hidden lecrifür

 

 

 

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 どうして、あんな事をしてしまったんだろう。

 

赤い海の砂浜で、膝を抱えて座り込むアスカの背中を見つめながら、
僕は自問自答を繰り返す。
答えが出たところで、僕のした事が無かった事になる訳なんて無くて、
ただ言い訳を探しているだけだって自分でもわかってる。

僕は、これからどうすればいいんだろう。

僕は何をするべきなんだろう。
償うべきなんだろうか?
償うべきなんだろう。
でも、どうやって?
誰かを傷つけてばかりの僕がどうやって?
アスカのことを殺そうとした僕がどうやって?
この終わった世界でどうやって?

赤い海、紅い虹、紅い帯の出来た月、石像の様になったエヴァ、廃墟と化した街、焼け焦げた山々、綾波の残骸。
見渡した景色の中には、何処にも生命の気配が無かった。
生きているのは、僕とアスカだけ。
多分、世界中で。


自らの心で自分自身をイメージ出来れば、誰もが人の形に戻れるわ。

綾波の言葉。
でも、例えその言葉が正しくても、僕達が生きている間に誰かが帰ってくる保障なんて何処にも無い。
少なくとも、この世界はもう元には戻らない。
あの日常には、もう帰れない。
終わった世界。

答えなんてとっくに出てる。
僕には、何も出来ない。
アスカに償うことも、アスカを救うことも、アスカの望むことも。
だから、こうやって自問自答すること自体無駄だって事もわかってる。
なのにどうして、既に答えの出てる問いを僕は繰り返しているのだろう。
どうして、僕はここに佇み続けているのだろう。
 

 

 

 

 

 

 

アタシは、何がしたかったんだろう。

 

エヴァに乗ることが全てだった。
エヴァに乗って、勝ち続けて、誰もに認めさせたかった。
アタシの価値を、認めさせたかった。

けど、負けた。
アタシの価値を保障するものは、何も無くなった。
ホントは、アタシの事なんて誰も見てなかった。
誰も、必要としてなんか無かった。

弐号機の中で、ママに会えた。
ずっとアタシを見ていてくれてた。
アタシを守っていてくれてた。
他の誰もアタシのことを見てなんか無くたって、
アタシはアタシでいられると思ったのに。
もう負けないって思えたのに。

海に突き刺さる十字架の石像。
エヴァシリーズ。
弐号機を、アタシとママを貪り殺した。

包帯の下の左目と右腕が、貪られた腹や胸が疼きだす。
燃えるような熱を伴う痛みの記憶が、脳髄に焼きついた怒りと共に甦る。
熱せられた血が全身を巡る。
身体を抱え込み、硬直する。
目の前の景色が遠ざかり、記憶の中の光景を幻視する。
貪られる痛みと屈辱。
エヴァシリーズが飛びかう空。
縦に裂けた右腕。
痛みと怒りが思考を焼き、気が狂いそうになる。
痛みのあまりのたうち回りたくなる。
憤怒と憎悪に任せて何かを壊したい衝動に駆られる。
衝動は、背後の気配を意識したことで抑えられた。
アタシの後ろで呆然と佇む、碇シンジの存在によって。
 

 

 

 

 

 

アスカの背中が微かに震えだし、
身体を抱え込む様に縮こまった。
震えは大きくなっていき、身体が強張っていく。
何かに耐えているように見えた。
右腕に巻かれた包帯。
傷が痛んでいるんだろうか?

声を掛けようと思った。
だけど何の言葉も出なかった。
ただ間抜けな呻きが僕の口から洩れて、
何処にも届かずに消えた。

アスカの震えが収まっていく。
僕は、何も出来ずにただ見ていただけだった。

どうして、僕はここにいるんだろう。

どうせ何もわかってやれないのに。
どうせ何も出来ないのに。
どうせ傷つけるだけなのに。

この手を止めた暖かなものの残滓がまだ胸に残っていた。
もう一度、あの暖かなもので心を満たして欲しかった。

なんて自分勝手なんだ。

勝手に求めて。
勝手に傷つけて。
何も出来ない癖に。
何も与えられない癖に。

解決済みの自問自答なんて言い訳にしか過ぎないんだ。
ここにいるための口実を探しているだけなんだ。
そんな口実なんて、何処にもあるはずなんて無いのに。
 

 

 

 

 

 

 

 


意識を記憶から無理矢理に引き戻す。
石化したエヴァシリーズを視界から逸らす。
乱れた呼吸を整えて、暴れる心を落ち着かせる。

やがて強張った全身がゆっくりと弛緩していく。
思考を焼いた熱が、痛みの記憶が、疼きと共に消えていく。
全身を巡る血の流れが静まっていく。
何にも頼らずに、アタシは平静を取り戻す。

これは、意地だ。
アタシに残された、最後の意地。
シンジにだけは、悟らせない。
シンジにだけは、触れさせない。
アタシの痛みを。
アタシの心を。
アタシの事を見ていない、アンタにだけは絶対に。

アンタどうせ、いつもの様に上っ面の気遣いをするだけでしょ?
自分は心配してるってことをアタシに示すために。
自分は何もしなかった訳じゃないって自分に言い訳するために。
アタシの事なんてホントはどうでも良い癖に。
ただ責められるのが恐いだけの癖に。

だからアタシの事、殺そうとした癖に。

撫でてやった。
アンタの望んでる事なんて、わかりきってんのよ。
そしたらアンタ泣き出して、
バッカみたい。
認められたとでも思ったの?
受け入れられたとでも思ったの?
アタシが何を考えていたのかもわからない癖に。

アタシを殺そうとしてたのに、ただ撫でてやっただけで泣き出して、
まるで餌付けされた動物みたいね、アンタ。
アタシはこんなのに何を求めていたんだろう。
こんな世界に残されてまで。

シンジも、アタシも、この世界も、何もかもが気持ち悪い。


 

 

 

 

「あの、……大丈夫?アスカ?」
声をかけた。
なんて間抜けなタイミングなんだ。
アスカの震えはとっくに収まってるのに。
それでも声をかけない訳にはいかなかった。
時間が経てば経つほど僕の心は何かに締め付けられていたから。
強迫観念。
きっと、そうなんだろう。

「……。」
アスカは何も答えない。

そりゃそうか。
ついさっき殺そうとした奴が気遣ったって、
何言ってんだって思われるよな。

「その、……さっきは、ごめん。」

「……。」

心のこもってない謝罪。
むしろアスカは怒ったと思う。
でも、とっさに別の言葉が出てこない。
それにもっと上手く謝ったからって、何だって言うんだ。
謝ったぐらいで許される訳無いのに。

ほら、やっぱり僕には何も出来ない。

「アスカは、これからどうするの?」
何故か自然に言葉が出た。
強迫観念から開放されて、気が楽になったから?

「……。」
やっぱり何の言葉も返ってこない。

「いつまで、ここにいるの?」

「……。」

何て勝手な質問なんだ。
これからどうするか、いつまで此処にいるのかなんて、
僕も何も考えてないのに。
自分で答えが出せないからアスカに答えを求めようとした。

もう、止めよう。

アスカの姿が見えないように身体の向きを変え、砂浜に腰を下ろした。
アスカと同じように、膝を抱えて座り込む。

もう疲れた。
何も変わらないってわかってるけど、時間の流れに身を任せよう。

眠ろう。
 

 

 

 

 

シンジがアタシに話しかけてきた。

何が「大丈夫?」よ。
大丈夫そうに見えるわけ?
さっきアタシのこと殺そうとした癖によくそんな台詞言えるわね。

何が「さっきはごめん」よ。
「一応」謝ってるだけじゃない。
ホントは悪いなんて思ってない癖に。

何が「どうするの?」よ。
何が「いつまでここにいるの?」よ。
アタシにそんなこと聞いてどうするのよ?
アンタがどうしたいかわからないだけでしょ?
アンタが此処から離れたいだけでしょ?

シンジの言葉が途切れた。

ほら、やっぱり見せ掛けだったんじゃない。

ぼすっ、とシンジが座り込む音がした。

結局、アンタは一人で生きられないのよ。
だからアタシの答えを待ってるんでしょ?
自分じゃ何も決められないから。
自分で自分を認められないから。

だからアンタは此処にいるのね。

アタシを心配してる訳でも、
アタシに償いたい訳でも、
アタシを好きな訳でもない。
ただアンタを認めてくれる人が欲しいから、
アンタは此処にいる。

アタシじゃなくたって、誰でもいい。

だから、アタシはアンタを認めない。
だから、アタシはアンタを許さない。
アンタの望むことなんて、絶対にしてやらない。

 


だったら、アタシなんで此処にいるんだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれくらい、こうしてたんだろ。
夜が白み始めてる。
いいかげん、もう此処から動きたい。

ゆっくりと立ち上がる。
エヴァシリーズが視界に入らないように、
すぐに赤い海に背を向ける。

振り向いた先にシンジがいた。
膝を抱え、うずくまって座っている。

アタシは無視して歩き出す。
シャリ、と砂を踏みしめる音。
少しよろめく。
ずっと座ってたし、右目しか見えないから平衡感覚が上手く掴めない。
ふら付きながら少しずつ歩を進めると、
すぐに調子を掴んで上手く歩けるようになる。
そのままシンジを通り過ぎようとした。

すれ違う際、横目でシンジを見る。
相変わらず膝に顔を埋めてうずくまっている。
頭すら上げようとしない。

足が止まる。

今度は顔を向けてしっかりとシンジを見る。
寝てる?

何よコイツ。
無性に腹が立つ。

シンジの右腿を、つま先で思いっきり突き刺すように蹴ってやった。

シンジは痛みに声を上げて、蹴られた腿を押さえながらしばらく悶絶していた。
それから訳がわからないという顔でアタシを見上げた。

いいザマね。
少しだけ気が晴れた。

アタシはシンジに背を向けて、再び歩き出した。
 

 

 

「痛っ!!?」
不意に訪れた右腿の痛みによって目が覚めた。
何?
状況がよくわからない。
とにかく痛む箇所を押さえてしばらく痛みに耐える。
赤い足が見える。
顔を上げるとアスカが冷めた目で僕を見下ろしていた。

ああ、蹴られたんだ。
なんで?
疑問はすぐに解決した。
自分の置かれた状況を思い出したから。

アスカはすぐに僕から顔を背けると、
赤い海の反対側、街の方へ歩き出した。

やっぱり、憎まれてる。
あんな事したんだ、当然だ。

アスカが、離れていく。
このまま僕が動かなければ、きっともう二度とアスカには会えない。
その方がいいんだ。
僕はアスカに憎まれてる。
アスカに嫌われてる。
僕はアスカに何も出来ない。
アスカに償うことも出来ない。
僕がいてもアスカを傷つけるだけだ。
きっとまた、アスカを殺そうとするんだ。

本当に?
頭の何処かから声がした。
もう一人の自分の声。

うるさいな!
わかってるだろ!
僕がどうしようもない奴だってことくらい!
そんな奴が、この何も無くなった世界で何が出来るって言うんだよ!!
この方が良いに決まってるんだ!!!

本当にそう思ってるのか?
まだ何もしてないのに。

アスカが、離れていく。

「……っ。」
強迫観念。
胸が、締め付けられていく。

僕はまだ、あきらめきれてない。
僕はまだ、信じてるんだ。
僕の事を。
僕にもまだ何かが出来るって思ってるんだ。
そんな事、あるはず無いのに。

「くそっ。」
自分に悪態をつく。

もう、いいや。
関係ない。
どうせ、僕もアスカもいずれ死ぬんだ。
だったら、このまま別れても別れなくても一緒だ。
それに別れるのは、今じゃなくたって出来る。

アスカの後姿はだいぶ小さくなっている。
その背中を見失わないように、僕はアスカの後を追った。

 

 

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読んでいただき有り難う御座います。
作者のたうと申します。
本作『hidden lecrifür』はご覧の通り、旧作のエヴァンゲリオンのラストでアスカが「気持ち悪い」と言った直後、
正確にはそれからほんの少しだけ時間が経った場面から始まっております。
最初の二人の位置関係については、海外版の旧劇場版『The End of EVANGELION』のDVDパッケージや、TV版22話ラストに近い構図になっております。
この作品はLASSS、もとい作者が書いた小説としては第二作目(正確には第三作目)にあたります。
約二年ぶりに書いた作品と言う事もあり、稚拙な所も多々見受けられると思いますが、堪えて付き合って頂けると幸いです。

2009年11月28日 たう