」
「おやすみ、アスカ。」
 

 

 

 

 

 

 「んっ…。」
朝ね。
昨日、泣いてあのまま寝ちゃったのね。
アタシはシンジのほうに向き直った。
シンジはまだ、アタシに背を向けて寝てる。
まるで女の子みたいな、頼りなくて弱々しいシンジの背中。
この背中に、シンジはとても大きな罪を背負ってしまった。
アタシだったら潰されてしまうような、大きな罪。
だけどシンジは潰されるどころか、自分の罪を、自分の弱さを、目を逸らさずに真っ直ぐ見据えてる。
それどころか、アタシを気遣って、アタシの罪まで背負おうとしてくれた。
こんなに細くて、小さな背中なのに。
そっと、シンジの背中に触れた。
ビクリと、シンジの背中が少し動いた。
「シンジ。」
呼びかけた。
「…おはよう、アスカ。」
シンジ、起きてたんだ。
後ろから抱きついて、頬をシンジの背中に当てた。
シンジの身体に血が巡っているのを、感じた。
「おはよ、シンジ。」

 

 

「昨日は、泣かしちゃってごめん。」
「ううん。シンジは悪くないわよ。アタシが勝手に泣いちゃっただけだもん。」
「ん…、なんか、難しいよね。傷つけあわないで気持ちを伝え合うのってさ。
 アスカのこと、泣かすつもりなんてなかったのに、いつの間にか傷つけて泣かしてた。」
「アタシだって、シンジのこと傷つけたもん。
 それに、アタシはシンジになら傷つけられたっていいわよ。」
「アスカがよかったって、僕は嫌だよ。」
「そんなの気にしないでよ。
 アタシが傷つく事より、シンジが傷つく事のほうがアタシは嫌なの。
 知らない間に、シンジを傷つけてしまうほうが嫌なの。」
「僕だってそうだよ。
 いつの間にか、アスカのことを傷つけてしまうのが怖い。
 それなら、アスカに傷つけられたほうがいい。
 …でも、それじゃだめなんだよね。」
「……。」
「僕は弱い人間だから、アスカのこと傷つけてでも自分の言いたい事を言わなきゃ、
 耐えられないのかもしれない。
 昨日も結局、アスカが泣いてるのにあんな事言っちゃったしね。」
「……。」
「でも、耐えられなくなってこの気持ちを失ってしまうぐらいなら、
 ああやってアスカに言いたい事を言ったほうが僕はいい。勝手かな?」
「ううん。アタシは、シンジに気持ちをぶつけて欲しい。
 それでシンジが楽になるんなら、アタシ…。」
「ありがとう、アスカ。
 アスカも、僕に言いたいこと言ってよ。
 僕だって、アスカが我慢しすぎて、いつの間にか傷ついたり、僕のこと嫌いになってたりしたら嫌だもん。」
「ありがと、シンジ。
 アタシも弱い人間だから、きっとシンジを傷つけちゃうと思う。
 でも、アタシもシンジを好きって気持ちを失くすぐらいなら、言いたい事をシンジにぶつける。
 それで、いいよね?」
「うん。」
「ねぇシンジ。アタシ、もっとシンジのこと知りたい。
 もっとシンジに、アタシのこと知って欲しい。」
「僕も、もっとアスカのことが知りたい。
 僕のことを知って欲しい。
 これからさ、いっぱい色んなこと話し合っていこうよ、アスカ。」
「うん!」

 

 

 

「ねぇシンジ。
 もしね、アタシが我侭じゃなくなって、うるさくなくなって、
 シンジのことバカにしなくなって、シンジの知ってる元気なアタシじゃ無くなったら、
 シンジ、悲しい?」
「それってアスカが僕に気遣って、自分を押し殺して我慢しちゃうって事?だったら僕は悲しいかな。」
「ううん。そういう事じゃなくて、アタシは別に我慢するわけじゃないの。
 ただ、もしアタシが、例えばファーストみたいにおとなしい子に変わってしまったら、
 シンジの知ってるアタシがいなくなったみたいで、シンジは悲しむんじゃないかって。」
「う〜ん。アスカが元気じゃ無くなったら、確かにちょっとだけ、悲しいっていうか寂しいかな。
 でもさ、別にアスカが僕の傍からいなくなる訳じゃないから、それほど悲しんだり寂しがったりはしないと思うよ。
 どんなアスカだって、アスカなんだしさ。」
「ありがと、シンジ。」
「どうしてそんな事聞いたの?」
「うん。…シンジと一緒にいるとね、優しい気持ちになるの。
 いつの間にか、意地を張るのも忘れちゃうぐらいね。
 だから、いつかアタシはシンジに我侭言ったり、
 バカにしたりすることが出来ないようなアタシに変わっていくんじゃないか、ってちょっとだけ思ったのよ。」
「アスカが自然にそう変わっていくんなら、僕はそれでいいと思うけどね。
 別に僕もアスカに我侭言われたりバカにされたりしたいって訳じゃないしね。
 ただ何ていうか、アスカに我侭言われたりバカにされたりすると、アスカが僕に本音で接してくれてると言うか、
 アスカが僕に心を開いてくれてるって気がするから、ちょっと嬉しいんだ。
 僕もそんなアスカ相手なら気を遣わないで済むから安心するしね。
 だからアスカが無理にそんな態度をとるんなら、本末転倒っていうか、僕も多分何か変に感じてしまうと思うんだ。
 だからアスカは無理に僕に合わせなくたっていいんだ。アスカの好きにしてくれたらいいよ。
 僕はアスカと一緒にいるだけで満足だしね。」
「ありがとね、シンジ。
 アタシ、ありのままのアタシでいる。だからシンジもそうしてよ。
 アタシも、シンジが傍にいてくれるだけで満足だもの。」
「うん。僕もそうするよ、アスカ。」

 

 

「ねぇアスカ。
 アスカは昨日、アスカのお母さんに何もしてやれなかったって言ったよね。
 僕は、そんな事無いと思う。」
「どうして?」
「アスカのお母さんは、アスカのことが好きだったんでしょ?
 ずっと、アスカのことをエヴァの中で見守っていてくれたぐらいだし。」
「……。」
「アスカも、お母さんのことが大好きで、お母さんに甘えたり、
 お母さんにいいとこ見せようとしたりしたんでしょ?
 アスカに甘えられたり、アスカがいいとこ見せようと頑張ってる姿を見て、
 アスカのお母さんはきっと嬉しかったんだと思うんだ。」
ああ…。
「っ……。」
「だって、僕がアスカのお母さんの立場だったら、アスカに甘えられたり、
 アスカが自分にいいところ見せようと頑張ってくれたら嬉しいもん。
 きっとそれだけで、幸せな気持ちになれると思うんだ。
 アスカが幸せを与えてくれた、って思うと思う。」
シンジで、よかった。
「…シンジっ…っ…」
「だからアスカのお母さんは、アスカが元気でいるだけで嬉しかったし幸せだったと思うんだ。
 アスカに幸せを貰ったって思ってると思うんだ。
 思ってるだけじゃない、本当にアスカはお母さんを幸せにしてたんだと思う。
 アスカのお母さんは、アスカからいっぱい大切なものを貰ったと思うんだ。
 だから、アスカがお母さんに何もしてあげられなかったなんて事は、ないと思う。」
アタシの好きになった人が、シンジで本当によかった。
「…っ……」
「きっと、アスカのお母さんはアスカに感謝してる。
 アスカが元気でいることを、願ってくれてる。
 僕は、そう思うよ。」
本当に…。
「…うっ…っ…」
「……。」
静かに、涙が流れていく。
シンジが、泣いているアタシを抱きしめてくれた。
感情が、抑えられない。
ママとの思い出が、ママへの思いが溢れて…。
「…っ、うくっ…ぅ、ぁ、あ…」
「……。」
「…ぁ…ぅ、ぁああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!」
シンジの胸で、アタシは叫んだ。
「ママァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
もう届かない、ママへの思いを叫び続けた。
シンジは、黙ってアタシを抱きしめ続けてくれた。
 

 

 

「ねぇシンジ。」
「うん。」
「明日、何かしようと思ってる事ある?」
「ううん。どうして?」
「一緒に、来て欲しい所があるの。」

 

 

 

 

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帰り道での二人の会話は、何も考えずに書き始めたのですが、思いのほか本物のシンジとアスカっぽくなった気がするので気に入っています。

加持とミサトについても触れる事が出来ましたし。

 

果たして、精神汚染を受けた挙句に貪り殺される事と、好きな人を自分の手で殺してしまう事、どちらが辛い事かというと、

それは人によるとしか言いようが無いでしょう。(まあ、殆どの人にとっては前者でしょうが…)

ただ、シンジに関してのみ言えば、後者の方が辛いのではないかと思っています。

シンジは痛みには強いですし。

2009年12月2日 たう