その時、聖杯に願うこと 1
彼へと迫る閃光のような一撃を、力の限り打ち弾く。
腕に伝わる激しい衝撃と、眩しいほどの魔力の発光。その光で薄暗い土蔵が明るくなった。
「――――本気か、七人目のサーヴァントだと……!?」
態勢を整えている暇はない。私はそのままの流れで槍を構える男へと踏み込んだ。
振るった聖剣の回数は二度。
槍の男――ランサーは、二度目の一撃で大きく体勢を崩した。
「ちっ――!」
軽く舌打ちをしながらもランサーが後退する。
それは神速の如き素早さだった。ランサーは一息も吐かないうちに土蔵の外へと身体を躍らせている。
だが、これで当初の目的は達せられた。
私は油断なくランサーを牽制しながらも、ゆっくりと背後に居るだろう人物を振り返った。
――覚えている。
その日は、とても風の強い日だった。
月明かりが銀光のように土蔵へと射し込み、私と、目の前で尻餅を付いている少年を照らしている。
「――――――」
彼は驚いたように、声も無く私を見上げていた。
赤茶けた短髪。男性としては低目の身長。だけど華奢ではない。その腕も、その胸も鍛えられていて逞しい。
私はその力強さを知っている。
彼のやさしさも、暖かいその温もりも知っている。
無茶ばかりしていた。いつも、傷ついていた。理想の重さに潰されそうになりながらも、それでも走りつづけた。
二人で声を荒げて、喧嘩もした。
お互いが、お互いを想って、それでも曲げることが出来ないからぶつかった。
あの夕日の中で私は彼を罵倒し、そんな私をもう知らないと彼は走り去って行く。
だんだんと小さくなっていく彼の背中。それを見た私の心に広がった小さな波紋。
――辛かった。
けれど、彼も辛かったに違いない。それでも彼は私を迎えに来てくれた。
あの時の彼の手の温もりを、私は忘れることはないだろう。
「――――――」
シロウ、と呼んだら彼はどんな顔をするのだろう?
言葉もなく、ただ見上げている彼。
驚くだろうか?
でも、私が今言うべき言葉は決まっていた。
私は、言葉に万感の想いを乗せて――
『――――問おう。貴方が、私のマスターか』
そっと、それだけを口にした。
「え……マス……ター……?」
彼はオウム返しに問われた言葉を口にする。
私が何者なのか、今、何が起こっているのかが判らずに混乱しているのだろう。
でも私は知っている。貴方が何者なのかを。
「サーヴァント・セイバー。召還に従い参上した。マスター、指示を」
私の声を耳にした瞬間、彼が左手の甲を押さえながら苦痛に顔を歪める。
そう、令呪が現れたのだ。
令呪が私と貴方を繋ぐ。私にとって唯一のマスターである貴方と。
「――これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある――――ここに、契約は完了した」
「け、契約って、なんのっ!?」
今は説明している時間はない。外にはランサーが控えているのだ。
私は彼に背を向けて土蔵の外へと身を躍らせた。
「やめっ――――!」
彼の声を背中に受けながらランサーに聖剣を叩き付ける。
土蔵から飛び出た瞬間に槍兵が待ち受けていたかのように襲いかかってきたのだ。
その一撃を受け払い、流れのまま攻撃に移る。
振るう一撃に魔力を込め、そのまま爆発させた。
ランサーと如何に体格差があろうと、溢れる魔力でその溝を埋める。
「ちぃっ!!」
上段から袈裟斬りに振り下ろす。その一撃を槍の腹で受け止めたランサーが後退した。
だが、攻撃の手を緩めるわけにはいかない。
私はその後を追撃し、上から、横から、下からと連撃を火のように加えていく。その一撃をランサーが受ける度に、激しい剣戟の音と併せて火花のような閃光が走った。
「ぐっ……卑怯者め、自らの武器を隠すとは何事か――――!」
ランサーが悪態を吐く。
さしものランサーも、この武器相手ではやりにくいとみえる。
そう。私の持つ剣は見えないのだ。
――ならば、押し込む。
聖剣を下段に構え、肩から突っ込むように前進しそのまま振り上げた。
ランサーの槍を打ち払い、返す刃で空いた空間に一撃を見舞う。
「てめぇ……!」
ランサーが更に後退し、こちらも更に押し込んでいく。
激しく散る魔力の飛沫に合わせて剣舞のように続く連撃。それでもランサーは全ての攻撃を防ぎきっていた。
――初見で、しかも見えない武器相手だというのによくやる。
だが防御に徹して防ぎきれるほど私の攻撃は甘くない。
彼が守るなら、その守りごと撃ち砕く。
私は渾身の力を両腕に込めて、相手のガードの上からでも叩き割れる一撃を放つ。
だが――
「調子に乗るな、たわけ――――!」
一瞬にして視界からランサーが消えた。
「ち……!」
見失った彼の気配を直感で辿る。
彼は一旦後方へと飛び退り、着地と同時に弾けるようにして舞い戻って来ていた。
しかし、相手の行動が読めても私の体勢は崩れている。振り下ろした聖剣は未だ地面を撃ち据えたままで、ランサーは眼前に迫っていた。
ここが勝機と必殺の槍を繰り出すランサー。
だが、私とてセイバーの名を冠するサーヴァントだ。
迫る必殺の一撃を円を描くようにして避けると、そのまま相手の脇腹に向かって聖剣を走らせて――
「ぐ――ッ!!」
「ぬ――っ!!」
激しい衝撃が両腕から全身へと伝わっていく。
渾身の一撃は互いの武器を打つに留まったようだ。そして、その勢いで私とランサーの間合いが大きく開く。
離れた間合いの中、ランサーは槍を構え、じっと私を睨み据えていた。
「どうした、ランサー? 止まっていては槍兵の名が泣こう。それとも、私から行った方がいいかな」
「ハッ!、わざわざ死にに来るか。それは構わんが、その前に一つだけ訊かせろ。貴様の宝具――それは剣か?」
ランサー射抜くように見つめる。
あの時と同じ問い。ならば、私の答えも決まっている。
「――さあ、どうかな。戦斧かも知れぬし、槍剣かも知れぬ。いや、もしかしたら弓かも知れんぞ、ランサー?」
私の答えに、ランサーは面白そうに口を歪めて
「――く。ぬかせ、剣使い」
と言い放った。
それからランサーが、僅かに槍の穂先を下げてもう一度だけ口を開く。
「……ついでにもう一つ訊くが、お互い初見だしよ、ここらで分けって気はないか?」
チラリと、ランサーが私の後ろに視線を向けた。
いつの間に土蔵から出てきたのか、そこには私のマスターが呆然と佇んでいる。
「悪い話しじゃないだろ? ほら、あそこで惚けているオマエのマスターは使い物にならんし、俺のマスターとて臆病者でね。イレギュラーな事態が起きたなら帰って来いとぬかしやがる。ここはお互い万全の状態になるまで勝負を持ち越した方が好ましいんだが――」
月光の下、ランサーが私の答えを待っている。その間に、私は視線だけを動かして自身のマスターを捉えた。
彼は心配そうに私のことを見つめている。
先程まで自身が殺されかけていたにもかかわらず、私のことを案じているのだ。
本当に、彼らしい。
私はほうっと小さく息を吐いてからランサーに視線を戻した。
「――いいだろう、ランサー。その提案を受けることにする。今宵は、ここまでとしよう」
「ほう、以外に融通が利くじゃねえか。セイバーなんて、どいつも堅物だと思っていたが……いや、助かったぜ」
先に私が剣を下げたのを見届けてからランサーも槍を下げた。
それから僅か一足で広い衛宮の庭を隅まで移動する。
「じゃあな。次に会う時を楽しみにしてるぜ、セイバー」
青い槍兵は、身軽に塀を乗り越えて夜の闇に消えて行った。
ランサーを見送ってから聖剣の存在を掌から消す。続けて、背後から駆け寄ってくる乱雑な足音。
「――――なんで」
足音は私の側で止まった。
それを確認してから、ゆっくりと主を振り返る。
――シロウ。
彼は声をかけようとして、口を開こうとしてはそれを止める仕草を繰り返している。
ああ、これは奇跡なのだろうか。
私の目の前に、彼が、シロウがいる。
あの日、別れた私の半身。もう会えないと、夢の中でならと眠りについた、なのに、私の目の前に彼がいるのだ。
思わず彼に手を伸ばしてしまう。それにあわせて鎧が金属音を奏でた。
その音に驚いたのだろうか、彼が半歩だけ後ろに下がる。
――いけない。
私は何をしているんだ? こんなことをしても彼を驚かせるだけなのに……。
そう思ったものの、一度動き出した想いは止まらなかった。
駄目だ、やめろ――!
心の声に反して身体が動く。
一歩だけ近づいた。今度は彼も動かない。。
ゆっくりと差し出した両腕が彼の背中に廻っている。気がついてみれば、私は彼をきつく抱き締めていた。
ああ――シロウが私の腕の中にいる。
シロウが、シロウが、シロウが――私の腕の中にいる。
永遠か、一瞬か。月明かりを浴びながら、私は彼の胸に顔を埋めてその温もりだけを感じていた。
静寂の中、密着した身体が彼が動くのを伝えてくれる。
私は震えていたのだろうか。彼はそっと私の肩に手を置いてやさしい声で
「――なんで、泣いてる?」
はっと、彼を見上げた。間近で視線が絡み合う。
頬を伝う熱さ。
私は――泣いているのか?
これじゃいけないと、私は慌てて彼から腕を離して背中を向けた。それから右腕で目元を覆って、改めて彼に向き直る。
今度は、強く、自分を律しながら。
それで場に緊張感が戻ってきた。彼はその変化に戸惑いながらも疑問を口にする。
「――――おまえ……なにものだ?」
「……何者もなにも、セイバーのサーヴァントです。シ……貴方が私を呼び出したのですから、確認するまでもないでしょう」
「セイバーの……サーヴァント……?」
何を思っているのか、彼の目が驚きに見開かれている。
「はい。ですから、私の事はセイバーと」
――そう、呼んでください。
「そ、そうか。ヘンな名前だな……」
彼はそわそわと地面に視線を落としたり、私を横目で見たりしながら最後にぶっきらぼうにこう言った。
「お、俺は士郎。衛宮士郎っていって、この家の人間だ」
シロウ。そう、貴方の名前はエミヤシロウ。私の魂に刻まれている、永遠に忘れ得ぬ愛する人の名前。
じっと見つめる私の視線を勘違いしたのか、彼が慌てたように両手を振った。
「いや、違う。今のはナシだ。訊きたいことはそういう事でなくて、つまりだな……」
「知っています。貴方は、正規のマスターではないのでしょう?」
「え……?」
「しかし、それでも貴方は私のマスターです。契約を交わした以上貴方を裏切りはしない。そのように、警戒する必要はありません」
「い、今……なん……て?」
驚いたように口篭もる。
無理もない。命を狙われて、突然知らない不審者が現れたのだ。すんなり受け入れる方がおかしい。
彼は一度溜まった唾を飲み込んでから、改めて私に声をかけた。
「ち、違うぞ。俺、マスターなんて名前じゃない」
「それではシロウと――ええ、私としてはこの発音の方が好ましい」
「なっ…………っ!!」
彼の顔が赤くなったのが分かった。
そういう仕草は、見ていてなんだか微笑ましい。
「ちょっと待てっ、何だってそっちの方を…………痛っ――なんだ、これ……あ、熱っ……!」
彼が左手の甲に信じられない物を見つけたとばかりに凝視している。
そこには、刺青のような紋様が刻まれているはずだ。
「それは令呪と呼ばれるものです。私達サーヴァントを律する三つの命令権であり、マスターとしての命でもある。無闇な使用は避けてください、シロウ」
「え……セ、セイバー?」
「シロウ、外に……」
一瞬、口篭もる。
敵――そう、今は“まだ”敵のはずだ。
「外に敵が二人います。この程度の重圧ならば問題ない相手ですが……」
「……外に敵だって? ちょっと待て。おまえ、まだ戦うっていうのか!?」
「向かってくるのなら応戦はしましょう。とりあえず外に出ませんか、シロウ」
屋敷の外には二人の人物がいた。
赤い外套を纏った青年――サーヴァント・アーチャー。そして、彼のマスターである遠坂凛。
敵対する可能性がない訳ではない。いや、以前は私がアーチャーを切り伏せた為に共闘したが今回もそうだとは限らない。
私はシロウを守るようにアーチャーと対峙した。当のアーチャーは、私のことを驚いたような目で見ている。
私は彼を牽制する為に一歩だけ前に出た。手には、再び現した聖剣を握り込んでいる。
「――――マスター、指示を」
アーチャーの後ろにいる彼女は、驚いた風もなく事態の推移を見守っている。
正直に言えば戦いたくない相手ではある。
「……止めてくれ、セイバー。正直、俺はまったく事態に付いていけてない。それに――おまえが敵って呼んだあいつ、俺の知ってる奴なんだ。それを襲わせるなんて出来ない」
やはり、彼ならそう言うと思った。
だけど――
「シロウ、彼女はアーチャーのマスターだ。今はまだ私達の敵です」
「……そんな事は知らない。だいたい、マスターだ、サーヴァントだって、俺には全然解らないんだ。理解して欲しいなら説明するのが筋じゃないのか?」
「それは……そうですが」
そこへアーチャーを押しのけるようにして彼女が前に出てきた。
「――ふうん、つまりそういうコトなんだ。へえ、素人のマスター……ね」
そんな彼女を驚いたように見据えながらシロウが呟いた。
「遠坂……凛――――」
「あら? 私のこと知ってるんだ。なんだ、なら話しは早いわよね、衛宮くん?」
「あ……え……?」
場にそぐわない明るい声。私ですら拍子抜けしてしまう程の。シロウなんて金魚みたいに口をパクパクさせて目を丸くしている。
そんな彼は、少し――可笑しかった。
「ば――遠坂、おまえは……!」
「そうよ。貴方と同じ“マスタ”ーよ。つまりは、魔術師ってことになるわね。貴方も魔術師なんだし、隠す必要もないでしょう?」
「魔術師だってっ? 遠坂……おまえ、魔術師なのか……!?」
彼女の眉根が不機嫌そうに寄った。
それに危機感を感じたのか、シロウが慌てて弁解を始める。
「あ、いや、違うんだ。俺の言いたいことはそういうことじゃなくてだな……つまり……」
「……そう。納得いったわ」
彼女は思い切り嘆息してから、背後にいるアーチャーを振り仰いだ。
「アーチャー、悪いけどしばらく消えててくれるかしら。私、ちょっと頭にきたから」
「……解らないな、凛。頭にきたとはどういうことだ?」
「言葉通りの意味よ。アイツに現状を、自分の立場を思い知らせてやらないと気がすまなくなったの。貴方がいたらセイバーだって剣を収められないでしょ?」
「ふう、君にも困ったものだ。まあ、命令とあれば従うが……一つ忠告すれば、それは余分な事だと私は思うがね」
やれやれと苦笑しながらも、アーチャーは彼女の言う通りにその身体を消していった。その光景を驚愕の眼差しで見つめながら固まってしまうシロウ。
そんな彼を通りすぎながら彼女が衛宮の家に向かう。
「話しは中でしましょ。どうせ何も解ってないんでしょ、衛宮くんは。安心してね、嫌だって言っても全部お・し・え・て・あ・げ・る・か・ら!」
「ばっ――待て遠坂っ。一体なに考えてんだ、おまえ……!」
憤慨したように彼女の肩を取ったシロウ。たが、振り向いた凛の表情を見てどうやら氷ついたようだ。
凛が先程までの笑顔とは違う別の顔をしていたから。
「衛宮くん? 突然の事態に戸惑うのは解るけど、素直にその事態を認めないと命取りって時もあるの。ちなみに、い・ま・が! その時だって分かって?」
「う…………ううっ……」
「はい、わかればよろしい」
元の笑顔に戻った凛が私に視線を向けてきた。
「それじゃ行きましょうか。貴女もそれでいいでしょセイバー? 貴女のマスターに色々と教えてあげるんだから」
確かに、私が説明するよりも凛が説明する方がシロウには理解しやすいだろう。それに、今はまだシロウと顔を合わせて冷静でいられる自信もない。
「はい、貴方がマスターの助けになる限りは控えています」
私と凛、二人そろって衛宮家の門をくぐる。
その場に一人取り残された彼は
「なんでさ。なんであんなに怒ってるんだ、あいつ……」
と、しばらく呆然と佇んでいた。
『――――“Minuten vor SchweiBen”……』
凛の呪を詠む声が衛宮家の居間に響く。その効果を受け、畳の上に散乱していたガラスの破片が組み合わさっていく。
それを呆然と見つめているシロウ。
「――凄いな、遠坂。俺はそんなこと出来ないから、直してくれて感謝するよ」
「え? 出来ないって、そんなことないでしょ? こんなの魔術の初歩の初歩じゃない」
「そうなのか。俺は正式に教わった事がないから、基本とか、初歩とか、知らないんだ」
ピタリと、凛の動きが止まった。
あれは予想外の出来事に戸惑っているのではなく、何故だかわからない怒りを押し殺しているのだろう。
「……ちょっと待って。じゃあなに、衛宮くんは自分の工房の管理も出来ない半人前ってことかしら?」
「工房……? そんなの持ってないぞ、俺」
「…………………………………………なに? じゃあ、本当に貴方、素人?」
「そんな事ないぞ。強化の魔術くらいは使える」
「強化って、随分半端なのを使うのね。で、それ以外はからっきし駄目なワケ?」
おう、と横柄に頷くシロウ。
これは……そろそろ、きそうですね。
危険を感じ取った私は、ススっと、凛から少し距離を取った。
そしてやはり
「――――な、なんだってこんなヤツに、セイバーが呼び出せるのよぉぉっーーーー!」
夜の深山に凛の嘆きが響き渡った。
凛の説明は淀みがなく、整然としていて解りやすい。
聖杯戦争に対して何の知識もないシロウでも、よく理解できるような丁寧な説明だった。
衛宮の家に、私とシロウ、それに凛がいる。こうして三人で居る空間に、とても懐かしいものを感じた。
あの時は、聖杯戦争に勝つことばかりでこの雰囲気を楽しむ余裕はなかったけれど、改めてこの場所を鑑みればとても暖かいものを無碍に放り出していたんだと感じる。
淡々と続く凛の説明。
その話を聞きながら何とはなしに二人を見つめていたら、シロウが凛の言葉に疑問を持ったのか声を挟んだ。
「ちょっと待ってくれ。遠坂、俺がランサーに殺された事を知っているのか?」
「――――ちっ。少し調子に乗りすぎたか」
あからさまに怪しい素振り。
それでも凛は、キッパリとシロウの疑問を否定する。
「ただの推測よ。つまんない事だから忘れなさい、衛宮くん」
「……つまんない事じゃないぞ。俺はあの時、誰かに命を助け――」
「いいからっ! そんな事より今はもっと知らなきゃいけない事があるでしょっ!」
無理やりに話しを捻じ切って凛が説明を再開する。シロウも不承不承ながら追撃を止めて、凛の話しを聞くことにしたようだ。
しばらく、二人のやり取りだけが続いていく。
そして、話しが一段落したところで凛が立ち上がった。
「さて、話しもまとまったところで、そろそろ行きましょうか」
「ん? 行くって何処へさ?」
「もちろん、貴方が巻き込まれた“聖杯戦争”をよく知っているヤツに会いに行くのよ」
「こ、こんな時間からか!?」
シロウが時計を確認している。
もう、深夜といって良い時間だった。
「そうよ。今からでも急げば夜明けまでには戻ってこれるんじゃないかしら。明日は休日だし、別に夜更かししても問題ないわよね?」
「いや、そういう問題じゃなくってだな……」
シロウが私のことをチラチラ見ている。
彼は困ったように嘆息してから、それでも意を決したように口を開いた。
「だいたい、セイバーが困るだろ? セイバーって昔の英雄なんだろ? なら現代のことなんて分からないことだらけのはずじゃないか。違うか、遠坂?」
ああ、そういう事ですか、シロウ。
「いいえ、シロウ。私達サーヴァントは人間の世であるのなら、あらゆる時代に適応します。ですから、この時代のこともよく知っている。それに――この時代に呼び出されたのは、初めてではありませんから……」
「なっ――」
「うそ……? どんな確立よ、それ……!?」
二人が絶句している。
そう、私がこの時代に来るのは“三度目”だ。
「……初めてじゃない?って、セイバー、本当か?」
「ええ、その通りです、シロウ」
私の声に彼は考え込むように俯いてしまい、それからポツリと小さな声で呟く。
「……セイバー、おまえ……」
「じゃあ、問題ないワケね、衛宮くん」
彼の声を掻き消すように、凛が声を挟む。その為にシロウが何を言ったのか正確に聞きとれなかった。
シロウも大した用件ではなかったのか、凛の方へと顔を向けてしまう。
「分かった。行けばいいんだろ、行けば。それで、何処に行こうってんだ遠坂?」
「隣町にある教会よ。そこにこの聖杯戦争を監督してるヤツが居るのよ」
凛が不敵な笑みを浮かべ、じーっとシロウを見つめていた。あれは何も知らないシロウを振り回して楽しんでいる表情ですね。
今度私もやってみましょうか。
そんな視線を向けられているシロウは、少し怯えたように凛から目線を逸らしていた。
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以前投稿、完結いたしました作品の改訂バージョンです。
ふと読み返していたら色々と気になってしまい、ちょい加筆修正してみるべーとチャレンジしてみることにしました。
遠からず最後まで改定できる……と思います。ぺこ <(_ _)>