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[12033] 【ネタ】ある男が用務員になったようです。【オリジナル】
Name: 柴犬◆73b07509 ID:3200a8a0
Date: 2009/09/24 18:50
 聖アナスタシア女学院は広大な敷地面積を誇る有数のお嬢様学校である。一定以上の裕福な家庭のものしか入学することは許されず、
通学には寮に住み込むか車での送迎が義務付けられている。


 構内には緑が溢れ、自然と人工物の調和した美しい光景は多くの警備員、各種専門家を含む、学校関係者によって維持されている。
 そのお陰もあって学園内は四季によって、大きく顔を変えながらも常に美しく保たれ、生徒たちには『楽園』とよばれて愛されている。



───それはさておき、夕刻構内の一角にて───



「掃除といってもゴミ落ちてないな。」
 このお嬢様学校に就職し、今日が初日……俺は主任に言われたとおりに、掃除……といってもゴミは全く落ちていないので枯れ落ちた落ち葉を箒で集めていた。


 初めての就職。28歳にもなって。


「勝手が全くわからん。」
 顔をしかめ、呟く。この年まで代々受け継がれてきた武道一本で生きてきた俺にとって、それ以外の仕事ということははじめてのことであった。


 そんな俺が何故ここで働いているかというと、致命的なほどに人に教えることが下手であり、経営も出来ず、ごつくはないが明らかに
実践向けの引き締まった身体と研ぎ澄まされた刃のような表情を持っていたために誰も怖がって弟子入りしなかったからであった。


 要するに単純に食っていけなくなったのである。
 ひょっとしたら人望がないだけかもしれん。


 ついには、受け継いだ道場の維持すら難しくなったために手当たり次第仕事の当てを探し、ここがようやく見つけた職であった。


「ひょっとしてこれは……掃除とは何かという禅問答なのか?」
 むむ、と手を止めずに考え込む。わからないとはいえさぼるという選択肢は無い。そう思われるのは恥辱だ。
 だが、このままではそう思われてしまうかもしれない。


「今日の仕事が終わったら聞くべきだろうな。」
 暫く考えていたことに結論を出して頷く。そのときにはもう、半径300m以内には塵一つ落ちていなかった。



 次の場所にうつろうとしたそのときである。



「きゃぁぁぁぁっむぐっ!!」
「大人しくしろ。」
 数人の黒いスーツを着ている男達に捕まっているのはこの学校の女生徒であろう。周りには彼女の護衛らしき男たちが気絶している。
 なんとか生きてはいるようだ。この学校には相応しくない、明らかに人攫いの現場である。


 俺はそんな光景を見ても眉一つ動かさずに見ていたのだが天啓が閃き、一つ頷く。


(主任は用務員の仕事はこの学校の美しさを守ることだと言っていたがこういうことか。確かにこれは美しくない。)


「待て。」
 突然現れた作業着姿の俺の短い制止に、男達の動きが一瞬止まる。


「誰か知らないが見なかったことにすれば今なら見逃すぜ?」
 黒服の男達が下種な笑いを浮かべる。だが、俺はそれを軽く受け流す。


「この学校を美しく保つのが俺の仕事だ。」
 なるほど、主任は正しい。いろいろな人達が知恵と労力を使い、頑張って保っている綺麗な場所にこのようなものは相応しくない。
 『用務員』とは、俺の天職かもしれない。ゴミというのはこのような輩の隠語だったのだ。
 なるほどこれは確かにゴミ掃除だ。


 構える。
 全てを費やしてきた俺の人生。それを生かすための職場。父……いや、師は人は誰でも天命というものがあるのだといっていた。
 俺にとってはこの仕事こそが天命なのだろう。


「やっちまえ!」
 そこそこの修練を積んだ黒服たちの動き。恐らく元々は軍人か何かだったのだろう。


 だが甘い。


「はっ!!!」
 一人目を左の寸剄で打ち倒し、二人目を右の掌底で吹き飛ばす。小さな動きで隙を見せず最大の効果を。それが我が流派の特徴。
 三人目の攻撃はかわして背後を取り、手刀であっさりと気絶させる。


 後は女生徒を捕まえている一人だけだ。


「き、貴様何者だ!?お前も九上院の護衛か!動くな!動くなよ!!」
 人質を取っているにも関わらず、パニックになっている黒服。自分たちの実力に余程の自信があったのだろう。
 実際に強かった。だがそれ以上に俺は強かった。


「俺はこの学校の新しい用務員。主任からはゴミの掃除が今日の仕事だといわれている。」
 流派の教えにより、用心から数個は常に持ち歩いている小石をズボンのポケットから取り出し、指弾で飛ばす。相手の額に当たり、
隙が出来る。それで十分。


 一瞬後、女生徒を相手から引き剥がし自分のほうへ抱え込むと、相手の後頭部に蹴りを決めて沈めた。


「あ、有難う御座います。危ないところを助けて頂いて……」
 泣きそうになっているが泣いてはいない。気丈な女性だ。長い黒髪の品のよさそうな美少女。裕福な家庭で良い教育を受けてきたのだろう。
 子供が見るだけで泣く俺の顔を見ても丁寧な御礼を忘れないとは。いい子だ。


「気にすることは無い。生徒が気持ちよく過ごせるようにするのが俺の仕事だ。」
 だが、給料分働くのが社会人というものなのだから礼を言われるのは筋違いというものだ。気絶している護衛たちに喝をいれ、叩き起こす。

 護衛たちに事情を説明し、伸した男達を任せていると仕事に必要だからと主任から渡された携帯が鳴った。


「もしもし。そろそろ定時だから上がれよー。」
「わかりました。」
「この学校広いだろ~ゴミ掃除は出来たか~?」
 意味を含んだ言葉にはっと驚く。主任はこうなることを知っていたのだろう。さすが先輩だ。掃除の年季が俺とは違うのだ。
 だが、俺は俺なりに上手く掃除できたと思う。


「問題なく。今後ともご教授お願いします。有難う御座いました。」
「わはは!かてーやつだな!!用務員の仕事は掃除だけじゃないぞ!がんばれよ。」
 掃除だけではない……だと!?
 戦慄が走る。用務員の道はどれだけ厳しいのだ。一体何をするというのだ……楽な道などないということか。だが俺は負けん!


 俺は主任を含め、用務員の先輩たちの持つ底知れない実力に驚きながらもそんな男達と同僚になることができた幸福を噛み締め、
明日からも頑張ろうと決意を新たにするのであった。






おまけ






「主任~いくらなんでも説明せずに掃除しろって可哀想ですよー。」
「わはは。この学校の広さを身をもって知ってもらうには一番じゃねえか。落ちてないゴミを捜していれば色んな場所をまわるだろうしな。」
「まあ、そりゃそうなんですがねえ。」
「だけど、あいつ掃除したっていってたな。どっかゴミ落ちてたのかなあ?」






[12033] ある用務員は黒子に徹するようです。
Name: 柴犬◆73b07509 ID:3200a8a0
Date: 2009/09/22 22:39


 働き始めてから数日がたった。
 用務員としてやるべきことはゴミ掃除だけではない。生徒が管理している花壇以外の花の世話や、各種施設の簡単な修理、野外授業で使う物の
持ち運びなども俺達の仕事である。


 寮の中や校舎内での雑事はメイド達が、外のことや力を必要とする仕事を用務員がこなすといった具合に分担されている。


 他にも警備隊というのものが存在しているらしいが、こちらは用務員とメイドとは指揮系統が異なり、学外の会社が管理しているため、あまり用務員はかかわる事が無いらしい。






「ようするにあれだ。俺達は黒子なわけだな。」
 一緒に昼を食べていた笑顔の爽やかな30代後半の男……主任が弁当を食べながら言った。妻帯者らしく、いつも愛妻弁当を食べている。


 俺はというと支給される弁当を食べているのだが、これも馬鹿にはならない。大金持ちのお嬢様達が食べる食材で作られるそれは、
非常に美味なのである。職が見つかるまでの食生活はかなり貧しかったこともあり、三食寮付きのここでの生活は俺にとって天国だ。
 家に残している年離れた妹は心配だが、一か月分の金は残してあるし俺よりしっかりしているからなんとかするはずだ。


「黒子というと、昔の劇の裏で準備を行なう人のことか。」
「そうそう、空気のような存在ってやつだ。生徒たちにとっては、いつも気づかないうちに清潔に保たれていたり準備されていたり……というのが理想だな。」
 主任は俺のような素人にも親切で、丁寧に仕事を教えてくれる上司である。人の良さそうな笑顔を常に浮かべているが、発言や行動を
見ている限り油断ならない人物だ。

 学園に侵入する悪党をゴミ呼ばわりにしたり、しかもそれを焼却処分にするよう俺に命令したりと敵にはかなり過激なことがわかる。
 流石に燃やすと法律に引っかかるので、捕らえたものは焼却場に放り込むだけにしているのだが。


「なるほど……空気か……。」
 主任が言いたいことは判る。
 ようするに─────初日のような失態はするなということだ。
 あのように、目の前でゴミを掃除するのでは生徒たちは不安になる。生徒たちの目に付く前に掃除しろ。そういっているのだ。主任はそれを
意識することなくこなすことができるのであろう。


 全くもって恐ろしい手練だ。今考えるとあの程度で満足していた自分が恥ずかしい。


「しかし、難しいな。」
 空気のようにというが俺は隠行の術は得意ではないのだ。正面戦闘は得意なのだが……。


「はっは!難しく考えることは無いさ。生徒たちがどうすれば楽しんで過ごせるのか、それを頭にいれとけばいい。」
「判った。主任。」
 ばしばしと肩を叩く主任に一つ頷くと、俺は弁当を片付け仕事へと戻った。
 主任を失望させるわけには行かない。ならばどうすればいいのか……出来ないなら出来るようになればいい。生徒が楽しめるように隠行の技術を身につけろ。

 つまり主任はそういっているのである。厳しい方だ。




───草木も眠る丑三つ時───




「小隊長~~何で俺達が子供のお遊びに付きあわにゃならんのですか~。」
「組頭と呼べといってるだろうが。俺達忍者は代々命じられたことを何も考えずにやればいい。」
「忍者って古っ!もっとなんか言い方ないんすか?」
 闇夜の森の中、風を切って走りながら当人同士でしか聞こえないように小声で話す人影が三つ。


「ライバルのお嬢様の恥ずかしい秘密を握れって……。俺達変態じゃないですか。」
「そんなことわかっとるわ。だが、やらねばなるまい。……む、三蔵は?」
「そういやいませ……うわqあwせdrftgyふじこlp!!」
 背後から気絶させた男を後ろに捨てる。朝まで起きないだろう。


「空気に溶け込む……というには、まだまだだな。これでは気配を消して後ろから殴っただけだ。修行の成果はすぐには出ないか。」
「我々忍者に気配を悟らせないとは……お主何者だ。」
「俺はこの学校の用務員だ。」
「ふざけるな!」
 自称黒装束の忍者が激昂する。おかしい……なぜ怒るのか俺は理解できず、眉を顰める。


「事実を答えた。」
「どこの世界に闇に溶け込み、闇に生きる我々を闇の中で、しかも走りながら気づかせないで倒せる用務員がいるのだ。」
 余程自信があるのだろう。世界は広いというのに。


「我が学園では当たり前のことだ。寧ろ俺が一番未熟故、今日も自主訓練していたのだ。」
 このような輩が見つかったのは偶々だが。


「どこの密偵だ。金で解決はできないのか?」
「俺は学園より手取り12万円で雇われている用務員だと言っている。」
 俺は構える。


「そして……」
 ざ……と、土を踏みしめる。相手は月の光も反射しない黒く塗った短刀を構えているが、警戒しているのか向かってくる様子は無い。
 闘うか引くか悩んでいるのだろう。


「就業規則15条4項の7には学生関係者から金銭を受け取ってはならないと記されている。買収は─────無駄だ。」
 社会人にとって当然の常識だ。おもしろくもない。どこの世界にそんな買収に乗る用務員がいるというのだ。


「くそっ!」
 手下二人を放って置くことも出来なかったのだろう。忍者組頭は闘うことを選び────俺の一撃で地面に吹っ飛びながら三回転し、
木にぶつかって気絶した。






「さて。今日はどうするか。」
 倒した三人を縄で縛り、考える。何時もどおり焼却場に置くのは確定なのだが……。


「尋問するか……いや、探偵は俺の仕事ではないな。」
 あくまで俺の仕事はゴミ掃除だ。まだゴミのない場所を掃除するわけにはいかない。


「恥ずかしい弱みとか言っていたな。ならばこうするか。」
 俺は一つ頷き、三人の服を剥ぎ始めた。



 翌日、焼却場で『私は変態です。』と張り紙をされたパンツ一丁で正座している男達が見つかったと大騒ぎになっていたが、
俺は気にも留めずにすっかり慣れた動物小屋の修繕を行なっていた。

 女性の秘密を暴こうなどという輩には丁度いいお仕置きだろう。雇われ忍者とやらなら二度と仕事は出来まい。これほど笑いものになれば。
 これが抑止力になればいいのだが、と考えながら仕事をしていたのだが。


「よう。精が出るな。」
「ああ主任。ようやく仕事にも慣れてきた。」
 何時もどおり爽やかな笑顔を浮かべた主任は俺の修理の後を眺めながら、


「仕事には手を抜くなよ。後で厄介になる。慣れたときが一番危ないからな。」
「はあ。」
「お前なら心配無いと思うが。仕事に対してプライドを持ってやれよ。」
 ……まさか、あれが俺の仕業だとばれているのか。それで釘を刺しに着たのか?
 ゴミは焼却場に入れて燃やせという冷徹な主任が手を抜くな……ということは……俺の仕事が甘いと言うこと。それは即ち───────




「パンツまで脱がさないと駄目だったか。」
「はあ?」
「なんでもない。頑張ります。」
 用務員の道は険しい。一人前になれるのはいつの日か。俺は秋と言うのに照りつける太陽を見上げ、これからも頑張ろうと決意した。









[12033] ある用務員は心の掃除を行なうようです。
Name: 柴犬◆73b07509 ID:3200a8a0
Date: 2009/09/22 22:55




 用務員となってさらに日は流れた。
 学園の状況だが構内のゴミは殆ど狩りつくし、学外からのゴミは最近持込が減ってきているため、かなり過ごしやすくなったのでは
ないかと俺は考えている。
 優秀な主任や先輩方がいるというのに何故これほどゴミが残っていたのか……


 そんな疑問を抱えながら隠行の術を行使し、花壇に水を撒いていたある晴れた日のことである。




「えぐ……っ……」
 小さな少女が蹲って泣いていた。初等部か中等部の学生だろうかと思ったが、制服から見ると高等部の生徒のようだ。
 しかし、俺は黒子である。そこにはいない存在。あんまり関わるのもよろしくなかろうと気配を消して花に水を撒き続けていたのだが。


「美代。捜したわよ。大丈夫?」
「うう、ありがとう~~美春様。」
 彼女を捜していたのか新たに二人の少女が続けてやってくる。一人は確か、以前黒服に囲まれていた九上院とかいう長い黒髪の美しい少女だ。
 小さいほうの少女を慰めているが、そこには嘘臭い雰囲気は無い。元より性が善なのだろう。

 もう一人は刀を持った性格のきつそうなショートカットの少女だ。九上院の傍にいて泣いている少女には気も止めず、辺りを警戒している。


「でも、美代もやり方が悪いわよ。誰とも知れない人を使って仕返ししようだなんて杜撰で不確実な。」
「うん……。でもそうしないと……。」
「私のせいでもありますから……困りましたわね。」
 困ったように考え込む二人。さらっと凄いことを言っていた気がするのだが。俺の気のせいだろう。


「用務員さんはどう思います?」
 九上院がこちらを向いて声をかけてくる。隠行は完全だったはずだが何故判ったのだろうか。彼女には武芸の心得は無さそうだが。


「何故俺がいることがわかった。」
 隠行をとき、彼女のほうを向くとショートカットの少女がびくっと怯えたように震えた。彼女は気づいていなかったらしい。


「如雨露が不自然に空中に浮いていましたので。それで目を凝らしたら貴方が。」
 花が咲くようにといった形容が付きそうな可愛らしい笑顔を浮かべる。水をやることに意識が行き、如雨露の隠行が解けていたか。
 無機物の隠行は難易度がやはり高い。俺は一つ頷き、


「俺は一介の用務員。女生徒のメンタルケアは職務外だ。」
「貴様!何者だ!!」
 第一最近の子供の考えなど俺にはわからん。ショートカットの少女は何故か必死に俺を威嚇しているが害は無さそうなのでとりあえず放っておく。
 九上院はショートカットの少女を抑えて、少し小首をかしげながら考えていたようだが、


「用務員さんのお仕事はゴミを掃除することなんですよね?」
「うむ。ゴミだけではなく学園を綺麗に保つのが俺の仕事だ。」
「美代の心は今、鬱々とした汚れが溜まっています。それを掃除してあげるのもお仕事です。」
 にっこりと笑みを浮かべて静かに、だが強く言い切る。


「ふむ……。」
 俺としたことが、客でもある生徒から仕事に対する指摘を受けるとはなんという不覚。


「なるほど。ゴミ掃除とはそういうものも含むのか……それなら俺の仕事だな。いいだろう。」
 女生徒たちの心の掃除も俺達の仕事なのか。全くもって奥が深い。妻帯者の主任などはきっと女生徒の心もよくわかるのだろうが
無骨な俺がそれをどこまで手助けできるのだろうか。


「美代。この方は信用できます。一度相談してみては。」
「う……えええ!」
 小さいほうの少女は驚いていたが、暫く悩んで頷いた。


「私……小さいからいつも虐められてて……。」
「ふむ。」
 このような学園にもそのようなものがあるのか。お嬢様というのも存外大変なようだ。


「それでお小遣いで忍者雇って仕返ししようとしたんだけど……何故か……その……」
「パンツ一丁で転がされていたか。」
「う……そうです。」
 小さい少女は顔を真っ赤にして俯く。時代は変わるものだな。最近は女生徒のお小遣いで忍者が雇えるのか。これも価格競争、
価格崩壊というものかもしれない。忍者にとっても厳しい時代だ。


 ひょっとしたら、主任たちがゴミを全て狩り尽くさないのもこういった女生徒達の力関係やメンタル面を考慮に入れた
深い考えがあるのかもしれない。
 素人の俺が無計画に狩り尽くしたのはまずかったのだろう。


「残念だが俺は虐められたことがない。だから、君にとっていいアドバイスができるかは判らない。」
「用務員さん強そうだもんね。」
 若い頃、残念なことに同年代で俺より強い漢とは出会うことが出来なかった。唯一、父の友人だという爺さんが俺を叩きのめしたくらいか。
 それも自惚れていた当時ならともかく今なら互角の勝負になるだろう。


「だが、虐められていた者を鍛えたことならある。この学校に入るために道場はやめてしまったが、その弟子が言っていた言葉がある。
君の助けになるだろう。」
 ぱーっと少女の顔に希望が浮かぶ。俺の言葉ではなく同じ立場の者からの言葉だ。説得力もあるに違いない。


「彼女はこう言っていた。相手を遥かに上回る圧倒的な実力と、陰口などものともしない精神力を身につけ、手を出してくるならば二度と手を
出してこないように相手の底を抜くまで反撃する強い心を持てば良いと。……どうした?」
 何故か地獄に落とされたような表情で少女は涙ぐんでいた。的確なアドバイスだと思ったのだが。


「そんなこと簡単にできませんよ~!」
「ならば諦めろ。といいたいところだが……俺はプロの用務員だ。」
 ショートカットの少女の方を少し見て、


「掃除をしろと言われて出来ないとは言えまい。一ヶ月であれから五十本に一本取れる程度の腕にはしてやろう。」
「なっ!!!!!!!」
「そ、そんな無茶な……彼女『一文字』ですよ!!」
 ショートカットの少女の名前か。名前に何か意味があるのか?


「勝負を決めるのは名前ではない。勝負に賭ける強い意思だ。」
 俺は小さい少女を見つめる。


「本当に虐めから抜け出したいなら、選ぶがいい。」
「………。」
 彼女の表情に迷いの表情が表れているのを確認しつつ言葉を続ける。




「強制的にやらされるか自分でやるかを。」




「えええ!!やらないっていう選択肢はないんですか!!!」
 何を当然のことを言うのだろうか。


「俺は用務員だ。クライアント側に当たる生徒から掃除しろと言われて途中でやめることは仕事の放棄となる。例え欠片も才能が無くとも、
どんな困難があろうとも俺はやり遂げてみせる。」
 強い決意でそう告げると、彼女は感激したように暫くぱくぱくと金魚のように口を動かしていたが、


「美代。頑張って。貴女なら出来るわ。」
「美春様。助けてください!」
 涙目の小さな少女に九上院は諭すように、


「貴女は自信をつけるべきなの。小さいことは悪いことではないわ。可愛いし。これはチャンスなのよ?」
「うう……でも……。」
「秋穂が美代に負けたらたのし……ごほ……貴女が強くなれば私も美代を頼りに出来ようになります。」
「美春様……。」
 ショートカットの少女が涙目で九上院を見つめている。どうも女生徒の間でもいろいろややこしい関係があるようだが、話はまとまったようだ。
 小さい方の少女が俺に頭を下げる。


「わかりました。一文字さんほど強くなれなくても……虐められないくらいでいいので……お願いします。」
 そこに見える決意の表情。若者が成長しようとする姿は実に微笑ましいものである。
 俺は一つ頷き、


「任せておけ。虐めが無くなるまで用務員として責任を持つ。」
と、力強く請け負った。




 結局この美代という少女は訓練を三日しか続けることが出来なかった。
 だが、虐めのほうは結局無くなったそうである。仕事は完遂できたと考えていいだろう。


「用務員さん……有難う御座います。あんな訓練一ヶ月も続けるくらいなら殺してでも相手を倒す!と美代も喜んでましたわ。」
 九上院は本当に楽しそうにいう。当の本人はショートカットの少女と共に、何故か九上院の後ろから俺を威嚇しているのだが。


「礼は必要ない。俺は俺の仕事をこなしただけだ。それからあれは訓練ではない。」
「そうよ!訓練じゃないわ!拷問よ拷問!!」
 九上院の後ろで美代が何かわめいているが俺はそれを無視し、


「あれは準備運動の前段階。健康にも良いので続けることだ。」
「……。」
「それでは俺は仕事があるので失礼する。」


 今回の件で俺はまた一つ大切なことを学んだ。何事もやりすぎはよくないということだ。
 主任たちが深く考えて構築した陰の人間関係を俺が破壊してしまった以上、学園の生徒たちに彼女たちと同じような大きな影響が出るだろう。

 主任たちは俺を非難する言葉は一つとして口にはしなかったが、その怒りは「手を抜いちゃいけないが、根詰め過ぎるなよ。」という言葉からも明らかだ。


 俺は今回の失態を反省し、その分努力して挽回しようと心に誓った。







[12033] ある用務員は元弟子と再会したようです。
Name: 柴犬◆73b07509 ID:3200a8a0
Date: 2009/09/23 17:37




 時は流れて紅葉は完全に散り、冬の足音が間近に迫ったころの話である。
 一時は減っていたゴミなのだが最近はまた増えつつある。困ったことに量だけでなく質も上がっているのはどういうことだろうか。




「今年は一段と厳しいなぁ。」
「そっすね。」
「今年は異常ですよ。まったく……どんだけきついんですか。」


 今は休憩でストーブに当たっている主任や先輩方の負担も流石に大きいらしい。おそらくは無計画に全滅させた自分の責任であり申し訳ない気分で一杯である。
 反省し、通常の仕事も率先してこなしているが役に立てていればいいのだが。


 こういうのも殺虫剤に強くなっていく害虫と同じなのだろう。叩けば叩くほど質が上がっていくのに違いない。
 だとすれば、雑魚を放置していた主任たちはやはり正しかったと言わざるを得ない。主任や先輩方の深謀には頭が下がる思いである。




 それはさておき、この学園には俺の元弟子が一人いる。
 構内は広いので再会することはなかろうと考えていたのだが、仕事を終えた夕刻の今、俺の前にはその弟子が立っていた。


 薄い茶色の肩までかかる髪、美しい顔立ち。立ち居振る舞いこそ優雅なお嬢様といった感じであるが動きの一つ一つに自分に対する圧倒的な自信が満ちており、
当然の如く人の上に立つという風格を若年ながら感じさせる。

 実際に才能も高く、僅か5年の修行で俺の妹から3本に1本取ることが出来るようになったのは正直感嘆した。彼女自身今以上に強くなることを望み、
俺も鍛えたかったのだがご両親がここの寮に入ることを泣きながら望んだため、俺も諦めざるを得なかったのである。


 女性は女性らしくという親の真摯な願いを無下にすることは俺には出来ず、二度と会うこともあるまいと思っていたのだが……。




「お久しぶりです。師匠。」
「元気そうで何よりだ。流堂。」
 鍛えた五年で女性らしくなり、会わなかった半年で更に美しくなった俺の元弟子は少し涙を浮かべて笑顔で俺に頭を下げた。


「師匠がこの学園に就職したと伺って毎日捜していたんですよ?」
「それは悪かったな。だが、俺も今はここの用務員。知り合いとはいえ生徒と馴れ合うわけにもいくまい。」
 生徒を特別扱いすることはご法度である。用務員は学校全体、そして生徒全体の用務員であるのだから。


「師匠ほどの方が何故用務員なんかを。」
「流堂、それは違うぞ。職業に貴賎はない。」
「ですけど……。」
「そして、用務員は俺の天職だ。充実した日々を送っている。」
 自信を持って俺はそう告げたのだが流堂は未だ納得して無い風で、


「ずっと私が一生雇いますって言ってましたのに……。」
「いかなる理由があろうとも、師たる者が弟子の世話になるわけにはいかない。弟子に頼った瞬間、師は師で無くなるのだ。
だから、俺はお前に頼るわけには行かない。」
「そういう意味でもないのですが……相変わらずですね。」
 諦めたように流堂は上品に微笑む。


「そういうお前は変わったな。女らしくなった。」
「師匠……。」
 俺は過去を思い出しつつ、感慨深い思いを込めて頷く。


「自分に逆らう者や俺やお前に向かってきた暗殺者を叩き潰しては高笑いを上げていた流堂と同じ人物とは思えん。」
「し、師匠!!」
「やはり環境か。この学園を選んだご両親は正しかったな。」
 ご両親の慧眼には恐れ入る。流堂がここまで変わるとは……教育というのはやはり大事なものだということか。俺ではこのようなことを教えることはできない。
 流石、ご両親は娘を理解していたのだろう。




「あら、今でもそれ程変わっていませんわよ?」
 俺の後ろから聞こえる小鳥の囀りのような可愛らしい声。


「九上院と……確か……一文字か。」
「御機嫌よう、用務員さん。霧香さん。」
 一瞬、流堂は嫌そうな顔をしたがすぐにそれを消す。


「霧香さんは学園生達から一年生なのに『魔王』と呼ばれていますのよ?」
 にこやかに話す九上院を、やはりにこやかに流堂は見つめ、


「そういう貴女も一年生なのに立派な『九尾狐』という二つ名を陰では頂いているようですが。」
 どちらも女子高生には相応しくない二つ名だと思ったが、それだけ二人が有名だということだろう。
 光があれば陰があるものなのだから。

 流堂はともかく九上院の二つ名はどういう意味なのだろうか。




「貴様!流堂……九上院様になんという無礼を!」
 一文字は相変わらず短気だ。そして、俺の知っている流堂は、


「あらあら。名前だけ有名な一文字さん。よわっちい貴女が私に喧嘩を売るつもりかしら。」
 売られた喧嘩は絶対に買う女だった。そして、喧嘩を売るのも大好きだ。不敵に笑って挑発している。俺は一つ頷くと、
いつのまにか隣に立っていた九上院に呟く。


「やはり変わってないな。俺の良く知っている俺の弟子だ。」
「そうでしょう。流堂さんは強すぎると思いましたが用務員さんの弟子の方でしたか。」
「そうだ。」
 始まった二人の戦いを眺める。二人とも未熟だが素手では流堂の方がやはり強いか。


「九上院は流堂が嫌いなのか?」
 先程の流堂の反応を思い出し、静かに微笑んでいる彼女に聞く。


「親同士は敵対していますが、私には関係ありません。いい友人であり、ライバルである……というところでしょうか。」
「そうか。ライバルというのはいいものだな。」
 俺は納得して九上院に一つ頷き、流堂が倒れた一文字に止めを刺そうとしたところを後ろから襟を掴んで引き剥がした。


「修行は怠っていないようだな。元気なのはいいことだ。」
 動きの切れは半年前より増している。恐らくゴミ掃除も自分でやっているのだろう。


「あ、うう、師匠の前なのにやっちゃった……はしたない。」
「いや、お前らしくて安心した。」
「うううう。」
 恥ずかしそうに項垂れる流堂の頭をぽんぽんと軽く叩く。
 子供は少しやんちゃなくらいが丁度良い。


「……申し訳ありません、九上院様。」
「12勝84敗……霧香さんも本来護られる側の方なのですよ。貴女はもう少し鍛えなおしたほうが良いかもしれませんね。」
「責めるな。一文字は刀使いだろう。俺の見立てでは武器を使えば五分といったところだ。」
「それでも五分ですか。」
「当然だ。俺の教えに死角は無い。」
 流堂と妹以外は、何故か続かずに道場を止めてしまったわけだが。


「用務員さん、100倍出しますから私の家で働きませんか?」
「俺はこの学園に雇われた用務員だ。金銭を幾ら積まれようが契約を反故にすることは無い。」
 就職というものは3年続けてこそ一人前である。用務員としてまだ一ヶ月程度しか働いていないのに金に釣られるようでは
節操が無さ過ぎるというものだ。

 このまま九上院の家の用務員になったとしても確実に役には立てない。


「本当に残念です。」
 九上院も冗談が上手い。用務員として給料分働けていない俺をからかっているのだろう。




 今の季節は日が暮れるのも早い。暗くなったので寮住まいの三人を寮へ送り届け、日課のトレーニングを行なう。
 俺が元々住んでいた場所とは異なり、山篭りをしているのと同じくらい空気が良いため、身体を動かすことが気持ちよくついついやり過ぎてしまう。
 弟子と久々に会い、武道に触れたせいでもあるかもしれない。


 だが今は俺は用務員。翌日に支障が無い程度にしておかなくては。


「それにしても流堂に友人がいて良かった。ここに入れたのは正解だった。」


 俺は性格が少しだけ個性的な唯一の弟子に対等の友人がいることに心から安心しつつ、明日も頑張ろうと心に誓った。









[12033] ある用務員は仲間と親睦を深めるようです。
Name: 柴犬◆73b07509 ID:3200a8a0
Date: 2009/09/24 19:17




 戦士たちにも休息は必要である。戦い詰めでは実力を発揮できない。
 だから、休息というものは非常に重要な意味を持っているのである。休息をうまく取れない者はどれ程有能でも早々に潰れてしまうだろう。


 しかしながら、新入りであるところの俺は休みとして割り当てられていた日も、仕事を覚えるために自主的に見回りを行なったり、
構内に置かれている機械の修理法の本を読んだりといった日々を過ごしていた。




 そんなある仕事中の昼休みのこと。




「今日でお前も一ヶ月だ。明日はお前休みだな。」
「ああ。もうそんなになるのか。」
「そういうわけで今日はお前さんの歓迎会を行なう。会場は……うちだ!いいな、野郎ども!!」
 主任がいたずらめいた口調で宣言し、にやりと笑って周りの先輩方を見渡すと、


「「「おおおおーいえっさっー!!!やるぞ飲むぞ!!!!」」」
「主任の奥さんなんか怖いけど美人で料理うまいんすよねー。」
「何で主任太らないんですかねえ。」
「もちろん主任の奢りっすよね!!!」
「うわー俺宿直だわ、ちきしょお!!!」
 どっと用務員十数名が盛り上がる。急な予定なのに皆喜んでいるのは主任の人柄故だろう。一緒にいると楽しくなる雰囲気を持つ人なのである。


「馬鹿やろー!奢りは新入りだけだ。各自酒適当に買ってもってこい。料理は準備させてあるからそっちは心配すんな。今日宿直の奴には包んで
明日持って着てやるから泣くな鬱陶しい!!」
「「「ういっす!!!」」」
「よし!」
 俺の参加は確定らしい。酒など飲むのはいつ以来だろうか。
 先輩の一人が俺の肩を叩く。


「うちの職場は特殊だからな。続く奴が少ないんだ。これからも頼むぜ。皆お前に期待してるんだからな。」
「ええ。勿論。」
 笑顔の先輩に、俺は真剣に頷く。主任どうこうではなく、純粋に俺を祝ってくれているらしい。本当に有難いことだ。
 やはり、俺は職場と仲間に恵まれたようである。




 主任の家は学園から車で30分という学園から比較的近い場所にある一軒屋である。学園の立地が山を切り開いて作られているため、
そこから近いこの場所も車が無ければ生活できそうにないような場所にある。
 別荘のような家というべきだろうか。


 子供の学校などはどうするのだろうと思っていたが、学園に就職している者の家族は学園に無料で入学できるんだそうな。
 勿論中等部からは学力も必要になるらしいが。

 このような特典は他にも幾つかあるらしく、それには深い理由があるらしい。結婚など考えたことの無い俺にはとりあえずは縁の無い話である。




 夕食の内容は主任の奥さんが作ってくれた、非常に美味な身体の温まるおでんとお握り。そしてメインの庭でのバーベキュー。主任宅の庭には木を切って
作られたらしい椅子やテーブルが沢山用意されている。このような催しがよく行なわれているのかもしれない。


「しかし、この椅子……」
「椅子がどうした?」
 俺が椅子を見て考えていると主任がビールを持って、近くに来ていた。


「それは嫁が作ったんだ。よく出来ているだろ?」
「どうやって作ったのか……。」
「んー。俺は見てねえなあ。俺がいない間に作ったらしいからな。まあまあいい出来だろ?」
 そういって右手で頭を搔いて主任はにかっと笑う。主任にとってはこれでもまあまあなのか。
 俺は椅子の両方のなめらかな断面をもう一度良く見る。


(これは両面が同じ時間に刀で斬られている。少しの乱れも無い。見事だ。)


「まあいいじゃねえか。そんなことより今日はしっかり食べて、しっかり飲んでけよ。明日は休みだし寝ていってもいいんだからな。それより乾杯だ。頼むぜ。」
「そうだな。」
 今日は俺のために皆が集まってくれているのだ。余計なことを考えるのはよそう。


「皆、俺のためにこのような祝宴を開いてもらい、感謝している。俺はまだまだ先輩方の役に立てていないが努力して追いついていこうと思う。
これからもご指導お願いしたい。それでは皆の健康と発展を祈って、乾杯!」
「「「おおおおおお!!乾杯っ!!!!」」」
 主任が、仲間達が皆笑顔で唱和してくれる。俺は今日の感激を生涯忘れないだろう。




「今日から本当に仲間だぜ!!」
「おいみんな!儀式だ!新入り酔い潰すぞ!!酒がんがんもってこい!!!」







 明日仕事のある者たちは陽気に歌を歌いながら歩いて帰路に着き、仕事の無いものたちは主任の家で酔いつぶれている。
 そんな中、俺は主任とさしでビールを飲んでいる。


「では、主任は職場で……。」
「ああ、そうだ。嫁の……冷奈の家族からは大反対されちまったがね。結局あいつが勘当って形になっちまった。メイド隊も
家格の高いやつが多いからな……そういうことがあるわけだ。」
 先輩方のいびきをBGMにちびちびと家の縁側に座ってビールを飲む。


「勘違いしてもらっちゃ困るが後悔はしてないぞ。最悪の場合は攫うつもりだったしな。」
 くっくっくと当時のことを思い出したのか楽しそうに笑う。


「ふむ。」
 俺は頷く。自分も同じ立場であればそうするかもしれない。愛した女が現状いるわけではないので実際どうするかはわからないが。


「勿論、嫁のためにも説得しきったがな。勘当っつっても家と関わりが無くなるだけで爺さん婆さんは孫と会うのを楽しみにしているし、
嫁も俺が帰れないときは実家で過ごしている。説得には半年かかったぜ。」
 苦労したぜと苦々しく笑う。それは人生経験が豊かなものだけが持てる、幸せを自分の力で掴んだ者が持つ、
そんな特別な笑みなのだろうと俺は思った。


「乾杯。」
「何にだ?」
「学園の平和と、主任や先輩方の幸せに。」
 にぃっと主任が笑う。一本だけ残っていた日本酒を主任のコップに注ぐ。主任も俺のコップに同じ量を注ぐ。


「真面目な顔で臭いことを。じゃあ、くそ真面目な新入りが早く結婚することを祈って。」
「残念ながらあてが無い。」
 俺も少しだけ微笑み、カンっと安物のコップを軽く鳴らす。
 明るい月の下、冬が近いにも関わらず程よく暖かい風が家の縁側に吹いていた。








[12033] ある用務員はメイド隊と折衝を行なうようです。
Name: 柴犬◆73b07509 ID:3200a8a0
Date: 2009/09/25 21:43



 用務員の仕事にはゴミ掃除や施設の整備、準備の他に他部署との調整という仕事がある。我が学園の場合、用務員だけでなくメイド隊、
警備隊といった組織もあるため、行事前はこれらとの業務の調整も欠かせない。その他にも学園に関連する他校との共同行事の調整等の外回りの仕事などもあり、
こちらもこなしていかなければならない。

 主任は行事等における計画を作成する能力にも優れており、俺も近くで学ばせてもらっている。今回は他校と警備隊との折衝を主任が、
先輩方が折衝終了後迅速に動けるように行事の準備のための準備を行ない、何故か俺がメイド隊との折衝を行なうことになった。


 主任曰く、


「根回しは済んでいるから判子だけ貰えばいい。お前なら余計なことしないだろうしな。」
ということだそうである。簡単な仕事で経験を積めという主任の親心だろう。


「主任……そんな殺生な……。」
「俺も……俺もメイドさん達とおしゃべりしたいっす!」
「潤いがぁぁぁぁぁぁぁ!」
 主に独身の先輩方の呪詛めいた声が聞こえる気がするが、恐らく気のせいだ。
 俺は相手に見てもらう書類をまとめ、さっさと女子寮へと向かった。




 築10年くらいの新しくも無いが古いとも言い切れない洋風の女子寮に入り、受付で許可証を貰う。中の係員にはじめてここに来ることを告げると、
メイド隊の女性を連れてきてくれた。

 案内の間メイド隊の者とすれ違ったが、二十代前半の者が多いようだ。てきぱきと無駄なく働いている。こちらを振り向くのはここに男が来るのが
珍しいという好奇心からか、それとも警戒しているのか……

 主任が言うにはメイド隊はかなり有能なのだという。主任の奥さんがメイド隊出身であることを考えればそれも頷ける。一見、普通の(?)
メイドにしか見えないが、先輩達や主任のように、真の実力を隠している可能性が高い。

 考えているうちに部屋の一つに案内され、椅子を進められる。案内してくれたメイドは美しいというより可愛いと形容すべき笑顔で
優雅に一礼して去っていった。




 暫くすると案内してくれた女性とは別のメイドがお茶とお菓子を持って、俺の前に置き、対面の椅子に座った。他のメイドと異なり
全く愛想の無いはりつめた空気。


「メイド隊研修生、織部冬奈です。隊長が来られるまで貴方の相手をするよう、先輩から命じられました。」
「お気遣い感謝する。」
 頭を軽く下げて自分も名乗り新人であることを告げる。この学校には美しい女性が多いが彼女も冷たい印象はあるものの
相当な和風の美人である。

 メイド服を着ているが、あまり着慣れていなさそうだ。この張り詰めた空気も黒子の基本技術である気配を消して溶け込む技術が未熟だからだろう。
 黒子なのはメイドも同様であり、気を隠すその技術は必須である。


「中々のお手前で。」
 頂いたお茶を啜り、感想を口にする。腕のいい者が淹れたのか、香りも味も申し分ない。


「先輩が淹れました。私は苦手で。」
「そうか。」



 暫く間を置き、……ことり……と湯飲みを置く。



「お互い、未熟だな。」
「そうですね。」
 少しだけ笑うと織部も少しだけ微笑み、張り詰めた空気が和らいだ。




 その後は会話も無く、二人で静かにお茶を飲んでいたのだがそんな空気を壊すような大騒ぎと共に髪をみつあみにした、
どう見ても十代前半の小さな少女が部屋にこけそうになりながら駆け込んできた。


「ご、ごめんなさい!ごほっごほっ!遅くなって、ふ、冬ちゃんもういいからね!!まったくもーあいつらったら!!!」
「隊長、ご苦労様です。それでは私はこれで。」
「有難う。」
 織部が俺と隊長さんに一礼し、部屋から退室する。隊長さんは心底安心したように溜息を吐き、


「はーっ……良かった~~生きてて。」
「……???」
 いきなりよく分からない方である。




「用務員の新入りさんだよね。しんちゃんから聞いてるよ。私はメイド隊の隊長、雷堂みかん。よろしくね。呼ぶときはみかんでいいから。」
「こちらこそ。」
 俺も自己紹介し、預かった書類を渡す。みかん氏は直ぐに紙の束を確認していく。


「えー、ここがこうだからああで……」
 鉛筆でとんとんと机を叩きながら考え込むその様は、失礼ながら小学生が宿題で困っているようにしか見えない。これも相手を油断させる擬態だろうか。


「こんなところかな。これしんちゃんに渡しといて。判子はその後だね。」
「判った。」
 しんちゃんとは主任のことだろう。頷いて俺は添削された書類を受け取……ろうとして、みかん氏が飛ばしてきたけしゴムを二本の指で掴む。


「判りました。でしょ。」
「判りました。」
「宜しい。年上にはちゃんと敬語を使いなさい。」
 用務員仲間は言葉をあまり気にしないが、普通はそうなのだろう。メイド隊は上流階級の者も多いし特にそうなのかもしれない。俺は頷……


「年上?」
 子供が頑張ってメイド服を着たような雰囲気のみかん氏をまじまじと見てしまう。


「私はしんちゃんと同い年なの!」
 みんな失礼しちゃうわとぷんぷん怒るみかん氏は年齢を聞いてみても肌といい仕草といい身体といい小学生にしか見えない。




 確か主任は35歳である。




 不老の鍛え方があると俺は話に聞いてはいる。しかし、それは嘘だろうと思っていた。人間として、いや、生命の摂理に反しているからだ。


(まさか体得している人間が実際にいるとは。研修生ですらあれ程の強さを持つ精鋭部隊の隊長だ。これくらいは当然か。他のメイド同様、
いやそれ以上に一見ただの子供のように隙だらけで全く強さを俺に悟らせないところを見ると、主任と並ぶ……やはり俺など及びもしない高みにあるのか……。)


「なんか文句ある?」
「申し訳ない……いや、申し訳ありません。」
 俺は素直に頭を下げた。いや、下げざるを得なかったというのが正しいか。こんな気分は少年時代に謎の爺さんに叩きのめされて以来である。


 やはり世の中は広い。


「判ればよし!じゃあそれお願いね。」
「はい。」
 ふと自分の手に意識を向けると少しだけ汗をかいていた。無意識のうちに緊張していたのかもしれない。


「何か質問があれば聞くけど?」
 立ち去ろうと腰を上げようとしたとき、みかん氏が声をかけてきた。質問か……そういえば、生きててよかったとはどういうことなのだろうか。
 あの研修生にはどう考えても害意はなかった。とすると、


「織部の入れるお茶はもしかして人が死ぬほどまずいのですか?」
「……普通だと思うけど?」
「そうですか。有難う御座います。」
 謎は謎のまま残ってしまった。これ以上聞くのも時間を考えると迷惑だろうと考え、俺は礼を言って用務員の詰め所へと戻った。






 仕事時間が終わった後、主任から明日もう一度書類を届けるように頼まれた。明日は主任も外に行く予定は無いはずだが俺はそれを引き受けた。


 主任は苦笑しながら、


「すまねーな。嫁の妹が何故か俺のこと嫌っていてな。あそこに行くとあいつ不機嫌になるんだ。話も聞いてくれないから歩み寄りようもねえ。
あいつだけはまだ納得してねえんだよ。」
「俺でよければ伝言があれば伝えますが。」
「そのうち頼むかもな。あいつも新人だからまぁ無愛想なやつだが仲良くなってやってくれ。」
 新人と聞いて今日のことを思い出す。


「もしかして織部だろうか。」
「なんだ。会ったのか。」
「ああ少し。あの若さでは手強い……中々出来る人物と感じた。」
 素直な感想を口にすると主任は、


「あいつんちは英才教育してるらしいからな。そりゃ優秀なんだろう。メイド隊の隊長とは話したか?」
「ああ。尊敬すべき人間だと思った。」
「なりはあれだが、仕事に関しては優秀なんだよな。」
 やはり優秀なのか。怖さが表に出ない者ほど恐ろしい相手はない。目に見えるものなら対処の仕様もあるが、見えないものの相手は
気づかない間に負けているかもしれないからだ。


「主任と同じ年齢と聞いたのだが。」
「ああ、事実だ。俺とあいつとは幼馴染だからな。」
 俺は納得して頷いた。きっと主任とみかん氏はお互いに切磋琢磨してきたのだろう。その努力の先に今があるのだ。


 二人に追いつけるよう努力し、研鑽して行こうと俺は心に誓った。


「まさかお前あいつが女のタイプなのか?」
「いえ、女性としては全く。」
「だよなぁ。」
 主任は大きな溜息を吐いた。きっと色々あったのだろう。








おまけ メイド隊の詰め所にて







「ねえ里香!どうだった?新しい人!!」
 私が新人の用務員さんを案内し詰め所に戻ると数人でなんだか盛り上がっていた。聞かれた質問には答えながら、眉を顰める。


「ちょっと怖いけど男前かも。なんか真面目そう。てか何でみんな笑ってるの?」
「応対に我等が冬っちをだしたのだよー。」
「ええええええ!それまずくない?」
 にやにや笑う猫のような同僚の言葉に本気で焦る。


 昨年引退した織部冷奈……その代わりに派遣されてきた妹、冬奈。『織部』の名前は上流階級出身のメイド達の間では特別な意味を持つ。
 即ち、中立地帯である聖アナスタシア女学院を護るために派遣されている織部家。私達の間では武の頂点に立つといわれている『十家』の一つ、
剣の『織部』その本家の次女……通称『剣聖』。


 猫を百枚くらい被り、フリーダム全開だった姉と異なり、くそ真面目で全く欠片も融通の利かない十代後半の少女である。


「あ、本当だ!格好いいなら私いけばよかったなぁ。」
「うーん、私はパスー。可愛い子のほうがいいー。」
「あらいい男じゃない!」
 だけど冬奈はメイド達からわりと愛されている。と思う。護衛なのに必死に慣れないメイドの仕事を大真面目に覚えようとしたり可愛らしいところが
あるからかもしれない。
 問題は相手の男。殺されなきゃいいけど……。


「おおっ!凄いよあの人!度胸あるね!!」
「冬奈の目をまともに見て、平然とお茶飲んでるよ!」
「少しも……動じてない……だと?」
 信じられない。あの子は男性嫌いで、男がいるときは常に威圧しているような空気を出している。それに触れて逃げなかった一般人はいなかったのに。


「え……。」
「うそ……。」
「笑っ……た?」
「冬っちが笑った………」
「ああん、冬っちかわええ!!」
 転がる元凶の猫メイドに蹴りをいれる。私も彼女が笑ったのははじめて見た。真面目そうなもの同士、相性がいいのだろうか。


「なになに~何盛り上がってるの~?」
「ああ、この足の下の馬鹿が冬奈に今日来る新人さんの対応を……」
「うえええええ~まずいよまずいよ~後でおしおきだかんね!!あわわわわ!!!」
 ようやく仕事が一段落付いたのであろう隊長は慌てて部屋の中に走りこんでいく。


「絵美……減給ね。」
「いやん。ここにいる子はみんな同罪っしょ~。」
「ごめん絵美。私達のためにも一人で被って。」
「しょんな~。」
 泣き真似をする猫……こと絵美を無視し、隊長と入れ替わりで出てきた冬奈を迎える。彼女は何時もどおりの無表情ではあったが
何故かすっきりした様子だった。


「新しい用務員さんはどうだった?」
「なかなかの人物でした。現時点では完敗です。」
「はあ?」
 完敗?何をいってるんだろう……この子は。たまによくわからない言動をするから困る。


「姉に謝らなくては。あれほどの方が新人であれば、それを指導している義兄はやはり一角の人物だったのでしょう。」
 冷奈さんの相手ってあの主任さんか~。確かにいい男だけど、あの人普通の一般人よね?
 そもそも冷奈さんの実家のこともよく理解してなかったような。


「それでは、里香先輩。私は見回りがありますので失礼します。」
「あ、うん。気をつけてねー。」
 今までにない楽しそうな様子で歩く冬奈を見て私は混乱していた。一体何があったんだろうと。


「広大な外を護る用務員に強者が多いのは当然、義兄と私の間には強さを悟らせない程の差があるに違いない……。」
 よくわからない冬奈の独り言を聞きながら私は、


「ま、いっか。」
と、流すことにした。いちいち気にしていると持たないのである。特殊な問題の多いこの学園では。









[12033] ある用務員のところに手紙が届いたようです。
Name: 柴犬◆73b07509 ID:3200a8a0
Date: 2009/09/26 21:46




 人生において予測のつかない出来事というものはよくあることである。
 だが、予測できたにも関わらず考えもしなかったという出来事はそれ以上に多いと俺は思う。


 それが仕事が終わった後、家から届いたという手紙を渡され、読んだ後の俺の感想であった。
 大切な人のことを判ってやれていなかったのかもしれない。己の未熟を責める思いである。




「師匠、どうかされましたか?タオル、落ちてますよ?」
「ああ……。」
 就業時間が終わり、外で手紙を読んで考え込んでいた俺を見つけた少女が小走りに駆け寄ってくる。
 流堂霧香。自信と才気に溢れた俺の元弟子だ。昔なら柿のように背中にへばりついてきただろうが、この学校に来た影響だろう。
 すっかり一つ一つの仕草が大人になった気がする。

 師としては成長が喜ばしい限りだ。


「いや、妹から手紙がな。」
「竜胆さんから?」
 流堂ではなく、流堂の護衛の問いかけに俺は頷く。


「絹糸。久しぶりだな。いたのか。」
「前もいましたよ!!」
「俺に気配を感じさせないとは……。成長したな。」
「嫌味ですか!絶対嫌味ですよねそれ!!」
 流堂ともう一人の古馴染み。流堂家護衛、絹糸薫。護衛対象の流堂より三段落ちで弱い実に残念な護衛である。長い髪を何故か横で一つに縛っており、
背も高くなく非常に可愛らしい顔立ちをしており、どこからどう見ても女性なのだが……


「しかし、実に女らしくなったな。見違えたぞ。」
「その褒め言葉全く嬉しくないんですが。」
 心底嫌そうに絹糸が呟く。


「ついに大事なものをどこかに落としたか。」
「ついにとかいうな!落としてません!」
 俺にとっては珍しい付き合いの長い『男性』であった。流堂の訓練中にはずっとついていたこともあり、俺とも話す機会が多かったために
俺と怖がらず話せる数少ない年下の男でもある。


「師匠、あまり薫で遊ばないでください。それは私の玩具です。」
「そうだったな。すまない。」
「ぼくは玩具じゃないです!納得しないでください!……うう、ぼくもこの学校だけはいやだって断ったのに……何で女学園に……」
 怒ったり泣いたりする様も流堂より可愛らしいのはどうなのだろうか。相変わらず薄幸そうだが肝心の実力の方は、
流堂につき合わされているからか半年前よりかなり腕を上げているようで感心なことである。


「……師匠。それより手紙の内容は?」
「ああ。それなんだが、どうも特別制度を利用してこの学校に編入してくるらしい。俺は教えていなかったんだがどうやって調べたのか……
それに、特別制度を利用するには勤務日数が足りていない気もする。」
「手紙見せてもらってもいいですか?」
 流堂が難しい顔をして、手紙を受け取る。




「俺はあいつには普通の公立学校で普通の青春を送って欲しかったんだが。」
「「無理。」」
 手紙を読んでいた流堂と絹糸の声が揃う。
 妹は誠実な人柄であり穏やかで人当たりもいい。家庭的で家事もこなすし、問題点は無いはずだが。兄の目で見ても可愛い方であると
思うので男にも人気がありそうだ。

 俺が二人にそう呟くと、何故か物凄くまずいものを口にしたような苦い顔で二人とも俺を見た。




「全くどこの馬鹿よ……某国みたいな力を持った似非平和主義者をこの学校に呼んだのは……げー!来週もうくるの!?」
「間違いなく一番被害を蒙るのはぼくだと思う……。」
 そういえば昔も流堂が暴れ、竜胆が止めようとして間に挟まった絹糸がぼろきれになっていた気がする。


「編入試験も終わったらしいな。」
「その分では竜胆さんは無事入学できたみたいですわね?」
「九上院か。」
 話しこんでいた俺達に近づいてきたのは長い黒髪の落ち着いた少女と護衛のショートカットの勝気そうな少女。


「私と師匠の蜜月の時間になんでいつも割り込むの?貴女は。」
「まあ霧香さん。用務員さんは別に貴女のものではありませんわ?」
 九上院はあっさりと流堂の嫌味を流し、


「それより。」
と、俺のほうを向く。


「実は先日の休日に外出したとき、偶然竜胆さんにお会いしまして。」
「ふむ。」
「一人はたいk……いえ、寂しいと泣きながらおっしゃっていたので余計なこととは思いましたが、この学校を九上院家からご紹介したのです。
用務員さんもいますし、特別制度など充実していますから。道場の維持管理の方も私達のほうでさせていただく予定です。」
 少し悲しげな顔をして説明する九上院に俺は頷く。


「なるほど。そうだったのか。何から何まで申し訳ない。」
「いえ。助けて頂いたことを思えばたいしたことでは。」
 昔から確かに今のように一人にしたことはなかった。しっかりしているとは思っていたがまだまだ子供。寒々しい誰もいない道場に
毎日一人ではそれは寂しかろう。


「ちょ、師匠……あの子がそんなたまなわけないでしょ!」
「俺は保護者失格だな。」
「だめです。自分の世界に入ってます!」
 道場を維持できなくしただけでなく、たった一人の妹まで寂しい目に会わせてしまうとは……なんと駄目な大人なのか。
 もっと精進せねば……。








 ああ、師匠が完全に落ち込んでしまった。
 でも落ち込んでる師匠もいいわね……おっと。今はこっちだ。


「全く余計なことをやってくれますわね。」
「あらあら。ご家族が一緒にいたいと思うのは当然じゃないですか。」
 余裕の顔でお上品に笑う九上院。
 恐らくは竜胆をなんらかの形で利用するつもりだ。だが、こいつは奴を本当の意味では知らない。私から言わせれば愚かというほかない。


「ふ……。」
「どうかしました?疲れたような溜息を吐いて。」
「九上院。貴女がやったことはね……原子力発電所に爆弾を持ち込んで無敵だって喜んでいるようなものなのよ?」
 決して仲が悪いわけではない。竜胆は寧ろ友人ともいえる。だが、毎日一緒にいたいかと聞かれれば答えはNOである。


 私も命は惜しい。


「話した限りではまともに見えましたが。」
「彼女に比べれば私なんて可愛いものよ。ウサギとライオンね。」
 隣で彼女をよく知っている薫がぶんぶん首を縦に振っている。


「あれは自然災害……いえ、人間災害ですからね。悪気が無いだけ余計たちが悪いです。」
「私は敵を踏むのは大好きだけど、踏まれるのは嫌いなのよ。全くどうしてくれるの……連れて来るのはあんたなんだし……」
 そこで一息ついて九上院のほうを改めてキッと睨みつけ、


「九上院……あんたあの生物兵器、責任もって管理しなさいよ?」
 敵意というよりは、これから先を想像して涙目になりながら非難するように九上院を見つめる。彼女は少しだけ冷や汗を
かきながら考えた後、いい笑顔で、


「やはり、竜胆さんもご友人を頼られたほうがよろしいんじゃないでしょうか。」
「私は知らないわよ。絶対に手伝わない。一文字、五体満足で卒業できるといいわね。」
 本気で私が心配していることが判ったからか、一文字は困ったような真面目な顔で私に質問してきた。


「どれくらい強いんだ?」
「私がなりふり構わず卑怯な手を全て使って死ぬ気で闘えば、遊んでる彼女から満身創痍で三本に一本かろうじで取れるくらいね。
闘うなら武器は絶対使うこと、殺す気で闘うこと。」
「………。」
「頑張ってね。秋穂。」
「九上院様……。」
 今から一文字の苦労が目に見えるようだ。薫と並んで虐めがいのある私の玩具を竜胆に壊されなきゃいいんだけど。こいつが壊れると歯ごたえのある
遊び相手が薫しかいなくなってしまう。


 九上院自身は色んな意味で面白い相手ではあるけど身体は普通の女の子だからね。


「一週間後……時間、止まればいいのに……。」
「霧香様も暴れにくくなりますね。」
 余計なことをいう護衛をぼかっと殴り、遠い目をしながら私は沈もうとしている夕日を暫くじっと眺めていた。




 もちろん、師匠のタオルはこっそり着服しておいた。













[12033] あるメイドさんは編入生に学校案内をするようです。
Name: 柴犬◆73b07509 ID:3200a8a0
Date: 2009/09/28 18:24




 私の朝は鍛錬から始まる。メイドとして配属されているとはいえ、『織部』の人間として訓練を疎かには出来ない。最近知り合った用務員さんも先輩方に追いつくため、
朝から訓練しているので組み手に付き合ってもらったりしている。


 とはいえ、彼と私では実力に差があるため彼には得るものが無いかもしれない。彼はいい訓練になるといってくれているが……。
 何故彼ほどの実力者が無名なのだろうか。

 ひょっとすると私が知らないだけで世の中には強者が溢れているのかもしれない。



 組み手のお礼に水筒に入れた朝のお茶を振る舞い、二人並んでベンチに座る。彼は多弁ではなく、話も弾まないが私もそうなので気にはならない。
 それでも無理をしてる様子もなくあくまで自然体であり、私自身もこの穏やかな時間を楽しみにしているため、お礼とはいえないかもしれない。


 お茶を飲み終えると彼と別れ、シャワーを浴びて身支度を整えメイド服に着替える。何故この学校はこんな動きにくい服を仕事着に指定しているのか。
 そんな疑問も持たないではないが、まあいいかと思ってしまう。


 高校にもいけなかった修行時代はこういう可愛い服が着れなかったから。
 あんまり似合いはしないけれども……鏡を暫く眺めて一つ頷くと。


「よし。」
 仕事の始まりだ。


 私は織部冬奈。メイド隊の新人として働いている。






「あー。冬ちゃん。おはよ。」
「おはよう御座います。隊長。」
 詰め所に入ると既に隊長が仕事の準備を始めていた。身体は小さいけれど、仕事は誰よりも的確に素早く出来る……そんな人である。
 その姿勢は私も尊敬している。


「今日は編入生さんが来るから案内してあげて欲しいの。」
「私が……ですか?」
 予定では隊長が案内役になっていたはず。隊長が無理な場合も副長が行なう大切な役目のはずではなかっただろうか。


「うん。初めは私が行く予定だったんだけど、昨日九上院家から電話があってね。貴女に案内を頼みたいって。」
「私で宜しいのですか?」
 九上院家……この学校の関係者の中でも最上位に近い家格を持つ家である。その家が命令ではなく頼んでおり、人選も断る理由も無いということであれば、
メイド隊の人選に関係なく私が出ることになる。

 それは構わないのだけれど……メイドとしての仕事に関してはまだ自信が持てない。


「うん。いいよ。経験にもなるしね。それに全く知らない人でもないし。」
「どなたですか?」
「ほら、最近来たあの新人さんの妹さんだよ。竜胆ちゃんだったかな。」
 それは確かに興味がある。


「なるほど。そういうことでしたら喜んで案内させて頂きます。」
「がんばってねー。」
 隊長に頷き、案内の計画を立てるために机に向かった。
 それにしてもあの人の妹さんはどんな人なのか。少しだけ楽しみである。




 約束の時間に正門に出ると、一人の少女が何かに座りながら小説を真剣な表情で読んでいた。地毛なのか少しだけ茶色いさらさらのショートヘアに
目が悪いのか野暮ったい大きな眼鏡をかけている。

 身長は平均だけれど、少し短めのスカートからすらりと伸びる、組んでいる足を見ると足は長そう。


「初めまして。私は案内役の織部冬奈。竜胆様でしょうか。」
「……はっ!ごめんなさいごめんなさい。つい夢中になっちゃって!」
 たはー失敗失敗と頭をかいていたずらっぽく可愛らしく笑う。その仕草は年相応の少女のもので、とびきりの美人というわけではないけれど、
つい一緒に笑ってしまいそうな可愛らしさがある。


 下の椅子にしていたものを見なければ。


「竜胆様、それは?」
「ああ。早く着すぎて退屈してたら何だか忍者のコスプレした変な人が鬼ごっこしていたから混ぜてもらったの。」
「それで?」
 彼女の表情に悪意らしいものはない。本当に遊んで貰っていたという感じだ。


「で、私が鬼をさせてもらって三人とも捕まえたから、罰ゲームに椅子になって……ってあー!!!」
 えっへんと胸をそらしながら説明していたが途中でいきなり大声を上げ、椅子(?)に向かって謝る。


「ご、ごめんなさい。つい小説に夢中になっちゃって一時間も!!」
「……。」
 本気で悪かったと思っているらしい。申し訳無さそうにぺこぺこと彼らに謝っている。彼らを助け起こし、去って行く彼らに「またあそぼーねー。」と
声をかけて手を大きく振ってから彼女は私の方を真剣な顔で向き、


「ところでお姉さん。」
「何でしょう?」
「メイドさんのコスプレ?」
「……本物です。」
 隊長が案内役でなくて本当に良かった。九上院が私を指名した理由もよくわかった。ようするに彼女は……


「お兄ちゃん、寂しかったでしょ!竜胆が今行くからね!」
 相当な危険人物なのだろう。




 これが後に学園で在校生たちから『人間災害』『天災』『ロードローラー』等様々な異名で呼ばれることになる
彼女と私のファーストコンタクトであった。







 正門に入り、彼女は入園名簿に丸っこい字で苗字の下に「りんどう」と平仮名で記入する。


「別に構わないのですが何故平仮名なのですか?」
「えーだって漢字だと可愛くないじゃない。竜胆って漢字で書くと何だかごついんだもん。平仮名の方が可愛いよ。お姉さんそう思わない?」
「なるほど。そうかもしれませんね。」
 人懐っこい笑みを彼女は浮かべ、同意を求めてくる。彼女のコンプレックスなのかもしれないのでこれには適当に頷いておく。


 正門を越えてからは彼女の普通の質問に答えながら施設の案内をし、こちらも気になっていたことを幾つか聞く。


「竜胆様は武道をされていると思いますがどのくらいお強いのですか?」
「あ、やっぱそういうのって判るんだ。お姉さん強そうだもんね!」
 彼女は暫く考え、


「うちの流派なんて全然有名じゃないし、ちょっと普通の人より強いくらいだと思う。」
 にこっと笑って答える。彼女の言葉に嘘の雰囲気はない。


「そうですか。」
 やはり外の世界には強者が溢れているのだろうか。


「それにほら。喧嘩って良くないよね。暴力反対だよー?」
「ええ。無闇に力を振るうのは良くありません。」
「だよねっ!お姉さんとは気が合いそうだべー。らぶあんどぴーすっ!なんちて。」
 あははと彼女は軽く笑う。彼女が嘘をついている様子は無いが、だとすればあの椅子にしていた忍者はどうやって椅子にしたのだろうか。
 非常に気になるところである。


 他にも気になることは多い。


「何それ。資料?」
「はい、竜胆様の資料です。元の学校からは、成績優秀、品行方正、性格温厚と書かれているのですが……。」
「たはー。照れますなー。」
 頭をかきながら照れている彼女をよそにぺらぺらと該当ページまで捲る。


「同級生やその他の学生の方にも九上院様の関係者の方が聞き込みをしていまして。」
「へー。春ちゃんとこってすごいんだねぇ。」
「(春ちゃん?)まず、『空飛ぶラブレター事件』とはなんなのでしょうか。」
 資料には生徒が固く口を閉ざし、詳細不明と書かれている。


「え、えーっと。きっと手紙が風で飛んで行ったんだよ!」
 慌てた様子で誤魔化す。明らかに嘘っぽい。


「次に『真紅の畳事件』とは……」
「た、たぶん、あれだよ。そう!西日が凄く強かったんじゃない……カナー……?」
 これもやはり詳細不明である。同日、病院に男子高校生が20人ほど搬送されているのだが、やはり誰も詳細を口にしない。


「では、『紅い校舎裏事件』とは……」
「そ、それも西日だよ!あの学校、日当たり良好だから!!」
「事件の場所は西日の届かない場所なのですが……。」
「あ、あははっ!きっと校舎も貫くようなすごいレーザー西日だったんだよ!!」
 明後日の方向を向き、眼鏡を弄りながらかわいた笑みを浮かべる竜胆さん。
 残念ながら彼女の平和主義は話半分で聞いておいたほうが良さそうである。




「ここが貴女がこれから生活する女子寮です。個室と二人部屋があるのですが、九上院様からの意向で個室に入って頂きます。」
「ほへー。貴族のお屋敷みたいだねー。こんなとこ無料でいいの?」
「はい。九上院様からの寄付は莫大ですから。」
「いやはや、お金持ちっているんだねー。流堂の霧香ちゃんところもすっごいけど。」
 目をきらきらさせて自分の部屋をごそごそ探っている彼女から気になる言葉が飛び出した。


「……流堂様とお知り合いなのですか?」
「親友と書いてまぶだちと読む!可愛い虚弱っ子霧ちゃん一番の友人たぁー私のことだぁーっ!」
 眼鏡に光が反射してきらりと光る。そして、満面の笑顔を浮かべながらあまり自己主張しない胸を張り、大げさな仕草で右手の親指で自分を指す。

 その仕草は確かに微笑ましく、可愛らしかったが……




 私はこの時に悟った。学校一の超問題児、流堂霧香を遥かに越える厄介者がこの学校に来たことを。





「ところでさー。」
「何でしょう。」
「お姉さんお兄ちゃんのこと知ってるの?」
 今までのハイテンションな口調と異なる静かな声。


「ええ。彼には良くして頂いています。」
「そう。」
 彼女は微笑んで短く答えたが、それだけでぞくっと一瞬背中に悪寒が走る。


「同僚としてですが。」
「なーんだ。そうだったんだ。お兄ちゃん初めて働くから色々駄目なところもあると思うけど教えてあげてね?」
「こちらが教えられてばかりです。」
 もう重圧は無い。なんだったのだろうか。


「あー。キッチンもあるー。料理自分で作っていいの?」
「料理は専門の人が作ります。このキッチンはお菓子用と思ってください。お兄さんに差し入れすると喜ばれると思いますよ。」
「うん、そうするー。」
 そう無邪気に笑う彼女は、楽しげで普通の少女に見えた。


「そいやお姉さんメイドの偉い人?」
「いえ、新人です。」
「へー!本物のメイドって凄いんだねー。」
 だがきっと、彼女とは色々関わることになるに違いない。





 案内も終わり、彼女に昼と夕食の時間と夜までに明日からの生活の準備を行い、その説明を夕食後にすることを告げ、それまでは自由に
散策してくださいと言って別れ、詰め所へと戻り隊長に報告する。


「どうだった?」
「彼女一人なら恐らくかろうじて鎮圧可能です。」
「は?」
 隊長の目が点になる。


「そんなにやばいの?」
「私がいない時に彼女が暴れた場合は今いる学生で一番強い流堂、一文字、絹糸の三人掛かりで任せるか、閂先生、警備隊の剣さん、
もしくは彼女の兄か私の義兄に緊急で連絡を入れてください。出来れば二人以上で。他は無理です。死人がでます。」
「…………いやなんでその面子にしんちゃんが…………。」
 隊長はあっけにとられている。当然かもしれない。この方も『十家』のことは良くご存知だから。


「被害が出たらお金はこんなのを紹介した九上院に請求しないとね。」
「そうしてください。私は責任をもてません。」
 恐らく彼女は兄を普通の基準に置いている。自分の実力を把握していない。性格は温厚で普通の女子高生っぽく、悪戯をするにしても悪気が
あってすることはないだろうが……それだけに何をするかわからない。予測不能だ。


「外からの侵入者が何故か大きく減って、時間が出来たと思ったら今度は学生ですか……。」
 暫く姉から引き継いだこの仕事で退屈することは無さそうである。


 私自身も在学中は彼女たちを抑えられるよう、彼女たちの成長に負けないように強くならなくてはと心に誓った。








[12033] ある用務員と先生も昔は青春していたようです。
Name: 柴犬◆73b07509 ID:3200a8a0
Date: 2009/09/28 19:44


 妹が編入してきてから数日が経った。竜胆もこの学園を気に入ったようで九上院や流堂と仲良くしているらしい。
 九上院と流堂の仲も以前よりよくなったらしく、非常に結構なことである。

 何故か放課後になると流堂達4人がぼろぼろになっていることが多いが九上院だけはなんだか楽しそうだ。



 俺自身も不安が一つ無くなり、以前よりも仕事に打ち込めるようになった。
 優しい妹が焼いてくれた差し入れのクッキーをゆっくりと齧りながら自然に溶け込み、植物に水をやっている。
 いつも笑顔で明るく、みんなに手作りのお菓子を差し入れてくれる妹は用務員たちの間では評判がよく、兄としても鼻が高い。


 そんなささやかな幸福を噛み締めていた日のことである。





 植物に水をやっていた俺に一人の眼鏡をかけた人の良さそうな雰囲気の白いスーツをきちっと着こなした男が近づいてきた。学園の黒子として
完全に自然と一体となっているはずの自分に向かって、彼は真っ直ぐに歩いてくる。


「やはり貴方でしたか。妹さんを見てピンときましたよ。彼女、小さい頃から変わってませんしね。」
 まだ二十代後半であろう年に似合わぬ落ちついた声色。


「よくここにいることに気づいたな。門戸。」
「自然すぎて逆に不自然でしたよ。お久しぶりです……8年ぶりですかね。それと今は閂です。」
 古い知り合いである門戸……いや、閂慎一郎……。


「まだ職務時間中なのだが……俺に何か用か?」
「ええ。貴方がこの学校に来た目的を伺いに。」
 にこやかに話をしているが、全く隙が無い。元々手強い男だったが8年で更に腕を上げたようだ。


「場合によっては刺し違えてでも貴方を倒さなければならないので。学生を護るのが教職者ですから。」
 真剣な嘘を許さぬ相手の問い。俺は正直に答えることにした。


「食うに困って就職先を探していたら、ここが用務員として雇ってくれたのだ。」



「…………は?」



 閂が間の抜けた声を出す。が、直ぐに、


「たわけた戯言を。」
「事実だ。お前も教職をやっているのだ。おかしいことではあるまい。」
「真面目に話すつもりが無いなら……。」
 閂の笑みが消え、殺気が膨れ上がる。釣られる様に俺も構え、空気が凍る。命の奪い合いになりそうなその空気を打ち破ったのは、
メイド服を着たどうみても小さい子供にしか見えない女性の能天気な明るい声だった。




「あらー。新入り君と閂ちゃんじゃない。何やってるの?」
「みかん隊長。彼とは古い知り合いでして。」
「へー。偶然だね。」
 にこにこ笑う隊長に頭を下げる。あの空気を表情一つ崩さず、介入できるとは……。流石だ。お陰で殺しあわずに済んだ。
 閂も毒気を抜かれたのか、眼鏡をかけなおして溜息をついていた。




 みかん隊長に俺達の昔の話をして欲しいと頼まれたので、閂は嫌そうな顔をしていたが、彼女に経緯を話すことにした。
 それ程変わった話でもないのだが。


「あれは俺が高校生の頃だっただろうか。」
 普通の共学校に通っていた俺は学校では目立たないように過ごしていたのだが、ある日、その学校では一番の美人ということで
有名だった女性が暴漢に襲われているところを助けた。


「おー。えらいね。そこから恋に発展したとか!?」
 嬉しそうなみかん隊長に首を横に振る。


「いえ、彼女には相思相愛の好きな相手がいたのです。」
「それは残念だねー。」
 彼女も本来はこの学校にくるような大金持ちだったため、恋愛に殆ど自由が無かった。で、その恋愛の相手が、


「よりにもよって襲っていた暴漢の雇い主の息子だったのです。」
「んー?」
「親が彼女と息子が付き合うことをよしとしなかったわけです。その息子も中々の好人物でしたから俺は二人を手伝うことにしました。」
「その話のどこに閂ちゃんが出てくるの?」
 みかん隊長が首を傾げる。それは、


「その女性の本来の婚約者が私だったのですよ。当時、私自身知りませんでしたが。」
 苦笑しながら閂が説明した。


「みかんさんも知ってのとおり私は『門戸』でした。彼と彼女はうちの親に認めてもらうよう頼み込んだのです。私の家が二人の関係を認めれば、
誰も逆らうことができませんから。」
「まーそうだろうね。『十家』を敵に回したくはないだろうし。」
 俺はよく知らないが閂の家は元々有名な武道家一家だったらしい。


「うちの父は度量を見せたかったんでしょうが条件を出したのです。誰の手を借りてもいいから闘って奪い取れと。」
「そりゃまた無茶をいうねー。それって閂ちゃんの同意無しでしょ。」
「勿論です。彼と戦ってるときもそのことは知りませんでした。いきなり闘えといわれましたので。分家の者たちも父のご機嫌を
取るために参戦を表明しました。その結果……。」
 その条件を聞いた後、二人の顔は絶望に染まっていたのだが、駄目元で俺に任せておけと言ったのである。
 二人は命が危ないと必死で俺を止めたが俺は聞かなかった。


「彼が来たのです。」
「初めの分家4人は弱かったな。」
「貴方がおかしいんです。」
 はっきり言えば、これが勝因だった。


「初めから閂が来ていたら、いい勝負が出来たかもしれん。」
「私が出るときには流派を解析されつくしてましたからね。それでなくても、当時の実力では厳しかったと思いますが。」
「閂ちゃんが負けたんだ。凄いねー。あ、もしかしてあの噂……。」
 みかん隊長が何か思い出したのかぽんと手を叩く。


「ええ。それで名も知れぬ武道家に五人かかりで負けた挙句、婚約者を奪われた本家の恥という中傷を受けることになったんです。
父が隠そうとしたので余計に広まりましたね。お陰で家格の高い人が多いこの学校では今でも、声を普通にかけて下さるのはみかんさんくらいです。」
 淡々と語るが、それは相当辛いことではなかったのだろうか。


「閂ちゃんと話してるとおかしな話だなーとは思ってたんだけどね。閂ちゃん熱心ないい先生だし。」
 みかん隊長は納得したように大きく頷く。噂で人を判断しないのは流石というべきか。


「そうだったのか。だが、8年前相対したときはそんな恨みは感じなかったが。」
 お互いに実力を上げての再戦、勝利への執念は感じたがそこに恨みはなかった。勝負が決まった後も、お互いに実力を認め合って握手して別れている。


「武道家として負けたのは悔しかったのですが正々堂々なもので、別に恨んでませんから。後で事情を聞いたのもありますが、家の有り方に
飽き飽きしてましたし。あの時も私が祖父に父を止めるよう頼まなければ父は二人を殺していたかもしれません。」
「閂ちゃんはほんといい子だねー。よしよし。」
 ベンチに立って背伸びしてみかん隊長が閂の頭を撫でる。彼はなんだか複雑そうな表情を浮かべている。


「そのことが原因で、父からも勘当されたので修行しながら元々なりたかった教師を目指したのです。ああ、結婚した二人は幸せに
やってるみたいですからご安心を。」
「……そうか。良かった。」
「なるほどねー。それでこの学校に来たんだ。」
 閂は苦笑して、


「家と縁の切れる普通の学校に行こうと思ったんですが裏から手を回されました。」
「いやいや、それに関してはよかったと思ってるよ。閂ちゃんいないと寂しいし。」
 みかん隊長がうんうんと頷く。俺もそう思う。


「ああ。閂の指導なら安心だ。うちの妹もよろしく頼む。」
「まだ数日ですが……あの子に関しては父兄懇談が必要な気がしますね。早急に。」
「穏やかで優しい模範的な学生だろう?」
「「………。」」
 二人とも何故黙るのだろうか。




「名前が変わったのはそれでか。結婚したのかと思った。」
「養子に出されたのです。未だ独身ですよ。」
「閂ちゃん……よりにもよってあの子にずーっと目の敵にされちゃってたからね。」
 閂は能力も人格も問題ない、背も高く顔も悪くない。この学校の教師は給料も高いと聞く。問題は何も無い気がするのだが。

 逆境でも腐らずここまで清廉さを保てるのは凄いことだと俺は思う。先程闘おうとしたのも教職員として、生徒を護るためで
それ以外の恨みなどの感情を全く感じ無かった。


「まあそれはいいでしょう。あの悪魔のような女も結婚してもういませんし。」
「そうだね。」
 みかん隊長が同情するように溜息を吐く。


「きっと閂ちゃんは人生のサマージャンボ貧乏くじ一等賞前後賞付きであたっちゃってるんだよ。」
「私が何をしたというんでしょうかね。ようやく一息つけると思ったら、また大変なのが来るし。」
 閂が疲れたように息を吐く。彼にはこれから幸があるものと信じたい。




 話も終わったのでみかん隊長に落ち込む彼を任せて仕事に戻ろうとしたのだが、その前にみかん隊長に声をかけられる。


「新入り君。さっきの話、嘘は吐いてないけど黙っていたことあるよね?」
「はあ。」
「助けた女の子のこと、本当は好きだったでしょう。」
 そう断定する。先ほどの話からどうして。


「何故……。」
「女の勘ををなめちゃいけないわね。」
 ベンチに立ってえっへんと胸を張る。


「新入り君ってあんまり相手に深入りしなさそうだからね。」
 少し背中に冷たいものが走る。やはり、侮れない恐ろしい方である。


「中々楽しい話聞かせてもらったわ。ありがと。二人とも同じ職場の仲間なんだから喧嘩しちゃ駄目だよ?」
「みかん隊長がそう言われるなら従います。」
 俺は頷くと、閂も諦めたように頷く。


「わかりました。みかんさんのお陰であの時の彼の本当の理由も判りましたし。」
「……。」
「不器用な人だ。」
「お互い様だ。」
 そういって二人して笑う。閂は不幸を嘆きつつも俺を恨んでいる様子は無い。やはり彼も大物なのだろう。


 彼とは本当にいい友人関係を築きたいものである。








[12033] ある護衛が月例報告書を提出するようです。(人物紹介など)
Name: 柴犬◆73b07509 ID:3200a8a0
Date: 2009/09/30 21:03





月例報告書     絹糸 薫






 今月は大きな事件が発生し、それに関連し大きな変化が発生したため今後一層の情報収集に努める必要がある。
 流堂家に仕えている当家としては悪くは無い変化であるため、余計な手を入れず、流堂様の安全確保に専念する。





事件について



九上院家令嬢誘拐未遂事件


 九上院に敵対しておいつめられた家の者が暴走し、九上院家の護衛である一文字、学校の守護者たる織部の不在の隙を突いて犯行。
 代わりの護衛として警備部隊の剣が派遣される予定であったが、彼女は道に迷い合流失敗。誘拐成功寸前のところで偶然にも用務員として
雇われていた流堂様の武術の師に助けられた。

 警備部隊の剣は減俸と謹慎。事件に関わった家は九上院の傘下に取り込まれた。九上院家からの口添えもあり、
剣の謹慎は最近解けた模様。




学生生活について



 先月までは流堂家の派閥と九上院家の派閥に殆どの者が取り込まれていたが、上述の用務員が就職した後は様相が一変。


 彼の手により九上院、流堂問わず黙認されてきた全ての家の密偵が全滅。これにより、それまでのような密偵を用いた各家々の裏工作は出来なくなり、
普通の学生の範囲で生徒たちは行動するようになった。
 護衛としては歓迎すべきことだと思われる。

 さらに上述の用務員の妹である竜胆が九上院の紹介により編入。彼女は信じられないことに本家並みの実力を所持しており、
また、無邪気にその力を振るうためにそれを止めようとする流堂様と九上院様が協力することが多くなった。

 流堂様と九上院様の関係も以前のような冷たい敵対関係ではなく、普通に言いたいことを言い合えるようになっているようである。




メイド隊と用務員、警備隊について



 文化祭が迫っていることもあり、その準備に忙しそうである。お嬢様方は一部を除いて力仕事が苦手であり、彼らの手助けがどうしても
必要となるからだ。手伝う側の彼らとしても一年に一度のお祭りであるため、はりきって準備に勤しんでいる。


 文化祭には関連の共学高や男子校からもお客が来るため、お嬢様な学生たちも出会いを求めて本気で取り組んでいる。




十家について




 十家は本家と呼ばれる十家と、そのそれぞれの家の下に複数の分家と呼ばれる家がある。例えば『絹糸』は『織部』の分家であり、
形式的には本家に忠誠を誓っている。
 その本家と分家のあり方は各家によって異なる。

 本家は中立地帯の学生を護る立場にある『織部』のように特別な仕事に就く者が多い。

 実力については本家の者は分家を殆どの場合圧倒している。勿論絶対ではなく、例外もある。
 本家の結婚は才能ある血を保つため武道を極めた者同士で行なう。普通は自由は無い。

 門戸のように傾きかけて金のために動く場合もあるようだが、優秀な長男を追放したりと近々没落するのではないだろうかと囁かれている。





個人的人物メモ




絹糸薫


 私である。一人称はぼく。分家の中では最弱だったこともあり、高校では護衛を外されるだろうと思っていたのだが、流堂様からの意向で留任。
 何故か女子高に通うことに。

 直ぐにばれてお役ごめんになるに違いないと思っていたが、不思議なことに全くばれていない。勿論一部の方を除く。


 女装趣味はなく、普通に女の子が好きなれっきとした男である。夏は本当に大変だった……



用務員


 28歳。流堂様の師に当たる人物。あくまで一般人の流堂様を我々以上に鍛え上げた。
 
 実力はおそらく最上位であるが義理堅い人物であり、野心も無く、普通の用務員として現状に満足しているようである。仲間内の評価も悪くない。
 最も言動の節々に用務員の仕事に対する勘違いしているような雰囲気があるが……。

 恐ろしい実力を持ちながら彼が無名である理由は恐らく、理性的であり無闇に力を振るわないことと、名誉に興味が無く
闘う場合も殆ど名乗らないこと、彼が闘う相手はその殆どが名のある人物であり、負けたことで名を落とすことを
恐れたからだと推測している。


 恋人等はおらず、結婚暦も無い。恋愛歴も不明。当人は普通に女性が好きだと主張している。


 学園に入るには誰かの紹介が必ず必要なはずだが、誰から紹介され、どうやって入ったのか、何故用務員なのかは不明。



竜胆


 上述用務員の年離れた妹。実妹かどうかは不明。現在16歳。さらさらのショートカットに分厚い眼鏡が特徴。エネルギッシュで明るく闊達としている。
 また悪戯好きな性格であり、圧倒的な力を持っているためか怖いものしらずでとにかく自由。流堂様を「虚弱」とからかったり、
九上院様を「春っち」と愛称で呼ぶなど、他には怖くて誰も出来ないだろうと思われる。

 権威や権力というものには全く興味が無く、度々「霧ちゃん春っち仲直り大作戦」を計画してはその名の下に
私も協力させられ被害をうけている。

 家に取り入れるべく彼女に私なりにアプローチしているが現状上手くいく様子は無い。



流堂霧香


 16歳。私の護衛対象。恐らくは次期当主になると思われる流堂家長女。幼少の頃は内気で弱気な性格であり、継母とその取り巻きに命を狙われ、
頭が良いためにそれを理解して全て諦めていたが師と出会い変貌。

 父親の制止を振り切って一年間住み込みで修行。帰ってきたときには幼少時の面影は全く無く、自分に圧倒的な自信を持ち、
自分より強いと思っている相手を叩きのめして踏みつけるのが大好きな性格になっていた。

 帰った後は継母やその取り巻き達に復讐。継母や取り巻きを容赦なく叩きのめし、艶然とした笑顔で笑いながら踏みつけ、
狂ったような哄笑を上げていた11歳の彼女を見たことは、弱々しいけど穏やかで優しかった彼女を命を賭けて護る決意を
していた私のトラウマである。


 九上院様とは敵対していて嫌っている。裏からこそこそするのが必要とは判っていても好きではなく、正面から相手を粉砕することが好きで、
それをするわけにはいかない相手だからだと個人的には思っている。



九上院美春


 16歳。五指に入る財閥である九上院家令嬢。流堂様のライバル。長い黒髪の美しい身体的には普通の人だが、それを補って余りある頭脳を持っている。
 謀略を常に巡らせており、十手、二十手先を常に見据えている。らしい。

 彼女を助けた恩人の妹を学校に紹介したのも、何らかの考えがあったのだとは思うが、彼女を上手く利用することなど出来るわけが無く、
間違いなく九上院様といえども計算を間違えたはずである。

 今の状況は気に入っているらしく、時折年通りの邪気のない笑みも見ることが出来るようになった。
 竜胆のように全く家名を気にしない相手が出来たことが嬉しいのかもしれない。


 彼女の用務員に対する感情は不明。気に入ってはいるようだが。



一文字秋穂


 私達「十家」の分家の中ではトップクラスの実力を持つ剣の使い手。九上院様に命令だけでなく、心の底から忠誠を捧げている。理由は不明。

 しょっちゅう流堂様と戦っているが、素手では分が悪いらしく負け越している。昔より腕が上がっているので訓練の意味合いも
あるのかもしれない。

 彼女には何故か避けられているようで声をかけると逃げられてしまう。女装趣味と思われているせいだろうか。
 私は断じて変態ではない。





学生以外の人々




荒神真二


 35歳。用務員の主任さん。無精ひげを生やしたすらりと背の高い、爽やかな笑みの人。織部の人間と結婚したが彼は気にしている風もない。
 かつては普通の企業に就職していたらしいが、メイド隊の隊長である、雷堂みかんからの紹介で転職。

 仕事が出来、頼りがいもあり、どんな相手でも気さくに接するために親しまれている。
 五歳になる娘がおり、完全に親馬鹿である。



荒神冷奈(旧姓 織部)


 28歳。学園の守護者である織部家の長女。上記主任と親の反対を押し切って恋愛結婚。現在は専業主婦(?)
 冷酷で悪魔のような性格だったらしいが、主任からは出来たいい奥さん以外の感想がでてこないため、夫婦仲は上手くいっているようである。

 メイド隊の話では、主任がいるときといないときの温度差が激しかったらしい。

 入学と入れ替わりで退職したため彼女に関しては、伝聞以上のことは不明。



織部冬奈


 上記の妹。黒髪の和風美人。護衛として入ったがメイドの修行も全力で取り組む、真面目で融通の利かない19歳の女性。
 姉の結婚の関係で主任と冷戦状態であったが最近和解したらしい。

 朝方に用務員と共に訓練している光景を見かける。よく一緒にお茶を飲んでいるために最近、流堂様の機嫌が斜めである。
 とばっちりを食らうので自重して欲しい。

 学園内の守護神であり、今までは学園外からの脅威を主に担当していたが、最近は学園内の風紀を護るために働いている。



雷堂みかん


 どうみても小学校高学年にしか見えない、可愛らしいメイド隊隊長。実際は用務員の主任と幼馴染で同じ35歳であり、
メイド隊の中でも勿論一番の古株である。

 仕事に関しては有能。おせっかいで面倒見もいいのでその可愛らしい外見とあいまって学園OBたちの中で彼女を知らないものはいない。
 現在でもOB達から相談や悩みを聞いて解決しているらしい。ある意味敵に回すと非常に危険な人である。

 学生からは『妖精さん』と影で呼ばれて親しまれている。

 独身。恋人いない歴=年齢らしい。未来の自分を見ているようでぞっとする。



閂慎一郎


 28歳。もう一人の学園の守護神。悪い噂があり、そのせいで先生方や生徒からあからさまに蔑まれているがそれを気にせず、
熱心で真剣に生徒のためを考えて行動できる見本のような先生である。

 基本的には教職者であり学校の警備は専門の者に任せているが、警備では手が出ない場合などは生徒を護るために、
それがどれほど自分を嫌っている相手であっても助けるべく陰で動くこともある。


 現在は竜胆を取り押さえることが出来る数少ない人物として見直され、彼女の被害者たちを中心に徐々に人気が出始めている。




 これでよしと、タイプを終えてキーボードから手を離して保存し、終了する。


「あらあら、面白いこと書いてるのね。人を猛獣のようにまったくー。」
「り、竜胆さんいつの間に!」
 気がつけば、パジャマを着た竜胆さんが顔が触れるくらい近くで文章を見ながらにやにやと笑っていた。


「鍵は……?」
「あんな鍵、3秒もあれば開くわよ。」
「オートロックのはずなんですが。」
 一体どんな手品を使ったのか、ドアは確かに壊された様子も無く開けられている。


「ふぅん……一緒にお茶を飲んでる女ねー。いいこと知っちゃった。」
 なにやらその笑顔が邪悪っぽく見えたが、突くと大蛇が出そうなので流すことにした。


「それじゃ私忙しいからまたねー。薫ちゃん。」
 軽やかに身を翻し、手を振って彼女は去って行く。


「結局何をしにきたんだろう……。」
 ぼくは溜息を一つ吐き心の動揺を抑えるために暫くの間、真っ暗な外で降る雨をじっと眺めていた。






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