2011年12月24日(土)
敵対的地球外起源生命体──BETAによって地球は今にも滅びようとしていた。
人とBETAの邂逅から四十余年。状況を打破すべく、人類はあらゆるな手段を講じてきたのだが、それも全てが徒労に終わってしまっている。
人類全体が一丸となって事に向かっていれば、或いは何とかする事が出来たかもしれない。だがしかし、様々な思惑が交錯してお互いの足を引っ張り合い、結果、BETAの侵略をむざむざと受け入れる羽目になってしまったのだ。
最終的にオルタネイティヴ5──外宇宙の地球型惑星に移住する、というプランが実行される事となったが、総人口十億のうち地球を脱出出来るのは多く見積もっても十数万。もっとも、脱出すると言っても、生き延びられる確証など、どこにもありはしないのだが。
脱出計画の裏では、米軍の開発した対BETA用弾頭、通称G弾の大量運用で殲滅作戦が行われる事になっていたが……結果的に、それも最後の悪足掻きに過ぎなかった。
外宇宙に逃れる人類を乗せた、最後の駆逐艦を打ち上げから数週間。白銀武以下207小隊も殲滅作戦に参加する事となった。
隊から死者こそ出さなかったものの、その成果は芳しくなかった。が、これは別に207小隊が初陣だったためだとか、練度が低かったから、というわけではない。
地球脱出計画のメンバーは、政治的判断を除外すれば基本的に優秀な人材が選ばれている。そのため、国連軍内部でも正真正銘のエリートは、それなりの数が引き抜かれて地球を脱出している。
それ故に緒戦では各国の軍同士の横の繋がり、また各軍部の命令系統に混乱が生じた。そして、そのために全体的に戦果を上げられなかったのである。
そんな中、初陣で全員が『死の八分』を乗り越え、一人の犠牲も出さなかった武たち207小隊は、むしろ優秀であった。
そして207小隊は通常では考えられないほどの華々しい戦果を挙げていたのだが……いくら精鋭部隊として名を上げていたと言っても、度重なる戦闘で一人、また一人と犠牲者を出す事だけは避けられず……八年が過ぎた今では、武一人を残すのみとなってしまっていた。
「ちっ、また来やがったか」
武はぼやく。
オルタネイティヴ5で人類は、G弾を使った殲滅作戦を実行した。その威力から、最初は各方面でハイヴをいくつか攻略する事にも成功した。しかし、戦いが続くうちにBETAの行動パターンは次第に変化し、一度の作戦でハイヴ攻略が出来なくなっていった。
ハイヴ攻略作戦の度にG弾を使わざるを得ず、それでも攻略出来ず……というような事を繰り返しているうちに、やがてG弾の運用が困難になっていき、ついにはG弾そのものを無力化されてしまったのである。
それに加えて戦力、特に衛士の損耗が著しく、消耗戦を続けているうちに、結局、どの戦線も攻撃してくるBETAを迎撃するだけの、その場凌ぎの戦いしか出来なくなっていった。
国連太平洋方面第11軍は奇跡的に極東方面の最前線を維持していたが、しかし他の戦線が破られては意味がない。
結局、時間と共にBETAの勢力圏は際限なく広がっていき、人類は滅亡寸前まで追い込まれたのである。
「白銀武、20706不知火、出撃する」
『了解しました。白銀少佐、お気を付けて』
オペレーターの返事を聞くと、武は気だるそうに、戦術機をハンガーから開放して単機で出撃した。
戦術機は二機連携が基本だが、武があえて単機で出撃したのには理由がある。
武の変態的な機体の挙動に合わせられる衛士がいないのだ。武が相手に合わせていると、相方の実力に足を引っ張られてトータルの戦闘能力が著しく低下してしまうのである。
と言っても、元々武の、従来の操縦概念を根底から覆すような変則的な操桿に合わせられた衛士は少ない。武がこれまで組んだ中で十分に実力を発揮出来た相手は、一緒に訓練をした207小隊のメンバーと、その教導官であった神宮司まりもくらいのものだ。
数年前、207小隊がとうとう武以外に誰もいなくなってしまった時は、それと入れ替わるように、まりもが前線に復帰して、それ以降はずっと彼女と二機連携を組んでいたのだが、しかしそのまりもも、半年前の戦闘でついに命を落としてしまった。
そんなわけで、武はそれからはずっと一人で出撃し続けている。
武が一人で突出し、囮となって大量のBETAを引き付け、こぼれたBETAを他の部隊が潰していく……という戦術で辛うじて戦線を維持し続けていた。支援砲撃に費やす物量も既に無く、正面きってBETAを受け止められるだけの戦力も無い今、武の陽動がなければとっくに基地は陥落していただろう。
そんなわけで、今や横浜基地はほとんど武一人に護られていると言っても過言ではないような状況だったから、その事に関して意見出来る者など、誰もいなかった。
ともかく、そうして今日もまた横浜基地から出撃してBETAを迎え撃つのだ。
基地を出撃してしばらくすると、コックピット内に警報音が鳴り響いた。レーダーを確認すると、BETAのマーカーが大きな塊となって、武の機体に向かって来ている。どれほどの数がいるのかなど、想像も出来ない。
「また増えた……よな」
前回の出撃に比べ、BETAを示す光点の塊は、ひと回りほど大きくなっていた。攻めても攻めても墜とせない横浜基地相手に、BETAも業を煮やしているのか。
「さて……と」
兵装に87式突撃砲──36mmチェーンガンを選択し、敵の先陣、突撃級の到着を待つ。
搭乗機は不知火だ。撃震と違って敵の攻撃に耐える事は考えられていないので、基本的に攻撃は全て回避しなければならない。もっとも、撃震とて敵の攻撃に身を晒してしまえば不知火と同じ運命を辿る事になるが。
そんな事を考えているうちに、突撃級は武との距離をどんどん縮めてくる。
武はタイミングを見計らって突撃級の真っ只中に飛び込んだ。超低空で突撃級の装甲殻を掠めるようにして頭を飛び越すと、それと同時に突撃級の塊が急制動を掛け、白銀機に向かって旋回しようとする……が、いかんせん定円旋回能力のあまりにも低過ぎる突撃級は、咄嗟に振り返る事が出来ない。
そこを狙って、36mmの劣化ウラン弾を突撃級の柔らかい尻へと片っ端から見舞っていく。
「2……1……ラストッ!」
旋回し終わったところをすぐに後ろに回りこむ事で、武は突撃級唯一の攻撃手段、衝角突撃戦術を繰り出す事を許さない。同じ場所でくるくる回り続ける突撃級を一方的に攻撃し、第二陣が到着するまでの間にどうにか殲滅を完了した。
同時に、ピッというBETA接近を知らせる警告音がヘッドセットから鳴り響いた。
ここからが本番だ。
第二陣──そこには敵戦力の主力を成す要撃級と戦車級、そして何よりの脅威、光線級や重光線級といったレーザー属種が含まれてくる。
既に支援砲撃に割く物資が枯渇しかけている現状、レーザー照射を防ぐためのAL弾は最初の一撃だけ。
『──HQより20706、支援砲撃二十秒前』
敵の到着に合わせるように、司令部から砲撃の合図が入る。一瞬遅れて、超音速の砲弾がBETA群に向かって突き刺さろうとしたところを、レーザー種の迎撃によって撃ち落された。
以前の、まだ砲撃を潤沢に使える頃であれば、戦術機よりも砲弾を優先して撃墜する事を楯にとり、砲撃着弾のドサクサに紛れて噴射跳躍によって宙に躍り、そこから狙撃をしていたのだが……最低限の申し訳程度にしか支援砲撃が出来ない今、砲弾の方が敵レーザー種よりも数が少なく、レーザー照射を受けてしまう事になってそれは出来ない。
次善の策として、武は重金属雲の発生と同時に、水平噴射跳躍で敵が密集する中へと飛び出した。
勝負は十二秒、そして三十六秒間。それぞれ光線級と重光線級の再照射までのインターバル。レーザー属種に対して一方的に攻撃出来るチャンスは今しかなく、そのため要撃級や戦車級は無視して、とにかくレーザー属種を狙う。戦域情報にフィルタを掛け、光線級と重光線級を絞り出し、集中攻撃を仕掛けていく。
八秒──レーザー種を示す光点は、おおよそ半分ほどにまで減少。
十二秒──光線級の再照射が開始される。が、未だインターバルの最中である重光線級の陰に隠れつつ、攻撃を続行。
十九秒──光線級殲滅完了、重光線級残数三。
二十八秒──
「……チッ」
舌打ちをする武。重光線級を一体残し、120mm滑空砲弾が弾切れとなった。36mmは重光線級相手にほとんど効果がない。
突撃砲をパイロンに戻し、代わりに長刀を抜き放った。
と同時に、重光線級と武の不知火の間にいた要撃級や戦車級BETAが、波が引くようにスーッと動き、両者の間を阻むものが何も無くなる。
再照射まで二秒。重光線級の瞼が開き、照射粘膜が露出。
楯に出来る物はない。そもそも今周りにいるのは全高12mの要撃級に3mの戦車級。陰に隠れる事が出来ない。そしてこの至近距離であれば、重金属雲があろうがなかろうが、重光線級のレーザーは一撃必殺の威力を秘めている。そして躱せる場所も無い。
しかし武は全く慌てる事なく、長刀を構えると、跳躍ユニットを出力全開にして全力噴射突撃を仕掛けた。
そして三十六秒目。
不知火は照射を探知し、コックピット内がレーザー照射警報に包まれる……が、照射は来ない。
重光線級の照射粘膜には、不知火が突き出した長刀が深々と突き刺さり、行き場を失ったエネルギーが重光線級の躯をドロドロに溶かし始めていた。
レーザー属種の殲滅を完了した武。が、その表情は不満げに歪んでいる。
「クッ……」
レーザー照射とほぼ同じタイミングで長刀を突き刺したためにその刀身が高密度のエネルギーを受け、ボロボロに崩れ去ってしまったのだ。
武は刀身がなくなってしまった長刀を投げ捨てた。
残る装備は短刀が二、長刀が一、そして36mm弾が都合七千発程度。
弾薬はそれなりにありはするがしかし、これから対峙する敵の数を考えると、全くもって足りるはずがない。そうなってくると長刀や短刀に頼らざるを得ない。長刀は特に、120mm弾を使いきってしまった今、要塞級を倒す事の出来る唯一の武器であるのだが……その貴重な武器を一振り、失ってしまったのだ。
「まあ……どうでもいいか」
武は面倒くさげに呟いた。ここまで来れば、もうなるようにしかならないのだ。
ここで食い止められる分は食い止める。が、それが出来ない分に関しては、数量をコントロールしつつこの場を通過させ、後方で防衛線を構築している部隊に任せるしかない。
いくら武が自分の仕事を完璧に果たしたところで、侵攻を凌ぎきれるかどうかは分からない。
レーザー種のいなくなった敵の第二陣、要撃級や戦車級を相手に、武は36mm弾をバラ撒いていく。
回りはどこを見ても敵だらけ。つまり、どこに撃っても必ず命中する。そんな中で武は、乱射しているようで敵の急所を的確に打ち抜いていった。が──
「ち……もう弾切れか」
無駄弾は全く使わずに戦ったが、あえなく弾切れになってしまう。
「……後はこいつでやるしかないか」
武は二挺の突撃砲をパイロンに戻すと、両腕のシースから短刀を抜いた。
敵はまだまだいくらでもいるが、武なら戦い方次第でどうにか出来なくもない。しかし、やる気がないというわけではないのだが、今の武は以前に比べて生への執着が薄かった。もっとも、これは仲間を失った衛士に多く見られた事だ。
G弾による反攻作戦が失敗に終わった今、地上で戦っている者たちにはもう未来はないに等しい。では何のために戦うか──勿論、人類のためという大きな理由はあるが、突き詰めれば、身近にいる大切な人のために戦う者がほとんどである。
武とてそれは例外ではない。だが、武にとってこの世界で護るべき身近な存在と言えば、207小隊の五人に社霞、香月夕呼、そして神宮司まりもだけだった。無論、横浜基地内には多くの知り合いはいるが、本気で命まで懸けて護るべき存在とまでは言えなかった。
そして、武が護りたかった八人のうち六人は戦死、一人は消息不明、そして一人は外宇宙に向けて旅立っている。
そのため、少しでも長く生き延びてBETAに復讐を果たしたい気持ちと、死ねば仲間のところへ行けるという気持ちがせめぎ合い、戦いに疲れて生への執着が薄くなってしまっているのだ。
武は半ば自棄っぱちな動きで間合いを詰め、BETAに斬りかかる。
次々と斬り捨てていくが、いくら耐久力が高いと言っても、長刀や短刀にも使用限度はある。それらも刃が零れ、或いは折れるなりで使い物にならなくなり、とうとう丸腰同然となってしまった。
「せめて短刀だけでももっとたくさん持てればなあ……」
それなら敵の主力である要撃級と戦車級に、貴重な弾薬を費やさずに済む、というわけだ。無論、機体に負荷をかけない操縦を前提としての話だが、それはここまで戦い抜いてきた武にとって、全く問題は無い。
そして短刀ならコンパクトなために、たくさん携行出来ない事もないように思っているのだが……しかし今それを言ったところで、無い物ねだりでしかなかった。
驚異的な機動で攻撃を躱し続けてはいるものの、武からは一切手が出せない状況になり、完全に包囲されてしまう。
「一点突破で武器補充、奇跡の逆転勝利……てのはどう考えてもありえないよなあ、やっぱ」
溜息をつき、苦笑する武。
武がここを離れるという事は、この場での陽動がなくなるという事であり、つまりここにいるBETAが一斉に基地に押し寄せてしまうという事だ。そうなった場合、とてもではないが残された戦力でこの侵攻を押し留める事など出来ようはずもない。
「ま、ギリギリまで粘ってみるかな」
まるで他人事のように呟くと、武は標的を決め、残されたボロボロの短刀で斬りかかっていった。一瞬のうちに数体のBETAが血祭りに上げられる。しかし多勢に無勢、まるでそびえ立つクソが圧し掛かかってくるかの如きBETAの津波を全て躱す事などさすがに出来ず、やがて少しずつ攻撃を受け始め、とうとう戦車級に取り付かれてしまう。
ばりばりと装甲を毟られる音と共にコックピット内は耳障りな警告音で包まれ、ディスプレイに表示されている機体損傷率は、加速度的に上昇していく。
「ここらへんが潮時かな……」
武は覚悟を決める。が、せめてあと一矢、報いてやろうとも思った。
コックピットがこじ開けられたら、一太刀あびせてやろう──
座席脇に常に置いていた日本刀──戦友であった御剣冥夜から託された皆琉神威──を手に取る。刀身を抜き放ち、正眼に構えた。
やがて装甲が引き剥がされ、外の景色とともにBETAの姿が肉眼で確認出来るようになると、武は装甲を齧っている戦車級に向かって斬りかかっていった──