「お願い。早く私をうって」
彼女の艶のある声が間近に聞こえる。
「無理だ、やはり僕に君を傷つけることはできない」
右手が震えているのがわかる。きっと、今の自分の顔はとても汚いものになっているだろう。
「お願い。私に自分で自分をうつなんてさみしいことをさせないで。やっぱり他の人に干渉されて終わりたいのよ」
「でも……」
「ほら、そんなに震えていたらはずしちゃうわよ?」
そう言って彼女は微笑む。きっと自分を勇気づけようとしてくれてるのだろう。自分たちはこう見えてもプロだ。しかもこんな間近にいるのにはずす筈がない。
彼女は僕のことをこんなに大切に思ってくれているのだ。なら、その期待に応えないわけにはいかない。それがきっと彼女のためになるのだから。
手の震えがおさまっていくのがわかる。それと同時にあることに気付く。どうやら震えが止まるまで彼女が握っていてくれたらしい。そのことに気付かないほど悲しみに暮れていたらしい。
「わかったよ。僕が君をうってあげる」
そう言うと、彼女は控えめに微笑んだ。
「ありがとう。私からも何かお礼ができるといいんだけれど……」
「そんなもの必要ないよ。それにこれは自分で決めたことだから」
そう、これは自分で決めたこと。なら彼女から何かを要求するのは筋違いってものだろう。
「それじゃ、いくよ」
「ええ、お願い」
そうして僕は、右手に力を込めた。
「あの二人またやってるの?これで何度目かしら」
「さあ、でもたかだか注射をするのにあそこまで本気になれる人はなかなかいないだろうね」
「いても困るわよ。見てるこっちが嫌になっちゃうんだもの」
「まあ、あの二人は置いといて僕たちは仕事でもしとこう」
「それもそうね、ああ、看護師の仕事ってつらいわ」