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[9410] 【初心】 Muv-Luv Alternative (副題未公表・クロス Fate&風の聖痕)
Name: 阜易◆3ab266ad ID:3d95e39f
Date: 2009/06/13 16:01
SS初心者の阜易です。

今年2009年3月にオルタを初プレイし、大いに感動し、4周くらい繰り返したのですが、

その反面、富野作品も真っ青な終盤の展開に憐れみといいますか、悲しみといいますか、

そういった感情を覚えましてですね、

スパロボやSRC的発想で、もっと幸せな結末はないものかと考えましたところ、

Fateと風の聖痕を話に混ぜるという、ロボット物と等身大物の夢の競演♪的展開が閃きました。

当初は、KOEIの無双武将も登場させて、精霊術師たちのサーヴァントに仕立てて混ぜるという物凄いカオス且つ中二病な設定だったのですが、

様々なSSを大人しく読みまして、若干頭が冷えました。――――それでも充分に中ニなんでしょうが。

武くんや夕呼先生が一人で抱え込むならば兎も角、それを分かってくれる、共有できる人がいたならば――――

そんな思いで書いてみました。皆さんの支持を得られましたらば、Muv-Luv版に進出してみようと思います。


というわけで、等身大クロスオーバー的発想により、

白稜柊+聖陵+穂群原=白稜柊

柊町+冬木市=柊

って事になってます。

『元の世界』は時系列的にFate hollowがMuv-luv EX編に続いていくと考えてください。

設定資料はその内に。ではでは。



2009 06/07 01話投稿

2009 06/13 02話投稿 16:00現在入稿作業中。



[9410] 01話 ホシに吹き込むモノ
Name: 阜易◆3ab266ad ID:3d95e39f
Date: 2009/06/07 21:25

2001年10月22日00時00分 日本帝国




――はて?ここはどこだ。日課の鍛錬を終え、金に飽かせて買った柔らかいベッドに眠った筈なんだが……


 気が付いてみたら、八神和麻(やがみ かずま)は薄暗い個室らしき空間に閉じ込められ、シートに腰掛け、両手は何か航空機の操縦桿のようなモノをがっちりと握り締めていた。


『和麻ぁあああッ!!ぼさっとしておる暇などないぞ!!』


 突然の野太い濁声に、体が反応してペダルを踏みしめ、機体を後ろに下がらせながら、右の操縦桿のトリガーを引いた。
視界に写る赤く機械的なフォルムの右腕に構えた銃から弾がばら撒かれ、目の前で棍棒のような前肢を空振りした白い筋肉の化け物を蜂の巣にしていく。
それを見やりながら、次は左の操縦桿を捻ってトリガーを引く。左手からも突っ込んできた白い奴を左腕の大太刀モドキが切り捨て、更に足元に群がらんとする赤い蜘蛛のような奴らを薙ぎ払った。
その後も、目の前に迫る脅威に意志と関係なく、体が対処していく。手は操縦桿をガチャガチャと操作し、足はペダルを踏んだり戻したりした。


 そうして目の前で蠢いていた化け物たちを一通り駆逐したところで、跳躍ユニットを噴かせて後ろにジャンプ。そこでようやく一息つけた。



(これってロボット……か何かだよな。動かし方なんか知らん筈なんだが、何故か動かせたぞ、俺)



『どうしたのだ和麻。戦闘中に忘我するなど、おぬしらしくもない。』


 視界の端に突然、厳つい中年オヤジの顔が小さく現れた。
印象に強く残り過ぎて覚えのある顔だ。確か、紅蓮醍三郎(ぐれん だいざぶろう)とかいったか。
御剣財閥から引き受けた依頼で出会った、常人のクセして色々と規格外な性能を誇るオッサンだ。普通の人の手に負えないからこそ綾乃と共に呼ばれた筈だったのに、結局この紅蓮が



「反重力のおおおッ…あぁらああしぃいい!!」



とかなんとか咆哮を上げながら、某ロボット紛いの離れ業で獲物を退治してしまったのである。
そんな人外武人だが、一応は剣術流派の師範で、弟子が今は綾乃の高校の先輩だという。
 しかし、今はそんな事はどうでもいい事だ。

何故紅蓮がここにいる。

自分はここで何をしている。

この化け物共は何なんだ。

そもそもここはどこだ。

加えて、目がおかしなことになっている。いくら首を振っても、訝しげな紅蓮の顔は離れないし、視界の両端にある、武器がなんだの、弾数がなんだの、機体ステータスがなんだのという表示も消えてはくれない。
自分はどうやらロボットらしきモノに乗っているようなのだが、当然その操縦法は知らない筈だ。なのに、戦っているらしい。
薄暗くて窓のない小部屋の中かと思ったが、何故か外の風景が目に映っている。以前、弟の煉に連れられていったゲーセンでプレイしたロボットゲームがあったが、まるでその筐体の中にいるようだった。

「え…あ、いや……」

 何と返したものか迷い、思わず間抜けな声を漏らしてしまった。普段なら絶対こんな声は出さないのだが、唐突過ぎた状況の変化に、常に余裕の振る舞いを見せる和麻も対応しきれなかった。
状況を直ぐにも掴まねばと思い、視界を巡らせる。色々とある表示はそういうもんだと割り切った。そこでようやく、表示の中に時計がある事に気付いた。





00:15 10/22 2001




 記憶してる最後の日付と明らかに違ったのだが、和麻はもう深く考えない事にした。

まずは情報だ。

思考を切り換えて風の精霊に知覚を繋げてみた。和麻の周囲を舞う精霊と直ぐに繋がった。
このロボットも気密されているわけではないようだった。さっきまで風術をすっかり忘れていたのは何だったのかと考える間にも、探査の風はあっという間にロボットの外へと広がり、その探査半径はあっという間に200kmにも達する。
親しい人間、例えば再従妹の綾乃なら100km、弟の煉なら200kmの彼方に居ようとも、和麻はその存在を探知することが出来る。周囲の地形を探る程度の精度の低い探査なら、半径200kmをカバーするのは難しいことではなかった。
そうして得られた情報を元に、頭に周辺の地図を思い浮かべた。
現在地は最短5kmで海に面する沿岸部。
南から西にかけて海岸線が複雑に入り組んだリアス式海岸が広がっており、その西には大小様々な島が列なっている。
およそ南東の方角には広大なカルデラの中にある活火山がある。
北西には島が二つ列なり、コチラ側とその島を挟んだ向こう側にも半径のギリギリだが、陸地があった。

 現在地を確認し終え、次は探査半径を狭めながら、精度を上げていく。
火山の周囲には緑が窺えたが、それ以外の場所では軍事施設が散見される以外は全くの荒野であるようだ。
そして眼前に骸を晒す化け物は自分たちの位置する沿岸部の離れた場所にも群れており、まだ蠢いていた。他にも人型のロボットがいて、ロボット大の火器と刃物を手にまだ生きている奴を戦っていた。

箱を人型に整形したような重厚感のあるロボ

それよりも幾分スマートで頭部に何の飾り気のないロボ

もっとスマート且つ俊敏で耳の部分から二本角の生えたロボ

そして自分も乗っている、鎧兜を纏った鬼武者を想起させるロボ。

その背後には戦車や自走砲、コンテナ車が並び、化け物に向かって砲弾を順次撃っていた。その砲弾の何発かは化け物側から伸びる光の筋によって撃ち落されているようだ。


『今日の和麻はおかしいのう。霧香よ、おぬしは何ぞ知っておるか』


『いえ、心当たりがありません、大将。和麻、貴方さっきから本当にヘンよ。敵中に飛び込んだ瞬間呆けるなんて、具合でも悪くなった?』


 丸々一分、黙り込んでいる和麻に返事を期待するのを諦めたのか、紅蓮は僚機に問い掛けた。それに応えて、紅蓮の下に顔を連ねたのはなんと橘霧香(たちばな きりか)だった。反射的にそれらの声を逆探知し、探知出来た方に和麻は機首を巡らせた。
大将だという紅蓮は赤い鬼武者ロボに、霧香は黄色い鬼武者ロボに乗っていた。二機とも和麻の側で小休止といった風情で突っ立っていた。

 事ここに至り、和麻は意味が分からなかった。最凶最悪な師兄の仕業を一瞬疑うくらいに理不尽な意味不明さを誰かに大声で訴えたくなったが、仮にも知人の手前でそれをするのは憚られた。
自堕落な自分、無気力な自分、尊大な自分、そんな己を曝す事には何の躊躇いも感じない和麻であるが、プロの術者としての信用を損なうような事は出来ないのであった。




 まずは無理矢理、現状を暫定してしまおう。

八神和麻は

コンクリート平原のど真ん中に聳える御剣家の離れで開かれた令嬢の誕生日会でただ飯を食らった筈なのだが、
何故か二ヶ月近く遡って2001年10月22日00時17分。

食後は横浜のマンションに帰ってきた筈なのだが、
南は有明海を挟んで東にカルデラ火山の阿蘇山、西に雲仙普賢岳。その西に浮かぶのは五島列島で、北に浮かぶのは朝鮮半島との交易中継地点だった対馬。つまりは九州北部沿岸部――県境は細かく知らないが――福岡と佐賀の中間辺りにいて。

就寝前の鍛錬を済ませ、心地よい疲労感を噛み締めながらベッドに倒れ込んだ筈なのだが、
妙に和風感漂う鬼武者ロボのコクピットの中で、パイロットスーツらしきものを体にピッタリ貼り付けて、ゾンビとエイリアンを粘土で捏ね合わせたような化け物相手に戦争している………らしい。

(――――――って、どんなロボットSFだ。だが、無理矢理にでも仮説を立てるなら――――)




 結論。これは平行世界というヤツではないだろうか。


和麻も魔術師である。第二魔法によって平行世界間の移動が不可能でない事は知っている。しかも、帰国して以来、魔術師の本拠地ともいうべき英国でも滅多にお目にかかれない神秘の数々に遭遇し、かの“宝石翁”の弟子が第二魔法の真似事をした場面にも立ち会った。

平行世界が存在するのは最早疑うべくもない。

『ふむ、担当区域のBETA群を殲滅出来たのは未だ我等だけか。どうやら他部隊に比しても思いの外、敵の数が少なかったようだな。他はまだ交戦中……おお、西の第8大隊が崩れ出しておるわ。ここは片付いておるし……よし、これより我々は』

『ぐ、紅蓮大将ー!震動センサー、音紋に感アリ!!連隊を超える規模のBETAが地下より、せ、接近中です!!』

 黙りこくったままの和麻を放置して、紅蓮が他の戦線に加勢しようかと考えた瞬間に同じ部隊らしき黒い鬼武者の誰かが、悲鳴のように警告を発する。紅蓮が渋面を作って唸るが、すぐさま大声で怒鳴り返す。


『ぬぅ……奴らはいつ、どこに姿を現すのだ!!』


『残り500秒ほどです!!場所は………!わ、我ら斯衛第1大隊直下と予想されます!!』


 問い返されて答える声はもう今にも泣きそうなくらいに怯え、うろたえてしまっている。


『大将、第8大隊には耐えてもらう他ありません。これほどの規模であれば、我らとて無傷では済みません。』


『……仕方あるまい。HQ!こちらクリムゾン1、増強連隊規模のBETA群接近を感知した!他の戦線に援軍は回せん!!』


『HQ了解、クリムゾン各機はその場で  「いや、待った」  ……え』


 唐突に、さっきまで沈思黙考の体でこちらの呼び掛けにろくすっぽ応えなかった和麻が通信に割り込んだ。人外な強さの紅蓮が渋い顔をし、状況の把握をきっちり出来る霧香は『我らは無傷では済まない』と言った。
つまり、紅蓮や霧香といった和麻の知る実力者でも死に得るという――状況は最悪らしい。彼らにとっては。

 異邦人・八神和麻にとって己を知るらしい人物は、この平行世界で行動する上で必要な要素だ。死なれては困ってしまうから、手助けすることにする。

恩を売れれば尚良い。自分の思うように行動できる。


「さっきの化け物―――ベータが連隊規模なんだろ?なら話は簡単だ。こっちは俺が相手してやるから、霧香たちは他の奴らの援軍に回ってやればいい」


『なッ―――!!』


 余りの大言壮語にHQのCP将校ですら、すっかり声を失くしてしまった。紅蓮はさっきまでとは打って変わって不敵な表情を浮かべる和麻に目を丸くしている。ただ一人、霧香だけはそのどちらにもならなかった。


『か、和麻!?貴方、どうしたっていうの?幾ら武御雷でも、これだけの相手を向こうに回して凌げるものではないわ!さっきのだって中隊規模だからこそ無傷でも勝てたのよ!』


「そんな事よりも確認しておきたい事がある。」


『そ、そんな事って………何?』


 霧香はタケミカヅチとかいうロボットで戦う事を前提に戦力評価をしている。敵の接近を感知するのも機械式センサー頼りだ。それだけでも、分かったようなものだが、


最終確認。


「紅蓮大将、霧香、風術・炎術・陰陽道―――これらの言葉に心当たりは?」


『フージュツエンジュツ?』


『何じゃ藪から棒に。………陰陽道といえば、篁一族が平安の昔にやっとったとかいう占い稼業のことじゃろうが、他は知らんぞ』


『そうね、確かにウチの本家にはそんな伝説もあったけど……それを言えば、貴方の一族だって炎の神様の末裔だとかいう伝説があるじゃない。

―――で、それが今の窮状に何の関係があるっていうの?』


「やっぱ、そうか」


『??……一体、何だっていうのよ?』


 これで決まった。ここには魔術に類するものが存在しないようだ。霧香の篁のみならず、和麻の実家である神凪も神秘に関わっていないようだ。後は……彼らを騙して自分の大言壮語を信じ込ませる演出をするだけだ。


「ぐっ、ぅううう、おおおおおおおおおっっ!!」


 和麻は頭を抱えながら呻き出し、何かに苦しんでいるような咆哮を上げた。管制ユニットの中では突風が巻き起こり、和麻の髪が吹き散らされて乱れる。マイク越しに、風の吹き荒れる音も聞かせる。


『か、かか、和麻!?急にどうしたの』


『おい、和麻しっかりせい! 苦しいのならば、一度下がるのだ。不調で戦われても敵わんぞ。

………和麻?ど、どうしたのだ、その目は!!』


「………」


 苦しげな様子に紅蓮も霧香も、やはり和麻は体調を崩したらしいと見て、慌てて下がるように言った。そこで和麻は不意に叫び声を止め、頭を抱える腕を下ろし、機内カメラの方を向き直った。それを見た紅蓮は信じられない物を見たような声を上げた。それもその筈――――――


和麻の瞳が透きとおるような蒼穹の輝きを放っていたのだ。


 通信で映像の繋がっている相手が充分に驚いている事を見て取った和麻は今までに出会った超自然存在の振舞いを思い出しながら、早々に演技で畳み掛ける。正常な判断力を失っている内に、自分のペースに持っていく為だ。


「我、日ノ本ノ空ニ吹ク者、風ノ神ナリ。汝、人ノ子ラヨ。疾ク同胞ノ助ケニ赴クガ良イ。我ハコノ者ヲ我ガ依リ代トシテ一時借リ受ケ、コノ場を預カロウ。」


『え、和麻!?……ちょ、ちょっと―――ッ!!』


「時間ガナイ。詮議ハ無用ゾ。今ハ武人ノ本懐ヲ遂ゲルガ良イ―――ホレ」



『―――っ!!――――ッ!?』
『――!!―――――ッ――――ッッ!!!!』


 先程の警告から、既に450秒近く過ぎていた。和麻は約20mのタケミカヅチ35機を風術で問答無用に持ち上げると、戦線を崩されそうな箇所にそれぞれ、適当に割り振って放り投げた。
あそこまで超常の力を見せられれば、信じるかどうかは兎も角、逆らうことはないのか、けたたましく抗議の声を上げていてもこちらに戻る様子はない。霧香たちは大人しく他部隊の援護に回るようだ。
 和麻はタケミカヅチ毎、空に浮かび上がると、その頭の上に風の精霊を呼び寄せる。
BETAとやらの出現まで、もう30秒もない。風で震動を感じる限りでも、センサーは確かなようだ。

さあ、邪魔者は追い払った事だし、存分に力を揮ってやろう。エーテルフィスト程度では足りないだろうから、特大のダウンバーストをその鼻っ面に叩き込んでやるのがいいだろう。











「まだ諦めるんじゃない!今回は紅蓮閣下もいらしてるんだぞ、ここで踏ん張ってこその帝国衛士だろうが!!」


 帝国陸軍九州方面軍第4師団の前島正樹中尉は小隊の部下を叱咤しながらも半ば諦めていた。先程までの上陸数程度ならば、これまでの散発的な遭遇戦と大差なかった。
しかも、九州視察中の帝国斯衛軍第1大隊――――かの有名な紅蓮醍三郎大将率いる紅蓮大隊が戦列に加わっているのだ。こちらが負ける道理などなかった。

だが、それもさっきまでの話。戦線の危うい戦場へと斯衛を援軍に回してもらおうと師団本部が要請したのだが、BETA増援の報でそれも叶わなくなった。増強連隊規模のBETA群が相手では、斯衛も全力を傾けて応戦しなければならないし、それでも防ぎきれるか分からない。
各戦線とも、応援を出せない以上、帝国陸軍が崩れるのが先か、斯衛軍が飲み込まれるのが先か。先の見えなくなった戦いに、新兵を中心に士気が低下していく。


「くそッ………!」


 流石に呆然自失の体で蛸殴り、だけは回避させられたが、どれだけ叱咤しても、機動には精彩を欠き、自分たちの中隊が崩れるのも時間の問題だろう。

そうなった時、自分たちはどこまで保つのだろうか。

仲間はどれだけ生き残るのか。

自分は生きて帰られるのか。

彼女たちに会う事は出来るのか。


『前島!右手だ!!』


「……!!」


 言われて、正樹は咄嗟に右側に目を向けて操縦桿のレバーを引く。搭乗機である陽炎が右腕の長刀を逆袈裟に振るい、振り上げられた要撃級の腕を切り落とす。そこへ横合いから飛んできた36mm砲弾が次々と突き刺さる。蜂の巣になった要撃級が地に伏した隙に、バックステップで下がり、後続のBETA共に、左腕の突撃砲をばら撒いて行く。
そのまま、意識を目の前の戦闘に向け、手を休めることなく、長年の同僚に感謝した。


「すまん、福津。助かった。」


『すまんではないぞ。お前は小隊背負ってるんだ、考え事は後にしてほしいな。B小隊が倒れたら、こっちまで共倒れになる』


「お、おう。」


 同僚のC小隊長、福津吉武中尉は少し嫌味げに言うと、陽炎の向きを変えて、次の標的に向かって、120mm砲弾を撃ち放つ。一瞬置いて、僚機に背後から近付こうとしていた要撃級の首のような器官が付け根から吹っ飛んだ。


『もうしばらく持ち堪えれば、司令部も撤退命令を出すだろう。俺たちは殿軍にされるかもしれんが、それも堪えれば、援軍と合流して反撃に転じられる筈だ。俺はここで死ぬ気はないから、死ぬのなら一人で、遺言遺すなら今の内に教えてくれ』


 吉武は部隊全体を見渡して援護の手を打つ後衛に相応しく、戦況の把握が上手い。その上、煽って挑発する事で士気を高揚させるのが得意なタイプで、それに簡単に乗せられ易い正樹は、状況判断と援護を吉武に任せっきりにして存分に暴れる事が出来た。

序でに口も悪くなる。


「誰がお前なんかに遺言を遺すか。お前の方こそ、遺言を遺したいなら、今の内に言っとけよ!来年には休暇取って横浜へ面会に行くから、その時、つ・い・で・に伝えてやる」


『お前のような姉妹丼万歳野郎とは断じて引き合わせん。あの娘は純粋なんだ、前島菌なんぞに触れれば、あっという間に感染してしまうだろうが』


 正樹は以前の合同演習で再会した四姉妹の三女から、吉武は相手の母親が送ってくれた手紙で、それぞれ親しい人が国連軍横浜基地の教導部隊に所属しているのだと聞いていた。


「な―――ッ!!――だから、それは違うって何度も言ってんだろうが、この晩生チェリーめっ!!」


『ふん。どこぞの爛れた四つ股ジゴローに比べれば、遙かに健全だ。俺たちのプラトニックな愛も貴様には分かるまいよ』


「てんっめーーーッ!!言うに事欠いてジゴロだとぉおおっ!!後で覚えとけよ!」


 ふと気付いてみれば、先程までの諦観もどこへやら。吉武との口論ですっかり熱くなった正樹は、吉武の小憎たらしい澄まし顔を一発引っ叩くという未来を強く心に思い描き、その勢いのままにB小隊の部下に号令を掛けた。


「てめーら、絶対生きて帰んぞ!!こいつを一発ぶん殴ってやらねーと気が済まねぇからなッ!!」


『C小隊各機、ここでB小隊の戦果を上回って帰還すれば、前島中尉御自慢の幼馴染美人姉妹を中尉殿より直々に御紹介してもらえるそうだ。各員奮闘するように』


吉武は真面目くさった顔でそう言いながら、正樹が持ってる筈の四人が写った写真を懐から取り出した。


『『『う、ぅおおおおおおおっっっ!!??』』』


「誰も、んな事言ってねぇえええーーっ!?つか、福津ぅうう!それどっから持ってきやがったぁああっ!?」


『安心しろ、コピーだ。本物ではない。』


 口の達者な吉武に見事にやり返され、正樹が少し凹んだところで、切りがいいと見て取ったのか、ハスキーな女性の声が部隊内通信に加わった。


『オラ、アンタたち。その辺にしときな。後一分程で斯衛の処から、BETA共が沸いて出てくるんだ。今の内にちょいと下がっておくよ』


「坂元大尉、斯衛はどのくらい保つでしょうか」


どんなに頑張っても後衛に前衛を超える戦果はまず上げられなかったなと思い直し、正樹は気を取り直して第138中隊長・坂元菜々子大尉に話を振った。
中隊各機が前線から一斉に距離を取る中、就寝前の出撃のせいで整えられなかったというボサボサ髪を掻き回しながら、坂元は間を置かず答えてくれた。


『保つも何も、すぐにかなりの数がこちらに浸透突破してくるぞ。斯衛に出来る事は突破してくるBETA共を少しでも減らす事だけだ』


『大尉?……その斯衛ですが、増援予測地点から分散してますが……』


『なにぃ!?』


「斯衛が………BETAから逃げた!?」


接近してくるBETA共を射撃で牽制しながら戦術マップを見れば、大隊36機の内、35機が各部隊へと向かっているようだった。それだけでも唖然としてしまうのだが、斯衛のいる方角に目をやって更に驚いた。信じられない光景があった。


脚を前にして飛んで来る者

上下逆さまに飛んで来る者

背中から飛んで来る者

側転よろしく回転しながら飛んで来る者

両手足をじたばたさせながら飛んで来る者

帝国斯衛の象徴たる最新機種・武御雷が、勇壮で、優雅で、雄大で、帝国衛士なら一度は憧れる戦術機、あの武御雷が、まるで何かにぶん投げられでもしたかのように各々無様な格好で飛んで来た。

(武御雷が投げ飛ばされた人形みたいに――――)

 出撃後すぐに光線属種を叩きに行ったお陰か、空高くから飛んで来た武御雷は一機として撃ち落される事なく、オートバランサーが作動して何事も無かったかのように綺麗に着地した。


『おい!そこの武御雷!!斯衛が持ち場を放棄するなんてどういうつもりだ!?』


『こちらも分からない!急に機体が浮き上がって、飛ばされたんだ!!』


 仮にも斯衛衛士に対して、開口一番、即座に遠慮なく問い詰めようとする坂元も大概だが、それに素直に応じる黒の斯衛も結構、動揺しているようだった。


『訳の分からない事言ってんじゃないよっ!!これじゃあ、戦線は――――ッ!?』


 到達予測のカウントダウンに5秒先行して、戦術マップでは、持ち場に一機残ったcrimson03のマーカーの前方3箇所がBETAの識別マーカーを示す赤い点で続けざまに塗り潰された。
 横揺れの振動に叩きつける様な轟音がよく響く。

もう生還は難しいかもしれない。正樹はマップを見ながら、漠然と思った。お世話になった伊隅夫妻を思い、幼少より共に過ごした伊隅姉妹を思い、傍らの仲間を思う。


(ああ、俺じゃあ、こんな修羅場は無理だなぁ―――――あれ?)

 しかし、奇異な点に気付いて、突撃砲の弾倉を交換しながら、マップ表示を操作する。
拡大表示してみたが、10秒経っても20秒経っても、BETA群を示す大きな赤丸は三つとも、周囲に分散することなく、不揃いな点滅を繰り返し、crimson03は未だにBETA群に飲み込まれることなく、健在であった。表示をもう一度変えてみると、斯衛の撃破カウントがもの凄い勢いで回っていた。そして、注意をマップから、外部映像に切り換えた瞬間――――――







上空から伸びてきた太い光の筋が三本、目にも止まらぬ速さで奔り回り、眼前のBETA群を焼き、切り裂いていった。






正樹はゆっくりと視線を巡らせ、映像を拡大していく。先程の光源は地上から伸びる、何本もの光線を捻じ曲げ、各戦術機部隊が相対しているBETAだけを正確に舐め取っていく。
やがて光線が細くなり、消え去ると、そこには赤い武御雷が浮いていた。一機だけ戦域に残った赤い武御雷は跳躍ユニットを全く噴かす事なく宙に浮き、腕を組んで、BETAの開けた大穴を見下ろしていた。
その様子がいかにも余裕綽々、傲岸不遜といった体で――――

(何だか……すっげぇエラそーだな)

衛士の顔も知らないのに、正樹はふとそんな事を思った。

 非日常である戦場に現れた非常識は更に激しさを増していく。
大穴から照射粘膜を覗かせる光線属種たちが、第二射を放つと、透明な卵の殻のような障壁が、武御雷を包んでいるのが分かった。放たれた大小10近い光線は又も武御雷の装甲に届くことなく、障壁に屈折させられ、正樹たちの頭上を通り過ぎて、最も遠い戦域に展開するBETA群を薙ぎ払っていき、一条の光線は、大穴に反射し、照射インターバル中の光線属種を残さず焼き払っていった。
光線の雨が止むと、叩きつけるかのような轟音が再び鳴り響くと共に、後続のBETA群は穴の中へと問答無用に押し込まれ、何かに押し潰され、穴の外に運よく飛び出した個体は鎌鼬に襲われたかのように次々と寸断されていく。


 斯衛の撃破カウントは依然、止まらず回り続け、密集したBETAがマップの中に作る三つの赤丸は不恰好な点滅から徐々に虫食いの穴が開き始めた。やがて鎌鼬の群れが切り裂いたような痕跡だらけになった二つの大穴から、赤点が完全に消え去った。
残った大穴に向かって天空から降りて来た竜巻が潜り込んでいった。程なくして、その渦の中ほどから、バラバラになったBETAの肉体が巻き上げられて、地上に降り注いだ。
竜巻が霧散した後にはBETAの反応が一切検知されなくなっていた。

 まるで、魔法か神風か。
科学全盛の世の中で、都合の良過ぎる超常現象を見せ付けられた将兵たちは、総計で旅団規模を超えたBETA群の侵攻を20機に満たない損害で乗り切った戦果に気付くことなく、自分たちが生き残った事実に湧き上がることもなく、師団本部から帰還命令が出るまでただ呆けていることしか出来なかった。



[9410] 02話 カノジョの呼び込んだモノ
Name: 阜易◆3ab266ad ID:3d95e39f
Date: 2009/06/13 16:53




















カラダはとうに穢れている



血潮は熱く滾り、心は淫らに喘いでいる



幾度の拒絶も虚しく、屈服させられ



ただ一刻を除いて恐怖が湧き上がる事もなく



ただ一刻を除いて悦楽に身を委ねない時はなかった







魂はとうとう一人ぼっち



薄蒼く光る闇の中でただ彼を想う






もしも、私の願いが、届くのならば



この身は、ただ彼のモノでありたかった





















「…………」


ぱちくり。


 目の前には白い天井、視線を上にずらせば、冷暖房即対応のエアコン。更に上を見上げれば、ポスター。左手に見えるのは、真白いカーテン。

(―――あれ?ここは…………どこだ??)

 体が横たわっている事に気付いて、身を起こす。続いて目に映ったのは、白稜柊の制服が掛かったハンガー、その奥にあるタンス、ドアにカレンダーに、も一つドアがあって………

飛び上がって、ぐるんと振り返る。勉強机に本棚にラジオに――――――


「………オレの……部屋、か?」


呟いてみて、ようやく視界に映るものと、記憶とが合致した。寝惚け頭が一気に覚醒して――――


「―――オレの部屋かっっ!」


確信と共に叫んだ。ここは間違いなく、幼い頃に一人部屋として与えられて以降、オレが、白銀武が寝起きしてきた愛着のある部屋だった。


「――――あ、あれ………?」


 そう思い至った時、知らず、視界が歪み、目が潤んでいるのだと気付かされた。涙と共に懐かしさと喜びが込み上げて――――そんな筈はない、と。無意識にその感情を殺した。

 自分はただ、いつも通り、自分の部屋で目覚めただけなのだ。それだけの事でいきなり感極まるなんて、訳が分からない。ティッシュ箱に手を伸ばして、垂れてきそうになった鼻水をかみ、涙を拭った。


「っはあ…………」


 すっきりしたところで、天井を仰ぎ、思考が起きる前の事に及ぶ。我知らず、口の端が吊り上がった。
 我ながら、これまでにない途方もない夢を――――とんでもない夢を見ていた気がする。

 何の因果か、軍隊に入れられ、戦術機に乗ってはしゃぎ回った――――――そして、地球が放棄されて――――そんな大きな流れの中に漂うだけで、何も出来なかったちっぽけな自分。

 バルジャーノンのやり過ぎか、BETAなんて凶悪な宇宙人を登場させて、それと戦うロボットのパイロットを目指す――――なんて、息巻いていたのに、いざ、そいつ等が攻めてくると知ってどうしようもない位に怯えて――――助かったと知った途端に気絶したんだった。

 軍隊訓練の一環で南の島に連れて行かれたりもした。ジャングルの中を探検させられて、死に掛けたこともあったと思う。そのピンチをちっぽけで足手纏いな自分はどうやって助かったんだっけな――――と思い出そうとしても何分、夢の話だ。覚えている筈もない。


「……ふ……へへへ………ふ………」


 夢とはいえ、あんまりにも惨々な自分の姿に、自嘲の笑みが零れてしまう。自分はこんなにもMだったろうか。

 しかし、返す返すも傑作だ。こんな話を組み立てられるなんて。将来はSF小説作家を目指してみるのもいいのかもしれない。
 登場人物が、3-Bの面子や学校の先生、身の回りの人物って辺りが、まだまだ素人なんだろうが、尊人が女というのは面白い応用だ。夕呼先生が天才科学者で、まりもちゃんが軍隊学校の鬼教官だったかな。
 そうだ。月詠さんは兎も角、3バカが矢鱈キリリとした風だったのが、驚きというか、ツボだったと思う。普段の弾けたバカっぷりとは180度違ってた。あまりにも違いすぎる。


 他には――――――あ、でも、純夏はいなかったな………そういや、旅行中だからって、両親も出てこなかった。3年になって知り合ったあいつらも出てこなかったな。国連軍なんだから、居てもおかしくないのに。
――――――居たのは霞や京塚のおばちゃんや………………ん?

 京塚食堂は、どっかで話に聞いただけで入った事ないし、おばちゃんとは――こんな言い方も変だが――初対面だ。霞にしても、あんなに印象的な外人の女の子、一度会ったらそうそう忘れるものではない。なら、霞も初対面だ。
 夢って自分の記憶を元に作るとかなんとかTVで見た気がするが、それじゃあおかしい。予知夢なら、見知らぬ人も夢に見るらしいけど、しかし生憎と、自分は予知夢を見るような特殊な人間ではない。お前はただの人間だと、とある人にお墨付きを貰っている。だから、予知夢はなし。

 色々考えている内に横浜基地の面々に引っ張られて、軍隊学校での授業に連想が及ぶ。

(………銃器の扱いや戦術知識、軍隊用語――――なんでこんなにも鮮明に覚えているんだ)

 いつの間にか、回想に耽って閉じていた目蓋を開く。目の前には自分の机、自分の本棚、自分のベッド――――違和感が首をもたげてくる。自分に問い掛けてくる。


本当に夢か? あれは本当に夢だったのか?と。

 迫るような違和感から不意に逸らした視線が、机の上の置時計を捉える。時間は8時。そうだ、訓練しなきゃ………いやいや、学校だ……学校。全く何考えてんだか――――そろそろ、現実見据えろよ。やっぱり、おかしいって思うだろ?

 いい加減、家を出ないと遅刻するというのに、生活音が全く聞こえない。酷く静かだ。


純夏が起こしに来ない時点で可笑しい。

冥夜の声が階下から聞こえない時点で可笑しい。

3バカがどたばた騒ぐ音が響かない時点で可笑しい。

月詠さんが、どこからともなく忍者のように現れる予感がしない時点で可笑しい。


 そもそも、なんだかんだで一般的な学生であるの筈の自分が「学校に遅刻する」という事柄に大した危機感を感じなくなってるのはどうしたことか。なんでこんなにも遅刻する事に他人事みたいな気持ちでいるんだ?
 何だか、学校へ行くのも………今までも学生だった。なら、これからも学生だ。さあ学校へ行こう――――――そう、どこかで自分に言い聞かせているような感じだ。心の奥底から、声がする。違和感ではなく、冷徹な自分が責める様に問うてくる。


――――本当に………夢だったのか?

そんなもの――――外に出てみりゃ分かる。

 何かに衝き動かされるように、何かから逃げるように、一段一段ゆっくりと、しかし確実に階段を下りて行く。

………予感がする。アレが夢だったなんて有り得ないと、そうじゃない予感がずっとしていた。これは予感を超えて最早、確信ですらあって、だから――――その確信が外れることの方が、――――意外で――残酷だ。

 玄関の前まで来た。ずっと無視してきたけど、外からは喧騒が一切、聞こえない。





さあ、全ては扉の向こうだ。







 扉を開け、外に飛び出した。朝の日差しに目が眩んだが、それも一瞬の話。邪魔をする物のない耳が先に遮蔽物もなく吹き荒ぶ風の音を間違いなく捉え、手を翳して光を遮った眼は見渡す限りの瓦礫の原を、その瓦礫の中にある廃墟同然の自分の家を確かに見た。
 視線を転じれば、見覚えのあるUNブルーの機械人形が、下半身を失って幼馴染の家にめり込んでいた。


これは、もう――――夢じゃ……ない………。


「ゆ、夢じゃ………なかった………」

 自分で聞いてていっそ憐れな程に、うろたえた声しか出てこなかった。もうどう見ても状況は劣勢。完全に完敗なのに、一縷の希望が、最後の悪足掻きが、思考をループさせる。

――――夢じゃない!?おかしいぞ!?国連軍も横浜基地も戦術機もBETAも夢の話だった筈なのに!?それが夢じゃない………………ってことは………じゃあこの状況は?この現実は!?


……………オレはどうしてここにいる!?――この既視感………オレは……あの日に戻ったのか!?


実は、もしかして、オレって予知夢でも見てたのか?――――んなわけないだろ!?………じゃあ、じゃあ――――


「………なんなんだよッ」――――いったいなんなんだよ………これはよぉ!!くっそぉ……またこれかよっ!?

 認めて楽になりたい心と認めずに楽を求めたい心とが綯い交ぜになる。
 これが夢なのか現実なのか、どちらであっても認めたくなくて、空を見上げた。空だけは夢でも現実でも変わらず、青かった。寝巻き姿のまま座り込んだ地面からは体の熱が吸い取られて冷たかったし、吹き荒ぶ風は轟々と喧しく、髪はパラパラバラバラ乱され、目には砂やらゴミやら入ってくる。風景は変わらず、瓦礫で廃墟だ。

「………はあ」

 楽になったやら、苦になったやら、とにかく心に一段落着いて、俯いた拍子に溜め息が漏れた。
 これが現実だと認め、これが現実だと諦めた。夢と現実について議論を交わそうなんて気はない。

 白銀武という肉体が、白銀武という精神と記憶を持ってここにいる。これは変えようもない事実だ。
 そう踏ん切りがついて、改めて目の前のUNブルーを見上げる。あの学校での授業、その後の戦場での経験、それらを合わせると――――


「こいつは……撃震……だよな?」


 そう、最も古い戦術機であり、あの日もこうして、ここに野晒しになっていた。違うのはオレの方。このバルジャーノンを連想させながらもバルジャーノンよりもリアルなロボットの残骸にオレは大いにはしゃいだ。あんまりにも唐突に、あんまりにも大きく環境が変わったせいで、現実を事実と受け止められず、これは御都合主義な夢の世界なんだと信じ込んだ。そうして、めいっぱい興奮したオレは――

 当時を思い出しながら、撃震に近付いていく。もうすぐだ。この辺で――


「おっと!あぶねえ!!」


――刹那、盛大な音を立てて、瓦礫が崩れた。――――そう、こんな事があった筈だ。



 存分に事実を認識したところで、オレは部屋に戻ってきた。ベッドの前に突っ立って、これからどうするのかを考える。まずは時間を確認しようと、時計に目をやった。時間は8時15分。あれから、30分も経ってない。もっと経っていると思った。

 今からさっさと地獄坂を登って横浜基地があるのを確認すべきか、それとも当時の自分の行動をトレースして、11時過ぎくらいまで、あの廃墟の街を見回るべきか。

 時間移動を題材にしたハナシを思い出す。主人公の迂闊な行動一つで、未来が望ましからぬ方向へ進んでしまうハナシ。
 これがもし、あの日だとしたら………………とにかくここにいても始まらない。
外に出よう。すぐ行くか、回り道するかは歩きながらでも決められる。あの日は制服を着ていたから、私服はなし。今回も制服に着替えて行こう。今がいつなのか、あの日なのか。それともまた違う日なのか。また同じ未来に進むのかどうか。それらを確認するためにも、記憶の限り、同じ事をしないと――――


 白陵柊の制服に着替えて、記憶を確認するように柊町を見回ってみる。どこもかしこも廃墟で、一応どこがどこだか大雑把には分かるのだが、とにかくぐしゃぐしゃだ。歩きながら、記憶を掘り起こしていく。通りかかった高架も崩れている。ここまでは全くオレの記憶どおり。

 やはり、オレは時間を遡ったか、予知夢を見ていたのだ。予知夢を自分で否定してみたが、それだって予知能力がないというだけの事で、誰かに予知夢を見せられたとすれば、予知夢を見たとしても不思議はない。時間を遡ったにしても、予知夢を見たにしても、オレ自身にそんな不思議能力はないから、誰かにさせられたと考える方が自然な気がするが………………

 少なくとも、オレの脳がSF作家も真っ青な傑作を夢として作り上げた訳じゃないのだけは確かだ。



 そして、もしオレの予知夢なり未来記憶なりが本物だとすれば………2年後にあれが起きる。

 対BETA国連極秘計画第5段階・オルタネイティヴ5によって人類社会は地球を放棄し、地球に残された人々の滅亡が決定的となる――――待てよ、記憶が曖昧だ。遺された人々は全滅した………のか?地球を脱出する人々を打ち上げる駆逐艦の最後の便を見送った記憶は………ある。これは確かだ。
 その後に、地球規模の大反攻作戦が行われる事になっていて、オレの隊もそれに駆り出されると、命令を受けて知ったんだ――――あれ、オレの隊って……207のあいつらがいたんだよ………な?――――それで……どうなったんだっけ?

――――ダメだ。細かい部分までは………ハッキリ思い出せない。


「………………でも」――――でも、だ。もう一つ覚えていることがある。


 今この瞬間にも、この地球上空のラグランジュ点で、移民船団が建造されているハズなんだ。オルタネイティヴ5が動き始めているのは確かなんだ………それだけは………それだけは絶対に防がなきゃいけない!

 そのためには………夕呼先生に何としてもオルタネイティヴ4を成功させてもらわなくちゃいけないんだ。そして、オレがやれること………やらなきゃいけないのは夕呼先生を助ける事だ。

 でも………正直な話、今オレが考えている事が真実だという確証はなく、事実でなければ、狂人の繰り言扱いにされてしまうだろう。だがそれは――――――――


 瓦礫を踏み締める音がして武はハッと振り返った。手が反射的に腰に伸び、銃把を握ろうとしたが、勿論、腰にはホルスターを着けていなければ、拳銃もなかった。高架の下は暗く、人影がぼんやりと分かる程度だったが――


「誰だ!」

という誰何の声を上げる間もなく、音の主が先にコチラを認め、声を掛けてきた。


「……武か?」


 記憶にない出会いに、この追い詰められた世界で終ぞ叶わなかった再会に戸惑いながらも、武はそこに友の姿を認め、なんとか言葉を返した。


「え………士郎……なのか?」


 高架の下から姿を現したのは、いつものシンプルな長袖にジーンズの普段着に、何故か白と黒の色違いで場違いな剣を両手に握り締めた衛宮士郎だった。

 衛宮士郎はクラスこそ違うが、同じ白陵柊学園の3-Cの学生だ。3年になるまで、武が士郎について知っている事と言えば、『白稜のブラウニー』や『生徒会長のオプション装備』『エセ校務員』『文連の修繕担当』『弓道部の掃除機』といった数々の渾名から連想される人物像くらいのものだった。

 冥夜が転校してきた次の週、横浜コンクリート平原に聳え立つ巨大なお屋敷が料理大会会場から、胃袋と味覚を破壊せんばかりの拷問地獄に摩り替わった休日を生き延びた、ある日の事、武は親友の鎧衣尊人とゲーセンへ繰り出した。

 バルジャーノンのストーリーモードを高難度の二人プレイでクリアして、次に対戦でもするかという時に、ペア対戦の申し込みがかかった。見かけない登録名で初心者らしかったが、いざ対戦すると向こうの片方を落とした後、すぐに尊人が落とされた。相手の実力に驚いて、武は本気で残った方を潰しにかかったのだが、粘られてしまい、タイムオーバーで引き分けになった。判定勝ちにはなったものの、どこか釈然としないものを感じながら、ゲーム筐体から出て来たところで彩峰慧に出会った。

 さっきの対戦相手は自分が用意したと言って、慧が指し示したのは、美綴綾子と衛宮士郎だった。

 初心者相手に苦戦した悔しさ等は直ぐに彼方へ消え去った。こんな身近にいて、初心者で、バルジャーノンフリークな武相手に善戦した衛宮士郎。彼に俄然強い興味を持った武は、矢も盾も堪らずに士郎を筐体へと引っ張り込み、士郎とペアを組んでその日一日、遊び倒した。

 その日以来、衛宮士郎は、武にとって尊人に次ぐバルジャーノン仲間となり、親友にも等しい存在となった。

 バルジャーノン以外にも武は士郎と接点を持っていくようになる。白陵柊随一の暴走教師・香月夕呼の玩具である神宮司まりもと藤村大河をそれぞれ担任に持ち、それぞれに少なからぬ縁があるのだ。武と仲良くなった事で、それまで夕呼に興味を持たれなかった士郎も巻き起こる騒動の被害者となるのに、そう時間は掛からなかった。

 そして、夕呼によって、武と士郎は同類だと言い渡される。性格も家庭環境も違う二人だが、ある一点においては紛う事なき同胞なのだと。彼女は二人をこう表現した。





『白銀、衛宮。アンタたちは恋愛原子核なのよ』





 以来、生徒たちが言う処の、『白銀ファミリー』と『衛宮ファミリー』は『香月ファミリー』として認識され、喧しくも煩わしくない学園生活が続いたのである。

 さて、そんな浅からぬ縁の衛宮士郎である。勿論、武は純夏の次にその消息を香月夕呼博士に尋ねたが、士郎もまた存在しないと言われていた。だが今、目の前にいる。


「………よかった人がいて」


 士郎は、武の無事な様子に一安心といった溜息を一つ。そこで、士郎の後方から女の子の声が聞こえた。


「士郎!?何か見つかったぁー?」


「ああ……遠坂、桜ー!………武がこっちに居た!」


「ええっ!?タケルって白銀くん?どこどこ――わひゃっ」

「ね、姉さん!?落ち着いて」


「大丈夫か?遠坂」


 高架の暗がりから出てきた武の同級生・衛宮士郎は後ろに向かって声を張り上げると、こちらに歩いてきた。後ろから、興奮して駆け出す者があったが、高架の暗がりに足を取られたのか、暗がりから一瞬顔を覗かせるも、悲鳴を上げてすっ転び、高架の闇に消えた。その後ろからやってきた少女が、すっ転んだ少女を助け起こす。転んだのが遠坂凛で、助け起こしたのが間桐桜だ。
 士郎も遠坂がこけたのを察して即座に踵を返す。武はこの光景を見て、目の前に居るのは紛れもなく、あの御人好しな友なのだと判った。反面、だからこそ、武の困惑は深まっていく。前は確実に三人ともいなかった。白稜柊の生徒で出会えたのは、207の面々だけだったのだから――――――


「士郎!………遠坂も間桐も、どうしてここに!?前はいなかったのにっ!!」


 だから、一も二もなく武は問い質した。しかし、振り向いた士郎は困惑したような表情を浮かべるだけだ。


「いや、それが俺たちにも分からないんだ。何故か皆して寝坊したと思ったら、TVもラジオもおかしいし、街はこんな状態だし………」


「今、ライダーたちに他の場所も見てもらってるんですが、もしかしたら間桐の家もダメかもしれませんね……」


 話が微妙に噛み合わない。士郎は武の言葉を正確に理解できていなかった。士郎も桜も理解できていなかったが、一人だけが武の問いに正確に返答した。


「衛宮邸は何ともなかったのに、ご覧の通り、外は大地震の後に超大型台風が通り過ぎていったかのように荒れ果ててる。その上周りに誰もいないから、状況を知るために人を探してるところよ。………それよりも『前はいなかった』って引っ掛かるんだけど」


 凛は武の言葉を正確に理解した上で、その言葉のおかしさに気付く。


「一晩の間に大災害が発生してるっていうのに、自分たちだけはそれに気付くことなく、被害もなく寝こけられるなんて事が二度もあるっていうの?」


「それ…は………」


「やっぱり……白銀くん、何か知ってるのね」


「衛宮、何を見つけた」


 武自身、状況を正確に確定出来ていない。その中でどう言えばいいのか、逡巡している中、士郎、凛、桜に続く第4の声が複数の足音と共に、士郎たちの後ろから聞こえた。


「く、葛木先生……!?」


 士郎たちの後ろから現れたのは、白陵柊の社会科教師・葛木宗一郎とそれに寄り添う様にぴったりと着いてくる、奥さんのキャスターだった。
 更に続々と人が集まる。みんな、『衛宮ファミリー』とその周辺人物だった。武に向かって口々に声をかけてくる。


「………あれ?タケルお兄ちゃん、何か違う………?」

時々、幼女を装うが、士郎の養父の実の娘で、士郎にとっては一つ上の義姉であるイリヤ。


「確かに、妙に眼光が鋭い。本当にタケルでしょうか」

その親戚で、冥夜に剣では師匠に並ぶ女傑と言わしめるセイバー。


「見れば、姿勢も良くなっていますね。………?心なしか、体の厚みが――――」

司書採用試験には落ちたが、士郎が真那に話を通した事で、御剣SS隊員に採用されたバゼット。


「――随分と筋骨逞しくなっているのは確かなようですが………貴女はそういうところにしか、目が向かないのね――バゼット」

「なにぉおおっ!!」

事故死したという神父の後任として言峰教会にやってきた、シスターのカレン。


「『男子、三日会わざれば、刮目して見よ』って言うけど、ちょっと行き過ぎているよね、お兄さんの場合」

孤児として、教会に引き取られてカレンが面倒を見ているギル少年。

 この場にはいないが、間桐桜の言葉通りなら、他にもいるのだろう。

海外から親類を恃んで日本にやって来た、桜の祖母の姪にあたるライダー。

教会で下働きしながら、横浜一帯でアルバイト姿が目撃されるランサー。

凛の父の元部下で、時折世話を焼きに来るらしい、アーチャー。


「白銀、一人か」


――――しかし。


宗一郎の言葉が耳に入らない。武は彼らを見て当たり前のように思う。何て現実離れした格好なんだろうか。士郎が変な刃物を持ってる事や、セイバーが文化祭でも見た青と鋼の甲冑を纏っているのもそうなのだが――――――


―――――――ここに来て『衛宮ファミリー』拡張なのだろうか。


などと的外れな思考で現実逃避を試みる。だが、その試みは失敗し、眼は現実を捉えて離さず、程なく思考が現実に回帰した。武の知る面子に加えて、見覚えのない面々もいたのだ。セイバー並みにこの時代にそぐわず、物騒な格好をした面々が。
 凛の疑問にも宗一郎の問い掛けにもまだ答えていないし、こんなにも沢山の人たちが自分と同じように、気付いたら街の様子が変わって驚いているらしい事に関して詳しく聞きたくもあるのだが、まず先に解消しておかなければならない疑問がある。それは――――――


「――葛木先生」


「なんだ」


「………その人たちは誰ですか」


 一拍。宗一郎は考えるように目を閉じると、士郎へと視線を向けた。それを受けた士郎が代わりに説明することにした。

立派な陣羽織を羽織った和装で、矢鱈と丈の長い刀を背に負うのは、宗一郎と同じく柳洞寺住み込みの津田小次郎。

肩にちょこんと乗せる事で、イリヤの視界を軽く2mは高く出来る、山のような大男は彼女の護衛のバーサーカー。理知的で活発そうな表情は、気は優しいけど力持ちの言葉が似合いそうだが、上半身裸な上に巨大な岩のノコギリのような剣を携えているのがそこはかとなく猟奇的である。

赤いコートに山吹色のマフラー?を首にかけた、マフィアのお偉いさんみたいな風貌の男性は凛の留学先の講師で、彼女の帰国に乗じて最近来日した、ウェイバー・ベルベット。

バーサーカーに次ぐ大男で、髭面。古代ローマ帝国を舞台にした映画に出てくるような古めかしい鎧に毛皮製の厚いマントを纏ったアレクセイ。

セイバーの後ろに控え、後ろの男に険しい視線を向け続ける、西洋甲冑の男はセイバー『お嬢様』の護衛を務めるランスロット。

ランスロットの睨みを涼しい顔で受け流し、幾つも修羅場を乗り越えてきたような逞しい顔つきをしているのに、毒々しい位に派手派手しい襟周りが全てを台無しにする濃紺のローブに身を包むのは、間桐家に下宿する学者のジル。

文化祭でみたランサーのボディスーツの深緑の色違いを着込み、妙に目に付く右目の泣き黒子と黒縁の眼鏡が似合う美丈夫は、先輩のランサーを頼って来日したディルムッド。

真っ黒な外套に日に焼けた肌と、髑髏の様な真っ白な仮面のコントランスがよく映える長身痩躯は間桐家ご隠居の世話役のハサン。

 彼らの前時代的で喧嘩上等な恰好にこそ、武は疑問を感じているのだが、士郎の目が必死に訊いてくれるなと訴えていた。彼らは皆、道中の崩れた建物に入り込んでは中を調べていたようで、所々に埃を被っていた。今も武の相手は士郎たちに任せ、高架周辺の建物跡を覗いて回っていた。


「ねえ白銀くん。一人みたいだけど、鑑さんはいないの?近所でしょ?」

「白銀先輩のお宅って、御剣先輩も近くでしたよね」


 士郎の説明が終わった所で、凛と桜が矢継ぎ早に聞いてくる。武が強引に取った、会話の主導権を取り返そうとしているようだった。だが、二人が更に追求の手を伸ばそうという時に迫られる武の背後から、新たな声がかかった。


「――凛」


「あ、アーチャー。どうだった?」


「遠坂の屋敷も間桐の屋敷も、建物は全壊だった。地下はどちらも残っていたが………少なくとも一年以上は放置されていたかのように埃塗れだった。人影も当然ない」


「御三家の屋敷まで廃墟、か………衛宮邸だけが無事だった理由が益々分かんないわね」


 声の主、黒の上下に赤の外套という、これまた如何にもな武装スタイルで現れたアーチャーの帰還に、凛は武への追及を即座に止めた。そして、アーチャーの報告を聞いて状況を纏めようとしているようだが、判断材料はまだまだ足りないようだった。そこへ、青いボディスーツのランサーが報告を重ねる。


「ついでに言やぁ、教会も柳洞寺も無人でぶっ壊れてたな」


「――――そう、ま、それはどっちでもいいけど」


「ライダー、そっちはどう?」


「………はあ、それ……が………」


「やっぱり、そっちも全壊だったのか?」


 桜の振り向いた先に自分も振り返って数秒、武は直ぐに目を逸らした。ライダーは元から長身でスタイルの良い、大人の女性なのだが、それが一昔前のボディコンみたいな際どい衣装に目隠しをした出で立ちなのだ。そこから感じられるアブなさに武は彼女を正視出来なかった。
 桜は、彼女のそんな格好が当たり前であるかのように、報告を求める――――が、ライダーは何か酷く言い辛そうな様子で、中々言おうとしない。士郎が助け舟を出すが、それでも言い淀んでいる。それを横目に見ていた凛やセイバーの視線が圧力を増しかけたのを察して、ライダーは当たり障りのない事実を口にした。


「……その、学校では………なくなっていました」


「――!!」


 自分が確認したい事をライダーは知っている。武はそう確信した。『元の世界』で生きてきたなら、街の崩壊と同じくらいに学校の変貌を怪奇だと思う筈なのだ。


「――学校じゃないって、どういうことなんだ?ライダー」


「なぁに、学校だけに墓地にでもなってた?」


 士郎にも凛にも分かる筈がない。ただの私立学校が〇〇に豹変しているなんて考え付く筈もない。だから、白銀武が言ってやらねばならない。真実への恐怖と共に。


「なぁ、ライダーさん。もしかして………」


「「………………」」


 どうしても恐る恐る言葉を紡ぐ様な言い方になってしまう。それでも、武は口を閉じない。
 気付けば、武の様子を察したらしいアーチャーとランサーが静かにこちらを見据えていた。それに………何だか、戦おうとする漢を静かに見守るような温かさと厳しさを感じ、武はついに核心を突いた。



「――――白陵柊は国連軍横浜基地になっていましたか?」


「――!!??………え、ええ。タケルの言う通りです。俄かには信じられなかったのですが、正門らしき門に『国連軍太平洋方面第11軍横浜基地』と書かれていました」


 武の言葉に大きく、目を見開いた――かのように見えたが、目隠しをしてある――が、ライダーは直ぐに平静を取り戻ると、報告すべきを告げた。


「はあ?国連軍?………って何の冗談よ、それ」


 凛がバカにしたように言うが、武とライダーの様子を見比べて数瞬、ハッとしたような顔になった。士郎は、短いながらも濃い付き合いの友の真剣な面差しから二人が冗談を言っているのではないと見て尋ねる。




「武、お前は何を知っているんだ」









「―――士郎。…………オレは正直、今もどう話せばいいのか分からない――けど、落ち着いて最後まで聞いてくれ」


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