チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[7786] 【習作】 らき☆すた 流れ星 【オリキャラ主人公】【恋愛要素あり! 危険!】
Name: アンディー◆be7b3392 ID:f7ef93f4
Date: 2009/05/08 19:10
(平成某年、四月某日、埼玉県糟日部市内某所にて……)

「なあ。拓海。明日の日曜日なんだけどさ」

「行かないぞ! 俺は!」

「まだ何も言っていないのだがな……」

「言わなくてもわかる。ていうか! 高校生がパチンコ屋になんて行くな!」

「明日は、○ヴァのイベントなんだよ!」

「間が悪かったな。土日は、回収デーなんだろう?」

「うっ! それは事実だが、○イと○スカと○サトさんと○ツコさんと○ヤとユ○さんが、俺を呼んで……って、お前。パチ屋事情に詳しくない?」

「対象が、多過ぎだ……。ああ。うちで働いている人で、好きな人がいるんだよ」

「神に仕える身で?」

「神職なんて、今時は、様々な仕事の中の一種類でしかないからな。それに、ギャンブル禁止って決まりも特に無いし」

「何てクールな、神社の跡取り息子なんだ……」

「もっと地方に行けば、パチンコ好きの神主や住職なんて腐るほどいるさ」

 とある土曜日の午後、今日は午前のみであった授業を終えた二人の男子高校生が、話をしながら校内にある自転車置き場までの道を歩いていた。
 一人は、この物語の主人公である神代拓海で、これは俺の事であった。
 八月二十二日生まれの十六歳で、身長178cm、65kg。
 美男子というほどでもないが、容姿はまあまあ整っているので、そんなに女の子のウケは悪くなく、だけどこの歳まで彼女とかはいた試しはなく・・・・・・、という中途半端なスペックを持っている男であった。
 成績は上の中で、運動神経もそこそこ。
 中学生の時には部活が強制だったので、水泳部に所属していて、県大会で準決勝まで進んだ事もある。
 でも、高校では部活とかが面倒だったので、今では悠々自適の帰宅部ライフを送っている。
  
 家族は両親と姉二人で、実家はここ糟日部では、それなりに有名な神社を営んでいた。
 詳しい話をしてしまうと友人には引かれてしまうのだが、戦後の神社の国家管理廃止に伴い設立された、神社本庁が定める別表神社には入っていなかったが、それなりに歴史があって規模もそこそこ大きく、複数の職員?を置いているのだ。

 役職(神社では職階と言う)は、親父が宮司(代表者)で、結婚後に資格を取ったお袋が禰宜(補佐役)をしている。
 他にも、数名の地方の神社の跡取りを出仕(神職見習い)として預かっていたり、数名のパートのおばさんを、事務職員としての主事や主事補として使っていたり、施設や道具を修理・維持する技師がいたり、定年退職後に暇をしているおじさんを警備職員として使っていたりと、それなりに賑やかではあった。

 そして、俺は、この神社の跡取り息子であった。
 俺としては、戦後に女性が神職に就ける道が開かれたので、二人の姉の内のどちらかに継いで貰いたかったのだが、上の姉は、去年勤めていた会社の同僚と結婚してしまい、下の姉は、普通に就職をするために大学に進学してしまったので、結局は古き伝統に従って俺の出番となってしまったらしい。

『お前が継がないというなら、俺は宮司を引退後にここを出て行かないといけないからな。その時は、母さん共々面倒を見てくれよな』

 この親父の一言で、俺は抗う事を止めてしまった。
 別に、神社を継ぐのが嫌ではなかった事と、昔の頭の良い人が、『この世で一番優れた商売人は、宗教を作り出した人だ』と言っていたのを思い出したからだ。
 確かに、我が家はかなり経済的に恵まれていた。
 親父も、俺が小さい頃に亡くなった祖父も、写真でしか顔を見た事がない曽祖父も、代々この神社の宮司であり、その恩恵であろう神社の隣にかなり大きな敷地付きの住宅を持っていたし、地元ではそれなりに名家で地主であったので、近所にマンションやらアパートやら貸しビルを十数件持っていたのだ。
 戦後、都心へのアクセスが便利になった結果、ベッドタウンとして開発が進んだ大宮に近く、春や夏は地元の祭りの会場となり、年末年始には多くの参拝客が訪れ、地鎮祭やら結婚式やらで指名されと、それなりに忙しくて、実入りがあるという状態になっていた。


 《坊主丸儲け》


 宗派は違うが、俺はこの言葉の意味を今更ながらに噛み締めていた。
 そんなわけで、俺は神職の資格を取るために大学に進学すべく、家から自転車で十分ほどの場所にある、マンモス進学校である陵桜学園に通っていた。

「長い説明大変だな」

「そこは、黙るのが業界のルールだ」

 そして、隣にいる男が、俺の物心付く頃からの親友である岩永智之であった。
 世間では、幼馴染というらしい。
 九月十八日生まれの十六歳で、身長182cm67kg。
 サラサラの髪をしていて、モデル事務所や○ャニーズにスカウトされかかった程のイケメン君であったが、彼にも彼女というものは存在しなかった。
 初対面の人は、その事実に非常に驚くのだが、少しでも彼の事を知れば、彼に彼女がいない事が納得できてしまう。
 
 つまり……。
 彼は、かなり強度のオタクであったのだ。
 
『俺は、ギャルゲーとかはしないよ。十八禁関係もね。それに、意外と知識範囲も狭いし』

 常にこう言っているのだが、彼は重度のガ○オタであり、○ヴァオタであった。
 他にも、いくつかツボに嵌った古いアニメや、勝手にマイブームなどと抜かして、一部の新作アニメなどをこよなく愛していた。

『○スカは、俺の嫁! ○イは、俺の妹! ○サトは、俺の姉!』

『○イラさんに(軟弱者!)って、ぶたれたい』

 こう公言して憚らず、全然外見ではそう思われないのに、平気で○ニメイトや○ーマーズに出入りするマイペースな男であった。
 当然の如く、それを知られると普通の女性からは避けられるので、彼も俺と同じ独り者であった。
 
 家はうちの近所で、父親は都内の大学に勤める教授であり、母親はうちの神社で帳簿付けのパートをしていた。
 更に、彼女とうちのお袋は共に陵桜学園のOGであり、同級生で親友同士らしい。
 なので、良く仕事をサボって、二人で遊びに出かけているようであった。
 
「紹介、ご苦労な」

「黙れ。業界の仁義だぞ」

 俺達は、自転車置き場に置いてある自転車にまたがると、自分達の家に向かって移動を開始する。
 二人の家は、糟日部駅のすぐ向こう側にあってかなり近かった事と、二人とも帰宅部で運動不足だったのと、バス代の節約という理由で自転車通学を行っていたのだ。

「しかし、高校生がパチンコなんて打つなよ。店からつまみ出されるぞ」

「大丈夫。今までバレた事ないし」

「……」

 確かに、智之(俺は、こう呼んでいる)は、見た目では大学生くらいに見えてしまうので、パチンコ屋への出入りもそれほど難しくないのであろう。

「俺は無理だぞ。歳相応だからな」

「そういえば、そうだったな……」

 俺の返答に、智之はガックリと肩を落としていた。
 というか、俺にパチンコを打たせてどうするつもりなのだろう?

「お前にも、携帯を使っての、当たり画像の撮影を頼みたかったのだが……」

「断る!」

 勝てるかどうかもわからないギャンブルでお金を使うのは、真っ平ごめんであったからだ。

「あーーーあ。○ヲル全回転が揃えば、プレミアがコンプリートするのに……」

「どれほど負けたんだ? 智之」

「いんや。負けてないよ。プラス五十万ほどかな?」

「……」

 別に、智之は、ギャンブル自体が好きというけでもないらしい。
 極度の○ヴァオタなので、○ヴァのパチンコが出てからというもの、プレミア演出を全て携帯で撮るべく、暇さえあればパチンコ屋に出撃しているらしいのだ。
 そして、ただ引きの強さだけで、かなりの勝ちを収めているらしい。
 もっとも、勝ち分は俺がたかったり、智之が○ンダムシリーズのDVDセットを買うのに使ってしまったらしいが。

「パチの演出は、IF物もあるからな。○スラフェルのリーチが、○スカと○イのコンビだったりとか、四号機に○ヲルが乗ってたりとかさ。それと、F型装備知ってるか?」

「意味がわからない……」

 彼の布教活動を受け、一応は○ヴァのDVDを見た俺であったが、そこまでコアな話題には付いて行けなかった。

「仕方がない。明日は、一人で行くか……」

「行くのかよ!」

「おお! 行かんでか! ○ヤ背景を見るまでは!」

「付き合いきれん」

 そんな話をしていると、ふいに話題は自分達のクラスの事になる。
 俺達は、一年・二年と同じクラスとなり、今日はまだ新クラス一週間目であった。
 ちなみに、クラスは二年E組で、担任は黒井ななこ先生であった。
 世界史担当で、俺達は初めて教えて貰う人であったが、なかなかに美人で眼の保養になる先生でもあった。

「黒井先生は、当たりだったな。ちょっと、いい加減かもしれないけど、それはそれでまた良しって事で」

「うーーーん。まあ。そうかな。ただ、俺はさ……」

「拓海は、ロリだからな」

「誤解を招く発言をするな! 俺は、慎ましやかな胸の子が好きなんだ!」

 黒井先生はかなり胸が立派であったので、その点においては俺の守備範囲外であった。
 もっとも、ドラマや漫画ではないので、先生を恋愛対象になど絶対にしたくはなかったが。

「それを、世間一般では……」

「殴るぞ!」

「じゃあ、あれか? お前。泉こなたとかがタイプ?」

「あのよ。俺は、同年代の女の子でスレンダーな子が好きなの」

 二年から同じクラスになった泉こなたは、水色の超ロングヘアーと小学生のような外見が特徴の少女であった。
 外見はなかなかに整っているのだが、時折り聞こえてくるオタク丸出しの発言のおかげで、彼女に野心を燃やす男子生徒の存在はほぼ皆無であった。
 いや、いないとは言い切れないのだが、それを表に出すと、何か社会的に抹殺されてしまいそうな雰囲気を感じるのは、俺だけなのだろうか?

「可愛い事は認めるけどな。俺には無理だ。智之こそどうなんだ?」

「俺には、○スカがいるからさ……」

「それは、現実に存在していないだろうが……」

 その発言さえなければ、モテ街道をばく進できるであろう親友に俺が呆れていると、前方の駅近くの歩道でひと悶着が発生していた。
 うちの学校の女子生徒が二人、いかにもな連中に絡まれていたのだ。
 
「非常にベタな展開だな」

「うるさい。黙れ。智之」

 二人の女子生徒は、地元の工業高校の柄の悪い二人組に絡まれていた。
 近くに行くと、男子生徒達は、『腕がぶつかって、ごめんなさいだけかよ!』とか、『誠意を見せろよ!』とか、しょうもない因縁を付けながら女の子達を怒鳴りつけていた。
 周囲には、同じく下校途中の同級生達もいるのだが、彼らは《君子、危うきに近寄らず》を実践しているらしい。
 チラリと一瞥はするのだが、足早にその場を立ち去っていた。
 それもそのはず、彼らの通っている工業高校は、『社会的にどうよ?』ってメンバーが生徒の大半を占めていたからだ。
 『入試で、名前さえ書ければ受かる』、『最初の一年で、百人以上が退学する』、『本職(暴力団)に就職する人がいる』。
 そういう学校だったのだ。

「でも、今時いるんだな。あんな不良」

「埼玉とか栃木とか茨城ならではの光景だな。本当の首都圏では、あの手の連中は既に絶滅している。もしいたら、絶滅危惧種として保護されかねん」

「拓海も、かなり言う事がキツイよな。でも、確かに○ロマティー高校の登場人物のような……」

 ネタ元が相変わらずな智之に俺が呆れていると、事態は次の段階へと進んでしまったらしい。
 二人の女の子の内、やや癖のあるライトパープルのロングヘアーを、リボンでツインテールにしている女の子が、大きな声で反撃を開始したのだ。

「謝っているんだから、その程度の事でグダグダ言うんじゃないわよ!」

「何だと!」

「いい男が、ウジウジとみっもないって言っているのよ!」

「お姉ちゃん……」

「こんな頭悪そうな連中に、これ以上下手に出るだけ無駄よ!」

 この柄の悪い相手にも容赦の無いツインテールの少女の相方である、やや癖のあるライトパープルのショートヘアーを、リボンでカチューシャ風にまとめているタレ目の少女は、ツインテールの少女の妹らしかった。
 というか、俺と智之は、大分前から二人の正体に気が付いていた。
 二人は、柊かがみと柊つかさという二卵性の双子で、妹のつかさの方は俺達と同じクラスだったからだ。
 しかも、姉のがかみも、昼飯の時間になると毎日こちらの教室で一緒に飯を食べていたので、一応は顔くらいは知っていたのだ。
 ただ、俺達と彼女達とは、特に仲が良いというわけでもなかった。
 というか、智之はそのオタクぶりが災いして、俺は智之の相方と見られていたので、中学の時と違いあまり女の子とは縁の無い学生生活を送っていたのだ。
 
「相変わらず、気が強いのな。柊姉は」

 なぜ知っているのかといえば、昼食の時間、柊かがみは、妹の柊つかさと、先に出た泉こなたと、クラス一の美女で優等生でもあった高良みゆきと毎日一緒にいて、俺が智之にするのと同じように、泉こなたのオタ発言に鋭いツッコミを入れていたからだ。

「ツインテールは、ツンデレ率高しだからな」

「ツンデレねえ……。果たして、デレは存在するのかね? 柊姉に」

「拓海も、なかなかに俺の教えを受け入れつつあるな」

「多少言いたい事もあるが、付き合いが長いからな……」

 物心付く頃から、常に一緒にいたのだ。
 多少毒されても、仕方がない部分もあった。

「それで、どうするんだ? 拓海」

 あまり話をしない同級生ではあったが、一応はか弱い女性が絡まれているのだ。
 男として、助けを入れるべきであると俺は考えていた。
 というか、俺は見て見ぬふりをする他の男子生徒達に半分失望感を覚えていた。
 俺がこの学校に進学した理由は、神社の神職の資格を取るために国○院大学の神道文化学部を受験したかったのと、家から近かっただけに過ぎない。
 なので、ツレの智之がアレな部分もあったが、俺達はこの学校に友人と呼べる存在がほとんどいなかった。
 別に、ここの受験にしか興味が無い連中と無理に付き合わなくても、小学校や中学校時代の友人達と遊べば良かったからだ。
 現に、一年の頃はそれを実践していて、クラス内ではかなり孤立していた俺達であった。

「では、行きますか?」

「智之、先陣な」

「わかったよ」

 こいつは、見た目はイケメンで中身はオタクだが、実は喧嘩がかなり強かった。
 理由は、こうだ。
 中学生時代、ある男子生徒が女子生徒に懸想をする。
 すると、大抵の女子生徒は、『私、智之君が好きなの』と言ってそいつをふる。
 そいつは、智之を逆恨みする事が多く、その手の連中には、怖い先輩やちょっと不良チックな人達の比率が高かったので、智之はお礼参りを受ける事が多い。
 結果、自分の身を守るために強くなるしかない。
 元々智之は、小学生の頃から空手を習っていたので、そこいらの奴には絶対に負けない。

 こういう構図となっていたのだ。
 
 更にその副産物として、良く一緒にいて、巻き込まれ比率の高い俺もそこそこ強くなっていた。
 俺がそいつの好きな人を取ったわけでもないので、かなり理不尽ではあったのだが、肝心の智之の方も、その女に告白されて一応はデート等に出かける。
 場所は、映画ならアニメの新作で、遊園地ならその手のアトラクションやイベント巡り。
 止めは、アキバの名所巡りや、大宮にある○ニメイトや○ーマーズ巡り。
 結果、二人のお付き合いは、僅か一日で消滅する事が多かった。
 勿論、その悲惨な結末を、女は自分がふった男には話さないので、中学生時代の放課後は、かなりの確率で○ーバップハイスクールな日々を送っていたのだ。
 男の嫉妬恐るべきであった。

「あーーー。ちょっと、そこの時代遅れの不良君達」

「ああ? 何だぁ? お前は!」

 智之の最初の一言は、身も蓋もないという表現が正しかった、
 いきなり、人を時代遅れだとか不良だとか言えば、彼らが気分を悪くして当然なのだから。

「智之。もう少し、穏便に済ます策で行け」

 俺達の目的は、柊姉妹を助ける事であって、その不良達を殲滅する事ではない。
 なので、無理に格闘戦に移行する事もなかったのだ。

「それもそうだな。えーーーと、そこの非常に回顧主義的な人達」

「「??????」」

「智之よ。彼らの制服を見たまえ。○○工業高校だぞ。あの、試験の答案に名前さえ書いてあれば、入学試験に合格し、卒業可能な。そんな彼らに、《回顧的》なんて、難しい言葉を使っては駄目だ。理解できない彼らが、公衆の面前でバカだと思われてしまうじゃないか」

「それもそうか! さすがだな。拓海」

「「ふざけるんじゃねえ! ぶっ殺すぞ!」」

 二人の不良達は、その標的を柊姉妹から俺達に変更したらしい。
 今度は、俺達にメンチを切っていた。
 まあ、最初の作戦は成功したというわけだ。

「メンチを切っているぞ。二十年ほど前のドラマかアニメだな」

「貴重だな。写メを撮るか……」

 智之は、自分の携帯でメンチを切っている二人の不良を撮影する。

「智之。後で、写メ送ってくれない?」

「いいよ。しかし、貴重な物が撮れたなあ」

「「ふざけるな!」」

 二人は、柊姉妹を押し退けるようにして、俺達に殴りかかって来るのであった。





(柊つかさ視点)

 私、柊つかさは、今日は、非常に厄介な出来事に巻き込まれてしまいました。 
 それは、土曜日の放課後に、いつものようにお姉ちゃんと一緒に下校している時に起こりました。
 いつも一緒に帰るこなちゃんは、急用があるとかで急ぎ足で下校してしまい、(多分、限定グッズの販売日とかそんな理由だと思います)ゆきちゃんは学級委員の仕事でまだ帰れないとの事で、今日は久しぶりに姉妹だけでの下校となったのです。
 ですが、私がすれ違いざまに少し怖い男の人とぶつかってしまったために、私達はその怖い人達に絡まれてしまったのです。

『すいません』

 私は謝ったのですが、その人達は許してくれませんでした。
 更に、その事にお姉ちゃんがキレて逆にタンカを切ってしまい、最悪の状況となってしまったのです。
 それなりの幅の駅近くの道なので、他に目撃者は沢山いるのですが、彼らは誰も助けてくれません。
 向こうは、素行不良で有名な高校の生徒で、うちはそれなりのレベルの進学校。
 勉強オンリーの人が多く、目の前の怖い人達に勝てる人なんていないかもしれないし、勝てても騒ぎを起こした咎で、学校から停学や退学の処分でも食らったら堪らない。
 きっと、《触らぬ神に祟りなし》なんだと思います。

 ところが、そこに救世主が現れました。
 うちの学校の制服を来た背の高い男子二人で、見覚えのある人でした。
 同じクラスの神代君と岩永君。
 まだ話した事は無いけど、二人とも背が高くて細身で格好良い。
 でも、クラスに親しい人はいないらしく、いつも二人だけで行動している。
 そんな彼らに向かって、不良(死語だけど、気にしない)の人達が殴り掛かって行いきます。
 私は、思わず目を塞いでしまいました。





(柊かがみ視点)

 今日は、最悪の日だ。
 珍しく妹のつかさと二人だけで帰ったら、思わぬアクシデントに巻き込まれてしまった。
 更に、それに唯一救援の手を差し伸べて来た連中も、また性質が悪かった。  
 神代と岩永。
 クラスは違うのだが、外見は最高だったのでうちのクラスの女子達が噂していた所に、元同じ中学だったという同級生が釘を刺して来たのだ。

『ああ。あの二人か。見てくれも良いし、ここに受かるくらいだから頭も良い、運動神経もなかなか。家も、特に神代の家は金持ちで、地元の神社の跡取りだからな。でも、どういうわけか、中学時代に複数回乱闘騒ぎを起こしているんだよな。何でも、二年生の時に、柔道部やら剣道部やらの先輩十人ほどを、二人でボコボコにしたらしい』

『らしいって?』

『翌日、二人とも顔にガーゼとか当てていたからな。まあ。先輩方はもっと酷かったけど。でも、先輩方も、そこで先生に訴えたら恥の上塗りだからな。無かった事にしたらしいよ。同じく、校内の性質の悪い連中ともそういう事があって、結末はほぼ同じ事になったらしい。付き合いには、注意が必要な連中なのさ』

 そんな話を聞いていたので、私は少し警戒感を抱いていたのだが、私の目前で展開される彼らの言動は、少しデジャブを感じさせるものであった。




「拓海。俺。右の奴ね」

「左の方。弱そうじゃねえ? まあ。お前の方が強いから、それでいいけどね」

 俺は、先に自分に殴りかかって来た男のパンチを余裕を持ってかわすと、そのままそいつの髪を掴みながら、鳩尾に膝を使った一撃を入れる。
 すると、そいつは、腹を抱えながら地面に倒れてのたうち回る羽目になっていた。 

「一人戦闘不能っと。おーーーい! 智之!」

「早いな。拓海。じゃあ、俺は、今日は○キで行こうかな?」

「何でもいいけどよ。負けるなよ」

「さあな。俺は、○キだからな。我が兄○オウよ! 今日、私はあなたを超える!」

「誰が、○オウだ!」

 こいつは、見た目とは違い凶暴的に強かったが、実に困った癖を有していた。
 それは、自分の戦闘をすぐに○斗の拳の名場面に脳内変換しながら戦うという癖であった。
 何でも、こうすると一番調子が良いそうなのだ。

「ふざけるな!」

「激流を制するは、清流」

 智之は、自分に殴りかかってくる不良その2のパンチを涼やかに受け流すと、そのまま情け容赦ない反撃を開始する。

「勝機! 天○百裂拳!」

「痛っ! 痛いっ! 痛い!」
 
 あまり大きなダメージにはならないが、敵の反撃を完全に封じてしまうくらいの威力の正拳突きを百回。
 実に、性質の悪い技であった。

「○オウ! あなたにも見えるはずだ! あの死兆星が!」

「痛い! 痛っ!」

 勿論、殴られ続けている不良その2に、智之の奇妙なセリフにツッコミを入れたり、『俺は、○オウじゃねえ!』と言う余裕は存在しなかった。

「おーーー。おーーー。可哀想に。ていうか、土曜日のお昼前に星は見えないだろう」

「私には、見えるのだ。○ンシロウ」

「えっ? 俺の役柄って、それ?」

 やがてキッチリと数えたのであろう、ちょうど百回の攻撃が終了し、不良その2は同じく地面に倒れて悶絶していた。

「弱いな。こいつら」

「実戦経験ほとんど無しって事だろ。この手の不良って、見た目で人がビビるから、強い弱いが両極端なんだよな」

「ふーーーん」

 智之の説明に、俺は思わず納得してしまう。

「こらぁーーー! 誰だ! 喧嘩なんてして!」

「げっ! ヤバっ! 岩崎じゃねえか!」

 不意に後ろから、誰かの通報を受けたのであろう。
 校内の生活指導担当で、去年の俺達の担任である岩崎という中年男性教師が、怒鳴り声をあげながらこちらに向かって走って来る。
 正直な所、俺達は中学の頃の風評を彼に知られていたので、彼は俺達を嫌っていたし、俺達も彼を嫌っていたのだ。

「処罰の口実になりそうだな。逃げるぞ。拓海」

「了解。智之。柊姉妹!」

「はい」

「何よ!」
 
 突然、俺に名前を呼ばれた柊姉妹の内、つかさは驚いた表情のまま返事をし、かがみはこちらへの警戒感を隠す事なく、俺達を睨み付けていた。

「適当に、誤魔化しといて。では……」

「そういう事で」

 俺と智之は急いで自転車にまたがると、最高速度でその場を後にしてしまう。

「お姉ちゃん。格好良かったね」

「どこがよ……」

 その後、柊姉妹は、岩崎教諭に色々と詰問されたのだが、肝心の不良連中は、岩崎教諭が現場に到着する前に逃亡していたので、結局事件は無かった事とされたのであった。








(翌週の月曜日のお昼、2年E組の教室内)

「まあ。それは、大変だったのですね」

「そうよ。それに、その後のあの油ぎった岩崎の詰問が苦痛な事。苦痛な事」

 そして、翌週の月曜日の昼食時、かがみはいつものように2年E組で昼食を取り、先週の出来事を親友である高良みゆきに話していた。
 高良みゆきはこのクラスの学級委員長であり、かなり癖のあるライトピンクの超ロングヘアと抜群のプロポーションが特徴の、容姿端麗、成績優秀、品行方正、文武両道と絵に描いたような優等生であった。
 
「おーーーっ! そのいかにもフラグ立ちましたな展開! しかも、相手は謎の美形クラスメイトってのが……グっジョブ!」

 隣でチョココロネを齧っていたこなたが、かがみに対して親指を立てるゼスチャーをする。

「あんたね。相手は、あの一部で評判最悪の神代と岩永なのよ。金輪際関わり合いたくないないわね」

「お姉ちゃん。でも、ちゃんとお礼くらいは……」

 かがみと同じ机でお弁当を食べていたつかさは、かがみにちゃんと一度お礼を言いに行く事を提案する。

「そして、芽生える二人の恋。うん。実に最高のシチュエーションだ。フラグ立ったねぇ」

「こなたは、黙る!」

「うへい」

「大体、暴力で解決ってのが短絡的なのよ。どうせ、岩崎先生が駆け付けたんだから……」

「岩崎先生? あーーー。無理無理。あの先生ぃ、騒ぎが終わるまで、校門の裏から柊達の様子を伺っていたからな」

「「「「黒井先生!」」」」

 かがみの後ろには、いつの間にか、このクラスの担任である黒井ななこが立っていた。

「様子を伺っていた?」

「せや。あの岩崎先生に、他校の札付きと向かい合う度胸なんてあらへんあらへん。だから、あの二人は処分無しなんや。それに、最近の先生は、他校の生徒でも体罰・暴力禁止やさかいな。柊達は、むしろラッキーだったんやで」

「黒井先生! ここに、黒井先生の体罰の被害者が!」

「うちは、人と場所を見極めて愛の鞭を振るうんや」

「それって、何気に酷いような……」

 こなたは、良く世界史の授業で居眠りをして、黒井先生にゲンコツを貰っていたのだ。

「でも、評判悪いですよ。あの二人」

「なあ。柊。あんたは、自分で人を見極めんで、それでええのか? 」

「えっ?」

「その悪評を言った人間は何人おる? あの二人の事を知っている全員か?」

「あの……。その……」

 実は、その悪評を話していたのは、自分のクラスの男子生徒一人だけであった。

「そもそも、あの二人と同じ中学出身者は、他に数人しかおらへんからな。あの二人の出身中学は、あまり学力が高くないし、柄の悪い連中も多からな」

 黒井先生が、意外と二人の事を知っている事に、かがみが少し驚いていた。

「でも、良く知っているんですね」

「それほどでもないで。うちよりも、白石!」

「はい?」

 黒井先生は、近くの席で調理パンを食べていた白石みのるに声をかける。

「白石。お前、神代や岩永とソコソコ話すよな?」

「ええ。まあ。中学生の頃の友人が、共通の友人でして。何でも、同じ小学校だったそうです」

 常に二人組で、いつもは周囲に壁を作っている二人であったが、唯一の例外として挙げられるのが、この白石みのるであった。
 授業間の短い休み時間に、三人で時折り話をしていたのだ。

「あの二人。評判悪いんか?」

「ああ。D組の今泉でしょう? あいつ、中学三年の時に告白した女から、『私は、岩永君が好きなの』って言われて、それ以来、あの二人の事が嫌いなんですよ」

 他にも、白石みのるは、彼らが乱闘騒ぎをする羽目になった理由を説明する。

「事情をちゃんと知っている連中で、二人の友人は多いですよ。あいつら、結構ノリがいいから。俺も同じクラスになったから、今度、その共通の友人と一緒に遊びに行く計画がありますし」

「この学校に、他に友人はおらへんのか?」

「いないと思いますよ」

「なら、どうしてこの学校にしたんやろうな?」

「近いから、ここにしただけだそうです。それと、『ここの生徒はガリ弁で暗かったり、陰険な奴が多いから、別に仲良くしてくれなくても結構。勝手に、陰口でもほざいてろ』だそうです。俺以外に、特に友達付き合いするつもりもないと」

「白石。身も蓋もない話やなぁ」

「他の人に聞かれたら、そう答えてくれだそうです」

 実は、この白石みのるも、この学校に関しては割り切っている部分の多い男であった。
 放課後の時間を利用して、声優としてのレッスンを受けたり、今はチョイ役だけだが、声優としての仕事もしていたので、この学校に友人がいなくても特に気にならなかったのだ。
 同じく友人は、小・中学校時代の人達が沢山いるタイプであった。

「なんや。適当な風評でこちらが嫌っているつもりやったが、見切られてるのは、うちらの方やったというオチかいな。しかし、あいつ等は優しいな。その見切っている柊達を、停学覚悟で助けてくれたんやから。結構、男気があるのかもな」

「……」

 黒井先生と白石みのるのやり取りを聞いて、かがみが考え込んでいると、珍しく一番最初にお弁当を食べ終わったつかさが、突然席を立つ。

「白石君」

「違うよ。つかさ。セバスチャンだよ」

「なぜに、俺がセバスチャン? 柊。何だ?」

「神代君達は、いつもお昼はどこで食べているの?」

「主に、屋上だな」

 こなたにセバスチャンと呼ばれながらも、白石みのるはつかさの質問に答える。

「そういえば、いつもお昼時は教室にいないですよね」

 みゆきの言う通りで、二人はいつも長い休み時間になると、フラリと教室を出てしまう事が多かった。

「今泉の布教活動の影響で、一部の生徒達にえらく嫌われているからな。一緒にいると、内申書に影響が出るかもしれないって。黒井先生にこんな事は言いたくないけど、岩崎先生にも毛虫の様に嫌われていたから」

「岩崎先生は、事なかれ主義やからな」

「私、神代君達にお礼を言ってくる」

 つかさは、素早く自分のお弁当箱をしまうと、そのまま教室を駆け足で出て行ってしまう。

「おおっ! 今まで評判の悪かった男子の新たな一面を知り、猛然とアタックを開始するつかさ。もしかして、フラグが立った?」

「泉。フラグって、お前……(そして、意味がわかってしまう自分が悲しい……)」

 相変わらずなこなたに、黒井先生は少し呆れたような顔をしていた。

「でも、《神代君》達なんですね。つかささんは」

「おおっ! みゆきさん。鋭いなぁ。つかさは、神代ルートっと」

「岩永の方や無いんやなぁ。あいつ、ええ男やないか。神代も、なかなかやけど」

 神代拓海があまり女性と縁が無かった理由の一つに、常に岩永智之と比較されるというものもあった。
 向こうが完璧美男子だったので、拓海が普通より少し上程度にしか見られなかったからだ。
 
「岩永ですか? 全ての交際が一日で終了する伝説の男ですよ」

「はあ? 一日で? そらまたどうしてや?」

「あいつは、自他共に認めるオタクですからね。特に、○ンダムと○ヴァと○斗の拳を三大聖典として崇めているそうで……」

「納得いったわ」

 黒井先生と白石みのるの話が進んでいる間に、つかさは既に教室を飛び出していて、かがみはいつものように、こなたに鋭いツッコミを入れる事もしないで、一人深く考え込んでしまうのであった。








(約五分後、校舎屋上にて)

「ふむ。学校より少し離れていたが、わざわざ足を運んだ甲斐があった。サイタマウォーカー掲載のパン屋の名物メニュー《クラタンコロッケサンド》と《エビカツバーガー》がとても美味しそうではないか」

「拓海。俺は、弁当なのに付き合ったんだ。お礼は無いのか?」

「では、智之に、デザートとして《いちご生クリームパイ》を進呈しよう」

「気前がいいな」

「それ、念のために三つ買ったんだ」

「何ほど食うつもりなんだよ。お前……」

 俺達は、晴れの日の昼飯はいつもこの屋上で食べていた。
 メニューは、智之が母親の作ったお弁当で、俺は買い弁オンリーであった。
 うちのお袋は、神社で親父の補佐をしていたし、数人の若い出仕(見習い)さんの面倒も見ていて忙しいから、俺から辞退していたのだ。
 実は、お袋の料理がさほどでも無いという理由も存在していたが……。
 
「ところで、そのサイタマウォーカー」

「昨日発売だったんだよ」

「家の台所のテーブルの上で見た。大宮のクルメ特集の欄に赤ペンでさ……」

「それは、すなわち……」

「今日の俺の弁当は、終わっているという事だ」
 
 俺のお袋と智之のおばさんは親友同士で、時間が空くと、映画だ、コンサートだ、グルメだ、旅行だと、二人で遊びに出かける事が多く、その代償として、智之の弁当が手抜きをされるという結果になっていた。

「うわっ! 今日のは、またえらくシンプルだな」

「確かに……」

 智之の男性用の弁当箱には、全てのスペースにご飯が敷き詰められ、真ん中に梅干で、他はのりたまが満遍なくふられという状態であった。

「タンパク質とか、ビタミンが皆無だな」

「サイタマウォーカーの赤ペン。大宮駅前のホテルの最上階の、高級中華の食べ放題だったんだよね・・・・・・」

「家の財政を握っているって、偉大だよな……」

「朝と夜は普通に作るから文句は言えないけど、何か理不尽なような……」

 智之がふりかけ飯を、俺がパンを食べていると、視界に一人の女子生徒が入ってくる。
 先週に不良達から助けた、柊姉妹の妹の方であった。
 
「あの……。神代君」

「うん? ああ。柊妹か」 

「柊妹って……?」

「同学年に、柊は二人いるからな。しかも、二人は姉妹ときている。となれば、呼び方はおのずとそうなるわけだ」

「下の名前を、知らないからだろう」

 ふりかけ飯を半分ほど食べ終わった智之が、俺に茶々を入れてくる。

「知ってるけど、普通はいきなり呼ばないだろう?」

 ただクラスメイトなだけで、彼女でも友人でもない女の子を名前で呼べる道理も無かったからだ。

「あの。先週は、助けてくれてありがとう」

「気にするな。たまたま運動不足だっただけだ」

「素っ気無いよ。拓海君」

「智之! 声色まで変えて、変な事を横から抜かすな!」

 つかさは、今までは少し怖いと感じていたクラスメイトの言動に、先ほどの黒井先生の言葉を思い出していた。

「(そうか。他人の噂だけで、その人判断しちゃいけないんだよね)あのね。神代君。それで、何かお礼をしたいんだけど……」

 つかさは顔を真っ赤にさせながら、清水の舞台から飛び降りる覚悟でお礼をする旨を伝える。

「いや、そこまでの事は、していないし……」

「でも……」

「拓海君って、女の子に冷たいのね・・・・・・」

「いや、また横からそのオカマ声は止めて欲しいんだけど……。ていうか、それ、柊妹の真似?」

 既に、弁当の三分の二を食べ終えた智之のオカマ声に、俺は少し眩暈を感じてしまう。

「うん! そうなの!」

「一ミリも、似てねえよ! そもそも、ムカ付くだけで全然可愛くねえ!」

「(えっ! 神代君は、私の事を可愛いと思っているの?)」

 心の中でそんな事を考えていたつかさの顔は、いまだに真っ赤なままであった。

「拓海君のいけず! でも、拓海君って、いつも買い弁なのね」

「だから、そのオカマ声は止めろって……」

 声は、自称はつかさの声真似で、実際にはただのオカマ声であったが、智之は自分なりに、つかさにお礼のヒントを与えたつもりであった。

「(岩永君。ありがとう)そうなんだ。じゃあ、明日、私がお弁当を作って来てあげるよ。私、結構得意なんだよ。料理とか」

「いや……。でもさ……」

 実は、俺は、結構精神的にテンぱっている状態であった。
 先週はさほど気にならなかったのだが、今こうして柊つかさと面と向かって話していると、彼女がモロに俺の好みのタイプであったからだ。
 少し地味だが、可愛らしいくて子犬のようで、胸も慎ましやかであったからだ。

「お前ねえ。女の子の手料理なんて、そうは味わえないんだから、素直に『お願いね』って言っておけよ」

「悪かったな。女にモテないで」

「俺を見習え。見習え」

「その趣味が災いして、全て一日デートのみのお前にか?」

「ええと。岩永君の趣味って、あれだよね? こなちゃんと、同じの……」

 さすがに、本人に面と向かってオタクと言うのは、つかさも少し憚られたらしい。

「こなちゃん? ああ。あの《永遠の小学生》も、オタだったよな。それも、漏れ聞こえてくる話の内容から察するに、かなりディープな」

「永遠の小学生って……」

 つかさは、こなたに失礼だとは思ったが、智之のネーミングセンスに感心してしまう。

「お互いに遠慮していても何も解決しないから、明日、拓海が弁当を作って貰えば、それで全て解決じゃないか。それと、俺にもおかずなどを恵んでいただけますと……」

「あっ! ごめんね。岩永君」

 良く良く考えると、二人に助けて貰ったのに、自分が拓海にばかりお礼を言っている事に、つかさは気が付いていた。

「いや、俺はこのシチュエーションが、結構新鮮で感動しているんだよね。今までは、俺に話しかけても、拓海は無視って女が大半だったからさ」

 隣に、超イケメンがいる事によって発生する悲劇であった。
 拓海は、単独で見ればかなり女の子にモテる容姿をしていたからだ。

「事実ゆえに、少しムカ付くな……」

「結果良ければ、全て良しなんじゃないの?」

「それで、お前はおかずだけなの?」

「一応、我が母君が弁当を作るからね。でも、あのサイタマウォーカーの赤ペンチェック。隣の高級フレンチのランチコースにも印が付いていてさ……。多分、明日も、炭水化物オンリーの弁当になるのでないかと……」

「不良主婦だよな。俺達の母親」

 結局つかさは、明日のお昼に二人にお弁当を作って行く事を約束して、その日のお昼休みを終了したのであった。








「それで、この大騒ぎなんだ」

「男の人二人だから、沢山食べると思うんだ」

 つかさは、拓海が一人で調理パンを七個も食べ、食後にデザートとして菓子パンまで食べていたのを目撃していたし、智之の方もかなり大きい弁当箱に目一杯にご飯が詰まっていて、それを僅か十分ほどで完食していたのを目撃していた。
 ちなみに、実は自分も、拓海からいちご生クリームパイを貰っていたのだが。

「お礼に、お弁当ねえ……」

「かがみんには、不可能な芸当だね。《恩を仇で返す》ってやつ?」

「事実だけに、余計ムカ付く!」

 その日の放課後の帰宅途中、つかさは、かがみとこなたとみゆきと一緒に、糟日部駅前のスーパーで買い物をしていた。
 
「こなちゃん。若い男の人って、何が好きかな?」

「若い男になら、萌えが最高の素材だと……「真面目に答えなさい!」」

 こなたは、隣にいたかがみから鋭いツッコミを入れられる。

「えーーーっと……「ちなみに、そっち系統の回答も無し!」」

「厳しいな。かがみんは……」

 こなたは、真面目に回答せざるを得ない状態となる。

「若い男の人だから、魚より肉でボリューム感重視。味付けは少し濃い目がいいよ。あとは、これは無理だからねぇ……」

 こなたの三度目の回答は、さすがは料理に慣れているだけあって、かなり的確なものとなっていた。

「えっ? 無理なの? こなちゃん」

「その人のお母さんの味付けっていうのも、かなり有効なんだけどね。知りもしない人の、味付けの再現は不可能だから。ねえ。みゆきさん」

「そうですね。長年食べ慣れているという部分は大きいですね。結婚後に、旦那さんのお母さんに、料理を習う奥さんも多いそうですし……」

「みゆきさん。博識だなあ」

「いえ、ただの世間一般のお話ですから」

「そうか。肉系統のボリュームのあるおかずで勝負か」

「つかさってば、いやに張り切ってるねえ。これって、もしかして?」

「こなたは、すぐにそっちに繋げたがる。あくまでも、お礼なんでしょう?」
 
 かがみは、自分ですらその手の事にまだ縁が無いのに、つかさがあの二人の内の一人と、どうこうなるとは思っていなかった。

「かがみんは、お礼しなくてもいいの? 一緒に助けて貰った癖に」

「別に、私は助けてくれなんて一言もお願いしていないもの」

「素直じゃないねえ。やはり、ツインテールゆえに、ツンデレの要素が……「ツンデレ言うな!」」

 その間にも、つかさは次々に食材を買い物籠に放り込んで行くのだが・・・・・・。

「お姉ちゃん」

「どうしたの? つかさ」

「今日は、ちょっと持ち合わせが……。貸して」

「はいはい。後で返してね」

 かがみは、自分の妹の相変わらずなボケぶりに少し安心するのであった。








「よーーーし! 頑張るぞ!」

 夕食後、柊家の台所で、つかさは一人張り切っていた。
 あまり朝に強くないつかさとしては、夜の内に大部分の調理を完了させなければならないからだ。
 それに、自分と姉の分のお弁当も合わせると、その量はかなり大量となるので、いつもよりも手間が掛かり、それも加味しての早めの準備であった。

「気合入ってるなあ」

「お姉ちゃんも、楽しみにしていてね」

「豪勢な昼食も悪くはないか」

 かがみがそんな事を考えていると、そこに自分達の姉である大学生のまつりが現れる。

「つかさ。その大量の料理は?」

「ちょっと、他の人の分も作る事になって」

 そう答えるつかさの顔は少し赤く、その表情はとても嬉しそうであった。

「なあに。男に作るの?」

「うん」

 全力で否定されると思っていたのに、つかさに嬉しそうに『うん』と返答されてしまったまつりは、予想以上に動揺してしまったらしい。
 素早くその場から走り去ると、居間でテレビを見ていた他の家族に大声で知らせに行ってしまう。

「お父さん! お母さん! お姉ちゃん! つかさが、男に弁当作ってる!」

「「「嘘っ!」」」

 当然の如く、つかさは家族から鋭い追及を受ける事となった。

「そうか。つかさも、もうそんな年頃になったんだね」

 この家の主であり、鷹宮神社の宮司でもある父ただおは、表面上はいつものままであったが、心の中では走馬灯のように今までの思い出が浮かんでは消えていた。

「お父さん。実は、物凄いショックでしょう……。ところで、つかさ。順番間違ってない?」

「へっ?」

 柊家の長女であり、会社員をしながら神社を手伝っているいのりの発言で、周囲の温度が急速に低下し始める。

「私やまつりにすら、彼氏とかいないのよ。男に手料理とか、あり得ないっしょ!」

「えっ! そんな事で、つかさを怒るの?」

 かがみは、自分の姉の言葉に驚きを隠せないでいた。

「まあ。今日は、その怒りは一旦胸にしまうとするわ」

「胸にしまうって事は、復活する事もあるのよね……」

「それで、どんな男の子なの?」

 いのりは、つかさではなく、かがみにその相手の事を尋ねる。
 事情を知っているのであれば、つかさに聞くよりも効率的であったし、肝心のつかさが、家族の追及のせいで、顔を真っ赤にして下を俯いていたからだ。

「残念な事に、事情を知っているのよねえ……」

 かがみは、今までの経緯と拓海と智之の事を、家族に詳しく説明する。

「へえ。背が高くて、格好良いんだ。二人とも」

「ええと、まあ……」

 かがみは、いのりの背後に嫉妬の炎が湧き上がっているのをなぜか視認していた。

「いいなあ。私に紹介して欲しいなあ。ちょっと年下だけど、高スペックよねえ。その二人」

「高スペックって……。家電製品じゃないんだからさ」

 かがみは、もう一人の姉であるまつりの言葉に呆れ返ってしまう。

「それで、つかさは、どっちの子に興味があるのかしら?」

 この家の真の主にして、四姉妹の母であるみきが、つかさに一番大切な事を聞く。

「ええとねぇ……。神代君」

「うわっ! 正直に言いやがったよ!」

 かがみは、不思議に思っていたのだ。
 普通なら、ちょっと『あの時は、ありがとう』と言えば済むレベルの話なのに、お礼にお弁当がどうのとかいう話に発展していたからだ。
 つまり、あの助けて貰った時から気になっていたのであろう。

「そうなんだ。頑張ってね。つかさ」

「うん……」

 この見た目は実年齢を感じさせない若さを誇る母は、つかさの味方であった。
 聞けば、なかなかに良さそうな男の子であったし、他の姉妹達にその手の話題が皆無である事を悲しんでいた節もあったからだ。

「神代? 神代拓海……。ああっ! そうか! 糟日部大社の跡取りか。去年に、父親から紹介された事があった!」

 同じ埼玉県内の同業者であったので、年に一回くらいは集まりがあり、ただおはその時に父親から、『息子が、跡を継ぐ事になったんです』と紹介された事を思い出していた。

「うちよりも歴史も規模も大きい神社で、地方の神社の跡取りを見習いとして積極的に受け入れて面倒見るから、結構有名なんだよ。大地主でお金持ちっていう理由もあるけどね」

「いいなあ。超ハイスペックじゃないの。私が、お嫁に行こうかな?」

「つかさ。頑張りなよ」

「お母さんも、応援するからね」

「そうか。生まれた家って重要なんだな。意識していないようで、そういう人を選ぶのか」

 二人の姉と両親は、つかさが良縁に恵まれたと思い、素直に喜んでいた。

「ねえ。少し早合点なんじゃないの?」

「(ええっ! もう、お母さん達の中では、結婚まで確定? 確かに、神代君って少し良いかもって思ったけど、まだそこまで考えていないし、というか、まだ付き合ってもいないし……)」

 家族の暴走を嘆くかがみをよそに、つかさは一人家族の誤解をどう解こうか思案に耽るのであった。



[7786] 第一話 新たなる仲間? 彼氏?
Name: アンディー◆be7b3392 ID:f7ef93f4
Date: 2009/05/09 20:34
「それで、お弁当は完成したのかな? つかさ」

「うん。こなちゃんの忠告通りに、バッチリ」

「いやあ、昨日言い忘れていたんだけどさあ。媚薬とか……「黙れ!」」

「今日も、かがみんが厳ちいよう……」

 そして翌日の朝、いつものように糟日部駅前でこなたと合流した柊姉妹は、バスの中でいつものように話をしていた。

「ついでに、私とお姉ちゃんのお弁当も、豪勢になっちゃったけどね」

「そしてかがみんは、また体重計に乗って後悔するのであった……」

「うるさい!」

「今日も、かがみんはツンツンだあ」

 今日も、かがみのツッコミが厳しい事を確認するこなたであった。

「ところで、つかさ。今日のお昼って、屋上で三人で食べるの?」

「そうだよ。お姉ちゃん」

 かがみの質問に、つかさはさも当然といった感じで返事をする。

「危険じゃない?」

「どうして?」

「あの性質の悪い不良達を、一撃で粉砕する腕力があるのよ。普通の女の子なんて、ひとたまりも無いじゃない」

「神代君は、そんな事はしないよ」

「あのーーー。つかさ。なぜか、岩永が抜けているんですけど……」

「私はつかさの姉として、万が一の事態を心配しているのよ」

「つかさが、男の子二人とご飯を食べるから、嫉妬していると思うんですよ。かがみんは、やっぱりツンデレだなぁ」

「お姉ちゃん。心配してくれるのは嬉しいんだけど……」

 珍しく、つかさはかがみに対して不快感を現していた。

「おわっ! 姉妹して無視かよ!」

 拓海と智之の評価を巡って、柊姉妹がかなり深刻な事態になっているのに、それにおかしなツッコミを入れるこなたにはかなり問題があると思うのだが、それでもこなたはめげなかった。

「そんなに心配なら、私達も一緒に行けばいいじゃん。そうだ。みゆきさんも、誘えばいいんだ」

「あんたねえ。そんな簡単に決めて……」






「はい。いいですよ」

 教室に到着後、先ほどの話を登校直後のみゆきに聞いたところ、彼女は即座に了承の返事をする。

「みゆき。心配じゃないの?」

「あのお二人は、悪い人ではないと思いますよ。休み時間などに、教室内でたまに二人の会話が漏れ聞こえてくるのですが、結構内容が面白いですし……」

「じゃあ、みゆきさんもオーケーという事で」

 こうして、本人達の思惑をよそに、お昼の時間は予想外の大人数となるのであった。







「神代君。岩永君。お待たせ」

「悪いな。柊妹……って! 何か、ギャラリーが多くない?」

 お昼の時間、俺と智之が屋上で柊妹を待っていると、彼女の後ろに三人のオマケ(スペシャルゲスト)が付いて来ていた。

「えーーーと。柊姉と、我がクラスの美人学級委員長殿と、永遠の小学生か……」

「こらぁ! 誰が、永遠の小学生だぁ!」

 さすがのこなたも、そのあだ名には本気で怒っていた。

「俺の命名じゃないぞ。智之の命名だ」

「こなた。あんた。ぷぷっ!」

 そのあだ名がツボに入ったのか、かがみは笑いを堪えるのに必死であった。

「こらぁ! 岩永!」

「気にするなよ。まあ、その何だ。某声優の十七歳教と同じようなもんだ」

「好きなのかい? ○上」

「○ディアの○レクトラと、08小隊の○イナと、○ャラクシー○ンジェルの○ャトヤーン様がツボだった……」

「うんうん。わかる。わかるよ」

「うわっ! こいつも、こなたと同じ人種だ!」

 どうにか笑いを堪える事に成功したかがみは、見た目はイケメンの智之が、実はかなりディープなオタクである事を知る。

「俺は、コミケとかには行かないけどね」

「よし、夏に連れて行ってあげよう」

「やったぁーーー! いやあ、初めてなのに一人でってのは、意外とハードルが高くてさ。実は俺って、そっち方面の友人が皆無なんだよね」

「荷物持ちに、最高の人材を確保成功。ちなみに、コスプレに興味は?」

「○オンか○フトの軍服なら、興味あるかな? ○ルフの制服とかもあるのかな?」

「少し古めだから、安く仕入れられるかな……。背が高い影響で、オタ友の物は使い難いか……」

「こいつら、仲良くなるの早っ!」

 すぐに意気投合し、まるで古くからの友人のようにオタク談義に花を咲かせるこなたと智之に、かがみは驚いていた。

「それでは、掴みはオーケーという事で、お昼にしましょうかね?」

「沢山作って来たから、遠慮なく食べてね」

「すまんな。柊妹」

 そう言うと、俺は持参したレジャーシートを屋上の地面に広げる。
 一応、女の子と昼飯を食べるので準備しておいたのだ。

「まあ。気が利きますね」

 みゆきは、拓海の細かい配慮に素直に感心していた。

「弁当を、準備しないで済んだからね」

「ええと、上手く出来たかどうかちょっと心配なんだけど……」

 ちょっと恥ずかしそうに、大き目のお弁当箱を差し出す柊妹に、俺はかなりドキドキしていた。

「ありがとう。手作りのお弁当って、久しぶりだよ」

 弁当箱を開けると、そこには沢山の美味しそうなおかずとオニギリが詰まっていた。

「美味しい。うちのお袋より、料理が上手いんだな。柊妹は」

「えーーー。そうかな?」

「うちのお袋の料理の腕は微妙だからな。まだ姉貴達の方がマシかもしれない。それに、親父の手伝いで色々と忙しいから、弁当は断っているし」

「美味しいおかずがこんなに一杯。俺は、とても感動している!」

 同じく、いつも貧弱なおかずの弁当に泣いている智之も、つかさから貰ったおかずに感激していた。

「やはり、お前のおばさんの弁当は、駄目だったのか……」

「いやね。あの高級フレンチは、明日の予定らしいんだよ。今日は、近所のオバさん達と一緒に、カラオケボックスで飯あり絶唱大会なんだってさ。それで、多少はおかずが入っているのかな?って期待したんだけど……」

 智之の弁当には、またご飯がビッチリと敷き詰められ、真ん中に梅干、周囲にゴマ塩で、他にはシシャモが二本だけポツンと載せられていた。

「昨日よりは、マシじゃねぇ? カルシウムが取れるし」

「色合いは、むしろ後退だろう。のりたまからゴマ塩だから」

「岩永のお母さんって、料理下手なの?」

 さすがに酷いと思ったのか、かがみは思わず智之に質問してしまう。

「いや、朝とは夜は普通に作るよ」

「智之のおばさんは、俺のお袋より料理が上手いけどね。ただ、この弁当だけだと、判断が難しいけど……」

「おおっ! ○なりの○トロで、こんな弁当があったな」

 こなたは、智之の弁当に多少のデジャブーを感じたらしい。
 ただ、その古き記憶は、やはりアニメからのものであった。
 こなた自身は、母親を早くに亡くした影響でかなり料理が上手であったからだ。

「あれは、時代背景とかであんなメニューだけど、俺の母さんの場合は明らかな手抜きだから」

「「「「「それは、言えてる……」」」」」

 智之の意見に、俺達は思わず納得してしまう。

「ところで、神代君っていつも買い弁なんだよね。でも、購買や学食では全然見かけないよね?」

「一年の時に飽きて、それからは……」

 俺は、一冊の雑誌を柊妹の前に差し出した。

「サイタマウォーカー?」

「これの情報を元に、日々持ち帰り可能なメニューを模索しているんだ。ラーメン屋とかは持ち帰り無理だから、そこで食って帰るけど」

「神代。あんた、外で昼食を取ってるの?」

 同じく、つかさ作の気合の入ったお弁当を美味しそうに食べているかがみが、俺に苦言を呈してくる。

「たまにだぜ。それに、ちゃんと午後の授業には遅れていないし」

「でも、ラーメン屋さんいいなぁ。ああいうお店って、女の子だけだと入り難いから」

 料理を作るのも食べるのも好きなつかさは、以前からラーメン屋さんに行ってみたいと思っていたのだ。

「らしいね」

「つかさとかみゆきさんには辛いけど、かがみんなら……」

「うるさい!」

 またいつものように、かがみはこなたに鋭いツッコミを入れていた。

「そうですね。他にも、牛丼屋さんとか、駅の立ち食いそば屋さんとか、今では一人で入る女性も多いようですが、私には少しハードルが高くて……」

 誰が見てもお嬢様に見えるみゆきには、その手のお店に一人で入るのは非常に辛いものがあるらしい。

「じゃあ、今度放課後に行く? この近辺のお店なら、ほとんど知っているし」

「うん。行く」

「私も、楽しみです」

「スープがコッテリとかサッパリとか、麺が太いとか細いとか、好みを教えてくれれば、お勧めのお店に案内するよ」

 つかさとみゆきは、既に違和感なく拓海と話をしていた。
 智之も同じで、特に同じ趣味を持つこなたとはすぐに仲良くなっていた。
 つまりは、自分が勝手に疑って、勝手に心配していただけの事なのだ。

「私も、ラーメン食べたいな」

「じゃあ、俺も拓海と一緒に行こうかな」

「連れてってーーー!」

「泉なら、一人で余裕だろうに……」

「そこで私も連れてって、好感度を上げるのがギャルゲーの常識じゃないか!」

「俺は、ギャルゲーはやらん!」

「○ャラクシーエンジェルは、ギャルゲーじゃんか!」

「○野先生に謝れ! ○ャラクシーエンジェルは、ギャルゲーじゃねえ! 百歩譲って世間ではそういう扱いでも、俺は絶対に認めねえ!」

「不毛な言い争いだな……」

 俺のボヤキをよそに、こなたと智之の言い争いは続く。

「まあ。ラーメン屋くらい、構わないけどな」

「智之。いい奴じゃん!」

「いきなり人を名前で呼ぶか?」

「同じ異教徒同士、構わないじゃん! じゃあ、私の事もこなたって呼んでいいからさ!」

「異教徒同士ねぇ……。確かに、それは事実だな」

 お互いに多少はジャンルは違うが、共にディープなオタクである二人は、社会一般から見れば異教徒である事に間違いはなかった。

「でもさ。私って、オタ関係の場所は遠慮しないんだけど、やっぱ、一人でラーメン屋とかはキツイわけよ。かがみんなら、大丈夫かもしれないけど」

「無理に決まってんだろう!」

 いくら多少勝気な性格をしていたとしても、女性高生が一人でラーメン屋に入るのは辛いだろうと、俺は思っていた。

「なのに、参加しないの? ラーメン屋。ひょっとして、ラーメン嫌い?」

「いや……。その……」

 かがみは、今まで二人を無意味に毛嫌いしていたせいで、何となく参加しずらかったのだ。

「ああ。そうか。カロリーを気にしての事か。かがみんは、乙女だねぇ」

「違うわよ! 私は、その……」

「やっぱり、かがみんはツンデレだねえ。お二人さん。このように、かがみんは非常に……「変な事を吹き込むな!」」

「ふむ。やはり、ツインテールは……「あんたも、こなたと同類か!」」

 こうして、予想外に賑やかとなった第一回昼食会は終了となったのであったが、その翌日から、俺と智之の環境は大きく変化する事となる。








「昨日は、プレミアが拝めなかったな。時間の無駄だった……」

「高校生が、平日の夜にパチンコ屋に行くなよ……」

 こいつの○ヴァオタぶりは、既に病気の類だと俺は思ったいた。

「勝つには勝ったんだけどね……。3円交換の癖して、1k17回転くらいのクソ釘だったんだけど、2kで暴走引けてさ。3連で終わりかと思ったんだけど、時短中に警報使徒予告○ンダルフォンが出て、そのまま格納庫に飛んでさ。結局八箱出たから、時短終了後に即ヤメしたんだ。スルーとアタッカーがノーマルだったから、イライラ感は無かったんだけどね」

「お前の言っている事が、半分以上理解できねぇ……」

 教室の自分達の席で二人で話をしていると(俺と智之は、なぜか席が隣同士になる事が多い)、そこに、昨日一緒に昼食を食べた泉こなたが入ってくる。

「ヤフーーーぅ。智之、拓海」

「おいっす。こなた」

 僅か一日で仲良くなり、お互いに名前で名前で呼ぶようになった智之と泉。
 それは、いい。
 だが、どうして? いつの間にか俺まで、泉こなたに名前で呼ばれているのであろうか?

「なあ。泉」

「なあに? 拓海」

「なぜに、俺まで名前で呼ばれている?」

「いいじゃん。友達なんだからさ。それにさ。私って、同性の友達想いでもあるんだよ」

「はあ?」

 俺が首を傾げていると、後ろから柊つかさが姿を現した。

「おはよう。拓海君」

「……」

「おやおや。どうしたのかな? 意外と純情な拓海君」

「うっさい! 黙れ!」

 少しじゃなくて、かなり気になっている女の子に名前で呼ばれた俺は、内心の動揺を隠すのに精一杯だった。

「あのね。こなちゃんが、名前で呼んだ方がいいよって言うから……」

 顔を赤くさせながら、恥ずかしそうに俯く柊妹の姿に、俺の心臓は、その鼓動を更に早くさせる。

「……。おはよう。つかささん……」

「うん……」

「さんは、いらないと思うんだよね。でも、今日はこのくらいが限界かな? 拓海インつかさルート?」

「萌えだな」

「ええ。萌えですなあ」

 こなたと智之は、再びディープなゲーム用語を駆使した会話を続けていたが、俺はそれにツッコミを入れる余裕が存在しなかった。

 そして、つかさの方も……。



「ええとな。この問題を……。柊……って! お前。何、顔を赤くさせてんねん?」

 午前中、つかさはずっと放心状態で、黒井先生を始めとする教師達に、その事を注意され続けるのであった。



[7786] 第二話 実家に招待って、これって・・・・・・。
Name: アンディー◆be7b3392 ID:f7ef93f4
Date: 2009/05/15 22:43
(四月下旬、2年E組の教室内)

「ふぇーーー。ゴールデンウィーク前ってのは、実にダルいんだよねえ」

「こなたは、いつもヤル気ゼロじゃないか。ゲームをする時以外は」

「ううっ! かがみんが、二人に増えたみたいだ……」

「それを、本人の前で言うな!」

 新しいクラスになって半月が過ぎたとある日のお昼休み、俺と智之は、珍しく教室の中で昼飯を食べていた。
 今までは二人で屋上にというパターンが多かったのだが、それを変える出来事が、先週に発生していたからだ。
 俺達が偶然助けた柊姉妹やその友人達と仲良くなり、それ以来彼女達と良く行動を共にする事が多くなったのだ。
 結果、お昼ご飯は教室でという事が多くなっていた。

「ゴールデンウィークかあ……」

「拓海。あんた。何か予定があるの?」

 結局、俺は例の四人組から、名前で呼ばれるようになっていた。
 始めは俺達に隔意があるように見えた、柊姉妹の姉の方であるがかみは、いきなり俺を拓海と呼び捨てにし、妹のつかさは拓海君と呼ぶ。
 こなたは、いつもあんな感じなので始めから拓海だし、高良みゆきは、そのキャラクター通りに拓海さんと呼んだ。
 そして俺は、先の三人は呼び捨てで、高良みゆきの事はみゆきさんと呼んでいた。
 みゆきさんを呼び捨てで呼ぶのは、少し抵抗があったからだ。
 ちなみに、智之の呼び方と呼ばれ方も、俺と全く同じであった。

 勿論、他のクラスメイト達は、そんな俺達にかなり驚いていた。
 今までは教室内で孤立していた俺達が、いきなり女子四人を含む六人組でつるみ始めたからだ。
 唯一俺達と交流のあった白石みのるは別であったが、他の風評に流されていた連中は、こちらを見てヒソヒソと話す事が多かったのだ。

「何か、感じ悪いわね」

「俺は、気にならんな」

「俺も」

 一年の頃からずっとそうだったので、気にするだけ時間の無駄だと俺は思っていた。

「今泉君も、布教活動ご苦労だな」

「うちのクラスのね」

 人の事を悪く言いたくないが、ただガリ勉なだけでなく、成績優秀者に嫌味を言う事が多い人物なので、かがみもあまり彼の事は好きではなかったのだ。

「ああ、そうだ! 今泉君に伝言。彼がベタ惚れだった久美子ちゃん。向こうの高校で、彼氏が出来たってさ」

「何で知っているの?」

「彼女の通っている高校に、中学の時の友達がいてさ。昨日、メールで教えてくれたんだよ」

「そんな事、言いたくないわよ」

 余計な事を言って、また嫌味でも言われたらつまらないので、そんな事は絶対にゴメンだと思うかがみであった。

「知らせないで、夢を見させておくか? でも、元々彼に望みは無かったからなあ」

「あんたも、何気に酷いわね」

「そうか? 俺、陰口とか叩かれても、呼び出しとかしてないじゃん。優しくない?」

「それは、優しいの?」

「優しいだろう。本来なら、タコ殴りだぜ」

「あの・・・・・・。拓海君」

 そんな話をがかみとしていると、今度は妹のつかさに話しかけられる。

「どうしたの? つかさ」

「あのね……。私、この前お父さんに携帯電話を買って貰ったの」

「それは、良かったな」

 つかさは、自分のバックから嬉しそうにピンク色の携帯電話を取り出していた。

「うん。それでね。拓海君の番号とメールアドレスを教えて欲しいなって」

「いいよ」

 俺は、自分の携帯電話をポケットから取り出すと、すぐに赤外線送信のメニューを開く。

「赤外線受信にして」

「えっ? それって何?」

 つかさは、携帯電話のボタンを色々と押しながら、あたふたとしていた。 
 どうやら、まだ携帯電話を使い慣れていないようであった。

「拓海。つかさは、ちょっと機械オンチだから」

「そうなのか。えーとね。ツールのメニューに入っていると思うんだけど……」

「うん……。あっ! あったよ、拓海君!」

「それを押して、こちらに携帯を向けて」

 次に、つかさに赤外線送信の方法を教えて、お互いの番号とアドレスの交換は無事に終了する。

「へえ。便利なんだねぇ。後でメールするね。拓海君」

「俺も、返事を出すよ」

 二人の間にほのぼのとした空気が広がるが、それを妨害するのは勿論この女であった。

「あれれーーー。かがみんは、番号の交換をしないのかな?」

「別に、私は、拓海にメールなんてする事ないし……」

「本当かなぁ?」

「こなた。プライベートな事なんだから、無理強いするな。それよりも、お前! この前、人の番号とアドレス聞いといて、何で確認のメール一つ寄越さないんだよ!」

 俺は、自分が携帯の番号とアドレスを聞いた癖に、その後連絡一つ寄越さないこなたに抗議の声をあげる。

「いやあ、色々と忙しかったり面倒でさ。それに、私って携帯持ち歩かないし」

「携帯の意味ねえよ!」

 俺がこなたにツッコミを入れていると、またかがみに話しかけられる。

「つかさの事だから、トラブルがあるといけないから、念のために聞いておいてあげるわよ。別に、私はメールなんてしないわよ」

 かがみは、そう言いながら自分の携帯電話を取り出していた。

「念のためねぇ……(しかし、何というツンデレ……。やばっ! 俺は、智之の影響を!)」 

「あのう。いい機会ですから、お互いに聞いていない人と番号交換をしておきましょう」

「さすがは、みゆきさん。意見がとっても建設的だ」

 その後、メンバー唯一の癒し系にして知性派のみゆきの提案により、各々が番号とアドレスを交換する。

「しかし、あれだねぇ。私達以外に、女性の名前が四人だけ。男は五十人以上登録されているのに」

 こなたはいつの間にか俺の携帯を奪っていて、素早くアドレス欄のチェックを始めていた。

「お前ね。人の携帯を勝手に覗くなよ」

「何か、都合の悪い物でもあるのかな? さては、他の女からのメールか? または、出会い系サイトへの登録か?」

「勝手に言ってろ! 別に無いけど、男からのメールなんて素っ気ないぞ」

「合コンの誘いとかはないの?」

「あるか! そんなもの!」

「寂しい青春だねぇ……」

「ゲーム世界の住人のお前に、言われたくねえよ……」

 同じく、恋愛経験皆無のこなたには言われたくないと感じた俺であった。
 
「ちなみに、智之なら沢山登録されているぞ」

「前に見た。ほとんど着信拒否なのが笑えるけど」

 女性の第一印象が神レベルの智之は、女性に携帯電話の番号やアドレスを聞かれたり教えて貰う事が多いのだが、全て最初のデートで台無しにしてしまい、その後は連絡すら不能という事が多かったのだ。

「去る者は追わずさ」

「じゃあ、消せよ」

「拓海君。その登録されている女性って?」

「姉二人と、お袋と、智之のおばさん」

 つかさは、余計な心配をしているらしい。
 だが、安心して欲しい。
 俺は、彼女いない暦年齢であったからだ。

「でも、智之のおばさんが、拓海に用事なんてあるの?」

「緊急用と、智之の居場所をたまに聞かれる程度かな?」

「ふーーーん」

 俺の返答に、かがみは素直に納得する。

「でもさ。この携帯。バッテリーがヤバくない?」

「そろそろ買い替え時期なんだよ。中学の頃から使っているから」

「でも、そんな簡単に携帯なんて替えられるの?」

「今は、高いからなあ……」

 以前なら、少し古い機種を選べばさほど高く無かった携帯の更新も、今はなかなかに高価になっている。
 正直なところ、高校生の小遣いだけでは辛いものがあった。

「バイト代で足りるかな?」

「あんた。バイトなんてしているの?」

「臨時のね。うちの神社が忙しい時に、親父と交渉して雑用とかするんだよ」

「拓海君の家って、神社なんだよね?」

 つかさは、少し焦っていた。
 最初は、自分の方が拓海と良く話をしていたのに、それなりに全員が話すようになると、同じテンポで話をするかがみと拓海がいつも皆の会話をリードするようになり、二人がとてもお似合いのように見え始めていたからだ。

「かがみとつかさの所もだろう?」

「うちは、あんたの所ほど大きくないから」

「うちだって、地元密着の普通の神社だぜ。伊勢神宮とかじゃないんだからさ」

「でも、私達だって、臨時の手伝いなんて年末年始くらいよ」

 かがみの感覚では、神社という場所は年末年始くらいしか忙しいイメージが無く、普段はたまに姉が手伝うくらいであった。
 しかも、その姉も普段は会社勤めをしていて、空いた時間に手伝っている程度であったのだ。

「本業じゃないもの。ゴールデンウィークに、地元で祭りをやるんだよ。それで、うちが場所貸しをするの。祭たって、地元の商店が出店を開いたり、農家が産直販売したりとかだけどね。でも、駅に近いから、結構お客さんが来るんだよ。去年から、的屋も店を出すようになったし」

「へえ。面白そうね」

「遊びに来るか?」

「そうね。どうせ、こなたが宿題写しに来るくらいだろうし……」

 がかみは、この学校ではかなりの成績上位者であった。
 なので、少し学業成績に難のあったこなたとつかさに宿題を見せる事が多かったのだ。

「つかさも、おいでよ」

「うん」

 俺は、自分の不手際を呪っていた。
 普通、こういう時は、最初につかさに声を掛けるべきなのだが、なぜか自分は最初にかがみに声を掛けてしまうのだ。
 野心が無いだけに、逆に話し易いというのが良くないらしい。

「こなたは、どうするの?」

「来るだろう。バイトは、智之も一緒にやるから」

「あんた達、家が近いのよね?」

「目と鼻の先にあるよ。うちのお袋と智之のおばさんは、ここのOGで同級生同士だったし、智之のおばさんは、うちで帳簿付けのパートをしてるし」

 俺とかがみが会話を続けている横で、智之とこなたは、また二人だけでオタク談義に花を咲かせていた。

「えっ! ○ヴァのライターって、オイルジッポ以外にあるんだ!」

「パチンコの景品だからな。新装の時に貰えるお店で並んだり、余り玉で交換するしか入手手段が無いんだよね。後は、ヤフオクで?」

「うーーーむ。最近のパチンコ屋には、限定グッズと萌えが存在するのか……」

「アニメの台とか多いからな。それに、オリジナルの萌え台とかあるし」

「欲しいよお。そのライター欲しい!」

「やるよ。それとね……」

「おっ! ○クエリオンのライター!」

「前に、CMでやってただろう?」

「あなたと合体したい!」

「あれは、一般人引くよな」



「いや。あんたらの方が、引くから……」

「でも、こなちゃん。楽しそう」

「共通の話題で盛り上がっていますね」

「智之もか。あいつ。今までオタクだったせいで、速攻でフラれる事が多かったからな。気にしていないように見えて、結構気にしてたのかも……」

 俺達が見ている事にも気が付かず、二人は楽しそうに話を続けるのであった。






「おーーーっす! 拓海」

「こんにちは。拓海君。遊びに来たよ」

「あれ? こなたは?」

「あいつは、所在不明。ゲームのやり過ぎで、ただの遅刻だと思うけどね」

「携帯に……。ああ。繋がらないのか」

「まともに、出た試しがないからね」

 ゴールデンウィーク中のとある休日、俺は自分の家の神社の境内で行われる祭の手伝いに借り出されていた。
 これは、地元の自治会や商店街が数年前から行っているもので、開催場所と時期が良かったのか、毎年お客さんが増えて地元を潤わせるようになった、今では必要不可欠なお祭であった。
 開催会場が、糟日部駅に近い我が実家《糟日部大社》なので、県内の他の地域や、一部都内からもお客さんが来るようになったのだ。

「ところで、智之は?」

「ああ。あそこ」

 我が家は、何かを売るような事はしなかったが、臨時の迷子センターやら、無料で冷たい麦茶を配るなどのサービスを自治会の人達としていたので、俺と智之はそこのお手伝いをしていたのだ。
 そして、俺の視線の先では、智之が無料の麦茶をおばさん達に配っていた。

「人気あるのね。智之」

「見た目は最高だからな。おばさんやおばあさん連中にファンまでいるんだ。だから、俺よりバイト料高いんだよね」

 暫くすると、そこに遅れて来たのであろう。
 こなたがフラリと現れ、智之から冷たい麦茶を貰っていた。

「お嬢様。お帰りなさいませ」

「セバス。ご苦労」

「拓海君。あれって?」

「さあ? 付き合い長いけど、たまにディープ過ぎてわかんないからな」

 俺達の前では、こなたと智之のおかしな小芝居が展開されていた。

「セバスは、いつから我が家の執事をしているの?」

「はい。お嬢様。お嬢様が生まれる前からでございます」

「いや、お前ら同じ歳だろう」

 かがみは、一応はツッコミを入れておく事にする。

「セバス。後で遠出に出かけたいの。パトリシアは、元気かしら?」

「はい。準備は万端に整っております」

「さすがね。セバスは」

「いえ。これが、私の仕事でございますれば……」

 いつまでも放置しておくと永遠にやっていそうなので、とりあえず止めに入る事にする。

「お前ら、何やっているの?」

「ヤフぅーーー。拓海。執事喫茶ゴッコ」

「執事喫茶?」

「メイド喫茶の逆バージョンだよ。池袋の乙女ロードにあってさ。メイドじゃなてく、執事が出迎えてくれるの」

「そんな所、あるんだ」

 かがみは、執事喫茶に少し興味が出たらしい。

「行きたい?」

「別に……」

「もう、かがみんは、素直じゃないんだから。智之が行きたいらしいから、今度一緒に行くんだけどね」

「この前、テレビで見てさ。興味あったんだよ」

「なあ。お前ら、それって……」

 俺は、『それって、デートなんじゃないの?』という言葉を懸命に呑み込んでいた。
 最近、二人はお互いに楽しそうなので、邪魔するだけ野暮だと思ったからだ。
 それに、ただの友達付き合いだという説も否定できなかった。
 
「こんにちわ、みさなん。本当に、賑わっているんですね」

「みゆきさん。わざわざ悪いね」

「いえ。ちょうど空いている日でしたし、お祭、楽しそうですから」

 この中で唯一都内在住のみゆきさんだったので、俺は、『もし、都合が良ければ……』と声を掛けていたのだ。

「これで、全員揃ったな。智之。抜けようぜ」

「そうだな」

「拓海君。大丈夫なの? お仕事しないで」

「ただの手伝いだからさ。人員に余裕があるんだよ。それに、事前に言ってあるし」

 俺は、近くで麦茶を配っていたお袋に、友達を案内するので抜ける旨を伝える。

「じゃあ。そういう事で」

「へえ、女の子が四人か。意外とやるようになったわね」

「母親として、他に言う事ないのか?」

「そうね。将来の義娘候補に、挨拶くらいはしておくかな」

 何か企むような笑みを浮かべたお袋は、俺と一緒にかがみ達の元へと移動して挨拶をする。

「「「「こんにちわ」」」」

「こんにちわ、拓海の母の洋子です。今日は、可愛らしいお嬢さん達ばかりで、おばさん嬉しくなっちゃうわね」

「「「いえ。そんな……」」」

 お袋に可愛いと言われて少し照れた風なかがみ達は、すぐに順番に自己紹介を始める。

「柊……。ああ、鷹宮神社のお嬢さん達ね。柊さんは、お元気かしら?」

「はい、あの父をご存知なのですか?」

 かがみは、自分の父親とうちのお袋が知り合いである事に、少し驚いていた。

「神社とか神道関係って、意外と狭い業界なのよ。それに、この地域では同業者の集まりが定期的にあるから、たまに顔を会わせるのよ。でも、柊さんはお嬢さんが四人もいていいわね。どなたか、うちにお嫁さんに来てくれると嬉しいんだけどな」

「いっ! お袋! 手伝いに戻れよ!」

 俺はお袋の話を強引に終了させてから、その背中を押し始める。

「ねえ。拓海」

「何だよ?」

「どの子?」

「答える義務はない……」

 そんな事を知られて、更に弱みを握らせまいとする俺であったが……。

「つかさちゃん?」

「……」

「図星か。私が、何年拓海の母親をやっていると思う? あなたの好きな女の子のタイプなんて、簡単、簡単」

 この常に軽い口調で、とても神職の資格を持っているようには見えない母親に、全く頭が上がらない俺であった。 





「すまんな。あのように軽い母で」

「私は、面白くて好きだけどな」

 つかさの言葉に、俺は涙が出る思いであった。

「そう言っていただければ……」

 その後、俺達は様々なお店を回りながら祭を楽しんでいた。

「そろそろお昼か。どうする? 拓海君」

「昼飯になりそうな物を買って、家で食べるか。他に冷蔵庫を漁れば、何かあるかもしれないし……」

 祭なので、屋台はお好み焼きとかたこ焼きしか無かったのだが、自治会の有志が地元の野菜を使った豚汁を出していたのを思い出したので、それを買って行く事にする。

「おっ! 拓海が女の子を連れてるよ。珍しい! というか、初めて?」

「そういえば、いたよな。姉貴」

 豚汁の売り子をしていたのは、嫁に行って実家から少し離れた場所に住んでいる上の姉の和美であった。
 今年二十四歳で、ショートカットが特徴のなかなかの美女ではあったのだが、やはり母親の遺伝の影響をモロに受けていて、日頃の言動はかなり軽めであった。

「こんにちわ。○ヤさん」

「智之。あんた。そんな事ばかり言っているから、彼女が出来ないのよ」

 智之は、姉貴が○ヴァの○吹○ヤに似ていると常日頃から言っていて、姉貴の事を○ヤさんと呼ぶのが習慣になっていたのだ。
 だが、弟である俺に言わせれば、髪形以外はさして似ていないと断言できた。

「姉貴。義兄さんは?」

「買い出しよ。去年以上の売れ行きで、材料が足りなくなったのよ」

「姉さん。割り箸の追加」

「サンキュー。明美」

「おっ! 拓海が、女の子連れてるよ! 珍しい! 雪でも降りそう」

「姉妹して、失礼な……」

「こんにちわ。○サトさん」

「智之……。あんたねえ、その癖を治さないと永遠に独り者よ」

 続いて、下の姉である明美が登場する。
 彼女は、上の智之の発言を見てわかる通りの髪型をしている、同じくソコソコの美女であったが、やはり母の影響により、かなり日頃の言動が軽い女であった。

「拓海にしては、なかなかに粒揃い……。おっ! この子。可愛いーーー」

 そして、我が姉明美には、困った癖が存在していた。
 
「おわっ! お姉さん! その着痩せし過ぎな膨らみを押し付けないでください!」

 小さくて可愛い女の子を、ヌイグルミのように抱きしめるのが大好きであったのだ。 
 だた、別に彼女は同性愛者というわけでもなかった。
 同じ大学の同級生と、普通に付き合っていたからだ。
 勿論、その同級生は男であった。

「この子。誰の妹さん?」

「いえ……。同級生です」

 明美は、こなたを、かがみ達の中の誰かの妹だと勘違いしていた。

「いいなぁ。この子、可愛くて。そうだ! 今年の年末年始に、うちにバイトにいらっしゃい。巫女服着せてあげるから」

「ううっ! 巫女服着たい」

 こなたは、かなりハイテンションな明美に珍しく引いていたが、巫女服の誘惑には勝てなかったらしい。
 素直に自分の感情を口にする。

「でしょう。父さんと母さんに頼んで、コネで押し込んであげる」

「やったーーー!」

 こうして、俺の預かり知らぬところで、年末年始にこなたがうちの神社で巫女のバイトをする事が決まったのだが、こなた自身がとてもに嬉しそうなので、特に気にしない事にする。

「いやーーー。かがみんとつかさが、巫女のコスプレしてるのを見ていて、私も着てみたかったんだよね」

「コスプレじゃねえよ!」

 実家の手伝いをコスプレ扱いされたかがみは、こなたに鋭いツッコミを入れる。

「ああ。この子達なんだ。鷹宮神社の娘さん達って」

「はい。柊かがみです」

「柊つかさです」

 明美は、がかみとつかさを見て、意味あり気な笑みを浮かべていた。
 そして……。

「「私達、絶対に神社継ぎたくないから、どちらか上手くお嫁さんにするのよ」」

 他の誰にも聞こえない小さな声で、俺は和美と明美の二人の姉に、しっかりと念を押されてしまうのであった。







「しかし、珍しいわね。あんたが、引くなんて」

「お姉さん。テンション高過ぎだあ。でも、あの胸は羨ましいなあ。E? いや、Fは余裕で……」

「その親父発言は、やめなさいよ」

 適当に昼食を購入した俺達は、神社の隣にある俺の家で食事を取る事にする。
  
「ふぇーーー。広いんだあ」

 自分達だけで使うわけではないのだが、一応8LDKもあるので、初めて来る人には豪邸だと思われてしまう我が家であった。

「下には、事務所もあるからね」

「うちには、そんな物ないわよ」

「副業として、多少の賃貸業も営んでいるからね。他にも、地鎮祭や結婚式の依頼や打ち合わせをする応接間とかさ」

「あんた。金持ちね」

「それは、誤解だ。俺は金持ちじゃない。親父が金持ちなんだ」

 持っている鍵でドアを開け、キッチンとその隣にある居間に移動すると、そこで買って来た物を広げて、少し遅めの昼食を撮る事にする。

「鍋に豚汁があるから、別にで買わなくいてもいいって姉貴が言ってたな」

「拓海君。私が温めるよ」

「でも、お客さんに悪いし……」

「拓海は、女の子絡みだとKYだねえ……」

「うっさいぞ! こなた!」

 確かに、つかさが相手だと気恥ずかしくて色々と上手く行かない俺であったが、なぜか、それをこなたに言われると腹が立つ俺であった。

「つかささんは、こういう事がお得意ですから、お任せした方が宜しいかと……」

「それもそうか。考えてみたら、俺って家事とか全然駄目だからな。つかさ、お願いね」

「任せて。拓海君」

 つかさは、キッチンで鍋に入った豚汁を温め始め、俺の長ネギの場所を聞いてそれを刻み始めたりと、女の子らしく甲斐甲斐しく動き始める。

「拓海。お嫁さんにしたい?」

「(お前こそ、空気読めよ! というか、今俺に聞くなよ!)」

 こなたの質問を無視していると、つかさの食事の準備は無事に終了し、やっと昼食の時間となる。

「「「「「「いただきまーーーす!」」」」」」

 みんなでお昼ご飯を食べていると、玄関のドアが開く音がして室内に俺の親父が入って来る。
 どうやら、親父も昼飯を食べに戻って来たらしい。

「お客さんか……」

「「「「こんにちは」」」」

「始めまして。拓海の父です」
 
 今年で五十歳になる俺の親父は、外見はいかにも神職者といった趣の男であった。
 正直、第一印象は少し怖くて、若い女の子は引いてしまうタイプだ。
 現に、あの強気なかがみでさえ、少し硬い態度で親父に自己紹介をしていた。

「柊さんの娘さんか。お母さんに良く似ているね」

「母をご存知なんですか?」

「何度かお見かけした事があってね。挨拶くらいしかしていないが……」

「そうなんですか(探せ! 何か会話を探せ!)」

 かがみは、自分の父とは違う、威厳の塊といった俺の親父にかなり苦戦しているようであった。

「あのう。お昼ご飯は、もう済ませましたか?」

「それを食べに来たのだが、母さんや明美はいないようだな」

「私、準備しますね」

「(つかさ! ナイスだ!)」

 俺の親父と話す事が無くて困っていたつかさは、キッチンでご飯の準備を開始し、かがみは心の中で妹の機転を賞賛していた。

「拓海。お前、お客さんに食事の準備をさせているのか?」

「いや、俺には無理だからさ。親父こそ自分でやれよ」

「私も、料理は苦手だからな」

「というか、出来ないじゃん」

 俺と親父の料理のスキルは最低だ。
 元々才能が無いのと、日頃から何もしていないので、出来ない物はどう頑張っても出来なかったのだ。

「気にしないでください。私、こういう事が好きですから。拓海君、冷蔵庫に何品かおかずが入っているよ」

「それが、親父の昼飯だな」

「温め直すね」

 つかさは日頃はおっとりとしていたが、料理となると話は別らしい。
 いつもとは違い、手際良く素早く食事の準備をしていた。

「お待たせしてすいません」

「いや。とても美味しそうだ」

 つかさは、ただ料理を温めるだけでなく、少し彩りに野菜を添えたり味の調整を行ったらしい。
 出来上がった物は、いつものかなり大味のお袋や姉さん達の料理が基本とは思えない、美味しそうな料理であった。

「いただきます」

 親父は、さして表情を変えずに食事を取っていたが、その箸の進み具合からして、かなりその味を気に入っていると思われた。

「ごちそうさま。とても美味しかった」

「いえ。温めただけですから」

 その後、親父は先に祭の会場に戻るために席を立ったが、その際に俺と智之を玄関先まで呼び出していた。

「拓海」

「何?」

「手伝いは、最後の片付けだけでいい。それまでは、お友達をちゃんと案内してあげなさい。智之、お前もだぞ」

「了解」

「小父さん。話せるなぁ」

 うちの親父は、あまりに付き合いが長いので智之を俺の双子程度の感覚で見ていて、他の友達のように《君》付けでは絶対に呼ばなかった。

「それとな、拓海」

「はい?」

「どの子なんだ? お前の本命は? 合法的ロリか? ツンデレツインテールか? 癒し系巨乳眼鏡っ娘か?」

「親父……」

「つかさちゃんが、義娘になってくれると個人的には嬉しいんだけどなぁ。料理美味しかったし」

「……。早く、会場に戻れ!」

 仕事中や初対面の人には厳つい表情を見せる親父であったが、それは少し剥がれにくいメッキ程度の力しかなく、実際の彼は、我が家の《人間が軽い》という遺伝子を一番受け継いでいる人物であった。

 



「拓海の親父さん、怖っ!」

「あんたねぇ……。そんな事を、大きな声で言うんじゃないわよ。まあ、それは私も感じたけどね」

「外見は拓海さんに似てますけど、威厳のあるお父様ですね」

「うちのお父さんとは、一味違うよね。でも、私は良いお父さんだと思うけど」

 幸いにして、この四人ではまだ親父のメッキは剥がせないようであった。






「さてと、午後からどうする?」

「俺は、フリマ行くわ」
 
 昼食時間終了後に家を出ると、智之は俺達とは別行動をする旨を伝える。
 祭の会場で行われているフリーマーケットを覗きに行きたいらしいのだ。
 正直、先ほどの親父の話を聞いているとは思えない自分勝手さであった。

「智之。何か欲しい物でもあるの?」

「いい加減、放映から時間が経っているからな。かつての○ヴァバブル期に出た限定グッズやレアグッズが、格安で手に入る可能性が
あるんだよ」

「一般家庭の人が、そんな物を売りに出すの?」

 かがみの疑問は、もっともな事であった。

「UFOキャッチャーの景品とかだよ。あんなの、時間が経てば普通の人にはゴミじないか。無料みたいな値段で、当時諦めていたグッズが手に入る可能性があるのさ」

「私も、行く!」

「うっ! ライバルが増える!」

「智之。親父は、『友達を案内しろ』って言っていたよな」

「仕方が無い。こなた、ちゃんと付いて来いよ」

「あいあいさーーー!」

「古っ!」

 何のかんの言いつつも、二人は仲良くフリーマーケット会場へと移動を開始する。

「それで、私達は……「私。ちょっと欲しい物がありまして。かがみさん。お付き合い願えますか?」」

「えっ? 私だけ?」

「ええ。お恥ずかしいのですが、これは女性同士の秘密という事で、拓海さんにはご遠慮いただきたいのです。ですが、拓海さん一人では先のお父様との約束を守れないでしょうから、つかささんとご一緒いただくという事で。では、参りましょうか。がかみさん」

「でも、私は、その……」

 かがみの抗議も虚しく、みゆきはかがみを引きずるようにして、俺達の前から姿を消してしまう。

「ゆきちゃん。お姉ちゃん」

「どうせ、後で合流するだろうから、二人で遊びに行かない?」

「……うん」

 俺は、みゆきさんの好意にただ感謝するばかりであった。





「ちょっと、みゆき! いきなり、何なのよ!」

 みゆきの『欲しい物がある』という言葉は、もちろん嘘であった。
 みゆきは、ただ拓海とつかさを二人きりにしてあげたくて、かがみを二人の視線の外に引っ張り出しただけなのだ。
 
「あのお二人は、お似合いだと思うんです。だから、時に見守るのもお姉さんの仕事だと思うんですよ。当然、お言葉の意味は理解できていますよね? かがみさん」

「まあ。あの二人を見ていれば、おのずと理解できるけどね」

 かがみは、自分の妹が拓海に気がある事など既にお見通しであった。

「つかささんは、焦っていたんですよ。かがみさんに」

「えっ? 私に?」

「はい。拓海さんと先に仲良くなったのはつかささんなのに、今ではかがみさんの方が良くお話ししますし」

「そう言えば、そうだ……」

 最初は毛嫌いしていたのに、いざ仲良くなると拓海と一緒に話すのが面白くなっていたのだ。
 拓海は頭の回転が早いらしく、受け答えが軽快で話題も豊富だったからだ。

「でも、拓海は、私をそういう目で見ていないわよ。私も、そうだし……」

「かもしれませんが、半年後はどうですか? 一年後は?」

「うっ! 保障ができない……」

 自分と拓海が、恋人同士になって付き合い始める。
 面白い奴だし、背も高いし、顔も智之ほどではないが悪くない。
 いや、悪くないどころかかなり良い方の部類に入る。
 もし、告白されたら断る自信が無かった。
 それに、これから先、自分の方が好きになってしまうかもしれないのだ。

「絶対につかささんに譲りたくないのなら、私はお止めしませんけど、つかささんは、絶対に拓海さんの事が好きですよ」

「あいつもね」

「ええ。お嫌ですか?」

「うーーーん」

 自分とつかさは、自分が数十分早く生まれたがために、自分が姉となった。
 姉に生まれたからには、妹に頼られる存在になろうと努力し、今まではそれに十分答えて来たつもりだ。
 実際に、つかさはちょっと慌て者でおっとりした部分があったので、半ば保護者代わりのような存在だったのかもしれない。
 そのつかさに好きな男の子が出来て、自分なりに懸命に努力している。
 応援するのが姉として当然だし、応援したい気持ちは十分にあるのだが、心の奥に何かモヤモヤとしたシコリのような物を感じていたのだ。

「複雑ですよね。色々な意味で」

「そうね。でも、応援してやらないと行けないのよね。でも、大丈夫かしら?」

「大丈夫ですよ。実は、私。つかささんって、凄いと思うんです」

「どうして?」

「確かに、頭が物凄く良いとか、運動神経が良いとか、リーダーシップがあるとか、そういう目に見える部分では、さほどではないと思うんです。でも、かがみさんとこなたさんが出会ったのも、私とこなたさんが出会ったのも、つかささんのおかげではないですか。それに、智之さんと拓海さんも」

「こなたは、ちょっと微妙だけどね」

 確かに、みゆきの言う通りであった。
 助けて貰ったのに、周りの風評を気にして関わり合いになるべきでは無いとつかさに忠告したのに、つかさは決して自分の考えを曲げなかった。
 結果はつかさの方が正しく、あの二人は優しく面白く良い奴らであった。
 自分が人を見る目が無く、つかさが人を見る目があっただけの事なのだ。
 もしかしたら、今まで何でもつかさに勝っていたので、少し悔しかったのかもしれない。
 それでもつかさは、無条件で自分を姉としてこれからも慕って来るであろう。
 自分が、下らない事を考え過ぎるのだ。
 そして、拓海はそういう部分をキチンと見て、つかさの事が好きなのであろう。 

「妹に、先を越されるのか……」

「それどころか、こなたさんにも。私も、正直複雑です。お恥ずかしながら」

「智之とこなたは、仲良すぎて誰も入り込めないしね」

「私としましては、男性の友人が出来ただけでも良しとしたいのですが……」

「しゃあない。二人して、見守りますか?」

「そうですね。では、早速参りましょうか?」

「尾行するの?」

「はい。お恥ずかしながら、大変に興味がありまして。それに、後に参考としたいので」

「それは、同感だけどね……」

 かがみは、みゆきが意外と狡猾である事を、この時初めて知ったのであった。






「へえ。智之君って、最初だけ女の子に人気あったんだ」

「入学後、わずか数ヶ月間だけだったけどね。初デートで、○ニメイトとかに普通に行くから」

「それは、ちょっと……」

「本人は、『俺が好きな所に行って、何が悪いんだ?』って感じで、特に反省しないしね。物凄くマイペースなんだよ。あいつ」

 かがみとみゆきの謀議の内容など知る由もない俺達は、二人で祭会場を歩きながら話をしていた。
 既に一回まわっていたので、一緒にリンゴ飴を食べながらお互いの事を話していたのだ。

「でも、友達なんだよね」

「ずっと近所だったからさ。一緒にいるのが自然な状態になっていたんだよ。それに、不思議とクラスは毎年同じなんだ。腐れ縁なのかな?」

「兄弟みたいだね」

「かもね。あいつは一人っ子だし、俺は姉貴達しかいないから」

「そういえば、拓海君って、和美さんの事は姉貴で、明美さんの事は姉さんって呼ぶよね?」

「姉貴の方が偉そうだからって理由で、そういう決まりになったんだよね。あの軽い姉達だから、適当に決めたんだろうけど……」

「おーーーい! 拓海!」

 二人で色々な話をしながら歩いていると、俺はとある出店の店主から声をかけられる。

「ジンさんか。お客さんいないの?」

「まさか。大儲けとは行かないけど、去年より好調だよ」

 俺は、顔見知りのアクセサリー屋さんに声をかけられていた。
 彼は、通称《ジンさん》こと、陣内俊樹という名前の、神社の近くの商店街でオーダーメイドアクセサリーのショップを開いている人であった。
 今年二十五歳で、実家は商店街で代々文房具屋をやっているのだが、芸術家志望だったジンさんは美大に進学し、卒業後店を継いで欲しいと願う両親と妥協して、文房具店の一角にオーダーメイドアクセサリーのショップを開業していた。
 手頃な値段で、世界に一つのアクセサリーを。
 この手のお店は全国各地にあるらしいが、ジンさんのお店はかなり成功している方であった。
 オリジナルのアクセサリーをデザインして、自分の芸術家魂を満足させ、売り上げ的にかなり厳しかった文具店まで救う。
 大成功であろう。
 そして今日も、事前に作って来たアクセサリー類が結構売れたらしい。
 既に、店頭にはあまり商品が残っていない状態であった。

「拓海。可愛い子じゃないか」

「ジンさん……」

 俺は、知り合いにつかさと二人でデートっぽい事をしてるのを見られて赤面し、つかさも同じように顔を赤くさせて下を向いていた。

「せっかくのデートなんだから、記念に一つどうだ?」

「ジンさん。恥ずかしいから、あまり大きな声で言わないでくださいよ」

「ふーーーん。デートである事は、認めるんだな」

「いやですね……」

 個人的にはそう思いたいのだが、つかさの方がどう考えているのかわからなかったので、《デート》という単語を彼女の前で言って欲しく無かったのだ。

「記念に一つどう? ここで、女の子に気前良くプレゼントするのも男の甲斐性だぜ」

「商魂逞しいですね。ジンさん」

「芸術には、金がかかるのさ。これなんて、かなりお勧めだぜ」

 ジンさんは、俺にシルバーリングを一つ見せる。

「さすがだな。ジンさん。これって、カエル?」

「そうだよ。デザインにちょっと苦労したけどね」

「うわぁーーー。可愛い。このリング」

 好きな漫画がケロ○軍曹であるつかさは、そのカエルをディフォルメしたシルバーリングが気に入ったようであった。

「いくらなの? それ」

「12,800円」

「やっぱり、高いね」

 普通の高校生である俺やつかさにとって、約一万円のリングはかなり高価な品物であった。

「目の部分に青い宝石が入っているけど、それにしては安くない?」

「アイオライトっていう宝石だ。小さいから安いんだよ、それ。まあ、宝石といってもピンキリって事だな。一万円にまけてやるから買っとけよ。お買い得だぜ」

「うーーーん」

 俺は、思わず考え込んでしまった。
 俺の実家はかなり裕福であったのだが、俺自身はと言えば、決まった額の小遣いで生活している普通の高校生にしか過ぎない。
 なので、新しい携帯電話の購入を考えている現在、一万円はかなり度胸のいる出費であった。

「拓海君。私達は高校生だから、もっと大人になってから買おうよ」

 つかさとしては、物凄く欲しかったのだが、やはり金額がネックになっているらしい。
 仕方が無いといった表情をしていた。

「よし。買おう」

 俺は、サイフから虎の子の諭吉を取り出すと、ジンさんに勢い良く手渡した。

「いいねえ。男だねえ」

「ところで、サイズは大丈夫なの?」

「大丈夫さ。俺は女性の手を見ただけで、その人の指のサイズがわかるんだよ」

「それって、微妙に変態入ってません?」

「厳しいな、拓海は。ほら、俺のアクセサリーは全てオリジナルで、一つとして同じ物が存在しないわけよ。だから、その女性の指のザイズを見分けてからお勧めしないと、時間の無駄になってしまうんだよな。はい」

 俺は、ケースに入ったシルバーリングをジンさんから受け取ると、それをつかさにそっと手渡した。

「今日の記念って事で」

「えっ! でも、こんなに高い物を」

「結婚指輪とかを考えると、かなり安いから」

「ジンさん。しょうもないチャチャを入れないでくれよ。これは、俺がつかさに付けて欲しいから買ったんだよ」

「拓海君……」

「付けてやれ。付けてやれ」

 ジンさんが、またしょうもないチャチャを入れて来る。
 どういうわけか、俺の周りには、このように非常に軽い性格の人間が集まってしまうのだ。

「えーーーと。貰ってくれるかな?」

「……。うん。喜んで」

「付けてやれ。付けてやれ」

「それじゃあ、ジンさん」

「人のいない所がデフォだぞ(それと、拓海は気が付くまい。アイオライトの宝石言葉が、初恋である事を……)」

 俺達は、ジンさんのお店を後にする。
 時刻は夕方となり、残り僅かとなった祭の会場は、去年とは比べ物にならないほどの混雑ぶりであった。

「拓海君」

「つかさ、大丈夫?」

 俺は、咄嗟につかさを見失わないように彼女の手を握り、そのまま神社の境内の裏手へと移動を開始する。

「拓海君。ありがとう」

「いやっ! その……」

 咄嗟に手を繋いでしまった俺とつかさは、またお互いに顔を赤くさせてしまう。

「えーーーと。じゃあ、リングを……」

「うん」

 俺は、ケースからシルバーリングを取り出すと、そっと彼女の右手の薬指にそっとはめる。

「本当に、ぴったりだ」

「やっぱり、綺麗だね。拓海君。ありがとう」

 つかさの笑顔を見ただけで、俺は彼女にプレゼントをして心から良かったと思っていた。
 携帯電話は、毎日充電を欠かさなければ良いだけの事だし、数ヶ月小遣いを貯めれば済む問題だったからだ。

「あのさ、つかさ。明後日なんだけど、予定とかある?」

「明後日は、暇だよ。拓海君」

「俺もだよ。それで、もし良かったら一緒に映画でも行かない?」

「映画いいよね。私も行きたいな」

「じゃあ、一緒に行こうよ。後で詳しい待ち合わせ場所とか時間をメールするからさ」

「うん。楽しみに待っているね」

 俺は、つかさをデートに誘えた嬉しさで胸が一杯であった。

「(第一段階は成功だ。頑張ったな。俺。よし! 今日の夜に今公開中の映画と、上映時間のチェックを!)」

 ところが、その嬉しさの余韻は、僅かな時間しか保たなかった。
 俺の視線の先で、こちらの様子を伺っている複数の視線を感じたからだ。

「取りあえずは、高感度アップだね。普通なら、ここで絵が出る所だね。アルバムで、後で拝めないのが残念だけど……」

「拓海インつかさルートか……。こなた。携帯でパシャっと撮るか?」

「いいね。それ」

 フリーマーケットで何やら成果があったのか、両手に紙袋を持った智之とこなたが、意味不明な事を口走りながらこちらの様子を伺っていたのだ。

「おい! お前ら!」

「えっ! こなちゃん! 智之君!」

 折角の二人きりの時間が全て台無しであった。
 更に、これまでの二人の会話を、全て聞かれていたのかもしれないと思うと、恥ずかしさで逃げ出してしまいたい気分であった。

「いやーーー。青春だね。ロマンスに無縁な我らに、初の恋愛要素だ」

 確かに、こなたの言う通りであった。
 なかなかに粒揃いな女の子が四人もいるのに、誰一人として恋人がいる人が存在しなかったからだ。

「なら、邪魔するなよ」

「それがさ。私達だけじゃないんだよね」

「はあ?」

 こなたが、俺と視線を逸らして別方向を向いたので、俺もそちらに視線を遣ると、そこにはこちらの様子を伺っているかがみとみゆきさんがいた。

「かがみと、みゆきさんもなの?」

「私はつかさの保護者として、おかしな事になっていないか見守る義務があるのよ!」

「どんだけ、俺は信用無いんだよ……」

 かがみに、『つかさに、いきなり手を出すのでは?』と思われていた俺は、かなりショックを受けていた。

「すいません。お恥ずかしいのですが、とても興味がありまして」

 そこまでみゆきさんに、ハッキリと笑顔で言われてしまうと、何も反論できなくなってしまう俺であった。

「いやあ。今日は、非常に有意義な休日だったね。妹を想うかがみんに萌え、恋にとても興味のあるみゆきさんに萌え、フリマで予想外の限定グッズを格安で手に入れた私、グッジョブ! って感じかな?」

「こなたこそ、智之と一緒だったじゃないの?」

「……。そういえば、フラグ立たなかったね」

「何でも、ゲームに変換するなよ!」

 夕方の神社の裏庭で、今日もかがみのツッコミが冴えまくるのであった。





(数時間後、柊家の居間)

「見せて! 見せて!」

「うわっ! マジで高そうなシルバーのリング! いいなぁ。つかさ。いいなぁ」

 拓海の家の神社で行われた祭は無事に終了し、かがみとつかさは家路に着いたのだが、帰りの電車の中でもつかさは完全にうわの空の状態であった。
 かがみの話も禄に耳に入らず、いつ来るかもわからない拓海からのメールの返信をずっと待っていたのだ。
 そして、家に帰るや否や、拓海に貰ったシルバーリングを二人の姉に披露する羽目となっていた。
 目ざとい姉達に、ケースを見られてしまったからだ。
 その辺は、やはり少し鈍いつかさであった。

「でも、かがみは貰えなかったのよね?」

「まつりお姉ちゃん。今度、お姉ちゃんの彼氏紹介して」

「うっさいよ! かがみは!」

 今までのまつりに、そんな生き物が存在しない事は重々承知での嫌味だったので、かがみはまつりに大きな声で怒鳴られていた。
 柊家の四人の娘の内、今時点で彼氏という生き物が存在する人は誰もいなかった。
 一応はつかさは脈ありなのだが、まだ正式に告白された訳でもないので、まだこちら側の人間であろう。
 『いや、こちら側の人間であって欲しい!』と願うかがみ達であったのだ。
 それと、『いい年の独身の姉二人が、毎日一家で夕食を取っているってどうなんだろう?』と常日頃からかがみは思っていたし、『自分の将来も、姉達と同じ?』とか考えると、少し危機感も出始めていたのだ。
 この年頃の女性とは、なかなかに複雑であった。

「見た事のないデザインだね」

「拓海君の知り合いのお兄さんがデザインした、オリジナルのリングなの。カエルさんが可愛いでしょう? 私、○ロロ軍曹が好きだから」

「ショックだわ! 妹に先を越されるなんて……」

 長女のいのりには、深刻な問題であった。
 いくら普通の会社員をしつつ、神社の手伝いをしている忙しい身とはいえ、それを彼氏がいない理由にはしたくは無かったのだ。

「あら、綺麗なリングね。誰の物なのかしら?」

 四姉妹でガヤガヤとやっていると、ちょうどそこに買い物を終えた母と、神社での仕事を終えた父が居間に入って来る。

「つかさよ。ほら、例の神代君からのプレゼントで」

「つかさ、やったじゃないの」

 柊家の母みきは、自分には娘が四人もいるのにその手の話題が一切出て来ない事をいつも残念に思っていたので、素直につかさにお祝いの言葉を述べていた。

「でも……。別に、正式に付き合って欲しいと言われたわけじゃないから……」

「あんたねぇ……。気の無い女の子に、リングなんて普通は送らないから」

「あら。まつりは、一般論に詳しいわね。彼氏いないけど」

「いのり姉さんこそ、そろそろいないとヤバイ年齢じゃないの?」

「二人とも、醜い言い争いは止めなよ」

「かがみ。あんたも、私達と一緒なのよ」

「そうそう。あんた気が強いから、彼氏でき難いわよ」

「うっ! 色々と思い当たる節が……」

 いのりとまつりの指摘に、かがみは大きなショックを受けていた。

「それで、デートとかには出掛けるの?」

「デートかどうかはわからないけど、今度、一緒に映画に行くんだ」

「良かったわね」

 みきは、つかさの嬉しそうな笑顔を見て、自分も嬉しくなってしまう。

「それを、普通はデートと言わないか?(ああ。虚しいツッコミだなあ。これなら、まだこなた相手の方が……)」

 そして、妹に先を越されてしまったかがみは、心の奥に虚しさを感じていた。

「そうか。つかさが、男の子とデートに出かけるのか。うんうん、お父さんも歳を取ったわけだ。そうか、そうか……」

「お父さん。今、物凄くショックでしょう?」

 こうして、ゴールデンウィークのとある一日は、騒がしい内に無事終了するのであった。



[7786] 第三話 初デート頑張ります! 俺!
Name: アンディー◆be7b3392 ID:f7ef93f4
Date: 2009/05/15 23:02
(五月某日の朝、埼玉県糟日部駅のホーム内)

 遂に、俺が生まれてから人生初となる、女の子とのデート本番の日を迎える事となった。
 映画を見る場所は大宮駅前の映画館に決めたので、俺達はその中間点に位置する糟日部駅のホームで待ち合わせをしていた。

「拓海君。待った?」

「いや、全然」

 実際は早く来過ぎたので、構内の立ち食いソバ屋で時間を潰していた俺であった。
 朝食を食べて出る、精神的余裕が無かったという事情もあったのだが……。

「映画。楽しみだね。ところで、今日は何を見るの?」

「ええとね。今、CMでやっているホラー物を……」

「ええっーーーー!」

「あれ? 見た事あるの?」

「怖いのは、ちょっと……」

 俺はその時になって初めて、つかさがホラー映画や幽霊などの怖い物が大嫌いな事をるのであった。





「そうだな。じゃあ、後は……」

 俺は電車の中で、これから行く大宮駅前やその近辺の映画館で上映している映画の情報を、携帯サイトから探索し始める。

「拓海君、携帯電話替えたんだ」

「前のは、やっぱりバッテリーがヘタっていてね。例のバイト代も入ったという事で、昨日替えたんだ」

「へえ、そうなんだ。でも、拓海君。一昨日に、あんなに高い物を買ってくれたのに大丈夫だったの?」

「今までの蓄えとか、その他モロモロでね……」




 昨日の朝、俺はいつものように親父から祭の手伝いをした時のバイト代を貰ったのだが、封筒の中には普通ではあり得ない額のバイト代が入っていた。

『なっ! 十万って!』

『シィーーーっ! 母さんには、内緒だぞ』

『ああ……。でも、どうして?』

『デートで、金が無くてオタオタしていたら失敗の元だからな。それに、携帯も替えるんだろう?』

『親父……』

 家族の前では、かなり軽い性格をしている親父であったが、今日はその善意に大感謝の俺であった。

『初デートで、交通費以外で女の子に金なんて出させるなよ。俺だって、死んだジイさんにそう言われて、母さんとの初デートの時に金を工面して貰ったんだ』

 俺が小さい頃に死んでしまって、あまり記憶に無いお祖父さんであったが、そういう粋な部分も持ち合わせていた人らしい。

『ありがとう。親父。でも、一つ聞いていいか?』

『何だ? 拓海』

『俺が明日デートだって、どうして知っているんだ?』

『神の啓示かな?』

『それ、思いっきり嘘だろう』

 神職にあるとはいえ、その手の能力など皆無である俺の親父だ。
 きっと、昨日のつかさとのやり取りを、親父にまで覗かれていたという事なのであろう。

『昨日の見物料も兼ねている!』

『威張って言う事か!』

 やはり、見た目だけで中身は異常に軽い俺の親父であった。





「邦画が、○ゲゲの○太郎の実写版と、○京タワーか。洋画は、来週なら○パイダーマンの新作があったのにね。うーーーん。○ッキーファイナルか……」

 電車を降りて目的の映画館に到着した俺達は、入場券売り場の前で自分達が見る映画を選んでいた。

「○ゲゲの○太郎が、面白そう」

「一応、妖怪物だけど、大丈夫?」

「このくらいなら、大丈夫だよ」

 つかさは、自分の事を心配してくれる拓海に嬉しそうに返事をする。

「じゃあ、これにしようか」

「うん」

「すいません。学生二枚で」

「あっ! 私の分は自分で出すよ」

「つかさ。金が無い時は素直に言うから、最初くらい見栄を張らせてくれよ」

「ありがとう。拓海君」

「じゃあ、急いで良い席を取らないとね。ああ。コーラとポップコーンも必需品か」

「映画だと、なぜかその組み合わせになるよね」

 俺とつかさは楽しそうに話をするのだが、時折り後ろから感じる奇妙な視線というか気配が気になって仕方がなかった。
 
「拓海君」

「ええとね。わかってはいるんだけど、『気にすると負けかな?』とか思っている」

「そうかもしれない……」

 みなさんも、考えてみて欲しい。
 良く漫画とかアニメで、デートに出かける二人を尾行する場面などがあるが、そもそも素人などに簡単に尾行など出来るはずもないのだ。
 プロの探偵だってちゃんと教育を受けての事であったし、尾行相手の会話が聞ける距離まで接近して、本人達に気が付かれないというものあり得ない話だ。
 なぜなら、プロの探偵は、ちゃんとした専門機器を使っているからだ。

「拓海の奴、意外とちゃんとエスコートしているのね」

「羨ましいですね」

「みゆきも、普通にそう思うんだ」

「はい。私。親戚の方以外で、男の方と二人きりで出かけた事などありませんから」

「私も、無いけどね……(って!  妹に先越されてるよ! 私!)」

 どうして、つかさと拓海を尾行しようと思ったのか?
 表向きは、『つかさが心配だったから』という事になっていたが、実際は少し(かなり)羨ましかったのかもしれない。
 それと、一つ意外な事があった。
 つかさが拓海とデートする事をみゆきにメールしたら、みゆきが異常なまでに興味を抱き、それとなく尾行する事を話したら、自分も付き合うと言って来たからだ。
 かがみは、みゆきの事を《このグループの良心》だと思っていたので、彼女の行動にはかなり驚いていたのだ。

「でも、確実に見つかってしまいましたね」

「あのバカ共……」

 かがみとみゆきから、少し離れた場所にいるこなたと智之は、最初から拓海達と同じ映画を見る気は無いらしく、一生懸命に自分達が見たい映画を選んでいた。

「智之は、真救世主伝説北斗の拳/ラオウ伝激闘の章を見ないの?」

「宇○の声が気に食わん! ○オウの声は○海と決まっているんだ! そもそも、話題作りのために声優に芸能人を当てるなんて、長期的に見たら、アニメ業界にってのマイナスでしかない!」

「おおっ! 語るねぇ」

「というわけで、映画クレヨンしんちゃんの新作で」

「オラも、付き合うぞ!」

「こなた。声真似がすげえ似てるな」

「まかせてよ」

「「……」」 

 どこから聞き付けて来たのかわからなかったが、今回の尾行にこなたが付いて来ると宣言した時から、全ての歯車は狂い始めていた。
 まず、こなたは一人では来なかった。
 智之と一緒に現れたのだ。
 それによって、こなたの情報源は即座にわかったのだが、このKYな二人は、自分達が尾行をしている事を全く理解していないらしい。
 行きの電車の中でも、二人は人目も憚らずにディープな会話を続けていたからだ。
 


『帰りに、○ーマーズと○ニメイトに寄って帰らなければ』

『俺も、○天の拳の新刊を買って帰ろうかな?』

『買う物があるなら、ポイント頂戴。それと、新しいグッズは手に入れたのかね?』

『最近、○ヴァの合間に打っている甘デジなんだけどさ……』

 智之は、いかにも萌え系といった女の子の絵が三人描かれたライターをこなたに見せる。

『おおっ! ○ニスカ○リスじゃないか!』

『演出が萌えるんだよね。俺は、○かねポリス萌えぇーーー』

『うむ。これが、業界の掟なのか。金のある所が、萌えの発信源となって行く……。でも、一度だけでいいから打ってみたいなあ。パチンコ』

『こなたは、一生出入り出来なさそう……』

『うっ! 事実なだけにかなりショックだ!』

 いまだに映画館に小学生料金で入れる、こなたならではの悩みの種であった。

『そのライターやるし、今度別のグッズも取って来てやるからさ。機嫌直せよ』

『そんなんで、私の機嫌は直らない』

『今度の誕生日に、色付けてやるからさ』

『しょうがないねえ。私の数少ないリアル友だからねえ……』




『こなちゃん。楽しそう』

『実は、付き合っていないか? あいつら……』

 勿論、がかみ達の尾行は、最初から俺達に全てバレバレであった……。





「映画、面白かったね」

「そうだな。結構、面白かったな」

 映画を見終わった俺とつかさは、次は昼食を取るために一軒のレストランへと移動していた。
 
「拓海君。こういうお店も知っているんだ」

「いやーーー。サイタマウォーカー万々歳って事でね」

 このお店は、うちのお袋が台所のテーブルの上に置いていた情報誌から見つけたお店であった。
 夜にコースを頼むと、結構な値段を取られるお店らしいが、ランチはかなりリーズナブルに食べられるらしい。
 俺は、『この国の専業主婦って、何て羨ましいんだ』と本気で思ってしまった。

「ランチは、前菜・パスタ・メインディッシュは、お肉とお魚から選べます。そして、食後にデザートとコーヒーが付いています」

「じゃあ、俺はメインは肉で」

「私は、魚でお願いします」





「この店、学生が入るような値段じゃないわよ。二千五百円は高い!」

「ですが、夜のコースは八千円からみたいですよ。それを考えれば……」

「みゆきのお母さんとかは、良く利用していそうね。この手のお店は」

「多分、良く利用していると思います。主戦場は、銀座だと思われますが……」

 完全に拓海とつかさに背景扱いされたかがみ達は、『こうなれば、最後まで尾行を続けてやる!』と半分意地で同じレストランに入っていた。
 だが、このお店のランチコースの値段は、高校生にはなかり暴力的なプライスとなっていた。

「私は、メインを肉で」

「こなた。あんた、お金は大丈夫なの?」

 男一人に女三人という奇妙な組み合わせとなった四人席で、こなたは何食わぬ顔でランチメニューを注文していた。

「うん。全部、智之の奢りだから」

「えっ! 俺の奢りなの?」

「いいじゃん。昨日、パチンコで、二千円で六万八千発出したんでしょう? ランチくらい奢っても、罰は当たらないよ」

「凄いですね。六万六千円も勝ったのですか」

「違うよ。みゆきさん。×四円で計算するの。等価のお店だったらしいから」

「という事は……。二十七万円の勝ちですか?」

 生粋のお嬢様で、ギャンブルなんて遠い世界の出来事でしかないみゆきは、パチンコの仕組みを良く知らなかったのだ。

「ギャンブルで、身を持ち崩す人がいるのが良く理解できるわ……」

 かがみは、その金額の大きさに少し引いてしまう。
 ただ、今さら智之に何を言っても無駄なので、『高校生が、パチンコ屋に行くな!』とは言わなかった。

「でも、○ヲル全回転はいまだに引けず……」

「じゃあ、次も出撃だね。今度、新しい台のパンフとか貰って来てよ。特に、萌え系を期待するよ」

「それは、問題ないけど。お前ら。後で絶対に覚えてろよ……」

 こなたに四人分の伝票を渡されて、智之は半分涙目であった。


 


「つかさ。似合っているな」

「えへへ。そうかな?」

「可愛いよ」

「ありがとう」

 昼食終了後、二人は近くのデパートで服を試着してみたり……。




「ここのアイスクリーム屋さんが美味しいんだよ。この前、お姉ちゃんと一緒に食べたんだ」

「アイスか。俺も、食べたくなったな。ここって、店内でも食べられるんだよな?」

「うん。大丈夫だよ」

「俺は、大盛りだな」

「拓海君。ラーメンじゃないから、大盛りは無いんだよ」

「それも、そうか」

 話題のアイスクリーム屋さんで、アイスを食べたり……。




「拓海君。上手だね」

「ふっ! 俺は昔、エアホッケーの神と呼ばれた事があるのさ」

「こなちゃんは、格闘ゲームが得意だよ」

「ああ。そっちは、並レベルだな」

 ゲーセンで一緒に遊んだりと、充実した一日を送る二人であった。
 

 そして、かがみ達は……。



「かがみさん。私。少し虚しい気分に……」

「みゆき。それを言ったら、絶対に負けよ」

 既に自分達の存在を無視して二人の世界を作っている拓海とつかさを見て、かがみは、かなり強い敗北感を感じていた。
 こんな事なら、家で普通に勉強しているか、遊びに行けば良かったからだ。

「既に、負けは確定しているのでは?」

「確かに、せっかくの休日を女二人でって、とても虚しい……」

 そして、かがみとみゆきが、この世の不条理さを呪っている横では……。

「ぬぅおーーー! こなた。強すぎ!」

「えへへ。私は、格ゲーにはちょっとうるさいからね」

「もう一回勝負だ!」

「智之。無駄な抵抗だねえ」

「この女! めっちゃムカツク!」

 やはり、当初の目的を忘れて充実した休日を過ごしているこなたと智之であった。






「今日は楽しかったね」

「そうだな。充実した休日だったな」

 楽しかったデートを終え、俺とつかさは大宮駅のホームで糟日部方面行きの電車を待っていた。
 
「こなちゃんと、智之君がいないね」

「大方、○ニメイトか○ーマーズだろう?」

「かもしれないね」

 始めは邪魔で気になって仕方がなかった四人であったが、今では特に気にならなくなっていた。
 やはり、気にしたら負けだったのだ。
 その後、電車に乗りまた他愛もない会話を続ける俺とつかさであったが、その時間は、俺には宝石よりも貴重な一時で、俺の話に相槌を打ちながら俺の顔を笑顔で見上げるつかさは、他の誰よりも可愛くて綺麗であった。

 だが、その時間はすぐに終了する。
 電車が糟日部駅に到着したのだ。
 家が糟日部の俺はここで降りるが、つかさはここから数個先の駅で降りるのでここでお別れとなってしまうのだ。

「じゃあ。俺は、ここで」

「拓海君。今夜メールするね」

「俺も……」

 俺は、そこで大切な事を思い出していた。
 今日のデートはとても楽しかったが、一番の目的に据えていたつかさへの告白をしていなかった。
 いや、今日が楽し過ぎてすっかりと忘れていたのだ。
 
「拓海君。降りなくていいの?」

「……」

 また次のチャンスがある。
 俺は、この一見するととても良い言葉に見えるが、ある種負け惜しみとも取れるこの言葉があまり好きではなかった。
 たまに使う事があっただけに、余計にそう感じていたのだ。
 今は毎日のように学校で会う仲の良い友達であったが、明日はどうなるかなんて誰にもわからない。
 いきなり、他の男に告白されてしまうかもしれいないのだ。
 
「(それは、絶対に勘弁だな)」

「拓海君?」

 駅員のアナウンスが聞こえ、電車のドアが閉まる直前、俺は覚悟を決めると、つかさの腕を掴むとそのまま一緒に糟日部駅を降りる。

「えっ?」

 自分が降りる駅でもないのに、いきなり俺に腕を引かれてホームに立たされたつかさは、いまいち状況を理解できていないらしく、その場に立ち尽くしていた。
 夕方の糟日部駅は、行楽帰りの家族連れなどでかなりの人混みであったが、彼らは足早に改札口へと向かって歩き出したので、その場はすぐに俺とつかさの二人だけになっていた。

「拓海君。急にどうしたの?」

 つかさは特に俺を怒るでもなく、俺を不思議そうな顔で見上げていた。

「次の電車は、十分後くらいかな? それまで、お話して……」

「いや。それは、後で沢山できるからさ。実は、つかさに聞いて貰いたい事があるんだ」

 そう。
 楽しい話は、後でいくらでもできるはずだ。
 同じ学校で、同じクラスの自分達なのだから。
 それよりも、俺はつかさに聞いて欲しい事があった。
 実は、新しいクラスに替わった時に、俺はつかさの存在に気が付いていた。
 少し天然だったが、人当たりが良くて、優しくて、あの四人組を繋げたほんわかとした雰囲気を持つ、少し地味だけどとても興味を引く女の子。
 でも、俺と智之は、この高校の連中に壁を作って生きていた存在で、いきなり話しかけるのも何だと思っていた。
 それに、俺は、ただ近いだけで通っている学校の連中に興味なんて無かったはずなのだ。
 ところが、その後、チャンスはすぐに訪れる。
 つかさが不良に絡まれるという、非常にベタなシチュエーション遭遇したのだ。
 誰も助けに行かないこの学校の連中に腹が立ったというのが表向きの理由であったが、絡まれていた女の子が、気になっていた子であったのが最大の理由であったのかもしれない。
 そして、それがきっかけで、俺には四人の異性の友人ができた。
 でも、その中の一人は、友人のままでは終わりたくない。
 俺の度胸が試される時が来たのだ。

「あのさ……」

 ところが、そんな急に気の利く言葉なんて出てくるはずもない。
 何しろ、その手の知識は、ドラマとか漫画でしか知らなかったのだから。

「拓海君?」

「(ええい! 覚悟を決めろ! 俺! 根性だ!)俺は、つかさの事が好きだ。付き合って欲しい」

 後から考えたら、『いくら何でも、ストレート過ぎだろう?』と言われる事の多い、俺の精一杯の告白であった。
 そもそも俺は、智之ほどその手の事に慣れていなかったのだ。

「……。えっと、その……」

 やはり、あまりにストレート過ぎたのか?
 つかさは俺の言葉を聞くと、俯いたまま動かなくなってしまう。

「あのさ。駄目なら、このまま普通に友達のままで……」

 やはり、後にこの事を人に話すと、『そんな事が、出来るわけが無い』と言われる事の多い一言であった。

「私は……」

「……」

「私も、拓海君の事が好きだよ。でも、私でいいの?」

「えっ? どうして?」

「だって、私はお姉ちゃんみたいに、頭も運動神経も良くないし、ゆきちゃんみたいにスタイルも良くないし……」

 どうやら、つかさは自分は俺には相応しく無いと考えているらしい。
 だが、俺には、どうしてつかさがそんな事を考えるのかがわからなかった。

「俺は、始めからつかさが可愛いと思っていたけどね」

「そうなの?」

「それにさ。俺と智之は、新しいクラスでも壁を作って、白石以外とは碌に話もしなかったじゃないか。別に、それで構わないと思っていた節もあったし。でも、それを変えたのはつかさだよ。俺と智之に新しい友達を作ってくれたのは。そんな優しいつかさだから、俺はつかさが好きなんだよ」

 あまりに恥ずかしいセリフに、俺は顔から火が出そうな感じであったが、それでも懸命に自分の考えをつかさに伝える。

「……。それで、返事などをいただけますと……」

「あっ! そうだ! 不束者ですが、宜しくお願いします」

「こちらこそ……」

 こうして、俺とつかさは無事に付き合う事が決定したのだが、その後、つかさが姉のかがみにこの時の事を話すと、『あんた達。結婚するんじゃないんだからさ』と言われて大笑いされてしまったらしい。
 

 だが、そのかがみも……。


「しまったぁーーー! まさか、直前になってぇーーー!」

 都内在住のみゆきと大宮駅で別れる際に、更なる尾行の結果を教えて欲しいと言われていたかがみは、突然、糟日部駅に降りてしまったつかさに反応する事が出来ず、再び走り始めた電車のドアに顔を押し付けながら一人絶叫するのであった。






「おめでとう。つかさ。今度、家に拓海君を連れて来てね」

 拓海の告白を受け入れたつかさは、すぐに次の電車で自宅へと帰ったのだが、そこで彼女を待ちうけていたのは、今日のデートの内容に興味深々の家族の追及であった。

 母のみきは、素直に娘に彼氏が出来た事を喜び、父のただおは、『あんなに小さかったつかさに、恋人が……』などと言いながら、少し寂しそうな顔をしていた。

 そして、一番下の妹に先を越された姉三人の追及は長時間に及び、つかさは少し精神的に疲れてしまう。

「お父さん。その寂しげな顔は、止めた方が良いと思うわよ」

「まつり。男親って、そういう物なのよ」

「へえ。そうなんだ」

「(いや、つかさに彼氏が出来た事に、少し寂しさを感じているのは事実なんだ。でも、いのりとまつりに、そういう話が皆無なのも、それと同じくらいに寂しい事なんだ)」

 ただおは、口から出かかった言葉を懸命に呑み込む。
 そんな事を公に口にすれば、後に大きなアクシデントに巻き込まれるのは自分だったからだ。

「でも、拓海って、糟日部大社の跡取りなんだよね? という事は、つかさも将来は神職の資格を取るの?」

「(あのーーー。お姉ちゃん。私達。付き合い始めたばかりで、まだそこまでは……)」

「神職は、通信教育でも取れるからね。宮司の急死や急病で急に神職の資格が必要になる事もあるから。だから、つかさも焦らなくて大丈夫」

「(えーーーっ! お父さん。私。拓海君の家に嫁ぐのが決定なの?)」

 父親としては、自分の可愛い娘を捨てる男など絶対に許せないのであろう。
 既に、拓海は柊家の婿扱いされていた。

「あーーーあ。私が、お嫁に行きたいよ」

「いのりお姉ちゃんとそのお婿さんが、鷲宮神社の跡取りって決まりじゃないの?」

「同じ神社でも、向こうは地主でお金持ちだからなあ。つかさは、玉の輿ってやつ?」

「じゃあ、私も頑張ってみようかな? つかさ。今度、拓海君を貸して」

「つかさ、絶対に貸しちゃ駄目よ。まつりはいい加減だから、貸したら自分の物にして二度と帰って来ないわよ」

「(いのりお姉ちゃん。確かに、まつりお姉ちゃんは、服とかだとそういう事もあるけど、拓海君は物じゃないから)」

「でも、あれよね。かがみも一緒にいたのに、選ばれたのはつかさなのね。やっぱり、性格とかに問題が……」

「まつりお姉ちゃんに、言われたくないわね……」

「でも、今度会うのが楽しみねぇ」
 
 みきは、将来の自分の義息子候補と会うのが楽しみらしい。
 だが、実際の当事者であるつかさは……。

「(みんな。話が、飛躍し過ぎ! 逃げてぇーーー! 拓海君! 逃げてぇーーー!)」

 無意味である事は重々承知であったが、心の中で懸命に拓海に逃げるようにエールを送り続けるのであった。 










             あとがき

 実は、この話を書いていて一番迷ったのが、上映映画の部分。
 今の作品にするか?
 更新速度を考慮して、少し前の作品にしてしまうか?
 結果、適当に後者を選んだので、あまり細かいツッコミは無しでお願いします。
 まあ、大した事では無いですけど……。



[7786] 第四話 彼女の家族に会うって緊張しません?
Name: アンディー◆be7b3392 ID:f7ef93f4
Date: 2009/05/23 00:22
(ゴールデンウィーク最終日の朝、柊家の居間)

「つかさ。誰からメール?」

「拓海君から」

「あいつも、意外とマメなのね」

 色々な事が沢山あったゴールデンウィークも、残りあと僅かとなっていた。
 今日は特に出かける予定も無かったので、つかさとかがみは居間のテレビでワイドショーを見ていたのだが、つかさの携帯に拓海からメールが入って来たらしい。
 つかさは、ようやく操作に慣れ始めた携帯電話で懸命にメールの返事を打ち込んでいた。

「何? 愛してるって?」

「そっ! そんな事はメールには……。その……。お姉ちゃんの意地悪……」

 かがみは、数時間おきに拓海とメールを交すつかさをからかうのが、ここ二日ほどの習慣となっていた。
 まだ拓海と付き合い始めたばかりのつかさは、からかうとすぐに顔を赤くさせるので、つい面白くて余計にからかってしまうのだ。
 ただ、同じような事を拓海にメールとして送ったところ、『お前、ドSだな』と返されて、こちらの方はもう止めてしまっていた。

「あれ? 着信?」

 がかみの携帯にも着信が入ったので電話に出てみると、相手はこなたであった。

「ヤフぅーーー。かがみ」

「おーーーす。こなた。どうしたの? 急に」

「いやあ。予てよりの懸案事項であった、宿題の件でだね……」

「あんた。やらなかったの?」

「いやあ。ゴールデンウィークは、ゲームに漫画にアニメにと大忙しだったんだけど、それに加えて、拓海とつかさが付き合い始めたりとかさ……」

 拓海とつかさが付き合い始めた事は、電光石火の速度で二人の知人、友人達に伝わっていた。

「あんたは、当事者じゃないでしょう」

「かがみもね」

「うっさい!」

 そんな事は当に理解していたが、それを他人に言われると腹が立つかがみであった。

「可愛い妹を拓海に取られて怒る、かがみん萌え」

「萌え言うな!」

「それで、宿題の件なんだけどさ。これから、そちらに伺うという事で……」

「まあ。いいけどね。でも、わからない部分は教えるけど、基本は自分でやりなさいよ」

「出来る限り善処いたしますので」

「あんたは、どこぞの政治家か……」

 こなたの返事に呆れるかがみであったが、実は隣いるつかさも同じ問題を抱えていた。

「宿題忘れてた! 拓海君は……?」

 自分もほとんど宿題をやっていない事を思い出したつかさは、懸命に拓海に宿題をやったかどうかを聞くためのメールを送り始める。

「えっ? もう智之君と一緒に終わらせたの? 宿題教えてぇーーー!」

 つかさは、通常では考えられない速度で、拓海へのメールを打ち込んで送信する。
 まるで、その速度は、赤くて角があるかのようであった。

「『オーケー。それで、どこで会う?』か……。ありがとう。こなちゃんは、家に来るんだよ。家でやろうよっと……」

 つかさは柊家での勉強会を提案するが、拓海からの返事はなかなか来なかった。

「あれ? 拓海君、どうしたのかな?」

「そりゃあ、色々と考えるでしょう。家のお父さんとお母さんに、初めて会うわけだから……」

 かがみは、どうしてなかなか返事が来ないのか理解していないつかさに、一応ツッコミを入れておくのであった。




「つかさから、交際オーケーの返事を貰って僅か二日! いきなり、つかさの家族と顔合わせですか!」

 ちょうど同じ頃、つかさから柊家での勉強会を提案された俺は、その事態の重さになかなかメールの返事を打てないでいた。
 
「でも、時間を考えると……。うん? 智之から電話か……」

 携帯に智之からの着信が入ったので、俺は急いで電話を取る。

「おいっす! 拓海。実はよ。こなたから、柊家で宿題の答え合わせをしたいって電話があってさ……」

「逃げ道無いじゃん。俺……」

 こうして、既に抜き差しならない状況に置かれていた俺の、柊家初来訪が完全に確定したのであった。





「なあ、拓海。何で、そんなに大荷物なの?」

「柊家に行くって言ったら、お袋が色々とね……」

「正式に付き合い始めたからか? まあ、贈り物を喜ばない人はいないからな」

 柊家に一緒に出かけるべく、家の前で顔を合わせた俺と智之であったが、俺は智之にその荷物の多さを指摘されていた。
 宿題関係の道具は全て背中のリュックに入れて背負い、片手にはケーキの入った箱で、もう片手には日本酒と、まさに両手塞がりの状態であったからだ。

「その日本酒は、柊家の主対策か?」

「神事にも使えるから、意外と喜ばれるんだと。普通に飲めるしな」

 お袋が用意した日本酒は、酒などまだほとんど飲まない俺でも銘柄を知っている高級品であった。
 ただ、他所からの貰い物だったので、うちの懐は一切痛まなかったらしい。
 そういう部分は何気にシッカリしている、うちのお袋であった。
 
「どっちかを持ってやるよ」

「サンクス」

 その後、糟日部駅から電車に乗り、柊家から最寄の駅に到着すると、そこには既にこなたが待っていた。
 こなたは、柊家の場所を知っているので、智之が案内を頼んだのだ。

「「おいっす」」

「ヤフぅーーー。お二人さん。拓海、聞いたよ。つかさと付き合うんだって?」

 どうやら、俺とつかさの事を知らない知人、友人など、ほとんどこの世に存在していないらしい。
 既に、こなたの耳にもその事は入っていた。

「まあな。それで、どっちから聞いたんだ?」

 俺の言うどっちとは、智之か、かがみかという事であった。

「僅差で、かがみんだった。そこで、寂しがっているかがみんを慰めるべく……」

「宿題を写すのが、メインなんじゃないの?」

「智之だって、そうなんじゃないの?」

「俺と拓海は、もう終わっているよ」

「えっーーー!」

 どうやら、俺と智之は、こなたにバカ仲間だと思われていたらしい。
 智之の回答に、驚きの声をあげていた。

「あのな。俺には明確な進路目標があるから、ちゃんと勉強しているんだよ」

「神職を取るから?」

「ああ。第一志望の国○院なら同じ関東圏内だけど、第二志望の大学の方は、伊勢神宮のある三重にあるからな。俺としては、第一志望に入りたいわけ」

 始めから、地方で一人暮らしは面倒だと思っていた俺であったが、ここに来てつかさという彼女が出来たので、それに加えて遠距離恋愛は御免だと考えていたのだ。

「智之はどうなの?」

「俺は公務員志望だから、家から通える大学だな。出来れば県庁、無理なら大宮か糟春日部市役所かな?」

「うっ! ちゃんと、将来の事を考えている!」

 その後、三人で話をしながら柊家へと向かい、そこで初めてつかさとがかみの両親と会う事となる。

「小父さん、小母さん、こんにちわ。私は、今日はオマケですので」

「こんにちわ。かがみさんとつかささんの友達の岩永智之です。今日は、突然お邪魔して申し訳ありません」

 お気楽な立場のこなたと智之は、出迎えてくれたつかさとかがみの両親に挨拶をすると、素早く家にあがってしまい、俺は一人取り残されてしまう。

「(お前ら、援護くらいしろよ!)始めまして。神代拓海と申します。お嬢さんのつかささんと、お付き合いをさせていただいています(つかさのお母さん。見た目、若っ!)」

 次第に込み上げて来る緊張感を懸命に呑み込みならが、俺がつかさとかがみの御両親に頭を下げていると、家の奥でこちらの様子を覗いている連中がいた。
 興味深そうにこちらを見ているかがみと、後でからかうネタが出来て嬉しそうなこなたと、こちらを心配そうに見ているつかさであった。

「拓海君。そんなに緊張しないで、自分の家と同じように寛いでね」

 俺は、つかさのお母さんの優しい言葉に涙が出そうになる。
 つまり、それほど緊張していたのだ。

「それと、これはつまらない物ですが……」

「まあ。わざわざすいませんね」

 つかさのお母さんは、ケーキの箱を嬉しそうに受け取っていた。

「こちらは、お父様に。家の母が用意した物ですが……」

「さすがは、神代さん。良く心得ていらっしゃる。拓海君。これからも、末永いお付き合いになると良いですね」

 俺の差し出した日本酒を、つかさのお父さんも嬉しそうに受け取っていた。
 やはり、神社という場所において、お酒は必要不可欠であっても邪魔にならない物であったのだ。
 それと、初めて顔を合わせたつかさのお父さんは、とても優しそうな人であった。

「拓海君は、神代さんに良く似ているね。良い宮司さんになれそうだ。神代さんは、本当に素晴らしい宮司さんだからね」

「家の親父がですか?」

「亡くなられた先代さんと、二代続けて神事が様になっているって評判なんだよ。都内の大手不動産会社とかに、地鎮祭で直接指名される事も多いし」

 確かに、見た目だけは威厳のある親父なので、そういう事もあるのであろう。
 ただし、ひとたび家に戻れば、トイレットペーパーよりも軽い親父であったが。

「では、お邪魔します」

 ようやくに、付き合い始めた彼女の両親と初めて顔を合わせるという、出来れば一度で終わらせたい行事を終えて、柊家の居間に案内されると、そこでは麦茶を飲みながらニヤニヤと笑うこなた達が待ち構えていた。

「日頃の拓海とは思えない緊張振りだねえ。いやあ、堪能させていただきましたよ」

「お前も、将来同じ事を経験するのだがな……」

「えっ? 私? 私。恋愛とか結婚とか、ゲーム以外でするのかね?」

 俺は当然、こなたも将来は、彼氏や結婚相手のご両親に挨拶をする事もあると思っているのだが、どうやら本人はそれをあまり意識していないようであった。

「おいおい。それを、自分で言うか?」

 こなたの夢も希望も無い一言に、かがみが呆れながらツッコミを入れていた。

「拓海君、色々とごめんね」

 つかさは、自分のせいで俺に色々と面倒をかけたと思ったらしく、非常に申し訳なさそうな表情をしていた。

「始めは緊張したけど、つかさのお母さんもお父さんも優しそうな人で良かったよ」

「ところが、何故かかがみんは、凶暴性を帯びて生まれて来てしまったのであった……」

「悪かったわね! 凶暴で!」

「とまあ。お約束のやり取りはここまでにして、肝心の宿題の方に入るとしますか。では、かがみん。宿題をオープン!」

「あんた。一ミリも、自分でやる気無いだろう?」

「いやあ。手に負えそうなら、自分で何とかするんだけど、実にこやつが手強くて。○リーザレベルだね」

「意味がわかってしまう自分が悲しい……」

 こなたは、かがみとしょうもない掛け合いを続けていた。

「とにかく! こなたは、まずは自分でやる! それで、拓海と智之はどうなの?」

「勿論、二人共、終わったさ」

 俺と智之が持参した宿題のノートをかがみに見せると、彼女は神妙な顔付きで各ページをめくり始める。

「意外と字が綺麗なのね。それに、間違いが見当たらない」

「というかさ。お前達、俺達をバカだと思っていないか?」

 俺の問いに、かがみ達はお互いの顔を見合わせていた。
 多分、試験の成績順位が校内で掲示された際に、俺達の順位など気にした事が無かったのであろう。
 何しろ、つい最近まで、クラス内で孤立していた俺達なのだから。

「先月の実力テスト。あんた達。何位だった?」

「俺が19位で、拓海が21位」
 
「凄い……。みゆきには、勝てないけど……」

 かがみは、二人の成績の良さに驚いていた。

「みゆきさんは、○ラ○ン桜で言うところの宇宙人だからな。俺達では、絶対に勝てないさ」

「智之ゆえに、また漫画ネタ?」

「ドラマ化されたじゃないか。○ラ○ン桜」

 みゆきさんは、特に夜更かしをしてまで勉強をするタイプではないらしい。
 キチンと授業のノートを取り、効率良く予習と復習をするだけで人の何倍も成果をあげてしまうタイプなので、俺達が彼女に勝つためには、三途の川の向こう側が見えるまで努力をしなければならいい事が予想された。

「拓海君って、凄いんだね。私、尊敬しちゃうな」

 つかさは、自分の彼氏が実は頭が良い事を知って素直に感心していた。

「希望進路のために勉強しているだけさ。それに、俺達は生活指導の岩崎に目を付けられているからな。成績が良くないと、難癖付けられて停学なり退学なりを喰らいかねない」

 多少素行不良だと思われても、成績が優秀なら現在の学校では教師に手を出される心配は無かったからだ。

「俺達は、B○EAC○の黒○一○みたいな物だな」

「また漫画ネタかよ……」

 かがみは、男版こなたである智之にも、平等にツッコミを入れていた。

「じゃあ、こなたとつかさに分担して教えるという事で、俺はつかさの方を……」

「ちょっと待った!」

「何だよ? こなた」

 俺がつかさに勉強を教えようとすると、それをこなたが止めに入る。

「それは、無理でしょう」

「どうしてだ?」

「いやさ。良くアニメとかゲームでそういう場面があるけど、恋人同士で勉強とか教えて貰っても、絶対に集中できないと思うんだよね」

「確かに、そうかもしれない……」

「こなた。意外と正論を吐くじゃないの」

 俺だけでなく、かがみもその意見には賛同していた。

「というわけで、つかさは智之に教えて貰いな。私は、拓海に教えて貰うから」

「こなちゃんの意地悪……」

 論理的に正しいのと、人間の感情は全く別物であるらしい。
 つかさは、珍しくこたなに恨めしそうな表情を向けていた。

「大丈夫だって、人の彼氏なんて取らないからさ。でも、私の魅力にメロメロになった拓海が……」

「それは、120%無い!」

「おわっ! 120%無いのかよ!」

 友達としては見ていても、こなたをあまり女として見ていない俺は、キッパリとその可能性を否定するのであった。





「智之君。ここなんだけど……」

「ああ、その問題は、この公式を使ってだな」

「ああ。本当だ」

 根が真面目なつかさは、ゆっくりとであったが、徐々に宿題を片付けていく。




「拓海。ここのページ。全部わからない。それと、ここのページも」

「お前。自分でやる気、皆無だろう?」

「そんな事無いよ。ただ、本当に出来ないだけ」

「「嘘付け!」」
 
 最初から宿題を自分でやる気がないこなたに、俺とかがみは同時にツッコミを入れるのであった。




「「それでは、お邪魔しました」」

「また、いつでも遊びに来てね」

 時刻は夕方となり、こなたと智之はそれぞれの家路に着く事となった。
 結局、俺達の宿題を全て丸写ししたこなたは、その成果の大きさに大満足であったようだ。
 一方、つかさの方は、自力で解いたために少し残ってしまったので、それは夜に続きをするという事であった。
 
「えーーーと。それでは、俺も……」

「駄目。拓海君は、今日は家で夕飯を食べて行くのよ」

「そういう事だから」

 続けて柊家の玄関を出ようとした俺であったが、何時の間にか帰宅していたつかさの二人の姉達に、両側から腕を押さえられて動けない状況になっていた。
 俗に言うところの、《捕まった宇宙人》状態であった。
 
「あっ! そうだ! 俺。何も家族に連絡入れてないから、夕飯を用意しちゃってるかもしれないな」

 日頃は、あまりどうという事もない味の我が家の夕飯であったが、今はそれだけが頼りの俺であった。

「あっ! もしもし、小母さん? 俺です。智之です。実は、拓海なんですけどね。柊さんの家で夕食を食べて帰るそうです。ええ、わかりました。伝えておきますね。はい……、では……。という事で、特に障害は無くなりました」
 
 智之は頼みもしないのに、携帯電話で素早く俺の家に連絡を入れてお袋の了承を取っていた。
 俺の逃げ道が、完全に塞がれた瞬間であった。

「智之君。気が利くわね」

「いえいえ。これも、我が親友のためですよ」

 人の気も知らないで、智之は柊家の次女であるまつりさんに褒められて気を良くしていた。

「(智之ぃーーー!)」

「じゃあ。俺は、帰るからさ」

「智之。帰りに本屋に寄って行こうよ」

「○マズじゃなくて良いのか?」

「見るだけだからさ」

「いいよ」

「じゃあね。かがみ。つかさ。拓海」

 こなたは、智之と一緒に駅の方角へと歩いて行く。

「ねえ。あの二人って、付き合っているの?」

「いえ。それは、無いと思いますけど……(というか、それしか興味無いのか? つかさのお姉さん……)」

 一緒に帰るこなたと智之の背中を見送りながら、俺は何でも恋愛に結び付けてしまうまつりさんを、半ば呆れながら見つめるのであった。
 そしてその後、大方の予想通りに、俺とつかさはまつりさんといのりさんに根掘り葉掘り色々な事を聞かれ、彼女達の格好の暇潰しの道具兼玩具にされてしまうのであった。



[7786] 第五話 黒井先生。それは無いと、俺は思うんです……。
Name: アンディー◆be7b3392 ID:f7ef93f4
Date: 2009/05/23 08:22
(ゴールデンウィーク終了後、2-E組の教室内)

「拓海君、おはよう」

「おはよう、つかさ」

 初の柊家来訪を終えて最大の危機を脱した俺は、ホームルーム前の朝の教室で、後から登校して来たつかさと朝の挨拶を交していた。

「昨日は、色々とごねんね」

 両手を前で合わせながら謝るつかさは、漢(おとこ)神代拓海を萌えさせるのに十分な効果があった。

「(全然、気にしてませ~~~ん)まあ。遅かれ早かれ、挨拶には行かないとと思っていたからさ」

「でも、まつりお姉ちゃんと、いのりお姉ちゃんが……」

 昨日の晩、柊家で出た夕食は美味しかった。
 うちの家系は、どういうわけか先祖代々料理があまり上手でない遺伝子を受け継いでいるらしく、あまり失敗しない単純なメニューをと母や姉が動く結果、かなり食事のレパートリーが貧弱であったからだ。
 それに比べれば、柊家の食事は俺にとっては天国であった。 
 ただ、まつりさんといのりさんには、かなり弄られる事となったが……。

『背も高いし、智之君は特別として、ちょっとワイルド系で顔立ちも整っているし。拓海君、お姉さんの方に乗り替えない?』

『まつり。冗談でも、そういう事は言わないの』

『わかったわよ、お母さん。でも、いのり姉さんも、(年下もありかも?)とか思っているでしょう?』

『無い、無い。私といくつ違うと思ってるのよ? まつりは』

『今時、十歳下くらい良くあるって』

『失礼ね。八歳差よ』

 俺は、自分の家でも良く二人の姉に弄られているので、あまり気にならなかったのだが、たまに俺に不安そうな表情を向けるつかさを慰めるために、後で大量のメールを送る羽目になっていた。

「お姉さん達は、俺をからかって遊んでいただけさ。俺みたいなガキには、興味は無いって」

「(それは、違うと思う……)」



 つかさから見た拓海は、かなりの優良物件であった。
 色々な不運が重なって、今まで女の子と付き合った事が無かったらしいが、智之には勝てないが顔は良く(そもそも、智之が特別に顔が良過ぎるのだ)、背も高く、学校の成績も良く、運動神経もかなり良く、家は金持ちと、今まで女の子にモテなかったのが不思議なくらいだったのだ。
 だから、つかさは余計に心配になってしまうのだ。
 自分と拓海では、釣り合いが取れていないのではないか?
 ふと、そう考える事があったのだ。

「でも、これで暫く二人きりで落ち着けるじゃないか」

「拓海君」

「放課後にさ。クレープでも食べて帰ろうぜ」

 さり気ない一言であったが、つかさはその拓海の一言で沈んでいた心を快晴レベルにまで回復させる。

「(そうだよね。クヨクヨと無意味に悩んでも仕方が無いんだよね。私は、拓海君が好きで他の人には渡したくない。それが、例えお姉ちゃんでも……)クレープ、私も食べたいな」

「実は、大好物なんだけどね」

「そういえば、昨日も、美味しそうにケーキを食べていたよね」
 
 実は、俺は甘い物が大好きだ。
 まださして飲めない酒よりも、甘い甘いスウィーツの誘惑。
 あの無限の糖分のファンタジア達が、俺を魅惑して止まないのだ。
 ただ、俺は、今まではオンリー君な普通の高校生であった。
 男子高校生が一人で、ケーキの食べ放題や、お洒落な喫茶スペースのあるケーキ屋や、美味しいお汁粉を出してくれる甘味処などに足を踏み入れる事はかなり難しく、今までは無念の涙を流していたのだ。

「智之の奴。一年の頃につき合わせたら、『今度、連れて来たら絶交だからな!』とか言いやがるし……」

 一年の頃に、サイタマウォーカーで見た超高級スウィーツ食べ放題のお店の記事にどうしても我慢が出来なかった俺は、嫌がる智之を無理矢理に連れて行った事があったが、結果は痛み分けに終わっていた。
 店内は、大方の予想通りに男は二人だけで、しかも、身長が180cm前後の男子高校生が二人。
 それでも、俺は恥ずかしさをかなぐり捨てて、貪るように食べ放題のケーキを口にしていたが、智之は、『早く時間よ過ぎてくれ!』とばかりに、少量のケーキを大量のブラックコーヒーで流し込んでいたのだ。

「智之の奴。○ニメイトに一人で入る方が、よほど恥ずかしいじゃないか」

 智之は、そこを《夢の園》と呼んでこよなく愛していたが、俺としては、絶対に一人で入りたく無い場所トップ3に入る場所であった。

「拓海君、人はそれぞれだから」

「そんなものなのかね? でも、俺もケーキバイキングに一人での入店は精神的に厳しかったから、あれから行ってないな」

「今度、一緒に行こうよ」

「そうだな。それと、今日はマジでクレープが食べたい」

「拓海君は、本当に甘い物が好きなんだね」

 ホームルーム開始十分前の教室で、俺とつかさの話は続く。
 先に来ていたみゆきさんは、どうやらこっそりと隣のかがみの教室に行っているらしいし(多分、俺とつかさの顛末を聞きに行ったものと思われる)、智之は一人で《○の錬金術師》の最新刊を読んでいたし、ネトゲなどで良く夜更かしをするこなたがギリギリなのは、いつもの事であった。

「よう、神代」

「おはようございます。あれ? 黒井先生、もうホームルームですか?」

 俺がふと後ろに視線を向けると、そこには俺達の担任の黒井ななこ先生が立っていた。

「いや、まだ十分前や」

「珍しいですね。こんなに早く」

 こなたがギリギリなのはいつもの事であったが、実は俺達のクラスの担任である黒井先生も、かなりギリギリの事が多かったのだ。

「おんやぁ? そんな失礼な事を、言うてもええのかな?」

「だって、事実じゃないですか」

「みんなぁーーー! ここに付き合い始めのカップ・・・「待てい!」」

 俺は、いきなりとんでもない事を口走ろうとした黒井先生の口を思わず両手で塞いでいしまう。
 別に俺は、つかさと付き合い始めた事を絶対に秘密にしたいわけでは無い。
 ただ、それを担任の先生からクラスメイト全員にわざわざ報告するのは、明らかにおかしいと思っての阻止行動であった。

「いきなり、大声でとんでもない事を口走らないでくださいよ。一応、担任の先生なんですから」

 高校生活において、同じクラスの二人が付き合っている事が教室中に知れ渡るという事は、飢えた狼の群れに肉の塊を放り込むに等しい暴挙であった。
 多分、同じクラスの連中は、男女に別れて俺とつかさを拉致して、事情聴取という名の情報公開を要求するであろうから……。

「うちは、学生の恋愛には文句を言わんタイプや。それで、柊が神代に告白されたんか?」

「はい……」

「柊は、可愛いからなぁ」

 根が真面目なせいなのか?
 つかさは、ニヤニヤと笑みを浮かべる黒井先生の質問にバカ正直に答え。
 気恥ずかったのか? 
 顔を真っ赤にさせ、モジモジとしながら下を向いてしまう。

「そうか。それは、良かったなあ。それと、今のうちに謝っておくわ。すまんな。神代。柊」

「「??????」」

 ホームルーム前の朝の教室で、自分のクラスの担任がわざわざ二人の生徒と長話をしている。
 そんな状況で、他のクラスメイト達の注目を受けないはずがない。
 結果、俺とつかさが付き合い始めた事は、一瞬にして教室中に知れ渡ってしまう。

「神代! この裏切り者!」

「白石。いきなり、その一言か?」

 このクラス内で智之以外に唯一交流のあった白石だけでなく、彼の後ろには、話を聞きたくて仕方が無い多数の男子生徒達がいた。

「柊さん。神代君と付き合い始めたの?」

「ええと。そういう事になるのかな?」

 同じクラスの女子の質問に、つかさは素直に答えていた。

「詳しい事情を教えて!」

「「「「「教えて!」」」」」

「神代! 一人だけ異世界の門を潜りやがって!」

「「「「「ずるいぞ!」」」」」

「異世界って、白石、お前・・・・・・」

 俺とつかさは、それぞれに男女のグループに分断されてそれぞれに事情聴取されてしまうのであった。

「黒井先生!」

「みんな。ホームルームの時間までやからな」

「(自分が、シングルだからって!)」

 ただ、それを言うと、後でどんな目に遭うかわからないので、俺はただ嵐が通り過ぎるのを待つしか無かった。
 そして……。

「おはっ! 智之」

「おお。またネトゲか? こなた」

 いつものようにギリギリで教室に駆け込んで来たこなたは、マイペースで○ガレンの最新刊を読み続けている智之に挨拶をする。

「いやあ。昨日、久しぶりに正規のパーティーメンバーが全員揃ってさ。ちょっと、遠出したんだよ。ところで、この騒ぎの原因は?」

「拓海とつかさの件が即バレしたの。しかし、何で黒井先生が知ってたんだろう?」

「ああ。昨日、ネトゲしてた時につい話しちゃってさ。黒井先生、ネトゲ仲間なんだよね」

「ああ、納得」

 この大騒ぎの原因であるこなたに、智之は特に何も言わなかった。
 別に、拓海に大きな害があるわでもないので、気にもならなかったのだ。

「ところで、智之は誰萌えなの? ○ガレン」

「そりゃあ、○ームストロング少将でしょう」

「えっ! ○ークアイ中尉とかじゃないの?」

 俺とつかさが厳しい追求を受けている横で、智之とこなたはいつものようにオタトークを繰り広げるのであった。







「こなた、お前ね。黒井先生に、いきなりバラすんじゃないよ」

「いやあ。昨日、黒井先生と暗黒の森まで狩に出かけてさ。時間が長かったから、色々と話込んでいる内に、つい……」

「いや、いまいち良くわからん用語があるし……」

 その日の昼休み、俺達は久しぶりに屋上で昼食を食べていた。
 別に、いつもの面子なら、特に屋上まで行く必要は無かったのだが、今日は、かがみが自分のクラスの友人を連れて来たので、広い場所を確保するために、屋上での昼食となっていたのだ。

「中学の頃からの友達? なんだけどね……」

 話を聞くと、もう五年もかがみと同じクラスになっているらしいのだが、肝心のかがみの記憶が曖昧という、少し可哀想な事になっている友人二名であった。

「良くいるよなぁ。本命以外に興味無いってやつ。どうせ、私とあやのは、背景コンビだっての」

 少し男っぽい口調で話すのは、短めでややくせのある髪と八重歯が特徴の、日下部みさおという、とても元気そうな女の子であった。
 聞けば、陸上部に所属していて、クラスで体育委員まで務めているので、こなたとは逆のアウトドア派である事は間違い無かった。
 ただ、性格は、非常にこなたに酷似している部分があるらしいのだが……。

「みさちゃん。あまり、柊ちゃんを責めては駄目よ」

 もう一人は、峰岸あやのという、髪を伸ばし前髪をカチューシャで留めた、非常に物腰の柔らかい優しそうな女の子であった。

「かがみ。小学校や中学校からの友達は、大切にしろよ」

「そうそう、拓海の言う通り。ここで孤立している俺達が余裕こいていられるのは、それ以前の友達がいるからなんだから」

「まさか。友達の事で、あんた達に説教されるとはね」

「俺と智之って、ここでは白石以外に同性の友達がいないからなあ……」

 少し前までは、高校に行くのはつまらない義務だと思っていた俺達であったが、今では、男の友達より女の友達の方が多い(中学以前では、女の友人はゼロであった……)という摩訶不思議な幸運?に見舞われていた。

「でも、お二人とも、噂とは違ってお優しそうですね」

「噂ねえ。どうせ、今泉でしょう?」

 小学校・中学校・高校と縁だけはある男であったが、俺と智之の殺リストナンバーワンに入っている今泉は、今では子鼠のように俺達の前にはなかなか姿を現さない存在となっていた。
 陰険で、陰口が得意で、痩せ型で、黒縁眼鏡で、まあまあ秀才という、まるで昔の漫画のキャラのような奴で、智之に半分ネタ扱いされている男でもあったのだ。

「私は、あいつ嫌いだからよぉ」

「みさちゃん。あまり、人の悪口は良くないわよ」

「あやのは、本当に優しいよなぁ。これって、やっぱり彼氏持ちの余裕ってやつ?」

「へえ。峰岸って、彼氏いたんだ」

「あやのはよぉ。私の兄貴と付き合っているんだよ」

「異文化の人が、ここにもいる!」

 かがみは、始めて自分の友人に彼氏がいる事を知り、真剣に驚いていた。

「ほう。友人の兄と付き合うシチュか。実は、意外とレアなのでは?」

「ちびっ子、シチュとかレアって何だぁ?」

 みさおは、こなたに早速《ちびっ子》というあだ名を付けたらしい。

「いやね。私が、この前やったギャルゲーで……「ストップ!」」

「「?????」」

 かがみは、いきなり初対面の人物にギャルゲーの話をしようとしたこなたの口を強引に塞いでしまう。

「ところでさ、これだけの面子が集まった理由って、何なのさ?」

 新しく紹介されたみさおとあやのは、他の全ての人と同じように楽しそうに話をしていたのだが、たまに明らかにわかるように俺に視線を向けていたからだ。

「実は今日の朝に、こっちの教室に高良ちゃんが柊ちゃんを訪ねて来て、妹ちゃんと神代君が、付き合い始めたってお話をしていたから」

「つまり、興味があったと?」

「はい」

 物腰が柔らかく、少しおっとりとした口調で話すあやのは、何となくであるがみゆきさんに似ていて、俺は、『友人って、同じようなタイプが集まる事が多いんだな』とかがみを見ながら思っていた。

「でもよぉ。柊の妹と、あやのの共通点って何だろうな?」

「つまり、日下部は、それを探れば彼氏が出来ると考えている?」

「参考にはなると思うんだよ。柊だって、興味はあるだろう?」

 みさおとかがみの言葉に、俺を除く全員の視線がつかさとあやのに向かう。

「「えっ! 私?」」

 二人は、複数の興味深々な視線を受けて、少しまごまごとしていた。

「ここで、分析のスペシャリストの登場です。みゆきさん」

「私がですか?」

 こなたに指名されたみゆきは、少し考え込んでから自分の分析結果を話し始める。

「そうですね。お二人の共通点をですか? あやのさんは、少しお姉さんタイプのような印象を受けますね。お友達のみさおさんのフォローを良くしているようです」

「さすがは、みゆき。鋭い観察眼だな」

 あやのは、こなたと同じくぐーたらな性格をしているみさおの保護者的な役割を果たす事が多く、かがみは、それを僅かな時間で見抜いたみゆきに素直に感心していた。

「でも、つかさは、お姉さんタイプには見えないね。完全に、かがみに面倒見て貰っているタイプだから」

「あんた、人の事が言えるの? 私の宿題を写してばっかの癖に」

「うーーーっ! こなちゃんの癖に!」

 つかさは、こなたにそこまで言われるのは心外であるらしい。
 珍しく、反論というか文句を言っていた。

「つかさとあやのの共通点を挙げるとすれば、いわゆる癒し系ってやつ?」

「癒し系ねえ……。まあ。確かにそうね」

 こなたの的確な意見に、かがみは賛同する。

「あとは、女としての力量でしょう。ちなみに、料理とかは?」

「ええと、それなりに」

 こなたの質問に、あやのは普通に答える。

「あやのは、家が料理教室をやっているからな。かなり得意なんだぜぇ」

「へえ。そうなんだ」

 五年も付き合いがある癖に、友人のそんな部分すら知らないかがみに、俺は『こいつって、実は冷酷女なのでは?』と心の中で思ってしまう。

「何よ。拓海」

「いえね。極めて薄い友人関係なのではと……」

「神代も、そう思うだろう? 柊ってヴァ、冷たいんだよなぁ」

 俺の指摘に、みさおはさめざめと涙を流していた。

「でもね。そのツンの後でたまに見せるデレを経験すると、それだでご飯が三杯は行けるんだよねぇ」

「ツンデレ言うな! ていうか、そのディープな発言は何とかならないのか?」

 こなたのオタ発言に、かがみはいつものようにツッコミを入れる。

「それで、話を元に戻すけど、つかさも料理とか得意だよね?」

「得意かどうかはわからないけど、好きだよ。料理とか裁縫とか」

「聞きましたか? かがみん。このように、男女平等が謳われるこの時代においても、家事の、それも特に料理の出来る女性は、多くの需要が得られるわけですよ」

「あんたは、どこぞの評論家か……」

 かがみは、再びこなたにツッコミを入れる。

「でも、今日のつかさとかがみのお弁当は、地味だねえ……」

 確かにこなたの言う通りで、今日のつかさとかがみのお弁当はかなり地味であった。
 新学期から一月あまり、俺は柊姉妹のお弁当が、地味と派手を毎日繰り返している事に気付く。

「うちは、姉妹で交代で作っているからよ」

「それで、今日はかがみんと?」

「悪かったわね、料理が下手で。そもそも、あんたこそいつも買い弁で、お弁当なんて持って来ないじゃないの」

 かがみは、いつものようにチョココロネを齧るこたなに文句を言う。

「私は、チョココロネが好きだからね。でも、家ではお父さんと交代で家事をしてるから、結構得意だよ」

「お母さんは?」

「死んじゃったんだ。私が物凄く小さい頃に」

「「「「「「「……」」」」」」」

 人の家の悲しい事情を聞いてしまった俺達は、少し気まずい雰囲気に包まれてしまう。

「だからさ。家事なら、かがみんなんて敵じゃないね」

「人が、『悪い事を聞いたかな?』とか思っている時に、失礼な事を言うな!」

 かがみは、これで何度目かになるツッコミをこなたに入れるのであった。







「おおっ! 今年もついに始まるのか! 夏のコン○祭が!」

 五月中旬のとある日の放課後、放課後の教室で漫画雑誌を読みながら、こなたは一人で勝手に盛り上っていた。

「祭ねえ。ただの販売促進じゃないか」

「拓海ってば、夢が無いんだねえ……」

「お前に言われたくねえよ。それで、コミックを大人買いして、大量のクオカードを手に入れるのか?」

「保存用・観賞用・布教用と、資金がいくらあっても足り無いんだよねえ」

 こなたは、漫画雑誌の懸賞応募のページから目を離さないまま、俺との会話を続ける。

「金が無いのなら、同じ物を三組も集めようとするなよ……」
 
「お金が、欲しいねえ……。そうだ! 智之!」

「智之なら、今日は速攻で帰ったわよ」

 自分の教室から来たかがみが、誰も座っていない智之の席を指さしながら、こなたにあっさりと答える。

「おおっ! そんなぁ!」

「こなた。あんた、智之に集ろうとか考えてた?」

「思ってた。どうせ、あぶく銭だから」

 智之は、どういうわけかパチンコでの引きが強いらしく、その勝ち金を俺達に集られる事が多かった。

「今日は、新装開店に行ったぞ」

 また新しいアニメ台が出たらしく、智之は私服に着替えでパチンコ屋に行くために速攻で家に帰っていた。

「ねえ。あいつって、アニメオタクなの? パチンコオタクなの?」

「最近、どちらとも判断しかねるな」

 かがみとそんな話をしていると、いきなりこなたは俺の顔をジっと見つめ始める。

「急にどうしたんだ? こなた」

「ねえ。今日は、身体測定があったじゃない」

「あったけど、それが?」

「身長伸びた?」

「背は、2cm伸びた」

 去年の測定では、身長178cmであった俺だが、今日の測定では180cmだったので、身長が2cm伸びたという事になるのであろう。
 ただ、2cm程度では特に見た目に変化があるわけでも無かったので、あまり気にならなかったのも確かであった。
 それに、背が伸びて一喜一憂するのは、小学生や中学生までだとも個人的には思っていたのだ。
 
「おおっ! ここに不平等な富の偏在が! これ以上、背が伸びてどうするんだよ!」

「そんな、理不尽な……」 

 どうやら、こなたは去年から一ミリも身長が伸びていなかったらしく、俺に八つ当たりをしていた。
 日頃、昼食時に牛乳を飲むなどかなり気を使っているのに、全く効果が無い事に腹を立てているのかもしれなかった。

「ちなみに、かがみんは体重だけが増えたんだぞ!」

「それを、大声で拓海にバラすな!」

 自称乙女の秘密を暴露されたかがみは、こなたに大声でツッコミを入れる。

「見た目は、変わらないじゃないか」

「1kgだけだからね」

「具体的な数字を、拓海にバラすんじゃないわよ!」

 透かさず、かがみはこなたにタイミング良くツッコミを入れる。

「1kgくらい、誤差の範囲なんじゃないの?」

「拓海。あんたねぇ。女の子にとって、体重の増加は例え1kgでも大変な事なのよ」

「でもさ。逆に男の立場から言わせていただければ、男はそんな些細な事は気にならないんだよねぇ」

 女が思っているほど、男は女のちょっとした体重の変化には気が付かないし、女が思っている理想体型は、実は男から見るとガリガリで魅力を感じない事が多い。
 これが、俺が他所で見聞きした女性の体型に関する法則であった。

「じゃあ聞くけど、つかさでもそれは同じなの?」

 かがみの指差した先には、みゆきに勉強を教えて貰っているつかさの姿があった。

「急に10kgも太ったとかなら話は別だけど、つかさの体型に変化は無いと思うけどね」

 まだ直接中身を拝めるほど仲が発展した訳では無かったが、俺は特につかさが太った風にも、痩せた風にも見えなかった。

「つかさ」

「なあに? お姉ちゃん」

「あんた。体重が増えた? 減った?」

「全然、変わらないよ。去年と全く同じ」

 それよりも、他の誰にも(特に拓海には)言えなかったが、身体測定の日に間違えてキャラクター物の下着を付けて来てしまい、それを測定者に見られた事の方が、よほど恥ずかしかったつかさであった。

「ねえ、つかさ。ちなみに、胸とかは?」

「あんたは、どこぞの中年親父か……」

 こなたのセクハラ発言に、かがみはまた律儀にツッコミを入れていた。

「そっちは、本当にちょっとだけ。ゆきちゃんみたいに、大きいといいんだけどね」

 つかさは、俺の方をチラチラと見ながらそんな話をする。
 確かにみゆきさんは、グラビアアイドルも真っ青なグラマラスボディーをしていて、更にまだ成長途上にあるらしいので、世間一般の男性達なら、放っておかないと考えるのが普通なのであろう。
 そして、俺も世間の大半の男性と同じく、女性は胸が大きい方が良いとつかさに思われているらしかった。

「拓海は、みゆきさんのように胸が大きい人の方がいいのかなぁ?」

「こなた。お前な……」

「えっ! 私と拓海さんがですか?」

 こなたの親父発言に、みゆきは少し戸惑ったような態度を見せる。

「でも、拓海君のお母さんも、お姉さん達も胸が大きいよね」

 つかさは、以前に紹介された拓海の母と姉二人の胸が大きい事を思い出していた。

「(あのーーー。あの軽い母と姉達だから、余計に俺は、胸は慎ましやかな方が……)」

 俺が、微乳好きな理由は簡単だ。
 自分にとって母と姉のようなタイプの女性は、友人としては最高だが、恋人としては最悪だと常々思っていたからだ。

「でも、安心しなよ、つかさ。拓海ってば、大きな胸より小さな胸の女性の方が好きなんだってさ。一部勢力は存在するけど、なかなかに数の少ない貴重な貧乳マニアなんだってさ」

「拓海君は、小さい胸の人が好きなんだ」

 付き合い始めたばかりの彼氏の好きな胸の大きさなんて聞いても、普通の女性はあまり喜ばないのであろうが、今のつかさは、自分の両手を胸の上に載せながら、嬉しそうな笑みを浮かべていた。

「こなた……。貴様。その話をどこから……?」

 そんな事は分かりきっていたが、一応は聞いておこうと考える俺であった。

「前にね。智之からメールで聞いた」

「メールだと! 携帯のメモリーにそんな物を! 間違えて、誰かに見られでもしたら! おい! そのメールは、確実に削除したのか?」

 そんなディープな情報が世間様に漏れたら、間違い無くわが身の破滅だと考える俺であった。

「実はさ。この前、間違えて全部のアドレスに送信しちゃってさ」

「そんな大変な事を、サラリと言うんじゃねえよ!」

「嘘だけどね」

「お前な……」

 こなたは、必死の形相の俺を見て、またニヤニヤと締まらない笑みを浮かべていた。

「でもそうなると、拓海ってば、実は私の事も好みのタイプなのかもしれないね。でも、友達の彼氏を誘惑してしまう私って、実は罪な女?」

「一人で言ってなさい……」

 無意味に自信過剰なこなたに、かがみは完全に呆れ果てていた。

「いや、それについてはもはや隠し立てが出来ないので、正直に言わせて貰おうと思う。確かに、俺は大きい胸の人より、つかさくらいの胸の女の子が好きだよ。でも、最低限の胸は無ければ駄目だ。こなたの場合、それは貧乳じゃ無くて無乳だから、さしもの俺もどうにも興味が沸かないな」

「拓海! 誰が無乳だぁ!」

 俺の反撃に最初は呆然としていたこなたであったが、すぐに気を持ち直して、俺に抗議の声をあげていた。

「こなた。あんたが、先に失礼な事を言うからじゃないの(ぷぷっ! 無乳は傑作だわ!)」

 かがみは、こなたを宥めてはいるのだが、その視線は常に下を向き、懸命に何かを堪えているように見えた。

「さて、適当に切り上げて今日は帰るとしますかね」

「そうね。帰ってから、宿題をしないと」

「私は、明日写させて貰わないと」

「自分でやりなさいよ……」

 こうして、一応はつかさという彼女が出来た俺であったのだが、正直なところ、まだあまり二人きりになる機会も少ない俺達であった。
 最近毎日が楽しいので、今のところは特に不満は無かったのだが、そういう恋人的な部分は、また後ほどなのであろうと考える俺であった。



[7786] 第六話 こなた生誕記念日。でも、歳を取らない女です。
Name: アンディー◆be7b3392 ID:f7ef93f4
Date: 2009/05/23 19:35
「えーーーと。みゆきさんが書いた地図によると、そろそろなんだけどな……」

 五月下旬のある晴れた休日の午後、俺を含めたいつものグループは、二十八日にめでたく誕生日を迎えるこなたを祝うべく、彼女の家を始めて訪問する事となっていた。
 本当は、こなたに書いて貰った地図だけを参考に行くつもりだったのだが、ここで一つ大きな問題が発生していた。
 それは、こなたの絵と字が小学生も真っ青なほどに汚なかったという事であった。
 結果、貰った地図はそのままでは使えず、みゆきさんがネットの地図を参考に新しく書き直す羽目になっていた。

「こなたって、今年で十二歳だっけ?」

 こなたへ渡すプレゼントを持った俺は、隣で一緒に手を繋ぎながら歩くつかさに、半分冗談のつもりでそんな事を話す。
 俺とつかさが付き合い始めて約一ヶ月。
 やはり、俺達はあまり二人きりにならないカップルであった。
 俺、智之、こなた、かがみ、つかさ、みゆきさんの六人か、その時に都合の良いメンバーだけで一緒に行動する事が多く、あとは、それに峰岸と日下部が加わるといった感じであったのだ。 
 良く白石などからは、『二人きりになる時間が少なくて、つまらなくないか?』と聞かれるのだが、俺としてはつかさと二人でいる時間も、みんなと一緒にいる時間も同じくらい楽しかったので、特に不満は無かった。
 ちなみに、つかさも同じような気持ちを抱いているらしい。
 もっとも、週に二~三度は放課後などに二人きりでデートなどをしているので、それで十分だと思っていたのだ。
 夏休み、クリスマス、バレンタインデー。
 探せば、いくらでも二人きりになる機会は存在していた。

「拓海君。こなちゃんは、私達と同級生だから」

「それは、理解しているつもりなんだけど、どう考えても同学年に見えない」

 通学以外で公共交通機関を使う時や、映画館などに入る際に、子供料金で入っても係員に咎められた事が無いほど、こなたは見た目が小学生にしか見えなかった。

「拓海の言う通りだな。でも、不思議だよな。みゆきさんなんて、大人っぽくて女子大生とかOLさんに見えるのに、こなたよりも遅生まれだしな」

 智之の言う通りで、実はみゆきさんとこなたでは、こなたの方が早生まれでお姉さんであった。
 ただ、それを信じてくれる人は皆無であろうとも俺は思っていた。

「私は、いつも大人っぽく見られてしまうので、たまにこなたさんが羨ましいのですが……」

「でもさ。程度ってものがあると思うんだよね」

「それは、そうなんですけど……」

 俺は、心の中でこなたみたいな体型のみゆきさんを想像してみたのだが、すぐに思い浮かんだ映像を頭を振って取り消していた。

「どうしたの? 拓海君」

「いや。ちょっとこなた体型のみゆきさんを想像して……」

「それは、ちょっと……。でも、逆ならどうかな?」

 俺とつかさは、逆にみゆきさん張りのナイスバディーなこなたを想像してしまい、同時に頭を振ってその想像図を取り消していた。

「似た者カップルめ……」

 そして、その様子を見ながら細かいツッコミを入れるかがみであった。





「えーーーと。ここだな」

 みゆきさん作成の地図に従って到着したこなたの家は、埼玉県の郊外にあるかなり大きい一軒家であった。

「ねえ、つかさ。こなたのお父さんって、確か小説家だったよね?」

「そう言っていたよね」

「売れっ子なのだろうか?」

 ちゃんと自分の家を建てて、高校生の娘を養っているのだ。
 どんな本を書いているのかは知らなかったが、それなりに成功している人だと考えるべきであろう。

「ピンポーン!」

「はーーーい」

 みんなを代表して智之が呼び鈴を鳴らすと、すぐに玄関のドアが開き、そこから私服姿のこたたが顔を出す。

「「お誕生日。おめでとう!」」

「「「「おめでとう!」」」」

 こなたが顔を出すのと同時に、俺と智之は準備していたクラッカーの紐を引いて鳴らし、同時にお祝いの言葉を継げる。

「いやあ。みんな、ありがとうね」

「まあ、お約束だけどな」
 
「あっ! でもさ」

「何だ? こなた」

「誕生日の時に、その人がその場に現れるのと同時にクラッカーを鳴らす人って、実はドラマや漫画以外で始めて見た」

「こなた向けだ。素直に喜んでおけ」

「了解」

 相変わらずなこなたに、智之は冷静にツッコミを入れるのであった。







「みんな、あがってよ」

 こなたの案内で、初めて泉邸の内部に入った俺達であったが、そこで思わぬアクシデントに見舞われる事となった。
 
「こなた! その男達は何者なんだ!」

 こなたと同じ色の髪をした中年の男性が、俺と智之に怒りの表情を向けていたのだ。

「お父さん。彼氏とかじゃないから。友達、友達」

「今は友達かもしれないが、将来はわからん! そして、俺はそれを認めるつもりはない!」

 どうやら、その中年男性はこなたの父親であるらしく、俺と智之に対し臨戦体勢を取っていた。
 しかも、こなたのお父さんはつかさのお父さんとは違い、なかなかに男女交際に厳しい部分があるようだ。

「お父さん、止めときなよ。拓海と智之が相手じゃあ、フルボッコにされるよ。二人のライフゲージはフルのままだよ」

 一部奇妙な表現があったが、こなたは、自身が格闘技経験者だった影響で他人の実力を見抜くのが上手く、自分の父ではどちらが相手でも秒殺されてしまう事がわかっていたので、親切心から父の暴挙を止めに入っていた。

「それでも、男は戦わねばならない時がある!」

「うわぁ。意味わかんねぇ……」

 こなたは、自分の父親を、『何を言ってるんだ? こいつ』という表情で見ていた。

「あの。こなたのお父さん」

「誰が、お父さんか!」

「じゃあ、どう呼べばいいんです? えーーと、こなたの小父さん」

「私の娘の名前を、普通に呼び捨てか!」

 俺は理不尽にも、立て続けにこなたの小父さんに怒鳴られていた。

「話が進まないな……。あの、小父さん。隣にいる智之は知りませんけど、俺は本当にこなたさんの友人なんですよ。だって、俺にはちゃんと彼女がいますから」

 俺はそう言うと、後ろにいたつかさの両肩に手を置いてから、そっと彼女をこなたのお父さんの前に出す。

「あの……。始めまして。柊つかさです」

「ああ。こなたから、聞いているよ。姉妹して巫女さんなんだって?」

 今までの厳しい口調と態度から一変して、こなたのお父さんはつかさに対してデレデレとした態度を見せていた。

「「(いきなり、一言目がそれですか? しかも、男と女じゃ態度違いすぎ!)」」

 俺とかがみは、同時に全く同じツッコミを心の中で入れる。

「しかし、許せん!」

「へっ?」

「巫女さんを彼女にだと! そんな贅沢な奴は、俺が同じ男として許せん!」

「なあ。俺は、どうすればいいんだ? こなた」

「さあ? 半分発作のようなものだから、放って置いてもいいと思うんだよね」

 俺達は、どうにも理解不能なこなたのお父さんに、適当に自己紹介と挨拶をしてから、逃げるようにしてこなたの部屋へと移動するのであった。





「うわぁ。このお人形さん。可愛い」

「つかさ。それは、フィギュアと言うんだとさ」

「へえ。そうなんだ。○田○央?」

「いや、そっちではないと思う……」

 こなたの部屋は、俺達の期待を全く裏切らない物であった。
 多数のコミックが、本棚やベッドや床の上に積まれ、机の上にはパソコンが鎮座しと、世間で言うところのオタクの部屋その物と言った感じであったからだ。

「しかし、想像通りと言うか、それ以上と言うか……」

 かがみは、こなたの部屋に素直に呆れかえっていた。

「沢山の漫画があるんですね」

「もし興味があれば、好きな物を貸すよ。みゆきさん」

「ありがとうございます」

 みゆきさんは、こなたに素直にお礼を言っているが、俺は彼女が漫画を読む場面など全く想像ができなかった。
 多分、活字の本しか読まないのだろうと思っていたからだ。

「じゃあ、この度めでたく十七歳となった私に、プレゼントをプリーズ!」

「飴玉でもあげとくか……」

「こらぁ! 拓海! 人をまた子供扱いして!」

「まあ、それは冗談として。俺からは、これね」

 俺はそう言いながら、持参した紙袋をこなたに渡した。

「これは?」

「開ければわかる」

「おおっ! まるで、倦怠期の奥さんにでも言うかのようなセリフだ!」

「黙って開けろ」

 こなたが、紙袋を開けて中身を取り出すと、それは巫女服のセットであった。

「おおっ! 巫女服じゃん! ありがとう。拓海」

「明美姉さんからでもある」

「後で、お礼のメール送っておこうっと」

「拓海。あんた……」

 かがみは、俺が持参したプレゼントに明らかに引いていた。
 まさか、自分の妹の彼氏が、そっち側に転落するとは予想だにしていなかったからだが、それは間違いなくかがみの誤解であった。

「明美姉さんが、こなたに渡してくれってさ。本当は、バイト用の巫女服は貸与が基本なんだけどね」

 実はこれは、年末年始にうちの神社で巫女のバイトをする事が内定しているこなたへの、制服である巫女服の先渡しでもあったのだ。
 俺は少し早いような気がしたのだが、俺の下の姉である明美がこなたの事を異常なまでに気に入っていて、『今の内に、唾付けて確保しておく』とか危険な発言をしていたので、こういう事になっていたのだ。
 
「巫女服が貰えるとは嬉しいね」

「ああ、あれか。こなたに合う巫女服をバイト後に返して貰っても、他に着れる人がいないと?」

「お姉ちゃん、ストレートに言い過ぎ……」

 根がお人好しのつかさは、姉の言葉に一応釘を刺していた。

「いいね、巫女服。今度、バイトで使ってみようかな?」

「バイトなんてしてるんだ。こなたは」

 俺は少し前に聞いていたが、かがみはこなたがバイトをしている事を、今日始めて知ったようであった。
 ただ、俺もバイトを始めたという事だけを知っていたので、そのバイトがどんな物なのかまでは知らなかった。

「おうさ! 夏のコ○プ祭に参加する種銭を稼ぐべく、労働に汗を流しているわけなのさ」

「それで、どんなバイトなの?」

「アキバで、コスプレ喫茶のウェイトレスだよ」

 かがみの質問を、こなたは胸を張って答えていた。

「「「「(予想通りというか、全く違和感が無い……)」」」」

 その全く不自然さの無い回答に、こなたを除くほぼ全員の意見が心の中で一致する。

「でも、そういうバイトって、選考が厳しいんじゃないの? スタイルとかが良くないと」

「そういえば、有名なメイドカフェの求人倍率が数十倍ってニュースでやってたな」

 俺とかがみは、目の前の小学生のようなこなたがバイトの面接を通った事が信じられないでいた。
 別に、年齢的には違法ではないのだが、見た目だけで労働基準局に通報されてしまいそうであったからだ。

「知り合いのツテとはいえ、最初は店長にマジで引かれたんだけどね。ちゃんと学生証で身分確認が出来た途端に、『君は、十分に需要が見込める! 是非、うちに来てくれ!』って話になってね」

「需要ねえ……(その時の様子が容易に想像できるけど、想像したくねえ……)」

 俺は、その時の様子をリアルに想像してしまったので、懸命に頭を振ってその映像を消してしまう。

「それにね。私も常日頃、胸が無いのを嘆いて来たんだけどね。ここの面接と、あるゲームで『貧乳はステータスだ! 希少価値だ!』って言ってのを聞いてね。言われてみると、確かにそういうニーズもあるわけじゃん。私は貴重な存在のわけよ。実際に私、結構お店で人気あるし」

「「(ゲームで、なぜそこまで自信が持てるのかを知りたい……)」」

「「……」」

 今の所、俺とかがみの疑問に答えてくれそうな人は存在せず、つかさとみゆきさんも、どう答えていいのやら?といった感じであった。

「(しかし……。金を払ってでもこなたを見たい人達か……。うーーーん。謎が多いな)」

 こう思うのは偏見なのでは? とも思ったのだが、俺はこんな小学生のような女に何かを求めて多数のお客が来店する事実に、本気で日本の将来が心配になってきた。

「確かに、結構お客さんがいたよな」

「そういえば、店長がさ。智之もバイトしないかってさ。忙しいのなら、本当にたまにでもいいからだって」

「どうしようかな」

「あんた! もう行ってたのかよ!」

 かがみは、既にこなたのバイト先を訪問していたと智之に本気で驚いていた。

「でも、安心したなあ」

「えっ? 何が?」

 俺は、いきなり何の脈絡も無くそんな事を言い始めたつかさの顔を、首を傾げながら見つめ始める。

「私も胸が小さいから、貴重なら大丈夫かなって思ったんだ」

「ああ。つかさの場合は、拓海の好みが変わったら、揉んで貰って大きくすればさ」

「「親父発言禁止!」」

 俺とかがみは、ほぼ同時に勢い良くこなたにツッコミを入れるのであった。




「私達は、普通のプレゼントだからね」

 その後、かがみや、つかさや、みゆきさんなどからもプレゼントを貰うこなたであったが、その中身は普通の女子高生が友達に贈る物とさして違いは無かったので、ここでは割愛させていただく事とする。

「そして、俺が最高のプレゼントを用意しました!」

 最後に、俺が、『最近、こなたと知り合ったせいで、ますますオタク度が増しているんじゃねえの?』と考えている智之が、プレゼントが入っていると思われる紙袋をこなたに渡す。

「うわあ。本当にメイド服だ。ありがとう。智之」

「「「「(さすがは、智之(さん)。期待を裏切らないラインナップだな(ですね)……)」」」」

 女友達の誕生日プレゼントにメイド服を贈る男と、それを嬉しそうに受け取る本人に、俺達の心はまた一つになる。

「でも、そういう場所でバイトをしているのなら、メイド服くらい着た事が無いの?」

「いやーーー。着る機会は多いんだけどね。あれは、お店の制服だから貸与されている物なんだよね。でも、実際に欲しいと思うじゃん。メイド服って」

「あんただけだよ……」

「あっ! でも、私も着てみたいかも」

「つかさ。あんたねえ……」

「(俺は、見てみたい……。つかさのメイド服姿を)」

 かがみは、メイド服を着てみたいと言ったつかさに呆れた表情を向けるが、俺は秘かにつかさのメイド服姿を想像して一人で萌えていた。

「つかさは、もう拓海と倦怠期なのかな? そこで、メイド服で初期の興奮を取り戻すべく……」

「「再び、危険な発言禁止!」」

 俺とかがみは、また同時にこなたにツッコミを入れる。
 そもそも、俺達が付き合い始めてからまだ約一ヶ月しか経っておらず、悲しい事にまだキスすらしていなかったので、倦怠期などという物はいまだ見果てぬ遠い夢であったからだ。

「ああ、そうだ。もう一つプレゼントがあったんだ」

 次に智之が取り出した物は、どうやら椅子に掛けるカバーであるらしいのだが、問題はそのデザインにあった。
 なぜなら、その背もたれの部分には、メイド服を着た○イと○スカが描かれていたからだ。

「智之、これって?」

「ほら、パチ屋の椅子に付けてある椅子カバーだよ。知らない?」

「知るか!」

 俺のツッコミに、こなたを除く全員が静かに首を縦にふった。

「いいね。メイド服姿の○スカ萌えだね」

「そう思うだろう? こなたも」

 同じ趣味を持つ者同士、智之とこなたは、また意気投合していた。

「でも、新品なんだね」

「ああ。どうやら、パチメーカーの関係者がネットオークションに横流しをしたらしくてな」

「ふーーーん。まあ、良くある事だよね」

「だな」

「(いや、そう思っているのは、あんた達だけですから!)」

 かがみの心の中の声は、当然の如く二人には届かなかった。

「まあ。何にせよ、お誕生日おめでとうという事で……」

 その後、俺達は、他愛も無い話をしながらお菓子を食べたり、こなたが用意していたケーキを切り分けて食べたりして楽しい一時を過ごしたのだが、実は、唯一それに取り残されている人物が存在していた。

「ううっ! このギャルゲーのようなシチュをただ秘かに観察するのみの俺。非常に虚しい……」

 時折り、こっそりとこなたの部屋の中を観察(覗くの方が正しい)しながら、こなたの父親であるそうじろう氏は、一人血の涙を流すのであった。



[7786] 第七話 黒井先生がお見合い? ありえません!
Name: アンディー◆be7b3392 ID:f7ef93f4
Date: 2009/05/30 09:14
「はい、もしもし黒井です。ああ、何や母さんか。久しぶりやな」

 七月初旬のとある日曜日の午後、陵桜学園の世界史の教師である黒井ななこは、久しぶりに自分の母親から電話を貰っていた。

「ななこ、彼氏は出来たか?」

「うっ!」

 久々の母親からの電話だったのだが、いきなり尋ねられたその厳しい質問内容に、ななこはその場で電話を切りたくなっていた。
  
《黒井ななこ、二十六歳独身、彼氏なし!》

 見た目はスタイル抜群の美女なのだが、こなたと同じくゲーム好きで、学生の頃からその趣味に没頭していてあまり恋愛経験が無かったのが災いしてか?
 ここ数年は浮いた話題すら存在していない自分に、彼氏などいようはずも無かった。

「まあ。それは、おいおい……」

「もう四捨五入すると、三十歳やね。ななこ」

「うっ!」

 ななこの心臓に鋭い何かが突き刺さり、思わず受話器を落としてしまいそうになる。

「大丈夫やって。多分……」

 自分で自分を奮い立たせるために言った言葉であったが、最後まで気力が長続きせず、その言葉は完全に尻すぼみとなってしまっていた。

「ナナコ、焦りは禁物って言うけどな。そろそろ、焦らないと危険やで」

 同じ関西弁で、自分の娘に危機感を煽るななこの母親であったが、実は、黒井ななこの実家は神奈川県にあり、彼女は生粋の関東人であった。
 小学生の頃に自分の担任が喋っていた関西弁に憧れ、それを習得するために関西の大学に進学までして同じ教師にまでなってしまった、変わり者と言えば変わり者であり、ななこの母親も常に似非関西弁を喋る娘に影響されてなのか? 娘と話す時だけは、似非関西弁で対応するという器用な事を行っていた。

「そこでや。見合いをな。準備したんや」

「いらん。どうせ、大した男やあらへんやろうし」

「そう言うと、思っとたわ。だから、こっそりと顔だけ拝んどきや」

「近くにいる人なんか?」

「ななこは、暫くは陵桜学園の教師を辞めるつもりはあらへんのやろう? そこで、ちょっとした知り合いに、地元の自営業者の知り合いを紹介して貰ったんや。どうや? 結婚しても共働きでいけるでぇ」

 ななこは、自分の母親の用意周到さに半ば呆れつつも素直に感心していた。

「住所を教えたるから、顔だけでも拝んでおき」

「せやな。顔を見るくらいなら……」

 母親からその男性の住所を聞いたななこは、適当な服に着替えてからその住所のお店へと出かけるのであった。







「ジンさん。シルバーネックレスのチェーンが切れちゃった」

「そうか。この前の件もあるから、無料で直してやるよ」

「ありがとうね、ジンさん」

「なあに。その浮いたお金で、またデートを楽しみたまえ」

「「……」」

 同じ日曜日の午後、いつものようにつかさとデートをしていた俺は、突然いつも首にかけていたシルバーネックレスのチェーンが切れてしまったので、修理をして貰うために、つかさと一緒にジンさんのお店を尋ねていた。

「ああ。この程度なら、すぐに直るわ」

 ジンさんのアクセサリーショップが流行っている理由の一つに、アフターサービスが充実しているという点があった。
 普通なら、高い修理費を取るお店が多いのだが、ジンさんの場合は、多少派手に壊しても材料費程度の代金しか取らなかったので、あまりお金の無い若者達から絶大な支持を得ていたのだ。

「でもさ、あまり儲からないでしょう? 修理だけじゃあ」

「それは、そうなんだけどね。ほら、自分の作った作品は、半分子供のような物だからさ。修理をしてでも大切に長い間使ってくれると嬉しいわけよ」

「そういう部分は、芸術家というか職人なんですね」

 俺は、本当は芸術家になりたかったと常々口にしているジンさんの、そういう考えに心から感動していた。

「アフターケアが良好なおかげで、後で高価な結婚指輪の注文が入ったりもするし」

「そういう部分は、商売人なんですね……」

 だが、その感動は長続きしなかった……。

「人はパンだけでは生きられ無いけど、パンが無いと生きられないからなあ……」

 半ば経営が傾きつつあった文具店も継いだジンさんの、現実感に溢れる言葉であった。

「ところで、彼女を放っておいて大丈夫なのか?」

「つかさも、女の子という事ですよ」

 文具店に併設された、僅か数坪しかないジンさんの狭いアクセサリーショップには様々な種類のアクセサリーが展示されていて、つかさはそれを食い入るように見つめていた。

「つかさちゃん。その内に、イヤリングとかブレスレットとかを拓海にねだって、俺の懐を潤わせてちょうだいね」

「えっ! でも、私達は高校生ですし……」

 つかさは根が真面目なので、まだ高校生の自分が、彼氏とはいえそう度々男の人にプレゼントをねだるのは良く無いと考えていた。

「数年後に、婚約指輪とか結婚指輪の予約でもいいけどね」

「ちょっ! ジンさん!」

 ジンさんにからかわれた俺とつかさは、顔を真っ赤にさせながらその場に俯いてしまう。
 つかさと付き合い始めてから二ヶ月あまり、いまだにからかわれる事に慣れない俺とつかさであった。

「とまあ、若人達をからかうのはこれで止めてと……。ほら、修理が終わったぜ」

「ありがとう。ジンさん」

 俺は、ジンさんに修理して貰ったネックレスを受け取ると、それを無造作に首にかける。

「拓海君。ワイルドな感じで格好良いよね。それに、そのシルバーのネックレスも、使い込んだ感じで違和感が無いし」

「キャーーーーっ! 拓海君、格好良いーーーっ!」

「ジンさん……」
 
 俺は、オカマ声を発する、やはり相当にキャラが軽いジンさんを呆れながら見ていた。

「でも、長く使っているんだよね? そのネックレス」

「いや、まだ一年ちょっとだよ。高校入学を機に、自分で購入したから」

「拓海はさ。そういうシルバー系のアクセサリーが似合う男になれば、彼女が出来るのではないとか考えて……「ストップ!」」

 俺は、恥ずかしい過去の事情を暴露しようとしたジンさんの口を、強引に自分の手で塞いだ。

「でも、不思議だよね。拓海君って、女の子にモテそうだし……」

 つかさは、狭い店内でアクセサリーを選んでいる女子高生らしき二人組が、ヒソヒソと会話をしながら拓海を興味深そうに見ている事に気が付き、少し危機感を感じていた。

「拓海は、智之が常に隣にいるから、損をしている部分があったからな。でも、智之は駄目だな」

「どうしてですか? ジンさん」

「あいつは、なまじ顔が良いから、女の子に対して努力をしないからな。それに、俺のアクセサリーを買いに来ないし……」

「「(ジンさん。幼い頃から顔見知りなのに、智之(君)がアクセサリーを買いに来ない事が不満なんだ(な)……)」」

 お互いに気が付かなかったが、俺とつかさの考えは心の中で見事に一致していた。

「でもさ。ジンさんのアクセサリーは、うちの学校でも人気があるんですよ」

 俺は、白石や他の男子のクラスメイト達が、ここで主にシルバー系統のアクセサリーを購入している事を知っていた。
 他にも、多くの女子生徒達がお店を訪れていたので、智之がここに来ない事をそれほど気に病む事は無いと考えていたのだ。

「まあ。あいつが、アクセサリーの類に興味を持つとも思えないけどな。彼女でも出来れば、来るかもしれないしれないけど……」

 付き合いが長いので、智之の趣味の事は十分に把握しているジンさんであった。

「えーーーと、それは……」

 つかさは、自分の友達であるこなたと智之がその内に付き合い始めるのではないか? と考えていたが、例え付き合い始めても、二人がアクセサリーを購入する場面が想像できなかった。



『アクセサリー? そんな物を買うなら、ゲームか漫画かDVDがいいねえ。それに、限定品もあるし……』

『だよなあ。プレミア演出の方が重要なよなあ』




「あはははっ……。無理そう……」

 つかさは、二人の言いそうな事を想像して、頭をポリポリとかいていた。

「つかさちゃんの友達とかは、興味ないのかな? ああ、お姉さんがいたよね?」

 実は、かがみ、こなた、みゆきの三名は、ジンさんと直接顔を合わせた事が無かった。
 このお店は学校にも近かったのだが、他の友達などを連れて買い物にも来た事がないらしい。
 
「こなちゃんは、こういう事に一番興味無さそうで、ゆきちゃんは、都内に御用達のお店とかがありそう」

「ああ、それは納得行くわ。みゆきさんって、お嬢様だからなぁ。銀座とかの高級そうなお店とかに行ってるかも」

 俺は、つかさの意見に心から賛同していた。

「お姉ちゃんは、普通にこういう事に興味があると思うんだけど……」

「かがみか。あいつは気が強いから、暫く彼氏とか出来そうに無いけど、自分一人で買いに来ると、負けた感じがするとか思ってたりな」

「拓海、その考えは古くないか? 結構、一人で買いに来る女性は多いぞ」

 実際に多くの女性客と接しているジンさんは、俺の意見に異論があるらしい。
 俺の意見が古いと言って来た。

「でも、それは黒井先生くらいの歳になってからだと思うんですよねえ。ほら、あそこまで行くと、既に男の人に買って貰う事を諦められるって言いますか、自分へのご褒美とか言って」

「黒井先生?」

「俺達の担任の先生ですよ。結構、綺麗な人なんですけど、このまま独身街道をばく進かな? って人でして」

「拓海君……」

 俺が勢い良く自説をジンさんやつかさに披露していると、急につかさの表情が変わり、『それ以上、余計な事は言わない方が……』的な態度で俺の服の袖を引っ張り始める。

「どうしたの? つかさ?」

「あのね。拓海君。後ろ……」  

「はあ? 後ろ?」

「なあ。拓海。その黒井先生って、お前の後ろにいる人の事か?」

「……(しまった! まさか、そんな漫画的な展開になるとは!)」

 思わぬ所で訪れたピンチに、俺が恐る恐る後ろ振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべた黒井先生がいた。

「(逆に、その満面の笑みが恐ろしいです……)はははっ……。こんにちわ。黒井先生」

「よう。元気そうやな。神代」

「はい。それはもう、元気一杯でして……」

「せやな。お前の元気な声が、外まで聞こえたでぇ」

「聞こえましたか? やっぱり……」

 聞こえたという事は、誤魔化すという手は絶対に使えないという事を意味していた。

「ああ。それは、お店の外までようなぁ」

 俺の全てが終わった瞬間であった。
 きっと俺は、黒井先生に再起不能になるまで、大変な事をされてしまうのであろう。

「それとな、もう一つ残念なお知らせがあるんや」

「もう一つですか?」

「他にも、ゲストがおるんや」

 黒井先生がその身を少しズラすと、そこには怒りで身を震わせたかがみと、それを懸命に宥めているみゆきさんと、その光景を楽しそうにニヤニヤと眺めているこなたがいた。

「かがみさん……。いらしたので?」

「ええ。このお店の事を峰岸に聞いてね。せっくの休日だからって事で、みゆきとこなたを誘って来てみたんだけどね」

 かがみの友人のあやのは、このお店で彼氏さんにアクセサリーを買って貰った事があるらしく、それを聞いたかがみが、みゆきさんとこなたを誘ってこの店に来店し、その際に偶然に俺の話を聞いて激怒しているというのが、今の状況であるらしかった。

「ええと、どの辺から聞いていらっしゃいました?」

「『かがみか。あいつは気が強いから、暫く彼氏とか出来そうに無いけど、自分一人で買いに来ると、負けた感じがするとか思ってたりな』という所から」

「一字一句、全て間違い無く聞かれている……」

 黒井先生に続き、かがみも完全に敵に回した俺の胸の奥では、某使徒が襲来した時のようなパターン青の警報が鳴り響いていた。
 智之の布教活動恐るべしであった。

「黒井先生。暴力反対でーーーす」

「せなや。暴力はあかん。柊! 泉! 高良! 神代が、何でも一つ好きな物を買うてくれるそうやで!」

「なぁーーーっ!」

 黒井先生の宣言に、俺はガックリと肩を落としていた。
 《口は災いの元》というのは本当で、俺はまだ殴られた方がマシかもしれない大損害を被る事となった。

「ジンさん……。あのう……」

 俺は出来る限り頭を働かせて、最初にジンさんに釘を刺して置く事にする。
 四人にアクセサリー代を奢らなければならない以上、少しでも安い物を勧めて欲しいと思うのは、人として当然の感情であったからだ。

「うわぁ。ジンさんのお店って、数百円の商品から置いてあるんだあ。僕。ビックリ!」

「拓海君。わざとらし過ぎ……」

 俺の、損失額を抑えようとする懸命な芝居であったのだが、それはつかさにも呆れられてしまうという悲惨な結末を迎えていた。

「黒井先生ですか。いつも、おバカな拓海がお世話になっていまして。ええと、この髪留めなんていかがですか?」

 商売人であるジンさんは、俺の事などはお構い無しで、黒井先生に丁寧に挨拶をしながら商品を勧めていた。
 
「へえ、デザインがええなぁ。なんぼですか?」

「八千円でいいですよ」

「じゃあ、うちはこれやな」

「終わっている……」

 人の気も知らないで、ジンさんは商魂逞しく、黒井先生に高校生にはかなり痛い金額のアクセサリーを進めていた。

「ジンさん!」

「すまんな。拓海。人は、生きて行かないといけなんだよ」

「えーーーと、こなた?」

 俺は、こなたには期待している部分が大であった。
 あのゲームとアニメ関係にしか興味の無いこなたが、高いアクセサリーを選ぶとは思わなかったからだ。

「拓海、悪いねえ」

「ちょっ! こなたさん」

 こなたは、黒井先生と同じくらいの値段のペンダントを選んでいた。

「いやあ、興味は薄いんだけどさ。無料ってのがいいよねぇ。こう、遠慮する気持ちが無くなるって言うか」

「頼むから、遠慮してくれ!」

 こなたの言葉に気が遠くなりそうな俺であったが、俺は最後の気力を振り絞って、かがみとみゆきさんの方へと視線を向ける。
 俺は、このグループの良心であるみゆきさんが、かがみの暴走(無遠慮に高い物を選ぶ事)を止めてくれる事に期待していたのだ。

「このイヤリングは、素敵ね」

「かがみさん。それは、あまりに高い気がしますが……」

「(みゆきさん! ファイト!)」

 俺は、一万円の値札が付いたイヤリングを手にしているがかみに注意をするみゆきさんに、心からエールを送っていた。

「あの暴言の慰謝料だから、遠慮は無し! それよりも、みゆきは何か気に入った物はあったの?」

「ええと……。これなんて、素敵ですね」

「(いっ! 同じ値段じゃないか!)」

 俺は、みゆきさんがお嬢様である事を、今改めて思い出していた。
 常に高品質な物が多数身近にある彼女が、《友達から貰う適当な値段の物》をチョイスすると、かがみの《かなり値の張る物》と、ほぼ同じ値段の物になってしまうのだという事に……。

「じゃあ、みゆきはこれね」

「ですが……」

 さすがに、値札を見て気が引けたのか?
 みゆきさんは、そのイヤリングを選ぶのを躊躇ったのだが、かがみは容赦なくそれをジンさんに手渡していた。

「いやあ。売り上げアップへの協力に感謝します。それと、拓海」

「何です?」

「値引きと、ツケ払いを認めてやるよ」

「嬉しくて、涙が出るなあ……」

 色々な意味で、本当に涙が止まらない俺であった。




「まるで、某双子が活躍する青春野球漫画の兄の方のように、微妙な借金を背負ったねぇ。拓海は」

「ネタが古いわねぇ。こなたは」

「かがみんだって、知ってるじゃん」

「この前、実写映画をやってたからよ」

「ところで、黒井先生はどうしてこのお店に?」

 微妙なオタトークを展開するこなたとかがみはスルーして、余計な事を口走ったばかりに、『アクセサリーショップジン』に二万八千円ものツケ(値引きが無かったら、もっと大変な事になっていた……)を背負う事となった俺であったが、そこは彼女持ちの素晴らしいところ、つかさの励ましによりすぐに元気を取り戻し、(別に、ツケの金額が減ったわけではないが、要は気持ちの持ちようだ!)黒井先生に、このお店に来た理由を尋ねていた。

「ちょっと、このお店の噂を聞いてな(お見合い相手の確認なんて、口が裂けても言えへん)」

「ジンさんのお店って、大人気なんですね」

「まあね」

 ジンさんは、純真なつかさに褒められて顔をデレデレとさせていた。
 ひょっとすると、少し○リコンの気があるのかも知れなかった。

「先生の間でも、有名だったんですね」

「まあな。生物の桜庭先生とか、保健の天原先生とかから聞いてたんや」

 別に、ななこは嘘は付いていなかった。
 自分の母親から、お見合いの相手候補が経営しているお店の住所を聞いた時に、校内の若い女性教諭達の間で話題になっているお店である事に気が付いたのは事実であったからだ。

「陵桜学園サマサマだね」

 ななこは、改めて自分のお見合い相手候補である、《ジンさん》こと陣内俊樹の顔をジッと観察していた。
 背は神代拓海と同じくらいで、自分よりも十cmくらい高くて体型は痩せ型、頭にバンダナを巻き、洗いざらしのTシャツとジーンズ姿で、左耳にだけピアスを入れている。
 歳は自分よりも一歳下らしいが、ほぼ同い歳に見えるので付き合っても特に違和感は無いであろう。

「(結構、ええ男やないか。それに、自分のお店も繁盛させてるようやし。しかし……)」
 
 自分としては、目の前の男性とお見合いする事に特に異議は無かったのだが、問題は同じく店内にいる自分の教え子達五人の存在であった。

「(お見合いするなんて、こいつらにバレたら……)」

 拓海とつかさの事をクラス中にバラした過去を棚に上げて、ななこは自分がお見合いをする事がバレるのを極端に恐れていた。
 微妙な年齢の自分が、校内に顔見知りの多い男とお見合いをするなんて事がバレたら、しかもその情報の発信源が拓海達だとしたら……。
 それは中世ヨーロッパの黒死病の如く、爆発的に校内に広がって、多くのいらぬ詮索を受ける羽目になるであろう。
 
「(こいつらを先に上手く帰して、それからやな。本題は……)なあ。神代達は……」

 ところが、今までの悪行が祟ってか? 
 そうは、問屋が卸さなかった。
 なぜなら、急に店の奥から一人の中年女性が姿を現したからであった。

「こんにちわ、おばさん」

「あら。拓海君、いらっしゃい。ところで、俊樹」

「何だい? 母さん」

 その中年女性は、俺と顔見知りでもあるジンさんのお母さんであった。

「若い女性のお客さんが、来ていないかい?」

「候補は、一杯いるな」

 それなりに繁盛しているアクセサリーショップなので、店内には若い女性のお客さんは常に数人はいて、その質問はあまり的確では無いと俺は思っていた。

「黒井ななこさんと仰る方なんだけど」

「「「「「えっ?」」」」」

 俺やがかみ達の視線が、一斉に黒井先生へと向けられる。

「いらっしゃっるけど、それが何か?」

「実はね。あんたに、お見合いの話があるのよ」

「へえ。それは、初耳だったな」

 自分の見合いの話なのに、実感が乏しいからなのか?
 ジンさんは、自分の母親にまるで他人事のような返事をしていた。
 多分、全く聞いていなかったからなのであろうが。

「それで、誰と?」

「ジンさん。普通は、それとなく気が付かない?」

 俺は、とぼけた返事をするジンさんの視線を、突然秘密を暴露されて狼狽するななこ先生の方へと向けさせる。

「どうも、陣内俊樹です」

「黒井ななこですって!」
 
 これも、一般常識に則って動く大人の性なのか?
 二人は丁寧に挨拶を交していたが、ななこは自分に向けてキラキラとした笑みを向ける拓海やかがみ達に、本能的に危機感を感じていた。

「黒井先生! お見合いをするんですね!(仕返ししてやる!)」

 俺は、思わぬ幸運で得た収穫に顔を思いっきりニヤ付かせていた。

「「「「おめでとうございます! 頑張ってくださいね!」」」」

「(うっ! 一番最悪なタイミングで、一番最悪な連中に知られてもうた!)」

 ななこは、ただ己の運命を呪うしか無かった。
 自分に満面の笑みでお祝いの言葉(そもそも、まだ成功もしていないお見合いの事で、お祝いの言葉を述べること自体がおかしかった)を述べる彼らのほとんどが、最悪なメンバーであると思っていたからだ。

「(まずは、神代や……)」

 向こうが悪いとはいえ、調子に乗って高いアクセサリー代を奢らせたツケは、後で確実に来るであろうと思われた。

「(次に、泉か……)」

 一番性質が悪いとも言える。
 下手をすると、共通で親しいネトゲ仲間にまで暴露されかねなかった。

「(柊の姉の方もいたんやな……)」

 他のメンバーとはクラスが違うので、校内に爆発的に噂が広がる
主要因にもなりかねなかった。

「(柊の妹の方か……)」

 残念な事に、普通に自分が担任をしているクラス中に噂を広げてしまうであろう。

「(高良! お前は、唯一の救いやな)」

 仲間内で聖人君子扱いされているみゆきであったが、他のメンバーがメンバーなので、彼女の善意や優しさなどはすぐに無力化されてしまうであろう事が容易に想像できた。
 そう考えると、自分がお見合いをする件に対して、唯一本気でお祝いの言葉を述べている事が逆に悲しくなってくる。



「さて、時間も時間だし、そろそろ帰ろうか?」

「そうだね。拓海君」

 一番大切で面白い事(黒井先生のある意味弱み)も聞けたし、これ以上ここにいても時間の無駄と考えた俺は、つかさと一緒に家に帰る事にする。
 俺達は両家の家族公認の付き合いなので、クリスマスなどの特別行事以外は夜のデートは禁物だと思っていたからだ。

「拓海。グッナイト!な展開とかは?」

「相変わらずの親父発言だな。ねえよ」

 最近、ことある毎にその手を発言をするようになったこなたに、俺は全否定の返事をしておく。
 俺とて普通の男なので、そういう展開を期待しなくも無いが、ここにはつかさの姉のかがみがいるのだ。
 口が裂けても、そんな事を言えるはずがなかった。

「おーーーおーーー。私がいるからって、珍しく優等生な発言をしちゃって」

 ところが、俺の考えはかがみに見破られていたらしい。
 かがみは俺に、何か思惑のありそうな笑みを向けてくる。

「かがみんは、お昼のデートすら未経験の癖にねえ」

「こなたには、言われたくないわよ!」

 かがみは、こなたにまた鋭いツッコミを入れていた。
 それが事実で腹が立ったので、余計に素早くツッコミを入れなければならないと考えたからだ。

「ですが、こなたさんは、智之さんと良く一緒に出かけていますよ」

「うっ! 確かに!(この分野で、こなたに負けたくねぇ……)」

 みゆきの正論に大きなショックを受けたのか、かがみはガックリと肩を落としていた。
 確かに、平日の放課後や休日に、こなたと智之は二人きりで出かける事が多かったからだ。
 ただ、なぜ二人で出かけているのかと言えば、他に誰も○ニメイトや○ーマーズに行きたがらなかったからだ。

「安心しなよ、かがみん」

「何を?」

「もう、寂しん坊さんなんだから、かがみんは。でも、大丈夫。かがみんは、私の嫁……」

「冗談でも、そんな不謹慎な発言をするな! ……って、今日はもう疲れたわよ。みんな。帰りましょう」

 今日も、ツッコミを入れ過ぎて疲れたのか?
 かがみはみんなに家に帰る事を提案し、それを全員が了承する。

「じゃあね。ジンさん」

「「「「さようなら」」」」」

「毎度あり」

「……」

 先ほどから色々な事態を心の中で想定し、心の中で緊急対応会議を開催していたななこは、拓海達にお見合いの話は内緒にするようにと釘を刺すタイミングを完全に逸してしまい、夕方の商店街を横に並んで歩く五人をだた見送るしか術を持たなかった。
 




「おはようございます、黒井先生。ところで、お見合いはいつなんですか?」

「ええと。それは、もう少ししないとわからないんです……」

「でも、いいですよね。お見合い」

「そうなんですか? ちなみに、天原先生は経験ありなんですか?」

「ええ。本当に、お見合いだけですけど。でも、お見合いも結構楽しいものですよ。相手にもよりますけど」

 そして翌日の朝、いつものようにななこが学校に出勤すると、予想通りに自分のお見合いの話は学校中に広がっていて、職員室の自分の席に座ると同時に養護教員の天原先生にお見合いの事を聞かれていた。
 そして、校内でも……。

「黒井先生は、どんな人とお見合いをするんですか?」

「まあ。普通の人や」

「でも、お見合いか。一度くらいはしてみたいよね」

「そうよね。いいなあ。先生」

「あはははははっ……(神代の奴! 学校中を言いまわっとるな! 後で補習の刑や! って、しまった! あいつは、日本史も世界史も成績は5やった……)」

 自分のお見合いに興味を持ち、その事を尋ねて来る生徒達への対応に追われながら、ななこは拓海にどうやって復讐してやるかを懸命に頭の中で考え始めるのであった。
 



 そして更に、その日の夕方……。
 


「別に、うちはに相手に不自由したから、お見合いをするわけやなんやでぇーーー!」



 その日を、他の先生や生徒達の対応に追われたななこの絶叫が夕方の学校の校舎裏に無意味に響き渡る。
 だが、その後、《ジンさん》こと陣内俊樹とのお見合いがいつどこで行われて、それがどういう結果になったのかは、ななこ本人の口からは直接は明かされず、その結果を知るには、まだ暫らくの時が待たねばならなかった。



[7786] 第八話 柊姉妹生誕記念。おバカが来たりて×2
Name: アンディー◆be7b3392 ID:f7ef93f4
Date: 2009/06/13 21:12
「おはよう、拓海君。あれ? 智之君は?」

「水道場だよ。薬を飲みに行っている」

「風邪でもひいたのかな? 智之君」

「いや、昨日歯医者で親知らずを抜いたらしくて、化膿止めを渡されたんだって」

「うわぁ、痛そう」

「俺も去年抜いたけど、あれはなかなかに痛いわ」

「だよねぇ」

 七月六日の朝、いつものように校門の前で待ち合わせたにつかさと話をしながら教室に入ると、そこには深刻な表情で溜息を付くみゆきさんがいた。

「おはよう、ゆきちゃん」

「おはようございます、つかささん」

「おはよう、みゆきさん。ところで、何か深刻な悩みでも?」

 みゆきさんは、自分の席に座って盛大に溜息をついていた。

「おはようございます、拓海さん。実は私、昨日歯医者さんに行ったのですが……」

 みゆきさんの話によると、昨日智之と同じく歯医者に行ったらしいのだが、肝心の治療はその日で終わらなかったらしく、次回の来院を考えると陰鬱になってしまうとの事であった。
 どうやら、みゆきさんは歯医者が相当に苦手であるらしい。

「どうして、歯医者さんは一回で治療が終わらないのでしょうか?」

「だよね! 絶対に、一箇所が終わると次の宣告があるよねぇ!」

 同じく歯医者が苦手そうなつかさも、みゆきさんの意見に賛同していた。
 というか、歯医者が好きな人など、この世にはまず存在しないのであろうが……。

「一回で終わると、儲からないからじゃないの?」

「あんたは、どうしてそう現実的なのかねえ……」

「かがみには、言われたくないな」

「悪かったわね。同じく、現実的で」

 ちょうどそこに、朝のホームルームまでの時間を持て余したかがみがやって来る。

「実際の話、歯医者ってのは余っているらしいからね。儲けを出すのに苦労しているんじゃないの?」

「そうなのですか?」

「らしいよ。だから、なるべく良い歯医者さんを選ぶってのも、ポイントになるんじゃないのかな?」

「そうですよね。ちゃんとした歯医者さんを選ぶのは大切な事ですよね」

 歯医者嫌いだからこそ、ちゃんとした歯医者を選ぶべきだと言った俺の助言に何かを感じ取ったのか?
 みゆきさんは、何か強い決意をしたようであった。

「でも、それならもっと工夫して欲しいよね。もっと、お客さんが来やすくなるように」

「つかさ、その工夫って?」

 かがみは、『飲食店じゃないんだから』と思ったのだが、とりあえずはつかさの意見を聞いてみる事にする。

「私、あの薬品の臭いが苦手なんだ。だから、アロマテラピーで臭いを消すとか、リラックス出来る音楽を流すとか」

「つかさ、エステじゃないんだからさ……」

 かがみは、つかさの意見に呆れていた。

「子供を治療する時に、治療台の上方に設置したモニターでアニメを流す歯医者ってのはいるらしいね。この前、テレビで見たよ」

「へえ。そんなサービスがあるんだ」

 少し前に、たまたまテレビで見た事を俺が話すと、かがみは珍しく素直に感心していた。

「アニメに夢中になって子供が暴れたりしないから、歯医者自身が楽らしいよ。○ンパンマンとか、○ラえもんとか、○ロロ軍曹とかを流すらしい」

「へえ、そうなんだ。でも、その歯医者ならアレが患者でも効果ありそうよね」

「はあ? ……ああ。納得」

 俺が、かがみが視線を向けた方向を顔を合わせると、そこでは登校して来たこなたと、水道場から戻って来た智之が一緒に話をしていた。
 確かにあの連中なら、萌えアニメとかを流せば静かに歯医者の治療を受けるであろう。

「俺は、萌え○は、歳絵さんが一番萌えると思うんだよね。こう、世間の薫人気に逆らいたいような……。一見するとクールなんだけど、実は的な部分に萌える?」

「そういう斜め上な意見は、世間のオタク像を歪める原因になりかえねないからねぇ」

「でもよ。そう言う、例えば○ャラクシーエンジェルで素直に○ルフィーユに萌えてしまう的な部分って、実はマンネリの第一歩じゃねえ? ここは、○ァニラ様に萌えておこうよ」

「しかし、例えが古いねえ。智之は」

「いやね。最近出来た1円パチンコ専門店に甘デジが再導入されたから、プレミア目当てで打っているわけよ。最近」

 高校生の癖に何食わぬ顔でパチンコ屋に出入りし、その戦果を平気で口にする無謀な我が親友であったが、なぜかその事が生活指導の岩崎に漏れた事は一度として無かった。
 なぜなら、岩崎は複数のパチンコ屋で智之を見張るほど熱心な教師でも無かったし、実はかなり狡猾な智之がそう簡単にボロを出すはずが無かったからだ。

「拓海君、こなちゃんと智之君のお話の内容が理解できない」

「本当ね。まるで、暗号だわ」

「俺も付き合いが長いけど、最近ますます理解できなくなった」

「ええと……。その……」

 俺やかがみ達はおろか、他のクラスメイト達もこなたと智之に『意味不明です』的な表情を向けていた。

「智之! ほら、来たよ! 一般人達の蔑み光線が!」

「来たねぇ! ここ数年で女のには慣れているけど、意外と同性の奴がキツイねぇ!」

 二人は無駄にハイテンションで、更に俺達を引かせていた。

「とまあ、今日はここまでにしておくか。親知らずを抜いた影響か、まだ口の中がシクシク痛むからな」

「だったら、大人しくしておけよ」

 俺は、一応は親友に忠告しておく事にする。

「それは大変でしたね。親知らずは虫歯になりやすいそうですし、抜歯はかなり大変だと聞いていますが」

 常識人のみゆきさんは、話題を先ほどの歯医者の話の方へと巧みに誘導して行く。

「まだほとんど表に出ていない歯だったから、ほぼ手術レベルだったな。麻酔をかけてメスで周りの歯茎を切ってから、ペンチで引き抜こうとしたんだけどさ。意外と根が深かったらしくて、途中でドリルで歯を分割して取り除く方法に変更になったんだよ。それで、術後に抜歯跡を縫って貰ったんだけど、血がなかなか止まらなくてさ」

 ところが、それは明らかにみゆきさんのミスリードであった。
 普通に歯医者に行く事ですら苦痛なみゆきさんが、そんなスプラッターな話を聞いてしまったら、暫く再起不能なダメージを受けるのであろう事は確実であったからだ。

「手術……ですか?」

「智之君。痛そう……」

 智之の話を聞いたみゆきさんは、明らかに青ざめた顔をしていた。
 そして、隣にいるつかさも、まるで自分が痛いかのような顔をしていた。

「何日かしたら、抜糸に行かないと駄目なんだよね。でも、口の中って傷の回復が早いらしいから助かるよ。昔、空手をしていた時に複雑骨折をした時は面倒だったからなぁ」

「俺に、毎日ランドセル持ちをさせたよな」

 その事件の事は、俺も良く覚えていた。
 何でも、当時智之が習っていた空手の練習試合中に、対戦相手に軸足をバットのようにへし折られていまい、手術で足の骨の位置を直し、そこを補強するために患部に金属製のガードを付ける羽目となり、暫く松葉杖で行動していたからだ。
 そして、俺は毎日の学校の行き帰りを、智之のランドセル持ちをしていた記憶があった。

「まだ、手術跡が残っているけどな」

「お前は強かったけど、良く怪我をしたからな」

「だから、止めたんだよ。他にも、腕の骨折とか肩の脱臼とか、病院通いが面倒くさいからな。あの脱臼した肩を入れて貰う時の感触は本当に慣れないよなあ」

「さあ? 俺は、今までは大きな怪我とは無縁の男だからな……って、あれ? みゆきさん。どうかしたの?」

 ふと、俺が視線をみゆきさんの方へと向けると、彼女はますます顔を青ざめさせていた。

「みゆきさん?」

「歯医者さんも苦手ですが、その系統のお話も勘弁していただますと……」

「でもさ、みゆきさんって、医者志望だよね?」

 俺達は、みゆきさんの将来の夢が医者であると聞いていたので、そこまで極端に歯医者を嫌ったり、手術の話を聞いて顔を青ざめさせていて大丈夫なのか心配になってしまう。

「これから、慣れるように努力したいと思います……」

「薬剤師とかに変更しません?」

「出来れば、お医者さんになりたいですね」

「(うーーーん。ドジっ娘なみゆきさんが医者になるのか……。微妙に患者になりたくような・・・・・・)」

 俺達が話をしている横で、こなたはかなり失礼な事を考えていたが、それが他の人に気が付かれる事は無かったのであった。







「なあ、拓海。明日の誕生日なんだけどよ。プレゼントとかどうする?」

「勿論、これから買いに行くさ。智之はどうするんだ?」

「俺も、一緒に行くわ」

 その日の放課後、俺と智之は珍しく二人だけで帰宅していた。
 実は、明日七月七日は柊姉妹の誕生日であり、彼女達の家で誕生会を開く予定があったので、つかさと糟日部駅前で別れてからプレゼントを購入しようと思っていたからだ。

「それで、何を買うんだ?」

「かがみの方は、もう決まっている」

 俺は駅前の本屋に入ると、そこでラノベの最新刊を含む数冊の本を購入する。

「本をプレゼントにするのか? でも、既に本人に買われてたりとかしないか?」

「いや。その辺は、既に打ち合わせ済み」

 人に本をプレゼントするのはとても難しいという話を聞いた事があるのだが、それはあるハードルさえクリアすれば簡単だ。
 本人と、プレゼントをする本の内容を打ち合わせをすれば済む話なのだ。
 同じく現実的な性格をしていて、お互いに野心が存在しない異性の友人同士である、俺とかがみだからこそ可能であった幸運と言えよう。

「プレゼントの重要な要素である、何が貰えるのかワクワクする的な部分が台無し……」

「そういうのは、お前に任せるわ」

 次に、俺は近所の玩具屋で、かなり大きめな○ロロ軍曹のヌイグルミを購入する。

「ヌイグルミか。ちょっと、ベタじゃねえ?」

「うるさいな、智之は……。つかさが、○ロロ軍曹が好きだって言うからこれにしたんだよ。それで、お前は何をプレゼントするわけ?」

 俺は、人に文句ばかり言って、自分はまだ何も購入していない智之に半ば文句に近い口調で質問をする。

「ああ、俺? 俺は、もう買ってあるからさ」

「じゃあ、何で俺に付き合うわけ?」

「拓海が何を買うのかが、とても興味があったから。じゃあ、俺は一勝負に行くから」

 そう言い残してその場を立ち去る智之に、俺は何か嫌な予感を感じずにはいられなかった。




「お誕生日、おめでとうございます」

「「「おめでとう」」」

 そして、翌日。
 前と同じように柊家から最寄の駅前で待ち合わせをした俺達は、柊家の玄関先で出迎えてくれたかがみとつかさにお祝いの言葉を述べていた。 

「これをどうぞ。みんなからですよ」

「「ありがとう。みんな」」

 この四人の中で一番の常識派だと思われるみゆきさんは、みんなを代表して、手慣れた手付きで二人に花束を渡していた。 
 


『お二人に、花束を買って行きますので』

 昨日の晩、みゆきさんからメールを貰った俺は、自分が一番重要な事を忘れていた事に気が付く。

 《女性の誕生日のお祝いに、花を贈る》

 こんな重要な事を、すっかりと忘れていたのだ。
 そこで、俺はみゆきさんに花のチョイスをお願いし、代金は後で四人で割り勘をする旨を、智之とこなたにメールしていた。

『ああ、花か。すっかり、忘れてたね』

『でもさ、食えないじゃん。萌えないし』

『……』

 こなたと智之の返信に、俺はこの時ほどみゆきさんの存在をありがたいと思った事は無かった。


 
「それと、これは私からです」

 他にも、みゆきさんは男の俺では到底真似できない、センスの良いアクセサリーをつかさとかがみにプレゼントしていた。
 つかさにはイヤリングで、かがみには先日の俺の痛い出費の件があったのでペンダントと、まさに都会の女らしい洗練された部分を見せていた。
 
「でも、基本はドジっ娘属性で、萌えキャラだけどね」

「「「「はあ?」」」」

 こなたのまた意味不明な発言に、智之を除く俺達四人は頭の上にクエスチョンマークを浮かべ、智之はその発言に納得したのか、一人で大きく頷いていた。

「ええと、次は俺からかな?」

 意味不明な事を抜かすこなたを無視して、俺はかがみにラッピングの施された包みを渡した。

「あら。ラッピングしてくれたんだ」

「昨日の晩に、お袋に言われてね。『女の子に贈るんだから、リボンくらい付けなさいよ』って言われてさ」

「自分でやったの?」

「一応ね」

「へえ。意外と器用なんじゃないの」

 かがみは、俺が苦心して包装したプレゼントを嬉しそうに受け取る。

「それで、次は……」

 自分の彼女に誕生日プレゼントを渡すという、一番緊張する瞬間を迎えた俺は、緊張した面持ちでつかさと対面する。

「つかさ。誕生日おめでとう」

「ありがとう。拓海君。私が、○ロロ軍曹が好きだって言ったのを覚えてくれていたんだね」

 そう言いながら、嬉しそうにプレゼントを受け取るつかさを見ていると、どこかの小学生にプレゼント贈るのと違って、心から贈り物をして良かったと思う俺であった。

「ねえ、拓海。今、物凄く失礼な事を考えていなかった?」

「別に……(鋭いな。この女……)」

 俺は、意外と鋭いこなたに少し驚いていた。
 
「でも、つかさったら、みゆきからプレゼントを貰った時と比べると嬉しさが違うんじゃないの? さっきと態度が全然違うし」

「いやだなあ、お姉ちゃんたら。そんな事は無いよ」

「それにしては、心の底から嬉しそうな顔をしているわよね。みゆきの時よりも」

 かがみは、ニヤニヤとしながらつかさをからかって遊んでいた。

「駄目ですよ、かがみさん。つかささんをからっては。それに、好きな人からプレゼントを貰ったら、誰でもそうなりますよ」

「みゆきも、そうなの?」

「まだ経験は無いですけど、多分そうなるでしょうね」

 暫くの間、ほのぼのとした会話を続けていたかがみ達であったが、それに一区切りを付けると、今度は一斉に俺の方に視線を向けた。
 
「(そうだな、言わずと知れた。一般の高校生の友達とかに誕生日にプレゼントを渡しますよ的なシーンが、これで終わったんだよな。後は、どういう事になるか? 想像するだに恐ろしい……)」

 かがみとつかさにプレゼントを渡す人は残り二人で、しかも一番問題のありそうな奴らだけが残ってしまっていたのだ。
 一般人の俺達からしたら、心配の種しか残らない状況であった。

「では、私もプレゼントをあげるとしよう。心して開くように」

「(本当に心して開かないと、えらい事になりそうだな……)」

 かなり失礼な事を考えながら、かがみがこなたから貰ったプレゼントを袋から取り出すと、そこには腕章が一つ入っているだけであった。

「これは?」

「団長腕章」

 こなたの言う通りに、その腕章には《団長》の文字が書かれていた。

「何に使うの?」

「付けて団長になるの」

「はあ?」

 こなたの意味不明な回答に、かがみはどう答えてたら良いのか? わからない風な表情となっていた。

「かがみなら似合いそうな気がしたから、それにしたんだよね」

「あんたの方が似合いそうだがな!」

 一部、意味不明なやり取りがあったが、俺は特に気にしない事にする。
 気にしても仕方が無いと、天の声が告げていると感じたからだ。

「えーーーと、私のは何かな?」

 続けて、つかさがプレゼントを袋から取り出すのだが、その中身はうちの学校の物ではないセーラー服であった。

「それ、高かったんだよ。大事に着てね」

「姉妹して、コスプレさせるな!」

 俺としては、まだ予想の範疇に入るレベルのプレゼントであったのだが、かがみはまた律儀にこなたにツッコミを入れていた。
 それに、こなたのプレゼントなどは、まだ可愛いレベルにあると俺は考えていた。
 何しろ俺は、小さい頃から我が幼馴染にして親友の岩永智之から、常に予想の斜め上を行くプレゼントを貰い続けていたからだ。
 むしろ、この前のメイド服などは、俺からしたら捻りが足りないと思えるレベルの物であった。

「えーーーと。かがみにはコレね」

「ありがとう……(一抹の不安を感じずにはいられないわね)」

 そして、遂に本命の登場となった。
 見た目は○ャニーズも真っ青な容姿をしているのに、そのオタク丸出しな言動のせいで普通の女の子を引かまくっている男、岩永智之が、かがみにプレゼントの入った袋を手渡したのだ。

「これは?」

 かがみがプレゼントの入った袋を開けると、そこには白を基調としたドレス風の衣装が入っていた。

「凄ぉーーーい! ウェディングドレスみたい」

「頭に被る帽子も、まるでブーケのようですね」

 その無駄に豪華な衣装に、つかさとみゆきさんは素直に感心していたが、誰がどう考えても、それは何かのコスプレ衣装である事に間違いは無かった。

「智之。解説、解説」

 智之以外に、これが何なのかを知っている人がいないので、俺は智之に詳しい説明を促す。

「ふむ。それはゴールデンウィークに、初めて柊家を訪れた時の事だ……」

 智之を説明を省略すると、その時に初めて聞いたかがみとつかさのお母さんの声にインスピレーションを感じての、今回の計画であったらしい。
 ただ、俺には、そのインスピレーションの詳細が理解できなかったが……。

「主要キャラの衣装は、入手が楽なんだけどね。○ャトヤーン様の衣装は特注で無いと難しい点があったんだよ。いやあ、いつかこんな時が来るかもしれない。そう考えてゴールデウィーク直後に早目に注文していた俺、グュジョブ!」

 智之は自分の事を自画自賛していたが、こんな腕すらも布地でスッポリと覆われてしまう衣装が通常の生活で使えるはずもなく、貰ったかがみはどうしたものかという顔をしていた。

「ああ。でも、一度でいいから、お母さんに着ていただけると……」

「人の母親まで、コスプレさせるな!」

 これはもうお約束なのであろう。
 かがみは、以前に比べると二倍に増えたツッコミの仕事を律儀にこなしていた。
 もはやここまで来ると、半分仕事と言っても差し支えは無いと思う俺であった。

「でも、拓海君。とても高そうな衣装だよね」

「あいつの金銭感覚は、一部だけが異常だから……」

 あの特注の衣装がいかほどするのかはわからなかったが、奴は親しい人へのプレゼント代はケチらない性格であった。
 特に、高校生になってパチンコをするようになってから、その金額の桁が一つ増えたのも特徴の一つであろう。
 ただ、一度として、その掛けた金額に見合う喜びを、相手から引き出せない内容のプレゼントであったが……。

「私達じゃあ、パーティーとかに縁が無いから、着る機会が無いよね」

「(あのコスプレ衣装をパーティーで着る? いや、無理でしょう。つかさ)」

 どうやら、つかさはあのコスプレ衣装をパーティードレスの一種と勘違いしているらしいが、あんな物を着てパーティーに出たら、別の意味で注目を浴びてしまうであろうと考える俺であった。
 ただ、そのドレスは生意気な事にかなり高品質の素材で作られている事は確かであった。

「そういえば、今までに拓海君は、智之君からどんな物を貰った事があるの?」

「ええとね……。答え辛いな……」

「私、大丈夫かな?」

 去年の俺の誕生日に、特注の○ラグスーツ(○ンジのやつ)を贈った智之なのだ。
 普通の物を期待するだけ損であると、俺は思っていた。

「それでは、次はつかさに……」

 続いて、智之はつかさにプレゼントを渡すのだが、それは身長が180cmを超える智之が、苦心して持って来るほどの大きさの物であった。
 
「家の中で包みを解いた方がいいな」

「それで、これって何なのかな? 智之君」

 プレゼントの中身が気になったつかさは、智之にそれが何なのかを尋ねる。

「ああ。実は、格安のキセカチの中古台を手に入れてさ。暇な時に回すと結構面白いんだぜ」

「「「「……」」」」

 その一言で、俺達は全てを悟っていた。
 どうやら、智之は中古のパチンコ台をつかさへのプレゼントとして持参したらしい。
 
「女子高生に贈るのに、こんなに適さない誕生日プレゼントは初めてだな……」

「ええ……」

 さすがのかがみも、智之のあまりの暴走ぶりに何も言えなくなっていた。

「でもさ、○ヴァパチならプレステ2とかでゲームが出てるじゃん。そっちにしなよ」

「そっちの方に、突っ込むのかよ!」
 
 ただ、こなたの事は別らしく、かがみは女性高生の誕生日プレゼントにパチンコ台を贈る智之自身の事ではなく、贈る物の種類が少し違うと意見するこなたに、鋭いツッコミを入れる。

「バカだなぁ、こなたは。実機の方が、面白いに決まっているじゃないか」

「ああっ! そういう意見もあったか! 確かに、それもそうだね」

「って! 納得するなよ!」

 せっかくの誕生日に、去年よりも増えてしまった問題児二人への対応に忙しいかがみに、俺は心から同情の視線を送るのであった。







「コスプレ衣装に、中古のパチンコ台……。今年の誕生日プレゼントは、歴史に残る物になりそうね」

「「いやあ、それほどでも」」

「褒めてねえよ!」

 その後、かがみの部屋に移動した俺達であったが、姉妹へのプレゼントの一時置き場となった室内は、一種異様な光景となっていた。
 セーラー服と、○ャトヤーン様とやらの衣装(意味不明)がハンガーに掛けられてから吊るされ、その下では包みを解いてパチンコ台を始動させている智之とそれを興味深そうに見ているこなたがいたからだ。

「ねえ、どこに打てば良く回るの?」

「適当に天釘の下の部分に打てば回るように調整して貰った」

「ふーーーん」

「お前、ゲーセンとかで打った事ないの?」

「いやあ、当たってメダルとか出ても使い道ないし」

「それは、言えているな」

 更にその後、二人はかがみの部屋のテーブルの上に置かれたクッキーを遠慮なく貪り食い始める。

「ちょっと、人の誕生日なんだから少しは遠慮しなさいよ」

「そういえば、つかさ他一名の誕生日なんだよね。今日は」

「略すな!」

 自分の名前を省略されたかがみは、またこなたにツッコミを入れる。

「このクッキー、甘さ控えめで美味しいな。やっぱり、つかさ作?」

 甘い物が嫌いという事も無いのだが、あまり量を食べない智之が珍しく沢山食べているくらいなので、出されたクッキーは俺が食べても本当に美味しい物であり、俺は料理の上手いつかさという彼女の存在に心から感動していた。

「えっ! そうかな? 実は私も作ったのよ。つかさに、作り方を聞いて」

「それを聞くと……」

「途端に、不味い物が混じっている予感が……。これは、かがみん作かなぁ?」

「テレビのバラエティーで、一つだけワサビ入りが混じっているとかそういう感覚か?」

「お前らな……」

 クッキーを食べる手は止めない癖に言いたい放題な俺達に、かがみは恨めしそうな視線を向ける。

「だが、クッキーでは腹が塞がらないな。ピザを頼もう」

「いいね。でも、ここって宅配範囲に入ってる?」

「失礼ね。大丈夫に決まっているでしょう……」

 智之と俺の提案でピザを注文する事となり、その後、届いたピザを開いて食べていると、こなたがふとこんな事を言い始める。

「そういえば、今日はポニーテールの日なんだよね」

「おい、いきなりだな」

 俺はピザを食べる手を止め、こなたの方に視線を向ける。

「でも、どうして七月七日なのかな?」

「それはですね。七夕の織姫がポニーテールだったという理由にちなんで、1995年に日本ポニーテール協会がその日に定めたそうです。また、毎年日本一ポニーテールが似合う有名人に《日本ポニーテール大賞》を贈っており、過去には江角マキコ、宇多田ヒカル、倉木麻衣、持田香織、宮里藍などが受賞しています」

「へえ。博識なんだな。みゆきさんは」

「いえ。それほどの事は・・・・・・」

 つかさに疑問に、話をふったこなた本人ではなくみゆきさんが丁寧に回答し、俺は博識なみゆきさんに感心していた。
 ただ、こなたがその質問に答えなかった所からして、多分こなたは、ポニーテールの日がどうして七月七日まではわからないのであろう。

「そこでだ。《実際にポニーにしてみましょう!》企画をここに宣言します!」

「いきなりだな……」

 そうは言ったものの、実はつかさのポニーテール姿に興味があった俺は、それ以上突っ込む事を止めていた。
 そして、こなたは用意していたゴム紐で、まずは自分とみゆきさんの髪を結び始める。

「へえ、似合うじゃないの」

「こなちゃんと、ゆきちゃん。全然、違和感が無いよ。そのままでも十分に行けるよ」

 かがみとつかさは、こなたとみゆきさんのポニーテール姿が似合っていると言って褒めていた。

「本当だ。少し活発的になった印象で悪くないな」

「確かに。みゆきさんは、『これから大学のテニスサークルの練習なんです』的な感じがして、こなたは、『これから友達とドッヂボールなんだ』って感じがする」

「また人を子ども扱いかい!」

 珍しく素直に褒めた智之をスルーして、俺にまた子供扱いされたこなたは一人抗議の声をあげる。

「それで、次はつかさとかがみか……」

 こなたとみゆきさんが、付けていたゴム紐を外してつかさとかがみに渡すと、二人はすぐに髪を結い始めた。

「私はちょっと短くてギリギリだけど、似合っているかな?」

 こなた達と違って小さめのポニーテールであったが、俺はその可愛さに心臓をドキドキさせていた。

「似合ってる。可愛いよ、つかさ」

「ありがとう」

「拓海はさ。つかさなら、どんな髪型でもいいんじゃないの?」

「大きなお世話だ!」

 俺は、さきほどのお礼とばかりに、こなたに強かな反撃を喰らっていた。

「そして、かがみか……」

「うーーーん」

 最後に全員の視線がかがみへと向かうのだが、俺と智之はその評価の難しさに唸り声をあげてしまう。

「えーーーと。お姉ちゃんは……」

「そうですね……」

 同じく、つかさとみゆきさんもどう答えて良いものやらといった感じでかがみの方を見つめていた。

「いいわよ。どうせ、似合っていなんでしょう?」

「武士みたいで男前」

「ああ。確かに、果し合い直前って感じするわ」

「悪かったわね!」

 かがみは、こなたと智之にまたツッコミを入れ、既にこのグループ内における《ツッコミ女王》の名を不動のものとしたのであった。






「ところで話は変わるけど、七月になって天気が良くなって梅雨明けまであと少しって感じだよね」

「ほう、お天気ネタか。珍しいな」

 俺は、珍しくアニメやゲーム以外のネタを振ってくるこなたに、素直に感心していた。

「昔は、梅雨の季節が大好きだったんだよね。私」

「室内がジメジメしたり、洗濯物が乾き難かったりするから、私は苦手だな。でも、どうして?」

 家庭的なつかさは、梅雨の季節が好きではないらしいが、そもそも、好きな人など皆無であろうと思う俺であった。 

「ほら。雨が降ると、野球中継が中止になってアニメとかがちゃんと放送されるじゃん。私としては、その方が嬉しいわけよ。でも、最近はドーム球場がほとんどで全然関係ないから、やっぱり嫌いになってね。つかさの言う通りで、洗濯物が乾かないのは辛いわけよ。まあ。家事とかしないかがみには、わからない悩みだろうけど」

「悪かったわね」

「でもさ、どうしてこんなジメジメした季節に結婚すると、ジューンブライドとか言われて、縁起が良いとか、幸せになるとか言われてるんだろうね?」

「いきなりだな。おい」

 俺は、話の内容がポンポンと飛躍するこなたに文句を言う。

「それはですね。六月のジューンは、ローマ神話の女神ユノから取られていまして、更にユノが家庭の神である事に由来し、その月に結婚した夫婦は幸せになると言われています。それと、この言葉の発祥の地であるヨーロッパの、特に地中海性気候地帯では、この季節は雨も少なくて快晴の日が多いので、結婚式に適しているという事情もあるようです」

 それが、自分の役割だと自覚しているのか?
 みゆきさんは、こなたの質問に丁寧に答えていた。

「へえ。そうなんだ。でも、ユノってギリシャ神話で言う所のヘラだよね?」

「はい」

「良くそんな事を知ってたな。こなたは」

「まあ。某ゲームからの知識って事で」

「やっぱり……」

 俺は、こなた如きに感心した事をすぐに後悔する事となる。

「でさ、ヘラって聞くと、嫉妬深いイメージがあるから、幸せな結婚ってイメージと結び付かないというか……」

「幸せかどうかはわからないけど、結婚を人生の牢獄と例える人もいるから、あながち間違でも無いんじゃねえの?」

「おいおい。智之……」

「「「「……」」」」

 智之の身も蓋もない発言に、俺を含めた全員が引いてしまう。

「でも、花嫁さんっていいよねぇ。ゆきちゃんは、花嫁衣装は何を着たい?」

 だが、すぐに気を取り直したつかさが、自身の憧れでもあるらしい、結婚式の時の衣装についてみゆきさんに尋ねる。

「そうですね。私は、ウェディングドレスを着たいですね。つかささんはどうですか?」

「私も、ドレスがいいかなあ? でも、着物も捨て難いよね」

「そうですね。最近は、どちらもという方も多いそうですし」

「お姉ちゃんは、どっちが着たい?」

「そうね。心情的にはドレスなんだけど、うちの家庭事情がそれを許さないんじゃないの? ほら。この前いのりお姉さんが、お父さんにウェディングドレスで式を挙げたいって言ってたけど、うちは神社なわけだし……」

 それもあったが、その前に相手がいない現状を何とかしないとと実の姉に対して感じたかがみであった。

「そんなの関係あるの?」

「拓海。あんた、神社の跡取りなのにそんな事でいいわけ?」

「あっ! そういえば、上のお姉さんが結婚していたよね?」

 つかさは、俺の上の姉の和美が既に既婚者である事を思い出す。

「式は、神前だったんでしょう?」

「式はね。でも、披露宴は別だからウェディングドレスも着物も普通に着てたよ」

 去年に行われた姉の和美の結婚式は、知り合いの神主さんに神前で式を挙げて貰い、その後は普通に結婚式場で披露宴を行うというスタイルだったので、俺からすれば、どうしてかがみがそんな事を気にするのかがわからなかったのだ。 

「式だけ神前なのか」

「芸能人とかが、普通にそうじゃないか」

「確かにね」

「なら、つかさとの結婚式もそうするわけだね」

「……(やはり、そう来たか……)」

「(こなちゃん……。まだ、そこまで考えてないから……)」

 俺とつかさは、こなたの意地悪な質問にまた顔を真っ赤に染めてしまうのであった。
 そして……。

「今考えたんだけど、予行練習で俺のプレゼントした○ャトヤーン様の衣装が使えなくない?」

「いやいや、使えないから!」

 不意に出た智之の意見を、かがみは全力で否定するのであった。





「遂にケーキですね」

「拓海君、ケーキ好きだものね」

 遂に、俺の待ちに待った瞬間が訪れていた。
 お昼前からクッキーを食べ、注文したピザとそのセットに入っていたフライドチキンとポテトを喰らい、更にポテトチップやえびせんなどのスナック菓子を大量に食らっていた俺であったが、いまだに腹は満たされていなかった。
 この世に、『寿司は別腹』、『デザートは別腹』という言葉があるのだが、それは俺のために存在する言葉であると思っていたからだ。
 お誕生日というイベントに出席した以上、俺は何が何でもケーキを食べてから帰らねばならないと思っていたので、本命のケーキの登場に心をワクワクさせていた。

「六人だから、一人60度かな。でも、60度って難しいよね」

 ケーキを切るために包丁を持っているつかさが、どうやって切れば平等になるか真剣に考え込んでいた。

「別に子供じゃないんだから、少しくらい少なくても喧嘩になんてならないんじゃないの?」

 特別に甘い物好きというわけでもない智之は、細かい事を気にしないで適当に切れば良いと考えているらしく、つかさに、『気にしないで、早く切っちゃえば?』という趣旨の発言をしていた。
 
「でも、結構気にする人はするよね。表立っては言わなくても」

「確かにね……」

 かがみは、俺の方に何か言いたそうな視線を向けていた。

「昔は、真剣に姉さんと喧嘩した事があるけど、今はそこまで意地汚くない!」

 その後、無事にケーキが切り分けられたのだが、そこで俺は大きな勝負を行っていた。

「「チョコのプレートを賭けて、ジャンケンポン! あいこでしょ!」」

「いやいやいや……。十分に、意地汚いですから」

「私は、可愛いと思うんだけどな」

「つかさ。それって、《あばたも笑窪》の類だから」

 ケーキの上に載っていたチョコのプレートを巡って、こなたと壮絶なジャンケンを繰り返す俺にかがみは呆れ、つかさはそれを微笑ましく見つめるのであった。






「「「それでは、お邪魔しました」」」

 時刻は夕方となり、散々に飲み食いし喋りまくっていた誕生会もこれでお開きとなったのだが、また俺はそのまま帰る事が出来ないでいた。
 以前と同じく、既に帰宅していたまつりさんといのりさんに捕まり、夕食を食べて帰らねばならない雰囲気になっていたからだ。

「智之君」

「ラジャーーーっ!」

「うわぁーーー! 古っ!」

 こなたの細かいツッコミをスルーしつつ、智之はまつりさんの命令通りに自分の携帯電話で俺に家に電話をかけていた。

「あっ、小母さん。俺です。智之です。拓海なんですけどね……。はあ、わかりました」

「今日は、えらく短いな?」

「拓海。今日は、夕飯を作るのが面倒で外食にするから、食べて帰らないと飯は自前だって」

「何だとぉーーー!」

 食事の支度を極端に面倒がるうちのお袋は、どうやら俺が柊家に行くとそこで飯を食べて来てくれるものだと思っているらしく、遂に食事の支度まで放棄してしまったらしい。

「じゃあ、うちで食べて帰らないとね」

「はい……」

 既に退路が断たれた俺は、再びいのりさんとまつりさんに両脇を固められながら柊家の居間へと連行されていく。

「今日はカレーだから、遠慮無くお替りしてね」

「はい、ありがとうございます」

「拓海君、私達もケーキを買って来たから後で食べましょう」

「いいですね、ケーキ。俺、大好物なんですよ」

「そっか、一杯食べてね」

 だが、いざ食事を出されれば、うちよりも遙かに美味しい食事であったので、俺は大満足しながらカレーを三杯もお替りし、食後のケーキも大きめに切り分けて貰って大満足するのであった。

「すっかり飼い慣らされているわね。拓海は」

「……」

 俺は、かがみの言葉に少しムカっと来たのだが、正直なところ嘘でも無かったので反論する事ができず、唯一の抵抗としてかがみよりも大量カレーとケーキを食べる事だけに集中するのであった。

 そして、毒舌を吐いた当のかがみであったが、彼女も後に大きな難題に突き当たる事となる。




「うーーーん。プラス2kg……。調子に乗って食べ過ぎたか……」

 クッキー、ジュース、ピザ、フライドチキン、フライドポテト、各種スナック菓子、カレー、ケーキ二回。
 自分の誕生日だったので気を抜いていた事と、一緒にいた拓海と智之が沢山食べるのに釣られた結果、予想外の体重増に苦悩を深めるかがみであった。
 そして、その日の学校でも……。

「最近さあ。飯物とかが不足したからなのかわからないけど、久しぶりに体重計に乗ったら、2kg落ちてたんだよね。少し、増やさないと」

「拓海もか? 実は、俺もなぜか2kg落ちててさ。誤差の範囲だとは思うんだけど……」

「帰りにラーメンの大盛りでも食って帰ろうかな?」

「俺も、そうしようかな?」

「納得いかねえ!」

「「はあ?」」

 あれだけ食べても、逆に体重が落ちたと話している拓海と智之に、かがみは気合の籠もったツッコミを入れるのであった。



[7786] 第九話 そんな、漫画みたいな事はそう起きませんって!
Name: アンディー◆be7b3392 ID:f7ef93f4
Date: 2009/05/04 21:51
「神代と岩永の奴!」

 埼玉県郊外にあるとある一戸建ての中の一室で、一人の男子高校生が同じ学校に通う同級生達に呪詛の言葉を吐いていた。
 恨みを言葉を吐いた相手は二人で、その名前は神代拓海と岩永智之。
 小学校から縁だけはあった奴らだが決して友達ではない奴らで、思えば小学生の頃から気に入らない奴らであった。
 不真面目な連中の癖に、友達が多くて自分と同じくらい勉強が出来て運動神経まで良い。
 おまけに、自分よりも遙かに顔が良いと来ている。

 それでも、関わり合いにならなければ良いと考えていたのだが、その考えは中学生に頃に一変する事となる。
 自分が始めて好きになった女の子に勇気を振り絞って告白した際に、その名前がまた出て来たからであった。

『私、岩永君が好きなの』

 こうして自分はフラれ、自分の初恋はこれで終わったわけだが、その後にどうしても我慢が出来ない事があった。
 それは、二人は一度だけデートをしたらしいのだが、デートは本当にその一度だけで、二人はそれ以来連絡すら取っていないという話だったからだ。

『別れた原因? さあ?』

 双方が事情を話さなかったという事もあって、真相は闇の中であったが、自分にはわかっていた。
 他にも多数の前科がある岩永が、一方的に彼女をフったのであろう。
 そう考えれば辻褄が合うし、現に校内のかなり性質の悪い連中とそれで揉めているらしいので、自分の考えに間違いは無いはずであった。
 別に、自分がフラれた事は仕方が無い。
 だが、その相手との交際を一方的に終わらせてしまう、少し顔が良いからといっていい気になっている岩永が気に入らなかった。

『ざまあみやがれ! せいぜい袋叩きにされるんだな!』

 一方的に袋叩きにされる岩永を予想して喜んでいた自分であったが、一つ大きな誤算があった。
 それは、彼らの復讐によって悲惨な目に遭う予定であった岩永が、顔に多少のアザなどは作っていたが、次の日も元気に登校して来たという事だ。
 隣の席の神代が同様の負傷をしている点から見て、彼が助っ人に入ったという事なのであろう。
 実に、腹の立つ二人であった。
 嫌な奴は、二人に増えていた。
 

 そして、自分は高校生になった。
 進学先は、マンモス進学校として評判の高い陵桜学園で、ここはかなりの好成績でないと進学できなかったのだが、ここにもあの目障りな二人が入学して来ていた。

『あいつら!』 

 もう我慢ができなかった。
 こいつらが、また自分の視界の中で自分を不愉快にさせる行動を連発させるのかと思うと、どうにも我慢が出来なかったのだ。
 そこで、自分は意図的に噂を流して、彼らの評判を落す策を実行していた。
 幸いにて、中学が同じなのは自分とあの二人だけで、彼らの事を知る人は少ない。
 それに、この学校には生活指導に岩崎がいる。
 あいつは極端に臆病で、こと無かれ主義で有名だ。
 奴らの中学時代の悪行を話せば、途端に警戒心を露にするであろう。
 そしてその意図は見事に当たり、奴らはクラス内で孤立した。

『ざまあみろ』

 当の本人達があまり気にしていないという点は意外だったが、少なくとも目的は達成したので気分は良かったのだが、学年が変わると同時にその環境に変化が現れる。
 それは、奴らが同じクラスの女子生徒達とつるみ始め、あろう事か、神代がその中の柊つかさと付き合い始めたからだ。
 更に、自分と同じクラスの柊姉、日下部、峰岸もそれに参加するようになり、自分の意図は完全に崩壊してしまったと言っても良かった。

『あいつら!』

 こうなれば、全面戦争だ。
 そう考えた自分は、まずは策を練る事とした。
 直接対決では、まず歯が立たないからであった。

『岩崎を、もっと有効に活用すべきだ!』

 そう考えた自分であったが、その策は最初から思わぬつまずきを見せる事となる。

『えーーーっ! 長年に渡って我が高で古文と生活指導を担当されておりました岩崎先生ですが、奥様のご実家があります沖縄へと引っ越される事となりまして、それに伴い地元の私立高校へと転職される事となりました』

『・・・・・・』

 終業式の一週間前、突然の事態に動揺を隠せなかった自分であったが、すぐに気を取り直して次の方針を探る事とする。
 元から、人に頼ってばかりいては駄目だと常々思っていたからだ。
 そんなわけで、貴重な勉強の時間を削って自分の部屋で考え事をしていた自分であったのだが・・・・・・。

『修二。ちょっと、いいかしら?』

『今、勉強中なんだけど・・・・・・』

『すぐに済むから』

『分かったよ・・・・・・』

 珍しく、部屋のドアをノックして入ってきた自分の母親の話を聞く羽目になっていた。
 どうせ、すぐに話は終わるとの事なので、気にしない事にしたのだが、その考えは脆くも崩れ去る事となる。



『今泉君は、お父さんの仕事の都合で、二学期からアメリカの高校に転校する事となりました』


 この物語の永遠のライバルになる可能性を秘めていた男。
 今泉修二は、思わぬアクシデントによってその舞台を降りる事となるのであった。










「というわけなのよ」

「ふーーーん」

 終業式の日の放課後、黒井先生からあまり有難くない成績表というプレゼントを貰った俺達は、みんなと一緒に帰るべく隣のクラスから移動して来たかがみから、今泉がアメリカに転校するという話を聞いていた。

「意外と、呆気ない最後だったな」

「酷い言い方ね。確かに、私もあまり好きでは無かったけどね」

「好きでは無いというレベルじゃなくて、俺は嫌いだったからさ。でも、同じクラスの誼で、送迎会くらいは開いてやれよ。俺は死んでも出ないけど」

 多分、向こうもそう思っていると思われるので、これだけは引けない線であった。

「出たくないわね・・・・・・」

「本当に、あるのかよ・・・・・・」

 冗談で言ったつもりだったのに、本当に送迎会を開く予定があるらしい。
 俺は、かがみのクラスの連中の懐の広さに素直に感心していた。

「一応の礼儀じゃないの」

 そして、俺とかがみが話をしている横では、こなたと智之がこんな話をしていた。

「でもさ。普通アニメだと、何かを企む悪役。ピンチに陥る拓海と智之ってパターンじゃないの?」

「現実的に考えて、そんな事があるわけがない」
 
「それはそうなんだけどさ。ちょっと、期待する私がいるわけよ」

「俺も、実はそうだけどな」

 どうやら、こなたと智之は心のどこかではそういう事を期待してはいても、やはり現実にはありえないであろうと思っているらしい。
 俺は、オタクという人種の複雑な心理状態を直接目の当たりにしていた。

「よう! ちびっ子ぉーーー! 柊ぃーーー!」

「やっぱり、ここにいたのね。柊ちゃん」

 続けて、かがみを探していたみさおとあやのが、教室内に入ってくる。

「みんなで、成績表の見せっこでもしてたのかぁ?」

「そんな事するか・・・・・・」

「でもよぉ。柊の妹が、高良の成績表を見てるぜぇ」

 みさおの指摘で、俺がつかさにいる方に視線を向けると、確かにつかさはみゆきさんの成績表を食い入るように見つめていた。

「ゆきちゃん。凄いね」

「いえ。そんな事は・・・・・・」

 みゆきさんは謙遜していたが、常に校内のテストでトップ3に入るみゆきさんの成績が悪いわけが無かったのだ。

「私としては、成績なんかよりもこっちの方が気になるね」

 どういうわけか、我が校の成績表には身体測定のデータなども記載されていたので、つかさの次にみゆきさんの成績表を覗き込んだこなたは、その数字の凄さに一人感心していた。

「こなたも、相変わらずオヤジよね」

「見た目は小学生! 頭脳は・・・・・・小学生? 一部精神だけオッさん!」

「うわぁ。何気に酷いこと言われているなぁ。しかも、○ナンの原型崩しまくりじゃん」

 こなたは、自分に対して暴言を吐いた智之に一応の反論をする。

「でもよ、私の成績表なんて酷いもんだぜぇ。柊とか高良とかあやのは頭が良いからいいけどよぉ」

 みさおは、自分の成績表をヒラヒラと扇ぎながら、半分顔を顰めさせていた。
 校内でもトップクラスの成績を誇るみゆきと、同じく五十位以内の常連であるかがみと、確実に百位以内入るあやのに比べれば、いくら部活動が忙しいとはいえ、最下位から数えた方が早い自分は確実にバカであると思っていたからだ。

「なら、勉強しろよ」

「おっ! 言うねぇ。神代はよぉ」

 俺を同じバカ仲間だと思っているみさおは、いきなり俺の成績表を取り上げてその中身を見始める。

「勝手に見るなよ」

「いいじゃん。減るわけでないし・・・・・・って! 神代って、頭良いんだなぁ」

 どうやら、俺はみさおに頭が悪いと思われていたらしく、俺の成績表を見て驚きの表情をしていた。

「このグループで、一番私がヴァカ? いやっ! 岩永という希望が!」

 続けて、智之の成績表をひったくるようにして覗き込んだみさおは、またしてもその成績の良さに驚く事となる。

「同じくらい成績がいい・・・・・・」

「二人とも、試験の成績が常に三十番以内だから当たり前よ。みさちゃん」

「あやのは、知ってたのか?」

「だって、定期テストの成績っていつも張り出されるから」

 どうやら、みさおも俺達の成績の事は知らなかったらしい。
 となると、今の俺達は、常に自分達を背景コンビと自称するみさおやあやのよりも格下の、《空気コンビ》から無事に出世を果たしたという事になるのであろう。

「となると、バカ仲間はちびっ子と柊の妹だけなのか・・・・・・」

 続けてこなたとつかさの成績表を見るみさおであったが、実はそこまで二人はバカではなかった。
 多少の波はあるが、平均すると中より少し上にいるこなたと、中の下くらいにいるつかさ。
 やっぱり、自分が一番バカなのでは? と思うみさおであった。

「でもさ。良くゲームとか漫画で、凄く頭の良い生徒と物凄くバカな生徒が一緒にいる高校が舞台の話があるけど、あれって有り得ないよね」

「確かにな」

 俺は、こなたの意見に賛同していた。
 小学校や中学校とは違い、高校は同じくらいの学力の生徒達が集まるのが普通であったからだ。

「でも、あんたがそれを言う? というか、碌に勉強しない癖に、良くここに入れたわね。ひょっとして、入学試験も一夜漬けだったの?」 

「お姉ちゃん」

 日頃の仕返しなのか?
 かがみが、こなたにかなり厳しい内容の質問をする。
 確かにかがみの言う通りで、日頃は予習も復習もしないので全ての教科の教科書を学校に置いたままにして、試験前にだけ教科書を持って帰って一夜漬けをするこなたが、県内でもトップクラスの進学校であるうちに入れた事はある意味奇跡とも言えたからだ。

「さあて、どうなのかねぇ?」

「「「えっ!(まさか、本当に一夜漬けで?)」」」

 こなたは、俺とかがみとつかさに対して意味ありげ笑みを浮かべていた。

「いやあ。さすがに勉強はしたよ。受験の時にお父さんがね。Aランクならパソコンで、BランクならPS3で、CランクならPSPてな具合に条件を出してさ」

「ふーーーん。そうなんだ(って! さすがは、泉父。娘の操縦方法を良く心得てるな・・・・・・)」

 かがみは、最近色々と話を聞く事の多い泉父を思い出しながら、その娘を上手く操縦する手腕に感心していた。

「でも、ニンジンを鼻先にぶら下げても、地の能力が無いと達成は困難だよな」

「確かに、拓海君の言う通りだね。こなちゃんって、実は凄い?」

 多分、才能は十分に有しているのに、とことんまで追い詰められたり、何か自分の興味を引く事でないとヤル気が出ないタイプなのであろう。
 俺は、こなたの事をそう分析していた。

「それよりもさ」

「それよりも、何だ? こなた」

「私としては、つかさとみさきちがここに受かった事の方が不思議」

 こなたは、自分よりも成績の悪いつかさとみさおがこの学校に合格した事の方が不思議でたまらないらしい。

「うーーーっ。こなちゃんの癖にぃ!」

「言い難い事を、面と向かって言ってくれるよなぁ。ちびっ子はよぉ」

 つかさとみさおは、こなたに抗議の声をあげるが、多少は自覚があるのか? その勢いは思ったほどでも無かった。
 それと大した事では無かったが、俺は、こなたがみさおに《みさきち》というあだ名を付けた事に気が付いていた。
 まあ、本当にどうでも良い事であったが・・・・・・。

「しかし、こうして見ると、あの某女子高生ものの漫画を思い出すな」

「また始まったよ・・・・・・」

「「「「「はあ?」」」」」

 突然、またも何かオタクネタを話し始める智之を、俺は、『処置無し!』といった感じで見ていた。

「おおっ! ○ずまんが○王だね!」

「こなたには、通じるのね・・・・・・」

 俺を含む、そんな漫画の事など何も知らないかがみ達は、智之の話にきょとんした表情のままであったが、唯一こなたには話が通じているらしく、その事に対してかがみは既に半ば義務と化しているツッコミを入れていた。

「ボンクラーズだ」

「この三人の事か?」

「そうだ!」

「つかさは否定しろ!」

 漫画のネタなのか、智之は、つかさ、みさお、こなたをいきなりボンクラ呼ばわりしていた。
 かなり失礼だとは思ったのだが、最近は俺も人の事は言えない部分もあったので、取りあえずは自分の彼女であるつかさだけを否定しておく事にする。
 これだけは、絶対に譲れなかったからだ。

「拓海君。ありがとう」

「ボンクラは、その二人で十分だ!」

「神代は、冷てえよなぁ」

「彼女以外には、何と冷たい事か・・・・・・」

 俺に庇って貰えなかったみさおとこなたは、ぶちぶちと文句を言い続けていた。

「ボンクラーズのメンバーは、常に三人! つかさ(○阪)、みさお(○楽)、こなた(○も)で、ほら三人だ」

「「いやいやいや! 意味がわからない(です)から・・・・・・」」

 俺は智之の発言の意味がわからず、かがみと一緒に全力で首を横に振っていた。

「でもさ、私はキャラ的に言うと、○よちゃんじゃない?」

「こなたが、ち○ちゃんねえ・・・・・・」

 もはや二人の会話に付いて行けない俺達は、既に諦めの境地で二人の様子を見守っていた。
 正直なところ、早く終わってくれと思っていたのだ。

「でもさ。○よちゃんは天才だけど、お前はバカじゃん」

「うおっ! そこまで言ってしまうのか!」

 智之にバカ認定されたこなたは、大きくその場に仰け反ってしまうのであった。








「意外と時間を食ってしまったな」

「お前とこなたが、バカみたいな話ばっかしてるからだ」

 教室で長話をしている内にお昼の時間を逃してしまった俺達は、場所を変えて話を続ける事とする。
 俺と智之が良く利用する糟日部駅の近くにある中華料理屋で、お昼を食べながらという事になったのだ。

「おっちゃん。元気してる?」

「おっちゃん。腹減った」

「何だ。悪たれ二人か」

 先頭でお店に入った俺達を見た中年の店主は、付き合いが長い俺達を悪たれ呼ばわりしていた。

「俺達は、一応はお客さんだぜ」

「そうそう。顧客は大事にするべきだよ。それに、新規のお客さんも連れて来たし」

「おおっ! 本当だ! しかも、女子高生が沢山!」

 店主のおっちゃんは、智之の後ろから現れたかがみ達女子高生六人に本気で驚いていた。
 昼は、ガテン系の人やサラリーマンや男子学生。
 夜は、それに加えて地元の家族連れが少しという顧客構成のこのお店に、女子高生の集団が来る事などはまずあり得なかったからだ。

「オマケしてね」

 俺と智之は、奥の座敷席に皆を座らせると、適当に大皿で何品かの料理と人数分のライスとスープを注文する。

「ラーメンじゃないの?」

「この店は、ラーメンなんて大して美味しくないから」

「(ちょっと! 拓海!)」

 かがみは、店主の前で失礼な事を言う俺を小声で窘め始める。

「お嬢ちゃん。それは、事実だからよ」

「へっ? でも・・・・・・」

 意外にも、その事を素直に認めてしまった店主に、かがみは驚きを隠せないでいた。

「ラーメン屋は、それ専門で仕込みに時間を掛けるからな。美味しくて当たり前なんだよ。でも、うちは中華料理店だから、ラーメン一品にさほど時間は掛けられない。当然、比べれば味は落ちるだろうな」

「そういうわけだから、ここでは炒め物を中心とした料理を頼んでご飯を食うのがベターだ」

「本当だ・・・・・・」

 午後一時を過ぎた店内では、まだ多くのサラリーマンなどが食事を取っていたが、その大半は中華料理をおかずとした定食メニューを注文していた。

「業務用のコンロは火力が違いますし、野菜もプロの方は油通しをしますから、やっぱり一味違いますよね」

「さすがは、親が料理教室経営者。その知識は大したものだな」

「そうだね。某○西新聞文化部の○岡さんを見ているようだ」

 相変わらずこなたの言っている事は意味がわからなかったが、それでも他の全員があやのの専門知識に尊敬の目を向けていた。 

「油通しか。普通の家庭だと、ちょっと難しいよね」

「そだね。使った油って酸化し易いから、すぐに他の事に使わないといけないんだけど、家庭では使う量が少ないから難しいよね」

「うっ! つかさとこなたが、料理関係では秀才に見える!」

 かがみは、あやのの言った事をちゃんと理解しているつかさとこなたに驚いていた。

「あれれーーーっ。私達。料理が苦手な、かがみん如きにバカにされてるよぉーーー」

「如きとか言うな!」

 暫くしてから注文した料理が届き、遅めの昼食を取っていると、不意にかがみがこんな話題を振って来る。

「そういえば、夏休みよね」

「そうですね」

 かがみの最初のフリに、今日は珍しくみゆきさんが答えていたが、それもそのはずで、俺とつかさはそんな話は全く聞いていなかった。
 お互いに届かない場所にある料理を取り分け合っていたからだ。




「はい。拓海君。レバ野菜炒めだよね」

「ありがとう。つかさは、酢豚だっけ?」

「うん」

「ここの酢豚は美味しいんだよ。パイナップルが入っていないのもポイントだな。しかし、何で酢豚にはパイナップルが入っている事が多いんだろう?」

「不思議だよね。調理の段階で、パイナップルの酵素でお肉を柔らかくする事はあるんだけど」

「凄いな。つかさは。そんな事まで知ってるんだ」

「そうかな? でも、このお店の料理は美味しそうだね」

「今度、二人で別のメニューを頼もうよ。八宝菜とか天津丼とか餃子も美味しいんだよ。ここ」

「へえ。そうなんだ。楽しみだなぁ」




「あの。かがみさん。あそこだけ明らかに空気が違いますけど・・・・・・」

「みゆき。気にしたら負けよ。今は、この料理を楽しむのよ」

「ですね・・・・・・」

 かがみとみゆきは、目前で展開されているピンク色の光景に心の中でさめざめと涙を流していた。

「話を戻すけど、みんなは何をするって・・・・・・。つかさと拓海には、聞くだけ野暮よね・・・・・・。ちなみに、峰岸にも」

「「「「(デート(ね)か・・・・・・)」」」」

 まだ誰にも何も言われていなかったが、俺とつかさとあやのは、目線だけで彼女達が何を言いたいのかが分かっていた。

「拓海とつかさも、キスくらい早くしないとね」

「こなちゃん!」

「貴様! その話をどこから・・・・・・」

 確かにこなたの言う通りで、そろそろ付き合い始めて二ヶ月になるので、キスくらいはしておきたい男神代拓海であった。
 
「智之がさ。『あのヘタレ。まだキスもしてないんだぜ』ってメールして来たから」

「ヘタレで悪かったな! 智之!」

 男同士の秘密をこなたには簡単に暴露してしまう智之に、俺は絶対に後で二人が付き合い始めたら復讐してやる事を心に誓う。

「だって、事実じゃないか」

「お前だって、経験無いだろうが!」

 全て一日デートな上に、後半には相手に引かれまくっている状態の智之なのだ。
 当然、彼にもキスの経験などあろうはずもなかった。

「じゃあ、あれか? 経験者は、あやのだけなのかぁ?」

「凄いわね。異世界の勇者がここにいるわ」

 みさおとかがみの指摘で、全員があやのをまるで神でも崇めるかのような表情で見つめ始める。

「あの・・・・・・。みなさん?」

 ただ普通に彼氏がいて付き合っているだけなのに、みんなに崇拝の目で見られてしまったあやのは、体の奥がこそばゆいような感覚に見舞われていた。

「とまあ、若い者達の事は、当人同士に任せる事にして・・・・・・」

「あんたは、お見合いを勧める、近所のおせっかいおばさんか」

 自分が色々とかき回す癖に、飽き性ですぐに話題を変えてしまうこなたに、かがみはジト目で見つめながら文句を言う。

「夏と言えば!」

「夏祭りに、花火に、海に、山に、帰省。色々とあるにはあるわね」

「かがみんは、一番大切な事を忘れているね」

「何を?」

「夏と言えば!」

「夏と言えば?」

「年に二回の祭典! 老若男女が全国から集う有明の奇跡! ずばり! コミケでしょ!」

「いやいやいや! それは、あんただけだ!」

「コミケ? どこの毛?」

 こなたのオタク丸出しな発言をかがみは全力で否定し、コミケが何なのかがわからないつかさは、一人で首を傾げていた。

「なあ。ちゃんと、俺を連れて行けよな」

「当たり前じゃないか。智之は貴重な戦力なんだからさ。それで、何のコスプレをして行く?」

「実は、○ガレンの○スタング大佐とかにも興味があるんだよね。でも、○オンの制服も捨てたいし、そうだよ。○オンだよ! この前、○グルーを見てたら、急に○オンの軍服が着たくなってさ」

「じゃあ、○オンの軍服で。赤い大佐のがいい?」

「いや、あのゴキブリマントは嫌だな・・・・・・」

「確かに、あれはゴキブリマントだねぇ・・・・・・」

「こいつらは・・・・・・」

 かがみは、みんなの前で平気でコミケに行く相談をしているこなたと智之を呆れ顔で見ていた。

「まあ、極一部の例外は置いといて・・・・・・。みゆきとかは、どうなの?」

 かがみは、野菜炒めを美味しそうに食べていたみゆきに、今年の夏休みの計画を尋ねる。

「私ですか? そうですね。一応今年も、海外に旅行に出かける計画がありますね」

「今年も? もって言ったか! このブルジョワめ!」

「かがみは、古いなあ。今は、セレブって言うのが常識だぜ」

 俺は、今時ブルジョワなんていう死語を使うかがみを古臭い奴だと思っていた。

「うるさいわね! 拓海は! そういえば、あんたもお金持ちの家の息子だったわよね? やっぱり、海外旅行とか行くの?」

「数年に一度な。神社を閉めるって事は出来ないから、普通は国内旅行で済ますけど、たまに節税のために交代で海外とか? 家族旅行と社員旅行を兼任ってやつだな」

 うちの神社では年に一度、親父とお袋が交代で家族と働いている人達を連れて社員旅行に出かけていて、数年に一度はその旅行が海外になる事があった。
 
「税金で持って行かれるくらいなら、従業員への福利厚生に使った方がいいですよって、頼んでいる税理士に言われてからやっているらしい。そういえば、去年は海外だったな」

「今までに、どこに行ったの?」

「去年は、アメリカの西海岸で、他にも、グアム、タイ、カンボジア、イタリア、フランス、ドイツ・・・・・・。小さくて良く覚えてないのもあるけど、そんな感じ」

「ここにも、ブルジョワがいるよ!」

 いまだに飛行機にすら乗った事が無いかがみからすれば、みゆきも拓海も、同じ階級の人間に見えるらしい。
 それと、かがみは拓海の訂正を受け入れるつもりはないらしく、そのままブルジョワという単語を使用し続けていた。

「ねえ。拓海君」

「何だい? つかさ」

「ブルジョワって、ヤクルト?」

「そっち系統じゃないなぁ・・・・・・」

 多分、つかさはヤクルトのジョアの事を言っているらしいのだが、それは全然違うと思う俺であった。

「それと、セレブって、自分で料理を取って来る事?」

「セルフかぁ・・・・・・。ちょっと、厳しくなって来たなぁ・・・・・・」

 それでも、俺はつかさのボケに対応しながら、その様子を微笑ましく見つめていた。

「海外は無理だけど、夏休みにはどこかに行きたいよね」

「確かに、海とかに泊りがけで行きたいなあ(つかさと二人でとか、無理だろうなあ・・・・・・。でも、誘いたいたよなあ・・・・・・)」

 俺は、普通の高校生には実現不可能そうな野心を内に秘めながら、夏休みの予定を考え始める。

「なあ。拓海。あの別荘はどうなったの?」

「別荘?」

「ほら、中学一年の時に行ったじゃないか」

「ああ。あれ? でも、あれは別荘と呼ぶのもおこがましい代物だからな・・・・・・」

 実は、ここから車で二時間ほどの海沿いの町に、我が家は別荘というかセカンドハウスを持っていたのだ。
 といっても、その正体は遠い親戚の家で相続する人がいなくなった一軒家をうちが貰って、それを維持しているだけに過ぎなかった。
 海沿いにあって地元の海水浴場に近いので、子供の頃に良く利用していたのだが、最近はほとんど使っていなかったので、すっかり忘れてしまっていたのだ。

「でも、管理はしているんだろう?」

「地元の人に、管理費を払ってお願いしているよ」

「じゃあ、今年の海はそこだな。部屋数もそれなりにあるから、大人数でも大丈夫だし」

「だが、一つ問題がある」

 それは、とても重要な問題であった。
 その海に近い別荘(本当に、別荘と呼ぶのもおこがましいレベルの家なのだが、今はあえて別荘と呼ぶ事にする)は、海水浴場の近くにはあったのだが、その海水浴場のある町は近年過疎化が進行しており、夏の海のシーズンが終わるとまた寂しい海辺の町に戻ってしまうので、スーパーはおろかコンビニやファミレスすら存在せず、食事を自炊しないと生きて行けない環境下にあった。

「お袋達が、あそこに行きたがらない理由を察してくれよ。智之」

 料理の腕がいまいちで、あまり好きでも無いうちの家族からすれば、その別荘は近付くのも億劫な場所であった。

「誰が、料理をするんだよ? 智之がやってくれるのか?」

「無理に決まっている!」

 俺と同じく料理なんて出来っこ無い智之は、言い出しっぺの癖に自分が料理をする事を否定した。
 それに、こいつの料理の腕前もかなり悲惨であったので、作ると言われても困るというのが現実であった。

「でも、宿泊費が無料じゃないか」

「飯をどうするんだよ? 海の家の飯は昼しか食えないし、近くのコンビニまで車で三十分以上かかるんだぞ」

「あの。拓海君。ご飯の支度なら・・・・・・」

 自分としても、あの別荘の使用は遠慮したかったのだが、そこに意外な救世主が現れた。
 つかさが遠慮がちに手を挙げながら、自分が料理をすると言ってくれたのだ。

「でも、人数が多いから」

 ここで海に行く事を決定すれば、最低でも五~六人は来ると思われるので、その食事の支度はかなりの手間となってしまい、つかさに大きな負担を掛ける事になってしまうと俺は考えていた。

「好きな事だから大丈夫だよ。拓海君」

「それに、私も手伝うしね」

 続けて、最近料理を始めとする家事が得意な事を知って俺が驚いてしまったこなたも、料理当番に立候補する。

「つかさとこなたがやるなら、私も手伝うし」

「かがみだと、足を引っ張る可能性もあるね」

「こなため! 人が気にしている事を・・・・・・」

「あの。私も、出来る限りは・・・・・・」

 女性陣四人が料理を担当する事を宣言した事により、智之の思い付きで始まった、我が家の別荘訪問は次第に現実の物となり始めていた。

「私は、部活の休みと重なったら参加するぜぇ」

「そうですね。都合が合えば、喜んで参加させていただきます」

 帰宅部の俺達とは違って部活動をしているみさおと、彼氏が俺達とは顔見知りでは無いので参加条件が厳しいあやのの参加は、後日に改めて聞く事となったが、取りあえずは海に行く事を決めた俺達は、デザートの杏仁豆腐を食べてから、それぞれに家路へと就くのであった。



 そして、その日の夜・・・・・・。



「また体重が増加している・・・・・・。海までにこれを落さないと、えらい事になるわね・・・・・・」

 先日の誕生日で体重を増加させてしまったかがみは、今日も、拓海達と話をしながら炒め物を中心とした中華料理を大量のご飯と一緒に食べ、更にデザートの杏仁豆腐を大盛りにしてしまった事により、また体重を増加させてしまうのであった。



[7786] 第十話 つかさ! 俺に飯を作ってくれ! でも、プロポーズじゃないですよ。念のため。
Name: アンディー◆be7b3392 ID:f7ef93f4
Date: 2009/05/04 21:52
「あれ? お母さん。つかさは?」

「アルバイトに行ったわよ」

「えっ! アルバイト? いつの間に?」

「かがみ。まだ寝ぼけているの? 拓海君の家で、働いている人達に食事を作るって、昨日の晩に言ってたじゃないの」

「そう言えば、そうだった・・・・・・」

 夏休み二日目の七月二十二日、いつもと同じ時間に起きたかがみは、休みに入ると途端に寝ぼすけになってしまう妹のつかさが家にいない事に気付き、母であるみきにその所在を尋ねていた。

「昨日の晩に、急に決まったから忘れてたわ」

 それは、昨日の晩の事であった。
 いつものように拓海とメールをしていたつかさが、『夏休みの間だけ、アルバイトをしても良いかな?』と急に両親に尋ねていたのだ。
 
「でも、つかさで大丈夫なのかしら?」

 かがみは、いくら得意分野とはいえ少しおっとりとした部分のあるつかさが、お金を貰うための労働に従事して大丈夫なのか?と心配になっていたのだ。

「大丈夫よ。つかさは料理が得意だし、これも花嫁修業の内って事でね」

「前から思っていたんだけど、お姉ちゃん達もお母さんも、ちょっと話が早過ぎるんじゃないの?」

 アルバイト扱いながらも、自分の彼氏の家に料理を作りに行くつかさを見ていると、かなり差を付けられた感が拭えないかがみであったが、自分の高校生の娘がその相手と結婚する事をまるで疑っていない母に、かがみは否定的な意見を述べる。

「私には、何となくわかるのよ。将来あの二人は、絶対に結婚するって」

「本当かしら?」

 かがみは、自分の母の予想をあまり信じていなかった。
 まだ経験は無かったが、普通の女性は数回の恋愛を繰り返して結婚するものだとかがみは思っていたからだ。
 もっとも、自分の恋愛経験がまだゼロなので、それはドラマなどから仕入れた知識に過ぎなかったが・・・・・・。

「それよりも、勉強も大切でしょうけどね。この夏休みは、かがみにも料理を手伝って貰いますからね」

「えっ!」

 まさに、晴天の霹靂であった。
 今までは、一応は交代で家事を手伝う事になってはいたものの、どうしても料理が好きで得意なつかさに任せてしまう事が多かったかがみに、母からちゃんと料理を手伝うように申し渡されたからだ。

「だって、つかさは夏休みの間は手伝えないじゃないの。だから、かがみがやるのは当然じゃない」

 確かに、母の言う通りであった。
 今まで、メインで手伝いをしていたつかさが抜ける以上、自分や姉達の出番が増える事は必然であったからだ。

「わかったわよ・・・・・・」

「つかさを見てわかったでしょう? 男の人は、料理の上手な女性に弱いって。だから、将来のために慣れておいて損は無いわよ」

「うっ! 思い当たる節があり過ぎて反論できない・・・・・・」

 かがみは、意外と強かな考えを持つ自分の母の意見に思わず納得してしまうのであった。








『拓海。重要な話がある』

 それは、夏休みの一日目の夕方の事であった。
 宿題をしたり遊びに出かける以外の時間は、なるべく神社の仕事を手伝うようにと常に親父に言われている俺が、午後から数時間の雑用を終えて家に戻ると、そこに待ち構えていた親父に半ば強引に一階の事務所へと連行されたのだ。

『親父。用件は何だ?』

 俺に背中を向け、事務所の壁にかけられた富士山の絵(有名な画家の絵らしいが、俺には芸術的素養が無いので良くわからなかった。勿論、他の家族もだ)を眺めている親父は、見た目は威厳のある昔の父親そのもので、初めて顔を合わせる人(特に若い女性)は大抵はその外見にビビってしまうのだが、既に十数年の付き合いのある俺はその正体を知っていたので、そんな事は全く無かった。

『夏休みだな』

 親父の最初の一言目は質問ですら無く、俺は彼の意図がいまいち理解できなかった。

『それが、何か?』

『母さんが、昼飯を作るな・・・・・・』

『今日も、作っていたじゃないか』

 大量の素麺と、自分で水で薄める麺つゆという味気ない昼食を飢えない程度に食べた事を思い出した俺であった。

『毎日、素麺になる可能性が高い。そこまで言えば思い出すよな』

『しまった・・・・・・。忘れていた・・・・・・』
 
 夏休みを始めとする長期休暇の我が家の食事事情を思い出した俺は、ある種の絶望感に襲われていた。
 学校がある時は母のお弁当を断っている俺であったが、夏休みに入り家にいる事が多い俺に、母の昼食を断る理由は一分たりとも存在しなかったからだ。
 更に、あまり料理が得意ではない母は、夏には素麺ばかりを茹でる傾向にあり、俺も親父も他の勤めている人達も、毎日の素麺地獄に食欲を落とし、ついでに体重を落としてしまう事が多かったのだ。
 
『去年は、夏だけで五kgも体重が落ちて、夏バテだと思われて近所の人達に同情されたよな?』

 基本的に我が家の男性(俺と親父しかいないが)は痩せの大食い体質であり、食事の量を減らすと途端に体重が落ちてしまう事が多かった。

『大石も、木村も、河原も、もう素麺は嫌だそうだ』

 地方の神社の跡取りで、うちに見習いに来ている三人の出仕さん達は母の作った昼食を取る事が多いのだが、その内容にはなかりゲンナリとしている事が俺にもわかっていた。
 だが、彼らはうちの両親に雇われている身なので、無料で食べさせて貰っている食事に文句を言える立場では無かったのだ。
 更に、外で食事を取るオフィシャルな口実も無い彼らは、それを断る自由すら持っていなかったのだ。

『俺。智之の家で、飯食おうかな?』

そう毎日は利用できなかったが、俺には智之の家で飯を食うという選択肢も存在していた。
 学校に行っている間は、昼の弁当は手抜きされる事の多い智之であったが、朝や夜は普通の食事が出ていたからだ。

『それをしたら、俺が大石達に苛めを指示する』

『実の父親とは思えない発言だな・・・・・・』 

 俺はこの神社の跡取りであったが、仕事を手伝ってる時は一番の下っ端扱いで、良く他の従業員の人達に指示を貰って仕事をする事が多かったのだ。
 なので、一人だけ不味い飯の難を逃れたら、確実に先輩達や親父に虐められてしまうのは確実であった。
 というか、そんな事を平気で口にしてしまう親父は、やはりどこか軽くて変わっているという事なのであろう。

『それで、どうするんだ? ちなみに、俺に料理なんて無理だからな』

『それを期待するほど、落ちぶれてはいない』

『酷い言い方だな・・・・・・』

 《うちの飯が不味い!》

 この事実に俺が気が付いたのは、物心が付いて智之の家で初めて飯を食わせて貰った時であった。
 そこで、肝心の母や姉の料理の腕の上昇が期待できない以上、まず考える事は自分で料理をする事を考えたのだが、それには大きな落とし穴が存在していた。
 それは、俺もこの家の人間の遺伝子を引き継いでいるという事実であった。
 結果、どう努力しても俺の料理の腕は上がらず、まだ母や姉に作らせた方がマシという結果に落ち着いていた。

『そこで、つかさちゃんの登場だ』

『人の彼女を、いきなりちゃん付けで呼ぶなよ・・・・・・』

 こういう親父なので言うだけ無駄であったが、俺は一応は釘を刺しておく事にする。

『この前に準備して貰った食事は、元が母さんの飯とは思えない出来だった』

『だから?』

『アルバイトとして、せめて昼飯くらいは作って貰えないかなと』

『うーーーん』

 親父の意図は理解できたが、それは実現可能とは俺は思えなかった。
 まずは、いきなりの話なので、つかさ本人の都合が付くかわからなかった。
 本当なら、もっと早くに気が付いて話をするべきだったのだ。
 次に、今まで食事を作っているお袋の手前というものもあった。
 お袋とて普通の人間なので、彼女の感情を損ねないように話を持って行かないといけなかったからだ。

『福利厚生だよ。拓海』

『はあ?』

『母さんは、色々と忙しいわけだ。なのに、若い連中の分の食事まで作らせては可哀想だ』

『良く智之の小母さんと遊びに出かけているじゃないか』
 
 俺のお袋は、そこまで忙しいわけでは無かった。
 それに、本当に忙しい人が、グルメだ旅行だコンサートだと週に何回も家を空けるはずは無かったからだ。

『いいんだ! 母さんは、忙しいんだ! それに、母さんがいないと代わりに明美が飯を作るぞ。あいつも、夏休みだからな・・・・・・』

『それは、確かに問題だ・・・・・・』

 料理の下手なお袋に輪をかけて下手な女である明美は、素麺すら碌に茹でられない女で、まだちゃんと茹で終わっていない素麺をアルデンテだと主張したり、逆に茹ですぎて食えたものじゃない代物にしたりと、俺や親父をゲンナリとさせる事が多かったのだ。

『そこでだ。この神社の禰宜でもある母さんに円滑な業務を行わせるために、食事の準備という本来の業務でない雑用をだな・・・・・・』

 ただ、自分の妻と娘の作った飯を食いたくない無いばかりに、親父が懸命に考えた大義名分を俺は適当に聞き流していた。
 なぜなら、つかさの都合を全く考慮していなかったし、『その事を、誰がお袋に言いに行くんだよ!』と思っていたからだ。
 少なくとも、俺は御免であった。

『この話。お前にも利益はあるぞ』

『利益ねえ・・・・・・』

 俺は、子供の頃に見た何かを企む某秘密結社の首領みたいな事を言う親父を更に胡散臭い目で見る。

『拓海。夏休みは楽しいよな。開いている時間が多いから、デートも増えるんだろうな。当然、お金がかかるよな』

『俺のバイト代で、十分に足りるはずだ・・・・・・』

『俊樹君の所に、ツケがあるお前がか?』

『うっ! それをどうして!』

 少し口をすべらせたせいで、ジンさんのアクセサリーショップに多額の負債を背負う事になった俺の不幸が既に親父の耳に入っている事に、俺は驚きを隠せないでいた。

『そのツケを払ってやってもいいぞ。それと、通常の手伝いの時給を上げてやる』

 親父が俺に提案した条件は、破格のといっても過言ではないものであった。
 あの三万円近いツケがゼロになり、更にアルバイト扱いされているこの神社の手伝いの時給を上げてくれるというのだから。

『聞くだけ損は無いと思うがな』

『本当に、聞くだけだからな!』
 
 そうは言った俺であったが、内心では、『つかさの都合が合えばいいのに』と心の中で思ってしまい、自分の意地汚さを少し反省する事となっていた。
 そして、俺がメールでアルバイトの件をつかさに聞くと、意外にもつかさはアッサリと了承の返事を入れてくる。

『オーケーだってさ。明日の朝九時に来るって』

「そいつは、上場だな』

 いまだに富士山の絵を見ながらそう呟く親父は、まさに悪の秘密結社の首領そのものであった。
 多分、机に座って腕を組んでほくそ笑むえば、智之の好みに見事に合致するであろう。

『ちなみに、拓海よ』

『まだ何かあるのか?』

『いやな。つかさちゃんにアルバイトを頼む時に、どうして[俺の飯を作ってくれ!]的な事を言わなかったのかな?と思ったんだ』

『プロポーズじゃあるまいし・・・・・・。そういう親父はどうだったんだよ?』

 親父のしょうもない質問に呆れた俺は、逆に親父がお袋と結婚した時の事を質問してしまう。

『実は、その言葉で母さんにプロポーズをしたんだ。まあ。あれだな。[認めたく無いものだな。若さゆえの過ちというものを]って事かな? 別に、料理以外で母さんに不満があるわけでは無いけどな・・・・・・』

『そうなのか。親父も、色々と大変だったんだな・・・・・・(しかし、智之やこなたじゃあるまいし、そのネタをどこから・・・・・・)』

 某赤い大佐のセリフをどうして親父が知っていたのかは非常に気になったが(俺は、智之が良く使うので知っていた)、それを聞くと時間がかかりそうだったので、取りあえずはスルーしておく事にする。

『色々と大変だったんだよ・・・・・・』

 俺は、少し悲しそうに呟く親父を、同情の視線で見つめてしまうのであった。









「おはようございます。今日から、お願いします」

「つかささん。急にすまないね」

「いえ。時間が空いていましたので」

 翌日の朝、時間通りに家の来たつかさは、少し緊張した面持ちで対応に出た親父に挨拶をしていた。
 つかさと話をしている親父は、いつものように厳つい顔をしたままに見えたが、俺は親父が内心ではウキウキである事に気が付いていた。
 伊達に、十数年の付き合いでは無いのだ。 

「では、最初に雇用条件についてのお話をさせて貰おうか」

 親父はつかさを一階の事務所に通し、そこで正式に雇用契約を結ぶための説明を始める。
 半ば親父の思い付きで始まったつかさのアルバイトであったが、その辺の事はキチンと行うのが、我が家らしいといえばらしかった。
 お袋に言わせると、『ここでちゃんとやっておかないと、後で税金の計算が面倒』という事らしい。

「つかさちゃん。いらっしゃい。うちの拓海とお父さんが、急に変な事を頼んじゃってごめんなさいね」

 事務所ではお袋が待ち構えていて、つかさに冷たい麦茶を出していた。
 実はお袋は、つかさのアルバイトの件を既に知っていた。
 なぜなら、実際にその事をお袋に話したのは、何を隠そう俺であったからだ。
 『あんたの料理が不味いから、上手なつかさに任せる』というよりも、『俺はつかさと一緒にいたいから、智之のように何かアルバイトをして貰おうと思うんだ。そうだな。つかさは、料理とか得意だから料理当番でいいんじゃないかな?』と言った方が角が立たないからという理由で、親父に説得を押し付けられたのが真相であったが。
 ただ、その話をするとお袋はかなり乗り気であった。
 料理は義務でやっているけど本当は大嫌いなお袋にとって、自分で止めるというのは言い難かったが、他の人から代案を提示される事については渡りに船であったらしい。

『そう言われるとそうね』

 この一言で、アッサリと終了していた。

「仕事の内容は、材料の買い出しと食事の支度と後片付けまでで、時間は、午前九時から午後二時までの五時間。時給は千二百円ね。それと、勤務は週に四~五日くらい頼めるかしら?」

 今までに、何度もアルバイトの巫女さん達に同じような説明を繰り返してきたお袋の口調は、さすがと言った感じであった。

「あの・・・・・・。一ついいですか?」

「なあに? つかさちゃん」

「時給千二百円って、高校生には高過ぎると思うんですけど・・・・・・」

 確かに、つかさの言う通りではあった。
 普通の高校生がお昼にバイトをする時の相場は、八百円から八百五十円がいいところであろうと俺も思っていたからだ。

「大人数だから、結構キツイわよ。それに、そんな事は気にしないで。節税対策でもあるから」

 それに対してのお袋の返答は、身も蓋も無い物であった。
 昔、お祖父さんが亡くなった時に相続税で苦労したお袋は、納税という言葉が大嫌いであったのだ。
 
「ですが・・・・・・」

「ねえ。つかさちゃん。あなた。家族に秘密を持ってる?」

「いいえ。そんな。家族に秘密なんて・・・・・・」

 俺は、お袋はともかく、つかさが家族に秘密に持っているとはとても考えられなかった。

「時給八百円って事にして、残金はヘソクリにしちゃえばいいのよ。大した事じゃないけど、女は秘密を持っていると輝くものなのよ」

「そうなんですか?」

「ええ。私がそうだもの」

 自分の母親に失礼だとは思ったが、『あんたのどこが輝いているだよ!』と俺は思ったのだが、それを絶対に口に出そうとは思わなかった。
 ただ、つかさに、『こんな女にだけはなってくれるなよ』と本気で願うのみであった。





「拓海。つかさちゃんの買い出しの荷物持ち」

「へいへい。了解」

 契約を終えたつかさは、自分の仕事場であるキッチンの状態と冷蔵庫の様子を確認してから、調理に使う食材の購入に出かけようとしていて、それを見ていた親父は、俺に荷物持ちをするようにと命ずる。 

「姉さんの自転車を使うといいよ」

「ありがとう。拓海君」

 明美姉さんの自転車の座席位置の調整をしてから、俺とつかさが近所のスーパーへと買い物に出かけようとすると、神社の敷地の隅からこんな会話が聞こえて来る。

「社長。俺達。やっと、素麺地獄から解放されるんですね」

「でも、拓海の彼女のつかさちゃん。可愛いなあ。何か、こう地元に置いて来た彼女を思い出しますよ」

「社長には悪いですけど、ああいう家庭的な娘って最高ですよね」

「あの・・・・・・。拓海君?」

「うちで働いている出仕さん達だと思う。今まで、悲惨な食事に泣いて来たからなあ・・・・・・」
 
 給料から食事代をさっ引かれないで昼飯が食えるので、周りの人達からは羨ましがられる彼らであったが、絶対に断れない状態で不味い飯を食うというのは一種の拷問に近く、まだ外に逃げるという選択肢がある俺は、彼らに心から同情していたのだ。
 それと、彼らの言う社長とは親父の事であった。
 外の人間は、神社にいる人を《神主さん》とか《宮司さん》と呼んでも特に違和感は無かったのだが、中にいる人間がそう呼ぶと何か違和感があったので、親父が雇用主という理由でそういう呼び方になっていたのだ。

「確かに、明美の彼氏って、何か不自然さを感じないのかな?」

「社長。自分の娘に何気に酷いですね」

「そういうお前らだって、前に『明美を嫁に貰うか?』って聞いたら、速攻で断ったじゃないか」

「綺麗なのは認めますけど、結婚となると毎日の食事って重要ですからね。ああ。明美さんの彼氏って、実は料理が得意なんじゃないですか?」

「それか、とても懐が広いか・・・・・・」

「究極の味音痴か・・・・・・」

 漏れ聞こえて来る親父と出仕さん達の会話に、俺とつかさが聞き耳を立てていると、そこに急に破綻が訪れる。
 同じく、神社の境内で手伝いをしていた姉の明美に先ほどの会話を聞かれてしまっていたらしく、そこに明美と思われる女性の声が混じり始めたからだ。

「お父さんも、みんなも、言いたい放題よね」

「いっ! 明美さん!」

「そうですよね。社長って、酷いですよね」

「男の風上にも置けねえ」

「お前ら、汚いぞ!」



「・・・・・・。つかさ。買い物に行こうか?」

「そうだね」

 その後の惨劇が容易に予想できた俺達は、自転車にまたがると足早に買い物へと出かけるのであった。





「それで、何を作るの?」

「何が安いのかを見てから決めようと思うんだ」

 親父達の冥福を祈りつつ、自転車でスーパーに到着した俺達は早速買い物を始めたのだが、つかさは買い物メモなどを一切持参しておらず、順番に通路を回りながら次々と商品を買い物籠に放り込んでいた。

「ちょっと、このスーパーだけだと全部揃わないね。商店街に行こうよ」

「へえ。そうなんだ」

 全くの門外漢で、荷物持ち以外には役に立ちそうに無い俺は、いつもとは違って行動的なつかさに引っ張られるようにして、地元の商店街へと移動を開始する。

「よう。拓海。夫婦して買い物か?」

「ジンさんこそ、お見合いはどうなったんですか?」

 途中、ジンさんのお店の前を通りかかった俺達は、当然の如くそこで彼にからかわれる事となったが、今のジンさんには黒井先生とのお見合いという格好のネタがあったので、俺は反撃に出る事にする。

「黒井さんは、先生だからな。お見合いは、夏休みに入った今週末にやるよ。でも、お見合いだけだろう? 普通」

 当のジンさんには、あまり気負った様子は見受けられなかった。
 それもそのはずで、まだ二十五歳のジンさんに、結婚願望などは皆無であろう事が容易に想像できたからだ。

「お前こそ、つかさちゃんに料理なんて作らせちゃって」

「バイトだよ。大石さん達の飯なんだから」

「大石達は、お前のお袋さんと明美の飯の不味さに泣いていたからなあ」

 うちの出仕さん達とジンさんは、比較的歳が近い事もあって、良く休日に一緒に遊びに出かけたり飲みに行く事が多く、その時に色々と仕事の愚痴等を聞いているらしい。

「仕事自体の愚痴はほとんど聞いた事は無いけど、飯が不味い話は良く聞くな。なあ、拓海。一週間連続で薄いカレーとか、明美の奇妙な創作料理とか。本当の事なのか?」

「悲しい事に事実です」

 基本的に大まかで大雑把なお袋は、あまり出来栄えの良くない料理を大量に作ってそれが無くなるまで出し続けるし、調理の基本的なスキルが完全に欠落している明美は、失敗を糊塗するために自分の料理を創作料理だと言い張る事が多かったのだ。

「そうか。なら、つかさちゃんに捨てられないように頑張れよ。拓海」

 その後、買い物をした他のお店の人達にも同じような事を言われ続け、その度に顔を赤くさせてしまう俺とつかさであった。
 どうやら、俺に彼女が出来た事は、ジンさんによって商店街中に広まっているようであった。
 そして、今までの料理がいまいちなお袋や姉達とは違い、ちゃんと食材を購入する事が多くなった俺とつかさに、《神代さんの所の若夫婦》というあだ名を商店街の店主達が付け、それを俺達自身が知るのはもう少し先の事であった。





「お口に合うかどうかわかりませんが・・・・・・」

 その後、つかさが大量の食事を作りあげてリビングのテーブル上に並べていると時間はお昼となり、そこに大石さん達や俺の家族が食事のために現れる。

「すげぇ! いつもと違い・・・「シーーーっ!」」

 これでやっと普通の食事にあり付けると思って大喜びの大石さんの発言を、親父が静かに止めに入る。
 本当は、大量に作られた美味しそうな料理に大感激したい所なのだが、ここにはお袋と明美もいるのだ。
 あくまでも、普通に食事をするというスタンスを崩してはいけなかった。
 それに、元より自分達が料理が下手な事には気が付いているお袋と明美なのだ。
 静かに美味しく食べて、波風を立てない方が良いに決まっていた。
 まあ、それがどうしてかと言えば、俺達が日本人で大人であったからだ。

「「「「「「「「いただきます!」」」」」」」」

 だが、俺達が料理を食うスピードを見れば、その評価は一目瞭然であった。
 特に親父や大石さん達は、奪い合うようにしておかずを食べご飯をお替りしていた。

「へえ。大石さん達。実は大食いだったのね」

「いやあ。今日は、ずっと神社の敷地内の草むしりをしていたから、腹が減ってねえ。なあ、木村」

「そうそう。俺は、木の剪定もあったから余計に・・・・・・。河原はどうだ?」

「俺は、社長と屋根の補修があってさ。ですよね? 社長」

「ああ。そうだ! それと、午後からは地鎮祭と御祓いの依頼が入っているから腹ごしらえだ!」

「昨日の仕事内容と、さほど変わりは無かったと思うけどね」

「昨日は、お腹の調子が悪かったんだ!」

「そうか! 木村もか! 実は、俺も昨日はお腹の調子がな!」

「実は、俺もそうでさ」

「奇遇だな! 河原! 実は俺もそうだったんだよ!」

「(みんな。必死だよなあ・・・・・・)」

 我が姉明美の追及を、懸命にかわそうとしている親父達を見ていると、日頃こなたがかがみの料理の腕をバカにする事が多かったが、『実は、かがみの料理の腕は大して下手でも無いのでは?』と、俺は思ってしまうのであった。






「いやあ。やっぱり、つかさの料理は美味しかったなあ」

「ありがとう。拓海君」

 昼食終了後、つかさは、早速後片付けに入っていたのだが、やはり俺は出来る限りの手伝いをするようにと、親父に命令されていた。
 
「拓海君は、食器洗いとかは上手なんだね」

「これで、調理の方にも才能があったら、ここまで我が家は苦労しなかったのかもしれない・・・・・・」

 二人で仲良く食器を洗いながら、俺は自分の調理の才能の無さを嘆いていた。
  
「でも、つかさは手際が良かったよね」

「そうかな? でも、この家のキッチンは使い易いと思うんだ」

 わざわざヨーロッパから直輸入した最高級のシステムキッチンに、高火力のガスレンジと、高出力の業務用のオーブンレンジに、様々な高級調理器具の数々。
 納税の額を抑えるべく、社員に食事を提供するためという名目でお袋が経費で購入した物なのだが、それを使う面子がアレだったために、親父を始めとする男性陣が、《豚に真珠》、《猫に小判》、《宝の持ち腐れ》と評していた物であった。

「それに、沢山料理が余っちゃったね」

 つかさの言う通りに、テーブルの上には、ラップが掛けられた多くのおかずが残されていた。
 
「出来る限り品数を多くって言われたから、まだ手が付いていない物もあるし。作り過ぎちゃったかな?」

「いや。絶対に、親父の思惑通りだ」

「そうなの?」

 俺の意見に、つかさは一人首を傾げていた。

「つまり、シナリオはこうだ。『お昼のおかずが一杯残っちゃったから、夜はこれでいいよね?』って事にして、夕飯の被害を抑えるって事で」

「そうなんだ・・・・・・(って! いくら料理が苦手なお姉ちゃんでも、人が食べるのを嫌がるまでは酷くないのに、拓海君のお母さんとお姉さんって・・・・・・)」

 つかさは、まだ見ぬ拓海の母親と姉の料理に、これまでにない恐怖を抱くのであった。







「というわけでね。つかさったら、拓海の家でアルバイトをしているのよ」

 ちょうど同じ頃、自分の家での昼食を終えたかがみが、午後からまた宿題でもしようかと考えていると、そこにこなたから電話が入って来て、かがみは、こなたにつかさのアルバイトの事を話していた。

「つかさってば、実質やっている事は若奥さんだよね」

「まあ。そう取れなくも無いわね」

「ふむ。人妻つかさ、新妻つかさか。エロゲーでも、人妻物は根強い人気が・・・「危ない話ストップ!」」

 かがみは、恒例のツッコミをこなたに入れていたが、実はエプロン姿のつかさと旦那役の拓海の姿を想像してしまった事は、誰にも言えない秘密であった。

「そもそも、そういうゲームって、高校生じゃ買えないんでしょう?」

 今更、『そういうゲームをやるな!』と、こなたに言ったところで無駄だと考えているかがみは、もう一つの気になっている事をこなたに質問する。

「ああ。それなら、お父さんが買ってくるから大丈夫」

「へえ。そうなんだ・・・・・・(って! 泉父! あんたの教育方針おかしくないか?)」

 がかみは、心の中で泉父に駄目出しをしていた。

「でも、正直な話、どのくらい貰えるんだろうね?」

「料理を作るだけだからね。特殊な職に就いているあんたよりも安いわよ。それに、休みだから結構シフトを入れてるんじゃないの? こなたは」

 地元で、半分家の手伝いのようなアルバイトをしているつかさよりも、都心で、サービス業をアルバイトにしているこなた方が、かなり良い給料を取るのであろうとかがみは考えていた。

「うちは、結構時給が良いけどね。拓海の家みたいな所って、実は意外と高給だったりするかもよ」

「まさか。でも、それなら私も行きたいわね」

「かがみんには、無理なんじゃないの。あの料理の腕だと、逆に罰金ものかもよ」

「人が気にしている事を・・・・・・」

 かがみは、こなたの暴言に静かに腹を立てていたが、その後つかさの給料がこなたよりも上であった事をかがみが知ったのは、大分後の事であった。



[7786] 第十一話 かがみとデート? いえ! 違いますって!
Name: アンディー◆be7b3392 ID:f7ef93f4
Date: 2009/04/29 22:25
「へっ? 夏風邪?」

「うん。すぐに良くなると思うんだけど・・・・・・」

 つかさが、俺の家で料理を作るアルバイトを始めてから最初の週末、デートに出かけようとして待ち合わせをしていた大宮駅前で、俺はつかさが夏風邪を引いた事を、つかさ本人からの電話で知る。

「じゃあ、お見舞いに」

「せっかくのお休みなのに、悪いからいいよ」

 生来のお人好しであるつかさは、俺の休みがお見舞いで潰れる事を気にしているらしいのだが、俺としてはつかさと一緒にいられれば良く、というか一緒にいたいので、別にデートなどはどうでも良い事であったのだ。
 それに、俺一人で遊びに出かけてもつまらないのは確実であろうから。 

「でもさ・・・・・・」

「それに、ほら。映画の無料券の期日は、今日までだし・・・・・・」

「元々、無料なんだから損はしないよ。それよりも、お見舞いに・・・・・・」

 実は、この映画の無料券は、うちで働いている大石さんが、『いつも、美味しい食事をありがとう』と言ってくれた物だったので、つかさはちゃんと使わないと悪いと思っている節があるようであった。

 『それなら、こんな期限ギリギリの無料券なんて寄越すなよ!』と俺はそう思ったのだが、そこは故郷に婚約者がいて女性に扱いに慣れている人だったので、他にもおやつの時間に有名なお店のケーキを買って来たりと、そういうフォローは完璧な人であった。
 ただ、時折りつかさを見ながら、『昔は、彼女もこんな風に可愛くて健気だったんだよね・・・・・・』と言いながら遠い目をする事があったので、つかさもフォローするのに困っていたが・・・・・・。

「それでね。拓海君。私の代わりにね」

「いるね。代わりが」

 俺の目の前には、めかし込んではいたが、少し不機嫌そうな表情をしたかがみが立っていた。






「つかさのお人好しにもほどがあるわよね。普通、自分の彼氏を姉とデートさせるか?」

 俺は、再び訪れたこの漫画のようなシチュエーションに少し眩暈を感じていた。
 なぜなら、映画の無料券が勿体無いという理由で、俺はつかさの姉のかがみとデートらしき事をしなければいけなかったからだ。

「いや! 断じてこれはデートでは無い! 女友達と遊びに行くだけだ! でも・・・・・・」

 俺は、少し落ち込んでいた。
 普通、自分の彼氏を、実の姉とはいえ女と二人きりで遊びに行かせるはずなど無いと考えた俺は、『俺は、もうもうつかさに飽きられてしまったのでは?』と思ってしまっていたのだ。

「意外と女々しい男ね」

「うっさいな! かがみは!」

「つかさは、あんたの事を信じているから私にお付き合いをお願いして来たのよ。もっと、自分に自信を持ちなさい」

「かがみ・・・・・・」

 普段は凶暴なかがみの慰めに、俺の心は梅雨明けの青空のように晴れ渡っていく。

「ねえ。今、物凄く失礼な事を考えて無かった?」

「滅相も無い!」

 俺は、やはり凶暴で野生の勘が鋭いかがみに、ある意味少し安心してもいた。

「じゃあ、映画に行きましょうよ。でも、つかさじゃないから手とか繋ぐのは無しよ」

 少し恥ずかしそうに言うかがみに、俺はちょっとだけドキドキしてしまったが、それは男になら誰にでもある事と考え、更に自分はつかさ以外の女に心動かされるはずは無いと確信するに至っていた。

「それはしないって・・・・・・。つかさ! 今日は一緒に遊びに行けないけど、俺はかがみになんて心動かされないからな!」

「なんてとは何よ! いきなり、失礼な事を抜かすな!」

「ふぬぅあ・・・・・・。どうして?」

 俺に鳩尾に一撃入れてから、プリプリと怒りながら映画館へと移動を開始するかがみに、俺は女心の複雑さを肌で直接感じてしまうのであった。







「それで? これからどうするの?」

 あくまでも、普通の友達同士として映画とその後の昼食を共にした俺達は、駅前から少し離れた高級そうなホテルの前にいた。
 
「ねえ。拓海。あんた・・・・・・」

「お前。勘違いしてない?」

 実は、そのホテルには水羊羹や葛餅などの夏の和菓子を出してくれる茶房がテナントとして入っていて、更にそれをホテルの敷地内にある木陰の多い中庭で食べられたので、隠れているかどうかはわからなかったが人気のデートスポットとして有名であり、本来ならば、つかさとここに来る予定であったのだ。

「水羊羹か・・・・・・」

「太るから止めとく?」

「食べるわよ!」

 俺達はホテル内の茶房に移動してから、そこで和菓子を購入してホテルの中庭へと移動する。

「へえ。クーラーとかが無くても涼しいのね」

 定期的に従業員達によって整備され、完璧に打ち水までされている日本庭園風の中庭は、木陰などに入ると真夏とは思えないほどの涼しさであった。

「それに、甘さ控え目で美味しいわね。この水羊羹」

「冷えた葛餅も美味しいな」

「ねえ。何で、そんなに食べて太らないの?」

 かがみは、水羊羹に続き葛餅を頬張る俺に、まるで何かに縋るかのような目付きで質問をする。
 どうやら、いつも挫折というか成果が長続きしないダイエットのヒントを俺の生活から得たいようであった。

「さあ? 俺は、普通に生活しているだけだし」

「部活はしてないのよね? それで、中学の時は水泳部だっけ?」

「部活は、毎日練習とかがあって面倒だから、高校ではしないって決めたんだよ。でも、それだと運動不足になるから、週に二~三回は近所の市営プールに泳ぎに行ってる」

 中学の時に強制的に入部させられて始めた水泳であったが、定期的に気楽に泳ぐ分には結構楽しいものであったので、運動不足にならないようにプール通いはしている俺であった。

「ちゃんと、運動してるのね」

「それに、神社の手伝いは、草むしりとか掃除とか雑用が大半だからな。運動と言えなくもない」

「うちと違って、広いからね。あそこは」

 かがみは、あの広い敷地内にある神社を常に綺麗に保つ事の大変さを理解し始めると同時に、それを手伝っている拓海の事を少し見直していた。

「私も、毎日掃除とかしてみようかしら?」

「いいんじゃないの? 有酸素運動は重要だよ」

「あんた。みゆきみたいね・・・・・・」

 有酸素運動という専門的な言葉を使った俺を、かがみは驚きの表情で見ていた。
 というか、俺はかがみにどれほどバカだと思われているのか?そっちの方が気になってしまっていた。

「では、みゆきさんのように言ってみるか・・・・・・。ダイエットで重要な事は、基礎代謝を上げる事ですよ。かがみさん」

「拓海! キモっ!」

 みゆきさんの物真似をしながら、かがみをさん付けで呼んだ俺は、かがみに物凄く気味悪がられる事となる。

「失礼な・・・・・・」

「普通に言いなさいよ」

「わかったよ。基礎代謝は知っているな?」

「ええ」

「人が生きているだけで消費するエネルギーの事だ。基本的に男の方が高いんだが、どうしてか知っているか?」

「体が大きいから?」

「ブーっ! 筋肉の量が多いからです」

「つまり、筋トレをしろと?」

「やり過ぎると、ボディービルダーのようになってしまうから、腕立てと腹筋を一日二十回くらいで十分だよ。それよりも、朝起きたら絶対にストレッチ運動をした方がいい。それも、なるべく全身の筋肉をほぐすようなやつを」

「ストレッチ運動をするの?」

「筋肉は使わないと硬くなって血流が悪くなる。すると、基礎代謝を減らす要因となるからね。ストレッチで筋肉をほぐして血流を元に戻して基礎代謝量を上げるんだよ」

「でも、それって微々たる量なんじゃないの?」

「そりゃあ、微々たる物さ。でも、筋肉が増えて血流が良くなって基礎代謝が一日100キロカロリー増えたとする。すると、一ヶ月で3000カロリーで、一年で36000キロカロリーだ。本当、微々たる量だよね」

「それは、凄いわね・・・・・・」

 かがみは、俺の説明を食い入るように聞くようになっていた。
 どうやら、本当にダイエットでは苦労しているらしい。

「上の事に運動を組み合わせるとなると、一日合わせて三十分以上有酸素運動を行う。激しい運動ではなくて、ウォーキングとかサイクリングとかが最適かな? 人の体は、三十分以上の有酸素運動を行うと体の中の脂肪を燃やそうとするからね。燃やし始めれば後は普通に生活して構わない。後は燃え続けるから」

「参考になったわ。でも、一つ聞いていい?」

 俺の話を懸命に聞いていたかがみは、続けて俺に質問をしてくる。

「答えられる事なら」

「どうして、そんなにダイエットに詳しいの?」

 かがみとしたら、ダイエットに詳しい男子高校生は奇異な存在に映るらしく、どうしてダイエットに詳しいのかを俺に尋ねてくる。

「ああ。昔から、お袋と姉貴達が、テレビとかでダイエット方法が放送されると全て試すタイプだからな。まあ、運動系統はいいんだよ。勝手にやってくれるから。でも、食事関連になると俺と親父を巻き込むんだよね。単品ダイエットとかだと特に辛くてさ・・・・・・」

 俺は、今までにお袋と姉貴達のダイエットのせいで、散々な目に遭って来た過去を思い出していた。
 元々、作る食事がいまいちな癖に、それに変なダイエット方法を組み込む事が多いので、その度に不味くて質素な食事で多大な迷惑を被って来た俺達であったのだ。
 リンゴ、キャベツ、ゆで卵、黒酢、高野豆腐、豆乳など数えればキリが無いほどであったが、そのダイエットはお袋達にはあまり効果が現れず、なぜか痩せたくもない俺と親父ばかりが目に見えて痩せて行くという理不尽な結果に終わっていた。

「いいわね。そんな簡単に痩せられて」

「お前。俺の話をちゃんと聞いてたか?」

 悲惨な過去を語っているのに、俺の事を羨ましそうに見つめるかがみに、俺は少しキレそうになってしまうのであった。







「目的に和菓子も食べた事だし、そろそろ帰ろうか?」

「あんたねえ・・・・・・。せっかくの綺麗な中庭をもっと楽しもうとは思わないの?」

「つかさとなら散歩でもするけど、かがみだからねえ・・・・・・」

「また怒るわよ!」

「(怒るだけじゃあ、済まないじゃないか・・・・・・)うわぁーーーい! かがみんとのお散歩、楽しいなぁ」

「かがみんって言うな!」

 楽しいおやつタイムが終わった俺は、お土産も買ったのですぐにつかさのお見舞いに行きたかったのだが、かがみは、『せっかく来たのだから、もう少し散歩してから帰ろう』と言い始め、俺は女という生き物の複雑さにまた頭を抱える事となる。
 また怒らせて面倒な事になるのも嫌だった俺は、かがみの提案を受け入れて一緒にホテルの中庭を散歩する事にする。
 
「へえ。意外と人が多いのね」

 その日本庭園風の中庭は、デートスポットとして人気があったので、多くのカップルで賑わっていた。

「ねえ。拓海」

「何だ?」

「私達って、恋人同士に見えるかな?」

「全然、見えない」

「そこは、嘘でも《見える》って言っておきなさいよ!」

 正直に答えたのに、なぜかかがみに思いっきり怒られた俺は理不尽さを感じずにはいられなかった。
 そもそも、つかさに変に誤解されて困るのは、俺もかがみも同じはずであったからだ。

「もういいわよ。でも、つかさが羨ましいわね」

「えっ? どうして?」

「だって、あんたバカだけど、つかさに対しては誠実だからね」

「バカって・・・・・・。俺。かがみとさほど成績変わらないけど、むしろ上・・・・・・」

 かがみにバカ扱いされた俺は、かなりショックを受けていた。

「自覚が無いの? 智之とバカコンビの癖に・・・・・・」

「バカコンビは、こなたとだろう?」

 バカ扱いされるのは心外であった俺は、自分から見て一番のバカコンビである智之とこなたをかがみに推薦しておく。

「あっちもそうだけどね・・・・・・。それで、話を戻すけど。あんたとつかさを見ていると、普通に女として羨ましくなるのよ。ねえ。拓海」

「うん?」

 俺は、かがみが急に真面目な表情になったので、思わず自分も真剣な表情で目を合わせてしまう。

「もしあの時、私が最初にお礼を言いに行ったら、未来は変わったと思う?」

「難しい質問だな・・・・・・」

 俺は、少し悩んでいた。
 確かに、俺と智之が不良達から救ったのは、つかさとかがみの二人であったので、先にかがみがお礼を言いに来る可能性もあったわけだ。
 ただ、俺は新しいクラスになった頃から、つかさの事は気にしていたわけだし、それでも先にかがみがお礼を言いに来れば、心動かされない保障も無いわけだしという、正直どっちとも判断がつかない状態にあった。

「結論が出ないな。その可能性は無いとは言えないよ。でも、今の俺は迷っていないからな」

「そう・・・・・・」

 俺の返答と言えるのかわからない答えに、かがみは納得したのかどうか判断が付きかねるといった表情をしていた。
 それに、もし俺がイエスと答えても、何か状況が変わるわけではない。
 今の俺は、つかさが好きで俺はつかさと付き合っているのだから・・・・・・。
 
「まあ。いいわ。でも、浮気とかしてつかさを泣かせるんじゃないわよ」

「それは、勿論。ああ。でも・・・・・・」

「でも、何よ?」

「こなたが、この前こう言ってたな。『かがみも、惜しい事をしたよね。最初の拓海なら、かがみの料理でも簡単に落せたのに』ってさ。本当、失礼な女だよな」

「こなたのやつ! 確かに、そうよね」

 かがみは、こなたの言葉を否定する拓海をかなり見直し始める。

「料理が出来ないからこそ、俺は外食や買い弁のスキルが高いってのによ。かがみの料理如きで、そうそう人生が変わってたまるかい」

「あんたも、十分に失礼よ!」

 拓海の事を少しでも見直して、損をしたと感じるかがみであった。



 
 

「ねえ。拓海。あれって・・・・・・」

「お見合いって、ここでだったのかよ・・・・・・」

 色々と心情的に複雑なやり取りの後、本当に帰ろうと思った俺達の視線の中に、見慣れた二人の顔が入って来る。
 いや、顔以外は見慣れない格好であった。
 いつもは後ろで束ねているだけの髪をアップで纏めて着物姿の黒井先生と、いつもしているピアスを外してスーツ姿のジンさん。
 これは、誰が見てもお見合い中としか考えられない状況であり、二人で中庭を歩きながら話をしている所を見ると、『後は若い人達だけで』的なセリフが出た後であろう事が予想できた。

「着物姿の黒井先生か。珍しいな」

「確かにね」

「でも、微妙だな・・・・・・」

「ええ・・・・・・。似合ってはいるけどね・・・・・・」

 女性にしては長身である黒井先生の着物姿は似合ってはいたのだが、どうもその似合っているの方向が違うらしい。
 俺には、『女だと思って舐めたらあかんきに!』とか、『行くよ! 子分達! これから出入りだよ!』的なイメージしか描けず、とてもお見合いをしている風には見えなかったのだ。

「まあ。それはそれとして、こんな面白い素材を放置できないな」

「なら、する事は一つね。「撮りましょう!」」

 先ほどの会話など、時空の彼方に追いやった俺とかがみは、素早く自分の携帯電話を取り出すと、その場で黒井先生の撮影を開始する。

「肖像権とか問題ありそうだけど、これは取材だからな。みんなの知る権利を代表して行使しているんだよな」
 
 俺は、以前の髪留め代の代わりだと自分に言い含めながら、少しずつ接近して撮影を続ける。

「でも、アクセサリー屋の店長さんって、結構いい男なのね」

 かがみは、いつものTシャツとジーンズ姿では無い、スーツ姿のジンさんに少し見とれているようであった。

「ジンさんは、昔からモテてたぞ。お店を始めてからは、忙しいらしいから彼女とかいないみたいだけど、学生時代は彼女とか途切れた事無いし」

「へえ。そうなんだ」

 ジンさんは多少性格が軽いという欠点を持っていたが、背も高いし、何と言っても芸術系の男だったので、そのモテぶりは尋常では無かったのだ。
 それに、主に女性を相手にする商売をしているので、女性の受けが悪ければ、あそこまで商売が成功しなかったであろうとも言えた。 

「だからさ。黒井先生なんて、止めればいいのにね」

「拓海。あんた。またそんな暴言を・・・・・・」

 かがみは、俺に対して、『また聞かれても知らないわよ』と言った感じの表情を向ける。

「黒井先生は、綺麗だし、意外と面倒見が良くて優しかったりするけど、年齢が上なのが良くない」

「というと?」

「ジンさんが、尻に敷かれてしまう可能性があるからだ。女が男を立てると、夫婦なりカップルは上手く行く!」

 これは、俺の持論であった。
 とかくこの世は、男女同権とか、男らしさ・女らしさなんて古いとか抜かす、男に縁の無さそうなババアの暴言が許される世の中となっていたが、俺は男は女を守るものであり、女は男の三歩下がってというのが理想だと思っていたからだ。

「あの黒井先生が、女としてジンさんを立てるだろうか? 非常に気になるところだ」

 俺は、この自分の素晴らしい意見をかがみに理解して貰うために一生懸命に説明を行っていた。

「うわっ! 古い考えね」

「何でも、新しい物が良いというわけではない」

「まあ。あんたがどういう考えでもいいけどね。でも、つかさとのデートの時は、いつも横並びで手を繋いでいるわよね。ここ最近の主流である」

 かがみは、俺の痛い部分を的確に突いてくる。

「・・・・・・。気持ち的には、つかさは三歩後ろに下がっているんだ。うん。間違いない・・・・・・」

「苦しい言い訳ね。それに、つかさがアルバイトをしている時は、買い物の荷物持ちに、最後の食器洗いの手伝いだっけ? あんたの持論だと、そういうのは女の役目なんじゃないの?」
 
 俺は、更なるかがみの的確な反論に、次第に追い込まれそうになってしまう。
 だが、ここでくじけては自分の考えは貫けないと思い、懸命に自分なりの考えを展開していく。

「あれは、神社を運営して行く上での重要な業務の一つなんだ。仕事を選り好みするなんて、かがみさんはとってもお子ちゃまですね」

「誰が、お子ちゃまよ。しかし、上手く言い抜けたわね。でも、確かに拓海のお父さんを見ていると、そういう感じもしなくはないわね」

「・・・・・・」

 正直なところ、複雑な心境であった。
 あの見た目は威厳たっぷりの親父が、家に帰ればお袋はおろか姉達にも反論できないなんて、部外者で誰が気が付いているのであろうか?
 そもそも、そこまで強く言えるのであれば、我が家の食事事情はもっと早くに改善されたであろうから。

「まあ。そういうわけだから、ジンさんもあまり深追いはしない方が・・・・・・」

「私は、お似合いだと思うな。それに、別にそれでいいんじゃないの? あの人。格好良いけど、あんたと同じで少し軽そうに見えるし。案外年上の方が上手く行くかもよ」

「経験も無い癖に・・・・・・。ていうか、俺も同類かよ・・・・・・」

 人の事など決して言えないかがみの暴言に、俺は少し泣きたくなって来る。

「経験が無くて悪かったわね!」

 俺とかがみは、当初のお見合い風景の撮影という目的を忘れて、下らない言い争いを始めてしまう。
 だが、こんな場所でそんな事をしていれば、相手に気が付かれてしまうのが当然といえば当然であり、知り合いに見つかって焦った黒井先生が、着物を着ているとは思えないほどの速さで、俺達の元へ駆け込んで来る。

「こらぁ! 人のプライバートを勝手に撮影って・・・・・・おんやぁ?」

 黒井先生は、今日の俺がつかさでなくてかがみを連れている事に気が付き、途端に何かを企むような笑みを浮かべ始める。
 
「誰かと思えば。神代も、遂にプレイボーイの仲間入りかぁ? しかし、妹の次に姉に手を出すってのは感心せえへんなぁ」

「ちょ! 何をいきなり! 俺は、常につかさ一筋な男ですって! こんな凶暴女なんて、誰が!」

「何ですって! 私だって、こんな軽い男は嫌です!」

 再び始まった俺とかがみの言い争いを、黒井先生はニヤニヤしながら観察していると、そこにジンさんが遅れて現れる。

「拓海。人の色恋沙汰にとやかく言うつもりは無いけど、俺もあまり感心しないぞ」

「だから! 誤解なんですって!」

 昼下がりの静かな日本庭園風の中庭に、俺の無意味にデカい絶叫が響き渡るのであった。







「はあ? 映画の無料券が勿体無い? しかし、柊も意外とセコイやっちゃな。しかも、彼氏までレンタルして」

 結局、お見合いどころでは無くなったジンさん達と俺達は、場所をホテル一階の喫茶店へと移動して、そこでお茶を飲みながら話をする事にしたのだが、俺とかがみがどうしてデートモドキな事をしているのかを聞いた黒井先生の返答は、かなり辛らつな物であった。

「大石さんの好意を、無にしたくなかったという事ですよ。つかさは、優しいですからね。誰かさんと違って」

「(このガキ! その誰かさんは、私の事か!)」

 俺の返答に、目の前の黒井先生は顔に青筋を立てる。

「大石のやつ。あの婚約者と使えなかった無料券を、お前達に渡したのか。しかも、貰ったつかさちゃんも使えずか・・・・・・。まるで、呪いの映画券だな・・・・・・」

「えっ! そうだったの?」

 大石さんと面識のあるジンさんから無料券の真相を聞かされた俺は、その無料券の業の深さにだた驚くばかりであった。

「確かに、かがみと行く羽目になったから、ある意味呪いの無料券・・・・・・」

「それは、私も同じよ!」

 自分が先に行っておいて何だったが、かがみのツッコミをかなり失礼だと思う俺であった。

「しっかし、柊もお人好しにもほどがあるでぇ。普通、自分の彼氏を、こういう風に野放しになんてせえへんでぇ」

「いや、あの娘はある意味最強なのかも。彼氏の不貞を一厘も疑っていないんだろうけど、それを裏切るってのは勇気がいるからなぁ・・・・・・」

 黒井先生とジンさんの意見は、対極にはあったがまさに大人のというか常識的な意見であった。

「昔のジンさんなら、余裕で裏切ってますよね」

「拓海。いくら俺でも、一度に二人とかは無いぞ」

「そうでしたっけ? 昔、週が変わったら違う女の子だったって事がありましたよ」

「だから、それは先週で終わって、翌週は違う女の子から『遊びに行かないか?』って言われたからで・・・・・って!」

 過去の事を俺に説明していたジンさんの表情が凍り付いたので、俺も少し横を向いてみると、そこには般若のような顔をした黒井先生と、『何? この最低男』と言った顔をしているかがみがいた。
 
「いやね。それは、あくまでも昔の話でしてね・・・・・・」

「ビックチョコレートパフェをご注文のお客様」

「はーーーい!」

「拓海。暢気にパフェなんて食ってないで、少しはフォローしろよ!」

 ジンさんが、黒井先生とかがみに懸命に言い訳をしていると、そこに俺が注文したビックチョコレートパフェが到着する。

「拓海。あんた。まだ食べるの?」

「せっかくの奢りだからさ」

 ここでのお茶代はジンさんの奢りだったので、俺は遠慮しないで巨大なパフェを注文していた。
 そもそも、あれだけ色々とアクセサリー類を購入しているのだ。
 千五百円のパフェくらい、罰は当たらないと思っていた。

「太るわよ」

「その言葉、かがみにそのまま返す」

「事実だけに、余計ムカつく!」

「ビックフルーツパフェのお客様」

「はい・・・・・・」

 人に散々太るとか言った癖に、やっぱり自分も大きなパフェを注文していたかがみは、気恥ずかしさからか?小声でパフェを持って来たウェイトレスさんに返事をしていた。 

「まあ。取りあえずは楽しく食べて、ダイエットは明日以降に考えようや」

「アイスコーヒーを二つお持ちしました」

「あれ? 黒井先生は、甘い物は?」

 俺は、ジンさんはともかく、一応は若い女性である黒井先生がデザートを注文しなかった事を不思議に感じてしまう。

「うちは、甘い物はあんまり好きやない」

「じゃあ、何が好きなんです?」

「ええとな。酒のツマミ類かな?」

「精神にオッさんが宿っていますよね?」

「神代。お前なぁ・・・・・・。そもそも、若い女性全員が甘い物が好きという認識自体がおかしいんや。うちは、甘い物はあまり好きや無いし」

「だから、お見合いまでする事になった?」

「お前。追加で宿題が欲しいんか?」

「いやだなぁ。軽いジョークですよ。ジョーク」

 黒井先生の顔に走った青筋が二本になったので、俺はこれ以上黒井先生をからかうのを止める事にする。

「それで、お見合いの結果ってどうなんです?」

 俺は、一番気になっているお見合いの結果をジンさんに尋ねていた。

「拓海。お前が中断の原因でもあるんだぜ」

「でも、本当にその気があるのなら、そんな事は気にならないと思うんですよ」

「まあ。それもそうだな。正直、良くわからん」

「黒井先生は?」

「そやな。急にお見合いして結婚とか言われても、実感が沸かないというのが正直な感想やな」

 どうやら、今回のお見合いは、二人を決定的に結び付けるかどうかまではまだ不明であるらしい。

「でも、飲み友達が増えたと考えたら悪い話ではないな。大石達と飲むのも楽しいけど、あいつらみんな彼女持ちだし、女性と飲むってのも楽しいからな」

「うちもや。女の同僚と飲むとグチだけになってしまうからな。手身近に、男の飲み友達がちょうど欲しかったところなんや」

 その後、俺達はジンさんにパフェを奢って貰ったお礼を言ってからホテルを後にしたのだが、結局お見合いの話は、暫く友人として付き合ってから決めるという結論に至ったとの事であった。
 それと、俺とかがみが撮影をした黒井先生の着物の写真であったが、それは二学期が始めると同時に校内中に広まり、黒井先生は一部の生徒達から《黒井の姐さん》というあだ名を賜る事となったのであった。
 ちなみに、その写真を広めたのは、かがみからメールで写真を貰ったこなたであった。








「へえ。黒井先生とジンさんがお見合いをしてたんだ」

「ほら。これが、黒井先生の着物姿」

「えーーーと。格好良いね・・・・・・」

「まさに、出入り直前の映像だな」

 かがみとのデートというかお出かけの終了後、俺はやっぱりつかさの事が気になったので、購入した水羊羹をお土産に柊家を訪問し、つかさに先ほど撮影した黒井先生の着物姿を見せてあげていた。

「つかさなら、もっと似合うと思うけどね」

「そうかな? でも、拓海君も似合うと思うよ。和服姿とか。それに、狩衣姿も似合っているし」

 俺は神社を手伝う際には常に狩衣姿であったので、それをつかさに似合うと言われて少し嬉しかった。

「つかさの巫女姿も似合うんだろうね」

 実は、俺はアルバイト中は私服姿であるつかさの巫女服姿をまだ見た事が無かった。

「どうかな? でも、拓海君はお姉さん達のを見慣れているからプレッシャーだな」

 つかさは謙遜していたが、あんな見慣れた連中の巫女服より、つかさの方が何百倍も良いに決まっていると考える俺であった。
 しかも、奴らは作る飯は不味いという欠点を持っていた。

「お互いに年末年始は忙しいだろうけど、様子を見に行くよ」

「私も、そうしようかな?」

「うちは人員の余裕が多少はあるから、俺が行くさ」

 ようやくに熱が下がり、自分の部屋のベッドの上で上半身を起こしているつかさと話しを続けていると、次につかさは今日のかがみとの事を尋ねてくる。

「拓海君。映画は面白かった?」

「まあまあかな」

「でも、全米ナンバーワンヒット作なんだよね?」

「あの手の洋画って、宣伝文句が全部全米ナンバーワンだからねぇ・・・・・・」

「それは、言えてるかも」

 俺とつかさは、そんな取り止めの無い話を続けていたが、俺はどうしてもつかさに言っておきたい事があった。
 多分、言わなければ何も波風が立たずにそのまま二人の関係が続いて行くであろうし、言う事によって逆に二人の関係がぎくしゃくしてしまうかもしれない。
 それでも俺は、二人の付き合いが長く深く続く事を願って、相手がつかさだからこそ言っておこうと思ったのだ。

「でも、少し悲しかったかな・・・・・・」

「えっ?」

 俺の突然の言葉に、つかさの顔から笑みが消えてしまう。

「つかさが夏風邪を引いて、デートに行けないって連絡を受けた時、俺はすぐにお見舞いに行きたかったんだ。だって、普通は心配するだろう? 俺は、つかさの彼氏であるわけだし。それに、俺や親父が無理にアルバイトを頼んで疲労が溜まっていたのかな?って思うと余計に心配でさ」

「拓海君・・・・・・」

「でも、かがみがいたからね。いや、あいつは何も悪く無いんだよ。あいつはつかさに頼まれて来たわけだし、今日も結構楽しかったし。でもね。かがみはあくまでも友達であって、つかさとは違うんだよ。それに、あいつは女だ。つかさは、俺の事を信じてくれているんだと思うんだけど、俺とかがみが二人きりでいれば、周りは普通に勘繰るだろう? だから、俺はちょっと不安で悲しくなったんだよ。『俺って、実はつかさにどうでもいいと思われてる?』ってね」

 いまいち纏まりが付かなかったが、俺は懸命に自分の気持ちをつかさに伝えていた。

「完璧な束縛は嫌だけど、多少は縛っておいてくれよ。俺もそうするからさ」
 
「・・・・・・」

 俺が思っている事を全て話すと、つかさは暫く考え込んでいるようであった。

「風邪引いて寝てるのに、悪い・・・・・・」

「ううん。悪いのは私だったんだ。そうだよね。私のした事って、ちょっとおかしかったよね。でも、嬉しいな。拓海君にちょっと怒られて」

「えっ? どうして?」

「私。『拓海君に、こんなに想われているんだ』って思うととても嬉しくて。私、一日で風邪が治っちゃいそう」

「本当か? 熱下がったのか?」

 俺が自分の額をつかさの額に合わせると、確かにつかさの熱は下がったようであった。

「もう大丈夫みたいだな」

「えっ! あの・・・・・・。拓海君?」

「(やばっ! 俺は急に何を!)」

 熱の具合を見るのであれば額に手を当てればすむ事なのに、俺はつかさにあんな事を言って実は気が動転していたのか?自分の額をつかさの額に合わせるというおかしな事を行ってしまい、更に驚いたつかさの声を聞いたせいで辛うじて額は離していたが、お互いが近距離で顔を見つめ合った状態のまま動きを止めてしまっていた。
 夕方の柊家のつかさの部屋で二人きりで、更にベッドの近くという微妙な場所で、俺とつかさはお互いに心臓をバクバクとさせながらお互いの顔を見つめ合っていた。

「ええと・・・・・・。その・・・・・・」
 
 俺がつかさに対してあんな事をしてしまった理由を一生懸命に考えていると、目を潤ませながら俺を見つめていたつかさが急に目を閉じてしまう。

「(なっ! これは、もしかして!)」

 つかさと俺が付き合い始めてもう三ヶ月近くも経っていたので、勿論そういう事は想定の範囲にあったし、むしろ智之などからは少し遅いくらいに言われていた事であった。 
 正直、そういった経験も無い智之に言われると微妙に腹は立っていたが・・・・・・。
 
 つかさ以外の女の子とは付き合った経験の無い俺と、俺以外の男とは付き合った経験の無いつかさなので、これはファーストキスである事は確実であったのだが、その運命の場所は柊家の中というかなり危険ではある場所であった。
 ただ、俺にそれを躊躇う気持ちは存在しなかった。
 なぜなら、本来なら俺から切り出すべき事をつかさが自分で態度で示したからだ。
 多分、つかさの性格からすると、かなりの勇気を振り絞っての事であろうし、俺はそのつかさの気持ちを無駄にしたくないと考えていた。

「(あれ? 目は閉じるんだよな? 顔の角度は? 時間は? えーーーと、前に見たドラマでは・・・・・・。ええい! 全く思い出せん!)」

 意を決した俺は、素早くつかさとの距離を縮めて唇を合わせたが、その行動の早さに反比例して頭の中は完全にグチャグチャの状況になっていた。
 後で、この時の事を懸命に思い出そうとしたのだが、詳しく覚えていなかったところからして、相当にテンぱっていたのであろう。
 そして、感覚的にはかなりの長時間に感じたファーストキスの時間は、呆気ないほど簡単に終了してしまう。

「「ぷはぁーーーーっ!」」

 更に、お互いに経験が無かった事が災いし、キスの間に止めていた呼吸を同時に再開するというロマンチックさの欠片もない状態となっていた。

「あれ? つかさも?」

「拓海君も?」

「いや、お恥ずかしながら経験が無かったので」

「私もだよ」

「最初って、みんなこんな物なのかな?」

「そうかもしれないね。でも、『そんなの関係ねぇーーー』だよ」

 少し寒めのギャグであったが、俺はつかさの優しい心遣いに感謝していた。
 確かに、他のカップルは他のカップルで、自分達は自分達であったからだ。

「そうだな。これから長い付き合いになるんだし、練習すれば追々様になるかな。人に見せるわけじゃないけど」

「拓海君の言う通りだね。でも、ちょっと拓海君エッチかも」

「そうか。エッチか」

 ここがつかさの部屋で外のつかさの家族がいる事も忘れて、俺とつかさは、自分達だけのほのぼのとした世界を作って楽しそうに笑っていたのだが、ここで俺達は大きな間違いを犯していた。
 完全に二人きりで時間も短かったので、まさか自分達がキスをしている事を他の人に知られているとは思わなかったのだ。

「(あんた達。何て所で、何て事を! とういか、何? この非常に入り辛いほのぼのとした空気は!)」

 今日も拓海が夕飯を食べて帰る事になったので、つかさの部屋まで二人を呼びに行ったかがみは、その中で展開されていた目に毒な光景に、一人ドアの前で立ち尽くして顔を真っ赤に染めるのであった。
 そして・・・・・・。

「ねえ。かがみ。顔が赤いけど、つかさの風邪でも伝染った?」

「べっ! 別に!」

「「「「「「??????」」」」」」

 夕食の時間にその事を姉のまつりに追求され、返答に大いに困ってしまうかがみであった。



[7786] 第十二話 夏祭りだけど、お前らジャマ!
Name: アンディー◆be7b3392 ID:f7ef93f4
Date: 2009/05/08 19:22
「拓海君。待った?」

「いや。今来たところ」

 八月初旬の週末の夜、俺の実家である糟日部大社前を始めとする日本各地では、毎年恒例となっている夏祭りが順次開催されていた。
 本来であれば、会場提供側として祭の運営の手伝いに回る俺であったのだが、親父が夏休み中に食事を作ってくれているつかさに配慮した結果、俺とつかさは一緒に祭見学へと出かける事が可能になっていた。
 ただ、これには条件があって、さすがに糟春日大社前の祭でそこの跡取りが手伝いもしないでというのは周りの目もあったので、俺とつかさは柊家の近くで行われている夏祭りの方へと一緒に出かける事となっていた。

「へえ。似合っているじゃないか。浴衣姿。可愛いよ」

「ありがとう。拓海君も、似合ってるね。浴衣姿」

 祭り会場の入り口で待ち合わせていた俺は、少し遅れてやって来たつかさの浴衣姿を見て、至福の時を味わっていた。

「でも、私のは簡単に着れるやつだから」

「俺も、別に自分で帯を結んだわけじゃないからね」

 神社の跡取りなので、狩衣(常装)や礼装などは自分で着られるのだが、着物や浴衣の帯は結べず、今日もお袋に結んで貰っていたのだ。

「拓海君のお母さんって凄いんだね」

「そうかな?」

 それならば、年に一度あるかないかの頻度でしか使わない技術より、毎日必要な料理の方を何とかして欲しいと思う俺であった。 

「じゃあ、そろそろ行こうか?」

「そうだね。お祭り楽しみだね」

 こうして、俺とつかさはお互いに浴衣姿で手を繋ぎながら祭りの会場へと移動を開始したのだが、そこから少し離れた場所では・・・・・・。



「かがみん! まるで、○ッタリンジンの夏祭り的な光景があそこに!」

「本当だよ・・・・・・」

 同じく夏祭りを楽しむために別ルートで集合したこなたとかがみは、拓海とつかさを眩しそうに指差していた。
 
「しかし、どうして私達には、この手のロマンスって皆無なのかねぇ・・・・・・」

「拓海とつかさの担当だからじゃないの? ねえ。みゆきさん」

「そうかもしれませんね」

 一応は、親友に気を使ったのか?
 敢えて拓海と合流しなかった同じく浴衣姿の智之は、こなたの質問にそう答え、更に隣にいるみゆきにも賛同を求める。

「でもさ。全員が浴衣なんだよ。普通は、何かフラグが立つとか、イベントシーンが発動するとか」

「フラグですか?」

 こなたの力説を聞いていたみゆきは、フラグの意味が理解できずに一人首を傾げていた。

「でも、浴衣といっても、私のは簡単に着れるやつよ」

「そんなの関係ないじゃん。だって、同じお手軽帯の浴衣を着ているつかさは、拓海とデートなわけだし」

「こなた。現実を語って楽しい?」

「いや。ちょっと、私も虚しくなって来た・・・・・・」

 再び、ロマンスゼロの自分達の身の上を悟ったかがみとこなたは、ガックリと肩を落としていた。

「そういう事は後の楽しみという事にして、私達も私達なりにお祭りを楽しみましょう」

 次第に小さくなっていく拓海とつかさを見ながら、別ルートでいつものように集まったこなた達は、同じシングル同士仲良く祭り会場へと移動を開始するのであった。






「ヨーヨー釣りか・・・・・・」

「お祭りの定番だよね」

「じゃあ、釣るか」

 多くの的屋で賑わう祭り会場で、俺とつかさはヨーヨー釣りをする事にする。

「うーーーん。難しいね」

 最初にヨーヨー釣りに挑戦したつかさは、一個もヨーヨーを釣れないまま、ティッシュの紙縒りに付いたフックを落としてしまっていた。

「ああ。これには、コツがあるんだよ」

 俺は、自分の紙縒りをある程度硬く巻き直してから、なるべく水に浸さないようにして次々にヨーヨーを釣り上げていく。

「四つか。まあまあかな?」

「凄いね。拓海君」

「ガキの頃には、もっと取れたんだけどね。ええと、どれにする?」

「ええとね。この白いやつかな」

 つかさは、俺から白いヨーヨー受け取るとそれで嬉しそうに遊び始める。

「でも、お祭りのヨーヨーって一日しかもたないけどな。玩具のやつと違って」

「そうだよね。必ず欲しくなるから取るんだけど、次の日には縮んでいるよね」

「そうそう。ただの輪ゴムの付いた水風船になっててさ」

「じゃあ、残りの三つは、私達が貰っても文句は無いよね」

「へっ?」

 二人の会話を邪魔するかのように、俺の目の前に小さな女が現れ、俺の手から残り三つのヨーヨーを奪っていったのだが、それは誰がどう考えても、俺とつかさの共通の親友である泉こなたその人であった。
 
「えーーーと。みゆきさんは、どれにする?」

「あの・・・・・・。こなたさん・・・・・・」

 俺が後ろを振り返ると、そこには俺から奪ったヨーヨーをみゆきさんに選ばせているこなたと、少しバツの悪そうな顔をしているかがみと、いつもとまるで変わらない表情の智之がいた。

「すいません。本当に別行動をする予定だったのですが、たまたま一緒になってしまったと言いますか・・・・・・」

 全く悪びれずに俺からヨーヨーを強奪したこなたと違い、常識人のみゆきさんは、俺達に申し訳無さそうに謝罪していた。

「別行動って言っても、会場が狭いから仕方が無いよね」

「お前は、もう少し申し訳無さそうにしろよ!」

 ケロっとした態度のままのこなたに、つかさとの二人きりの時間を邪魔された俺は、思わず大きな声をあげてしまう。

「かがみんは、ヨーヨーどっちにする?」

「無視かよ!」

 俺は、取り合えずこなたに強めにツッコミを入れておくのだが、肝心のこなたには全くの《柳に風》状態であった。






「カップルが二人きりになるのを妨害するなんて、アニメやゲームでは良くある事じゃん。気にしない気にしない。それに、花火の時にはお邪魔虫は消えてあげるからさ」

 結局、こなたのその一言により、俺達はまた行動を共にする事となっていた。
 確かに、表面上はその場をかき回して周囲の人間に呆れられる事が多いこなたであったが、本当に肝心な所では、邪魔をするような真似は絶対にしない奴であった。
 でなければ、こなたにツッコミばかり入れている俺やかがみが、親友として付き合うはずは無かったのだ。

「まあいいか。つかさ。次はどうする?」

「拓海君。綿菓子を食べようよ」

「そうだな。綿菓子なんて、こういう時でないとまず食べないからな」

 俺とつかさは、二人で綿菓子を買うとそれを美味しそうに食べ始める。

「綿菓子って、ふわふわで甘いから大好き」

「シンプルな甘さがいいよなって、つかさ。鼻に付いてるぞ」

 俺は、つかさの鼻に付いていた綿菓子を取ってあげると、それを自分の口に放り込んだ。

「ありがとう。拓海君」

「慌てて食べるからだよ」

「えへへ。メンゴメンゴ」

 二人の間に、ほのぼのとした空気が広がるのだが・・・・・・。

「凄いねぇ。まるで、ギャルゲーのイベントシーンみたいだ」

「あんたの例えは、もっとどうにかならないのか?」

「そんなのどうだっていいじゃん。別に、私達自身が当事者ってわけでもないし」

「言うなよ・・・・・・」

 こなたとかがみは、お互いに肩に手を載せ合いながらガックリと肩を落とすが、更にこなた達にとってもう一つ予想外の事態が発生していた。

「みゆきさん。どれが欲しい?」

「そうですね。あのおサルさんのヌイグルミですかね。大丈夫ですか?」

「ああ。あれなら、余裕余裕」

 基本的にマイペースな智之と、あまり俺達の邪魔をしては悪いと考えているみゆきさんが、いつの間にか二人だけで外れて輪投げをしていたのだ。

「はいよ。兄ちゃん上手だねぇ。一緒にいる彼女さんも綺麗だし」

「彼女・・・・・・ですか?」

「彼女じゃ無いって。友達だよ」

「本当かい? 兄ちゃん」

 智之は、輪投げ屋台の店主にからかわれながら獲得した景品を貰っていた。

「智之君とゆきちゃんって、絵になるよねぇ」

「確かに、詳しい事情を知らない人達から見ればね」

 共に浴衣姿で、みゆきさんに自分が輪投げで取ったヌイグルミを渡す智之と、それに笑顔でお礼を言うみゆきさんは誰が見ても絵になるカップルに見えていた。

「でも、そのおサルのヌイグルミが、輪投げの景品になっているとはね」

「ご存知なんですか? 智之さん」

「○ヴァで、小さい頃の○スカがね・・・・・・」

「うわっ! また始まったよ・・・・・・」

 俺は、智之のしょうもないオタトークにまた呆れていたが、かがみが言うところの聖人君子であるみゆきさんは、その話を嫌な顔一つせずに聞いていた。

「でも、良く考えてみると、みゆきさんなら智之が彼氏でも問題無いかもしれないな」

「案外合うかもしれないよね。智之君に似合う人って、同じ趣味を持っているか、その趣味を寛容に受け入れられる人だもの。ゆきちゃんなら、その点は大丈夫だよね」

 つかさの意見を聞いた俺は、今までの自分の概念が打ち破られる気分であった。
 今までは、智之に似合う女性はこなたであると勝手に考えていた節があったが、女性のつかさの観点で考えれば、みゆきさんという可能性も十分にありえたからだ。
 ただ、今のあの二人を見ていると、まだお互いにそこまで考えているとはとても考えられなかった。
 本当に、異性の友人同士という感覚なのであろう。
 
「しかし、見た目は本当にさまになっているよな」

 身長180cmの完璧美男子である智之と、四人の中では一番身長が高くスタイル抜群の美女であるみゆきさんの組み合わせは、祭り会場の中で多くの人達の注目を浴びていた。

「ねえ。智之。私には、あれを取ってよ」

「いいけど、お前の方が上手なんじゃねえの?」

「いいから、取ってよ」

「はいはい。わかりましたって」

 輪投げの屋台の前でかなり良い雰囲気を作っていた智之とみゆきさんであったが、意外にもそれに割って入ったのは、いつもであれば『イベントシーン発動とか』言って観察者に徹するこなたであった。
 こなたは、まるで子供ように智之の腕を引っ張りながら、輪投げの屋台の前で自分の好みの景品をねだっていた。

「ほら。ていうか、これもそんなに難しくないぞ」

 智之が狙いを付けて投げた輪投げ用の輪は、寸分の狂いもなくターゲットにすっぽり収まる。

「たまには、他の人に取って貰うのもいいものだねぇ。サンキュー。智之」

「何だい。格好良い兄ちゃんは、妹さんも一緒だったのかい?」

 再び輪投げで簡単にヌイグルミを獲得した智之は、それをこなたに渡していたが、輪投げ屋台の店主は、こなたの事を智之の妹だと勘違いしていた。

「おっちゃん。なかなかそうは見えないけど、実は同級生なんだよ」

「えっ! 本当なのかい? そりゃあ、すまないねぇ」

 店主は素直に謝っていたが、普通の人には智之とこなたが同級生には見えない事もまた事実であったので、仕方が無いといえば仕方が無かったのだ。

「こういう成りだからねぇ。良くある事なんだよねぇ」

 そう店主に答えるこなたの態度は、表面上はいつもと変わらなかったが、俺には一瞬ではあるがこなたがの表情が少し曇ったような気がしてならないのであった。








「チョコバナナ。美味い」

「ああ。失敗した。俺も買えば良かったかな」

「拓海君。少し食べる?」

「いいの?」

「かがみん。このイベントシーン集中してます的な絵面は何? 間接キスだよ。間接キス!」

「言うなよ・・・・・・」

「ていうか、お前ら、やっぱり邪魔!」

 先ほどのこなたの件は多少は気になってはいたが、それでも俺達は祭りを楽しむべく、次々に屋台の品定めをしていた。

「でも、夏祭りと言えばカキ氷でしょう」

「そういえば、暑いしね。みゆきも食べるでしょう?」

「カキ氷。いいですね」

 カキ氷の屋台を見つけたこなたとかがみは、カキ氷を購入するために屋台の前で何味にするか迷っていた。

「そういえば、前から思っていたんだけど、いちご、レモン、メロンとかはわかるんだけど、ブルーハワイって何の果物? 何味?」

「ブルーハワイ味・・・・・かな?」

 いきなり難しい事を聞かれたかがみは、かなり答えに窮しているようであった。

「まあ、普通はそうなるよね。私もわからないし。そこで、みゆきさん。あなたの出番です!」

 こなたは、このグループで一番の知性派であるみゆきにブルーハワイの由来を尋ねる。

「ブルーハワイですか? あのですね・・・・・・」

 ところが、みゆきもブルーハワイの由来を知らなかったらしく、珍しく答えに窮してた。

「ふむ。みゆきさんでも駄目なのか・・・・・・。ちなみに、智之は?」

 こなたは、いちご、レモン、メロンのシロップを分割してかけるように注文していた智之にブルーハワイの由来を尋ねる。

「さあ? 頼んだ事が無いから興味ないや」

 いつもながらの智之のマイペースさに、こなたは顔を半分引きつらせていた。

「ちょっとは、答えようとする姿勢を見せなよ・・・・・・って、その三種類かけはもしかして・・・・・・」

「よくぞ気が付いたな。こなたよ。○ンジェリックレイヤー。結構好きだったんだよね。しかも、○ゅうこさんは、井上繋がりでもある」

「あのさ。智之。そんなマイナーで古いアニメのネタは、一般人には理解して貰えないよ」

「「(いやいやいや! そのネタが理解できるこなたも、間違いなく智之と同種の人ですから!)」」

 また良くわからないアニメネタを話す智之と、それを注意しつつもその内容を十分に承知しているこなた。
 俺とかがみには、二人の相違点が全く判別できないでいた。

「智之が駄目となると、拓海は知ってる?」

「さあ? ブルーハワイって言うくらいだから、向こうの特産か何かなんじゃないの?」

「いい加減な回答だねぇ・・・・・・」

「お前に言われたくねえよ!」

 人に無理矢理答えさせておきながら、その回答にケチを付けたこなたに俺は思わずツッコミを入れてしまう。

「となると・・・・・・。みゆきさん。後で調べておいて」

「言い出しっぺが、自分で調べろ!」 

 俺は、自分が知りたい事なのに自分で調べないでみゆきさんに丸投げしようとするこなたにまたツッコミを入れる。

「あのう・・・・・・」

「どうしたの? つかさ」

「拓海ってさあ、私とつかさとじゃ態度が違い過ぎ」

「当然だ!」

「うわっ! 言い切ったよ!」

 つかさとの待遇の差にケチを付けたこなたを俺がバッサリと切り捨ててから、遠慮がちに手を挙げたつかさに発言を優しく促すと、つかさはブルーハワイの由来について話始める。

「そのブルーハワイなんだけど、同名のカクテルと同じ色をしているみたい。カクテルの方も、映画のブルーハワイを意識して作られたんだって」

「へえ。そうだったんだ。凄いな。つかさは」

「そうだったんですか。参考になります」

「えへへ」

 このメンバーの中で、唯一ブルーハワイの由来を知っていたつかさに、俺とみゆきさんは純粋に賞賛の声をあげる。

「(確かに凄いけど、何かつかさに教わると負けた気がするのはなぜなんだろう?)」

 余計な事を言うとまた拓海に怒られると思ったこなたは、心の中でつかさに対してかなり失礼な事を考えるのであった。



 


「おい。拓海。警官だぞ」

「見回りかな?」

「どうしたの? 拓海君」

 更に祭りを楽しんでいた俺達であったが、そこに一つの問題が発生していた。
 それは、前方に一人の女性警官が見えていたからだ。

「特に悪い事をしていないのに、警官を見ると変に緊張してしまうのはなぜなんだろう?」

「そういえば、そうだよね。私なんて、すれ違う時とか息を止めちゃう事があるんだ」

「何も悪い事はしていない。でも、いきなり呼び止められたらどうしよう。そう考えるとな」

 俺の意見につかさと智之は賛同していたが、未成年の分際でパチンコ屋に出入りする智之は十分に警戒するべきだろうと俺は考えていた。

「はぁーーーい! こなたちゃん」

「あっ! ゆいねーさんだ」

「へっ? お前、補導でもされた事があるの?」

 ところが、その女性警官はこなたの知り合いであるらしく、俺の予想とは反し、かなりお気楽な態度でこなたと挨拶を交していた。

「違うよ。親戚のゆい姉さんだよ」

「よろしくぅ」

「「「「「よろしくお願いします」」」」」

 どうやら、その女性警官はこなたの親戚であるらしいのだが、丸顔に広いおデコと、深緑色のストレートのショートヘアで眼鏡を掛けとあまりこなたには似ていなかった。

「ゆい姉さんは、私の従姉なんだよ」

「納得、従姉は似ないって言うからな」

 俺は、そのゆい姉さんという人の着ている制服から盛り上がった胸を見て一人納得していた。

「羽目を外し過ぎないように、この兄さんお姉さん達の言う事を良く聞いて早目に帰るんだよ」

「「「「「えっ?」」」」」

 ゆいさんの言葉に、俺達は一斉に目が点状態になってしまう。
 どうやら、俺達はゆいさんにこなたの先輩だと思われているらしい。

「違うよ。ゆい姉さん。みんな同級生だよ」

「何と! ごめんごめん。姉さんビックリだぁ。体格差があったからついね」

「いえ」

 初対面であるゆいさんの謝罪に、日頃はツッコミの鬼であるかがみは静かに対応していた。

「いやあ。それにしても、最近の子は発育良い子が多いんだね」

「「(いやいやいや! 俺(私)達が普通ですから!)」」

 そもそも、従姉ならこなたの年齢くらいは知っているであろうに、それにも関わらず、俺達を実年齢よりもかなり年上に見てしまうゆいさんは、どうやらこなたで年齢感覚が麻痺しているようであった。

「同級生なのか。それで、こんなに背が高くて格好良い男の子が二人。こなたちゃんの彼氏はどっちかな?」

 今まではこなたを子供扱いしていた癖に、グループ内に男子が混じっている事に気が付いたゆいさんは、すぐに話題をそっち方面へと展開し始める。

「ゆい姉さん。あっちの拓海は見ればわかると思うけどね・・・・・・」

「いいなぁ。私も高校生の時は、旦那とこんな感じだったんだよねぇ」

 ゆいさんは、常に手を繋いで歩いている俺とつかさに羨望の眼差しを送っていたが、それよりも俺達はゆいさんが既に既婚である事の方に驚いていた。

「結婚されているんですか?」

「新婚早々、単身赴任したけどね・・・・・・」

 かがみは、どんよりとした表情をするゆいさんを見て、自分がとんでもないババを引いた事を確信していた。

「あっ! そうだ! ゆい姉さん。射的とか得意じゃない?」

 どうやら、以前にもその事で痛い目を見た事があったのか? こなたはゆいさんに、射的の屋台を指差して興味をそっちの方へと引かせようとしていた。

「はっはっはぁ! 何を隠そう。署内では、シャープシューターゆいちゃんと言われるほどの腕前よ」

「じゃあ、やってみて」

 こなたは、気を取り直したゆいさんに射的用のライフルを手渡す。

「あれれ? ライフルなんだ。私、使うの拳銃だから。それに、ライバルがいないと盛り上がらないかな?」

「いるよ。姉さん」

 こなたの指差した先では、既に俺と智之がライフルに玉を込め始めていた。

「つかさ。どれが欲しい?」

「あの熊さんのヌイグルミが可愛いね。でも、大きくないかな?」

「駄目元で行くさ」

「拓海君。ファイト!」
 
 つかさの声援を受けた俺は、ライフルの照準を大きな熊のヌイグルミに向ける。

「ふっ! 俺の後ろに立つな。それと、俺は利き腕では握手はしない主義だ」

「智之。それって・・・・・・」

「サーティーンな男だよ」

「やっぱり・・・・・・」

 そして智之は、某有名劇画の主人公であるスナイパーのように険しい表情で、景品にライフルで照準を付けていた。

「ほら、ゆい姉さん」

「ふっ! 負けないわよ。美形君に、彼女に格好良いところ見せたい拓海君」

 ゆいさんが、俺達の横で次々に色々なポーズでライフルを構えていると、そこにもう一人男性の警官が現れる。
 どうやら、ゆいさんの同僚か上司であるらしい。

「おい! 成実! お前。仕事中に何してるんだよ? ほら、パトロールを続けるぞ!」

「じゃあ、勝負はまたお預けって事で!」

「お前、サボってると始末書ものだぞ!」

 警官なのにとても軽く見えるうえに、どう考えても職務をサボっているとしか考えられなかったゆいさんは、その男性警官に引きずられるようにして俺達の前から遠ざかって行く。

「まあ。当然の結果だろうな・・・・・・」

「明らかに、職務中だよね?」

 俺とつかさは、あんなお気楽な人でも警察官が務まる日本という国にある意味感心していた。

「じゃあ、気を取り直して。私が」

「おい。こなた」

「なあに? 拓海」

「あのな・・・・・・」

 俺がこなたに秘かに耳打ちをした直後、三人に一斉射撃をされた景品の大きな熊のヌイグルミは、無事につかさの手へと収まったのであった。





「ありがとう。拓海君。でも・・・・・・」

「ああ。複数で同時に射撃するの禁止って張り紙? 大丈夫、ルールは破られるためにある。それに、たまたま三人が同じ物を狙ったんだ」 

 他にも、三人で狙ってもよほどの奇跡でも起きない限りゲットが不可能なほど大きなヌイグルミであった事や、祭りも中盤を越したのに大型景品ゲット者がいなくて客足が減少傾向になった事など、そういう部分を全て見透かしての作戦であったのだ。

「昔は、祭りの時は射的ばかりやってたからな」

「無駄遣いにもほどがあるわね・・・・・・」

 俺に対して、かがみは呆れた表情を向けていた。

「そこが男と女の違いだな。無駄でも楽しければいい。景品をゲットした瞬間こそ楽しいものなんだ。考えてもみよ! あんな花札の図柄が描かれたオイルジッポなど、ゲットした瞬間から使い道なんてありゃしない!」

「確かにそうだよね。曇り無き眼で、有名サークルの同人誌をゲットしたつもりでも、その回に限り表紙以外は手抜きだったとかさ。良くある。良くある」

「「いや、それは無いわ(ね)。しかも、あんまり共通点が無いし」」

 また意味不明な事を言い始めたこなたに、俺とかがみは同時にツッコミを入れていた。

「ところで、かがみさんは遊ばないのですか?」

「そうね・・・・・・。金魚すくいでもやろうかな?」

 みゆきさんに言われて、今まで大して遊んでいなかったかがみは金魚すくいを始める事にしたらしい。

「拓海君は、やらないの?」

「水槽が無いんだよ」

「うちも無いけど、庭に池があるからね。拓海のうちにも、池くらいあるでしょう?」

「あるよ。けどねぇ・・・・・・」

 確かに、かがみの言う通りにうちの神社には大きな池があったのだが、そこは外の人が勝手に金魚やらミドリ亀を放流していくので、これ以上金魚などいらないというのが本音であった。

「最近、ブラックバスを放流したバカがいて、そんな小さい金魚は生き残れないね」

「神社の池で弱肉強食・・・・・・。嫌な話ね・・・・・・」

 その後、かがみは一匹の金魚をゲットして、その金魚に《ギョピちゃん》という変な名前を付けていたが、祭りはもう少しで花火大会というところまで時間が経過していた。

「では、逝きたまえ。拓海。つかさ。最後のイベントシーンが君達を待っている!」

「何か違和感を感じなくも無いが・・・・・・」
 
 こなたの発言に若干の疑問を感じつつも、俺とつかさが二人で抜けようとすると、視界に意外だけど意外では無い組み合わせの二人の顔見知りが入ってくる。

「ジンさんと、黒井先生。マジ?」

 大変な物を見つけてしまった俺とつかさは、こなたに勘付かれないように足早にその場から立ち去ろうとしたのだが、日頃ゲームばかりしている癖に無駄に目が良いのか? すぐに二人を発見してしまう。

「黒井先生!」

「おおっ! 泉か」

「先生。ジンさんとデートですか?」

「違う違う。たまたま予定があったから、一緒に祭り見学をしているだけや」

「「「「「「(いやっ! それは、嘘(でしょう)だろう!)」」」」」」

 この前のお見合いの時は、『友達として』とか言っていた黒井先生であったが、たまたま一緒に祭り見学に行く人が気合を入れて浴衣を着たりするはずが無く、明らかに《野心あり》と見た俺達の心の声は見事に一致していた。

「「黒井の姐さん! ご苦労様です!」」

「誰が姐さんや!」

「「痛っ!」」

 和服が似合ってはいるのだが、似合う方面が常に微妙な黒井先生に俺と智之がチャチャを入れると、黒井先生は現在の教師にはあるまじき行為であるゲンコツを頭の上に落としてくる。

「あれれ? また会ったね」

「ここに来て、更なるカオスの発生か・・・・・・」

 更に、その場に先ほど男性警官に引きずられて本来の任務に戻ったはずのゆいさんまで現れる。
 ところが、彼女は側頭部にお面を付け、両手はヨーヨーとすくった金魚で塞がりと、どう考えてもまともに仕事をしている風には見えなかった。

「えーーーっと、かなり発育の良いお姉さんだけど・・・・・・」

「担任の黒井先生だよ」

 こなたは、ゆいさんに黒井先生を紹介する。

「すいません。あまりにも若かったからつい。ところで、今日は見回りか何かで?」

「いえいえ。普通に友達と祭り見学ですよ」

 黒井先生は、表面上は穏やかにジンさんが友達である事を強調していたが、その気合の入った浴衣姿を見た後にそんな事を信じる人は皆無であった。

「いいですね。私も、非番なら一人でプラプラと見学に来れたのに」

 ところが、ゆいさんも負けてはいなかった。
 祭り会場のパトロールもそっちのけで、各屋台を遊び回っているゆいさんに全員が顔を引きつらせていたからだ。
 そして、ゆいさんと黒井先生の初顔合わせは、更なる混乱を巻き起こしてしまう。

「あれれ? 黒井先生の隣いるのは、ジンさん?」

「ゆい姉さんは、ジンさんを知っているんだ」

 こなたは、ジンさんの事を知っていたゆいさんを意外そうな表情で見ていた。
 確かに、俺の見立てでもゆいさんがアクセサリーに興味があるとは思えなかったからだ。

「ほら、この前(婚約指輪と結婚指輪の)注文したから」

「その節は、ありがとうございました。次の機会がありましたら、またお願いしますね」

「やだなぁ。ジンさん固くない?」

「そうかな?」

 過去に面識があった事も大きいが、基本的には堅苦しい事が苦手な二人は、まるで以前からの友達のように楽しそうに話をしていた。
 ところが、それは黒井先生の心境に大きな変化をもたらしてしまう。

「(おいっ! 泉の親戚か何か知らんが、横から人が目ぇ付けたもんを掻っ攫うつもりかぁ!)」

「「「「「「(黒井先生! ゆいさんは既婚者ですぅーーー!)」」」」」」

 顔は笑っていたが、背後からとんでもなく黒いオーラを噴出させ始めた黒井先生に、俺達はその場から一歩も動けなくなってしまう。

「今度は、結婚記念日とかスィートテンとかで注文してよ」

「旦那。買ってくれるかな?」

「そこを、上手く押し通すのが、奥さんの魅力ってやつでしょう」

「単身赴任で、新婚早々寂しい思いをさせているんだからね。おねだりしてみようかな?」

 ところが、ゆいさんが結婚している事が知れた瞬間、急に黒井先生を覆っていたオーラが消え、元の表裏の無い笑顔に戻っていく。

「俊樹。そろそろ、花火の時間やで」

「そうだな。早くいい場所をゲットせねば。行こう。ななこさん」

「ほな、また」

「うわぁーーー。何てわかり易いんだろう・・・・・・」

「「「「「言えてる・・・・・・」」」」」

 俺達は、ご機嫌で花火の場所取りへと向かう黒井先生を見て、心からそう思ってしまうのであった。





「何か、今日も色々とあって疲れたな・・・・・・」

「そうだね」

 やっと二人きりとなった俺とつかさは、事前に調べておいた花火の良く見えるスポットで、二人だけで静かに花火を眺めていた。
 夜空に大輪の花が開くたびに、花火を見上げるつかさの顔が照らし出され、それを横目に見ている俺は心臓をドキドキとさせていた。

「拓海君。花火が綺麗だね」

「そうだね(つかさの方が綺麗だよ)」

 多分、この世にいるプレイボーイなる人種は、それを躊躇う事無く恥ずかしがらずに言えるのであろうが、散々に勇気を振り絞っての告白がアレであった俺では、そんな事は口が裂けても言えるはずは無かった。

「拓海君。そろそろ、メインの三尺玉だよ」

 地方の祭りの花火なのでその時間はさほど無かったらしく、まだここに来て三十分も経っていないのに、もう花火は最後のクライマックスを迎えていた。
 そして、この花火が終了すれば、俺達はそれぞれに家路へと着く事になっていたのだ。

「そうか。残念だな」

「えっ?」

「花火が終わらなければ、まだずっと二人きりなのに。残念だ」

「・・・・・・拓海君・・・・・・。実は、私もそう思っていたんだ」

 そう言うのと同時につかさが目を閉じ、俺達はこれで何度目かになるキスを最後の花火をバックに行っていた。
 そして、短いようで長い時間は終了を迎え、俺はつかさを送るべく柊家へと移動を開始する。

「かがみ達は、もう帰ったのかな?」

「別行動が決まっていたから、多分もう帰ったんだよ」

「それもそうだな」

 俺とつかさは、また手を繋ぎながら最寄り駅へと移動を開始するのであったが、実は二人の預かり知らぬ所では、かなり大変な事になっていた。

「こなた! 人気が無くて、花火が良く見える絶好のポイントって、とんでも無いところを!」

 拓海とつかさがどこに花火を見に行くかなど知らず、そもそも事前に鉢合わせしないように打ち合わせなどしようはずも無かったので、かがみはこなたの勧める絶好のポイントで花火を見学する事にしたのだが、そこでは既に二人が完璧に近寄り難いオーラを出していて、更にかがみ達の気配に気が付かなかった二人がキスまで始めてしまうという、ある意味最悪の場面に出くわしていた。

「こなた! 聞いてるの!」

「あの。かがみさん。こなたさん。聞いていませんよ」

「へっ?」

 日頃は未成年の癖に、エロゲーまでしているこなたではあったが、バーチャルな18禁のCGよりも現実のキスシーンの方が刺激が強かったらしく、珍しく顔を真っ赤にさせながらその場に呆然と立ち尽くしていた。
 
「しかし、何と間の悪い!(しかも、これで二度目って!)」

 再び、妹と親友のキスシーンを目撃してしまったかがみは、心の中で再び絶叫するのであった。



[7786] 第十三話 夏だ! 海だ! ○○だ! 一日目。
Name: アンディー◆be7b3392 ID:f7ef93f4
Date: 2009/05/23 19:05
「おはよう、拓海君」

「おはよう、つかさ」

「海水浴楽しみだね」

「うん。私もとっても楽しみ」

 八月初旬のとある日の早朝、俺達は夏休み前から約束していた海水浴へと出かける事となった。
 ここから車で二~三時間ほどの海沿いの町に我が家が別荘を所持していて、そこで三日ほどみんなで遊ぶ事になったのだ。

「毎日のように顔をあわせている癖に、本当に飽きないわね。あんた達は」

「「……」」

 午前中はうちで食事作りのアルバイトで、午後は一緒に夏休みの宿題をして(この時は、智之や宿題を見に来たこなたやかがみやみゆきさんも合流する事があった)、夕方にはつかさを柊家に送り、休日は一緒にデートに出かけと、確かに日頃学校に行っている時よりも二人でいる事の多い俺達であった。

「別に、いいじゃないか。俺達は付き合っているわけだし」

「おおっ! 開き直ったわね」

「まあまあ。二人とも落ち着きなよ。かがみんはね。今まではいつも一緒にいた妹のつかさを拓海に取られてちょっと寂しいだけなんだからさ。もう、本当に寂しん坊さんなんだから。大丈夫だよ。かがみんには、私がいるじゃないの」

「そこで話の腰を折るな! それに、私は寂しくなんてない!」

 珍しく遅刻をしないで、つかさやかがみと一緒に現れたこなたが俺とかがみの話に割って入り、そのままかがみの背中に抱き付きながら後方から彼女の頭を撫で始める。

「もう、無理しちゃって。本当に、かがみんはツンデレなんだから」

「ツンデレ言うな!」

 朝っぱらから、こなたとかがみがいつもの掛け合いを続けていると、そこにいかにも寝起きそうな智之と、スポーツバックを持ったみさおとあやのとみゆきさんの四人が現れる。

「おはようっす」

「おっ! 朝っぱらから元気だな。ちびっ子、柊」

「「おはようございます」」

「おはよう。みゆきさん。日下部さん。峰岸さん。やっぱり、彼氏さんは無理だって?」

「ええ。大学の部活の合宿と重なってしまったので」

 もし参加出来たらという事で、俺はあやのの彼氏さんにも声を掛けていたのだが、大学生の部活で陸上をしている彼氏さんは、合宿を休むわけにはいかないらしく、今回は不参加という事になっていた。

「残念だなぁ。色々と話を聞きたかったのに」

 勿論、俺の聞きたい話とは、恋愛の先輩としての経験やらコツやらそういう事であった。

「後は、黒井先生とゆいさんだけど……」

 別荘のある町は交通の便が悪い田舎にあったので、今回は黒井先生とゆいさんに車を出して貰う事になっていて、先に我が家に到着した二人は、うちの親父とお袋に挨拶に行っていた。

「じゃあ、これで全員か? 神代」

「いや、実はもう二人ほど……「おーーーっす! 神代。岩永」」

「こいつ、誰?」

 まだ他に参加者がいるのかをみさおが尋ねていると、ちょうどそこに俺と智之が誘っていた白石みのるが大きめのスポーツバックを持って登場する。
 
「うん? かがみと同じクラスの人か? 俺は白石みのる。神代と岩永と同じクラスなんだ」

「そうなのか。よろしくな。白石」

 あやのとみさおが参加する事になって、参加者の女性比率が上がり過ぎだと判断した俺と智之は、隠し玉として白石を誘っていた。
 
「おや。セバスチャンではないか」

「前から聞こうと思ってたんだけどよ。なんで、俺がセバスチャンなんだよ? 泉」

 白石は、自分をセバスチャン呼ばわりするこなたに非難めいた視線を向ける。

「だってさ。あの小神あきらの召使いをやってるじゃん。セバスチャンは」

「「「「「「「小神あきら?」」」」」」」

 こなたと白石を除く全員が、その小神あきらという人物が誰なのかを知らず頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。

「知らないの? 子役上がりの現役中学生アイドルだよ」

「「知らねえ」」

 こなたの説明に対し、俺と智之の返事はかなり素っ気無いものであった。
 というか、知らない物はどう聞かれても知らなかったし、そのアイドルと白石との関係も良く理解できなかったからだ。
 
「確か、白石って声優志望だったよな?」

 俺が白石から聞いた話では、確か彼は声優になるべくレッスンやオーディションを受けていたはずであった。

「でもさ。セバスチャンは、まだ駆け出しで仕事を選べないんだよ。そこで、一部に腹黒・喫煙・飲酒・年齢詐称疑惑もあるブリッ子アイドル小神あきらのラジオ番組の召使いをね」

「アシスタントだ。泉」

「半分、召使いのようなものじゃん」

「否定できない自分が悲しい……」

 こなたに召使い扱いされた白石は、一人地面の上で《の》の字を書き始める。

「あの。白石さん。どんな仕事でも、大成するためには下積みというか苦労が必要だと……」

「ありがとう。高良は、本当に人格者だよなぁ」

 みゆきさんの慰めによって、白石は俺達の前で滝のような涙を流していた。
 どうやら、その小神あきらに付いて仕事をやって行くというのはとても大変な事であるらしい。

「まあ、その裏では偉そうで鼻でタバコの煙を吐いて、歯の裏がヤニで真っ黒な可能性を十分に秘めたアイドルの事はどうでも良くてだ」

「智之。あんたは、別の意味で容赦ないわね……」

 小神あきらに対して、そうでは無いかもしれないけど、実はそうかもしれない的な毒舌を吐きながら、智之は白石の前に行きそこで彼の両肩をガッチリと掴む。

「○ンダムの主役でも張れば、そのアイドルにデカい顔が出来るぞ」

「そんなの無理じゃぁーーー!」

 白石は、智之に今のところは実現不可能そうな事を言われ、そのままその場から走り去ってしまう。

「そういえば、今新作をやっていなかったな。○ンダム」

「いや、そういう事じゃないと思う」

 俺は、智之に一応ツッコミを入れておく事にする。
 アニメに疎い俺でも、あの作品で主役の声をそう簡単に出来るとは思わなかったからだ。

「なあ。放置して大丈夫なのか?」

 みさおは、恐ろしいほどの速度で走り去った白石を見ながら、少し心配そうにしていた。

「時間になれば戻ってくるさ」

「それで、もう一人って誰なんです?」

「ああ。ジンさんだよ」

 俺はもう一人の参加者が、うちの近くの商店街でアクセサリー屋を営み、更に最近では黒井先生とお見合いをしたジンさんである事をあやのに教える。

「神代さんは、あのアクセサリー屋さんのお兄さんとお知り合いなんですね」

「智之もそうだけど、子供の頃から知り合いなんだ。それと、この人数だからね。車をもう一台出さないと足りなくてね」

 そんな話をしていると、いつの間にか白石が戻って来ていて、更に遠くの方から車のエンジン音が聞こえてくる。
 どうやら、シンさんが到着したらしい。

「バーベキューセットとか準備して貰ったから、時間が掛かったのかな?」

 ところが、そういう事でも無いらしい。
 次第に視線に入って来るジンさんの愛車は、かなり強烈な黒煙を吐きながら俺達の前で停止した。

「おはよう。みんな」

「ジンさん。その車まだ現役なんですか?」

 何しろ、配達なんて概念の無いアクセサリー屋を営み、日頃の移動は自転車かスクーターしか使用しないジンさんであったので、俺は最近彼がどんな車に乗っているのかを全然把握していなかったのだが、ゆいさんや黒井先生が比較的新しい国産車を所持しているのに対し、ジンさんの車はかなり古いアメリカ車であった。
 最近流行のエコなど一切考慮していなさそうな、昔のアメリカ映画に出て来そうな真四角の弁当箱のような車体で、オマケに手入れが不十分なのか? 所々塗装などがハゲている状態であった。

「勿論、現役さ。ちゃんと、車検も通っているしな」

 そう言いながらジンさんが車のドアを開けると同時にその車のサイドミラーが落下し、その事に全員が恐れ慄いていると、ジンさんは何食わぬ顔でその落下したミラーをポケットに入れていた瞬間接着剤で修理する。

「うん。完璧」

「「(いやいやいやっ! 全然っ! 完璧じゃないから!)」」

 俺とかがみは、心の中で同時にツッコミを入れると共に、こんな車が公道に出て本当に大丈夫なのか心から不安になっていた。
 そして、それは勿論他の人も同じであった。

「なあ。車が三台で、運転手を除いた人間が九人だろう。という事は、一台に付き三人が乗ればいいわけで……」

 白石の言っている事は、誰にでも理解できる事であったので、余計に俺達に危機感を与えていた。
 つまり、三人に一人がこの走行中に部品が落下しかねない車(後に智之が○パン車と命名した)に乗らなければならないからだ。
 当然、好き好んで乗りたい奴など誰もいないので、それを解決する手段は一つであった。

「ジャンケンだ! せーーーのっ! 「「「「「「「「ジャンケンっ! ぽいっ!」」」」」」」」」

 早朝の神代家の前で、男女九人の高校生達が必死にジャンケンをする声が大きく響き渡るのであった。






「いやぁ、命拾いしたな」

「本当だよね。さすがに、ジンさんの車はちょっと……」

 それから約三十分後、全ての準備を終えた俺達は、三台の車に分乗して一路別荘を目指していた。

「ゆいさんは、警官だから安全運転だろうし、車も極普通という事でラッキーだな。さすがに、ジンさんの車はありえないだろう」

 ジャンケンの結果、俺とつかさとかがみはゆいさんの車に、こなたと智之とみゆきさんは黒井先生の車に、あやのとみさおと白石はジンさんの車にと、新参者にはかなり厳しい状況となっていた。

「私から見てもあの車はヤバいと思うんだけど、ちゃんと車検は通っているから文句は言えないのよね。特に違法改造とかされているわけでもないし」

「整備不良とかはどうなんです?」

「全てにおいてギリギリの状態でセーフ? いや、一部グレー部分があるけど、私非番だから」

「そうですか……」

 埼玉県警の交通安全課に所属していると以前に聞いていたはずのゆいさんの無責任な回答を聞き、俺は心の中で白石達の無事を祈り始める。

「拓海君、ポッキー食べる?」

「食べる。十時のおやつの時間だし」

 だが、ゆいさんの車の後部座席で隣同士で座っている俺とつかさは、白石達の事はものの数分で忘れて、そのまま楽しい時間を過ごし始めていた。

「『はい。あーーーん』とかするなよ」

「するか!」

 助手席に座るかがみにからかわれつつ、俺はつかさから受け取ったポッキーを齧っていたが、すぐに反撃に出る事にする。
 手に持っていたポッキーを、前のかがみにそっと差し出したのだ。

「はい。かがみ、あーーーん」

「私にやるなよ!」

 かがみは、俺の手からポッキーを奪い取って文句を言っていたが、少し照れていたのか? その顔は、少し赤かったような気がした。

「いいなぁ、若いって。私も高校生の時は、旦那とこんな感じで……」

 ところが、そんな楽しい時間は長続きしなかった。
 ゆいさんの車を、黄色いスポーツカータイプの車が追い抜いて行った瞬間、いきなりゆいさんの口調が変わってしまったからだ。

「あっ・・・。追い越し・・・・・・。あの野郎!」

「「「えっ!?(おい! 交通安全課!)」」」 

 俺達の心の中の抗議の声も虚しく、ゆいさんはその黄色い車を追って壮大なカーチェイス劇を開始するのであった。






「かがみ、つかさ、拓海。それは、当たりじゃ無かったんだよ。実は、大ハズレだったんだよ」

 前方で黄色い車とカーチェイス劇を始めた自分の親戚の車の様子を見ながら、黒井先生の車の後部座席に座ってるこなたは一人ほくそ笑んでいた。

「お前。知ってて、情報を教えなかったのか?」

「教えていたら、私達はあっちだったかもしれないのに?」

「ジャンケンに負けた拓海達が悪いな」

 同じく、黒井先生の車の助手席に座っている智之が、表面上はこなたに少し非難めいた口調で質問していたが、実は自分もそれに巻き込まれないで良かったと心から思っていた。
 
「あの。かがみさん達は、大丈夫なのでしょうか?」

「ゆい姉さんは、事故った事は無いから大丈夫だと思うよ」

 後部座席のこなたの隣に座っているみゆきが、かがみ達を心配そうに見ているが、それに対するこなたの答えはかなり適当であった。
 
「それに、つかさと拓海は席が後部座席で隣同士で、怖がったつかさが拓海の腕に掴まって、その胸の感覚を拓海が楽しんでって展開だから大丈夫」

「こなた。お前は、発想が常にアニメ・ゲーム視点だよなぁ」

 助手席から智之がこなたに文句を言うのだが、実はそんな事は言いつつも、こなた自身はこの車の席割りをかなり考慮していた。
 智之を後部座席に座らせると、みゆきが隣だと先日の祭りの件を考えてしまうし、自分が隣だとみゆきに対して少し露骨な気もするしと、自分なりに散々苦悩しての結果だったのだ。
 ところが、この三人の内で、そんな事を誰がどの程度真剣に考えているのは正直不明であったのだが……。

「人の事が言えるのかい? 智之」

「俺ならば、こう答える。拓海は某○文字Dの主人公と同じ名前だから大丈夫だと! でも、後部座席にいたら意味がねぇ!」

「……」

「(お前らこそ、よほど発想が同じやないか。ていうか、はよう付き合い始めてしまえ!)」

 こなたと智之のオタク全開発言に、みゆきはどう答えて良いのかがわからず、ななこはその意味がわかってしまう自分が悲しくなるのと同時に、この二人は付き合っていない方がよほど不自然なのではないか? とも考えていた。

「話は変わりますけど、ゆい姉さんって車に乗ると人が変わるですよね」

「へえ、警察官なのにな」

 カーチェイスもどきな事はしていたが、そこはやはり警察官なのか?
 さほどスピードは出していなかったので、ななこはまだゆいの車を見失ってはいなかった。
 それよりも、自分の後ろをアップアップしながら付いて来る男友達? の車の方が心配だったのだ。

「今までは、うちが車を出したからわからなかったけど、あんな古い車をよう維持していたなぁ。買い換えれば良いのに。あんなボロ……」

 ポツリと漏らした一言であったが、それはこなた達には聞き捨てならない一言であった。

「先生。夏休みなのに、たまにいくらネトゲで待っていても来ない時があるけど、それってデートだったんですか?」

「泉。男友達と遊びに行くんは、デートとちゃうで。それに、お前かておらん事があるやないか。もしかして、岩永とデートやったんか?」
 
「(黒井先生。それは、普通にデートだと思います……。それに、こなたさんまで、智之さんと?)」

 あっさりとジンさんこと陣内俊樹氏と夜に遊びに出かけている事を認めたななこに対し、みゆきは心の中でツッコミを入れ、更にこなたが定期的に智之の家に遊びに行っている事に驚いていた。

「違いますよ。宿題をね」

「お前が、こんなに早ように宿題に着手か?」

 ななこは、この時期から夏休みの宿題に着手しているこなたを意外そうな目で見ていた。

「いえね。後でまとめて写すと面倒だから、定期的に智之の家でですね」

「ほう。そうだったんか……って! 夏休みの宿題くらい自分でやれや!」

 ななこは、教師である自分に堂々と人の宿題を写している事をカミングアウトするこなたに大きな声でツッコミを入れていたが、そんな話をしている内に、こなた達にも危機が訪れていた。

「黒井先生。前と後ろの車が見えなくなりました」

「えっ!」

 日頃はあまり車に乗らないばかりか、少し方向音痴の気があるななこは、他の車を見失って気が動転したのもあるのだろうが、智之の指摘を受けてから、次々と意味不明な迷走を続ける事となる。

「あれ? 道が狭くなって……。でも、地図では……」

「黒井先生! 前方は行き止まりです!」

「あれぇ? おかしいなぁ?」

「だから、国道はさっきの道を右に曲がらないと」

「この道やないのか?」

「違いますって。大分前に曲がる準備してって言いましたよ。俺」

「そうやったか?」

「……」

 助手席の智之は、広げた道路地図を参考に的確なアドバイスを下すのだが、肝心の相手が相手だったので、それは全くの無意味な行為となっていた。

「なあ。こなた……」

「(しまったぁ! 三台とも全てハズレだったのかぁ!)」

 海沿いの町に行くはずなのに、完全に山奥に迷い込んでしまった自分達に、ななこを除く三人は大きな危機感を抱き始めるのであった。






「君は、確か白石君だったね。ああ。君は、うちのお店に来てくれた事があるね。うん」

 自分の車を運転しながら、俊樹は助手席の白石や後部座席のみさおとあやのに親しみの感情を込めて話しかけていた。

「あの、良く覚えてしましたね」

「お客さんの顔は覚えておかないとね。それと、峰岸さんも覚えているよ。彼氏さんと一緒だった」

 本人は芸術家志望なのに、意外と商売人が性に合っているのか?
 以前に自分のお店に来た事のある、白石とあやのの顔をきちんと覚えている俊樹であった。
 
「それでだ。我が愛車に乗る者には、いくつかのルールがあってね」

「そうなのですか?」

 あやのは、以前に自分の車の中では土足禁止などと宣言する究極に綺麗好きな人の事は知っていたが、この動いている事さえ奇跡のボロ車にそんなルールがあるとは到底思えなかった。

「まずは、常に周囲を警戒してくれ」

「なんでだ? 兄さん、運転上手じゃん」

 車自体は酷かったが、車の運転は上手である事を確認したみさおは、なぜ彼がそんな事を言うのかが理解できなかった。

「実は、たまに車の部品が落下するんだよ。でも、既にメーカーでも部品の予備が無いらしくいてね。落下に気が付いて回収できれば、多少壊れても俺なら修理可能だ!」

 アクセサリー製造という金属を扱う仕事に従事しているからこそ可能な器用な芸当であったが、白石達はどうしてそこまで努力してこの車を維持しているのかが理解できなかった。

「それと、窓は常に全開だ。特にこの夏の季節ではな。何しろ、この車にはカークーラーなんていうご大層な装置は付いていないからな。代わりに、後部座席の下のクーラーボックスの中に冷たい飲み物が入っているから、適時水分を補給してくれ。あっ!」

「どうかしたんですか?」

「給油をしないといけないな」

「まだ、三十分位しか走っていませんけど……」

 助手席に座る白石は燃料系を見たが、まだそのメモリは半分近く残っていた。

「その量だと不安なんだよ。リッター五キロくらいしか走らないから」

「「「ええっ!」」」

 まだ自分達が生まれる遙か前にアメリカ本土で現役だった車なので、燃費の悪さは折り紙付きだったのだが、その事を良く知らない白石達はただ驚くしか術を持ち合わせていなかった。
 そして……。

「ガコンっ!」

「今、サイドミラーが落ちましたけど……」

「今朝の所だな。接着が弱かったかな? 良し! 回収だ!」

「もうミラーの部分は、駄目だと思いますけど……」

「俺には、修理可能だから大丈夫」

「(いや、その手間を考えたら新車を購入した方が……。いいよなぁ。神代達は、クーラー付きの国産車で天国なんだろうなぁ……)」

「(柊達が羨ましいなぁ……。私達。大ハズレだよ)」

「(早く、到着して欲しいです)」

 白石ばかりでなく、みさおとあやのも心の中でかがみ達を羨んでいたが、実際には天国にいる者など皆無の、行きのドライブ事情であった。






「早くに着く事は着くんだな。あんな《○文字D》的な走行をしていても……。いや、ああいう走り方だからか?」

「拓海君……」

「大丈夫だよ。もう到着したからさ」

 あの後、あの追い越しをした黄色い車と、別荘のある海沿いの町に向かう山道のカーブ地帯で壮絶なデットヒートを繰り返し(筆者は、車は走れば良いと考えているので、その辺の描写はカットです! だって良く知らないから!)、見事それに勝利したゆいさんは、予定よりも少し早めに目的地である別荘に到着していた。

「つかさ。車に酔ったの?」

「うん。少しだけ……」

「じゃあ、早く降りて外の空気に当たろうよ」

 俺は、先のデットヒート中からずっと俺の腕にしがみ付いていたつかさの手を取りながら車を降りる。
 すると、先に車を降りていたかがみも、明らかに気分が悪そうな顔をしていた。

「二人とも、乗り物に弱いのかな?」

 同じく、先に車を降りていたゆいさんは、のん気につかさとかがみの具合を心配していた。

「(いや、俺も正直に言うと、少し気持ち悪いです)」

 男なのでやせ我慢をしていたが、ゆいさんの運転で気分が悪いのは俺も一緒であった。
 というか、運転している本人以外にはかなりキツい運転だったのだ。

「それで、別荘なんだけど……」

「先に、管理人さんに挨拶ですよ」

 俺は、ゆいさんの車からいくつかのお土産を降ろすと、そのまま目の前の一軒家へと向かい、その家の呼び鈴を鳴らした。

「ピンポーン!」

「はいはい。おや、拓海君かい。暫く見ない内に大きくなったね」

「お久しぶりです」

 俺は、顔見知りであった別荘の管理人である初老の男性に挨拶をしながら、いくつかのお土産を手渡していた。

「わざわざすまないね。本当なら、家でお茶でもって話になるんだろうけど、実は家内が家を開けて待っているんだよ」

「じゃあ、そっちに行きましょうよ。つかさ。かがみ。ゆいさん。別荘に案内するよ」

 俺は、管理人さんと一緒に別荘へと向かって歩き出し、その後ろからつかさ達も付いて来る。

「ねえ。別荘って、どこなの?」

「実は、管理人さんの家の隣」

「へえ。隣なら近いって……えっ!」

 かがみは、そのまま言葉を詰まらせてしまった。
 なぜなら、その管理人さんの家の隣には、かなり大き目の日本式の庭園を備えた純和風の邸宅が広がっていたからだ。

「ねえ、拓海」

「何? かがみ」

「あんた。夏休み前に、『別荘と呼ぶのもおこがましい』って言って無かった?」

「おこがましいだろう。いいか、かがみ。別荘とは、何かこう軽井沢的な場所にあって、洋風で、構造物である丸太とか外側から見えちゃってるけど、お洒落な感じの家っていうのが普通なんだよ。これは、その条件から大きく逸脱している」

「こいつは……」

 かがみは、徐々に拓海が実は名家のお坊ちゃんである事を理解し始めていた。
 日頃は空いた時間に実家の神社の手伝いをしながら、それで稼いだ小遣いで自分達と遊んだり、つかさとデートに出かけたりという極普通の高校生なのだが、こういう部分でやはり自分達とはどこか違うのだという事を実感するのだ。

「この家の方が、維持費が掛かるじゃないの」

「いや、見た目ほどの資産価値は無いよ。それに、管理費も格安」

「嘘付け!」

「いえいえ。本当ですよ」

 管理人さんは、こんな辺鄙な場所にある上に建築されてからかなりの年月が経っているので、それほどこの別荘に資産価値は無いとかがみに説明していた。

「元の持ち主は、故人である拓海君の大叔父さんでね。お子さんがいなかったから、拓海君のお父さんが相続されたんですよ。でも、維持費が掛かるから売ろうと思ったんですけど、まあ売れないわけですよ。こんな田舎ですから。そこで、使わない時は我々が寄り合いとか町内会の行事に使って良いって条件で、格安で管理を行っているわけです。毎月の管理費は町内会への寄付扱いって事で、お互いにメリットがあるわけです」

 都内の会社を定年退職してから故郷のこの町に戻って来たという管理人の男性の説明に、かがみは素直に感心していた。

「うひゃあ、凄い庭だねぇ」

 管理人さんの案内でようやく別荘に到着した俺達は、家を開けて準備をしていた管理人さんの奥さんに冷たいお茶を貰いながら、居間に隣接する縁側に座って、完璧に手入れされている庭を眺めていた。

「松、池、石灯籠、錦鯉。絵に書いたような庭園だよね」

「良く手入れしてあるなぁ」

 ゆいさんと俺は、テレビや映画でしか見た事が無い素晴らしい日本式庭園に感嘆の声をあげていた。

「ええ。町内会員に、元植木職人とかいますからね」

 俺のの指摘どおりに、別荘の庭は前に来た時と変わらず綺麗に手入れされ、他にも、キッチンやお風呂などもすぐに使えるように準備をしてくれていたようだ。

「ちょっと、日用品とかを買いに行けば大丈夫だよ」

 家の各所を見て回っていたつかさが、キッチンのチェックなどをしてから戻ってきたが、こういう時には姉のかがみなどよりも遙かにシッカリしていた。

「黒井先生もジンさんも来ないから、早目に必要な物を買いに行くか。かがみ、留守番を頼むよ。黒井先生達がいつ来るかわからないし」

「わかったわ」

「じゃあ、また私の車でレッツゴーだね」

「「……」」

 この時ほど、『早く車の免許を取らねばなるまい』と考えた事は無かった俺であった。







「遅いですよ。黒井先生」

「いやあ、すまんなぁ。道に迷ってしまって」

「あれから、またマフラーが落下してな。それと、念のためにまた給油をな」

 再び、ゆいさんの運転で顔を青ざめさせながら、取り合えず必要な日用品の買い物から戻って来た俺とつかさは、ようやくに到着した黒井先生やジンさん達と顔を合わせていた。
 
「拓海。当たりが一つも……」

「こなた! ゆいさんの車の運転の事を!」

「私は、もうアレには耐えられない」

 俺は、ゆいさんの事を黙っていたこなたに憤怒の視線を向けるが、すぐに誰かに肩を叩かれてそれを止めてしまう。

「うん? 誰? ……って! 白石か?」

 そこには、ジンさんの車の被害者である白石、あやの、みさおの三人が汗まみれでヨレヨレの状態で立っていた。

「お前、人の事が言えるのか?」

 ジンさんの車は真夏は灼熱地獄になるらしく、三人は半分魂が抜けたような表情をしていた。

「帰りは、ジャンケンに勝てよ」

「「「絶対に勝つ!」」」

 俺が白石の肩に手を置いてそう言うと、三人は決意を新たにしたようであった。







「白石君、お風呂沸いているよ」

「峰岸と日下部の次に入るよ」

 時刻は夕方から夜となり、俺達は食事の準備やら風呂に支度やらその他の雑用やらとそれぞれに作業を分担して動き、その後交代で風呂に入る事となっていた。

「しかし、凄いお屋敷やなぁ。金持ちってのは、本当におるんやなぁ」

 二十畳もある広い居間で、自分で茹でた大量の枝豆をおつまみに、ビールを飲みながらテレビでプロ野球中継を見ているななこが、ふとそんな事を話し始める。
 以前、こなた達に『料理は出来るのか?』と聞かれたななこであったが、自分で食べるおつまみの枝豆を茹でられるくらいの腕は持っているようであった。
 他には、ゆいもその手伝いをしていたので料理は普通くらいにはでき、つかさとこなたはかなり得意でななこ達を驚かせていて、あやのは更に少し上の実力を持っているらしい。
 拓海がこの家の近所の人にお土産を配っている時に、お返しに魚を貰って来たのだが、それをちゃんと捌いて刺身にしたのはあやのであったからだ。

「確かに、普通の家ではありえませんよね。こんな別荘というか別宅は」

「拓海の家は、代々大地主の家系だからな」

 拓海と付き合いの長い俊樹は、昔から拓海の家が金持ちである事を知っていた。
 
「日頃は、あまりそうは見えへんけどな(柊は、玉の輿なのか。ある種の女の夢ではあるな。待てよ。年齢差十歳のうちでも有り得ない事は……。ええぃ! うちは何を!)」

「ななこさん、どうかしたの?」

「いや、何でもあらへんでぇ」

 自分を心配そうに見る俊樹を見て、ななこは自分は何て罰当たりな事を考えたのであろうかと反省してしまった。

「ところで、今誰が風呂に入っているんです?」

「峰岸と日下部と泉だったかな?」

「でも、あのお風呂も凄いですよね。五~六人くらい余裕で入れそうで」

「せやなぁ」

 年配者という事で先に風呂に入らせて貰ったゆいとななこは、家が大きいとお風呂も大きいという事実を再確認していたのだ。

「それで、つかさちゃんと、かがみちゃんと、みゆきちゃんが夕食の支度か」

 夕食の支度は女子の分担という事になっていて、お風呂に入っていない者が次々と料理を作っては居間のテーブルへと運んで来ていた。
 今夜のメニューは、海沿いの田舎町でお土産のお返しに魚類を貰う事が多かったので魚料理がメインであった。

「黒井先生。タコワサとイカゲソの唐揚げです」

「すまんな、高良」

 追加の料理を持ってきたみゆきに、ななこは上機嫌でお礼を言う。
 あまり動か無くても、次々と料理が運ばれて来るこの状況は、ななこのみならず、ゆいや俊樹にとっても天国であった。

「ところで、神代達は何をしているんや?」

「部屋割りをしたから、布団を敷きに行っているよ。それと、明日に男衆で釣りに行くから、物置で釣り道具の確認をしている」

 明日は十分に海を満喫すべく、男連中は今日は早めに寝て早朝から釣りに出かける計画を立てていて、そのための道具の確認を拓海達はしていたのだ。

「ふーーーん。そうなんか」

 冷えた瓶ビールから自分のコップにビールを注ぎながら、ななこは興味無さそうに言う。
 せっかくのお休みに、早起きなど絶対にごめんだと考えていたからだ。

「ところで、泉はまだ風呂から出ないんか?」

 今度は、あやのとみさおが食事の準備を引き継ぎ、つかさ達がお風呂に向かったのだが、そこにこなたの姿が見えない事にななこは気が付いていた。

「こなたちゃん。逆上せないといいけど」

「それなら、柊達が対応するから大丈夫やろう」

 ななこは、再び自分のコップにビールを注ぎそれを一気に飲み干したのであった。







「ふむ。みゆきさんは、期待を裏切らないナイスバディーで、つかさは……。拓海の需要にピッタリで良かったねぇ」

「うーーーっ! こなちゃんの癖にぃーーーー!」

 つかさ達がお風呂に入ると、そこには長風呂をしているこなたが待ち構えていて、しかも彼女はいちいち自分の友人達のスタイルの確認をしているらしい。
 つかさの体型を見ながら余計な事を言って、彼女に酷い事を言い返されていた。

「あんた。そんな事だけのために長風呂してるの? 峰岸達を手伝いに行きなさいよ」

「うん。それは、勿論行くよ。じゃあね。普通体型のかがみん」

「普通で悪かったな!」

 かがみは、またこなたに鋭い声でツッコミを入れていたのだが、それから数十分後……。

「まあ。男の風呂のシーンなんて、誰も興味を抱かないけどな」

「むしろ、抱く奴の近くにいたくないだろうが……」

「お前達、何を言っているんだ?」

 かがみ達がお風呂から上がってから、最後に俺達もお風呂に入る事にしたのだが、また意味不明な事を言う智之に俺はツッコミを入れ、それを白石が不思議そうに見つめるのであった。
 






「拓海君、明日は釣りに行くんだって?」

「そうだよ。ここから五分と歩かないで行ける岩場で、クロダイのポイントがあるんだ。前に来た時にも、結構大物が釣れてさ」

「私も行きたいな」

「朝五時起きだよ」

「じゃあ、早く寝ないといけないね」

 夕食とその片付け後、屋敷の縁側で二人きりで冷やしたスイカを食べながら夜の庭を眺めていた俺とつかさは、明日は一緒に釣りに行く事を約束していた。
 縁側では豚の焼き物の容器に入れた蚊取り線香が静かに煙を吐き、軒先には吊るされた風鈴が綺麗な音色を奏で、夜空には都会では考えられない数の星々と半月が綺麗な光を発する。
 正に、夏ならではの風景であった。

「それでね、こなちゃんも行くんだって」

「智之とかな?」

「ゆきちゃんもだって」

「それは、意外だったな」

 俺は、最近のみゆきさんの意図を理解しかねていた。
 智之とこなたのカップルがお似合いであると思っている事は事実なのであろうが、無意識にやっているのか? なぜかそこに自分が加わろうとする傾向があの夏祭り以降あったからだ。

「色々と思うところがあるのかな? ゆきちゃんも」

「なるようにしかならないって事なんだろうな」

 月明かりに照らされた庭をつかさと二人で寄り添って眺めていると、そんな事などどうでも良くなってくる俺とつかさであったが……。




「私も、妹ちゃんみたいに彼を連れて来れば良かったですね」

「これが、世間で言うところの近寄り難い雰囲気ってやつかぁ?」

「神代。お前は友だが、同時に俺の敵でもある!」

 既に慣れているかがみ達や、大人でそれなりに経験もあるななこ達は拓海達に近寄りもしなかったのだが、初参加のあやの達はピンク色のオーラを発している二人を半ば呆れながら見ていたのであった。



[7786] 第十三話 夏だ! 海だ! ○○だ! 二日目。(疾風怒濤編?)
Name: アンディー◆be7b3392 ID:f7ef93f4
Date: 2009/05/30 08:46
「うわぁーーーー。物凄く景色が綺麗だよ。拓海君」

「もう少しすると、日の出が見られるよ。はい、岩場だから救命胴衣は必ず着けてね」

「うん。ありがとう」

 翌日の早朝、俺を含む男組全員は釣りを楽しむべく、朝早くに起きて別荘から徒歩五分ほどの海沿いの岩場に到着していたが、勿論それには、昨日一緒に釣りに行く約束をしたつかさも同行していた。

「数年前の道具だから心配だったけど使えるな」

「こんなに高い釣り道具を滅多に使わないなんて、贅沢にもほどがあるぞ。拓海」

 今では、たまにバス釣りに行く程度であったが、学生の頃にはシーバス(すずき)釣りを含む海釣りにハマっていたジンさんは、昔の自分では逆立ちしても買えなかった高価な釣り道具を羨望の眼差しで見つめていた。
 これらの釣り道具は、数年前に親父が趣味の一環として購入したのだが、肝心の本人は既にその事を半分忘れてるあり様で、この別荘の物置に眠っている状態だったのだ。

「海釣りなんて、車でも持ってないとそうそう出来ませんって。それよりも、後で親父に電話して好きな物を譲って貰ったらどうです?」

「駄目元で、おねだりしてみようかな?」

 俺とジンさんと智之で、参加者全員分の仕掛けをロッドに繋ぎながらそんな話をしていると、そこにみゆきさんと眠い目を擦っているこなたと黒井先生が現れる。

「おや? 意外な人がいるな」

「うちは、釣りの経験が無いからな。やっぱり、一回くらいはやってみたかったんや」

 先に参加を表明していたこなたとみゆきさんの他に、黒井先生が来たのは俺にとっては意外な事であった。
 なぜなら、昨日の夜はかなり大量のビール飲んでいたので、今朝は二日酔いで動けないと思っていたからだ。

「あの程度なら、一晩寝れば大丈夫や」

「海に落ちないでくださいね。それで、他の人は?」

「成美さんと峰岸と柊の姉の方は朝食の準備で、日下部はまだ寝てるはずや」

「疲れているんですかね?」

「日下部は、運動部にいるからな」

 この面子の中で唯一運動部(陸上部)に所属しているみさおは、いつもは元気そのものであったが、やはり毎日の練習などでそれなりに疲れているという事なのであろう。
 しかも、昨日はジンさんのノークーラー○パン車で、余計に体力を消耗したであろうから。

「じゃあ、始めるか」

 ロッドの準備が終わった俺達は、それぞれに岩場近くのポイントに分散して釣りを開始する事となる。
 ちなみに、組み合わせは俺とつかさ、ジンさんと黒井先生、こなたと智之、みゆきさんと白石で、あまり釣りの経験が無い白石達は、俺とジンさんの間で釣りをする事になっていた。

「餌は、小さいエビなんだね」

「ゴカイとかじゃ嫌でしょう。それと、イカの切り身とかもあるけど」

「ちょっと、虫系は苦手かな?」

 俺とつかさは、そんな話をしながら餌を付けた仕掛けをポイントに投げ込み、そのまま当たりを待つ事にする。

「俊樹、意外と暇やなぁ」

「ななこさん。まだ十分も経っていないけど……」

 年上だからなのか?黒井先生をななこさんと呼ぶジンさんは、この友達以上彼女未満の女性が決定的に釣りに向いていない事を悟っていた。

「白石さんは、釣りの経験は?」

「バス釣りなら数回あるんだけどな。高良はどうなんだ?」

「お恥ずかしながら、今回が初めてです」

「普通は女性だと、経験者の方が少ないからな」

 白石とみゆきさんは、普通に世間話をしていたが、俺は彼女の視線がときどき智之とこなたの方へと向く事を見逃していなかった。
 そして、肝心の智之とこなたであったが、二人は俺達の予想通りにいつもの漫画ネタで盛り上がっていた。

「○紳さぁーーーん!」

「○平君、この岩場には全長二メートルのヌシがいてね」

「いるか。そんな物」

 俺は、昔に流行った釣り漫画ネタで会話をするこなたと智之を(悲しい事に、俺も元ネタがわかってしまったが……)、半ば呆れながら見ていた。

「どうでもいいから早く釣れよ。お前、○平君なんだろう?」

「えっ? ○瓶です?」

「いや、つかさ。そっちじゃない」

 俺は、懐かしいながらも寒いギャグをかますつかさを微笑ましく見つめながら、こなたに早く魚を釣るように言う。
 なぜなら、釣り開始から三十分あまり誰の竿にも当たりがヒットしなかったからだ。

「そうだな。畳イワシとか身欠ニシンが釣れるといいな」

「それは、何のネタだ?」

「おっ! 急に強い当たりが!」
 
 俺が智之の漫画ネタらしい意味不明な発言に呆れていると、いきなりこなたの竿に強い当たりが来て竿を大きくしならせる。

「経験なんて関係ないね! 見なよ! この強い引き! こいつは、大物だ!」

 初めて来た大きい当たりに、こなたは大喜びでリールを巻いていた。

「○平君。手伝うか?」

「大丈夫だなやって。○紳さん」

「まだやってるのかよ……」

 まだ漫画ネタを続けているこなたと智之に俺がツッコミを入れていると、初めてにしては器用にリールを巻いていたので、もう獲物は水面近くまで引き揚げられていた。

「大物の予感だね。口だけで何も釣れてない拓海とは大違い」

「うるさいなぁ。早くあげろよ」

 ところが、釣れた獲物を網ですくうべく、先に岩場の下に降りていたジンさんから大きな笑い声が聞こえてくる。

「こなたちゃん。大物、大物」

 ジンさんがみんなに見えるように頭上に掲げたこなたの釣果は、大人用の長靴の片側という結果に終わっていて、それを見た全員から大きな笑い声が聞こえてくる。

「ぷぷっ! お約束だな」

「こなた。狙っても、そうは釣れない代物だぜ」

「うるさいなぁ、智之も拓海も……」

 俺と智之にからかわれて、こなたは少しご機嫌斜めであった。

「あっ! 長靴にワタリガニが入ってた。味噌汁の出汁に使える」

「カニでも、一匹は一匹だね」

 ところが、ジンさんがこなたの釣った長靴の中に小さいワタリガニが入っている事に気が付き、その結果カニはこなたの釣果となった。
 普通は釣果には入らないのだが、今のところ誰も魚を釣り上げていなかったので、こなたは自称○平とは思えないほどの威張りっぷりであった。

「ようやく釣れたか。まあまあのサイズだな」

「あっ! 釣れたよ。拓海君」

「俺も釣れたぜ」

「うちもや」

 ところがその後、カサゴやメバルやアジなどが次々と釣れ、こなたの天下は僅か数分で終わる事となる。

「こなた。魚を釣らないと」

「真打は、後で大物を釣るものなのさ・・・。おっ! 来たよ!」

「今度は、ゲタか何かか?」

「もう。うるさいな。智之は」

 智之にブチブチと文句を言いながらリールを巻くこなたであったが、掛かっている獲物はなかりの大物だったらしく、体の小さいこなたは海に引きずり込まれそうになってしまう。

「危ないな。俺が手を貸すよ」

「えっ!」

 智之はこなたの後ろに回ると、そのまま彼女に抱き付くような格好でロッドを支え始める。

「ロッドをもっと立てるんだ。それと、穴に潜り込まれないように素早く巻け」

「うん……」

 智之に背中から抱き付かれるような格好となったこなたは、いつもとは違って静かにリールを巻いていたが、智之の応援が良かったのか、水面に次第に獲物の姿が見えてくる。

「重いから大物だよね?」

「何だろう? クロの大物? いや、そんなに簡単に釣れる代物では……」

 今までに無い強いヒキに大きな期待を寄せるこなたと、掛かった獲物の正体がわからずに首を傾げる智之であったが、岩場の下で網を構えていたジンさんからは、また笑い声が聞こえてくる。

「大物は大物だぜ」

 獲物を網に入れたまま上にあがって来たジンさんは、みんなにその中身を披露したが、網の中でトグロを巻く蛇のような物体に全員がその場から一歩下がってしまう。

「拓海君。それって、海蛇?」

「海蛇ではないよ。ウツボだよ」

「ウツボ?」

「そう。ウツボ」

 つかさの問いに、俺はすぐにその物体の正体を答える。
 岩場で釣りをしていると稀に掛かる事のある外道(目的以外の魚)の王様とも言える魚で、釣り人ではあまり知らない人はいない魚であったからだ。

「すごい口と歯ですね」

 あまり見た目が良くないので、みゆきさんはまだ半分身を引きながらウツボを眺めていた。

「噛まれると危険だから、ハリスごと切って海に捨てるぞ」

 この中で一番釣りに詳しいジンさんは、大物ではあるがこの外道の危険性を熟知していたので、みんなに手を出さないように言ってからウツボをハリスごと海に捨てようとする。
 ところが、それに異議を唱えたのはこのウツボを釣り上げたこなた自身であった。

「捨てるのは、勿体無いじゃん。食べようよ」

「えっ! 食えるのか? それ?」

 こなたの意見に、白石が『うえっ!』っといった感じの表情をする。
 他にも、ジンさんとみゆきさんを除く全員が、ウツボが食えるとは思っていないらしく、少し顔をしかめさせていた。
 
「つかさ、ウツボって食えるの?」

「美味しいのかな? お魚は、見た目がグロテスクな物ほど美味しいって聞くよ」

「それは、聞いた事があるな」

 俺とつかさが判断に迷っていると、ジンさんが持っていたナイフでウツボに止めを刺し、そのまま血抜きを始める。

「後で、近くの民宿の人に聞いてみるよ。最近では高級魚扱いなんだけど、確か小骨の処理がハモよりも面倒で、調理に技術と手間が掛かるらしい」

 男女の感情の機微に聡いジンさんは、こなたの気持ちを察したらしい。
 表面上は友人関係を強調して隠していたが、最近特に気になり始めていた智之と一緒に釣り上げた魚を、こなたが無下に捨てたくはないのであろう事に。

「高知とか和歌山では、名物だって聞きますよね」

「知っていたんだ。みゆきさんは」

「はい」

 俺が、ウツボ料理の事を知っていたみゆきさんに感心していると、今度はあまり釣果の上がっていないみゆきさんのロッドが大きくしなり始める。

「みゆきさん! 置き竿に掛かってる!」

「はい!」

 ところが、運動神経は良い癖にドジっ娘であるみゆきさんは、肝心なところで転んでしまう。 

「「「「「なぁーーー!」」」」」

 このロッドに掛かっている獲物もかなり大物だったらしく、このままロッドが海に引きずり込まれると俺達が思った瞬間、日頃はあまりそうは感じないが、かなり運動神経の良い智之が間一髪で海に落下しそうになったロッドを拾い上げる事に成功する。

「みゆきさん、落ち着いて。ロッドは、俺が無事に掴んだから」

「はい」

 智之は、みゆきに優しく声を掛けながらロッドを立て直すと、そのまま自分の体としなるロッドの間にみゆきを入れてから、一緒にリールを巻き始める。

「根に潜り込まれないようにひたすら巻いて」

「はい」

 多分、意識してやっているわけではないと思うのだが、見た目だけは超絶美男子である智之に、後ろから抱きかかえられるような状態になっているみゆきは、誰の目から見ても顔を真っ赤に染めながらリールを巻いていた。
 
「よーーーし! 大切に行け! 大物だぞ!」

 それから十分ほど獲物と格闘していた二人であったが、水面近くにまで引き上げられた獲物は、先に網を持って準備していたジンさんによって遂に御用となってしまう。

「凄え大物だな。俺でも、一度か二度しか釣った事がねえよ」

 ジンさんが網に入れて持ってきた獲物は、六十cmは超えていると思われるクロダイであった。
 正直なところ、素人のみゆきが今日の仕掛けでバラさなかった事が奇跡とも言えるレベルの大物だったのだ。

「まさにビギナーズラックだな」

「拓海君、美味しいの?」

「夏は少し味が落ちるらしいけど、やつはタイだ。美味いに決まっている」

「素早く撮影するぞ。すぐに絞めないと味が落ちる」

 俺とつかさが話をしている横で、予想外の大物にお喜びのジンさんは智之とみゆきさんに釣ったクロダイを持たせると、持参していたデジカメで急いで撮影をしていた。

「うわぁ。絵になる二人だね」

「確かに……」

 撮影のために釣ったタイを持っている二人はとても絵になっていたが、このタイミングでみゆきさんと一緒に撮影をしているのが智之である事に、俺は運命の皮肉を感じずにはいられなかった。

「私のウツボの方が大物だもん……」

 俺は、こなたがそう呟いたのを聞き逃さなかった。








「えーーーと、さすがにこんなに大きい魚は……」

 予想外の釣果に沸いた早朝の釣りであったが、大きなクロダイとウツボを見せられて、『調理できるか?』と聞かれたあやのの答えはノーであった。

「だと思ったので、別荘の管理人さんの知り合いの民宿の人に調理を頼む事にした」

 全員であやのとかがみとゆいさんの作った朝食を食べていると、そこに管理人さんと話を付けて来たジンさんが現れる。
 やはりこういう部分を見ていると、ジンさんは行動力のある大人の男性なのだなと、俺は素直に感心していた。

「他の小さめの魚は、後で塩焼きとか煮付けにすればいいよな」

「あの。ちゃんと、血抜きはしてありますか?」

「勿論、釣り人の常識だからな」

 名人とまではいかないが、それなりに釣りに慣れたジンさんは、あやのの専門的な質問にもすぐに答えていた。
 海で釣った魚を調理する際には、可哀想ではあるがすぐに殺して血を抜かないと鮮度と味が落ちてしまうので、それを知っていたあやのは、血抜きのしたのかををジンさんに尋ねていたのだ。

「俊樹は、調理はまるで駄目やけどな」

「ななこさん。それを言わないでくれ」

 ところが、全く料理の方は苦手だったので、主に学生時代に釣っていた魚は当時の彼女か母親に調理させていて、その事を黒井先生にバラされて面目を失っていた。

「はーーーい! 黒井先生!」

「何や? 泉」

 早朝に、色々と心の葛藤があって大変だったこなたであったが、表面上はもういつもと同じ感じに戻っているようであった。

「どうして、ジンさんが料理ができない事を知っているんですか?」

「そりゃあ、この前俊樹のご両親がいない時に、夕食を作りに……って、しまった!」

 思わず余計な事を口走ってしまった黒井先生は、全員から何か含む所のある眼差しで見つめられてしまう。

「こらぁ! そんな目付きで見つめているだけじゃなくて何か言わんかい!」

「さあ? 何て言えばいいんです?」

「(このガキ! 『うちらは、付き合ってへんでぇ!』というセリフを引っ張り出したいんやな!)」

 俺と黒井先生は、そのまま膠着状態に陥ってしまうのだが、それは俺達が海に出かける時間になるまで続くのであった。







「しかし、拓海も人の事は言えない癖に、黒井先生をからかうのが好きよね」

「普段は、自分達がからかわれる方だからさぁ、楽しいのと違うか?」

「意外と鋭いわね。日下部は……」

「あやのぉーーー。柊が、失礼千万だよぉーーー」

 朝食後、いよいよ海水浴に出かけるべく、かがみ達はその準備を女子高生達だけで行っていた。
 実は、この別荘から最寄の海水浴場まで徒歩で十分ほどなので荷物を纏めていたのだ。

「ねえ。そういえば、水着を新調した人ってつかさ以外にいるの?」

「妹ちゃんは、神代君がいるから当然ですよね。私は、夏休み中にもう一回海水浴に行きますから、新調しましたよ」

 あやのは、自分のバックからライトグリーンのビキニタイプの水着を取り出す。

「へえ。ビキニタイプなんだ。大胆」

「あやのはよぉ。兄貴に、それにしろって言われたんだよ」

 みさおに真実を明かされたあやのは、少し恥ずかしそうにしていた。

「へえ、そうなんだ。それで、日下部はどうなの?」

「私は、ワンピースタイプだぜぇ」

「普通、逆じゃない?」

 かがみに意見に、横で話を聞いていたつかさとみゆきも首を縦にふる。

「私の場合はよぉ。部活の影響でもう日焼けの跡が付いているから、ビキニタイプだと不自然なんだよ」

 そして、更に女性陣の水着談義は続く。
 
「柊は、ワンピースタイプかぁ」

「私は、つかさや峰岸みたいに浮いた話題なんて無いからね。去年の水着よ。そういえば、つかさは一人で新しい水着を買いに行ってたよね」

 かがみは、恋する女の大胆さに素直に感動していた。
 今までであれば、買い物をする時には姉である自分に同行を求める事が多かったつかさが、自分一人で彼氏を喜ばせるために水着を買いに行ったのだから。
 しかも、実はつかさは結構優柔不断で、一人で買い物に行くとその日の内に決められないで帰って来る事が多かったのに、その日はちゃんと新しい水着を購入していたのだ。

「セパレートタイプぅ! つかさ! あんた」

 オレンジ色のチェック柄のセパレートタイプの水着に、タンクトップとデニムのホットパンツの組み合わせという、かなり気合の入った組み合わせに、かがみはつかさに対して女としての敗北感を味わっていた。

「えへへ。お店のお姉さんに薦められたんだ。このくらい大胆な方が彼氏さんが喜ぶよって」

「良くお金があったわね……」

「七月分のアルバイト代があったから」

 七月は十日も働いていなかったが、何しろ実働五時間で日給六千円のアルバイトだったので、水着を買ってもまだ十分懐に余裕のあるつかさであった。

「それで、みゆきはまた大胆な……」

 白のビキニタイプの水着を新調したというみゆきは、多分そのスタイルの良さも合わさって男性陣の大きな注目を集めるであろう事が予想された。
 
「ところで、こなたは?」

「隣の部屋で着替えをしているはずです」

 この部屋にいないこなたの行方をみゆきに尋ねると、こなたは隣の部屋にいるらしい。
 それを証拠付けるように、隣の部屋からこなたの声が聞こえてくる。

「拓海はさ。つかさなら、どんな水着でも大満足だって。むしろ、何も着ていない方が?」

「はいはい。オヤジな発言は止めて、早く出かけるわよ」

「そうだね。私は、もう水着着ているしね」

 こなたのこの手の発言に慣れてしまったかがみは、適当に受け流すとそのまま隣の部屋とを隔てている襖をそっと開けた。

「あんた。そんな小学生みたいな・・・って! こなたさん! それはマジっすか!」

 外見はともかく既に高校二年生なのにも関わらず、スクール水着を着用しているこなたに、かがみは驚愕の声をあげていた。

「あんた、その歳でスクール水着なんて聞いた事が無いぞ」

「そういうニーズもあるんだよ。かがみん」

 そう言いながらこなたが胸を張ると、今まで隠れていたスクール水着の胸のネームの部分が表れ、そこには《6-3》と書かれていた。

「(いいっ! いったい、いつの水着だぁ!)」

 小学六年生の頃のスクール水着をちゃんと取って置いてあるうえに、それが問題なく着れてしまうこなたに、かがみは思わず仰け反ってしまう。

「まあ、冗談だけどね」

 こなたは、ひとしきりかがみが驚いている様子を観察してから、着ていたスクール水着を脱ぎ始める。
 すると、その下からはブルーのビキニタイプの水着が現れた。

「見た目は新品ぽいわね。新調でもしたの?」

「まあね。実は私って、スクール水着しか持っていなくてね。この際だから、新調したのだよ」

「こなちゃん。その水着、可愛いね」

「そうかな?」

 つかさは、こなたの新しい水着を褒めるのと同時に、彼女の気持ちが痛いほど良くわかっていた。
 多分、少し前の自分では気が付かなかったであろうが、拓海という好きな男性が出来てみると、こなたの気持ちがまるで自分の事のように理解できるのだ。
 日頃は、智之に対して普通の友人以上の感情を表さないこなたであったが、先日の夏祭りや朝の釣りなどで見せたみゆきへのちょっとした嫉妬や、誰も予想していなかった水着の新調など、こなたが間違い無く智之を意識している事を確信していたのだ。

「(こなちゃん、恥ずかしいからあんな事をしたんだ)」

 最初にスクール水着姿を自分達に披露したのも、自分がいつもと違う事をみんなに勘付かせないための、彼女なりの照れ隠しの手段なのであろう。

「なあ、ちびっ子。お前、そのままの姿で海水浴場まで歩いていくのか?」

 みさおの指摘は正しかった。
 この別荘から最寄の海水浴場までは徒歩十分ほどの距離があり、更に全員がゆいと俊樹の車に乗るのを拒絶した結果、歩いて行く事が決まっていらからだ。

「おおっ! まさか、みさきちに指摘されるとはね。えーーーと、Tシャツでも着てくるかな・・・・・・」

「(どうかしたのかしら? こなた)」

 いつもと同じように見えても、どこか動揺しているように見えるこなたに違和感を感じ始めるかがみであった。








「旅行二日目にして、ようやくに海だぁ!」

「ああ、そういえばおったなぁ。白石も」

「黒井先生、何気に失礼です」

「なら、失礼ついでにパラソルを立ててくれや」

「彼氏さんに頼めばいいのに……」

「何か言ったか?」

「いえ、何も」

 旅行二日目の朝は見事な晴天に恵まれ、俺達は別荘から徒歩でそこそこ有名な海水浴場へと移動していた。
 砂浜に到着した俺達は、そこでパラソルを立ててレジャーシートを敷いてから、それぞれに海を満喫する事となる。

「(やったぁーーー! 神様! ありがとうございます!)」

 俺は、付けていたタンクトップとホットパンツを脱いで水着姿になったつかさに心から感動し、罰当たりにも商売道具である神に心の中で感謝の言葉を述べていた。 

「似合うかな? 拓海君」

「似合う。可愛いだけじゃなくて大人っぽくて綺麗だ」

「ありがとう」

「早く海に行こう」

「うん」

 俺とつかさは、手を取り合ってから一緒に海に入り、そこで二人だけの世界を作っていた。

「つかさ。ほらっ!」

「やったな、拓海君! お返しだ! えいっ!」

「「はははははっ」」

 海の浅瀬で水を掛け合うという、最近のドラマでもなかなかお目にかかれない光景に、周囲の視線がチラチラと入り始める。
 外側から見ていると非常に恥ずかしい光景なのだが、どこかとても羨ましくもあり、目を凝らして見ていると背中がむず痒くなるのだが、それでも見たいからチラチラと視線を合わせ、という状態になっていたのだ。

「黒井先生、何でしょうか? この何とも言えない感は」

 ビーチパラソルを立てる穴を掘っていた白石は、隣でレジャーシートの上で寝そべっていたななこに自分の素直な感情を話していた。

「そやな。『あーーーっ!』って叫びたくなるな(でも、羨ましいな。高校生の時に俊樹と付き合っていれば出来たのに……)」

 勿論、そのななこの心の声は、絶対に何人たりにも秘密であった。

「でも、懐かしいですね。私も、昔は旦那と……」

「「えーーーっ! そんな恥ずかしい事を!」」

「えーーーっ! 恥ずかしい事なんですか?」

 自分も高校生の時に、当時から付き合っていた今の旦那とそんな事をしていたゆいは二人を微笑ましそうに見つめていたが、その事でななこと白石に引かれてしまった事に驚きを隠せないでいた。

「普通、あんな事をするかぁ?」

「いや、ほら。周りはそう思っても、本人達は無問題(モーマンタイ)って事ですよ」

「確かに、そう言われると……」

 白石は、ななこを見ながら、『この人には、そんな経験が無いんだろうなぁ』という表情をしていた。

「こらぁ! 白石! 人を憐憫の目で見るな! それに、お前かて経験無いやろうが!」

「俺は、まだ時間がありますから」

 そんな不毛な会話が続いている横では、智之が砂浜に木の棒でラインを書き、ビーチボールを膨らましていた。

「向こうを見ていると目の毒だからな。ビーチバレーでバーサスだ」

 智之の言う目の毒とは、当然拓海とつかさの事であった。

「いいですね。私もやります」

 みゆきが手伝った事により、即席のバレーコートはすぐに完成し、すぐに参加希望者によるチーム分けが始まった。

「智之のチームと、ジンさんのチームって事でいいわよね」

 こういう時にリーダーシップを発揮するかがみにより、各個人の能力を考慮してのチーム分けは素早く終了する。

 
 智之チーム:智之、みゆき、かがみ、あやの、ゆい

 ジンさんチーム:ジンさん、こなた、みさお、ななこ、白石


「前の三人が、主力メンバーかな?」

「後ろの二人は、運動神経で言うと並だからな」

 『お前ら、いちゃ付き過ぎ!』と言われて急遽呼び戻された俺とつかさは、この無駄にメンバーの集まったビーチバレーの審判をする羽目になっていた。

「負けたチームが、勝ったチームに昼食を奢る。ええな?」

「えーーーっ! そうなんですか?」

「勝負は、何かを賭けないとつまらんからな」
 
 白石の抗議も虚しく、ななこの発案により、試合は昼飯を賭けた賭け試合へとその性格を変貌させていた。

「行くでぇーーー! 15ポイント制の三セット先取や!」

 ななこのサーブによって、ビーチバレー賭け試合はスタートするが、特に運動が得意というわけでも無いななこのサーブは、みゆきによって呆気なくレシーブされてしまう。

「智之!」

「おうさ!」

 その後、かがみによるトスから智之がジャンピングスパイクで攻撃するが、それはジンさんによって拾われ、次にそれをみさおがフォローしてこなたがお返しにアタックを行い、またそれをかがみが上手く拾いと、試合は無意味にハイレベルな戦いになっていた。

「こなちゃんも凄いけど、智之君も凄いんだね」

「あいつは、自他共に認めるインドア派スポーツマンだからな」

 智之は、こなたと同じで運動は出来るが特に運動が好きではないという、無駄にハイスペックな体を持っていた。

「ジンさんも凄いんだね」

「ジンさんは、学生時代は主要五教科は全て赤点で、その他は家庭科以外は全部五っていう極端な才能の持ち主だから」

 ジンさんは美大卒業なのは、それが第一志望志望ではあったのだが、美大とか体育大学とかにしか入れないという奇特な成績の持ち主であるという事情も存在していたのだ。

「その他は……」

 俺が試合の様子を観察していると、基本的に努力家であるかがみは、運動もそれなりに得意でチームの主力として活躍していたし、みゆきさんも普段はドジっ娘なのだが、実際の運動神経はかなり良いようであった。
 他にも、みさおは陸上部に所属しているだけあってコート内を俊敏に動いていたし、こなたとジンさんはチームの二枚看板として大活躍をしていた。

「おらぁ! 次のサーブ行くでぇ!」

「黒井先生は、元気なだけだな。全く戦力として機能していない……」

「そうだね……」

 意外と白熱している試合は、遂にワンセット目のマッチポイントを向かえていた。
 14対14で、先にポイントを取った方が最初のセットを取る事となるのだ。

「こなたちゃん」

「どうしたんですか? ジンさん」

「みゆきちゃんが、強敵だね」

「そうですね。あの揺れは反則ですよ」

「あの高校生とは思えないレベルの悩ましバディー。あれが、俺の実力を少し削ぐぅーーー!」

 味方コートの前面で余計な事を言ったジンさんは、俺の目の前で後頭部に黒井先生からの強烈なサーブを喰らってしまう。
 そして……。

「サーブミスによる、智之チームのポイントです。ワンセット目は、智之チームの先取」

 俺の宣告により、最初のセットポイントは智之チームが奪取した事が確定したのだが、その最大の原因である黒井先生のミスサーブについて文句の言える人物は、誰一人として存在しなかった。






「ツーセット目は、ジンさんチームの勝利です」

 その後も試合は続き、ツーセット目を俊樹のチームが奪取した事により試合は最終セットへと縺れ込んだのだが、ここでななこがいきなり選手の交代を告げる。

「峰岸と柊が交代で、神代と白石が交代や」

「えっ? 俺らって、そういうチーム分けだったんですか?」

 今まで審判だけをしていて、どっちかのチームに所属しているとは思わなかった俺は、黒井先生の発言に少し驚いてしまった。

「女は女、男は男で交代しているから総合戦力にさほどの違いはあらへんはずや」

「いや、それは嘘だ……」

 白石は、たかが昼飯を賭けたビーチバレー程度で、そこまで貪欲に勝利を欲する自分の担任に顔を引き攣らせていた。
 正直なところ、運動神経は並かそれよりも少し上の自分より、クラスでもトップクラスにある拓海の方が戦力になるのは確実であったからだ。
 
「黒井先生。そこまでして、勝ちたいのか」

「拓海さんは、強敵ですよね」

 かがみとみゆきも、ななこの大人気なさにただ呆れるしかなかった。

「困った。球技は、拓海の方が得意なんだよな」

 共にこなたと同じで運動神経は抜群ではあったのだが、格闘技と短距離走などの瞬発力を必要とする競技は智之が、球技と水泳や長距離走などの持久力を必要とする競技は拓海がと、お互いに得意分野に違いがあったのだ。
 多分、二人の担任であるななこは、その情報を元に拓海を自分のチームに入れ、最後の切り札に使ったのであろう。
 正直なところ、みんなが大人気ないと思っていた。

「向こうのチームが強そうで、私なんて場違いだよぉ」

 そして、交代前のあやのが全く戦力として機能していなかったのを見ていたつかさは、いきなり試合に出させられて一人狼狽していた。

「黒井先生、伊達に歳は取っていないな。実に老獪な策じゃ……うべしぃ!」

 遂に最後のセットが始まり、一人で相手チームの真のリーダーであるななこの悪口を呟いていたいた智之は、ななこの殺人サーブを顔面に喰らって砂浜に突っ伏す事となる。

「あの……、黒井先生。それが、十五本連続で撃てれば勝てると思うんですけど……」

「それが、感情が高ぶらないと撃てへんのや」

 その後も順調に試合は進んでいくが、その中身は今までのセットとほぼ同じで、14対14のマッチポイントを迎えていた。

「神代が、意外と役に立たへんなぁ」

「ななこさん。それは、違うと思う……」

 智之のチームは、唯一のウィークポイントになってしまったななこをターゲットにしてポイントを稼いでいたので、自分のチームの不調を拓海のせいにしているななこに、俊樹は小さい声でツッコミを入れていた。

「つかさ! 悪いけど、勝たせて貰う!」

 そして、遂に試合はクライマックスを迎えていた。
 絶妙のタイミングでトスを貰ったこなたが、その低い身長からは考えられないほどの高さに飛び上がって、つかさに強烈なジャンピングアタックを放ったからだ。

「つかさ!」

「ええーーーっ!」

 かがみがいくら注意を喚起したとて、つかさの運動神経ではそのアタックは拾えないとみんなが考え、智之達が諦めた瞬間、遂に奇跡は起こった。
 あたふたしている内に絶妙な位置に移動したつかさが、ダイレクトではあったがボールのレシーブに成功したのだ。

「何ぃーーー! しかし、そっちには拓海がいるのさ!」

 こなたの言う通りにで、つかさのレシーブしたボールの先には準備万端な状態で俺が待ち構えていた。

「悪いが、勝たせていただく」

 つかさが辛うじてレシーブした、高い位置にあるフワフワと漂うビーチボール。
 誰もが、いや俺自身も落とす事などあり得ないと考えていたが、ここでまた神の気紛れというか奇跡が発生する。
 それは、つかさの付けているセパレートタイプの水着の上の部分が急に取れてしまったのだ。

「キャーーーっ!」

「つかさ!」

 つかさの悲鳴を聞いた俺は、すぐに彼女の元に駆け寄って他の人に見られないようにガードする姿勢に入る。

「大丈夫? つかさ」

「大きな声をあげちゃったけど、そんなにズレてないみたい」

「そうか、良かった」

「ありがとう、拓海君」

 つかさが大丈夫な事を確認してから自分のチームのコートに戻ろうとする俺であったが、後ろを振り向くとなぜか黒井先生やみさおは、『信じられない』といった表情で俺を見ていた。

「どうしたの? 二人とも」

「拓海、自分のいた所」

「へっ?」

 ジンさんに言われて俺が視線を下に向けると、そこにはビーチボールがちょこんと置かれていた。

「あれ?」

「そこは、我がチームのコート内で、お前の守備担当エリア。アーユーアンダスタンド?」

「しまった!」

「14-15で、智之チームの勝ちです」

 審判をしていた白石の判定により、この瞬間俺達のチームの負けが確定したのであった。

「新しい水着がズリ落ちるイベント発動。本当に、拓海とつかさは見ていて飽きないよね」

 そして、負けたジンさんチームにいるこなたは、特に残念がるでもなく自分好みのイベントが発動した事に一人大喜びするのであった。






「まあ、負けたものはしゃあないな。うちと俊樹で奢るさかいに、好きな物を頼みや」

 予想外に白熱したビーチバレー勝負終了後、俺達は海の家で昼食を取る事にするのだが、その食事代は黒井先生とジンさんの二人が出す事を宣言していた。

「おおっ! 意外と太っ腹ですね」

「泉、意外は余計や。この旅行は、宿泊費とかが無料やからな。大人のうちらがその位出すのが筋ってもんやろう」

 日頃はかなり大人気なかったりするのだが、ちゃんとこういう部分は大人で優しかったりするので、ななこは生徒達に人気があったのだ。

「というても、海の家の飯やから、あまり過剰な期待はせん方がええで」

 確かにななこの言う通りで、夏の海の家のメニューの定番といえば、麺が伸びた何味なのか微妙なラーメンと、いかにもレトルトなカレーや、冷蔵・冷凍食品のおつまみと相場が決まっていたからだ。

「うーーーん」

「どしたの? つかさ」

 こなたは、メニューを見ながらお尻をモジモジとさせているつかさにその理由を尋ねる。

「あのね。お尻が濡れたまま座るのって、ちょっと気持ち悪くて……」

「ええ。わかります」

 みゆきも同意見のようで、つかさと同じくお尻をモジモジとさせていた。

「じゃあ、二人は空気椅子だ」

「極端だな。あんたは」

 かがみは、こなたに素早くツッコミを入れる。

「でもよ。空気椅子なんて、今時よっぽどの体育会系な所に行かないと存在しないだろう」

「確かに、そうだな。俺が中学生の頃くらいまでは、野球部とかだと辛うじて残っていたけど。他にも、ケツバットとかミンミンゼミ
とか」

 智之と俊樹が、空気椅子繋がりで昔に流行った体育系系のシゴキの話をしていると、先ほど注文した昼食がテーブルの上に置かれる。
 ラーメン、カレー、牛丼、ウィンナー、フライドチキンなど、見れば見るほど手抜きでインスタントなラインナップであった。

「夜は庭でバーベキューもするから、軽く食べておいた方がいいよ」

 夕食には、今朝に釣った魚を使った料理とジンさんが用意してくれたバーベキューセットを使った焼肉パーティーをするので、俺はみんなにお昼に食べ過ぎをしないように注意しておく事にする。

「大丈夫だよ、拓海。見てよ。この期待を裏切らないカレーライスを。見事に四角に切られた野菜とおざなりに入っている肉。どこのメーカーの業務用レトルトなんだろうね? いや、もしかすると市販品という事もあり得るねぇ」

 こなたは、安っぽい味のカレーライスを少しずつ口に入れながら、レトルトのメーカーを懸命に探っていた。

「それを言うなら、こなちゃん。このラーメンも、何となく○マダヤっぽくない?」

「○清のラーメン屋さんかもれしないよ」

 つかさとこなたが、出されたラーメンとカレーの安っぽさについて語っていると、静かにラーメンを啜っていたかがみがポツリとこう漏らした。

「ねえ、そこまでして盛り上がる話題?」

「ううん。でも、そんな話もしないと、ただの栄養補給になっちゃうじゃん」

「それは、言えているかも」

 海の家の食事は、俺達の期待を裏切らない不味さであった。





「さて、午後からは何をしようかなと」

「ねえ、拓海君。あの人だかりは何かな?」

 海の家で適当に昼食を終え、午後から何をしようかと思案していた俺に、何かの人だかりを見つけたつかさがその方向を指差していた。

「聞いてみるか」

 俺が、人だかりの後方にいる人に尋ねると、何でも地元の役場が町興しの一環としてミスコンテストを開くらしく、その会場設定とリハーサルを急いで行っているとの事であった。

「あの小神あきらが、写真集の撮影でここに来ているらしくて、そのついでに、ミスコンの特別審査員をするそうなんです」

 その男性の前方では、確かに地元の男性達が必要な機材を運び込んだりして一生懸命に準備を行っているようであった。

「おーーーい、拓海。この人だかりは何だ?」

 同じく、この騒ぎを嗅ぎつけた智之達が、俺とつかさの隣まで急いでやって来る。

「ミスコンだってさ。しかも、司会者があの小神あきらなんだって」

「ふーーーん。そうなんだ」

「げっ!」

 どうやら、智之の隣にいた白石が会場でリハーサル中の小神あきらを発見したらしく、明らかにヤバ気な声をあげていた。
 そして、小神あきらの方も白石を見つけたらしく、表面上はにこやかな笑みを浮かべながら白石に手を振っていた。

「(あのサンピン、のん気に海水浴か? だから、お前は売れんのや! しかし、あの隣にいる友達らしき奴は、白石とは比べ物にならない美形やな)」

 小神あきらの心の中の声は、決して一般人にはお知らせできない内容であったが、その隣にいる智之の容姿が美形である事には気が付いたらしい。
 だが、彼が毒舌家である事には気が付かなかったようだ。

「アイドルって言うから物凄く可愛いのかと思ったけど、思ったほどでも無いのな」

「っ!」

 智之の容赦の無い一言に、小神あきらの顔に青筋が走る。
 ただ、そこはさすがはプロというべきなのか?
 他の人達の前では、笑顔は崩さないままであった。

「(白石ぃ~~~。後で、覚えとけよぉ~~~)」

「(うひゃーーー!)」

 だが、ここの所仕事でかなり付き合いのある白石には、小神あきらが相当に怒っている事が理解できていた。
 更に、その怒りの矛先が智之では無く、その智之とつるんでいる自分に向いている事も。

「そうか? 俺は、結構可愛いと思うけど。妹にしたくなるような感じ?」

 一方、俺は素直に小神あきらの事を可愛いと思っていた。
 別に、直接の付き合いがあるわけでもないし、自分が美形で容姿のハードルが高い智之とは違って、十分にアイドルに相応しい外見をしていると思ったからだ。

「(ほう、白石の友達にしては、良くわかっているやないか)」

「(ほっ……)」

 白石は、小神あきらの機嫌が良くなった事に心から安堵していた。
 プロのアイドルである彼女は、ずっと笑顔のままで他の人には感情の変化がわからなかったのだが、悲しい事に召使い体質になっている白石には、彼女の心の中の声が理解できていたからだ。

「でも、俺はつかさの方が可愛いと思うけどね」

「「まあ、お前はそうだろうな……」」

 智之と白石は、拓海の事を『処置なし』と言った表情で見ていた。

「ならさ、つかさも出てみればいいじゃん」

「出るって何に? こなちゃん」

 つかさは、後ろから話かけてきたこなたに、何に出るのかを問いかける。

「決まっているじゃん。ミスコンにだよ。ほら、まだ参加者募集中って書いてあるよ」

 こなたの言う通りに、ステージ上の横断幕には『開始直前まで参加者募集』という文言が書かれていた。

「でも、恥ずかしいよ」

「《旅の恥はかき捨て》ってね。駄目元でさ。入賞すると賞金とか賞品も出るみたいだし」

 こなたは、抜け目無く貰って来た入賞賞金と賞品の書かれたパンフレットをつかさと俺達に見せる。
 
     

        ミス○○○ヶ崎コンテスト

参加資格: 16歳から30歳くらいまでの独身女性 

  賞品: 優勝 賞金十万円 パソコン一式
      
      準優勝 52インチ型液晶テレビ
      
      三位 スクーター
      
      審査員特別賞 秘密

  参加賞もあります。  
  奮ってご参加ください。  




「へえ、意外と賞品がええんやなぁ」

「黒井先生も出ますか?」

「そうやな。駄目元って事で、参加賞だけ貰って戻って来るか」

 更に、騒ぎを駆け付けて来た黒井先生も、一応参加だけはしてみるつもりらしい。
 始めから参加する気のこなたを連れて、参加者専用の受付へと移動を開始する。

「妹ちゃん、一緒に行きましょう」

「あやのちゃんも出るの?」

「私は、ほら。みさちゃんが出るって言うから」

「参加賞目当てでだって。参加賞のお菓子って、お土産物屋で買えば五~六百円はするんだぜぇ」

 みさおの言う通りで、予選審査で十分ほど立っていれば無料で地元のお菓子が貰えるとあって、受付はかなりの込み具合となっていた。
 『駄目元だけど、もしかしたら?』という若い女性の真理を利用した巧妙な人集め作戦であった。

「勿論、高良も柊も行くだろう?」

「そうね。お菓子を貰って帰って来るとしますか」

「みなさんが参加すると仰るのなら」

「みんな、頑張ってね」

 この中で唯一既婚者であるゆいさんは参加を見合わせたが、黒井先生、こなた、つかさ、かがみ、みさお、あやの、みゆきさんと合計七名が受付へと向かうのであった。






「本日は、急遽開催されたミス○○○ヶ崎コントストに多数のご参加をいただき、まことにありがとうございます。本日の司会は地元青年会所属の私が務めさせていただきますが、審査員としてあのスーパーアイドルの小神あきらさんをお迎えしております」

「おはラッキぃーーー! らっきーチャンネルでお馴染みの小神あきらです! 今日はみなさん、楽しんで行ってくださいね」

「小神あきらさんは、本日は写真集の撮影ために当地を訪れていらっしゃって、その際に特別審査員のお仕事を引き受けていただきました」

「写真の宣伝も兼ねてまーーーす! 来月に発売なので、良かったら是非見てくださいね」

 小神あきらとて忙しい身なので、飛び入りでこんな仕事をするわけがなく、勿論始めからスケジュール通りに動いているのだが、そこはプロ。
 見事なトークで観客を沸かせていた。

「尚、小神あきらさんが選んだお一方に、後に特別賞も授与されますので、三位までに選ばれなくても最後まで期待していてくださいね。では、本選の審査を行います。全参加者百五十六名の中から十二名の方が本選に出場されます。エントリーナンバー1番……」

 意外と場慣れしている司会者によって、次々に本選出場者が紹介されていく。

「エントリーナンバー3番は、埼玉県糟日部市からお来しの黒井ななこさんです。何と黒井さんは高校の世界史の先生だそうで、本日は生徒の皆さんと海水浴にいらっしゃったそうです」

 『どうせ、駄目元で参加賞を貰って帰ればいいんだ』という考えの元、七名もの参加者を送り出した俺達であったが、まさか本選に出場する人がいるとは全く考えていなかった。
 俺達男性陣は、『もしかしたら、みゆきさんだけなら……』と考えていた節があったのだが、現実には黒井先生が本選に勝ち残るという奇跡が発生していた。

「ななこさん、頑張れよーーー!」

「まかしときぃ!」

 ジンさんの応援に、黒井先生は素直に手を振って答えていた。
 多分、本選に出られたのでそれなりに満足したのであろう。

「エントリーナンバー5番は、高良みゆきさんです。彼女は都内からの参加者ですが、何と黒井先生の生徒さんだそうです。美人先生に美人生徒。実に羨ましい学校ですね」

「みゆきちゃん、頑張れーーー!」

「「みゆきさん、頑張れよーーー!」

「高良ぁーーー! ファイトだぁーーー!」

「おーーーっと! 早速に沢山の男性陣の声援だぁーーー!」

 司会者の紹介を受けて一歩前に出たみゆきさんは、俺達の声援を受けて控え目に手を振っていた。
 だた、やはりこういう事に慣れていないらしく、その動きは少しぎこちなかった。

「ところが、そのぎこちなさが動く萌え要素たるみゆきさんの強みなのだ」

 誰も聞きもしないのに、智之はまるでこなたの言葉を代弁するかのような解説を加えていた。

「エントリーナンバー7番は、同じく埼玉県からお来しの泉こなたさんです」

「どうして、こなたが選ばれたのかしら?」

「「さあ?」」

 かがみの疑問に、みさおとあやのは答えられないでいた。
 というか、あの永遠の小学生であるこなたが、地方の小規模とはいえミスコンの予選を通ってしまう。
 この事実に、落ちるなら一緒だと考えていたかがみ、あやの、みさおは盛大に落ち込んでいた。

「ちょっと前に、こなたが言ってただろう。私は希少価値で、それなりの需要があるって。そういう事だろう」

「確かに……」

 智之の的を得た意見に、かがみは思わず納得してしまう。
 この過疎化が深刻で年寄りの多い町の青年会が主催するミスコンでは、特別審査員である小神あきらを除けば、ほとんどの審査員は地元の偉いさんのお爺さん達であった。
 となれば、この一見すると孫を思い出させるようなこなたは、かなり審査員の心象が良いという事になるからだ。

「こなちゃん、全然緊張してないみたいだね」

「バイト先が特殊だからなぁ……」

 俺は、かがみ達と同じく予選落ちしてしまったつかさと一緒に、いつもと同じようにふてぶてしい態度でミスコンに臨むこなたを観察していた。

「でも、残念だったな。つかさは」

「しょうがないよ。私が本選なんて無理だから」

 俺から見れば、つかさはこの世で一番可愛い女の子なのだが、こういう華やかな場では少し地味に見られてしまうようで、かがみ達と同じく予選落ちしていたのだ。

「でもさ。ミス神代拓海ってのがあったら、つかさが間違いなくグランプリだから」

「拓海君……」

 本選出場者の紹介が終わって最終審査が進む中、俺とつかさは手を握り合いながら見つめ合って二人だけの世界を作っていた。

「一生やってろ」

「言えてるわ……」

 そして、その光景を隣で目撃していた白石は、付き合い切れないと言った表情で毒舌を吐き、かがみを始めとする全員がそれに同意するのであった。






「第三位は、エントリーナンバー3番の黒井ななこさんです!」

 こなた達が急遽参戦したミスコン本選の審査は約二十分ほどで終わり、遂に入賞者の発表となった。
 俺達は、本選に三人も出られただけで上等だと考えていたので、まさか入賞者などいるとは思わなかったのだが、ここで番狂わせが発生する。
 あの黒井先生が、三位入賞という奇跡を起こしたのだ。

「すげぇーーー! 奇跡だ! うべっ!」

「審査員がみんな老眼だからか? はがっ!」

 大きな声で奇跡を叫ぶ白石と、小さな声で失礼な事を言う智之であったが、それを黒井先生が聞き逃すはずもなく、二人の顔面に履いていたビーチサンダルが飛んで来る。 

「では、賞品のスクーターの目録です」

「まいどおおきに」

 三位とはいえ入賞した黒井先生は、ご機嫌で司会者の男性から賞品の目録を受け取っていた。

「でもよぉ。黒井先生が三位なら、高良とかは上が狙えるんじゃねえの?」

「かもしれませんね」

 とろろが、みさおやあやのが考えるほどそう世の中は甘くないらしく、準優勝と優勝は別の女性に攫われてしまう。

「やっぱり、優勝は厚い壁だったか」

「さて、本選の審査はこれで終了ですが。最後に、特別審査員の小神あきらさんに特別賞を選んでいただきたいと思います。尚、特別賞の方には、賞金三万円と小神あきらさん直筆サイン入りグッズセットを贈らせていただきます。では、小神あきらさんどうぞ!」

「はぁーーーい! 今日は、短かったけど、ハイレベルで楽しいコンテストだったね! それじゃあ、あきらが選ぶ今日の特別賞さんは、7番の泉こなたさんでぇーーーす!」

「えーーーっ!」

「こなたが、特別賞?」

「意外なんてもんやないな……」

 俺だけでは無く、かがみ達や、同じステージ上にいる黒井先生やみゆきさんまでもが、意外な結果に驚きを隠せないでいた。

「賞金と、全て直筆サイン入りの写真集とグッズ各種でぇーーーす! それと、今週発売された《三十路岬》のサイン入りCDでぇーーーす!」

「ありがたや、ありがたや。実は、もう《三十路岬》のCDは持っているけど、サイン入りは貴重だねぇ。永久保存版にします」

「わぁーーー! 泉さんは、あきらのファンなんだ。ありがとうね」

 どうやら、こなたは小神あきらのファンだったらしく、嬉しそうに本人からサイン入りのグッズを貰い、デジカメを持っていた智之をステージに上がらせて一緒に写真を撮って喜んでいた。

「こなちゃん、嬉しそうだね」

「そうだな」

 カメラマンを黒井先生に頼み、智之を真ん中にして小神あきらと写真を嬉しそうに撮るこなたであったが、『実は、智之と写真を撮るのが本当の目的なのでは?』という疑念が消えない俺であった。









「では、今日はミス○○○ヶ崎三位のななこさんに乾杯の音頭を取って貰うとしましょう」

「なんや、大げさやな。なら、特別賞の泉も一緒にやるか?」

「いいですよーーー「乾杯!」」

 その日の夜、俺達は予ねてからの予定であったバーベキューパーティーを別荘の庭で執り行っていた。
 
「でもさ、最近金串に肉とか野菜を刺してバーベキューをする人ってほとんどいないよね。ドラマとか漫画でも少なくなったよね」

「準備が面倒だからだろう」

 こなたの言う通りに、バーベキューとは言ってもメニューは網の上で肉や魚介類や野菜を焼くだけで、他は朝に釣った魚が調理されて出て来ると言った感じの内容であった。
 
「船盛りがあると一味違う感じよね」

 かがみは、縁側に置かれた巨大な船盛りに感心しつつも、その箸を止める事はしなかった。

「家に帰って、体重計の上で後悔するかがみんなのであった」

「うるさいわね、こなたは。せっかくの旅行で、地元の海の幸を堪能しないでどうするのよ」

 かがみは、船盛りのメインである、朝にみゆきさんが釣り上げたクロダイの刺身を美味しそうに食べていた。

「じゃあ、私の釣ったウツボのタタキもどうぞ」

「美味しいのかしら?」

 同じく、朝にこなたの釣り上げたウツボであったが、たまたま地元の漁師で調理が出来る人がいたらしく、タタキや天ぷらや汁などに調理されて同じく縁側の上に置かれていた。
 ところが、あの外見だったので、ほとんど箸を付ける人がいなかったのだ。

「プロの料理人で、フグより美味しいという人もいるな。外見と骨の処理が難しいから、普通の人はあまり食べないけどな」

 ジンさんは、ライバルがいないウツボのタタキを美味しそうに食べていた。

「本当だねぇ。特に、自分で釣ったというのもポイントが高い。フグより上の味だよ」

「確かに美味しいけど、あんた、フグなんて食べた事があるの?」

 ウツボの天ぷらを美味しそうに食べるこたたに、かがみがいつものようにツッコミを入れていた。

「かがみはどうなのさ?」

「あるわけないじゃない」

「ちなみに、この中でフグを食べた事のある人!」

 こなたの質問に手をあげたのは、俺、智之、みゆきさん、あやの、ジンさん、黒井先生、ゆいさんであった。

「大人とブルジョワの食べ物なのね……」

「柊。今時、ブルジョワなんて死語やで。せめて、セレブって言いや」

 かがみは、前に俺に言われた事を黒井先生にも言われていたが、そこは譲れない一線であるらしく、決してセレブとは言わなかった。

「でも、ウツボは美味しいな」

「でしょう? 釣った私の手柄だね」

 ウツボ料理に舌鼓を打つ智之と、それにまとわり付いているこなた。
 更に少し視線を変えると、それをいつもとは微妙に違う笑顔で見つめるみゆきさんと、今朝の釣りの時から考えると、後に大きな嵐が訪れるのではと考える俺とつかさであった。

「岩永さんも大変ですね」

「やはり気が付いたか、峰岸さん」

 どうやら、俺とつかさ以外にその事に気が付いているのは、同じ彼氏持ちのあやのだけのようであった。
 それと、一番そういう事に敏感なジンさんは知って知らぬ振りをしているのであろう。

「黒井先生は、気が付かないのかな?」

「もう、無理だな」

 俺とつかさとあやのの前で、缶ビールを続けて煽っている黒井先生は既に別の世界の住人であった。

「(ジンさん、これから苦労しそうだよな……)」

 こうして、夏旅行二日目は無事に終わりを告げるのであった。



[7786] 第十三話 夏だ! 海だ! ○○だ! 三日目。(今度こそ、疾風怒濤編?)
Name: アンディー◆be7b3392 ID:f7ef93f4
Date: 2009/06/11 10:12
「神代、岩永。旅行楽しかったぜ」

「私も、部活が無かったら延長するんだけどよぉ」

「私は、その……」

「あやのは、兄貴が戻って来るからさぁ」

 翌日の朝、『まだ遊び足りない』というこなたの意見で、夏旅行は延長される事となっていた。
 ところが、白石は明日から仕事が入っていて(小神あきらとの仕事らしいので、色々と同情すべき点があるかもしれなかった)、みさおは部活動が明日からあり、あやのは彼氏が戻って来るので一緒にデートに出かけるとの事で、先に糟日部に戻る事になっていた。
 ちなみに、黒井先生は教師という特殊な職業に就いている上に、部活動などの顧問をしているというような事も無かったので、普通に自分も居残ると宣言し、こなたに暇人扱いされて顔に青筋を立てていた。

「私も、有給が今日までなんだよねぇ。残念だけど、帰る事にするよ。あっ! 車の運転は任へたまえーーー」

「「「……」」」

「無事に家に帰れよ」

 同じく、明日から仕事だと言うゆいさんの運転する車で帰る羽目となった三人に、智之は珍しく心の底からエールを送るのであった。
 そして……。

「夏だ! 海だ! 水着だ! フラグだ!」

 早朝の静かな港町に、一台の車のエンジン音が鳴り響く。
 ゆいさんの運転する車に、まるで市場で売られる子牛のように乗って去って行った三人と入れ替わるように、昨日の夜に締め切りの原稿を終わらせて遊ぶ気満々の泉そうじろうさんが現れたのだ。

「というわけで、色々と宜しく。あっ、これお土産ね」

 丁寧に俺と別荘の管理人さんにお土産を渡すそうじろうさんであったが、この人を呼んだ記憶が無い事だけは声を大にして言いたい俺であった。

「こなた、その男から離れなさい!」

「うるさいなぁ。お父さんは」

 そうじろうさんは、智之の隣にいる自分の娘を注意するが、当のこなたは智之の腕にしがみ付き、父親に対して反抗的な態度を取っていた。

「ああっ! これが世間で言うところの年頃の娘の反抗的な態度なのか! 実に嘆かわしくもあり、コンプリート要素でもあり! ところで、海に行かないのかい?」

 相変わらずなそうじろうさんに、頭が痛くなってくる俺とかがみであった。 






「何ぃ! 海には行かないだと!」

「昨日、行ったからなぁ」

 朝食を食べて来なかったというそうじろうさんのために、つかさがキッチンで準備をしていると、今日の予定を聞いたそうじろうさんは大きな声で文句を言い、それを黒井先生が軽く受け流していた。 

「近くに日帰りの温泉があるので、そこに行こうと言う話になりまして」

 昨日の夜、みゆきさんは管理人さんから近くで遊びに行ける場所を聞いていて、その中の一つがこの温泉であった。
 入浴料と昼食代込みで二千円くらいなので、高校生でも十分に払える金額であったのだ。

「温泉か。それは、混浴かね?」

「(いい年して、いきなり一言目がそれかよ)」

 かがみは、心の中でそうじろうさんにツッコミを入れていた。

「一部、混浴はあるそうですが……」

「行こう! 今すぐ行こう!」

「うわぁ。この人、自分の欲望に忠実だよなぁ」

「だから、逮捕でもされないかと心配でさぁ」

 俺のストレート感想な感想を聞いたこなたは、周囲に対し真剣に悩みを打ち明けるのであった。 
 そして……。

「お客様、そのように大量の撮影機材の持ち込みは、昨今の社会事情の観点から禁止されておりまして……」

「まあ、当然よねぇ……」

 それから約一時間後、到着した温泉宿の受付で大量に所持していたカメラ類を従業員に注意されるそうじろうさんと、それを当然と受け取るかがみであった。


 



「全く、お父さんは、恥ずかしいんだから……」

 それほど有名では無いらしいが、広大な露天風呂が売りとホームページに書かれていた温泉宿は女性陣に大好評であったが、唯一いきなり登場した父親にブツブツと文句を言うこなたの姿があった。

「まあ、この年代だと親なんて鬱陶しいものやからなぁ」

「先生も、そうだったんですか?」

「そりゃあ、そうや。友達と遊びに行く時に、男が混じっている事が知れるとオトンがうるさくてなぁ……」

 ななこは、自分が高校生の頃の話をこなた達に始める。

「それで、その歳まで結婚できなかったのか……」

 そして、お約束のツッコミを入れたこなたにななこの拳骨が落下する。

「うちは、何も言われないよねぇ? お姉ちゃん」

「まあね……」

 かがみは、なぜ自分の両親がそういう事にうるさくないのかを何となくではあるが知っていた。
 自分の姉であるいのりとまつりが、高校生の時に家に連れて来たのが女友達だけで、その後もずっとそうであったからだ。
 というか、あの二人にはほとんど男の影は存在しなかったので、色々と思う所があるのであろう。
 それに、つかさに限って言うと、同じ家業を営む家の跡取り息子と付き合っている関係で、半分婿扱いされているという事情があったのだ。

「高良は、何か言われへんのか?」

「はい。逆に、『高校生になったんだから、男の子の一人くらい連れて来てお母さんをワクワクさせてよ』と言われました。お恥ずかしながら……」

「そうやな。母親ってのは、それなりに理解があるからなぁ。それに、高良はせっかくの高スペックなんやから頑張らんと」

「うちのお姉ちゃん達と同じ事を言いますね」

 かがみは、自分の姉達と同じような事を言うななこに少し呆れてしまう。

「ところで、黒井先生に聞きたい事があるんですけど」

「何や? 泉」

「ジンさんとどこまで行ったんですか?」

「そら、えらくストレートな質問やな」

 ななこは、こなたの質問を軽くいなして誤魔化そうとするが、そうは問屋が卸さなかったらしい。
 他の三人も、興味津々の態度でななこに迫って来たからだ。

「すいません。日下部と峰岸にも聞いとけって言われたので」

「後の参考のために聞いておきたいです」

「お恥ずかしながら、大変興味がありますので」

「そんなに、興味あるんか?」

 他にあまりお客もいない女性用の露天風呂で、ななこにあまり逃げ場は存在しなかった。






「隣の露天風呂では、どんな会話が繰り広げられているのか……」

 同じく、男性用の露天風呂ではそうじろうさんが、本音全開の発言をしながら露天風呂に浸かっていた。

「まあ、漫画とかアニメだと良くあるシチュだな」

「あっても、現実でそれを口にするのはどうなんだろう?」

 少し離れた場所で、俺と智之はこのジョーカーとなりうるそうじろうさんを心配そうに見ていた。

「いやーーー。これがアニメとかだと、女湯覗き大作戦とかになるんだよね」

「あのこなたが心配するのが良くわかるな」

「ああ、実際にやったら、確実の夕方のニュースだよな」

 俺と智之のボヤきは続く。
 そうでなくても、彼は小説家という特殊な職業の人なので、警察沙汰になったらマスコミは大喜びでニュースにするであろうから。

「なあ、拓海。この宿って、家族風呂があるんだな」

 露天風呂の端に設置された案内用の看板の内容を読んでいたジンさんは、俺に数名で入る家族風呂の事を話し始める。

「でも、用事が無いですよ。家族風呂なんて」

「二人で入るカップル風呂というのもある」

「何て、エロなシチュなんだ」

 智之は、その漫画のネタのようなお風呂の存在に、一人感嘆の声をあげていた。

「では、娘と入るか」

「「「……」」」

 そうじろうさんのベタ過ぎる意見に、俺達は何も言えなくなってしまう。
 というか、現状でこなたがそうじろうさんと一緒に風呂に入ってくれる可能性は、ゼロに限りなく近いと思っていたからだ。

「おじさん、あの年頃の娘さんと一緒にお風呂なんて無理だと思いますけど……」

「そうだよなぁ……。最近、どうもこなたに嫌われている感じだからなぁ……」

 俺の意見に、多少の自覚はあったそうじろうさんはガックリと肩を落とすのであった。
 




「カップル風呂?」

「二人で入れるお風呂だってさ」

 一旦風呂から上がって、宿の用意した昼食を食べていた俺達は、そこで先ほどジンさんが見つけたカップル風呂について話をしていた。

「ここに、それに入る資格のある二人組がおるとも思えんがな」

 ななこの指摘に、全員が首を縦に振っていた。
 あくまでも、表面上の事だけであったが。

「(久しくそんな経験が無いな。ここは、ななこさんを? いや、まだ早いかな?)」

「(こいつらが邪魔で、そんな事は口が裂けても言えんな)」

「(拓海君に誘われたらどうしよう……。断る自信が無いよーーー)」

「(二人きりの旅行なら、つかさと!)」

 それぞれが、心の中で自分の思うとろこを口にするのであったが、それに冷静なツッコミを入れたのは、勿論この人物であった。

「そういう事がしたいなら、最初から二人で来ないと」

「おおっ! 確かに!」

 かがみの正論に、全員が思わず納得の声をあげてしまうのであった。






「少し時間があるから、近辺を散歩でもするか」

 黒井先生のこの一言により、まだ夕食まで時間のある俺達は温泉宿のある海岸近辺で散歩をする事にした。

「何か、暇潰しできそうな物はあるんか?」

「えーーーとねえ。郷土資料館がある」

「うわっ! つまんなそうやな」

「世界史の教師とは思えないセリフだな」

 俺のボヤキを無視して、一行がその郷土資料館とやらに行くと、そこにはその名称に相応しくない豪華な建物が建っていた。

「これが、地方の箱物行政ってやつかな?」

「ちくしょう! 税金なんて! 税金なんて!」

「急にどうしたんだ? 小父さん」

「お父さんって、どういうわけか税金とか大嫌いなんだよねぇ」

「まあ、好きなやつはいないと思うけどな。○クヨン○んちゃんのヒロシみたいなものか」

「そんな感じだね」

 その無駄に豪勢な郷土資料館に向けて怨嗟の声をあげているそうじろうさんを見ながら、智之とこなたはいつものオタクトークを展開していた。

「無料らしいから、入ってみるか」

 『クーラーが効いていて無料だから外よりマシだろう』という事で、その郷土資料館とやらに入った俺達であったが、その中はやはり退屈そのもの言った感じであった。

「やっぱり、つまらんなぁ」

「世界史の教師なんだから、解説とは無いんですか?」

「こんなん、受験には何も役に立たへんからなぁ。それに、人はあまり後ろを振り返るのは良くないでぇ」

「自分の存在意義を、そこまで否定します?」

 予想通りに他に誰も人がいない施設の中で、黒井先生は本音全開のトークを続けていた。

「うーーーん、どこかで見たような……」

「こなた、どうしたんだ?」

 こなたとそうじろうさんの親子二人は、資料館の入り口近くにあるお土産物コーナーの前で、ある商品について話をしていた。

「こなた、どうしたの?」

「いやね。この微妙なキャラクターがあるじゃない」

「これ何?」

「この町のシンボルキャラクターみたいだよ」

「知らないわね」

 お土産コーナーで暇そうに店番をするオバさんの近くには、いかにも素人がデザインしたようなキャラクターを使用したグッズが数種類置かれていたのだが、どう考えても一つも売れた気配が無かった。
 しかも、どこかのアニメキャラをパクったようなそのデザインに、かがみは地方経済の深刻さを直接肌で感じていた。

「多分、デザイン募集の時にも、応募人数が少なかったんだろうね」

 こんな過疎の町のキャラクターの募集なので、下手をすると身内だけが応募して、その中から適当に決めたんじゃないのかと、かがみは思っていた。

「予算だけ使って、全く売れずか」

「でも、失敗したね」

「何がよ? こなた」

「私が応募していれば、もしかしたら」

「いや、ありえねぇだろう」

「そこまで断言しなくても……。かがみんは、ツンツンだなぁ」

 こなたの字と絵の下手さを知っているかがみらしい正直な意見に、こなたはガックリと肩を落とすのであった。






「フードコーナーか」

「拓海君、冷たいジュースでも飲もうよ」

「だよな」

 こんな誰も客の来ない資料館に興味などない俺とつかさは、早目に自販機の置かれた場所に座って一緒にジュースを飲む事にする。

「黒井先生もジンさんも、暇そうだよなぁ」

 二人は、展示品の経路の入り口に展示されている古い小道具を退屈そうに眺めていた。

「なあ、俊樹」

「何だい? ななこさん」

「これ、かっぱらって売ると、なんぼくらいになるかな?」

「「……」」

 黒井先生のとても教師とは思えない質問に、俺とつかさは顔を半分引き攣らせていた。

「盗んで売るほどの価値は無いと思うんだよなぁ。だいたい良く鑑定団とかで、小道具とか掛け軸とか壷が十万円ですかとか言うけど、誰が十万円で買うんだろうね? ななこさん」

「そういえば、不思議やなぁ」

「それに、あの鑑定額っておかしいよな。絶対低く見積もって、転売で儲けようとか考えてると思うんだよね」

「せやなぁ」

「それに、本物ですって言うけど、もし偽物でもそれを指摘できる一般人もいないし。多分、本物と鑑定されて持っている人の中にも、実は偽物って人もいるんだろうなぁ」

「俊樹は鑑定できへんのか?」

「一応、美大で習ったけど、自信は無いね」

「なら、美術品なんて持ってへん方がええなぁ」

「それに、俺は作る側だからなぁ」

 黒井先生に負けずと、ジンさんも芸術家とは思えない発言を繰り返していた。

「ジンさんって美大出身なのに、美術品に興味が無いんだね」

「既成品には興味無いんじゃないの? でもそういえば、絵とか描いている所なんて見た事が無いな」

 俺はつかさと一緒にジュースを飲みながら、そんな二人を暇そうに見るのであった。






「やはり、海沿いで漁村だった所ですから、船具と漁具が多いですね」

 この誰も興味の無いと思っていた資料館を真面目に見学している奇跡の人がいた。
 それはメンバーの知恵袋にして、こなたに、『ウィキとトレビアとイミダスが合体した女』と呼ばれた事のある高良みゆきであった。
 彼女は、一人で楽しそうに展示経路をまわっていた。

「みゆきさんは、こういう歴史的資料ってやつに興味ありなんだ」

「智之さんもですか?」
 
 みゆきは、そこに予想もしていなかった智之の姿を見つけて、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
 どうやら、こなたと一緒にいると、そうじそうがうるさいからという理由もあるらしい。
 勿論、みゆきにとっては歓迎すべき状況ではあったのだが。

「まあ、歴史とかは嫌いじゃないから」

 フラフラと展示品を見てまわる智之に、みゆきは一緒に付いてまわる事にした。
 
「昔の人は、これでクロとかを釣ってたんだよな。ご苦労な事で」

 智之は、昔の釣り道具を展示しているコーナーの前で、昨日の朝釣りの事を思い出していた。

「昨日は、智之さんのおかげで大物が連れました。ありがとうございます」

 みゆきは、昨日自分が海に引き込まれないように智之が後ろから支えてくれた事を思い出しながら、丁寧にお礼を言う。

「内心、ビクビクものだったけどな。拓海とジンさんは、あんな大物が釣れると思わなかったらしくて、ラインがかなり細かったから」

「そうなんですか」

 二人は次の展示品の場所に行かずに、その場に留まって話を続ける。

「でも、クロダイって凄い歯をしてましたよね」

「あの歯で何でも食うんだよ。貝でもエビでもカニでも虫でもね。他にも、海に落ちた畑のみかんとかも食うんだ。スイカの皮やトウモロコシを餌にする事もあるし。エビを糟で包んで釣る《紀州釣り》なんてのもある。人の気配には敏感なんだけど、意外と悪食なんだよ」

 はたから見れば、色気も何も無い会話であったが、みゆきはそれでも二人きりの楽しいと思える一時を過ごしていた。

「面白いお魚なんですね」

「ジンさんの受け売りだけどな」

「ジンさんと言えば、黒井先生とお付き合いしているんでしょうか?」
 
 みゆきは、つい気になっていた事を智之に聞いてしまった。
 こういう事は、自分で経験してみないとわからない部分があったので、他の人に聞いてみたくなったのだ。

「黒井先生は、隠すのが下手だよなぁ。とういか、わざとバレるようにして独占権を主張しているんだろうなぁ」

 みゆきは、智之が初めて自分に見せる男女関係に関する事を悟る鋭さに少し驚いてしまう。

「すごいですね」

「何が?」

「私は、そういう事に疎くて」

「まあ、それなりに経験があるからね」

 小学生から高校の初期まで、智之はとにかく女の子にモテた。
 隣にいる拓海が、『自分はモテない』と勘違いするまでだ。
 当然、他人が自分に向けてくる好意にも敏感で、最近何となくこなたとみゆきの微妙な変化が気になってもいたのだ。

「でも、全部フラれて終わり。正直なところ、拓海とつかさが羨ましいかな。あんな出会いって、なかなか出来るものじゃないしね」

「そうですね」

 みゆきは智之の話を聞きつつも、勇気を出して一番聞きたかった事を聞いてみる。

「智之さんは、好きな人とかはいるんですか?」

「わからない」

「わからないんですか?」

 智之の意外な言葉に、みゆきは驚いてしまう。

「どうも最近、俺は女という生き物に不信感を持っているらしいから。このグループでワイワイやっているのは楽しいし、みんなは友達だと思っているんだけどなぁ」

 それは、容姿だけで女性に振り回されて来た智之らしい考えであった。
 見た目で勝手に惚れて、趣味で勝手に振る。
 そんな事が続けば、女性不審になっても当然と言えば当然であった。

「こなたさんは、どうなんですか?」

「嫌いじゃないよ」

 みゆきは、その言葉に少しガッカリしている自分に気が付いていた。

「趣味も似てるから、付き合えば楽しいのかもしれない。でも、何か切り出せないな。友達以上と考えるべきなのかな?」

 みゆきは、智之が自分の気持ちを正直に話してくれている事に嬉しいと思うのと同時に、こなたに少し嫉妬している事にも気が付いていた。

「では、私はどうですか?」

「えっ!」

 今度は智之の方が驚いてしまい、二人のその場で動きを止めてしまう。

「正直に言うと、こなたの方が好きなんだろうな……」

 それでも、すぐに気を持ち直してから自分の気持ちを正直に答えていた。

「そうですか。正直に答えてくれてありがとうございます。でも、私は最後の決着が着くまで頑張ってみたくなりました。本当は、お二人の事を応援しようと思ってたんです。でも、最近それに疑問を抱くようになっていて……。智之さん、私は智之さんの事が好きです」

 みゆきは一番言いたかった事を言うと、その場を走り去ってしまう。
 そして智之は、その際にみゆきが見せた笑顔に見とれ、思わず顔を赤く染めてしまうのであった。





「お父さん、さすがは田舎だねぇ。食玩の一年も前のシリーズがほとんど売れずに残ってるよ」

「じゃあ、レア物が残っている可能性が?」

「大だよぉ! このシリーズって、欠けてるレア物が多いからさぁ」

 みゆきと智之が大変な事になっているにも関わらず、それに気が付いていないこなたは、親子でお土産物屋に置かれていた古い食玩を一緒に漁り始めるのであった。







「肝試しですか?」

「そうだ! 夏の定番! 高感度アップの定番! フラグゲットとCG収集の定番! 『キャーーー! ○○君!』『大丈夫だよ。○○』的な事に期待の肝試しです!」

 別荘に戻って夕食後、居間で寛いでいた俺達に、無駄にハイテンションなそうじろうさんは肝試しをする事を提案する。

「確かに、近くに寺と墓地はありますから、昔はそんな事をしましたけどね」

 確かに、昔は家族とかでそんな事をやったような気がするのだが、高校生にもなって今さらとか考えてしまう俺であった、

「じゃあ、やろう」

「えーーーと、どうする?」

「肝試し……」
 
 まだ実行するのかも決まっていないのに、そういう物が一切苦手なつかさは、もう既に震えながら俺の腕にしがみ付いていた。
 
「つかさ。もしやるなら、俺が一緒に行くからさ」

「ありがとうーーー。拓海君ーーー」

 つかさは、俺の腕にしがみ付いたままでお礼を言っていた。
 その胸の感触の良さに、俺の方がお礼を言いたい気分であった。

「それで、賛成の人っているの?」

 俺が賛同者を訪ねると、意外な人物が一番早く手をあげる。
 それは、何とみゆきさんであった。

「せっかくですし、それに夏の風物詩ですから」

「高良さんが賛成なら、他のみんなも文句ないよな。じゃあ、やるとしよう。二人一組でクジ引きで組み合わせを決める」

「ええーーーっ! 拓海君とじゃないの?」

 つかさの抗議を他所に、そうじろうさんは組み合わせを決めるアミダクジを急いで自作し、ついでに懐中電灯を持って寺に行って墓地の奥に人数分のカードを置いて来る。

「一人一枚置かれているカードを持って帰る事で、奥まで行った証拠とする」

「でも、小父さんは普通に往復してましたよね」

 かがみは、準備のためとは言っても、余裕であの暗闇を往復して来たそうじろうさんにツッコミを入れていた。

「それを言われると、怖さが激減するんだけどね」

 その後、組み合わせと順番の抽選が行われ、一組目がスタートする事となる。

「俺と黒井先生ですか? でも、幽霊なんて出ないと思いますけどね」

「まっ、しゃあないな。夏の風物詩ってやつや」

「何と無意味な組み合わせか。それに、神社の家の息子なのに」

「幽霊なんていないからな」

 どうやら、こなたは俺が幽霊などの類を一切信じていない事に不満があるらしいのだが、それを無視して早々と二人で墓地の奥に向けて出発をする。

「ボロい寺やなぁ」

「檀家の減少と、後継者がいないとかで管理がおざなりらしいですから」

「世知辛い世の中やなぁ」

 どっちも、お化けや幽霊なんて信じていない口なので、俺達はあっさりとカードを持って帰る事に成功する。
 
「暗いだけだったな」

「せやな」

「実は、お化けとかが怖くて、神代君にしがみ付く黒井先生! そこから始まる、年上の女担任との禁断の恋とかは?」

「「あるか!」」  

 まるで、十八禁のポルノ映画や、ギャルゲーのシナリオみたいな事を言うそうじろうさんに、俺と黒井先生が同時にツッコミを入れる。

「それで、次は?」

 二番目は、ジンさんとかがみの組み合わせであった。

「たまには、女子高生と肝試しってのもいいね。女の子が俺にしがみ付き、そこから始める新しい恋の予感……。すいません、嘘です」

 ジンさんは、そうじろうさんと同じレベルの妄想を語って、黒井先生に物凄い表情で睨まれていた。

「それで、次は?」

 同じく、あっさりとカードを持って帰って来た二人であったが、ジンさんは黒井先生に何か疑いの目で見られていた。

「半分、自業自得なのだが……」

「そうだね」
 
 俺の意見に、つかさはすぐに賛同する。
 そして、ここからの組み合わせが、この肝試しの肝とも言える部分であった。
 残り五人で、誰か一人がパートナー無しで行かないといけないからで、もしこの手の事が苦手なつかさに当たれば、即投了という事になってしまうであろう。

「では、組み合わせを発表します!」

 そうじろうさんは、自作したアミダクジの線をエンピツで辿っていくが、その結果は彼のにとって最悪の結果となっていた。
 
「俺が一人かぁーーー! 女子高生と肝試しがぁーーー!」

 不運にも、一人で墓地の奥まで行く事となったそうじろうさんは、一人恥も外聞も無く絶叫を繰り返していた。

「お父さん、恥ずかしいから止めなよ。じゃあ、私はつかさと行ってくるから」

 こなたは、パートナーとなったとかさと一緒に寺の墓地に向けて出発する。

「暗いねぇ。こなちゃん」

「そだね。あの墓石の横さぁ」

「ひぃーーーっ!」

「何も無いよねぇ」

「こなちゃん!」

 つかさは、こなたにからかわれながらも、懸命に彼女にしがみ付きながら墓地の通路を歩いていた。

「ねえ、つかさ」

「なあに? こなちゃん」

 また脅かされるかと思ったつかさであったが、今度は珍しく低いトーンでの質問であった。

「拓海といると楽しい?」

「うん、楽しいよ」

「相思相愛だもんねぇ」

「うん、それは否定しないよ」

 こなたは、つかさの事を最近とても羨ましいと思っていた。
 同じ歳の女の子が、自分とも友達になった男の子と付き合い始め、二人はいつも仲良くしている。
 一方、自分は今までそういう事に無縁な日々を送っていた。
 自分は高校生の癖にこんな成りであったし、趣味に没頭していれば楽しかったので、そういう事を考えないでいたのだ。
 いや、心のどこかで考えないようにしていたのかもしれない。
 だが、自分は春にあの男と会ってしまった。
 岩永智之という男と。
 自分の趣味の事を知っても、まるで気にしない。
 むしろ、同志が出来て喜んでさえいるあの男に。
 始めは、本当に異性の友人だと思っていた。
 でも、今はそうと言い切れるのだろうか?
 最近、みゆきと仲良くしている智之を見ていると、どうやら嫉妬をしている自分に気が付いてしまうのだ。

「智之君の事が好きなのかな? こなちゃんは」

「多分、好きだと思うよ」

 こなたは、つかさの考えを全く否定しなかった。

「でもね。こうも考えるんだよ。せっかく今は仲の良い友達同士なのに、ここで私が余計な事をすると、それすら無くす可能性があるってさ。それに、みゆきさんにも悪いような気がするし、六人組が私のせいで崩れるってのも嫌だし……」

「こなちゃん」

 つかさは、日頃はバカみたいな事ばかり言ったり、かなりマイペースであるこなたが、実は色々と考えている事に驚いていた。

「それに、私には、恋愛事なんて似合わないような気がするしね。何かキャラ的にさ」

「キャラ的にって……」

 次の一言は、やっぱりこなたらしいなと思うつかさであった。

「私は、拓海君に告白されたから経験が無いんだけど、もしお互いに想っていても、自分で言わないと伝わらないと思うんだ。それにね。拓海君が言ってたんだけど、智之君って今まで自分から告白とかした事が無いんだって。だから、余計にこなちゃんが頑張らないと駄目なんじゃないのかな?」

 確かに智之は、あの小神あきらが認めるくらい容姿が整っていて、海でも何回か女性グループに声を掛けられていたので、彼が必死になって女性に告白するなど到底思い付かないこなたとつかさであった。

「ゆきちゃんは、最初はこなちゃんを応援するつもりだったんだよ。でも、やっぱり自分の気持ちを誤魔化せなくなったのかな? 最近、そんな感じがするんだ」

 つかさは、周りの暗い墓場の事などを忘れて自分が思っている事を話し続ける。

「うーーーん、みゆきさんがライバルかぁ。ちょっと、辛いねぇ。でも、『いっちょ、やってみますか』って思ったよ」

「頑張ってね。こなちゃん」

「でも、最近のつかさは凄いよね。何かさ、主人公補正ならぬ《拓海補正》掛かってて、あやのっちと双璧って感じ? うわぁ、この暗い墓地に君が眩し過ぎるぅーーー!」

「あの、こなちゃん……」

 たまに真面目になる時はあっても、やっぱりこういう部分はいつものこなたなんだなと思うつかさなのであった。

「でも、こういう事に縁の無いかがみんに相談しなくて良かったよ」

「こなちゃん。それは、お姉ちゃんには言わない方がいいと思うよ……」

 それでも、後で余計な事を言って、かがみのツッコミを喰らうんだろうなと思うつかさなのであった。
 そして……。

「みゆきさん、大丈夫?」

「幽霊とかお化けは、人並みにしか怖く無いのですが……。うわっ!」

 こなたが、『好感度アップが激しそうだな』と余計な心配をしていた最後の智之とみゆきのペアであったが、実際にはみゆきが暗い場所で転びまくって大きなチャンスを逃してしまった事は、一部の関係者を除き完全な秘密であった。





「そうか。智之を巡って、こなたとみゆきさんがねぇ」

「私としては、どっちも応援したいけど……」

 その日の夜遅く、月の見える縁側で俺はつかさとこの別荘最後の夜を惜しむかのように話をしていた。
 
「中立っていうか、いつもと極力周りの雰囲気を変えないのが優しさってもんでしょう」

 変に気を使ったり空気が張り詰めていたりすると、善人のみゆきさん辺りが参ってしまうと思うので、そこの部分は気を付けないとと思う俺とつかさであった。
 あのこなたですら、いつものグループの人間関係を壊したく無いと思って自重していたくらいなのだから。

「遅くても年内ですかね?」

「そうだね」

「ねえ、あんた達」
 
 つかさと話を続けていると、不意に横から若い女性の底冷えのする声が聞こえて来る。
 それは、肝試しをしていたから幽霊という事でもなく、一緒にこれからの事を相談していたかがみであった。

「何だ? かがみ」

「二人で、何をしているの?」

「膝枕」

 どうやら、かがみは俺がつかさに膝枕をして貰っている事に、何らかの負の感情を抱いているらしい。
 その声は、相変わらず底冷えしたままであった。

「いいじゃないの。夏の旅行で、恋人同士が思い出を作っているわけよ」

「私のいない所でやれ!」

 このバカップルには絶対に秘密であったが、既に二回もキスシーンを目撃している身としては、これ以上のアレは勘弁して欲しいと思うかがみであったのだ。

「というか、二人だけだった所に、追加でやって来たのはかがみじゃないか」
 
 実は、智之達の事は後でかがみに伝えようと思っていたのだが、縁側にかがみが現れたので場を繋ぐために早めにその話をしているに過ぎなかったのだ。
 優先権は、俺達にこそあったのだ。

「お姉ちゃんも、拓海君も喧嘩しないで」

「そうか! 平等性を維持すればいいのか。じゃあ、次はかがみに膝枕を……「駄目ぇーーー!」」

 冗談で言ったつもりだったのだが、俺はつかさの膝の上でそのまま押さえ込まれてしまう。

「冗談です……」

「口は災いの元よ」

 かがみは俺に忠告めいた事を言うが、実際にはつかさの上半身の圧迫感と顔に感じる胸の感覚に夢中で、全く聞いていない俺であった。

「拓海君が頭を乗せていいのはここだけだよ」 

「(うわーーー。ここに来なければ良かったわ……)」

 つかさの惚気に近い言葉を聞きながら、かがみは、『自分も恋愛でもしてみようかな?』などと真剣に考えてしまうのであった。
 こうして、夏の旅行の最後の夜は終わったのだが、その先には智之とこなたとみゆきにとっての大きな人生の転機が勝ち構えているのであった。 



[7786] 外伝1 RPG編? 俺に勇者は務まらない!
Name: アンディー◆be7b3392 ID:f7ef93f4
Date: 2009/05/08 19:18
まえがき

 すいません。
 ちょっと書くのに詰まったので、少し前に書いた話を投稿します。
 本編は、もう少し待って下さい。






「ねえ。拓海って、ゲームとかするの?」

「うーーーん。昔はやってたよ。○ラクエとか○ァイナルファンタジーとかさ。今は、PS2はDVDプレイヤー代わりになってるけど」

「智之は?」

「俺は、それに加えて、○イルズシリーズとか○ターオーシャンとかもやった。やっぱ、RPGはラスボスを倒してからが勝負だよな。アイテムコンプリートとか、裏ダンジョン攻略とか」

「さすがに、智之は話がわかるねぇ。そうだよねぇ。一回クリアしてからが勝負なんだよ」

「いや、意味がわからないから。つかさ。帰りにタイ焼きでも食べて帰ろうよ。実は、サイタマウォーカーにお薦めの店が載っててさ」

「タイ焼きって久しぶりだなぁ。行こうよ拓海君」
 
 とある日の放課後、俺は智之やこなた達とそんな話をしてから、つかさと放課後のデートを楽しんだ後、家で夕食を食べて勉強をしてからいつものように布団に入った。
 ところが、次の日の朝の目覚めはいつもとは全く様子が異なっていた。



「あれ? ここは、俺の部屋じゃない」

「そうだよーーーん」

 そこは、何も無い真っ白な空間で、更にその真ん中には昔の神話に出てくる神様のような格好をした顔見知りの若い女性が立っていたのだ。

「ゆいさん。こんな所で何を?」

「神様代理かな?」

「代理なんですか?」

「本物は私の上司なんだけどね。昨日から有給を取っちゃってね。それで、私が代理って事で」

 これ以上その件で詳しい事情を聞いても無駄だと感じた俺は、早速に本題に入る事にする。

「それで、俺はどうなるんです?」

「ぶっちゃけると、これから○ラクエ風な世界に行って貰って、そこで魔王を倒して欲しいわけよ」

「無理です!」

「でも、倒さないと帰れないよ」

 かなり重たい現実なのに、それをさらりと言ってくれるゆいさんに俺は少し頭が痛くなってくる。
 そうえいば、以前に、『ゆい姉さんは、ノリで生きている』という話をこなたから聞いた事があった。

「まあ、《案ずるより生むが易し》って事でさ。とりあえず、頑張ってね」

 ゆいさんがそう言った瞬間に、完全に真っ白だった周りの光景は一瞬にして某ファンタジー系の町並みへと変化した。

「えっ! いきなりかよ!」

「神代! こっちやこっち!」

 だが、捨てる神あれば拾う神ありなのか?
 俺が立っている場所の目の前にある酒場風の建物の入り口に立っている若い女性が俺の事を呼んでいて、しかもその女性は俺の顔見知りであった。

「黒井先生?」

「まあ、ここでは○イーダ的な存在やな」

 それから、黒井先生のこの世界についての説明が始まる。

「この世界は、四つの普通の大陸と中央の《死の大地》って場所が存在していてな。それで、死の大地の居城にいる魔王が、周辺の四つの大陸に四天王と呼ばれる将軍を派遣しているわけやな」

「うわぁ。とっても、ベタな設定ですね」

「うちも、そう思うけどな。それでや、その魔王を倒す勇者と五人の仲間達が出現するっていう神のお告げがあってや……」

 黒井先生は、俺の目の前でアンチョコを見ながら一生懸命に説明をしていたが、そもそもその神とやらはあのゆいさんだったので、そのお告げの価値は俺の中では急降下している状態であった。

「俺を入れて六人ですか? という事は、もしかして……」

「まあ、そういうこっちゃな」

 その後、黒井先生は俺を冒険者として登録し、更に一枚のカードを俺に手渡していた。

「これは?」

「職業及びレベルカードやな。神代は、戦士か。レベルはまだ実戦経験が無いから1と」

 他にも、初期装備として皮のヨロイと銅のつるぎと100ゴールドを黒井先生から支給された。

「どうやら、勇者は他の五人の中の誰からしいな。神代は、まずはこの大陸で経験を積んで、最初の四天王を倒す事に専念せいや。仲間は追ってメンバーに加わるやろうから。それとな。四人の四天王を全て倒さないと、死の大地には行けないという設定があってな」

「設定とか言わないでくださいよ」

 一通りの説明を聞いた後、俺は旅の準備を整えると町の外へと修行の旅に出る事にした。
 そして、町を出てすぐに俺はモンスターの群れと遭遇する事になる。

「うわぁ。マジでスライムだ。しかも、ベスまでいるよ」

 俺は、町の周辺でスライムを倒し続ける。
 すると、すぐにレベルは3にまで上がった。

「どのくらいまで、レベルを上げればいいのかな?」

「キャーーーっ!」

 倒すとゴールドとアイテムを残して姿が消えてしまうモンスターから、戦利品を回収しながら俺がそんな事を考えていると、近くの森から若い女の子の悲鳴が聞こえてくる。 
 しかも、その声には聞き覚えがあった。

「やっぱり! つかさか!」

 そこには、十匹ほどのスライムに囲まれた魔法使いの格好をしたつかさがいた。

「拓海君!」

「今、助ける!」

 俺は後ろを向いていたスライム三匹を剣で斬り倒すと、そのままつかさと合流する。

「つかさ。呪文は使えないのか?」

 俺がつかさの冒険者カードを覗き込むと、そこには特技欄にメラとスカラが書かれていた。

「メラだ。メラを打つんだ」

「うん! やってみるよ! メラメラメラメラメラメラメラメラメラ」

「つかさ! そんないっぺんに!」

 スライムに囲まれて精神的な余裕が無かったというのもあったのであろうが、つかさはMPが尽きるまでメラを連発し、それに巻き込まれた俺は、まるでドリフのコントの最後のように黒焦げ状態になってしまうのであった。

「神代。たかが、スライムごときで苦戦していたら先が思いやられるでぇ」

「ごめんなさい。拓海君」

 HPが尽きかけて黒井先生の元に戻った俺は、そのあまりの傷付きぶりを注意されてしまうのだが、その後はつかさの献身的な看病を受ける事が出来たので、正直あまり悪い気はしなかったのであった。





「では、改めてレベルアップだ!」

「私も頑張るね」

 翌日から(一日で完全に傷が回復するのには、俺も驚いてしまっていた)、気を取り直して俺とつかさは、最初の四天王を倒すべくレベルアップと修行に励んでいた。
 前衛で俺が剣を振るい、後衛でつかさが魔法を使う。 
 次第にレベルアップをして遠出をするようになり、更に強い魔物を倒して経験値とゴールドを稼ぐ。
 武器と防具を新調し、四天王のいると思われる居城の場所を偵察する。
 そして、遂に最初の四天王との決戦を迎えた前夜、俺とつかさは黒井先生の奢りで夕食をご馳走になっていた。

「二人とも、レベル13か。この位なら大丈夫やな。まあ、最初のボスやしな。さして強くあらへんし」

 俺とつかさは、黒井先生の本音全開トークに冷や汗をかいていた。

「神代の装備は、鉄の剣とくさりかたびらと皮の盾と鉄カブト。柊は、魔導師の杖と魔法のローブと銀の髪飾りと精霊石のイヤリングと金の指輪とプラチナのブレスレットと……って、おい!」

「いいじゃないですか。俺は、つかさが綺麗な方が頑張れるんですから」

 俺は、稼いだゴールドでつかさに見栄えのするアクセサリーを多数購入していた。

「拓海君。そんな、恥ずかしいよ」

「……」

 ななこは、この二人に夕食を奢った事を心から後悔していた。




「ふはははははっ! 俺こそが、四天王の最初の一人であるイマイーズミだ!」

 翌日、万端に準備を整えて後、最初の四天王の居城に侵入した俺とつかさは、襲い掛かるモンスターをなぎ払い、遂に最初の四天王と顔を合わせていた。

「お前、誰だっけ?」

「俺だよ! お前のライバルの今泉だよ!」

「ああっ! いたな。そんな奴!」

 最近、碌に顔も見ていなかったのと、日常が楽しかったのですっかり今泉の事を忘れていた俺であった。

「ふんっ! まあいい。お前とその地味な柊の妹は、ここで俺に倒される……って、あれ?」

 今泉は、拓海の体から今までに感じた事の無い強烈なオーラを感じて思わず言葉を止めてしまう。

「誰が、地味なんだってぇ?」

「へっ?」

「お前! 碌に彼女もいない癖に、俺の可愛いつかさを地味だと! 死にさらせぇーーー!」

「えっ! ちょっと、待って!」

「待てるか! 火炎斬り! 魔人斬り! ハヤブサ斬り! つかさ!」

「うん! メラメラメラメラメラメラメラメラメラ!」

 俺が、レベルアップして覚えた特技で今泉に連続攻撃をかけ、更に地味呼ばわりされて少し頭にきていたらしいつかさが連続呪文を掛けると、黒井先生に言われていた通りにあまり強くない今泉は、碌な反撃も出来ないまま倒されてしまう。

「そんなぁーーー! 出番が、少な過ぎだぁーーー!」

 俺の怒りを買ってボロボロにされた今泉は、つかさの連続メラを喰らい、そのまま光を発しながらその場から消えてしまう。
 すると、その跡には純白に輝く綺麗なカブトが残されていた。

「倒したか」

「拓海君。レベルが上がったよ」

「一応は、奴もボスという事か」

「それとね。ありがとう。拓海君」

「えっ? 何が?」

「私のために怒ってくれて」

「当たり前じゃないか。俺にとって、つかさは最高に可愛い女の子なんだから」

「拓海君」

 最初のボスキャラを倒して開放感に浸っていた俺は、主のいなくなった玉座の前で目を閉じたつかさと唇を合わせて至福の時を味わっていた。
 そして……。

「あかん。あんな場面に割り込める度胸なんて、うちにはあらへん」

「ピキピキ」

「そうか、お前もか。普通は、そうやろうな」

 玉座の間の外で、二人に次の大陸の説明をしようとしていたななこは、タイミング悪く二人のキスシーンに遭遇してしまい、近くにいた既に邪気から解放されて大人しくなっていたスライムと話をしながら、キスが終わるを待ち続ける羽目となっていた。






「それでや。明日の朝には、次の大陸に船で向かって貰う」

 暫くして、俺は黒井先生と合流し(なぜか少し顔が赤かったのだが、それは気にしない事にした)、夕食を取りながら次に大陸に関する説明を受けていた。

「心配なのは、その大陸を支配する王家の城が陥落して、王族が全て行方不明って事やな」

「全滅ですかね?」

「うーーーん。多分、一人くらいは生き残りがいるはずなんや。せやから、その人を探し出して王城を奪還して、新たな仲間を探しつつ、レベルも上げもして四天王を倒すという忙しいスケジュールやで」

「新しい仲間ですか。僧侶系の人が欲しいですね」

 俺は戦士で魔法が使えないし、つかさは魔法使いなので回復魔法は使えない。
 今はまだ序盤だから薬草で何とかしているが、これから先は回復魔法が無いと色々と辛い事になるであろう。

「それと、さっき四天王の居城で、いくつかの宝箱を開けてアイテムをゲットしたんですけど……」

「鑑定ならうちに任せい」

 俺は、いくつかの武器や防具を黒井先生に見せる。

「剣は、はがねの剣やから使えるな。他には、鉄のヨロイと鉄の盾か」

「この腕輪は何なんです?」

「ああ。これは、豪傑の腕輪といってな。装備すると力が上がるんや」

 どうやら、新大陸に向かう前にかなりに武器と防具の強化ができるようであった。

「他には、これですかね」

「おおっ! 魔法のビスチェか」

 その名前の通りの外見をしている代物は、誰がどう考えても女性専用の防具であった。

「見た目はアレやけどな。魔法に対する防御力が高いんや。しかも、下着やからそのローブの下でも大丈夫」

「へえ。そうなんですか」

「神代。柊のビスチェ姿を拝めなくて残念やったな」

「嫌だなあ。俺がそんな事を本当に考えるとでも?」

 実は、心から残念であり、なるべく早くに天使のレオタードとか危ない水着を見つけようと心に誓う俺であった。








           あとがき

 気分転換に書いたお話です。
 なので、ドラクエ風なだけでかなり設定は適当です。
 その辺は、察してください。


           あとがきその2

 つかさの特技:呪文連発(一見地味だが、実は高威力。だが、慣れない呪文だと味方に当たる事が多い) 



[7786] 外伝2 RPG編? 頭の痛い仲間達。ていうか、俺がリーダーなのか!
Name: アンディー◆be7b3392 ID:f7ef93f4
Date: 2009/05/09 20:37
「よーーーし! 次の大陸でも頑張るぞ!」

「早く、お姉ちゃん達と合流したいよね」

 次の大陸へと向かう船の上で、俺とつかさは暫しの船旅を楽しんでいた。
 潮風に当たりながら、一緒に一つの冷たいジュースを二つのストローで飲んだり、船の舳先で某○イタニックのポーズを取ってみたり、同乗していた他のファンタジー世界の住民達は訝しげに俺達を見ていたが、これだけ面倒臭い事をやらされているのだ。
 この位の事をしても、罰は当たらないであろうと考えていた。
 
「まあ、勇者と五人の仲間って時点で、それは確定なんだろうけどさ……」

 船内の食堂で、魚料理を中心とした昼食を取りながら、俺は一人呟いていた。
 これだけ身近な面子を見せられれば、容易に想像が付くというものであった。

「黒井先生は、次は多分僧侶の人が仲間になるって言ってたけど、誰なのかな?」

「僧侶か。みゆきさんか、かがみだろう?」

「そうだよねぇ。そんな感じがするよねぇ」

 二人で仲良く話をしていると、船は次の大陸で最大の港に到着する。
 
「軍隊の人が一杯だ」

 船を降りた俺とつかさは、港町に多数の軍隊が駐留しているのを確認する。
 更に、情報収集のために酒場に移動すると、そこにはまた見知った人物が確認できた。

「あれ? 白石じゃないか」

「ご苦労だったな。神代と柊」

 酒場の主人だという設定の白石に飲み物を注文してから(勿論、ノンアルコールだ)、俺は現在のこの大陸の情勢を聞く事にする。

「実は、王城の近くの古城が四天王の居城になってしまってな。その勢いで、そのまま王城は落城。町の住民や城の兵士は四方の拠点や町に退避しているんだよ」

「それで、肝心の行方不明の王族は?」

「噂によると、四天王の居城に捕らえられているらしい。だが、この近くの《騒がしの森》まで、あやの王女が護衛の兵士と一緒に逃げ込んだって情報があって、兵士達が先にモンスター達に見つからないように探索を続けているんだよ」

「でも、人員が足りない?」

「この町の防衛と王城奪還作戦の準備があって、猫の手も借りたい状態らしい」

「なら、俺達が行くか」

「そうだね」

 注文した飲み物を飲み干してから、俺達はその騒がしの森へと急いで向かうのであった。





「なあ。つかさ。あの人ってさ」

「間違い無いよね」

 騒がしの森の入り口に到着した俺とつかさは、ライトピンクのロングヘアーを後ろで束ねた僧侶姿の女性が、二匹のさまようヨロイと戦っている場面に遭遇する。

「拓海君。助けに行かないと」

「いや、大丈夫そうだな」

 そのみゆきさんらしい女性は、さまようヨロイにバギを唱えると、そのままモーニングスターを振り回して素早く止めを刺してしまう。

「おおっ! さすがだな。みゆきさんは」

「だよね」

 ところが、倒したモンスターが落としたゴールドを回収しようとして歩き出したみゆきさんは、そのまま何も無い所で転んでしまった。

「つかさ。みゆきさんだよね」

「そうだね。ゆきちゃんだよね」

 久しぶりに見るみゆきさんのドジっ娘ぶりに、俺とつかさは心から安堵するのであった。





「お恥ずかしい所を見られてしまいましたね。お久しぶりです。つかささん。拓海さん」

 その後、無事に再会を果たした俺達とみゆきさんは、あやの王女を捜索すべく騒がしの森の中を歩きながら話をしていた。

「みゆきさんは、かなりレベルが高いみたいだね」

「今まで一人でしたからね。この大陸ではそれなりに強くないと、大変な事になってしまいますから」

 俺は、みゆきさんの冒険者カードを確認する。

「レベル20か。凄いな……」

 他にも、特技の欄を見ると、ホイミ、ニフラム、ピオリム、マヌーサ、ルカニ、ラリホー、キアリー、バギ、マホトーン、ベホイミ、キアリク、ザメハ、ルカナン、バシルーラ、ザキ、ザオラルとなかなかに充実していて、どう考えても俺達の方が足手まといとしか言いようがなかった。

「装備は、モーニングスター、魔法の法衣、魔法の盾、黄金のティアラ、インテリ眼鏡か。お嬢様だね」

「うん、お嬢様だね」

 その後、三人で騒がしの森を探索しながら次々に敵のモンスターを倒していく。

「つかさがベギラマを覚えて、戦闘が楽になったなぁ」

 大陸が変わって敵が強くなった分、取得可能な経験値が増えた事とメンバーが三人になった事、更に多少ダメージを食らってもみゆきさんが回復魔法を使えるという好条件が重なり、俺とつかさは意外と早くレベルが上がっていた。
 そして、騒がしの森の最深部だと思われる場所で、俺達はいかにもお姫様といった格好をしたモンスターの群れに襲われているあやのと、兵士の格好をして槍で懸命に防戦しているみさおを発見する。

「みさちゃん。大丈夫?」

「何か、やヴァい感じだな。あやのは、先に逃げろよ」

「そんな、みさちゃんを置いては……」

「王族のあやのがいないと、王城奪還作戦の指揮を執る人間がいなくなっちまうぞ」

「おーーーい! 助けに来たぞぉーーー!」

 いかにもな会話を続けていたあやのとみさおであったが、間一髪で俺達の救援が間に合い、モンスターの群れはただのゴールドへとその姿を変えた。

「神代君。妹ちゃん。高良ちゃん。ありがとう」

 おしとやかで上品なので、本当にお姫様みたいなあやのは俺達に丁寧にお礼を述べていた。

「私も、助かったぜぇ」

「じゃあ、一旦港町に戻ってから、王城に進撃だな」

「あの、神代さん。これは、ささやかですがお礼です」

 俺は、あやのからどくばりを貰った。

「拓海さん。これは?」

「どくばりだよ。1ポイントのダメージか、急所を突いて一撃かって博打な武器。メタル系の敵にも確実にダメージが与えられる」

 俺は、過去の記憶に残っているどくばりについての知識をみゆきさんに説明する。

「そうなのですか。面白そうな武器ですね」

 みゆきさんは、興味深そうにどくばりを眺めながら帰りの道を歩いていたのだが、やはり注意力散漫だったのか? そのまま転んで地面にどくばりを刺してしまう。

「ぬぉーーー! 貴様! また魔王隠密隊の精鋭であるはぐれメタルである俺を……」

 みゆきさんがどくばりを突き刺した地面は、実は俺達を偵察していたはぐれメタルが保護色を使って隠れていた場所らしく、更にそのどくばりの一撃は、見事にそのはぐれメタルの急所を突いていたらしい。
 はぐれメタルは、光を発しながらその姿を消してしまう。

「また、やってしまいました」

「またなの? みゆきさん」

「はい。お恥ずかしながら……」

 俺は、どうしてみゆきさんがこんなにレベルが高いのかが、何となくわかったような気がするのであった。






「神代さん達に、新しい武器と防具を授けます」

 最初の港町に戻った俺達は、お姫様救出の功績を称えられ、ご褒美に新しい武器を貰う事になっていた。

「あやの姫。ご機嫌だね」

「ここの軍を束ねている将軍は私の兄貴で、あやのの彼氏だからなぁ」

 姫を守る警備隊の隊長であるみさおは、俺にあやのがご機嫌な理由を説明する。

「同じ立ち位置のはずなのに、あやのはお姫様で私は兵士。どうして、そこまで差が付くのかなぁ?」

「彼氏持ちとそうでない人の差かな?」

「実際の彼女持ちに言われると、説得力があるよなぁ」

 レベル20まで上がっていた俺とつかさは、あやの王女から新しい武器を支給される。

「ドラゴンソードですか?」

「はい。王家所蔵の逸品です。何でも、ドラゴンの鱗を鍛えて作ったとかで」

「ドラゴンの鱗って、鍛えられるんですか?」

「まあ、そこはゲームという事で。はがねの剣よりは攻撃力が上ですよ」

 他にも、魔法のヨロイ、魔法の盾、魔法のかぶと、騎士のマントをあやのから貰った。

「騎士のマントですか?」

「後ろからの攻撃を防ぐ一品です。特にブレス系の攻撃に有効ですよ」

 あやのは、俺に気前良く新しい武器と防具をくれたのだが、以前に使っていた武器と防具は全て没収されてしまった。
 正直なところ、後で売ってゴールドを得ようとしていた俺には大誤算であった。

「志願兵に支給するんだよ。王城が落ちて財政が厳しいからなぁ」

「そうなんだ……」

 みさおの説明を聞いた俺は、妙な部分だけリアルなこの世界に何も言えなくなってしまうのであった。
 そして、俺のいない場所でつかさもあやのから新しい武器と防具を貰っていた。

「さざなみの杖を授けます。これは、道具として使うとマホカンタの効果があります」

「ありがとう。あやのちゃん」

「そして、これからが本番です」

「そうなの?」

 あやのは、新しい魔導師用のローブをつかさに渡した。

「我が王国の最新の魔法技術で編まれています。物理防御力はそれほどでも無いですが、魔法防御力に長けた一品です。それとですね。こちらも装備して下さいね」

 あやのは、魔法のガーターベルトと魔法のストッキングをつかさに手渡した。

「ローブの下に着てくださいね。魔法防御力が上がりますよ。それと、明日新しい下着を買いに行きましょうね」

「はい」

 翌日、つかさはあやの薦めで、町でセクシーな下着を購入したのだが、それは俺には気が付かれる事は無かった。

「おかしいな。新しいローブに替えただけなのに、どうして俺はこんなにつかさにドキドキしているんだ?」

 二日後、新しいローブ姿のつかさを見て無意味に心臓をバクバクさせる俺であった。






「兵士諸君! 王城を取り戻すのだ!」

「「「「「おーーーっ!」」」」」

 数日後、無事にあやの王女の保護に成功した王国軍は、四方の味方部隊と呼応して王城奪還作戦を開始していた。
 
「あれ? あやの王女の護衛は?」

「他に沢山いるから、神代達の応援に行ってくれってさ。まあ、あれだな。このシナオリに限りNECキャラってやつ?」

「いや、NPCキャラだろう」

 俺はみさおにツッコミを入れつつ、王国軍と共同してモンスターを倒しながら、二人目の四天王がいると思われる王座の間へと進撃を続けていた。

「ところで、みゆきさんはどうして元気が無いのかな?」

「いやね。高良も、あやのから新しい武器と防具を貰うつもりだったんだけどさぁ……」
 
 何でも、その胸の大きさが仇となって、すぐに装備できる防具が準備できずに、装備が唯一そのままであった事にショックを受けてしまったらしいのだ。

「私やあやのから言わせると、贅沢な悩みなんだけどなぁ」

「そうだよねぇ。羨ましいよねぇ」

 みゆきさんの胸の話で盛り上がるつかさとみさおであったが、俺達の王城攻略作戦は順調に進んで行くのであった。





「元々、こんな王城に興味など無いのだ。お前達、奴らを血祭りに上げるのだ」

「「くぇーーーっ!」」

 王城の玉座の間にいた二人目の四天王は、自分の部下である二匹のモンスターに勇者一味の抹殺を命じると、そのままルーラで自分の居城に戻ってしまう。

「「モシャス!」」

 


「覚悟しろ! 四天王って……」

「嘘っ!」

「そんな事って……」

「これって、やヴァくないか?」

 元々数が多かった王軍によって王城のほぼ全ての場所がモンスターから解放され、最後に俺達が玉座の間に突入すると、そこにはまた見知った人物が二人待ち構えていた。

「智之とこなたか……。これは、予想外だ」

 玉座の前には、ウサギの着ぐるみ姿のこなたと、肩の部分にガードが付いている拳法着を着た智之が待ち構えていた。
 
「うわぁ。こなちゃんと智之君、似合ってるね」

「似合ってるけど、一応敵だよ。つかさ」

「拓海さん。どうしましょうか?」

 顔見知りである二人と戦う事に気が引けたのか?
 みゆきさんは、俺にどうしたものかと尋ねてくる。

「どうせ、モシャスか何かで変装しているモンスターだろう。構わず滅殺だ」

「そうだな。覚悟しろ! ちびっ子モドキ!」

 俺は剣で、みさおは槍でこなたと智之に攻撃を仕掛けるが、その攻撃は呆気ないほど簡単にかわされてしまう。

「「素早い!」」

 更に、カウンターで攻撃を喰らい、俺とみさおはそのダメージで片膝を地面に付いてしまう。

「まずいですね。ベホイミ!」

「拓海君! スクルト!」

 その後は、みゆきさんがこなたモドキ達にマヌーサとルカナンを、つかさがボミオスかけ、更に味方にピオリムなどが掛かると、状況は一気にこちら側に有利となった。

「行くよ! こなちゃん! ヒャダルコ!」

「つかさの癖にぃーーー! ギラ!」

 ウサギの着ぐるみ姿のこなたが、それに対抗するようにギラなどを唱えるが、これはあやのに貰った魔法防御力の高い防具と、みゆきさんの回復呪文によってあまり効果を発揮していなかった。

「ええいっ! お前は三人も可愛い娘を侍らせて、俺はこの貧乳のみか!」

「こらぁ! 誰が貧乳かぁ!」

 しかも、武道着姿の智之は、下らない事を言ってこなたとのチームワークを崩すという大きなミスを犯してしまう。

「語るに落ちたな! あの二人が、こんなにチームワークが悪いはずが無い! 日下部!」

「行くぜぇーーー! 竜虎蒼烈閃!」

 自称日下部流槍術の免許皆伝者であるみさおの必殺技が智之の体を貫き、俺の止めの一撃がこなたに止めを刺す。 
 
「「しまったぁーーー!」」

 二人は、モシャスの効果が切れたのか? 
 二匹のシャドウに戻ると、そのまま光を発しながら消えてしまった。

「やっぱり、偽物か」

 こうして、無事に王城は奪還されたのだが、肝心の二人目の四天王には逃げられてしまう俺達であった。





「少しお礼が遅れてしまいましたが、王都奪還への協力に感謝します」

 王城とその城下町を奪還した王軍であったが、その後様々な戦後処理に追われる羽目となり、俺達があやの王女と謁見したのはそれから数日後であった。

「お父様とお母様は、敵の居城に囚われているようです」

 王の代理として復興作業を指揮しているあやのは、俺達に最新の情報を教えてくれた。

「更に、王家の秘宝である勇者の盾の所在がわかりません。恐らくは、敵の居城に持ち去られたものと思われます」

 あやのは、真面目に説明を続けているのだが、なぜかその視線を俺達から逸らしたままであった。
 他にも、玉座の間に控えている兵士や大臣達から、笑いを堪える声や、『萌え~~~』とか、『可愛い』とか、『抱きしめてみたい』とか言う声が漏れ聞こえていた。

「(ゆきちゃん。可哀想に……)」

「(みゆきさん。ごめん……)」

 実は、この騒ぎの元は、俺達がこなたモドキと智之モドキを倒した直後から始まる。
 二体のシャドーは、消える際に相応のゴールドと例のウサギの着ぐるみを残していて、更にその着ぐるみが伝説クラスの防具である事が判明したのだ。

 《神秘のヌイグルミ》は、全てのステータス値に20%の補正が入り、更に呪文を通常時の4分の3のMPで唱えられ、物理防御力も魔法防御力もトップクラスの実力を誇っている。
 ただし、女性専用で、呪文が使える人で無いと装備が出来なかった。
 更に、これをブカブカの状態で着ていたこなたモドキが呆気なく敗退した事から、この防具はサイズ的に合う、先にあやの王女から防具を貰えなかったみゆきさんへと進呈される事となり、ここ数日あやの王女に謁見できるまで、王城周辺の残敵掃討も兼ねてレベルアップを行っていたと、ここまで書けば理解していただけると思う。
 つまり……。

 僧侶みゆき:レベル26。
 装備:神秘のヌイグルミ、インテリ眼鏡、モーニングスター

 という事になっていたのだ。

「ええとよぉ。似合っているぜ。高良」

「どうしてでしょうか? 褒められているのに、全然嬉しく無いんです」

 そう言って盛大に落ち込むみゆきさんが可愛い過ぎると俺が思っている事は、つかさには絶対に秘密であった。

「(これが、智之の言う萌えなのか……。しかし、日下部のアホが!)

 ここ数日、俺達に引っ付いてレベルアップに協力していたみさおが、みゆきさんに慰めの言葉を掛けていたが、こんな公の場でそんな事を口にする事自体が、俺には止めを刺しているに近い行為だと思っていた。

「それで、敵の居城なのですが」

「レベルアップもしましたから、すぐに討伐に向かいます」

「ですが、あの古城ならば色々と大変ですよ」

「どうしてです?」

 あやの王女は、俺達に更に詳しい説明を始めるのであった。







「標高二千メートル級の山の頂上にあるお城ねぇ……」

「拓海君。登山の準備をしないと駄目かな?」

「到着した時点で、疲労と酸欠でヘロヘロでパーティー全滅とかありえるよな」

 あやの王女の説明を聞いた俺達は、早速に第二の四天王がいる古城のある場所まで来てみたのだが、話通りの立地条件にある城を見上げて辟易としてしまう。

「となると、麓の洞窟にあるエレベーターか」

 実は、この古城はかなり昔に栄えた古代王国の遺跡であり、本来であれば古城に上がるには、山の麓にある洞窟の奥からエレベーターなる機械を使えば一発で行けるらしい。
 ところが……。

「大きな岩ですね……」

 ウサギの着ぐるみ姿のみゆきさんは、洞窟の入り口を塞ぐ巨大な岩を見上げていた。

「魔神斬り!」

「破砕閃!」

「イオラ!」

「バギマ!」

 俺達は、それぞれに一番威力のある技や呪文でその巨大な岩の破壊を試みるのだが、その目論見は見事に失敗していた。

「拓海君。全然、駄目だよ」

「ただの岩では無いですね。かなりの純度で鉄を含んでいるようです」

「となると、あやの王女の言っていたアレかぁ?」

 あやの王女は、洞窟前の巨大岩が破壊できなかった時のために、一つの情報を俺達に教えてくれていた。

『偉大なる武術の達人が、古城の近くの湖の小屋に住んでいるそうです。ですが、かなりの高齢との事で、存命かまでは確認できませんでした』

「武術の達人ねぇ・・・・・・」

「そんな偉大な人なら、弟子くらいいると思わねえかぁ?」

 俺は、『弟子がいるとしたら、あいつなんだろうなぁ』と思いながら、その近くの湖まで移動するのであった。







「やあ。待ちかねたぞ。勇者一味」

「お前は、どこぞの悪人か?」

 あやのに教えられた湖の畔には、情報通りに粗末な小屋があり、その小屋の外にある巨大な岩の上には、やはり見慣れた人物が肩の部分にガードの付いた道着を着て胡坐をかいていた。

「初登場が中盤とかだと、出待ちだけで疲れるな」

「おかしな事を言って、世界観を崩壊させるなよ……」

 智之は、俺達にいかにも待ちくだびれたぞといった顔をしていた。

「じゃあ、サクっと行くぞ」

「ところが、そうも行かないんだよ」

「どうしてだ?」

「俺の着ている道着が何だかわかるか?」

「どこかで見た事があるな」

 それは、智之が崇拝してならない某○斗の拳の登場キャラクター達が来ている道着に似ていた。

「これは、○ミバの道着という」

「それで?」

「呪われているらしくて、この場から動けないんだよ……。隣の試練の洞窟から、○ンシロウの道着を探し出して来て貰えると助かるな」

「お前、俺が冒険を始めてからずっとその岩の上なの?」

「西斗芯拳の伝承者で無かったら、飢え死にしてたよな。多分」

「微妙な名前の拳法なんだな……」
 
 俺は、智之の視線の先に地下へと続く階段がある事を確認するのであった。





「試練の洞窟ねぇ……」

「モンスターの類はいないみたいですね」

 階段を降りた俺達を待ち構えていたのは、いかにも人の手で造られたといった感じの関門というかアトラクションであった。

「風雲○けし城?」

 最初の関門の入り口には立て看板が設置されていて、そこにはこう記されていた。

「血の池地獄か……」

 俺達の目の前に赤い水を湛えた池が広がり、池の各所には飛び石が多数設置されていた。

「上に乗ると沈むハズレの石があるんだろう? ……って!」

「拓海君!」

 そのまま特に何も考えずに最初の石に乗った俺は、最初に絶対に乗らないといけない石が沈んでしまった事により、ヨロイの重さもあって元水泳選手なのに溺れかけるという失態を演じていた。

「ええいっ! 所詮は智之の師匠が作ったという設定の修行場。まともな造りある事など期待できなかったのだ! 行くぞ!」

「「「おーーーっ!」」」

 ところがその後、俺達は苦戦に苦戦を重ねる事となる。

「うわっ! また沈む石が変わった!」

「ふぇーーーっ! もうビショビショだよ」

「何で、飛び石が勝手に移動するんだよぉ!」

 更に、次の難関でも……。



「高さニメートルの壁を百枚突破ですか?」

「どこの軍隊じゃぁーーー!」

 《絶対障壁》という大量の壁を越える試練や……。



「坂の頂上が見えない……」

「これを登るのかぁ。キツイよなぁ……」

 《栄光の坂》という頂上が見えないほどの坂を登る試練や……。

「拓海君ーーー!」

「つかさ! 走れ! 走るんだ!」

 後ろから迫ってくる巨大な玉から逃れる、《明日に向かって走れ!》という試練や……。


「『ガンダリウム合金の正規名称は、ルナチタニウム合金である。○か×か?』知るかぁーーー! みゆきさん!」

「すいません。金属関連の知識は……」

「いや、多分そっちじゃないと思う……」

「神代ぉ。泥に嵌って動けないよぉーーー!」

 《知識の泉。すらばしき無駄知識》という、○か×のボードに飛び込むゲームなど、多数の関門が俺達を丸一日苦しめる。 



「これが、○ンシロウの道着?」

「だろうな。急いで智之の所へ帰ろう」

 洞窟の一番奥の部屋で、それらしき道着を見つけた泥だらけでヘロヘロの俺達は、急いで道着を智之の元へと持って帰るのだが……。



「これ、○キの道着じゃん。俺が、欲しいのは○ンシロウの道着で……」

「「「「じゃあ、お前が自分で行け!」」」」

 いつもは優しいつかさやみゆきさんでも、今回は怒鳴らずにはいられなかったようであった。
 ただ、これらの試練を突破した事により、俺達はレベル自体は上がらなかったが、各種ステータス値が5%上昇した事だけは救いであった事を明記しておく。






「では、ちゃっちゃと行きますかね」

「本当に、今すぐやれ!」

 思わぬイベントで無駄に時間を食ってしまった俺達は、急いで先の山の麓の洞窟の入り口へと到着していた。

「それで、本当に砕けるんだな?」

「我が東斗真拳の威力を……」

「さっきと名前が違うくないか?」

 かがみという偉大なストッパーがいない現在、男版こなたである智之に完全に振り回される俺達であった。

「では、行くぞ! はぁーーーっ!」

 智之が例の巨大な岩の前に立ち、そこで精神を集中し始めると、次第に彼の体から目視できるレベルの赤い色のオーラが沸きあがって来る。

「智之君。凄いね」

「ああ。口先だけじゃなかったんだな」

 やがて、その赤いオーラが最高潮に達した時、智之は後ろを振り返りながらこんな事を口にする。

「赤オーラだから、信頼度高めだな。でも、発展先が悪いと良く外れるけどな」

「その一部の人にしかわからない話は止めろ!」

 更に、智之が精神を集中させると、今度は上半身の筋肉が膨れ上がり、道着の上半身の部分が破れてしまう。

「いいね。いかにも北斗な感じで!」

「早く割れよ!」

 散々下らない事で時間を浪費する智之に俺が文句を言うと、智之は大きくジャンプしてから手刀を岩に向かって振り下ろした。

「秘儀! 西斗岩塊斬手拳!」

 智之の叫びと共に巨大な岩は真っ二つに割れ、そのまま粉々に砕け散ってしまう。

「すげぇ……」

「智之君。強いね」

「驚きです」

「達人だなぁ」

 俺達は、智之の技の凄さに感心していたのだが……。

「困ったな。予備の道着が無い以上、破片を全て回収して縫い合わせないと……」

 肝心の智之は、先ほど自分で破いた道着の破片を懸命に拾い集めていた。
 更に……。

「よし! 第二の四天王を倒すぞ!」

「ああ、待ってくれ。拓海」

「どうしたんだ? 智之」

「実は俺って、まだレベル1なんだよね」

「はあ?」

 俺達の目は、点になっていた。
 まさか、あんな巨大な岩を砕いた男がレベル1だとは思わなかったからだ。

「ほら、俺ってあの岩の上から動けなかった設定だから。それに、ゲーム内のイベントで凄かった奴が味方になると、意外と使えなかったりする事って良くあるじゃないか」

「確かに……」

 その後、俺達は智之のレベルアップと道着の縫い合わせに、更に一週間の時間を費やす事となったのであった。

「つかさ。智之のバカが、余計な仕事増やしてすまん」

「大丈夫だよ。私、裁縫とかも結構好きだし」

 結局、智之の道着の縫い合わせは、この中で一番裁縫が得意なつかさの仕事になっていた。

「つかさは、いいお嫁さんになれそうだね」

「そうかな?」

「そうだよ」
 
 俺はつかさとほのぼのとした話をしながら、その一週間を過ごすのであった。
 勿論、レベルアップもちゃんとしていたが。


 武道家智之:レベル23

 特技:ひざ蹴り(150%の威力で攻撃、ただし、20%の確率でミス)、まわし蹴り(1グループに有効)、正拳突き(120%の威力で攻撃と、50%の確率で1ターン行動不能)、百裂拳(通常攻撃の3%×100回の攻撃。ただし、攻撃対象は全てランダム)、瞑想(HPが30%回復)

 装備:トキの道着、ケンシロウのヌンチャク、ヒューイのハチマキ




 
「遅い! 待ちかねたぞ!」

「色々と事情があってね……って、またお前なの?」

 散々に無駄な時間を費やした俺達が、山の麓のエレベーターを使って二番目の四天王のいる居城の玉座の間に向かうと、そこには前に倒したはずの今泉が待ち構えていた。

「前のアレは、俺の影。今度こそ、俺の勝利……」

 ところが、今泉は前回よりも更に不利な状況に追いやられていた。

「ハヤブサ斬り!」

「虚連撃!」

「イオライオライオライオライオライオラ!」

「バギクロス!」

「にょぇーーー!」

 更にパワーアップした俺達のフルボッコ攻撃に、今泉は成す術が無かった。
 というか、今泉は先の偽こなたや偽智之よりも弱かった。
 そして……。

「うぬぬっ……。こうなれば、せめて一太刀! 岩永ぁ!」

 今泉は、この中で一番レベルの低い智之を標的にするが……。

「貴様の髪の毛一本この世に残さぬ!」

「えっ! そこまで?」

「鳳凰すでに翔ばず! 将星堕ちるべし!」

「ふべきっ!」

 多分、何かの漫画に影響されているのであろう智之は、一人で弱った今泉をフルボッコにしていた。

「そんなぁーーー! また出番が少なぁーーー!」

「悪党の最後なんてそんなものだ」

 こうして、二人目の四天王は倒れ、俺達は二つ目の大陸の解放に成功するのであった。





「私は、お城での仕事があるからよぉ。柊とちびっ子に会ったらヨロシクな」

 二人目の四天王を倒した日の翌日、俺達は最初に到着した港町から王国海軍の船で三つ目の大陸へと向かう事になり、この大陸で一緒に戦っていたみさおとはここで別れる事になっていた。

「四天王が倒れて、死の大地に勇者が上陸したら、私達も軍勢を率いて合流するからさ」

「そういうシナリオなんだ」

「そういうシナリオなんだよ」

 みさおの他に、両親が解放されて少し時間に余裕ができたあやのや、この港町の酒場の店主である白石に見送られて、俺達は次の大陸を目指す事となるのであった。 



[7786] 外伝3 RPG編? みゆきさん! 可愛いよ、みゆきさん!
Name: アンディー◆be7b3392 ID:f7ef93f4
Date: 2009/05/15 22:42
「さて、いよいよ三つ目の大陸だな」

「そうだね。頑張ろうね、拓海君」

「早く、かがみさんやこなたさんと合流したいですね」

「東斗鍼拳のある所に、乱ありと言ってな……」

「お前の拳法の流派の名前は、一度として安定しないな……」

 あやの王女の好意で、王国軍の船で次の大陸に到着した俺達は、港町のオープンカフェでこれからの行動を話し合っていた。
 ところが、そこに町の中で情報を集めていた智之が疑問で一杯といった表情で戻って来る。

「なあ。四天王は、この大陸にも侵攻しているんだよな?」

「そういう話だったよね。拓海君」

「それがさ。町の人達に聞いて回ったんだけど、そういう情報は一切無かったんだよ」

 智之の話を総合すると、この大陸でも各地にモンスターが大量に発生してはいるのだが、その親玉ともいうべき四天王の噂は一切聞こえて来ないとの事であった。

「どうする?」

「この国の王様に聞いてみるのはどうでしょうか?」

「そうだね。あやのちゃんから親書を貰っているから、門前払いは無いと思うんだよ」

 みゆきさんとつかさの案を実行するために旅の支度を整えた俺達は、国土の大半が砂漠地帯であるこの大陸を横断して、王城のあるオアシスへと向かう道を馬車を借りて歩いていた。

「なあ。白石。お前が、馬車の御者なの?」

「チョイ役が足りないからな」

 港町を出てから一週間、俺達は白石から大人の事情を聞きながら彼の操る馬車での旅を続けていた。
 途中、多くのモンスターと遭遇したのだが、四人に増えたパーティーが特に苦戦をするという事もなかった。
 おおサソリ、サンドワーム、サボテンダーなどいかにも砂漠にいそうな連中を多数倒しながら王城のあるオアシスへの道を急いでいたのだ。

「王都が見えたぜ」

 巨大なオアシスの中にある王城のある町に到着後、俺達は王城の門番に王様との面会を頼むのだが、それはあっさりと断られてしまっていた。

「隣の大陸の王家の紹介状もあるんですけど」

「肝心の王様が病気なんです。何でも、ずっと眠ったままの奇病だとかで、面会なんて不可能なんです」

 門番の兵士は、紹介状を提示したつかさに申し訳なさそうな顔をする。

「病気では、仕方が無い。一度宿に戻って……「お待ちください! 大臣閣下が代わりにお会いになるそうです!」

 立ち去ろうとした俺達に、王城の奥から出てきたもう一人の兵士が声をかけ、俺達は今臨時でこの国を動かしている大臣との面会に漕ぎ着ける事に成功するのであった。





「王様は、既に一ヶ月以上も目を覚ましません」

 俺達は、私室のベッドの上でスヤスヤと眠る王様を見ながら、大臣の説明を聞いていた。
 ただ、この大臣は、ハゲでメタボで全身を宝石などで飾り立てといういかにも俗物な格好をしていて、更に城の兵士や侍女達の評判もあまり宜しく無いようであった。

「何か特効薬とかはあるんですか?」

「ありとあらゆる方法を試したのですが……。ただ……」

「ただ?」

「世間を騒がす魔王の部下である四天王が所持している勇者のヨロイ。その胸に埋め込まれた宝石の光を浴びると、ありとあらゆる病が治るという伝説が」

「つまり、四天王を探し出して倒す事が肝要なのか……」

「ちなみに、これが怪しそうな場所の地図です」

 大臣にこの国の地図を渡された俺達は、とりあえず地図に記載されている場所を順番に探してみる事にするのであった。





「あれから、一ヶ月……」

「拓海君。この洞窟も不発だったね」

「なあ、拓海。実は俺達って、あの大臣に利用されてねぇ?」

「私も、そう思うようになって来ました」

 大臣から地図を貰った俺達は、それから約一ヶ月の間、この砂漠の大陸の各地を転戦し続けていた。
 地図に記載された四天王の居城候補である、洞窟やら無人のアオシスやら古い城や砦の跡など、国中を駆け回り多数のモンスターを倒しながらの日々だったのだ。

「レベルアップと多少のアイテムゲット以外に、全く話が進まない」

 王城のあるアオシス内のオープンカフェで、俺とつかさは一杯のトロピカルジュースを二つのストローで飲みながら、この所の手詰まり感に少し気分を苛立たせていた。

「俺は、お前達にレベルが近付いたし、新しい武器と防具も手に入ったけどな」

「お前、この前の件についての責任を自覚してるか?」

 柑橘系の果汁で少し味を付けた水をジョッキでガブ飲みしている智之を、俺はジト目で睨み付ける。
 それは、地図に書かれた王家の墓であるピラミッドを探索している時であった。
 大体の部分を捜索後に、智之が地下へと続く隠し階段を発見し、更に探索を続けると王の棺の中に黄金の爪を発見しと、ここまで書けば大体の方には理解していただけると思う。
 結果、俺達はミイラ男、マミー、腐った死体、リビングデッド、吸血大コウモリ、ファラオのしもべなど数百匹のモンスター大群に追われる羽目になっていた。
 
「あんなに一杯どこから沸いたんでしょうね。お恥ずかしながら、少し狼狽してしまいました」

 いまだに、例の神秘のヌイグルミ以上の防具が見つけられないゆみさんが、ウサギ姿のままで冷やしたカットフルーツを食しながら先週の悲劇を思い出していた。
 ちなみに、ウサギの着ぐるみ姿で必死に逃げるみゆきさんに俺がかなり萌えてしまった事は、つかさには絶対に内緒であった。
 そして、肝心の黄金の爪であるが、そっちは泣く泣く捨てる羽目になっていた。
 それはそうであろう。
 それなりに攻撃力はあるらしいが、持っている限りモンスターの群れに追われる武器など、こちらの方から願い下げだったからだ。

「ウサギのお姉ちゃん。サイン下さい」

「はい。これでいいですか?」

「ありがとう」

「いいえ。どういたしまして」

 みゆきさんは、自分にサインをおねだりして来た男の子に丁寧にサインを始める。
 格好が格好なので、この大陸に入った直後は町の人にヒソヒソと後ろ指を指される事の多かったみゆきさんであったが、大臣の思惑通りに、俺達が大陸各地の拠点でモンスター退治をしてその数を減らす事に成功した結果(結局、俺達は大臣に利用されているだけだったのかもしれない)、《ウサギのお姉ちゃん》は、多くの特に若い世代の男女と子供達から絶大な支持を得るようになっていた(一部怪しい小父さんとお爺さん達の、熱狂的な支持も存在していたが……)。 
 そして今では、こうしてたまにサインや握手をねだられたり、お店で買い物をするとかなりオマケして貰えたりと、余計にそのヌイグルミが脱げない状況になっていたのだ。

「みゆきさん、大人気だね」

「はい。ですが、これを上回る防御力がある防具が見つからず、いつになったらこれが脱げるのか……」

 みゆきさんは、俺達の前でさめざめと涙を流していた。
 始めは、『砂漠で、こんなに暑い着ぐるみを着て大丈夫なのか?』と心配であった俺達なのだが、さすがは滅多に存在しないレアアイテムだからなのか? 
 掛かっている魔法の影響で、どんなに暑い場所でも寒い場所でも常に快適な温度を保てるという機能のおかげで、その手の心配は全く皆無である事がすぐにわかり、みゆきさんは着ぐるみを着け続ける事となっていた。

「多分、次の大陸で新しい防具が見つかるよ。ゆきちゃん」

「でも、そのためには三人目の四天王を倒さないと行けませんよね」

「……」

 つかさの懸命の励ましは、虚しくオアシスの町の雑踏に溶け込んでしまうのであった。






「勇者様御一行とお見受けしますが?」

「まだ、勇者はいないけどね」

 その日の夜、俺達が定宿にしている宿屋で休息を取っていると、そこにこの国の民族衣装に身を纏った若い女性二人が部屋を尋ねてくる。
 
「えーーーと。どちら様で?(見覚えあり過ぎだけどね)」

 日除けのためと、未婚の女性はみだりに顔を見せてはいけないというこの国の風習の影響でベールを被っている二人の顔に、俺はかなり見覚えがあった。

「失礼しました。色々と隠密で動いているので、顔を隠していたのです」

 二人は、俺達の前でベールを取って改めて自己紹介を始めるが、やはり二人は俺達の顔見知りであった。

「私は、この国の第一王女であるいのりです、隣は第二王女のまつり」

「お姉ちゃん!」

 自分の姉達がこの国の王女であるという事実に、つかさは驚きの声をあげる。

「つかさ。大人の事情で、今回は姉妹設定じゃないの」

「そういう事だから」

 いのり王女とまつり王女は、つかさに念を押してから話を本題に進める。
 
「大臣が、魔物に入れ替わっている?」

 二人は、例の大臣が実は魔物で、その彼が盛った呪いの薬の影響で王様が目を覚まさないのだという事情を説明する。

「大臣を討てば良い」

「証拠がありません」

 王様が眠る前までは有能な右腕であり、眠ってからはモンスターが増殖したこの国の政治を一手に引き受けている人物なので、確実な証拠が無ければ、いくら王女達でも彼を罰するのは難しいとのいのり王女の話であった。

「そこで、その者の真の姿を映し出す伝説のラーの鏡を使えば」

「ラーの鏡は、○ラクエの必須アイテムだよなあ」

「「はぁ?」」

 いきなりの智之のオタトークに、いのり王女とまつり王女は思わず首を傾げてしまうのであった。



「それで、ラーの鏡ってどこにあるんです?」

 下らない事を言っている智之を無視して、俺はいのり王女にラーの鏡の在り処を質問する。

「それが、情報が集まらなくて……。だた、ヒントはあります!」

「ヒント?」

「はい。実は、お恥ずかしい事なのですが……」

 それは、この国に存在する盗賊ギルドが月に一回行う秘密のオークションの事であった。

「かなり、貴重な物が出品されるそうなのです。勿論、あまり出所は褒められた代物ではないのですが……」

 盗賊ギルド主宰という事は、良くて盗掘で悪くすると盗品という事であろうから、この国の支配者層に属する二人にとっては、あまり公にしたく無い事実なのであろう。

「実は、その月に一回というのが今日なのです」

「じゃあ、早速行きますか」

 こうして、ようやくに新しいイベントへと進む事の出来た俺達であったのだが……。

「つかさ! そんなにアクセサリーの類を買って貰って!」

「それは、王女役なのに浮いた話一つ無い私達に対する挑戦?」

「えっ? でも、これは防具の類で……」

「じゃあ、使わなくなったら売り飛ばしなさいよ! そういうゲームでしょう? ○ラクエって!」

「彼に買って貰った想い出の品って事なの? それに、昼間にもさも当たり前って感じで、一つのジュースを二本のストローで飲むとか! それは、私達に対する宣戦布告?」

「えーーーっ! 見られてたの?」

「町の往来で、目撃されないわけがないでしょうが!」

 つかさは、この設定では姉妹ではないはずの二人に散々に俺との事を追求されてしまうのであった。







         各キャラの簡単なステータス

 
戦士拓海:レベル32
  
  特技:火炎斬り、イナズマ斬り、魔神斬り、メタル斬り、はやぶさ斬り、さみだれ剣

  装備:ドラゴンソード、シルバーメイル、水晶の盾、プラチナヘッド、豪傑の腕輪


武道家智之:レベル30

  特技:前回と変わらず
  
  装備:ケンシロウのヌンチャク、氷水晶の爪(道具として使うとヒャダルコの効果)、シュウの道着、トキの道着(予備)、トキのバンダナ、アインの手袋


魔法使いつかさ:レベル32

  特技:メラ、スカラ、ヒャド、ギラ、スクルト、リレミト、イオ、ボミオス、ルーラ、ベキラマ、マホトラ、メラミ、インパス、トラマナ、ヒャダルコ、バイキルト、イオラ、マホカンタ、ラナルータ、メダパニ、ベギラゴン、シャナク、マヒャド、呪文連発(テンぱると発動する事が多い)

  装備:大魔導師のローブ、魔法のビスチェ、勝負下着(未だに役に立っていない。予備)、魔法のガーターベルト、魔法のストッキング、魔法のパンプス、精霊石のイヤリング、いのりの指輪、金の指輪(予備)、プラチナブレスレット、氷水晶のペンダント、魔法少女のステッキ(かなり強力な武器だが、変身はできない)


僧侶みゆき:レベル34

   特技:ホイミ、ニフラム、ピオリム、マヌーサ、ルカニ、ラリホー、キアリー、バギ、マホトーン、ベホイミ、キアリク、ザメハ、ルカナン、バシルーラ、ザキ、ザオラル、バギマ、ザラキ、ベホマ、フバーハ、ベホマラー
 
   装備:神秘のヌイグルミ、魅惑のタンクトップ、いけないホットパンツ、インテリ眼鏡、ハヤブサの剣


 *新規のアイテムは、全てこの大陸でゲットしたものです。






「ここがオークション会場か……」

 二人の王女のつかさへの追及が終わってから、俺達はいのり王女に貰ったオークション会場に入るための会員証(どうやって入手したのかは、怖くて聞けなかった)を町の外れにある酒場の用心棒に見せる。
 すると、彼は手下の男を呼び寄せ、俺達をオークション会場に案内するように命令した。

「酒場のワイン貯蔵庫の更に奥か」

「まあ、用心に越した事は無いですからね」

「ですが、王国のかなり上層部の人達も知っていますよね?」

「我々の鼻薬の効き目の効果って事ですよ」

 用心棒の部下は、美人のみゆきさんに鼻の下を伸ばしながら余計な事まで話していた。
 実は、今夜のオークションにウサギの着ぐるみのままで行くのは危険だという事で(最近の活躍で、みゆきさんが有名過ぎるので)、みゆきさんは俺達と最初に会った頃の装備でここに来ていて、久しぶりに晴れ晴れとした気分でいるようであった。

「では、楽しいお買い物を」

 会場に到着すると、そこにはオークションを行うステージと客用の席が準備されていた。 

「表と裏の世界の紳士淑女の方々が一杯だ」

 智之が、会場を見回しながらかなり強烈な皮肉を言っていた。
 それもそのはずで、オークションには大貴族や大商人や大きな犯罪組織の長や有名な音楽家や舞台俳優など、この国ではかなりの高額所得者達が多数オークションに参加していたからだ。

「では、出品ナンバー1です! 覇者の剣! これは、道具として用いるとベギラマの効果が……」

 町の外ではモンスターが闊歩する時代だったので、オークションでは多くの武器や防具が出品されていた。
 他にも、高価で貴重な美術品や工芸品や薬品なども出品されていたが、俺達がそれを購入する事は無かった。

「手に届く品はイマイチで、これはという品物は高いな」

「そうだね。拓海君」

 俺とつかさは、このゲームに似た世界でも普通にある富の不公平さに半ば諦めに似た感情を抱いてしまう。
 更に、それからもオークションは続いたのだが、俺達の一番の目的であるラーの鏡は出品される事は無かった。
 
「ハズレかぁ……」

「だが、俺が求めて止まなかったフドウのヨロイの落札に成功したぞ。25000ゴールドはお買い得だった」

 俺達は、智之を半分諦めの表情で見ていた。
 結局、値段が手に届く品で使えそうな物が無かったので、《俺達は》何も買わなかったのだが、智之が以前から欲しかったという品物を半ば強引に落札してしまったからだ。

「素晴らしい出来だな。フドウのヨロイは」

「お前は、装備できないじゃないか……」

 しかも、性質の悪い事にこのヨロイは武道家である智之には装備不可能な一品で、どう考えても智之はコレクション目的でこれを購入した風にしか見えなかった。

「みゆきさん、パーティーの残金は?」

 俺は、このパーティーの良心で、金庫番を任せているみゆきさんに残金の金額を尋ねる。

「36,023ゴールドです」

 淀みなく俺の質問に答えるみゆきさんであったが、これからの事を考えると少し心許ない金額であった。
 何しろ、後半では高性能な武具は値段が高いと相場が決まっていたからだ。

「大丈夫だよ。最強の武器と防具って、イベントか最後の方のダンジョンで拾うのが定番じゃないか」

「無駄遣いしたお前が言うな!」

 余計な無駄遣いをした智之に、俺は大きな声でツッコミを入れていた。

「こなたなら、観賞用・保存用・布教用で三つ購入するぞ」

「こんなに高くて使えない物を、三つも買われてたまるか!」

「拓海さん。レアアイテムで、いきなり三つも揃う方が珍しいのですが……」

 そんな話をしている内に、多くの客が会場を去って行ったのだが、中にはそのまま椅子に座り続けている人も多数存在していて、俺達はそれを不思議に思っていた。

「まだ、何かあるのか?」

「深入りしない紳士淑女は、ここでお帰りなのさ。それで、これからが第二部。真の裏オークションが始める」

 何で智之がそんな事を知っているのかは知らなかったが、暫くすると本当に智之の言う通りに次のオークションが始まる。
 そして、出品される品物も真の裏オークションに相応しい内容であった。

「出品ナンバー78は、妖刀ムラマサです!」

「あれは、呪われているから戦闘中に動けなくなる可能性がありますね」

 僧侶であるみゆきさんは、その剣の危険性にすぐに気が付いていた。

「拓海が剣王なら、使いこなせるよな」

「それ、何のネタ?」

「○トの紋章」

「知らねえよ」

 智之は、またマニアックなオタクネタを言って俺達を困惑させていた。

「出品ナンバー88は、幸せの靴です! 値段は130,000ゴールドから」

「高くて手が出ないね……」

「いくら何でも高過ぎだろう……」

 そんな感じで真の裏オークションは続いていき、遂に最後の出品となっていた。

「ラーの鏡は、無さそうだな。しかも、裏とか言っても値段が高いくらいだし」

「呪いの掛かった品は、教会の許可が無い人に売った時点で傷害の罪に問われます。それに、他の品も過去に盗難届けの出ている品ばかりです」

 みゆきさんから、このオークションに出品されている商品の聞いていると、遂に最後の商品が出品される。

「出品ナンバー127! これは、貴重な一品です! あの伝説のアイテム、ラーの鏡!」

 ステージの中央にいかにもな装飾が施された鏡が運ばれてくると、会場の中からはどよめきから溜息やら様々な声が聞こえて来る。

「1,200,000ゴールドからです!」

「高過ぎだろう……」

 あまりの高額で対策すら考え付かない俺達を尻目に、オークションは順調に進んで行く。

「1,500,000ゴールド!」

「2,000,000ゴールド!」

「ここまで行くと、逆に現実味に欠けて何も感じないな」

 智之の言葉に俺達が納得していると、今度は会場の前の席から一人の女性の声が聞こえて来る。

「そのラーの鏡は偽物よ!」

 そんなに大きな声では無かったが、言った内容はかなり強烈であり、会場からはザワザワとした声が聞こえて来る。

「お客さん。何を根拠にそんな事を?」

 今までは、お喋りで温和そうに見えた司会者の態度が一変する。
 それは、そうであろう。
 出所は怪しいし値段は高いが、価値のある物を出品するからこそ秘かに認知されているこのオークションの品物が偽物などと言われたのだから。
 盗賊ギルドの信用に関わる問題であった。
 
「私は、ラーの鏡に関する古代の文献を見た事があるのよ。勿論、詳細な外形の図柄解説もね。そして、その鏡はそれに似ても似つかない一品よ。年代は同じくらいだけど、ただの貴重な美術品か工芸品の扱いで、高くて二万ゴールドがいいところね」

「お客さん。我々もギルドにも、鑑定士くらいはいるんですがね」

「目利きを誤ったのか、他に意図があるんじゃないの?」

「お客さん。ちょっと、後ろでお話をしましょうかね?」

 司会者が指を鳴らすと、ステージの後ろから数名のチンピラ風の男達が現れ、双方は一触即発の事態となる。
 そしてその頃には、俺達はラーの鏡にケチを付けた人物の正体に気が付いていた。

「お姉ちゃんだよね?」

「かがみだな」

 その商人風の格好をした若い女性は、俺達の共通の知り合いであるかがみであった。

「ラーの鏡のイベントで、かがみに合流するか……」

「……」

 智之の寒いダジャレを無視して、俺達は急いでかがみの応援に向かう。
 
「ラーの鏡なら魔力鑑定をすると反応するはずなのに、その鏡からは一切魔力を感じないわよね?」

「どうも、双方の意見に食い違いがあるようですね。後ろの事務所でお話しましょうか?」

「都合が悪くなると、裏で暴力で処理するの? 所詮は、犯罪組織よね」

「お連れしろ!」

 司会者の男が、後ろのチンピラにかがみの身柄を押さえるように命令したその時、会場の後ろから聞きなれた声が聞こえてくる。

「お姉ちゃん!」

「つかさ!」

「ほう。お知り合いですか。では、姉妹して色々と落とし前を付けて貰いましょうかね?」

 かがみの前で本性を現した司会者であったが、その威勢の良さはほんの僅かしか持たなかった。

「お姉ちゃん! 今、助けるから! ベギラマ!」

「ええっ! この密閉空間でか!」

「つかさ! それは、ヤバい!」

 つかさの唱えた呪文に、かがみと司会者の顔は恐怖に引き攣るが、二人にその呪文を止める時間はコンマ一秒とて残されていなかった。
 結果、地下のオークション会場は、つかさの攻撃呪文の炎に包まれるのであった。








「ほら! キリキリ歩け!」

「しかし、お前ら、良く生きてたな」

 翌日の朝、盗賊ギルドの本部のあった建物とそれに隣接する酒場とオークションが行われていた地下の会場は全て火災で焼失し、現場はいまだに煙や物の焼けた臭いが立ち込めていた。

「悪魔と神が同時に光臨したんです」

「はあ?」

 火災発生の報を近所の住民から受けて現場で消火活動をする兵士達によって、盗賊ギルドにとっては色々と都合の悪い物が見つかった結果、彼らは運悪く兵士達に逮捕される事となっていた。
 この国の暗部である彼らは、一部権力者に賄賂などを贈ってそれなりに手広く活動していたのだが、兵士達に現行犯で現場を押さえられてしまっては、彼らとて盗賊ギルドを庇えない。
 なぜなら、そんな事をすれば自分達まで捕まってしまうからだ。
 結果、彼らは見捨てられる事となった。

「まさか、外部の人間の手によって盗賊ギルドが潰滅するとはね……」

 兵士を指揮する中年の隊長は、煤だらけの俺達を見ながら隣にいる大臣に視線を送る。
 
「我が国の恥部である、盗賊ギルド退治への協力に感謝する」

 本来であれば、こんな瑣末な事件で現場に来るはずが無いほど多忙な大臣なのだが、一方の当事者が《勇者御一行》という事もあって彼は顔を引き攣らせながら俺達にお礼を言っていた。

「本来であれば、放火の罪に問わねばならないのだが、今回の功績と相殺という事にしておくぞ。では……」

 多分、色々と思う所のある大臣は、最後に俺達に思いっきり嫌味を言いながら王城へと戻って行ってしまう。

「あの大臣。盗賊ギルドから、山吹色の餡の詰まった饅頭でも貰ってたのかな?」

 俺は、大臣が見えなくなったのを確認してから、言いたくいて我慢していた事を言う。

「さあ? それよりも、つかさ。助けてくれたのはありがたいけど、あの密閉空間でベキラマはないんじゃないの?」

「えへへ。メンゴメンゴ」

 確かに、あのベギラマのせいで大火災が発生して、それに激怒した盗賊ギルド側と戦闘が発生していたし、彼らはモンスターよりは弱かったが、相手が人間なので殺さないで戦闘不能にする事を目標に戦っていたらので、異常に疲れたのだが肝心のラーの鏡は手に入らずと、まさに《骨折り損のくたびれ儲け》状態であったのだ。 

「あのさ。先に休んでから色々と話さない?」

「拓海の言う通りね」

 こうして、五人目の仲間であるかがみと合流して盗賊ギルドを潰滅させた俺達は、一旦休憩を取るべくいつも利用している定宿へと戻るのであった。







「それで、かがみはこの国で何を?」

「あんた達があまりに遅いから、ラーの鏡を探すようにこなたに言われたのよ」

 煤だらけの状態で定宿に戻ってから、風呂に入って一眠りした俺達は、早速かがみと情報交換をする事にした。
 すると、彼女の口からは意外な一言が飛び出した。

「お姉ちゃん。こなちゃんと一緒だったの?」

「この大陸に来るまで、ずっと一緒だったわよ」

 かがみの話によると、こなたとかがみは最後の大陸で四天王の軍勢に国土の大半を占領されてしまった王様を支援しながらレジスタンス活動をしていたらしいのだが、いつになっても現れない仲間を心配して、俺達を迎えに行くようにとこなたにお願いをされたらしい。

「昨日にここに到着してあんた達の噂を聞いたら、無駄に遺跡を回らされてモンスター退治をしていて、肝心のラーの鏡も見つけられずという体たらくだったから、私が自分でラーの鏡を手に入れようと、情報にあった盗賊ギルドのオークションに参加したってわけよ。まあ結果は、あの有様だけど」

 かがみは、俺達の事を不甲斐無いと思っているらしいが、一人で盗賊ギルドに喧嘩を売った事実を考慮すると、時間を喰った点では『人の事は言えないのでは?』と思ってしまう俺であった。

「お前こそ、無用な事を言って俺達に余計な手間を取らせやがって。まさか、一人で盗賊ギルドの連中と渡り合えるとでも?」

「まあ、そこはお互い様という事で……」

 これ以上言い争うとまた時間を喰ってしまうと考えた俺達は、次の話に進む事にする。

「大臣が魔物と入れ替わっているという話は、信憑性が出てきたな」

「ええ。次の大陸に向かわせないための時間稼ぎですね」

 智之の意見に、みゆきさんが見事な補足を加えていく。
 無駄な遺跡巡りに、モンスター退治。
 これらの点を考慮すると、この大陸の四天王は相当に策士であるようであった。

「そこで、ラーの鏡を早く手に入れないといけないわけよ」

「簡単に言ってくれるが、どこにあるんだ?」

 場所がわからないゆえの迷走だったので、正確な場所がわからなければ再び迷走が始まる事は確実であったのだ。

「大丈夫よ。この文献に載っているから。『大きなオアシスの南にある小さなオアシスにいるユニコーンが、その道を示してくれるであろう。かの生き物の気に入る乙女に頭を撫でさせよ』とあるわ」

「じゃあ、何であのオークション会場にいたんだよ?」

 俺の疑問に、かがみを除く全員が首を縦に振る。

「先に、取られてるかもしれないと思ったからよ。それに、私一人でここの砂漠の探索は難しいし……(まさか、こなたに頼まれた豊胸の秘薬のためになんて、口が裂けても言えないわね)」

 自身もそれを分けて貰う予定だったかがみにとって、その秘密は棺桶にまで持って行くレベルの秘密であった。
 それと、ラーの鏡が偽物であった事にかがみがキレた原因は、その秘薬が高過ぎて全く手が出なかった事にも起因していた。

「じゃあ、そこに行けばいいんだな。大きなオアシスはここだから、南を捜索すれば良い。ところで、かがみって商人なの?」

「そうよ。多少変則キャラで、他の職業の特技も使えるけど」

「商人か。現実主義のかがみらしいな」

「失礼な事を言うな!」

 かがみは、智之の発言に久しぶりにツッコミを入れていたが、その意見にかがみを除く全員が納得してしまうのであった。





商人かがみ:レベル38

   特技:戦闘後に余計にゴールドが入る、鑑定、穴掘り、値引き交渉、口笛、レミラーマ、とうぞくの鼻、忍び足、調合

   装備:グリンガムのムチ、正義のそろばん、魔法のまえかけ、みかがみの盾、ツンデレリボン(スタータス異常を防ぐ)、大きな袋(大量のアイテムが入る)






「小さなオアシスってここかな?」

「文献によると、類似点は多いわね」

 かがみと合流した俺達は、王城から南に半日ほどの距離にあるとある無人のオアシスに到着していた。

「それで、どうするって?」

「中心部にユニコーンを祭る小さな石碑があるって」

「ふーーーん」

 かがみは、文献を見ながら俺達に説明をしていた。

「そんな便利な物があるのなら、俺達も欲しかったな」

「でも、これは隣の国の王様に借りた物だから」

 俺が、かがみとオアシスの中心部に向かって話をしながら歩いていると、小さな泉の畔に同じく小さな石碑が立っていた。

「文献通りね」

「お姉ちゃん! あれ!」

 更につかさの指差した方向には、どういう原理なのかは知らないが、水面に静かに立つ純白の角のある馬が立っていた。

「本当に、ユニコーンだ。それで、どうするんだって? かがみ」

「石碑の前に気に入った乙女が来ると近寄ってくるから、頭を撫でろって書いてあるわ」

「乙女って事は女の子限定か。さあ、誰が行きますか?」

「私が行くわよ。無駄な時間を掛けてられないんでしょう?」

 かがみは、自分で立候補するとそのまま石碑の前に移動してユニコーンを呼び始める。

「おいで」

「……。ぷいっ!」

 ところが、かがみを見たユニコーンは、不機嫌そうに顔を背けると最初の位置から遠ざかってしまう。

「……」

「ユニコーンには、わかっているんだな。かがみの凶暴性が」

「らしいな」

「そこっ! 失礼な事を言うな!」

 かがみは、後ろでコソコソと話をする俺と智之にツッコミを入れる。

「それで、次は誰が行く?」

 俺は不機嫌そうな表情のままでこちらに戻って来たかがみを放置して、次にユニコーンの元に行く人を決める事にする。

「みゆきさん」

「私ですか?」

「みゆきさんなら、文句は無いと思うんだけど」

「そうでしょうか?」

 ところが、その決定に異議を唱えた人物がいた。
 それは、先ほどユニコーンに手酷く嫌われたかがみであった。

「中身については文句は無いけど、その格好で?」

 かがみは、いまだにそれを超える強力な防具が見つからないがためにウサギの着ぐるみ姿のみゆきさんを見てそう言った。
 確かに、ユニコーンはみゆきさんに視線を向けると、少し笑っているような顔をしていた。

「生意気な馬よね……」

「ユニコーンなんだろう? じゃあ、つかさ。頑張ってくれ」

「うん! 頑張るよ!」

 ここでつかさが駄目だとまた時間を喰ってしまうので、俺達は祈るような気持ちでつかさを送り出した。
 
「ユニコーンさん。こっちですよ」

 石碑の前に立ったつかさがユニコーンを呼び寄せると、今度は気に入ったのか? つかさの前に立ち、撫でられ易いように頭を下げる。

「拓海君。ユニコーンさん。とっても、綺麗で可愛いよ」

 つかさに頭を撫でられて気持ち良さそうな顔をするユニコーンであったが、かがみと視線が合うと、ユニコーンは彼女をせせら笑うように鳴き始める。

「ヒヒヒーーーンっ! ブヒっ!」

「生意気な! 動物の癖にぃーーー!」

「かがみ。落ち着け!」

「あれに何かあったら、ラーの鏡が!」

 俺と智之は、ユニコーンに殴りかかろうとするかがみを懸命に抑える羽目になるのであった。





「ラーの鏡。あったな」

「そうだね」

 それは、一瞬の事であった。
 つかさに撫でられていたユニコーンが眩く光ったかと思うと、一瞬にして泉と一緒にその姿を消してしまい、後に残ったのは、普通の草地とその真ん中に鎮座する台の上に飾られた鏡であった。

「ラーの鏡、ゲットだぜぇ!」

 またしょうもないオタクネタを言う智之を放置して、かがみがラーの鏡を大きな袋にしまうと、急に空が暗くなり上から不気味な声が聞こえて来る。

「ラーの鏡の回収、ご苦労だったな。では、それを私に渡して死ぬが良い!」

 俺達の上方には、アークデーモンと呼ばれる強力な力を持つモンスターとそれに従うミニデーモンが四匹宙に浮かんでいた。

「かがみ!」

「わかったわ!」
 
 かがみが素早く俺達に合流すると、敵のモンスターの群れとの戦闘がスタートする。

「アークデーモンって、イオナズンを使えたよな?」

「ええっ! マホトーン!」

 智之に敵の情報を聞いて恐怖したつかさは、すぐにアークデーモンにマホトーンをかけた。
 すると、効き目があったのか、アークデーモンは呪文を全く唱えなかった。

「うぐぐっ! 呪文が! だが、私達は上空で!」

 ところが、それも決して彼らの有利にはならなかった。
 かがみが、大きな袋からクロスボウを取り出すとそれを俺とみゆきさんに手渡したからだ。
 その結果、四匹いたミニデーモンは次々と倒される事となる。

「何だ? こいつらは、何でこんなに強いんだ!」

 驚くアークデーモンを尻目に、かがみは智之に別の武器を渡していた。

「前にダンジョンで拾ったんだけど、引ける?」

「鉄弓か。いいね。○田慶次郎! いざ、参る!」

「また、漫画か何かのネタ?」

 智之が鉄弓から矢を放つと、それは寸分の狂いなくアークデーモンの額に突き刺さった。

「会心の一撃!」

「おのれぇーーー!」

 次第に眩い光を放ちながら消えるアークデーモンに対し、智之は勝利の雄たけびをあげ、他のミニデーモン達もクロスボウ攻撃によって全滅してしまう。

「やったね。拓海君」

「クロスボウがあって助かったよ。でも、みゆきさんは器用だよなぁ」

「そうだよね。呪文も一流で、武器の扱いも上手いし」

 つかさは、この世界でも完璧超人のみゆきさんに心から感心していた。

「でも、今の外見はウサギちゃんなんだよね」

 でも、やはりどこか抜けていて、新しい強力な防具が揃えられなくてウサギちゃんな部分が、みゆきさんらしいと言えばらしいと感じる俺であった。







「大臣閣下は、お忙しくて全ての面会を断っています」

「緊急の用事なのですが」

「すいません。一切の例外は無しです」

 ラーの鏡を入手後、王城まで戻った俺達は大臣との面会を門番に要求したのだが、それは呆気なく断られてしまう。

「こうなると、ますます怪しいよな」

 俺の意見に全員が頷いていると、不意に横の茂みから誰かに声を掛けられる。

「いのり王女様!」

 それは、以前に俺達を尋ねて来たいのり王女であった。

「しぃーーーっ! こちらに来て下さい」

 いのり王女の誘導で王城の外壁の裏手に出ると、そこには下水道へと繋がる水路の入り口であった。

「ここの奥にある上り階段上がると、中庭に出る事が出来ます。さあ、急いで!」

 いのり王女の誘導で水路を進む俺達であったが、そこはやっぱりRPG風な世界で、水路には多くのモンスターがひしめいていた。

「キャーーーっ! 大きなネズミ!」

「拓海さん。私、カエルはちょっと……」

 フロッガー、毒大カエル、ドブネズミなどの生物型モンスターや-、ドザエモンなどのアンデッドモンスターまで多数存在し、更にそれらは、その手の生き物が苦手な女性陣二人を大いに苦しめていた。

「智之!」

「我が東斗紳拳の威力を!」

「いい加減、西か東かハッキリさせろよ……」

「拓海。まだ回収してない宝箱があるわよ」

「お前は、この状況で現金なやつだな」

 俺と智之の男陣二人と凶暴で現金なかがみの活躍により、水路のモンスターはあっという間に一掃されてしまう。

「皆さん。こっちです」

 水路の奥の階段を上がり王城の中庭に出ると、そこにはまつり王女が待ち構えていて、俺達は彼女の誘導で、大臣のいる玉座まで兵士達に見つからないように移動する事に成功する。

「お前達は!」

「さあ! 拓海さん! ラーの鏡を!」

「偽者め! 覚悟しろ!」
 
 俺は、事前にかがみから受け取っていたラーの鏡を大臣に向けようとする。
 すると、急にみゆきさんが俺の手からラーの鏡を引っ手繰り、ラー鏡をいのり王女とまつり王女に向けた。

「いえ! 偽者はあなた達です!」

「しまった!」

「ぬぅーーーっ! 変身が!」

 みゆきさんにラーの鏡を向けられたいのり王女とまつり王女は、その外見を人間からモンスターへと変えてしまう。

「どうして、わかった?」

「今までの経緯を考えると、おかしな部分が沢山ありました。確かに、大臣さんも私達の足止めをしようとしましたが、それはこの国の事を思ってモンスターを退治させようと思っての事。でも、あなた達は違いました。一見、有用な情報を与えているかのように見せて、その実は私達の足を引っ張っていた。盗賊ギルドでも、さっきの地下水路でも。それに、かがみさんの情報で動いてラーの鏡を手に入れた瞬間にタイミング良く敵に襲われた。これは、どう考えても私達の行動を探っている者達がいて、それがあたな達だった。違いますか?」

 みゆきさんの、まるで○田一のような名推理に、状況が良く呑み込めていない大臣までもが、感心しながら小さな拍手を送っていた。
 ところが……。

「確かに、お前の言う通りだ。我らこそ三番目の四天王にして、二人で一人の死の踊り子姉妹! 勇者一味のウサギ娘よ! 良くぞ見破った!」

 だが、やはりみゆきさんは防具をウサギの着ぐるみから変えられないでいたので、せっかくの格好良い場面が全て台無しであった。

「ウサギ娘か。敵にあだ名まで付けられちゃって……」

「言うなよ……」

 かがみは、俺の肩にそっと手を降ろすのであった。





「我ら、強力な攻撃呪文は使えないが!」

「こういう特技は使える! ダブルムーンサルト!」

 遂に始まった三人目の四天王との決戦であったが、今までのボス達が、さして強く無かった事もあって油断していてせいか? 
 俺達は、今までに無いほどの苦戦を強いられていた。

「二人とも二回攻撃で、全体攻撃が得意なのか。これは、難儀だな」

 大ダメージを受けて回復が間に合わない智之は、瞑想の特技で自分のHPを回復させていた。

「ベホマラー!」

 みゆきさんも懸命に回復魔法を掛けるが、次第に少なくなるMPに危機感を募らせ始める。

「イオ!」

「つかさ! ベギラゴンを使え!」

「でも……」

「多少城内が壊れても構わない。強力な呪文を使いなさい」

「ベギラゴン!」

 以前の大火災の件があったので、つかさは室内での攻撃魔法を控えていたのだが、近くにいた大臣がつかさに許可を与えたので、つかさは次々と強力な攻撃魔法を掛けていく。

「ふんっ!」

「回復魔法はこちらも使えるのだ! ベホマ!」

 ところが、ある程度のダメージを与えると敵はベホマで自分のHPを完全回復させてしまい、こちらの労力を全て無駄にしてしまう。

「まずいな。このままだと負けるぞ」

「拓海君。MPが切れそうだよ」

「私もです」

「ああーーーっ! さっきから、瞑想ばかりで疲れた!」

 初めての強敵に、俺達の脳裏に敗北の文字が浮かんだその時、今までは防御に徹していたかがみが動き始める。

「おいっ! かがみ!」

 正直なところ、俺はあまりかがみの戦闘力に期待していなかった。
 職業が商人だという事もあったが、何より彼女は呪文が使えなかったからだ。
 更に、力は俺が遙かに上で、素早さは智之に及ばない。
 交渉や謎解きなど、戦闘時以外で役に立つキャラだと思っていたのだ。

「まあ、見てなさい」

 かがみは大きな袋から何か粉のような物を取り出すと、それを敵に向かって撒き始める。

「そんな粉如き……」

「貴様! それは!」

「毒蛾の粉のパワーアップバージョンよ! 喰らいなさい!」

 四天王の二人は《毒蛾の粉+》の影響を受けて、見当違いの方向に攻撃を始めてしまい、その攻撃は虚しく宙を切る事となる。

「ちっ! これも偽者か!」

「姉者! これも、偽者だ!」

 更に、かがみが俺達に何か聖水のような物をふり掛け始めると、次第に体に負ったダメージが無くなってくる。

「薬草を複数精製して作った特薬草の成分を聖水に加えた物よ。ダメージが回復するわ」

 次にかがみは、つかさとみゆきさんに聖水の小瓶を放り投げる。

「魔法の聖水よ。MPが回復するわ。飲みなさい」

 かがみの言う通りに魔法の聖水を飲んだ二人はMPを回復させ、再び回復魔法と攻撃魔法の詠唱を再開する。

「MPを回復させるなんて卑怯だぞ!」

「ええいっ! また攻撃が外れた!」

 最後に、かがみはまた大きな袋から取り出した粉のような物を四天王に振りまいた。

「これは……」

「毒か!」

「この世にいる様々な生物やモンスターの毒を調合した《猛毒の粉》よ。ダメージを負って傷だらけのあなた達には良く効くでしょうね」

「ぬぅぁーーー!」

「体が焼けるぅーーー!」

 商人であるかがみの予想外の戦法に、二人の四天王は悔しさと毒の影響で顔を歪ませていた。

「拓海! 智之! 今よ!」

「了解! ハヤブザ斬り!」

「西斗百一烈拳!」

「つかさ! みゆき!」

「ベギラゴン!」

「バギマ!」

 かがみの掛け声により、俺達の攻撃を連続して喰らった二人の四天王は、遂にその膝を屈する事となる。

「まさか、人間如きにぃーーー!」

「だが、覚えておくがよい! 大魔王様の強さと比べれば、我々などその足元にも及ばないという事をな……」

 二人の四天王は、最後の言葉を発してから眩い光と共に消え去ってしまい、その跡には純白に輝く綺麗なヨロイが残されていた。

「倒したか……」

 始めての強敵を倒した事により、俺達は安堵の雰囲気の中にいた。

「しかし……」

「しかし、何だよ?」

「敵が死ぬ間際に遺言めいた事を言うと、大体全部言い切るよな。普通、あり得ないんだけどな」

「お前、他に言う事は無いのか?」

「それと、ここの四天王は二人だったから、実は五天王?」

「重箱の隅を突くような指摘だな」

 俺は、消えた四天王の方を冷静に睨みながら下らない事を言う智之にツッコミを入れるのであったが……。

「商人とは思えない、かがみの凶暴ぶりには驚きだったな」

「助けて貰った癖に、あんたも十分に失礼よ!」

 今回の四天王戦で大活躍したかがみに対する俺の感想に、かがみは大声でツッコミを入れるのであった。







「いやはや、そなた達には世話になり過ぎてお礼の言葉も思い付かないな」

 翌日、俺達はようやくに目を覚ました王様との謁見を果たしていた。
 あの四天王が倒れた跡に出現した勇者のヨロイに埋め込まれた宝石の光で無事に目を覚ましたのだ。

「私達も、助かりました」

「牢屋での日々は退屈だったわ」

 結局、モンスターに化けた偽者は、王様の娘である二人の王女達
であった。
 四天王の二人は、配下のモンスターに王女達を誘拐させて王城近くの廃墟に監禁して入れ替わり、薬を盛って王様を眠ったままにして代わりに政治を見ている大臣の悪評を流して民心の離反を誘い、最後に彼を俺達に討伐させてから王国の実権を握る。
 事が成ってから、王様は病気で崩御という発表をして始末し、二人の王女もその時に始末する。
 モンスターらしい、実に狡猾な作戦であった。

「私からも、お礼を言わせて貰うよ」

 続いて、今までは好印象を持っていなかった大臣も俺達にお礼を言う。
 どうやら、彼自身は二人の偽者の王女達に不信感を募らせていたらしいのだが、眠ったままの王様に代わって一人で重責を背負っていた関係であまり自分では動けず、代わりに俺達をこの国で長期間動き回らせる事で、敵側の出方を探っていたらしい。
 彼は、俺達にその件を含めて素直に謝っていた。

「拓海君。智之君。お詫びにどうだね? どちらかが、うちの娘を嫁に貰うかね?」

「えっ! 娘さんをですか?」

「私は、これでも公爵でな。一人娘で息子もいないから、公爵家を継いで欲しいのだよ」

 大臣からの予想外の提案に俺は驚いてしまったが、政治手腕はあってもチビ・ハゲ・メタボな大臣の娘なので、過大な期待はできないと思っていた。
 それに、俺にはつかさがいるのだ。
 
「大臣。その件に関しては、私達に優先権があると思うんだけど」

「そうよ。この勇者さん達、ちょっと年下だけど格好良いもの」

「ちょっと年下? 本当に、ちょっと?」

「まつりは、うるさいわね! ねえ。私達と結婚して王国を継がない?」

 いのり王女とまつり王女からも婿入りの提案をされた俺と智之は、その話を受け入れるつもりは全く無かったのだが、王家の入った際のメリットを心の中で想像して締まらない笑みを浮かべていた。

「(毎日のご馳走、欲しい物がすぐに買える、年上だが、綺麗な新妻か……)」

「(欲しかった限定グッズも、レア装備も全部大人買いだな。しかも、あの幻の黒王号すら手に入る可能性が!)」

 ところが、そんな顔をしていれば隣にいる女性陣に不審に思われるのも当然であった。
 俺と智之は、いきなりつかさとかがみに尻を抓られる結果となる。

「拓海君! 何をデレデレとしているのよ!」

 珍しく、つかさは声を荒げていた。

「智之! 早く、こなたと合流するわよ! じゃあね。いのり姉さん。まつり姉さん」

「かがみ。だから、今回は姉妹って設定じゃないから」

「そうよ。私達、この世界でも縁遠くて色々と大変なのよ」

 いのり王女とまつり王女の抗議の声を無視して、かがみとつかさは俺達を引きずるようにして王城を後にするのであった。







「とにかく、こなた達がどうなったのか心配だわ。早く、次の大陸に向かわないと」

「噂によると、相当に劣勢らしいけどな。王国の支配地域は、10%を切ったらしいから」

 王城を出た俺達は、再び白石が御者と務める馬車で、次の大陸への船便が出ている港へと急いで移動していた。

「拙いわね。敵の時間稼ぎ作戦に乗せられてしまったわ」

 白石から最近の情勢を聞いたかがみは、みゆきや智之と共に事態の深刻さを憂慮しているのだが、その隣では別の光景が展開されていた。

「つかさ! ごめんなさい!」

「拓海君なんて、知らない!」

「すいませぇーーーん! ちょっとした手違いと言うか、誘惑に負けたと言うか、魔がさしたと言うか……」

 俺は、先ほどの件でプリプリと怒るつかさに、コメツキバッタのように土下座を繰り返していた。

「同じ男として、アレはどうかと思うけどな」

 智之は、つかさに土下座を繰り返す親友を処置なしと言った感じで見ていた。

「それだけ懸命って事だろう。ところで、高良」

「はい。何でしょうか?」

「実は、ここ一ヶ月ほどの勇者御一行の活躍を記念して、この国の市民有志が募金を募って、王城の前に銅像を設置するらしいんだよ」

「あの。白石さん。それと、私にどんな関係が?」

「いやね。その銅像の一番目立つ位置に、この国で一番人気の《ウサギのお姉ちゃん》になる予定なんだってさ」

 白石は、市民に募金を募るために撒かれたチラシをみゆきに手渡していた。 
 そしてそのチラシには、この運動に参加している画家が描いた完成予想図が印刷されているのだが、そこにはモンスターに立ち向かうウサギの着ぐるみ姿のみゆきが書かれていた。

「これは……」

「みゆき。次の大陸できっと強力な防具が見つかるから」

 かがみの慰めも効果が無かったのか?
 馬車の中で、さめざめと涙を流し続けるみゆきであった。



[7786] 外伝4 RPG編? 結局、最悪な奴が勇者でした。
Name: アンディー◆be7b3392 ID:f7ef93f4
Date: 2009/05/23 08:25
「かがみさん。こなたさんは、無事なのでしょうか?」

「わからないわ。それに、この船が到着する予定の港の防備が意外と薄いのよ。最後の四天王の軍勢の進行速度とか考えると、下手をすると陥落している危険性が……」

 三人目の四天王を倒し、最後の大陸(死の大地は除く)へと船を進める勇者一行であったが、その表情は非常に険しいものとなっていた。
 特に、現地の情勢に詳しいかがみは、みゆきに深刻な表情で最悪の可能性を語っていた。
 ところが……。

「いいなぁ、この《黒王号の馬具》は。でも、本物の黒王号に会えるかな? 会いたいよなぁ。○斗マニアとしては」

 智之は、かがみの持っている大きな袋に入っていた黒王号の馬具を丁寧に磨きながら一人悦に入っていた。
 そして……。

「拓海君。カモメが一杯付いて来るよ」

「本当だ。じゃあ、これをあげてみるか。ほら、つかさにも半分あげるよ」

「ありがとう。うわぁーーー。良く食べるねぇ」

「もっと、食堂で貰って来るか」

「そうだね。カモメも可愛いし、景色も綺麗だねぇ」

 拓海とつかさは、一緒にカモメにパンをあげながら船からの景色を楽しんでいた。
 勿論、肩を寄せ合ってラブラブだったので、かがみは顔に青筋を立てていた。
 結局、つかさが機嫌が悪かったのは僅か数十分だけで、後はすぐに仲直りして周囲にピンク色のオーラを振りまき、援軍である砂漠の王国軍の兵士達をも困惑させていたのだ。

「かがみさん。危機感ゼロですよ。皆さん」

「言うなよ……」

 自分と合流して以来、リーダーとしての勤めを完全に放棄して自分の妹と楽しむ友人に、かがみはガックリと肩を落すのであった。







「ヤバい! 本当に、港が陥落寸前なんて!」

 数日の航海を経て、最後の大陸の最南端に位置する港の近くまで来た俺達であったが、港からは幾筋かの煙と上空に飛来するガーゴイル達の姿が確認された。

「戦闘準備! この港を落されると、他国からの補給が途絶えるわよ!」

 砂漠の大陸の王国からチャーターした、応援の兵士達を多数乗せた軍船が港に強行接岸すると、かがみは、そのまま兵士達を降ろして港を襲うモンスターの群れの排除を命令する。

「真空斬り!」

「ベギラゴン!」

「バギクロス!」

「西斗水鳥拳モドキ!」

 普段はオタクだったりラブラブカップルでも、そこは勇者一行。
 船を降りた俺達は破竹の勢いで敵を粉砕し、次々に占領された拠点を奪い返して行く。

「応援感謝します! あっ! あなたは、かがみ様!」

 港の警備責任者である隊長は、いきなり現れた援軍の中にかがみがいる事に気が付く。

「あれ? 隊長さんだけなの? ここの防衛責任者のこなたは?」

 港に襲来していたモンスターの群れを全滅させる事に成功した後、かがみは港を守備していた隊長にこなたの所在を聞く。

「それが、ここより少し北の敵の砦に、王のいる拠点を落すための軍勢が入ったという情報が入りまして、こなた王女様はそれを阻止すべく……」

「焦ったわね、こなたは……。拓海! 救援に行くわよ!」

 思わぬ事態に、かがみはすぐに援軍を北に向けようとするのだが……。

「こなたが、王女様? 似合わねぇーーー!」

「あははははっ! こなたが、王女様っ! 今までで最高に笑える話だぁ!」

 俺と智之は、こなたが勇者兼この国の王女である事を知り、笑いを堪えるのに必死であった。
 というか、智之は我慢もしないで大爆笑していた。

「私もちょっと、こなちゃんの王女様姿は想像できないよ」

「……」

 更に、つかさや、日頃は聖人君子であるみゆきさんでさえも、下を向いて何かを懸命に堪えているようであった。

「こなたの王女姿を確認に行くぞ!」

「おうっ!」

「楽しみだね。こなちゃんの王女様姿」

「あの。かがみさん?」

「もう何だっていいわよ。早く行ければ」

 こなたの王女姿を見てみたいという不純な動機で素早く進撃準備を整えた俺達に、かがみは半分諦めの気持ちになるのであった。






「ふははははっ! この国の王女にして、勇者でもあるこなたよ! そんな少数の軍勢で、私の前にいる事だけは褒めてやろう。だが、お前はここで死ぬのだ!」

 王のいる町の危機を救うべく、少数の精鋭部隊で北の砦を奇襲したこなたであったが、部隊は突入に成功した砦の中で敵軍に完全に包囲される事態となっていた。

「やっぱり、無謀だったかね。それと、かがみんは間に合わなかったのかな?」

 砦の中でガーゴイルの群れに囲まれたこなたとその部下達が、己の最後を悟り始めたその時、後方から新たな軍勢が攻め寄せる声と呪文が炸裂する音が聞こえて来る。

「こなた! 生きてるか?」

「こなちゃん! ベギラゴン!」

「こなたさん! バギクロス!」

 予想外の敵軍の奇襲に後方からされた四天王の軍勢は、対処に遅れて次々と討ち取られていく。
 更にこなた達を閉じ込めるつもりで閉めていた城門も、守っていたモンスターがすぐに討たれてしまい、すぐに再び門が開けられて、こなた達との合流を許す結果となってしまう。

「遅いよ! 拓海も、つかさも、みゆきさんも、智之も!」

 ヨロイ姿のこなたは、いつもの待ち合わせの時とは違い、俺達に待たされた事を怒っていた。

「すまんな色々と時間を喰っていてな。ところで、敵将さん。負けを認めて退却するかい?」

「人間風情が何を抜かす!」

 この砦の守将兼侵攻軍前線司令であるオーク鬼は、自分の武器である巨大なバトルアックスを振り回しながら、俺の退却勧告を無視する。

「では、倒されてくれ!」

「チビが俺様に勝てるだと? ミンチになりやがれ!」

「メタル斬り!」

 俺は、通常であればメタル系の敵に使うメタル斬りをオーク鬼のバトルアックスに向けて使用する。
 すると、その巨大なバトルアックスは、剣を下ろした所で真っ二つに割れてしまった。

「そんな! バカな!」

 唯一の得物を自分よりも遙かに小さい人間の一撃で失ったオーク鬼は、動揺を隠せないでいた。

「そして、俺が登場のわけだ!」

「うん? 新手か! どこにいる?」

「ここだ!」

 いつの間にか、智之は砦の壁の上に立ってオーク鬼を見下ろしていた。

「お前は、誰だ?」

「死んで行く者に語る名は無い! ところで、豚を飼っているのか?」

「ふっ! 出来るようになったね。智之」

 また、オタクネタなのであろう。
 今までピンチであった事も忘れて、こなたは智之の小芝居に楽しそうに付き合っていた。

「だが、○ートは拳法家殺しと呼ばれているのだよ」

「我が東斗診拳に、死角は無い!」

「俺を無視するな! というか、俺は○ートなんて名前じゃねぇ!」

 引き続き奇妙な小芝居を展開させる二人に、敵のオーク鬼は本気で怒っていた。

「じゃあ、何て名前なのさ?」

「俺の名前は、獣鬼将軍リテン!」

「うわっ! 三国志ネタ? でも、武将が女の子なら萌えるけど、モンスターなのは勘弁だねぇ……」

「確かに、夢もロマンも萌えもへったくれも無いな」

 こなたと智之は、そのオーク鬼の名前に心の底から嫌そうな顔をしていた。

「俺の名前が何だろうと、お前達に知った事か! いい加減に死ねぇ!」

「5!」

 その巨体を生かして殴りかかって来たオーク鬼を、こなたは余裕を持ってかわす。

「4!」

 次に、智之が氷水晶の爪をかざすと、オーク鬼はヒャダルコを食らって更にダメージを蓄積させてしまう。

「貴様らーーー!」

「ゼロ!」

 最後に、壁の上から飛び降りた智之が、手刀でオーク鬼の頭がめり込むほどの打撃を与えて戦いは終了する。
 そして、倒されたオーク鬼は、俺達の前で眩い光を発しながらその姿を消してしまった。

「いいね。その3、2、1が無い、○ンシロウタイプのカントダウン」

「ふっ! 本当は、3、2、1があった方が、信頼度は遙かに上なんだけどな」

「ふーーーん。そうなんだ」

「カウントダウン予告で当たる事は滅多に無いけどな」

「こいつらは……」

 オーク鬼を倒した智之とこなたは、久々にいつものオタクトークを始め、俺達はこの二人を合流させてしまった事を少し後悔し始めるのであった。








「ここが臨時総司令部だよ」

 北の砦の守将《リテン》を撃破した俺達は、そこの守りを他の兵士達に任せると、こなたの案内ですぐに南の町にある王国軍臨時総司令部へと向かっていた。

「へえ、意外と兵数が残っているじゃないか」

「先頭に立って戦う、部将・将軍クラスの人材が払底しているのよ。お陰で、すぐに軍勢が崩壊して連戦連敗なの」

 こなたと智之の再開シーンを見て頭を抱えていたかがみが、王国軍の現状を俺にそっと教えてくれる。
 確かに、この剣と魔法とモンスターの世界では、強い人が軍勢を率いれば簡単に戦に勝てるし、逆にその強い人がやられてしまえば、すぐに軍勢が崩壊してしまうらしい。
 そして、現時点で強者と呼べるのは、勇者であるこなたとかがみだけであった。
 ちなみに、かがみは俺達を迎えに行くまでは、王国軍の軍師兼文官兼将軍兼出入り商人として働いていたらしい。
 
「大忙しだったんだな。ところで、こなたは何をしていたんだ?」

「あいつは強いから、沢山いる敵の将軍達にターゲットにされてね。足を止められている間に他が惨敗して、敵軍に囲まれないように後退ってのを繰り返しているのよ。でも、今度は大丈夫よ。将軍の頭数が揃ったから」

 『それは、俺達の事なんだろうな……』と思いながら、俺達はかがみとこなたの案内で、王のいる総司令室へと入室する。

「小父さん。戻りましたよ」

「おおっ! かがみちゃん。ありがとうね」

 そこには、長身で痩せ型で無精ひげを生やしたあまり王様らしくないそうじろうさんがいて、かがみに労いの言葉をかけていた。

「聞いたぞ! こなた! あんな無茶をして、万が一の事があったらどうするんだ!」

 そうじろう王は、少数での奇襲に失敗して危機に陥ったこなたを真剣に怒っていた。
 王としては貴重な人材を失う所であったし、父親としては大切な一人娘を失う所だったからだ。
 
「それは悪かったけど、ここのところずっとジリ貧だったじゃない。それにほら。お父さんって、戦闘じゃあ全く役に立たないから」

「うっ!」

 こなたの鋭い指摘を食らい、そうじろう王はガックリと肩を落としてしまう。

「別に、統治能力に優れているわけでもないし」

「更に、うっ!」

「カリスマとか皆無だし」

「そうだよな……。俺、基本的に役立たずなんだよな……」

 実の娘にボロクソに言われたそうじろう王は、部屋の隅の床で《の》の字を書き始める。

「あの、ここでクヨクヨしても仕方が無いから、早く次のイベントに行きましょうよ。ねえ、小父さん」

「お前は何者だ!」

「西斗秦拳伝承者の岩永智之です」

「こなたは、嫁にやらん!」

 いきなり智之に意味不明な事を言うそうじろう王に、俺達の目は点になってしまう。
 それと、智之の拳法の宗派の事は、もうどうでも良い俺達であった。

「みんな、ごめんね。お父さん、最近戦に負け過ぎて無能だって噂されてて、微妙に被害妄想入ってるからさ」

「お前、実の父親に容赦無いな……。それに、何かが違う気がするけど……」

 こなたは、まだいじけているそうじろう王を無視して、テーブルの上に一枚の地図を広げる。

「これがこの大陸の地図で、赤い部分が王国の押さえている領域ね」

「滅亡寸前じゃん」

 大陸の中の僅か十分の一程度の領域しか赤く塗られていない状況に、智之はこなたに容赦のない一言を放つ。

「そこまで、ハッキリと言わなくてもいいじゃん。実は、各地の砦や町で陥落した場所はほとんど無くて、兵士や住民が篭城している場所も多いから、早く解放すればするほど被害が少なくて済むんだよねぇ」

「つまり、一秒でも早く進撃したいと?」

「そだね。モンスターの群れは、ボスを倒すと呆気ないほど簡単に崩壊するから、私はボスを倒せる拓海達を待っていたんだよ」

「ふーーーん。そうなんだ」

 つかさは、どうして自分達が前の大陸で足止めされていたのかを改めて理解していた。

「じゃあ、早速に出発だね。軍を三つに割って中央部にある王城を一気に奪還するよ」

「えらく強気だな。大丈夫か?」

「基本的に、モンスターだからバカだしね。私達の姿を確認すると殺すために出てくるから、それを倒せば他の雑魚は逃げ散るし、雑魚なら兵士達でも倒せるから」

 ただ、そのボスモンスターの数が多過ぎて、こなた一人ではどうにも出来なかったので、ここまで苦戦したとの彼女の話であった。

「私はつかさと中央を進撃するから、みゆきさんは拓海と右を、智之はかがみと左をお願いね」

 一応は王女様であるこなたの命令は、なかなかに堂に入っていて、攻撃と回復のバランスを考慮した組み合わせになっていた。

「回復魔法がちょっと弱いわね。私は、魔法が使えないからね」

 商人に多少の他の職業のスキルを持ち合わせるかがみは、複数のアイテムを調合して高性能なアイテムに作り変える調合というスキルを持っていた。
 薬草を複数組み合わせて上薬草や特薬草を作ったり、MPを回復させる魔法の聖水を調合したりとなかなかに便利なスキルであったし、かがみ自身もみゆきさんより少し上の攻撃力も持っていたので、かなりの戦力にはなるのだが、魔法が使えないという欠点を持っていたのだ。

「魔法って、イメージが大切だからね。みゆきさんは素直だし、つかさは日頃から夢見てるし、私は色々とゲームとかアニメで妄想する事があるから大丈夫なんだけど、拓海とかがみは現実的な性格をしているからねぇ……」

「それは、褒められてるの? 貶されているの? どっち?」

 こなたの意味不明な回答に、かがみは何とも言えない表情をする。
 
「ねえ、こなちゃん。私は、拓海君とじゃ駄目なの?」

 そして、こなたと組む事になったつかさは、俺と組めない事が不満らしく、珍しくこなたに意見していた。

「だって、つかさは回復魔法が使えないじゃん。どうせ、王城で合流出来るんだから、我慢、我慢」

 こなたに正論を吐かれたつかさは、それ以上反論する事もなく大人しく引き下がり、遂に王城奪還の軍勢が三手に分かれて北上を開始する事となったのであった。







「我が名は、獣烈将軍リョケン! 尋常に……「バギクロス!」」

「弱いなぁ。こいつら……」

「そうですね」

 軍を三つに分け、王城へと北上を開始して俺達は、途中で多数のモンスターを退治し、救援を待っていた町や砦を開放しながら進撃を続けていた。

「我は、影霊将軍マンチョウなり! ベギラ……「ハヤブサ斬り!」」

 俺は、自己紹介を欠かさない律儀なモンスター達を一刀両断で斬り捨てながら、王城への道を急いでいた。

「さすがは、勇者であるこなた王女様のお仲間ですね。前将軍拓海様」

 この作戦において、急遽軍を指揮する事になった俺達は、こなたから将軍職に任じられていた。
 俺は前将軍で、智之は後将軍、かがみは以前から右将軍で、つかさは左将軍と、こんな飛び入りの俺達が軍の要職を独占して本当に大丈夫なのか? と心配になってしまうほどであった。

「いきなり、こんな若造を将軍にして大丈夫なのかな?」

「大丈夫ですよ。文句なんて言う人はいませんから」

 俺の副官として付けられた若い兵士(それでも、俺より年上だった)は、俺の疑問に素早く返答する。
 この○ラクエ風な世界で軍の要職に就くには、剣か拳か魔法でそれなりに秀でていないと、こういう事態に対処できずに周りから白い目で見られる事が多いらしいからだ。
 平時なら、ひ弱な駄目貴族でも大丈夫らしいのだが、この状況ですき好んで将軍になりたい奴など、ほとんどいないとの事であった。

「それに、こなた王女様が認めた方達ですから。文句なんて出ようはずもありません」

「そうなんだ……」

 無事に再会を果たしたこなたは、俺達やそうじろう王の前ではいつものままであったが、兵士達や民衆の前では見事なまでに王女様役になりきっていた。
 いつもは、綺麗なドレス姿で兵士達におしとやかな言葉で話しかけ、にこやかな笑みを皆に振りまく。
 かがみは、裏では『きしょ!』とか言っていたが、必要な事ではあったので表立っては何も言わなかった。
 だが、そんなこなたに騙されて目にハートマークを浮かべる若い兵士達を見ていると、こちらまで悪質な詐欺の片棒を背負わされているような気分になってくるのだ。

「それに、拓海様が一撃で倒したボスモンスターですが、我々では逆立ちしても勝てないのです」

 さすがに、勇者として選ばれた事だけはあって、俺達は他の兵士とは比べ物にならない実力を有しているらしい。
 もっとも、それはモンスター達も同等であったが。

「拓海さん。次の大規模な関所を突破すれば、あとは王城までそれほどの要所はありませんよ」

「では、一気に突破するか!」

「拓海様も、ウサウサ将軍閣下もご無事で」

「はい……」

 若い兵士達にウサウサ将軍と呼ばれたみゆきさんは、少し肩を落としながら進撃を再開する。
 いまだに、あのウサギの着ぐるみ以上の強力な防具が見つけられないみゆきさんは、それをあざとく見つけたこなたから《ウサウサ将軍》という将軍位を授与されていた。

「(もう将軍名が残っていないって、こなたは言ってたけど、絶対に嘘だな……)」

 俺は、兵士達にウサウサ将軍と呼ばれるみゆきさんに心から同情していた。 
 しかも悲しい事に、彼らは前の砂漠の王国で名を挙げたみゆきさんを心から崇拝していて、そのギャグみたいな将軍名に何ら疑問を抱いていなかったのだ。
 むしろ、みゆきさんにとっては、笑ってくれた方が精神的にはラクかもしれなかった。
  
「北方の関所の守将は、獣酷将軍ガクシンと魔道法師テイイクです!」

「また微妙な名前だな」

「三国志ですね」

「とにかく、落すぞ! 全軍、突撃!」

 斥候の報告を受けた俺とみゆきさんは、指揮する軍勢の陣形を整えると、一気に北方の関所へと突撃を開始する。
 この関所が落ちれば、王国軍は三分の一の領地を回復する事となるからだ。

「うらららぁーーー! 我は獣酷将軍ガクシン! 勇者の一味よ! 尋常に……うべらっ!」

 自己紹介後間も無く、《マンドリルLV30》であったガクシンは俺に一刀両断に斬り捨てられる。

「おほほほほっ。野蛮なガクシンを討った程度で、いい気になられては困りますね。この魔道法師テイイクの実力を……「バギクロス!」」

 続けて、鬼面導師LV30のテイイクも、みゆきさんに呆気なく討ち取られてしまう。

「クソぉーーー! 勇者の一味め!」

「ウサウサ将軍め! 覚えてろよ!」

「……」

 主を失って北へと逃げていく雑魚モンスター達は、主にウサギの着ぐるみ姿のみゆきさんを名指しで非難しながら逃げて行き、その度にみゆきさんはガックリと肩を落としてしまう。
 俺は、そんなみゆきさんの新しい防具が王城で見つかる事を心から願うのであった。
 そして、別ルートでは……。

「つかさ。そんなに、急がなくても……」

「早く王城を取り戻すんだよ。こなちゃん(拓海君が、ゆきちゃんと二人きりなんて、そんな……)」

 一方、こなたと一緒に中央のルートを進撃しているつかさは、この危機的状況(自分だけにとっての)を打開すべく、普段では考えられない速度での進撃を行い、既に十二人もの将軍を討ち取っていた。
 更に、モンスターの包囲網から解放した町や砦は十箇所に及び、この国の兵士や住民達はつかさを《戦乙女》と呼び、畏敬の念を向けるようになっていた。




『みゆきさん、危ない!』

『拓海さん……(いけません! 拓海さんは、つかささんの大切な人なのに……)』

『良かった、みゆきさんが無事で。でも、これでハッキリしたよ。俺は、つかさよりもみゆきさんの事が……』

『でも、拓海さんにはつかささんが……』

『俺は、自分の気持ちを偽りたく無いんだ!』

『拓海さん! 私もです!』



 つかさの頭の中で、絶対にありえない妄想が次々と浮かんで、それがつかさの進行速度を恐ろしいまでに増幅させていたのだ。

「我が名は、チュウリョウ! いざ……「メラゾーマメラゾーマメラゾーマメラゾーマ!」」

「チョウリョウ! おのれ、戦乙女め! このソウジンが!「マヒャドマヒャドマヒャド!」」

 つかさの連続魔法という反則的なスキルにより、二匹のボスモンスターは瞬時に光となって姿を消してしまう。

「あのさ。つかさ……」

「こなちゃん。次の拠点に行くよ」

「MPとかの回復をね」

「それは、大丈夫! お姉ちゃんに、これを貰ったから!」

 つかさは、自分の副官である若い兵士から○ロロ軍曹のキャラクター物の水筒を受け取ると、その中に入っている液体を一気に飲み干した。

「お姉ちゃん特製の、魔法の聖水でMP回復もバッチリ! さあ! 拓海君との合流を目指して、更に進撃するよぉーーー!」

「私勇者なのに、全然出番が無いねぇ。それと、つかさは自分の欲望に忠実過ぎ……」

 こなたは、自分の彼氏との合流を目指して獅子奮迅の活躍をするつかさを呆れながら見つめるのであった。
 そして最後のルートでは……。

「次! 死にたい奴は、前に出ろ」

「俺を鉄騎将軍カコウエンと知っての暴言か!」

「知らんな。というか、三国志の武将がモンスターって酷い話だよな。ここは、女の子とかじゃないと萌えないじゃないか」

 智之は、カコウエンを名乗る《サイプロプスレベル30》を一瞥してから、心の底から嫌そうな顔をする。

「女の子だったら、容赦なく倒せるの?」

「それを言われると、モンスターの方が罪悪感がゼロでいいかもな」

「どうでもいいけど、先が詰まっているから早く倒しなさいよ」

「かがみがやれよ」

「嫌よ。私は、頭脳労働担当だもの」

「性格は、凶暴なのにな」

「あんたは、こなたか!」

 左翼の軍勢を率いて進撃を続けるかがみと智之は、とある拠点を守備していたボスモンスターを無視して、二人でどうでもいい会話を続けていた。

「俺を無視するな! ふべきっ!」

「お前は、もう死んでいる」

 無視された事に腹を立てて突進して来たボスモンスターは、智之のとび蹴りを喰らうと、そのまま光と共に姿を消してしまう。

「いざあんた達が加わると、敵が弱いわね」

「ほら、俺ら主人公補正が入ってるから」

「そうあからさまに言われると微妙よね……」

 勇者のパーティーが全員揃った事により、この大陸での力関係は一気に逆転してモンスター達は次第に北方へと追い遣られて行くのであった。

「こうして、生存権を奪われた可哀想なモンスター達は……」

「そういう、捻くれた発想を口にするな!」

 こなたと一緒にいる時と同じくらい疲れる智之に、かがみはツッコミを連発する羽目になるのであった。









「我が娘にして、勇者でもあるこなたよ。王城奪還ご苦労であった」

 俺達の王城奪還作戦は、三日後に再合流を果たした俺達が一気に王城の守将を討ち、短期間の内に終了していた。

「でもさ、お父さん」

「何だい? こなた」

「お父さん、何の役にも立っていないよね」

 王城の守将であったソウコウ(ゴーレムLV25)、ソウジン(スカイドラゴンLV25)、カクカ(妖術師LV25)に兵士達の前で見事に止めを刺し、また人気上昇に成功していたこなたが、自分の父親に容赦の無い一言を放つ。

「そんな事を言わないでくれよ。あっ! そうだ! 俺からみんなに餞別があるんだよ」

 実の娘に役立たず扱いされて半分涙目のそうじろう王は、俺達を自分の宝物を収めたプライベートの宝物庫へと案内する。

「モンスターに破られなかったのですか?」

「そんな柔な造りじゃないからな」

 一応は王様という事で、無駄に金を使えるのか?
 そうじろう王の宝物庫は、一度モンスターに王城が落されたにも関わらず鍵がキチンと掛かったままであり、その事をみゆきに自慢気に話していた。

「君達に、新しい防具を授けよう!」

 そうじろう王が持っていた鍵で宝物庫を開くと、そこにはある意味俺達の予想を裏切らない品々が多数置かれていた。

「漫画と限定グッズと同人誌……」

「拓海君……」

 俺は、合流後なぜか傍を離れないつかさと共に、『こんな王様がいる国の国民には、絶対になりなくないな』と心の中で思っていた。
 多分、がかみもみゆきさんも同じ気持ちでなのであろう。
 何とも言えないような表情をしていた。

「そっちの方の限定グッズは貴重だから触らないでくれよ。それで、あそこに俺が秘かに集めていた装備があるんだよ」

 そうじろう王の指差した方には、十数体のマネキンに飾られた装備の数々が並んでいて、そのラインナップは、俺達を驚愕させる逸品ばかりであった。

「セーラー服、ナース服、巫女服、婦人警官、○ンナミラーズの制服……」

 そこには、大方の予想通りに女性用でかなり特殊な防具しか存在しなかった。

「それでだ。ウサウサ将軍に相応しい物があるんだよ」

 嬉しそうにみゆきさんに新しい防具(コスチューム)を勧めるそうじろう王は、誰から見ても少し変態が入っていた。

「至高のバニースーツ、奇跡のウサミミバンド、オリハルコンのトレイ、究極のアミタイツ、神速のハイヒール、ナンバーワンマント。この最強装備があれば、魔王なんてイチコロだよ」

 みゆきさんは、自分の最強装備がバニースーツである事を知って、これで何度目かは忘れたがガックリと肩を落としてしまう。

「しかも、ウサウサ将軍の称号も変わらずか」

 ウサギの着ぐるみ姿だったから、みゆきさんをウサウサ将軍にしたこなたであったが、新しい装備がバニースーツなので称号を変えないで済んでホッとしているようであった。

「君の勇姿を全国民が期待しているよ」

「みゆきさんのバニースーツ姿萌えだね。ウサギ娘からバニーガールにクラスチェンジだ」

「○ラクエの世界観なのに、FFの話を持って来るかね……」

 似た者親子二人のハシャギぶりに、俺は表面上は引いていたが、みゆきさんのバニースーツ姿は素直に嬉しいと思う、男神代拓海高校二年生であった。

「それで、つかさちゃんとかがみちゃんなんだけどね」

「えっ! 私達ですか?」

 かがみは、自分達がどんな装備を渡されるのか不安になってしまう。
 
「君達は二人で一組という事で、これだ!」

 そうじろう王がつかさとかがみに勧めた防具は、白と黒を基調としたドレス風の某肉体派魔法少女アニメのコスプレ衣装であった。
 勿論、その事を知っているのは、こなたとそうじろう王と智之だけであったが……。

「○人は○リキュアか……」

「ふむ。そなた、実は出来るな」

 そうじろう王は、コスプレ衣装の正体を瞬時に見抜いた智之を見直していたが、『そんな事で、人を見直すってどうなんだろう?』とか思ってしまう俺を含めた他の常識的な面々であった。

「白が好きなつかさは○ュアホワイトで、黒が好きなかがみは○ュアブラックでいいよね?」

「こなた! 二人の髪の長さを考慮すると、普通は逆だぞ!」

「でも、二人の職業を考慮すると、そっちの方が自然だよ!」

 こなたとそうじろう王の二人は、どちらにどの衣装を着せるかで無駄に熱い議論を展開させていて、当事者であるつかさとかがみは完全に放置されている状態であった。

「お姉ちゃん。私達、本当にこれを着るの?」

「いくら最強の防具とはいえ、ちょっと嫌よね……」

 さすがに、コスプレ衣装はごめんだと考えていた二人に、こなたは静かにこう答える。

「いや、最強じゃないよ。あくまでも、私達の趣味の範囲だから」

「じゃあ、着ないわよ! ていうか、無駄に時間をかけるな!」

 こなたは、久しぶりにかがみの鋭いツッコミを受けるのであった。







「勇敢なる兵士諸君の皆さん。北の古城に拠点を置く最後の四天王を対し、王国の全領土を解放するために、私に力を貸していただきたいのです」

「うぉーーーっ!」

「こなた王女様! 万歳!」

 新しい武器と防具を貰った俺達は、王城のバルコニーの上で兵士達に演説をするこなたを複雑な表情で見ていた。

「あれは、悪質な詐欺だな」

「ああ」

 俺と智之は、これまでに揃った剣を除く全ての勇者の装備に、王者のマントを羽織ってイカサマお姫様口調で演説をするこなたを胡散臭そうな目で見ていた。

「私達に頼りになる強力な助っ人の方々が現れ、既に国土の半分が解放されました。いまだモンスターの脅威に晒されている国民のために、今一度私に力を貸してください」

「うぉーーー!」

「こなた王女! 万歳!」

「……」

 再び湧き上がるこなた王女コールを、俺達は胡散臭い物を見るような表情で聞いていた。

「では、進撃です!」

 こうして、全国土の解放を目指してこなたは軍勢を進撃させたのだが、最強装備がバニーガールであったみゆきさんの他にもう一人被害を受けた人物がいた。

「かがみん。似合っているよ。それ」

「何で、私の最強装備がメイド服なのよ!」

 そこには、こなたに専用の最強装備である《傾国のメイド服セット》を着せられて激怒しているかがみの姿があった。

「ほら、○ラクエって、女性専用の装備の方が充実しているじゃん」

「商人用の装備が欲しいのよ!」

 かがみは、自分は商人なので、○ラクエ4の○ルネコが使っているような装備が貰えると思っていたらしいが、常に萌えを重視するこなたが、そんな色気の無い装備を選ぶとは到底思えなかった。

「でも、それだと弱いよ。ちなみに、それの一つ下のランクが、さっきの○リキュア服なんだけど。あれは魔法防御力が少し低いからねぇ。打撃力は大幅にアップするんだけどさ」

「ううっ……」

 装備の見た目を重視してこれからの戦いで苦労する事を恐れたかがみは、こなたの説明を聞くと仕方無さそうにメイド服を着る事を了承する。

「ねえ、こなちゃん。私はまたローブだけ?」

 同じく、○リキュア服を着る事を避けられたつかさは、こなたからルビスのローブだけを受け取り、下は以前の装備のままであった。

「ほら、この後強大な敵の呪文を喰らってローブ燃えたりとかして、『イヤーーーン! エッチ!』な展開をさ……」

「お前の発想は、中年スケベ親父か!」

 勇者兼王女とはいっても、いつもと変わりの無いこなたに、かがみはいつものようにツッコミを入れるのであった。
 
「なあ、実は凄く聞きたい事があるんだけど」

 俺は、今まで聞きたくてたまらなかった事をこなた質問する。

「なあに? 拓海」

「俺と智之の新しい装備は?」

「無いよ。お父さんがね、『男の最強装備なんて、強いモンスターだらけの最終ダンジョンで拾えばいいんだ』って言って、何も収集してなかったから」

「「……」」

 現実の世界のみならず、ファンタジー世界にすら存在する男性差別に何も言えなくなってしまう俺と智之であった。







「獣神将軍カコウトン! いざ!」

「ギガデイン!」

「魔界法師ジュンイク「ギガデイン!」」

「勇者魔法か。やっぱ、強力だよな」

 新しい装備を得て(男には無かったが……)北上を開始した俺達は、途中に立ち塞がる適当な名前のボスモンスター達を次々に撃破しながら、大陸の最北端にある最後の四天王が篭る古城にまで到達していた。

「みんな! 行くよ!」

 全軍で古城を完全に包囲してから、こなたを先頭に玉座の間へと進むと、そこには俺達が予想もしない人物が待ち構えていた。

「「「「「「黒井先生!」」」」」」

 それは、冒険の初頭で俺とつかさに色々とアドバイスをしてくれた黒井先生であった。
 俺達は、思わず驚きの声をあげてしまう。

「ふっ! 私は黒井ななこにして、黒井ななこにあらず。この体を乗っ取って使っているに過ぎない。四天王最後の一人、魔影総将軍ソウソウなり! ……って、お前ら聞いているか?」

 黒光りする金属で出来たヨロイ姿の、自称最後の四天王であるソウソウ(外見は黒井ななこ)は、自分の名乗りを無視して円陣を組んでコソコソと相談している俺達にツッコミを入れていた。

「本当に、黒井先生を乗っ取ったのか?」

「でもさ、そんな軟な人じゃないと思うんだよ」

「こなたの言う通りだな。ひょっとすると、最初しか出番が無かったから拗ねてとか?」
 
 こなたと智之は、自称四天王の発言をあまり信じていないようであった。

「黒井先生って、最初に出てたんだ」

「うん。私と拓海君だけの時に、色々とね」

「敵とかで?」

「いや、いわゆる○イーダ的なキャラで」

 俺は、かがみにこの冒険が始まった頃の話しをする。

「あの……。早く黒井先生をお助けしないと」

 俺とつかさとかがみが話をしている横で、バニー姿ではあるが常識人であるみゆきさんが、皆にななこ救出の必要性を語るのだが、それは他の五人全てに無視されていた。

「とにかく、確認だな」

「確認?」

「そうだ! 実は、黒井先生自身かもしれないからな」

「そうだね。先にそれを確認しないと」

 俺とこなたと智之は、かがみにそう言いながら黒井先生モドキの前に出て一斉に悪口を言い始める。

「やーーーい! 四捨五入すると三十路!」

「たまの休みに、彼氏とかと遊びに行かないでネトゲ三昧かよ!」

「先生! この前借りたゲームのセーブデータを上書きしちゃいました」

「イオナズン!」

 顔に青筋を立てた黒井先生モドキは、いきなり俺達に向かってイオナズンを唱える。
 拓海は、98ポイントのダメージを受けた。
 智之は、96ポイントのダメージを受けた。
 こなたは、48ポイントのダメージを受けた。
 だが、みゆきとつかさとかがみには呪文が当たらなかった。

「全体魔法のイオナズンなのに……。理不尽だね。しかも、私のは悪口じゃないし……」

「おかしい。なぜ、急に私は呪文なんかを?」

 こなたは、悪口を言った三人だけがイオナズンを喰らった事に理不尽さを感じたらしいが、その肝心の黒井先生モドキも、どうして自分が呪文を唱えたのかが良くわからないらしい。
 一人で首を傾げていた。
 それと、俺と智之は、一人だけ勇者の装備の影響でダメージが少ないこなたにも理不尽さを感じていた。

「まだ完全に乗っ取られていないという事か。なら……」

 みゆきさんにベホイミをかけて貰った智之は、一人黒井先生モドキの前に出て拳法の構えをする。

「智之、何かいい技でもあるの?」

「○斗壊骨拳。○ンシロウが、カーネルに使った拳だ。これを使って、中身のソウソウだけを引きずり出す」

 智之は、例の漫画で使われた拳で中身のソウソウだけを引きずり出そうと考えたらしいが、確かあの拳で体中の骨を抜かれたカーネルは、悲惨な最期を遂げたような記憶がこなたにはあった。

「でもさ。それだと、黒井先生の骨だけが外に出ちゃうよ」

「最悪、みゆきさんのザオリクで生き返らせれば」

「そうだね」 

「ちょっと、待てぃ!」

 やはり、まだ体の乗っ取りが完璧では無かったらしく、こなたと智之の物騒な話を聞いた黒井先生モドキ?は、いきなり自分の手を口の中に突っ込むと、体の中からソウソウと思われるローブ姿のみずぼらしい老人を引きずり出す事に成功する。
 まさに、奇人変人超人を地で行く光景であった。

「なぜだぁーーー!」

「相変わらずの豪腕というか……」

「黒井先生の事だから、一人でレベル上げとかしてて、実はレベル99なんじゃないの?」

「メタキン狩りでもしてたのかな?」

 体を乗っ取った相手に引きずり出されるという現実に絶叫するソウソウを無視して、こなたは智之の話は続く。

「ええいっ! こうなれば、実力でお前達を!」

 気を取り直したソウソウと俺達はやっと戦闘をスタートさせたのだが、六対一でも不利なのに七対一になって彼に勝ち目があるわけが無かった。
 
「イオナズン!」

「ベホマズン!」

「黒井先生。そんな強力な魔法が使えるんだ……」

 強力な攻撃魔法でダメージを与えても、すぐに回復されてしまい。

「スクルト!」

「ルカニ!」

 つかさに自分の防御力は下げられ、みゆきさんによって俺達全員の防御力を上げられてしまい。

「火炎斬り!」

「東斗無音交差拳!」

 俺と智之の攻撃によって、ダメージを蓄積させて行く。
 そして、最後に……。

「お客様! 激熱コーヒーをお待たせ……、キャーーーっ! 申し訳ございません!」

 かがみがこの最北の古城で手に入れた伝説の武器《ドジっ娘メイドのティーセット》の一撃で完全に止めを刺されてしまう。

「うわっ! かがみ、恥ずっ!」

「しょうがないでしょう! こういう武器なんだから!」

 かがみは、顔を真っ赤にさせながらこなたに文句を言う。

「まさか、ここまでとはな……。だが! 私はただでは死なん!」

 眩い光を放ちながら消滅を迎える最後の四天王ソウソウは、捨て台詞を吐きながら姿を消してしまったが、彼は本当にただでは死ななかった。
 彼が消滅した後に現れた勇者の剣の刀身が、二つに折れてしまっていたからだ。 

「自分に残された魔力を集中させて刀身を砕いたのですね。恐るべき執念です」

 みゆきさんは、折れてしまった勇者の剣を拾いながら深刻な顔を崩さないでいた。
 なぜなら、全ての勇者の装備が揃わなければ、魔王のいる死の大地に渡る事が出来なかったからだ。

「剣を直さないといけないんだね。後で、お父さんに腕の良い鍛冶屋を紹介して貰うよ。それよりもさ」

「何よ。こなた」

 かがみは、物凄く残念そうな表情をするこなたを訝しげに見つめる。

「三国志系の名前のボスだから期待したのに、あの魔族の魔導師系の老人がソウソウ? 他も、オークとかマンドリルとかキメラとか……」

「ロリ系や巨乳系お姉さまで、真名がある女性武将とかは出ないだろう。普通は」

「「「「「はあ?」」」」」

 かがみを始めとするこなたと智之以外の全員が、二人の会話の内容が理解できずに頭にクエスチョンマークを浮かべてしまう。
 そして……。

「泉。岩永。神代。それに、他の皆も元気やったか?」

「黒井先生。無事だったんですね」

「まあな。しっかし、あのジジイ。人に急にラリホーマなんて掛けおってからに……」

 黒井先生は、俺達と別れてからは普通に酒場で冒険者達の世話をしていたらしいのだが、数日前にいきなり現れたソウソウに体を乗っ取られてしまったらしい。
 ただ、それはどう考えても、ソウソウのミスであるとしか俺は思えないでいた。

「まあ、終わった事はどうでもええんや。それでな」

「はい」

「四捨五入すると三十歳とか、彼氏がいないからネトゲ三昧とか、何か言い分はあるか?」

「「……。なるべく穏便にお願いします」」

 拓海と智之は、ななこに徹夜でスーパーハードデンジャラスコースの特訓を受けた。
 四回ほど死んで、ザオリクで生き返る羽目になった。
 でも、レベルは5ずつ上がった。
 二人はトラウマを負って、この時の事を話したがらない……。

 こうして、最後の大陸も全て解放され、あとは死の大陸に上陸するだけとなったのであった。







「伝説の鍛冶屋さんですか?」

「そうや。何でも、この世界で唯一オリハルコン製の剣を鍛えられる職人らしいで。勇者の剣は、オリハルコン製やからな」

 こなた王女とそうじろう王の王国が完全に解放されてから数日、残敵掃討などでそれなりに忙しい時を過ごした俺達は、ようやくにしてモンスターに折られてしまった勇者の剣を修復できそうな職人の元を尋ねる事となっていた。

「しかし、お父さんは役立たずだよね。職人の情報は、黒井先生が知っていただけだし」

 そうじろう王は、自分の国の城下町に住んでる優秀な職人の事を知らなかったらしく、またこなたに役立たず扱いされて盛大に落ち込む羽目になっていた。

「まあ、何にせよ。その職人なら、神代の新しい剣も入手可能やろうからな」

「そうですね。そろそろ新しい剣が欲しいところですよ」
 
 あやの王女から貰ったドラゴンソードであったが、そろそろ次第に強力になっていく敵に対して、攻撃力の面で厳しくなっていたからだ。

「神代は攻撃力も高いけど、戦士にしては素早さが高いからな。最後まで、主力選手として活躍して貰わないと」

 いつの間にか、このパーティーの指南役に就任していた黒井先生は、目的の町の郊外にある工房に到着すると、入り口のドアをノックする。

「すいません。仕事を頼みたいんですけど」

「開いてるから、どうぞ」

 奥から返事があったので、工場の中に入るとそこでは一人の若い男性が一心不乱に剣を鍛えていた。
 というか、物凄く見覚えのある人物であった。

「ジンさんが鍛冶屋さんなんだ」

「表面上の出番が少ないわりに、仕事が多くて難儀したぜ」

 軽い性格をしているジンさんは、『世界観を崩すな』とか説教めいた事を言わずに、キリの良い所まで作業を終了させると、俺達にお茶を出していた。

「勇者の剣の修復だろう?」

「はい。そうです」

「オリハルコンが無いと無理だよ」

 ジンさんの話によると、折れた刀身の修復自体はそれほど難しい技術では無いのだが、折れた時に砕け散ったり劣化した部分を補うオリハルコンが無いと絶対に無理との事であった。

「勇者のショートソードでも良かったら直すけど」

「それは、勘弁だねぇ」

 今までで一番の強敵とあるであろう魔王に、オリハルコン製とはいえショートソードで挑む。
 こなたは、そんなマゾプレイは御免だと思っていた。

「でもなぁ。オリハルコンなんて、神話の世界の金属やないか。調達は難しいのと違うか?」

「ところが、可能性が無い事もない。ここから東に一日の距離。雷鳴山の麓に有史以来存在する巨大ダンジョンが……」

「最後の最後で、巨大ダンジョン探索かよ……」

「拓海君。私、暗いのはちょっと……」

 俺はつかさと共に、少し陰鬱な気分になってしまう。

「でも、その前に! かがみ! あのダンジョンは、267階までしか踏破されてないから、オリハルコンはもっと下にあるんだよ。内部には馬車も入れるから、長期戦の準備をお願い」

「わかったわよ。ていうか、そこまで廃人プレイをさせるか?」

 かがみは、ブツブツと文句を言いながら一人町へと出かけて行く。
 ダンジョン探索が長期戦になる事を見越して、その準備に出かけたからだ。

「そして、他のみんなは……」

「みんな?」

「取り残しの回収に行くよ! ルーラ!」

 かがみを除く俺達五人は、いきなりこなたが唱えたルーラによっていきなり空中へと……行かなかった。
 ジンさんの家の天井に頭をぶつけてタンコブ作る事となる。

「一度くらいはお約束だね」

「いきなり何をするか!」

 俺がこなたに大声で文句を言い、周りではバニースーツ姿が板に付いて来たみゆきさんが、タンコブを作った一人一人にホイミをかける光景が展開されていた。

「じゃあ、今度は本当に行くよ」

 こなたの号令で外に出た俺達五人は、ルーラによってどこかの町へと飛ばされてしまい、ななこはそれを素の表情で見送っていた。

「何しろ、泉やからなぁ。アイテムやイベントの取り残しは絶対に許されんのやろうなぁ……」

「ななこさんは、行かないのかい?」

「話の本筋に関わっていない事に興味は無いのや。それよりも、早よう神代の剣を仕上げや」

 ななこは、鍛冶屋の俊樹に早く拓海専用の剣を鍛えるように促す。

「何だ、知ってたんだ」

「それ、ミスリル製やろう? そんな業物、高貴な人やないと頼めんからなぁ」

「そうじろう王の注文でね。同じく、武道家用に爪の注文も受けたけど」

 さすがに、男には武器無しというのも悪いと思ったのか?
 先ほど、お城からそうじろう王の使いが来て、高価な武器の注文をして帰ったとの俊樹の話であった。

「なら、作業に集中しぃ。その間は、うちが食事くらいは準備したるさかいに」

「悪いね。ななこさん」

 拓海達は、こなたのルーラでアイテム収集の旅に出た。
 ななこは、鍛冶屋の押しかけ女房?になった。



バトルマスター(前職は賢者)ななこ:レベル99

特技:ホイミ、ベホイミ、ベホマ、ベホマラー、ベホマズン、ザオリク、スカラ、スクルト、ルカニ、ルカナン、ピオリム、ボミオス、バイキルト、フバーハ、メラミ、メラゾーマ、ヒャダルコ、マヒャド、ベギラマ、ベギラゴン、イオラ、イオナズン、マホステ、マホトーン、マホカンタ、リレミト、ルーラ、ラナルータ、インパス、レミラーマ、トヘロス、トラマナ、フローミ、ザキ、ザラキ、バシルーラ、パルプンテ、疾風突き、皆殺し、ハヤブサ斬り、さみだれ剣、爆炎斬り、マヒャド斬り、稲妻斬り、急所突き、爆裂拳、旋風脚、真空刃、岩石落し、凍てつく波動、ジゴスパーク、口笛

装備:ダマスカスソード、ダマスカスメイル、ダマスカスシールド、ダマスカスヘッド、ルビスのお守り(全ステータス異常を防ぐ)、神霊のマント(火炎、イナズマ、吹雪系のダメージを半減)







「あれ? ここは……」

「最初の町だよね」

 こなたがルーラで移動した先は、最初に俺とつかさが黒井先生に冒険のレクチャーを受けた町であった。

「種、小さなメダル、特殊なアイテムの回収がまだまだだね。拓海もつかさも」

「俺達は、勇者じゃないから家探しはできないからな」

 こなたは、俺達と合流した直後から、今までにパーティーで集めたアイテムの数に不満があったらしい。
 最初の町に到着するや否や、遠慮無しに民家に侵入してタンスの引き出しを開け、壷や樽を放り投げて粉砕して隠されたアイテムの回収を始める。

「こなた。最初の町だから、碌なアイテムが無いな」

「三軒先の民家の、二階のタンスに命の木の実があるよ」

「へえ、詳しいな」

「情報の収集と記憶はバッチリだよ」

「(その記憶力を勉学に生かせよ……)」

 俺の心の声をよそに、アイテム回収という窃盗行為は続き、智之はすぐにこなたと意気投合して、彼女の犯罪行為に協力していた。
 
「拓海君。町の人は誰も文句を言わないんだね」

「勇者の特権だからね」

 つかさの言う通りに、こなたにアイテムを強奪されいる家の住民は文句の一つも言わないでそれを見守っていた。

「じゃあ、次の町に行こうかね。あっ! そうだ! 拓海。武器屋で鉄の杖を買ってきて」

「今さら、そんな武器が役に立つのか?」

「一度も手に入れてないと、武器コレクションが完成しないんだよ」

 その後も、一度攻略した城やダンジョンなどの再捜索をこなたの命令で行い、意外な場所に置かれている宝箱や落ちているアイテムの回収を行う。

「拓海。そこの茂みに小さなメダルが落ちてる」

「なあ、何でそんな事を知っているんだ?」

「ネットでさ。もう攻略した人が情報をあげているんだよ」

「……」

 もはや、ツッコミを入れる気力さえ俺はこなたに言われた通りに小さなメダルを回収する。

「じゃあ、次の大陸に行こうかね」

 次にこなたが向かった先は、あやの王女とみさおのいる王国であった。

「よう、ちびっ子。遂に死の大地に進撃だな」

 魔王のいる死の大地に進撃するための準備をしていたみさおが、あやの王女を伴って登場する。

「でも、その前に色々とあってさ。という事で」

 こなたは、いきなりみさおが持っている槍を奪い取った。

「えっ? どういう事?」

「実は、かがみの本当の最強武器は、みさきちの《清正の槍》なんだよね。という事で、パーティーメンバーじゃないみさきちからゲットだね」

「まあ、こなたさんはお優しいんですね」

 聖人君子であるみゆきさんは、かがみのために武器を収集するこなたを褒めていたが、逆に自分の武器を奪われる羽目になったみさおの方は、悲惨としか言いようが無かった。

「ゆきちゃん……」

「ここの所、色々とあったからな。みゆきさんは……」

「ううっ……。どうせ、私達はメインに絡めない背景キャラなのさ。いいんだ、柊に強い武器が行くなら、私はそれで……」

「みさちゃん」

 俺とつかさが、みさおの悲劇に気が付かないみゆきさんを哀れんでる横で、みさおはあやの王女に懸命に慰められるのであった。






「おおっ! ようやくに六人の勇者達が揃ったのですな!」

「大臣さん。初対面なのに悪いね。智之」

「おうさ!」

 次の砂漠の大陸では王城に到着するや否や、こなたの命令を受けた智之が、王様やいのり王女やまつり王女のいる前で大臣の付けていたカツラを奪い取るというアクシデントが発生していた。

「お前……、国際問題だぞ……」

 俺は、いきなりカツラを取られて茫然自失の大臣を見ながら、こなたを辛うじて出た声で非難する。

「でも、これが無いと、アイテムがコンプリートされないんだよ」

 隣の国の王女の癖に、こなたには大臣に悪いとか申し訳ないという感情が一切存在しないらしく、悪びれた表情を一切見せないでいた。

「そんな……。私のカツラの事がバレていたなんて……」

「ごめん。私、知ってた」

「大臣。悪いけど、みんな気が付いてたわよ」

「えーーーっ! そうなんですか? 陛下!」

「余も知っておったぞ。というか、町の住民達の噂話になるくらいだから、知らぬ者などおらぬのではないか?」

 自分では絶対にバレていないと思っていたカツラが、実はこの国の人間全てにバレている事を知った大臣はガックリと肩を落としてしまう。

「あれ?」

「どうしたんだ? つかさ」

「あの大臣さんって、校長先生じゃない?」

「そう言われるとそうだな」

 そして、今になって大臣が我が陵桜学園の校長である事に気が付いた俺達であった。
 本当に、どうでも良い事であったが。





「じゃあ、オリハルコン目指してレッツゴーだね!」

 それから三日後、こなたは全ての拾い残しアイテムの収集と、戦ったモンスターの名前が記載されるモンスターボックスのコンプリートのためのモンスターの討伐、アイテム辞典には記載されるものの、何に使うのかすら不明なアイテム類を捜索する隠しクエストのクリアーなどに俺達を扱き使い、既にダンジョンに入る前から疲労困憊の状態であった。
 
「元気なのは、こなただけじゃないの」

「聞いてよ、かがみん。これで、このダンジョンを完璧にクリアーして、千階にいる裏ボスを倒して、ラストダンジョンで宝箱を全て拾えば完全コンプリート状態なんだよ」

 呆れるかがみに、こなたは自慢気に今の状況を説明していたが、全員の耳に《千階》というありえない単語が入って来る。

「こなた。今、何て言った? 何階だって?」

「うん? 千階だよ。ちなみに裏ボスは、推奨レベル70後半くらいかな。15ターン以内に倒すと、英雄王の装備が手に入るんだ。剣と爪と杖と弓とマントだから、五回倒す必要があるけどね」

「おい待て! それはクリアーに絶対に必要な事なのか?」

「ううん。でも、コンプリートしないと気分的にモヤモヤするじゃん。そういう事で、レッツゴー!」

「「「「「いやじゃぁーーー!」」」」」

 それから一月あまり、俺達の悲鳴が巨大ダンジョン中に響き渡る事となった。
 そして、別の場所では……。





「拓海達、遅いなぁ。もう、新しい剣も爪も完成したのに」

「レベル上げでもしてるのと違うか? なあ、俊樹。仕事も終わってお金にも余裕があるのなら、今日は遊びに行かへんか?」

「ああ、いいね。暫く、剣を鍛えっ放しだったからね」

「芝居小屋に面白ろい連中が来ているらしいで」

 自称勇者パーティーの指南役の癖に、話の本筋に関わらないと仕事をしないななこは、俊樹との半同棲生活を楽しむのであった。



[7786] 第十四話 今年の夏休みは長い気がします。
Name: アンディー◆be7b3392 ID:f7ef93f4
Date: 2009/06/13 21:14
 旅行も終わり、残りの夏休みをいつものように過ごす俺達……。
 のはずであったのだが、実際には俺達の周りには徐々に様々な変化が訪れていた。
 それは、俺の家の目の鼻の先にある智之の家に、毎日のようにみゆきさんが来るようになっていたからだ。

「みゆきさん、この問題なんだけど……」

「ここは、ですね……」

 共に成績優秀ではあったのだが、俺と組んで効率良く勉強している智之と完璧超人であるみゆきさんとでは、どう考えてもみゆきさんの方が優秀で、智之は毎日にようにオヤツなどを持って現れるみゆきさんに、勉強を教えて貰う事が多くなっていた。

「(これは、予想外の展開だねぇ……)」

 そしてそこには、以前から定期的に宿題を写すために智之の家を訪ねていたこなたの姿もあった。
 ただし、今までは一応は二人きりであった環境を三人にされてしまったので、多少不機嫌ではあったのだが。

「こなた、宿題を写さなくていいのか?」

「智之、私もたまには真面目に宿題をする事があるのだよ」

 それは、『常に、男の宿題写しっ放しの女ってどうなんだろう?』と考えたこなたの、彼女なりの努力の顕れなのであったが、当の智之は全くその事に気が付いていないようであった。

「本当、たまにだな」

「そこは、偉いなとか言って、私のヤル気を継続させておこうよ!」

「偉いでちゅねーーー」

「うーーーっ! 超ムカ付く! この無神経男、すげぇムカ付く!」

 二人は、ここ数日そんなやり取りを繰り返していたのだが、それを見ているみゆきは、二人の事を心の底から羨ましいと思っていた。
 智之は、自分にはどこか遠慮している部分があるのに、こなたとはそれが全く無かったからだ。

「そう言えば、お腹空いたな」

「三時のオヤツの時間ですね。はい、今日はクッキーを焼いてきました。つかささんには全然及ばないんですけどね。お恥ずかしながら」

 みゆきは、自分で焼いて来たクッキーを皿に盛ると、それをそっと智之とこなたに差し出す。

「甘さ控え目で美味しいね」

「良かったです」

 こなたは、逆にみゆきが羨ましかった。
 二人は、本当に外から見るとお似合いのカップルであったからだ。
 多分、世間の人もそう思うであろうし、自分では仲の良い兄と妹にしか見えない事は、夏祭りの時に明らかになっていた。
 そして、夕方になって勉強会は解散となり、家に戻ったこなたは、何となしにかがみに電話を入れて今日の事を話していた。

「みゆきが、お菓子作りかぁ。本当、似合い過ぎな光景よね」

「でしょう。男なら、ご飯三杯はいけるシチュだと思うんだよ」

「あんたは、相変わらずオヤジよねぇ……」

 一応恋する乙女なはずのこなたであったが、普段と全く変わらない様子に、安心していいのか? 心配しないといけないのか? わからなくなって来るかがみであった。

「それにさ。状況が状況だから、私って真面目に宿題とかやってるし」

「それって、良い事なんじゃないの? それとも、『智之ぃ~~~。私、ココわかんな~~~い』とかやりたいの?」

「何か、かがみってバカみたい」

「お前が、言うなよ!」

 自分で勝手にやったのだが、物凄く恥ずかしかったので、取りあえずこなたにツッコミを入れておくかがみであった。

「いやね、そんな事を智之にしても今更だと思うし」

「それもそうね」
 
 こなたからすれば、友達として仲が良過ぎるというのも色々と考えものらしい。
 それから暫く、それ関連の話をしてから電話を切ると、今度はみゆきから同じような内容の電話が掛かって来て、かがみはそちらの対応の方にも追われる事となる。
 ここ数日、かがみは律儀に二人の友人としての役割を果たしていた。

「でも、肝心の私がロマンスとか無縁だし……」

 『自分の献身を見た神様が、良い出会いでも紹介してくれないかな?』などと、ついつい考えてしまうかがみなのであった。






「今日の昼食は、拓海の家に行く約束があるんだよ」

 次の日、智之は一緒に宿題をしている二人に、今日のお昼の予定を話していた。

「拓海の所という事は、つかさが作ったご飯だね」

「あそこは、それで大いに救われたからなぁ。あの家には、リアル○サトさんが複数存在するから」

 それは、拓海の母と姉二人の事であった。

「そうか、明美さんは料理駄目なのか」

「あの人が、俺の中で一番○サトさんに近い」

「髪も長いからねぇ。何気に巨乳だし。じゃあ、私も手伝いに行って来るかね」

 こなたは、自分の宿題ノートを閉じると、その足で神代家へと向かう。
 ここ数日宿題ばかりやっていたので、得意な料理の手伝いの方をしたくなったからだ。

「やふぅーーー! 明美さん」

「あっ! こなたちゃんだ! おはよう」

 こなたは、巫女服姿で神社の前を掃き掃除していた明美を発見して挨拶をする。
 女性大生の彼女は、夏休み中はずっとアルバイトで神社の巫女をしていた。

「今日は、うちでお昼ご飯だよね? もう、お腹空いたの? こなたちゃん」

「いえいえ、いわゆるお手伝いってやつですよ」

「あーーー。でも、目に毒だよ」

 明美は、自分の弟がつかさの手伝いに入った事により、ピンク空間と化したあのキッチンには死んでも近付きたくないと思っていた。
 少なくとも、夏休みが終わるまではだ。
 苦手な料理をしないで済むという理由も、勿論あったのだが……。

「もう慣れましたから」

 明美と別れたこなたが神代家のキッチンに行くと、そこではつかさと拓海がお昼ご飯の準備をしていた。
 
「拓海君、最近包丁の使い方が上手くなったね」

「先生が、いいのかな?」

「そんな事は無いよ」

 拓海とつかさは、後ろにいるこなたの事に気が付かないまま、仲良くサラダ用の野菜を包丁で切って下ごしらえをしていた。

「おーーーい! そこの若夫婦さん!」

「何だ、こなたか……」

 露骨に嫌そうな顔をする友人に、こなたは秘かに『本当にアニメのシーンみたいだ』などと思っていた。

「手伝いに来たよ(しかも、若夫婦発言を否定しないし!)」

「ありがとう、こなちゃん」

 こなたが手伝いに入った事により、俺とこなたはその役割を交代し、俺は居間のテーブルに食器やサラダを運ぶ仕事に回っていた。
 やはり、料理の才能がいまいちの俺よりも、毎日料理をしているこなたの方が手際も腕も上だったからだ。

「今日は、カレーライスなんだ」

「最近、拓海君って、家でカレーを食べて無いんだって」

「ああ、智之が言う所のリアル○サトカレーか」

 『薄い癖に変に辛い!』、『具の野菜や肉に火が通ってない事がある!』、『その癖、無駄に大量に作って後遺症で家族を苦しめる』。
 智之は、以前に拓海の家で明美作のカレーを食べた時の事をこなたに語り、『カレーの時は、神代家に絶対に近付かない方がいい』とまで言っていた事を思い出していた。

「カレーなんて、丁寧に作ればそう失敗しないと思うんだよね」

「私も、そう思うんだけどね」

 つかさは、こなたと話をしながら大鍋でカレーを煮込んでいた。
 
「ビーフカレーなんだ」

 こなたは、大鍋の中にある角切りのお肉を見て、今日のカレーがビーフカレーである事に気が付く。

「こなちゃんの好きなチキンカレーじゃないけど」

「ビーフも、なかなかイケるけどね」

「うん、そのお肉和牛だし」

「和牛ぅ! もしかして、松坂とかの黒い毛の?」

「そこまで一流のブランドじゃないらしいけど、知り合いの人に沢山貰ったんだって」

 つかさから事情を聞いたこなたは、一度でいいから知り合いからそんな物を貰ってみたいと思ってしまう。

「カレーに入れるの、勿体なぁーーーい」

「でもね。貰い過ぎて、焼肉とかすき焼きとかステーキとか。もう飽きちゃったんだって」

「ちなみに、つかさも飽きた?」

 この家で食事を作っているつかさは、当然ここでもお肉を食べ、お土産にお裾分けを貰って家に帰っていたので、当然食べ飽きていた口であった。
 持ち帰った自宅では、その肉を姉三人が醜く取り合っていた事も記憶に新しかったが……。

「つかさの家って、これほどの高級品を貰える? 同じ神社じゃない」

「絶対に無いよ。うちなんて、小さい神社だもの」

 こなたとつかさは、お金持ちというのはこういう所が普通の家とは違うんだなという事を理解するに至っていた。

「でもさ。つかさって、このまま行けば確実にこの家の若奥さんじゃない。世間的に言うと、勝ち組ってやつ?」

「そんな……。私達は、まだそこまでは……」

「何だ? この入り辛い空気?」

 こなたにからかわれてつかさは顔を真っ赤にしていたが、居間で食器を並べていた俺も、その中に入り難い空気を感じてその場に右往左往してしまうのであった。





 そして、昼食の時間となり、今日の神代家の居間は大勢の人で溢れかえっていた。
 
「お代わりは、沢山ありますから」

「お代わり!」

「俺も!」

 つかさ作のビーフカレーはなかなかに好評で、多くの特に男性陣は大喜びでお代わりをしていた。

「神代家のカレーも、遂に○ンペン瞬殺カレーから卒業か」

 智之は、明美やお袋に聞こえないように、俺やこなたにいつもの○ヴァネタを展開していた。
 
「拓海君、智之君の言っている事がわからないよ」

「まあ、そういうアニメがあったという事で……」
 
 始めから○ヴァを知っているこなたや、智之の布教活動を受けて既に見た事のある俺とは違って、つかさは智之の言っている事が良く理解できないでいた。

「今度、DVDボックスを貸してあげよう」

「つかさには、ショックが大きいと思うけどね」

 こなたの言う通りであった。
 前半・中盤はともかく、あのラストをつかさに見せたら確実にトラウマだと感じてしまう俺とこなたであったのだ。

「あの……。では、私が……。智之さん、貸していただけますか?」

「いいよ」

「(えーーーっ!)」

 俺は、大きな衝撃を受けていた。
 なぜなら、今まで静かにカレーを食べていたみゆきさんが、智之に○ヴァのDVDを貸してくれと言ったからだ。
 そして、同じくこなたも驚きの表情でみゆきさんを見ていた。

「(そこまで合わせてくるか。みゆきさん)」

 みゆきに先制攻撃を受けたこなたではあったが、そこは同じ男を取り合うライバル同士。
 既に、別の手は打っているようであった。

「今回のサラダは、オニオンフライが入っていて美味しいな」

 智之は、普段この家で出てくるサラダのレベルなど当に承知していたので、料理のレベルの差にすぐに気が付いていた。

「それはね。こなちゃんが作ったんだよ」

「タマネギが余っていたから、自作したんだ」

「へえ、さすがは慣れているんだな」

「まあね」

「(うっ! あのこなたが、料理の上手さをアピール?)」

 俺は、遂に始まった二人の競争に大きな波乱が起こらない事をただ祈るのみであった。






「たまには、一人ってのもいいかな?」

 お盆過ぎのまだ夏休み中の日曜日、俺は珍しく一人で大宮の駅前にいた。
 せっかくのデート日和ではあったのだが、つかさは家族で親戚の家に行くとかで、珍しく一人の日曜日を迎えていたのだ。
 
「みゆきさんは外出で、智之も外出なのか。こなたも用事があって、白石は仕事か」

 誰か遊びに行けそうな友人もいなかったので、俺は何となしに買い物にでもと思って外出をしていたのだ。

「智之は、どちらかとデートとか?」

 あれは、お盆近くのとある日の早朝であった。
 我が姉明美の、『遂に智之がやってしまった』という知らせを聞いて表に出てみると、彼は何やらどこかで見たようなコスプレ衣装を身に纏って出かけようとしていたのだ。

『えーーーと。智之君?』

『ふっ、 問題ない』

『いや、大ありだろう……。しかも、古くない?』

『劇場公開されたので、また旬に戻った。問題ない』

 某非公開特務機関の司令の格好をした智之は、そのまま糟日部駅前でこなたと合流し、そのまま有明にあるという某コミケ会場まで出かけてしまっていたのだ。
 その後ろ姿たるや、怪しいことこの上無かった事だけは明記しておこう。

「まさか、ここでバッタリとかは無いよな」

 智之がどっちと一緒にいても何となく気まずいと思っていた俺は、久々の一人を満喫すべく、駅前のターミナルからゲーセンにでも繰り出そうかと考えていた。
 ところが、不意に視界に一人の女の子が入り、その子がいかにもな中年男に絡まれているのを発見してしまう。

「お嬢ちゃん、オジさんと一緒に遊びに行かないかい?」

「あの……。私、待ち合わせをしていますので」

「オジさん、沢山お金を持っているんだ」

「(おいおい、マジかよ……)」

 『それ、どこの報道特集?』と言った状況に、女の子はうろたえるばかりだったので、俺はその子に助け船を出す事にする。
 どう考えても、その中年オヤジが犯罪者にしか見えなかったからだ。

「おい! つかさ!」

「えっ!」

「ほら、はぐれるなって言ったじゃないか」

 その中年男と喧嘩をしても時間の無駄だと思った俺は、その女の子の手を引くと、そのまま少し離れた場所まで足早に歩き始める。
 その際に言った女の子の名前に関しては、本当の名前なんて知らなかったので、適当というかつかさの名前を拝借したに過ぎなかった。

「あの……」

「あっ! ごめん」

 その子の手を引いて大分距離を移動した俺は、身長差と歩幅の事も考えないでその子を引っ張り回していた事に気が付き、その場に足を止めてから後ろを向いて謝罪をする。

「いえ、助けていただいてありがとうございます」

 身長はこなたよりも少し低く、髪は桃色でセミロングヘアを短めのツインテールでまとめ、瞳は碧色。
 とても可愛い子で、『あの手の中年には大好物なんだろうな』などと不謹慎な事を感じてしまう俺であった。

「稀にあんな変なのもいるから気を付けなよ」

「はい」

 素直に返事をするその女の子を見ていると、『こんな妹がいると楽しいのかも』などど、俺は思ってしまう。
 何しろ、自分には料理スキルマイマスのズボラでカサツな姉二人しかいなかったからだ。

「待ち合わせだっけ?」

「はい、従姉のお姉ちゃんと待ち合わせなんです。来年同じ高校を受験するんで、ちょっと様子を見に行ってみようって事になりまして」

「へえ、そうなんだ」

 その体の小ささゆえに、どう見ても来年高校を受験するようには見えなかったのだが、身近に同じようなやつがいるので、特に気にしない事にする俺であった。

「おおっ! ゆーちゃんが、男にナンパされてるよ!」

 二人で話をしていると、そこにどこかで聞いたような女の声が聞こえて来る。
 そして、声のする方向に顔を向けると、そこには我が友泉こなたの姿があった。

「えっ! こなたか?」

「拓海って、実はゆーちゃんみたいな子がタイプだったんだね。つかさが、悲しむよーーー」

「お前、良くそこまで誤解できるな」

 どうやら、女の子の従姉はこなたである事が濃厚になり、俺は世間の狭さをその身に実感するのであった。







「じゃあ、私はフルーツパフェで。ゆーちゃんも、同じでいいよね?」

「お姉ちゃん。助けて貰ったのに、そんな高い物まで奢って貰ったら悪いよ」

「気にしない、気にしない。拓海って、ブルジョワ階級の人間だからさ」

「お前は、少しは気にしろよ。俺も、同じ物を」

 その後、いつまでも駅のターミナルで話をするのも何だと思った俺は、ゲーセン行きを諦めて駅前の喫茶店に入って話をする事にする。

「でも、ビックリしたよ。待ち合わせ場所にゆーちゃんがいないと思ったら、拓海と話をしているから」

「なあ、一ついいか?」

「答えてしんぜよう」

「待ち合わせの時間って、何時だった?」

「十時半」

「完全に遅刻じゃねえか。もうそろそろ、十一時半になるぞ」

「いやあ、時間に余裕があったから、ちょっと○ニメイトと○マズに寄って行こうかな? みたいな感じで? それで、本当にちょっとのつもりだったんだけど、こう後ろ髪引かれるものがあってね」

 そんな理由で待ち合わせの時間に遅れる駄目女であるこなたを見ならが、俺は隣に座っている従妹の女の子を観察する。
 背が小さいという共通事項はあるものの、その性格はこなたとは違いとても良い子であるらしい。
 《従姉妹同士は、似ない》の実例を見た気がする俺であった。

「あの、始めまして。小早川ゆたかと言います」

「俺は、神代拓海。よろしく」

 そう言えば、お互いに自己紹介をしていない事に気が付いた俺達は、今さらではあったがお互いに自己紹介をする。

「ゆーちゃんは、ゆいさんの妹なんだ」

「はい、全然似てないって言われるんですけど」

「確かに……」
 
 俺は、彼女の事をゆたかちゃんと呼ぶ事にする。
 特に理由は無いが、それが俺には一番シックリ来たからであった。

「神代さんは、さっき名前を言ったつかささんの彼氏さんですよね? お姉ちゃんから聞いた事があります」

「ふーーーん、こなたからねぇ。それで、何て?」

「えーーーと。そのーーー」

 本人を目の前にしては言い難い事らしく、ゆたかちゃんは言葉を詰まらせ、隣のこなたは俺達を無視して注文したパフェを食べていた。

「想像は、付くけどな!」

「だったら、自重しないと」

 あのこなたにそこまで言われた事に、少しショックを受けてしまう俺であった。 






「みゆきさん、どんな感じ?」

「智之さんは、何を着ても似合うんですね」

 そしてちょうど同じ頃、都内某所のデパートには智之とみゆきの姿があった。
 夏休み中に勉強を教えて貰ったお礼に、智之はみゆきの付き添いで服を一緒に買いに来ていたのだ。
 何でも、自分の父親の誕生日に服をプレゼントしたいのだが、智之がみゆきのお父さんと背や体型が似ているとの事で、実際に試着をして貰って参考にしたいとのみゆきの弁であった。
 多少、デートのような雰囲気もあるのだが、先にこなたに付き合ってコミケに行ったのに、こっちに付き合わないのも何だし的な事を感じた智之は、今までの好き勝手な行動を封印して女性のお願いを聞く事が多くなっていた。

「でも、お父さんにだと、ちょっとデザインが若者向き過ぎないか?」

「最近、服の趣味が古いので、少し改めて欲しいとのお母さんからの伝言ですから」

「そうなんだ」

 ノーネクタイのカジュアル系のスーツを試着しながら、智之は試着室の鏡で自分の姿を見ていた。
 客観的に見ると、自分はかなりのイケメンらしいのだが、今までずっとこの顔で生きて来たのであまりそんな事は感じず、『まあ、普通かな?』と思う智之であった。
 
「智之さん、少し襟の部分が……」

 みゆきが、智之の首の後ろに手を回して襟を直すのだが、鏡に写ったその姿は正に新婚のカップルのようであった。
 それでなくとも、みゆきも智之も実年齢以上に上に見られる事が多かったのだから。

「お客様は、何を着ても似合われますね。でも、そちらが一番のお勧めです」

 中年の女性店員は、智之の着ている服をみゆきに勧めていた。

「そうですね。これを包んでいただけますか? 一応、誕生日プレゼントですので」

「かしこまりました。ところで、とても格好良い旦那様で羨ましいですわ」

「いえ、そういう関係では……」

「では、彼氏さんですか。それにしても、お似合いですね」

「ええと……。その……」

 女性店員に、智之と夫婦や恋人同士と間違われたみゆきは、顔を真っ赤にさせながらサイフからカードを取り出していたのだが、そのカードを見た智之は動揺を隠せなかった。

「(ブラックカード! 制限金額無しの幻のアイテムか! リアルで初めて見たぜ!)」

 そして今更ながら、みゆきが購入したジャケットの値段が十万円を超えている事に気が付き、冷や汗が出て来る智之なのであった。






「おかげで、スムーズにプレゼントを決められました。ありがとうございます」

 デパートでのプレゼント選びが終了した二人は、みゆきの誘導で次第に高級住宅地の立ち並ぶ場所へと足を進めていた。
 そして、みゆきはとある一軒の邸宅の前に来ると、そこで智之にこう言った。

「お昼は、我が家で準備していますので、もし宜しければ」

 『家の前まで案内されて、宜しければも無いだろう』と普段の智之なら思うのであろうが、まだ友人以上になるのか微妙な関係にある女性の家にいきなり連れて行かれたせいで、完全にテンぱってしまっていた。

「おじゃまします」

 他に選択肢などあり得ないので、智之は取りあえずは普通にみゆきの家にお邪魔する事にする。

「あら、いらっしゃい」

 高良家の玄関では、みゆきの母であるゆかりが二人を待ち構えていた。
 みゆきと同じ色の髪をショートヘアーにした、いかにも上品な感じのゆかりは、柊姉妹の母みきと同じで実年齢よりかなり若く見える女性であった。

「始めまして。みゆきさんの友人の岩永智之です」

 智之は、以前に友人である拓海が柊姉妹の両親に挨拶した時の事を思い出しながら、緊張感一杯のままゆかりに挨拶をしていた。
 普段は、かなり飄々とした人間であると自他共に自覚していたのだが、『こういう場面で緊張するのは、誰でも一緒なんだな』などと思ってしまう智之であった。

「そんなに緊張しないでね。でも、緊張しているって事は、みゆきの事を気にかけてくれているのかしら?」

 ゆかりの、ストライクど真ん中の発言に、二人は顔を真っ赤にさせながらその場に立ち尽くしてしまう。

「なんてね。でも、こんな格好良い男の子なら、お母さんは大歓迎なんだけどな。あっ、そうだ。お昼を準備したので、食べて行ってくださいね」

 智之がみゆきの家に上がると、そこには昼食が用意されていたのだが、メニューは今までにテレビの情報番組でしか見た事が無いような豪華な漆器のお重に入ったウナギであった。

「(拓海の家でも、もう少しお店のランクが低いぞ。どれほど、セレブなんだろうな。みゆきさんの家は……)」

 取りあえず智之に出来る事は、この目の前のウナギを全て食べ切る事だけであった。





「お邪魔しました」

「岩永君、また遊びに来てね。きっと、みゆきも大歓迎だと思うのよ」

 お昼にウナギをご馳走して貰い、その後は色々とゆかりに質問される事となった智之は、その永遠に続くかと思われた高良家訪問を終え、玄関先で丁寧にゆかりにお昼のお礼を述べていた。
 そして、智之がみゆきと外を見ると、既に外は暗くなりかけていた。

「あの、駅まで大丈夫ですか?」

「方向音痴じゃないから大丈夫だよ」

「今日は、色々とありがとうございます」

「こちらこそ、豪華な昼飯をありがとう」

 確かに色々と大変ではあったのだが、みゆきが喜んでくれたからそれでいいのかな? などと智之が思っていると、そこに一人の少女が奥の道からこちらに歩いて来る。
 ミントグリーンのショートヘアと、ややツリ目が特徴のスレンダーな体型の少女であった。

「こんばんわ、みゆきさん」

「こんばんわ、みなみさん」

 二人は知り合いのようでお互いに挨拶を交わすのだが、みなみさんと呼ばれた少女は、智之の事が気になって仕方が無いらしい。
 それとなく、視線を智之の方に向けていた。

「みなみさん、彼は私と同じ学校に通っている、同級生の岩永智之さんです。智之さん、この娘は近所に住んでいて仲の良い岩崎みなみさんです」

「岩永智之です」

「岩崎みなみです」

 みゆきが、智之とみなみにそれぞれの事を紹介すると、二人はお互いに自己紹介をする。

「あの、彼氏さんなんですか?」

「お友達ですよ(だったら、いいんですけど……)」

 みなみの質問にみゆきはそう答えるのだが、後ろの部分は声があまりに小さ過ぎて、みなみと智之には一切聞こえなかった。

「みなみさんは今度高校生になるんですけど、私達と同じ陵桜を受けるんです」

「へえ、じゃあ後輩になるのか」

「まだ、受かるかは……」

「みなみさんなら、大丈夫ですよ」

 その後三人は少し話をしたのだが、あまり時間が無かったので智之は先にお暇し、みゆきも自分の家に戻ったのでみなみはまた一人で自分の家までの道を歩いていた。 

「智之さんか……。あんなに格好良い人をみゆきさんが、さすがだわ……」

 第一印象では、他者の追随を許さない男である智之であったので、そんな人を友達にするみゆきを、みなみは本気で尊敬していた。
 何しろ、自分には男の友達など一人もいなかったからだ。

「みゆきさんが、男の人に受けが良いのはやはり……」

 自宅の玄関の前で、みなみは自分の胸を触って一人溜息をつく。
 やはり十五歳の少女にとっては、胸の大きさは大きな問題であった。






「ゆうちゃん、体の方は大丈夫?」

「うん。今日は、調子が良いみたい」

 少し時間を戻して、その日俺はこなたとゆたかちゃんの学校見学に付き合う事にする。
 こなたの話によると、ゆたかちゃんは少し体が弱いとの事なので、特に予定も無かった俺は一緒に付き合う事にしたのだ。
 殺しても死なないと思われる姉二人を持つ俺にとって、この小さくて保護欲を誘うゆたかちゃんは、妹を思わせるキャラクターであったという理由も大きい。

「病弱・妹属性・純粋・可愛いの萌えパーツを揃えたゆーちゃんは、《歩く萌え要素》なのだよ」

 またしょうもない事を言っているこなたを無視して、俺達は一緒に学校を見てまわる事にする。
 夏休み中という事もあって、部活動をしている連中か補習を受けている人以外に誰もいない学校は、全てを見てまわるのにさほど時間は掛からなかった。

「いいさ、どうせ私は背景キャラなのさ……」

 陸上部で練習しているみさおには会ったのだが、その時の様子は割愛しておく事とする。
 あまり大した事も無かったからだ。
 それから学校を出た俺達は、近くのお店で昼食を取る事とした。
 お金がさほど無かったので、行った場所は学校近くのラーメン屋であったが。 

「うわぁ。高校生になると、学校帰りにこういう所に寄る事もあるんですね」

「男は、夕食まで腹が持たない奴が多いから。女の子は、甘い物が目当てなんだろうけど」

「高校生になるのが楽しみです」

 ゆたかちゃんは、これから高校生になるようには見えなかったが、俺はその可愛さに心洗われるようであった。
 多分、これが智之の言うところの、妹萌えという奴なのであろう。

「ゆーちゃんは、ここに受かったらうちから通うんだよ」

 こなたの話によると、ゆいさんとゆたかちゃんの実家はここから大分離れた場所にあり、実家からの通学はかなり難しいとの事であった。
 そして今日も、ゆいさんが仕事だったという事もあったのだが、一度電車やバスに乗って高校まで行ってみたいとのゆたかちゃんの希望を受けての事だったらしい。
 ただし、その前に○ニメイトや○マズに行きたいというこなたの欲望のために、待ち合わせは大宮駅前となっていたのだが。

「ゆたかちゃんを、お前に家に下宿させるのか。俺は、ただ一点だけが心配だな……」

「私がいるから、大丈夫だと思うんだけどね。でも、色々と気を付けないとね……」

 俺とこなたの心配のタネとは、勿論あの泉そうじろう氏の事であった。







「拓海さんの家の神社って、大きいんですね」

 昼食後、特に行く場所も無かった俺達は、ゆたかちゃんとの話で俺がした家の神社を見に行く事とする。
 あまり体が丈夫でないゆたかちゃんが、真夏の炎天下に長時間というのは良くないと思ったので、今日はこなたの家に泊まる予定の彼女に、夕方まで我が家で過ごして貰おうと思ったからだ。

「まあ、特に面白い事も無いけどね」

 俺は適当に神社の内部を案内してから、参拝の正式なやり方を二人に教える。
 神社の家の息子が知らないと色々と問題になるので、これは物心付いた頃から両親から教わっていて、たまに知人・友人に伝授する事があったのだ。
 手水舎で手を洗いって口をすすぎ(これは、神前・仏前に参る前に身を清める行為で、神社の場合は略式の禊(みそぎ)ということになる)、賽銭を賽銭箱に入れて鈴を鳴らし(鈴を鳴らした後に賽銭を入れると説明する人もいる)、神社の場合は再拝二拍手一拝(拝は深い礼)で寺院の場合は合掌と、基本的なルールが決まっていた。

「出雲大社と宇佐八幡では、二拍手ではなく四拍手で行うのがルールだね。伊勢神宮には特殊な拍手(八開手)があるけど、これは参列者は行わない。 あとは神社によっては再拝のうち、前の礼を浅く、後の礼を深くするように指定される場合もあるけど、うちはそのルールは適用していない」

「拓海さんて、詳しいんですね」

「一応、跡取りだからね」

 ゆたかちゃんに尊敬の目で見られて、俺はかなり気分が良かったのだが、それをぶち壊すのは勿論この女であった。

「あのさ。詳しいのは結構なんだけど、ルールってどうかね?」

「うるさいな。時代の流れを先取りしただけだよ」

 そして、そこにもう一人の問題児が現れた。
 ただ今神社で絶賛バイト中の、我が姉明美であった。

「こなたちゃーーーん! うっ!」

 こなたの姿を確認した明美は、その隣にいるゆたかちゃんを見つけて体に稲妻を走らせていた。
 可愛い女の子好きの彼女に、新しい獲物が現れたからだ。

「こなたちゃん。その子って、妹さん?」

「いいえ、私の従妹なんですよ。今度、陵桜を受けるから見学にですね……」

「この子も、可愛いよぉーーー! こなたちゃんと、迷っちゃうよーーー!」

「えっ! あのう……」

 明美は、俺の見ている前でゆたかちゃんに抱き付きながら一人意味不明な絶叫をあげ、俺達ばかりか境内にいた人達をも困惑させていた。

「お姉ちゃん」

「悪気は無いんだよ。ねぇ、拓海」

「ええと……、発作みたいなものだからさ」

「そうなんですか?」

 思わぬ所で露呈した身内の恥に、俺は天を仰ぐ意外に何もする事が出来ないでいた。




「ゆーちゃん。高校生になったら、うちで巫女のバイトしない?」

 その日の夕方、体の弱いゆたかちゃんを気遣って家に招待したつもりが、逆にバカ姉のせいで大変な目に遭わせてしまったので、俺は二人にいくつかのお土産を持たせてから駅まで送る事にする。
 ともろが、二人が帰る際にも、明美は相変わらずな状態のままであった。
 こなたに続き、ゆたかちゃんまで確保しようと躍起になっていたのだ。

「巫女さんですか?」

「そうよ、暇な時だけでもいいから」

「姉さん、ゆたかちゃんはさ……」

 『体が弱いんだから』という言葉を、俺は飲み込んでいた。
 それを本人のいる所で言うのは、正直どうかと思ったからだ。

「だから、出来る範囲でいいって。ゆーちゃんも、数年後は大学への進学なり就職なりと色々と大変になるわけだから、あまり周囲が過保護にし過ぎるのは良くないわけよ。ほら、《可愛い子には、旅をさせよ》って言うじゃないの」

 ただの可愛い物好きの料理スキルマイナス女だと思っていた明美が、実は色々と考えている事に俺は少し驚いてしまう。

「はい。お声を掛けていただいてありがとうございます。明美さん」 

「あーーーっ! ゆーちゃん、可愛いよぉ! ゆーちゃん、ゲットだぜぇ!」

 特にアニメ好きというわけでも無いのだが、明美は微妙なセリフを吐きながらまたゆたかちゃんを抱きしめて一人悦に入っていた。
 さっき、少しでも見直して損をしたと思う俺であった。

「これで、可愛い子は二人キープしたから、あとは巫女さんコレクションの充実よね」

「うちの神社は、姉さんの欲望を叶える手段じゃないんだけど……」

 とは言え、どう考えてもうちの親父が明美のお願いを断れるとも思えないし、どうせ節税対策なので多少の余剰人員を抱え込んでもお袋は何も言わない事は明白であった。

「明美さんは、あとはどのような人材を?」

「そうね、眼鏡っ娘は基本ね。あとは、クールビューティーと大型新人として外タレがいると面白いかも」

「確かに、そういうキャラがいると面白いですね」

「(どこのドラマだよ!)」

 もう一度言っておくが、別に我が姉明美は同性愛者でもアニメオタクというわけでもない。
 ただ、可愛い女の子が好きな変な女なだけなのだ。

「そうよ! 神社なんて半分夢を売る商売なんだから、そういう物も必要なわけよ!」

「ですよねぇ」

「そんなわけあるか!」

 こなたと意気投合する明美に、俺は大きな声でツッコミを入れるのであった。
 そして、彼女の妄言が来年度に現実の物となる事を、俺はまだ知らなかったのであった。
 そして……。





「拓海、今日は疲れたよ」

「俺も」

 その日の夜、智之から高良家訪問の事を伝えられた俺は、今日の出来事を代わりに話し、二人で盛大に溜息をつく事となる。

「少しは、俺の苦労が身に染みたか?」

「染みたなぁ。でも、俺ってまだみゆきさんと付き合っているわけじゃないんだけど……」
 
 詳しくは聞かないでおいてやったが、どうやらこなたとみゆきさん共に決定力不足で、智之はどちらが本当に好きなのか、まだ決められないでいるらしい。
 そして、その事が余計に智之を疲れさせているらしいのだ。
 まあ、自業自得とも言える部分もあるのは確かであったが。

「お盆を過ぎたけど、長い夏休みだよなぁ」

「言えてる」

 去年とは比較にならないほど色々な事が起こる夏休みに、俺と智之は、残りの期間は平穏無事に終了してくれと願うばかりであった。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
20.3180539608