「…………………」
………………………………。
「……………」
…………………………。
「………」
……………………。
「……」
……………暗い。
………なんだっけ?
……思い出せない。
…身体中が痛い。
もうしばらくこうしていよう。まだ眠いし。
光だ。
朝?
どうでもいいか。
身体を起こそうと動かす。
「いっ?!」
身体が軋んだ。
痛みが身体のあちこちを走る。
見ればシャツに血がついて、
腕に赤紫の痣が幾つも出来てる。
耐えて何とか立ち上がる。
何処だっけ、此処?
廊下。
階段が見える。
二階か。
階段に向かって歩き出す。
壁に手をついてゆっくりと移動する。
階段を手すりに掴まりながら降りる。
一段降りるごとに脚に電流が走る。
何とかロビーまで着く。
自分の部屋までもう少し。
視界の端に集めていた食糧が映る。
部屋のドア。
開ける。
自分の部屋に入った。
洗面台。
鏡に映る自分の顔。
腫れ上がってる。
顔中に痣。
鼻から口の周りに赤黒く固まった血がついてる。
「ボコボコだ…。」
口の中が切れてるのかしゃべると痛い。
「……。」
情けない。
「…っく…うくっ…くぅ…」
涙が滲み、膝の力が抜けていく。
「…ううっ…うっ…うあああああああああああああああああああああああ」
洗面台に持たれかかり、僕は泣いた。
蛇口を捻り、水を流した。
顔を洗い、血と涙と鼻水と涎を洗い流す。
そのあと、すぐにベッドに倒れこんで泥のように眠った。
目が覚めた。
割れた窓から光が射してる。
朝か。
昼かもしれないわね。
身体を起こす。
筋肉痛で全身が軋む。
右脚に痛み。
見ると右脚に痣ができて腫れている。
昨日の事を思い出す。
シンジを蹴ったせいか。
床に足をつけてゆっくり立ってみる。
ズキズキ痛むけど動けないほどじゃない。
ゆっくりと洗面台に向かう。
いつもどおりに顔を洗い、歯を磨く。
お腹がすいたから適当に部屋にある物を食べる。
この脚じゃあ今日は遠出はしないほうが無難ね。
仕方ないから部屋で空でも見て過ごすか。
雲一つ無い快晴ね。
「……。」
退屈。
虚しい。
だって、何も無くなった。
全部、終わってしまった。
アタシが壊したから。
シンジを壊したから。
「何考えてるのよアタシは。これだから退屈な時間は嫌いなのよ。」
思考を切り替えようとしてもそんな気になれない。
空を見ても動く物は雲さえ無い。
なす術も無く、思考の海に沈んでいく。
我慢できなかった。
アタシじゃない誰かをアイツが見ているのが。
アタシじゃない誰かがアイツの心に棲んでるのが。
壊したかった。
シンジがアタシの事を見てくれないなら、
シンジが全部アタシのものにならないなら、
それならいっそ壊してしまえばいい。
だから、壊した。
「…そんなの、お互い様じゃない。」
先にアタシを壊したのは、アイツだ。
アイツはアタシが壊れるのがホントはわかってたのにあんな事を言った。
アイツのせいでアタシが壊れたのに、それを悪びれるどころか、
アタシに縋り付いて、あんな事をした挙句に、アタシの事を殺そうとした。
悪いのは、アイツだ。
アタシは、アイツにやられた事をやり返しただけよ。
「そうよ、アタシは悪くない。」
アイツの心には誰もいない。
アイツはホントに人を好きになった事なんて無い。
アイツはただ縋る相手を探してるだけなのよ。
自分の事しか、自分が楽になる事しか考えてないのよ。
だから、アイツが傷つけたアタシに縋ろうとした。
だから、拒絶したアタシの事を殺そうとした。
昨日だって、アタシに痛いところを突かれたから殺そうとしたのよ。
それすら辛いから、現実から逃げるために壊れただけよ。
全部アイツが弱いのがいけないのよ。
アタシは、悪くない。
「そうよ、アタシは何も悪くない。」
カヲルって奴だって、シンジに殺された。
アイツは自分を認めてくれた奴でさえ殺したんだ。
アイツは、そういう奴なのよ。
人殺し。
アイツに言った言葉。
違和感。
まただ。
「人殺し。」
口に出してみる。
また、違和感。
何か忘れてる。
思い出せない。
思い出したくない。
嫌な予感がした。
「何なのよ?人殺しはアイツの方じゃない。」
まるでアタシがそう言われているような感覚。
もうやめよう。
何とか思考を逸らさないと。
でも、逸らせない。
思考の海から抜け出せない。
思考自体を断ち切るには、動かなきゃ無理か。
痛む脚を無理矢理動かした。
とにかくこの部屋を出よう。
ドアを開く。
廊下。
廊下にはもうシンジはいない。
シンジ。
人殺し。
違う。
殺された。
アタシは殺された。
でも、その前は。
その前にアタシは…。
「……。」
不意に始まった連想が終わる。
「…アタシ、殺してた。」
エヴァで、弐号機で。
戦艦や戦闘機を壊した。
多分、人が乗ってた。
何十人も、何百人も、人が、乗ってた…。
「アタシ…」
手が、震えてる。
膝から崩れ落ちた。
「笑い話ね…。」
ベッドの上、太陽はもうとっくの前に沈んでる。
「人殺しが、人殺しって罵ってたなんて…。」
人殺しは、アタシだった。
手は、まだ震えてる。
「どうして、忘れてたんだろ…。」
きっと、あの記憶が蓋をしてたんだ。
殺された記憶が、殺した記憶を忘れさせてたんだ。
「アタシ…。」
人殺し。
だって、しょうがないじゃない。
人殺し。
うるさい!!
あいつらだってアタシに攻撃してきたのよ!!
あいつらだってアタシを殺そうとしてたのよ!!!
人殺し。
うるさいって言ってんでしょ!!!!
アタシは悪くない!!!!
殺さなきゃ殺されてた!!!!
人殺し。
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!
アタシもママも殺されたのよ!!!!!!
そうだ、あいつらのせいだ。
あいつらのせいでアタシもママも!!!!!!!
意識の膜。
今度はそれを自分の意思で破った。
「―――――ッ」
黒い塊に身体を委ねた。
上から、音がする。
叫び声。
何かが暴れる音。
何かが倒れる音。
何かが壊れる音。
アスカか。
動けない。
身体が、動かない。
「はぁっ…はぁ…はぁっ…」
我に返った。
壁に穴があいて、
家具や服、食べ物が床にぐちゃぐちゃに散らばってる。
何かで切ったのか手や脚からは所々血が出てる。
「はぁ…くっ…はぁ…」
心が、空っぽだ。
虚しい。
暗闇。
静寂で、耳が痛い。
孤独感。
不安。
空っぽの心に不安が忍び込んでくる。
嫌。
嫌よ。
もう一人なんて嫌なのよ。
怖い。
寒い。
身体が、震える。
座り込んで、自分で自分を抱きしめるように身体を抱える。
震えが止まらない。
せめて、早く眠れるように目を瞑る。
そうやって、時が過ぎていくのをただ待った。
朝の光が部屋を照らした。
不安が薄れていく。
震えが収まっていく。
安心感。
それでようやく、眠気が襲ってきた。
眠りの中に落ちていけた。
お腹すいたな。
身体を動かしてみる。
軋んで痛い。
何とか部屋に置いていた食べ物に手を伸ばす。
口を開けると痛んだ。
食べ物を噛む度に痛む。
少し食べて食欲が失せた。
また眠る。
すぐに目が覚めた。
お腹すいた。
身体を動かそうとする。
軋んで痛い。
手や脚の所々に痣や傷。
右脚の腫れは昨日より酷くなってる。
部屋は酷い有様だ。
食べ物も全部床でぐちゃぐちゃになってる。
何か取りに行かなきゃ。
脚に力を入れて立ち上がる。
歩こうとするとすぐに倒れた。
痛みで上手く歩けない。
壁に持たれ掛かりながらなら何とか歩けた。
そのまま、壁づたいに歩く。
何とか手すりに掴まって階段を降り、ロビーに出る。
だんだん痛みに慣れてきた。
壁づたいでなくても何とか歩けそうだわ。
ロビーを進む。
視界の端に、シンジが集めた食糧。
「アンタなんかに、頼るもんか…。」
無視してホテルを出た。
目が覚めた。
でも、動く気になれない。
割れた窓から空が見える。
少し雲がでてるけど相変わらず晴れてる。
腕を持ち上げてみる。
痣だらけの腕。
きっとアスカにやられたんだ、覚えてないけど。
アスカを殺そうと思ってから、記憶が飛んでる。
でもこの様子じゃ、殺すどころか返り討ちにあったみたいだ。
情けないな。
でも、これでよかった。
もし殺してたら、きっと後悔してたから。
また、自分を責める事になってたから。
僕は、何も出来なかった。
ただアスカを怒らせて、きっとまた殺そうとしたんだ。
どうしようもない。
こうなる事なんて、最初からわかってたはずなのに。
軋む身体を起こした。
何となく、外に出たくなった。
身体が痛くて動くのが辛い。
あまり遠出はできないか。
ロビーに出る。
集めていた食糧。
もう必要の無くなった物。
「アスカの為に、ここに置いたんだっけな…。」
嫌いだから。
頭にアスカの言葉が響く。
「飢える事になってたって、アスカは僕の助けなんか受けたくないよな…。」
アンタはアタシに償いたいんじゃない。
アタシに許されて、認められたいだけなのよ。
「きっと、そうだ。」
アスカの為なんかじゃないんだ。
僕がただ、認めてもらいたいだけなんだ。
偽善なんだ、こんな事。
「せめて、ここから片付けよう…。」
集めた食糧を、ロビーから自分の部屋に運び込んだ。
痛む脚を引きずる様に、ホテルに戻ってきた。
ロビーに入る。
シンジが持ってきた食糧が無いことに気づいた。
「……。」
足の力が抜けて、へたり込んだ。
シンジに、見捨てられたような気がした。
「…何で、ショックなんか受けてんのよ?」
だって、アタシの為にそこに置いてたんでしょ?
それが、無いんだもん。
アタシの事を、見捨てたって事でしょ?
「それがどうしたのよっ!!!何考えてんのよアタシはっ!!!」
アタシの為に置いてたかどうかなんてわからないじゃない!!
アイツの持ってきた食糧なんて元々必要なかったじゃない!!!
アイツだって必要ないから片付けただけでしょ!!!!
仮に、アタシを見捨てるつもりで片付けたからって何だってのよっ!!!!
それがアタシと何の関係があるってのよっ!!!!!
「…そうよ。アイツなんて関係ない。」
また、立ち上がる。
力が抜けそうになるのを必死に堪えて進む。
ロビーを抜けて階段を上る。
段を一段踏み外して躓いた。
「くっ…」
惨めさで、泣きそうになる。
気持ちが溢れそうになるのを抑えて部屋に戻った。
太陽が沈む。
今日も、暗闇がやってくる。
不安が、浮き彫りになっていく。
目を瞑る。
眠る為に。
人殺し。
まただ。
だから何よ?
人殺し。
殺したわよ。
だって、殺さなきゃ殺されてた。
人殺し。
殺したから何なのよ?
アタシを責める奴なんてもう誰もいないわよ。
それにあの後みんなどの道死んだのよ。
人殺し。
しつこいわね。
アタシだって苦しめられて殺されたのよ。
お互い様じゃない。
人殺し。
…勝手に言ってれば。
人殺し。
……。
人殺し。
……。
人殺し。
……。
人殺し。
……。
人殺し。
何が言いたいのよ?!!
しょうがなかったって言ってんでしょ!!!
今更アタシにどうしろってのよ!!!!
愉しんで殺した癖に。
飛び起きた。
背中には、ベッドのシーツが汗で張り付いてる。
また、手が震えだした。
眠れない。
目を、瞑れない。
気が、狂いそう。
暗闇。
静寂。
空っぽだ。
此処には、何も無い。
アタシみたいに。
アタシにはもう、何も無い。
エヴァも無い。
加持さんもいない。
ヒカリもいない。
ママもいない。
誰も、いなくなった。
孤独。
嫌。
嫌よ。
一人なんて嫌よ。
苦しいのよ。
もう、耐えられないのよ。
シンジを一人にした癖に。
「……。」
まただ。
いつの間にか、思考の海に落ちていた。
だから何だってのよ?
アイツはアタシの事を殺そうとしたのよ?
どうして、ほんの少しでも僕の事を認めようとしてくれないんだよっ!!!!!
認めるわけないじゃない、アンタなんて。
自分の事しか考えて無い癖に。
自分が楽になる事しか考えて無い癖に。
アタシの事なんて逃げ場所ぐらいにしか思って無い癖に。
アンタなんて人殺しを、認めるわけ無いじゃない。
人殺し。
そうよ、アンタは自分を認めてくれた奴まで殺した。
アンタは結局そんな人間なのよ。
何が、「仕方なかった」よ。
殺した事には変わりないじゃない。
それはアタシも同じじゃない。
……。
仕方なかった?
嫌…。
殺した事には変わりないじゃない。
嫌…。
シンジと何が違うのよ?
嫌…。
人殺し。
嫌…。
人殺し。
嫌…。
人殺し。
嫌…。
人殺し。
嫌ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
嫌だ。
この部屋は嫌だ。
暗いのは嫌だ。
一人は嫌だ。
誰か。
誰か。
誰か。
誰か。
誰か。
誰か助けて。
逃げ場所ぐらいにしか思ってない癖に。
目が覚めた。
いつの間にか瞼を閉じていた。
アタシ、眠っていたの?
あれは、夢だったの?
わからない。
目の前には、相変わらずの暗い部屋。
もしかして、これも夢の中なの?
寒気がする。
いつ出られるかもわからない牢獄に閉じ込められたような気がした。
怖い。
もう、ほんの少しも瞼を閉じられない。
早く、早く朝になってよ・・・。
長い夜が過ぎて、ようやく朝が来た。
それでようやく安堵して眠りに落ちることができた。
アスカを責め苛む声は、アスカの中の罪悪感から出たものですが、
単に人を殺してしまった事に対する罪悪感だけではなく、その裏にはシンジを壊してしまった事に対する罪悪感も存在し、
アスカが声に抗いきれなくなったのは、シンジに突きつけた言葉を自分も味わった事によって、シンジへの罪悪感が表面化した事にも拠ります。
たう