「オラァ!」
一人の青年が拳を振り上げ、相手の顎を的確に打ち抜く。
相手は体格が良く見るからに屈強な肉体をしているが、さすがに脳を揺さぶられては気を保ってられなかったのだろう。ゆっくりと地面に崩れ落ちる。
そのあと、止めを刺すために首を折る。相手の男は息絶えたのか動きを止めた。
青年が辺りを見回すと周りには同じように倒れている人間が五人いる。
「ハァハァ・・・ここは終わったか。武さんたちは・・・」
青年のポケットから音が漏れる。
「・・い。おい。聞こえるか?応答しろぃ。」
「ああ。聞こえてるよ。武さん。大した怪我もなくこっちは片がついた。そっちは?」
「こっちも終わった。目的のモンもあったし、そろそろずらかるぞ。奴さんが来たら大変だしな。」
「了解。」
そういうと青年はこの部屋を立ち去っていった。
とある場所の食堂で先ほどの青年は列に並んでいた。昼時なのか人はけっこう多い。
「おばちゃん。俺、サバの味噌煮定食で。あっ、ご飯大盛りね。」
「あいよ。たくさん食って丈夫になんな。」
おばさんとは思えないほど綺麗な笑顔と共にでる言葉はおばさんの口癖である。
定食を受け取り、空いてる席を探して座る。さぁ、食べるぞという時に大きな影が現れる。
「おお、光太。相席でいいか?こんでるからな。」
影の正体は先ほどの通信の相手で上司でもある武さんこと飯田 武志である。三十代前半で大きな体にぶっきらぼうな言葉遣いだが、面倒見のいい人物でいろいろ世話になっている。
・・・ちなみに俺の名前は山田光太。今年で二十三になる。
「いいっすよ。それよりも武さん、今回の任務って何が目的だったんすか?俺詳し
く聞いてないんすけど。」
席に座り、既にものすごい勢いで飯を平らげている武さんに聞く。
「んあ、なんだ光太、オメェ知らんでやってたのか?あ~、たしか今回は奴さんの方で作った・・・何たら装置ってのの回収だったな。」
何とか装置って・・・まぁ、下っ端の俺が聞いてもわからんか。と思い他のことを聞く。
「奥さん、大丈夫なんすか?確か五カ月っすよね。」
そういうと武さんは顔を綻ばせ、嬉しそうに話し始める。
「ああ、今から子供を見るのが楽しみでしょうがねぇ。金も稼いで楽させなきゃな。」
「でも、奥さんに仕事の事話してないんすよね?まぁ、たしかにあんま人に言えない仕事っすけど。」
「まぁ・・・な」
これまでの嬉しそう顔は消え、暗い顔で考えこんでしまった。内心この話題は出すんじゃなかったと思いつつも今までのことを振り返る。
突然だが、この食堂はどこにあるか。それから話さなくてはならない。
その答えだが、ここは日本の都心近くの地下にある。
なぜ地下か・・・人にはあまり言えないことをする組織。一言でいうと悪の組織の本部がここである。
もちろん地上には悪の組織に付き物な正義の味方(ヒーロー)の本部もある。
ちなみにこっち目標は建前は世界は一つに纏まるべきでそれは我々が遂行すべき~とか言ってるが要は悪の組織らしく『世界征服』らしい。
正義側は『皆を幸せにするために』というのがスローガンらしい。実現すれば素晴らしいが所詮夢。あり得ない話だ。
そしてなぜ、俺や武さんが正義ではなく悪の方にいるか。こっちも簡潔に言えば金である。俺には金が必要だった。それも莫大な。
・・・妹がいた。両親もいなかった俺の唯一の肉親。昔から病弱だった妹だが、どうやらかなり重い病気だったらしい。
治すのにも多額の治療費が必要だと医者から聞かされた。
だが急にそんな金があるわけもなく、手っ取り早く金が手に入るのがこの仕事だったというだけだ。
・・・結局治療の甲斐もなく死んでしまったが。そのままズルズルと続けている。
武さんも金が必要だったのだろう。詳しくは知らないが。
「じゃ、俺は報告があるからな。行ってくる。」
そのまま武さんは食堂を出て行き、俺は一人格安のアパートへと戻る。
翌日、同じように俺と武さんの部隊は、任務のため町に出ていた。
場所は意外と俺たちの本拠地と近く歩いてもそれほど時間は掛からない位置だった。
今日の俺の役割は外の見回りで、暇だったが、今頃他の奴らは皆戦っているんだろう。
多少ボ~ッとしてると、前方から一人の少女が走ってきた。ずいぶん急いでいるようだったがさすがにここから先は通す訳にはいかず、呼び止める。
「嬢ちゃん。悪ぃな。こっから先は通せねんだ。遠回りしてくれ。」
少女は立ち止り、息を荒げてこちらを見ている。年は十四、五くらいで綺麗な顔立ちをしている。
目に覇気がないが将来美人になんだろうなぁ。なんて思っていると、突然武さんから連絡がはいる。
「オイ!そっちに一人敵が逃げたぞ!若そうだがかなり強ぇ。気をつけろよ!」
正直逃げたぞ辺りで後ろから強烈な殺気が放たれている。邪魔くさいガキもいるのでやる気も失せる。
振り向くと全身を機械で覆った男が一人ものすごい目をして立っている。
ちなみに機械は俗にいうパワードスーツというやつあちらさんの主力武装で着れるのは幹部など上の者だけで下っ端には回っていない。つまり奴はそうとう強い。
「敵さんと交戦(エンゲージ)。なんか殺気すごいんすけど・・・なんかしたん・」
武さんに聞く前にあちらが答える。
「貴様っ!一般人の子供に何をするつもりだったんだ!!今日は退くつもりだったが返答次第ではただではすまさんぞ!」
・・・ああ、なんか勘違いしてやがる。めんどくせぇ。だが、一対一で戦って勝てる相手じゃねぇし嬢ちゃんには悪いが逃げるのに使わせてもらうか。どうせ今日はもう撤収だろう。
少女を近くに寄せ相手に聞こえないように話しかける。
「悪いな。絶対怪我させねぇしちゃんと家に帰してやるからちょい我慢してくれるか?」
特に怖がった様子も見せず無表情にこくりと頷くのを確認し奴に言う。
「おっと、動くなよ!てめぇはどうなってもいいかもしんねぇがこの嬢ちゃんがどうなってもいいのか?」
男は悔しそうに睨んでくるが仕掛けてはこない。どうでもいいがセリフがどう考えても三流の悪役だ。まぁ、本当に悪役なんだが・・・
とりあえず、逃げるために煙幕を撒き、姿が消えてるうちにここから離れる。もちろん少女は置いてきた。殺すのはむさい敵のおっさんどもで十分だ。むだに殺すつもりもない。
なんとか撒いたらしく、奴は消えた。俺も帰ろうとした時に目の前にさっきの少女が立っていた。多少驚いたが話しかける。
「嬢ちゃんどうした?なんか落し物でもしたか?」
すると少女は小さな唇を動かし始めて言葉を発した。特有の甲高い声で俺が予期しなかった内容だ。
「・・・嬢ちゃんはやめて。」
この出会いが俺の人生を狂わしていったのだ。