見渡す限りの極彩色。
鬱蒼という表現も生温い、生存競争のままに生い茂った密林には野生の音が絶えずこだましている。熱帯に香る芳香、草いきれの中で息を殺しながら、四足獣のように身を屈めながら、数ある大樹の上で待機する。
狙うはアラパゴ。滅多にお目にかかれない最高の御馳走、この一帯では最も凶暴な獲物を前に、オレの胃袋がゴロゴロと鳴いている。
もう辛抱堪らん……が、焦るな。まだ慌てるような時間じゃない。今はただ、如何にしてヤツを仕留めるのかを考えるんだ。
とはいえオレの手には武器など無い。予め仕掛けてあるような罠も無い。オレの得物はこの鍛え抜いた肉体のみ。一族の血と肉と魂に宿った、狩人の本能が唯一の武器だ。
そう。こうして狩猟に臨むのは初めてじゃない。既に物心付いた時には親父に連れられ、生の狩猟をこの眼で見た。そして一族の男として鍛えられてから暫くする頃には、自ら獲物を仕留めるようになっていた。
経験が不足しているということは決して無い。だから、落ち着け。
「ヒョーローローローロー……」
ガサリ、とアラパゴが振り向いた。
怪鳥イケルククを真似た泣き声に、ヤツは警戒心を露わにする。狙い通りだ。唯一の天敵の声が聞こえたともすれば、ヤツにとっても一大事だ。しかしオレの居る方角をヤツが警戒する頃には、既にオレは反対側へ――つまりはアラパゴの背後へ――飛び移っていた。
自然集中力を高め、機を窺う。暫くして、ほんの僅かにヤツの緊張が緩む刹那。
全身に力を溜め、その背中に襲い掛かった。
「ヒョゥッ!」
「イギッ!? ィガァッ!!」
流石にヤツも間抜けではない。今日まで野生を生き抜いてきた獣の勘が、瞬時にオレを正面に捉えさせる。
だがその瞬間には既に、オレの身体はバネとなってアラパゴの身体を飛び越え、新たに晒された背後を捉えていた。
「ィアララララライッッ! ゥアララララララァッ!!」
体操選手も真っ青なウルトラC。木々を地面を高速で跳ね回りながら、鞭のように撓らせた全身で打撃を加えていく。
最初の頃はその度に爪が割れ、全身打撲に内出血と生傷が絶えなかったものだが、この成長期にあってオレの身体はそれらを乗り越え強靭になっている。
死角から死角へ。桁外れの運動量と恵まれ過ぎた体格が繰り出す猛攻は止むことを知らず、やがてアラパゴが崩れ落ちる。
全身を護る強固な外殻は無惨に砕け、その罅割れから柔らかな肉が見えていた。既に虫の息のアラパゴに、オレは感謝の祈りを捧げトドメを刺す。手刀で裂かれた動脈から血が噴き出し、いよいよアラパゴは沈黙した。
狩猟終了。
これで今夜は御馳走である。きっと村を挙げての大宴会になるだろう。今日は浴びるほど酒を呑むぞ! 飲酒禁止法? こまけぇこたぁいいんだよ! つか一族にそんな制限無いしね!
「ウララララララララララララ――――!!」
と勝利の雄叫び。獲物を仕留めた際にはこうして鼓舞するのが一族の慣わしなのだ。オレとしても凄いスッキリするので憚ることなく叫びまくる。ついで小一時間ほど小躍りしてしまった。いつもながら興奮するとハイになってしまうのは一族の習性なのだろうか。
さてと、やることやったし帰りますか。
今回の獲物はいつものより大きいな。アラパゴは幼生より寧ろ歳を経る方が深みが増して美味いんだが、ざっと見たところコイツは十五年ってところか。人間で言えば六十歳相当だ。これは思わぬ幸運だぜ。
「おお、アラパゴだ!」
「御馳走だ、今日は宴会か!」
「やったなミキカカ! 大手柄じゃないか!」
「にーちゃんスゲェ!」
「よぉやったミキカカ。頑張ったな」
村に帰ると大歓迎でした。
やっぱ皆御馳走好きだね、目の色変わっちゃってるよ。まぁ目ぇっていうか表情見えてないんだけど。だって皆仮面着けてるしね。アレだよ、一族の掟っつーか信仰的な意味で、そういう一族なんだよねウチって。勿論オレも着けてる。
つーか皆ちっちゃいよ! 腰落とさないと目線合わないよ! つかオレデカすぎ。オレ今十五だよ? なのに身長百九十越えてるってどうよ? しかもまだまだ成長止まる気配無いよ? っていうか今まさに全盛期っぽいよ? もうアレだよ、タ○タ○もびっくりだよ。この分じゃ将来的にはファ○スト先生も驚くよ! しかも種族特有の特徴で手足長いし。まぁオレのは輪にかけて長いんだけどね。パッと見ほとんど妖怪だぜ? マジな話。
まぁアレだ、要は何事も限度があるってことを言いたいんだね。体格に恵まれ過ぎるってのも考えモンです、花○薫サンほどじゃないっすけど。
でもま、以前に比べれば断然マシだけどね。もう寝たきりは十分ですよ。
……と蟻んこのように群がる村人たちに囲まれていると、向こうから親父がやって来た。
「よくやったな、ミキカカ。皆お前の手柄に大喜びしている。俺も父として、お前の成長を嬉しく思うぞ」
「でしょでしょ? 親父にもそう言われちゃうなんて流石オレ!」
「……あとはそうして調子に乗るクセが無ければな」
「オウフ」
呆れられてしまいました。でも仕方ないよね、幸せだもの!
自由に身体を動かせる喜び! 未開の大自然を駆け回る解放感! そして日々の糧に野獣たちと死闘を繰り広げるスリル! 以前とは全く正反対の自由があるんだもんね! こればかりは何と言われようと抑えられない。だって今オレは幸せなんだから!
強制ヒッキーだったオレも今では立派なアウトドアです、本当にありがとうございました。生涯の恋人だった文明の利器(主にパソコン)も今では過去の女です。
そう。オレは前世の記憶を引き継いでいる。
俗に言うトリップってやつだ。前世で散々お世話になった架空世界の環境に、オレは一族の子として生まれ変わったのだ。
前の名前は直海幹隆。そして今のオレの名はミキカカ。たった一文字違いだがエキゾチックだろ? 愛称はミッキーだ。決して夢の国のアイツと一緒にしちゃダメだぜ! 怖いお兄さんたちが来るかもしれないからな。
前世でのオレは、所謂「不治の病」に侵されて生まれた時からずっと寝たきりの病人で。だから唯一の友達がパソコンで、漫画やラノベを娯楽にしてた貧弱オタクだった。
だけど元々が余命幾許もない病体、ある日ポックリと逝っちまったわけだが……そんなオレだからだろうか、こうして転生を果たすことが出来たのは。
健康になりたいという当然の願いが届いたのか、それとも単なる偶然によってかは知る由もないが、こうして健康過ぎるくらいの身体に生まれて、ずっとやりたかったこと出来なかったことを思う存分堪能出来ている。
幼女TSじゃなかったけど。
幼女TSじゃなかったけど。
ほんのちょっぴり期待してたのは内緒な。だけど力強さに溢れたムキムキボディに生まれた、男としてこれほどに嬉しいことはない。この野性味溢れる強靭な肉体を、オレは心底愛している。
だから文明の恩恵など欠片ほども無い、大自然の中での狩猟生活でも、オレは心から幸せを噛み締めることが出来ている。
前世ではずっと苦労かけっぱなしの人生だったけど、今はこうして自らの手で孝行出来ている。あの辛く苦しかっただけの人生なんて、今ある幸せの前じゃあ屁でもない。
何度でも言う。間違い無くオレは今幸せだと。
前世ならきっと毒にしかならなかった熱帯も、今のオレにとっては最高に心地良いものだった。