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[9416] ファンタズム・インストーラー ~コスプレ戦士と呼ばないで~ ネギま オリ主 パロディ
Name: すちゃらかん◆1dfe3026 ID:78035653
Date: 2009/06/07 23:50
この作品はネギまのオリ主ものです。

オリキャラ独自設定などが多数出てきます。

他作品のキャラクターは出てきませんが他作品がネギま世界の中でゲームやアニメ、ライトノベルとして存在しているという設定で、主人公はキャラクター達の格好や能力を真似します(正確にはさせられます)

そういったものが嫌だという人は見ない方がいいです。

すちゃらかんは国語でヤヴァイ成績を結構取ってきた人間です。
つたない文章になってしまうでしょうがそれでもいいという方は読んでみてください。



[9416] 第一話 突然の遭遇 ちょっと待ってと言いたい
Name: すちゃらかん◆1dfe3026 ID:78035653
Date: 2009/06/07 23:54
ファンタズム・インストーラー




その知らせが来たのは突然だった。
あまりに突然すぎて理解できなかったのを覚えている。


彼――咲須賀 狼の生まれた咲須賀家は代々空錬家を守護してきた。
古くは戦国時代、あるいはもっと昔からその関係は続いてきたらしい。

空錬家の開祖は神人と呼ばれるほどの力の持ち主だった。
必然、その力を狙うものは多かったということだ。
それを守ってきたのが咲須賀の者達だった。
まだ超能力や魔法がスタンダードではなかった時代、空錬は神の血を、咲須賀は死神の血を引くものだと噂され、恐れられていたそうだ。

その咲須賀家に生まれたちょっとばかし他より才能があった少年がロウだった。
同じように空錬家に生まれたちょっとばかし他より才能があった少女がアイナだった。

その能力ゆえに周囲からの期待も大きかったうえに、あまり社交的な性格でも無かったアイナにはあまり友達と呼べる存在がいなかった。

そんなときだった。
ロウとアイナが出会ったのは。
親に連れられて向かった空錬の屋敷の庭で一人本を読んでいたのがアイナだった。

年も同じで境遇も似ていた二人はあっという間に打ち解けた。
気がつけばいつも一緒にいた。
部屋で二人で遊ぶこともあれば外で二人で遊ぶこともあった。
大人たちもよいことだとほほえましく見守っていた。

基本アイナがやりたいようにやってロウがそれにつきあうという形だったが、ロウもそれが楽しかったので誰も文句は言わなかった。
アイナは花のような笑顔が印象的で、それを見るために多少の無茶は平気でやった覚えがあった。


当時はそんな日がいつまでも続くと、そう思っていた。


その知らせが来たのは突然だった。
楽しい日々がずっと続くと思っていた少年にとって、その報は突然すぎた。
理解しがたい、否、理解したくないその知らせに少年が思考を停止させてしまったとて誰が責められようか。



アイナとその両親が事故に巻き込まれた。
アイナは奇跡的に一命を取り留めたが両親は命を落とした。



にわかには信じられない話だった。
アイナの親もまた開祖の再来とまで言われた強大な力の持ち主だった。
殺しても死なない。
そんなイメージがあった。

ロウは知らせを聞いてから5分近く動くこともできずに立ち尽くしていた。
ロウの親をはじめ大人たちがあわただしく動く中、ようやく我に返ったロウは屋敷を飛び出した。
大人たちの制止も振り切って空錬の屋敷に向かった。

止めようとする使用人やアイナの親戚の大人たちを無視してアイナの部屋に飛び込んだロウの目に映ったのは、ともに遊びともに笑った時の面影など微塵も感じられぬ人形のようなアイナの姿だった。

アイナは座敷の中心に敷かれた布団で上半身を起こして、ぼうとした眼差しで虚空を見つめていた。
花のような笑顔を浮かべていた顔は能面のような無表情に固まり、キラキラと輝いていた眼には生気が全く感じられずガラス玉のようだった。

あとからやってきたアイナの叔母から聞けば何と話しかけても一切反応がないそうだ。
ひきつった笑みを浮かべながら名前を呼ぶ。
ぴくりともしないアイナに聞こえていないのだと自分をごまかした。
近づいて行ってもう一度名前を呼ぶ。
アイナは眉ひとつ動かさない。

世界が崩れるようなそんな感触がした。

しばらく呆然と立ち尽くし、こみあげてくる衝動にロウは口元に笑みを浮かべた。
くつくつと笑いだす。
心配そうに後ろの叔母が口を開くより先に一歩前に踏み出す。

何が世界が崩れるような、だ。
自分の心を笑い飛ばす。
世界が崩れるような悲しみと絶望を叩きつけられたのはアイナだ。
本当につらいのはアイナだ。
友達なら自分は彼女を支えてやらなければならないだろうに。
何をこんなところで立ち往生している。

自嘲の笑みを消して、もう一度笑顔を形作る。
ごく自然な笑顔を。
アイナの隣に腰を下ろすとその手を握りしめ、優しく語りかけた。


ゆっくりとアイナの顔がこちらを向く。
後ろでアイナの叔母が息を呑むのを感じる。
アイナは何を言うでもなくこちらに顔を向けると声にならぬ声で何かを呟いた。
一言だけ呟くとまた視線を虚空に戻してしまう。

だが反応はあった。
ロウはアイナに一言告げて立ち上がると、後ろで控えていた叔母に声をかけた。

「通わせてもらっていいですか。アイナが元気を取り戻すまで」

叔母が頷く。
ロウは決意とともにアイナへと振り返った。

「……必ず……」


それ以来ロウは毎日アイナのもとへと通いつめた。
毎日いろんな話をしたし、いろんなものを持ってきた。
アイナがよく読んでいた本。
アイナとともに遊んだおもちゃ。

少しずつ。
本当に少しずつだが彼女は回復していった。
回復の過程で彼女が喋れなくなっていることがわかった。
ショックではあったが筆談を使ってコミュニケーションをとり続けた。
しばらくして彼女は話しかければ普通に返事をするレベルまで回復した。

しかし、自分から何かをしようとすることはなかった。
無気力になってしまった彼女の興味をひけるものはないかと、あの手この手を尽くし、さまざまなものを用意した。

そしてついに彼女が興味を示すものを見つけた。
ロウはここぞとばかりにそれに関するものを彼女に与えた。
ずっとそれに付き添った。
毎日毎日可能な限り、彼女に付き添った。

次第に彼女は気力を取り戻していった。
完全に元通りにはならなかった。
全体的に暗くなったし、笑うことも少なくなった。
だが、それでもたまにだが笑うようになったし、紙とペンを使って普通に会話もするようになった。

それでよかった。
これでよかった。
ロウは今でもそう思っている。



ただ、ひとつだけ。


元気を取り戻したあとは彼女の興味を示したソレを少し抑え気味にすればよかったかなと思わないでもない。






















空錬愛菜がどんな少女かと周囲に聞けば、十中八九暗い少女だと答えるだろう。
口の悪いものなら藁人形に五寸釘をうっていそうな、と答えるかもしれない。
だが、確かにそういったイメージがあるのも事実だった。
軽くウェーブのかかった黒髪を長くのばしており、その眼はいつも半ばまで閉じられている。
好きな色は黒で、私服は上も下も黒一色しか着ないらしい
いつもどんよりとしたダークオーラを背負っていて、話しかけずらいイメージがあるのだ。

さらには喋らない。
全くと言っていいほど喋らない。
ただでさえ話しかけずらい彼女に意を決して話しかけると驚愕の事実が待っている。

彼女は返事を口では言わず、手に持ったスケッチブックにマジックで書くのだ。
話しかけたものは彼女が喋らないのではなく喋れないのだという事実に行きつく。

同じクラスのものともなれば大抵のものが彼女が喋れないことを知っているが、結局話しかけずらさを生んでしまっている。

結果、彼女は孤立気味だった。


ネギ・スプリングフィールドは真面目な少年だ。
彼は10歳という若さでありながら一つのクラスを任された教師だ。
若いというより幼いながら教師という大役をしっかりこなそうと心に決めている。
教師として生徒のことよく理解し、皆を支えようと考えていた。
今はまだまだだが、クラスの生徒達全員と仲良くなれたらと考えている。

そんなネギにとって空錬愛菜は気がかりな生徒の一人であった。
あまり友達としゃべっている風もなく、いつも一人でどんよりとした空気をまとっている。
孤立気味というだけなら他にも何人か居た。
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルや長谷川千雨も周囲と距離を置いているように見える人物だ。
だが彼女らは好きでそうしているように見えた。
自分から周囲と距離を置き、その状況を好んでいるように見える。

本人たちが望んでいるからと言ってそのままでいいとは限らないのだが、急ぐ必要はないように思えた。
アイナに比べれば彼女らは後回しにしていいように思えたのだ。

最初にクラス名簿で「喋れない」という文字を見た時はどういうことかと首をかしげた。
授業のとき彼女を指したとき、スケッチブックに文字を書いて答えられたとき、初めて理解した。

彼女が喋れないことを知ってるがゆえに周囲は話しかけずらく、それを知っているがゆえに彼女も周囲に話しかけずらい。
そのせいだけではないだろうがアイナが自分から人に話しかける姿をほとんど見た事がなかった。

ネギもまた彼女に話しかけるきっかけというものをつかめずにいた。

ところがだ。
最近になって彼女の様子に変化が見られた。
正確にいえばときどき彼女の様子が変わることがあることにネギが最近になって気づいたのだが。

ごく稀に彼女が当人比30%ましで生気にあふれた目でいきいきとしているのだ。
何かの本を読んでいるときであったり何かについて話しているときであったりと、ばらばらだが確かに彼女が楽しそうにしているのを見かけたのである。
彼女には何か好きな事があり、それに関するときは生き生きとしているのだというのがネギの推論だった。

そして今もまたダークオーラを引っ込めて真剣な表情で手元の雑誌に視線を落としている。

チャンスであった。

何を読んでるんですかーとフレンドリーに話しかけ、彼女との会話のきっかけを作る。
そう決めてネギは歩み出した。

そう意気込むネギの様子に気づいた風もなくアイナは雑誌に視線を巡らせた。
何気ないしぐさで雑誌を読みながら懐から金色の洒落た笛を取り出す。
そして思いきり吹き鳴らした。

ピィィィィィィィィィ!

澄んだ音色が響きわたる。
だが、特に変化はない。
何の意味があるのか初見では分からない。
しかし、アイナはそれで満足したように懐に笛を戻すと再び雑誌に視線を戻した。

突然の奇行に眼を丸くしたネギが周囲を見回すが、周囲は一度アイナの方を確認するだけで、またかというように各々の行動に戻っていた。
ネギは初めて見る行動なのだが、周囲にはおなじみらしい。
言葉を失ってしばらく立ち尽くしていたが、気を取り直したように歩み寄った。

「あの。今の笛はなんです?」

彼女の読んでいる雑誌について聞くつもりだったのだが、気がつけばそう問うていた。
アイナは初めてネギに気づいたかのようにゆっくりと顔をあげた。
半分とじられた眼がネギの顔をじっと見つめる。

アイナは雑誌を机に置くと机のわきからスケッチブックを取り出した。
左のポケットからマジックを取り出し、キャップを外す。
次の瞬間、マジックをもった愛菜の手が、信じがたい高速でスケッチブックの上を踊った。
ほとんど一瞬で文字を書きあげ、スケッチブックをこちらに向ける。

<親戚からもらったもので、詳しくは知りません>

「ああ、そうなんですか」

驚異的な速書きに目を丸くしながらとぼけた声をだす。
目の前で見たのに未だに信じられなかった。
ひょっとして魔法使いか何かなんだろうか。
一般人のものとしては今の動きは速すぎた。
自分の中の疑問の声に否定の声を出す。
魔力は全く感じられなかった。
今のは純粋な技術なのだ。

呆けた顔でずっと突っ立っていたためか、アイナはいぶかしげな顔でこちらの顔をのぞいてきた。
いつの間にかいたのかスケッチブックの新たなページを見せている。

<まだ何か用ですか?>

それに我に返ったように、ネギはわたわたと手を振った。

「ああ!大したことじゃないんです。楽しそうに読んでいたので何の本かなあって」

<何の本だと思いますか?>

そう返されてネギは言葉に詰まった。
パッと見たかんじ彼女の読んでいそうなもの、と想像して、呪い大全とか黒魔術入門とかいうおどろおどろしいタイトルが脳裏に浮かぶ。
だが、それをそのまま口にはしない。
さすがに失礼な気がしたのだ。
もっとこうオブラートに包んだような言い方はないだろうか。

「オカルト関連とか……ですか?」

結局出てきたのはそんな言葉だった。
言った後でしまったと後悔する。
アイナは少し不満げに眉を寄せているように思えた。

「だめやえ~ネギ君。人を見かけで判断しちゃ」

そんな言葉が後ろからかけられる。
振り向くといつもお世話になっている近衛木乃香がニコニコと笑いながらこちらを見ていた。
誰に対しても分け隔てなく接する優しさを持っている彼女はルームメイトの神楽坂明日菜とともにアイナと普通に会話できる数少ない人間の一人である。

このかの言葉に頭をかきながらネギは謝罪した。
アイナはすぐに表情を元に戻すと、持っていた雑誌を見せようと軽く持ち上げた。
だが、軽く持ち上げただけで手を止めてしまう。

アイナは雑誌を置いて窓を開けると、しぐさでネギにそこをどくように示した。
ネギはいぶかしみながらもそれに従う。

なんなんだろう。
口に出して問おうとしてこのかに遮られた。

「ああそういえばそろそろやね」

「そろそろってなんなんですか?」

何やら事情が分かっているらしいこのかに問いかける。
このかはふわふわした笑みを浮かべたまま、

「さっきアイナが笛吹いたやろ?」

「ええ、吹きましたけど」

このかはぴっと人差し指を立てると、

「アイナがあの笛を吹くとな」

立てた人差し指を先ほどアイナが明けた窓に向ける。

次の瞬間、


「とうっっ!!!」


掛け声とともに人影が一人、窓から飛び込んできた。
華麗な二回転半ひねりを決めてアイナの前にすたりと着地する。

「この人が駆けつけるんや」

「えええええええええええっ!?」

思わず叫ぶ。
叫ぶしかなかった。
突然窓から人が飛び込んできたらこれくらい驚いてもいいと思う。

改めてみれば、そこに立っているのはネギの生徒であるこのかやアイナと同い年か少し上ぐらいに見える少年だった。
ざんばらの黒髪に同じ色の瞳をしたごく一般的な少年だ。
どこか中性的でカッコイイという表現も可愛いという表現も似合いそうな整った顔立ち。
背も平均よりは少し高いだろうが、ネギのクラスの一部の生徒に見えるような中学生としてはありえないような長身でもない。
着ている服も平均的な魔帆良の男子中学生の制服だ。
普通の少年だった。
その普通の少年が窓から飛び込んできた。

二回転半ひねりを決めて。

しかもこのかの言葉を信じるなら笛の音にこたえて。

「えっ……ちょっ……ここ何階……笛……!」

言いたいことがうまくまとまらず、ぶつ切りに単語が口をついて出る。

少年はこちらの顔を覗き込むと人差し指を口元に充て、笑みを浮かべてきた。

「細かいことは言いっこなし。アバウトに行こう」

とりあえずうなずいてこたえておく。
頷いた後で頭がようやく回転しだした。

普通の笛の音の届く範囲などたかが知れている。
そのたかがしれる距離にずっと控えていたわけじゃないだろうし、ならあの笛も特別製だということだろうか。
離れた距離からこの短時間で駆けつけ、この階の窓に飛び込むなんて一般人にできることじゃない。
ならば彼らは魔法関係者だろうと推測できる。
それにしてはこんな目立つことをするなんて軽率だと思われても仕方ないことだ。

ネギは少年のそばに行くとほかの者には聞こえないよう小さく囁いた。

「あの、あなたは魔法使いですか?」

少年は驚いたように目をまるくしたあと苦笑していった。

「あまりその単語をあっさり出さない方がいいよ。僕が魔法関係者じゃなかったらどうするつもり?」

「す、すいません」

思わず小声で謝る。
謝った後で自分の言いたかったことを思い出して慌てて小声で告げた。

「そ、そうじゃなくて!ダメじゃないですかあんな目立つことしちゃ。魔法使いには秘匿義務っていうものがあって魔法を一般人にばらしたらオコジョにされちゃうこともあるんですから」

少年は困ったように頭をかくとネギを見下ろしていった。

「できればスルーしてくれるとありがたいんだけど。今までだってずっとやってきたんだし。それに……」

少年は悪戯めいた笑みを浮かべ、ネギの鼻先をつつくと、

「就任初日で魔法をばらした君が言えることじゃないんじゃないかな」

「うっ!」

思わず呻く。
どうしてこの少年が知っているのかはわからないが、確かに言う通りだ。
明確な魔法バレをやらかしてしまった自分の方がむしろ問題ありだといえば問題ありだった。

「それは……そうですけど……」

言葉に詰まるネギを眺めていた少年は苦笑すると、ネギの頭をポンポンと叩く。

「わかったわかった。気を付けるよ。アイナにも携帯を使うよう言ってみるさ。まあ聞くかどうかは分からないけどね」

言って少年は腰に手をあててネギの顔を覗き込んだ。

「ふーん本当に10歳の子が先生なんだ。話はアイナから聞いているよ。僕は咲須賀狼。アイナとは幼馴染だ」

「僕はネギ・スプリングフィールドです」

軽く握手して自己紹介する。
手を握っただけでは大したことは分からないが、何か武術でもやっているのか少し硬めの手だった。

少年――ロウはアイナに向き直ると、

「それで?今日は何の用?」

アイナは一瞬でスケッチブックに文字を書き込み、それを見せる。

<今日はあそこに寄りたいんだけど。一緒に行かない?>

「僕は特に欲しいものはないんだけど……わかったわかった。行くよ。行くからそんな目でみないでよ」

降参だと言わんばかりに両手をあげて言うロウ。
いつものことなのかこのかも周りの連中も苦笑するだけで特に何も言わない。

それで話は終わりなのか、アイナは読んでいた雑誌を鞄に入れて背負うと、スケッチブックを片手に立ちあがった。
ひらひらとこちらに手を振って歩み去っていく。

「それじゃあね。ネギ君」

ロウもまたそれに続く。

去っていく二人の背中を見送りながら、ネギは隣のこのかに問いかけた。

「いつもあんな感じなんですか。お二人は」

「うーん。まあそうやな。いつもはもっと時間がたって、ネギ君がいなくなってから呼んどったから、見るのははじめてやったやろ?」

頷いて、驚きましたと返してから二人の去ったドアを見つめる。
それじゃあと言ってこのかが去っていくのを見ながら、ネギは今更なことに気がついた。

「あ、何の本読んでたのか聞き忘れたや」
















「見事な桜だね」

ロウは思わずそう呟いていた。
目の前には、ピンクの可憐な花を咲かせた桜並木が一直線に続いている。
女子寮前の桜通りだった。

アイナに誘われ、たまには気分を変えたいとのことで二人でレストランで夕食をとった帰りである。

日も既にとっぷりと暮れ、丸い月が顔を出し、あたりは闇に包まれている。
闇といっても現代の都会の常で、足元は街灯の光に照らされ、物に躓く心配はない。
だが、暗くなれば治安も下がるのが町というものだ。
念のために、というか幼馴染として、男として女子寮の前までアイナを送りに来たのである。
アイナには力があるが、その力はまだ未熟で、アイナ一人では何かと心配だった。
おまけにアイナは喋れない。
なにかあっても助けを呼ぶこともできないのだ。

自分の行動は決して過保護の内には入らない。
……別に友人に「お前って過保護だよな」と言われたことを気にしているわけではない。

自分で納得しながらロウはもう一度満開の桜達に目をやった。
ピンクの花弁が街灯の光に映え、実に美しい。
これだけの規模の桜並木が寮を出てすぐに見られるのだからうらやましい限りだ。

ちなみに男子寮の前の並木は桜じゃない。
なぜだろうか。
男どもには華やかな桜など似合わんとかそんな理由だろうか。
もしそうなら声を大にして言おう、男女差別だと。

桜を眺めていると袖を引っ張られる感触がした。
顔を向けるとアイナが袖を引っ張っている。
逆の手でどこかを指差していた。
指差す先を視線で追う。

洒落たデザインの街灯の上に何者かが立っていた。
山高帽をかぶっているが、おそらく子供ぐらいの体格だ。
黒いボロ布のようなマントに身を包みこちらを見下ろしている。
帽子の影に隠れているため顔は見えないが、心当たりがないこともなかった。

最近噂の桜通りの吸血鬼。
満月の夜になると桜通りに吸血鬼があらわれ、通った者に襲いかかり血を吸って去っていくという話。
実際体中の血液を抜き取られた死体が出たわけでなし、吸血鬼化した者が出たわけでなし。
だが、確かにその噂はあった。
火のない所に煙は立たぬ。
ロウはすでに大体のあたりはつけていた。

アイナのクラスメートに一人吸血鬼がいたのだ。
ちなみにアイナのクラスメートは一通り素性を洗ってある。
当然、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルという名前もその中にあった。
かつては闇の福音、人形使い、不死の魔法使いと呼ばれ恐れられ、600万ドルの賞金が掛けられていたビッグネームである。
今はかの英雄ナギ・スプリングフィールドによって呪いをかけられ、学校への登校を義務付けられ、力も封じられて今に至る。
彼女以外の吸血鬼の存在はこの魔帆良で確認されていない。
必然、桜通りの吸血鬼とエヴァンジェリンはイコールで結びつけられる。
エヴァンジェリンとは別に吸血鬼がいる可能性も完全には否定できないが、そこは蛇の道は蛇。
一族の者に頼んで調べてもらっている。
結論は桜通りの吸血鬼はエヴァンジェリンだということだった。

今までは少し血を吸って、相手の前後の記憶を消して開放していたようだが、今回もそうだとは言い切れない。
魔法使いにとってアイナの能力は貴重なものだからだ。
吸血によって操り人形にしてその力を使おうと考えるかもしれない。
操り人形にされた状態で能力を使えるかどうかは知らないが。
アイナの手を握り、いつでも逃げれれるようにしながら街灯の上の人物に語りかける。

「はじめしてかな。エヴァンジェリンさん。顔は見たことあるけど話したことはなかったよね」

その言葉に口元に不敵な笑みを浮かべ、エヴァンジェリンはマントをたなびかせながら街灯の上から飛び降りる。

「そうだな。こそこそと探りを入れることを会ったうちに入れないのなら初めましてだな」

鋭い犬歯を見せながら皮肉を口にする。
それに苦笑しながらロウはアイナをエヴァンジェリンから隠すように立つ。
エヴァンジェリンはそのさまを眺めながらうすら笑いを浮かべる。

「特に狙ったわけではなかったのだが……面白い得物が網にかかったな。なあ茶々丸」

呼びかけに一人の少女が木々の影から歩み出てくる。
アイナのクラスメートでエヴァンジェリンの従者である絡繰茶々丸だ。
緑の髪と耳のアンテナ、むき出しの関節が特徴的なガイノイドの少女である。

「空錬愛菜様ですね。確かに珍しい能力の持ち主です」

無感情にそう告げるガイノイドを視界の端に止めつつ、ロウはエヴァンジェリンに向かって言葉を放つ。

「特に狙ってなかったんなら見逃してくれないかな。別に僕らじゃなくてもいいんだろう?」

あまり期待しないで言った一言は案の定ぴしゃりと切って捨てられた。

「却下だ。お前も分かっている通り、空錬愛菜の力は手ごまに加えられるのなら加えておきたい貴重なものだ。絶好のチャンスが向こうからやってきたのだ。それを見逃すほど私は甘くない」

言って茶々丸に視線を送る。
それだけで茶々丸はエヴァンジェリンの意思をくみ取り、彼女の隣に控えた。

緊張の汗を流しながらロウはエヴァンジェリンと対峙する。
エヴァンジェリンの性格上不意打ちなどしなさそうではあるが、一応いつでも動けるよう構えておく。

「ククク。まるでナイトだな。そういえば咲須賀は空錬を守ってきた一族なんだったな。それにしても別に取って食おうというわけではないんだ。ちょっと血をもらって、来る時に力を借りるだけだ。そんなに緊張しなくてもいいんだぞ」

「僕は気が弱くてね。それくらいは勘弁してもらえるかな」

エヴァンジェリンはロウの言葉を鼻で笑うと腕を組んで顔を少し上向けた。
若干見下ろされるような感覚を覚える。

「どの口が言う」

その口元の不敵な笑みを見ていると何もかも見透かされているようなそんな不安感が腹の底から湧きあがってくる。

実際ある程度は知られてしまっているのかもしれない。
魔法使い達の力によって、狙われることの少なくなった空錬だが、同時に魔法使い達にその力を知られることになった。

その気になって調べれば空錬と咲須賀の力がどんなものかはある程度わかってしまう。
かたくなにその力と存在が隠されていた昔とは違うのだ。

拳を何かを握るように軽く握り、エヴァンジェリンを強く睨みつける。

そのときだ。
緊張に張りつめたロウの肩を誰かが叩いた。
ロウがゆっくりと振り向くとそこには不思議そうな顔をしたアイナの姿。
手に持ったスケッチブックを掲げてこちらに見せている。
普通ならこんな暗い時間帯ではスケッチブックの文字は見にくいはずだが、彼女の使っているペンは特別製である。
暗い場所でも夜光塗料顔負けにはっきりと見える。

<エヴァンジェリンさんがどうかしたの?>

……
どうやらこの状況を理解していないらしい。
ロウは嘆息しつつ視線をエヴァンジェリンに戻しながら答える。

「彼女が桜通りの吸血鬼で僕らの血を狙っているらしい」

アイナはスケッチブックをめくると素早く新たな言葉を書き込む。
そしてくるりとそれを見せた。

<大ピンチ?>

「中ピンチかな」

彼女のどこか緊張感に欠ける言動に苦笑する。
苦笑するとともに自分の緊張が幾分和らいだのを感じた。

エヴァンジェリンはくつくつと笑うと右手を腰にあてた。

「それで?お前たちはその中ピンチをどう切り抜けるつもりだ?」

「それを問われたからといって答えちゃったら成功するもんも成功しないよ」

腰を低く落として構えながら吐き捨てる。
手がないわけじゃない。
だがその手はあまり使いたくなかった。
エヴァンジェリンに襲われているというこの状況と天秤にかけてしまうほどに。

エヴァンジェリンはこちらの葛藤などどこ吹く風で言い放つ。

「言っておくがいくら力を封印されているとはいえ今日は満月だ。少々のつまらん小細工を潰すぐらいわけないんだからな」

「それは丁寧にどうも。それで何が言いたいの?」

エヴァンジェリンは左手を軽くかかげ、手招きしながら口を開く。

「使えと言っているんだ。空錬の力を。幻想を現実に結ぶというその力を」

やはり知られていたか。
胸中で毒づく。
空錬は幻想を現実に結ぶ。
言いかえればイメージから物体や事象を生み出せるのだ。
魔法使いと違い呪文を唱えることもなしに。
実に強大な力だった。
開祖にたっては天候すら自在に操れたらしい。

「悪いけどアイナはまだ未熟でね。そちらの期待に添えるような超常の力は……」

<お見せしましょう!>

ロウの言葉を遮るようにアイナがスケッチブックを掲げた。
ロウはスケッチブックに書かれた内容を読み上げるとともに視線をアイナの顔に移した。

ダークオーラが薄れ、どこか生き生きとしているように見える。

「姫の方は乗り気なようだぞナイト。どうする?」

からかうように言うがロウはそれどころではない。
あわててアイナに詰め寄ると肩を掴んでまくしたてる。

「ちょちょちょちょっとまったアイナ!今はわりと真面目な事態だしさ。アレは無しって方向で……」

アイナがゆっくりとスケッチブックを見せる。
そこには先ほどと同じ文字。
ぺらりとめくる。
そこにはいつ書いたものやらすでに文字が書き込まれていた。
曰く、

<ダーメ>

アイナの全身から青い電光が走り、光があふれ出した。
それと同時にアイナの周囲に風が渦巻き始める。

「アイナ!待った!だからそれは勘弁!」

こちらの言葉を無視してアイナは力を開放する。
ロウの足元から光の柱が屹立し、ロウの体を飲み込む。

「やめてええええええええ!!」

ロウの悲鳴をよそにアイナがスケッチブックをめくり、新たなページに瞬書で文字を書きなぐった。

<ファンタズム・インストール!!>

光の柱がひときわ強く輝き、一陣の風と共にかき消える。
ひときわ強く、鮮やかに照らされた桜がざわざわとざわめいた。






吹き抜ける風に髪を嬲らせながらエヴァンジェリンは光の柱を見据えた。
期待していないと言えば嘘になった。
600年の長きを生きてきたが空錬の力を目の当たりにするのは初めてだった。
竜巻や吹雪、噴火など天候をも操り、万の軍勢すら生み出したという稀少な力。
その一端を目にし、さらには自分のものにできる。
そう考えると高揚感があるのは否定できない。

ひときわ強い光とともに光の柱が消える。

後に残ったのはロウだけだった。

「なんだ?」

思わず呟く。
そうそこにいるのはロウだった。
何か魔獣にでも姿を変えるのかと思いきやロウのままだった。
顔をわずかに赤らめて頭を抱えている。

そのロウの服が変わっていた。
先ほどまで動きやすそうなジーパンにシャツ、その上にジャケットを羽織った格好だったのが赤と黒で構成された上着を肌の上に直接着、下は白のズボンに変わっていた。
腕や脚の周りなど各所にベルトが配され、腰を回るのはふたつならんだベルト。
大きなバックルの下にはやはり外延部をベルトで縁取りした赤い前垂れがつき、バックルには英語で『FREE』の文字。
髪の毛は茶色に染まって逆立ち、さらには長い後ろ髪を首の後ろで乱暴に束ねていた。
そして額には赤いヘッドギア。
極めつけに手にはどこかジッポーライターを彷彿とさせる鍔も刀身も四角で構成された剣を逆手に握っていた。

「……なんだ?」

もう一度エヴァンジェリンが呟く。
これのどこが『幻想を現実に結ぶ』なのか。
そうこれをやった張本人に問いかけようとして息をのんだ。
知らない奴がそこにいた。

きらめく瞳は生気に充ち溢れ、
あふれんばかりの喜びが顔からにじみ出ている。
誰がどう見てもその顔は楽しそうであり、笑顔さえ浮かんでいた。
無論ダークオーラなど微塵も残っていない。

今にも小躍りしそうな様子で、輝く目で服装の変わったロウの周りをぐるぐると回って様々な角度から眺めまわしている。

「…………なん……だ?」

呆気にとられて三度おなじ言葉を吐く。
恥ずかしがり頭を抱えるロウと、普段の暗さがどこへ行っていしまったのかというぐらいに溌剌としたアイナ。
わけのわからない状況に思わず従者に問いかける。

「なんなんだアレは?」

すぐさま抑揚に欠ける声が返ってくる。

「空錬の力はイメージをもとに現実を描き変える力。それを使って咲須賀さんの服装を変えたものと思われます」

「いやだから服なんて替えてどうするつもりだ?」

茶々丸は軽く首をかしげ、

「さあ。可能性の模索は続けますが、彼らに聞いた方が速いと思われます」

「そうだな」

嘆息して、数歩二人に歩み寄る。
二人で微妙な世界を形成してしまっている連中にも聞こえるようにはっきりとした声で問いかける。

「なんなんだ?それは?」

その問いを聞いた瞬間二人の顔がころりと変わった。
アイナは不満そうに、ロウは嬉しそうにである。

実際ロウは嬉しそうにまくしたててきた。
剣を握ってない方の手をパタパタと振りながら。

「いや知らないんならそれでいいんだ!ホントに!気にしなくていい……」

「データ検索終了。該当一件」

心底うれしそうなロウの言葉を無情なる言葉が遮る。
全員の視線がそちらに集まるのを気にした風もなく茶々丸が続けた。

「あの服装は格闘ゲーム『ギルティギア』に登場するキャラクター、ソル・バッドガイのものと同一です」

エヴァンジェリンは訝しげに眉をひそめて言う。

「ゲーム?」

「はい。つまりアレは……」

ロウが目に見えて落ち込む。
左手を顔にあてて俯いていた。
それを横目にしながらエヴァンジェリンは茶々丸の言葉を待つ。
茶々丸は一度ロウの様子を気にしたようだが、やはり主のため先を言うことにしたらしい。
淡々と告げる。



「コスプレです」



[9416] 第二話 この(恥ずい)格好はだてじゃない!
Name: すちゃらかん◆1dfe3026 ID:fd84c8a4
Date: 2009/06/13 08:32
ファンタズム・インストーラー ~コスプレ戦士と呼ばないで~




第2話 この(恥ずい)格好はだてじゃない!




従者の口にした言葉はあまりなじみのない言葉ではあったが、全く知らないわけではなかった。

コスプレ。

マンガやアニメ、ゲームのキャラクターなどの服装をまねする行為だ。
エヴァンジェリン自身はあまりそういうものを見ないのでよくわからないが、うろ覚えだがそういったもののキャラクターは印象を強めるためか特徴的な恰好をしていることが多かったような気がする。

必然、コスプレをするためにはそういうアニメ関連のグッズを売っている店で買うか自作するしかない。
見た目以上に手間のかかる遊びだ。
正直言って何が面白いのかわからない。
だが、まるでアイドルに会ったファンの如く喜びに身を包んでいる少女――アイナの様子を見るに好きなものには楽しいことなのだろう。
人の趣味はそれぞれだし、エヴァンジェリンにとやかく言えることではないのだが、

「なんて……」

気がつけばエヴァンジェリンは呟いていた。
半眼で呆れたようにあとを続ける。

「なんて能力の無駄使いだ」

「いや……まあ確かにそうかも」

コスプレをしている当人が苦笑交じりに呟く。

世界中で空錬家にしか使うことのできない希少能力。
よく訓練されたものなら、魔法と同じ効果を詠唱なしで平然と繰り出し、時には逆に発現した魔法の効果を打ち消してみせる。

魔法無効化能力すら上回る強力さと希少さを持つ能力でよりによってコスプレをしているのだこの娘は。

「お前らにこんな趣味があったとはな」

エヴァンジェリンの漏らした言葉にロウが聞き捨てならんとばかりに食いついた

「お前“ら”!?断じて違う!これはアイナの趣味であって僕は被害者だ!」

「そうか……それは可哀そうに」

とりあえず同情しておく。
好きでもなにのにコスプレをさせられるというのは相当恥ずかしかろう。
さらにそれを人に見られるのはどれほどの恥か。
理解するのは難しいが、かつてアルビレオ・イマによってやり込められて、ナギ達の前で恥ずかしい格好をさせられたときのことを思い出せば似たような感覚は感じられる。

<まあまあそのうちきっと慣れて楽しくなっていくから>

元凶たるアイナには悪びれた様子もない。
ロウは冷や汗を一筋流しながら、

「それはそれでヤなような……」

喜び勇んでコスプレする自分の姿を想像したのだろう。
ロウの口元にひきつった笑みが浮かんでいる。

エヴァンジェリンは一つ咳払いするとロウ達に視線を投げた。

「まあいいさ。私が血を吸って操り人形にしたあかつきには正しい使い方をしてやる」

その言葉にロウの目が鋭くなる。
小躍りしそうなぐらい喜んでいたアイナも喜色を少し引っ込めてロウの後ろに隠れた。
それでもダークオーラは背負ってないが。

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック」

呪文を唱え始める。
ロウが四角い特徴的な剣を握り締めるのに反応して茶々丸が前に出た。
アイナはさして危機感を感じてはいないようでわりと平気な顔でロウの後ろに隠れている。
大物なのか抜けているのか……後者だろう。たぶん。

「眠りの霧」

完成した呪文により、人を眠らせる効果を持つ霧が発生する。
ロウ達が白い霧に包まれ、姿を消す。
霧が晴れた時には眠りこむ二人がいるというわけだ。
エヴァンジェリンは余裕の表情でそれを眺め、次の瞬間驚愕に目を見開いた。

爆炎が噴きあがり、眠りの霧を吹き飛ばす。
紅蓮の輝きを伴って白い霧を突き破り人影が飛び出してきた。

茶々丸がエヴァンジェリンを守るように間に入る。
だが、飛び出してきたロウは構わず跳躍した。
空中から打ち下ろし気味に炎の拳を叩きつける。

「バンディット・ブリンガー!」

紅蓮の閃光を両腕を交差して受け止めた茶々丸の足元がクレーター状に陥没して粉塵を噴き上げる。
シャレにならない本物の威力に思わず目を丸くするエヴァンジェリンの前でロウが着地ざまに更なる一撃を繰り出してきた。
地を刈る足払いを茶々丸が跳躍してかわすと、ロウは無防備な茶々丸の腹めがけて渾身の炎のストレートを叩きこむ。

ファフニールと呼ばれる一撃に、ボールか何かのように鋼鉄の茶々丸の体が地面と平行に吹っ飛び、大地を二転三転して止まる。

守りを失ったエヴァンジェリンに向けロウが向き直る。

叫びは二人同時だった。

「氷盾!」

「ガンフレイム!」

ロウが叩きつけるように刀身の先で地面をこすると大地から火柱が次々と噴きあがり、エヴァンジェリンの前に出現した氷の盾を飲み込んだ。
氷が一瞬で蒸発し水蒸気と化して吹き荒れる。
だが、炎はそこで力を失ったらしく、残り火もエヴァンジェリンの魔力障壁に阻まれた。

風に髪を嬲らせながら二人は無言で対峙する。

無言で睨みあう。
先に口を開いたのはエヴァンジェリンだった。
驚愕に満ちた声で告げる。

「空想上の存在の容姿と能力を現実の存在にインストールする。なるほどファンタズム・インストールか」

驚愕とともにわずかに興奮の混ざった声音で続けた。

「訂正するよ。素晴らしい能力だ」

ロウは黙ってそれを聞いている。
今になって気づいたがロウは体つきがかなりいい。
胸や腕がむき出しになった服を着ているからこそわかるが無駄な肉が全く無く、全身が筋肉に覆われている。
マッチョというほどではないが相当鍛えこんでいる。
そのおかげか特徴的なゲームキャラの衣装だが不思議と“着られている”感は無かった。

「だからこそ本気で欲しくなったよ!!」

言いながら無詠唱で魔法の射手を放つ。
封印された力で魔法薬もなしでは2本が限界だったが、ロウの意表を突くことはできた。

ロウが舌打ちしながら振り返り、再び剣で大地を擦る。

「ガンフレイム!」

吹きあがる火柱が氷の矢を飲み込み、さっきの盾と同じように蒸発させる。
それを見ながらエヴァンジェリンは後ろに跳躍した。
同時に詠唱を開始する。
振り向いたロウの目に映るのはエヴァンジェリンと入れ替わるように飛びかかる茶々丸の姿だ。
放たれるあびせ蹴りを身を捌いてかわしたロウは剣を逆手に握ったまま振り下ろす。
大気を裂断する豪快な斬撃を茶々丸は右手で受け止めた。
刀身が茶々丸の腕を半ばまで裂いて止まる。
火花を散らす腕には目もくれず茶々丸は強烈な回し蹴りを打ち放った。

それをしゃがみ込むように身を低くしてかわしたロウは大きく引いた右腕に力を収束させた。
剣をもった右手が轟炎とともに放たれる。

「ヴォルカニックヴァイパー!!」

自身も飛び上がりながらの強烈なアッパーが茶々丸の体を打ち上げる。
炎が茶々丸の服を燃やし、内側の鋼鉄製のボディを赤く熱する。

空中で無防備をさらす茶々丸の体にさらなる一撃が撃ち込まれた

「おおあ!!」

サイドワインダー。
強烈無比な炎の豪拳が茶々丸の体を吹っ飛ばす。
しかし茶々丸は空中でバーニアを噴かせ無理やり体制を整えると着地前のロウに向かって一直線に飛翔した。

肘からもバーニアを噴かせて加速させた拳がロウに突き刺さる。
なんとか剣の腹で受け止めたロウだが、勢いは殺せずそのまま吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。

一度大きくバウンドして、身をひねって足から着地する。

「氷爆!」

瞬間エヴァンジェリンの術がロウへと叩き込まれる。
凍気と爆風が二重にロウの体を襲い、その身を凍りつかせるとともに吹き飛ばす。
3メートルほど地面を転がって、ロウは立ち上がりざまに炎を噴き上げた。
紅蓮の炎が凍りついた体を溶かし、ロウは剣を片手に立ち上がる。

<ロウがんばれ!カッコイイよ!>

「っそれはどうも」

目をキラキラさせながらスケッチブックを見せるアイナに対し苦笑しながらロウは視線をエヴァンジェリンにやった。

「さて……力の大半を封印されてるってのに意外と手強いし。そろそろあれやるかな」

言ってロウは目を閉じて、意識を集中させた。
赤い光がロウの体を包み、炎が足元で揺らめき始める。じりじりと肌に来るほどの熱がその身から放出され、ロウの中の力が一気に膨れ上がった。

ロウがかっと目を見開き咆哮とともに力を解き放つ。

「ドラゴンインストォォル!!」

赤光とともに力が爆裂する。
疾風すらはるかに凌駕する速度で疾走しながらロウはエヴァンジェリンへと肉薄した。
間に割って入った茶々丸がロウめがけて拳を撃ち放つ。
弾丸じみた一撃をロウは滑り込むようにかわした。
そのまま地を這うような低姿勢で炎をまとって突撃する。

「グランド……」

爆炎とともに繰り出される一撃が茶々丸の体を引きずりながらエヴァンジェリンへと肉薄する。

「ヴァイパァァァ!」

渾身のボディブローがエヴァンジェリンごと茶々丸の体を天高く吹き飛ばす。
吹き飛ばされながらエヴァンジェリンは茶々丸の体の影からロウを見た。

「オオオオオオオオオオオオオ!!」

今までのが可愛く思えるほど凶悪な力がその身から噴きあがっている。
マズイ。
次に来るのは正真正銘必殺の一撃だ。
エヴァンジェリンは空中で体勢を立て直そうとマントを構成する蝙蝠たちに命を下した。

間に合わない。
冷静に、淡々とエヴァンジェリンはそう判断した。
ロウがガンフレイムと同じようにその手の剣をふるう。

「サーヴェイジファング!!」

ガンフレイムと同じように、だが、次元違いの大熱量を持って巨大な火柱が噴きあがった。
暴悪なまでの紅蓮が地を天を赤く染め上げる。

(やられる!)

そう思った瞬間エヴァンジェリンの腹を強烈な衝撃が襲った。

離れていく茶々丸の姿を見ながら、茶々丸が自分を蹴り飛ばしたのだと理解する。
火柱は容赦なく茶々丸の体を飲み込み、焼き尽くした。
焼け焦げ、ところどころ溶け落ちた鋼鉄の体が重力に引かれて落ちていく。

そのことに怒りを感じる暇もなく、ロウがこちらに疾走してきていた。

先ほどと変わらない大きな力がその右手に収束している。

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック……」

ロウが眼前で左拳を引くのとエヴァンジェリンの呪文が完成するのは同時だった。

「タイラン……」

「氷盾!」

ロウの左の拳が氷の盾に叩きつけられる。
だが、氷の盾はびくともしない。
先に使った時より何倍もの魔力を注ぎ込んでいる。そう簡単には破らせはしない。
だが、ロウはそれがどうしたといわんばかりの不敵な表情で右の拳を振り上げた。
咆哮とともに渾身の力で叩きつける。

「レイブ!!」

すべてを吹き飛ばす爆炎が氷盾を消し飛ばし、魔力障壁を打ち砕いてエヴァの体を吹き飛ばした。
蝙蝠で構成されたマントが一瞬にして蒸発し、エヴァの体を轟炎がなめる。

数十メートル吹っ飛んで受け身もくそもなく地面を転がってエヴァンジェリンは身を滑らせた。
全身を襲う痛みに上がりかける苦鳴を無理やり飲み込む。

すぐさま吸血鬼の再生能力が働き始めるが、これがなければ大変なことになっていただろう。
もっともこれがあるからこそロウは遠慮なしに撃ち込んできたのだろうが。

爆音にやられたのかひどい耳鳴りがした。
だがそれもすぐに収まるだろう。

少しずつ引いていく痛みに安堵しながら苦労して首を動かした。
全身がダメージに悲鳴を上げており、それだけでも大変だった。

見ればロウが特徴的な剣を片手にこちらに歩み寄ってきている。

「ごめん。少しやりすぎたかな。大丈夫?」

大丈夫なわけないだろうと心の中で毒づく。
だが言葉には出さない。
お互いに殺す気こそなかったが、これは戦いなのだ。
多少のダメージは覚悟しなくてはならない。
なにより襲いかかったのはこちらなのだから。

だがロウは心底心配そうにこちらを見つめると、

「しょせん借り物の力だからさ。ちょっと加減がね……本当に大丈夫?結構やばい感じに見えるんだけど。これ治療用の魔法薬。いつもいくつか持ち歩いてるんだ。よかったら飲んで」

言って小瓶に入った魔法薬を差し出してくる。
エヴァンジェリンは歯をくいしばって身を起こすと魔法薬を押し返して吐き捨てた。

「い……らん。これぐらい……すぐに治る」

襲った相手に返り討ちに遭い、あげく情けをかけられるなどまっぴらだった。
ただのプライドの問題にすぎないといえばそれまでだが、エヴァンジェリンはそれをおろそかにするつもりはなかった。

「わかった。でも一応置いておくよ。やばかったら飲んで。極悪人でもないのにアイナのクラスメートを死なせちゃったりしたら寝覚めが悪いからさ」

言ってロウはエヴァンジェリンの前に魔法薬を置いて立ち上がる。
その言葉にエヴァンジェリンは笑みを浮かべた。

今の言葉は裏を返せば相手が極悪人なら殺しても心は痛まないということだ。

(死神・咲須賀の片鱗が見えることばじゃないか)

「ああそうそう」

立ち上がって歩み去りかけたロウは思い出したように振り返った。
世間話でもするかのようにエヴァンジェリンに向けて問いかける。

「今回は僕達の勝ちでいいかな?」

「見て……わからんか?」

いまさら何を問うのか。
再度確認して勝利の愉悦にでも浸りたいのか。
痛みのせいで剣呑な考えが脳裏をはしる。
こちらの険悪な眼差しを見て、ロウは困ったように付け足した。

「つまりは君の心情の問題さ。僕達の勝ち。だからもう僕等、というかアイナを狙わない。そう思ってくれるのかくれないのか。それが知りたいんだ」

言ってもう一度かがみこんでこちらに目線をあわせながら続ける。

「脅すわけじゃないけどアイナのインストールのレパートリーにはもっと強力なキャラもいる。できればもうあきらめてほしいんだけど」

だめかな、といいながらロウは首をかしげた。
先ほどまでの豪快な戦い方には全く似合わないしぐさだ。
だがまあ顔だけで言うんなら似合っていないこともない。

エヴァンジェリンは不機嫌に吐き捨てた。

「わかったよ。お前らの血を吸うのはあきらめる」

言いながら億劫そうに身を起こす。
大分痛みも引いたし、傷も治った。

エヴァンジェリンの言葉に安堵したように息をつくとロウは立ち上がった。
少し離れたところにいるアイナを手招きして呼び寄せる。

「アイナ。服を出してくれないかな。制服でいいよ」

<わかった>

言われて初めて気づいた。
あれだけの炎だ。
服など跡形もなくけし飛んでいる。

すでに傷のふさがったエヴァンジェリンの裸体は妖しい美しさを持っており、正直目のやり場に困る代物だろう。

光とともにアイナの手の中に下着と魔帆良女子中の制服が現れた。
それを差し出してくる。

「便利な能力だな」

言いながら受け取り、素早く着込んでいった。
ロウは自然なしぐさで目をそらす。

少し悪戯心がわいてエヴァンジェリンは口を開いた。

「ジロジロ見るな」

アイナが不満そうにきっとロウを睨む。
だがロウはあわてるかと思いきや、平然と、だが心底不思議そうに問いかけてきた。

「あれ?見てるように見えた?」

その様子に毒気を抜かれて答える。

「いや。全く。からかっただけだ。気にするな」

アイナが今度はエヴァンジェリンを睨む。
健全な男子中学生としては女子の裸は気になるものなのだろうが、ロウにはその様子は見られなかった。
凝視するわけでなし、慌てて眼をそらすでなし、ちらちらこちらを見ることもない。
興味がない。
エヴァンジェリンにはそう見えた。

「枯れすすきめ」

意地悪く告げた言葉にロウは苦笑しつつ答える。

「たまに言われるよ。でも正直、好きでもない女性の裸なんてなんも感じないと思うんだけど。やっぱ枯れてんのかな」

「枯れてるな。だがまあ思い余って覗きをするような奴よりは百倍ましだ」

「褒め言葉として受け取っておくよ。アイナ。そろそろ戻してくれないかな」

ロウの言葉にアイナが頷く。
それと同時に光がロウの体を包み、それが晴れると元の格好のロウが立っていた。

ふうと一息つくとロウは視線を巡らせた。
遠くで倒れていた茶々丸が自力で立ち上がっているのを確認すると、アイナにアイコンタクトで何かを伝える。
それでアイナはわかったらしく、再び光を発し、今度はロングコートを生み出した。
それをこちらに歩み寄ってくる茶々丸に渡しに行く。

それを見送ってロウはエヴァンジェリンに振り返った。

「その服は3時間ぐらいで消えるからそれまでに家に戻るなりなんなりしておいて。ああところで……」

ロウは不安げな表情で茶々丸を指差すと、

「……修理代払えとか言わないよね?」

問うロウにエヴァンジェリンは意地悪く笑うと、

「200万くらいだな」

言った。
うげとロウが呻くのを聞きながら低く笑う。

「3万ぐらいに負けてくんないかな」

「駄目だな。3万じゃ腕一本治せん」

困り果てた顔で虚空を見上げながら計算を始めたロウに、苦笑しながら肩を叩く。

「冗談だ」

ロウはきょとんとした顔でこちらを見やっていたが、しばらくすると不満げに軽く睨んできた。

「だがまあ葉加瀬には嫌われるかもな」

言った言葉にロウが訝しげに眉を寄せる。

「はかせ?ああ茶々丸さんを作った人か。まあ会うこともないだろうし大丈夫でしょ」

「いや。会うかも知れんぞ。葉加瀬聡美、うちのクラスの人間だからな」

ロウは心の底から驚愕したようで、眼を丸く見開いた。

「中学生が開発者だってのが一番の驚きだね。まあ覚えておくよ」

戻ってきたアイナと一言二言言葉をかわすとこちらに向けて手を上げてきた。

「それじゃあ。また会うかもしれないけどその時はお手柔らかに。あとあまり派手にやりすぎないようにね」

言って踵を返し、二人で歩み去っていく。

それを見送りながらエヴァンジェリンは呟いた。

「おしいことをしたな。これで勝っていたらあの力が手に入っていたのに」

「あれ以上の能力をインストールできると考えると、いまの戦力では勝利は難しいと思いますが」

どこまでも冷静に告げる従者にエヴァンジェリンは苦笑しながら答えた。

「わかっているさ。ああそれにしても惜しいな。いっそ例の計画のときにさっさとぼーやを片付けて奴らにもリベンジマッチを挑もうか」

「あきらめると宣言してしまいましたが」

「“今回は”あきらめると言ったんだ。一生あきらめたわけじゃない。ところで体は大丈夫か」

問いかけに茶々丸はぎこちない動きで頷くと、

「ある程度動く分には問題ありませんが、やはり早急な修理が必要です」

エヴァンジェリンはその答えに嘆息すると、ポケットに手を差し入れ、舌打ちした。

「携帯を持ってくればよかったか。いや持ってきていたら壊されていたな。しょうがないいったん家に戻ろう」

言ってもう一度ロウ達の歩み去って行った方角を見つめる。

「ファンタズム・インストール……か」

呟きは風に流れ、ざわざわとゆれる桜並木達だけがそれを聞いていた。

















長谷川千雨は2-Aというクラスがあまり好きではなかった。
年がら年中馬鹿騒ぎをしていて、おまけにどこか胡散臭い。
やたらと外国からの留学生が多いし、小学生としか思えない小柄な奴から大人顔負けの身長やプロポーションの持ち主までいる。
極めつけは10歳の先生だ。

いつも有り余る元気を不必要に発揮しているクラスメートたちを千雨はいつも一歩引いた位置から冷めた目で見ていた。

そんな千雨は案の定クラスで孤立していたが、それを苦に思ったことはなかった。
“普通の”学生生活を送りたい千雨にとって正直あの連中に付き合うことの方が御免こうむりたいことだった。

そんな千雨にとって空錬愛菜はどんな人間か。
初対面での印象はなんだこの暗い奴は、という感じだった。
いつもダーク・オーラを背負ってたたずみ、藁人形に釘でも打ち込んでいそうな雰囲気に正直引いたものだった。
おまけに彼女は胡散臭い奴の筆頭だった。
彼女が笛を吹くとたいてい3分以内に駆けつける幼馴染の少年。

どこのマンガの執事だよ突っ込みたくなったのを覚えている。

彼女へのイメージが大きく変わったのは数カ月前のことだ。
寮において隣の彼女の部屋がやたらと騒がしく、クラスのことで苛立っていた千雨は鼻息も荒くアイナの部屋に怒鳴りこんだ。

そこにあったのは無理やりコスプレさせられて顔を赤くしているロウと、いつもの暗い雰囲気はどこ行ったといいたくなるくらい元気いっぱいにロウの姿をデジカメに収めているアイナの姿だった。

あまりに意外な事実を目の当たりにした千雨の動揺は大きかった。
そう、まさかアイナに“自分と同じ趣味”があるとは思ってもいなかったのだ。

動揺を隠すように千雨は二人を鼻で笑った。
「コスプレかよ。そんな趣味があったとはな」そういった千雨に対し、二人は言葉を返してきた。
「これはアイナの趣味だ!」と恥ずかしそうに叫ぶロウはまだいい。そんなのは状況と二人の表情を見ればすぐにわかった。
だが続くアイナの言葉には度肝を抜かれた。
<同じ穴の狢にそんな言われ方をする義理はないと思うけど>
ばれている。
そのことを知った瞬間、千雨の脳裏を電撃が走った。
殺るしかない
そんな暴走した思考すら出てくる。
だが、ロウの鍛え抜かれた体つきを見てあきらめた。
アレは何か武術をやっている奴の体だ。
それもクラブとかそんな半端なもんじゃない。
家が道場とかで物心ついたころから鍛錬していた。そんな体だ。

結局千雨がとったのは、開き直って歩みより、自分のことは秘密にしてくれと頼み込むことだった。

最初馬鹿にするような態度をとったためか、アイナは少し渋ったが結局受け入れてくれた。

冷静になって観察するとロウの纏っているコスチュームは非常に出来が良かった。
コスプレ衣装にありがちな安っぽさがなく、本当にそういう服が売ってるのかと思ってしまうほどによくできていた。

あるとき千雨はどうしても手に入れられなかったコスチュームを作れないかとアイナに相談してみた。
するとアイナは二つ返事で請け負い、数日後、頼んだ本人が驚くほどの出来栄えの一品を持ってきたのだ。

貸すことはできるけどあげることはできないというアイナに若干の胡散臭さを感じたが、意外な収穫に目をつむることにした。

以来、千雨はときどきアイナにコスチューム製作依頼をしているのだ。

というわけで

「なあ空錬。これ作れないか?」

そう言って差し出された紙にはコスチューム衣装が描かれている。
魔法少女じみたそれは可愛らしく、かつ華やかだ。
千雨は周囲の者に見られていないか一度警戒したあと、続けた。

「売ってるやつでいいのがあったんだけど、ちょっとデザインが甘くてさ。それをもとにあたしで描いてみたんだ」

それを見てアイナは難しい顔で唸った後、スケッチブックに返事を書いて見せた。

<後ろから見た図も描いてくれないと>

「ああそうか!悪い悪い。明日にでも描きなおしてくるわ。で、正面図だけ見た感じどうだ?」

アイナは千雨の問いにすぐさまスケッチブックをめくると再び驚異的な早書きで返事を書く。

<たぶん大丈夫>

「そうか!いつも悪いな。ところでホントに金は払わなくていいのか?材料費もいるだろう?」

<問題ない>

返事はいつもと同じだ。
なぜだか知らないがアイナはコスチューム代をいらないという。
作るのが楽しいからいらないと言っているのか、練習になるからいらないと言っているのか。はたまた親から材料費をもらえでもするのか知らないがいつもこうなのだ。
まあ払わなくてもいいものを無理に払うほど千雨は人間出来ていない。
存分に厚意に甘えさせてもらうことにしていた。

「なあ今度……」

千雨が再び口を開いたその時だ。
後ろから聞き覚えのある声が響いた。

「ちょっと千雨さん。何をしていらっしゃるの?」

その声に飛びあがるように驚きながら振り向いた。
アイナに見せていたコスチュームのデッサンを瞬時に裏返すのも忘れない。

「いいんちょっ!これは……!」

振り向いた千雨の目に映るのはそのまんま悪戯に成功した少年のような笑みを浮かべたロウだ。
呆然とする千雨を前にロウが口を開く。

「何を呆けた顔をしているんですの?」

信じられないことにロウの喉から2-Aの委員長である雪広の声が出てきている。

千雨は安堵の息を吐きつつ呟いた。

「悪趣味な悪戯すんなって言ってんだろ」

その様子にロウが苦笑しつつ答える。今度はロウ自身の声だ。

「これは失敬」

悪びれた風もないロウの様子に千雨は嘆息した。
出会って以来何度かこの悪戯でからかわれている。
信じられないことにロウは怪盗キッドやルパン三世じみた変声術が使えるのだ。
しかもこれを覚えた理由が、キャラクターの声真似をしてやるとアイナが喜ぶから、だというのだからますます信じがたい。

「楽しそうですねー。何してるんですか?」

今度はネギ先生の声だ。
千雨は嘆息しながらロウを睨んだ。

「だから悪趣味な真似すんなって……」

「今のは僕じゃないぞ」

「へ?」

恐る恐る振り向くとそこには人のいい笑顔を浮かべた子供先生の姿。
凍りついた千雨を不思議そうに見ている。

「ネッ!ネネネネネギ先生!?何でもないです!これは何でもないです!」

慌てて紙をつかみとり、体の後ろに回す、勢いあまって紙がぐしゃぐしゃになったが構ってはいられない。

突然の行動に呆気にとられたようにしているネギを尻目に千雨は乾いた笑い声を上げる。

「アイナさん何してたんですか?」

千雨の方は答えてくれなさそうだと踏んだのかネギはアイナに問いかける。

<秘密です>

だがアイナも千雨との約束を守って秘密を守ってくれた。
千雨はほっと息をつくが、ネギは不満げに頬をふくらませた。

そのネギに鋭い叱責の声がかかる。

「コラッ、ネギ!何やってんの!」

「うわ!アスナさん!?僕なんもしてませんよ!」

慌てて首をすくませながら言う。
だが、あたりを見回して神楽坂明日菜の姿がないことを確認すると目を白黒させた。
困惑しながらもう一度あたりを見回す。

「どこみてんのよ。バカネギ。こっちよこっち」

「え?え?え?」

きょろきょろとあたりを見回しながら混乱した顔で唸る。

「も~ネギ君。しっかりしぃや~」

「こ、このかさん!?アレ?」

かけられたこのかの声にネギはあたりを見回すがやはりこのかの姿は見えない。

「アレ?隠れてるんですか?アスナさん?このかさん?」

混乱極まれりなネギの様子に千雨は嘆息しながら軽くロウの頭を小突いた。

「ガキをからかうなっての」

その言葉にロウはニヤリと笑みを浮かべる。
そのやり取りを見てネギは不思議そうにロウを見た。
手品の種明かしをするかのようにロウが口を開く。

「どうかしたの?ネギ君」

ロウの口の動きとぴったりに出てくるアスナの声にネギが目を丸くする。
10秒ほど硬直してネギは驚愕の声を上げた。

「ええええええええええええ!?なんですかそれ!?どこのルパン三世ですか!?」

「あっはっはっはっはっは。似てたでしょ」

心底楽しそうにロウが笑声を上げる。
ひとしきり驚愕したネギは今度はからかわれたことに対し憤慨し始める。

その様子を眺めながら千雨は嘆息した。

(まあいいか。ネギ先生もさっきあたし等のしてた話のことは忘れてるみたいだし)

狙ってやったのならこの咲須賀狼という男。なかなかの食わせ物だ。

千雨の苦手な大騒ぎを展開し始めている面々を眺めながら千雨はもう一度深く嘆息するのだった。


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