夕方。
一通りこの辺りを散策してねぐらにしてるホテルに向かう。
退屈な時間を何とかしようと携帯用のゲームを探したけど、
外部に損傷の無いものさえ電池を入れても点かなくて、かろうじて点いたものも表示が狂っていて使い物にならなかった。
携帯用ゲームだけじゃなく、電池式の携帯用の時計なんかも全部壊れていた。
EMPか。
核?
いや、別に核爆発じゃなくたってこれほど大規模な爆発だったら、
大気のプラズマ化や、巻き上がった粉塵同士の摩擦による分極作用なんかでエックス線なり雷なり発生するか。
いずれにしろ、サードインパクトの爆発は強力な電磁パルスを伴って、
それがこの辺一帯の電気機器類の回路をショートさせたみたいね。
懐中電灯が点かなかったのもこのせいか。
おかげで、退屈を埋める手段を幾つか失ったわね。
アタシの余生は、退屈との闘いになりそうだ。
ホテルに着く。
ロビーにシンジがいた。
何かソワソワしてるわね。
シンジがこちらに気づいた。
「アスカ!!あのさ…」
嬉しそうな顔で話しかけてきた。
「……。」
無視して階段に向かう。
それでもシンジはアタシについてきながら弾んだ声で勝手にしゃべる。
「あのさ、アスカ気づいてる?食べ物が腐らない事。」
ああなんだ、その事か。
やっと気づいたんだコイツ。
「……。」
無視して進む。
「きっとサードインパクトで物を腐らせる菌も一緒にいなくなっちゃったんだね。」
植物なんておよそ意識なんて持ってなさそうな生物まであの海に溶けてたんだから、
ちょっと考えればわかりそうなもんじゃない。
階段を上る。
「この街にある分だけでも僕たちの一生分ぐらいはあると思うんだ。
これってさ、食べ物に不自由しないで済むってことだよね?」
おめでたい奴。
目標も夢も無い、
おまけに退屈を埋める手段も殆ど無いこんな世界で生き永らえたって何になるってのよ。
それにどの道、アタシ達を最後に人類が滅ぶことには変わりないじゃない。
足を止める。
「何処までついて来る気よ、アンタ。」
「え?…ごめん。」
既にアタシもシンジも階段を上りきって二階にいる。
「……。」
黙り込んだシンジを尻目に、アタシは自分の部屋に向かう。
「……あのっ!」
シンジが再びアタシを呼び止めた。
今しかないと思った。
あれ以来、まるで何かにのしかかられているような重たさが、常に僕につきまとってる。
僕の思考と身体はひどく鈍っていた。
今、その重たさを感じない。
きっと食べ物に困らない事がわかって嬉しいからだ。
今を逃したら、きっとまたあの重たさに捕まって、アスカに話しかけることすら出来なくなる。
アスカに謝るなら、今しかない。
「……あのっ!」
部屋に戻ろうとするアスカの背中に呼びかけた。
でも、アスカは止まらない。
「待ってアスカっ!!!!!」
出来る限りの大声を出して呼び止める。
アスカが立ち止まる。
「……何?」
ゆっくりと、アスカが振り返りながら呟くように問いかけた。
無表情に、青い瞳に冷たい光を宿して。
「その、えっと…」
呼び止めたはいいけど頭がこんがらがって言葉が整理できない。
「……。」
アスカは黙ってじっと僕を見てる。
無言の圧力。
焦りが更に思考の混乱を招く。
埒が明かない。
とにかく、謝らなくちゃ…。
「その…、ごめんなさい!!」
「…何がよ。」
何だっけ、えーっと何だったっけ。
そうだ、まずこの前のこと。
「この前、アスカが怒ってるのに胸を見ててごめんなさい!!
それから、アスカの気持ちも考えないで余計な気遣いをしてごめんなさい!!」
思い出した事から謝っていく。
「それから…」
すぐに言葉が詰まる。
簡単には許されない事を、
簡単に謝って済ませたらいけない事を思い出したから。
それでも、言葉にしなきゃいけない。
「それから…、アスカの事、助けに行こうとしないでごめんなさい。」
まだ、ある。
今、言わなきゃ。
「アスカが寝てるときに、アスカの裸を見てしまって、…オカズにしてしまってごめんなさい。」
まだ。
「…アスカの事を、殺そうとしてごめんなさい。」
謝らなきゃいけない事で思い出せるのは、これで全部だった。
「僕は、自分の事しか考えてなかった。
アスカが苦しんでるのに、そんなこと考えないでアスカに縋ろうとして、
それなのにアスカの事を勝手に憎んで、殺そうとした。
償わせて欲しい。
僕なんかじゃ何も出来ないかもしれないけど、アスカは僕の事なんかもう見たくもないかもしれないけど、
それでも、何でもするから、償わせて欲しい。」
自然に、伝えたいことが言えた。
こんがらがってたのが嘘のように言葉を紡げた。
「許して欲しい。」
アスカの前に跪いて、床に額を押しつけた。
僕は、生まれて初めて土下座した。
「…バッカじゃないの?」
土下座するシンジに向けて呟くように言った。
「何かと思って黙って聞いてれば、随分と簡単に謝ってくれちゃって。
…そんなのでアタシが許すとでも思ってんの?バカシンジ。」
「思ってない。」
頭も上げずにシンジが答える。
「じゃあどうすんのよ?
アタシに償いたいんでしょ?
アンタは何をしてくれんのよ?アタシの為に。」
「……。」
上っ面。
「答えられないんじゃない。
あっきれた。
何も考えてない癖に謝ったのね、アンタ。」
「…今は、今はどうすればいいのかわからない。
でも、でもいつか必ずアスカの為に出来ることを見つけるから・・・」
「いつかっていつよ?
アンタホントは何もする気なんて無いんでしょ?
こうやって謝ってればいつかアタシが許してくれるって思ってんでしょ?」
「そんな事、思ってない。」
「そんな言葉が信じられるとでも思ってんの?
アンタがどういう奴で、アタシの事どう思ってるかなんて、アタシにはもうわかりきってんのよ。」
心の混ざりあった世界で見た、シンジの心。
「……。」
「アンタはアタシに償いたいんじゃない。
アタシに許されて、認められたいだけなのよ。
アタシについて来たのも、もうこの世界にアタシしかいないからでしょ?」
「違う。」
「何が違うってのよ。生きてるのがアタシだけじゃなかったら、アタシを避けて生きてく癖に。」
「…そんな事、無い。」
嘘だ。
イライラする。
「嘘ついてんじゃないわよっ!!
アンタ、辛い事から逃げてるだけじゃない!!
今謝ってるのだってどうせ後ろめたいのが辛いだけでしょうが!!」
「……。」
「どうせアンタ、アタシ以外に誰かがいたらそいつの所に行くのよ!!
アタシと一緒にいるのが後ろめたくて辛いから!!」
「……。」
「…あの時アタシに縋ったのだって、アタシしかいなかったからじゃない。」
病室での出来事。
「それは…」
「知ってたわよね?シンジ?アタシがどういう状況だったのか。」
「ごめんなさい…。」
「アタシがあんな事になってるのに、アタシの事を心配するどころか、
勝手にオカズにしてくれたわね、気持ち悪い。
…でもそれだけじゃないわ。
アンタ、気づいてたんでしょ。
アタシがいつからアンタの前からいなくなったのか。
何がきっかけで、アタシが壊れたのか。」
「っ……。」
シンジが息を呑む音が聞こえた気がした。
「アンタから加持さんが死んだ事を聞かされたからよ。
アンタ、わからなかったの?
エヴァに乗れなくなって追い詰められたアタシにそんな事聞かせたら、アタシがどうなるかくらい。」
「…ごめんっ、なさいっ…。」
シンジの身体が、微かに震えてる。
「アタシがいなくなってからも、どうせアンタ、アタシの事を探したりもしなかったんでしょうね。」
「ごめんっ…。」
「なのにアンタはアタシに縋りついた。アンタはアタシの事なんて体のいい逃げ場所ぐらいにしか思っていないのよ。」
「ごめんっ…っ…。」
シンジが、泣いてる。
苛立ちが、一気に膨れ上がる。
「…勝手に泣いてんじゃないわよっ!!!!」
衝動的に、シンジの頭を蹴った。
シンジは蹴られるまま横に倒れ、蹴られた顔の左側面を押さえてうずくまる。
「…くうっ…ううっ…」
悶絶とも嗚咽とも取れるうめき声。
シンジの上に跨って、胸倉を掴みあげて顔を上げさせた。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったシンジの泣き顔。
口の中が切れたのか口の端から血が流れてる。
汚い。
「男の癖に泣いてんじゃないわよっ!!!
泣いたぐらいで許されると思ってんの?!!
アタシがどれだけ苦しんだかも知らない癖に、
勝手に泣いてんじゃないわよっ!!!!」
「…っごめ…ひっくっ…ごめんなさっ…い…」
意識の膜の下を蠢くもの。
今まで抑えていた黒い塊が溢れてくる。
止まらない。
「アンタにわかるの?
エヴァに乗ることが全てだったのに、何の努力もしてないバカに居場所を奪われる気持ちがっ!!
使徒に心を犯された挙句に、この世で一番嫌いな奴に助けられた時の気持ちがっ!!!
エヴァに乗れなくて誰からも必要とされなくなった時に、好きな人が死んだ事を知らされる気持ちがっ!!!
アンタにわかるっての?!!!」
「…うくっ……ごめんっ……っ……。」
「泣くなっつってんでしょうがっ!!!!」
掴んでいた手を押しつけて、シンジを床に叩き付けた。
一度、少しシンジの頭が跳ねる。
「ぐっ…。」
シンジを床に押し付け続ける。
「アタシの居場所を奪っておいて、エヴァに乗る事が出来た癖に、
アンタは最後の最後でエヴァに乗ろうとしなかった!!!!
アンタがいない間、アタシは一人で闘ってたのよっ!!!!
アンタが来てたら、アタシもママもあんな目に遭わないで済んだかもしれないのよっ!!!!!」
「…っ……。」
押し付けられているせいか、シンジは声を出せないみたいだ。
顔がやけ青白い。
「アンタにわかるの?!!
左目を貫かれて潰された時の痛みがっ!!!!
生きたまま貪られて内臓を引きずり出された時の痛みがっ!!!!
右腕を縦に真っ二つに裂かれる痛みがっ!!!!
アンタなんかにわかる訳ないのよっ!!!!!」
「…っ……苦しっ…」
シンジの顔色は更に土気色に変わっていく。
「苦しいですって?!!!
そんなもの、アタシとママが受けた苦しみに比べればどうってことないわよっ!!!!!
アンタが来なかったせいでアタシもママも苦しんだっ!!!!!!
アンタが来なかったせいでアタシもママも殺されたっ!!!!!!」
そうだ。
アタシだけじゃない。
ママも。
ママもっ!!!!!!!
「アンタのせいだっ!!!!アンタのせいでママもっ!!!!!」
アンタがママを殺した!!!!!!
「アンタがママを殺したんだっ!!!!!!!」
そうだ。
だから。
「殺してやる!!!!!!!!」
押し付けていた両手を首にまわして、締めた。
僕をにらみつけるアスカの目は、明らかに正気のものじゃなかった。
激昂のあまり錯乱してる。
「殺してやる!!!!!!!!」
アスカの手が首にまわされ、締められた。
苦しい。
死ぬのか?
僕は死ぬべきなのか?
どうせ僕には償えないんだから、
このまま殺されたほうがいいか。
意識が薄れていく。
視界が暗くなっていく。
孤独感。
孤独なまま終わる。
誰もいない。
死ぬ。
孤独。
一人。
…。
だ。
嫌だ。
このままは嫌だ。
このまま、何も出来ないまま死ぬのは嫌だ。
嫌だ。
嫌だっ!!!!!!!!
シンジの手が、アタシを突き飛ばした。
それで我に返った。
血が全身をドクドクと巡っているのを感じる。
呼吸が荒くなってる。
呼吸を整えて落ち着けようとした。
「はあっ…はっ……は……。」
血の流れが、静まっていく。
心が、落ち着いていく。
シンジの方を見ると、
怯え切った顔でアタシを見ていた。
「……。」
「……。」
しばらく、お互いを牽制し合う様に見つめあう。
先に口を開いたのはアタシだった。
「…ハッ、アタシに償いたいですって?
なんでもするですって?
殺される覚悟も無いくせに何寝言ほざいてんのよ。」
虚勢。
だけど少しだけ心に怒りが戻ってきた。
「……。」
シンジは何も答えない。
「これでわかったでしょ、アンタはアタシに償えない。
アンタがアタシに許される事なんて絶対に無いって事が…」
「……癖に。」
「…あ?」
「助けてなんて一度も言わなかった癖に、勝手な事ばかり言わないでよっ!!!!!」
「…だから何よ。アタシが助けを求めたって、どうせ何もしなかったでしょ?」
「助けたよっ!!!!!」
「嘘ね。」
「嘘じゃないっ!!!!!僕の事を何もわかってない癖に勝手に決め付けないでよっ!!!!!」
「わかるわよ、アンタの事なんて。
だってアンタ、今アタシの事責めてるじゃない。
アタシに泣かされるまで追い詰められたから。
殺されそうになったから。
さっきまでアタシに償いたいって言ってた癖に。」
「っく……。」
シンジが、悔しそうに顔を逸らした。
優越感。
「アンタは所詮そんな人間なのよ。
自分の事しか考えられない。
自分しか心にいない。
傷つくのが怖いから、誰にも近づけないで嫌な事から逃げる事しか出来ない。
だからアタシの事、殺そうとしたのよね?」
「……。」
「何とか言いなさいよ。」
「…僕だって、僕だって苦しかったんだっ!!!!
僕の事なんて誰も構わない!!!!
僕の事なんて誰も認めてくれない!!!!
なのにエヴァに乗れって責めてくる!!!!
どうせどんなに頑張ったって認めてなんかくれない癖に!!!!
そんなのはもう嫌だったんだよっ!!!!!」
「単なる泣き言じゃない。結局、逃げる事しか出来ないのね、アンタ。」
「アスカに何がわかるんだよっ!!!!
エヴァになんか乗りたくなかったっ!!!!
エヴァのせいでトウジを傷つけたんだっ!!!!
カヲル君だって殺してしまったっ!!!!
エヴァに乗りたくなかった僕の気持ちなんてアスカにはわからないんだっ!!!!!」
「だから何よ?だからってアタシの事殺そうとしていい理由になんかならないわよ。」
「苦しかったんだよっ!!!!
何でわかってくれないんだっ!!!!
どうして、ほんの少しでも僕の事を認めようとしてくれないんだよっ!!!!!」
「嫌いだから。」
「……。」
シンジの表情が消えた。
「嫌いな奴をわざわざ認める必要が、何処にあんのよ。」
「……。」
シンジの身体が小さく震えてる。
「…そうか、そうだよな。結局僕の事なんてみんな嫌いだったんだ。
嫌いな僕を認めてなんかくれる訳無かったんだ。
僕を認めてくれるのは、結局カヲル君だけだったんだ。」
頭を抱えて、シンジが呟いた。
「誰よそいつ。」
気づけば聞いていた。
「……。」
シンジは、何も答えない。
「……。」
ドクンと、心臓が大きく跳ねた。
視界が、やけに鮮明になった。
「……誰だって、聞いてんのよ。」
「…関係ないだろ。」
拒絶。
もう、心臓が胸の中で跳ね回ってる。
全身を、再びドクドクと血が巡る。
身体が、熱い。
視界が、どんどん鮮明になっていく。
「さっきアンタ、そいつの事殺したとか言ったわよね。」
「関係ないだろっ!!!!!!」
怒号。
それはアタシを怯ませるどころか、心に灯った黒い炎を更に燃え上がらせる。
頚動脈をマグマが奔っていく。
側頭脈が波打ってる。
頭が、熱くて痛い。
だけどそれとは裏腹に、顔からは血の気が引いて冷えていく。
「認めてくれるのはそいつだけだったとも言ったわよね。」
自分で言った台詞に更に頭が熱くなる。
だけど思考はむしろ冴えた様に感じる。
思考が、加速してる。
「だから…」
「使徒だったのね。」
「だから何なんだよっ!!!!!アスカには関係ないだろっ!!!!!!」
「認めてもらった?そいつに好きとでも言われたの?
でも変ね、流石のアンタでも見ず知らずの奴、それも使徒なんかに好きって言われても嬉しいはず無いわよね。
わかったっ!最初は人間の振り、それもエヴァのパイロット辺りになってアンタに近づいてきたんでしょ!そいつ!」
「……。」
シンジの顔から再び表情が消えて、蒼ざめていく。
それを見たアタシは、嬉しいと思った。
愉しい、と思った。
昏い、喜び。
自分の顔が、歪んでいくのがわかる。
「それで〜誰かに認められたくて堪らなかったシンジ君は〜、
そいつに好きとか告白されちゃったのね〜。
アンタの事だから初めてそんな事言われたんでしょ?
嬉しかった?
幸せだった?
どうだったのよ?ねぇシンジ〜?」
「……。」
アタシを突き動かすこの感情の正体を、アタシは知ってる。
これは、嫉妬だ。
アタシは、わかってる。
自分がシンジに惹かれてる事を。
ただ、認めたくないだけだって事を。
心に灯った黒い炎が、脳を焦がしていく。
「だがしかしっ!
シンジ君に告白したカヲル君は、なんと人類を滅ぼそうとする使徒だったのです!
いいわねぇ〜種族や立場を超えた愛。
ロマンよねロマン。
ですが正体を知ったシンジ君は、愛する地球を守るため、
人類を守るために、エヴァに乗って、泣く泣く、涙を飲んで、カヲル君を殺しましたとさ、めでたしめでたし。
…ってとこでしょ?」
「……。」
理解できない。
アスカが何を言ってるのか理解できない。
頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
どうして、アスカがカヲル君の事を言ってくるんだ?
どうして、そんなに嬉しそうなんだ?
どうして、嗤っているんだ?
「しっかし呆れたわね〜、アンタ、自分の事好きだって言ってくれた奴まで殺してんじゃない。
ホントにアンタには誰もいないのね。」
「……仕方なかった。
仕方なかったんだっ!!!
殺さなきゃいけなかったんだ!!!!
殺さなきゃ僕達人間がっ…」
言いながら気づく。
「どっちにしろ滅んでんじゃない。」
間髪入れずにアスカが言う。
嗤いながら。
「……。」
「どっちにしても滅ぶってんなら、そいつの事殺さない方がよかったんじゃない?」
僕は…。
「アンタのことだから人類の為に殺したってのは無いでしょ?」
僕は、間違っていたのか?
「おーかた、殺さなきゃみんなに責められるから殺したのか。」
僕は、間違っていたんだ。
「利用するためだけに好きって言われたことに腹を立てて殺したかの、どっちかでしょ?」
やっぱり、死ぬべきのなのは僕の方だったんだ。
「黙ってないで答えなさいよ、正解が気になるでしょ。」
滅ぶべきだったのは人間の方だったんだ。
「何とかいったらどうなのよ?この、」
だって、
「人殺し。」
嗤っているから。
アスカが嗤っているから。
僕が殺したから。
僕が殺したことが嬉しいから。
僕を傷つけて嬉しいから。
「 」
聞こえない。
いや、わからないんだ。
何も、わからない。
「 」
アスカが何を言ってるのかわからない。
でもきっと、僕をバカにしてるんだろう。
だって顔が、
「 」
嗤ってる。
嗤ってるから。
嗤ってるんだ。
どうして嗤ってるんだ?
嗤わないでよ。
お願いだからもう嗤わないでよ。
嗤うな。
嗤うな嗤うな嗤うな嗤うな嗤うな嗤うな嗤うな嗤うな嗤うな嗤うな嗤うな嗤うな嗤うな嗤うな
どうして嗤ってるんだ?
どうして?
どうして?
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてうしてどうしてどうしてどうして
嫌いだから。
そっか…。
そうなんだ。
じゃあ。
死ねばいいんだ。
僕も、
アスカも、
みんな死んじゃえばいいんだ。
間違いだから。
間違っていたから。
だからみんな死んじゃえ。
そうだ。
だから。
もう一度、今度こそ、アスカを殺そう。
「人殺し。」
「……。」
シンジは何も答えない。
「……。」
何だろ?
今すごい違和感を感じた。
「あ、でも使徒だから人じゃあないのね。」
「……。」
これかしら?
そうな気もするし、違う気もする。
まあいいか。
「…いいかげん何か答えなさいよ。」
「……。」
シンジは何も答えない。
聞こえてないみたいに。
よく見ると目の焦点が合ってない。
壊れたか。
「はっ、壊れてやんの。」
立ち上がり、シンジの傍まで行き、見下ろす。
呆然としている。
蹴った。
反応が無い。
まるで死んでるみたいね。
「いいザマね。」
しばらくシンジを見下ろしていた。
「はっ、ははっ、あはは。」
笑いがこみ上げてくる。
「あはっ、あはは、あはははははははははは」
可笑しい。
可笑しくて堪らない。
可笑しくて堪らないはず。
だってアタシはシンジを憎んでたもの。
憎いシンジが壊れて可笑しくないはずないじゃない。
可笑しくないなんて事、あるわけないじゃない。
「ははっ、は……」
虚しい。
「…何にも無くなっちゃったわね。」
シンジを見下ろす。
「…これで、全部終りね。」
シンジは相変わらず目の焦点が合っておらず、死んだようなままだった。
何の感慨も無い。
もう何の未練も無い。
もう少ししたらシンジを置いて、此処から出て行こう。
アタシ一人で、この何も無い世界を生きていこう。
アタシ一人で。
「……。」
突然、シンジが立ち上がった。
いきなりすぎてびっくりした。
そのまま項垂れてゆらゆら揺れている。
下を向いているから表情が見えない。
壊れてなかったの?
「…脅かしてんじゃないわよバカっ!!!!」
足を蹴ったけど少しよろめいただけだった。
「……。」
表情が、わからない。
口が動いているのが見えた。
何かを呟いてる?
「―――――ッ」
突然、シンジが顔を上げた。
憤怒に顔を歪ませ、
大きく見開かれた黒い瞳は、憎悪で爛々と輝いてる。
「ぐっ…」
シンジの両手がアタシの首を掴む。
そのまま吹き飛ばされるように押され、壁に押し付けられた。
「くぅ……」
首が、絞められていく。
もう一度、シンジの顔を撫でた。
今度は、首を絞める力は弱まらなかった。
本気で、殺す気なんだ…。
「…っ……」
まあ、いっか。
どうせ、こんな世界で生きてたってしょうがないもん。
こんなアタシが、生きてたってしょうがないもん。
それに、アンタに殺されるんならアタシ…。
「……。」
不意に、首に食い込んでる指の力が弱まった。
シンジの手が、首から離れていく。
シンジはそのまま糸が切れた人形みたいに床にへたり込んだ。
「…何よ。」
怒りが沸く。
「ふざけんじゃないわよっ!!!!!
アタシに償うこともっ!!!!!アタシを救うこともっ!!!!!
アタシを殺すことさえ出来ない癖にっ!!!!!!」
崩れ落ちたシンジを何度も何度も蹴った。
シンジはそれでも、ホントに人形になったかのように無反応だった。
「…はあっ…はっ……はぁ……」
蹴り疲れた。
もう、部屋に戻ろう。
眠りたい。
眠って全部忘れたい。
最後にシンジに一瞥をくれてから、自分の部屋に戻った。
以下、どうでもいい裏話。
アスカが嫉妬から、シンジにカヲルを殺した事を責めるという展開は最初、
アスカが補完のときにシンジの記憶を見た事で、既にカヲルを知っているという設定で作っておりましたが、
エヴァ本編でアスカがそれを見たという描写が無い事が不満で、こんな形に作り直しました。
結果的に、以前よりも女性の怖さを表現する事が出来た気がするので良かった気がします。
アスカがカヲルに嫉妬するとかwwwと、この展開を不自然に思われる方もおられるでしょうが、
EOEでアスカがシンジに切れたのは、シンジがした事を許せないというよりは、
シンジがアスカの事を、アスカがシンジを想うほどには好きじゃ無かったから、というのが大きな原因でした。
要は単なる気持ちの温度差だけでアスカはシンジにあそこまで切れたのです。
なら、もし単なる温度差だけであそこまで切れたアスカが本気で嫉妬して、その気持ちの矛先がシンジに向いたなら、一体どれほどのものになるのか?
この展開と同じぐらい、シンジの事を追い詰めようとしても、不思議は無い気がします。
後、EMPとは電磁パルスの事です。詳しくはググれ。
以上 2009年 12月1日 たう