きょうのコラム「時鐘」 2010年4月10日

 「江戸」は「金沢」を模倣した街である、と言えば、ベラボーメと江戸っ子が怒りそうだが、れっきとした学説である

徳川家康が江戸城を築き始めたのは1590年。その7年前の1583年に前田利家は金沢に入り街づくりに着手した。やがて二重の惣構堀で城と街を囲むドーナツ型の城下町金沢が生まれた。江戸は、この円形都市プランを真似たというのである

以上は、都市研究で知られる建築史家の内藤昌氏に聞いた話である。城下町には、長方形や円形など色々なパターンがある。規模や地形は異なるが、金沢と江戸の基本構造は城を中心に据えた同じ円形であり、歴史的には江戸は金沢の弟分だということになる

きょう旧石川県庁を利用した「しいのき迎賓館」がオープンする。金沢城本丸の高石垣と復元された宮守堀が見渡せるのがミソだ。都市全体の、ほんの一部分に過ぎないが、金沢が各都市に与えた影響を知ることができる象徴的な場所である

復元とは単に昔の姿を取り戻すことではない。自分たちの街が日本史の中で果たした役割を確認し、ふるさとに誇りを持つためのものだろう。