Primary  2_Jupiter-2

 

 

 

 

半壊した街。
サードインパクトの爆風を受けてほとんどの建物は倒壊している。
倒れた電柱や電線。
街中に瓦礫が散乱してる。
街道には横転した車や建物に衝突してひしゃげた車、燃えてまだ煙を上げている車。
所々に、衣服が散乱している。
LCL化した人たちの物だろうな。
ここら辺にはきっと、避難警報が発令されてなかったんだ。
街路樹のあっただろう場所には穴が開いている。
さっきから、木どころか草すら見当たらない。
少し開けた場所から見えるどの山も緑は無く、茶色い肌を露出している。
植物すら存在しない世界。

世界がどうなっているのかはわかっていた。
だけど実際確かめてみると、やっぱりショックだった。
母さんは、全ての生命には復元する力と、生きていこうとする心があると言った。
なら、いつか植物達も戻ってくるんだろうか?
でも、僕達が生きている間に戻ってくる保障は何処にも無い。

僕はアスカの十メートル程後をついて歩く。
瓦礫の街で見失わない程度の距離。
アスカは多分僕がついて来てる事に気づいてる。
もしアスカがついて来るなって言ったら、僕はアスカの後をついて行く事を止めるつもりだった。
だけどアスカは何も言ってこない、振り返りさえしない。
僕のことなんてどうでもいいんだろう。

瓦礫だらけの街、左目が見えないせいもあってアスカはよく躓いて転ぶ。
その度に、助けにいかなければいけない気になる。
だけど僕は何もしない。
この距離じゃアスカの元に着く前にアスカは自力で立ち上がるから。

嘘だ。
怖いだけだ。
ついて来るなって言われることが。
アスカから離れなければいけない理由が出来てしまうことが。
一人になってしまうことが。
僕は、卑怯だ。
 

 

 

 

 

 

 

瓦礫の街。
此処は何処なの?
どうでもいいか、そんな事。
休めそうな場所を探して瓦礫の街をひたすら歩く。

シンジがついて来てる。
やっぱり、アンタは一人に耐えられなかった。
わかりきってた事ね。
こんな事なら、蹴ったりなんかするんじゃなかった。

瓦礫がうっとおしい。
右目しか見えないから余計に。
アタシが躓いて転んでも、アンタは助けようともしない。
ホントに一人が嫌なだけなのね、アンタ。
イライラする。
何でアンタついて来るのよ。
何も出来ない癖に。
何もしない癖に。

ここらの崩壊具合は最初歩いてた地域よりも明らかに小さい。
もう少し行けば、無傷な場所までたどり着けるかもしれない。

植物がいない。
アタシ達以外に生き物がいないなら、
いずれアタシ達、餓死するわね。
アタシの人生って何だったんだろ?
何の意味も無い。
何の価値も無い。
最後はこんな奴と二人で、ただ死を待つだけ。

太陽はもうかなり高く、光がアタシの意識を胡乱にする。
汗がどんどん全身から吹き出てくる。
喉が、異様に渇く。
水が欲しい。
アタシ何処に向かってるんだろ?
何で、歩いてるんだろ?
休みたい。

 

コンビニが見えた。
早く辿り着きたくて早足になる。
電気は消えていて、ガラスは全部割れてる。
だけど倒壊もせずほとんど原型が残っている分、他の建物に比べてまだマシな方ね。
店内に足を踏み入れる。
パキンッ、と床に落ちたガラスを踏み砕く。
商品棚に陳列していた商品が、床に散らばってる。
足元に気を付けて店内を進む。
床に散らばったペットボトルを一本拾い上げ、蓋を開けて中のウーロン茶をガブ飲みする。
美味しい。
生き返る。
束の間の安息。
そのまま、まだ商品棚に残ってるパンの袋に手を伸ばす。
安心したらお腹すいた。
もう何個かサンドイッチやパンを平らげて、残ったウーロン茶を飲み干した。


パキンッ、とガラスが踏み砕かれる音。
シンジが店に入ってきた。
目が合う。
シンジはすぐにアタシから目を背け、所在無さげにうつむいた。
 

 

 

 

 

 

 

コンビニの中にアスカが入っていった。
ついて行こうとした足が止まる。
ここに入れば、アスカと顔を会わさなければならなくなる。
もし、拒絶されたら…。

どうすればいいかわからず、コンビニの前でしばらく呆然と立ち尽くした。

コンビニの店名には「甲府」の文字。
第三新東京市、芦ノ湖から富士山を越えて、こんな所にいるのか。
サードインパクトの爆発で、富士山も含めたあの辺一帯は吹き飛んだんだろうか?

太陽の強い日差しが肌を焼いていく。
ただじっとしているだけで汗が吹き出るほど気温は高くなってる。
サードインパクトが起こっても、相変わらずの暑さ。
南極大陸を吹き飛ばしたセカンドインパクトと違って、
関東を吹き飛ばした程度のサードインパクトの爆発じゃ、
地軸のずれも地殻変動も起こらず、気候も変わらなかったみたいだ。

此処で立ってるだけで体力が奪われていく。
喉も渇いた。
いずれ必ずアスカとは向き合わなければならないんだ。
ここに入ろう。
僕は足を踏み入れる。
パキンッと足元で何かが割れて、ドキッとした。
ガラスだった。
アスカがこっちを見た。
思わずアスカと目を合わせてしまった。
いたたまれない。
すぐに僕はアスカから目を背け、下を向く。
入ったはいいけど居場所が無い。
かといって今更あの日差しの中に戻る気にはならない。
恐る恐るアスカを見る。
アスカはもう僕を見ていない。
足元に転がる清涼飲料水のペットボトルを拾い上げ、蓋を開ける。
重い空気をごまかすように僕はそれを飲んだ。
 

 

 

 

 

 

 

暗いコンビニ店内。
シンジとアタシは床に座り込んでる。
「……。」
「……。」
会話は無い。
こいつと話すべきことなんて無い。
適当に雑誌を取り出して見ても、読む気がわかない。
何もやる事がなく、かといって此処から動く気もおきない。
無為に時間が過ぎ去っていく。

 

 


西日が店内に差し込んだ。
もうすぐ、夜になる。
此処で夜を過ごすつもりなんてさらさら無い。
床には商品とガラスが散乱していて座るのがやっと、
おまけにシンジがいる。
プラグスーツもいい加減脱ぎたい。
用も足したくなるだろうし。

割れたガラス越しに、宿になりそうな場所が無いか見てみる。
何処でも良いけど、なるべく他人の住んでた家は避けたいわね。
大通りのずっと向こうに、「1810」という数字だけの変な名前のビジネスホテルが見える。
パッと見、窓がいくつか割れているけど建物自体が倒壊したりはしなさそう。
とりあえずあそこに行ってみるか。
夜食として適当な弁当と飲み物、
これから必要になりそうな物をレジ袋に詰め込んでホテルに向かう。

 

 

エントランスの自動ドアのガラスは割れている。
フロントカウンターの裏に回る。
各部屋のキーを見つけた。
その中から適当に一本選び出す。
206号室。
シンジが入ってきた。
あいつも此処をねぐらにするつもりか。
単にアタシについて来ただけでしょうけど。
まさか部屋までついて来たりしないでしょうね?
シンジを無視してキーの示す部屋に向かう。


家具が散らばって、窓が割れてる。
だけど少し片付ければ寝れないことも無いわね。
浴室もある。
スイッチを押しても照明は点かない。
冷蔵庫には何も無い。
クローゼットには浴衣があった。
プラグスーツを脱いだ後、裸で過ごす羽目にはならないか。

 

浴室。
暗い。
持ってきた懐中電灯は点かない。
仕方なくドアを開けて光を入れた。
蛇口を捻れば、まだ水が出た。
貯水槽に溜まってる分かしら?
少しの間は水回りに困ることはなさそうね。
蛇口を捻って浴槽に水を貯める。

 


右腕の包帯。
この下に傷はあるのだろうか?
意識の膜の下を何かが蠢いてる。
あの時の記憶。
黒い、塊。
しばらくアタシの思考は止まる。

 

 


浴槽からは水が溢れ続けている。

 

 


覚悟を決める。
包帯をカッターで切り裂いていく。
包帯が解け、右腕が露わになる。
安堵した。
右腕に傷は無かった。

 

蛇口を閉め、水を止める。
左目を隠す頭の包帯に手を伸ばす。
包帯を取り、テープを剥がしてガーゼを取り、
ゆっくりと左目を開ける。
開けた左目が景色を捉えた。

 

 

「考えてみれば当然よね。」
浴槽で水に浸かりながら、丸一日ぶりに言葉を口にした。
ガスは点かなかった。
でも、その必要が無いほど水は温い。
「あんな傷が残ってたら、アタシ今頃生きてないもん。ビビッてたのが恥ずかしいわね。」
結局、アタシの身体の何処にも傷は残ってなかった。
あの時受けた左目と右腕の傷は、致命傷だった。
もし、あの傷が残ってたならアタシは今頃もう一度死んでるはず。
半端に回復してたって、痛んだり動かせなかったりはしてたはず。
けど実際には、アタシは死ぬどころか何の問題も無く身体を動かせた。
痛みも記憶の中だけのものだ。
傷跡として皮膚表面にだけ残ってるってのも、考えにくかったわね。
いや、アタシがあの傷を自分の形と思ってたら、
アタシのATフィールドがそんな風にアタシを形造ってたとしても、おかしくは無かったのか。
「それでも、傷跡だけ残るってのはなんか半端ね。」
もし、傷を自分の形と思うのなら、その傷の意味は何だろう。
苦難を乗り越えてきた証明や誇り、自分を変えてしまった出来事の象徴と言ったところか。
「最後まで闘ったことは誇りに思ってるし、一応トラウマにはなってるのにな。」
浴室の床に散らばる包帯。
誰に巻かれた訳でもない、赤い海から帰ってきた時にはもう巻かれていた。
「アタシの場合、傷跡じゃなくて包帯か…。」

 

 


「なんで、こんな事になっちゃったんだろ?」
暗い部屋の中、ベッドの上で身体を抱えこみ、呟いた。
静寂。
「アタシ、何処で間違っちゃったんだろ?」
此処にはアタシ以外何も無い。
暗闇と無音が孤独感を深めていく。
不安。
「何でアタシは帰ってきたのよ、こんな世界に。」
例え全部元通りになってたって、アタシには誰もいないのに。
「ママ…。」
また会えたのに、また失った。
悲しい。
「どうして…。」
涙が滲んだ。
堰を切ったように涙が溢れ出した。
悲しみが、抑えられない。
「…うっ…うくっ…ううっ…」
暗い部屋の中に嗚咽だけが響く。
 

 

 

 

 

 

 

さっき迄いたコンビニから少し離れた場所にあるビジネスホテル。
アスカはどうやら此処に泊まるみたいだ。
エントランスを抜けるとアスカがフロントカウンターの裏から出てきて、
ロビーを通って二階への階段を登っていった。
何処かの部屋に行ったんだろう。
僕も適当な部屋に入って休もう。
カウンターの裏に回って部屋のキーを探す。
どうせなら、入り口に近いほうがいいか。
101号室のキーを選ぶ。


部屋の中は荒れている。
薄暗い。
夕暮れ時の橙の光が、割れた窓から部屋の片隅を染めている。
とりあえず、部屋を簡単に片付けてみる事にした。


浴室には窓がなく、中は暗くてほとんど何も見えない。
電気はつかない。
ドアを開けっぱなしにして光を入れる。
蛇口を捻れば水が出た。
生温い。
お風呂には入れそうだな。
ガスはつかないけど暑かったからちょうどいい。
着替えも何も用意してない事に気づいた。
せめて下着だけでも替えたかったからコンビニに戻った。

 

 

浴槽で水に浸かりながらこれからの事を考える。
食糧は、生ものはすぐに駄目になるだろうな。
もって一週間。
いや、電気が来てないから冷蔵庫が使えないとなるともっと短いか。
缶詰や保存食なら長くて十年ぐらいはもつだろうか?
掻き集めれば、僕とアスカだけならしばらくは生きていけるはずだ。
「結局、長くても後十年ぐらいしか生きられないのか。」
それでも、今まで僕が生きてきたぐらいの時間はあるけれど。
「綾波や母さんの言葉に縋るしかないのか。」
希望はそこにしか無い。
あの赤い海から植物が帰ってこなければ僕らはいずれ餓死する。
「人間だけ戻ってきたら最悪だな。」
自分で言って嫌な気分になる。
「考えたって仕方ないか。」
結局、僕らは植物なんかが帰ってくることを祈って待つしかない。
「餓死か。」
嫌な死に方だ。
「死ぬ事自体は、今更恐くなんかはないけど。」
エヴァに乗ってる時だって何度も死にかけた。
「苦しいのは嫌だな。」
やっぱり飢えて死ぬのは苦しいんだろうか?
「…もう上がろう。」


浴衣に着替えて、弁当を食べた。
歯を磨いた後、ベッドに寝転がる。
知らない天井。
「明日は、とりあえず食料を集めてみよう。」
他にやらなければならないことはなんだろう。
思いついてからやればいいか。
それから、アスカの事。
「どうすれば許してくれるんだろう?」
謝ったぐらいじゃきっと許してくれない。
でも、謝る以外に何をすればいい?
ずっと考えているけど見当もつかなかった。
そもそも許してもらったからってどうなんだ?
ミサトさんのマンションに一緒に住んでたあの時のように戻れるのか?
きっと、無理だ。
たとえ僕が許されたとしても、僕らの間にはもう埋める事の出来ない溝が生まれてしまった。
もうあの時のように何の気兼ねもなく言い合えるような、あんな気楽な関係には戻れない。
「それでも、償わないといけないか。」

病室での出来事。
寝ているアスカの前で、裸のアスカの姿をみてオナニーをした。
「今思い出しても最低だ。」
逃げたかった。
忘れたかった、現実を。
性欲で。
快楽で。
後には、自己嫌悪しか残らなかった。

「あの時、僕がエヴァに乗っていれば、アスカはあんな目に遭わずに済んだんだろうか?」
バラバラになった弐号機。
今もある、アスカの左目と右腕を隠す包帯。
「僕のせいなのか?」
僕のせいなんだろうか?
だけど、あの時はどうしようもなかった。
エヴァには乗りたくても乗れなかった。
アスカだって、僕の助けなんて求めてなかった。
可哀想だと思ったけど、それだけだった。

「どうして、あんな事をしてしまったんだろう。」
心の混ざり合った世界で、僕はアスカの首を絞めた。
殺そうとした。
赤い海から戻ってきても、僕はアスカを殺そうとした。
憎かった。
僕のことを認めてくれないアスカが。
僕の心を抉って傷つけるアスカが。
怖かった。
また、心を傷つけられるのが。
「勝手だよな。」
僕はあんな事したんだ。
アスカは傷ついていたんだ。
それなのに僕は自分の事だけしか考えられなかった。

「償えるのかな…?」
わからない。

 

 

 

 

朝だ。
気怠い。
アタシどうしたんだっけ。
そっか、昨日泣いてそのまま寝ちゃったんだ。
右腕を見ると包帯も傷もない。
何かが心に引っかかった。
アタシはそれを無視した。
はだけた浴衣を直す。
泣きはらしたせいで目が赤い。
洗面台で顔を洗い、歯を磨く。
他に着る物が無い。
街を探せば服ぐらいあるか。
何か食べたいし。
浴衣のまま部屋を出た。
 

 

 

 

 

朝だ。
まだ眠いや。
また目を瞑る。
眠れない。
目は冴えてるみたいだ。
いいか、起きよう。
顔を洗い、歯を磨いて、
少し気持ち悪いけど昨日まで着てた制服に着替えた。
こっちのほうが浴衣より気持ち的に外で動き易い。
昨日の夜考えてたことを思い出す。
まず優先すべきこと。
食糧を集めに行こう。
部屋を出た。

 

 

 

 


階段の下にシンジがいた。
昨日と同じで制服を着てる。
シンジがこちらに気づいた。
目が合う。

 

 

 

ロビーに出る。
階段の方から物音。
アスカが降りてきた。
目が合う。
アスカの目が少し赤い。
浴衣姿だ。
包帯をしていない。
アスカはまるで最初から僕に気づいていないかの様に自然に目を逸らし、そのまま階段を降りて、ロビーを進む。
「あの…」
伝える意思すら曖昧な呟きが洩れた。
アスカは何も聞こえていないかのように歩く。
無視されてる。
少し心が痛い。
「包帯、取れてよかったね!」
心の痛みを振り払うように、大きめの声で、通り過ぎようとするアスカに向かって言った。
アスカの足が止まった。
「傷跡とか、残ってなくてよかったね。」
アスカはゆっくり僕の顔を見た。
その顔は嫌悪感に歪んで僕を睨みつけ、青い瞳には怒りの炎が灯っていた。
 

 

 

 

 

「何が…」
相変わらずの薄っぺらな労いの言葉。
沸々と、アタシの中から怒りが沸きあがる。
「何がよかったってのよっ!!」
「え…」
シンジが戸惑う。
「その、傷が…」
「傷が残ってないのがなんだってのよっ!!
 アタシがどれだけ痛い思いしたか知らない癖に適当な言葉かけてんじゃないわよっ!!!」
「ご、ごめん…。」
イライラする。
「…どうせ、適当に謝っとけばいいやって思ってんでしょ?アンタ。」
「そんなこと…」
「そうよね。アンタ、アタシの事なんてホントはどうでもいいって思ってるもんね。
 アタシがどれだけ傷ついたって、アンタは別に痛くも痒くもないしね。」
「……。」
ほら、否定できない。
図星だから。
「だからアタシが闘ってる時も、アンタはエヴァに乗ろうとしなかった。」
「違う!!仕方なかったんだ!!あの時エヴァには乗りたくても乗れなくて…」
「嘘ね。乗る気なんかなかった癖に。」
「あ…。」
シンジが何かを言いかけて、うつむいた。
ほら、やっぱりそうだったんじゃない。
「安心してシンジ、アタシ別にこの事でアンタを責めたりしないから。
 ほら、傷だって残ってないでしょ?だからアンタは何も気に病む必要はないのよ。」
「……。」
「よかったわね、シンジ。アタシに傷が残ってなくて。」
 

 

 

 

 

アスカは冷たい目でそう言い放つと、興味が失せたといった感じで顔を逸らし、また歩き出そうとした。
「…あんな事になってるなんて知らなかったんだ!!!知ってたら助けに行こうって思ってた!!!
 もっと必死にエヴァに乗ろうとしてたよっ!!!」
言い訳にしか過ぎないとしても、弁解せずにはいられなかった。
アスカが足を止め、振り返る。
「何必死になってんのよ、みっともない。
 アタシはアンタをこの事で責めるつもりはないって言ったの聞いてたの?」
「アスカの事をどうでもいいなんて思ってない!!あの時はただ…」
ただ、何もしたくなかった。
僕のしてきた事は、全部間違ってたように思えたから。
カヲル君を、殺してしまったから。
アスカの顔が再び不愉快そうに歪む。
「ただ、何だってのよ!アンタがどう思ってたってアンタがあの時アタシを助けに来ようとさえしなかった事、
 アタシがあの時貪り殺された事には変わりないのよ!!」
「…ごめん。」
「適当に謝ってんじゃないわよっ!!!!」
アスカが激昂し、僕に掴みかかってきた。
胸倉を掴まれ、そのまま壁に押し付けられた。
アスカの浴衣が少しはだけて、胸元が開く。
喉が押し付けられて苦しい。
「ぐっ…。」
苦しさから僕は顔を歪める。
押し付ける力は更に強くなる。
アスカの浴衣が、更にはだける。
「どうでもいいなんて思ってない、ですって?どうせ可哀想程度にしか思ってないんでしょ?
 傷ついたアスカを哀れむ僕、嗚呼なんて優しいんでしょう!!
 …さぞかし良い気分でしょうね、可哀想なアタシを哀れむのは。
 ふざけんじゃないわよっ!!!同情なんていらないのよっ!!!
 アタシの事を心からは心配してない癖にっ!!!!!」
苦しい。
視界には、はだけた浴衣からのぞく、アスカの白い胸元。
「何、見てんのよ。」
激昂してたのが嘘のような、冷たい声。
押し付ける力は弱くなっていき、アスカの手が僕の胸元から離れて、僕は解放された。
「…ぐ…ち、違うんだ!アスカっ!!」
「何が違うってのよ。」
アスカは、無表情だった。
青い瞳が冷たい光を湛えている。
軽蔑のまなざし。
「……。」
「…気持ち悪い。」
アスカはそう言い放つと、
今度こそ興味を失って僕を通り過ぎていった。

 

 

 

 

しばらく何も考えられなかった。
ただ呆然と時が過ぎていくのを待っていた。
「何、するつもりだったんだっけ?」
ああそうだ、食糧を集めに行かなくちゃ。
でも、動けない。
動く気になれない。
「アスカ…。」
何であの時僕はアスカの胸なんか見てたんだ?
アスカが怒ってるのに。
病室での出来事が脳裏に浮かぶ。
あの時と一緒じゃないか僕は。
最低だ。
「そういう問題じゃないか…。」
アスカの逆鱗に触れた原因。
上辺だけの気遣い。
元々アスカはプライド高いから、そういうのが嫌いなんだろうけど、それだけじゃない。
僕は、甘かったんだ。
仕方のない事だから許されると思ってた。
責められる事なんて無いと思ってた。
でも違った。
僕の心は見透かされてた。
「だからって、こんな…」
こんなに責められる謂れはないと思った。
僕はただ、気遣っただけなのに。
仕方の無いことだったのに。
あの時アスカは僕の助けなんか求めてなかったのに。
「それでも、悪いのは僕の方か…。」
助けにいこうとしなかったのは事実だった。
終わった話を蒸し返したのは僕だった。
僕がただ、許されたかっただけだった。
「それでも、話しかけなきゃ謝ることさえ出来ない…。」
アスカに償うことが出来ない。
「苦しい。」
どうすればアスカに許してもらえる?
どうすればアスカに償える?
いつまで僕は苦しめばいい?
わからない。
終わりが見えない。
閉塞感。
「やっぱり、僕には何も出来ない。」
アスカに償うことも。
許してもらうことも。

乗る気なんかなかった癖に。

アスカの言葉が頭に木霊した。
「…こうやって、僕はアスカを見殺しにしたんだ。」
もう、泣き言を言って逃げることは出来ない。
重い身体を動かす。
せめて、やろうと思っていた事だけでもしよう。
食糧を探しに僕はホテルを出た。
 

 

 

 

 

 

 ホテルを出て、まず向かったのはコンビニ。
ここらの地図を見るためだ。
雑誌コーナーから地図の載っている地域情報誌を取り出して読む。
まず、このコンビニとさっき迄いたホテルから、
此処が何処なのか特定するため地図で探す。
中々見つからない。
しばらく地図と格闘してやっと見つける。
次にとにかく服がありそうなところを探す。
此処の近くにショッピングモールがあるのを見つけた。
情報誌を片手にそこに向かう。

 


右往左往の末にショッピングモールに着いた。
ここから向かって右側半分がほぼ完全に倒壊してる。
でも、さほど崩れてない左側半分は入っても問題なさそう。
ショッピングモール内はやっぱり商品やら瓦礫やらが散乱してる。
吹き抜けのホールから幾つかファッションショップの店舗が見える。
此処にある服やアクセサリーを全部自由にして良いのよね…。
嬉しいはずなのに、今は心があまり弾まない。
とりあえず入り口すぐのショップで服を物色する。


試着室の鏡の前。
気に入った服を幾つか着てみても、あまり楽しくない。
むしろ空しいわね…。
それはそうか。
だって人がいないもん。
見せびらかす相手がいないんじゃ、おしゃれしたって意味無いもんね。
それに、さっきの事もあるし。
朝のやり取りが脳裏に浮かぶ。
上っ面だけのいたわり。
「何も知らない癖に。」
まるで、アタシの受けた痛みをそんな程度で済ませようとしてる様に思えた。
アタシの受けた痛みは、そんな程度のものだっていわれた気がした。
「やっぱり、助けに来る気も無かったんじゃない。」
何が、「仕方なかった」よ。
アタシの事なんてその程度にしか思ってなかったってことじゃない。
知ってたらエヴァに乗ろうとしてたですって?
嘘ばっかり。
だってアンタ、アタシの事…。
「気持ち悪い。」
シンジの目は、アタシの胸を見ていた。
アタシが怒鳴って責め立ててるのに、アンタはそれすらどうでもよかったのね。
「気持ち悪い。」
嫌悪感。
アタシの事をどうでもいいとは思ってない、ですって?
そういう目でしか見てない癖に。
アタシについて来たのも、そういう事を期待してでしょ?
アタシの事を押し倒す度胸も無い癖に。
「気持ち悪い。」
どうせアンタの事だから、せいぜいアタシをオカズするのが関の山でしょうね。
あの時みたいに。
「気持ち悪い。」
嫌悪感。
嫌悪感が増大していく。
次に着ようと思ってたミニスカート。
アイツを挑発するような服。
まるで、自分からアイツのオカズになろうとしてるみたいで嫌気がした。
「気持ち悪い。」
服選びする気が失せた。
試着室を出る。


袋にさっき選んだ服や下着を適当に詰めた。
しわが出来ちゃうけど、もういい。
誰を意識するわけでもなし。
「靴、忘れてた。」
今履いてるのは部屋にあったサンダルだった。
乗り気じゃないから靴も適当に選んで済ませた。

モール内の飲食店で遅めのランチを取ろうとしたけど、
未調理の食材と誰かの食べさしぐらいしかなかった。
仕方なくモール内のコンビニでお弁当を食べた。
今持てるだけの食べ物を持ってショッピングモールを後にした。

帰り道。
まだ太陽は空をオレンジに染める程には傾いてない。
汗まみれで来た道を再び地図と格闘しながら辿る。
 

 

 

 

 

 

 

僕は何処に向かってるんだ?
食糧を探しに出たはいいけど、ずっと頭が働かない。
ただ機械的に足を動かし続けて、いつの間にか大きな川に出た。
土手には草一本生えてない。
川の水の色は赤い。
看板には「一級河川 釜無川」の文字。
今の状況からしたら、性質の悪い冗談みたいな名前だった。


しばらく川沿いを歩いた。
向こう岸にスーパーが見えた。
橋を渡りそこに向かう。

 


缶詰やペットボトル飲料、
それに、お湯ぐらいはどうにかなるかと、
レトルト食品やインスタント食品をカゴに入れる。
両手にカゴを持つとすぐに重さで腕がしびれた。
荷物を少なくすればよかったけど、何故か意地になってそのままスーパーを出た。
途中、何度もカゴを持ちきれずに下ろして休みつつ進んだ。
何も考えて無かったせいか、
歩いてきた道はほとんど直線的で迷うことなく戻ることが出来た。

 

 


ホテルに戻る頃には夕方になっていた。
ロビーで持ってきた荷物を降ろす。
ほとんど腕の感覚が無い。
僕は何を意地になってたんだろ?
効率が悪いし、ただ疲れただけだった。
持ってきた飲み物を飲む。
荷物は、此処に置いておこう。
アスカも食べるだろうし。
今はとにかく休みたい。
自分の部屋に戻った。

 

 

 

 

 

 

 戻ってきたときには空は暗くなりかけていた。
もうちょっと帰ってくるのが遅かったら危なかったわね。
ロビーで荷物を下ろして近くのソファに倒れこむ。
「もぉーくたくた。」
袋からペットボトルを取り出して飲む。
「なんかこのまま寝ちゃいたいわね。」
アタシのじゃない荷物があるのに気づく。
カップラーメンやら缶詰やらが入った買い物カゴが二つ。
シンジね。
「これからの分の食糧ってとこか。」
ソファから立ち上がる。
二つのカゴの傍まで歩き、見下ろす。
「生き永らえたって、何になるってのよ。」
カゴを一つ蹴り倒した。
中に入ってた缶詰やカップラーメンが散らばる。
蹴った脚が痛い。
自分の荷物を持って、部屋に戻った。
 

 

 

 

 

朝起きると頭痛に襲われた。
頭痛が治まってもしばらくは呆然と過ごした。
何もしたくない。
身体が重い。
それでも、やらなきゃいけない事はある。
重い頭と身体を動かす。


ロビーに昨日集めた食糧が散らばっていた。
カゴが一つ倒れてる。
アスカか。
床に散らばった食糧を一つ一つ拾い集めてカゴに戻していく。
アスカが降りてきた。
もう浴衣じゃない。
何処からか服を持ってきたんだろう。
僕は相変わらず制服のままだった。
僕も何処かで服を調達しないといけない。
アスカがロビーを通り過ぎていく。
僕を見ようともしない。
ずっと感じていた重たさが一層大きくなる。
昨日の事を謝るべきだと思ったけれど、言葉が出なかった。
頭が回らない。
口が、動かない。
アスカは一瞥もせずにそのまま出て行った。

 

何もしたくない。
でもそういう訳には行かない。
とりあえず、服を探しに行かなくちゃ。
近くの民家になら着る物もあるんだろうけど、何か嫌だな。
でも昨日みたいに行き当たりばったりで行動する気力はないや。
せめてこの辺の地図が欲しいな。
コンビニならあるかな?

 

コンビニの雑誌コーナーで地域情報誌を見つける。
何とかここら辺に何があるかを把握できそうだ。
ついでに食糧も確保しとこう。
床に散らばる食品。
いい加減、何かが腐っててもおかしくないはずなのに、そんな臭いがしない。
そろそろ何かが変色したり崩れたりしててもおかしくないのに、どの食べ物もこの前見たそのままの姿だった。
「腐ってない…?」
もしかして、物を腐らせる菌もいなくなったのか?

 


僕の考えは当たっていた。
次の日も食べ物が腐る事は無かった。

 

 

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