強く、冷たい風が頬をなでつけたので目がさめた。乾燥した目を何度か擦り、大きく欠伸をする。
夜明けなのだろう、強い橙色の太陽が木々の切れ目から照りつける。光の強さに、思わず目を細めて手を太陽と目の間にあてがった。
あたりを見回すと、薄い靄に身を任せる木々の姿があった。ここはどこだろうか? 当然の疑問が頭に浮かんだ。
ゆっくりと起き上がり、深呼吸をする。新鮮で冷たい空気が肺を満たしてゆく。首を鳴らしてあたりをもう一度見回すが、この景色に覚えはない。
はてな? 昨日の記憶を呼び覚ます。
たしか、いつもと同じように予備校に通って、そして家に帰って『Challengers』をプレイした。いつもと同じように猟師の仕事をしていたと思ったのだが……。森の中で迷った猫をおばあさんに届けたところから覚えていない。
おいおいおい、と。この年になって早くも老人化進むとはどういうことだ。山下誠、言わずもがな一般人。派遣切りが厳しい中、親のすねとまでは行かないが、足の指を食い尽くして、今にもくるぶしに襲い掛からんばかりのバイトで食いつないでいる大学生予備軍、いや……ストレートに一浪と言うべきか。こうやって身の上を思い返していくうちにはなんら支障はないみたいで安心した。
ということは、なんらかの形で猫を届終わった後に意識を失ったのか?
困ったときはウィンドウ、左耳だけにつけている地味なピアスを右の指で挟んで、そのまま右方向に引っ張った。
基本であるウィンドウ表示は、各々でモーションを決定できる。やろうと思えば仮面ライダー変身ポーズでも出来ないことはないだろう。
そのままアイテム一覧、ステータス、スキルなどの項目をスルーしてログオフを探す、探す……無かった。一回閉じて再び開いても同じだった。
おかしい。普通ならばログオフが出来ない街中や、トライアングルサーチの付近じゃなくてもログオフの選択覧はある。あらなければいけない。だが、それがなかった。
気のせいか、冷や汗が流れたような気がする。
マップを開いて位置を確認する。現在位置は……アルフヘイムの東半分を覆うラインバーグという広大な森だった。
記憶が正しい限り、自分が最後にいたのはラインバーグではなく、人間が治める国、ミズガルドの首都、カリザニアだ。
交易が盛んで、全種族が入り混じって商売している。
その首都の住宅街の一角に家を持つNPC……もとい、ご婦人であるアーミスト・ウィンディさんの猫、ヒューイットくんが持病の腰痛に効く薬を首都の真南にある森でとっている最中に逃げ出したということで、偶然にも居合わせた自分に依頼を受けたということだ。
だから、仮に迷ったとしてもアルフヘイムにいるなんてことはありえないはずだ。それに、マップと同時に表示された時計を見たが、AM 7:30となっていた。
受験勉強が終わり、ゲームをプレイしたのは〇時。このゲームには安全仕様上四時間プレイしたら強制ログアウトされ、そのまま仮想世界から現実世界に戻されるシステムになっている。
それに、一度ログアウトしたら六時間空けないと再びログインできなくなる。だから、今ここに私が居ること自体おかしいのだ。
どうにもたまらなくなり、オブジェクト化していた移動石をポーチから取り出し、握りつぶした。私の周りを目を開けていられないほど明るい光が包み込み、そのまま視界が白に塗りつぶされた。
見慣れた噴水広場に移動石のおかげで移動した私は、同じようにここへやってくるプレイヤーを眺めていた。
結構な数だ。パッと確認しただけで百人くらいいるんじゃないだろうか。首都を中心に活動している見知った顔もあった。
各々が戸惑いの感情を隠しきれていない。かくいう私も表情には出さないものの、その中の一人だ。
噴水の側にあるベンチに腰を掛けて考えていた。
何故こうなったか、という疑問を自分の中で何度も反芻して、幾つか原因になるであろう事柄を並べていく。
仮に、もし仮にだ。私が立てた推測が正しければ、パニックになる。Challengers内だけじゃない。外にも少なからず影響が出る。
他にも同じような推測を立てた人はいるだろう。だが、そのような推測は口にしない。
みんなパニックのきっかけになりたくないのだ。誰かが言うのを待っている。重苦しい空気が噴水広場を支配した。
『――やあ諸君。どうやら集まったようだね』
バチリ、電子的な音をたてて、重苦しい空気を破って噴水の真上に現れたのは立体映像。椅子に座り、足と手を組んでいるさまはどこぞの貴族様のようだ。肝心の顔は仮面で隠れているが、その体格から男であるという目測はついた。両手を組んで考え込んでいた私は、真上を見上げる形になった。
『この映像は全プレイヤーに向けて発信されている。と、言っても一人一人別々に映像を見せるのは中々サーバの容量を食うのでね。先ほど丁度みんながいい具合にまとまったみたいだから発信させてもらった』
声はよく響いた。ナレーターみたいにはっきりとした物言い。NPCに深く触れ合ってきた私には一言聞いただけでNPCだと判った。
『率直に言おう。君たちは閉じ込められた』
第一話「始まり」
『Challengers』というゲームをご存知だろうか。
まずはこのゲームが開発されるにあたってきっかけとなった物について語らせてもらう。
VR-1000S。病院での長期療養生活を余儀なくされた人のために作られた仮想世界体験装置である。
しくみを簡単に説明すると、半筒状のベットに患者を横たわらせ、備え付けの精神転送装置を使って仮想現実の世界にリンクさせ、患者の要望に応え、様々な欲求を解消する機器である。
制作は『Lams』という当時は設立されたばかりだった会社である。表立っては言われなかったが、日本政府もVR-1000Sに関与していた。
理由として様々な憶測が立てられているが、説として有力なのが日本の科学技術面での停滞を深刻に受け止めた結果、というものだ。
そんなこともあって、無事にVR-1000Sは完成された。そして、日本はVR(ヴァーチャルリアリティ)技術において、高く評価された。
VR-Sシリーズの八代目は、仮想世界体験装置の基礎開発が終わり、使用するにあたっての快適さに向け研究中の最中、依頼され作られたものだ。
ゲーム会社の最王手、「MicroCyber」がLamsにゲーム用にと所望された事で制作が始まった。
その事実は瞬く間にインターネットを介して伝わり、莫大的な認知度を誇ることとなる。そして時は2020年。世界最大のゲームショウで『Challengers』の発表が行われた。
完成予定は約一年後。夢と期待に溢れたゲーム業界は、画して一大革命に曝される事となる。
夢と希望。一年はあっという間に過ぎ去った。ゲームは完成し、最終調整のためのクローズドβテストが行われる事となった。
※
夏の暑い昼下がり。遠くの家からラジオ放送が聞こえてきそうな雰囲気の中、僕は学校を出て家に向かった。
蝉の鳴き声が五月蝿いが気にはしない。五月蝿くて当然。
それよりも、この三十度を余裕に超えた気温と、高く保たれた湿度、それに車に卵をのせたら目玉焼きができるんじゃないか、と思わせるほど強い日差しは勘弁してほしかった。
何度目になるか判らない額の汗をぬぐう作業をした。
それからハンカチをしまって、それの代わりに鞄に隠しておいたゲーム雑誌を取り出す。最新ゲーム情報のページを開くとこんな活字が躍っていた。
「期待のゲーム「Challengers」クローズドβテスト 7月25日に開始!」
他のゲーム情報は隅っこに追いやられていて、九割方このゲームの情報だった。他のゲーム達を哀れみつつも、興味はひとつのゲームに注がれていた。
Challengers。突如として発表されたこのゲーム、ハードは前々から噂されていた仮想世界体験装置の「VR-8000S」だ。
舞台は一つの大きな大陸、アルティアだ。かつて大陸を荒らす十二の神々と壮絶な戦争を起こした。
神の力は強大で、大陸の種族達は善戦するも、少しずつ敗北に近づきつつあった。そんな中、ヴォダンという謎の男が現れる。
その男は、単独で次々と神を強力な封印術で封じていった。そして、最後の神が封印されたとき、ヴォダンは姿を消したのだ。
それから時が流れ百年。
ヴォダンの手によって封印された十二の神々が再び封印を解こうとしているらしく、その影響でモンスターが急激に数を増やしているらしい。
そんな世界で、邪神を再び封印するために、プレイヤーらが奔走する……。
雑誌にはそんな壮大な世界観と共に、世界地図がでかでかと書かれていた。
まん丸でとても大きな大陸。そこには平原や都市、山々などが抽象的に描かれている。
左上には大部分を鉱山で囲まれたドワーフの住む、ニザヴェッリル。
左下にはアルフヘイム、森林に囲まれたエルフの拠点だ。
右上に荒れ果てた地のノート、力を封印された魔族が住んでいて、一日中ここだけ日があたらない。
右下には起伏が激しい地形のフェンリル、獣人が拠点としている。
そして真ん中には、人間が住んでいるミズガルズ。各種族と接触しないようにと、国境沿いに防壁を具えている。
そんなゲームの主旨だが、簡単に説明すると、五種族は与えられた特徴を武器に、果てしない強さを誇る神々を倒すゲームだ。
十二人の神を倒したら何かが起こるらしいが、その何か、は当然の如くこのゲームの醍醐味なので、公開されていない。
そして、お約束のスキルもこのゲームでは重要な位置を占めている。
種類もかなり豊富で、スキルの着脱という概念はなく、スキルポイントの振り当てによりレベルアップしたり、スキルをゲットする仕様になっている。
とある噂によると、スキルレベルは最大で五百らしい。あくまで噂だが。
最初は応募しようとも考えていたのだが、来年は受験。この受験生活にいろんな意味で支障をきたす可能性大だったので、見送りとなったのが非常に心残りだ。
なぜこんなタイミングにこんな面白そうなゲーム作っちゃうのか疑問が絶えない。
ちくしょう、そう思いつつ、もう考えるのを止める事にした。
「ただいまー」
風呂に入ろうか思案しつつも、扉を開けて帰宅報告をすると、目の前には父がいた。
「おかえり!」
「うわっ! ……なんだ、親父か。珍しいね。こんな時間に帰ってくるなんて」
僕のそんな言葉には一切反応せずに、うきうきとした口調の長身メガネ男、山下宗一郎は声をかけてくる。
黙っていれば静かでクールなダンディな紳士だな、と思ってしまう風格を兼ね備えているのだが、蓋を開ければ変態パレード。
キッチンでは母親の尻を撫で、姉の尻を叩き、僕のアソコを蹴る変態ジジイである。
僕のアソコを蹴った理由が、母親を見て欲情したと勘違いされたものだからたまったものではない。
母親はひいき目をせずとも十分美人の部類に入るが、それでも自らを生んだ母に対して欲情する事はない。
母親を愛しているのはよいことなのだが、AJINOMOTOもといMAGONOMOTOに向かって蹴りを入れるとは不届き千番。
寝ている時に、母親のパンティを頭に被せて置いたが復讐の初め。姉からは裏仕事人と呼ばれ、恐れ置かれている。
こんな父でもあのマイクロサーバーの重鎮さんで、結構な立場の人間だから恐れ入る。
そういう訳で、この時間帯ならゲーム会社の方でヒーヒー言いながらパソコン向き合っていると思ったが……。
「ふふふ……。誠よ、お前は明日、大変な事実と向き合う事となる。その時は、おそらくお前は私にひざまずくだろう。「アリガトウ!オヤジアイシテル!」とでも言いながらな! はっはっはっ!」
「さぁて、お風呂はいろっと」
こんなテンションの親父は普段あまり見られないから貴重なのだが、だからといって観察するほど僕は暇ではない。
ベルトを外しつつも靴を脱いだ。脇に靴を寄せてから風呂場に一直線。
後ろについてくるのは息子の裏仕事に気づいていない変態な父親である。
「むむ、そんな事をいう息子に育てた覚えはないんだがな。しかし、言ったからな! 明日は会社でテストがあるから誠の土下座姿が見れないのが残念だが、今までの親父のイメージを全て払拭するほどの壮大なる事実がお前を待ち受けているからな! じゃあな! ママの尻撫でてくる」
最後に聞き捨てならないことを口走ったような気もするが、いつものことだ。
脱衣所で裸になったしばし考える。親父の言う大変、及び壮大な事実とは一体なにを指しているのか気にはなるが、今は疲れを風呂で洗い流すのが先だ。
※
受験勉強の準備、といっても参考書を引き出しからとりだしたり筆記用具の準備をするだけだが……。
それを行いながら考えるのはあのゲームの事ばかりだ。
ゲームの最大の要であるVR-8000Sはクローズドβテスト開始前の七日間、応募時に記入した届けてほしい希望の日数、時間に送られるという事しか判らない。
Lamsが直に出向いてベッドも組み立てるというからかなりの腕の入れようである。
一般公募で2000人、社内公募で1000人が当選する。
しかし、驚くのがテスターに選ばれると、ベッドを無償で提供してくれるという寛大な計らいだ。
ただ、そのかわりに十日に一回使用した感想と送られてきたアンケートを提出しなければならない義務があるようだが。
VR-8000Sは定価で290000円という、とてもじゃないがゲーム一つに出せるような値段ではないため、当たればラッキーなテスター応募には嫌でも食いつく事になる。
そうなると倍率は一体全体どうなるのか……気になるなぁ。
小さく伸びをして現代文の問題集を解いていく。しかし、頭に全く入ってこない。もはや脊髄反射で書き込んでいるのである。
恐るべきチャレンジャーズ。欲しい気持ちと恨めしい気持ちがごちゃ混ぜになって、またなんともいえないハーモニーを生み出しそうだった。
※
「おーい山下」
土曜日曜があっというまに過ぎ、舞台は昼前の学校。腕を枕にうつらうつらとしていると、ふいに声を掛けてきた人がいた。
山本順平、中学校からの同級生だ。一言でたとえるなら海坊主。ほどよく焼けた肌が運動を愛する健康児に見え、大変好印象だ。
しかし、彼の肌が焼けているのは父の仕事が魚屋で、その手伝いをしているせいだ。主に客寄せを小学校からやってきたせいで誤解された彼は、決して運動を愛する人間ではない。
むしろ拒絶する志向にある。みなさん是非とも見かけで人を判断するのはやめよう。
彼もまた、僕と同じようにチャレンジャーズに興味を持つインドアタイプの一人だ。
中学時代は家でゲームが許されず、僕の家に来てはひっそりと平和をかみ締めるようにゲームをプレイしていた彼だが、当時大学生だった六歳年上、姉の佳奈子にゲームをしていた事を親にチクられ、何度もやられるうちについに姉がトラウマと化してしまい、僕の家に寄り付かなくなったという苦い思い出がある。
そのせいで、ひたすら店の客寄せと魚図鑑に対して打ち込んでいたが、高校ではその反動なのか、姉が一人暮らしを始めたのを知ってから、僕の家に来ては興味深々にゲームをプレイして帰っていく事が多くなった。
もちろん、チャレンジャーズにもそのご自慢の好奇心で食いついてきた。詳しい事はサイトに行け、とまとめサイトのアドレスを教えたところ、一晩で丸暗記して、今では僕よりも詳しいという有様である。
「おーい、ちゃんと聞いてるか? 山下ー」
「あ、ごめんごめん。ちゃんと聞いてるよ。ちょっと考え事してただけだから」
「んん? それはもしかするともしかしてチャレンジャーズの事か?」
半分正解で半分外れといったところか。実は順平の紹介を無意識にしてました、なんて死んでも言えないな。もし言っちゃったら死んじゃう。恥ずかしくて。
「そう……だよ。山本当たるといいな」
「ん、ありがと。そうだな。当たるといいんだがなぁ。当たらなかったら地獄だわ。一台四十万って無理。週末の手伝いでもあわせても五千円という厳しい財政事情なのに」
「はは、だな。3000人当たるけどうち1000人は社内公募だしな」
そう僕が言うと、山本は恨めしげな視線を此方に向けてきた。
「だよなぁ……。お前のとうちゃんはチャレンジャーズ作った会社のお偉いさんだろ? 羨ましいわ、確実にプレイできるって」
うちの親父がゲーム会社のお偉いさんだと知っているのは先生と山本と、こことは違う学校だが門倉ぐらいだ。父の職業なんて、言う必要性がそもそも無い。
「だから、いったろ。確実に当たる訳もないし、大学受験も近いし父に尋ねられた時も辞退したって」
「後悔してるんだろ?」
素早く山本が切り返してくる。言い返せないのがどうにも悲しい。話題がさり気なく切り替わっているところに彼の隠れた才能を感じた。
「ん……まあ、それはね」
あの時はチャレンジャーズのチの字もしらなかった。それに、なんせ誘ったのがテスター募集もかかってないゲームショウ当日に突然に、だ。
当時、興味は少々あったが、来年ということで、受験に差し支えると遠慮した。
が、今は激しく後悔している。何せ、ラオスは連続四時間までしかプレイできないという廃人達をさらに廃人にさせないための考慮が行われていたからだ。
そしてプレイを終了したら六時間後でないと再びログイン出来ないように作られていた事を公式ホームページで知ったとき、愕然とした。
何故父の誘いを受けなかったのだろう、と。四時間程度なら少々勉強配分さえ気をつければなんとかなる。そう自分を納得させたって遅かった。
それに、あの変態親父に再び頭を下げるというのはどうにも気後れがした。なぜ自らの愚息を危機に陥れた奴なんぞに頭を下げにゃならんのかと。
そういった謝ろうか謝るまいかの葛藤が続き今に至るのだが。
「やぁやぁ御二方。お元気してますかね?」
にゅるり、という擬音がこれいじょう似合う人間はこの世にいるだろうか、そう思ってしまうくらいににゅるりとした登場を果たしたのは佐藤……佐藤君だ。
牛乳瓶の底みたいに向こうが歪んで見える眼鏡に、骸骨みたいな体型。
健康的な生活をしているとは思えないのだが、健康検査で一度もひっかかったことないらしく、なぜかこの体で運動神経が尋常にいい。
体育関係の部活からマークされている人物なのは周知の事実だ。
「うわっ、……びっくりさせんなよな佐藤ー」
「ははは、すみません。いや実はですね。ちょっと良いニュースがありまして、ね。この話題に詳しい御二方に伝えようと」
「ふんふん」
「チャレンジャーズ……。そうです、御二方が常に話題に出してるあのゲームの事です」
佐藤君はいつも人の会話を盗み聞きしちゃってるのか、の心の中でつっこむ。
「……私、クローズドβテスト、テスターに選ばれたんです」
「なんと!」
順平が驚きの声を上げる。僕も声には出さなかったが、びっくりしている。初めて身近にいる人物で当選があったのだ。驚かずにはいられない。
「あ、みんなには内緒ですよ? 言いふらす気はさらさらありませんし」
そう言って細い人差し指をカサカサの唇に持っていった。
「っていうかさ、なんで俺達に言うんだよ。もしかして、自慢か?」
怪訝な顔で問い掛けるのは山本。
「違いますよ。あなた達ならもしかするともしかして当選するかな、と思いまして」
「その根拠は?」
椅子に両腕を乗っけて気だるげに山本はそう言った。
「山下君のお父さんは山下宗一郎さん、マイクロサーバの広報部長として今は頑張っていますよね」
「そうですよ」
「それが理由です。簡単に説明すると、ですけど。詳しい話は残念ながら出来ません。でも、言えるとしたら、山本君の当選も恐らく山下君のお父さんが絡んできますよ……ふふ、じゃあ、失礼しますね」
四時限目を報せるチャイムと共に、佐藤君は風のように元のクラスに戻っていった。残された僕らは、佐藤君が一体何をしたかったのか、判らなかった。
※
「ただいまー」
山本と別れてから五分ほど昨日と同じように扉を開けて、帰宅を知らせた。。
「あっ、誠、ちょっとちょっと来なさい来なさい」
慌てたように母、山下政子が出てくる。眼鏡一家で一番眼鏡が似合うのが母だ。可愛い、というよりも美しい、清楚、というより艶やかだ。
物腰柔らかで、親父が何故結婚したのかよく判る。その娘も同じような感じだ。
父が何かやらかしたときは凄く恐怖を感じさせられるものがあるが、もはや誰も止めるものは、もとい、止めれるものはいない。
「ん、どうしたのさ母さん」
「それがね、誠宛に届いたのよ、すごく大きな荷物」
大きな? 頼んだ覚えはない。
「それと一緒に引越の人がスーツ来ました、みたいな人が来てねぇ。組み立てる、っていって誠の部屋に荷物もって上がっていったのよ」
なんとなくだが、何が届いたのかわかったような気がした。親父の言葉の理由も。日々の僕の動向を見抜いていたのだろうか。殆ど家を空ける一家の主とは思えない観察眼に感嘆とした。
「送り主にお父さんの会社の名前……って誠、待ちなさい!」
母の言葉を最後まで聞くほど、落ち着いてられなかった。どたどたと階段を上ると、それと相応してぎしぎしと階段が軋む。
風のように二階へ上がり、勢いよく自室の扉を引くと、目の前には部屋真ん中を占領したベッドがあった。
独特のフォルムが、公式ホームページで見飽きるほど眺めた憧れの「VR-8000S」だった。
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ええとですね。初めまして。
二年程前から様々なSSをあさりまして。どこで道を踏み外したか初投稿でオリジナルでございます。
オナニー小説ならばこなれたものですが、どこまでいってもオナニーなのは流石に嫌なので、それを何とか払拭しようと必死です。
小生、まだまだ未熟者です。様々なご指摘を頂けると助かります。
3/16 ちょっと修正