俺は――帰ってきた。
ギアスに翻弄された者たちの物語に関わりつつ、そこに存在した人たちとの広く浅い関係性。
異邦人だった俺が関わったことで不幸になった人が大勢いた。命を失った人もたくさんいた。幸せになってもらえた人もいた。
『Cの世界』の崩壊。
それに伴うコードとギアスの消失。
超常の力が失われた世界は、今を生きる人間たちに無限の未来を約束した。
すべてのコード保菌者からその永遠を引き継ぎ、『Cの世界』そのものと対峙した俺は、集合無意識を紐解き、人は個であることを押しつけた。
異邦人だった俺がコードを引き継ぎ、『Cの世界』と接続することであらゆる確率か崩壊し、あの世界からコードもギアスも消失し、『Cの世界』から集合無意識も消えた。
俺が繰り返した時間は、異邦者であり特異点である俺の意識が集合無意識にとって猛毒だったために起きた緊急回避のような荒業だった。
その特異点である俺からの強引な接続により、集合無意識とそこから派生するコードも異世界へと雪崩れこんだ。
集合無意識やコードにとっての異世界――それはつまり、俺のオリジナルが生まれ育った現実世界。
あの世界では絶大な法則を持っていた集合無意識もコードもなにもかも、現実世界においては下位領域の……乱暴に言ってしまえば架空の法則だ。
現実世界をどうこうできるほどの強権を発揮することなはなかった。
“リクス”という名をもらった俺と“X.X.X.X.”という殻を被った『Cの世界』の意思が望んだ結末。
ギアスに翻弄されることのない平和でなくとも“人間の意志”が歴史を作る世界。
永遠に繰り返され、蓄積される集合無意識の管理という無限の束縛からの解放。
互いに必要最低限の結果を手に入れることができた。
それは何の力もないただの人間だった俺が得られる最高のものだったのかもしれない。
コードギアス 再誕のリクス
Re:01 リクス・レ・ブリタニア
それはあまりに突然のことだった。
コードと集合無意識をまとめて背負って現実世界に戻され、争いに関わることのない日常を淡々と繰り返していた俺は、再びこの世界へと舞い戻っていた。
俺の主観で過ごした年月は、この世界の方が長い。
現実世界での平穏な日常を退屈だなどと愚かなことを言うつもりはないが、懐かしいと感じることくらいは許されても良いだろう。
もっともその懐かしさを思う間もなく、自分の新たな立場を知ることになる。
神聖ブリタニア帝国第6皇子・第10皇位継承者――リクス・レ・ブリタニア。
以前は、世界を繰り返しながらルルーシュを騙り、リクスという殻をかぶり、血縁として関わっていたブリタニア皇族。
そのブリタニア皇族と再び血で繋がることになるとは。
そのすべてにおいて、ブリタニアに仇なす行為ばかりだったことを考えるとずいぶんと皮肉が利いていると思うが、どうかな。
「誰が仕組んだことなんだろうな?」
誰に語りかけるわけでもなく、空に呟く。
俺の独り言に応える言葉を持つ者はいない。
少なくとも、“あいつ”は、その役目を終えて消えたはず。“あいつ”以外にこんなことをする奴がいるとも、できるとも思えない。
しかし、現実問題として俺はこの世界に舞い戻っている。
「いったい、俺に何をさせたいんだ?」
「そうね。とりあえず、立って剣を取りなさい」
身体のあちこちに痣を作りながら空を仰いでいる俺に対して、そんな理不尽なことを言ってくるのは今のところコイツだけだ。
痛みに耐えながら傍らに転がる木剣を掴み、声の主に向き直る。
「こう言えば本当に立ち上がってくるのだから驚きね」
眼前に捉えた一人の女性。
“共犯者”として過ごした“あいつ”の面影を持つ――いや、魂の抜けた肉体を“あいつ”が奪ったんだったな。
まったくの別人だったとしても長い間、共にあった者と同じ容姿を持つコイツと対面するのはいささか気分がよろしくない。
俺自身、コイツの本性を知ったのは最後の最後だったからな。
「でも、まだまだね。貴方が目指すべき剣は、王の剣でしょう? ただ強さだけを追求しても立派な王には成れないわ」
両手に模擬剣を持ち悠然と佇む女性。
絹のように艶やかな長い黒髪や白く整った顔立ちにそぐわぬ眼光をこちらに向けるブリタニアの守護女神。
閃光の二つ名を持つ神聖ブリタニア帝国第五后妃、マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。
二児の母であるとは思わせないほど若々しく力強い覇気を放つマリアンヌの前に俺が立っているのは、新たな関係の構築のためだった。
「セァ!!」
「貴方は、ブリタニアの皇子。今のうちからこんな野蛮な剣の振り方をしているのは、皇族としてのどうかと思うわよ」
叩きつけるような俺の剣戟を軽くいなしながら忠告と共にマリアンヌの双剣がこちらの体を襲う。
そもそも“齢13の子供”である俺に最近まで実践で他国を蹂躙していたマリアンヌをどうこうできるはずもなかった。
十年前に起きた『血の紋章事件』において、ナイトオブラウンズの大半をたった一人で討ち取り、名も知れぬ多くの皇族や貴族、その兵士を屠った戦乙女。
あの時の惨劇は、おぼろげながら覚えている。
炎に包まれた皇室を血風を纏って舞う若き日のマリアンヌ。当時の帝国最強の騎士ナイトオブワンの胸に剣を突き立てる様を見た。
あの現場がすべての――少なくともルルーシュとナナリーの運命が決定づけられた瞬間だったのだろう。
この世界の未来を考えれば、あの事件の際にシャルルかマリアンヌを暗殺していればよかったのかもしれない。だが、それはできなかった。
二人を殺すということは、ルルーシュとナナリーの存在を完全に消し去ることになる。
それだけはどうしてもできなかった。
これから何が起こるか。ルルーシュとナナリーが何をされるか、他にも大勢の罪のない命が奪われることになるか。
それらをすべて知った上で何もしなかった。
前回、この世界からコードやギアスを消し去ることに成功したが、俺が守れたのはほんの僅かな未来だけ。
両手で掴んだ命より、指の隙間から零れおちた命の方が多かった。
そして、零れて逝った命の中にも救いたい命があったから……。
新たにこの世界に生を受けた俺は、身体能力が初期化された他はすべてが以前のままだった。
記憶と経験、資質も引き継いだ状態だった俺は、“とある検査”に引っかかり、シャルルやマリアンヌ、ギアス嚮団に目を付けられた。
俺からマリアンヌに接触しようとしなければ、嚮団の方から俺の近辺に誰かが遣わされていただろう。
つい最近も二次性徴が始まったころに薬を盛られてどこかで検査を受けたことがあった。
少なくともその検査結果は、シャルルやマリアンヌが俺を手元に置いておこうと思う程度の結果が出ていたのだろう。
俺のような異質な存在のせいで数年前に生まれた妹のカリーヌも内々のうちに精密検査が行われていた。
もっとも俺の資質は遺伝ではないため、シャルルたちが興味を示すような結果は出なかったようだ。
今の世界での俺の行動は恐ろしく制限されている。
以前までのように自分の存在が知られていない状況がない。
正真正銘の皇族としてその存在が知られ、なおかつ嚮団からの監視を受けている。
実数領域のギアスを酷使したことによる変質と共犯者だった“あいつ”の因子、ナナリーの治療の際に誤って取り込んでしまったC感応因子。
ギアス嚮団、ひいてはシャルルたちの計画にとってこれ以上の“保険”はない。
ゆえに俺の周辺には嚮団の息のかかった者たちが必ずいた。
皇歴2016年
マリアンヌが殺害されてからは、さらにそっち関係の人間が増えたと思う。
その最たる存在が、リクス・エル・ブリタニアに付き従う二人の騎士だった。
『エリア16の成立、おめでとうございます』
モニターの向こうから幼さの抜けきらない少年が無機質な表情で言う。
感情がないわけではない。しかし、あらゆるものを諦めたような雰囲気を纏っている。
「エリア成立など喜ぶことではない」
『そういうものでしょうか?』
「そういうものだ」
嚮団の監視がある以上、俺から行動を起こすことができない。
分かっていてもエリア11に居るルルーシュたちに接触することはできないし、かといってブリタニア皇族から抜けるのも得策ではない。
今は無智ないちブリタニア皇族として過ごすしかない。
ルルーシュが動き出せば必ず、シャルルにも嚮団にも隙ができる。
それまでこちらの本意を知られることだけは避けなければならない。
『――殿下。本国より招集がかかりました』
無機質な少年の顔が映るモニターの端に、少年と似通った顔立ちの無感情な少女が映る。
顔立ちが似ているのは当然。彼らは姉弟だ。
クロード・ファランクスとナスターシャ・ファランクス。
二人ともブリタニア皇帝付き首席秘書官、兼、特務総監。ベアトリス・ファランクスの実妹弟だとか。
俺個人で調べた結果では、その素性に間違いはなく、嚮団との関係性は見て取れなかったが、シャルルからの命令があったことだけで十分に怪しい。
ベアトリスとは、彼女がラウンズだった時からの顔見知りだが、ファランクス家の実情を知る者はほとんどいない。
士官学校時代の先輩後輩であるコーネリアも、ベアトリスがラウンズを退いた理由を知らないのだ。
俺自身、以前の記憶がなければ知ることのできなかった裏の話だから当然なのだがな。
「またシュナイゼルからか?」
『いえ、皇帝陛下です』
無表情のまま告げるナスターシャに呆れながらも、ことの元凶の一人であるシャルルの呼び出しに肩の重石が増えたように感じた。
戦場に出るようになって数年。
今ではコーネリアと並んでブリタニア帝国の武力の象徴として幾つもの戦場を駆けている。
皇族といえど、実績がなければその地位は名ばかりのものになってしまう。
シュナイゼルやコーネリアのようにそれぞれの分野で優れた功績を残すことで、個人で動かせる組織を増やす。
長い時間をかけてきたつもりだが、俺の信頼できる部下はまだいない。
俺の側仕えの騎士であるクロードとナスターシャも、ベアトリスの弟妹だとしても嚮団と関わりがある以上、信用することはできない。
その戦闘能力は十二分に信頼しているが、監視役だと思うとどうしても腹を割って話すこともできない。
皇族として生きることがこれほど大変だとは思わなかった。
シャルルや嚮団の監視だけでなく、他の皇族との力関係もそれなりに注意を払っておかなければどこで喰われるかわかったものではない。
今は、戦場で実績を積み上げているので皇族の中でも俺を支持する貴族は多い。
今のところ第一皇子オデュッセウス、第二皇子シュナイゼル、第二皇女コーネリアに次いで有力な後継者候補とされている。
皇位が欲しいわけではないが、自分で動かせる兵力は確保したいので一定以上の評価を持っておかなくてはならない。
後々、シャルルたちの計画を潰すためにも今は、皇族としての責務に従事する振りを続けるしかない。
「お兄様! おかえりなさい!」
「ああ。ただいま、カリーヌ」
エリア16からレ家に与えられている離宮へと戻ると赤味を帯びた金髪を揺らして一人の少女が抱きついてきた。
前の世界までは、ナナリーが妹のような存在だったが、今の世界ではこの元気な少女が俺の妹ということになっている。
「ねぇねぇ。頼んでいたお土産は? ちゃんと取って来てくれた?」
腕に抱きついてじゃれつくカリーヌは満面の笑顔でおねだりをする。
ブリタニアを離れる時と戦地から帰った時には、必ずこのカリーヌの洗礼を受ける。
はっきり言えば、良い妹ということはない。
カリーヌは典型的なブリタニア皇族であり、母同士が懇意にしていることもあり第一皇女のギネヴィアやクロヴィスなどとは仲が良いが、ルルーシュやナナリーのことは毛嫌いしている様子だった。
もっと側についていてやればもう少し優しい娘に育ったのかもしれないが、俺がマリアンヌのところにばかり通っていたことも手伝って、ほとんど面倒を見てやれなかった。
皇族の中でも上位の功績と発言力を持つに至る俺のことを兄として慕ってはくれているが、どこか打算のようなものが見え隠れする時がある。
まあどんな裏があったとしてもカリーヌが実妹であることに変わりはないわけで……。
「物が物だけに輸送は別にしてあったから明日には届くはずだ。それまで我慢してくれ」
「ええ~、もうギネヴィア姉様とお茶の約束してあったのに!」
「すまない。しかし、急ぎすぎて品に傷がついても面白くないだろう?」
「む~、それはそうだけど」
順調に我が侭に育っているカリーヌは、自分の思い通りにならないといつも頬を膨らませて睨みつけてくる。
それを可愛いと感じてしまうのは、俺の中にルルーシュの因子が残留しているからなのだろうか?
ポストルルーシュ症候群――語呂が悪すぎるな。
カリーヌのご機嫌取りのために本国に居るうちは、カリーヌのお供をすることになってしまった。
最近は本国に残る期間も少ないので軽い気持ちで引き受けたのだが、これが後々やっかいな立場に追い込まれることになるなど知る由もなかった。