『──大尉ッ!!』
伊隅機に迫る要撃級の前腕。
しかし間一髪というところで、祷子の87式突撃砲から射出された数発の120mm滑空砲弾が要撃級の前腕の根元に穿たれ、弾け飛んだ。
『──大尉! しっかりしてください!!』
「……すまん風間、助かった。今は余計な事を考えている場合ではなかったな──」
B33フロア・反応炉ブロック──
水月の網膜に投影されたスクリーンには『データリンク接続解除』の文字が映し出されていた。
データリンクから外れ、ほぼスタンドアローンになってしまった今、目視可能範囲にいる築地機との交信しか出来ないような状態になっている。当然ながら、外部の情報は何も入ってこない。
「そっちはどう、築地?」
『──ダメです。どうやっても繋がりません』
「そう……」
『司令部は……α3はどうなっているんでしょうか……まさか、司令部まで棟内に侵入したBETAに……!』
「さすがにそれは……いくらなんでも早すぎる。見て……メインシャフト上層の中継器がやられてるのよ」
スクリーンに交信有効圏が表示される。それによると、ここから第五隔壁までは有効圏内になっているが、それより上は駄目だった。
『──あ! 有線なら繋がるんじゃないですか!?』
「そうね、やってみましょう。情報端末塔に有線接続するから、あんたも私の機体に繋いで」
『──はい!』
B19フロア・中央作戦司令室──
「──ッ!? 副司令ッ──通信が回復しましたッ!」
ヘッドセットを耳に通信装置と格闘していたピアティフが、夕呼を振り返った。
「──えっ!?」
「──α2健在ですッ!」
「私が出るわ」
夕呼は通信装置の前に移動した。
「あんた達何やってたのよ!? 遅いじゃない!」
『──すみません! どうやら中継器が破壊されたようです──現在有線で繋いでいます。それで、α1は』
「格納庫は無線も有線もそっち以上のダメージよ。今じゃ通信からネットワークまで全てダウンしているの」
90番格納庫の戦闘が激化したためだ。もっとも、基地内部はどこも似たようなものである。
『──ッ!?』
息を呑む水月と築地。
『──じゃ、じゃあ、今どんな状態か、まったく分からないんですか?』
「ええ。B29フロアまでのネットワークは死んでいるのよ。辛うじてモニターできているのは、メインシャフト坑内だけ」
『では、90番格納庫は──』
「ML機関に誘き寄せられて敵がどんどん流入しているはずだから、とんでもない事になっているのだけは確かね」
ML機関を止めようにも、司令室と90番格納庫の通信が完全に断絶してしまっているため、遠隔操作出来ないのだ。
「このままでは全てを失ってしまう──どんな手を使ってもいいから、とにかく反応炉を止めるのよ!」
『──制御室は敵に制圧されています。制御系を戦術機に直結する事は出来ませんか?』
「…………」
『──副司令?』
「ああ……ごめんなさい。それは設計上無理よ。手っ取り早く反応炉の一部を破壊しなさい」
『──!』
水月たちの動揺が伝わってくる。守らなければならなかったはずの反応炉を、一部でも破壊しろというのだ。そして反応炉を傷つけてしまう事で、再起動の可能性は限りなくゼロに近くなる。だが、こうなった以上仕方がない。
「今から反応炉の構造データを転送するから、最小限の破壊で──? 速瀬? 築地!?」
スクリーンに映し出されていた水月たちの画像がノイズに変わる。
「ピアティフ!」
「──駄目です、中継器が破壊されてしまったのではないかと──」
「くッ……打つ手なしか。後は伊隅や速瀬たちを信じて待つしかないわね……涼宮」
「はい」
「白銀のほうはどうなってる?」
「現在、森の台で戦っていると思われますが、通信設備の不調のため状況は把握出来ません。ただ、押し寄せるBETAの数が増加していない事から、未だ健在かと思われます──」
旧横浜市緑区・森の台近辺──
「チッ……全く、きりがねぇな……!」
武は襲い掛かってくる要撃級の首を短刀で刎ね飛ばしながら悪態をついた。
ここに来て既に数十分、撃破したBETAは余裕で四桁に到達している。もっとも全体からしてみれば、それでもほんの一握りでしかないのだが。
「データリンクもなんか調子悪ぃし。もう少し戻れば繋がるかもしれないけど……おっと」
突進してきた突撃級を躱し、背後に回りこんで36mm弾を撃ち込む。
「残弾も少なくなってきたなあ……最後の手段があるって言っても、あれはやりたくねぇし」
あれというのはトライアルのBETA襲撃事件の時にやったあれである。今回は全くの丸腰というわけではないので、負荷が掛かる行動と言えば、切り取った要撃級の前腕を小脇に抱えて突撃級の後ろから突っ込むだけなのだが、それだけでも機体に掛かる負荷は格段に増してしまう。この襲撃を無事に切り抜けたとしても、今後BETAがどう動くか分からないので、機体に余計なダメージを残すのは極力避けたい。
横浜新道に構築されていた第一防衛線跡まで後退すれば、補給用のコンテナがいくつか残っているはずだ。敵に囲まれている状態では補給など出来ようはずもないのだが、もしかしたら長刀程度なら何とかなるかもしれないし、第1、第2大隊が残していった武器があるかもしれない。
「レーザー種はいないし、最悪飛んで逃げられるから気楽って言えば気楽だけど」
しかし、それは本当に最悪の場合だ。武が逃げれば、ここに引き止めている大群が全て横浜基地に押し寄せてしまうのだ。
「ま、弾薬はともかくとしても、武器に困ってるわけじゃないからいいか」
今メインに使っている武器は、勿論短刀である。例の秘密兵器……というか、夏休みの自由工作のような新装備が予想以上に効果を発揮していた。
これまでの間、斬って斬って斬りまくって既に6本ほど駄目にしてしまっているが、それでもまだあと12本残っている。
「でも長刀の方がやべぇよな……こりゃ」
背部パイロンの片側には例の自由工作が取り付けてあるので、長刀は最初から一振りしか携行していない。
今回、戦っている相手は六種。要撃級、突撃級、要塞級、戦車級、闘士級、兵士級。レーザー種は不在。
闘士級と兵士級は短刀で斬るか踏み潰せばいい。戦車級と要撃級は短刀で斬り捨てる。残りの二種だが、突撃級は背後に回って36mm弾もしくは120mm弾で、要塞級は懐に入って長刀か120mm弾でそれぞれ倒していく。
手持ちの武器で一番汎用的な120mmは万が一の切り札として温存しておく事にして、突撃級相手の36mm、要塞級相手の長刀はほぼ専用となるのだが、弾数制限があったり一振りしか持っていなかったりと使用制限が大きい。
敵主力である要撃級と戦車級はどちらも大量に保持している短刀で倒せるので、今のところはどうにかなっているが、敵の動きが突撃級や要塞級を前面に押し出して、要撃級や戦車級を素通りさせるように変化してしまったら目もあてられない事になってしまう。
今は騙し騙しやってはいるが、いずれ補給は必要になってくるだろう……というわけで。
「よし、横浜新道まで退こう」
武は戦線を後退させる事にした。
B19フロア・中央作戦司令室──
「──白銀機のマーカー、復帰しました! 現在は横浜新道跡、第一防衛線付近で戦闘を行っています!」
モニターを確認していた遙が武の無事を知らせた。
「通信は繋がる?」
「やってみます。──ヴァルキリー・マムよりヴァルキリー13、応答せよ! こちらヴァルキリー・マム、ヴァルキリー13、応答せよ!」
『──ヴァルキリー13よりヴァルキリー・マム、どうした?』
「白銀、あんた、こっちには戻ってこられないの?」
『──先生? 何かあったんですか?』
「──まりもが……やられたわ」
『な──!? ……………………そうですか。ヴァルキリーズは?』
武は一瞬の動揺の後、それを押し殺してすぐに平静を取り戻す。
「わからない。通信設備をほとんどやられててね」
採用した作戦と基地の現状を武に説明する夕呼。
現在、水月と築地のα2分隊はB33フロア反応炉ブロックに、残りのヴァルキリーズと斯衛軍第19独立警備小隊はB27フロア90番格納庫で戦っているはずだが、それ以上の情報は分からない。
「それで、戻ってこられそうなの?」
『──厳しいですね。なんでか分からないんですけど、どうも俺の撃墜優先度がまた跳ね上がってるみたいで、ここを通るBETAの半分くらいは俺の方に殺到してきてますから』
無論、迫ってくるBETAを全て斃してしまう事など出来ない。手が回らなかったBETAたちは、武を墜とそうと近くに留まり続ける事になる。そうやって、かなりの数のBETAがこの場に溜まっているのだが──
『──今動けば、引き付けてるこいつらも一緒に連れて行くことになります』
「そう……そうよね……」
「──副司令! 帝国軍から打診が……!」
オペレーターの一人が、帝国軍から入った通信内容を夕呼に伝える。
「白銀! 今そっちに……白銀? 白銀ッ!?」
『……………………』
通信施設のダメージが限界に達したのか、スクリーンに映し出されていた武の画像が消え、音声もサーというノイズだけになってしまった。
「──何なのよ、もうッ!!」
夕呼は忌々しげに吐き捨てた。
「はぁ……もう、伊隅や速瀬が上手くやってくれる事を祈るしかないの──?」
横浜新道跡・第一防衛線──
「──先生?」
突然通信が途切れ、データリンクからも切り離された。
「結構ヤバそうだな…………まりもちゃん……嘘だろ……?」
今すぐにでも戻りたいところではあるが、この大群を引き連れて戻れば、それこそもっと拙い事になってしまいそうだった。焦りは禁物だ。
最初から陽動に出ていなければ……と思いたいところではあるが、今、横浜基地が曲がりなりにも耐え続けられているのは、武がここでこうやって敵を引き付けている効果によるところが大きい事は否めない。
「もう少しペースを上げてみるか……よし」
ここに退いてきた時、残念ながら予備弾倉や突撃砲は見つからなかったのだが、幸運にも落し物の長刀を二振り、確保する事が出来ていた。
武は襲ってくるBETAに斬りかかっていく。
「クッソ……本当にキリがねぇ……!」
それから何体くらい斬り伏せた頃だろうか。ピッピッという音と共に、スクリーン端に追いやっていた戦域情報が視界を阻まない程度に拡大されてくる。
「んっ!?」
突然データリンクが復活し、戦域情報が更新されたかと思うと、18機のAn-225が接近していると示されていた。
「何だ……空挺作戦……帝国軍か?」
確かに今回の襲撃ではレーザー属種はもういないであろう事が分かっているので、空を飛んでも撃墜される事はない。それに、BETAの進路上にダイレクトに戦力を投入できる事を考えると、極めて有効な策である事にも違いない。しかしそれでも、万が一を考えると無茶である事には違いない。
「どこの部隊だ? 帝国軍671航空輸送隊って……ははは、何だ、どっかで聞いたような数字だよなあ……」
呆れながら呟いた。どこかで聞いたなどといいつつ、しっかりと記憶に残っている。忘れる事はないだろう。帝国軍671……厚木基地所属の部隊で、12・5事件の際、沙霧率いるクーデター部隊が、最後の賭けとして空挺作戦を実行した際に使用された部隊だ。
「援軍ってわけか……」
やがて一個大隊──36機の不知火が空から舞い降りてくる。右肩には日の丸のマーク、そして腰部装甲板に『烈士』の二文字──
「だからって帝都の守りを手薄にしてきた……ってわけじゃないよな」
現れた部隊に全く心当たりがないわけではない。輸送機のパイロットも衛士も、帝都防衛とは関係ないところから連れてきているはずだ。
『──沙霧尚哉以下36名、義によりて助太刀致します!』
「……沙霧大尉」
武のヘッドセットに入ってきた声は、クーデターで戦った、あの沙霧のものだった。
『──もう、大尉ではありません』
沙霧は少しだけ自嘲的に言った。彼と共に降下してきた部隊も、同じくクーデターに参加していた者たちなのだろう。
「……殿下が?」
『──は。殿下には償いをする機会を頂きました』
今、武がいるこの場所は、横浜基地防衛戦における最前線。そんな場所に投入される部隊は、当然ながら生還率が低い。それに大量の敵を食い止めなけばならないので、練度の低い部隊をおいそれと送り込むわけにはいかない。
だからと言って、精鋭部隊を送り込んで万が一があった場合、それで本来の任務に影響が出てしまうのも都合が悪い。
つまり沙霧たちは失っても構わない戦力として、ここに送り込まれて来たというわけだ。彼等なら練度も高く、申し分ない。
提案をしたのは悠陽だろう。悠陽としては危機的状況にある横浜に精鋭部隊を送る事が出来、軍としては万が一があっても打撃を受ける事がなく、そして沙霧たちは汚名を雪ぐチャンスを得られるという、一挙三得の策、というわけだ。
降下してきた沙霧の部隊はあっという間に展開し、防衛線を構築した。
『──白銀少佐、これを』
その防衛線の後ろで、沙霧機は白銀機に向かって予備弾倉を差し出してくる。
「ああ……ありがとう」
武はそれを受け取ってリロード、また機体に収納していく。
『今、日本という国は変わりつつあります──』
「……うん?」
『そのきっかけは我等が作り出したのだと──投獄され、ただ裁かれる日を待つばかりの身ではありましたが──その事をどこか誇りに思っていました。道を踏み外したとは言え、その志までは間違っていなかったのだと』
「……沙霧?」
『ですが……貴殿らが甲21号作戦で成し遂げた事を見て、我が身の矮小さを思い知った次第。今更ながら、出来る事を着実にやっていこうと考えるようになりました。BETAと戦い民を守る……誰に何と罵られようが、それこそが我等に出来るただ一つの償いなのだと』
「……そうか」
沙霧も色々と考える機会があったのだろう。
武も営倉に入れられた時、暇で仕方がなかったという経験がある。沙霧が入っていたのは営倉ではなく正真正銘の牢獄だが、特にやる事がないという意味では、どちらも似たようなものだ。
『──司令部からの伝令です。各地から集結した帝国軍部隊により、増援が組織されつつあります。町田からの敵増援は、我々で可能な限り食い止めます。さあ、ここは我等に任せて、早く横浜基地にお戻り下さい!』
沙霧はどこか懺悔しているような顔から、覚悟を決めた軍人の顔に戻る。その頃には、武の弾薬補給も完了していた。
「分かった……死ぬなよ」
『──無論。我等の罪、ただ死ぬだけで贖えるほど軽くはありません……武運を』
「そっちこそ」
武は沙霧の不知火と拳を軽く合わせると、第一防衛線を彼らに任せ、反転して横浜基地へと向かった。
「……なんか雰囲気変わってたよなあ……ま、変わりもするか」
投獄された事で自らの行為を振り返り、自分が周りに及ぼしてきた影響をきちんと認識したのだろう。
何かを為そうとする時、何者にも影響を与えずに全てをプラスに持っていく事など不可能だ。多かれ少なかれ、どこかに必ずマイナスが生じてしまう。
沙霧は犠牲を強いられている人たちのために決起したつもりだったのだろうが、何のための犠牲を強いられていたのかという見極めが出来ていなかった事、そして決起すれば新たに犠牲を強いられる者が出てくる事にまで考えが至っていなかった。
そのあたりの事を、甲21号作戦の成功の報をきっかけとして、きっちりと時間を掛けて考える事で認識出来たのだ。
そして、ならば自分には一体何が出来るのだと考えた時、それはずっと修練を積み重ねてきた戦術機の操縦であり、命を懸けてBETAと戦う事だった、というわけだ。
「でもま、俺も似たようなもんだよな」
積極的に関わってきたかどうかは別にしても、夕呼とつるんでやってきた事の中には、表に出ていないだけで、一般人にしてみれば許せないような事も多々含まれている。
武が背負っているものも、ただ死ぬだけで贖えるようなものでは決してない。だからこそオリジナルハイヴ攻略、そしてその先にあるものに向かって色々とやっているわけだが。
それはさておき。
後退を始めた武は、第二防衛線を通過しようとしていた。
「チッ……結構くっ付いてきちまってるな……」
匍匐飛行で飛べば一気に突き放す事は出来るが、どれだけ防衛線を抜けてくるのか確認する事が出来ないので、BETAの進撃速度に合わせて地表を進んできている。
沙霧たちが第一防衛線で楯となって後続を食い止めてくれているので、数は確実に減ってはいるのだが、やはり漏れはある。これをこのまま基地まで引き連れて行くわけにはいかない。
「増援が来るって言ってたし、一旦、ここで踏み止まるか……」
そう思ってスピードを緩め、手近にいた要撃級の首を短刀で刎ね飛ばした時。
『──アルフェッカ2よりヴァルキリー13! 援護するッ!』
「えっ──!?」
突如、野太い声の通信が飛び込んで来た。それと同時にデータリンクが更新される。そして武の周囲にいたBETAが、躍り込んできた武御雷の集団に斬られ刺され撃たれ穿たれ、武を取り囲むように武御雷の壁が出来上がった。
「……さっきの声……?」
そのどこかで聞いた覚えのある、それも割と最近聞いた声からワンテンポ遅れて──
「あなたは!?」
スクリーンには前に城内省で会った、妙な髪型をしたゴツいおっさんの、真紅でピッチピチな零式強化装備姿が映し出されていた。たいそうご立派な胸毛によって強化装備の胸の部分がV字に押し上げられているのを気にしてはいけない。
「……ぐ、紅蓮大佐?」
それは以前、武が鎧衣課長の紹介で月詠の部隊のレンタルや武御雷を都合してもらった、紅蓮醍三郎であった。
『──うむ。久しい……と言うほどでもありませんな、白銀少佐』
戦域情報には一個大隊、36機の武御雷。
七割が真紅、山吹が二割に残りが純白。漆黒は一つも見当たらない。そしてそれらの中心には将軍家縁者の証──蒼天の青。
『──アルフェッカ2より各機、鶴翼複肆陣! 直ちに防衛線を構築せよ!』
『──了解ッ!』
一糸乱れぬ動きで武御雷が鮮やかに展開、BETA共を蹴散らし、あっという間に戦線を作り上げた。半端ではない練度だ。
甲21号作戦の折、月詠の小隊が将軍家縁者の率いる部隊に参加した事があったが、その時は赤服で中尉の月詠が部隊の副官を務めていた。しかし今回、副官の醍三郎は大佐。部隊の構成員もほとんどが赤服で、機動を見る限り、全てが指揮官級の手練ばかりで揃えられている。黄色や白とて、将来を大きく期待されている者たちかと思われる。一体どれほどの重要人物を護衛しているのだろうか。
ありえない話ではあるが、もしも冥夜が悠陽の双子の妹として将軍の縁者を名乗る事があったなら、或いはこのくらい豪奢な隊編成になるのかもしれない。
戦線は八個小隊で構築し、将軍家縁者を擁する小隊は、白銀機と青い武御雷を中心に、三機の赤い武御雷が円壱型隊形で護衛するように取り囲んでいた。
そしてアルフェッカ1──青い武御雷と武の不知火の間に回線が開かれ、スクリーンに接続ステータスが表示された。
『──しばらくぶりですね、白銀』
ヘッドセットから詠うような雅で心地よい声が頭の中に流れ込んでくる。
武はスクリーンでその声の主を見て、驚きに目を見開いた。
そこには紫の零式強化装備に身を包んだ、冥夜そっくりな少女の姿が映し出されている。しかし冥夜であろうはずがない。だとすれば、該当するのはたった一人しかいない。縁者どころの話ではなかった。
「でっ、殿下ッ!?」
『ふふふ、どうしたのですか? そんなに驚いて』
驚く武の様子を見て悠陽は、初めて会った時に驚かされた事の仕返しをしてやったとでも言わんばかりに、楽しそうにクスクスと笑う。
「いや、その……って、そりゃ驚きますよ! 大体、こんなところで何やってんですか!」
『何と言われましても……ただ将軍としての責務を果たしているだけですが……?』
悠陽は少し首をかしげて、何かおかしい事でもあるのですか、とでも言いたげにキョトンとした顔で答えた。
「そんな無茶苦茶な! 大体、今じゃ将軍自ら戦場に赴くことはないって、殿下、自分でも言ってたじゃないですか!」
『それは過去の話です。12・5事件を経て将軍に実権が戻ると共に、その負った責務も重くなっているのですよ』
「だからって、バカ正直にこんな最前線にまで出てくることはないでしょう! ほら、大佐も何か言ってやってくださいよ!』
武は醍三郎に話を振る。
『まったく、帝都の目と鼻の先に最前線が出来たとはしゃぎおりましてな、この馬鹿弟子は』
「で、弟子!?」
その醍三郎の口からは予想外の言葉が飛び出してきた。
『紅蓮には、私が幼少の頃より、武芸百般の師となって頂いているのです』
武はなるほどと思った。この豪傑に師事しているのであれば、12・5事件での悠陽のあの肝の据わりようも頷ける。
『下手に将軍の実権が回復してしまった今、誰もこの我侭娘を止める事が出来なんだと言うわけでしてな。それならばと、わしらが随伴した次第』
「なるほど……」
武は納得のいったようないかないような生返事で応えた。
『もっとも、殿下にとっては最前線云々はどうでもよく、ただ横浜に来る口実が欲しかっただけですかな』
「え……?」
『──ぐ、紅蓮!』
『おっと、これは失礼』
醍三郎は豪快に笑った。
『しかしまったく、一体どこでこのような我侭を覚えてきたのだか……』
そんな事を言いつつ、どこか呆れたような目つきで楽しげに武を眺める醍三郎。
「え、えっ? ひ、ひょっとして……俺?」
『12・5事件の前と後で変わったのだとすれば、他にありますまいなあ』
「そ……それはすみません」
ある意味箱入り娘のように育てられてきた一国の長に、好き勝手に振舞う事を教えてしまったと言うのだ。本来なら謝って済む話ではない。
『ふむ……では、それを見逃す代わりに、一つ願いを聞いて頂こうか』
ニヤリと笑う醍三郎。
「な、なんですか……?」
『いやなに、大した事でもないが……もし迷惑でないのであれば、ここから基地までわしらが貴殿に随伴する間、殿下を少佐の二機連携にして頂きたい。優れた衛士の背中に付くのも、これもまた良い修行となりますからな』
「はぁ……そんな事でいいなら、いくらでも引き受けますけど」
『だそうで。良かったですな、殿下』
醍三郎はいかつい笑顔で悠陽に話しかける。
『もう、紅蓮!』
悠陽は少しだけ頬を染め、醍三郎を咎めるように言った。
何か悠陽の性格が違う……と武は思ったが、考えてみれば、悠陽と醍三郎の師弟関係はもう随分と長く続いているはずだ。そこには厳然としたものばかりではなく、例えば親娘のような良い関係が築かれていても何の不思議もない。
「それじゃ行きます。少し時間を食ったんで、急ぎますよ?」
『心得ました』
悠陽の小隊に武が加わるような形で槌壱型隊形の更に前方に武は配置され、十字の中央に悠陽が配置されるような隊形──皇帝十字陣、インペリアルクロスとでも呼ぶべきか──を取る。
そして、斯衛大隊に第二防衛線を任せ、武たちは基地に向けて出発した。
『──白銀……そなた、やはりあの時、私に気を遣って手を抜いていましたね?』
「え?」
武が隊形の先頭で道を切り開きつつ、基地に向かっている突撃級の尻に36mm弾を見舞っていると、悠陽が話しかけてきた。
『あの時と今の機動、全然違うではありませんか』
「いや、生身に近い状態をこんな機動で振り回しちゃ、いくらなんでもすぐへばっちゃいますって。それに」
『──?』
「俺が派手に動いてたとしても、あの時それに付いて来られたのは、ま……神宮司少佐だけですから。冥夜たちはまだ訓練兵で、搭乗機も吹雪でしたからね」
『そうですか……そう言えば、神宮司軍曹は少佐に昇進されたのでしたね』
「まあ、いろいろあって」
『あの者があの時最後に見せた機動──米軍のF-22Aを、衛士を一切傷つけずに一瞬にして無力化した──あれには鳥肌が立ちました。戦術機で斯様な機動が出来るなど、考えた事もありませんでしたゆえ』
「俺たちの機体にはXM3のテストタイプが搭載されてましたから……っと殿下、そっち行きますよ!」
『──はい!』
武は突然旋回して襲い掛かってきた要撃級を軽くいなし、悠陽が体勢を崩したその要撃級に36mm弾を撃ち込み無力化する。
「お見事」
『──世辞はよしてください。紅蓮からもまだまだと言われています』
「いや、筋は相当にいいですよ」
そこらの三下衛士など比べ物にならないほどの操縦技術を悠陽は持っていた。そしてその戦術機動は、どことなく冥夜のものと似通っている。
戦術機の操縦には、衛士が習得している戦闘技術の特性が現れる。例えば慧なら体術、壬姫なら狙撃というように。
そして冥夜の戦術機動には剣術による影響が大きく出ている。
冥夜が預けられた御剣家は現在の将軍家、つまり煌武院家の遠縁だ。煌武院家と同じ剣術が伝わっていてもおかしくはなく、御剣冥夜と煌武院悠陽、二人が同じ剣術を習得していて、それによって戦術機動が似ていても、不思議はないのだ。
こんなところにも冥夜と悠陽の繋がりを見出した武。いくら表面上の縁を切ろうが、絶対に断ち切れない絆は間違いなく存在するのだ。それが何となく嬉しくて、武は笑顔を見せた。
『──どうかしましたか、白銀?』
「え? ああ、殿下の機動、冥夜のとちょっと似てるなって思って」
『──そうでありましたか』
双子の姉妹だから……などと口に出していう事は出来ないが、武が何を言いたいのかというのは、悠陽はすぐに察する事が出来た。そして悠陽の顔にも柔らかな笑みが浮かぶ。覚悟を決めて決別したとはいえ、やはり嬉しくはあるのだろう。
『──白銀少佐。申し訳ないが、我等の随伴はここまで』
演習場に差し掛かってしばらくしたところで、醍三郎からの通信が入る。
これ以上先に進んだ場合……特にメインゲート前はボトルネックとなって敵が殺到している。ここまでの道程とは比べ物にならない激戦になるだろう。付け加えて今、悠陽の直援は醍三郎を含む三人しかいない。悠陽の練度がどんなものであれ、或いは直援がどんな手練れだったとしても、さすがにそんな戦場にまで悠陽を連れ込むわけにはいかないのだ。
「いえ、本当に助かりました。言うまでもない事ですけど……殿下を頼みます」
『うむ、任されよ。機会があれば、また肩を並べて戦いたいものですな』
「はい」
『白銀……どうか、ご無事で』
「殿下こそお気をつけて」
悠陽の小隊は青い武御雷を守るような隊形をとり、噴射跳躍からの匍匐飛行で、仲間たちの待つ第二防衛線へと飛び去った。
やがて武は演習場を通り抜け、第二滑走路に到達する。
帝国軍経由で接続されているデータリンクで、地上だけではあるが状況が確認出来る。第二滑走路でBETAの侵入を食い止めていた横浜基地の部隊は、ほとんどが撃墜されていた。僅かながら残された部隊は少ない戦力ながらも善戦しているが、しかし多勢に無勢、基地内には次々とBETAが雪崩れ込んでいっている。
そこでは14体の要塞級が、メインゲートを守るように立ちはだかっていた。
「まずはあれから片付けないとな……」
ここまで来れば、武器の耐久力など気にする必要はない。弾薬はともかく、短刀は手持ちがまだたくさん残っているし、長刀は撃墜された戦術機が使っていたものがそこらじゅうに転がっている。
「片っ端から行くか……!」
武は水平噴射跳躍で手近な要塞級に突撃していく。しかし──
「──何ッ!?」
要塞級の足元に潜り込もうとした時、その脚の影から要撃級の前腕が襲い掛かってきた。
「──くッ!!」
短縮噴射を使って胸を回転軸とした大きな宙返りで、何とかその攻撃を躱す。そのまま空中で体勢を整え、要塞級の躯の下を抜け出して噴射跳躍。一度距離を取って、仕切り直した。
要塞級の足元に敵が入り込み、最大の弱点である三胴構造の接合部を守るように連携している。
空中は自らの触手でカバーし、足元は要撃級と戦車級がカバーする。同時に要撃級や戦車級は、要塞級の堅固な十本の脚による檻に守られる形になる。
ここに来て、BETAの戦術もまた進化していた。
「なるほどな……道理で要塞級があんなに残ってるわけだ……!」
だからと言って、放置して先に進むわけにもいかない。確かに避けて進む事は可能だが、それでは基地に侵入するBETAの後続が止まらないのだ。
沙霧の話によれば、帝国軍の増援が組織されて、じきに戦線に投入されてくる。しかしこの状況をそのまま残しておくと、敵のフォーメーションを崩すのに確実に時間がかかる。そしてその分、基地内部に入り込む敵増援は確実に増えてしまうだろう。
今すぐにでも突入したい気分だが、それを優先させるわけにはいかない。
「ま、なんとかなるか……」
とりあえず、要塞級の下に入り込んでいる要撃級は踏み台にでもしてしまえばいい。
武は再び水平噴射跳躍で要塞級に向かっていった。敵がいる事さえ分かっていれば、不意打ちを受ける事もない。蠢く要塞級の触手を躱し、唸る要撃級の豪腕を払い、集る戦車級の躯を撥ね退けながら、武は要塞級に一撃を加えていく。
なかなか攻撃のチャンスが得られず、成功しても単発で終わってしまうが、それでも武は着実に攻撃を当てていき、やがて要塞級の躯は崩れ落ちる事となった。だがしかし。
「ちょっと拙いかもな……時間が掛かり過ぎる」
かと言って、他にこれといって有効な手段はない。時間もないし、それならばもう少し強引に捻じ伏せてしまおうかと考え、次の要塞級に取り掛かろうとしたその時。
突然、レーダーに所属不明機の反応が現れたかと思うと、戦場に深緑の暴風が吹き荒れた。
「──F-22A!?」
突如戦場に現れたF-22Aは、その異常なまでな機動力を存分に活かしながら、あっという間に目標の要塞級を包囲する。そして一斉射撃。要塞級の懐に入り込んでいたBETAを容赦なく破壊していく。そして要塞級が丸裸になったところで突撃、弱点目掛けて再び総攻撃。
米国らしいといえば実に米国らしい、実に力ずくで強引な威力制圧。圧倒的火力をもって敵を薙ぎ払う。
それと同時に戦域情報が更新され、不明機の所属が表示された。
米国陸軍第66戦術機甲大隊──
「ウォーケン少佐ッ!?」
『──久しぶりだな、白銀少佐』
「どうしてここに!?」
『ここには積荷の護衛でやって来たのだが、どういうわけか基地が襲撃を受けている。ならば、加勢しないわけにはいかないだろう?』
「積荷……そうか、来たのか……!」
以前、武が珠瀬事務次官を通して依頼していたものか、それとも夕呼が手配していたものか。或いはその両方か。みちるが出撃前のブリーフィングで、今回は12・5事件の時のように米軍が『偶然』近くにいたりしないといっていたが、正真正銘の偶然が起きてしまった。
第66大隊は次の要塞級を取り囲む。
『──些か退屈な任務だと思っていたのだが……全く、退屈どころの話ではなかったよ』
苦笑するウォーケン。
「ははは、それはご愁傷様です」
『なに、直接BETAを討つ機会が得られたのだ、何も悲観する事はない。小さな、本当に小さな一歩ではあるが、BETAを討つ事で人類の勝利に近付くのだからな』
「全くです」
『さあ、ここは我々に任せて、君は早く先に進みたまえ』
武とウォーケンが会話している間にも、F-22Aで構成された部隊は、もう次の要塞級を撃破してしまっていた。速くて早い。
「──ありがとうございます、恩に着ますッ!」
武は水平噴射跳躍から超低空の匍匐飛行に移り、メインゲートの中に飛び込んでいった。