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発信箱:居場所の春=磯崎由美(生活報道部)

 まだ大学生だったユウキに私が出会ったのは12年前の冷え込む朝だった。大阪・西成の中学校前で野宿者のテントが強制撤去されるのを見ながら「ごみを掃除するようだ」と悲しい顔をしていた。

 傍らには愛称「ヒゲ」の児童館職員、澤畑勉さん(59)がいた。ヒゲはいのちと人権を考える旅で各地を巡り、東京からユウキや中高生を連れてこの日ここに来た。

 しばらくして、私はユウキの生い立ちを知った。学級崩壊した小学校でいじめの標的にされたが、子どもたちの暴走を止められる大人はいなかった。学校に行きたくない。でも生活が苦しく夜遅くまで働く両親に、弱音は吐けない。中学で不良と行動を共にし始めると、みんなが一目置くようになった。髪を染め、ケンカに明け暮れた。

 ある日、仲間と偶然雨宿りした児童館にヒゲの長い男がいた。「オマエらどこのヤツだ?」。盛んに話しかけてくる。ウザイ。でもオレたちに関心を持つ大人がいるのか? やがて児童館はユウキの居場所になった。ヒゲと一緒に笑い、よくしかられた。

 この春、私は久しぶりにユウキに会った。ヒゲの仲間が運営する川崎市のフリースペースで働いて7年。学校や家庭、地域に居場所を見つけづらい子どもたちとここで過ごし、時に痛ましい告白も受ける。「話を聞くとか寄り添うとか、大人は勝手に言うけれど、それは子どもが受け止めてもらえたと思えた時にしか成立しない」。そう言っていたヒゲは児童館を退職後も、草の根の活動を続ける。

 街が桜色に染まるころ、フリースペースも新年度を迎える。33歳のユウキは小さな居場所で子どもたちを待つ。あのころのヒゲのように。

毎日新聞 2010年3月31日 0時04分

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