全国でもめずらしい子どもの居場所が川崎市高津区にある。「川崎市子ども夢パーク」。およそ1万平方メートルもの敷地に、不登校と呼ばれる子らが集う公設民営のフリースペースと、冒険遊び場・プレーパークが併設されている。「生きているだけで祝福される場を」という大人たちの思いに守られ、今日も広場に歓声が響く。【磯崎由美】
雨上がりの午後、門をくぐると土のにおいがした。たまった泥水の中で小さい子たちが跳びはねている。「着替え、もうないよ」とちょっと困った顔のお母さん。子どもたちはお構いなしだ。
プレーパークに一般の公園のような遊具はない。廃材や工具を自由に使って好きなものを作ったり、壊したり。木登りやまき割り、たき火もできる。多くの公的施設ではリスクの伴う遊びが禁じられているが「ここでは、けがと弁当は自分もち」と夢パーク所長の西野博之さん(50)。指定管理者として運営するNPO法人フリースペースたまりばの理事長でもある。
川崎市で01年に「子どもの権利に関する条例」が施行された。ありのままの自分でいる権利▽自分を守り、守られる権利▽自分で決める権利--などを明文化、その理念を具現化しようと市が打ち出したのが夢パーク構想だ。学校や家庭に居場所がない。地域のつながりも薄い。そんな時代の中で安心して成長できる場がいま、求められている。
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敷地内の建物を見ると、子どもたちが描いた壁画が目を引く。その一角にあるのが「フリースペースえん」。いじめなど人間関係で学校に行かない・行けない、障害や病気がある、義務教育を終えて福祉の谷間にいる……など、さまざまな背景を持つ小学生から40代まで約90人が登録し、毎日およそ30人が来る。施設利用は無料だ。
学校のように決まったカリキュラムはなく、いつ何をするかは自分で決める。畑作業や料理づくり、芸能、スポーツ。その道の師匠を招いた講座に参加しても、一日中ゲームをしてもいい。「社会性が育たないのでは」との質問も受けるが、西野さんは「年齢も事情も違う子たちが折り合いながら過ごし、失いかけた他者とのつながりを回復していく」という。バンドも誕生し、地域のイベントに招かれ演奏する機会も増えた。
ここには二つのルールがある。一つは「この指とまれ」方式。誰かが「やりたい」と言い、賛同者が集まって話し合い、実現していく。もう一つは昼食をみんなで食べること。調理や片づけにも子どもたちが参加する。
プレーパークとの併設にも意義がある。不登校の子たちがサッカーをしていると、下校中の子が「僕も入れてよ」と加わる。学校に行く、行かないを隔てるものはない。
西野さんは不登校が社会問題となり始めた20年前から活動を続けてきた。当時は無理にでも学校に連れて行くべきだとの風潮が強く、親も子も自分を責めた。「ありのままでいられる場を」とフリースペースを始めると各地から子どもが集まったが、場所を借りるにも社会の偏見があり、運営も厳しかった。
自治体が財政負担するフリースペースは全国的にも注目され、国内外から年約200件の視察や見学がある。だが財政難の自治体も多く、広がらない。「民間だけでこの規模を運営するのは難しい」とスタッフの佐藤有樹さん(33)。来所による面談は2カ月待ちのこともあり、ニーズに追いついているとは言い難い。
毎年3月には市内で「たまりばフェスティバル」が開かれる。えんに通う子たちの1年間の目標であり、支援やカンパをくれた大人たちに日ごろの成果を披露する場でもある。今年はほとんどの子が参加。バンド演奏や芝居、「壇上は緊張する」という子は照明や音響など裏方で汗を流した。
今春、活動をまとめた冊子が発行された(問い合わせは「えん」電話044・850・2055)。西野さんは言う。「今の子も親も、これではだめだというメッセージに囲まれすぎている。このままで大丈夫、という空気が広がっていけば、子どもは元気を取り戻し、自分から動き出す」
毎日新聞 2010年4月4日 東京朝刊