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「毒ぶどう酒」高裁差し戻し  長引く裁判、住民いらだち

真実、いつになれば

事件の舞台となった名張市葛尾の集落

 名張市で1961年3月、農薬入りのぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡した「名張毒ぶどう酒事件」で、奥西勝死刑囚(84)の再審請求について最高裁が名古屋高裁に審理を差し戻す決定をしたことが6日、明らかになった。事件現場の葛尾地区の遺族や被害者らは「いつになれば真実が明らかになるのか」と、長引く裁判に複雑な心境を語った。

 嫁いだ姉を亡くした神谷武さん(72)は月命日には必ず自宅近くの墓で手を合わせている。審理の差し戻しについて、「最高裁では判断できんということだろう」と受け止めた。ただ、奥西死刑囚には「再審を求めるなら、無実だという新しい証拠を示してほしい」と話した。

 事件後、高度成長期に自分の生活を築くことで必死だった。「高裁がしっかり審理し、今度こそ終わりにしてほしい」と願う。

 ぶどう酒を飲んだが助かった奈良県山添村の浜田能子さん(78)は当時、妊娠7か月だった。乾杯直後、ぶどう酒を飲んだ女性が次々と倒れ、介抱に当たった。自分も帰宅途中に5、6回吐き、丸一日寝込んだ。1年ほど耳鳴りなどに悩まされたが、「生かされた命」と言い聞かせ、亡くなった人たちの分もと、無農薬農業に打ち込み、4人の子供を育て上げた。

 足利事件など冤罪(えんざい)事件が相次ぐなか、今回の差し戻しについて「裁判所の判決は正しいと思っていたが、必ずしもそうとはいえないと思うようになった。でも、本当の犯人がいるなら、遺族の怒りはどこに向ければいいのか」と話した。

 毎年3月、現場の供養塔に向かう。今年も「もう半世紀になりますね」と犠牲者一人ひとりを思い浮かべながら、塔に語りかけた。「戦後復興にと、農村の若者が立ち上がった集まりで、あんな悲惨な事件が起きたのが今でも残念」と目頭を押さえた。

 現在の葛尾区長で、ぶどう酒を飲んだ母親が一時重体になった福岡芳成さん(61)は、「49年も経って裁判の判断がこんなに揺れる。その度に住民は振り回されてきた。しっかり決着をつけるべきなのに。いい加減にしてほしい」と訴えた。

 当時、現場に駆けつけて治療にあたった医師の武田優行さん(82)は「公民館は人がバタバタと倒れ、うめき声が上がり地獄絵図のようだった」と振り返り、「地元の人たちには思い出したくない記憶。もう幕を引いてほしいというのが正直な思い」と話した。

2010年4月7日  読売新聞)
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