<リプレイ>
●結界 春の匂いを運ぶ風に、道端で慎ましく咲いたタンポポが揺れている。 遠くの畑で腰を屈めている農家の人らしき影や、ひらひらと飛ぶ蝶を眺めていると、時間すらのんびり流れているように思えた。 「うっわぁ……帰りのバス、大分先だね」 小さなバスが走り去るのを見送って、バス停に貼られた時刻表を確認していた月島・眞子(トゥルームーン・b11471)が目を丸くした。片手で足りるような時刻しか書かれていない。 儀水・芽亜(共に見る希望の夢・b36191)も 「随分と田舎ですわ」と呟きながら微かに睫を伏せる。 (「こんなところにまで密かに事件が及んでいるなんて……。もし原初の吸血鬼が絡む話だとすれば、『ゲーム』とは方向性が違いますわね」) 不気味な静けさを伴って広がりゆく波紋の行く先には、黄泉川・戒一郎(高校生雪女・b43522)も疑念を拭えない。 (「家を見えなくしたからといって、何かしらあるとは思えないけどな……」) 何しろ、前例のない不可解な事件だ。意味や意図が何処にあるのか見当もつかない。
宮崎の地は本州より早く季節の巡りを迎えていたらしく、能力者達は汗ばむような陽気の中古民家への道を歩いた。 鬱蒼と茂る林の中に家屋へ至る小道を見付け、伸び放題の草木を掻き分けながら進む。 「っ!」 「どうしたっ?」 先を歩いていた天乃空・ティーザ(白銀姫士・b40642)が飛び退くような仕草で固まり掛けたのを見て、神凪・円(守護の紅刃・b18168)が後方から飛んできた。 「……いや、蜘蛛の糸が、引っ掛かっただけだ」 ティーザは平静を装って額の辺りを煩そうに手で払っている。しかし、その声は硬かった。 凛として、戦闘に於いては頼りになりそうな年下の少女にも苦手なものはあるらしい。 「あ〜、蜘蛛の糸って引っ掛かるとすげぇうざったいよな。よし、任せておけよ」 円は肩を揺らして笑うと、その辺に落ちていた枝を拾って翳し、先頭を歩き出した。 些細なことでも手助けが出来るのは嬉しい。久々に受けた依頼にも似た思いで、彼女は枝に引っ掛かった糸をくるくると巻き取る。 やがて林は開け、立派な古民家が見えてきた。 能力者達には普通に見えている家屋も、勘や経験から既に何がしかの違和感を覚える者もいたようだった。 近くで見ると、古民家は長く風雨に曝されたせいか思ったより綻びが目立っていた。長い年月に宿る思いを、芽亜は思い起こす。 南の縁側は厳重に雨戸が閉められ、中の様子は窺えない。 「ありゃ、これ以上進めないや」 「これが結界……? なんか妙な感じだね」 そっと覗き込むように歩を進めた眞子が怪訝な声を上げると、戒一郎も彼女の横に立ってみた。 よもや壁に激突、ということはなかったが、見えない何かが先へ進むのを阻んでいる。 「一体、ここで何が起こってるのかな……」 眉を下げて屋根の天辺を見上げた藤野・沙羅(華桃・b02062)の側に歩み寄り、三葛・早苗(ユーチャリス・b00448)も「気になるね」と呟く。 「その、同時に、起こってるってことは、何か、裏が、あるでしょうか」 少し悩んでからおずと声を漏らした木村・小夜(神様よりも大切なもの・b10537)も、心配げな表情を浮かべている。無理もないことだが、芽亜はあえて胸を張って見せた。 「何者の企みかは存じませんが、わたくし達は目の前の事案を片付けるのみですわ」 地縛霊が倒すことが先決と、天宮・泉水(天下無敵の役立たず・b13619)が大きく頷く。 「全員無事に帰還しよう!」 彼らの様子を眺め、言葉少なに佇んでいた八岐・龍顕(神主見習い・b03257)も口を開いた。 「ちょっと面倒な戦場だが、敵自体はそう怖くない。頼もしい面子だし、まあ大丈夫だろう」 余裕のある物言いは、踏んだ場数によるところもあるのだろう。 雲を掴むような事件でも、依頼の完遂は確実な一歩となる筈だ。 「はい、皆さんと、一緒でしたら」 小夜は胸に手を当て微笑んだ。
起動を済ませた能力者達は、早速結界を破壊すべく自らや仲間に力を付与する。 平時に掛けたエンチャントは戦闘が始まれば掻き消されてしまうので、芽亜はサイコフィールドを温存することにした。 「みんな、準備出来たみたいだね。じゃあ……1、2の3、ゴー!」 威勢のいい泉水の合図で、結界は一斉に能力者達の攻撃を浴びる。 何か硬質なものが砕けるような手応えを感じ、次の瞬間には見えない障壁はその効力を失っていた。 屋内へは、土間へ続くらしい小さな木戸から簡単に入ることが出来そうだ。 簡易な戸締りは、恐らくこの家を管理する者が出入りする為だったのだろうが、ここ暫くは木戸から誰かが出入りしたような形跡はない。少々立て付けの悪くなった戸をガタガタ鳴らしながら開けると、暗闇に目を凝らしながら彼らは中へ踏み入った。
●囲炉裏の間 戸口を通り抜けた途端、不思議な感覚が能力者達を見舞う。 気付けば、その広さが妙に寒々しく感じる板敷きの間に立っていた。差し込む光につやつやと光を反射する床の中央に、ぽつんと囲炉裏が設えられている。 光源は、外からの光のみだ。雨戸で塞がれていた筈の縁側が開け放たれている。 「なんだこりゃ?」 円は訝しげに眉を顰めた。 外の景色は空そのもので、まるでビルの高階層から外を見ているようだ。 背後に立つ少女達を気に掛けつつ、彼女は外を窺うように身を乗り出したが途中で動作を止める。 「早苗ちゃん?」 少々不安げに沙羅が窺うと、親友は視線を一点に注いだままこくりと頷いた。 同時に何か察していたらしい面々も、囲炉裏を睨むように見据えていた。 「……くるぞ」 由緒ある銘を持つ刀の柄に手を掛けた龍顕が注意を促した直後、それは姿を見せた。 囲炉裏の灰の上にすっと煙が立ち上ったかと思うと、灰色の人影が浮かぶ。 輪郭は和服を纏った女性に見えるが、その姿は何処かあやふやでピンボケした映像のようだ。 若いのか年寄りなのか、美しいのか醜いのか。囲炉裏の中心から繋がる鎖だけは何故かはっきり見える地縛霊が袖口をくいと上げると、煙を纏ってゆらりとその影が揺らぐ。 次の瞬間には、何処からともなく亡者達が姿を現した。 リビングデッドの数は4体。 村人風の服を着ている以外は姿形もまちまちだが、皆一様に腐敗が進んでおり、広い部屋の方々に散開している。 (「彼女を倒さなければ、外に出られないのね……」) 脱出不可能。意識してしまうと緊張で強張る肩を深呼吸で解し、沙羅は早苗の手をぎゅっと握り締めた。 ここで潰える訳にはいかない。 訪れた春に、帰れば自分達には新たな生活が待っている。 そして、この地に生きる人々にも未来がある。 「沙羅ちゃんが一緒でよかった」 花の香りのする術手袋に包まれた細い指が、温かく握り返してくる。 春の息吹を思い起こすような緑の瞳に映るのは、深い信頼の色。 ケルベロスオメガの紫雲が刃を背負った背を沙羅に向け、既に集中を始めている。 そんな彼を頼もしく思いながら、狐の尾と耳を生やしながら細身の念動剣を閃かせると、地縛霊と最もそれに近いリビングデッドの1体の間に揺らめく幻火が灯った。 他の亡者達は、爆発範囲に多くを絡めるにはまだ距離が足りなそうだ。揺らめく炎に気を取られている者達を窺い、早苗は激しい吹雪の渦を巻き起こした。 「もう春ですけれど……冷たい冬をどうぞ」 生者を捉えて動き出そうとしたリビングデッド達が次々氷に包まれていく間に、皆自らや仲間の力を高める術に勤しむ。 眞子は月白風清を頭上で旋回させながら後衛を担う少女達を守るように立ち、雪の防壁を纏った戒一郎も彼女に並ぶ。リビングデッド達の動きに目を配りながら、泉水はライカンスロープを発動させた。 彼らとは逆に床を滑るように地縛霊に接近したのは龍顕だ。ティーザは狼の気を纏って白銀の風のように一太刀地縛霊に浴びせる彼を追った。 ヤドリギによる祝福を自らと芽亜に施し、円は口端を吊り上げる。 「悪さする前に、あの世に送ってやるよ。……迷うなよ?」 彼女の言葉を背に、芽亜の夢から呼び覚まされた白馬が地縛霊目掛けて駆け抜けた。 煙を思わせる影はゆらりと揺れ、馬体の衝撃に千切れた灰色が霧散して消える。 芯を捉え切れず大ダメージとはいかないが、削れてはいるようだ。 宝石のような2つの蟲籠に蟲達の淡い光を宿し、小夜は意を決した眼差しを地縛霊に向けながら口を開いた。 「回復は、出来るだけ、お引き受け、します。早く、倒して、しまいましょう」 際限なく現れる亡者達の手で引き摺り込まれる前に。 いち早くの決着を目指し、能力者達は攻勢に移った。
●灼煙 ゆらり、ゆらり。 まるで『煙に巻く』という言葉を体言するかのように、地縛霊は影を揺らして刃の切っ先を惑わせる。 龍顕は刀身に闇を帯びた正宗で以って地縛霊の胴薙ぎ払った。 幾ばくかの灰色が飛び散っては消えるが、芯を捉えた手応えは返って来ず、体力の吸収も上手くいかない。 「しぶとい奴だ……!」 低く零す彼の脇を固め、ティーザは周囲に集まってきたリビングデッド達に視線を走らせた。 彼らは生ある者に反応しているだけで、地縛霊と連携を取っているという風でもない。ただがむしゃらに命の輝きを貪ろうと自らの肉体を凶器に襲い掛かってくる。 中には攻撃力の高い者や、毒や麻痺の力を秘めている厄介な者も紛れている。幸い近接攻撃しか術がないらしく、あぶれた者はぼんやり突っ立っているか、うろうろしているうちに広範囲を対象とするアビリティにより傷を負っていた。 彼女達の背後もまた腐肉がひしめき合い、後衛とそれを守る為に矢面に立っている仲間達とは距離が開いてしまっている。次第に数を増していく亡者達に対応するよう、後衛陣は自然と壁を背にするところまで後退していた。 ともすれば前衛2人は孤立に近いが、悪いことばかりではない。 敵に接する部分が減った分、後衛陣の受ける傷も減る。回復を担える者も多く、誰かの身に異常が見られれば小夜が小気よく床を鳴らして清浄な気を振り撒いて仲間達を支えた。 円は意識して沙羅を内側に隠し、亡者の爪が残した毒の苦痛を堪え地の底から響き渡るような絶叫を上げる。 リビングデッド達が苦しげに身悶え、地縛霊が風に吹かれた煙のように大きくうねった。 「影の薄い地縛霊になど何も与えはしません。無為に滅びなさいな」 癒しだけでは掻き消せない猛毒に蝕まれる地縛霊目掛け、2つに分かれた前衛の間に詰まっていた亡者達を、芽亜のナイトメアランページが蹴散らしていく。 駄目押しとばかりに戒一郎も白馬を放つと、折り重なるように倒れた亡者達の隙間に泉水が躍り出た。 「さぁ、おいで。こっちだよ!」 殊更声を上げてアピールすると、同胞の背後で恨めしそうに獲物を見ていたリビングデッド達が我先にと動き出す。 知性などもうないのだろう、仲間だった者の遺骸を踏み締め、腐敗の進んだ部分が嫌な音を立てた。 彼らの目は、直前に泉水に白燐蟲の燐光を与えた小夜にも向いた。 隆起した筋肉を持つ屈強そうな男が腕を振り上げても、彼女は唇を引き結んで目を逸らさない。 「っと! やらせないよ!」 しかし、その豪腕は少女を打つ前に胴ごと傾いだ。崩れ落ちる亡者と彼女の間に割り込み、今しがたロケットスマッシュで止めを刺した眞子が肩越しに笑う。 「もう少し下がってて。小夜ちゃんがやられちゃうと、一気に大ピンチだからね〜」 「俺もまだ耐えられるから、ここは任せておきな!」 円も余裕を見せるように片目を瞑った。 とはいえ、アビリティには限度がある。特に回復手段が尽きる前に勝利を得なければ、一気に彼らの仲間入りだ。 何度も回復を行い、煙を振り撒き厭らしい攻撃を仕掛けてきた地縛霊にも、綻びは見えている。 「紫雲、一緒にお願いね」 狐の尾を振りながら、沙羅が生み出した妖しの者達の幻影が亡者達に襲い掛かる。同時に吹雪の竜巻が早苗の手から放たれ、凍えついたリビングデッド達はダメージの蓄積により多くが崩れた。 地縛霊に至る一直線上に残っていた者も、紫雲が背の刃を一閃すると気持ちいいくらいにバタバタと倒れた。 大幅に亡者が減った今が好機。 リビングデッドに対応していた泉水も手が空き、援護の水刃手裏剣を投げ放つ。追い縋るように折り重なった亡者達を飛び越え、戒一郎が駆けた。 地縛霊の脇に出来た隙間に回り込むと、突き刺すような勢いで切っ先を向けた巨大な矛に向け力の宿る吐息を吹き付けた。あやふやな煙ごと包み込むように凍りついた地縛霊に狙いを定め、ティーザは温存していたフロストファングの冷気を一対の刀身に宿す。 「受け取れ、取って置きだ」 低い呟きに、生命活動の低下を自ら感じる。 癒しも届かぬ程身体の芯まで凍える前に、具現化した氷を力の限り叩きつけた。 覆った氷ごと、地縛霊が砕け散る。 小さな悲鳴が聞こえたような気がしたが、それが断末魔だったか確認する前に能力者達の視界が歪んだ。
●日常の世界へ 視界が闇に覆われている。 「あれ、家の中に戻ってきたのかな……うえっぷし!」 足元を確かめるように爪先で探っていた泉水が、盛大なくしゃみをした。 「待って、今明かり点けるから」 制止の声とともに眞子はヘッドライトをに手を遣った。真っ先に照らし出されたのは、仲間達の人影ともわもわと舞い上がった砂埃が立ち込める様だ。 「ほ、埃だらけだね」 ハンカチで口元を覆い、沙羅と顔を見合わせて安堵の息を漏らした早苗もランプを灯した。 明かりの範囲が広がると、そこが本来の囲炉裏の間だということがわかった。尤も、特殊空間程広くはない上に床には埃が積もっており、天井や梁には主のいない蜘蛛の巣が窺える。
能力者達は念の為家の中を調べてみたものの、空き家になってから入り込んだ小動物や虫の遺骸の他には特にめぼしいものは見付からなかった。 戸口から外へ転がり出るように次々と姿を現すと、清々しい空気が懐かしく感じられた。 「ふ〜、やっと明るいところに出られたぜ!」 豊満な胸を悠々と広げ、豪快に深呼吸した円は、友人達の顔を思い浮かべて小さく「ただいま」と口にする。 戒一郎も気が気でなかった状況から無事脱したことを実感し、ほっと胸を撫で下ろした。 「それにしても……」 この奇妙な事件達が、この先一体何を齎すのか。 思案顔の仲間達の傍ら、芽亜は古民家を改めて眺める。 「こうして片っ端から潰していくしかないのでしょうね」 状況を思えば、いつまでも安堵に肩の力を抜いている訳にもいかない。 日は少々傾いていたが、周囲の景色は訪れた時と変わらず長閑だ。農作業をしていた人々が畦道の縁に掛けてお茶のを飲んでいる姿が見える。 能力者達は異変を知ることなく日常を生きる人々に背を向け、帰路に就くのだった。
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参加者:10人
作成日:2010/04/09
得票数:楽しい3
カッコいい8
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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