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[8527] Re:write (鋼殻のレギオス←現代)
Name: 朝市深夜◆85e53aa7 ID:376da71a
Date: 2009/06/07 11:40
どうも、朝市深夜です。

この度はいろいろなレギオスSSに触発され、書いてみました。

至らないところも数多くあるかと思いますが、生暖かい目で見守ってください。

一応、諸注意をば

・これはオリ主最強ものです。
・原作のヒロイン達の誰かとくっつくかも。
・いろいろと雑。
・更新が亀。
・その他諸々酷い事が多々ある。

と上記のモノが受け付けない方はどうか『戻る』のボタンをクリックしてください。

見てみようかな、という方はどうぞごゆるりと。





[8527] 第一章:ビギニング・セカンドライフ (01)
Name: 朝市深夜◆85e53aa7 ID:376da71a
Date: 2009/05/11 11:18




ありえない。

気がついたら赤ん坊になってよちよち歩きをしていた。

赤ちゃんプレイをしていたとか、そんな変態染みたちゃちいもんじゃねえ。

意味が分からないだろうが俺だって混乱しているんだ。



お決まりの言葉がグチャグチャになるくらいには、な。

まあ、実際おぼろげながら記憶はあるのだ。

ただ、自分の意識がはっきりとしていない曖昧すぎるもので、今の今まではっきりと意識が覚めていなかったというだけで。

言っちまえば寝ぼけていたようなもの。

そして今は、寝ぼけ眼に冷水をぶっかけられて目を覚ました感じ。

あの時の気持ち良かったのは羊水だったんだ、などと思いながら俺の手を見詰める。

どこぞの探偵のように怪しげな薬を飲まされて体が縮んだのかと思ったが、確りとミシシッピの水の冷たさを覚えているし、この体を見ればそういうことではないのは分かる。

鏡に映る自分の姿を見て愕然としたのは、今もなお鮮明なまま残る記憶だ。

まったくと言っていいほど俺の小さい頃には似ていない顔。 唯一似ているとすれば、この黒い髪くらいなものか。

それが決定打だろうか。 この世界が自分の居た“普通の”世界ではないということを認めることに対する。

そしてどこか見覚えがある世界だと思っていた。

見覚えがある――いや、そんな確かなものではなく、誰かから伝え聞いたようなおぼろげ感覚。

そういう感覚の引っ掛かりを持ったまま、荒廃した大地を見て、俺の住んでいるこの都市がレギオスと呼ばれる移動式要塞都市である事を知った時、ようやく理解した。

ここは、【鋼殻のレギオス】の世界なのだと。

全てが小説通り、まるっきり同じなのか、それともただ似ているだけなのかは分からないが。

此処が本当に【鋼殻のレギオス】の世界なのか、それに類似する世界なのか…

まあ、胡蝶の夢という線もあるが、こんな状態でも夢が覚めないことを考えると違うのだろう。

しかし、これはある意味幸福なことなのかもしれない。

一度目の人生であんな結末を迎えたのだ。

二度目のチャンスを貰った以上、まともな人生を歩むのも悪くはない。

そう自分に言い聞かせる。

というか、言い聞かせなければやってられない。

俺が生まれてもう十二年。

俺の意識がはっきりとして、もう十年。

なぜこんな昔に考えていた事を思い出しているかというと――――一種の走馬灯だったりするんだろうな、これは。


「ほら、ツヴァイ。 この暑い日に冷たい床で寝るのもいいけど、風を引いたらどうするの」


麗しい姉君の声が、俺の頭の上から聞こえる。

けして俺より姉の背が高いというわけではない。

ただ、俺が真っ直ぐに立っていない、というだけだ。

というか、俺は大絶賛ぶっ倒れている。


「折角私が貴方の鍛錬を見てあげているのだから、少しは私に良い所でも見せなさい、男の子でしょ?」


螺子が一本といわず五、六本ほど抜け落ちている我が麗しの姉君は、溺愛している(本人談)らしい俺に対してというか、俺の為に俺を鍛えている最中だった。


























『Re:write』
第一章:ビギニング・セカンドライフ (01)


































何時もの日課のように弟の鍛錬に付き合っていたアルシェイラは、涼しい顔をしてティーカップを口元に運ぶ。

つい先程まで一方的にツヴァイをボコッていたとは思えないほどに疲れを見せず、また汗さえかいた様子がない。

まったくもって化け物だった。

巧みの作意が散りばめられたそのカップに注がれた紅茶は入れられたばかりである事を主張するように温かな湯気を立ててソーサーに置かれる。

彼女の口元には綻び。


「しばらく飲まないうちに随分とお茶を淹れるのが上手くなったわね、ツァーリ。 お姉ちゃんびっくりしちゃった」


そう言う彼女は本当に感心するように、テーブルを挟んで対面する12歳ほどの少女に微笑む。

少女は嬉しそうに顔を綻ばせる、などということはなかった。

ただ、溜息を吐く。

アルシェイラに似た黒髪は、姉である彼女とは真反対に癖がなく綺麗な直線を描いてその腰で揺れる。


「その言葉は先々週にも頂きましたよ、姉様。 リンテンスさん風に言うなら二万とんで百六十分前にも同じ言葉を聞きました」

「それってびみょーに長いのか、分かり辛いわよね」

「確かに」

「まあ、でもリンみたいに秒にまで直さないだけましか」

「そんな面倒臭いこと、リンテンスさん以外にしませんよ」


そう言って姉妹が笑いあう。

しばらく笑いあって、アルシェイラは笑いすぎて喉が渇いたのか、また紅茶に口を付ける。

そんな姉を見ながら、ツァーリ――ツァンヴァレイ・アルモニスは口を開く。


「姉様」

「どうしたの?」


妹に呼ばれて紅茶を飲まないまま返事を返し、また一口含む。


「家出をしようと思います」


何気なく、本当に何でもないことのように言った。

言った瞬間、アルシェイラはカップを口に運び口の中に含んでいた紅茶を吹いた。

それはもう、盛大に。

対面するツァーリの顔面に向かって霧状の紅茶が降りかかり、両目に入り込んだ。


「目が、目がぁあああッ!?」


紅茶の中に入っていた糖分が目の粘膜を刺激し、無駄に痛い。

何処かの人のように叫びながら、イスから落ち、大理石で出来た床と高級品である事を控えめながらも主張するカーペットの上を転がりながら往復する。

砂糖の痛みに慣れてきて、涙が洗い流してようやく、ツァーリの回転が止まる。

アルシェイラはアルシェイラで、妹の爆弾発言に紅茶が変な方に盛大に入ったのか、未だに咳をしている。

ツァーリが席に戻り、顔に付いた紅茶と流した涙をハンカチで拭き終わり、ようやく息も絶え絶えにアルシェイラが落ち着いた。

咳だけは、だが。


「ちょ、ちょっと。 家出しますって、そんなこと宣言するようなこと?! というか何で!? なんかコック長のイヤラシイ目線を感じるとか、そんなことが発端??!」

「まず、落ち着いてください、姉様。 ほら、ひっひっふー、ひっひっふー」

「ひっひっふー、ひっひっふー。 ってこれ妊婦がするアレじゃない! じゃなくて、なんで!?」


妹の何処かずれた対処にツッコミを入れて、ずらされた本題を突く。

 
「いえ、他意はありません。 前回、前々回と黙って家出したときには随分な大騒ぎになってしまいましたし、主に姉様の周りだけで」

「うっ…」


そう言われてみれば、そうだったかもしれないとアルシェイラは思う。

しかし仕方ないことだろう。

随分歳の離れた姉妹なのだ。

二人の両親もツァーリを産んですぐに他界し、実質アルシェイラがツァーリの母親のようなものだったのだから。

溺愛していたし、自慢の妹でも、娘的存在でもあった。

だから急に居なくなって驚いたのだ。

そして寂しさと不安のあまり、盛大に騒いだ。

騒いで騒いで、騒ぎ抜いて、呆れ果てたツァーリからの手紙が届いて何処で何をしているのかを知る事が出来た。

それが過去二回目の家出の様子の一部。

だからこそ、今回は先手としてツァーリは宣言したのだ。

『家出をします』、と。

しかしそんな事を唐突に言われて驚かない者も居ないだろう。

というか、家出しますと宣言すること事態、人類史上前代未聞のことではなかろうか。

そんな風に思考が脇道にずれていたアルシェイラにツァーリが軌道修正を図る。


「今回はもう既にアポは取ってあるので、今から持っていくものの準備をして、明朝に出て行くだけですので」

「もう……。 止めても聞かないでしょうから仕方がないけど、そういうことはもう少し早くお姉さんに言って欲しいな」

「次回があればそうします」

「で、今回はどこに行くの?」

「偶々散歩をしていたら見つけたのですが、サイハーデン刀争術の道場に行くことにしました。 師範は デルク・サイハーデン。 長い歴史を持つ刀技の流派サイハーデンの正統後継者だそうです」

「ついこの間は、リンと意気投合して色々な交換条件に鋼糸の使い方を学んで、五ヶ月ほど此処を留守に。 二年前はミッドノット、四年前には銃衝術と念威について、スワッティスとキュアンティス。 六年前にはルッケンスの門を叩いて。 あ、始まりはカナリスに教わった殺剄だったわね。 で、今回はサイハーデン刀争術。 ちょっと習い過ぎなんじゃない? どれか一つに絞った方が効率も上がると思うんだけど。 現にさっきの――」

「私は常に二番手。 そう自分自身で認識していますので。 だからこそ全てのものに手を出して、器用貧乏になってみようかと」


そう言ってツァーリは初めて、紅茶に口を付けた。

自分で淹れた紅茶は随分と味気ないものだと、そう思った。























何時もの日課のような姉の鍛錬という名のシゴキを耐え抜いた俺は今、のんびりと散歩をしていた。

全くもって化け物だ。

そう愚痴りながら、いつもは通らない小道に足を伸ばす。

この世界で生れ落ちて誓った通り、俺は前の世界とはまるで逆の生き方――つまりは真面目に生きている。

真面目に生きる為に、俺は力が必要だと思った。

この世界では力がないものは、あっけなく死んでいく。

それは前生きた平和な世界の比ではなく死に易いということ。

当たり前だ。

この荒廃しきった世界では、人間は生身で外を歩く事が出来ない。

汚染物質と呼ばれるものが世界を覆い、人間は世界から追われる身となった。

しかし一体誰だったか忘れてしまったが、多くの移動式要塞都市レギオスを造り出し、人々はその中で暮らすようになった。

幾千幾万と、星の数ほどあると言われるレギオスに我々は頼って生きているわけだが、問題は色々とある。

その最もたるが汚染獣。

この汚染物質の充満した世界で唯一まともに生きる事が出来る生物。

それどころか一利どころか百害しかない汚染物質を喰らって生きているほどのキチガイ生物。

そいつらは汚染物質だけを食っておけばいいものを、それだけでは満足せず人間を捕食する。

そして強烈な環境に適合できる汚染獣に一般人が敵うわけがない。

まだエイリアンやプレデターといった異星人系の奴らとよろしくやってるほうが気楽だろう。

恐怖の対象なのだ汚染獣というものは。

人などと比べることさえ馬鹿らしい巨大な汚染獣に、一体どうやって対抗しろと?

核爆弾? テポドン? 

そんなものはこの世界にはない。

最早過去の産物なのだ。

それでは銃で?

確かにこの世界に銃はまだ存在する。

しかし数に限りがあるし、ウルトラマンやバルタン星人並にデカイ化け物相手にそんなものが効くはずがない。

一般人には対抗手段がないのだ。

彼等はただ汚染獣に見つからない事を願っていることしか出来ない。

しかし見つかってしまえば、無慈悲に不条理に汚染獣に蹂躙され、食い尽くされる。

あっと言う間に人類が滅亡してしまいそうなものだが、世界はそこまで無慈悲に出来てはいないらしい。

世界に汚染物質が撒き散らされたあと、人間側にも変化は起きた。

剄と呼ばれるエネルギーを発する人間が出てきたのだ。

剄脈と呼ばれる臓器を体に宿し、人間とは別のナニかへと、汚染物質が人を変えた。

それは使い方によっては人を超人的なまでに強くする。

それこそ、汚染獣を殺すまでに、だ。

全てのものに剄が扱えるわけではない。

数少ない――のかどうかは分からないが、剄が使える者、それを皆、敬意を込めて――【武芸者】と、そう呼ぶ。

そして俺は呼ぶほうではなく、呼ばれるほう。

だから単純に言ってしまえば、力を求める資格があるわけだ。

そんなわけで、俺はこの世界で真面目に生きていくために勉強をしたり鍛錬を積んだりしている。

わけなのだが、俺も今年で十二歳になり、真面目に鍛錬を積んだのと、自我が既に完成しているために取捨選択する事が出来ることから、相当強い部類に入っているはずだ。

はずなのだが、毎回鍛錬で一方的にボコられ、まったくと言っていいほどに汗をかかず涼しい顔をしている姉を見ると、その化け物振りが窺える。

取りあえず、あの地獄の悪鬼のごとく強い姉のことは置いておいて、俺の人生プランについて考えようか。

当面の目的としてはやはり、ここ槍殻都市グレンダンで力を付けて、天剣授受者になることかねぇ。

天剣授受者とは簡単に言えば、ここグレンダンにおける最強であることに対する称号とでも言えばいいか。

特典として天剣という素晴しい武器がついてくる。

天剣が十二個しかないため上限十二人という狭き門なわけだが、グレンダンではそれは崇拝の対象といっていいほどに絶対的な存在なわけだ。

そんな事を考えながら歩いていると、ふと、目に一つの道場が止まった。

見つけたのは偶々だった。

活気があるとは間違っても言えないし、随分と寂れた感のある道場。

まだ経営が続いている事を示すように、中から空気を切り裂く音やら、何かがぶつかり合う音が聞こえる。

しかし、その中で剄が随分と篭っていることに気付く。

半端な量ではなかった。

だからこそ、目に止まったわけだ。

興味本位で入り口に近づいたら、受付のお姉さんがこっちに気付いたのか声をかけてきた。

丁度お姉さんも暇していたらしく、軽く『今日も暑いですね』という天候に関する話題から入っていき、日頃の世間話をしていてようやく互いに名前を名乗った。


「いやー、それにしてもルシャさん。 随分とここは寂れてますけど、受付なんて必要あるんですか?」

「ツヴァイ君、そういうことは思っても言わないのがお約束と言うのものだと思うんだけど」


ルシャさんの苦笑いをするのを見る視界の端で、奥の道場の扉が半開きになっているのが見える。

扉一枚先で、子供たちが木刀片手に素振りをしているのとか、そんな感じの稽古風景が広がっているのが想像に容易い。


「なんかさっきからチラチラ見えてるんですけど、稽古つけられてるの子供ばかりじゃないですか。 子供教室か何かですか?」

「いやいや、そんな選り好みなんてしてないよ。 ここ一応身内だけでやってるだけのようなもんだから、子供ばかりになっちゃうのさ」

「身内だけって、ご近所さんとか町内会とかそんな感じのやつですか?」


いくら大家族でも、それだけでこの道場にいる人数は多すぎる。

気配的には大人が一人と子供が12~3ぐらい、と大雑把に判断。

最低でもここの受付をしているルシャさんを含めて14人になる。

そんな大家族がここグレンダンで食べていけるのか、果てしなく疑問だったりする。

ちょいと経済的に厳しいからな、ここは。


「そんなんじゃないよ。 ただ家が孤児院だからね。 そこの園長さんがたまたま武芸に精通しているから、って将来武芸者になりたい子達に教えてるだけ」


そういうルシャさんの言葉に、随分と擦り切れてきた前世の記憶が甦る。

あれ、なんか、これって…

いやまさか、こんなご都合主義的なことがあっていいんだろうか。

まあ、俺の今の立場的にも既にどんだけご都合主義なんだよと突っ込まれそうなものだが。


「あの…ルシャさん?」

「うん? どうしたのツヴァイ君」

「ここって、何の道場なんですか?」


俺の呼びかけに、にこやかに答えたルシャさんに、恐る恐る聞いてみた。


「あれ、言ってなかったっけ。 ここはサイハーデン刀争術って刀技の道場だよ」

「ルシャさん」


俺はそう言って彼女の手を握り締める。

突然の行動に戸惑うルシャさん。

しかしそんなことはどうでも良い。

この感動を彼女に表さなければ!

そう思った俺はとりあえず、一番記憶に新しい、というか最後に見たアニメの主人公が言っていた言葉を思い出す。

思い出して、口走ってしまった。


「貴女は今日の…女神認定です」

「……はい?」


俺のその言葉に、変な顔をされたのは言うまでもなかった。





















あとがき

はい、朝市です。

なんと言いますか、チラシ裏に投稿しようとしたこのSS、何の拍子か間違えてその他の方に投稿してしまったので、こちらに移しました。

と言っても、移す操作をしたのに何故か移らずに消えてしまうという現象が起きたので、メモ帳からコピペしてますが。

取り合えず一人の方からタイトルに関する苦情が届きましたので、タイトルを変更させてもらいました。

それではご縁があればまた来週。





[8527] 第一章:ビギニング・セカンドライフ (02)
Name: 朝市深夜◆85e53aa7 ID:376da71a
Date: 2009/06/01 07:30
槍殻都市 グレンダンの片隅。

町外れの複雑に入り組んだ家屋と道がまるで迷路のような場所。

一歩間違えればスラムと呼ばれてもおかしくはない場所の一角に俺は一人の少年と共に居た。

周りと比べれば少々大きな家の裏手で、俺達は風呂焚きに使う薪を割っていた。


「おいレイフォン、ラストいくぞ」

「はい」


俺はそう言って、手首大の薪を宙に放り投げる。

投げた先には、眠たそうな目をしたレイフォンが刀を構えて立っていた。

レイフォンの間合いに薪が入る寸前、レイフォンは動いた。


「シッ!」


掛け声と共に閃光が奔る。

瞬間

薪が均等に四分割される。

そしてそのままレイフォンの足元に軽い音を立てて転がり落ちる。

まったくもって歳の割に可愛げのない刀技の腕前だ。

同時期に同じ流派であるサイハーデン刀争術を習い始めたというのに、刀技では一歩前を行かれている状態。

俺の方が五歳も年上なのに、なんとも情けないことだが、大器晩成型なんだよ、俺は。

それにいろんな流派や武術を覚えているから、体がそっちに慣れていて動きづらいのだろうと、師匠も言ってたし。

そんなどうでも良い事を考えながら、散乱している薪を拾い集め、一箇所に固めてから縛り上げる。

これで今日の仕事は終わり。

あとは晩飯を食って、夜の自主練して風呂に入って寝るだけだ。


「兄さん、リーリンたちが料理を作って待ってるから、早く行こう」

「ういっす、んじゃあ、とっとと運ぶか」

「うん」


レイフォンに促され、切り刻んだ薪を抱え上げる。

向かう先は家の中。

あの受付で運命と言う名の女神と出会ってから二年という月日が流れた。

俺は今、孤児院に厄介になっていたりする。


























『Re:WRITE』
第一章:ビギニング・セカンドライフ (02)


























巨大なテーブルに並べられた大量の料理が、無邪気な子供たちの手で蹂躙されていく。

師匠たるデルク・サイハーデンはただ黙々と食べている。

が、周りの子供たちの騒がしさがそれを気にさせないだけの騒音となって、俺の鼓膜を刺激する。

さながら戦争のような食卓。

子供ばかりではこんなものか。

俺は自分の必要最低限の栄養を確保し、そこで食事をやめておく。

この年頃の子供たちはいくら食っても食い足りないような奴等ばかりだし、それだけの量を確保するのはこの孤児院の経済的に難しい。

しかし今日は孤児院の経済状況からすれば、珍しく奮発した質と量だ。

これはこの孤児院の最年長孤児であるルシャさんが、めでたくも知り合った男の人と結婚することになった記念。

結婚式はまだまだ先らしいが、既に婚約届けは役所のほうに出したらしく、明日の明朝に孤児院から出て行くらしい。

だから今晩は少し豪華で大量の料理がテーブルの上に並べられている。

が、それも万年腹ペコな子供たちの前には儚く消え去っていくのだろう。

そんな様子をレイフォンは苦笑いで、けど確りと最小限自分の分は確保している。

続いてレイフォンの隣に座っているリーリンに目を向ける。

先程の薪割りでレイフォンが言っていたリーリンだ。

レイフォンと同い年で当然幼馴染というポジションにいる女の子。

オレンジっぽい色の髪の毛を肩口ほどまで伸ばし、スカートではなくズボンを穿く事を好む、というかズボンを穿いてるところしか見た事がないくらい、活発な女の子。

原作では健気にもレイフォンの事を想って、危険を冒してまで都市と都市の間を移動してのけた。

のはずなんだけど……

やけに元気がない。

食事中も、何時もなら子供たちのテーブルマナーについて最小限お小言を言うはずなのに、どこか上の空で黙々と食事をしている。

はて。

何が原因だろうと考えて、思いつく事が一つ。

まあ、俺ではどうしようもないので、レイフォンに丸投げすることにする。

…その前に。 レイフォン、君は気付いてるよね? リーリンの様子がおかしいことに。

気付いてなかったら如何しよう……

俺が変なフラグ立てるわけにもいかないしさぁ。


そんな事を考えながら食べる、夕食だった。




































晩、夕食を食べ終わった後、のんびりと湯船に浸かる。

いやあ、やっぱり腹が一杯の時の風呂は格別ですなぁ。

タオルを頭の上に乗せながら浴槽に背中を預ける。

ここの風呂場は孤児院ということもあって、一度に子供たちを入れれるように少々大きめの造りになっている。

まあ、宮殿と比べれば雲泥の差なんだが、比べる相手が悪すぎるな。

何時もは、はしゃぎまわる子供の相手をしなければいけないのだが、今日は最後ということでルシャさんが全部の子供たちと一緒に風呂に入って体を洗ってやっていた。

だから今日は楽ちんなわけだ。

晩飯の後、それとなくレイフォンにリーリンの様子がおかしい事を言っておいたので、リーリンのことは大丈夫だろう。

なんて思っていたら影。

脱衣所のほうから誰かが入って来た。

ごそごそと動いていることから、服を脱いでいるのは分かる。

レイフォンかな?

最近はレイフォンも大きくなったので小さい子供たちの体を洗う手伝いとかしている。

だからここんとこ、二人一緒に入る事がなかったから、いい機会かもしれない。

リーリンをどう励ましたとか、リーリンとの関係とか、色々気になるし。

元読者だった俺としては原作主人公であるレイフォンは、幼馴染のリーリンと好き合って欲しいと思うわけで、微力ながら、そういう方向に流れを持っていっているわけだ。

影が段々大きくなってくる。

そして引き戸の扉に手を掛けて、止まる。


「お兄さん、入るね?」


女の子特有の高くて、可愛らしい声。

声を聞いて、固まる。

あれ、この声って…

というか、この影のシルエットは…

明らかに、レイフォンじゃねぇ。

気付くのが遅すぎた。

油断していたと言うか、久々に独りノンビリと風呂に入っていたものだから、気が揺るんでいた。

そんな言い訳を頭の中でしている間に、扉が開かれた。

そこから入ってくるのは、スッポンポンのリーリン。

ようやく成長し始めた胸が緩く膨らみ、下の方はまあ、まだ…とだけ言っておこうか。


「よお、りーりんか。 どおしたよ」


平静を繕ってニッコリと笑いながらそう言う。

レイフォンだと思っていたらリーリンでしたという事に驚いているだけなので、特に失敗はしない、と思いたい。

ゆっくりと滑らないように風呂場の濡れたタイルの上を歩き、浴槽の中に入り、リーリンは俺の近くに来る。

未熟な果実が俺の目の前で上下に動くが特に性的な興奮はしなかった。

麗しのお姉様で慣れてますから、そういうの。

小さな時からよく一緒に入れられてたので、ほぼ強制的に。

正直、大きくなったから『いい加減、姉さんと一緒に入りたくない』と言った時の表情は……

年頃の娘に、「汚いから、お父さんの服と一緒に私の服を洗濯しないで」、と言われたオヤジの様な表情だった。

ショックを受け、三週間も部屋に引き篭ったアルシェイラをカナリスと説得したのはつい最近というか二年前の話。

結局、一週間に一回アルシェイラと一緒に風呂に入るということで手打ちとなった。

そしてその結果、アルシェイラは上機嫌で部屋から出てきて、三週間のヒッキー生活で溜まった仕事の量を見て、また引きこもったり。

それでいいのか女王、と思うのは俺とカナリスだけだろいうか?

最近孤児院にいるのに道端でであったカナリスに誘われて、お酒を一緒に飲みに行くと、何時もアルシェイラ様は~、アルシェイラ様は~と愚痴をこぼしているので、色々とやらかしているのだろう。

と、思考が物凄くずれていたが、それを強引に戻される。


「お兄さん」

「ん?」

「レイフォンに聞かれたんだけど、わたしって元気がないように見える?」

「まあ、何時もと比べたら、今日は元気がないな」

「そう、かな」


そう言うと、リーリンは湯船の中で俺に背中を預けて、膝を抱えて体育座りになって膝を抱える。


「…家族だった人が急にいなくなるのは、寂しいか?」


俺の質問で、背中合わせの肌からピクリと震えたのが伝わる。

ということはビンゴってことだ。

おいおいレイフォン、確りとそこいら辺のフォローしとけよ。

一体俺に如何しろと。

何と言っても何かが起きそうなので、ただ、無言でいる。

沈黙が二人の間に流れ、蛇口から滴る水滴が湯船に落ちる音だけが響く。

気まずい、なんてことはないが間が持たない。

何を言うべきかねぇ……いや、何か言うべきなのか?

まずそこで考えさせられる。


「お兄さんは、寂しくないの、ルシャ姉さんがいなくなること。 
…わたしは寂しいよ。 家族がいなくなっていくことがとても怖い。
ルシャ姉さんは幸せになるために、結婚するためにここから出て行くのに……わたし、出て行かないでほしいって思っちゃう」

「俺も、少し寂しいかもな。 でもそれより、嬉しい…かな」

「うれしい?」

「ルシャさんが行き遅れずにすんで、心底良かったと思ってる」

「それは、お兄さん、言いすぎ――」


真面目な話を茶化したら、どこかリーリンのツボに入ったらしく、大笑いはしないものの笑いを噛み殺して、膝を抱える手に力を入れながら肩を震わせる。

笑っていて、少ししたら途中から違うことに気付く。

リーリンは肩を震わせながら、嗚咽していた。


「わた、わたし、本当に、いやな、子だなって、おもう。 ほんと、なら、ルシャ姉さんの、こと、祝ってあげなきゃ、なのに」


背中から伝わる振動とリーリンの途切れ途切れの言葉で、しゃっくりを上げながら泣いている事が分かった。

なんで、俺がこんな事してるんだろうと思いながらも、やっぱり慰めなきゃいけないよなぁ。


「リーリン」


声をかけて抱きしめる。

裸同士ということで、色々と注意して抱きしめる。

リーリンが俺を見詰めて、俺がリーリンの潤んだ瞳を見詰める。


「悲しい気持ちは理解できるよ。 孤児院だからな、普通よりも沢山の別れを経験してるし、辛い思いもしてきてる。
俺がここに来て二年しかたってないけど、そういうのは見てきた心算。 
だからリーリンの気持ちは理解できるし、ルシャさんにここを出て行ってほしくないと思う気持ちも分かる。
自己嫌悪するのもね。 俺だって何時も後悔してばかりだ。 時々生きているのが嫌になる時だってある」


やばい、一体何を言っているのか自分でも分からなくなってきた。

取りあえず、どうにかして綺麗にまとめないと。

小難しい事言っても、リーリンが理解できてないっぽいし。


「あ――何が言いたいかってとな、リーリンが泣いてるのを見ると俺まで鬱――泣きたくなってくるし、可愛い子には笑顔でいてほしい、ってこと」


はい、全然綺麗に纏めれませんでした。


「かわいい…ですか?」


わたしが? と聞き返してきた。

ああ、そこに反応するんですね。

小首を傾げながらそんな仕草をすれば、元俺の世界の危ないお兄さん達に変な悪戯や妄想の元になりますですよ、はい。


「可愛いかと、リーリンは。 孤児院で一番―――グレンダンで十指には入るんじゃないの?」

「そう、かな」

「そうだよ。 それにリーリンは嫌な子じゃないよ」

「えっ?」

「自分で自分の悪い所を見つけて、苦しんで、如何にかしようとしてる。 
ルシャさんを笑顔で見送れるようにしようとしてるだろ?
だからきっと、リーリンは嫌な子じゃあ、ない」

「お兄さん……」


俺の一言に何か感銘でもしたのか、やっと泣き止んだと思ったリーリンが顔をクシャクシャに歪めて、ボロボロと涙を流して、俺の胸板に顔を沈めた。

俺はリーリンの頭を良い子良い子と撫でながら、リーリンに聞こえないようにコッソリと溜息。

天井を見上げて、水滴を見詰める。

もうそろそろ、上がりたいんだけどな。


結局、俺はリーリンが落ち着くまで一緒に湯船に浸かって、リーリンがのぼせてしまったのを介抱する羽目になった。


































翌朝、復活したリーリンは昨夜のことが無かったかのように何時も通りで少し安心。

孤児院の皆でルシャさんと、ルシャさんを迎えに来た旦那さんを見送った。

ルシャさんの去っていく後姿を見て、急に寂しくなったのか、泣き出す孤児達がいたのが、リーリンとレイフォンが慰めているのをノンビリと眺めていた。

もう、昨日ことは引きずってないな。

子供たちが愚図るのを慰めているリーリンの横顔を見て、そう確信する。

今日は俺もレイフォンも稽古は休み。

レイフォンはグレンダンで頻繁に行われる武芸者の大会に出る予定。

意外と大きな大会なのでそこそこ強い人が出てくるだろうけど、レイフォンなら楽勝だろう。

次の次くらい勝ち進めば、レイフォンの目的――天剣に手が届くかもしれない。

正式には天剣授受者を決める大会に出場できるようになる、ということだ。

俺は俺で別口の大会があるし、そろそろ用意しないとな。

さて、今日も張り切って生きましょうか!

と、思っていたが、レイフォンに話さなきゃいけない事があるのを思い出し、大会が始まるギリギリ前、俺はレイフォンと話していた。

というより、レイフォンに女心というか、女の扱い方についての手解きをしていた、というのが正しいか。


「――――――というわけだ。 分かったか、レイフォン?」

「はあ」


分かりませんでした、と顔にモロ出しにしながら気のない返事をするレイフォン。

駄目だこりゃ。

コイツの鈍さというか、そういうエロゲー的な超ド級な女心とかフラグ察知の鈍感さは最早死んでも治らない。

そう確信した。

もういいよ。

リーリンけしかけてお前に告白させるから。

そうすればいくら鈍感なお前でも少しは考えるだろ?

まあ、それは随分と遠い未来になりそうだけど。

互いに違いを意識し始めたらへんで告白させた方がいいよな。

なんて、お節介を焼いていると、アナウンス。

レイフォンの名前が呼び出され、続いて対戦相手の名前が呼び出される。

少し聞き覚えがある名前なので、恐らくルッケンスかミッドノットあたりの門下生か。

まあ、レイフォンの敵じゃないね。

そう思い、俺は試合内容さえ観ずに別の闘技場へと向かった。





























湧き上がる歓声を聞きなががら、ツァーリは闘技場の真ん中で立っていた。

両手には待機中の錬金鋼を持ち、何時でも復元できる状態。

対戦相手は髭ヅラの男。

体のいたる所に傷跡が残っていることから、多くの戦場を駆けてきたことは間違いないだろう。

そして、取るに足らない相手であるとツァーリは思った。

いくら多くの戦場を戦ってきたといっても、強いものならば傷なんて出来やしない。

そういうものだと思っているから。

だから、ツァーリのヤル気は殆ど無いに等しかった。

この大会だって、元々出場する気など無かった。

しかしアルシェイラが強引にツァーリを出場させた。

色々な条件や約束ごとを二人の間で交わし、ようやく出ることを了承したのだ。

しかし、この低レベル。

やる気が出てこないのも仕方ないだろう。


「…レストレーション」


ツァーリーの声と剄に反応し、手に持っていた錬金鋼が形を変える。

特殊合金が記録された大きさ、形、性質を完全に再現し、重量さえ先程の鉄の棒切れから変化する。

錬金鋼が復元されて現れたのは二挺の銃。

銃衝術。

天剣授受者であるバーメリン・スワッティス・ノルネ郷から習ったモノ。

今回は復習の心算で選んだ。

相手は大剣を復元し、構える。

ツァーリは長く伸ばした黒髪をポニーテールに結い上げる。

そして手をだらりと下げ、照準を相手に定めてさえいない。

相手の眉がピクリと撥ねる。

侮辱されたと思ったのだろう。

しかしヤル気の無いツァーリにはそれが普通なのだ。

そして審判が試合開始の合図。

観客達の歓声が一気に高まる。


「はぁ……」


溜息を一つ吐き出す。

それを隙と見たのか、対戦相手の男が距離を詰め大剣を振りかぶる。

それを憂鬱そうに見ながら、ツァーリはまた溜息を吐いた。










あとがき

……自重しきれませんでした。

どうも、朝市です。

一度没にした二話だったんですが、折角書いたのにUPしないのは勿体無いのでは?という日本人特有の勿体無いお化けが私の脳内に出てきて囁いた為、これをUPしてしまいました。

後悔はしているしついでに言えば反省もしています。

これじゃあまるでリーリンがヒロインじゃないかと。

これから頑張って軌道修正しなきゃな、と思いながら、朝市自体、このSSがどんな軌道を描くのか理解の想定外にあります。

そんなSSではありますが、読んでくださった皆々様、そしてこれからも読んでくださる懐の深い貴方に、最上級の感謝を。

それではまた来週。

朝市でした。



[8527] 第一章:ビギニング・セカンドライフ (03)
Name: 朝市深夜◆85e53aa7 ID:376da71a
Date: 2009/05/14 20:58


試合開始の合図が響く。

俺はダイトを復元して刀に変え、走る。

対戦相手である女武芸者に向かって、振り下ろした。

相手はそれを細身の両刃剣で受け、鍔迫り合いに持ち込まれる。

互いの武器が擦れ火花が散りながら、力と技を駆使して、相手のバランスを崩そうとする。


「すまんな。 こちとら生活がかかってるんで、女相手でも手加減は出来んよ」

「……手加減する余裕などないと思うがな!」


そう言われて、急に力を抜かれた。

蹈鞴を踏むことはなかったが、喋るのに気を取られていたので少し硬直。

引かれた体が前に出て、交錯、そして脇を何かが奔り抜ける。

互いに通り抜けて静止。

振り返り顔を見合わせる。

女はしてやったりといった表情。

やられた。

左手を右脇腹に当てて止血代わりにする。

そのまま内力系活剄を高める。

体の内部に剄と呼ばれる神秘を奔らせることで、身体能力の強化や疲労回復などが出来る、それが内力系活剄。

武芸者を目指すならば、出来なければいけないことであり、そしてそれは奥義に繋がっていくものだ。

それで傷口を塞ごうとするが、それを待ってくれる相手などいない。

今度は相手が距離を詰てくる。

放たれた刺突を身を捻って避けるが、軌道変化。

突きが横薙ぎの斬撃に変化し、俺の右脇腹へと伸びる。


「ちぃっ!」


際どい所で右手で持った刀で弾き返し、距離を取ろうとする。

それに追いすがる女。

剣戟を受け、いなしながら耐え凌ぐ。

受けて受けて避けて避けて。

凌いでいくにつれて余裕が出てきた。

というかギアが入ってきた。

体を流れる剄のスピードが徐々に上がっていく。

相手を見る余裕さえ、今はある。

不思議な女だ。

綺麗な黄金色の髪を、俺とは違いポニーテールでまとめている。

ちなみに俺は頭の下の方で纏めた尻尾頭。

身なりは小奇麗というか、豪華というほどではないがキチンとした物。

こんな賭け試合に出るような身分ではないはずなんだが……金持ちの道楽ってやつかね。

俺は剣帯に入れてある、もう一つのダイトを左手で取り出す。

傷口を押さえていたから、ヌルヌルと血糊が掌に付いて滑りそうな感じがするがどうにか力を込めて堪える。


「レストレーション」


太刀には短く、小太刀にしては長い刀を復元して振るう。

相手は辛うじて避け、後退。

ようやく動きが止まる。

これで少しは傷が治せる。

両手にある二本の刀を持ったまま、相手の警戒を緩めずに活剄を傷口に集中させて傷口を塞ぎにかかる。



「治ったか?」

「待っててくれるとは、律儀だな。 そんなことしてて余裕あるのか?」

「負けたときの言い訳にされても困るからな。 きっちりと、徹底的に、完膚無きまでに、圧倒的な力を持って貴方を倒さなくては意味がない」


あれ、俺この女に嫌われるようなことしたっけ。

思い出せないが、何かしたんだろうなぁ。

随分と綺麗な美貌という意味の重複した喩えが獰猛な笑みで歪むほど、恨まれているらしい。

なんか悲しくなってきたんですけど。

左手で握る刀をクルリと回して逆手に握り直す。

まあいい。

どうでもいいよ、もう。

やけっぱちになって突っ込む。

右手で振りぬいた刀は避けられるが、振りぬいた力を利用して反転。

逆手で持った左の刀で刺突を放つ。


「ちぃッ!」


俺の攻撃を避け、反撃を出そうとしていた剣を引き戻し俺の刺突を弾く女。

しかし俺の旋回は止まらない。

もう一度右の横薙ぎが女を襲う。

既に剣が刺突が弾かれている女は受け止めることも逸らすことも出来ずに後退して避ける。

俺は旋回を止めず、剄を左手の刀に収縮させる。


【外力系衝剄 閃断】


刀に集められた剄が鋭利な刃となって飛翔する。

あまり手の内を見せたくない俺は、誰もが習う技を使う。

しかし、普通とは違うところもある。

剄の刃が大きいのだ。

自慢ではないが俺が持つ剄の総量はレイフォンよりも多い。

レイフォンはレイフォンで普通の武芸者なんかと比べ物にならないくらい多い。

言ってしまえば俺の剄の量が異常といえるほどある。

しかしそれでも俺はここ、グレンダンで一番ではない。

我が麗しの姉君――アルシェイラが俺を抜いて一番なのだ。

まあ、チートをしている可能性もあるし、俺の将来的に覚醒か何かして追い抜けるかもしれないが……

現時点では、本当に全てにおいて俺は二番手以下ということだ。


……で、俺が放った剄の刃を避けようとする女が映る。


【内力系活剄 旋剄】


足に集中させた剄が俺を爆発的に加速させた―――――


























『Re:write』
第一章:ビギニング・セカンドライフ (03)































決勝の相手が予想より強かった所為で、いらん傷を作っちまった。

今は剄を体に循環させて治療中。

孤児院に帰るときには治しておかないといけないから何時もより余計に剄を廻している。

埃が毛玉を作るような汚い床を掃き終わり、雑巾掛けをしていて不意に先程の試合を思い出す。


『……私は認めないからな』


勝敗がつき、すれ違う時に耳元で囁かれた一言なんだが…

全く持って心当たりがない。

試合については完膚なきまでに俺の勝ちだし、過去に何かしたとしてもあんな綺麗な顔を忘れるはずなんてない。

…謎だ。


掃除をする手が止まったことを不思議に思ったのか、さっきまで窓の外を眺めていたリンさんが黙って俺を見ていた。

無口で何を考えているのかよく分からないムッツリだと思っていたが、最近では表情の微妙な違いで言いたい事が分かるようになってきた。

超弦理論やくりこみ理論とか中学時代のオタク知識を披露した、意外と興味を引いたらしい。

その他に色々と無駄知識をひけらかしていたら、お詫びなのか鋼糸の使い方を教えてもらって、戦いの幅が広がった。


「…どうした」


無駄に渋い声が俺に投げかけられる。

この人が、というか天剣授受者が他人の心配をするなんて明日は雨が降るのか?

と失礼なことを考えながら掃除を再開する。


「ちょっとした考え事ですよ」

「アレか」

「そんなところです」

「如何にかならんのか、アレは」


リンさんは、俺の境遇を嘆いてくれる数少ない人、その3だったりする。

というか、アレが気に入らないだけなんだろうね。


「一応戸籍上はあっちが本当と言うか本来なんでどうも。 
この前ようやく如何にかするとか姉が言っていたんですけど……どうなるんでしょうね」


姉の奇行でも思い出したのか、リンさんの仏教面に苦いものが浮かぶ。


「まあ、今の状態も随分と妥協されてますし、5年前とかこの姿で宮殿から出られなかったことを思えば、悪い方向には行かないでしょう」


水を張ったバケツで雑巾を洗い、絞る。

一度で真っ黒に濁る水を見て顔をしかめながら、また拭き掃除に戻る。


「…あれから、訓練は続けているのか」

「いえ、才能が無いことは端から分かりきっていたんで今はもう。
現状維持に努める程度ですかね」


一通り床を拭き終えて気付く。

窓や壁にへばり付いた埃の存在に。

考え事をしていた所為で何時もと手順を違えたか。

壁の埃を取ったら絶対床に落ちるし、もう一度床を拭き直すのは面倒臭い。

月一の掃除だが、一応我が姉であるアルシェイラも掃除をしているらしいし、これ位で良いや。

バケツの水を開け放たれた窓から外に捨て、掃除用具入れにバケツを仕舞いこむ。

雑巾は絞ったと言ってもまだ濡れているので、日当たりの良い場所に展開されっぱなしのリンさんの鋼糸を引っ張って持っていき、適当なところに括りつけてそこに吊るす。


「それじゃあ、また来月。 ビールとかの空き缶はビニール袋に入れて纏めといたんでゴミの日に出しといてくださいね」


トイレに備え付けられている洗面台で手を洗って、俺はドアノブに手をかける。


「あ、ちゃんとリサイクルの日に出しといてくださいよ」


この人なら燃えるゴミの日でも普通に燃えないゴミとか埋め立てゴミを出しそうだから、注意しておく。


「……アルシェイラに、もう来るな、と伝えておけ」


部屋を出る時、ボソっとリンさんが言った。

実際に見たことは無いが我が麗しの姉君は、この時期ににはもうメイド服装備して掃除機片手に気分が向いたら掃除をしに来るらしい。

グレンダンの女王にそんなことさせるとかリンさんスゲェとか思っているんだが、本人曰くウザイらしい。

まあ、適当に掃除機だけかけられてもねぇ。

全然綺麗になってないし、リンさんからすれば迷惑なだけか。

だが、いくら弟でも姉に言っていい事と悪いことがあるわけで…


「それ、無理」


ドアの隙間から、輝かしい笑顔でそう言ってやる。

姉の楽しみを取るなんて、弟として出来るわけがない。

閉めたドアの向こう側から、リンさんの溜息が聞こえた……ような気がした。






























夜の帳が下がり、窓の外が絵の具の黒色でどっぷりと塗りたくられた頃。

小さな孤児院の一室には、子供たちが集められていた。

皆、行儀良く並べられた席に着く、なんてことはなく思い思いに隣の席の家族と喋っていた。

俺は、この孤児院の最年長者として、前の壁に取り付けられている黒板を軽く叩いて、子供たちのお喋りを中断させる。


「はい、それでは週一恒例の夜のお勉強を始めようと思います」


そう言うと巻き起こるブーイング。

本来なら今日は休みの日なのだから仕方がないと言えば仕方がないのだが……


「静粛に静粛に」


そう言って子供たちを宥めるのだが、ブーイングの止む気配はない。

ブチってきた。

なに人が下手に出てやってたら調子乗ってんですか、あんたらは。


「テメーら黙れって言ってんだろうが! 昨日勉強しなかったんだから、予定をずらして今日勉強すんのは当たり前だろうが!
人が気ぃ利かせてルシャさんと遊ぶ時間にしてやったんだろ、調子のんなよコラ!!」


黒板を活剄無しで割かし真剣に平手で叩き、黒板が罅割れることなく掌状に陥没した。

それを見て、俺がマジな事を理解た子供たちは一斉に沈黙する。


「…静かになったところで授業を始める。
リーリンは何時ものドリルをやって分からない事があればその都度聞くように。
レイフォンはリーリンに教えてもらえ。
P58~P69まで出来たら小テストしてもらうのでその心算で励め」


そう言ってリーリンと隣の席のレイフォンを見る。

リーリンは俺の顔を見て頷き、レイフォンは既にドリルを始めている。

少しでも早く、彼にとって苦痛な時間を終わらせるために、無駄な努力を始めたらしい。

既に難問に当たったのか、眉間に皺を寄せている。


「よし。 それでは先週やったところの復習からいくぞ。 P21を開け」


レイフォンのことはリーリンに任せ、俺は年少組みの為に、九九を教え始めた。



二時間後。

みっちりと年少組みに九九を叩き込み、一の段から九の段までを最後の確認として声に出させる。

その声は疲れ切っており、さながら墓場から這い出てきた亡者の呪怨。

それをBGMに、俺は先程仕上がったリーリンたちの解答用紙のチェックをしていた。

流石はリーリン。

ほぼ満点に近い点数を取っている。

引っ掛け問題に引っかかる辺りがリーリンらしいな、と思いながらレイフォンの採点をして溜息。

ドリルをしている時に、頭を抱えながらリーリンに分からないところを訊いていたくせに30点。

50点中じゃあない。

200点満点中で、だ。

100点満点に直すと15点じゃないか。

すこぶる悪い。

先週、あれだけみっちりやった問題でさえ、間違えてやがる。

軽い殺意を覚えながら、俺は今日の授業の終わりを告げる。


「はい、今日はここまで。 年長組みは採点した答案用紙を返すので後で復習するように。
それじゃあ、みんな夕食にしよう」


リーリンとレイフォンに答案用紙を返し、年少組を解散させる。

ようやく地獄の如き時間から開放された子供たちは喜びの雄叫びを上げ、手を洗いに部屋を出て行く。

が一人だけ、部屋に取り残された子供がいた。

レイフォンだ。

返された答案用紙を見詰め、顔面を蒼白にしている。

リーリンはこれから起こるであろう事を十分に理解し、苦笑いで部屋から出て行く。


「レイフォン・アルセイフ」


答案用紙を見詰めたまま固まっていたレイフォンが、油の切れたブリキの玩具の様に首を動かす。

その表情は処刑人が吊るされるロープの前に立たされた時のよう。

俺はそんなレイフォンにお構い無しに、気分は死刑囚の罪状を読み上げる裁判官で、死刑宣告をしてやった。





































(マズイ、マズイ、マズイ、マズイ!! いや、料理が不味いんじゃなくて、この後の展開が拙い)


レイフォン・アルセイフは人生で何度目かの危機に瀕していた。

美味しいはずのリーリンとツヴァイの合作料理の味も分からなくなり、無理して食べても喉に引っかかる。

前方の席を見るがそこは空席。

その席の主は既にいない。

何時もなら年少組みが食べ終わるまで水を啜っているはずだが、今日は早々に食べ終わり席を外していた。

その行動がツヴァイの本気の度合いを示していると、レイフォンは恐怖していた。


(土下座してどうにか……いや、それは前々回にしたし。 逃げても根本的な解決にはならないし…)


というか同じ家に住んでいる時点で、ソレは死亡フラグと化している。

前に逃げ出そうとした時は、レイフォンを上回る剄で押し潰されて、捕獲されてしまったことを思い出す。

何時も勉強を教えてもらっているリーリンに何か妙案はないかと視線で助け舟を出すが、そっぷを向かれた。

彼女はツヴァイの味方なのだ。

以前、リーリン達女の子の部屋に問答無用で入り込み、押入れに身を隠した時など普通に密告され、襟首を掴まれ引きずられていくのを、売られていく哀れな子豚を見るような目で見られた。

年少組みの子供たちの瞳を思い出して、その後に起こった地獄を連鎖的に思い出してしまい、レイフォンは震え上がる。


(くそっ! これじゃあ、まだ汚染獣と戦う方が気楽だ。 
……そうだ、僕は武芸者なんだから汚染獣と戦うことだけを考えればいいんだ。
分母とか分子とか訳の分からない掛け算や円錐の体積を求めて、一体生活の何処に役立って言うんだ!)


誰もが一度は考えるであろう処に考えが行き着くが、そんなこと面と向かってツヴァイに言えるほどの度胸などレイフォンは微塵にも持っていない。


(ああ、これじゃあまだ戦ったことはないけど老成体と戦わされる方が何倍もマシだ!…………戦う?)


食事中にも関わらず、両手で頭を押さえたり、髪を掻き毟っていたレイフォンは、不意に名案でも浮かんだのか顔を上げる。

そして、腰に手を回し、付けっぱなしだった剣帯にある固い感触を確かめる。


(そうだ、僕にはこれがあるじゃないか。 これで……)


食事を終え、小さな子供たちの食事の面倒を見ていたリーリンは、レイフォンがまた馬鹿なことを考え付いたな、と思い、小さく、本当に小さくレイフォンに気付かれないように溜息を吐いた。











あとがき

来週と言いつつ、今週中に更新してみる…朝市です。

基本的に朝市の口は嘘しか吐きませんので、ご用心を。

友に更に嘘を吐く生物がいるのでつられて嘘を吐くようになってしまったのが始まり。

つまり、朝市が嘘を吐くのはソイツの所為だから、私を責めないようにお願いします。

今回は、なんとなく最後らへんを来週に持ち越し。

次回予告でもしてみるかね。


次回予告

こんにちは、朝市です。

フルネームは朝市深夜です。

次回の【RE:Write】は―――

・【レイフォンの乱 第53回目の挑戦】
・【ツヴァイのアップダウンの激しい一日】
・【アルシェイラ、風呂に入る】

――の三本立て以上でお送りします。

それではまた来週。

ジャンケン―――――――――は、しません。

うふふふふふ――――



サザエさんのマネでした。



[8527] 第一章:ビギニング・セカンドライフ (04)
Name: 朝市深夜◆85e53aa7 ID:376da71a
Date: 2009/05/26 11:59



もはや闇の帳が完全に降り、辺りを漆黒に染め上げ、静寂に包まれる中、レイフォンの声だけがそこに響く。


「レストレーション」


レイフォンは、ツヴァイに指定された待ち合わせ場所へ向かう途中で、腰の剣帯に差してあった錬金鋼を引き抜き復元させた。

手にはレイフォンの体の大きさに合わせた太刀。

月明かりに照らされ、その刀身が鈍く光る。

殺剄で出来うる限り剄と気配を殺し、ゆっくり足音を立てないように道場裏へと歩いていく。

レイフォンにとって今回の敵は難敵。

だが、ソレを従える者ならばどうにかできる。

そうレイフォンは考えていた。

しかし、気を許すことは出来ない。

一つの油断が命取りになるし、一体何故彼は食事中にいなくなったのか。

それを考えると、待ち合わせ場所半径百メートルは既に彼のテリトリーと思っていい。

そしてここは、目的地の八十メートル後方。

慎重すぎても、慎重すぎることはなかった。

手に掻いた汗をズボンで拭い、錬金鋼を握り直す。

緊張で乾いた喉を、ツバを飲み込んで潤す。


(ここで、ここで僕は勝たなきゃ、またあの地獄を……)


勝つ。

そう、殺す必要はないのだ。

義父に教わっているサイハーデン刀争術の技を使えば、相手の体を痺れさせる事が出来る。

取り合えず、十日ほど寝たきりにすればいいか。

そうすれば、彼もレイフォンの力を認めて、あんな事をさせないかもしれない。

可能性は少ないが、ゼロではない。

冬季に入ったはずのグレンダンの夜。

何時もなら寒いと感じるはずの夜だが、今日はやけに暖かかった。

もう一度、レイフォンは掌の汗を拭い、ゆっくりと歩く。

もう曲がり角を曲がれば、目的地は目と鼻の先だった。

一歩踏み出し、同時に静かだった夜がざわつく。

剄の流れを見ることの出来るレイフォンは、相手の初撃を避ける事が出来た。

錬金鋼を極細の糸に復元させ、剄を通して操る鋼糸の技を。

避けるが、糸先が変化。

レイフォンの腕に絡みつくが、刀で切断し、糸から距離を取る。

ツヴァイだ。

鋼糸が迫り、身を捩り刀で叩き落として如何にか糸に捕まえられるのを防ぐ。


「よお、レイフォン。 随分物騒なモンもってんな」


ツヴァイの声が闇から響く。

姿は見えない。

恐らくこの曲がり角の先にいるのだろう。

分かってはいるが、レイフォンは曲がり角を曲がれない。

いや、それどころか迫り来る鋼糸に対応していて、少し後退する。


(これじゃあ、兄さんの所に辿り着けないっ!)


また、鋼糸を切断し、蠢く鋼糸から距離を取る。

剄の流れがやけに見辛い。

夜ということを差し引いたとしても、ほんの微かにしか剄の流れを捕らえる事が出来ない。


(…なんだ、この感覚)


冬季のはずなのに蒸す様に生暖かい温度。

夜であることは関係なく、読み辛い剄の流れ。

これはまるで……


「気付いたか? それとも未だに気付いていないか?
まあ、どちらでもいい。 ネタをばらしてとっ捕まるほど俺も間抜けじゃないんでね。
次で決めさせてもらうぞ、レイフォン」


また、闇からツヴァイの声が響く。

居場所は分かった。

けれど、レイフォンの攻撃射程圏外にいるし、剄を溜めての遠距離攻撃を行う隙など無かった。

全部で二十本の鋼糸がレイフォンへと殺到する。

斬ったら斬ったで直ぐに鋼糸が補充され、二十本の鋼糸は一向に減らない。

それどころか、レイフォンに絡まる糸が徐々に増えてきた。


「くっ…そう」


サイハーデン刀争術の技を使えば、全ての鋼糸を吹き飛ばし、ツヴァイの下へ行けるかもしれない。

しかし道場の近くである以上、派手な剄技は使用できない。

だから手詰まり。

ここはもう、逃げるしかなかった。

逃げて、孤児院の何処かに隠れる。

それを選択した。

剄を足に集中させる。

集中させた剄で脚力を大幅に強化し、全力で後ろへ飛び退る。

その速度は、ツヴァイが賭け試合で見せた旋剄をも上回る。


【サイハーデン刀争術 水鏡渡り】


残像さえ残さない高速移動で、鋼糸を逃れ、ツヴァイの支配領域から離れていく。

九十メートル。

指定された場所から離れ、気が緩む。

ツヴァイの鋼糸はレイフォンに追い縋るが、もう五十メートルほど後ろ。


「おい、次で決めるって言っただろ?」


嫌に響く声だった。

そして足元に、何かが引っかかる不吉な感触。

引っ張られ、空中へ放り出される。

三半規管が揺さぶられ、空が地面で、宙が大地になる。

上が右に、下が左へと変化し、地面からの熱烈な接吻で、レイフォンの空中浮遊は終わりを告げる。

訳が分からなかった。

糸の追随は既に振り切った、はずだった。

なのに今の状態は何だ。


「な、なにが……?」


地面に落ちた時に唇でも切ったのか、血の味のする口で、レイフォンは言葉を紡いだ。

本当に訳が分からなかったのだ。

ツヴァイが同時に操れる鋼糸の数は二十本。

前にそういう話をしていたし、レイフォンも相手取って、確信していた。

そして鋼糸のスピードは速いが、水鏡渡りの速さには及ばない。

はずだった。

しかし実際はレイフォンの足に絡まり、地面に叩きつけられていた。


「なにが、ってそりゃあ、自分が馬鹿だって認めるこった。
こんな所に錬金鋼持ってノコノコ現れて。 勝てると思ったのか、俺がたっぷりと罠を仕掛けたこの場所でよ。
どうせなら何処かへ逃げるか、錬金鋼を持たずに素直に来れば良かったんだ。 だから無駄な力を使って、怪我をする」


そう言いながらツヴァイがようやくレイフォンの傍に現れる。


「それに、一体何がって聞いたとして、俺が何をしたのか答えるとでも?
常に二番手以下な俺が手品の仕掛けを教えたら、唯でさえ弱いのに更に弱くなるだろ?」


足を鋼糸で拘束されていたレイフォンの体に、鋼糸が巻きつく感触。

しかしレイフォンに鋼糸を通る剄を見る事が出来なかった。

ということは、そういうことなのだろう。

剄を用いず、鋼糸を操っているということだ。

それがレイフォンの至った結論。

確かに鋼糸を手首や腕の動きで操る術はある。

それをここまでの精度で出来るというのは驚嘆に値する。

恐らく天剣授受者であるリンテンスでさえ、出来ないことだろう。

まあ、彼の場合は剄を通して鋼糸を操ることが専門なので無理も無いが。

鋼糸がゆっくりとレイフォンの両手に巻きつき、体を簀巻きのように固める。


「さて、お勉強の時間だ」


レイフォンを剄の通った鋼糸で持ち上げ、道場の中まで連れて行くツヴァイ。

そこにはスポットライトに照らし出される二組のイスと机。

もちろん上には算数のドリルが置いてある。


「うわっ…いやだぁぁぁぁぁぁあああああっ!?」


それを見てレイフォンは叫ぶ。

もはや本人にとってこの光景はトラウマ。

過去数度にわたり見てきた地獄を思い出させ、そしてこれからその地獄を体験させられるのだから。

暴れるレイフォンの足をイスに縛り付けて、鉛筆を持たせる。


「さぁて、お楽しみの時間だ」


ツヴァイの声が夜の道場に響いた。



























『Re:write』
第一章:ビギニング・セカンドライフ (04)



























眠たい。

良く晴れた日。

日光を浴びに外に出た俺は、欠伸を噛み殺しながら大通りを歩いていた。

レイフォンの勉強に付き合って一週間徹夜したせいで、いくら武芸者だとしても、内力系活剄を使用しても、眠たいものは眠たい。

露店で適当な串焼きを頼んでかぶりつく。

休みなしでの勉強だったので、食事さえまともに取っていないから、腹が減って仕方ない。

雑に噛み切ったせいで頬に串焼きのタレがつく。

何か拭く物はないかとズボンのポケットを漁るが、生憎ハンカチもちり紙もない。


「はい、どうぞこれを使ってください」


服の袖で拭こうとしていた俺に、後ろから伸びた手からハンカチが手渡される。

無駄に高級そうな刺繍の入った白いハンカチに、一瞬躊躇ったが相手が使えといっているのだから、と思い切って口を拭う。

絶対染みになるよな、これ。

タレを拭ったハンカチを見て思いながら、貸してくれた人物へと振り向く。


「ハンカチ、どうもです……サヴァリスさん?」

「や、こんにちは」


あまりにも、ハンカチを貸してくれた人物に結びつかなかったので、最後が疑問系になった。

サヴァリスさんは何時ものように片手を上げて挨拶をしてくる。

天剣授受者、サヴァリス・クォルラフィン。ルッケンス。

グレンダンで道場を開いているルッケンス一門の長男にて、戦闘狂。

まさかこんな白いハンカチを持っているとは思いもしなかった。

まあ、ピンク色のを持っているよりはマシだが。


「こんにちは。 どうしたんですか、今日は」

「特になにも。 何か面白いことでもないかと思って街を歩いていたんだけど、君が前を歩いているのが見えたんでね。 徹夜かい?」


分かるほどに疲れているのが顔に出ているのか、それともクマでも目元に出来ていたのか。

まあ、どうでもいいけど。


「ええ。 手のかかる子供に勉強を教えてまして」

「それはそれは。 でも、あまり無茶はよした方がいい。 無理強いさせては身につくものも身につかなくなるよ」


いや、確かに正論だがこの人にそんな事を諭されるとは思いも寄らなかった。


「どうだい、こんな所で立ち話もなんだし。 というか僕の所為で目立ってきたし、何時もの場所に行こう」


特にこれからすることもなかった俺は、サヴァリスさんの誘いに頷いた。

そして何時もの場所、こじんまりとした喫茶店へと足を運んでいた。

ここは無愛想なマスターと辺鄙な場所にある所為で客足の遠い場所だ。

相も変わらず客は誰もおらず、何時ものテーブルへと座る。


「…ご注文は」


ウエイターもウエイトレスもいないこの店で、マスター自ら注文を取りに来た。

声のほうも相変わらず不機嫌そう。

これでよく客商売を始めたものだと感心せずにはいられない。


「何時もので。 ツヴァイくんは?」

「俺も何時もので」


伝票に乱雑にオーダーを書き込み、言葉を発せずにカウンターへと戻っていくマスター。

ガチャガチャとカップやらコーヒーメイカーを触り、コーヒーを作っていく。


「それで、今回は随分長いことサイハーデンのほうに厄介になっているらしいけど、調子はどうだい?」

「ぼちぼち、と言いたいところですけどあまり良くないですね。 どうも刀技のほうにも才能がないらしく、年下の兄弟弟子にさえ負ける始末ですよ」

「まあ、気長にいくべきなんだろうね。 君はあまりに見切りが早すぎる」


確かにルッケンスの門を叩いて、わずか半年で辞めてしまったのは早かったかもしれないが、ガチンコの殴り合いは性に合わない。

何個か技を盗んだりして役には立ったのは確かだが、あまり使わないだろうし。


「才能がないんですよね。 何か一つ突き詰めたモノがあればいいんですけど、どれも平均以上あっても、それまでですし」

「君の理想が高すぎる気もするけどね、それは。 まあ、確かにあの方の弟ともなればそうも言ってられないのか」


サヴァリスさんの言うとおり俺の周りに居る人は強すぎるのかもしれない。

だから俺が始めたもの全てにおいて、才能が無いと思えてしまう。

いや、これは言い訳か。


「そう言えば、技術部の方で何か面白いことをしているらしいけど、君の差し金かい?」

「そうですね。 色々と造って欲しいものを頼んだりしてますし」

「何を、と聞いてもいいかい?」


少し、身を乗り出して、内緒話でもするように声を潜めて聞いてくる。


「別に隠すようなことではありませんよ。 天剣のように剄を流しても壊れない錬金鋼を造ってほしい、って頼んだのと他に俺の錬金鋼の調整とかを少々」

「天剣のようにって、確かアレはその生成方法を随分と昔に失ってしまったと聞くけど?」

「だから、研究してもらってるんじゃないですか。 取り敢えずは、剄の放出に耐えうるって所にだけに力を入れてもらっているんで、強度などは脆いものなんですけどね」

「出来そうなのかい?」

「全く。 俺が全力で流したら、見事に液体になってしまって。 ダイトメカニックの人とあーでもない、こーでもないと一緒に唸っているのが現状ですよ」

「簡単に上手くいってしまっては、楽しくないしね」


そういう問題じゃあないんだけどね。

溜息を吐いていると、マスターがコーヒーを持ってきた。

雑にテーブルに置くが、カップに入った黒い液体は絶妙な揺れで、その端から零れることはなった。


「まったく、あのマスターも、もう少し愛想良くすればいいのに」


何時もニコニコ顔なサヴァリスさんに言われると、なんか妙な感じがする。

そんな事を思っていると、不意に青く光る蝶々が店の中に舞い込んできた。


『こんな所にいたんですね、ツヴァイさん、サヴァリスさん』

「これはこれは、自刀。 今日はどのようなご用件で。 見合いの話でしたらご遠慮させていただきたいのですが」

『そんなこと言わずに、大変良い子たちなんですよ? けれど、今日の用件は違います』

「では、何をしに?」


見合い以外の話ならば、この青光る蝶々が来る理由など一つしかないだろうに、サヴァリスさんは言う。


『汚染獣が来ました。 あと十分もすれば警報がなるでしょうから、お知らせに』

「老成体ですか?」

『いえ、雄性体六匹に有増無増の幼生体が沢山』

「では、その用件は僕ではなく彼に、ということですか」

『はい、ですからツヴァイさん。 お早めに準備に取り掛かったほうがよろしいかと。 ああ、それと伝言なのですが、技術部からアレを取りに来いとのことですよ』

「そうですか。 じゃあ、俺はこの辺で。 サヴァリスさん、コーヒーの代金立替といてください」

「ええ、貸し、ということにしておきます。 代金は今度お会いした時にでも払ってくださいね」



天剣授受者でルッケンスの長男が何をみみっちいことを言ってるんだ、と思いながら俺は喫茶店から出る。

屋根伝いを飛ぶように走り、技術部の建物を目指す。

一体何が出来たのか。

頼んだモノが多すぎて分からなくなってきた。

が、楽しみなことには変わりない。

初めてのテストが実戦だとしても、今の俺の実力からして雄性体如きに後れを取るはずが無いのだから。



























「ただいまー」

「おかえりー、ツヴァイ」


珍しく書類仕事でもしていたのか、何時も元気なアルシェイラがソファーにだらしなくもたれ掛かっている。

俺も疲れていたので、だらしない姉の横に座り込む。

流石は王族の座るソファーだけあって、柔らか過ぎず、硬過ぎずと無駄に高級感溢れる座り心地。

姉弟揃ってだらしなくソファーに座り込む光景は、カナリスが見たら溜息の一つは吐くに違いない。

注意をしないと予想するのは、既にこの姉を矯正することを諦めているだろうから。


「で、カナリスを伝言にしてまで呼び出しといて、今日は何の用ですか?」

「んー、ちょっとね。 今度ある天剣決める大会に出てもらおうかと思ってぇ」


だらしなく伸びた声で、とんでもない事を言ってくれる我が麗しの姉。

…もうヤダ、この人。


「…無理なんじゃないの? 普通ソレの本戦に出るには、そこら辺の大会とかの成績優秀者とか、汚染獣戦に多く出ている人達だろ?」


いくら女王の権限を使ったとしても――…いや、女王の権限を使うからこそ、不満が出る。

誰とは言わないが、猛抗議してくる奴に一人、心当たりがある。

権力があっても中々自分の為に使うことなんて出来やしない。

例えばレイフォンたちの孤児院に多額の援助金を出したり、食料を提供したりすれば、他の孤児院にも同等の施しをしなければ民衆の不満が募る。

それに年がら年中汚染獣と戦争しているグレンダンの国財は、同系の都市と比べれば驚くほど低いらしい。

だから俺に出来ることといえば、お土産と称して王宮からくすねた壺や銅像を孤児院の玄関にそっと飾っとくくらいのものだ。

ああ、そういえばこのまえ置いといた壺にリーリンが花を活けてたっけ。

……時価数千万の高級品の壺に。

知らぬが仏ってぇのは、こういう事を言うのかもしれない。


「や、大丈夫でしょ。 汚染獣戦ではツヴァイが誰より活躍してるし、それにちょくちょく大きな大会に出てたでしょ?」


ああ、時偶強制参加させられてたのって、そういう意図があったのか。

賭け試合との合間にやっていたんだが、全く知らんかった。


「ところでツヴァイ、なんか汗臭くない?」


俺の臭いが気になるのか、アルシェイラが俺に寄りかかり、胸元に鼻を押し当てる。


「そう言う姉さんは、いい匂いがするな」


モフっと艶のある黒髪に顔を埋めれば、どことなくフローラルでゴウジャスな香りがしてくる。


「女の子ですから」


べたーっと二人して抱き合っているとアルシェイラが気になる発言をした。

おんなのこ?

実際の年齢はこの際置いておくとして、外見年齢的に女の子ぉ?


ぴくっ


思っている事が分かったのか、俺の下にいる姉がピクッと反応する。

俺は急いで違う事を考え誤魔化し、様子を伺う。


「………ところで、汗臭いのはなんで?」

「ああ、さっきまで汚染獣と戦っていたからな。 それに試してみたかったこともあったし、慣れない事をして無駄に疲れた」


やっぱしアレは無駄に剄を喰うような気がする。

具現段階でもそうだし、維持するのも中々に大変だった。

発想自体はパクリで、結果は次第点なんだが…

まあ、切り札の一つとして数えても大丈夫か。


「そう。 それならお風呂に入りましょうか」

「ん――」


アルシェイラが体を起こそうとしたので、体を退けてやる。


「さあ、行きましょう」


先程のタレパンダ振りは何処へやら。

早く早くと俺の手を引っ張る。


「え――、また一緒?」


結果は見えているが、一応言ってみる。


「だってツヴァイ、呼び出したり、用事がなかったら全然帰ってこないしぃ」


用事がなくても月に一度は必ず帰ってるんだけどな。

どうやらそれでは姉にとっては全然少ないらしい。

というか、『しぃ』じゃない。

俺は今年で十五歳になったばかりだし、中身の年齢では中年とまではいかないがいい歳だ。

先日のリーリンとは違い、グラマラスなバディをお持ちな姉と一緒に風呂に入るのは中々辛い。

主に若返ってしまった俺のディックという名の息子がね、中々キカン坊で困りものだ。

これで血が繋がった姉弟ではなく、『義』とかが姉弟の前に付くのなら、押し倒したりするんだがな。

残念ながら、そんな都合の良い事実を俺は知らない。

なのでアルシェイラと風呂に入る時は、何時も生殺しの様な状態だ。

そんな俺のことなどお構い無しに、活剄で高められた怪力に、抵抗むなしく脱衣所まで連れて行かれる俺。


「ちょ、入るから、一緒に入らせていただきますから! せめて服くらい、ああ―――ズボン、いやトランクスだけでも自分で脱がせて!?」





風呂から上がった後、アルシェイラの目の前でご開帳させられた、というかされた俺は、俺とアルシェイラ付きの侍女たちに、ハンカチと胸を借りて慰められたのは、これから三十分後の話。









あとがき


どうも朝市です。

待っててくれた人がいたのならごめんなさい。 随分と遅れてしまいました。

今、リアルが色々忙しいので次の話も遅れてしまいそうです。

そして前回予告していた【レイフォンの乱 第53回目の挑戦】と【アルシェイラ、風呂に入る】は書けましたが、【ツヴァイのアップダウンの激しい一日】は次回に持ち越しです。

さて、それでは次回予告です。


【ツヴァイのアップダウンの激しい一日】
【リーリンが黒い!】


の二本立て以上でお送りします。

それでは最後にキャラ紹介をして、お別れです。


アルシェイラ・アルモニス

・弟好き。
・別にショタというわけではない。
・年齢詐称、訴えられたら確実に有罪。
・一ヶ月に一度は弟成分を補充しなければいけないらしい。(本人談)
・職務怠慢
・メロン(胸囲的に)


レイフォン・アルセイフ

・原作主人公
・キング・オブ・へタレ
・ゴッド・オブ・ドンカン
・勉強嫌い、というか怖い(ツヴァイの所為)
・地獄からの生還者(53回目)
・燃えた、燃え尽きたよ。 真っ白にね。(現在睡眠中)
・天剣最有力候補
・まだ、賭け試合をしていない(ツヴァイがしているため)


お付の侍女たち

・取り合えず優しい
・ツヴァイのことを哀れに思っている
・ハンカチ常備
・男のロマン
・メードとは呼ぶな
・最近、トロイアットに付きまとわれて困る。







[8527] 第一章:ビギニング・セカンドライフ(05)
Name: 朝市深夜◆85e53aa7 ID:376da71a
Date: 2009/06/01 07:32


事の発端は偶には顔を出そうかな、という軽い気持ちだった。

小まめに顔を出さないと、俺への扱いが酷くなるからな、あの人。

まるでリンさんの部屋みたいなものだ、などと失礼な事を考えていた所為だろうか……

あんなことになるとはそのときの俺は露にも思わなかった。

もし、過去の自分に助言が出来るなら言ってやりたい。

行くのは明日にしておけ、と。

いや、やはり言うのは止そう。

だって過去の俺だけあんあ惨事を回避する事が出来るだなんて、なんか気に入らないだろ?






























『Re:write』
第一章:ビギニング・セカンドライフ (05)



























今日は気分が良い。

何気ない幸運が朝から連続しているからだ。


・寝起き――何時もはレイフォンに起こされるのに、今日はリーリンから起こされた。

・朝食時――珍しく、ベーコンが食卓に上った。 なんでも特売で安かったらしい。

・十時頃――賭け試合で雑魚を瞬殺。 意外と賞金が多かった。

・十二時頃――昼食を外で済ます。 頼んだものと違うメニューが来て、注意したら頼んだメニューと二つとも貰えた。

・昼食後――腹ごなしに散歩していたら、札を拾った。 三枚も、だ。


ここまで運がいいと、誰かにお裾分けしたくなってくる。

知り合いの不幸そうな人、不機嫌そうな人の顔を思い浮かべる。

リンさんは却下。

先日行ったばかりなのに、今日も行ったら不機嫌になるのは見えている。

カナリスも却下。

この前一緒に飲みに行ったばかりだし、今は陽が高い。

アルシェイラに代わって執務中だろう。

となると知り合いで思い当たるのは一人くらいしかいない。

馴染みの花屋でバイトの店員さんに明る目の花を適当に見繕ってもらう。

少し歩いて、花束を片手にドアをノック。

反応がないが気配ははっきりと家の中にある。

どうやら一つの場所で何か作業をしているらしい。

玄関マットを捲り上げ、下に置いてある合鍵を鍵穴に差し込み鍵を開ける。

そしてマットの下に鍵を戻してから、そっとドアを開けて閉める。


「お邪魔します」


一応、礼儀としてそう言うが、返事は返ってこない。

まあ、大体こんな感じなので、特に気にしないが。

リンさんと同じで、天剣授受者にしては珍しく豪邸に住んでいない人。

まあ、リンさんと比べれば、家の規模もデカイし綺麗なのでまだマシと言えるのだが。

というか、グレンダンの端にある魔女が住んでいそうな雰囲気を醸し出す小さな屋敷という時点で、なんでか天剣授受者の家と言われて納得できてしまうのが悲しい。

俺に銃衝術を教えてくれた彼女は、エントランスから見えるリビングルームで机に向かっていた。

集中を要する作業なのか、俺がリビングに入ってきたことにも気付きはしても、振り返ったり、俺に声をかけることはしない。

代わりに鉄を削る音だけが、リビングに響く。

趣味に没頭することはいいことだが、もう少し女らしい趣味にして欲しい。

編み物とか、料理とか。

まあ、姉でもないし、肉親というわけでもないのでいいけど。

リビングから続いているキッチンへと足を運ぶ。

リンさんの家とは違って、実に綺麗だ。

侍女が来ていることもあるが、料理とか洗濯の仕方を教えた甲斐があった、と思うべきだろう。

確りと食器は食器棚に並べられているし、洗った直後のやつは水切りの上に置いてある。

シンクも床も綺麗に磨き上げられている。

これは、料理とか家事を教えた甲斐があったな。

リンさんと比べて大違いだ。

もっとも、リンさんと比べられたと知ったら、顔をしかめて悪態を吐かれるだろうけど。

棚から花瓶を取り出して一度濯ぎ、中に水を入れる。

花束を置いてあるリビングに花瓶を持って行き、花を活ける。

慎重に作業中のテーブルの中央に置く。

それだけで、この少し暗い魔女屋敷のリビングが明るく見えた。

うん、明るめの花を見繕ってもらって正解だったな。

ガチャガチャと鉄を弄くる彼女は大絶賛俺を無視中。

何時も間が悪い時はこんな感じなので気にならなくなったけどね。

カナリスがアルシェイラに抱く諦めと同じ極地なんだろうな。

しかし研磨したりサイズを測ったりと、忙しなく動く指を見ていると退屈はしない。

物凄い速さで作られていく銃を見ているのは、実際楽しい。

何時も違う造形や柳眉な彫刻を見ていると、別に天剣じゃなくてもその手の職人として食べていけるのではないかと思わせる。

一時間か、いや三時間ほどその作業を見続け、四時頃。

グレンダンが冬季の地域に入ったのか、ここ最近日が沈むのが早くなってきており、部屋の中が薄暗くなってきた。

俺はそっと立ち上がり、この部屋の電気をつけて、また席に戻る。

座り直して十分くらいだろうか、もはや匠の域に達した神速の指先がピタリと止まる。

未だに銃はその完成を待っている状態で、その身はバラバラのまま。

目線を彼女の指から上げれば目と目が合う。

ブラックメイクとでも呼べばいいのか、黒く塗られた目元が俺の目に映る。

青色のルージュを引いた唇が、ようやく開く。


「何時の間に家に入り腐った、このクソ蟲」


化粧の趣味もあいまって不健康そうな肌の色をした天剣授受者、バーメリン・スワッティス・ノルネは、何時も通りの罵倒で、俺に挨拶をし腐った。





























とぼとぼと、日の暮れた街並みを歩く。

地平線の向こう側を見れば、燃え盛る太陽の残滓が、オレンジ色のラインとして微かに空に映っている。

隣にはメリンさん。

ブツブツと何かを呟きながら、俺の服の裾を引っ張って歩いている。


「クソクソクソクソクソクソクソクソ、集中が途切れた。 久しぶりにいい感じだったのに目障りなんだよ、このクソ蟲が」


魔女がかぶるような帽子をかぶり、露出激しめの上着を着、細い足が丸々見えるパンツを穿き、編みタイツを穿いている。

メリンさんがブツブツ呟いていると、その不健康そうなメイクと相俟って、恐ろしいほど不気味に見えるのだろう。

そんな彼女に引っ張られる俺はさながら、悪魔の供物として捧げられる生贄といったところか。

行き先も告げられず引っ張られていくが、大体の見当は付いている。

しかしあそこに行くのなら、孤児院に連絡を入れないといけないのだけどな。

メリンさん、放してくれないし如何しようか。

などと考えていたら星が見え始めた空を背に、レイフォンがこっちに歩いてきた。

戦闘服を着ているところを見ると、何処かの大会の帰りなのだろう。

大きな大会にでも出てきたのか、その手には金貨が入っているのだろう麻袋を握っている。

まあ、賭け試合と比べれば微々たる金額でしかないのだろうが。

眠たそうな顔をしたレイフォンが、こちらに気付く。

俺とメリンさんを見比べて、果てしなく変な顔をした。


「ようレイフォン、帰りか。 成果はどうだったって、訊くまでもないか」

「うん、勝ったよ」


さも当然といった感じで言い、手にある麻袋を揺らす。

確かに、今のレイフォンに勝てるのは天剣授受者や女王ぐらいのものだ。

当然と言えば当然の結果と言えるな。


「そうだレイフォン」

「うん?」

「今日晩飯はいらないってリーリンに言っておいてくれないか。 あと帰りが遅くなるとも」

「分かった」


眠たそうな目をしながら、レイフォンは頷く。

これで何の心配もなしにメリンさんに付いて行ける。


「それじゃあ頼んだぞ。 真っ直ぐ家へ帰れよ」

「兄さんに言われたくないよ」


バイバイと手を振ってレイフォンと分かれる。

レイフォンの後姿を曲がり角に曲がって消えるのを見届ける。


「さて、メリンさん。 お待たせしました、行きましょうか」


俺とレイフォンが話している間、一言も話してこなかったメリンさんに向き直る。


「クソ待たせやがって、それにその腐れ渾名で呼ぶな」


嫌がるような素振りを見せているが、実力行使に出てこない以上、それほど嫌がっていないと判断。

前にバリンさんと呼んだ時は、問答無用で体に風穴開けられたし。

レイフォンに声をかけたときに急いで放した俺の裾をもう一度握り直して、先を歩くメリンさん。

ごちゃごちゃと入り組んだ路地裏を歩いていき五分程。

少し開けた場所にポツンとある一軒の店が現れる。

BAR 深海魚

店長も店員も、店の客の事情や背景に特に頓着がなく、俺やメリンさん達天剣のような有名人や後ろ暗い事がある人間にとっては、とても助かる店だ。

俺が小さい頃に通い詰め、修行した店でもある。

無駄にカラフルなイルミネーションで飾られた看板を見て、ドアを開ける。

照明を押さえて薄暗くされた店内に、ミラーボールのライトの光が忙しなく辺りを巡っている。

何時もと変わらない店の様子に、思うことはなく、メリンさんの指定席である店の暗がりを目指す。


「わ、わたしなんて、わたしなんて、どうせ地味で胸無しで、存在感薄くて……でも、色々頑張ってるんですよ!
牛乳飲んだり、この前放送でやってたシェイクアップとかいうので胸を大きくしてみようとしたり。
あの人の影武者として役に立ちたいのに、与えられる任務は護衛とか入れ替わりとかじゃなくて、書類仕事、机仕事とかばかり。
あの人が勝手にサボって溜め込んだ山のような…いえ実際山の書類処理を一日でしろ、とか言ってぇ。
鬼ですか、あの人は!
いえいえ、滅相も御座いません、あの人はこのグレンダンの女王でおあせられます。
綺麗で、カリスマに溢れ、メロン見たいなオッパイをしてて……
ピー歳の癖に、ピー歳の癖に、ピー歳の癖にぃぃ。
馬鹿みたいに多い剄を無駄に使って、若作りして。
どうせあの胸に剄を詰め込んで、膨らましているんだぁ―――」


……なんか、凄く係わり合いになりたくない人がカウンターでママさんに絡んでる。

一瞬だけ目線を動かして誰か確認しようとするが、後姿で、しかも机に伏せているので背中しか見えないから分からないが、ママさんが困ったように苦笑いしているのが目に入った。

って、ママさんと目が合った。


「おさけ~ おさけくださいぃ、ママさん~~…………?」


ママさんに叫ぶ女性がママさんの目線が自分に向いていないことに気付き、こちらを振り向く。


「あ―――、ツヴァイさんじゃあないですかぁ――、奇遇ですねぇ―――」


酔っ払い特有の気変わりの早さで、さっきまで影を背負っていた女性――カナリス・エアリフォス・リヴィンは物凄く晴れやかな声を上げ、間の抜けた笑顔で、店内にいる他の客のことなどお構い無しに、ブンブンと手を振ってきた。

それを見たメリンさんの顔が、物凄く嫌そうに歪んだのが見えた。


「ごめんなさいね、ツーちゃん」


お茶目な感じで確信犯なママさんが、ウインクと共に謝罪を述べた。

恨みますよ、ママさん………






























レイフォンは、ツヴァイたちと別れた後、ツヴァイの言葉に従って真っ直ぐ孤児院に帰っていた。

玄関の戸を開けば、レイフォンよりも年下な子供たちがレイフォンに群がり、レイフォンで遊ぶ。


「レイー、今日もかった、かった?」

「おにいちゃん、おやつ作って――」

「だいとさわらせてー」


聖徳太子でさえ根を上げる子供たちの声の重奏に戦闘能力と家事能力以外がポンコツなレイフォンに聞き分けられるはずもなく、何時ものように困った顔を浮かべながら一人一人の質問を聞き直し、答えていく。

質問の雨霰が途切れるのを見計らい、台所へ。

やんちゃな子に体をよじ登られながら、台所に続く扉を開ける。

そこにはリーリンが年下の女の子たちに料理を教えながら晩御飯の仕度をしているところだった。


「りーりん、レイが帰ってきたよー」


レイフォンによじ登っている子が元気良く言う。

その時にレイフォンはバランスを崩し、よじ登っている子を落としそうになるが活剄を足に集中させ、体勢を立て直す。


「お帰り、レイフォン」


振り返らず料理を続け、言葉だけを返すリーリン。


「ただいまリーリン。 ああ、兄さんからの伝言」

「お兄さんから?」

「うん、今日晩御飯いらないって。 あと帰ってくるのが遅れるって」


レイフォンの言葉に、リーリンの大根を切っていた手が止まる。


「誰かと一緒だった?」


振り返って笑顔で訊いてくる。


「うん、女の人と」

「良くここに来る人? それとも、よく話しに聞くお兄さんのお姉さん?」

「う、ううん。 知らない人、だったと思う…」

「そうなの」


リーリンはにこやかな笑顔を浮かべて、片手に握ったままの包丁の側面を撫でながら続ける。


「で、何処に行ったと思う、レイフォン?」

「た、多分またお酒を飲みに行ったんだと思うよ。 小柄だったけど大人の人だったし」


気が付けば、台所にはリーリンとレイフォンの二人きり。

リーリンに料理を教えてもらっていた子供たちはいなくなり、レイフォンの体によじ登っていた子はスカートをひるがえして皆のいるリビングへと走り去るのがレイフォンの視界の端に映った。


「そう、そうなんだ………レイフォン暇ならそんなところに突っ立ってないで料理手伝って」


拒否権はなかった。


(なんか、何時ものリーリンとは違う)


雰囲気的に『いやだ』と、断れないものを纏っている。

先に逃げ出した子供たちのように、逃げ出したいレイフォンだが、御飯抜きとかが一週間も続けば、そしてそんな時に汚染獣が襲ってきたら、レイフォンだって危ない。


「わ、わかった」


ドモりながらもレイフォンは手を洗い、リーリンの隣で料理を手伝い始める。


(ああ、恨むよ、兄さん…)


泣きたかった。

恥も外聞も捨てて泣き出したかったが、そんな事をしてもリーリンの冷ややかな目線で見られるだけなのは目に見えている。

そんなもので見られることに耐えられないレイフォンは涙をグッと我慢する。

時偶、ツヴァイが女性と出かけるときには大抵リーリンは今日のような雰囲気になる。

別に怒っているわけではないし、リーリンの言葉に大人しく従っていれば実害はないのだが、なんか嫌だ。

なんでリーリンがこんな状態になるのか、まだ子供な―――いや、例え十五歳になったとしても、鈍感なレイフォンには分かるわけがない。


(そういえば、笑うって行為は本来的を威嚇するモノだって、兄さんがいってたっけ…)


今日の食卓が、静かなものになる事を、レイフォンは予感していた。










レイフォンと別れ、Bar 深海魚へと赴き、そこでベロンベロンなカナリスに絡まれてから、三時間がたった。

俺の右側に座るカナリスは更に酒を飲み、もはや呂律が回っていない。

しかしそれでも日頃の鬱憤は晴れないのか、未だにアルシェイラに対しての愚痴を言っている。


「ピー歳の癖に、ピー歳の癖に、ピー歳の癖に……きいてますぅ、ツヴァイさぁん」

「ええ、これで二十回目くらいですね、ソレ」


もう十五回くらい聞いて、数えるのは辞めた。


「そーなんですよ、あるしぇいらさまは―――」


どうやら、俺の言葉は都合の良いように脳内変換したらしいカナリスは話し続ける。

氷の入ったブランデーを眺めながら聞き流す。

俺の力では、今のカナリスは止められない。

不意に、左手の袖が引っ張られ、左側を向く。

机に突っ伏しながら、ストローでウォッカを飲んでいるメリンさんが上目で俺を見上げていた。

こちらも随分と飲んでおり、酔っているのか、何時も白い肌がほんのりと赤く染まっている。

何時ものメリンさんを知っている人なら、思考を止め、見間違いと思って自分の脳味噌の破壊を防ぐほどに扇情的というか、ギャップが凄いことになっている。

はっきりと言えば、可愛い………………………………酒臭くなければ、だが。


「ツヴァイ、ああ、ツヴァイ・アレイスラ。 なんでお前はツァンヴァレイ・アルモニスなんだ。 というか、どうしたら女王の弟がこんな風に育つ」


何時も吐いている毒が、アルコールで中和でもされたのか何時になく素直な口調と甘ったるい口調で、何処かで聞いたことのある悲劇的戯曲の台詞を俺に囁く。

というか、俺の本名をこんな所で言わないで頂きたい。

……勘弁してくれ。

こんな世紀末を象徴するような混沌とした空間で酒を飲むことを、俺は望んじゃいない。

今日一日良い事が続いた事に対する埋め合わせか何かの心算か、神様。

早く、早く来て欲しい。

そして、俺をこの地獄から解放してくれ。

先程から、俺の合図に気付き着てくれたキラキラ光る蝶々に、せつに祈る。


「ツヴァイさーん、どーおもうますかぁ」


カナリスが俺の右腕を抱き寄せ、ぺッタンコな胸で抱きしめる。


「ごめん、聞いてなかった」


急速に近づく馴染みの剄を感知し、話を聞きそびれていた。


「もーしかたないれすねぇ」


何が可笑しいのか、ゲラゲラと笑い始めるカナリス。


「あの糞女、糞女王のことですよ。 死ねばいいのに。 死んで今まで私にしてきた仕打ちを償え。 そして私をあの糞蟲の影武者させろ」


なんか、笑った後にいきなりダークになった。

というか、メリンさんの口癖が移ったのか、カナリスの口がすこぶる悪い。


「そうだ、あれを殺してツヴァイをアルモニス家当主にしよう。 そして――」

「そーですね。 それいい案です、このクソチビ。 そして私がツヴァイさんのおねーちゃんになるです――」

「へぇ、中々愉快な話をしているね、君達」


殺剄でこっそりと近づいてきたのか、その声は突然。

やべぇ、剄を捉えてたはずなのに、気付かなかった。

ママさんも声でようやく気付けたのか、目を見開いている。


「なんですか――、いまちょうどすてきな未来予想図をえがいてるんですから、じゃまするなです。 ころすぞ、このウジムシ―――……」

「私たちにかかわると、痛い目みるぞ――………」


酔っ払い、判断とか色々なモノが鈍っていた二人は、話しかけてきた人物に毒を吐く。

振り返りながら言って、固まる。


「どうしたんだい。 もっと続けたまえ」


振り返って言葉が途切れた二人に、平静を装って言う。

額には、確りと青筋を浮かべ、口は笑みで吊り上げリ、目は全然笑っていない、我が姉。

怒りを抑えるためなのか、アルシェイラは未だに殺剄を維持したままだ。

解除したが最後、燃え滾る怒りを腹の底に止める事が出来ない、といった様子。


「さあ、続けたまえ、カナリス・エアリフォス・リヴィンにバーメリン・スワッティス・ノルネ。 でないと―――」


何時ものふざけた言葉遣いではなく、女王として民衆に演説する時に使う口調が、落ち着きすぎててこえぇ。


「―――それが君達の最後の言葉となるよ?」


恐怖で一気にアルコールの抜けた二人は、アルシェイラの様子に、酔っ払って自分達の言った言葉を思い出し、体を小刻みに振るわせ始めた。


「ぐ、グレンダンの女王がなんぼのもんですか!」

「こ、こちとら天下のクソ天剣授受者だ。 このクソ蟲女郎」


カウンター席の椅子を蹴飛ばし立ち上がり、天剣に手を掛ける二人。

しかし、やはりと言うべきか、根源的な恐怖に天剣を握る手が震えている。


「ちょっと、店内での喧嘩はご法度よ。 ヤるなら店の外、半径十キロ四方出てからにしてよね」


溜息混じりに慣れたように言いながら、グラスを磨くママさん。


「大丈夫。 これから始まるのは、一方的な断罪だから」


言うが早いか、アルシェイラの右手がぶれる。

それと同時にメリンさんの姿が掻き消え、入り口で破壊音。

Bar深海魚のドアがぶち壊れており、店の外の道路にメリンさんの転がる姿。


「ひぃ――――…」


余りにも一瞬の暴力に顔を青ざめる。

引き攣った悲鳴をカナリスは上げるが、途中で掻き消え、メリンさんと同じ末路を辿る。

…今度は見えた。

活剄で動体視力を限界まで引き上げ、見えたそれは、ただの平手。

いや、ただと言っていいのか分からない。

活剄で強化した掌に、インパクトの瞬間に剄の放出があったから、部類としては活剄衝剄混合変化か。

それともそれぞれの剄が個別で動いていたから、ただの衝剄と活剄を別々に使用しただけなのか。

どちらにしろ、ただの平手にしては無駄に高度なものだ。


「あーあ、随分と派手にやってくれちゃって。 扉、弁償してよね」

「天剣とかからお金ボッタクっている癖に、随分とケチなこと言うわね」

「オカマには金がないのよ。 取っちゃったからね」

「…分かったわ。 明日にでも王宮に請求書出しといて。 それでいいでしょ?」

「まあ、ね」


何と言うか、自分の店の中でこんなことされても、普通に会話できるママさんがスゲェ。


「それじゃあ、ツヴァイ。 今日はもう帰りなさい。 私はこれから忙しいし、この二人も忙しい。
一人でお酒飲んでも楽しくないでしょ?」


ニッコリと微笑みながら、路地に転がった二人の襟首を掴み引きずって、店まで戻ってきた。

二人とも気絶こそしていないようだが、全身が動かないらしい。

必死に体を動かそうとしているが、反応しないらしい。

焦りが顔にありありと浮かんでいる。


「………ツヴァイ」


絶望というものをこれでもか、というほど含んだ声でメリンさんが俺の名前を呼ぶ。


「…なんですか、メリンさん」


姉を止める事が出来ない、というか呼んだ張本人である俺はただ聞くことしか出来ない。


「花、ありがとう。 うれしかった。
それと今までお前と一緒に居た時間は、そこそこ楽し―――」


鬼だ。

アルシェイラはメリンさんがまだ俺に話している途中だというにも関わらず、店を飛び出していった。

そして、そのまま家の屋根から屋根へと飛び移り、王宮に向かって消えていく。

壮絶な死亡フラグを残して行ったな、メリンさん。

キラキラと光る蝶々が、俺の目の前にやってくる。


『あらあら、大変なことになってしまいましたね、二人とも』


蝶々から、妙齢の女性の声が発せられる。


『自業自得と言えば、そうなんでしょうけれど』


この蝶こそ、俺がアルシェイラに連絡を取るために頼ったものだ。

俺が酔っ払いに絡まれて二進も三進もいかなかった時に、定期的に剄を発して様子を見に来てもらい、アルシェイラにSOSを送ってもらったのだ。


「刀自、助かりました」


俺は蝶々に向かって言う。

一般人が傍から見れば、頭の可笑しい人が蝶々と会話しているように見えるのだろう。

しかし、この蝶は本物ではない。

というか、青白く光る蝶が実在するなら一度見てみたい。

これは武芸者の中でも取り分け特殊な能力者、念威操者の放つ念威端子だ。

剄とは少し異なった念威を操り、辺りの探索などをこなし、念威操者の目となり耳となり、鼻となる。

完全に生まれてきた時の資質に依存する念威という力は、普通の武芸者――いや、念威操者以外の人間以外、扱うことが出来ない。

故に、武芸者は念威操者になることは叶わず、そして念威操者は念威操者以外になることは叶わない。

そのことは、この身で確りと学ばせてもらったのは、他でもない、この方――天剣授受者、デルボネ・キュアンティス・ミューラ。

かなりの高齢で意識の無いまま寝たきりでいる状態だが、その念威は衰えることもなく、グレンダンの目として働き続けている。

八十年以上天剣の座に座り続けており、刀自が死ぬその時まで、その席は揺るがないだろうと言われている。

確かに、レギオス進行先二日後の地点を観測出来る時点で既に化け物だ。

しかもおまけに念威では把握し辛い地中の中さえ把握しているのだから、その化け物具合は折り紙付き、といったところだ。

しかしその実、気さくで気の良いお婆ちゃんでもある。

先日の汚染獣襲撃時、俺に端子を飛ばして連絡してくれたのもこの人。


『それにしてもバーメリンさんは、少し見ない間に良い人でも出来たんでしょうね。
随分と乙女な顔になっていましたし、最後に貴方に向けた言葉など、何処かの悲劇的な戯曲のヒロインそのままでしたね。
あれだけ沢山の良い人を紹介しても見向きもしなかったのに…一体誰のおかげなんでしょうか』


言外に貴方の所為ですよね、と言われているのが分かる。

ついでに言えば、責任取りなさいよ、とも。

実はこの人、気のいいお婆ちゃんでは飽き足らず、気に入った人に対してお見合いをさせる事が趣味らしい。

全く持って、随分とお節介焼きだ。

近い将来天剣の仲間入りするレイフォンの為に、絶対お見合いリストを制作するぞ、この人。


『ツヴァイさん…』

「はい、刀自」

『聡明な―――鈍感ではない貴方は気付いているのでしょう? 彼女、いえ、彼女達の想いに』

「まあ、超絶的な鈍感とかでもない限り、気付きますよ、普通」


よく、俺に愚痴を零すカナリス。

俺とだけは、まともな人付き合いをするメリンさん。

普通に考えて友人以上のものと考えるのは、可笑しいことじゃあない。

それに酔っ払っている時の会話だって、それを証明している。


『なら――』

「でも、俺はツァンヴァレイ・アルモニスなんです。 三王家が一つ、アルモニス家の長男というか、次女というか、まあそんな感じです。
もう、色々と諦めてますし、覚悟も決まっていますから」

『…それは』

「小さい時から思っていましたよ。 “仕方ない”じゃあありません。 義務だとも、思っていません。
ただ、強いくせにだらしなくて、そして少し寂しそうな姉の為と、自分自身の為に。
だから俺は力を求めて、姉であり女王であるアルシェイラでは出来ない事と、戦えない敵と、戦うと誓ったんです」

『それは一体誰に?』

「自分自身に。 ああ、これ、姉には内緒でお願いしますね」

『分かりました。 このことは私の胸に止めておきましょう』

「そうしてください」

『しかしそれなら、そういうことも考えて選んでおいて良かったですね』

「なにがですか?」


ママさんに会計を頼み、あんまりなボッタクリ具合に魂が昇天しかけ、ドアの弁償代と一緒に王宮に請求してもらうことにして復帰。

自刀の言葉が頭から耳へと通り過ぎる。


『貴方の婚約者のことですよ、ツヴァイさん』


この時、普通にこの言葉をスルーしていた。

後になって、この時にもっと確り聞いておけばよかった、と思うのだが、その時になっては既に後の祭りだった。



























一緒に風呂に入っていたアルシェイラが上がった後、一人でノンビリと風呂に浸かっていた。

ようやく満足したのか、風呂から上がり、脱衣所へと裸身で歩く。

侍女に用意してもらった着替えの入った洗濯籠を見つけ出し、取り出してみればフリフリのドレスと下着。


「はぁ」


誰もいないことを剄と気配を読んで確認してから溜息を吐く。

侍女に頼んでいた服ではないからだ。


(まったく、こんなドレスを…趣味でもなんでもないのに)


ドレスでさえ、着たくないのだ。

内心うんざりしながらも、それは仕方のないことだと言い聞かせる。


(どうせアルシェイラが無理やりこれを侍女に置かせたんだろうし)


可愛らしいショーツを穿き、パット入りブラを付け、露出の少ないフリル付きドレスに身を包む。

目を瞑って意識を切り替えて完了。

ツァンヴァレイ・アルモニスは、まだ少し湿った黒髪を靡かせ、姉のいる仕事部屋へと歩みを向ける。

これから、天剣授受者選別大会についての打ち合わせが待っているのだ。

本大会は、既に目前まで迫っていた。



グレンダンの全てが、天剣授受者選定大会へと、向かっていた。

約一部の空気の読めない生物を覗いて、たが。


















あとがき


どうも、朝市です。

なんと言いますか、色々とカオスな仕上がりです。


二度目のキャラ紹介と逝きます。


もうここでネタバレしてもいいんじゃないかと思ったんで言っておきます。


ツァンヴァレイ・アルモニス

・ツヴァイはツァーリ。

・アルシェイラの趣味で女装された時の名称がツァーリ。

・内力系活剄でアルシェイラには出来ない骨格の変化までして女装させられてる。

・けど胸はないのでパット使用。

・女の立ち振る舞いを学ぶために、Bar深海魚でママさんの下で色々と扱かれていた。

・色々と覚悟を決めている。

・戸籍上、ツァーリとツヴァイの二つが存在。

・姉のママゴト染みた発想の恩恵。

・色々と壮絶な設定があったけど、面倒臭いので却下。



Bar深海魚

・後ろ暗い者たちでも来れるような酒屋を目指して付けられた名前。

・けど実際来るのはアルシェイラ、天剣授受者、その他高貴の人などの方が多く来る。

・ツヴァイに女装とは何か、女の立ち振る舞い方などを学ばせるためにここに行かせていた。(アルシェイラの趣味の一つの所為で)


ママさん

・元、男。

・今はニューハーフ。

・アルシェイラとは同い年。

・でも見た目若し。


こんな感じ。



[8527] 第一章:ビギニング・セカンドライフ (06)
Name: 朝市深夜◆85e53aa7 ID:376da71a
Date: 2009/06/07 11:40




蒼く晴れ渡る空。

まさに蒼天と言うに相応しい空模様。

そんな空にカーニバルとかで打ち上げられる、ただ色の付いた綺麗じゃない花火が断続的に打ち上げられている。

闘技場は一番広く、一番頑丈で、一番煌びやかな、そして数々の天剣授受者の誕生を見てきた場所。

観客席は全てが埋まっており、異常なまでの盛り上がりを見せている。

闘技場に納まりきらぬ観客達は闘技場近くに設置されている巨大スクリーンで実況中継を見ているか、それとも酒場などにある小型モニターで酒を煽りながら決戦を今か今かと心待ちにしていた。

商売根性逞しい人達は、出店としてアルコールやジュース、ポップコーンやホットドックを売り歩いている。

会場内に蒼光る蝶々状の念異端子が飛び交い、声が端子を通じて響き渡る。


『私が、このグレンダンの女王の座に就いた時、十二本あるはずだった天剣は欠けに欠け、たったの六振りしかなかった。
しかし、ついに今日。 長らく空席だった最後の一本、十二番目の天剣。 ヴォルフシュテインが生まれる』


神々しいまでのカリスマを乗せ、アルシェイラの声が念威端子を通して民の心を釘付けにする。

熱狂的な雄叫びを上げていた者も、バイトの物売りも、泣き声を上げていた赤子も、全ての民が声を上げる事を忘れ、ただ黙って耳を傾ける。


『今日はグレンダンにおいて、最良の日となるだろう。 十二本の天剣の担い手達が揃い、グレンダンの在るべき姿へと、ようやく戻るのだから。 初代グレンダン王も、草葉の陰でこの日が来る事を心待ちにしていたに違いない。
さあ、皆で祝おうではないか、ついにこの日が来たことを。 そして見届けよ、天剣を持ちし資格のある者たちが天剣に手を伸ばす様を。
女王アルシェイラ・アルモニスの名において宣言する。 今、ここに天剣授受者選定式を開始する』


外行き様の口調と雰囲気を纏わせた姉が、高らかに宣言すると、女王の雰囲気に飲まれていた民衆が歓声を上げる。

選定者である俺たちは、纏めて選手一同を収容している控え室のモニターで女王の演説を聞き、建物自体が震えるような歓声を肌で感じていた。

大会の形式は至極単純。

トーナメント方式での勝ち抜き戦。

ルールは何でもありだが、相手を降伏させるか、レフリーストップ、気絶させる、または殺せば勝ち。

もう既に第一試合に出る者は控え室から出て、闘技場へと上がって行った。

さぁて、ここからが始まりだ。

辺りを見渡せば三十人の武芸者達。

当然実力的にはグレンダン屈指の者達だ。

まあ、天剣授受者に相応しい者など、片手で数えても指が二本余る。

ルッケンスの門弟の三人は論外だ。

それにミッドノットの二人も、リヴァネス家次女も駄目だな。

師範代クラスなのは間違いないが、それだけ。

剄の量の凡夫のものでしかないし、第一に致命的に欠けているモノがある。

それ故に天剣には相応しくないし、天剣へ触れることさえ出来ないだろう。

実力。

その一点においてのみに絞れば、いや、天剣を得るにはそれだけでが重要だったな確か。

それだけの観点で見れば三人だけ、ここにいる。

俺と、レイフォンと、そして賭け試合で戦った事のある同年代の女一人。

俺は首を動かし女を見る。

そしてガシャリと金属音。

視界が無駄に狭く、息苦しい。

錆びた鉄の臭いが充満していて吐き気を催す。

俺は今、闘技場の廊下に飾ってあった、鉄兜を被っている。

なんで俺はこんなもん被っているだろうか。

いや、理由は分かっている。

言い出すタイミングがなかった所為だ。

実は俺が王族でしかも冠帯家の出です、などとレイフォンやリーリンに言い辛過ぎる。

王族でありながら、孤児院の子供たちが餓死していく様を見ていただけだったと、言えるわけがない。

だから結局、王族として、ツァンヴァレイ・アルモニスとして、この大会に出ている俺は顔を隠すしかない。

しかしもっと、通気性のいいものにしとけばよかった。

まあ、そのことに当日気付いて急いで廊下にあった兜を被ったわけだが。

そんなことを考えていると上のほうから歓声が響く。

どうやら第一試合が終わったらしい。

アナウンスで俺の名前が呼ばれ、闘技場へ。

眩しい陽射しに目を細めながら、中央へ寄って行けば見覚えのある顔。

ガハルド・バレーン。

ルッケンスの師範代で、確か原作では馬鹿な事をやって不幸な目に合って、最後にサヴァリスに殺されて終わった奴だ。



軽く、一捻りしますか。






















『Re:write』
第一章:ビギニング・セカンドライフ (06)






















今、何度目かの観客の大音量の声が室内に響く。

選定式も午後となり、待合室の人口密度が減っているので、無駄に響いて五月蝿い。

というか、俺とあと一人しかこの部屋にはいない。

闘技場にいるレイフォンは恐らく勝ったのだろう。

剄の量が殆ど減少していないのが、ここからでも分かる。

残ったのは、俺とこの女が戦う準決勝と、決勝戦の二試合。

俺と女は肩を並べ、二人して闘技場へと続く廊下を歩く。

互いに沈黙を守っていたのだが、不意に声をかけられた。


「まったく。 今日こそは貴様をこの手で潰そうと思って来たというのに。 何だ、そのふざけた格好は」


声だけこちらに向け、首どころか視線さえ動かさずに前を向いたまま言われた。

ふざけた格好とは、被っている兜のことだろう。


「こっちにも、色々と面倒臭い理由があるんだよ」

「ほう。 ならば貴様はそのふざけた理由とやらで、天剣を諦めているのだな」

「どういうことだ?」


闘技場へと出て行き、日光に目を細めながら聞き返す。

女は初めて俺を見て、口の端を吊り上げる。


「よもやそのような被り物を被ったまま私と戦えるとでも?」

「前回は結構ギリギリだったからな。 だが、俺が全力で戦ったとでも思っているのか?」

「全力でなかったのが貴様だけだったとでも思っているのか? 今回がラストチャンスゆえに、貴様には私の全力を見せてやろう」


もはや、闘技場で練成鋼を握る前から戦いは始まっていた。

子供の喧嘩レベルの言い合いでしかないが、やたらと突っかかってくるので、それに応じる形で対応していたら引くに引けなくなった。


「貴様は天剣に相応しくはない」

「お前ほどじゃない」


中央へとより、念威端子が俺たちの間で煌く。


「貴様のせいで私がどれ程の地獄を見たことか」

「いや、人違いだろ」

「女装が趣味な者が、このグレンダンに貴様以外でいるはずがないだろ」

「いや、勝手に人の趣味にするな。 あれは姉の趣味だ」

「このシスコンが」

「否定はしない」


色々と言い合っている間に、審判が普通に俺たちをスルー。

場を盛り上げるために声を張り上げた。


『さぁて、本日最後から二番目となりましたこの試合、準決勝二回戦目。 対峙するのは一組の男女。 
何故か兜を被っての参加、三王家が長男、ツァンヴァレイ・アルモニス対、ここグレンダンでも名門、既に一振りの天剣を輩出しているリヴァネス家が長女、イクティノス・リヴァネス。 
二人とも、準決勝までは準備運動だったと言わんばかりの圧倒的な強さを見せてくれました。
しかし悲しいことに残りの天剣の座はあと一人。 そして決勝に上がれるのも一人だけ。
我々観客は、ただこの二人の戦いを見守ることしか出来ません。 が、期待せずにはいられません!
この二人の剄が、技が、我々を魅了してくれる事を!
それでは始めましょう。 準決勝、第二回戦――――』


俺は殆ど審判兼司会進行係兼解説者の長々しい演説を聴いていなかった。

そんなことよりもすることがある。

腰の剣帯から一本の練成鋼を引き抜く。

それを見て、女――イクティノス・リヴァネスも自分のペースでゆっくりと引き抜く。


「「レストレーション」」


重なり合う声に反応し、錬金鋼が復元する。

余りにも拵えが簡素な漆黒の太刀が俺の手に。

深紅の両刃剣が女の手に。

賭け試合をしたときとは彼女の錬金鋼が代わっていた。

前回も使用していたのは西洋剣だったが、幅はサーベルやレイピアのように細かった。

しかし今回は幅十五センチほどある、片手持ち両手持ち両用の両刃剣。

これが本来の彼女のスタイルらしい。

なら、俺も端から全力でいきますか!


『――――始めっ!!!』


念異端子越しの審判の声と同時に、地面を蹴る。

それは女も同じだったららしく、試合前に離れた距離が一瞬でゼロへと変貌を遂げる。

一合、二合と剣戟が交錯し、それに遅れる形で火花が飛び散る。

片手を柄から放し、掌を突き出して衝剄を放つが、軽く首を捻られるだけで避けられ、少し距離が離れる。

お返しとばかりに剄が剣に収縮。

彼女が体を捻り、振り抜けば刃の軌跡をなぞるように剄の刃が発生し飛来。

俺は剄を込めた柄頭でそれを叩き壊し、少し離れた距離を詰める。

迎撃として迎えられた斬撃を、姿勢を低くすることで潜り抜け、地を這うような軌跡からの振り上げ。

顎先を掠めるかどうかのギリギリの線で避けられ、跳ね上がった切っ先が急停止。

一段変化。

斬り上がりが斬り下ろしへ変化するが、引き戻された刀によって弾かれる。

が、同時に俺の膝が女の脇腹にヒット。

内力系活剄で強化された俺の脚力によって、女の体が軽く吹き飛び足が地面から離れる。。


【外力系衝剄 蛇落とし】


上空に渦巻いていた俺の剄が、確かな形となって女の頭上へと現れる。

飲み込まれた者の体を引き裂く竜巻が、宙に浮いた女の真上から襲い掛かる。


「シッ!!」


女の口から声が漏れ、剄によって渦巻いていた大気が左右に霧散。

刃に炎が纏わり付いていることから見て、外力系衝剄の化錬変化か。

もう一振り、女が剣を横に薙ぎ、刃に纏わせていた炎が刃を離れ俺へと向かってくる。


【外力系衝剄 閃斬】


俺が放った剄の刃が飛翔し、炎の刃とぶつかり合う。

同等程度の剄だったのか、互いに爆散しあい、火花と土埃を撒き散らし消滅する。

そして遮られた視界から砂煙を掻き分け、女が現れる。


「ちぃ―――」


軽くしたうちをして、女の斬撃を弾く。

それは先程と同じようなコマ送り。

互いに互いの得物を振るい、弾きあう。

ただ、違うとするなら俺の斬撃は全て迎撃の為に繰り出しているという一点のみ。


「おい! さっき俺の所為で地獄を見たとか言ってたが、ありゃ一体どういうことだ?」


強引に鍔迫り合いに持ち込み、顔を近づけ言う。

女は片手持ちの柄を両手で握りながら答える。


「貴様の所為で、貴様の姉に、アルシェイラ女王陛下に、陛下自らの手で、私を鍛え直された!」

「は…?」


余りにもト突拍子のない言葉に、一瞬呆ける。

呆けて、手の力が緩み、刃が滑る。

滑って女の刃が左肩から右脇へとめり込んだ。


「その所為で、一体どれ程の地獄を見たことか。 何が『これくらい出来るでしょ?』、か。 あんな化け物の相手に一分間立っていられるか!」

「というか、なんで姉と鍛錬してるんだよ!」


激情に任せ、刃を振るう女。

熱くなっているのに、剣筋や剄息が乱れていないところを見ると、相当扱かれたな、これは。


「なんで。 なんでとは、な! 貴様、未だに知らされていなかったのか。 ああ、知らされていないからこそ、困惑しているのか。 ならば納得がいく!」

「なにを言っている!?」


脇腹の傷から血が流れ、地面へと落ちる。

闘技場に点々と紅い染みを作っていく。

軽く刃は掠め始め、掠り傷程度の傷がいくつも増えていく。


「……私は、貴様の許婚だ」


そっと、耳に囁くようにすれ違いざまに言われ、先程付けられた傷口と対照的に右の肩口から左の脇へと剣が奔り抜けた。

傷口から血飛沫が噴出す。

右手で傷口を押さえ止血を試みるが、まるで効果がない。

練れる剄の大半を活剄に回し修復を図るが、激しく動けば激しく動くだけ傷口の治癒は遅れていく。

やばいな、これ。

そう思う心とは別に思考する心があった。

切り札の一つを切るしかない。

切り札とは、場に伏せているからこそ効力があるのであって、切ってしまえばその効力は失われずとも対策をとられることになる。

それが嫌だから出したくないんだが、致し方ない。

というか―――


「―――お前、なんでリヴァネス家長女が俺の許婚なんだよ! 三王家の者は同じく三王家の者か、それとも天剣授受者の中から選ぶのが通例だろうが!」

「貴様の姉の我侭だ! ユートノール家には次男がいるだけで女はおらず、ロンスマイアの長女は女王陛下が気に入られなかった。
王家の分家筋たる我がリヴァネス家ならば、紛いなりにも王族の血を引いているからなどという理由で、急遽白羽の矢が立ったのだ!」


裂帛の気合の下、すくい上げられた剣戟に俺はまともに刀で受けてしまい、手首を怪我するのを嫌って刀を手放す。

宙をクルクルと回転する刀の回収は却下。

俺は素早く切り札の投入を開始する。


「レストレーション!」


迫り来る剣戟を、辛うじて復元させた二丁銃の銃身部で受け止め、弾き返す。

そしてバックステップで距離を取り、引き金を引く。

計十三発の剄弾を女へと放つが、容易く見切れ、避ける事が出来ないものは剄を纏った斬撃によって両断される。


「しかし、私が弱いと陛下が言い、鍛錬を付けてあげる、とまで言い出した。
それから二年間、ずっと地獄のような鍛錬だ。 朝早くに起こされ、炭素の塊のような朝食から始まり、スタミナをつけるのにこれを飲めと、ダチョウの卵を食後に。
その後に昼までずっと見えない攻撃にさらされ、昼飯に炭素。 また生卵を飲まされ、また鍛錬という名の暴力の雨霰。
この苦しみが、貴様に分かるか!!!」


それは八つ当たりだろう。

そう思わずにはいられない。

確かに俺が関係している事柄の所為でコイツは大変な地獄を見たようだが、そのことに俺は全く関与していない。

モロにとばっちりだろ、これは。

連続で銃を撃つが、掠りもしない。

二十、二十六と引き金を引き、銃のスライドが引きあがる。

弾切れだ。

一応剄発射するこの銃とて、発射するために必要な物がある。

火薬の代わりに使われている物だってあるのだから、弾が切れたら銃を撃つことなんて出来やしない。


「ああ、これは八つ当たりだ。 貴様の所為でないことくらい察しはついている。
しかし、ならばこの憤怒、一体誰にその矛を向ければいい!
一体誰に責任を取らせればいい!」


全ての弾を避け、凌ぎきった女が俺に向かって駆ける。

一気に距離を詰め、剣を振り上げてくる。


「貴様以外におらんのだ。 この怒りをぶつける相手が。
それに、私は認めぬ。 貴様のようなフラフラと責任感のない者が私の許婚だと!」


全力での振り下ろし。

刃が俺に迫る。


「―――02!」


手札を一枚切る。

それ以外に方法が無かった。

俺の声に反応し、錬金鋼が変化。

せり上がっていたスライドが元に戻り、その代わりに銃身の下には漆黒の刃が出現する。

十五センチほど銃身をはみ出したそれで、交差するように構え斬撃を受け止めた。

銃剣。

それが俺の手札の一つ。

そしてそのまま剣を絡み取り、銃口を剣の腹へと持っていく。

全十三発。

一丁の銃に装填されている弾の全てを叩き込み、その衝撃に剣が押され、腕が泳ぎ体が隙だらけになる。

絶好の好機。

これを逃す奴は馬鹿だ。

俺は照準さえまともにつけずに銃口を女へと持っていき、引き金を絞る。

確実に当たる―――――――はずだった。

しかし女は俺が銃身を持っていった瞬間に足に力を入れ、そのままバク宙。

神業としか言いようがない身のこなしで剄弾を避け、俺の背後へと降り立つ。

俺は腰を捻り、振り向きざまに銃身についている刃を女の背後へと叩きつける。

が、女は背後へと無理やり腕を回し、剣で受け止める。


「――――――っ」


しかしそれは無理な姿勢であることに代わりはない。

衝撃を逃がしきれずに手首か、腕の関節でも痛めたのだろう。

小さく息を吐き、一瞬だけ眉間に皺を寄せた。

気にしていたら、その瞬間にでも俺の負けが分かる俺は追撃の手を緩めない。

銃身や銃剣の刃で殴りつけ、それを防ぐ女。

しかし右腕を庇っているのは目に見えて分かる。

至近距離での剄弾にも掠り始めた。

後ろへとバックステップで距離を開けようとするが、そんなことをさせる心算はない。

一刀足で開いた距離を詰め――――


「ちっ――」


後方へと跳んだ足が地面に付いた瞬間、女は閃剄で一気に前へと出てきやがった。

興を突かれ、俺は咄嗟に右手を引き戻し、防ぐが弾き飛ばされる。

クルクルと回る銃を尻目に、女の返し刀が俺の兜を削り、顎から鼻にかけて弾き飛ばされる。


「っ、てぇな。 コンチクショウが!」


腰の剣帯から新しく造ってもらった錬金鋼を引き抜く。

もう一つの銃剣は既に弾切れで役に立たない以上、銃剣を手放す。

錬金鋼が復元し女と同じ両刃の洋剣が俺の手に納まる。

大振りの一撃で女を弾き、距離を取る。

女は腕の痛みの所為で動けず、俺は出血の多さの所為で動けない。

互いに息を乱し、必死に息を整えることに専念する。


「……なあ」

「……なんだ」

「次の一撃で最後にしよう」

「ああ、いいだろう」


まだ、次の決勝戦が残っている以上、ここでとことん最後の最後まで力を出し切るのは互いに良いことではない。

だから嫌っている俺の提案に女―――イクティノス・リヴァネスは同意した。

俺は手にある新しい剣を一振りし、調子を確かめる。

ダイトメカニックに可能な限り俺の要望を聞いてもらって造り出されたコレは、昨夜出来たばかりで調子さえ確かめていないのが不安だが、そんな事を言っていられない。


「なあ、もしお前が俺をここで倒せたなら、お前の気は晴れるのか?」

「…さあ、な。 そんなことはやってみなければ分からないことだ。 ただ私は貴様にこの怒りをぶつける事だけを考えている」


そう言うと、イクティノスは持っている剣に剄を流し始める。

俺も剣に剄を流し、纏わせる。

奇しくも互いに最後に放つ剄技は一緒だった。

剄を練り上げ刀身を覆うように収縮させていく。

単純な剄の量と収縮技術が勝敗を別ける。

異常な剄の高まりが、俺とイクティノスの間で風となって渦巻く。


「さて、それじゃあ往くか」


俺のその言葉が合図となった。

互いが互いに同時に一歩踏み込み、振り上げた剣を相手に向かって振り下ろす。


【外力系衝剄 閃斬】


練りに練り上げた剄が刃を離れ、白き奔流となって放たれた。

対するイクティノスの剄は彼女の髪と同じ黄金色。

互いの剄がぶつかり合い、一瞬だけこう着状態を生み出すが、俺の閃斬がイクティノスの閃斬を切り裂き、彼女へと向かう。

膨大な剄の使用に硬直した体では、反応する事が出来なかったらしい。

直撃。

それ以外になんとも言えないほど、見事に直撃した。

イクティノスは咄嗟に後ろへ体重移動し、吹き飛ぶことで威力の軽減を図る。

闘技場の壁に叩きつけられ、一瞬息を詰まらせる彼女の喉下に、俺は閃剄で距離を詰め刃を当てる。


「俺の勝ち、だな」

「…くそ、っ―――」


いくら互いの閃斬の衝突で俺の閃斬の威力が減少しているとはいえ、彼女の体の自由を奪う分には十分だったらしい。

そのまま気を失い、倒れそうになったところを俺が抱きとめる。

審判が俺の勝利を告げ、民衆がその興奮を声で表す。

俺はイクティノスを抱き上げ、闘技場を後にする。

一応、許婚らしいからそのまま闘技場に残しておくのはどうだろうと思ったからだ。

とりあえず、医務室にでも運んでおけばいいだろうか。

俺の体の傷なら、決勝戦までの休み時間があればほぼ全快するし支障はない。


さて、あとは決勝戦か。















あとがき


久しぶりに戦闘描写を書いたから、ことのほか時間がかかった。

どうも朝市です。

次回はついに決勝戦。

レイフォンとツヴァイの戦いです。

色々と隠し玉を持っているツヴァイですが、果たしてレイフォンに勝てるのでしょうか、といったところです。




ガハルド

・瞬殺
・余りにも早かったので、このSSにおける彼の敗北シーンの描写は無し。
・彼の運命は原作と特に変わらない。(予定)


イクティノス・リヴァネス

・ツヴァイの許婚。
・そのことに本人は不本意。
・良く知りもしない男の下へ嫁ぐから。
・それなりに強い。
・剄の量と収縮率が勝敗を別けた訳ではなく、錬金鋼の限界まで互いに剄を収縮した。
・勝敗の分け目は錬金鋼。
・ツヴァイの錬金鋼は、閃斬と轟剣の使用専門に調整されたものだったから収縮できる剄の量が多いかったから、ツヴァイが勝ちを拾えた。














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