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[9450] 夜にアジサイが咲く(オリ主・オリあり)
Name: 夢想主義者◆0a0209b9 E-MAIL ID:1baea27d
Date: 2009/06/09 03:12
こんばんわ〜この度、こちらで書かせてもらう夢想主義者と申します。

ブログの方で、更新していたのですが。

内容を改定するのと同時にこちらに移らせていただくことに致しました次第でございます。

オリジナルクラスである「グラップラー」が登場します。

設定にいくらか不備もあると思いますので、ここはおかしいだろうとか、いやそれはありえないから、などのコメントがあればお願いします。

また、いくつか書き手の勝手な設定の追加などもありますのでそこら辺については多めに見て頂きたいと思います。

勝手ばかりですみませんが、どうぞよしなに。


6/9
とりあえず、改定済みの第零話〜第五話まで更新



[9450] 夜にアジサイが咲く 第零話
Name: 夢想主義者◆0a0209b9 E-MAIL ID:1baea27d
Date: 2009/06/09 02:58
「戦争がなくなりますように」

私の願いは単純だ。
その願いのために私は、この身一つで世界を巡る。
終わりなき、戦争。
終わりなき、闘争。
終わりなき、悲しみ。
私は止めねばならない。

人と人が争い合う、この「戦争」という悲しみを。

人が人と争い、お互いに殺し合う。
それは誰かにとっての大切な人を奪う行為に等しい。

例えば、誰かを殺したとしよう。
そのもの言わぬ死体にも家族がいただろう。
既に頭蓋のない死体にも愛する者がいただろう。
目の光を失った死体にも故郷で誰かが待っていただろう。
故に誰かを殺すのは、その誰かを大切に思っている者から奪う行為なのだ。

故に私は戦い続ける。
いずれ、戦争を止める為に。

故に私は殺し続ける。
いずれ、戦争を止める為に。

故に私は堕ち続ける。
誰かから大切な者を奪うという己の最も嫌う悪へと、堕ち続ける。

いずれ、戦争を止める為に。



Prologue  〜十年前 ten years ago〜 

遡るは十年前の事だった。

海と山に囲まれた日本のとある都市、冬木市。一つの橋で二つに別けられたこの都市の中でも割とビルが連立した中に一つのマンションが建っていた。
その一室で一人の男が苦悩していた。
月が昇りカーテンの隙間から漏れる月光は男の前で静かに眠る彼の妻子達を照らしている。
完全に寝静まった家族を背に男は一人忍び足でベランダに通じる窓を開く。
マンションの最上階に住む男は見下ろす街の空気が最近おかしいことに気がついていた。
妙にぴりぴりとしたどこか張りつめた空気、それは日常の中ではほとんど感じないほどの微量な違和感。
だが、その張りつめた空気は夜が更ける度にはっきりとした物になっていく。
そしてそれは日を追うごとにより張りつめていくのだ。
男はそれの正体にある程度予想がついていた。

聖杯戦争

男の弟が珍しく自分の元に連絡を寄越した際に電話口でたった一度だけ呟いた一言だった。
男はその不穏な言葉の意味を訊ねたが、弟は笑うだけだった。
嫌な予感がする。
残念ながら男のこの手の予感は大抵当たるのだ。
男自身もその事を理解してはいたが、未だ表立った事件も無いので家族には言い出せずにいた。
実際この都市に引っ越してから大きな事件はなかった。
妻と二人の子供を連れてマンションからマンションへと引っ越す下級官僚生活。
それも男がある程度の地位に就いたことで収まりつつあった。
出来れば引っ越しはこの都市で最後にしたかった。
息子と娘のためにもここで根を下ろせればいいなと思っていた、こんなあやふやな「予感」だけでは引っ越しなどしたくはなかった。
ただ、弟の竜之介は言った。
『旦那と俺の生み出す芸術を見てくれよ』
その言葉は何故か「聖杯戦争」以上に恐ろしかった。
十数年前に弟と最後にあった時弟は何かに取り憑かれたような言動を垣間見せていた。
故にその「旦那」と言うものが気になったのかも・・・。
「っ!?」
ふと、何かが視界の端を動いた気がした。
目を凝らしマンションの近くにある公園の木の影を見つめるが・・・気のせいだったようだ。
男は少し夜風に当たりすぎたと思いつつ妻子の眠る寝室へと戻って行った。

男が去った後、闇の中の影の中の更なる闇がするりと動いた。
それは百の内の一だった。
それの任はただ一つ、諜報。
百の内の最弱の一を捨て、脱落したように見せかけることで存在せぬ存在として冬木市のありとあらゆる場所にいたそれらは一人の男がマンションの一室に戻るのを確認した。
それは少なからず驚いていた。
諜報に徹する限り、同じ存在である他の六騎にさえ気付かれぬであろうそれを一瞬だけでもあの男は察知した。
危険だ。
存在を悟られぬ事こそが第一のそれにとって、それを察知した男は危険だとそれは考えた。
そしてそれは即座に己が主に問う。
殺すべきか否かと。
主の返答は早い。
否、我らは諜報係。無駄な殺傷で他に気付かれてはならぬと。
それは一瞬の逡巡を見せたがすぐにその場を去った。
ただ一応、とその男の名前だけは確認する事にした。
そして男の名字をポストの一つから見つけた。
そこには筆で「雨生(うりゅう)」と書かれていた。


数日後、男の家には妻の母親が来ていた。
その日家族で映画を見ることになっていたのだが、娘が風邪をこじらせて寝込んでしまったのだ。
せっかく取った先行試写会のチケットを無駄にするわけにもいかず、息子がどうしても見たいと言うので娘を義母に任せて親子三人で出かけることとなった。
そして、その帰りのことだった。
男は家族三人で火の海に飲まれた。

死ね・シネ・しね・死ね・シネ・しね・死ね・シネ・しね・死ね・シネ・しね・死ね・シネ・しね────

この世最悪の呪いが冬木市を覆っていた。



[9450] 夜にアジサイが咲く 第一話
Name: 夢想主義者◆0a0209b9 E-MAIL ID:1baea27d
Date: 2009/06/09 03:09
人が思っているより少し魔術は現実的だ。

魔術とは現代の技術力・財力・時間に制限をかけなければ実現可能な現象を、魔力によって再現する行為、またその能力のことを指す。
一方魔法とはその時代の技術力・財力・時間をかけても実現不可能な事柄、詰まる所奇跡を起こす力のことを指している。
故に昔は数多くいた魔法使いも今ではかなり数限られている。
また、魔術師の最終目標とはすなわち「奇跡」を扱う魔法使いである。

さて、ある時ある魔術師がその一族に失われた魔法に到達するため、他の二つの魔術師の一族の助けを借り極東にてある大儀式を行った。
それは表向きには偽装され、世界中から選ばれたたった七人の魔術師を呼び寄せる物となった。
それの名は──────



──────聖杯戦争。
すなわちそれは数百年前から行われていた儀式であり、奇跡を叶える『聖杯』の力を求め、七人の魔術師がと七人の英霊を召喚して競い合う争奪戦。
聖杯とは元の意味では、かの有名な救世主が最後の晩餐に使った杯の事をさす。だがこの戦争の中では聖杯とは『万能の釜』あるいは『願望機』と言われる。莫大な魔力をもってしてあらゆる奇跡を可能とする存在であり、魔術師にとっては真理へと到達するための道具でもある。
マスターとなるべき魔術師は七人いて、彼らはそれぞれ一騎のサーヴァントを召喚し、契約することでその資格を得る。また、マスターはサーヴァントを支配・制御するための刻印である令呪を体のどこかに与えられる。
サーヴァントとは聖杯の助けによりマスターに召喚された英雄の霊、英霊である。(なお、英霊とは使役する立場のマスターより強力な存在であり、本来ならば魔法使いであろうと召喚・使役するなど敵わない存在である。)
また、一度の聖杯戦争では通常
騎士 "セイバー"
槍兵 "ランサー"
弓兵 "アーチャー"
騎兵 "ライダー"
魔術師 "キャスター"
暗殺者 "アサシン"
狂戦士 "バーサーカー"
の七つのクラスに該当する英霊がそれぞれ一騎ずつ召喚される。
時に、通常とは違うイレギュラーなクラスが存在することも確認されている。
また、サーヴァント召喚にはその「英霊」との特別な「縁」が必要となる。召喚時に彼ら自身の縁の品を触媒として用いる事で呼び出す英霊を特定する事が可能であり。触媒が無い時は召喚者の性質に似た英霊が召喚される。
また、聖杯は元はアインツ・・・

ぱたん、と途中で本を閉じた遠坂凛は今一度時計の時刻を確認した。
現在午前2時ちょい前、もう少しで凛自らの魔力が最も高まる時が来る。
凛は黒のリボンで留めた二房の髪をなびかせて魔法円の中心に移動した。
「凛、いずれ聖杯は現れる。アレを手に入れるのは遠坂の義務であり、何より───魔術師であろうとするのなら、避けては通れない道だ」
ふと、ある人物の最後の言葉を思い出す。
前回の聖杯戦争に参加し、帰らぬ人となった、師であり父である者の最後の言葉。
父は最後の最後という時に、父親としてではなく魔術師として、また師としての言葉を残した。だからこそ、彼女の道はあの時に決まったとも言える。
弟子は師の言葉に応え、師をいずれ越える者でなくてはならない。
あれから紆余曲折、様々なことがあったが成長した遠坂凛はここにいる。
一人前の魔術師になるため、師を越えるため、遠坂の後継者としての義務を果たすために、彼女はここにいる。
どうせ避けられない道と諦めることも、逃げる心算を持つことも、無様に負け犬になるなんてことも彼女、遠坂凛にとって耐えられない屈辱だった。
冬木市に戦いがあるならば、冬木市を預かる管理者として、遠坂の後継者として、一人の魔術師として、それ以上に遠坂凛としてやるからには徹底的にやってやる。
だからこそ、今遠坂凛に要求されることは一つだった。

最優のサーヴァントと言われる騎士の英霊”セイバー”を何が何でも己がサーヴァントとして召喚する。

言葉で言うのは単純だが、行うとなるとさすがの凛も緊張はする。
緊張を紛らわせるために聖杯戦争に関する資料の一部を読んでいたが、時間が迫るにつれ魔術師としての自分が落ち着きを取り戻させた。
そして今、2時ジャスト。凛は己の持つ中で最高の宝石を片手に呪を唱え出した。



夜にアジサイが咲く#01 〜平穏 Peace〜


一月上旬のある日 夜 穂群原学園・屋上

日が沈む。
空は赤から紫、濃青色と変化していく中で穂群原学園の屋上には一人の少年が聖書を片手に持って座っていた。
他の地方よりは幾分温かいものの未だ冷たい空気に包まれた冬木の1月、制服の上にマフラーを巻いたその少年は読んでいた聖書を仕舞うと立ち上がった。
身長は高校生としては平均的で痩身だったが、それは単に痩せていると言うよりも鍛えられ引き締まっているためだった。髪は染めてはいなかったが腰の辺りまで伸ばして、それをゴムでまとめていた。
顔は割と端正な方だったが、その顔に表情は無い。
夜になった街を眺めるように立ち尽くしていた少年はふと、目を細め首を振り言葉を発した。
「また、戦争が始まるんだな」
その言葉に応える者はいない。ただ、風が屋上を吹き抜けただけだった。
されど少年は何かを嘲るようにふっと白い息を漏らすと、背後にいる存在に一言命じた。
「帰るぞ」
己の背後にいた存在が同意したのを感じて、少年は校舎内に戻ろうとした。
ふと、背後を見た少年は呟いた。
「今回はどれだけの被害者が出ることやら……」
吐き捨てられた言葉は冷たい風に消えた。


二月一日 夜 衛宮邸

「ただいまー」
玄関を開けて帰宅を知らせる声を出す。
赤銅色をしたぼさぼさの髪の少年、衛宮士郎は今宵もアルバイトを終わらせて自宅に帰ってきた所だった。
士郎の声に応えて虎が叫ぶ。
「おっそおおおおおおおい!!」
次に後輩が応える。
「お帰りなさい、先輩」
そして最後にもう一人の後輩が、
「………………」
何か鬼気迫る勢いで桜の料理をガン見してた。
「えっと、ただいま藤ねえ、桜。それで零花は何してんだ?」
「………………」
「お腹が減ったそうです」
「私もへったよう!」
料理をガン見し続ける零花、それを解説する桜、ついでに便乗して叫ぶ虎。
「虎って言うなああああ!」
「とりあえず、もう少し待っててくれ。荷物を部屋に置いてくる」
「わかりました」
「急いでね〜」
「………………」

特に物が置かれていない質素な自分の部屋に戻って、荷物を置いた士郎は違う部屋に行き位牌に手を合わせた。
数秒の合掌の後、士郎はすぐに腹ぺこ大王達が待つ居間に向かった。

居間に戻った士郎はほとんど夕飯を作ってしまった後輩を座らせて、ビーフシチューを皿に盛って運ぶ。
そして全員でいただきますと言ってシチューを一口。
「先輩、どうですか・・?」
そう言って士郎を見つめてごくりと生つばを飲むのは、間桐桜。
穂群原学園の一つ下の後輩で一年くらい前に士郎が怪我をしてしばらくの間料理を作れなかったのをきっかけに毎日士郎の家に朝食と夕飯を作りに来ている。
初めは料理のイロハもわからないほどだったが、最近はめきめきと腕をあげ今では洋食に関しては士郎以上の腕前になっている。
そして今日は桜が最近挑戦しているビーフシチューだった。
「うん、おいしい。桜また腕上げたな」
「そ、そうですか?ありがとうございます」
本当に嬉しそうに笑う桜につられて士郎もつい笑顔になる。
「桜ちゃん、これおいしい!おかわりおねが〜い!」
そしてそこに横入る虎、もとい藤村大河。
士郎と桜が通う穂群原学園の英語担当の教員で士郎のクラスの担任でもある。
そして士郎が幼い頃から家を出入りする幼なじみで姉貴分であり、最近は保護者という名目で士郎や桜の料理を目当てに入り浸っている。
また、彼女にとって虎とは「深く憎み、そして愛してる」存在らしい。まあ、名前が大河、タイガ、だからな。
「はい、先生」
藤ねえの皿を持って台所に向かう桜。
それを目で追いながら藤ねえが言う。
「このままじゃ士郎も負けてられないわね〜。その内台所を桜ちゃんに取られちゃうんじゃない?」
「そうならないように気をつけるさ」
俺にはまだ和食というアイデンティティがある、と士郎は心の中で唱える。
「はい、先生どうぞ」
「ありがと〜」
そこに戻ってきた桜に声をかけるもう一人の人物。
「桜〜!私もおかわり〜!」
「あ、うん」
そう言って同級生の皿にシチューを盛りにいく桜。
その桜の同級生つまり士郎の後輩は、
「あれ、衛宮さん帰ってたんだ、おかえり」
目の前に座る先輩にやっとこさ気がつきやがった。
「さっきからずっといたけど」
「………料理に意識が向いてて気付かんかった」
「なんでさ」
先輩に敬意の欠けらもなくさらりと言ってのける後輩、天川零花。
桜と同じく穂群原学園の一年生で、夏ごろに夏バテになって学校で弱っていた所を藤ねえが連れてきたのが始まりだった。それ以来いつの間にか藤ねえとつるんで週4回は必ず来るようになり、衛宮家のエンゲル指数の増加を助長する存在となった。
桜ともすぐに仲が良くなり、たまに日曜などに押し掛けてきて桜を誘拐していきショッピングに連れ回しているらしい。
士郎としては学校ではあまり笑わないらしい桜が彼女のおかげで笑顔になっていると藤ねえが言っていたし、まあ藤ねえと違って食費を納めてくれるからいっか、とも思っていた。
「それにしても零花、今日は一体どうしたんだ?」
「ふむ?」
桜が持ってきたビーフシチューにがっつく零花は今度は余裕があったのか士郎の言葉に反応した。
「いや、なんか鬼気迫るものを感じたんだけど…」
「ふぃえ、ふぉうふぁふぉふぃふふぃふぁふぃふふぇふぁふふぇ」
士郎の言葉に耳を傾けながらそれでも零花のスプーンは止まらない。
「……言葉を話してくれ」
「『いえ、今日はお昼にありつけなくて』だそうです」
桜が零花の言葉を意訳する。
「むっ、零花ちゃんダイエットは体に悪いんだよ」
珍しく教員らしい所を見せる藤ねえ。
「ふぁふぃふぇっふぉふぁふぁふぃふぇふふぉ?」
「だから……もういい。桜頼む」
「『ダイエットじゃないですよ?』だそうです」
「じゃあ一体どうしたんだ?確か桜が弁当持っていったんじゃなかったっけ?」
最近の衛宮家は四人分の弁当を作っている。一つは士郎、もう一つは桜、三つ目は藤ねえ、そして零花の分で四つ。今日も朝、桜が零花の分も持っていったはずだった。
二皿目を食べ終わった零花はやっと手を止めて士郎の問いに答えた。
「早弁を少々……」
「もしかしてそれで全部食べちゃってお昼に食べる分が無くなったと」
「……はい」
なぜか敬語。
ああ、と頷く他三人。
士郎は桜を見る、桜はイイ笑顔だ。
士郎は藤ねえを見る、藤ねえは肩を震わせている。
士郎は、即座にキッチンへ避難した。

「ウフフ、ウフフ、心配した私が馬鹿でした」
「早弁も体に悪いでしょうがあああああ!!」
「ひっ、いやああああぁぁぁぁ!!」

キッチンで皿を洗う士郎は呟いた。
今日も平和だ。


二月一日 真夜中 遠坂邸


遠坂凛、穂群原学園二年A組所属、学園では隙の無い優等生を演じている。
そう、演じているだけ。それはただの表の顔に過ぎない。
遠坂凛の裏の顔は魔術師。
そしてこの霊地冬木を魔術協会から管理を任された遠坂家の主である。
また、凛は今日の午前1時頃新たな称号を得た。
『聖杯戦争のマスター』という世界で七人にしか許されぬ称号。
それはすなわち一騎のサーヴァントを従えているということでもある。
そしてその一騎は紅茶を片手にリビングでくつろいでいやがった。
「………………」
「む、どうしたんだ?凛、そんな怖い顔をして」
赤い聖骸布で身を包んだ白髪のサーヴァントはリビングに入ってきた己がマスターに開口一番失礼なことを言う。
今日一日で分かったことだが、こいつ性格がそうとうひねくれてる。
「誰が怖い顔よ。そう言えばあんたそういう飲食は必要ないんじゃなかったの?」
「必要ないだけで出来ないとは誰も言っていない。それに紅茶は嗜好品だ」
「そう、じゃあ私にも一杯貰える?」
「ふむ、わかった。ただ、先程いれた物は冷めてしまったので新しいのをいれることになるが?」
「構わないわ。まだ聞いておきたいこともあるしね」
「了解だ。マスター」
そう言って赤いサーヴァントはキッチンに入り準備を始めた。
その様はすでにキッチンのどこに何があるかを把握している。そして彼が紅茶をいれる事に関してかなりレベルが高い事は朝の紅茶で十二分に知らされた。
本当にこいつサーヴァントなんだろうか。
てか、サーヴァントでも「バトラー」とかのクラスなんじゃ……。
そんな一抹の不安を感じる凛は昨日の真夜中の騒動を思い出した。


「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。
降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
 繰り返すつどに五度。
 ただ、満たされる刻を破却する」

「—————Anfang」

「——————告げる」

「————告げる。
  汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
  聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

「誓いを此処に。
  我は常世総ての善と成る者、
  我は常世総ての悪を敷く者。
  汝三大の言霊を纏う七天、
  抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ———!」

呪文を唱え終わり、魔法円は輝きに満ちた状態になる。
凛は確かな手応えを感じていた。
釣り竿で鯨を釣り上げたようなもんよ。と、思わずガッツポーズをしかけて”優雅たれ”という家訓を思い出して慌ててその手を抑えたぐらいである。
そして魔法円の輝きが最高潮に達した瞬間、
凄まじい爆音と振動が居間の方から響いてきた。
それと同時に魔法円の輝きは消えた。
「………はい?」
ナンデ居間カラ音ガ聞コエタノ?
数秒固まる凛。
そこで、凛は一つのある重大な事実を思い出した。

今日、遠坂家の時計は一つ残らず一時間進んでいたことを。

やってしまった。
これが遠坂家の呪い。『ここ一番の重大な時に大きなポカをやってしまう』。
遺伝子に刻み込まれたうっかり属性が今日も例外なく発動した。
しかし凛はそんな事でくじけない、むしろ逆にエネルギーにしてやるわよ!って感じで地下室の工房を飛び出すと居間にダッシュで向かう。うっかり暦十数年は伊達ではない。
そして居間の扉を開こうとしてそれが動かないことに気がついた。
「扉、壊れてる!?」
どうやら先程の衝撃で扉がひん曲がってしまったようだ。
「──────ああもう、邪魔だこのおっ……!」
凛のすばらしいまでの蹴りが炸裂して扉が吹っ飛ぶ。
そして凛が踏み込むと、残骸。
居間にあった家具のほとんどは破損し天上に開いた穴は二階を貫通して空高くにある月が見えた。
だが、凛の視線は半壊した居間の中心、黒い鎧に赤い外套を着た人物に向けられていた。
白髪に黒ずんだ肌の男は一言、
「やれやれ、これはまたとんでもないマスターに引き当てられたものだ」
壊れた家具の上で愚痴をこぼした。



[9450] 夜にアジサイが咲く 第二話
Name: 夢想主義者◆0a0209b9 E-MAIL ID:1baea27d
Date: 2009/06/09 03:09
「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ…………………」

衛宮家の居間には正しく廃人がいた。
既にその瞳は光を無くし、その魂は昇天しかけている。
口から漏れる言葉は壊れたテープレコーダーの音を聞いているようで恐怖すら感じる。
藤ねえと桜に約2時間も説教を浴びせ続けられた天川零花だったモノだった。
既に桜は藤ねえに送られ、間桐家に帰っている。
もうすぐ、藤ねえが帰ってきて零花は藤村宅に泊まるのだと思う。

にしても説教だけでここまでなるものなのだろうか?
まぁ、台所で皿洗いをしていた自分でさえ、気迫以外の何かを二人からひしひしと感じていたのだ。
それを真正面から受けていた零花ならこれくらいにはなるのだろうと、納得することにした。
と言うか、これ以上考えるとあの桜のイイ笑顔を夢に見そうで若干怖い。
『先輩、私が悪いんです。零花を甘やかしていたんですから。明日からはしっかり矯正してもらわなくちゃ。ウフフフフフフフフ」

…………うん、お茶でも入れるか。
いや、俺は単に喉が渇いただけだ。
別に桜のあの笑顔が怖くて普通に座ってられなかったとか、何かして忘れていたいとかじゃない。
きっと違うと思う…………たぶん。



夜にアジサイが咲く#02 〜アーチャー Archer〜


時は少し遡り…

二月一日 夜 新都某所


ごう、と強い風が吹く。
現在、午後の七時。
新都に中でも最も高いビルの屋上に、凛と彼女のサーヴァントはいた。
一悶着はあったものの、どうにか主従契約を交わした二人は戦闘に備えるために地形を把握している途中だった。
日はとうに沈み、屋上の闇は地上の灯に照らされていた。
二人の目の前に広がるのは新都の全域の夜景。
「で、どう? ここなら見通しはいいでしょう、アーチャー」
凛が己のサーヴァント、アーチャーに感想を求める。

アーチャー、弓兵のサーヴァント。
それが凛の引き当てたカードだった。
灰の様な白髪、錆の様な褐色の肌、セイバーで無かったのは口惜しいがそれでもあの状況下で三騎士の一人を配下に出来たのは僥倖と言えるだろう。

「……確かにここなら町が一望できるが。地形の確認だけならば初めからここに来れば、歩き回る必要もなかったのだが」
アーチャーが愚痴を零す。
実際ここに来るまで凛はアーチャーを朝からずっと連れ回したのだ。
ここに着いた時のアーチャーの感想は「凛、将来、君と付き合う男に同情する。よくもまあ、ここまで連れ回してくれたものだ」だった。
「何を言っているのよ? 確かに見晴らしはいいけど、ここからわかるのは街の全景だけじゃない。実際にその場に行かないと、町の作りは判らないわ」
凛には全景は見えるがその細部までは行ってみないと分からないこともある。
すなわち、地上の車や人がいるのは判っても、それがどこの誰で、どんな車なのか判らないのと同じだ。
だからこそ凛はアーチャーを連れ回したのだが、当のアーチャーは少し誇らしげに言葉を返してきた。
「──そうでもないが。アーチャーのクラスは伊達ではないぞ。弓兵は目がよくなければ勤まらん」
「そうなの? それじゃあここから遠坂邸が見える、アーチャー?」
試しに自宅の方向を指さして確認する。
「いや、流石に隣町までは見えない。せいぜい深山町と新都を結ぶ橋あたりまでだな。そこまでならタイルの数くらいは見てとれる」
「うそ、タイルって橋のタイル……!?」
すでにそれは目が良い悪いを越えてると思うけど…と凛は思いつつ、目算でアーチャーの視力は望遠鏡を通して見たもの程だと判断する。
試しに自分でも目を凝らしてみるが、せいぜい橋の全景程度しか見えなかった。
「びっくり。アーチャーって本当にアーチャーなんだ。」
凛は素直な感想を述べた。
「……凛。まさかとは思うが、君、私を馬鹿にしているんじゃないだろうな?」
すこし拗ねたのかアーチャーは口を尖らせる。
そんなアーチャーの様子に凛はつい微笑んでしまう。こんな時ほど彼は良い奴だと思えてくる。
「そんな訳ないでしょ。ただね、貴方ってアーチャーって言うわりには弓使いっぽくないから、つい勘違いしてただけ」
「まあいい。そのことは帰ってから追求しよう」
それだけ言ってアーチャーは黙ってしまった。
これからの戦いのために戦場を確認しているのだろうと、凛はアーチャーから少し離れておく。
邪魔してしまってはいけない。
そう考えてふと、地上に視線を向けた。
地上には光があふれている。
人類の栄光を象徴するかのような人工の光は今や夜を昼に変えた。
かつては魔法とまで言われていた多くの領域をたった二千年でただの魔術に陥れた科学。
いずれ人は完全に魔法の領域を消してしまうのでは無いだろうか……
ふと、そんな思考に入っていた凛は視線を感じた。
昼間感じたような視線とは違う。
その時は他のマスターに監視されていた。
そのために令呪が警告を発した痛みを感じたが、今は全く感じない。
純粋な視線だった。
……下?
地上を見下ろした凛はじっと人ごみを見る。
様々な人、人、人……。
ほとんどしっかりと顔が見えないこの状態では例え顔見知りでもこの中から探し出すのは困難だろう。
だが、そいつはすぐに見つかった。
そしてそれが誰なのかもすぐに察しがついた。

衛宮士郎。
同じ高校に通う同級生。
何でこんな時間帯に新都なんかにいる。
凛はぎりっと奥歯を噛みしめた。
自分が苛ついているのは判ってる。でもその怒りはあいつに向けられたものじゃない。
あいつに、魔術師としての遠坂凛として対応してしまった、この私自身が許せない。
「凛、どうした?」
アーチャーが凛から放たれている殺気に気がつき声をかける。
「敵か?」
「違うわ。ただの顔見知り。ただの一般人よ」
それだけ言うと、凛は屋上を後にした。

あいつが見えているはずが無い。魔術師の私でさえはっきりと見えなかったのだから。きっと月でも見上げる感じで見ていたに違いない!
いつの間にか自分に言い聞かせるように、その通りなのだと言い張るように、凛は足を踏み鳴らして階段を下りていた。

「衛宮士郎……」
アーチャーの口から一人の男の名前が漏れる。
先程凛が放っていた殺気とは比べ物にならない殺気を放ちながら霊体となったアーチャーは凛が呼ぶまで、屋上を見上げ今はもう深山町の方向に向かっていく一人の少年を睨み続けていた。


二月二日 朝 藤村邸

「い〜や〜だ〜!!学校行かない!!今日はお家帰る〜!!!」
「良いから、良いからさっさと行くよ〜。零花ちゃん」
何かをひきずる音と、悲鳴が玄関から聞こえている。
「ぜったい桜怒ってるもの!!タイガーだって昨日の桜の顔みたでしょ!!」
どうやら昨日の桜のイイ笑顔がトラウマになっているらしい。
恐怖症のあまり自分が何を口走っているか本人も気付いていない。
「へぷっ」
いきなり大河が襟を掴んでいた手を離し、床に落ちる零花。
「いったーい。いきなり手を離さないでよ、藤村センセー」
「………………」
「?藤村センセー?」
無言の大河に零花は嫌な予感がして錆びた人形のように首を後ろへと向ける。
そこには、肩を震わせている大河がいる。
「………………」
零花は思い出す。
「誰が…!」
この人、藤村大河に、「タイガー」という呼びかけは禁句であることを。
「タイガーだあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「ごめんなああああぁぁぁぁぁさい!!!!!!」

朝から賑やかな藤村邸だった。



[9450] 夜にアジサイが咲く 第三話
Name: 夢想主義者◆0a0209b9 E-MAIL ID:1baea27d
Date: 2009/06/09 03:08

一月三十一日 夜 冬木市某所

新都、冬木市の中でも近代的な開発が進んでいる地区で、昔からの町並みを残した深山町とは川を隔てた位置にある。
その新都の中でも最近建てられたばかりのビジネスビルの一室で、怪しげな会談が開かれていた。
今どき時代錯誤も良いようなサングラス装備の黒服集団と、どこをどう親切に見てもカタギには見えない男達が、ガラスのテーブルを挟み向かい合っていた。
お互いリーダーの男達は高級ソファに座り片方は無表情、もう片方は煙草を唇に挟んで含み笑いをしていた。
そしてお互いの後方に二人ずつ部下を立たせていた。
お互いに無言。
殺気立った空気が充満する中、先に動いたのは黒服の男だった。
「これが依頼品だ」
そう言って黒服集団のリーダーは部下に黒いスーツケースをテーブルに置かせて中から怪しい白い粉を取り出す。
煙草の男はそれを受け取ると注意深く眺めた後、指を鳴らして後ろに控えていた男にまた白いスーツケースをテーブルの上に運ばせた。
かちゃ、かちゃとかけられた鍵を外し白いスーツケースに詰められた大量の札束を見せた。
黒服の男はそれを受け取り中身を確認すると、白いスーツケースをまた閉めた後、満足そうに言った。
「商談、成立だ」
そして一瞬お互いの空気が緩んだ瞬間、

ぷちっ

という音と共に部屋の電気が消えた。
騒然となる男達、お互いを怪しみ、服に隠していた銃器をとり出してお互いに銃口を向けた直後、その部屋の入り口から侵入してきた存在に男達は固まった。
入り口から入ってきたのは骸骨の集団。
まさしくどこかのゲームに出てきそうな骸骨集団はかちゃりかちゃりと骨を打ち鳴らしながら、部屋に侵入する。
恐怖と共に銃口を骸骨集団に向けた男達。
しかしその銃から弾が発射されることは無かった。



夜にアジサイが咲く #03 〜其は始まりの日 It is a day of the openings〜



とても大きな火事があった。

俺はその火事で身の回りの物、全てを失った。
家、家族、そして俺の記憶。

気がつけば、病院のベッドの上だった。

君は奇跡的に生き残ったんだよ。
そう言って妻と娘を失った医者は泣いた。
この子の分まで生きてね。
そう言って娘を亡くした看護師は写真を片手に去った。
ずるいと思った。
俺だって泣きたかった。
でも、泣けない理由があった。
泣いてはいけない理由があったんだ。


苦しい…
助けて!
この子だけでも…
腕が、腕が、
ここよ!ここよ!
だれかぁ!
熱い。
息が…できない。
痛いよぉ。
誰か僕の両足を知らない?
助けてよ。
あけて。
苦しいよう。
助けて。
助けて。
タスケテ……


俺は逃げた。
逃げて、逃げて、逃げ続けた。
俺だって助けて欲しかった。
でも俺は逃げる事に精いっぱいになっていた。
最後には俺の周りはとても静かだった。
雨がぽたぽたと俺の頬を濡らしていた。


死ぬと思った。
きっと声をあげていた人たちのように死ぬと思った。
いや、逃げた分だけ俺は苦しむのだと、思った。
もう、体は動かなかった。
指の先にまで鉛が入っているような、そんな感じ。
まぶたを動かすのが、億劫だった。
息をするのが、痛かった。
生きるのが、辛かった。
そして、ようやく、目を、閉じた。


「生きているのかい?」

そんな声がやっと眠りについた俺の耳に入ってきた。
重い瞼を開けてみると見知らぬやつれた男が俺を見下ろしていた。
男は俺が生きていると知って救われたような表情で笑顔になった。
なぜこの人が喜ぶのか。
そんな疑問が頭に浮かぶより先に俺は気を失った。



冬木市立総合病院 病室

それは怪我が治り退院も近づいてきた頃だった。

その日もいつものように病院のベッドの上で呆然と窓を眺めていた。
窓の外には病院の中に作られた中庭が見える。
円形をした病院の中心には太陽の光を浴びる巨木があった。
正式な名前は知らなかったが、生命力に満ちあふれたその巨木は患者達の心の励ましであり、その巨木に寄り集まる鳥達は患者達の心の癒しだった。
俺もそれを眺めながら、心だけが違う場所にあった。

炎に囲まれた丘───
だれもいないそこには俺がただ一人立ち尽くし、ただ一人涙を流し──

「てい」
ごつん、という音と共に激痛が脳天に走った。
「いってえ!」
突然の痛みに涙目になる俺は、ゲンコツを握りしめながら立つ同い年の少年に文句を言った。
「痛いよ、紫陽(しよう)」
「よびかけに気付かないヤツが悪いと俺は思うんだけど?」
そう言って紫陽がベッドの横にある椅子に座ると俺達は話し始めた。
いつもくだらない内容だったのを憶えている。
やれ、近所の金髪の兄ちゃんが金ぴかだの──
やれ、引き取り手の養父が悪趣味だの──
やれ、泰山のマーボーは辛いだの──
とりとめもない、下らない会話。
数年来の知り合いのように仲の良い俺達だったが、俺達が知り合いになったのはほんの数日前だった。

その日、入院して初めて医者に起き上がる事を許可された俺は起き上がって初めてその窓の向こうを見た。
そして今まで見た中で最も高い巨木に愕然とした。
それはこの病院の入院患者誰もが思う感慨だ。
実際この木は五階建ての病院をゆうに越す程の高さで、幹が二本あれば巨人と見間違ってもおかしくなかった。
それでもこの病院のすごい所は病院の至る所に窓が開いており、日中ならば必ずどこからか日の光が中庭に届くように設計されていた。
お昼ご飯を持ってきた看護師さんが俺に言った。
「あの木はこの病院が建てられる前からあそこに立っててね、病院が建てられる時はあの木をできるだけ切らないように設計されたの」
なるほど、と頷く俺は俺のいた五階と変わらない位置までその巨木を登っていた自分と変わらない程の年ごろの少年と目が合って、呆然とした。
「…………………やぁ」
「…………………やぁ」
それが紫陽だった。


冬木の大火災。
それから生き残った、たった数人の生還者。
その内の二人が俺と紫陽だった。
大火災の際、紫陽は軽傷で済んだらしく今の彼の養父である人物に発見されたらしい。
一方、俺は体中に大怪我をしていて、発見者がすぐに病院に担ぎ込んできたらしい。
そんな二人が巡り合い、こうして友人になったのは偶然だった。
境遇は違うが、出会えた二人は出会ったその日に友人になった。
同年代だった事もあったが、それ以上にお互いに家族を火事で失った事が俺と紫陽をお互いに引きつけたのでは無いだろうか。


そんな俺達の間に入るようにその男はやってきた。

「…やあ、君が士郎くんかい?」
そう言って現れた俺の命の恩人は疲れたような笑顔を浮かべながら病室の扉の前に立っていた。
よれよれのコートとぼさぼさの髪。
男は呆然とベッドの上で座る俺とその横にいた紫陽に自己紹介をする。
「僕の名前は衛宮切嗣という──率直に聞くけど、知らないおじさんに引き取られるのと、孤児院に引き取られるのどっちがいいかな?」
命の恩人の質問に、俺は一瞬の逡巡と共に紫陽を見た後、未来を決定させる答えを口にした。

数日後、俺は無事に退院した。
「紫陽君との別れは済んだのかい?」
俺の横を歩く養父が俺に訊ねた。
「うん。それにもう二度と会えないってわけじゃないし」
「そうだね、───ああ、そうだ大事な事を言い忘れてた。最初にこれだけは言っとかなくちゃいけない」
「──────?」
「うん…実を言うとね、僕は魔法使いなんだ───」


十年後 二月一日 朝 衛宮邸

「──ぱ─、えみやせん─い───」
う、この声は…
今何時だ?
士郎はまぶたをこすりながら目を覚ます。
「ん…ああ。桜、おはよう」
「おはようございます。先輩」
伸びをして起きた士郎は自分が土蔵にいる事に気付く。
目の前には制服姿の桜の姿、朝の清々しく寒い空気が漂っている。そして士郎が寝ているブルーシートの横に組立途中のガスコンロが置いてある所を見ると、
「なんだ。俺、土蔵で寝ちまったのか?」
「そうみたいですね」
ふふ、と桜が笑うので士郎も苦笑を浮かべて立ち上がる。
どうやら昨夜は鍛練の後でガスコンロを組み立ててる最中に寝てしまったらしい。
ぶるっと二月初めの朝の寒さに体を震わせて桜に訊ねる。
「なあ、桜。今何時だ?」
「もう六時半ですよ」
「げっ、てことはもう料理の支度は……」
「はい、終わってます」
だよなあ…と肩を落とす士郎。
「悪いな、桜。今朝は俺の当番なのに」
「いいんですよ、先輩。私、先輩にはたまに寝坊していてくれた方がうれしいです。お世話しがいがあります」
ふふ、と笑う士郎。
「そんな訳にもいかないだろ。桜は大事な後輩だし。それにそんな事じゃ、慎二のヤツや零花に怒られちまう」
そうですね、と笑う桜。今日も桜の笑顔は素直でキレイだった。
「それにともかく、先輩が朝寝坊なんて本当に珍しいですね」
「そうだな」
桜に毎朝、料理を作らせる訳にもいかないし、それが習慣になっても困るし。明日は早起きしよう。うん、台所の権威は奪われたくないし。
「そう言えば、そろそろ藤村先生が来ちゃいますよ」
「そうだな。これじゃ藤ねえにふっ飛ばされるからな」
さすがに作業服姿じゃ、昨日土蔵で寝た事がバレるだろうし。
「それじゃ、先輩。私先に台所で待ってますね」
「ああ、わかった。すぐに俺も手伝いにいくよ」
はい、と桜は居間の方に歩いていった。
その後ろ姿を見送った後、士郎は自分の部屋に向かった。

土蔵は士郎の落ち着く場所だ。
子供の頃から、父の目を盗んじゃ忍び込み。
いつの間にか自分の基地にして、今に至っていた。
士郎の父こと衛宮切嗣が死んでもう五年。
こんなだだっ広い武家屋敷に住んでいながら、衛宮切嗣は天涯孤独の身だった。
だから、彼の遺した物は養子の士郎が相続する事になった。
士郎の手に負えないややこしい話は切嗣の知り合いだった藤村の爺さんが引き受けてくれたのだった。
藤村の爺さんは近所に住んでる大地主で、その孫娘は、
「しろ〜う〜。ま〜だ〜!?」
今は居間で雄叫びを上げていた。

いつも通りの朝食を終え、いつものように藤ねえが慌てて学校に向かい、いつもと同じく桜と皿洗いをする士郎。
じゃぶじゃぶ、と水と洗剤とスポンジを使って慣れた手つきで皿を洗う士郎。
ふきふき、と布巾を使って同じく慣れた手つきで皿を拭いていく桜。
二人だけの静かな時間。
どこかこっぱずかしい時間の中、それでもテレビはニュースを流していく。
『───昨日のガス漏れ事故に居合わせた方々は依然意識不明の重体です。警察署の調べに───」
またか。と士郎はため息を吐く。
新都のガス漏れ事故は最近嫌に多い。
警察の懸命な調査が続けられてはいるが、原因は未だ不明とされていて後を断つ様子はない。
士郎が自分の手の届かない所での事故に胸を痛めていると、
「先輩…その手──」
そう言って皿を拭いていた桜の手が止まった。
「あれ?」
士郎も自分の手の異常に気がつく。
「──何だ、これ?」
一筋の血が左手を走っていた。
「昨夜ガラクタいじってる時に切ったかな?」
ふと、桜が顔色を青くして手を見つめているのに気がついた士郎は、
「ん、ああ?大丈夫だよ!痛みも無いし。すぐ引くだろ。気にするほどじゃない」
笑顔で桜を安心させようとした。
「はい、先輩がそう言うんでしたら」
桜もそう言ったきり追求はしてこなかった。



[9450] 夜にアジサイが咲く 第四話
Name: 夢想主義者◆0a0209b9 E-MAIL ID:1baea27d
Date: 2009/06/09 03:10
五年前 夜 深山町

「ボクは昔、正義の味方に憧れていたんだ」

夏のある日、縁側でスイカを食べる息子に男は語った。
男は息子の驚いた表情を横目に言葉を続ける。

「でも、ボクはなれなかった」

そう、男はなれなかった。
彼の願う理想は現実に打ち砕かれた。
───誰かを救うには誰かを切り捨てるしかない
故に愛する人も見ず知らずの他人すらも、等価値で秤にかけてきた。
それは「多数を生かすために少数を殺す」という彼の本来の理想に最も近く、決定的に違う行動。
そして理想の否定でもあった。

傍らの息子を見やる。
男が救い、また己を救ってくれた少年。
彼の命の下には幾千人もの人間達の命が犠牲になっている。
それをいつかこの子は悔やむのだろうか。
その時は自分を恨んでくれればいい。
彼しか救えなかった、英雄でさえないこの自分を。
ふと、息子の口が開いた。

「オヤジ…俺も正義の味方になれるかな……」

予想外の言葉に男は一瞬呆然とした。
「それはとても難しい問題だよ」
こう返すのが精いっぱいだった。
───この子に同じ道を歩ませてはいけない
そう思った。

「士郎が言ってるのは誰も彼をも助けるということだからね」

否定しなくては、しなければならないのに

「いいかい、正義の味方が助けられるのはね。彼が助けると決めたものだけなんだよ」

どうしようもなく……嬉しかった。

「爺さんの代わりに俺が、正義の味方になってやるよ」

自分の思いを継いでくれる者がいる。
そのコトがどうしようもなく嬉しかった。
男は未来に思いを馳せる。
迎えに行けなかった自分の娘、自分と敵対していた男の娘、最後に己の前に立ったあの男。彼らはいずれ戦場にてこの子の前に立ちふさがるのだろう。
だが、そんな未来はあってはならない。
故にこの子にどれだけせがまれても魔術を教えることはなかった。
故に聖杯戦争のコトは話さなかった。
そして保険として、あれを封印する手筈も整えてある。
あと、三十年から四十年の間に封印できるはずだ。
だから君は血なまぐさい戦場とは無縁の正義の味方になってくれ。

「ああ、安心した」

衛宮切継の最期の言葉だった。


夜にアジサイが咲く #04 〜男子生徒 a boy student〜

二月一日 夜 深山町

電灯がまばらに点いた無人の夜道を足早に通りすぎていく。
バイトが予想外に長引いてしまい帰宅時間もゆうに越してしまっていた。
怒る姉や笑顔の後輩を思い浮かべながら士郎は歩いていた。
辻斬り事件やガス漏れ事故により人通りはほとんどない。
たまに見かけるのはカラスがせいぜいだった。

辻斬り事件か……
ふと、事件と聞いて体が硬くなる。
辻斬りと言う以上、犯人がいる。
他人を傷つける悪がいる。
なのに、俺は何も出来ていない。
焦りはすれど何もできない自分に更なる焦燥を感じる。
俺は約束を守れるんだろうか……

───爺さんの代わりに俺が、正義の味方になってやるよ。

昔交わした約束を思い出す。
養父であった衛宮切嗣が死ぬ間際に語った彼の願い。
そして、それを継いだ己の現在。
こんな時こそ亡き養父に問いたかった。
俺は何をすればいいのだと。

突然、電灯が消えた。
「!?」
暗闇に星のみが光となった空間で士郎はパニックになる。
されど体の自分ではない部分、もう一つの自分が動くなと言っていた。
ふと何処からか歌が聞こえた。
(童謡?)
士郎は暗闇の中を見渡す。
するとそれに合わせたように一つだけ電灯が点いた。
士郎の視線が一ヶ所で停まる。
さっきまで誰もいなかったはずの路地の先に一人の妖精がいた。
いや、正確には妖精ではない。
それはただの少女だった。
されど、雪のような銀髪を舞わせ可憐な歌声で踊るその姿は妖精と見間違えても仕方がないと言える。
少女は口ずさむように歌を歌いながら踊るような足取りで士郎に近づいていく。
士郎は動けない。
足が、手が、首が、目が、体全部が針金で止められたかのように少女に釘付けになっていた。
人通りの無い道を歌いながら歩く美少女、それは異様としか言い様がなかった。
されど、その異様は美しかった。
そして異様そのものの少女はすれ違いざまに士郎に声をかける。

「早く呼び出さないと……死んじゃうよ? お兄ちゃん」

慌てて振り向いた先には電灯がまばらに点いていただけだった。



同日 昼休み 穂群原学園

ちゅー
自販機で買ったジュースをストローで飲みながら零花は教室に向かっていた。
時間は昼休み、今日も早々に食べてしまった昼食のため少し小腹が空いていた所だった。
昨日、あれほどのトラウマを心に刻みながらも翌日にすぐに早弁とは…零花は意外にずぶといらしい。
仕方なく売店の菓子パンでも買おうかとも思ったが、しかし零花は無駄遣いはできない。
零花は一人暮らしをしているため仕送りを祖母の仕送りを受けて生活をしている。
最近は衛宮先輩や桜のおかげで食費が軽くなっているが、それでも零花は年ごろの女の子だ。お金がかかる年ごろなのだ。
くぅ、
「………はぁ」
我慢だ。我慢なのだ、零花。
売店の菓子パンを横目に耐える零花。
「君が天川さんかな?」
突然後ろからかけられた声に零花がびっくりして振り返ると見知らぬ男子生徒が立っていた。
身長は衛宮先輩より少し高いぐらいで、顔は無表情、そして特徴的なのが腰辺りまで伸びた髪、生徒指導につかまらないのだろうか?
「……?どちら様ですか?」
観察した後、警戒しつつ余所行きの礼儀を口にする。
「怪しい者じゃないよ、生徒会の者さ。端的に質問すると、天川さんは間桐桜と親しいと聞いてるけど事実かな?」
淡々とした表情のまま淡々とされど妙に軽い口調で自らの所属を明らかにする男子生徒は聞きなれた名前を口にした。
「ええ、たしかに間桐さんとは割りと親しくしてますが…彼女にご用ですか?」
実際さっきも昼飯を早く食べ過ぎて桜の弁当をつまみに行ったら叱られた所だ。
「そうでもないようで、そうでもあるだなぁ」
判然としない返答に零花は首をかしげる。
「どういうことです?」
自称生徒会関係者の男子生徒は零花の質問には答えず売店に行きおにぎりを幾つか買うと零花に聞いた。
「はい、ここで質問。俺はこれから昼食なのだが、天川さんもどうかな?おごるけど」
そう言って振り向いた男子生徒の前から消える零花。
「では、こしあん、つぶあんのあんパンを二つずつにミタラシ団子とこのコロッケパンと焼きそばパン、プリンにゼリーを……ああ、それからミルクティーを一つ。ええ、お金はあの人が払います」
「1090円になります」
「……喰いすぎだろ……釣った俺が言うのも何だが……高校生にもなって知らない人に食べ物で釣られるのはまずいのでは?」



「ふぉれふぇ?ふぁふふぁふぃふぁんふぉふぉうふぇふふぁ?」
「頼むから、せめて口の中のものを食べきってから喋ってくださいな〜」
生徒会と名乗った男子生徒は零花の飛ばすパンかすが服に着くのを右手で防ぎながら言った。
場所は屋上、ちなみに変な噂をされるのも面倒なので屋上の奥で割りと見えない位置にいる。
「それで?桜に何の用ですか?」
「そうそう、最近彼女の様子はどうなのかな〜って思ってさ」
この男子生徒の淡々としていながら妙に軽い口調にも慣れてきたのか、不可解な質問に警戒しつつも零花は普通に受け答えをした。
「? 桜の様子ですか?何で生徒会の先輩がそんな事を気になさるんです?」
「ああ、なになに、生徒会っていうのはただの建前でねぇ。実は俺は間桐慎二の親友でさ。最近あいつの様子がおかしい気がしてるんだ」
「それで桜に何かあったのかと?」
「そ、天川さんも知っていると思うのだけど?あいつはよく妹の桜君に良くないことをするからさぁ…」
ああ、そのことか。と零花は納得する。
間桐慎二は時に彼の妹である間桐桜に暴力を振るう。
それを知った衛宮先輩が怒りに任せて慎二を殴ったこともあった。
零花もそれを知り、怒ったことがある。
ただ、相手は慎二ではない。
桜に対して、だった。
零花は慎二に対し怒ることも無意味だと思っているからだ。
あんなのは相手にするのも時間の無駄だ。
だが、桜は違う。
なぜ自分に言ってくれなかったのかと、なぜ助けを求めてくれなかったのかと。
桜は涙を流しながら激昂する零花に同じく涙を流しながらごめん、と謝った。
「それでそこんとこどうなのかな〜」
ふむ、と零花は考える。
桜の様子……………
思い浮かぶのは、
台所にいる桜………
鶏ささみのサラダ、秋刀魚塩焼き、唐揚げ、肉と野菜の炒めもの……
「とりあえず、ゆだれは拭いた方がいいよ」
「はっ!」
慌ててゆだれを拭く零花。
「ま、その様子なら特に変わりは無いようだね」
「べ、別に鶏ささみのサラダを思い浮かべたわけじゃないですよ…」
赤面しながら先輩の表情を見る。
しかし予想に反し、その表情に変化はない。
完全な無表情、と言うかこの人に表情あるんだろうか?
「ありがとう、どうやら俺の思い過ごしだったようだ」
そう言って先輩は鮭のおにぎりを包装紙からとり出した。
それじゃ、と立ち上がり教室に戻ろうとする零花。
そこに、
「もしもの話だが…」
先輩の声がかかる。
「もしも君にどんな願いをも叶える権利があったとして、君は、天川さんはそれを手に入れたいと思うかな」
「いきなり何ですか?」
零花はこの先輩の言葉の意味をはかりかねる。
「いや、確か君は10年前に御家族を亡くしていると聞いてね」
「なっ」
零花の動きが停まる。
思い出したくないモノが頭の中を這いずり回っていく。
ナゼ知ってる?ナゼそれを今口に出す、ナゼ、ナゼ、ナゼ……
男子生徒の言葉が遠い異国のようなものに聞こえてくる。
「どうかね?両親の蘇生を祈ってみるのも、良いと思うが」
動けない零花に先輩は言葉を続ける。
「む?それともおにぃ「ふ、ふざけないでっ!」
ある言葉が出た瞬間に手に持っていた菓子パンを投げつけた。
そしてそのまま屋上から逃げるように走り出す。
走る、走る、走る、走る。
何度も何度も色んな人や、物にぶつかって、それでも零花は走っていく。
いやだ、いやだ、いやだ!
思い出したくない。
燃エテ炭ト骨ニナッタ父ダッタ物
忘れていたい。
融ケテグチャグチャニナッタ母ダッタ物ノ顔
思い出したら潰れてしまう。
イヤダ、イヤダ、イヤダ!
これ以上思い出したら………

『残念ですが、■■さんは遺体が発見できませんでした。ですが、■きている可能性はほぼ零かと」
あの人はぜったい生きているに決まっているのだから。

どん

「きゃっ」
誰かにぶつかって尻餅をつく零花。
腫れぼったくなった目の前にいたのは、大好きな親友の姿だった。


ひゅう、と風が吹く。
冬木市の暖かい冬にしては珍しく、寒い風が渦巻いていた。
後に残るのは屋上に一人、何事も無かったようにおにぎりを食べ続ける男子生徒の姿。
「…………」
男子生徒は投げつけられ足下に落ちた菓子パンを拾う。
「からかいが過ぎたかな〜」
だが、と男子生徒は表情を変えずに淡々と言葉を繋ぐ。
「どんな聖君でも邪な願いは持っているものだ。君もそうだろ?雨生零花?」


放課後 屋上


夕焼けが沈む放課後の学園には生徒の姿は全くなかった。
常ならば、部活や勉強、私用により残る生徒は多いが今日からは辻斬り事件等の多発により放課後の部活動、居残りの禁止が発表された。
ただ、そんな学園の中で一人男子生徒が屋上にいた。
腰辺りまで伸ばした髪を一本にまとめその表情に感情は全くない。
フェンス越しに深山町を眺める彼は、背後に立つ人物に声をかけた。
「それで、間桐の娘が俺に何の用だ?」
「わかってるんじゃないですか?」
「さあ?特に思いつくことはないが」
「零花…天川さんがあなたに酷いことを言われたと聞いたのですが」
そこで初めて男子生徒は振り返った。
やはりそこには表情は無い。
「ああ、天川零花か。あれは少しからかいが過ぎた。すまなかったと謝ってくれ」
流れるように出た台詞に桜は男子生徒を睨む。
そして心に浮かぶのは、普段笑顔の絶えない親友の涙。
かつて自分を叱りつけてくれた時にしか流さなかった親友が泣いた。それほどのことをこいつは言ったのだ。
「……………」
許せない。
「うーむ、本来は君に用事があったんだけど…どうやらもう無理みたいだな。その様子では聞けそうにない」
桜の表情はいつも衛宮邸で見せる穏やかなそれではなく、例えるならば鬼子母神の怒りの表情そのものだった。
「なぜ零花なんですか?」
「む?」
「あなたは零花の過去を調べ上げていた。そう聞きましたが?」
「それを聞いてどうするんだ?」
「友達が無意味に身辺を探られていると聞いていい気にはなれません」
「……俺は管理者の助手として今回の戦争の参加者候補の情報を集めている。そこにたまたま彼女の情報があった。それだけのことだ」
「…………」
「……信じられないといったところか」
「そういうわけではありません。ただ、そのリストに彼女がいる意味わからないだけです」
「もしも、彼女が候補者だからと言ったら?」
男子生徒の言葉にはっと目を見開く桜。
その様子を男子生徒はじっと観察する。
桜はふるふると拳を握りしめる。
「……二度と……金輪際二度と彼女に近づかないでください」
珍しく、普段人に自己主張をしない桜にしては珍しく言葉を荒げる。
「…ああ、わかったよ。肝に銘じておこう。今の君に逆らったら殺されそうだ」
桜の言葉に無表情でおどける男子生徒、彼はそれだけ言うと桜の横を通って階下に下りていく。
その一挙動を殺気をこめた目で追う桜に、男子生徒は階段の途中で停まると訊ねた。
「ところで、さきほどの近づくなという言葉……あれはどっちの君の言葉なのかな?」
「……………」
戯言を残し男子生徒は去っていく。
桜は一人、立ち尽くしていた。


校庭を歩いていく男子生徒はふと、さきほどの桜の様子を思い浮かべる。
『……二度と……金輪際二度と彼女に近づかないでください』
そう言った彼女の姿、
「あれでは、まるで……”正義の味方”じゃないか」
正義の味方、そう呟いた瞬間だけ彼の表情が微かに歪んだのを彼自身気付いてはいなかった。



[9450] 夜にアジサイが咲く 第五話
Name: 夢想主義者◆0a0209b9 E-MAIL ID:1baea27d
Date: 2009/06/09 03:11
二月一日 夜中 衛宮邸・土蔵

土蔵の中心に一人座る。

今この瞬間から日常の衛宮士郎は消える。

優しい後輩と料理を作る衛宮士郎はいなくなり、
腹ぺこな後輩に振り回される衛宮士郎もきえて、
元気過ぎる姉に文句を言う衛宮士郎も消滅し、
優等生の同級生に憧れる衛宮士郎もいない。
今この瞬間から衛宮士郎は一般人から一つの神秘を起こす存在、魔術師に変わる。
だから、ここにあるのは一つの魔術。
「――――同調(トレース)、開始(オン)」
世界が己に向い閉じていく。
背筋に新たな神経が繋がっていく。
魔術回路、魔術師が魔術という神秘を行うのに必要なもの。
「ーーぐっ」
全身が裂けるような痛みが走る。
間違ってはいけない。
一つでも失敗すれば死に至る。
これは神秘のための経緯。
故に神経は鋭く、集中する。
流す魔力の位置もその量も間違えてはならない。
そのためにイメージする。
イメージは剣、鉄の棒のような武骨な剣
己は剣、己は鉄。
かちっ
神経が魔術回路へと完全に代わる。
そして、今、衛宮士郎は神秘と化した。
「ーーーーはあっ、はあっ」
息が荒れる。
肩が上下する。
『日々の鍛練を欠かしてはいけないよ』
養父の言葉に従い今日も鍛練を繰り返す。
こうして繰り返してきた。
ただ、これが正しいのかはわからない。
これしかできないのだ。
だからそこに正誤は関係ない。
衛宮士郎は今日も鍛練を欠かさない。

鍛練が一段落つき、まわりの物を見た。
月明かりに照らされるのは空洞の暖房器具。
思いつきで試してみた「投影」の結果だった。
残念ながら中身はできず、形ばかりの物となってしまった。
『君には「投影」より「強化」の方が向いてるよ』
養父の言葉に従い「強化」の練習を繰り返す一方、たまにこうして「投影」を行う。
「「強化」より「投影」の方が簡単なのにな」
ごちる士郎、されど彼は養父の言葉を信じ、「強化」を主に鍛練をしているのだった。
魔術を全く教えてくれなかった養父だが、魔術師としてのある程度のルールは教えてくれた。
「魔術を人に知られてはいけない」
「己が魔術師であると人に知られてはいけない」
この二つを守り続けてきて早、数年。未だある1人を除いて誰にも知られてはいない。
その1人も信頼のおける人物だから他人にばらすことはない…………はずだ。




夜にアジサイが咲く #05 〜遭遇 encount〜



二月二日 朝 穂群原学園

さて、士郎は物体の構造を連想、把握する能力に長けている。
これは養父でさえ驚いた才能だった。
だがそれは魔術師としては全くの無能。
根源というものを目指す魔術師にとって、存在する物の構成を知ることなど意味のないことなのだ。
まあ、今となっては機械の修理には不可欠な能力なのだが。

「すまないな、衛宮。この度我が生徒会室の暖房器具が天寿を全うなされたのだ」
そう言って我が校の生徒会長、柳洞一成は生徒会室で念仏を唱え始めた。
柳洞寺という寺の跡取りであるためか少々浮世離れした言動が目立つ人物だが、生徒会の会長に立候補した際学園の革命を行うとまで言った責任感の強い人物だ。
実際どうやら我が校の予算配分には問題があったらしく、文化系の部に対する不遇を訴えて出たのだ。
「あのなぁ、天寿全うしてたら俺でも修理できないぞ」
正論を言って目の前の生徒会室の暖房器具に手をつける。
一成の改革も中々軌道にのらず、今年の冬も士郎が学校のあちこちの備品の修理を行うことで乗り越えている。
「うむ。まあ万が一ということもあるからな、だから修理を頼みたいのだ」
「わかった。見てみるよ」
うむ、頼むぞ。と笑顔の一成にいつも通り出ていってもらわねば、
「ところで一成、少し外してもらえるか?」
「デリケートな作業なのだな?うむ、俺は衛宮の邪魔はせん」
一成が一人納得し廊下に出てドアを閉める。
まあ、デリケートっちゃあデリケートだな。
そう、俺の物体の構造を把握する能力はもっぱら学校の備品を修理する際に有効に使われているのだ。
俺は目を閉じて秘密の呪文を口にする。
「――――同調、開始」
暖房器具の構造を連想、把握する。
断線しかかっている電熱線が二つ。まだもつな。
む、電源コードの方は絶縁テープの補強でどうにかなる。
これならどうにか今年の冬は越せるだろう。
士郎はスパナをとり出して修理にとりかかった。


同日 朝 校門

「うそ……」
凛は片手を顔に当ててため息をつく。
(だから言っただろう?何事にも例外が存在するものだ)
霊体となったアーチャーがレイラインを通し語りかけてきた。
なるほど、と凛は理解する。
何事にも例外は存在する…か。
わかったわよ。聖杯戦争において常識は軽く凌駕される。
なにせ参加者は全員が魔術師なのだから。

学園に突然、結界が敷かれていても驚いてはいけない。

そうだ。あいつを問い詰めてみよう。
何か知ってるかも。
今回の聖杯戦争には参加の意思はないと言っていたし、こんな三流なことをするヤツじゃないけど。
敷いたヤツの情報を持ってるかも知れないし。
ま、他の魔術師の仕業だとしてもあいつの仕業だとしても、壊す、確実に壊す。
遠坂の領地に含まれるこの場所に無断で結界を敷いたことを後悔させてやらねば。
……だが学園をまるごと囲むような結界だ。
幾つか基盤が存在するに違いない……
(凛?)
アーチャーがの呼びかけに凛は思考の渦から脱却する。
(どうしたの、アーチャー?)
(校門の入り口でこちらを見ている者がいるが)
校門の入り口には髪を腰まで伸ばした男子生徒が無表情でこちらを見ていた。
(向こうからおでましね)
そう言って凛は男子生徒に優等生の顔で挨拶するのだった。
「おはよう。言峰くん」


同日 ホームルーム前 廊下

「済んだぞ、一成」
修理を終えた士郎の言葉に一成は感謝の言葉をかける。
「おお、助かった」
「そろそろ、ホームルームだな」
「お、そうか。すまん」
二人は教室に向かって歩き出す。
「朝から頼みごとをして遅刻させたとあっては友人失格だ」
友人の言葉に苦笑する士郎。
そして前を向いた一成の
「げっ!」
という言葉に驚いた。
士郎も前を見ると、そこには美少女がいた。
名は遠坂凛。
士郎と同学年であり、学園のアイドルである。
彼女はアイドルの名にふさわしい成績優秀、才色兼備といった世辞がそのまま似合う少女だ。
全校の男子生徒の憧れであり、きっとミス・穂群原とかあったら間違いなく一位になるんだろうな。
その美少女は今、
「遠坂凛!!」
という生徒会長の奇声に振り返って士郎達の方を見ていた。
「あら…生徒会長」
やれやれといった感じの遠坂に一成はコップいっぱいの青汁を一気飲みでもしたような顔をする。
「ホームルーム前に遠坂に会うとは…今日は不吉だ」
「失礼ね…人を疫病神扱いしないでよ」
そりゃ確かに。
一成は学園のアイドルにあろうことか汚い犬を追い立てるようにしっしっと片手で払っいながら、
「お前は存在そのものが悪なのだからな。俺はその魔の手から全校生徒を守る義務があるのだ」
と宣言した。
「お…おい一成!なんだか知らんが言い過ぎだろう?」
さすがに士郎も止めに入る。
「ずいぶんな言い草ね」
ふう、とため息をついて遠坂は教室に向かい始めた。
「まあいいわ。それじゃあね柳洞くん」
にらみつける一成に手をひらひらと振る。
「あ…遠坂!」
ん、と再度振り返る遠坂。
あれ、何で俺呼びかけたんだ…?
とりあえず感想を述べた。
「遠坂も朝から大変だな」
「……衛宮くんもね、生徒会の手伝いご苦労様」
そう言って側にいた男子生徒に声をかけた。
「行くわよ。言峰くん」
「ああ」
返事をした男子生徒は教室に入った遠坂を追おうとして、振り向きざまに士郎と一成を見た。
一瞬、士郎と言峰と呼ばれた生徒の目が合う。
「…………………」
「………………あ」
士郎が声をかけようとすると、ふいっと言峰は目を逸らして教室に入っていった。
その後ろ姿を見続けていると一成が声をかけてきた。
「ふん、いいか。衛宮」
一成を見ると眼鏡をずりあげて語り出す。
「確かに遠坂は一見優等生だ。実際優等生なんだが、それこそ我々を陥れる重大な罠だ。一部の男子がアイドル視しているのは知っているが…油断しているといつか痛い目を見るぞ?」
「…なあ一成。お前、遠坂が嫌いなのか?」
ついそんなコトも聞きたくなるのだが…
「嫌いだね!!なんせあいつは猫の皮を被った悪魔だからな」
あ、開き直ったか?
「お前は知らんだろうが、あいつのおかげでうちの執行委員は……」
まあ、一成は昔委員会関係で遠坂と何かもめ事があったらしく印象が悪いんだろう。
実は士郎も遠坂に憧れているクチなのだが。


同日 昼 屋上

「それにしても、学校にあんた以外の魔術師がいるなんてね」
凛は購買で買ったサンドイッチを片手にため息を吐いた。
「それは十分予測しえたコトだと思うんだけど?」
長髪で無表情の生徒、言峰紫陽(ことみね しよう)は皮肉を言うと、同じく購買で買ったおにぎりを口に入れる。
「む……」
口を尖らせる凛。
そこには優等生の顔の凛ではなく、魔術師としての遠坂凛がいた。
「その顔じゃ、どうやら予測していなかったみたいだな」
「仕方ないでしょ。二年近くも通っていた学校で魔力を感じる生徒ったらあんたぐらいだったじゃない」
「……はぁ、そこが君の弱点だ。遠坂凛」
「どこがよ」
「お前は優秀すぎる。故に自分を過信する時がある。物事は時に純粋な視線で見ないと見えない部分という物が確かに存在するものさ」
「……魔術の師匠に説教とは偉くなったものね」
「基礎を教えた程度で何が師匠だ。それにお前が魔術の師匠だとしても戦闘に関しては俺の方が一日の長があるつもりだ」
「へえ、試してみる?」
しばし見つめあう二人。その中心で火花が散っている。
「やっぱやめておく。怪我をさせるとお前の後ろのヤツが黙っちゃいないだろうし」
さきに視線を外したのは紫陽だった。
ふん、と視線を切りお互いの昼飯を口に運ぶ。
「サーヴァントがいるってわかるの?」
「いや?カマをかけてみただけだけど。その様子じゃここまで連れ回しているみたいだな」
「……護衛のためよ。当たり前でしょ」
「あまり管理者の助手としてはこのような日常の場に持ち込んで欲しくないものなんだけど…」
「あら、巻き込まれるのが怖いの?」
「別に、日中に戦闘でもされたら後始末が困るだけさ」
「ルールは把握してるわよ。日中の戦闘は禁止されてるでしょ」
「ならいい。さて話は変わるが、遠坂の御当主様はこの結界をいかがされるおつもりかな?」
「確認するけど、本当にあんたの仕業じゃないのね?」
「当たり前だ。結界とは他人に気付かれず、こっそりと敷き突然発動させるのが最も効果的だ。こんなバレバレの結界なんて三流の魔術師の仕業だろうよ。第一俺はマスターじゃない。こんなことをしても無意味にも程がある」
「本当にあんた戦争に参加する気無いのね」
「……当たり前さね…………」
そう言って俯く紫陽。
凛は知っている。こいつがこうやって俯くのは苦しい時の感情表現だ。
無論、紫陽は望んで無表情でいるわけではない。
表情を作れないのだ。
十年前に顔の筋肉が硬直し、リハビリを経てどうにか言葉と食べることが出来るようになった。そしてその原因も紫陽が聖杯戦争に参加しないのも全ては十年前のあの日が原因だった。
「とりあえず効果を調べた上で消すわ」
「そうか。たのんだぞ」
「あら、可愛いお弟子さんは師匠の手伝いをしてくれないの?」
「俺は管理者の助手だと言ったろう。俺には参加者への手出しは許されてない」
「なるほど、これで貸し一つね」
「ふん、しっかりと結界を消してからその台詞を言いやがれ」
やさぐれたような言葉を吐いて紫陽は階段を下りていった。


同日 夜 屋上

「………まずいわね」
放課後、屋上で結界の基盤を発見しそれを解析した凛は結界の効果とその強度に顔をしかめた。
まず、この結界は解除できない。
敷いた本人ならまだしも、凛では魔力を洗い流し発動を遅らせる程度しかできない。
「アーチャー、どう思う?」
(ふむ、この強力さ、そしてこのえげつない効果。やはり宝具の類いで間違いないだろうな)
「そうーーーー」
仕方ない。
「せめて発動だけでも遅らせないと」
そうしないと大変なコトになる。
この結界は中にいる人間を殺す、正確には文字通り溶かすのだ。
誰が敷いたか判らないが少なくともサーヴァントだろう。
それ以外に魂を無理やり集めるこの結界に効果はない。
昨日アーチャーにサーヴァントの特性を幾つか質問していたのだ。
その中に、
『サーヴァントは魂を食すことで強くなる。正確にはタフになる』
という特性があることも聞いていた。
ゆえにマスターはサーヴァントに人間を襲わせてその魂を食わせるコトもできる。
むしろ普通のマスターならそうするだろう。
だが、遠坂凛はしない。
そんなのは遠坂の流儀に反する。
凛は左腕の魔術刻印に魔力を通す。
代々伝わっている魔術刻印は凛の魔術の補助を行ってくれる。
そして基盤の魔力を洗い流そうと、基盤に手を伸ばした凛にのんびりとした声がかかった。

「何だ、消してしまうのか? もったいない」

ばっとフェンスの上を見る。
そこには先程まで誰もいなかったはずだが、今は蒼い和服の侍がフェンスの上に器用に立っていた。
「これを敷いたのはあなた?」
凛は動揺を隠し訊ねる。
「いや、私ではない。そもそも私自身は魔術などには疎いのでな。それに私はかような悪趣味な物は好かん」
そう言うと男は凛の背後を見て訊ねた。
「それはそこな男も同じであろう?」
(アーチャーが見えてる!?)
「あなた!サーヴァントね!」
逃げ場所……屋上の出口は…だめ間に合わない。
「ああ、そうだ……」
男は右手を振り上げる。
先程までなかった空間に白い刃が光り。
そしてにやりと笑い、男は、
「そして、それがわかるそこな娘子は、私の敵という事でいいのかな?」
刃渡り1.5mはある日本刀を手に旧知の親友に話しかけるように訊ねてきた。
同時に凛は走り出した。


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