Primary  2_Jupiter-6

 

 

 

 

 

外はもうもうすっかり明るい。
眠らずに、ずっと考えてた。
僕はどうするべきなのか。
僕はどうしたいのか。
僕に何が出来るのか。
傷つくことを恐れずに居続ける事ができたのなら、
いつかアスカに償うことも出来るかもしれない。
許してもらうことも出来るかもしれない。
傷つけないで居続ける事ができたのなら、
いつかアスカの望むこともしてあげられるかもしれない。
救ってやれるのかもしれない。
だけど僕は、傷つくのが怖い。
アスカの事を、傷つけてしまう。
僕の決意はいつも、すぐに揺らいで消えてしまう。
それでも、そんな僕にも出来る事がある。
その為には、覚悟がいる。
自分を委ねる覚悟が。
自分を失う覚悟が。
きっと僕のやろうとしている事は、バカなことなんだ。
きっと後悔する事になるんだ。
それでも思いついてしまった以上、僕はやらない訳にはいかない。
このまま何もしなくたって、後悔する事には変わりないから。
同じなんだ、どっちでも。
それならまだ、希望がある方をしたほうがいいに決まってる。
もがいてから後悔するほうがいいに決まってるんだ。
やるのなら、早くしよう。
準備はすぐに出来る。
急ごう。
心に炎が灯っているうちに。

ロビーのソファにはタオルケットだけが残っていた。
アスカはきっと自分の部屋に戻ったんだ。
必要なものを持ってきたら、すぐにでも向かおう。
 

 

 

 

 

 

206号室。
たぶん此処がアスカの部屋だったはず。
心の中に迷いが生まれて、
扉の前で、僕は立ち止まってる。

人殺し。

アスカは僕を苦しめて愉しんでた。

殺してやる!!!!!!!!

アスカは僕の事を殺そうとした。
僕の事を憎んでるんだ。

それでも、
震えてた。
ボロボロだった。
僕に頼ろうとしたのかもしれなかった。

深呼吸を繰り返す。
口の中が異様に乾いてる。
緊張で、気持ち悪すぎて吐きそうだ。
心臓の鼓動が早鐘の様にうるさい。
頭がくらくらする。
脚が震える。
今すぐにでも、此処から逃げ出したかった。
「逃げ出したって、同じなんだ。」
自分に言い聞かすように呟く。
例えこの後、アスカに苦しめられて、殺されたとしても、それはしょうがないんだ。
僕の罪は、償いきれるようなものじゃないから。
だけど、

苦しみたくない、死にたくない。

本当に、この方法でいいのか?
もっと穏便に済ます方法があるんじゃないのか?
もっと苦しまないで済みそうな方法があるんじゃないのか?

だめだ。

上手くいかなくって苦しめられて後悔するよりも、
何もしないで苦しまないで後悔するほうが明らかにいいじゃないか。

迷いが。

それに時間はたっぷりあるんだし、別に今じゃなくたっていいじゃないか。

決心を。

そもそも僕は何の為に、こんなバカな事をしようとしてるんだ?
アスカは僕の事を傷つけて嗤ってたんだぞ。

鈍らせて。

アンタは所詮そんな人間なのよ。

……。

自分の事しか考えられない。
そうだよ。

うるさい。

自分しか心にいない。
僕は所詮そんな人間なんだ。

うるさい!!!

傷つくのが怖いから、誰にも近づけないで嫌な事から逃げる事しか出来ない。
そうさ、僕には逃げる事しか出来ないんだ。
だからこんな事やめよう。

うるさいって言ってるだろっ!!!!!!

目を瞑る。
恐怖心を押し殺そうと歯を強く噛み締め、奥歯がギチリと鳴る。
逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ…。
迷いと、響く声を掻き消す為に、頭の中で何度も唱えた。
目を開く。
「…やってやる。」
最後に僕の背中を押したのは結局、つまらない意地だった。

コンコン。
ドアをノックした。
返事は無い。
ドンドンッ。
強めに叩いた。
返事は無い。
ゴンッゴンッゴンッゴンッゴンッゴンッゴンッゴンッゴンッ。
苛立って力の限りにドアを叩き続けた。
手が痛い。
やっぱり返事は無い。
気持ちが、折れそうになる。

これでわかったでしょ、アンタはアタシに償えない。
アンタがアタシに許される事なんて絶対に無いって事が。

関係ない。

嫌いな奴をわざわざ認める必要が、何処にあんのよ。

関係ないっ!!!!!!!!

声を振り払う。
ドアノブを掴んで捻る。
鍵は掛かってない。
「…逃げちゃ、ダメだ。」
ドアノブを捻りきって引く。
ドアが開いた。

アスカの部屋に足を踏み入れる。
中はひどい有様だ。
予想してたからどうでもいい。
アスカは?
逆さまになったベッドの陰にいた。
汚れたタオルケットに包まって眠っている。
持ってきた救急箱とケースを置いて、アスカを揺り起こす。
中々起きない。
「アスカ!アスカ!起きてよ!!アスカっ!!!」
強引でも、迷惑でももう構わない。
今言わなかったらもう言えなくなる。
「お願いだから起きてよアスカっ!!!!!」
「んっ…。」
アスカの瞼が開く。

 

 

 

 

 

…揺れてる。
せっかく眠れたのに何よ一体?
「アスカっ!!!!!」
誰かがアタシを呼んでる…。
瞼を開けると目の前にシンジの顔。
「……っ!!!」
心臓が、止まるかと思った。
何で、何で、何でシンジがここにいるのよ?
さっきの事を思い出した。
もしかして、アタシの事を心配して来てくれたの?
期待が、アタシの中で膨らんだ。
心臓が高鳴る。
緊張して唾を呑み込んだ。
「あのさアスカ、聞いて欲しい事があるんだ。」
だけど、なんか変だ。
何でこんな思いつめた顔してるのよ?
それに何か、顔が蒼ざめてる。
「いいかな?」
シンジがアタシをじっと見つめてる。
アタシの答えを待ってるんだ。
「…うん。」
突然の展開に戸惑いながらもうなずいた。
上半身だけ起こす。
シンジがアタシに向き合う様に正座した。
な、何でそんなにかしこまってんのよ?
シンジの緊迫した雰囲気につられて、思わずアタシも正座する。
「……。」
「……。」
沈黙。
重い。
シンジもアタシもうつむいてる。
シンジの荒い息遣いが聞こえる。
数度、シンジが意を決するように大きく深呼吸した後、
「アスカ。」
顔を上げた。
「はいっ!」
呼ばれてすぐにアタシも顔を上げる。
シンジはアタシの眼を真っ直ぐ見つめた。
黒い瞳は重く鈍い光を湛えている。
何か、怖い。
「僕は、やっぱりアスカに償いたい。許して欲しい。」
「…。」
とっさに言葉に詰まった。
そうだ、アタシはシンジに伝えなきゃいけなかったんだ。
許してあげるって。
「シンジ、アタシ…」
「だけど僕は、この前アスカに償いたいって言ったのに、またアスカの事を殺そうとした。」
胸に衝撃を受けた気がした。
「それは、アタシがアンタの事を責めたから…」
「例えどんな理由だって、アスカを殺そうとした事には変わりないんだ。
 きっとまた同じような事があったら、僕はまたアスカを殺そうとすると思う。」
「……。」
「だから、」
シンジは床においていた商品ケースを取って、アタシの前に置いた。
未開封のケースの中には、包丁。
「もし、僕がまたアスカの事を殺そうとしたら、僕を殺して欲しい。」
「――――ッ」
血の気が一気に引いた。
景色が、遠くなる。
「別に僕がアスカの事を殺そうとしなかったって、
 僕の事を殺したかったら、それで今すぐ殺してくれていい。」  
何、言ってんのよ…。
「僕は、アスカに償い切れない事をした。
 アスカに償うためにはせめて、自分の命ぐらい捨てなきゃいけないんだ。
 アスカには、僕を殺す権利がある。」
やめてよ…。

殺される覚悟も無いくせに何寝言ほざいてんのよ。

アタシが、あんなこと言ったから…。
「僕にはアスカの受けた痛みなんてわからない。アスカの受けた苦しみなんてわからない。
 だから僕にそれで…」
「バカな事言わないでよっ!!!!!!!!」
シンジの言葉と、動揺する心を、振り払うように叫んだ。
「ふざけんじゃないわよっ!!!!!!いきなりそんな勝手なこと頼まないでよっ!!!!!!!」
そう叫びながら、シンジに掴みかかった。
喚いて動揺する心を誤魔化そうとした。
怯ませてシンジの言葉を止めようとした。
「…。」
シンジは、黙った。
だけど、血の気の無い蒼白な顔は少しも歪まず、
黒い瞳は、放つ鈍い光を少しも揺らさずにアタシを見据えている。
シンジは、少しも怯んでなんかなかった。
怖い。
動揺する心が更に揺らぐ。
「ごめん。ただ、僕の命をアスカの自由にしていいって事を…」
「アンタの命なんか自由にしたって嬉しくなんかないわよっ!!!!!!!」
「……。」
「何で、何でそんな事いうのよ。アタシはもう、アンタの事っ…」
悔しくて、堪らない。
涙が一粒、零れ落ちて、
それから、
「…アンタのっ…ことっ…っ…」
それから、どんどん涙が溢れてきて、
「…くぅ…うくっ…ぅくっ…」
嗚咽を、止められなくなった。
力が抜けて床にへたり込み、シンジの前に項垂れた。 
「ごめん…。」
シンジが、小さく呟いた。
「…ぅううっ…うぅ…うううっ…」
光が差す部屋の中で、アタシは泣いた。

 

 

 

 

 

「あの、手当てさせて欲しいんだけど…。」
泣き止んでしばらくすると、シンジがおずおずと話しかけてきた。
もう顔には血の気が戻ってきていて、いつも通りの犬みたいな瞳に戻っていた。
「……。」
恥ずかしいのと腹立たしいのとでアタシはそっぽを向いた。
「……。」
どうせ今、申し訳なさそうな顔でうつむいてんでしょうね。
しょうがないわね。
「…顔を洗って着替えてくるから待ってて。」
「え、…うん。」
今の酷い格好を少しでもどうにかしたかった。
床に散らばった服の中から、まだマシな物を選んで浴室に入った。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アスカが浴室に入っていった。
部屋の様子を見回す。
改めてみると本当に酷いや。
食べ物も、あそこでぐちゃぐちゃになってる分しかないんだろうか。
だからあんなにやつれてるのかな…。
「下に食べ物を取りに行くぐらいいいか…。」
自分の部屋に食べ物を取りに戻った。


アスカの部屋に戻ってきた。
アスカはまだ出てきてないみたいだ。
食べ物を置いてアスカを待つ。
「拍子抜け、だったな…。」
殺されなかったとしても、身体の何処かを斬り付けられるぐらいはあると思ってたんだけどな。
「アスカ、泣いてたな。…悪いことしちゃったな。」
結局僕はアスカをまた傷つけてしまった。
こんな事、僕の一人よがりでしかなかったんだ。
だけど、僕には必要なことだった。
僕の気持ちは固まった。
「僕の事、許してくれたのかな?」
アスカの口からはっきりと聞いたわけじゃないけど、そう考えてもいい気がする。
「どうして許してくれたんだろ?」
僕の気持ちが伝わった、って事じゃあ無いよな。
やっぱり、あれが原因なんだろうか?
二階から聞こえる暴れる音。
荒れた部屋。
ボロボロになってたアスカ。
アスカは何に悩まされてるんだろう?
僕にどうにかできるんだろうか?
「後で聞かなくちゃな。」
アスカは嫌がるだろうけど。
怒るだろうけど。
もう僕には、アスカをほっとく事なんて出来ないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

鏡の前。
ボサボサの髪を整えながらさっきの事を思い出していた。
シンジは、アタシの為に来てくれた。
アタシに自分の命を自由にしていいって言ってくれた。
こんなアタシなんかの為に。
「バカよ、アンタ…。」
哀しいけど、嬉しかった。
「どうして、シンジはここまでしてくれるの?」
アタシは、シンジの事を傷つけて壊そうとしたのに。
アタシに償いたいだけ?
アタシに認められたいだけ?
それとも単なる同情?
それとも…。
思い出したのは、病室での出来事と、
アタシの胸を見ていたアイツの目。
…いっか。
アタシの為にここまで思い詰めてくれた事には変わりないもんね。
アイツに、許してあげるってちゃんと伝えてあげなきゃ。
認めてあげるって、言ってあげなきゃ。
それから、
それから…。
「……。」
髪をとかし終えた。
鏡には、やつれたアタシの顔。
「こればっかりは、今はどうしようもないわよね…。」
浴室を出る。

 

 

 

シンジが、湿布を取り出して痣の上に貼り、その上からテープで固定していく。
シンジの手が、たどたどしい、だけど優しい手つきでアタシの腕に触れる。
「やることが極端すぎるのよ。簡単に殺していいなんて言うんじゃないわよバカ。」
やっぱりまだ腹立たしかったから小言を言った。
「う…ごめん。」
「ごめんじゃないわよこのバカッ!アタシがもしホントに殺そうとしてたらどうするのよ?!」
「そうなったら、それはそれでしょうがないよ。僕はアスカに殺されても仕方の無い事をしたんだし。
 それに、僕がアスカを殺してしまう事の方が嫌だ。」
だからなんでそんな事言うのよバカ!
「そんなのっ!…そんなの、アタシだってアンタを殺すなんて嫌よ。
 アタシに嫌な役押し付けてんじゃないわよバカ。」
「ごめん。」
「……。」
悪いのは、アタシの方だ。
シンジを、アタシに殺意を抱くまで追い詰めて、今も、ここまで思い詰めさせてしまった。
「…どうして、アタシにここまでしてくれるの?
 アタシは、アンタにひどい事を言ったのに。…アンタを、殺そうとまでしたのに。」
「…ほっとける訳ないよ。アスカ、そんなに辛そうなのに。」
「……。」
同情、か…。
「ごめん、同情とかそんなんじゃないんだ。
 ただ、このままアスカをほっといたら、きっと後悔するって思ったから。
 ただ、僕が後悔したくなかっただけなんだ。」
「……。」
「…やっぱりアスカは嫌だよね。こういうの。」
「アタシは…」
アンタの助けなんていらないって、言おうと思った。
だけど、言えない。
アタシはもう、シンジに助けて欲しかった。
「……。」
「でもさ、」
シンジが、アタシの目をみつめた。
さっきとは違う、射抜くような真っ直ぐに澄んだ瞳で。
「アスカが嫌がったって、アスカが怒ったって、僕はアスカを助けるって決めたんだ。
 だから、ごめん。
 アスカが嫌でも、これからも僕はアスカを助ける。」
「……。」
思わず顔を背けた。
やだ…。
胸の、奥が熱い。
身体も。
シンジの方をまた伺うと、真剣な顔で手当てに集中してる。
その表情に、胸がときめいた。
アタシ、顔が赤くなってる。
アタシに触れるシンジの手が、やけにくすぐったい。
触れられた腕から、シンジに伝わるんじゃないかってくらいドキドキしてる。
そうだ、アタシ今、シンジに触れられてるんだ…。
この状況が急に恥ずかしくなった。
「はい、これで終わりっと。」
シンジが手当てを終えてアタシの腕を放した。
「これで腕は両方終わったから、次は脚だね。」
頭から、ボンッと煙が出た気がした。
「い、いい、いいわよ脚はっ!!!自分でやるから…。」
「え?…うん、わかったよ、アスカ。」
今、脚なんか触られたら、恥ずかしくってどうにかなりそうだわ。

 

 

「……。」
「……。」
沈黙。
何か、気まずいわね…。
それに食欲が戻ってきたのか、
さっきシンジが持ってきた物を食べたのに、またお腹が減ってきた。
「シンジ、これもらうわね。」
「うん。」
半ば気まずさを誤魔化す様に、シンジが持ってきた食べ物を袋から取り出して食べた。
「……。」
「……。」
また、沈黙。
そろそろアタシ伝えなきゃ、シンジに許してあげるって。
「…あのさ、」
シンジに先を越された。
「何がアスカをこんなに苦しめてるの?」
アタシの目を真っ直ぐ見つめてシンジが訊いてきた。
「……。」
簡単には、言えない。
目を伏せた。
「僕じゃアスカの悩みを解決できないかな?アスカの力になりたいんだ。」
「……。」
「せめてアスカの言いたい事を聞く事も、出来ないのかな?」
「……。」
「…ごめん。
 でも、アスカが今度暴れたら、アスカが嫌でも僕は止めに来るから。
 それと、もしさ、僕に出来る事とか、して欲しい事があったらさ、
 何でもするから、いつでも言ってよ。」
「……。」
何も、言えない。
アタシは、
アタシは…。
「…それじゃあ、そろそろ戻るよ。無理に起こしちゃったから眠いだろうし。
 持ってきた物はアスカにあげるから、全部食べてくれていいよ。」
シンジが立ち上がろうとする。
やだ。
まだ行かないでよ。
「待って。」
シンジの服を掴んだ。
「……。」
「……。」
何も、言えない。
でも、行って欲しくない。
言わなきゃ。
「…まだ、此処にいて。」
恥ずかしくて、蚊の鳴くような声を絞り出すのがやっとだった。
「…うん。」
シンジは、留まってくれた。
「……。」
恥ずかし過ぎて、死にそう。
でも、もう離したくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……。」
「……。」
何だろう、この感じ…。
引き止められてから、アスカが変だ。
おとなしいと言うか、しおらしいと言うか…。
僕の服をずっと掴んでるし。
頼られてるのかな?
何か、身体が熱い。
緊張する。
 

 

 もう夕方だ。
いつまでも此処にいるわけにはいかないよな。
そういえば、此処でボーッとしてる位だったら、
この部屋を掃除しとけばよかったな。
ひっくり返ったベッド。
そういや、この部屋だとアスカはベッドで寝れないんだよな…。
アスカの方を見る。
「アスカ、あのさ…」
「うん…。」
僕の方を見たアスカの瞳は潤んでいた。
ほんのりと頬が赤く染まってる。
やつれてるのに、やけに可愛く見えた。
「……。」
頭の中が真っ白になった。
それからしばらくして、
心臓の音が徐々に大きくなりながら響き始めた。
「どうしたの…?」
アスカが小さく首を傾げる。
「い、いや、あの、その、…ちょっと待ってっ!!」
囁く様なアスカの声で頭の中が熱くなって、しどろもどろになった。
まともにアスカの顔を見れないから、
顔を逸らしてから呼吸を落ち着けた。
な、何なんだこれ?
何で僕はこんな…。
「…こ、こここここじゃあさ、アスカ、ベ、べッド使えないかから、
 アスカがよ、よければ、ぼ、僕の部屋を使いなよっ!!
 …ぼ僕はロビーのソファで眠るから。」
声が何度か裏返った。
「うん…。」
きゅっと、服をもっと強く掴まれた。
 

 

 

アスカを連れて階段を降りてロビーまで着いた。
アスカはその間も僕の服を掴んで離さなかった。
僕は、何故か恥ずかしくて堪らなかった。
「へ、部屋の鍵は空いてるから、入ってくれてだ大丈夫だよ!」
「……。」
アスカはうつむいて、服を掴んだまま離れない。
「ぼ、僕はソファで寝るからさ…。だから自由にあの部屋を…」
「…きて。」
「え…?」
「…シンジも、一緒に来て。」
アスカは、こちらを伺うように上目遣いでそう言うと、
すぐに恥ずかしそうに目を伏せてうつむいた。
「……。」
頭から、ボンッと煙が出た気がした。
全身が熱い。
心臓がバクバク鳴っている。
「…へ?」
アスカの言葉を頭で処理しきれずに間抜けな呟きが洩れた。
「……。」
アスカは真っ赤な顔でうつむいたまま。
「…い、いいいいいや、でも、その、い一緒だとそのも問題が……」
「きて。」
アスカは真っ赤な顔のまま、少し拗ねた様に僕を見て言った。
「…はい。」
思わず肯いてしまった。

 

 

 

 

「眠れない…。」
ベッドの上、僕の隣でアスカが寝てる。
相変わらず僕の服を掴んだまま。
最初は、せめて僕は床で眠ろうとしたけど、アスカが許さなかった。
結局こうやって一緒のベッドで寝ることになってしまった。
「どうしてこんな事になったんだろ?」
アスカはアスカで僕がベッドに入るとすぐに眠るし、
僕だけがこんなに悶々として過ごす羽目になった。
「すぅ…すぅ…」
アスカの寝息が聞こえる。
気になって仕方が無い。
アスカの方を見た。
心地よさそうな顔で寝てる。
心臓がドキドキしてきた。
顔が赤くなっていくのが自分でわかった。
なのに心は何処か落ち着いてきて、
このままずっとアスカの顔をみつめていたいと思った。
アスカに触れたいと思った。
歯止めが利かなくなる気がしたからアスカから顔を背けた。
さっきからアスカの顔を見る度にこんな調子だった。
「…ユニゾンの時の夜みたいだ。」
あの時も、アスカに触れたくてキスしようとした。
「好き、か…。」
この気持ちは好きって気持ちなんだろうか?

ホントに他人を好きになったことないのよ!!!

心の混ざり合った世界での、アスカの言葉。
「わからないや…。」
単なる下心かもしれない。
例え、この気持ちが好きって言えるものだったとしても、
僕はやっぱり、自分の事しか考えられない人間だと思う。
その事に変わりは無かった。
「んっ…」
僕の思考はアスカの呻きで分断された。
それにしても、
「無防備すぎる…。」
僕が何かするって考えてないのかな?
でも、僕はあんな事したんだから、それは無いと思う。
だから、これはつまり…。

でも、アナタとだけは絶対に死んでもイヤ。

また、あの世界でのアスカの言葉。
「…そう、だよな。」
気持ちが暗く沈んだ。
「変な事、考えちゃダメだよな…。」
病室での事を思い出した。
僕がアスカを壊したのに、僕はアスカに勝手に縋り付いて酷い事をした。
それなのにまた僕は…。

気持ち悪い。

「本当に、そうだ。」
罪悪感。
心の混ざり合った世界で見た、ミサトさんと加持さんの姿を思い出した。
嫌悪感。
「僕は、何をしたがってたんだ…。」
自己嫌悪。
もう一度、アスカの寝顔を見る。
きっと、寂しかっただけだよな。
こんな風に眠るのも久しぶりなんだろうな。
そっとしといてやるべきなんだ。
しばらくすると余計な考えが消えていき、
僕も静かに眠りに落ちることが出来た。

 

 

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