【社会】84歳「早く再審を」 奥西死刑囚、執行停止に表情緩め2010年4月7日 朝刊 女性5人が死亡した名張毒ぶどう酒事件から半世紀−。奥西勝死刑囚(84)の第7次再審請求特別抗告について最高裁は名古屋高裁に審理を差し戻す決定をした。奥西死刑囚は、いつ死刑が執行されるか分からない緊張から解かれ、表情を緩めた。事件の舞台となった地元の住民は「いつまで裁判が続くのか」と困惑の表情を浮かべる。奥西死刑囚の弁護団や識者からは、再審決定の判断を避けた最高裁の姿勢に「役割の放棄だ」と疑問の声が上がった。 6日午後2時半、名古屋拘置所2階の面会室。「再審開始決定を取り消した決定を取り消し、差し戻したんです。死刑の執行停止も生き返った」。青いセーター姿の奥西勝に、弁護団の小林修(57)と鬼頭治雄(38)が経過を図に示して説いた。差し戻しの意味がのみ込めず、キョトンとする奥西。小林が「要するに勝ったんだよ」と続けると、84歳の死刑囚はようやく顔をほころばせた。「よかった、よかった」 ただ、弁護団は素直に喜べなかった。その2時間前、便りは突然やってきた。愛知県一宮市の法律事務所。昼食のため外出しようとした弁護団長の鈴木泉(63)が、ポストの郵便物に紛れた茶封筒を見つけた。差出人は最高裁判所。分厚い感触に「開始決定か」と心が躍った。きびすを返し、はやる気持ちで封をちぎる。24ページに及ぶ決定書。目に飛び込んだ表紙の主文に言葉を失った。「なぜっ」 最高裁決定を受けた記者会見で鈴木は茶封筒を掲げた。ギザギザに破かれたその口と、「人の命にかかわる決定」がそっけない形で送られてきた不満。それが期待と落胆の落差を浮き立たせていた。 死刑囚の再審請求で最高裁が審理を差し戻したのは、後に再審無罪が確定した財田川事件以来33年ぶり。弁護団や支援者にとって「差し戻し」は意外だった。 「疑わしきは被告の利益に」という刑事裁判の鉄則が再審請求審の判断にも適用されると判示したのは、最高裁の白鳥決定(1975年)。これを引き合いに、鈴木は複雑な思いを打ち明けた。「異議審決定が取り消された点に喜びを感じるのは否定しない。だが、異議審決定に疑問を感じたのならば、今回の最高裁決定は再審開始であるべきだった」 「差し戻し審は『詰めの闘い』。もう少し頑張りましょう」。そう励ます小林と鬼頭に、奥西は前向きな言葉で応えた。「私はやっていません。冤罪(えんざい)です。差し戻し審で調べてもらい、1日も早く再審をしていただき冤罪を晴らしたい」。引き続き面会に来た特別面会人の稲生昌三(71)にも「頑張ります」を繰り返した。 最高裁決定を「後にも先にもないヤマ場」と待ち焦がれてきた奥西。鈴木は「(最高裁が再審理を求めた)毒物鑑定を確固たるものにすることが私たちに突きつけられた課題だ」と前を見すえる。だが、次の「ヤマ場」がいつになるのか、今は誰にも分からない。 (敬称略)
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