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[9667] アステカの咆哮 (H×H オリ主転生)
Name: ゲルニカ◆4b230df4 ID:0e683125
Date: 2009/06/18 11:30

 そういや今まで男主人公での話は書いたことがありませんでしたので、徒然なるままに執筆していきます。

 初のチラ裏投稿です。


 注意

 この作品は『HUNTER×HUNTER』の二次創作です。

 オリジナルの主人公によるストーリー展開、またはオリキャラの登場に嫌悪感を持たれる方にはオススメ出来ません。

 ネタ成分もございます。

 以上をご理解頂き、なおOKだという方は、どうぞこのままお進みください。


 忌憚の無い意見、感想、ご指摘の程、よろしくお願い致します。



[9667] プロローグ
Name: ゲルニカ◆4b230df4 ID:0e683125
Date: 2009/06/18 11:31

 


 見渡す限りの極彩色。

 鬱蒼という表現も生温い、生存競争のままに生い茂った密林には野生の音が絶えずこだましている。熱帯に香る芳香、草いきれの中で息を殺しながら、四足獣のように身を屈めながら、数ある大樹の上で待機する。

 狙うはアラパゴ。滅多にお目にかかれない最高の御馳走、この一帯では最も凶暴な獲物を前に、オレの胃袋がゴロゴロと鳴いている。

 もう辛抱堪らん……が、焦るな。まだ慌てるような時間じゃない。今はただ、如何にしてヤツを仕留めるのかを考えるんだ。

 とはいえオレの手には武器など無い。予め仕掛けてあるような罠も無い。オレの得物はこの鍛え抜いた肉体のみ。一族の血と肉と魂に宿った、狩人の本能が唯一の武器だ。

 そう。こうして狩猟に臨むのは初めてじゃない。既に物心付いた時には親父に連れられ、生の狩猟をこの眼で見た。そして一族の男として鍛えられてから暫くする頃には、自ら獲物を仕留めるようになっていた。

 経験が不足しているということは決して無い。だから、落ち着け。


「ヒョーローローローロー……」


 ガサリ、とアラパゴが振り向いた。

 怪鳥イケルククを真似た泣き声に、ヤツは警戒心を露わにする。狙い通りだ。唯一の天敵の声が聞こえたともすれば、ヤツにとっても一大事だ。しかしオレの居る方角をヤツが警戒する頃には、既にオレは反対側へ――つまりはアラパゴの背後へ――飛び移っていた。

 自然集中力を高め、機を窺う。暫くして、ほんの僅かにヤツの緊張が緩む刹那。

 全身に力を溜め、その背中に襲い掛かった。


「ヒョゥッ!」

「イギッ!? ィガァッ!!」


 流石にヤツも間抜けではない。今日まで野生を生き抜いてきた獣の勘が、瞬時にオレを正面に捉えさせる。

 だがその瞬間には既に、オレの身体はバネとなってアラパゴの身体を飛び越え、新たに晒された背後を捉えていた。


「ィアララララライッッ! ゥアララララララァッ!!」


 体操選手も真っ青なウルトラC。木々を地面を高速で跳ね回りながら、鞭のように撓らせた全身で打撃を加えていく。

 最初の頃はその度に爪が割れ、全身打撲に内出血と生傷が絶えなかったものだが、この成長期にあってオレの身体はそれらを乗り越え強靭になっている。

 死角から死角へ。桁外れの運動量と恵まれ過ぎた体格が繰り出す猛攻は止むことを知らず、やがてアラパゴが崩れ落ちる。

 全身を護る強固な外殻は無惨に砕け、その罅割れから柔らかな肉が見えていた。既に虫の息のアラパゴに、オレは感謝の祈りを捧げトドメを刺す。手刀で裂かれた動脈から血が噴き出し、いよいよアラパゴは沈黙した。


 狩猟終了。


 これで今夜は御馳走である。きっと村を挙げての大宴会になるだろう。今日は浴びるほど酒を呑むぞ! 飲酒禁止法? こまけぇこたぁいいんだよ! つか一族にそんな制限無いしね!


「ウララララララララララララ――――!!」


 と勝利の雄叫び。獲物を仕留めた際にはこうして鼓舞するのが一族の慣わしなのだ。オレとしても凄いスッキリするので憚ることなく叫びまくる。ついで小一時間ほど小躍りしてしまった。いつもながら興奮するとハイになってしまうのは一族の習性なのだろうか。

 さてと、やることやったし帰りますか。

 今回の獲物はいつものより大きいな。アラパゴは幼生より寧ろ歳を経る方が深みが増して美味いんだが、ざっと見たところコイツは十五年ってところか。人間で言えば六十歳相当だ。これは思わぬ幸運だぜ。









「おお、アラパゴだ!」

「御馳走だ、今日は宴会か!」

「やったなミキカカ! 大手柄じゃないか!」

「にーちゃんスゲェ!」

「よぉやったミキカカ。頑張ったな」


 村に帰ると大歓迎でした。

 やっぱ皆御馳走好きだね、目の色変わっちゃってるよ。まぁ目ぇっていうか表情見えてないんだけど。だって皆仮面着けてるしね。アレだよ、一族の掟っつーか信仰的な意味で、そういう一族なんだよねウチって。勿論オレも着けてる。

 つーか皆ちっちゃいよ! 腰落とさないと目線合わないよ! つかオレデカすぎ。オレ今十五だよ? なのに身長百九十越えてるってどうよ? しかもまだまだ成長止まる気配無いよ? っていうか今まさに全盛期っぽいよ? もうアレだよ、タ○タ○もびっくりだよ。この分じゃ将来的にはファ○スト先生も驚くよ! しかも種族特有の特徴で手足長いし。まぁオレのは輪にかけて長いんだけどね。パッと見ほとんど妖怪だぜ? マジな話。

 まぁアレだ、要は何事も限度があるってことを言いたいんだね。体格に恵まれ過ぎるってのも考えモンです、花○薫サンほどじゃないっすけど。
でもま、以前に比べれば断然マシだけどね。もう寝たきりは十分ですよ。


 ……と蟻んこのように群がる村人たちに囲まれていると、向こうから親父がやって来た。


「よくやったな、ミキカカ。皆お前の手柄に大喜びしている。俺も父として、お前の成長を嬉しく思うぞ」

「でしょでしょ? 親父にもそう言われちゃうなんて流石オレ!」

「……あとはそうして調子に乗るクセが無ければな」

「オウフ」


 呆れられてしまいました。でも仕方ないよね、幸せだもの!

 自由に身体を動かせる喜び! 未開の大自然を駆け回る解放感! そして日々の糧に野獣たちと死闘を繰り広げるスリル! 以前とは全く正反対の自由があるんだもんね! こればかりは何と言われようと抑えられない。だって今オレは幸せなんだから!

 強制ヒッキーだったオレも今では立派なアウトドアです、本当にありがとうございました。生涯の恋人だった文明の利器(主にパソコン)も今では過去の女です。









 そう。オレは前世の記憶を引き継いでいる。

 俗に言うトリップってやつだ。前世で散々お世話になった架空世界の環境に、オレは一族の子として生まれ変わったのだ。

 前の名前は直海幹隆。そして今のオレの名はミキカカ。たった一文字違いだがエキゾチックだろ? 愛称はミッキーだ。決して夢の国のアイツと一緒にしちゃダメだぜ! 怖いお兄さんたちが来るかもしれないからな。

 前世でのオレは、所謂「不治の病」に侵されて生まれた時からずっと寝たきりの病人で。だから唯一の友達がパソコンで、漫画やラノベを娯楽にしてた貧弱オタクだった。

 だけど元々が余命幾許もない病体、ある日ポックリと逝っちまったわけだが……そんなオレだからだろうか、こうして転生を果たすことが出来たのは。

 健康になりたいという当然の願いが届いたのか、それとも単なる偶然によってかは知る由もないが、こうして健康過ぎるくらいの身体に生まれて、ずっとやりたかったこと出来なかったことを思う存分堪能出来ている。

 幼女TSじゃなかったけど。

 幼女TSじゃなかったけど。

 ほんのちょっぴり期待してたのは内緒な。だけど力強さに溢れたムキムキボディに生まれた、男としてこれほどに嬉しいことはない。この野性味溢れる強靭な肉体を、オレは心底愛している。

 だから文明の恩恵など欠片ほども無い、大自然の中での狩猟生活でも、オレは心から幸せを噛み締めることが出来ている。

 前世ではずっと苦労かけっぱなしの人生だったけど、今はこうして自らの手で孝行出来ている。あの辛く苦しかっただけの人生なんて、今ある幸せの前じゃあ屁でもない。


 何度でも言う。間違い無くオレは今幸せだと。

 前世ならきっと毒にしかならなかった熱帯も、今のオレにとっては最高に心地良いものだった。







[9667] 未開の少数部族だけど別に裸族ってわけじゃあない
Name: ゲルニカ◆4b230df4 ID:0e683125
Date: 2009/06/18 15:15




 突然だが、オレことミキカカは未開の少数部族アギュラの民である。

 となればアギュラ族とは一体何なのか、という疑問が当然ながら浮かぶだろう。それを今から説明したいと思う。


 アギュラ族一の生き字引、モロクの爺さんから聞いた話では、オレたちアギュラ族はアラゴン地方と呼ばれる熱帯域の辺境に位置する、アラゴン熱帯雨林に生息する狩猟民族を指す。

 一族最大の特徴としては、何と言っても人目を引きつける仮面である。これはかつて一族が信仰していた原始宗教の名残であるらしく、日々の糧に狩った獲物への感謝、慰霊、またはそれらの恵みを与えてくれる神への尊崇を祈る意味で、獲物の一部を加工して身につけ始めたことに起源を発し、それが転じてそれらを模した仮面を被ると、その力が自らに備わるという風に信じられるようになったらしい。

 原始宗教としては至極自然な成り行きである。危険極まりない獣が数多く跋扈するアラゴン熱帯雨林にあって、そうした信仰は生粋の狩人として生きる男たちにとって無くてはならないものだったのだろうし、事実それによる鼓舞激励が今日に到るまで一族を生き長らえさせてきたのは紛れも無い事実だ。

 女は家を護り子を産み一族の繁栄を為し、男はそれらを護るため闘い一族の存続に貢献する。そして長年の経験で培った知識を以って老人が子を導き、子は成長していくのだ。

 そして一族の役割は大別して主に二つ。【戦士】と【祈祷師】。
 
 前者は一族の男がなる、アギュラを支える最大の基盤だ。そして後者というのが少し奇特で、所謂医術や占いなど諸々の神事を兼ねるもので、これには主に知識豊富な女がなる。その最たる役割として、戦士の身体に刺青を入れる彫師だろう。未だ信仰の根強い一族では当然のように精霊や神が信じられており、それらの力を刺青として身体に刻むことで加護を得るという意図だ。オレはまだ成長期なので途中までしか入れてないが、親父には顔を除く全身に刺青が彫られてある。所謂文身ってやつだ。見たことのない紋様だが、一族に代々伝わる伝統的な彫り物らしい。オレ的にはかなりイカスと思う。

 とまぁ脱線したが、そうしたコミュニティの中でオレは、一族の若者を代表する立場にある。というのも、前述した通り一族の男は例外無く戦士として育てられるのだが、オレの親父はその中でも頂点に立ち【アステカ】の称号を戴く戦士長なのだ。

 このアステカの称号は【王】を意味し、かつて一族史上最大の勇者と讃えられた戦士アステカに肖ったもので、一族最強の男に代々冠せられる。言わずもがなこれは一族の戦士として最大の栄誉であり、その称号は時に長老衆をも上回る権威を持つ。つまりは実質上の長を意味するのだ。


 ――――ちなみに件の戦士アステカなのだが、一応その姿を写した壁画が残っている……が、その、なんていうのか、あるトラウマにそっくりだったりする。名前からしてアレだとは思うが……まぁ多くは語るまい。ただ一言だけ、皇帝の拳とだけ言っておこう。解る人には解るはずだ。


 でまぁ、そんな偉大な親父を持つものだから、自然とオレも周囲の期待を集めてしまう立場になる。幼い頃から狩猟の現場に立ち会っていたのも、実は相当危険な行為であったらしい。それを知ったのはつい最近なのだが、その時はぞっとしなかったぜ。

 しかし不幸というか幸いというか、皮肉とでもいうのだろうか、オレにはそうした周囲の期待に応えられるだけの資質を持ってしまっていた。

 というかオレが自分から必死になったんだけどな。前世で有りっ丈の貧弱ボディを堪能したオレとしては、今度こそ健康体にという切なる願いもあったわけだし、そりゃもう文字通り死ぬ気で鍛えまくったとも。勿論生傷の絶える日なんてなかったけど、前世からみて怪我してもある程度大丈夫な身体なんて、オレからすればスゲェ贅沢だったし。前の身体じゃあちょっとの異常が即死に繋がったからなぁ。

 ま、そんな感慨はさておき。そうしたオレの努力を親父が見抜いたのか、ビシバシと情け容赦の無い指導を経て今の健康体に至るのである。以前までは柔軟の余地も無く骨折した身体が、今では中国雑技団も顔負けの柔らかさ。元々身体的資質に優れる部族だけあって、そうした適性は割と高水準で備わっていたのだろう。オレの場合、今まで無かったものが一度に与えられたようなものなので、慣れの練習と同時に訓練していった結果一人擢んでたようだけど。代わりに学の方はサッパリだけどな! 頭で考えるのは前世だけで十分だったから、生まれ変わってからはずっと身体動かしてばかりいたわけ。

 あ、それと。あれから身長が十五センチも伸びました。あれっていうのはアラパゴの狩りの件ね。明後日で丁度一年経つのかな? それにしても身長伸びすぎ。今更驚くのも疲れたけど、手足も並行して伸びてったから、家の中が色々と窮屈で堪りません。具体的な数値はえーと確か……二百八センチだったかな? 元々平均身長の高い部族だけど、それでも精々百八十後半ぐらいだし。しかもまだ伸びるっぽいです。マジでファ○スト先生かタ○タ○になっちゃうよ!


 とまぁ色々と説明も終わり、暇である。暇潰しにココスギの枝でぶらぶらしてるけど、正直空しいだけである。さっきまで猿のようにあちこち飛び交っていたというのに、一度落ち着いてみればテンションだだ下がりである。食糧はこの前他の連中が狩って来た分で足りてるので余計に暇である。マジな話、オレから肉体労働取り上げたら何も残らんぜ? 

 体勢を変えて蝙蝠のように宙ぶらりん。アギュラ族の足は、クロオナガザルほどじゃないが手に似た形をしてるので、他の人種より掴むことに長けていたり。少なくともシコ○スキー並にはあるんじゃないか? 実際どんなもんかは知らんが。


「ひーまーひまひまひーまー、働いたら負けかなと思ってる~♪」

「……なにその変な歌」

「ありゃ、セケトのお坊っちゃんじゃないの? どしたー?」

「お坊っちゃんゆーな! つーかキショイ、ぶらぶらすんな!」

「へいへい」


 お坊っちゃんことセケト坊やがご立腹なので着地。改めて地に足着けるとちっちぇえなぁおい。オレの腰ほどもないとかマジで手乗り坊やにしちまうぞコラ。うりうり。


「ちょっ、やめろよなー! 頭が捥げたらどうすんだよ!」

「チビっこい坊やが悪いのです。悔しかったら大きくなりなさい、そして敬いなさい」

「うわっウゼー! テメーにだけはぜってぇねーちゃんやらねえからな!」

「ほほうよくぞ言ったシスコンボーイ。誰がねーちゃんをやらないって? うん、言ってみ?」

「うるせーうるせー! おれはテメーも認めたわけじゃねーからな! ねーちゃんのおっぱいさわったこともねーくせに!」

「なにぃ……? ボーイ如きがあの柔らかなマシュマロを堪能したというのかね? このオレを差し置いて?」

「へへん、いいだろ! すンげーおっきかったぞ! やーらかったぞ!」

「なんと憎らしい! テメェオレだってまだ揉むどころか見せてもらったこともねーのにコンチクショウ!! でもいいもんね、オレとお前のねーちゃんラブラブりんのラブチュッチュだし! 別に羨ましくなんかねーもんね!!」

「うるせー! 男のじぇらしーはみっともねーんだぞー!」

「ジェラってなんかいねーもんね! だってオレこの前一緒にお昼寝したし! えぇ匂いしてたもんねブゥッ!?」

「くっ……オレだってこの前一緒にお風呂入ったもんね! 背中洗いっこしたモゲラッ!?」

「やめなさいっ!!」


 気付けば件のねーちゃんに制裁を加えられていました。坊やに輪をかけてご立腹です。つっても仮面で表情見えてないんだけどー! だけどねーちゃんもといルピカちゃんがデラ別嬪なのは知ってます! だって将来を誓い合った仲だしね! もっと具体的に言えば許婚だしね! それこそ同じ産湯に浸かるほどの付き合いだしね! だけど今のは痛いです。その容赦の無い愛が痛い。だけど好き! そんな感じ。


「なにわけ分かんないこと言ってるのよ」

「いやはや申し訳なかとです。許してつかぁさい」

「またそうやって誤魔化すし! 二人ともデリカシーが無さすぎよ。顔から火が出るかと思ったわ!」

「はっはっは問題無い。ルピカたん愛してる」

「……」


 無言で脛を蹴られました。坊やが笑いやがりました。でもってルピカたんの拳骨くらいました。お返しに笑ってやるとオレだけ二度もけられました。痛いです。アステカの泣き所を迷わず攻める辺りルピカたんマジ容赦ねぇっす。


「んでま、どしたのルピカ? こっちの坊やに御用ですか?」

「違うわよ。今日は墨を彫るって言ってたでしょ? いつまで経っても来ないからセケトをお使いに出したのに……全く二人揃ってバカなんだから」

「あ、ふつーに忘れてたわ。そうだったそうだった。んじゃまお願い」

「手間の掛かるんだから……」

「ねーちゃんおれは?」

「そこら辺で遊んでらっしゃい。すぐには終わらないから。時間掛かるし」

「え~……」

「仕方ないでしょ。ただでさえミキカカは身体が大きいんだから」

「この健康的な肉体にルピカたんもメロメロです」


 見せ付けるようにポーズ。だけどスルーされました。男はつらいよ。




 ルピカたんに連れられて家にお呼ばれしました。だけど甘酸っぱい雰囲気はありません。

 祈祷師の卵であるルピカたんはお仕事になると真面目ちゃんなのです。優等生だから先生を困らせたりしません。オレ? 一族きっての問題児ですが何か?


「じゃあそこに俯せになって。今日は【魚】の紋章を彫るから」

「えーっと、これで何回目だっけ?」

「十二回目。これを彫り終わったら【海の章】が終わりだから、また一年後に今度は【陸の章】を彫らないと。いずれにしても気の長い作業になるわよ」

「ってことはルピカが全部担当するのな。ババ様はもう引退なわけ?」

「そうじゃないけど、私が他より早く卒業しちゃったから。だからあなたが初仕事よ。気合入れていかないと!」

「ルピカたんマジばねぇっす!」

「はいはい」

「優しくしてね?」

「うん。特別に痛くしてあげるから」

「アッー!」


 こうしてぼくはキズモノにされてしまいました。シクシク。

 女の子って、したたかです。






[9667] 二十年越しの新事実発覚。どういうことなの……?
Name: ゲルニカ◆4b230df4 ID:0e683125
Date: 2009/06/19 01:43





 特に何事も無く日々を暮しています、ミキカカです。

 少しずつルピカにキズモノにされてはいますが、別にどーってことないです。……このネタもいい加減飽きてきたのでやめます。最近ではルピカの腕も上達してきたみたいで、彫る時も随分と優しくなりました。刺青も完成間近だそうで、オレとしては嬉しいやら悲しいやら、彼女をおちょくる機会がまた一つ失われたのかと思うと寂しいものがあります。


 そんなことはさておき、現在オレは海原を遊泳中です。ウソです。正確に言えば漁の真っ最中です。なんつーか順調過ぎて特筆すべきところが無いというか、フツーに必要分は確保し終えたのでサボってます。

 普段は陸での狩猟だから新鮮だね。村から海までは結構な距離があるからあまり狩りには来ないんだけど、魚の干物なんかの備蓄が底を尽きそうなのでオレが行くことになりました。他の皆はもっと村に近い場所で狩りをしてます。だからサボっててもバレません。いいじゃんノルマは果たしたんだし。

 ここらの海域は温暖且つ海流も穏やかなので、ちょっとしたバカンスには最適だ。ただ急激に深くなっている部分があるので、慣れない内は気を付けないと少々溺れ易い場所でもある。初めて此処に来る子供達なんかは、大体それで海を怖がったりすることもあるぐらいだしね。オレは別にそんなことなかったけど。陸とはまた違った感触で全身を使うのが心地良いくらいだ。

 陸ほどじゃないが、水中でもかなり俊敏に動くことが出来ている。全身をうねらせ海蛇のようにして泳ぐのだが、これがオリンピック選手なんて目じゃないほどの速度が出る。どうもウチの一族では、そうした常人をある程度超越した身体能力がデフォルトらしい。一族以外の人間を見たことはないが、少なくとも今までに会ってきた連中は皆人並み外れた身体能力を誇っていた。

 正直なところ、生まれ変わってからというものの前世での常識が役立ったことなど殆ど無い。何もかもがオレの想像を遥かに超えていたり、オレ自身そうした領域に踏み込んだりしてる所為もあって、結局のところ一から知ることばかりである。

 最初は戸惑いも勿論あったのだが、人間実感を持って学んでいけば案外何にでも順応してしまえるもんらしい。オレの場合持ち前の才能もあったんだろうが、それ以上に環境に恵まれていたようだしね。偉大なる親父の教えは厳しいものばかりだったが、経験に裏打ちされた指導に間違いなんてなかったし。なんというか、義務教育では到底育めない“強さ”を親父からは学んでいる。前世の両親も勿論大好きだったが、今の両親もそれと同じくらい大好きなのは間違いない。


 一頻り堪能したので、岩場で水気を吹き飛ばし木の上に飛び移る。砂まみれはイヤだからね。そして枝にぶら下がって暫く身体を乾かしていると、ふと水平線の向こうから影が近付いてくるのが見えた。


「ぬぅ、海獣類ではなさそうだし……船か? でも漁にはまだ早いしなぁ」

 これでもというかやはりというか、オレの眼は頗る良い。眼に限らず他の感覚も飛び抜けて良いのだが、この眼は近寄る影をはっきり船と捉えていた。そしてその上で犇く人影も。

 沖合いには近くの諸島から漁に出る船もあるが、それはもっと先の話だ。今の時期に漁に出るなんて話は聞いたことがない。

 となると途端にアレが怪しくなるのだが……大体考えられる線としては密猟者辺りだろうか。この一帯には特有の生物も数え切れないほど棲んでるし、違法ハンターが密猟に来るのも聞かない話ではない。とはいえ、これほど大規模に近付いてくるなんてのは初めてのことだが。


「ふんふん。怪しさ抜群、あまり好ましいお客ではないようだ」


 どうにもよろしくない。キナ臭い企みを嗅ぎ取りながら、村へと報告に駆け抜ける。

 ただでさえ近隣諸国の文明化に伴う開拓によって住処を追われつつあるオレたちだ。その尖兵が矛先を向けてやってくるのなら、断固としてこれを迎え撃たねばならない。今までオレを育み、そしてこれからも受け入れてくれるだろうオレたちの場所を、下衆な連中なんぞにくれてやるわけにはいかないしな。

 いずれにしろ、オレが生まれてからこんな大規模な侵攻は初めてだ。オレだけでも撃退してやる自信はあるが、此処は大人たちの判断を仰いでおくべきだろう。もしかしたら、よくない何かがバックに付いてたりするかもしれないしな。




 最速で村を目指せば到着はすぐだ。迎える仲間への挨拶もそこそこに、長老衆の居る高屋敷へと直行する。親父もそこに居るはずだ。

 跳んだ勢いそのままに滑り込むと長老たちが目を丸くしてオレを見たが、無視して手短に報告する。すると親父は覚悟していたように、長老たちも思い詰めた表情を顔を俯かせた。

 流石に只事ではないらしい。オレもふざけている場合ではなさそうだ。


「親父、具体的にどうすればいいんだ? 出るなら出るぜ」

「うむ……」


 迎え撃つのは決定事項だとして、はたしてこちらの戦力は如何にするか。親父の悩みはそんなところだろう。

 そこで一番に切り出したのがモロクの爺さんだった。


「おそらくはハンターどもで間違いなかろうて。テッポでも使われりゃぁ若衆では敵わん。アザキス、手練を連れて出ねぇがぁ」

「承知した。だが半端な戦力では徒に消耗するだけだ。ミキカカ」

「ああ、数はそれほどでもない。ボアルフの群れに比べりゃ微々たるもんだ。引き込んじまえばコッチのもんだぜ」

「ならば二人で出る」

「あいよ」


 ここで「いけるか?」なんて野暮なことを訊かないのが男ってもんだ。オレも親父も、互いの力量なんざ既に把握している。いや正直に言えば親父にはまだ計り知れない“何か”があるとオレは踏んでいるのだが……それはさておき。

 決断を下すや否や、既に姿を消していた親父を長老たちは重い顔で見送り、また談合を始めていた。

 オレも出ないとな。見失うことはないが、追い付けなくなったら面倒だ。


「爺さん、ババ様。魚置いとくから頼んだぜ。そろそろ腹も減ってきたしな」

「うむ。気ぃ付けるんじゃぞ」

「おう。村にゃぁ一歩も入れさせねぇから安心しな。んじゃ、行って来るぜ」


 ま、軽ーくいきますか。







「おーおーぞろぞろと隊列組んでまぁ、お忙しいこって」


 鉄臭ぇ油臭ぇったらありゃしねぇ。案の定銃火器を携えて現れやがった。

 ココスギの頂から見下ろせば、まるで軍隊蟻の行列のよう。

 その歩みからして多少の下調べは済んでいるんだろうが、如何せんまだまだ甘い。そんな机上の研究で把握出来るほど此処は甘くもなければ、生易しいもんでもない。この中で生きるオレたちでさえ、決して油断しては生きていけない天然の要害だ。余所者のヤワな足腰じゃそう長くは保たないだろう。

 それなりに体力のありそうな数人を除けばほっといてもくたばりそうな連中だったが、ある程度の示威は必要だろう。とはいえ親父との共同作業である以上、身勝手な行動は慎むべきだ。となれば……


「ケラララァラァ……ケラィッ」

「ケケロァ」


 怪鳥イケルククの鳴き声を真似た信号だ。親父の許可は得られたので、早速行動に移す。

 音を立てないよう、スルスルと腹這いにココスギを滑り降りながら地上五メートルほどの枝に足を引っ掛け、宙吊りに手を伸ばして先頭の人間を攫う。

 今の身長は、あれから更に成長して二百五十四センチ。手を伸ばせば更にプラス一メートル半。相手にとっては望外の距離だが、オレにとっては懐も同然の間合い。

 スルリとあっけなく持ち上げられた仲間の身体に唖然として、ヤツらの行軍が暫し止まる。その瞬間には親父が最後尾の人間を攫い、脇に抱えて木を登り切っていた。

 そうして捉えた人員はというと、勿論人質に使う。首根っこを掴みぶら下げながらヤツらに示して、こちらの意図を理解させる。俄かには信じ難い様子だったがしかし、落ち着きを取り戻せばニヤついた笑みを貼り付けながら、こちらに向けて引き鉄を引いていた。

 パン、と発砲音だけが響いて人質が事切れる。成程、傭兵か。どうやら幾つかの組織が混在しているようだが、となると人質は無意味だな。ヤツらにとっては取り分が増えるに過ぎないのだろう。益々以って下衆な連中だ。

 機を同じくして親父にもその銃口が向けられた。用済みになった人質を盾にしながら、それを地上に投げ捨てる。血臭に塗れた死体は事が過ぎれば野獣の餌だが、この場合は連中の足止めにもなる。

 途端、驚き竦みあがった連中の間をオレは縫い潜り、爪で足首の腱を裂いていく。全く以って歯応えの無い連中ではあるが、その中に裂き切れなかったヤツがいた。一番最初に人質を撃った、ニヤケた笑みのアイツだ。オレからすれば子供にしか見えない体躯を以って見上げながら、尚もその笑みは絶やしていない。

 成程、何かあるな。とはいえオレの感覚に然程響かない以上、大したことではなさそうだが。その割には妙に頑丈なのが気にかかった。


「図体だけの木偶の坊が。オマエ如きじゃあ俺の相手にはならブヘッ!?」

「おお、頑丈だな。立っていられるのか」


 オレにぶん殴られて倒れないヤツなんてそうそう居ないはずなんだが、ダメージを受けてはいるもののコイツは立っている。

 ふむ、殴った感触に違和感は無かったはずなんだが、不自然なほどに頑丈だ。見たところそう体力があるようには見えないんだが、はてさてどうしたことか。

 取り敢えず一時退避。これでもオレは引き際を心得る男だ、何の材料も無しに未知の相手に挑むほど自惚れちゃいない。即座に信号を送り、この旨を親父に伝える。

 すると返ってきたのは、意外にも親父が相手をするというものだった。

 これにはオレも少し驚いた。正直な話、今となってはオレと親父の実力は拮抗している。少なくとも純粋な身体能力では、オレの方が上回っているのは周知の事実だ。経験と勘で戦うにしても、オレの力を以って物理的に倒し切れないヤツを相手にするのは、果たして如何なものだろうか。

 取り敢えず様子見に入るが、正直なところ半信半疑ではある。親父は普段通りに佇み、ヤツを狙ってはいるが……このオレにはそれ以上には見えない。


 しかし――――動く。


「ヒォッ」

「ガッ!?」


 親父が跳躍し擦れ違うや否や、糸の切れた人形のように男が崩れ落ちる。男は完全に気を失い伸びてしまっていた。これにはオレも思わずビックリ。予想外の結果に驚愕を隠せないでいる。

 呆気無い。が、それ以上に信じ切れていない自分が居る。

 やがて親父が連中を乱雑に積み上げ始めて漸く気を取り戻し、オレも行動に移せていた。


「なぁ親父……一体何をやったんだ?」

「特別なことは何も」

「嘘吐け、明らかに不自然だったじゃねぇか。オレなんかミョーにショックなんだけど」

「フッ、お前もまだまだ未熟ということだ」

「へいへい。ま、いつかはタネ明かししてくれるんだろ?」

「ああ。だが今のお前にはまだ早い」


 成程ね。やっぱりオレの知らない“何か”があったわけか。流石親父、一筋縄ではいかないようだ。まだまだ親父の背は遠い、ってかぁ。

 ん?


「どうした?」

「いや、なんだコレ? カード?」


 ニヤニヤ笑いの男から落ちたヤツだが、なんだこりゃ? 見たこともねぇ記号が書かれてるが、なーんかどっか見覚えのあるような……。

 親父が寄越すと、途端渋い顔付きになった。なんだってんだ、一体。

 そして親父が、ボソリと。


「……ハンター証か。成り立てが、判断を誤ったな」

「あっ、ライセンスか。んじゃあの記号はハンター文字か……ってぇええええええええええ!?」

「どうした?」

「あっ、い、いや、えっ? マジでハンターライセンス? ハンター協会発行の、あの?」

「そうだ。お前にはもう教えたんだったか?」

「いやいやいや、超初耳ですけど!? ええぇ~……今更……、二十近くンなって、今更かよ……」

「……?」


 まさか今の今まで気付かなかったとか。長老衆が言ってたハンターって、こういう意味かよ。普通気付かねーよ。大体外の情報なんて殆ど入ってこねーんだよ!

 ああぁ~、なんか無性に腹立つわぁ……ってコトはアレか? オレは『HUNTER×HUNTER』の世界に生まれ変わったのかよ!?

 まさか今になって知ることになるとは……マジ人生容赦ねーわ。自重しろ。






[9667] 愛の力って素晴らしいよね
Name: ゲルニカ◆4b230df4 ID:0e683125
Date: 2009/06/20 01:15
 衝撃の事実発覚からまだ立ち直れていません、ミキカカです。

 転生を果たして二十年、いい加減驚き疲れたと思っていたのですが、まさか漫画の世界に生まれ変わっていたなどとは露ほども思いませんでした。

 なんか異世界っぽいなーとか、この世界がオレの知る“地球”ではないっぽいことは察しつつあったんだが。結局今まで外に目を向ける機会なんてなかったもんで、実は世界地図とか一度も見たことなかったんだよねぇ。そもそも“地図”っていう概念がウチじゃあまり浸透してないんで、全部経験と勘に頼りきっていた結果がこれだよ! は~、流石に脳筋一辺倒にも問題があるかねぇ。多分ルピカとかババ様あたりはフツーに知ってたんだろうけど、そういうのは全部丸投げしてたからなぁ。いや反省反省。『プロテイン級の大気』と巷で噂のハンター世界なら、そりゃ前世での常識が通用しないのも当然だわな。道理でどれもこれも奇妙奇天烈な生物ばっかだと思ったよ。

 しかし……だとするとこの前の連中はマフィアか何かだったりするのかね? 明らかにカタギではなさそうだったけど、傭兵っぽい連中が混じってたのも、何らかの目的で雇われたんだとすれば納得出来るかな。

 となるとあのミョーに頑丈だった野郎は所謂“念能力者”なんだろうなぁ。多分、というか絶対親父もそうだろう。実際体感してみると、成程念能力者の優位性が一目瞭然だ。自分の実力に絶対の自信を持っているオレとしても、オーラを伴わなければまるで無駄だったらしい。いやもうホント、正直理不尽だぜマジで。オーラが無いだけで格下なんだもんなぁ。

 一応あれから、自分でも念能力を模索してみたんだが、やはり何の教えも無くしてはサッパリ要領が掴めん。無理矢理起こすにしても精神集中させるにしても、俄仕込みの知識だけじゃあ幾らなんでも無理ってことだ。せめて生まれた時に此処がハンター世界だって分かってりゃ、結果はまた違ってたんだろうが……今更ボヤいても仕方ない。それはそれで割り切っておくことにする。

 多分というか、目覚めちまえばコッチのもんなんだろうがなぁ。少なくとも先天的な資質や生まれ育った環境には絶対の自信があるわけだし。念についても必ず上達するという確信があるにはあるんだが……それも今は獲らぬ狸の皮算用って有様だ。

 いっそのこと親父に直截聞いてみようかとも思ったんだが、多分無駄だろう。親父は頑固だからな。それも生死を左右するような場面では絶対に譲らない。何故ならそれが上に立つ者に求められるからだ。推測だが、一族でも念の存在はある程度確認されている。が、それを知るのはあくまで上層部でもほんの一握りだろう。多分ババ様と親父と、後はモロクの爺さんくらいだと思う。親父とババ様はそれぞれ“戦士”と“祈祷師”の長だし、爺さんはその二人の御意見番だ。

 ここからはオレの憶測に過ぎないのだが、おそらく一族にとっての“念”とは、それぞれの長になるための儀式の一部というか、必須要素なんだろう。あくまでも一子相伝の秘奥として、秘密裏に受け継がれてきたのではないだろうか。

 全体的な流れを見れば、その読みはあながち的外れでもないように思う。だけど結局は、オレの無根拠な推測に過ぎないわけで。真実は彼らの心の中、ということなのだろう。

 大体前世で原作読んでた時にも思ったが、念ってぜってー歴史の未解明部分に関係してるだろ。古代文明に見られる不可思議な儀式や、呪い、奇跡なんてのは、きっとオーラの操作技術が“念能力”として確立されていなかった頃の産物に違いない。原作でも念を知らない一般人からみた念能力者は“超人”や“天才”などと認知されてるらしいし。一族に伝わる原始宗教にも、きっとそうした古代の念能力技術が関係していたに違いない。

 となると念能力って益々奥深いよなぁ。未解明の部分が多すぎるというか。詳細を知る学者なんかにとっては興味の尽きない永遠のテーマなんだろう。オレはそこまでの興味は無いが、それでもやはり惹かれる部分があるのは否定出来ない……イテッ。


「あ、ごめんなさい。大丈夫?」

「んにゃ平気。どーぞ続けて」


 どうやら考え事をしすぎていたようだ。ルピカに刺青彫ってもらってんだけど、深く彫るのが少々響いたらしい。

 長年掛けてコツコツと刻んできた刺青だが、もうそろそろ完成間近なようだ。空、陸、海の三章に別けられる呪いの刺青も、残すところ空の章のあと一節ってところらしい。ルピカとしても祈祷師きっての大仕事なだけあって緊張も絶えなかったようだが、よくまぁここまで根気良く続けてくれたもんである。

 なんというか、ルピカのセンスて実にオレ好みなんだよね。前世じゃ刺青ってヒールのイメージしかなかったけど、ウチじゃあ一族の神聖な伝統だし。上手く彫れればそれだけ加護を得られるらしいしな。ルピカの腕は若手の中じゃあダントツのトップらしい。噂じゃあババ様の後任にも推されているとかなんとか。オレとしても鼻高々である。

 特に何事もなく作業は進み、刺青は首元にまで至る。今更この程度の痛みなんぞに喚くような柄でもないので、ルピカの邪魔をしないようにじっとしていた。

 と、仰向けになるように指示されて、何故かルピカが覗き込むようにオレを見つめていた。


「どうしたの?」

「んあ?」

「そわそわしてる。さっきから落ち着かない様子だし、何かあったのかなぁって」


 どうやら悩みが表に出ていたらしい。図星を突かれたようにドキリとする。

 もーホントに理想の女の子なんだから! もうね、その気遣いにぼかぁメロメロです。なんなのこの子、超ラブいんですけど。

 でもまぁ、気軽に相談できることでもないので口ごもらざるを得ない。しかしそこで、ふと訊ねたいことが浮かび上がった。


「なぁルピカ」

「なに?」

「オマエさ、ババ様の祈祷を見たことあるんだろ? どうだった?」

「どう、って聞かれても……」

「なんでもいい。思ったことを聞かせてくれないか」

「う~ん……」


 流石にルピカも答えに困るらしい。それでも手を止めない辺りは流石か。

 しかしまぁ答えに窮するのも仕方ないだろう。オレでさえ、ババ様の祈祷に関しては「凄い」としか聞かされていないんだからな。基本的に祈祷師連中は秘密主義だし、戦士と違って表舞台には殆ど出ないからな。

 そうして暫く沈黙が続いたあと、呟くようにしてルピカが言う。


「……さすが、だとは思うよ」

「……ふぅん」

「なんか、上手く説明出来ないんだけど。腕は確かだし、傷付いた人たちがババ様の祈祷で治っていくのを見ると、やっぱり凄いなぁって思う」

「……」

「正直ね、私もこの眼で見るまではあんまり信じてなかったんだ。ババ様たちが若かった昔とは違って、やっぱり皆昔ほど熱心には信仰してないから。だけどババ様のおかげで助かっていく人たちを何人も看ていくうちに、憧れてる……ていうのかな? そう思うようになったみたい」

「……よく解るさ」


 オレが親父に抱いてる憧れと丸っきり同じだもんよ。


「皆が私の腕を認めてくれてる。皆が認めてくれた力で、ババ様の手伝いが出来てる。だからババ様の後を継がないかって言われたときも、勿論戸惑ったけど、嬉しかった……かな」


 こんな風に嬉しそうに話すルピカは初めてだ。こいつはこいつで、自分の進む道について何かを見出しているらしい。

 成程、皆が認めるのも解る気がするな。こいつになら任せてられる、って安心感が無条件にある感じで、男どもとはまた違ったカタチの頼もしさが見て取れた。


「……ミキカカは?」

「うん?」

「ミキカカはそういう風に悩んだり、しないの? 皆言ってるわよ、次期アステカは間違い無くあなただって」

「悩み、悩みねぇ……オマエにはどう見える?」

「やっぱり、悩んでるように見えるかな。バカやってるのは相変わらずだけど、最近心此処に在らず、って感じが多いし。ミキカカは、アザキスおじ様の後を継ぐのはイヤなの?」

「いんや。親父のことは尊敬してるし、その生き様も誇らしく思ってるぜ」

「よかった……それじゃあ、後を継がないってわけじゃないんだ?」

「まあな。オレは此処が大好きだし、一族も大切だ。少なくとも捨てるような真似はしねぇよ。ただ……」

「ただ?」

「スッキリしねぇ、ってのかな。このまますんなりと継いじまうのには、なんか違和感がある」

「……意地?」


 少し呆れたようにしてルピカが笑うが、どうだろう? 確かにその通りかもしれない。このまま流れにのって行き着くところに行き着いちまうのに、言い様の無い“何か”を感じているのは確かだ。

 ただそうした迷いの根源が、絶対に人には言えない――前世での経験が絡む――部分に起因する所為で、溜め込んでおくしかないってのが、オレにはどうにもむず痒くて仕方がない。

 だからか、こんなことを訊いてしまったのだ。


「なぁルピカ。オマエはオレが外に出たいっつったら、どうする?」

「……此処に居るだけなのは、イヤ?」

「違う、そうじゃない。オレには外に出る必要がある、と思うんだ。ルピカ、オマエもこの前のハンターたちのことは聞いただろ?」

「……うん」

「今まで此処は周囲から隔絶された土地だった。空から降りるには拓けた場所が無いし、陸路で行くには奥深すぎる。海は季節ごとに潮の流れが変わって、漂流物なんかもロクにこない。だけどそれは、文明が発達していなかった過去の話だ。今じゃ技術が発達して、人間の行けない場所は殆ど無くなった。この前来た連中も、動力積んだ船でやって来た」

「……」

「銃、って知ってるか? 槍よりも間合いが長く、斧よりも威力がある、人間の武器だ。大抵の獲物は、これ一つでどうにかなっちまう。勿論人間もだ。昔のように、生身でぶつかるようなことは殆ど無くなっちまった。今じゃ数が全て、って考えが浸透しちまってる」

「だから……」

「ああ、だからだ。オレたちは今までと同じようには生きていけない。大なり小なり外に“慣れる”必要がある……とオレは思う。だけど老人に外に出ろってのは酷だし、大人たちにもそれぞれの役割がある。若手が行くにしても大勢居なくなっちまえば困るのは身内だ。だからオレは、収まるところに収まっちまう前に、やっておきたいんだ。オレなら、一人でもなんとかやっていける。だけど他の奴らじゃあ、とてもじゃないが無理だろう?」


 これはオレの偽らざる本音である。

 優れた近代文明に囲まれた前世と違って、一族はお世辞にも発達してるとは言い難いが、オレにとっては何よりも代え難い居場所なのには違いない。だけど以前のような連中がこれから何度もやって来たとしたら? 今はまだ良い。だけどこの先世代が変わって対応し切れなくなったら? その時になって後悔だけはしたくない。そうした事態に備えるためにも、出来る限り早く“外”の遣り取りに対抗出来るようになるべきだとオレは思うのだ。

 それを、出来得る限りルピカに伝えた。その想いをルピカがどう受け取ったかは、仮面に遮られた沈黙で解らない。

 ただルピカの手付きが、少しだけ柔らかくなったのを感じた。そして呆れたように笑い含んで。


「……バカね」

「え?」

「そんな大事なこと、私に言ってどうするのよ。そういうことは“戦士長様”か“ババ様”に言わないと、伝わるものも伝わらないでしょう?」

「だけど無駄じゃなかっただろ? 少なくともオマエは理解してくれたんだ」

「…………バカ」




「それがお前の意志か」

「はい、戦士長様」


 暫く経って、会合の高屋敷で“戦士長”と二人きりで対面する。今この時を親と子ではなく、あくまでもそれぞれの立場として対峙するのは、オレなりの精一杯のケジメのつもりだ。

 親父の声は硬い。しかし、決して落ち着いた態度を崩そうとはせず、自然体のまま鎮座している。オレも膝を着いたまま、ただ全力を伝えるのみだ。

 やがて親父は、厳かに話し出す。


「戦士ミキカカ。お主の言い分が至極尤もなものであることは、この戦士長アステカも認めるところである。故に問う。戦士ミキカカ、お主は外に出て如何とするや?」


 オレは頭を上げたまま、率直に答えた。


「ハンターになって、手に入れます」

「何をぞ」

「この地を。空と海と大地の精霊に護られた、偉大なるアラゴンの地を」

「……そうか」


 途端、堪らなさそうに腹を抱え、どうやら笑いを殺し切れないようだった。

 弾けるように笑い声を上げ、獣の咆哮のように雄叫ぶ。そして戦士長アステカは、いつの間にか偉大なる親父アザキスの顔に戻っていた。


「ハッハッハ、クックック……!! それでいい、ミキカカよ。【王《アステカ》】の名を継ぐ者、それぐらい傲慢なのが丁度良かろう! お前が外で何をするのかは知らんが、俺はお前の背を見届けてやるだけだ」

「ありがとう、親父……」

「やれやれ、俺がお前の背を見ることになるとはな……子の成長は早いものだ」

「そりゃ違うぜ親父。オレはようやっとアンタに並ぼうとしているだけだ。後は一緒に歩くなり、背中を合わせるなりするだけだろう?」

「違いない」


 もうオレを阻むものは何も無い。居ても立ってもいられず、跳ね上がるようにして駆け出した。


「さぁ行け、ミキカカ。息災でな」


 分かってるともさ、親父。




「ミキカカ……」

「ルピカ?」


 住処に戻ると、そこにはルピカが居た。オレの姿を確認するなり皮袋を手渡し、そのまま無言で佇んでいる。

 手渡された皮袋の紐を解くと、中には保存食が幾つかと、オレのサイズに合わせた木彫りの仮面が入っていた。


「これは?」

「どうせこうなるだろうと思ってたから、最低限の準備だけはしておいたわ。その仮面は私の特別製。空と海と大地の加護がありますようにって、お祈りしながら。あなた無茶ばっかりするんだから、それぐらいしないと不安じゃない」

「……そうか。ありがとう、ありがとうな、ルピカ」


 お呪いの紋章が丁寧に彫られた仮面を、長年親しんだ仮面と着け替える。驚くほど着け心地の良い、ルピカの温もりを感じた。


「私は何も言わないわ。今まで何度も無茶しにいくあなたを見送ったんだから」


 そしてルピカは、やはり呆れたように笑ってみせて。



「だから、いってらっしゃい」

「ああ……あぁっ!!」



 どうやらオレは、自分で思ってたよりも随分とセンチメンタルらしい。

 まともにルピカの顔も見られず、気付けば外に駆け出していた。



















 しかし海辺に辿り着いたオレは、ある重大な問題に直面した。


「――――船、ないよな……?」


 此処を出るには海路しかないのだが、今は漁船が出るような季節じゃない。

 ってことはつまり――――?



「最寄の島まで泳げってか?」



 まじかよ(笑)






[9667] 生涯で初めてお縄についた日
Name: ゲルニカ◆4b230df4 ID:0e683125
Date: 2009/06/20 23:18
 なんとか海を乗り越えました、ミキカカです。

 途中で渦巻いてるポイントなんかもあったけど、死ぬ気で頑張ったらなんとかなりました。必死こいて全力出したのスゲー久し振りなんて精神的な疲労が酷いです。身体の方は結構余力残してるのに、オレの気力はもう底を尽きかけてます。

 まぁそんなことはさておき、初めての外界です。熱帯樹林の代わりにコンクリートの建物がズラリと建ち並んでます。地面も手付かずの土じゃありません、キッチリと整理舗装された道路です。素足には中々馴染みそうもありません。

 前世では文字通り死ぬほど見飽きたはずの光景なのに、今のオレには驚愕を隠しきれません。田舎モノ丸出しです。なんというか、此処も遥か昔は手付かずの自然だったのかと思うと、人類の意地というかど根性というか、有り体に言えばどうしようもない強欲さを思い知らされます。人類の歴史ってスゲェ。

 ともあれ此処からオレの新しい人生が幕を開けるわけだが、心機一転都会の空気を腹一杯に吸い込み、離れたばかりの故郷に思いを馳せホロリと一筋。

 きっと今日は良い事があるに違いない、と期待に胸膨らませる――――なんて甘っちょろい幻想はその後スグに消えました!


 上陸した途端、現地の人に通報されました。何故。ちょっと尋ねようとしてみても、一歩近付くだけで一目散に逃げられる。正直「は?」って感じです。何故こうも辛い仕打ちを受けねばならないのか、オレのガラスのハートは今にも張り裂けそうです。

 精一杯好意的に接しても子供には泣かれ、老人は腰を抜かし、道行く人々に総スカンを食らうという有様。そうこうしてるウチに赤いランプの車が駆け付けてきて、ワケの分からないままにオレは今留置所にいます。あるぇー(・3・)?

 仕方ないのでおとなしく体育座りで沙汰を待っています。だって警察怖いモン。逆らったら地の果てまで追ってきそうだし、万が一銭型のとっつぁんみたいな人がいたらどうするんですか。オレはまだ罪を知らないままでいたいの!

 でも狭いです。しかも暗いです。とてもじゃないけど居心地が良いとは言えません。それはまぁ当然だけど、せめて取調室に置いておくとかさぁ、そんぐらいの配慮は欲しいところだよね。しゃがんでても頭スレスレだし、立ってたら首を寝違えちゃうよ。脚も満足に伸ばせません。全身なんて論外です。だからこうして一人寂しく縮こまってます。早く出してー!

 と涙をちょちょ切らせていると、やっと鉄格子が開かれました。やったね! でも監視官の視線は冷たいです。もうね、まるで養豚所の豚みたいな心境ですよワタシは。ちょっと此処の人権どうなってんの! 訴えるわよ!?

 で、とうとう取調室に連行されてしまいました。尋問係の人が煙草を蒸かしながら待っていました。どうやら署長さんらしいです。超怖いです。オレも席に着くよう言われたけど、椅子のサイズが合わないので床に正座させられました。

 まるでデンプシーロールのような怒涛のラッシュに、オレもいい加減泣いてしまいそうです。てかもう泣いていいですか? ……だめですかそうですか。わかったよチクショウッ!


「あ~、キミね。住民を怖がらせちゃイカンなぁ。おとなしくしてくれてたからこの程度で済んだけど、もし何かあったら困るのは僕達なんだからね? そこんトコよく分かっといてネ?」

「はい、はい……反省してます。ってか何で連行されたかサッパリなんですけど」

「あ~、うん。この時期になるとね、ハンター試験も近いからね。あまり素性の知れない連中も多くなるからね。怪しい連中にはね、こういう措置を取らざるを得ないんだよね。だってキミ、見たまんま怪しいでしょ?」

「いや、まぁ……うん確かに。ああでも一応気を付けてはいたんですヨ?」

「そりゃキミ、服を着ないとダメでしょうよ。大事なトコだけ隠せばいいってモンでもないでしょ? ホントなら破廉恥罪で実刑も有り得るんだからね? そこんトコをよく理解してね?」

「はい、はい、スンマセン……申し訳ないッス」


 うぬぅ……まさか一族の民族衣装が裏目に出るとは。海を泳いでったばかりだから、葉っぱ隊じみた格好だったことをスッカリ忘れてたぜ。村じゃコレが普通だったのが仇となったか。みんな、都会は田舎者には厳しいところです。

 しかし困った。唯一の一張羅にしても、今と大して変わらない格好なんだが。このままでは外に出た途端Uターンしなければならない羽目になる。一日に二度も警察のお世話になるなんてイヤだ! どうにかしてよドラ○も~ん!!

 ……えぇいダメだ、やっぱり青狸はアテにならねぇ! 此処は一つ目の前の狸親父に賭けてみるしかねぇ! こちとらいつでも用意は出来てんだ! さぁ署長――――ッ


「何か着るものくださいッ!!」

「何を言っとるのかねキミは」


 ダメだった! だけどここで折れては今後の人生に響くので床に額擦り付けて懇願する。そう、土下座である。これでもかってくらいのフォームで土下座を繰り出したのだが、この狸はすっとぼけた表情を崩さなかった。

 ええい手強い! でもマジでオレも譲れないし後に退けない。ぐ~りぐりと擦り付けて涙ながらに訴える。正直周りの連中がなんか引いてた気がするがそんなの関係ねぇ! 恥も外聞も捨てて嘆願すること小一時間、やっと狸から「まぁいいか」と引き出させることに成功した!

 ふぅ~、色々と失ったものも多い気がするが、服という人類の叡智の結晶を手にするためには已むを得まい。ここは旅の恥は掻き捨てと割り切ることにする。


「ま、これに懲りたら気を付けるようにね。今部下に言ってキミに合わせて繕ってもらってるところだから。お古の囚人服だけど構わないよね? 無いよりはマシでしょ?」

「恩に着まっス!! いやマジで助かりました。地獄に仏とはまさにこのことッスね!」

「まま、落ち着きなさい。キミの声うるさいから。……ところでキミもハンター志望者なの?」

「え? あぁ、そうッスね。ハンターになるため出てきたんですけど……あ、そういや登録まだだった」

「まだなの? じゃあスグにでも登録しないと。早くしないと出遅れちゃうかもしれないよ。 アテはあるの?」

「そういや何も無いッス。どこで試験登録出来るんスかね?」

「うーんこの近くだと……ああ一つだけあったね。この街から試験を受けるような連中はあまり居ないから寂れてるけど。キミ、文字は読める?」

「ハンター文字ッスか? いや、全然読めないです。いずれ勉強しないといけないとは思ってますけど」

「ダメじゃないそれじゃ。簡単だから早めに覚えた方がいいよ。大抵の場所で共通だしね。まぁいいや、んじゃ……」


 サラサラリンと書かれたメモを渡され、見るとどうやら簡単な地図のようだった。目的地らしき場所にマークがついてある。


「この地図の通りに行ったらね、寂れた古本屋があるから。そこで確か登録受付してたはずだよ。ま、取り敢えず寄るだけ寄ってみなさい」


 まるで漢検申込みのような手軽さだが、そんなんでいいのかハンター試験。まぁ原作でもカードでワンボタン登録だったけど。ともあれ助かった。一時はどうなることかと思ったが、署長が話の分かる人でよかったぁ。意外なところで事態が好転して、結果的にはよかったかもしれない。いやぁ、世間も捨てたもんじゃないね!

 そして服も他の係員さんが持ってきてくれたので着替える。何人分使ったのかはしれないけど、白黒の縞々が継ぎ接ぎになっててカッコイイ……とはお世辞にも言えないけど、少なくとも露出は防げるので深く深く頭を下げた。係員さんまだ引いてたけど。そこまで怖がらなくてもいいじゃん! ねぇ?

 正直かなり前衛的な出で立ちになったけど、それでも服には違いないので改めて感謝する。だけど皆の表情は「どうでもいいからさっさと出てけ」というとても冷たいものでした。やっぱり世知辛い!


「いやぁ重ね重ねありがとうございました。これで当分なんとかなりそうです」

「はいはい。もう戻ってくるんじゃないよ。キミみたいなのはこちらの手に余るからね」

「ご迷惑をお掛けしました~では!」


 気を取り直して外に出ると、空はまるでオレの晴れやかな心境を表すようにどんよりと……どんより?

 ヤバイ、雨が降ってきた! メモが濡れる、メモが濡れるぅうううう!? あ、服もだ!? てか傘無い! 無いと困る! 今まで必要なかったけど、服着てるから雨で張り付いて気色悪ぃ!? ひいぃ、もう堪らんとですたい!

 あぁ道行く人々の視線が痛い! これは駅のホームで大声でアナウンスするアレな人を見る目と同じだ! ヤバイ、オレの心が死にそう! 社会進出初日にして社会的に抹殺されるとか。ちょとsyレならんしょこれは……冷たいなさすが世間つめたい。


 結局住民たちの態度には変わりないのね!

 やっぱり都会は厳しいです;;






[9667] 人の縁ってなァわからねぇモンだ
Name: ゲルニカ◆4b230df4 ID:0e683125
Date: 2009/06/22 23:09

 はぐれ刑事人情派っぽいおっちゃんから貰った地図を頼りに歩いていくと、商店街入り口前の角にひっそりと建つボロ屋に着いた。

 いや、ボロ屋というにはちょっと品が良いか。なんだか広辞苑を全巻並べて売ってそうな、感じの良い佇まいの古本屋である。看板にはでっかく『古本』の文字が書かれてあって、異様に達筆なそれが目に付きやすい。

 ガラガラと引き戸を開けて中に入ると、本独特の何とも言えない、図書館みたいな匂いが漂う。コーヒーの香りでも似合いそうな居心地の良さげな内装で、オレ的にはかなり好ましい感じだ。

 蔵書もちょっとした図書館並みにはありそうだ。前世でよくあった、漫画メインの店ではない。苦学生がなけなしの金を握って通い詰めるような、今時珍しい店だった。

 そして暗がりに隠れたカウンターの方に目を向ければ、やたらデカイ本に視線を落として読み耽る店主が一人。来客に目を向けるような素振りも無く、非常に淡々としている。益々古本屋らしい店だ。


「こんちはー。此処でハンター試験の登録受付やってるって聞いたんですけど……」

「ん」


 最低限の反応で差し出される登録用紙。そこに名前を記入すれば良いらしい。簡単だな。そして手渡されたペンを握っていざ記入しようとしたところで、文字の読み書きが出来ないことに気付いた。


「…………」


 冷や汗たらり。どうしよう……まさか教養が無いのがここまで不便だったとは。村じゃ殆ど口頭での疎通が主だし、重要な伝言もそれを読み上げる役目の人がいたりしたから、今まで自分ではロクに文字を使ったこと無いんだった。

 ハンター世界だからか話し言葉での不自由は都合良く無かったが、仮にも一般大衆への教育が行き届いた前世を生きた者として、こんな無様な失態は許されない。この先ハンターとして生きていく以上、人並み以上には言語にも精通してないといけないだろうし……これなら村を出る前に最低限の勉強をしておくんだった……男女できっちり役割分担をしてたのが仇になったな。やはりこういった面でも一族は不利だ。情報が何よりの力となる現代社会に於いて、それはかなり致命的だろう。だからこそ、此処でオレが躓くわけにはいかない、の、だが……。


「すいません、他の方法で登録出来ませんか? 自分、文字読めないもんで……」

「……読めないの? じゃあ名前言って。ネットで登録するから」

「どうもすいません。名前はミキカカです」


 名前を伝えると、店主はくるりと椅子を回して後ろのパソコンで何やら操作し始めた。そしてパパッと名前を打ち込んで登録を終えると、パソコンに繋いだファックスから用紙が吐き出される。それをオレに差し出した。


「登録完了」

「ども」


 そして受け取ろうとすると「ちょっと待って」と引き止められる。何事かと思えば、店主がオレをまじまじと見上げて見つめていた。何か興味を惹くものでもあったのだろうか。いやオレ自身かなり奇特というか異様なのは自覚しているが、こうも観察されるとむず痒い。そして何気なく気付いたが、店主は女性だった。しかも結構若い。年齢の程は定かではないが、オレと比較すると子供のように見える。かなり小柄のようだし、いかにも本の虫という感じがして、小動物っぽい。食い物でも頬張らせてみたい顔だった。


「何か?」

「……最低限、文字くらいは読めるようになった方がいい。試験でも色々と不便」

「それは、確かにそうだけど……だからと言って簡単にポンと学べるものでもないしなぁ」

「これあげる」


 と手渡されたのは一冊の絵本。見るからに子供向けな、易しいドリル帳のようなもの。タイトルに分かり易く書かれたハンター文字が載っているが、生憎とそれすらもオレには読めなかった。


「これは?」

「子供向けの練習本。『サルでも分かるハンター文字』。今はもう絶版で、結構レアモノ」


 どうやら彼女からしてみれば、オレはサルも同然に映ったようだ。……まぁたしかにサル同然というか、それ以上に野生的に生きてきた感はあるが。しかしこれも彼女なりの親切……なのだろうか? 少々腑に落ちない部分もあるが、今のオレにはありがたい……が、しかし。


「生憎とゆっくり読む暇も無いようなので。それに試験会場も探さないといけないし……」

「大丈夫、教える」

「でも時間がなぁ……」

「そもそも、文字が読めないと地図も読めない」


 あ、そうか。確かにこの用紙もハンター文字で書かれてるし、目的地の名前も分からないんじゃ地図も意味無いわな。それ以前にそこまでの交通手段もアテが無いし……よくよく考えればオレなんも準備してなくね? 確かに最低限の準備はルピカが持たせてくれたけど、あくまで食糧だけだし。それも残り少なくて心許ない。冷静になるまでもなく、状況的にはかなり詰んでいた。本当に今更だが。


「やっべ、どうすっかなぁ……」

「だから教える」


 グ、とサムズアップする少女店主に、オレは思わず首を傾げる。いや渡りに船というか、確かにありがたいことはありがたいのだが、正直「なんで?」という思いだ。一応初対面だよな? そこまで親切される覚えもないし……人情で片付けるにはちょっと出来すぎてる気もする。


「あの~差し支えなければ何でそこまで親切にしてくれるのか、聞いてもいいスか?」

「……アギュラの民」

「?」

「あなた、アギュラの民でしょ? 見えてる刺青とか、仮面の意匠がそこのものだし。珍しいお客」

「はぁ……」

「それにかなり強い。将来有望、ハンターの資質十分。文字が読めないのは勿体無い。万全の状態で臨むべき」

「う~ん……」


 なにやらかなりの高評価を得ているようだが、古本屋の店主に批評を受けるというのも妙な話だ。

 しかし外の人間がウチのことを知ってるというのも珍しい、というか初耳だが、単にこの娘が博識なだけか? 多分そうだろう、見たとこ文献による知識には自信ありそうだし。何か只者ではない雰囲気も、それに拍車を掛けている……ようにも見える。


「アギュラの民が外にいるのを見るのは初めて。わたしとしても興味津々。この際だから色々と調べてみる」

「いや、いやいやいや! 調べるって何を!? マッドな雰囲気はNGなんだけど!」

「大丈夫。単なる情報交換。わたしがあなたに色々と教える代わりに、あなたも私の質問に答える。OK?」

「え? う~ん、どうだかなぁ……」

「今なら臨時のバイトとしても雇う。勿論お給料も出る」

「うぐぅ……」

「大丈夫、これは個人的な好奇心だから。別に悪用したりしない。約束する」


 約束、と小指を差し出す店主。これはつまり、指きりげんまんをしろと申すか? いや別にいいけど。寧ろこんな美少女を約束というかお近付きになれるのは嬉しいけど! あ、勘違いすんなよ。浮気じゃねーかんな。チクんなよ? 怒ったらこえーんだからアイツ!

 ……ま、本当に悪意は無いみたいだし。オレとしても悪い話ではないので素直に従っておく。……おいおい手のサイズ違いすぎだろ。中指の二倍ある小指ってなんだよ。これじゃまるで未知との遭遇みてぇじゃねーか。

 そんな葛藤を余所に指きりげんまん。うーそついたらはりせんぼんのーます、っと。はい、指きった! ……仮にも初対面の美少女と指きりなんて、正直喜びよりも先にイヤーな複雑さがあるわ。


「ん。わたしはサブレ。サブレ・アティ。よろしく」

「おう。こちらもこれから暫くよろしく、店長」

「お互い頑張る。じゃあ早速質問――――」


 やれやれ、好奇心旺盛なことで。









「――――なるほど。全身の呪印にはそれぞれ関連性があると。一族に伝わる古代神話?」

「確かルーツはそうだった筈だ。ただ一口に神話というよりは、長年を掛けて培われ、変遷してきた末の教義のようでもあるが。具体的な内容は“祈祷師”のヤツしか知らないが、大別して三章に区別される。それが――――」

「ふむふむ。そうした部分は他の民族でも似通ったものがある。だけど他の民間信仰のように、外部宗教の影響は余り見受けられないように思う。宗教統合による変遷を劇的な化学変化とするなら、この場合は醸造によるゆっくりとした変化のような――――」

「下手すりゃ腐敗しかねない、ってのはどっちも同じだと思うけどな。ただそれ以上に現実的な観点もあるっちゃあるだろう。現に村での教えは実体験に基づいた現実的な――――」

「アステカ、だっけ? 彼だけが非常に突出してるようにも思えるけど――――」

「それは彼の英雄が今の一族の最大基盤を築いたからだな。細かい部分は聞いてないが、彼の台頭から大きな変化は無いらしい。当時から然程変わらず文化が続いてるわけだ」

「話から推測するに、仮面信仰は彼の代から顕在化し始めたように思える。祈祷の方もそこから統合化の予兆が見られ――――」

「偉大なる戦士であると共に、空前絶後の祈祷師でもあったみたいだ。激戦の末に打ち倒した獲物の血を浴びて呪印の力を得たとも、その亡骸を身に纏って野性の力を宿したとも――――」

「となると信仰の一部に見られる神や精霊とは画一的な実存在ではなく、概念的な認識を――――」

「少なくとも一族に伝わるものの中に、それとして描かれたものは無いな。個々としての名前は無くて、漠然と『そういうもの』として理解の中に含まれたようにも――――」

「あくまでも自然そのものを捉えたと」

「なんつーのかな、信仰のために生きるんじゃなくて、生きるために信仰してるようにも――――そうした教義や戒律の中に、アラゴンに生きるものとして求められる自戒や心構えなんかを託したんじゃないか? 実際非常に理に適っていたし、最善の教養を示しているようにも――――」

「良くも悪くも隔絶している……? 土地としての要害性が高すぎて、外界からの侵攻や理念の浸透には脆い――――」

「それがオレが村を出た理由でもあるしな。悪く言えば柔軟性の無さが非常に目立つな。今時ハンター文字すらも浸透してなかったのも、それを如実に表しているとも――――」

「――――話は変わるけど、呪印の示す教義については」

「要はそれぞれの特性を端的に表してるんだな。空の章は大空に棲む生物や天候の移り変わりについてなんかを語っていて、陸、海もそれと同様だ。他の信仰と違うのは、それらを“神”に置き換えていない、ってところだろう」

「さっき祈祷師しか具体的な内容は知らない、と言ったけど、それら教義の物語はそれとは違うの?」

「オレもそれを疑問に思ったんだけどな。物語は結局のところそれの持つ本来の意味の概要でしかないらしくて、あくまでも参考程度のものみたいだ。ババ様――ああ祈祷師長のことなんだが――の祈祷には、それだけでは証明出来ない実存的な結果が多く残されてる。それは歴代の祈祷師長たちでも同様だ。勿論戦士長――――アステカもだな」

「あなたはその全貌をまだ受け継いでいない?」

「ああ。だが大方の目星は付いてる。だけどそれは――――世間一般的には秘匿すべきことなんだろうが……うぅむ」

「それってもしかして……ううん、今はまだ早い……」


 自ら好奇心旺盛を謳った店長の問いは、時に微に入り細を穿つほど的確なもので、普通の人間が認識しにくい部分も当然の指摘してくる。そうした質問の中にはオレの一存で答えられない不確か且つ現実性の低いものも多く含まれていたんだが、そうした不明瞭も構わないという彼女の好奇心の前では、口を止める術を持ち得なかった。

 それ以上にこの娘は、異様なまでにセンスが良い。常人相手には到底不可能な論争にも真剣な眼差しで対応してくれるものだから、オレもついつい熱くなって論議を重ねるまでに発展してしまう。一族では当然として受け止められる常識を、彼女相手だと純粋な一つの疑問としてぶつけ合えるものだから、オレの探究心も飽くことを知らなかった。

 元々一族内での信仰変遷の様相や――――秘匿されるべき部分では如何にして念能力が組み込まれていたのかなど、直截それを口にすることは出来なくても、限りなく近い部分で意見を交換し合える分、非常に有意義な時間と言えた。彼女自身も全く偏見無く対等に受け止めてくれるので、互いの自説も煮詰まっていく思いだ。

 正直、このような人材と知り合えたことはオレにとっても大きなプラスだ。この先一族を護るために必要だろう文化知識を、こうして深めていける機会はおそらくそう無い。だからこそ憚ることなく互いに意見を衝突させていく。

 とはいえ、現時点では結局のところ机上の空論に過ぎない。致命的なまでに実践が不足している現在では、それらの説を実証する物的証拠が無いのも事実だ。そのためか、ある一定のところで話題は収束し、最後には雑談も交えながらお開きと相成る。

 だが互いに表情は晴れやかで、満ち足りたものとなっている。
 やはり話を聞けば、サブレもこうした話し相手に不足していたようで、オレとの議論は良い刺激になったとのこと。オレとしてもそれは同じ思いなので、成り行きからオレの身の上なんかも話すついでに、今ではちょっとしたお茶会に興じているのだった。


「話し合って分かった。やっぱりあなたはハンターになるべき。そして世界中を飛び回って各地の伝承を研究する。それがあなたの目的への道筋でもある……と思う」

「ああ。オレだってそう簡単に目的が果たせるとは思ってないさ。寧ろ何よりも長く困難な道だとは覚悟してる。実際、ハンターってだけで何とかなるモンでもないしな。打算的な話だが、相応の権力や人脈も必要になるだろう」

「そのためにもハンターにはなっておくべき。大丈夫、あなたなら余程のことが無い限り、必ず合格出来る。運動能力は十分以上だし、意外と頭も切れるようだから」

「そうかぁ? 少なくとも頭が切れる、ってことは無いと思うぜ。あるとしたらそりゃただの勘だ。逐一モノを考えて成功した例なんざありゃしねぇ」

「それはそれで大きな資質。勘とは、如何に自分にとって最適に物事を判断出来るかという技能。ある意味でハンターには必須とも言える技能だから、勘が良いならそれはそれで立派。潜在的か顕在的か、それだけの違い」

「ま、それも最低限の読み書きを覚えてからの話だがな。んじゃま早速教えてくれるか?」

「今日はもう遅いから、明日改めてする」

「お、もうこんな時間か。思ったより時間経つのが早かったな」

「楽しい時間は、得てしてそういうもの」

「まぁな。さてと野宿するには……」

「安心する。上に部屋が余ってるから」

「お、そうかい? じゃあお言葉に甘えるぜ」

「ん。住み込み日雇いだから、三食付き。お給料は安いけど」

「それだけ至れり尽くせりなら十分だって。改めて恩に着るぜ」

「問題ない。わたしとしても有意義。それじゃ」

「おう、今日はもう休ませてもらうわ」

「ん」


 人と人の出会いなんて、割とどうってことないもんだ。

 良き友人を得られたことを誰にともなく感謝しながら、オレは部屋の床に着いた。






[9667] 大人の貫禄を視た日
Name: ゲルニカ◆4b230df4 ID:0e683125
Date: 2009/06/26 22:12

 ハンター試験落ちた。


 ……あぁ、嘘みたいだろ? ホントなんだぜ、コレ。


 なんつーかトリッパーにあるまじき体たらくとか、そんなんで主人公張れんのかとか色々野次が飛んできそうだけど、実際その通りなんだからしょうがない。

 ちなみに原作の試験じゃなかった。原作は何時だったか全然覚えてないが、オレが受けた年は1995年だった。会場はオーレア街とかいうところで風光明媚な観光地だったんだが……それはともかく。折角サブレに案内してもらった――余談だが彼女、なんと協会に雇われたナビゲーターだったらしい――のに、まさか一日も経たずして不合格を言い渡されるとは思いもよらなんだ。

 一ヶ月ほどサブレのレクチャーを受け、元々簡単だったこともあって何とか日常会話は困らない程度に覚えた矢先にこれである。オレとしても自信が無かったわけではない。原作程度の内容を基準にすれば、今のオレなら苦も無くこなしてみせるだけの実力があったのは間違い無い。相応に自分を鍛え抜いてきたという自負もあったし、何より文字通りの意味での“ハンター”としての資質は、既に十分備えているという自信もあった。そう……己の技量を競うだけの勝負ならば、誰にも負けない自信はあったのだ。


 そう、あくまでも“己の技量だけ”なら――――


 なんと今期の第一次試験は、筆記テストだった。試験官は考古やら文化やらの第一人者とかいう権威あるハンターで、見た目には麦藁帽子被って土いじりでもしてそうな気の良いジーサンだ。実際見た目通りにぽやっとした人好きの良い御仁だったのだが、彼の出題した試験はそれとは裏腹にあまりにも過酷過ぎた。

 彼の所為で一体何人の脳筋どもが涙を呑んだか……朗らかに笑いながら不合格を言い渡す彼の姿は、その時ばかりは羅刹のようだった言わざるを得ない。

 試験の内容もマイナーすぎんだよ。なんだよスポポイラ族の風土とその特色及び現状って! トリビアにするにしてもマイノリティ過ぎる試験内容には、インテリっぽい受験生たちも頭を悩ませていたようだった。

 勿論そんな試験にオレらみたいな脳筋族が敵うわけもなく、制限時間一時間を寝てやり過ごすか、喚き散らして帰っていくか、カンニングがバレて怖いお兄さんたちに連れて行かれるかの三択だった。ちなみにオレは寝てた。というかリアルで頭抱えてました。

 最初の数分は真剣に用紙を覗き込んでいたりもしたけど、明らかにハンター文字じゃない言語も混じってたのを見て諦めた。書けたのは精々名前と問題のほんの一部だけ。その一部にしても、前世で言う日本語で書かれていた部分だけで、そこだけちょちょいと書き込んで後は放置。もう悔しがる余地も無いほどに惨敗でした。

 というか実はハンター文字もまだ把握し切っていないんだよね~。ハンター文字って所謂五十音に当てはめて覚えられるんだけど、その所為で日本語を知るオレとしては、まるで平仮名だけで書かれた文章を読んでるみたいで、単語や文意が判別し難いのだ。

 前世の世界でもハングル文字とかが似たような問題に悩まされていると聞いたことがあるが、まさにその通り。簡単な文や単語だけなら簡単で使い勝手もいいのだが、長文には全く向かないんじゃないか? この世界の人間は普通に読めたりしてるけど、オレには到底そこまで出来そうもない。


 まぁ、そんなこんなで早々に試験も終わり、会場ロビーで打ちひしがれている次第である。サブレに公衆電話で連絡入れたら、『ニート乙』と返ってきた。あぁそうか……オレ、ニートになっちゃったんだ……。

 まさかこのままおめおめとサブレのところに転がり込むわけにもいかないし、もしまた訪ねるとしても次回からだろう。路銀も残り心許無いし……正直八方塞な感。もしかしてオレの冒険はここで終わってしまうのだろうか……?

 いやいやいや! それだけはなんとしても阻止せねばなるまい! と言いつつこれで何回目かも知れないが、とにかくも来年度までなんとか生き延びねば話にもならない。

 まずは先立つものを確保しなければ! ――――要は金稼ぎだが、日々を凌げるだけの路銀を稼がねば。とはいえ、オレの図体じゃどこにも雇ってもらえないし、そもそも戸籍だって不確かなんだよなぁ。

 確か一族連中の社会的証明は国際なんたら機構とかいうところのお役所で登録してあったはずだ。親父が昔必要になったとかで申請に行ってたけど、手続きに時間掛かるんだよなぁ。窓口もそこしかないし……此処じゃあ有効になるまで一体どれだけ掛かることやら。

 結局自分の身体しかあてに出来ないんだが、雇ってくれるとこも無いのでは本当に手詰まりだ。サバイバルにしてもこういう都会は私有地やらなんやらで厳しいし。もうホント、故郷に帰りたいっす……。


「おや、キミは確か七十八番の……ミキカカ君でしたか」

「げ、鬼教師……!」


 しょぼくれていると、奥から例の試験官が現れた。確か名前は……レイラムだったっけか? なにやらオレをご指名のようである。

 思わず本音を漏らしてしまうと、ジーサンは面白そうに笑いながら前の席に腰掛けた。


「あ、いや、その……スンマセン」

「ハッハッハ……鬼教師、ですか。言い得て妙ですね。やはり受験生たちには難しかったですか」

「そりゃもう、受験生つったら大抵は腕に覚えのある連中ばかりで……まさか勉強絡みだとは思いもしなかったでしょうし」

「うぅん、ハンターも肉体労働ばかりではないんですけどねぇ……やはり若い皆さんは、賞金首ハンターとかになりたがるものなんでしょうか? いやはや、僕みたいな学者肌は肩身が狭いですよ」


 やはりこのジーサン、インドア派らしい。とはいえプロハンターなのだから相応以上に腕も立つのだろうが、少なくとも純粋な身体能力を見れば、オレほどには無いようだ。

 まぁそれが強い弱いの基準になるわけではないが。寧ろこういうタイプ相手には、オレのような人間なんて赤ん坊も同然だろう。経験とか実力じゃなく、年季の違いというものを思い知らされるような、そんな人間に見える。

 まるで国語教師みたいだとは、心の中で思っておくだけにしておく。


「キミは見たところ、アギュラの一族かな? 随分と若いけれど……」

「ええまぁ、事情により村から出てきました。最近ウチも色々と物騒なんで」

「ほうほう、そうですか……いや珍しい受験生がいたものですから、印象に残っていましたよ。しかしそうですか、アラゴン熱帯雨林から此処までねぇ……随分と頑張ったようですね」

「途中で助けられてなかったら、今頃ここに居ませんよ。本当に幸運が重なって来れたようなものですから。……でもそんなに珍しいですか? 別にオレに限らず、世界各国から人間が集まるんだから今更でしょうに」

「いえいえ、そうではなくてですね。勿論キミ自身も目立ちましたが、キミの答案がね、少し意外だったものですから」

「意外、ですか?」

「ええ、ほらこの部分。ジャポン文化の問題ですよ」


 ス、と見せてくれたオレの解答用紙の一部分。あの日本語で書かれた問題。

 なんてことはない読解の問題だが、日本語を知るオレにとっては高校の国語のテスト程度の内容で簡単だったので、そこだけ赤丸がついている。ちなみに他の部分はまっさら。ペン先も向けられていないという有様である。


「ありきたりな問題ですけれどね、ジャポンの言語に精通している方は中々いないんですよ。この言語は非常に複雑でね、造語性も高く組み合わせや応用も多彩なものですから、こうまで文意を的確に示せる人は非常に珍しいんです。今期の受験生ではキミだけですよ、この問題を正解出来たのは」

「まぁ、たまたま知っていただけですから」

「ふふ、そうですか……いやいや結構なことです。生憎とキミは他の問題がダメでしたので、残念ながら不合格ということになりましたが……個人的にはとても喜ばしい思いですよ。今や廃れつつありますからね……」


 しみじみと呟く背中には、哀愁が漂っていた。

 ……なんかオレまでアンニュイな気分になってきたんだが。


「ところでキミは、どのハンターが目的なんですか? アラゴンを離れてハンターになりにくるほどですから、特別な事情があるのでしょうが……」

「目的っつーか、単なる手段というか、ハンター資格を持ってれば色々と有利になると思っただけで、特別なものなんて無いですよ。最近開発の手が伸びつつあるんで、ハンターにでもならないと太刀打ち出来ないと思っただけですから」

「成程……しかし大変な道程になりますよ? あの地域は利権の所在が不明瞭ですからね……」

「ま、それも覚悟の内ってことで。いずれにしろ動かないとどうしようもないのは確かですから」

「……そうですか。ふふ、納得がいきました」

「?」

「あの子の目は確かだったようですね。やはりキミは良い、気に入りました」

「……どういうことで?」

「サブレ・アティは僕の教え子です。あの子が卒業して暫く経ちますが、覚えの良い子でした。探検にはあまり向きませんでしたが、研究には人一倍熱心でしてね。今も本に囲まれて暮しているんでしょう?」

「ええ、まさにその通りです。でも、へぇ……サブレの先生、ですか。そう言われてみれば、なんだか面影というか、雰囲気が似ている気がしますね」

「僕にとっても孫みたいなものでしてね。だからあの子がキミのことを話した時には、随分と驚かされました。色々と試す様な物言いをして申し訳ありませんでしたね」

「いや、別にいいですから。オレとしてもこれで諦めるわけじゃないし、まだまだやれる事もやりたい事も沢山ありますから」

「それでこそ、ですよ。今後の予定はどうするおつもりですか?」

「とりあえず先立つものを。暫く分の路銀を稼ごうかと思ってますけど……」

「それなら、天空闘技場なんて如何です? 普通の方にはおすすめできない場所ですけれどね。キミは随分と実力もあるようですし、キミなら困りはしないでしょう」


 天空闘技場……? あぁ! 原作で主人公が“念”を知る切っ掛けとなった場所か! すっかり忘れていたけど、確かにあそこなら金も稼げるし寝る場所にも困らない。おまけに格好の鍛錬の場にもなるだろうし、まさに一石三鳥じゃないか! 今のオレには打って付けの場所だろう。成程、行かない手は無い。

 だが……


「身分を証明出来るものも無いので……」


 そこに行くまでの金が無い。実にシンプルで強大な障害がある。

 と、サブレの先生は、オレを助けてくれた時のサブレのような表情を見せて笑い。


「今回だけ特別に、僕が手配してあげましょう。なに、将来有望な若者への手助けになれるなら、老人冥利に尽きるというものです」

「い、いいんですか!?」

「ええ、構いません。その代わり、もしキミがハンターになった時には、僕の手伝いをしてくれますか? キミのような体力のある若者が助手にいてくれれば僕も大助かりです」

「ええ、ええ! 勿論です! その時には喜んでお手伝いさせていただきます!! オレとしても願ったり叶ったりで……良い経験になります!」

「それは良かった。では約束です」

「はい!」


 どうやらサブレの指きりは、この人譲りらしい。

 以前やったときと同じように約束を交わすと、レイラム爺さんはゆっくりと腰を上げた。


「ミキカカ君。故郷を護りたいのならば、何よりも見聞を広めることです。そうして見るものが大きくなれば、キミの採るべき選択も自ずと見えてくるでしょう。いいですか? 今はまだ焦る時ではありません。じっくりと己を見詰めて、確実に経験を積み、知識を吸収なさい。そうすればキミは、必ずもっと大きく成長出来る」


 諭すように言いながら。


「キミはいいハンターになる。その時を、僕は楽しみに待っていますよ」

「――――ありがとうございます」


 そして爺さんは去っていくレイラム爺さんの背中を、オレは最大限の敬意を込めながら頭を下げて見送った。

 フロントに向かうと、ホテルマンが飛行機の搭乗券を手渡してくれた。レイラム爺さんの厚意を、確かに受け取る。


「マジで恵まれ過ぎてんなぁ、オレ……」


 思わずそう呟いてしまうくらいに、オレは恵まれている。今こうして無事にいられるのも、袖触れ合った縁が齎した奇跡のようなものだ。

 これが人の温もりというものなんだろう。一族でのそれとはまた違った温かさに、さっきまでの沈んだ気持ちは嘘のように軽やかだった。



 目指すは天空闘技場。格闘のメッカ。


 まずはそこで一年間、自分を磨いてみようと決心した。






[9667] ちっちゃい呑んだくれと知り合った午後
Name: ゲルニカ◆4b230df4 ID:0e683125
Date: 2009/06/25 13:13


 レイラム爺さんの協力を得たオレは、早速天空闘技場へと赴いていた。

 東京タワーやエッフェル塔なんて比較にもならないほどの高さ。天高く聳え立つそこを取り囲むようにして並ぶ長蛇の列は、意外にも手早く捌かれていっている。

 暫くして闘技場が見えてくる距離に近付くと、幾つも設置された正方形のステージの上では、見るからに暑苦しい男どもが血と汗を流して肉弾戦を繰り広げていた。

 やはり、子供や女性なんてのは殆ど居ない。原作での光景はやはり異端だったのだろう。原作キャラと思しき人物も見当たらず、有象無象がぶつかり合ってはその身を散らしていくばかりである。

 その熱狂たるや、プロレスなどの比ではない。基本バーリトゥードの闘いには形式に縛られた競技にはない興奮があり、それが選手も観客も駆り立てているようだった。

 無論オレもその例外ではない。随分と久し振りに血が滾るような感触を実感しながら、順当に進んでいく行列に並ぶ。

 しかしやはりというか、世界各国から腕利きが集うこの場所に於いてでさえも、オレの風体は目立つらしい。オレからすればどれもこれも人並み外れたように見える連中が、不思議な視線をしてオレを見上げてくるのは面白いものがあった。

 だがまぁ、そう緊張することもないだろう。大抵の連中は、オレに及ぶべくもない凡夫のようだ。

 これでも洞察力には自信がある。生まれ出でて二十年、大自然の中で培ったオレの五感は、野生の獣だけでなく人間も相応に見抜くことを可能としている。そのオレの目から視た連中の大半は、大したオーラも感じさせない奴等ばかりだ。……あぁいや、念能力の話じゃなくてな?

 取り敢えずの目標は此処でファイトマネーを稼ぎ、個室を手に入れることだ。確か上層に進めば進むほどマネーも待遇も良くなる筈だし、オレのような文無しの体力バカにはこれ以上無い環境に違いない。念能力無しで一体どこまで行けるかは分からないが、行ったり来たりしてる内には懐も温まっていることだろう。

 ただ、二百階クラスからどうするかは未定だ。念能力を覚えるにしても独学では難しいし、かといって“洗礼”を受けるのは余りにもハイリスク過ぎる。

 新米狩りに励むような弱小のハンター相手ならそうそう壊されてやるつもりも無いが、それでも必ず安全と言い切れないところが念能力者の恐ろしいところだ。

 なんせどんな未熟者でも、オーラを纏ってさえいれば生身の達人の拳を何度でも耐えることが出来るのだから。昔ハンターどもが乗り込んできた時も、身体能力では明らかにオレの方が上だったにも関わらず、大したダメージも与えられなかったしな。

 やはり念能力者を相手にするなら、オレも念能力に目覚めなければ話にならない。かといって師事する相手にアテがあるはずも無く、少なくともハンターになるまではお預けを食らわねばならないだろうな。

 レイラム爺さんの話からして、サブレもハンター且つ念能力者なんだろうが、多分今の時点では教えてくれないだろうし。意外とアイツ、正攻法以外は嫌うからな。ハンターにならないことには教えてくれないだろう。

 やれやれ、もっと早くに気付いていれば今頃念能力も……いや、そうでもないか。多分オレじゃあそう器用にはいかなかっただろうし、出来たとしても付け焼刃もいいところだろう。中途半端に覚えるくらいなら、その間身体でも鍛えていた方がよっぽど有意義だろう。

 村を出てからというもの、狩りも全然出来てないからな。最低限筋トレするなりして自己管理に努めないと、怠けてしまっては元も子もない。

 その意味でも、ありとあらゆる格闘家たちと無条件に手合わせ出来る此処は、格好の餌場に違いない。金がある程度溜まったら色々と器具を揃えてみるのも良いかもしれない。少なくとも無駄にはならないはずだ。

 ……まぁ尤も、一番肝心な部分は自主トレでは鍛えられないだろうが。遠からず戦場に足を踏み入れるにしても、そのための前準備を此処で出来る限り積んでおくのが最優先だ。


 しっかしこの世界はホント面白いな。オレを含め、前世じゃ考えられないようなナリをした連中があちこち居るし。オレと背丈が近いヤツも中にはいる。……まぁそいつは縦に比例して横にもデカかったが。

 オレもグングン伸びてもう三メートル越えたっぽいしね。縮尺は普通の人間とそう変わりないんだが、単純にサイズが桁違いなので目立つ目立つ。人を見るときは常に視線を下に向けてばかりで、見上げるようなことも殆ど無かった。

 人からは結構細身に見られることも多いんだけど、実際はかなりムキムキだしね。ボディビルダーみたいなあからさまな筋肉の付き方じゃなくて、極限まで絞った感じの肉質だ。

 それもこれも、狩猟という原始的な生活を送っている内に身に着いたものである。野生動物相手の狩りなんて、どうしても知識や経験だけじゃあ通用しないしね。日々全身を動かして鍛えてないと、明日食うものにも困るという状況に陥りかねないし。だからこそ今まで最低限の自治を保ってこられたんだが。

 やはり人間、最後に頼れるのは己の肉体だけということだ。勿論武器も強力だが、万が一無力化されるとも限らないし。それに比べて生身なら、制限されるということもないからな。オマケに鍛えれば鍛えるほど成長するし、これほど強力且つ柔軟な武器も他にないだろう。

 それを当然として野生動物は知っているわけだから、強いのも当たり前だわな。獲物を仕留めるのにどれだけ努力を重ねたか……その分捕らえた時の達成感も一入なわけだが。

 あぁ……アラパゴの肉が喰いてぇなぁ。いかん、涎が出てきた。

 調味料で味付けされた現代社会の料理も良いが、やはりオレには狩り終えたばかりの獲物を焼いて食う方が性に合ってる。それが故郷の味でもあるしな。次に村に戻る日が楽しみだ。


 そんな感じに思いを巡らせていると、漸くオレの出番が来たようだった。

 アナウンスの合図でステージの上に立つと、向こうから対戦相手がやってくる。

 アジアっぽい顔付きの、冷めた無表情が映えるイケメンだが……その、非常に言い難いことなのだが、ちっちゃい。

 もう男のオレからみても相当なイケメンなのだが、残念ながら背丈の方は1hydeにも満たないという有様だった。精々0.9hideといったところか。オレと対比すればもう目も当てられないほどの格差。

 なんというか……ご愁傷様です?


「……今とても侮辱されたような気がするヨ」


 鋭い。でもま傍から見ればお互い似たり寄ったりな図体に違いないので、正直目糞鼻糞だが。

 ハイド(仮)は語尾のアクセントがおかしい訛り口調で、身長も相俟って子供のように怒ってらっしゃった。


「決めたネ。オマエだけは本気でぶちのめすヨ」

「そんなに身長低いの気にしてたのか……」

「気にしてなんかいないネ。ただムカつくだけヨ」

「気にしてんじゃん」

「気にしてないと言っているヨ! 覚悟するねデカブツ!!」

「上等だチビ助。後で泣いても知らねぇからな!」


『それではチュウ・シャオロン選手対ミキカカ選手――――始めッ!!』









 合図と同時に拳を突き立て、最初に感じたのは驚愕だった。

 オレの半分ほどもない小柄な体躯を殴ったとは思えぬ重み。巨大な鉄の塊でも殴ったような感触に、一瞬オレの身体が硬直する。それを見逃さず捉え、突き立て伸びた腕を上下に挟んで取りながら、てこのようにしてオレの身体ごと振り上げられた。

 常人ならばこのまま伸び切った筋を断たれ、瞬く間に無力化されてしまいだろう。だがオレには常人にはないしなやかな筋肉がある。オレの最も自慢出来る部分は、この長身を活かしての中距離打撃と、他の誰よりも優れた柔軟性、そして完璧な重心移動技術である。

 いずれもアラゴンの密林で培った環境の賜物だ。それらの長所は、およそあらゆる障害物を己の足場として利用し、縦横無尽の高速移動を可能とする。

 しかし此処は正方形の石畳があるだけの、遮る物も何も無い舞台の上だ。本来なら壁か何かで体勢を整えるところを、受身を取ってダメージを減らすことしか出来なかった。

 それを見て感心したように息を漏らすのは対戦相手、チュウ・シャオロン。

 掛け合いと見た目に惑わされたヤツの本領はしかし、いっそ清々しいまでの肉体派ということだった。運動のベクトルが恣意的に変えられた部分から、なんらかの武術も修めているようだが、それ以上に単純なスペックが凄まじい。方向性は違うが、オレに勝るとも劣らない身体能力が秘められているようだった。


「今の一撃で沈めるつもりだったのに、意外とやるヨ。ただのデクの坊じゃないみたいネ。認識を改めるヨ」

「……それはこちらの台詞だぜ。小さくても威力は十分、ってか」

「アタシこれでも身体鍛えてるネ」


 言うと同時、いつの間にか目の前に現れていたシャオロンに吹き飛ばされた。

 まるでコマ送りのように移動したヤツから放たれたのは、おそらく正拳突き。おそらく、というのはそれを分析する暇も無くぶっ飛ばされたからだ。

 外部的な衝撃だけじゃない。内部にまでダメージがしつこく残留するような、重い一撃。オレが頑丈じゃなかったら死んでいてもおかしくない威力だ。それが純粋な筋力だけで放たれたというのだから恐ろしい。

 まさか初戦でこれほどの実力者とぶつかることになるとは、偶然にしても出来すぎだろう。だが願ったり叶ったりだ。オレも体力には自信がある。

 一撃はオレに勝るが、手数ならこちらが優勢。

 果たしてどちらが先に沈むことになるか――――


「決着をつけるぜ!!」

「望むところヨ!」









「チッ、152ジェニーか。しけてんなぁ」

「はした金にもならないヨ」


 結局双方相打ちという形で試合は終わり、共に四十階への進出となった。

 階数が高いのはお互いにハイレベルな攻防を繰り広げた点を判断してのことらしいが、御陰で二人ともズタボロである。お互い無駄に頑丈なだけあってダメージは溜まれど決着はつかず、結局審判の仲裁がなければ今頃まだ続けていたところだろう。

 しかしまぁ、そんな殴り合いを繰り広げたということもあって、何故か試合後妙に気が合ったので二人してファイトマネーを受け取りに来たという次第である。

 原作でいう缶ジュース一本分のギャラ。やはりどこからどう見ても日本円にしか見えないのはツッコムべきか。

 しかし物価高いな。前世じゃ150円でペットボトルのが買えたはずだが、此処では本当に缶ジュースしか買えない。とはいえ金には違いないので自販機でアップルジュースを選び、一息に飲み干す。

 しかしシャオロンの方はジュースを買わずに、何処から取り出したのか瓢箪なぞ傾けて酒を呑んでいた。


「はふぅ……やはり一仕事終えたあとにはコレヨ。酒は命の霊水ネ」

「意外と酒豪なのか?」

「酒豪もなにも、コレが無いとアタシ生きていけないヨ。コレさえあれば他には何も要らないネ。オマエも呑むカ?」

「んじゃま御相伴に与りまして……っとと」


 盃から受け取り飲み干すと、なんだか懐かしい味が広がった。

 これは確か……そう、前世で初詣に行ったときに呑んだ御神酒に似た感じだ。いやおいしい。


「これ清酒か? なんかやたら美味いな」

「ジャポンいう国の伝統的な酒ネ。アタシコレ大好きヨ。他にも色々持ってるネ」


 バッと広げた外套の裏には、大量のボトルが裏ポケットに収納されていた。徳利や盃もある。

 こんなものをいつも持ち歩いている辺り、相当な好き者らしい。ここまで来ると呆れるというより最早感心すらしてしまう。

 そんなオレの心境も露知らず、シャオロンは試合からは想像も出来ないホクホク顔で赤らいでいた。



「これからビシバシ闘って金稼ぐヨ。そしてこの辺の酒全部呑んでいくネ! 今から楽しみヨ……」



 なんかまた変な知り合いが出来た件。






[9667] 嫉妬マスクになるのはまだ早い
Name: ゲルニカ◆4b230df4 ID:0e683125
Date: 2009/06/26 23:54








 華々しいデビューを終えてからも、闘いは忙しなく続いていた。

 お互いに少々目立つ立ち回りを演じてからそろそろ半年。そこそこにギャラも溜まってきて、名声もそれなりに得られたという塩梅だ。

 片やオレは巨躯をして荒々しく暴れ回る異色の仮面闘士として、片やシャオは小柄ながらも未だ一撃必殺で邁進し続け、階層も百を既に越えている。

 原作で言及されていた通り、百階を境に対戦相手の技量も多少は見違えたようだが、オレたちの歩みを阻むまでには至らなかった。

 念さえ使われなければオレだってこれくらいは容易いようだ。シャオのヤツもデビュー戦でオレと拮抗しただけあって、似た様な具合で勝ち進んでいる。

 やろうと思えばすぐにでも二百階クラスへは行けるんだろうけどな。ただそれは例の事情により見送ってる。シャオも今のところは金にしか興味がないらしく、適当に息を抜いて留まっているようだ。

 ギャラは倍率や人気なんかで変動するから、あまり手を抜き過ぎることも出来ないが。それでもまぁ、ボチボチと稼いでいってはいる。


 そして今、シャオが試合を前に控えている状態だ。そしてオレは、それを観客席の方から観戦しようとしているところだった。

 シャオの戦闘スタイルは、とにかく強烈な一撃を見舞って捻じ伏せるというものだ。

 それだけを聞けばまるで技術も何も無い我流のケンカ殺法のように聞こえるが、実はナントカ四千年の歴史を汲む拳法だかなんだかを修得しているらしい。


 ――――どう見ても八極拳です。本当にありがとございました。


 いやだって、まるでバトル漫画か何かで見る八極拳まんまなんだもんよ! その内「八極とは大爆発のことだ!」とか言うんじゃねぇのアレ!?

 とにかく一撃一撃が半端無い。踏み込みだけで石畳をぶち抜くし、喰らった相手なんかトラックにでも撥ねられたみたいにすっ飛んでいくし! 対戦相手になんか腹のど真ん中が拳の形に陥没してんだぜ!? アンチェ○ンもびっくりだよ!

 しかも速い! とにかく速い! 漫画で見るような八極拳て長いタメが必要な重い拳ってイメージがあるけど、ンなこたぁ全然無い! パッと目の前に現れたかと思えば既に殴られてんだぜ? よくあんなん喰らってオレ無事だったよ。

 イカツイ男どもを相手に小人のようなアイツが派手にぶっ放す様は、まるで冗談のような悪夢だ。

 とにかく一撃を入れさえすればそれで決着がつくのだから、戦闘も大抵は一瞬で終わる。

 それでもその見た目とのギャップに見せられた観客は多く、デビュー直後から根強い人気を得ているという状況だ。


 オレ? あぁ、それなりに人気はあるよ? でもねそれって、イロモノを見るようなそんな感じだし。やっぱ普通の闘士のような人気は難しいみたい。別に妬いてるわけじゃねぇぞ? ホントだからな!

 ただ……


「カワイ~っ!!」

「こっち向いて~~っ」

「ちっちゃいけど力強くて素敵~~ッ!!」

「「「キャーチューチャーン!!」」」


 可愛い女の子とかお姉さまとか、ぜ~んぶあっちに回ってるってのは気に食わないがなっ!!

 くそぅ……羨ましいわけじゃないが男として負けた気分だ……。ゴメン、ほんとはちょっとだけ羨ましいです。

 それに対しオレは……


「うおーデケェ~ッ!!」

「ワルダーの改造超人だ!」

「メキシカンマスクだ!」

「兄ちゃん肩車~」

「「「あははは~」」」


 ……こんなトコに子供連れて来るんじゃねぇよ危ないだろ――――じゃなくてッ!!!

 どぉ~してオレはチビっ子どもに懐かれにゃイカンのだっ!! どうせ寄られるなら美人がいいの! なにワルダーって!? 人を悪役みたいに言わないでくれるッ!?


「あらあらすみませんねぇ、ウチの子たちが……」

「あ、あぁいえ、元気なお子さんたちで……はは」


 何故か居る子供たちに見つかるや否や、人間アスレチック状態である。シャオのヤツは年上美人に言い寄られているというのに……。


 ちくしょう……

 チクショオオオオオオォッッッ!!!


 アイツは花束やら酒やら貰っているというのに、なァんでオレはチビっ子の寄せ書きが贈られてくるんだよ!? いや嬉しいけどさ! 嬉しいけどオレが期待するのとは違うんだよぉ。

 純真な子供相手だから無碍にすることも出来ないし……気付けばオレの部屋は子供たちから貰ったヒーロー物のフィギュアやらオレの似顔絵らしき落書きやらで一杯だ。いくらなんでもおかしいだろ……。


「うわぁ高~~い!」

「あっズリィ! おれもおれも~」


 ああぁそんなトコ上ったら危ないって! あっ目隠ししないで!? 見えないし危ないから!

 マスクはらめぇ! そこだけはダメだから! ええいレフェリーはいないのかッ!!

 ってプルプルしてるしっ!? オシッコはトイレまで我慢してっていつも言ってるでしょ!


「落ち着きなさい……落ち着けってば! あぁホラ危ないっ!?」

「あはは~」


 オレ……本当に此処の闘士か……?


 ――――ドゴォンッ!!


「あ、終わった」


 いつの間にか始まって、いつの間にか終わってたらしい。

 相変わらず一瞬の決着に、この日もチビッ子たちの世話で終わってしまったのだった。














「シクシクシク……」

「泣くナ。鬱陶しイ」

「あ~ら! もう、大の男がめそめそしないのっ! ホラっ、おいし~い料理でも食べて元気出しなさいよンっ」


 あぁ、ママの手料理が心に沁みるよ……これでホントに女ならなぁ。

 此処はオレたち行きつけの定食屋。闘いを終えて一息吐くのには最適の場所で、逞し過ぎる筋肉にエプロンが映えるママが温かく迎えてくれる……そんな心のオアシスである。

 ……うん、なにかおかしいと感じたキミは正常だ。なにせママはかつて闘技場を震撼させたという極め付けの男――――否、漢である。

 そんな彼、いや彼女が何故オネエ言葉のオカマさんになって定食屋を切り盛りしているのかは誰も知らない。ただそんな彼女だからこそ、オレたちのような人間の扱いを心得ているのだろう。気前良く出された肉じゃががとても酒に合った。

 隣では相変わらず無愛想な顔付きでシャオが次々とボトルを空けている。オマエ、これで何本目だ。さっきから殆ど酒しか呑んでねぇじゃねぇか。


「い~じゃないのミッキーちゃん! 子供に好かれるなんて最高の人徳じゃないのン! あたしはそういうアナタが大好きなのよっ!」

「うぅ……」


 そんな世紀末覇王ばりの強面で言われても……はぁ。


「ハッ、女なんぞに言い寄られて嬉しいものかヨ! 鬱陶しいったらありゃしないネ」

「その割には貰った酒嬉しそうに呑んでんじゃねぇか……」

「酒に罪は無いネ。美味しく頂くのは当然の摂理ヨ」

「よく言うぜ、チューちゃん?」

「子供に大人気ネ、改造超人?」

「「はははははははは」」


 ……ふぅ、やれやれ。

 ガタッ、ゴト


「表に出ようぜ……久し振りに……キレちまったよ……」

「上等ヨ。吠え面掻かせてやるネ」

「お客に迷惑かけちゃダメよン♪」



「ウララララララララララァッッ!!」

「キエエエエエエエエエェェッッ!!」



 ぼこすかぼこすか。














「ママ、ブリ大根~」

「ママさん酒ヨ」

「はいは~い♪ 血は抜いてきたようねン」


 正直、コイツとの私闘の方がシンドイ気がする。

 二人してボロボロになって戻るのは、これまたいつものことだったり。


「はぁ……やっぱママの料理が一番だねぇ……」

「酒も良い物ばかりヨ。五臓六腑に染み渡るネ」

「んふン♪ でしょ~? そこがウチの自慢なんだからン!」


 意外とこの店は人目に付かないからね。ゆっくりとした時間を楽しむには最適だ。

 ――――そしてある意味、此処ほど安全な場所も無いだろう。なにせママがママである。狼藉を起こした日には……ブルブル。

 以前無謀にも食い逃げを敢行しようとした愚か者がいたが、ママに捕まってからは一度も姿を見ていない。その後の行方もとんとして知れず……世の中には知らない方が良いことだってあるのだ。


 ……ちなみに此処へ通うようになってから間もない頃、中でシャオと一悶着起こしたことがあったが――――最後に羅刹を見た後の記憶が無い。思い出そうとするとオレの生存本能が警鐘を鳴らすので無理はやめたが……シャオの方も似たような悪寒に襲われたらしい。

 要は此処でママに逆らうなってことだ。だってオマエ、オレとシャオ二人掛かりでも到底勝てる気がしないんだぜ? 極限の野性と母性を併せ持つってどんなだよ。ていうか何モンなんだよママ。


「はァい、お・待・た・せ~~! 愛情たっぷりブリ大根と熱燗よン♪ たんと食べてネ」

「はふっ、はふっ」

「はふぅ~良い気分ヨ……」


 前世の故郷の味を食えるなんて、ぼかぁ幸せだなぁ……。

 つっても殆ど病院食だったけど! だから余計に醤油の味が沁みるわぁ。マジで見た目以外は完璧だよ、ママは。

 美味い! 安い ! 早い! の三拍子が揃った名店は他には無いね。最高の穴場だよこの店は。


「最近二人とも頑張ってるからねン。良く食べるし飲むし、あたしとしても腕が鳴るわよン!」

「もうここンとこ毎日通い詰めだからなぁ。あっちの食堂って微妙なんよ」

「酒も大して置いてないネ、拍子抜けだヨ。此処だけが頼りネ」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないの! いくらでも食べていってねン♪」

「ママおかわり~」

「どんどん持ってくるヨ!」

「はいは~い♪」


 もう辛い思い出は騒いで忘れるに限る!

 他の客も巻き込んでのドンチャン騒ぎ。ママの手料理と酒に酔いつつ、この際あっぱらぱ~になってもいいじゃない、人間だもの。


 おうママも呑め呑め! ただしシャオ、テメーはダメだ。

 オマエにはカワイコちゃんから貰った超高級な酒がゴマンとあるだろうが! テメーにママの酒は呑ませ――――ドサッ。


 ……えっ、ドサッ?














「うぅ……ハラが……腹が減って……」

「……」

「…………」

「あらあら」














 何故かこれ見よがしに行き倒れが入り口にいた。


 ええぇ~……また新キャラなの……?










[9667] 名は体を表さず、リトルハルクな彼
Name: ゲルニカ◆3e23b706 ID:0e683125
Date: 2009/12/25 18:25




 御機嫌よう、天空闘技場の変態仮面ことミキカカです。最近は日差しの心地良い今日この頃、皆さん如何お過ごしでしょうか? 都会の空気は故郷とは違い寒々しく、その癖薄汚れているので中々慣れません。

 ……とまぁそんな前置きはさておいて、行き倒れを匿うや否や、店内は俄かに活気付いている。というのも件の行き倒れが片っ端から料理を平らげているからで、周囲の客がドン引きする程には目立っていたからだ。

 ちなみに行き倒れ君は男である。チッと舌打ちしたそこの貴方、その反応は正しい。誰だってそんなサプライズで素敵な出会いを夢見る。オレも夢見る。

 でまぁその行き倒れ君なのだが、彼は助けられた礼を言うよりも先に料理を注文し、今こうして舌鼓を打っているのだが、よっぽど空腹だったのだろうか、食っても食っても止む気配は無い。ママはそんな彼に機嫌を良くして次々と料理を出していくものだから、店内は正にフードファイター王者頂上決戦的なノリである。

 見たところ一般と変わらない、というよりは寧ろ幼い感じに童顔な彼は、シャオよりやや背丈が上。世間一般に言って小柄だ。全体的な印象も相俟って子供っぽい雰囲気だが、その外見から想像も付かない程の大食いっぷりで店内の客を圧倒していた。

 いい加減一時間程経って漸く箸を休めた彼は、食後の一杯を一気に呷って一息。満足気な表情をしながらこちらに向かって深々とお辞儀した。

「いや~お陰様で助かりました。僕、クッキーって言います。こんなに美味しい料理を沢山頂けて、僕もう大満足です!」

 とはにかんで笑うクッキー君は中々見事な爽やかイケメンっぷりだった。生憎この店には年頃のお嬢さんなんていないのだが、代わりにママが喜色たっぷりにクネクネしている。正直目に悪いです。

「あらン♪ クッキー君ったら沢山美味しそうに食べてくれるものだから、あたしも張り切っちゃったわ! もうあたしの乙女心はトキメキっぱなしよン♪」

 今までに無くママが嬉しそうにしている。なんだか背景にハートが映って見えるのが気のせいだろうか。とても甘ったるい空気が何故かした。

 でまぁ至極御満悦なクッキーボゥイだが、ちょいとここで思い出して欲しい。小一時間に亘り暴飲暴食を続けた彼の周囲には、当然ながら山のように詰まれた皿の塔がある。まさかマンガ表現的な光景をリアルで見ることになるとは思いも寄らなかったが、ざっと見る限りでも相当な量であるのは間違い無い。

 そこで問題。一体此処は如何いう場所でしょうか?

 答え。立派な飲食店です。

「代金どーすんの?」
「あ……」

 案の定クッキー君は持ち合わせが無いようでした。そりゃそうだ、金があるなら空腹で行き倒れたりはしないだろう。ざっと換算したところ、合計金額は二十万は堅い。ポケットマネーでパッと出せる金額ではない。

「すすす、すいません! 生憎今は持ち合わせが無いものでして……一週間! 一週間待って頂ければ必ず支払いますので!!」
「うふふ、そう焦らなくってもいいわよン! ツケにしといてあげるから、いつでも払える時に払ってくれればいいわ!」
「あ、ありがとうございますッ!!」

 流石ママ、太っ腹な漢女である。こういう人柄の良さを慕って常連になる客もいるぐらいだから、その包容力はまさにオカン級であった。

 しかしまぁイケメンって得だよな。見た目良いだけで優遇されんだもん。しかしオレも負けたものではないぜ? 都会育ちのモヤシには無い野性の力強さってもんをいずれ全国の婦女子達に――――うんゴメン、それ以前の問題だよね。これでも故郷ではモテモテだったんだけどな~。

「ところでオマエ、銭のアテはどうするカ? そんな簡単に銭稼げるほど世間甘くないヨ」
「天空闘技場に参加しようと思っていまして。僕、これでも腕に自身はある方なんですよ」
「へ~そりゃ意外だな。どれどれ」

 自称腕自慢らしいクッキー君の腕を掴んでみると、成程予想以上に鍛えられていた。というか見た目とは段違いに筋肉質なようで、オレのセンサーにビビビッと来たぜ。シャオも彼の体を触ってみて「ほォ……」って感心してるし、こりゃ思わぬルーキーが現れたようだ。

「こりゃ奇遇だな、オレもあそこの闘士なんだよ。こっちのチッコイのも」
「チッコイは余計ネ」
「へぇ……確かに凄く鍛えられてますね、本当に。うわぁ、やっぱり都会だと人も色々ですね~」
「そうなのよォ! このコ達ったら闘技場でも大人気なんだから! あたしもちょくちょく見に行ってるんだけど、クッキー君なら近い内に闘えるわよン!」
「うん……やっぱり此処に来て良かったみたいです。えぇと……」
「ミキカカだ。気軽にミッキーと呼んでくれ!」
「チュウ・シャオロンよ。ま、よろしくするネ」

 白い歯を輝かせて(見えないけど)サムズアップ。クッキー君はそのノリにも無難に対応してくれました。なんというかイロモノが集うこの店にあって貴重な常識人というか、一種の清涼剤キャラであることを確認。

 というかこの子握力ヤバイ。ミシッって、握手したらオレの右手がミシッってゆった! やっぱり性格が良くても本性はアレっぽい。なんなの? ハンター世界ではまともな人間はヤラレ役のモブしかいないの? やっぱハンター世界パネェな!

 でその後は新人闘士の誕生を祝しての大宴会となった。人当たりの良いクッキー君はそりゃあもう盛大に祝われて、飲めや食えやの大騒ぎ、さっきあれだけ食べた彼も平然として宴会料理を平らげるもんだから、更に気を良くしたママが今日の飲み代を全部タダにしてくれた。超ラッキー。

 シャオも好きなだけ酒が呑めるとあってか何時に無くハイテンションで、クッキー君に絡み酒などしていた。やはり酒は自分で酔うより酔っている他人を眺めて呑むのが一番だな。クッキー君も中々イケるクチのようで、シャオと呑み比べなどしていたが、いい加減ベロンベロンに酔い始めた。

「あはは~きょぉはぁイ~日ですねぇ~! あはははははははは!!」

 ……ちょっと酔い方に不安を覚えるけど。酒はイケるけど酔い易い体質なんだろうか、かなりアグレッシブな酔いっぷりである。しかしそれを止める者など今や居る筈も無く、オレはしっかり酔いどれ連中から距離を置いていた。無論、身の安全の確保のためだ。

 ところでクッキー君の右手からカシュッ、とかいう圧縮音が聞こえたけど。うん、大丈夫だよね。大丈夫……と信じたい。アルミ缶が花山的な姿になっていたのは、この際見なかったことにした。









「いやぁ良い天気ですね~。絶好の格闘日和です」
「お前……いや、何でもない」

 昨日最後まで呑み続けていた筈の彼は、朝になると酒の臭い一つしない健康体で誰よりも早く目を覚ましていた。隣ではシャオの奴が気分が悪そうにしているというのに、こやつ見た目以上に肝が強いらしい。

 ちなみに今日は彼の天空闘技場デビューの予定である。オレとシャオは今日はオフなので、彼のデビュー戦を観戦すべく付き添いに来たのだ。

 相変わらず会場は長蛇の列である。タワー内はある程度シフトが組まれているため割と整然としたものだが、闘士志望の新人が各国各地から集う此処は、タワーと取り巻くような熱気を発していた。そんなだから背の低いシャオなどはむさ苦しい空気に余計に顔を蒼くしている一方で、オレは持ち前の背丈で多少綺麗な空気を吸えていたりする。ざまぁw

 肩車してあげようか? と冗談で言ってやると無言の一撃が脛に。めっちゃ痛い。今のこいつは冗談が通じないらしい。やれやれだぜ。

「というか二人とも一緒になって並ぶ必要ありませんよね? 先に観客席に行ってたらどうです?」

 とそこでクッキーの正論が繰り出された。言われてみれば確かにそうだ。ついついノリで一緒に並んでいたが、普通に見物用の席も向こうにあるんだよな。

 それを聞いたシャオからまたもや無言の一撃。というか本格的にシャオの顔色がヤバイ! この様子はおそらく……

「ゲr」
「おぉっとそこまでだ! 間違ってもこの場でやるんじゃねぇ、リバースポイントはあっちだ」
「うぅ……呑み過ぎたネ……」

 そそくさと公衆トイレへ向かうシャオ。早歩きで通っていくヤツの姿は、まるでハツカネズミのようだったと言っておく。

「あ、そろそろ僕の番ですね。ではまた後で」
「ういうい、がんば~」




「ふぅ、出すもの出してスッキリしたヨ。もう大丈夫ネ」
「あまりそういう報告はしないように。誰も聞いてねぇ」

 で、観客席。こちらも志望者の列に負けず劣らず満員だったが、オレとシャオに気付いた観客の何人かがファンだったようで、サインを書く代わりに快く席を譲ってくれた。

 やっぱりこういう時有名人って便利だよな。案の定ファン層はオレとシャオとで綺麗に分かれていたが。オレのところはアレだ、デパート屋上のヒーローショウみたいな流れだった。悲しい。

 その横でシャオは綺麗な姉ちゃんから酒なんか貰ってやがるし。しかもそれを飲み始めた。お前さっき吐いたんじゃなかったのかよ。

「相変わらず人が多いネ。鬱陶しいったらありゃしないヨ」
「なんたって天空闘技場だからなぁ。ギネスブックにも載るくらいだし」
「ま、アタシみたいな人間でも楽に銭稼げる部分は良いがネ。それはそうとクッキーはどこヨ?」
「あれじゃね? あそこのチッコイの。相手がデカイだけかもだけど」

 割と近くにあったステージの中央、縦にも横にもデカイ大男と対比するようにクッキーが佇んでいる。見た目場違いな彼の雰囲気に観客席から野次が飛び、対戦相手もあからさまに挑発しているようだが、当の本人は何処吹く風と全く気に掛けていなかった。

 というかこちらを見るなり手を振るくらいほんわかしてた。持ち前のハニーフェイスとその仕草で婦女子のハートを鷲掴みにしたのか、黄色い声援など浴びている。その影で対戦相手のビッグダディへの非難も飛んでいるから、相手は面白いほど顔を真っ赤にして怒ってた。

 正直、オレにはヤツの気持ちがよぉく判る。判るが、しかしその反応は益々惨めになるだけだということを彼は知るべきだろう。所詮世知辛いこの世の中じゃあ、イケメンとそれ以外の無情な線引きがあるのだ。とりあえず今のオレに出来ることは、心の中で残念な彼を応援してあげるくらい。頑張れ、ビッグダディ。

「始まったネ」
「案の定キレて猪突猛進か。わっかりやすい相手だなぁオイ。見たトコ腕力が自慢のようだけど、まさか力比べしようとしてんじゃねぇだろな」
「そのまさからしいヨ」

 なんとしても此処でクッキーを倒し、観客にアピールするつもりだろう。声高に挑発して、その挑戦から逃げられないようにクッキーを誘っていた。なんというセコさ。しかしこの場に於いては有効的でもある。所詮見世物のバトル会場でしかない此処での試合は、ぶっちゃけ観客の空気が一番だったりするので、それにそぐわない行動を取るとなると非常に不利なのだ。

 案の定観客席からは真っ向からの力比べを望む声が上がり、煽り立てるようにシュプレヒコール。これでクッキーは逃げられなくなった。が、彼はそれでも平然としていた。というよりは何も判ってないような惚けた顔をしているが、大丈夫かねぇ。

「お、それでも挑戦は受けるようだな。こりゃ見物だ」
「はン、観客も馬鹿ばかりネ」
「まぁまぁ見世物だし」

 相手からの取っ組み合いとなり、双方共に力を込めて踏ん張っているようだ。が、やはり様子がおかしい。相手はクッキーに向かって必死に押しているようだが、クッキーの方は相変わらず平然としてそれを受け切っている。というよりは、ほんの片手間程度とでも言うように、クッキーは全然力を込めてもいない様子で、不思議そうに相手の様子を観察したりしていた。

「ふんぬぬぬ……ッ!! クソッ、どうなってんだ!?」
「……?」

 正直、対戦相手が憐れである。その内全く進展の無い試合に観客席から相手に向けて罵倒が飛び、見ているだけで可哀想なことになっていた。自分より小さな童顔男に必死になって力比べをするオッサン、と言えばその憐れっぷりも伝わるだろうか。

「ほ、本気で相手しろよォ!!」

 などと、いい加減泣きそうになったオッサンがとか喚いたので、クッキーがやれやれとでも言いたげに首を振る。で、どうやら動くらしい。相手に抑えられている筈の両腕を苦も無く動かすと、そのまま拳を握って。

「えーと、本気、でしたよね? これぐらい……かな? よく判んないや」
「お、おおお……うおおおおおォォォオォォオォオ……ッッ!!?」
「うわぁ……」
「ほゥ、やはりヤるネ」

 プチュッ、という音と共に対戦相手の両手が破裂し、潰されたそこから血をダクダクと流しながらオッサンが倒れた。んなもんで判定は勿論クッキーの勝利。階数は……うわ、五十階かよ。五十階は確か選別試合の判定の上限だった筈だ。

「ミッキーさん、チュウさん! やりましたよ~!!」

 勝利を得たクッキーは返り血を浴びながら、にこにこと爽やかにこちらに向かって手を振っていた。さっきまでの黄色い声援は何処へやら、今や観客も総ドン引きである。一応知己として返事はしておいたが。

「しかしなんつー握力だよ。しかもオレらより高いし……もしかしなくてもオレらより強くないか?」
「ま、ヤり甲斐のある相手が出来て良かったヨ。いい加減オマエ相手だけじゃ飽きて来たところネ」
「結構フツーかなぁと思ってたんだけど前言撤回。やっぱ此処に来る連中でマトモな奴はいねぇわ」



 かくして彼は血塗ろバイオレンスなデビューを華々しく飾ったのであった。

 ……オレやだよ? あんなチッコイ花山相手にすんの。




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