爽やかな……ごめん嘘。別になんの面白味もない普通の平凡な朝
音楽プレーヤーで曲を聞きながら長ったらしい道を進み、我が学舎である『リリアン女学園』の高等部校舎へと歩んで行く
周りには私と同じく登校する生徒達がいるが、特にガヤガヤ話すわけでもないのでイヤホンで音楽を聞く私には何も聞こえない
しかし、クリス・インペリテリのギターソロは良い…心が洗われる。気を抜いたなら、私は前触れなくいきなりエアギターを始めそうだわ……おっと、よだれよだれ
と、曲にバッドトリップしている私の肩を誰かが叩いた
「ごきげんよう、春子さん」
「うっす、祐巳」
「相変わらずだね春子さんは」
「何、ここの挨拶は堅苦しくてね。親しき仲にも礼儀ありかもしれないけど、他人行儀過ぎるのは頂けない」
堅苦しい学風に逆らうことなく、堅苦しい伝統を持つ挨拶に朝から溜め息が止まらない
初めに挨拶についての説明を受けた時なんか、「は?バカじゃね?」と素で言ってしまったりしたし
まあ、周りにはそれが当然なのかもしれないが、外来の編入組でそれが常識じゃなかった私にとっちゃ、そんな挨拶には馴染めっこないのだ
それこそ最初は猫を数十匹でも被っていようかと思ってたけど、卒業まで被り続ける面倒に比べれば、端からこうだと認識させた方が楽に決まってる
……お陰様でクラスメイトは私を絶賛敬遠中だけどね!
ぶっちゃけた話をすれば、私はクラスの中では異物なわけなんですよ
周りを見ればお嬢様お嬢様お嬢様お嬢様……たぶんあっちから見れば、私は羊の群れの中の山羊みたいな感じかな?
実害は起こさないけど、仲間ではないから群れとしては弾かれる的な
そんで、こんな爪弾き食らってた私に近づいて来てくれたのが、この福沢祐巳って美少女
祐巳はこの学園で最初にできた友人で、お嬢様お嬢様した連中より感性が私に近いので、私的には大変好ましい娘っ子だ
そのまま二人でマリア像の前まで歩いて行き、祐巳は目をつむりここの学生恒例のお祈りタイムに入る
そして当然私も、お祈りの体勢に入る
ただ、ほんの少し…ほんの少しだけ他の生徒とはやり方が違う
私はいつも通りマリア像の前に立ち、マリア様に向かって左手を突き出し中指を立てる
―――聖母マリアより早くブラックサバスは私の中ににあった。心はオズに捧げてもいい
―――そして愛すべきオズは言った、「キリストファック!」と…
ならば私にマリア像を崇める道理がない!
他の生徒とは違う行為に、周りのお嬢様方は驚き不審がるも、育ちが良すぎるせいかこれの意味までは判らないらしい
まあ、敬虔なキリスト教徒の学生やシスターにバレた日には、その場での殴りあいか説教は確定だろう。ただし、このハンドシグナルを理解出来る俗な人が居ればの話だが
いつも通りのそんな私を見て、祐巳はかなりキツい苦笑いをしてから教室へ行こうと促してきたので、それもそうだと二人で教室へ向かって行った
――そいや、その苦笑から察するに、祐巳はこれの意味を理解してるって事だよね?
「ごきげんよう、春子さん。祐巳さん」
「おはよ蔦子」
「ごきげんよう、蔦子さん」
この挨拶をしてきた武島蔦子がこのクラスで私に近づいて来てくれたもう一人であり、写真部に在籍して他者の写真を得る為に全力を傾注していて、一度捕捉したなら如何な不利益を被ろうとハイエナのようにしぶとく誰かに食らいつく、ある意味厄介な美少女である
「それにしても、今日はやけに早いわね春子さん」
「たしかに。春子さんはいつものもう少し遅いから、あそこじゃ合わないものね」
「目覚ましが鳴る前に目覚めてね。やっぱし私が早く登校しようものなら、あまりの衝撃にジーザスも月までぶっ飛ぶかしら?」
私の軽いジョークに、祐巳さんは微妙な笑みをして蔦子さんは苦笑する
生憎、今日のジョークは奮わないらしい
「はぁ…それにしても、相変わらず蔦子はそれなの?」
こめかみに左手をあてつつ、右手でファインダーから私を覗くカメラを指さす
「私の感覚だと、春子さんは大物になると思うのよ。大物になるとなった後の写真は大量に出回るけど、大物になる以前のものにはプレミアがつくのよね」
「はぁ…だから、そこで何で私が大物になるってのよ」
「私の嗅覚がそう言ってるのよ」
「あんたの鼻は花粉症にでもかかってるんじゃない?」
これも私と蔦子のいつもの会話
何故か蔦子は私が大物になると言い、理由に関しては第六感的な発言しかしない
そして、そんな事はないと私が否定して、いいや、撮るね!と蔦子にパシャパシャ撮られる1日が始まった
「で、もう昼なの?」
「ぐっすり寝てたわね」
蔦子の言葉に小動物的に小さく頷く祐巳を見ると、なんだか癒された気になる
やっぱり祐巳は癒し系だわ
「じゃあ、昼食にしますか」
「準備がすんでないのは春子さんだけですけどね」
二人は片手に持ったお弁当を掲げ苦笑している
「そいつは失礼…んじゃ、行きますか」
悪い悪いと弁当を取り出し、昼食の為に二人を率いて庭へと出ていく
庭に出て周りを見たあと、蔦子が「あそこのベンチが空いてる」って言ったからそこに行き、三人で席を占拠しての昼食タイムに突入する
「つーたーこー、今日もおかずちょうだぁい」
「…春子さん、せっかく早く起きたなら、お弁当のおかずを作る時間はあったでしょ?」
溜め息を吐きつつ蔦子は自分のお弁当の包みを解くと、小さいお弁当が姿を現した
そんないつもの会話に苦笑しつつ、祐巳も自分のお弁当の包みを解くと小さなお弁当が出てくる
そして、話題の渦中の私も自分のお弁当の包みを解くと、包みの中から大きめのタッパーが出てきた
当然タッパーは半透明で、中の物の色が透けて見えるようになっているが、私のお弁当であるタッパーは上下左右どこから見ても白一色だった
だから、蓋を外せば当然タッパーの中身は銀しゃりのみである
「いい?皆のお弁当の主役である白米は貰えないんだよ。なら、白米だけ持ってきておかずは友情にしたら効率いいじゃん?」
「何で最後は疑問文なの?」
「ゆーみー、蔦子が虐めるー」
私は「よよよ」と泣き真似しつつ、隣で苦笑を続ける祐巳の華奢な肩に抱きつく
うむ。相変わらずの抱き心地
あまりの抱き心地に、左手が勝手に祐巳の腰に回っちゃうわ
「ひゃあ?!」
「はぁ…祐巳さん相手のセクハラ癖は治らないの?」
「手が早いのは不治の病だから無理」
真っ赤な顔でわたわたしてる祐巳を抱きつつ、セクハラだけは治らないと即答する
「けどなに?祐巳が羨ましい?もしかして、蔦子も抱いて欲しいのかなぁ?」
「そんなわけないでしょ」
プイッとそっぽを向く蔦子の耳が赤い事は、友人として指摘しないでおこう
それを指摘した挙句、蔦子が本気でそっちに走ってどっかに連れられて「アッ――!!」てのは、一応ノーマルな性癖である以上はご遠慮願いたい
私の抱きつきはスキンシップの領域であって、性的な意味は一切無いのだ
「は、はは春子さん!む、胸、胸!」
「へ?」
手をばたつかせ挙動不審の領域に入った首まで赤い祐巳を見ると、私の左手はいつの間にか祐巳の腰から胸に移動して揉んでいた
どうやら、無意識の内に移動して揉みしだいていたらしい
意識を向けたからには、とりあえず更に揉んでおく
「祐巳のちっぱいやーらけー」
「ひゃぁぁぁぁ?!」
透き通る青空に祐巳の可愛い悲鳴が響く
こんないつもの風景
当然それを写真に撮って、「やめないと文化祭で展示する」と蔦子に脅されるのもいつもの風景
そして、それに屈伏して食事を始めるのもいつもの風景だった
このまま三人で仲良くゆっくり学園生活を楽しもう
そんな事を密かに思いつつ、今日一日は楽しく過ぎていった