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[9507] もしもミーアが、っていうガンダムSEEDのSS
Name: ローマン◆1e16a2aa ID:8c587ade
Date: 2009/06/12 08:33
前書き。

ずいぶん昔(たぶん一年か二年ぐらい前)に某巨大掲示板某板某スレッドに投下したことのあるSSです。
該当スレはいつの間にか落ちてしまってこのSSはまとめサイトにすら残っていません。
なのですが古いノーパソを漁っていたらこのSSを見つけて懐かしすぎる気分になったので投下してみます。すさまじく書きかけ。
どんなSSかっていうと、「もしもミーアの代わりに死んだのがラクス本人だったなら?」っていう代物です。
ややアンチAA気味。
マルキオって実はすべてを裏から操ってるんじゃ? と思ってる作者。
議長はシャアの声かわいい黒い。
シンとかもう大好き
ミーアさんはすばらしい、人間味があって大変よろしい、そのおっぱいもすばらしい
おっぱいおっぱい!

なんかそんな感じのSSです。
オリジナルの機体とか出ます。オリジナルキャラは出てませんがこれから続くなら出したいなーとかいう気持ちがあります。



[9507] 第一話
Name: ローマン◆1e16a2aa ID:8c587ade
Date: 2009/06/12 08:33
 ミーア・キャンベルはラクス・クラインであらねばならない。
 ラクス・クライン――プラント産まれのコーディネイター。聖なる歌姫。平和の象徴。その歌声には誰もが思わず聞き惚れる魅力があり、彼女の言葉はいつも慈愛と威厳に満ちている。そんなラクスだからこそ、ミーアは強烈に憧れていた。神そのひとのごとく信奉していたといっても過言ではない。
 ラクスがいるかぎり、プラントは不滅だ。彼女が歌ったならば、すべてのコーディネイターに温かい光がもたらされる。彼女の存在は、暗黒の宇宙に生きる異端の人類に、生きる希望を与えてくれる。
 だがラクスは先の大戦を最後にプラントから去った。どうしてなのか、ミーアは知らない。しかし、聡明な彼女のことだ。きっと自分などには分からない、深い考えがあってのことなのだろう。
 だからミーアは、自分にできることをやろうと思った。
 ラクスはどこかで頑張っている。平和のために、自分たちのために、頑張ってくれている。そんなラクスが戻ってきたときのために、プラントを今より少しでも愛と活気に溢れる場所にしておきたい。
 そのためにはどうすればいいのか? 答えは簡単だ。歌うのだ。
 幼いころから、歌唱力には自信があった。コーディネイターなのだから才能があって当たり前だといわれれば、それまでだが。だがそれだけが彼女の唯一の自慢だったのだ。
 ラクスのように静かで壮大な歌はうたえないが、元気よく動き回って明るく歌うことが、ミーアの得意とするスタイルだ。それは見る者を楽しい気分にさせた。
 とはいえ、美男美女ぞろいのコーディネイターの只中にあって、ミーアの顔立ちは少しばかり平凡すぎた。けっして不細工なわけではない。あくまでも平凡なのだ。遺伝子を操作されて産まれてきたというのに、ミーアの両親はなぜだか娘の顔に手を加えなかったらしい。
 歌手は歌が上手ければいいというものではない。聞く側の大多数は繊細な芸術のことなど分からないのだ。のし上がるためには彼らの視覚に訴える、手っ取り早いもの――つまり見栄えのいい顔や体が必要だったのだ。
 プロポーションについては問題ない。ミーアのそれは抜群だった。豊満な乳房、ひきしまった腰、理想的な丸みを帯びた尻のライン、長く瑞々しい美脚。男好きのする肢体だ。歌以外のことで密かに自慢できる部分だ。が、やはり顔が平凡なのだ。
 そういうわけで、ミーアが大成する気配は微塵もなかった。売れない歌手として深夜のテレビ番組に少しだけ登場したことが一度だけあったが、それまでだ。いくら頑張っても、ミーアの歌声は誰の耳にも届かなかった。
 だから誰も知らないことだった。
 ミーアの声が、ラクスの声とよく似ているということなど、誰も知らないことだった。
 ギルバート・デュランダル――プラント評議会の議長である彼が、とある目的のためにオーディションを開かなければ。
 ごく普通のオーディションだった。少なくとも、表面上は。防音設備が整った部屋の中、審査員たちが横から向けてくる厳しい視線を感じながら、ミーアは熱唱した。
 このオーディションに受かったなら、大きなテレビ番組への出演が約束されるという。ミーアはこの勝負に人生を賭けていた。歌手としての人生を。
 そして……結果から言うなら、ミーアは見事に合格した。しかしミーア・キャンベルという少女が歌手として成功することはなかったし、テレビ番組への出演もなかった。
 オーディションのあと、楽屋で休んでいると、怪しい黒服の男たちがやってきた。彼らはミーアがオーディションに合格したことと、これからのことについて話があるので別のビルまで同行するように求めた。
 普段ならばこんな誘いには乗らないミーアだったが、あまりの嬉しさに疑心など吹き飛び、喜び勇んで彼らの真っ黒い車に乗った。やけに高級な、長い車だ。
 身をかがめて後部座席に座ったとき、正面に座っている男に気付いた。
 ミーアは驚きに目を丸くした。その人物こそ、ギルバート・デュランダルだったのだ。プラントの最高権力者であるギルバートの顔は、テレビや雑誌などでよく目にしているので、すぐに分かった。
 クセの強い、漆黒の長髪。怜悧な相貌。超然として自信に満ちた表情……そんな特徴のどれもが、自分の知っているギルバート・デュランダルという男と合致していた。着ているのはあの制服ではなく、洗練されたセンスを感じさせるシャツとズボンだが。
 言葉を失って口をパクパクとしているミーア。先に言葉を発したのはギルバートと思われる男だった。
「ミーア・キャンベル……だったね。きみの名前は」
「はっ、はい」
「はじめまして。私はギルバート・デュランダルという。テレビかなにかで見かけたことがあるかもしれないな。これでも一応、有名人らしいからね」
 穏やかな声でそう言うと、ギルバートは薄い笑みを浮かべた。その声と表情ならば、死刑が執行される直前の囚人ですら安心させることができるだろう。台詞はきっと、冗談のつもりなのだろう。ギルバートの顔を知らぬ者などプラントにはいない。
「知ってます。評議会の議長さん……でも、どうしてここに」
「もちろん、きみに会うためだよ」
 わけがわからず、ミーアは混乱した。ギルバートのような大物中の大物が、どうして自分のような売れない歌手などに会う必要があるのか。そんなミーアの心中を、ギルバートはすぐに察した。
「すまないね。やはり困惑させてしまったようだ。こうしていきなり連れてきたことを謝ろう」
 声色はどこまでも柔らかい。
「だが、これも必要なことだと理解してほしい。私たちの計画は、けっして誰にも知られてはならないのだよ」
「けいかく……?」
「そう。それも、このプラントの命運を左右する、極めて重大なものだ」
 そこから、ギルバートはミーアに驚くべきことを語った。あのオーディションが本当はラクスの替え玉としてふさわしい人物を探すためのものだったのだということを。もっともラクスに似た声を持ち、なおかつ歌唱力も優れていたミーアが選ばれたのだということを。
 ――ミーア・キャンベルが、ラクス・クラインにならねばならないのだということを。
「きみの顔や髪の色を、ラクス・クラインそっくりに整形する。本当は体型も似せたいのだが、それではさすがにきみへの負担が大きすぎるし、時間もかかるからね。まあ、彼女はもともとおおやけの場にはあまり出ていなかったから、その点で偽物だと気付かれる心配は少ないだろう」
 彼女はその説明を聞いているようで、聞けていなかった。ミーアの頭の中でいろいろなことがぐるぐると回っていた。
 ……あたしがラクスさまになる? なにそれ……ラクスさまはプラントにいなくて……でもあたしがラクスさまになる……顔を捨てて今までの人生を捨ててミーア・キャンベルを捨ててラクスさまになって、歌って踊るの……?
「無理強いはできない。これはきみのきみとしての人生を潰してしまうのだからね」
 ギルバートの性根は極めて公正な人間であり、ミーア自身の意思もきちんと考慮しようと考えていた。
「ただ、これだけは理解してほしい」
 真摯な瞳を向けられ、ミーアは思わずうつむいた。この瞳に宿る光は、あまりにも純粋すぎるのだ。眩しくて見ていられないほどに。
「今のプラントには、民衆が熱狂できるアイドルが必要だ。もっと正確に言うのなら、信仰の対象となる偶像だな。……戦争によって人々の心は荒み、国土は疲弊している。一致団結するための旗印がいなければ、われわれの行く先は暗いだろう」
「だから……あたしに、ラクスさまになれ、っていうことですか?」
「その通りだ。こんなことは言いたくないが、ラクス・クラインはどうかしている。これほど大変な状況だというのに、われわれを纏め上げるだけの力を十分に持ちながら、どこかへ消えてしまうなど」
 重々しい言葉だった。信念がこめられているのだ。ギルバートはその苛烈なまでの信念によって政界を上り詰め、議長になった。
 だというのに自分の力が足りず、民衆を纏めることができていないことを口惜しく思っていた。……それができるラクスが行方をくらませているという事実が、なおさら悔しい。
「もしも私にラクス・クラインほどの絶対的な人気があったなら、もっと上手くやれたはずだ。いや、やらなくてはならない。人間には……ひとりひとりに、運命によって決められた役割があるのだよ」
「役割……」
「そうだ。その役割を忠実に完璧にこなしてみせることこそが、その人間にとっての……そして周囲の人間にとっての幸福につながる」
 ラクス・クラインの役割とは、民衆の熱狂的な人気を集めるアイドルだと、ギルバートは言う。ならば自分は? ミーアは自分に尋ねた。自分が生まれながらに授かった役目とは、いったいなんなのだろう。
「ミーア・キャンベル。きみの助けが必要だ。私のラクス・クラインになってほしい」
 消え失せたラクスの代わりとして、大衆の心を支え、癒し、楽しませる。
 それがミーアの役割だと、ギルバートは言う。
 ミーアには、それを否定することはできなかった。
 そして彼女は髪の色と顔を変え、活動を再開したラクス・クラインとして生きることになる。
 復活したラクスの様子は、以前の穏やかで聡明なそれからは一変していた。快活で底抜けに明るく、持ち歌も、舞台を激しく動き回りながらのアップテンポのものが多くなり、衣装も体の線をことさらに強調する、露出度の高い、きわどいものになっていた。
 そんな新生ラクスを、安っぽい泡沫のアイドルのようだと酷評する者も少なくない。だが、分かりやすい愛嬌と、見たり聞いたりしていて単純に楽しくなれる歌の数々は、多くの新たなファンを獲得していた。
 ミーアは幸せだった。
 ラクス・クラインとして舞台に上がれば、誰もが自分を見てくれる。ミーア・キャンベルだったときには見向きもされなかったというのに。
 なにより、他人を幸せな気分にすることができるというのが、幸福だった。
 役目を果たすということは、こんなにも幸せなことなのだ。ミーアはギルバートの言葉の意味を実感していた。人は役目を果たさなければならない、と。ラクスの代わりとして生きることが自分の運命なのだと、信じることができた。
 ――だが、ミーアの幸せな時間は、長くは続かなかった。
 本物のラクスが帰ってきたからだ。
 ミーアの、オーブを批判する放送。その途中に突如として行なわれた電波ジャック。そして大衆の前に映像として姿を現した人物こそが、いままで失踪していたラクス・クラインそのひとであったのだ。ミーアの演説を否定したラクスの言葉には、本物としての重みがあった。偽者のラクスでは太刀打ちできないほどの重みが。
 そうなると、もはやミーアはギルバートの立場を悪くするだけの存在でしかない。処分を待つだけの身分として、彼からは遠く離れた地へと幽閉されていた。
 監視役のサラにそそのかされ、ラクスをおびき出して暗殺しようと企てるも、失敗。
 もともとミーアの働きには期待していなかったサラは、キラやアスランもろともラクスを始末しようと、周囲に配置していた仲間たちとともに銃撃を開始。
 だが、サラの――つまりはギルバートのそんな罠など無駄だった。姑息な策謀など、絶対的な天運と強固な結束を持つキラやラクスに通用するはずがないのだ。
 突如として天空から舞い降りたモビルスーツの名は、アカツキ。オーブが開発した金色の機械兵士。戦艦のビーム兵器でさえ真正面から防ぎきる、絶対の防御力を持つ。
 アカツキは瞬時にしてラクスの敵を薙ぎ払い、沈黙させた。
「あなたは、これからどうするおつもりなのですか?」
 アカツキの手に乗ると、ラクスは、同じ顔を持つ少女に尋ねた。ミーアは答えない。地べたにへたりこみ、うつむいたまま泣き崩れていた。
「わたくしたちといっしょに、きてくださいますか」
 そう言って、手を差し伸べる。ミーアは顔を上げ、泣き腫らした瞳を見開いた。
 ラクスはにっこりと笑う。慈母のように。
「……わたくしの歌は、あなたの歌ではありません。あなたの歌は、あなたが歌わなければいけません。わたくしといっしょに探しましょう……あなたの歌を」
 ミーアは、呆然としていた。
 なにを言っているのだろう、この女性は。
 名前を騙られ、姿を真似され、挙句の果てには殺されかけたというのに、なぜこんな優しい言葉をかけることができるのか。
 人間ではないと思った。ああ、人間ではない。こんな絶対的な無償の愛を与えられる人間など、いるはずがない。嫉妬を感じることすら馬鹿らしい。いくら姿形を真似したところで届くはずがなかったのだ。本物のラクス・クラインは、正真正銘の女神だった。
 ミーアは自分の瞳から涙が流れていることに気付いた。感動の涙だった。
「ラクスさま……」
 差し出された手を、ミーアは感激のあまり震えながら握り返そうとした。
 軽い銃声が、どこかから聞こえた。
 ――ラクスの胸に、赤い血の花が咲いた。
 瀕死のサラが、最後の力で拳銃の引き金を引き、ラクスに凶弾を放ったのだ。
「……?」
 ラクスは、少しよろめいた。なにが起こったのか理解していないのだろう。呆然として自分の胸に手をやり、その手の平が赤く染まったことを確認すると、糸の切れた人形のように倒れた。
「ラクスぅうううう――ッ!」
 キラ・ヤマトの悲痛な叫びが、虚しく響き渡る。だが駆けよって体を起こしてみても、いくら名前を呼んでみても、ラクスが応えることはない。瞳はすでに光をなくしていた。
「うおおおおっ!」
 怒号を上げたアスランが、見事な射撃で、サラの持つハンドガンを弾き飛ばす。
 だがこの場合、勝者はすでに決まっていた。たとえアスランがサラの脳みそを吹き飛ばそうがなにをしようが、この場の勝負は終わっているのだ。
 キラたちは、ゲームに勝って勝負に負けたといえるだろう。
 敗者にして勝者たるサラは土気色の顔に会心の笑みを浮かべると、力尽きて果てた。
「なにしてるんですか、ムウさん! はやくラクスを病院に……いや、アークエンジェルに!」
「分かってる!」
 ムウも、キラも、アスランも、歴戦の勇者だ。戦場での対応は素早い。キラはラクスを抱え上げ、コーディネイターならではの俊敏な動作で、アカツキの手の平に飛び乗った。 アスランもそれに続こうとして、振りかえる。
「ミーア。きみもくるんだ」
 再びさし伸ばされた手を、ミーアは咄嗟に握ることができなかった。
「アスラン! もういい! 今はそんな場合じゃないだろ!」
 この二年間、一度も見せたことがないほどの慌てようで、キラが怒鳴る。
 ラクスの、血の気を失った顔色は、まるで死人のようだ。それがキラを焦らせる。死人のようだが、まだ助かる、はずだ。はずなんだ。心臓の鼓動はないし呼吸もしていないけれど、まだ助かるはずなんだ。そう自分に言い聞かせながら、
「ムウさん! はやくっ!」
 この鬼気迫るようなキラの迫力に負けて、ムウはアカツキを浮かび上がらせた。
 アスランは、小さくなっていくミーアの姿を、心配そうに見下ろす。
 地上のミーアは、まだへたり込んでいた。そして、ラクスを運ぶアカツキを、虚ろな瞳で見送っている。
「ラクスさま」
 と、背後から、声がかかった。硬質でありながらどこか甘い声質。知っている声だった。
 緩慢な動作で振り向けば、いつの間に現れたのか、ザフトの制服を着た少年が立っている。制服の色は赤。厳選された少数だけが着用することを許される、エリート中のエリートである証し。
 豪奢な金髪を長く伸ばし、端正な顔立ちを引き締めているこの少年とは、何度か会ったことがある。議長の側近として彼に付き従っていた、忠実な兵士。レイ・ザ・バレル。ミーアがラクスを演じていたという事実を知る者のひとり。
 レイの背後には、黒服の男たちが何人か立っている。いずれも銃を持っていた。
「ラクスさま、ご無事ですか」
「……ちがう」
 嗚咽のような声。
 ラクス・クライン――そう呼ばれることは、今のミーアには耐えがたかった。だから、そうではないと応えた。
 もうわたしはラクスではない。だから、そう呼ばれるべきではない。
「あたしはラクスさまじゃない」
「いいえ、あなたがラクスさまです」
「ちがう! あたしは偽者よ! あたしはミーアだもの! ラクスさまにはなれない!」
 声を張り上げたが、それがレイの表情を動かすことはなかった。非人間的なまでの鉄面皮。ミーアは思わず、ぞっとした。目の前の少年は本当に人間なのだろうか? とさえ疑った。それほどまでに、レイの表情からは人間らしい温かみのかけらも窺うことはできなかったのだ。
「あなたが偽者だろうが本物だろうが、そんなことはもうどうでもいい」
 レイは言った。なんの感情もなく、淡々と。
「ふたりのラクス・クラインのうち、ひとりが死に、ひとりが生き残った。残ったほうがラクス・クラインであり続ける必要がある。あなたは役目を果たさなければならない」
「そんな……」
「お連れしろ」
 命令に従った黒服たちに取り囲まれたミーアは、有無を言うことも許されずに立たされ、近くに待機していたヘリに押し込まれた。
 不安と絶望を慰めてくれる者は、誰もいなかった。



「やあ、ミーア。大変な目にあったそうだね。だが、無事でなによりだ」
 メサイアの執務室では、ギルバートが温和な笑みを浮かべながら待ちうけていた。
 腰掛けていた椅子から立ちあがり、歩み寄ってくるその姿に、ミーアは初めて恐怖を覚える。どうやら話は知っているようなのに、どうしてこのひとは、こんなに、なんでもないような態度でいられるのだろう。
 ミーアは言った。
「ラクスさまが亡くなられました」
「知っているとも。ただ、まあ、これでよかったのかもしれないな」
 ギルバートは、ミーアが青ざめてしまうほど、非情なまでにあっさりとそう言いきった。
 人間がひとり死んだことを、それでよかった、と。
 いつも通りの穏やかな声で。
「あまりにも大きすぎる影響力を持ちながら、気ままに動き、世界の平和のために働こうとしない……そんなラクス・クラインはもういらない。故人のことを悪く言いたくはないのだがね。このさい、はっきりと言わせてもらうなら、彼女の存在は邪魔なだけだった」
 これがこの男の本性だった。
 どのような存在であれ、自分の邪魔をするのであれば許さない。殺して消すのだ。
 あまりにも非情なその心に、ラクスの死を悼む気持ちは、微塵もないのだろう。
「なに、問題はないさ。私には、きみがいる」
「あっ、あなたはっ」
「分かってくれるね、ミーア。いや、ラクス。……私にはラクスが必要なのだよ。私の理想のために、そして世界のために働いてくれる、唯一無二のラクス・クラインが」
 肩に手を置かれ、真っ向から見つめられると、ミーアはなにも言うことができなかった。有無を言わせぬギルバートの瞳の色の強さ。ミーアはただうなずき、ギルバートを満足させた。
「よかった。優しいきみなら、私の意思を理解してくれると信じていたよ。だからもうすでに次の予定を決めてあるんだ」
「えっ?」
 次の予定? ギルバートはなにを言っているのだろう? ミーアは困惑した。
 そのとき、入り口の扉が開き、ひとりの少年が部屋に入ってきた。
 ややクセの強い黒髪。整ってはいるが、どこか暗い影のある顔立ち。陰惨な雰囲気。真紅の瞳が乱暴で野生的な光を宿している。全身の筋肉は見事なまでに引き締まっていた。よほど鍛え上げているのだろう。あのレイと同じ年ごろで、レイと同じく真紅のエースパイロットスーツを身にまとっている。
「失礼します。シン・アスカです。お呼びでしょうか、議長」
 片手で敬礼するシンを見やり、ギルバートは薄くほほ笑んだ。
「ああ、よく来てくれたね。……シン、こちらはラクス嬢だ。お会いするのは始めてかな?」
「え、あ、はい……一度、慰問コンサートのとき、遠くから見かけただけで」
 思いもよらない大物――ラクスという存在に、シンは驚き、やや慌てながら答えた。
 ギルバートはうなずくと、
「ラクス嬢。彼はシン・アスカ。我が軍が誇る最強のエースパイロットです」
「そんな……最強だなんて」
 照れ隠しのように髪をかきながら、困ったように笑うシン。
「事実だろう。まあ、技量でいえばレイもきみと同等のものを持っているが、結果を見るなら、やはりきみこそが最強だ」
 ギルバートの言葉は正しかった。たしかに、才能や技量という能力ならば、シンと同程度の者は少数ながら存在する。だが最近のシンの活躍には目を見張るものがあった。戦場で兵士に求められるのは結果のみであり、ならばシンこそが最強の兵士なのだ。
「と、とにかく……ええと、はじめまして、ラクス……さま。シン・アスカです」
「あ……」
 ミーアは返事を返すことができなかった。いったいどんな名前を名乗ればいいというのか。今の自分はラクス・クラインだ。だが、その名を名乗る資格が自分にあるのだろうか。 議長がこしらえた偽者に過ぎないこの自分に、気高いその名を口にする資格があるというのか。
 ミーア・キャンベルだと名乗るのも、おかしなことだ。この姿形はラクス・クラインのものだというのに。
 ラクスであって、ラクスでない。ミーアでもない。そんな曖昧な存在でしかない自分に、明確な名前などもはやないのだと、ミーアは思った。
 ギルバートが言った。
「すまないね。ラクス嬢は少し人見知りするんだ」
「いえ、気にしてません」
 と言うわりには、シンの態度は少し憮然としていた。挨拶を無視されたように感じたのだろう。
「ごめんなさい……」
 ミーアは消え入るような声で謝った。シンはばつが悪そうに、べつに、と言った。
「さて、きみたちふたりをここへ呼んだ理由だが」
 気まずい雰囲気を断ち切るように、絶妙のタイミングでギルバートが言った。
「ついてきたまえ。見せたいものがあるんだ。気に入ってくれると嬉しいんだが」
 意味深に笑うギルバートの真意は、シンとミーアには計り知れなかった。
 向かった先は、メサイアの広大なドックだ。プラント最高評議会のメンバーなどの要人を護るために、ここには数多くのモビルスーツや戦艦が配備されている。シンが乗艦している最新鋭艦、ミネルバもそのひとつだ。
 ミーアとシン、そしてギルバート。監視台に立つ三人の目の前に、一機のモビルスーツが立っている。
 ドックに並ぶ、ほかのどの機体ともはっきりとちがう、独特の形状。
 モビルスーツなどすでに見飽きるほど目にしてきたシンでさえ、その異様には思わず目を丸くした。
「名前は《ヴァルキリー》。戦場を駆ける戦乙女、といったところかな」
「ヴァルキリー……」
 呟いて、シンは、なるほどと思った。
 着色されていない機体には、ほかのモビルスーツの装甲のように角張っている部分がほとんどない。滑らかさを感じさせるほど丸みを帯びている全体からは、機械というよりは、どこか生物的な印象を受ける。それも、女性の。これはたしかに、乙女だ。
「あの背中のものは、なんですか?」
 シンは気になった部分を指差した。ヴァルキリーの背部からは楕円のようなものが四つ、長く伸びている。アルファベットのエックス、もしくは広がった花弁のようだ。
「高出力のスラスターらしい。私は詳しく知らないんだが、余計な武装や機構を取り外して、モビルスーツの単純な性能を限界まで追い求めたとか……いや、すまないね。詳しくは聞かないでくれ。うまく説明できる自信がないんだ」
「へえ……!」
 シンはギルバートの言葉を聞きながら、瞳を輝かせて、美しい戦乙女を観察していた。背中のほかに気になるのは、幾分か大きなコクピットの部分だ。航空機の機首のように突き出しているが、従来よりも一回りほど大きいような気がする。
 ミーアはというと、ふたりの話に加わることができず、居心地が悪そうにしていた。歌って踊り続けてきた彼女に、モビルスーツに対する知識などないのだ。
 そして彼女には疑問があった。
「あの、議長」
「うん? なにかな」
「その……あたし……わたくしは、どうしてここに?」
 エースパイロットに最新鋭機を見せたいだけなら、わざわざ自分をつれてくる必要などなかったのではないかと、ミーアは思ったのだ。
 不思議に思うのは、シンも同様だ。
「俺も訊きたいです。俺に、これに乗れってことですか? デスティニーは?」
「ああ、言っていなかったね。事情が変わって、きみにはこれに乗ってもらうことになったんだよ、シン」
 まずシンのほうにそう言ってから、ギルバートは次にミーアのほうに向き、
「そしてあなたもだ、ラクス嬢。……このヴァルキリーは複座式でね。シンにはもちろん操縦士を、ラクス嬢にはその補佐をつとめていただこうと思っている」
 その発言に、少年と少女は驚きのあまり思考を停止した。
 そこから先に立ち直ったのは、シンだった。
「議長、本気ですか!? 彼女は、素人でしょう!」
「おや、シンは知らないのかね? 先の大戦の際、ラクス嬢はエターナルという戦艦に乗り、獅子奮迅の活躍を見せたそうだよ」
「そんなことは関係ないでしょう! 同じ機械だからって、戦艦に乗るのとモビルスーツに乗るのとではぜんぜんちがうって、そのくらいのこと、議長にだって分かってるはずです!」
 声を荒げて抗議するシンと、それを涼しげに受け止めるギルバート。ミーアはまだ耳を疑っていて、言葉を発することすらできなかった。
「……いま、プラントに――いや、世界中の人類に必要なものは、なんだと思うかね」
「えっ?」
 問われて、シンは咄嗟に言い返せなかった。唐突な問いかけだったし、この状況でいきなり答えを返せるような問題ではなかったからだ。
 ゆえにギルバートは自分自身で答えを出した。
「――それは結束だと、私は思う」
「結束、ですか」
「そうだ。そして地球とプラントに生きるすべての人類が団結するためには、明確な旗印が必要なのだよ。ひとつの、強烈で鮮やかな、最高の旗印がね。それがつまりラクス嬢だ。彼女の存在はわれわれにとっての太陽なのだから」
 ラクス・クラインが持つ絶対的に神聖なカリスマ性、そこに裏打ちされた発言力、影響力は、もはやほかのどんな人間とも比べられなくなっている。ナチュラルにもコーディネイターにも平等に愛されることができる、唯一の少女。
 近いところではオーブの代表、カガリ・ユラ・アスハがいるが、彼女の場合は彼女自身というよりも、アスハの家それ自体に向けられた信頼だ。対して、ラクス・クラインは個人が神がかった魅力を持っている。
 どんな人間とも比べられるはずがない。
 ラクス・クラインとは、聖なる歌姫。慈愛の女神。現代の現人神なのだ。
「そして同じ旗印として掲げるなら、戦艦の椅子に座っていただいているよりも、モビルスーツに乗って前線で戦っていただいたほうがずっといい。私は、そう思ってね」
「だ、だからって、そんな」
「足手まといにはならないと思うよ、シン。彼女はわれわれの同胞、コーディネイターであることだし、それに、あくまでも操縦するのはきみなのだからね」
 つまり、ミーアは完全なお飾りとして乗せるだけということだ。
 だがそれでも、真実を知らない民衆は、そして兵士たちは喜ぶだろう。
 あの歌姫がみずから戦い、勇敢に敵を撃破する様子を、憧れと希望に満ちた目で見つめ、ため息さえつくことだろう。
 そして、こう思うのだ。ラクス・クラインが戦っている、平和のために戦っている。自分たちも、彼女のためになにかできることはないだろうか。平和のために、平和のために、と。人々の心は、そうしてひとつになるだろう。ギルバートの狙いはそこにある。
「戦火に触れずしてただ歌うだけのラクス・クラインは、もはや終わった。これからの彼女は、戦って未来を勝ち取る英雄になるのだよ」
 両腕を広げて宣言するギルバートからは、力強い威厳が感じられた。
 シンは息を呑み、言葉を失う。
 ギルバートは言った。優しく、――そして、絶対的に。
「ラクス嬢。平和のために戦ってくれますね?」
「……はい」
 うなずいたミーアの、その体と声は、震えていた。


 アークエンジェルの休憩室には、娯楽用としてテレビがある。
 ソファに座り、ひとりきりでぼうっとテレビを見ていたアスラン・ザラは、ギルバート・デュランダルが全世界へ向けて行なった放送の内容に、愕然としていた。
「デスティニー・プランだと……!?」
 それはあまりにも壮大な計画だった。全人類の遺伝子を調べ、もっとも適切だと思われる職業を与えることで、誰もが満足した人生を送れるようになるというのだ。
「こんな馬鹿げたことを!」
 アスランは怒り、握った拳を震わせた。
 ギルバートが提唱するデスティニー・プラン……それは、人類に職業選択の自由すら与えず、産まれたときから人生の終わりまで決められている世界を作り出す、悪魔の計画だ。 なんの自由もない、死に果てた世界を、ギルバートは作り出そうとしているのだ。
 ラクスが生きていたなら、絶対に阻止しようとしただろう。
 ……そう、ラクス・クラインは死んだ。アークエンジェルが誇る医療班の懸命の努力も虚しく、蘇生することはなかった。
 親が勝手に決めたこととはいえ、かつては婚約者であった少女の死を嘆き、アスランは泣いた。その涙も乾ききらないうちに、この騒ぎだ。
 だが、アスランがラクスの死によって受けたショックは、まだ軽いほうだった。
 問題は、ラクスの恋人、キラだ。キラはここ数時間の間、ほとんどなにも食べず、ずっと自室に引きこもっている。いくら声をかけてもドアを開けてくれず、アークエンジェルの乗組員たちは途方にくれていた。
 キラは、もう駄目かもしれない……そういう言葉が大人たちの間で交わされるようになったのも、無理はないだろう。彼の悲しみはあまりにも深く、切ない。
 しかし、アスランだけは、キラを信じていた。キラなら、キラならきっと立ち直ってくれる――と。
 どんな苦境にも負けずに立ち向かう、不屈の精神を持っている。キラはそういう男だ、と、アスランは親友を信じて、その復活を待っていたのだ。
 だが、キラが戦えそうにないこの状況で、まさかこのような事態になるとは。
「議長め……くそっ、こんな計画、俺は絶対に認めない!」
「その通りです。よくぞ言いましたね、アスラン・ザラ」
 ――その言葉がいったい誰の口から発せられたものなのか、アスランには分からなかった。
 ぎょっとして立ちあがり、振りかえってみると、背後にひとりの見知らぬ男が立っていた。いったいいつの間に現れたというのか。
 黒髪の、柔和な顔つきの男の目は、開いていない。盲目なのだろうか。
 アスランはこの不審者に銃を向けることすらできなかった。男がまとう、そのあまりにも神聖で温かいオーラが、敵と認識することすら拒ませたのだ。
 おのれを味方だと信じ込ませ、相手を安心させる……そんな天与のカリスマ性が男にはあった。そう、まるであのラクスのように。
「はじめまして。私はマルキオという者です」
「マルキオ……オーブのマルキオ導師ですか?」
「いかにも」
 男は静かにうなずいた。
 マルキオ導師といえば、先日までラクスやキラがいた孤児院を経営していた男だ。大きな権力を持ち、オーブの中枢にも通用する発言力を持っている。ラクスとは深く信頼しあっていて、彼女に組織という強い力を与えて助けたのもこの男だ。
「なぜ、あなたがここに……」
「神出鬼没がモットーでして」
「は、はあ……」
 困惑するアスランをよそに、マルキオは柔和な表情を強くしかめた。
「話を戻しましょう。議長が提唱する計画――あれはまさしくあなたが言った通り、絶対に許してはならないことです。このままではこの世界は、荒れ果てた荒野のごとく変わり果ててしまうでしょう」
 目指すべきは、人々がそれぞれの自由を手にすることができる、幸福な世の中。それを邪魔するギルバートという男の意志は、マルキオには許しがたかった。
「戦わなければなりません。断固として、議長の計画を阻止するのです」
「……ええ。ラクスが生きていたとしたら、きっと同じことを言ったと思います」
 悔いるように言うアスラン。
 マルキオは悲しげにうなずいた。
「ラクス殿は亡くなられてしまわれた。残念でしかたがありません。彼女ならば、この世を正しき方向へと導いてくださると信じていたのに」
 言葉に滲む、あまりにも重く深い悲しみ。それはマルキオがどれだけ本当にラクスの死を悼んでいるのか、容易に悟らせるものだった。
「ですが、われわれは生きている。生きているということは、生きなければならないということです。そして生きるということは、ただ生きているというだけではない。人類は、自由であらねばならない。デスティニープランはそれを知らない者が作り出した、死の計画」
「……その通りだ。ぼくたちは……生きるんだ。自由に生きて、生きぬくんだ」
 そう言ったのは、アスランではない。キラだった。すっかり憔悴しきった様子だが、それでもなんとか二本の足で立ち、部屋の入り口に立っている。
「キラ。もう大丈夫なのか?」
「うん。心配をかけてごめん、アスラン。それに、マルキオさんも」
 ふたりにうなずくキラの瞳には、硬い意思を秘めた光が宿っていた。
「話はさっきマルキオさんから聞いたよ。……あんなこと、許せない。絶対に許しちゃいけないんだ。ラクスが平和にしようと頑張っていたこの世界を、そんな酷いものに変えるだなんて、許せないじゃない」
 悲痛でありながら純粋で気高い願いが、今のキラを支えているのだと悟ったとき、アスランは、マルキオは、感動しながらうなずいていた。
 平和を求める、強い想い……それが、少年を恋人の死による絶望というどん底から這いあがらせたのだ。
「では、さっそく準備をしなければ。私も助力を惜しみません」
「ありがとうございます、マルキオさん」
「いえ。これもこの世界に生きる者としての、当然のつとめですから」
 マルキオは歩き出す。キラもアスランもその後ろに続く。ブリッジに向かい、マリューやムウなども交えて、今後のことについて話し合うのだ。
「……世界の未来は、SEEDを持つ者によってのみ切り開かれなければいけない……」
 小さな呟きは、誰の耳にも届くことなく、マルキオの口の中だけで消えていった。


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