Primary  2_Jupiter-7

 

 

 

 「んんっ…。」
朝の光が眩しくて目を開けた。
やけに気分いいわね。
身体だって軽い。
あれ?何か握ってる。
服?
握った手の先に視線を向けるとシンジが居た。
「……っ!」
状況を整理するのに数秒を要した。
昨日の恥ずかしさがいくらか戻ってきた。
「そっかアタシ、昨日シンジと…。」
思い出すのは昨日の痴態。
そうだ、ア、アタシからシンジに一緒に寝よって誘ったんだったわあああああああああああああああああ
恥ずかしくて思わずタオルケットを頭からかぶった。
シンジを見ると気持ちよさそうに眠ってる。
うらめしい、人の気も知らないで。
「…ふがっ」
鼻をつまんでやった。

 

 

 

「変なの。」
シンジの寝顔を眺めながら呟いた。
この間まで、殺しあうほど憎みあってたのに、
今は、こうやって一緒のベッドで寝てる。
「まさに人間万事塞翁が馬ってやつね。」
ホント、人生何が起こるかわからないわね。
「あんなに苦しかったのに。」
もう、狂ってしまうと思ってたのに。
今、こんなに幸せな気持ちで眠ることが出来た。
シンジのおかげで。
「すぅ…すぅ…」
シンジは気持ちよさそうな顔で眠ってる。
あどけない寝顔。
改めて見ると可愛い顔してるわよね、コイツ。
昨日の蒼ざめたシンジの顔を思い出した。
「ホントは怖かった癖に、無理しちゃって。」
コイツが、アタシの為にここまでしてくれるなんて思ってもみなかった。
こんなアタシなんかの為に。
愛しくなって、シンジの寝顔を撫でた。
「ふふっ…」
嬉しくて、微笑ましくて、自然に笑みが零れた。
とても安らかな気持ち。
このまま、シンジを起こさないように気をつけながら、
もうしばらくこうしとこう。
 

 

 

「そろそろシンジも起きるかもしれないし。動こうかしらね。」
シンジは相変わらず安らかな顔で寝てる。
「ちょっと心の準備もしたいしね。」
今シンジが起きたら、
恥ずかしくてどんな顔で向き合ったらいいかわかんないしね。
「よいしょっと。」
ベッドから起き上がって立った。
「そういえば、まだ許すってちゃんと言ってなかったわよね。」
まだアタシは伝えてなかった。
「後でちゃんと言ってあげなきゃね。」
シンジに近づく。
「ちょっと面白かったからもう一回。」
「……。」
「……。」
「…ふがっ。」
気が済んだわ。

 

 

 

 

 

目が覚めた。
横で寝てたはずのアスカが居ない。
先に起きたんだ。
何処いったんだろ?
自分の部屋にでも戻ったのかな?
とりあえず、歯磨きなんかの朝の日課を済ませた。

 

 

 

「やることがないな…。」
ぼーっとしてると、昨日の事が頭をよぎった。
アスカ、可愛かったな…。
思い出すと顔が熱くなってきた。
ベッドの上、昨日アスカが寝ていた場所が目にとまる。
もしかして、今日も一緒に寝ることになるのかな?
期待に胸が膨らんで興奮してきた。
掻き消すように頭をブンブンと振り回した。
まだ何も解決してないのに、アスカは傷だらけだってのに、こんな事考えちゃだめだ。
「…そうだ、アスカの部屋。」
あの部屋があんな状態だから僕はアスカと一緒に寝ることになったんだった。
「掃除しよう。」

 

 

 

アスカの部屋の前。
そういえばアスカがいるかも知れないんだよな。
入る前に何度かドアをノックする。
「アスカー!!!居るー?!!」
返事は無い。
居ないみたいだ。
鍵も開いてる。
部屋に入った。
ひっくり返ったベッドが目に飛び込んだ。
「よくアスカ、こんなのひっくり返したな…。」
すごい力だ…。
アスカがまた暴れたら、果たして僕に止められるのかな…。
ともかく、これを元に戻すのは骨が折れそうだ。
突然、ゴンッと浴室の方から鈍い音。
少し遅れて、
「いった〜〜〜いっ!!!」
アスカの声が聞こえた。
「アスカッ?!!!」
急いで浴室に向かって扉に手をかけた。
扉を開ける寸前、扉の向こうの光景の大体の予想が一瞬で頭をよぎった。
その通りだった。

 

 

 

 

 

とりあえず身体を洗うために自分の部屋の浴室に来た。
鏡に映った自分の顔は、昨日見たときよりも随分マシになっていた。
昨日、久しぶりお腹いっぱいまで食べてよく寝たってのもあるけど、
何より、シンジがいてくれたから精神的に楽になったってのが大きいわね。
湿布と絆創膏だらけの腕と脚は相変わらず。
傷は、一つ一つは深くは無かったし、シンジが手当てする前にはどれも血は止まってたから、
そんなに気にすることも無いわよね。
湿布は、後でまた付け替えれば別に取っても問題ないわよね。
湿布をはずして、なるべく傷に水が当たらない様にシャワーを浴びた。

 

シャワーを浴び終えて身体を拭いていると、ドアを叩く音がした。
「アスカー!!!居るー?!!」
シンジ!?何で?!
ちょっと待ってよ、今こんな姿だし、
それにまだ顔を合わせるには心の準備が…。
パニックになってるとシンジが部屋に入ってくる音がした。
とにかく急いで着替えなきゃ。
パンツを履こうとして右足が引っかかって躓いた。
そのまま転んで床に頭を打ち付けた。
頭がじわじわと痛み出す。
「いった〜〜〜いっ!!!」
思わず大声を出してしまった。
「アスカッ?!!!」
しまった。
シンジが来る。
何か、身体を隠すもの。
探す間もなく浴室の扉が開いた。

 

 

 

 

 

 

 

浴室の扉を開くと最初に見えたのは白いお尻だった。
「あ……。」
視界がズームアウトすると、アスカの全身が見えた。
アスカは、裸のまま四つん這いの格好になって、片手で頭を押さえながらこっちを見ていた。
あっけに取られてる。
「〜〜〜〜っ」
アスカの顔がみるみる赤くなっていく。
「み、見ないでよエッチッ!!!!」
「ご、ごめんっ!!!!」
急いで扉を閉めた。

 

 

「あの、ホントにごめん…。」
「……。」
アスカは怒ってそっぽを向いている。
着替え終えて浴室から出てきてからずっとこの調子だ。
「その、見る気なんて無かったんだ、ただアスカの声が聞こえてそれで…」
「わかってるわよバカ。」
「……。」
「……。」
気まずい。
「あのさ、さっき頭を打ってたと思うんだけど、だいじょ…」
「大丈夫よ。」
二の句が継げない。
「……。」
「……。」
大体最初僕が部屋に来たときにアスカが返事してたらこんな事にならなかったんじゃないか。
僕はアスカを心配しただけで、アスカの裸を見てやろうなんてこれっぽっちも思ってなかったのに、
何でこんな僕が悪いみたいな事になってるんだ?
と、言いたいことが頭の中をぐるぐる巡っていたけど、言わなかった。
いや、言えなかった。
「……。」
「……。」
沈黙が続く。
今、アスカは、どうせシンジは自分が悪いなんて思ってないんでしょ、みたいな事考えてるのかな。
もしそれで責められたらやっかいだよな…。
「……。」
「…もう、いいわよ。」
「え…?」
「別に怒ってないって言ってんのよ。
 だからそんなにアタシに気ぃ遣ってんじゃないわよ、バカシンジ。」
「う、うん…。」
ホッとしたけど、いきなりそんな風に許されてもどうにも出来ない。
「…そういや、なんでアンタここに来たのよ?」
「え?ああ、この部屋の掃除をしようと思ってさ。このままだったらアスカここで寝れないだろ?」
「別にいいわよ。」
「遠慮なんかしなくていいよ。どうせ暇でやることも無かったし。」
「だから、いいって言ってんのよ。」
「遠慮しなくていいって、僕がやりたいから掃除するだけで…」
「だ・か・らっ!遠慮なんかしてないわよバカッ!!ここを掃除する必要なんか無いからいいって言ってんのよ!!」
「え?…あ、ああそっか、まだ使ってない部屋があるからそこに…」
「それも違う!!」
「えっと、…どういう事?」
「…アンタの部屋で暮らすって言ってんのよ、バカ。」
アスカが、淡く頬を染めながら言った。

 

 

 

 

 

 

「え?…ええええええええええっ?!!!」
「驚きすぎよバカ。」
余計、恥ずかしくなってくるじゃないのよ。
「だ、だだだって、それじゃ色々と問題が…」
「何が問題なのよ?」
「いや…、寝る場所とか…」
「昨日みたいに一緒に寝ればいいじゃない。」
「そんなのっ!!!…そんなの、僕が困るよ…。」
ちょっとだけ傷ついた。
「何でアンタが困るのよ。」
「いや、…だって、その…」
シンジが視線を彷徨わせて、アタシの方を何度もチラチラみながら言う。
ちょっとイライラした。
「あーもぉー相変わらず男の癖にはっきりしないわねぇ!!
 言いたい事があるんだったらちゃんと言いなさいよっ!!」
「う、…だから、僕が、その…アスカに何かするとか、心配しないわけ?」
シンジが恥ずかしそうにこっちを見ながら言う。
「……。」
ドキッとして、言葉が出なくなった。
意識してないわけ無いじゃないバカ。
そう言われると改めて恥ずかしくなってくるじゃない。
「…アンタに、アタシに手を出す程の度胸なんてないでしょ?」
とりあえず虚勢をはった。
「……。」
シンジはそっぽを向いてしまった。
また、やっちゃったわね…。
傷つけちゃったかしら。
「…もし、ホントに僕が手を出してきたらアスカどうするのさ?」
シンジが赤い顔でそっぽを向きながらも、横目でアタシを睨みつけて訊いてきた。
「え…?」
心臓の鼓動が一気に跳ね上がった。
それって、シンジはアタシに手を出す気があるって事?
アタシの事を抱きたいって思ってるって事?
心臓がバクバクいって、思考が纏まらなくなってくる。
身体が熱くて、自分の顔がみるみる紅潮していくのがわかった。
「……。」
口がパクパク動くだけで、言葉が出てこない。
「……。」
シンジは赤い顔でそっぽを向いたまま、アタシから目を逸らしてる。
恥ずかしい。
気まずい。
何かに負ける気がした。
「…そ、そんな事言ったってアタシに手を出す度胸なんて無い癖に!!
 アンタなんか、せいぜいアタシをオカズにするのが関の山でしょっ!!」
アタシのバカッ!!!
いくら気まずいからって何言ってんのよ!!!
「……。」
シンジはそっぽを向いたままだけど落ち込んだように見えた。
「……。」
気まずさは、さっきの比にならない。
失敗した…。
「……。」
アタシ、何してるんだろ…。
シンジに許してあげるって言ってあげようとしてたのに。
シンジの事、認めてあげるつもりだったのに。
シンジがもしアタシの事を求めてくれるのなら、
アタシを全部シンジにあげてもいいって思ってるのに。
そうよ、言わなきゃ。
自分の気持ちを、シンジにちゃんと伝えなきゃ。
「あのね、シン…」
「してない。」
「え?」
アタシの言葉はシンジの呟きに掻き消された。
「あれから、アスカの事をオカズになんかしてない。
 僕がアスカでそんな事するのアスカ嫌だろ?
 アスカの事オカズにしてたのがばれたのに、それでアスカに軽蔑されたのに、
 まだし続けるほど僕の神経は図太くなんてないよ!」
シンジが顔を真っ赤にして、一気に捲し立てるように言った。
「……。」
アタシは、呆気にとられて何も言えなかった。
「……。」
シンジは真っ赤な顔でアタシから顔を逸らしたまま。
アタシが、悪いわよね…。
何か言わなきゃ。
「…えっと、その…わかったわよ…。
 それに、別にアタシはもう、そんなの気にしてないし…。」
「気持ち悪いって思ってる癖に。」
「…そりゃ、気持ち悪いわよ。気持ち悪いけど、
 しょうがないんじゃないの?アンタ男なんだし、
 …その、我慢できなくなる時も、あるんだろうし。」
「……。」
「それに、アンタだったらそんなに嫌じゃないし…。」
アタシ何口走ってんのよ?!!
自分で言った言葉の意味を理解してアタシの顔も赤くなった。
「……。」
「……。」
「…ごめん。」
「…なんでアンタが謝んのよバカ。」
「だって…」
また話が変な方に逸れるじゃないのよっ!!!
「もぉ〜〜〜〜〜めんどくさいわねっ!!
 シンジアンタッ!!!アタシの為になんでもしてくれるって言ったわよね?!!
 だったらアタシと一緒に寝る事ぐらい出来ないはずないでしょ!!!」
「でも…」
「でももヘチマもないわよっ!!!
 アタシの為になんでもしてくれるって言ったんだから、
 アタシの言う事黙って聞いてくれりゃいいのよっ!!!バカシンジッ!!!!」
立ち上がって、ビシッと人差し指をシンジに向けて言い放った。
「…うん。」
呆気に取らたような顔で、シンジは頷いた。

 

 

「言っとくけど逃げたら承知しないわよっ!!!」
アタシの部屋からシンジの部屋に要る物を運び込んだ後、
シンジは食べ物を調達しに出てくると言い出した。
「わかってるよアスカ、ちゃんと帰ってくるから。」
何故か嬉しそうにニコニコしてる。
「何か嬉しそうねアンタ。
 やっぱりアタシと一緒に居られるのが嬉しいんじゃない。うりうり。」
肘で小突いてやった。
「え?…うん。それもあるけどさ。
 何かアスカが、昔の元気なアスカに戻ってきたみたいで、嬉しいんだ。」
「え…。」
思いがけない言葉だった。
「昔の、ミサトさんのマンションに一緒に居たときに戻れたみたいで、嬉しいんだ。」
「……。」
ミサトのマンションに居たときの事。
アタシには、嫌な思い出ばかりだった。
正直、アタシはあの時に戻りたくなんか無かった。
それでも、
「あの時も、アスカにバカにされたり、からかわれたり、ケンカしたりして、
 正直アスカに腹も立ってたけど、思い返すとやっぱり楽しかったし嬉しかったんだ。
 またこんな風にアスカと話せるようになるなんてもう無いと思ってた。
 そんな風にアスカと過ごす事なんて、無いと思ってた。」
それでも、シンジといた時間は楽しかった。
シンジをバカにしたり、からかったり、ケンカした事さえも今思えば楽しかった。
退屈な時間だって、シンジと一緒ならどこか安らげた。
そんな時間が戻ってきたことは、アタシも嬉しかった。
だけどそれより、
「シンジ…。」
それよりシンジが、アタシと居ることが嬉しいって思ってくれてた。
アタシが元気になって、嬉しいって言ってくれた。
その事の方が、ずっと嬉しかった。
アンタを傷つけてばかりの、こんなアタシなのに。
罪悪感で、胸が締め付けられる。
だけど同時に、胸の奥から暖かなものが満ちてくる。
シンジが、愛しい。
「だからさ、その…こんな僕と一緒に居てくれて、また、話してくれて、…ありがとう、アスカ。」
シンジが、少し照れくさそうに言ってくれた。
「……っ。」
嬉しくて、申し訳なくて、ありがたくて、
いっぺんに溢れてきた感情を言葉にしきれなくて、でもそれを伝えたくて、思わずシンジに抱きついた。
「アスカッ?!!」
「……ごめん。」
「……。」
「シンジの事、傷つけて、酷い事言ってごめん。」
「うん。いいよ。僕の方こそ、ごめん。」
シンジはそう言うと、アタシを抱きしめ返してくれた。
シンジの身体が暖かい。
シンジの鼓動を感じる。
感情が溢れてきて、止められない。
「もう、許してあげるから…ごめんっ…。」
涙が流れた。
「うん…。」
「…ごめんっ…っ…」
どんどん涙が溢れてくる。
悲しいからじゃない。
アタシの気持ちをシンジに伝えることが出来て嬉しかったから。
シンジがアタシを許して認めてくれた事が嬉しかったから。
「うん。」
シンジは、アタシを慰めるように頭を撫でてくれた。
「…うくっ…ううっ…っ…」
アタシは生まれて初めて、嬉しくても泣ける事を知った。
 

 

 

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