(平成某年、四月某日、埼玉県糟日部市内某所にて……)
「なあ。拓海。明日の日曜日なんだけどさ」
「行かないぞ! 俺は!」
「まだ何も言っていないのだがな……」
「言わなくてもわかる。ていうか! 高校生がパチンコ屋になんて行くな!」
「明日は、○ヴァのイベントなんだよ!」
「間が悪かったな。土日は、回収デーなんだろう?」
「うっ! それは事実だが、○イと○スカと○サトさんと○ツコさんと○ヤとユ○さんが、俺を呼んで……って、お前。パチ屋事情に詳しくない?」
「対象が、多過ぎだ……。ああ。うちで働いている人で、好きな人がいるんだよ」
「神に仕える身で?」
「神職なんて、今時は、様々な仕事の中の一種類でしかないからな。それに、ギャンブル禁止って決まりも特に無いし」
「何てクールな、神社の跡取り息子なんだ……」
「もっと地方に行けば、パチンコ好きの神主や住職なんて腐るほどいるさ」
とある土曜日の午後、今日は午前のみであった授業を終えた二人の男子高校生が、話をしながら校内にある自転車置き場までの道を歩いていた。
一人は、この物語の主人公である神代拓海で、これは俺の事であった。
八月二十二日生まれの十六歳で、身長178cm、65kg。
美男子というほどでもないが、容姿はまあまあ整っているので、そんなに女の子のウケは悪くなく、だけどこの歳まで彼女とかはいた試しはなく・・・・・・、という中途半端なスペックを持っている男であった。
成績は上の中で、運動神経もそこそこ。
中学生の時には部活が強制だったので、水泳部に所属していて、県大会で準決勝まで進んだ事もある。
でも、高校では部活とかが面倒だったので、今では悠々自適の帰宅部ライフを送っている。
家族は両親と姉二人で、実家はここ糟日部では、それなりに有名な神社を営んでいた。
詳しい話をしてしまうと友人には引かれてしまうのだが、戦後の神社の国家管理廃止に伴い設立された、神社本庁が定める別表神社には入っていなかったが、それなりに歴史があって規模もそこそこ大きく、複数の職員?を置いているのだ。
役職(神社では職階と言う)は、親父が宮司(代表者)で、結婚後に資格を取ったお袋が禰宜(補佐役)をしている。
他にも、数名の地方の神社の跡取りを出仕(神職見習い)として預かっていたり、数名のパートのおばさんを、事務職員としての主事や主事補として使っていたり、施設や道具を修理・維持する技師がいたり、定年退職後に暇をしているおじさんを警備職員として使っていたりと、それなりに賑やかではあった。
そして、俺は、この神社の跡取り息子であった。
俺としては、戦後に女性が神職に就ける道が開かれたので、二人の姉の内のどちらかに継いで貰いたかったのだが、上の姉は、去年勤めていた会社の同僚と結婚してしまい、下の姉は、普通に就職をするために大学に進学してしまったので、結局は古き伝統に従って俺の出番となってしまったらしい。
『お前が継がないというなら、俺は宮司を引退後にここを出て行かないといけないからな。その時は、母さん共々面倒を見てくれよな』
この親父の一言で、俺は抗う事を止めてしまった。
別に、神社を継ぐのが嫌ではなかった事と、昔の頭の良い人が、『この世で一番優れた商売人は、宗教を作り出した人だ』と言っていたのを思い出したからだ。
確かに、我が家はかなり経済的に恵まれていた。
親父も、俺が小さい頃に亡くなった祖父も、写真でしか顔を見た事がない曽祖父も、代々この神社の宮司であり、その恩恵であろう神社の隣にかなり大きな敷地付きの住宅を持っていたし、地元ではそれなりに名家で地主であったので、近所にマンションやらアパートやら貸しビルを十数件持っていたのだ。
戦後、都心へのアクセスが便利になった結果、ベッドタウンとして開発が進んだ大宮に近く、春や夏は地元の祭りの会場となり、年末年始には多くの参拝客が訪れ、地鎮祭やら結婚式やらで指名されと、それなりに忙しくて、実入りがあるという状態になっていた。
《坊主丸儲け》
宗派は違うが、俺はこの言葉の意味を今更ながらに噛み締めていた。
そんなわけで、俺は神職の資格を取るために大学に進学すべく、家から自転車で十分ほどの場所にある、マンモス進学校である陵桜学園に通っていた。
「長い説明大変だな」
「そこは、黙るのが業界のルールだ」
そして、隣にいる男が、俺の物心付く頃からの親友である岩永智之であった。
世間では、幼馴染というらしい。
九月十八日生まれの十六歳で、身長182cm67kg。
サラサラの髪をしていて、モデル事務所や○ャニーズにスカウトされかかった程のイケメン君であったが、彼にも彼女というものは存在しなかった。
初対面の人は、その事実に非常に驚くのだが、少しでも彼の事を知れば、彼に彼女がいない事が納得できてしまう。
つまり……。
彼は、かなり強度のオタクであったのだ。
『俺は、ギャルゲーとかはしないよ。十八禁関係もね。それに、意外と知識範囲も狭いし』
常にこう言っているのだが、彼は重度のガ○オタであり、○ヴァオタであった。
他にも、いくつかツボに嵌った古いアニメや、勝手にマイブームなどと抜かして、一部の新作アニメなどをこよなく愛していた。
『○スカは、俺の嫁! ○イは、俺の妹! ○サトは、俺の姉!』
『○イラさんに(軟弱者!)って、ぶたれたい』
こう公言して憚らず、全然外見ではそう思われないのに、平気で○ニメイトや○ーマーズに出入りするマイペースな男であった。
当然の如く、それを知られると普通の女性からは避けられるので、彼も俺と同じ独り者であった。
家はうちの近所で、父親は都内の大学に勤める教授であり、母親はうちの神社で帳簿付けのパートをしていた。
更に、彼女とうちのお袋は共に陵桜学園のOGであり、同級生で親友同士らしい。
なので、良く仕事をサボって、二人で遊びに出かけているようであった。
「紹介、ご苦労な」
「黙れ。業界の仁義だぞ」
俺達は、自転車置き場に置いてある自転車にまたがると、自分達の家に向かって移動を開始する。
二人の家は、糟日部駅のすぐ向こう側にあってかなり近かった事と、二人とも帰宅部で運動不足だったのと、バス代の節約という理由で自転車通学を行っていたのだ。
「しかし、高校生がパチンコなんて打つなよ。店からつまみ出されるぞ」
「大丈夫。今までバレた事ないし」
「……」
確かに、智之(俺は、こう呼んでいる)は、見た目では大学生くらいに見えてしまうので、パチンコ屋への出入りもそれほど難しくないのであろう。
「俺は無理だぞ。歳相応だからな」
「そういえば、そうだったな……」
俺の返答に、智之はガックリと肩を落としていた。
というか、俺にパチンコを打たせてどうするつもりなのだろう?
「お前にも、携帯を使っての、当たり画像の撮影を頼みたかったのだが……」
「断る!」
勝てるかどうかもわからないギャンブルでお金を使うのは、真っ平ごめんであったからだ。
「あーーーあ。○ヲル全回転が揃えば、プレミアがコンプリートするのに……」
「どれほど負けたんだ? 智之」
「いんや。負けてないよ。プラス五十万ほどかな?」
「……」
別に、智之は、ギャンブル自体が好きというけでもないらしい。
極度の○ヴァオタなので、○ヴァのパチンコが出てからというもの、プレミア演出を全て携帯で撮るべく、暇さえあればパチンコ屋に出撃しているらしいのだ。
そして、ただ引きの強さだけで、かなりの勝ちを収めているらしい。
もっとも、勝ち分は俺がたかったり、智之が○ンダムシリーズのDVDセットを買うのに使ってしまったらしいが。
「パチの演出は、IF物もあるからな。○スラフェルのリーチが、○スカと○イのコンビだったりとか、四号機に○ヲルが乗ってたりとかさ。それと、F型装備知ってるか?」
「意味がわからない……」
彼の布教活動を受け、一応は○ヴァのDVDを見た俺であったが、そこまでコアな話題には付いて行けなかった。
「仕方がない。明日は、一人で行くか……」
「行くのかよ!」
「おお! 行かんでか! ○ヤ背景を見るまでは!」
「付き合いきれん」
そんな話をしていると、ふいに話題は自分達のクラスの事になる。
俺達は、一年・二年と同じクラスとなり、今日はまだ新クラス一週間目であった。
ちなみに、クラスは二年E組で、担任は黒井ななこ先生であった。
世界史担当で、俺達は初めて教えて貰う人であったが、なかなかに美人で眼の保養になる先生でもあった。
「黒井先生は、当たりだったな。ちょっと、いい加減かもしれないけど、それはそれでまた良しって事で」
「うーーーん。まあ。そうかな。ただ、俺はさ……」
「拓海は、ロリだからな」
「誤解を招く発言をするな! 俺は、慎ましやかな胸の子が好きなんだ!」
黒井先生はかなり胸が立派であったので、その点においては俺の守備範囲外であった。
もっとも、ドラマや漫画ではないので、先生を恋愛対象になど絶対にしたくはなかったが。
「それを、世間一般では……」
「殴るぞ!」
「じゃあ、あれか? お前。泉こなたとかがタイプ?」
「あのよ。俺は、同年代の女の子でスレンダーな子が好きなの」
二年から同じクラスになった泉こなたは、水色の超ロングヘアーと小学生のような外見が特徴の少女であった。
外見はなかなかに整っているのだが、時折り聞こえてくるオタク丸出しの発言のおかげで、彼女に野心を燃やす男子生徒の存在はほぼ皆無であった。
いや、いないとは言い切れないのだが、それを表に出すと、何か社会的に抹殺されてしまいそうな雰囲気を感じるのは、俺だけなのだろうか?
「可愛い事は認めるけどな。俺には無理だ。智之こそどうなんだ?」
「俺には、○スカがいるからさ……」
「それは、現実に存在していないだろうが……」
その発言さえなければ、モテ街道をばく進できるであろう親友に俺が呆れていると、前方の駅近くの歩道でひと悶着が発生していた。
うちの学校の女子生徒が二人、いかにもな連中に絡まれていたのだ。
「非常にベタな展開だな」
「うるさい。黙れ。智之」
二人の女子生徒は、地元の工業高校の柄の悪い二人組に絡まれていた。
近くに行くと、男子生徒達は、『腕がぶつかって、ごめんなさいだけかよ!』とか、『誠意を見せろよ!』とか、しょうもない因縁を付けながら女の子達を怒鳴りつけていた。
周囲には、同じく下校途中の同級生達もいるのだが、彼らは《君子、危うきに近寄らず》を実践しているらしい。
チラリと一瞥はするのだが、足早にその場を立ち去っていた。
それもそのはず、彼らの通っている工業高校は、『社会的にどうよ?』ってメンバーが生徒の大半を占めていたからだ。
『入試で、名前さえ書ければ受かる』、『最初の一年で、百人以上が退学する』、『本職(暴力団)に就職する人がいる』。
そういう学校だったのだ。
「でも、今時いるんだな。あんな不良」
「埼玉とか栃木とか茨城ならではの光景だな。本当の首都圏では、あの手の連中は既に絶滅している。もしいたら、絶滅危惧種として保護されかねん」
「拓海も、かなり言う事がキツイよな。でも、確かに○ロマティー高校の登場人物のような……」
ネタ元が相変わらずな智之に俺が呆れていると、事態は次の段階へと進んでしまったらしい。
二人の女の子の内、やや癖のあるライトパープルのロングヘアーを、リボンでツインテールにしている女の子が、大きな声で反撃を開始したのだ。
「謝っているんだから、その程度の事でグダグダ言うんじゃないわよ!」
「何だと!」
「いい男が、ウジウジとみっもないって言っているのよ!」
「お姉ちゃん……」
「こんな頭悪そうな連中に、これ以上下手に出るだけ無駄よ!」
この柄の悪い相手にも容赦の無いツインテールの少女の相方である、やや癖のあるライトパープルのショートヘアーを、リボンでカチューシャ風にまとめているタレ目の少女は、ツインテールの少女の妹らしかった。
というか、俺と智之は、大分前から二人の正体に気が付いていた。
二人は、柊かがみと柊つかさという二卵性の双子で、妹のつかさの方は俺達と同じクラスだったからだ。
しかも、姉のがかみも、昼飯の時間になると毎日こちらの教室で一緒に飯を食べていたので、一応は顔くらいは知っていたのだ。
ただ、俺達と彼女達とは、特に仲が良いというわけでもなかった。
というか、智之はそのオタクぶりが災いして、俺は智之の相方と見られていたので、中学の時と違いあまり女の子とは縁の無い学生生活を送っていたのだ。
「相変わらず、気が強いのな。柊姉は」
なぜ知っているのかといえば、昼食の時間、柊かがみは、妹の柊つかさと、先に出た泉こなたと、クラス一の美女で優等生でもあった高良みゆきと毎日一緒にいて、俺が智之にするのと同じように、泉こなたのオタ発言に鋭いツッコミを入れていたからだ。
「ツインテールは、ツンデレ率高しだからな」
「ツンデレねえ……。果たして、デレは存在するのかね? 柊姉に」
「拓海も、なかなかに俺の教えを受け入れつつあるな」
「多少言いたい事もあるが、付き合いが長いからな……」
物心付く頃から、常に一緒にいたのだ。
多少毒されても、仕方がない部分もあった。
「それで、どうするんだ? 拓海」
あまり話をしない同級生ではあったが、一応はか弱い女性が絡まれているのだ。
男として、助けを入れるべきであると俺は考えていた。
というか、俺は見て見ぬふりをする他の男子生徒達に半分失望感を覚えていた。
俺がこの学校に進学した理由は、神社の神職の資格を取るために国○院大学の神道文化学部を受験したかったのと、家から近かっただけに過ぎない。
なので、ツレの智之がアレな部分もあったが、俺達はこの学校に友人と呼べる存在がほとんどいなかった。
別に、ここの受験にしか興味が無い連中と無理に付き合わなくても、小学校や中学校時代の友人達と遊べば良かったからだ。
現に、一年の頃はそれを実践していて、クラス内ではかなり孤立していた俺達であった。
「では、行きますか?」
「智之、先陣な」
「わかったよ」
こいつは、見た目はイケメンで中身はオタクだが、実は喧嘩がかなり強かった。
理由は、こうだ。
中学生時代、ある男子生徒が女子生徒に懸想をする。
すると、大抵の女子生徒は、『私、智之君が好きなの』と言ってそいつをふる。
そいつは、智之を逆恨みする事が多く、その手の連中には、怖い先輩やちょっと不良チックな人達の比率が高かったので、智之はお礼参りを受ける事が多い。
結果、自分の身を守るために強くなるしかない。
元々智之は、小学生の頃から空手を習っていたので、そこいらの奴には絶対に負けない。
こういう構図となっていたのだ。
更にその副産物として、良く一緒にいて、巻き込まれ比率の高い俺もそこそこ強くなっていた。
俺がそいつの好きな人を取ったわけでもないので、かなり理不尽ではあったのだが、肝心の智之の方も、その女に告白されて一応はデート等に出かける。
場所は、映画ならアニメの新作で、遊園地ならその手のアトラクションやイベント巡り。
止めは、アキバの名所巡りや、大宮にある○ニメイトや○ーマーズ巡り。
結果、二人のお付き合いは、僅か一日で消滅する事が多かった。
勿論、その悲惨な結末を、女は自分がふった男には話さないので、中学生時代の放課後は、かなりの確率で○ーバップハイスクールな日々を送っていたのだ。
男の嫉妬恐るべきであった。
「あーーー。ちょっと、そこの時代遅れの不良君達」
「ああ? 何だぁ? お前は!」
智之の最初の一言は、身も蓋もないという表現が正しかった、
いきなり、人を時代遅れだとか不良だとか言えば、彼らが気分を悪くして当然なのだから。
「智之。もう少し、穏便に済ます策で行け」
俺達の目的は、柊姉妹を助ける事であって、その不良達を殲滅する事ではない。
なので、無理に格闘戦に移行する事もなかったのだ。
「それもそうだな。えーーーと、そこの非常に回顧主義的な人達」
「「??????」」
「智之よ。彼らの制服を見たまえ。○○工業高校だぞ。あの、試験の答案に名前さえ書いてあれば、入学試験に合格し、卒業可能な。そんな彼らに、《回顧的》なんて、難しい言葉を使っては駄目だ。理解できない彼らが、公衆の面前でバカだと思われてしまうじゃないか」
「それもそうか! さすがだな。拓海」
「「ふざけるんじゃねえ! ぶっ殺すぞ!」」
二人の不良達は、その標的を柊姉妹から俺達に変更したらしい。
今度は、俺達にメンチを切っていた。
まあ、最初の作戦は成功したというわけだ。
「メンチを切っているぞ。二十年ほど前のドラマかアニメだな」
「貴重だな。写メを撮るか……」
智之は、自分の携帯でメンチを切っている二人の不良を撮影する。
「智之。後で、写メ送ってくれない?」
「いいよ。しかし、貴重な物が撮れたなあ」
「「ふざけるな!」」
二人は、柊姉妹を押し退けるようにして、俺達に殴りかかって来るのであった。
(柊つかさ視点)
私、柊つかさは、今日は、非常に厄介な出来事に巻き込まれてしまいました。
それは、土曜日の放課後に、いつものようにお姉ちゃんと一緒に下校している時に起こりました。
いつも一緒に帰るこなちゃんは、急用があるとかで急ぎ足で下校してしまい、(多分、限定グッズの販売日とかそんな理由だと思います)ゆきちゃんは学級委員の仕事でまだ帰れないとの事で、今日は久しぶりに姉妹だけでの下校となったのです。
ですが、私がすれ違いざまに少し怖い男の人とぶつかってしまったために、私達はその怖い人達に絡まれてしまったのです。
『すいません』
私は謝ったのですが、その人達は許してくれませんでした。
更に、その事にお姉ちゃんがキレて逆にタンカを切ってしまい、最悪の状況となってしまったのです。
それなりの幅の駅近くの道なので、他に目撃者は沢山いるのですが、彼らは誰も助けてくれません。
向こうは、素行不良で有名な高校の生徒で、うちはそれなりのレベルの進学校。
勉強オンリーの人が多く、目の前の怖い人達に勝てる人なんていないかもしれないし、勝てても騒ぎを起こした咎で、学校から停学や退学の処分でも食らったら堪らない。
きっと、《触らぬ神に祟りなし》なんだと思います。
ところが、そこに救世主が現れました。
うちの学校の制服を来た背の高い男子二人で、見覚えのある人でした。
同じクラスの神代君と岩永君。
まだ話した事は無いけど、二人とも背が高くて細身で格好良い。
でも、クラスに親しい人はいないらしく、いつも二人だけで行動している。
そんな彼らに向かって、不良(死語だけど、気にしない)の人達が殴り掛かって行いきます。
私は、思わず目を塞いでしまいました。
(柊かがみ視点)
今日は、最悪の日だ。
珍しく妹のつかさと二人だけで帰ったら、思わぬアクシデントに巻き込まれてしまった。
更に、それに唯一救援の手を差し伸べて来た連中も、また性質が悪かった。
神代と岩永。
クラスは違うのだが、外見は最高だったのでうちのクラスの女子達が噂していた所に、元同じ中学だったという同級生が釘を刺して来たのだ。
『ああ。あの二人か。見てくれも良いし、ここに受かるくらいだから頭も良い、運動神経もなかなか。家も、特に神代の家は金持ちで、地元の神社の跡取りだからな。でも、どういうわけか、中学時代に複数回乱闘騒ぎを起こしているんだよな。何でも、二年生の時に、柔道部やら剣道部やらの先輩十人ほどを、二人でボコボコにしたらしい』
『らしいって?』
『翌日、二人とも顔にガーゼとか当てていたからな。まあ。先輩方はもっと酷かったけど。でも、先輩方も、そこで先生に訴えたら恥の上塗りだからな。無かった事にしたらしいよ。同じく、校内の性質の悪い連中ともそういう事があって、結末はほぼ同じ事になったらしい。付き合いには、注意が必要な連中なのさ』
そんな話を聞いていたので、私は少し警戒感を抱いていたのだが、私の目前で展開される彼らの言動は、少しデジャブを感じさせるものであった。
「拓海。俺。右の奴ね」
「左の方。弱そうじゃねえ? まあ。お前の方が強いから、それでいいけどね」
俺は、先に自分に殴りかかって来た男のパンチを余裕を持ってかわすと、そのままそいつの髪を掴みながら、鳩尾に膝を使った一撃を入れる。
すると、そいつは、腹を抱えながら地面に倒れてのたうち回る羽目になっていた。
「一人戦闘不能っと。おーーーい! 智之!」
「早いな。拓海。じゃあ、俺は、今日は○キで行こうかな?」
「何でもいいけどよ。負けるなよ」
「さあな。俺は、○キだからな。我が兄○オウよ! 今日、私はあなたを超える!」
「誰が、○オウだ!」
こいつは、見た目とは違い凶暴的に強かったが、実に困った癖を有していた。
それは、自分の戦闘をすぐに○斗の拳の名場面に脳内変換しながら戦うという癖であった。
何でも、こうすると一番調子が良いそうなのだ。
「ふざけるな!」
「激流を制するは、清流」
智之は、自分に殴りかかってくる不良その2のパンチを涼やかに受け流すと、そのまま情け容赦ない反撃を開始する。
「勝機! 天○百裂拳!」
「痛っ! 痛いっ! 痛い!」
あまり大きなダメージにはならないが、敵の反撃を完全に封じてしまうくらいの威力の正拳突きを百回。
実に、性質の悪い技であった。
「○オウ! あなたにも見えるはずだ! あの死兆星が!」
「痛い! 痛っ!」
勿論、殴られ続けている不良その2に、智之の奇妙なセリフにツッコミを入れたり、『俺は、○オウじゃねえ!』と言う余裕は存在しなかった。
「おーーー。おーーー。可哀想に。ていうか、土曜日のお昼前に星は見えないだろう」
「私には、見えるのだ。○ンシロウ」
「えっ? 俺の役柄って、それ?」
やがてキッチリと数えたのであろう、ちょうど百回の攻撃が終了し、不良その2は同じく地面に倒れて悶絶していた。
「弱いな。こいつら」
「実戦経験ほとんど無しって事だろ。この手の不良って、見た目で人がビビるから、強い弱いが両極端なんだよな」
「ふーーーん」
智之の説明に、俺は思わず納得してしまう。
「こらぁーーー! 誰だ! 喧嘩なんてして!」
「げっ! ヤバっ! 岩崎じゃねえか!」
不意に後ろから、誰かの通報を受けたのであろう。
校内の生活指導担当で、去年の俺達の担任である岩崎という中年男性教師が、怒鳴り声をあげながらこちらに向かって走って来る。
正直な所、俺達は中学の頃の風評を彼に知られていたので、彼は俺達を嫌っていたし、俺達も彼を嫌っていたのだ。
「処罰の口実になりそうだな。逃げるぞ。拓海」
「了解。智之。柊姉妹!」
「はい」
「何よ!」
突然、俺に名前を呼ばれた柊姉妹の内、つかさは驚いた表情のまま返事をし、かがみはこちらへの警戒感を隠す事なく、俺達を睨み付けていた。
「適当に、誤魔化しといて。では……」
「そういう事で」
俺と智之は急いで自転車にまたがると、最高速度でその場を後にしてしまう。
「お姉ちゃん。格好良かったね」
「どこがよ……」
その後、柊姉妹は、岩崎教諭に色々と詰問されたのだが、肝心の不良連中は、岩崎教諭が現場に到着する前に逃亡していたので、結局事件は無かった事とされたのであった。
(翌週の月曜日のお昼、2年E組の教室内)
「まあ。それは、大変だったのですね」
「そうよ。それに、その後のあの油ぎった岩崎の詰問が苦痛な事。苦痛な事」
そして、翌週の月曜日の昼食時、かがみはいつものように2年E組で昼食を取り、先週の出来事を親友である高良みゆきに話していた。
高良みゆきはこのクラスの学級委員長であり、かなり癖のあるライトピンクの超ロングヘアと抜群のプロポーションが特徴の、容姿端麗、成績優秀、品行方正、文武両道と絵に描いたような優等生であった。
「おーーーっ! そのいかにもフラグ立ちましたな展開! しかも、相手は謎の美形クラスメイトってのが……グっジョブ!」
隣でチョココロネを齧っていたこなたが、かがみに対して親指を立てるゼスチャーをする。
「あんたね。相手は、あの一部で評判最悪の神代と岩永なのよ。金輪際関わり合いたくないないわね」
「お姉ちゃん。でも、ちゃんとお礼くらいは……」
かがみと同じ机でお弁当を食べていたつかさは、かがみにちゃんと一度お礼を言いに行く事を提案する。
「そして、芽生える二人の恋。うん。実に最高のシチュエーションだ。フラグ立ったねぇ」
「こなたは、黙る!」
「うへい」
「大体、暴力で解決ってのが短絡的なのよ。どうせ、岩崎先生が駆け付けたんだから……」
「岩崎先生? あーーー。無理無理。あの先生ぃ、騒ぎが終わるまで、校門の裏から柊達の様子を伺っていたからな」
「「「「黒井先生!」」」」
かがみの後ろには、いつの間にか、このクラスの担任である黒井ななこが立っていた。
「様子を伺っていた?」
「せや。あの岩崎先生に、他校の札付きと向かい合う度胸なんてあらへんあらへん。だから、あの二人は処分無しなんや。それに、最近の先生は、他校の生徒でも体罰・暴力禁止やさかいな。柊達は、むしろラッキーだったんやで」
「黒井先生! ここに、黒井先生の体罰の被害者が!」
「うちは、人と場所を見極めて愛の鞭を振るうんや」
「それって、何気に酷いような……」
こなたは、良く世界史の授業で居眠りをして、黒井先生にゲンコツを貰っていたのだ。
「でも、評判悪いですよ。あの二人」
「なあ。柊。あんたは、自分で人を見極めんで、それでええのか? 」
「えっ?」
「その悪評を言った人間は何人おる? あの二人の事を知っている全員か?」
「あの……。その……」
実は、その悪評を話していたのは、自分のクラスの男子生徒一人だけであった。
「そもそも、あの二人と同じ中学出身者は、他に数人しかおらへんからな。あの二人の出身中学は、あまり学力が高くないし、柄の悪い連中も多からな」
黒井先生が、意外と二人の事を知っている事に、かがみが少し驚いていた。
「でも、良く知っているんですね」
「それほどでもないで。うちよりも、白石!」
「はい?」
黒井先生は、近くの席で調理パンを食べていた白石みのるに声をかける。
「白石。お前、神代や岩永とソコソコ話すよな?」
「ええ。まあ。中学生の頃の友人が、共通の友人でして。何でも、同じ小学校だったそうです」
常に二人組で、いつもは周囲に壁を作っている二人であったが、唯一の例外として挙げられるのが、この白石みのるであった。
授業間の短い休み時間に、三人で時折り話をしていたのだ。
「あの二人。評判悪いんか?」
「ああ。D組の今泉でしょう? あいつ、中学三年の時に告白した女から、『私は、岩永君が好きなの』って言われて、それ以来、あの二人の事が嫌いなんですよ」
他にも、白石みのるは、彼らが乱闘騒ぎをする羽目になった理由を説明する。
「事情をちゃんと知っている連中で、二人の友人は多いですよ。あいつら、結構ノリがいいから。俺も同じクラスになったから、今度、その共通の友人と一緒に遊びに行く計画がありますし」
「この学校に、他に友人はおらへんのか?」
「いないと思いますよ」
「なら、どうしてこの学校にしたんやろうな?」
「近いから、ここにしただけだそうです。それと、『ここの生徒はガリ弁で暗かったり、陰険な奴が多いから、別に仲良くしてくれなくても結構。勝手に、陰口でもほざいてろ』だそうです。俺以外に、特に友達付き合いするつもりもないと」
「白石。身も蓋もない話やなぁ」
「他の人に聞かれたら、そう答えてくれだそうです」
実は、この白石みのるも、この学校に関しては割り切っている部分の多い男であった。
放課後の時間を利用して、声優としてのレッスンを受けたり、今はチョイ役だけだが、声優としての仕事もしていたので、この学校に友人がいなくても特に気にならなかったのだ。
同じく友人は、小・中学校時代の人達が沢山いるタイプであった。
「なんや。適当な風評でこちらが嫌っているつもりやったが、見切られてるのは、うちらの方やったというオチかいな。しかし、あいつ等は優しいな。その見切っている柊達を、停学覚悟で助けてくれたんやから。結構、男気があるのかもな」
「……」
黒井先生と白石みのるのやり取りを聞いて、かがみが考え込んでいると、珍しく一番最初にお弁当を食べ終わったつかさが、突然席を立つ。
「白石君」
「違うよ。つかさ。セバスチャンだよ」
「なぜに、俺がセバスチャン? 柊。何だ?」
「神代君達は、いつもお昼はどこで食べているの?」
「主に、屋上だな」
こなたにセバスチャンと呼ばれながらも、白石みのるはつかさの質問に答える。
「そういえば、いつもお昼時は教室にいないですよね」
みゆきの言う通りで、二人はいつも長い休み時間になると、フラリと教室を出てしまう事が多かった。
「今泉の布教活動の影響で、一部の生徒達にえらく嫌われているからな。一緒にいると、内申書に影響が出るかもしれないって。黒井先生にこんな事は言いたくないけど、岩崎先生にも毛虫の様に嫌われていたから」
「岩崎先生は、事なかれ主義やからな」
「私、神代君達にお礼を言ってくる」
つかさは、素早く自分のお弁当箱をしまうと、そのまま教室を駆け足で出て行ってしまう。
「おおっ! 今まで評判の悪かった男子の新たな一面を知り、猛然とアタックを開始するつかさ。もしかして、フラグが立った?」
「泉。フラグって、お前……(そして、意味がわかってしまう自分が悲しい……)」
相変わらずなこなたに、黒井先生は少し呆れたような顔をしていた。
「でも、《神代君》達なんですね。つかささんは」
「おおっ! みゆきさん。鋭いなぁ。つかさは、神代ルートっと」
「岩永の方や無いんやなぁ。あいつ、ええ男やないか。神代も、なかなかやけど」
神代拓海があまり女性と縁が無かった理由の一つに、常に岩永智之と比較されるというものもあった。
向こうが完璧美男子だったので、拓海が普通より少し上程度にしか見られなかったからだ。
「岩永ですか? 全ての交際が一日で終了する伝説の男ですよ」
「はあ? 一日で? そらまたどうしてや?」
「あいつは、自他共に認めるオタクですからね。特に、○ンダムと○ヴァと○斗の拳を三大聖典として崇めているそうで……」
「納得いったわ」
黒井先生と白石みのるの話が進んでいる間に、つかさは既に教室を飛び出していて、かがみはいつものように、こなたに鋭いツッコミを入れる事もしないで、一人深く考え込んでしまうのであった。
(約五分後、校舎屋上にて)
「ふむ。学校より少し離れていたが、わざわざ足を運んだ甲斐があった。サイタマウォーカー掲載のパン屋の名物メニュー《クラタンコロッケサンド》と《エビカツバーガー》がとても美味しそうではないか」
「拓海。俺は、弁当なのに付き合ったんだ。お礼は無いのか?」
「では、智之に、デザートとして《いちご生クリームパイ》を進呈しよう」
「気前がいいな」
「それ、念のために三つ買ったんだ」
「何ほど食うつもりなんだよ。お前……」
俺達は、晴れの日の昼飯はいつもこの屋上で食べていた。
メニューは、智之が母親の作ったお弁当で、俺は買い弁オンリーであった。
うちのお袋は、神社で親父の補佐をしていたし、数人の若い出仕(見習い)さんの面倒も見ていて忙しいから、俺から辞退していたのだ。
実は、お袋の料理がさほどでも無いという理由も存在していたが……。
「ところで、そのサイタマウォーカー」
「昨日発売だったんだよ」
「家の台所のテーブルの上で見た。大宮のクルメ特集の欄に赤ペンでさ……」
「それは、すなわち……」
「今日の俺の弁当は、終わっているという事だ」
俺のお袋と智之のおばさんは親友同士で、時間が空くと、映画だ、コンサートだ、グルメだ、旅行だと、二人で遊びに出かける事が多く、その代償として、智之の弁当が手抜きをされるという結果になっていた。
「うわっ! 今日のは、またえらくシンプルだな」
「確かに……」
智之の男性用の弁当箱には、全てのスペースにご飯が敷き詰められ、真ん中に梅干で、他はのりたまが満遍なくふられという状態であった。
「タンパク質とか、ビタミンが皆無だな」
「サイタマウォーカーの赤ペン。大宮駅前のホテルの最上階の、高級中華の食べ放題だったんだよね・・・・・・」
「家の財政を握っているって、偉大だよな……」
「朝と夜は普通に作るから文句は言えないけど、何か理不尽なような……」
智之がふりかけ飯を、俺がパンを食べていると、視界に一人の女子生徒が入ってくる。
先週に不良達から助けた、柊姉妹の妹の方であった。
「あの……。神代君」
「うん? ああ。柊妹か」
「柊妹って……?」
「同学年に、柊は二人いるからな。しかも、二人は姉妹ときている。となれば、呼び方はおのずとそうなるわけだ」
「下の名前を、知らないからだろう」
ふりかけ飯を半分ほど食べ終わった智之が、俺に茶々を入れてくる。
「知ってるけど、普通はいきなり呼ばないだろう?」
ただクラスメイトなだけで、彼女でも友人でもない女の子を名前で呼べる道理も無かったからだ。
「あの。先週は、助けてくれてありがとう」
「気にするな。たまたま運動不足だっただけだ」
「素っ気無いよ。拓海君」
「智之! 声色まで変えて、変な事を横から抜かすな!」
つかさは、今までは少し怖いと感じていたクラスメイトの言動に、先ほどの黒井先生の言葉を思い出していた。
「(そうか。他人の噂だけで、その人判断しちゃいけないんだよね)あのね。神代君。それで、何かお礼をしたいんだけど……」
つかさは顔を真っ赤にさせながら、清水の舞台から飛び降りる覚悟でお礼をする旨を伝える。
「いや、そこまでの事は、していないし……」
「でも……」
「拓海君って、女の子に冷たいのね・・・・・・」
「いや、また横からそのオカマ声は止めて欲しいんだけど……。ていうか、それ、柊妹の真似?」
既に、弁当の三分の二を食べ終えた智之のオカマ声に、俺は少し眩暈を感じてしまう。
「うん! そうなの!」
「一ミリも、似てねえよ! そもそも、ムカ付くだけで全然可愛くねえ!」
「(えっ! 神代君は、私の事を可愛いと思っているの?)」
心の中でそんな事を考えていたつかさの顔は、いまだに真っ赤なままであった。
「拓海君のいけず! でも、拓海君って、いつも買い弁なのね」
「だから、そのオカマ声は止めろって……」
声は、自称はつかさの声真似で、実際にはただのオカマ声であったが、智之は自分なりに、つかさにお礼のヒントを与えたつもりであった。
「(岩永君。ありがとう)そうなんだ。じゃあ、明日、私がお弁当を作って来てあげるよ。私、結構得意なんだよ。料理とか」
「いや……。でもさ……」
実は、俺は、結構精神的にテンぱっている状態であった。
先週はさほど気にならなかったのだが、今こうして柊つかさと面と向かって話していると、彼女がモロに俺の好みのタイプであったからだ。
少し地味だが、可愛らしいくて子犬のようで、胸も慎ましやかであったからだ。
「お前ねえ。女の子の手料理なんて、そうは味わえないんだから、素直に『お願いね』って言っておけよ」
「悪かったな。女にモテないで」
「俺を見習え。見習え」
「その趣味が災いして、全て一日デートのみのお前にか?」
「ええと。岩永君の趣味って、あれだよね? こなちゃんと、同じの……」
さすがに、本人に面と向かってオタクと言うのは、つかさも少し憚られたらしい。
「こなちゃん? ああ。あの《永遠の小学生》も、オタだったよな。それも、漏れ聞こえてくる話の内容から察するに、かなりディープな」
「永遠の小学生って……」
つかさは、こなたに失礼だとは思ったが、智之のネーミングセンスに感心してしまう。
「お互いに遠慮していても何も解決しないから、明日、拓海が弁当を作って貰えば、それで全て解決じゃないか。それと、俺にもおかずなどを恵んでいただけますと……」
「あっ! ごめんね。岩永君」
良く良く考えると、二人に助けて貰ったのに、自分が拓海にばかりお礼を言っている事に、つかさは気が付いていた。
「いや、俺はこのシチュエーションが、結構新鮮で感動しているんだよね。今までは、俺に話しかけても、拓海は無視って女が大半だったからさ」
隣に、超イケメンがいる事によって発生する悲劇であった。
拓海は、単独で見ればかなり女の子にモテる容姿をしていたからだ。
「事実ゆえに、少しムカ付くな……」
「結果良ければ、全て良しなんじゃないの?」
「それで、お前はおかずだけなの?」
「一応、我が母君が弁当を作るからね。でも、あのサイタマウォーカーの赤ペンチェック。隣の高級フレンチのランチコースにも印が付いていてさ……。多分、明日も、炭水化物オンリーの弁当になるのでないかと……」
「不良主婦だよな。俺達の母親」
結局つかさは、明日のお昼に二人にお弁当を作って行く事を約束して、その日のお昼休みを終了したのであった。
「それで、この大騒ぎなんだ」
「男の人二人だから、沢山食べると思うんだ」
つかさは、拓海が一人で調理パンを七個も食べ、食後にデザートとして菓子パンまで食べていたのを目撃していたし、智之の方もかなり大きい弁当箱に目一杯にご飯が詰まっていて、それを僅か十分ほどで完食していたのを目撃していた。
ちなみに、実は自分も、拓海からいちご生クリームパイを貰っていたのだが。
「お礼に、お弁当ねえ……」
「かがみんには、不可能な芸当だね。《恩を仇で返す》ってやつ?」
「事実だけに、余計ムカ付く!」
その日の放課後の帰宅途中、つかさは、かがみとこなたとみゆきと一緒に、糟日部駅前のスーパーで買い物をしていた。
「こなちゃん。若い男の人って、何が好きかな?」
「若い男になら、萌えが最高の素材だと……「真面目に答えなさい!」」
こなたは、隣にいたかがみから鋭いツッコミを入れられる。
「えーーーっと……「ちなみに、そっち系統の回答も無し!」」
「厳しいな。かがみんは……」
こなたは、真面目に回答せざるを得ない状態となる。
「若い男の人だから、魚より肉でボリューム感重視。味付けは少し濃い目がいいよ。あとは、これは無理だからねぇ……」
こなたの三度目の回答は、さすがは料理に慣れているだけあって、かなり的確なものとなっていた。
「えっ? 無理なの? こなちゃん」
「その人のお母さんの味付けっていうのも、かなり有効なんだけどね。知りもしない人の、味付けの再現は不可能だから。ねえ。みゆきさん」
「そうですね。長年食べ慣れているという部分は大きいですね。結婚後に、旦那さんのお母さんに、料理を習う奥さんも多いそうですし……」
「みゆきさん。博識だなあ」
「いえ、ただの世間一般のお話ですから」
「そうか。肉系統のボリュームのあるおかずで勝負か」
「つかさってば、いやに張り切ってるねえ。これって、もしかして?」
「こなたは、すぐにそっちに繋げたがる。あくまでも、お礼なんでしょう?」
かがみは、自分ですらその手の事にまだ縁が無いのに、つかさがあの二人の内の一人と、どうこうなるとは思っていなかった。
「かがみんは、お礼しなくてもいいの? 一緒に助けて貰った癖に」
「別に、私は助けてくれなんて一言もお願いしていないもの」
「素直じゃないねえ。やはり、ツインテールゆえに、ツンデレの要素が……「ツンデレ言うな!」」
その間にも、つかさは次々に食材を買い物籠に放り込んで行くのだが・・・・・・。
「お姉ちゃん」
「どうしたの? つかさ」
「今日は、ちょっと持ち合わせが……。貸して」
「はいはい。後で返してね」
かがみは、自分の妹の相変わらずなボケぶりに少し安心するのであった。
「よーーーし! 頑張るぞ!」
夕食後、柊家の台所で、つかさは一人張り切っていた。
あまり朝に強くないつかさとしては、夜の内に大部分の調理を完了させなければならないからだ。
それに、自分と姉の分のお弁当も合わせると、その量はかなり大量となるので、いつもよりも手間が掛かり、それも加味しての早めの準備であった。
「気合入ってるなあ」
「お姉ちゃんも、楽しみにしていてね」
「豪勢な昼食も悪くはないか」
かがみがそんな事を考えていると、そこに自分達の姉である大学生のまつりが現れる。
「つかさ。その大量の料理は?」
「ちょっと、他の人の分も作る事になって」
そう答えるつかさの顔は少し赤く、その表情はとても嬉しそうであった。
「なあに。男に作るの?」
「うん」
全力で否定されると思っていたのに、つかさに嬉しそうに『うん』と返答されてしまったまつりは、予想以上に動揺してしまったらしい。
素早くその場から走り去ると、居間でテレビを見ていた他の家族に大声で知らせに行ってしまう。
「お父さん! お母さん! お姉ちゃん! つかさが、男に弁当作ってる!」
「「「嘘っ!」」」
当然の如く、つかさは家族から鋭い追及を受ける事となった。
「そうか。つかさも、もうそんな年頃になったんだね」
この家の主であり、鷹宮神社の宮司でもある父ただおは、表面上はいつものままであったが、心の中では走馬灯のように今までの思い出が浮かんでは消えていた。
「お父さん。実は、物凄いショックでしょう……。ところで、つかさ。順番間違ってない?」
「へっ?」
柊家の長女であり、会社員をしながら神社を手伝っているいのりの発言で、周囲の温度が急速に低下し始める。
「私やまつりにすら、彼氏とかいないのよ。男に手料理とか、あり得ないっしょ!」
「えっ! そんな事で、つかさを怒るの?」
かがみは、自分の姉の言葉に驚きを隠せないでいた。
「まあ。今日は、その怒りは一旦胸にしまうとするわ」
「胸にしまうって事は、復活する事もあるのよね……」
「それで、どんな男の子なの?」
いのりは、つかさではなく、かがみにその相手の事を尋ねる。
事情を知っているのであれば、つかさに聞くよりも効率的であったし、肝心のつかさが、家族の追及のせいで、顔を真っ赤にして下を俯いていたからだ。
「残念な事に、事情を知っているのよねえ……」
かがみは、今までの経緯と拓海と智之の事を、家族に詳しく説明する。
「へえ。背が高くて、格好良いんだ。二人とも」
「ええと、まあ……」
かがみは、いのりの背後に嫉妬の炎が湧き上がっているのをなぜか視認していた。
「いいなあ。私に紹介して欲しいなあ。ちょっと年下だけど、高スペックよねえ。その二人」
「高スペックって……。家電製品じゃないんだからさ」
かがみは、もう一人の姉であるまつりの言葉に呆れ返ってしまう。
「それで、つかさは、どっちの子に興味があるのかしら?」
この家の真の主にして、四姉妹の母であるみきが、つかさに一番大切な事を聞く。
「ええとねぇ……。神代君」
「うわっ! 正直に言いやがったよ!」
かがみは、不思議に思っていたのだ。
普通なら、ちょっと『あの時は、ありがとう』と言えば済むレベルの話なのに、お礼にお弁当がどうのとかいう話に発展していたからだ。
つまり、あの助けて貰った時から気になっていたのであろう。
「そうなんだ。頑張ってね。つかさ」
「うん……」
この見た目は実年齢を感じさせない若さを誇る母は、つかさの味方であった。
聞けば、なかなかに良さそうな男の子であったし、他の姉妹達にその手の話題が皆無である事を悲しんでいた節もあったからだ。
「神代? 神代拓海……。ああっ! そうか! 糟日部大社の跡取りか。去年に、父親から紹介された事があった!」
同じ埼玉県内の同業者であったので、年に一回くらいは集まりがあり、ただおはその時に父親から、『息子が、跡を継ぐ事になったんです』と紹介された事を思い出していた。
「うちよりも歴史も規模も大きい神社で、地方の神社の跡取りを見習いとして積極的に受け入れて面倒見るから、結構有名なんだよ。大地主でお金持ちっていう理由もあるけどね」
「いいなあ。超ハイスペックじゃないの。私が、お嫁に行こうかな?」
「つかさ。頑張りなよ」
「お母さんも、応援するからね」
「そうか。生まれた家って重要なんだな。意識していないようで、そういう人を選ぶのか」
二人の姉と両親は、つかさが良縁に恵まれたと思い、素直に喜んでいた。
「ねえ。少し早合点なんじゃないの?」
「(ええっ! もう、お母さん達の中では、結婚まで確定? 確かに、神代君って少し良いかもって思ったけど、まだそこまで考えていないし、というか、まだ付き合ってもいないし……)」
家族の暴走を嘆くかがみをよそに、つかさは一人家族の誤解をどう解こうか思案に耽るのであった。